ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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紅葉山奇譚

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エスカレーターの上から撮る分にはお咎めなしだが、
うっかり下から撮ると、そんな気が全くないにしても
即、現行犯逮捕となるから、注意が必要。

またお顔もね、あからさまに写りすぎると、
現代では面倒なことになりかねない…。
いろいろ大変な時代だあ!。



80年代….東京中野といえば、もっぱら北口方向の、
中野サンプラザとか、まだオタク文化が醸成される以前の
中野ブロードウェイ近辺、そしてたぶん、その頃はまだ
一緒になってなかった家人に、何故か呑み友達の
A医師とその愛人M子…その4人でツルんで、
月に一度は出掛けていた「陸蒸気」っていう、
海鮮系の炉端焼き居酒屋は、
とても思い出深い場所(今もある)。

A医師は、港区の、わりと由緒あるらしい開業医の、
何代目かの「次男坊!」っていう微妙な立場だが、
当時は母校のK大付属の病院の勤務医。
当然、奥様も子供もいる。

しかし何故か当人は、新中野は鍋屋横丁近くの
1DKのマンションに独り住まい?しかもM子っていう、
さほど美人ではないけれど、気風の佳い愛人までいる…。
(当時は、一緒に住んではいなかったようだ….)

何故なの?って疑問に思うのだが、友人といっても
なかなかそうした事情まで踏み込めるものではない。

それがある時、ふいに判明した。

A医師の母校のK幼稚舎に彼の長男が入学(入舎?)し、
当時は既にその名門小学校に通うようになっていたが、
夫婦仲は元々あまり良くなかったそうで、離婚も視野に入れた
別居生活となったそうだ。

しかし名門校に通う長男の立場を考えれば、離婚なんて
絶対に出来ない情況にあるらしいのだ。

だから長男君が一定の、高校生か大学生か知らないけれど
そうなるまで、離婚はお預け状態とのこと。

後年、その長男君も成長し、いよいよあと1年かそこらで
離婚が出来るようになり、A医師もM子と再婚する意志を
固めるに至った矢先、M子は突然、まだ若いのに、
脳梗塞だか、クモ膜下出血だかで倒れた。

不幸中の幸いで、A医師と一緒の時だったから、
処置も早く、一命を取り留めたのは勿論、
深刻な後遺症も残らない状態だったけれど、
勤務先である病院には二人の関係が
すっかりバレてしまった。

長男君に影響を及ぼす段階は既に過ぎていたこともあり、
それは幸いだったけれど、彼は既に助教授で、
そろそろ教授に…というような輝かしいキャリアは、
そこですべて閉ざされてしまった。

彼は病院を辞めた。

どこか他の病院へ移るのかな?と思ってたら、
彼はあっさりと、アメリカの製薬メーカーに就職した。

M子のリハビリにも、米国の病院環境は理想的なのだ。
彼はそう云って、笑ってアメリカに旅立った。

年に一度くらいの頻度で、彼らが帰国した折には、
また4人で、中野の「陸蒸気」にて、河豚に牡蠣に
ヒラメに伊勢エビ、締めは店の名物、特大おにぎりを
半個ずつ…という食事会…これも恒例となった。

ココしばらくは、困ったことにお互いに携帯番号を
変えてしまったりで、連絡が取れなかったのだが、
有り難いことにフェースブックでA元医師(?)を発見。

今も元気でいるとのことだが、こちらが今度はすっかり
元気がなくなった…困ったものだ…。



さて中野駅北口にはそういうわけで、
頻繁に出入りしていたのだが、
丸井本店などがある南口側には、
殆ど足を踏み入れたことがなかった。

中野駅南口を出て、線路沿いに新宿方向に延びた
軽い登り坂をしばらく進み、どんつきを右に折れると
忽然と息をのむ絶景が開ける…
紅葉山公園というらしい。

とても地味な感じの街外れに突如出現する公園。
そこに隣接する巨大でモダンな建造物が、
なかのZERO(もみじ山文化センター)。
かつては普通に「中野公会堂」が建っていたところだ。

80年代のあるとき、とてもこの地味な公会堂には
不似合いな、海外アーティストによるロックコンサートがあった。

サイキックTV (Psychic TV)…英国のインダストリアル
ノイズバンド=スロッビング・グリッスルの中心人物(?)
ジェネシス P. オリッジが、新たに結成したバンドの、
本邦初演にして衝撃的ライヴコンサートが、
この地味すぎる、公園と住宅地の真ん中の公会堂で開催されたのだ。

何故、もう古くて、そろそろ建て替えかな?っていう
オンボロ公共施設で、こうした種のライヴが実行されたのか?
という理由は、わりと簡単に推察できる。

スロッビンググリッスルの動画を観たことがあるけれど、
血糊(のようなもの?)が盛大にばらまかれ、
ニワトリの死骸や、生肉や臓物系が客席を飛び交い、
どうかしちゃった酩酊状態の客席も、破壊の限りを尽くす、
いわば、集団催眠的な狂気のライヴ…。

これをそのまま日本でやられた日には、
主催者の損害賠償レベルは、いかなるものか??
そうした意味で、弁償リスクが比較的軽微で、
仮に「以後、出入り禁止」をくらっても、
そのリスクも軽微な….そんな危機管理マネジメントが
あったか、なかったか…?本当のところはわからないが、
まあ当たらずとも遠からず…そんな気がする。

実際のライヴでは血糊もニワトリの死骸もなかったが、
さほど血の滴りが少ない状態の生肉や、もつ焼屋の
ミノだのハツだの云う種類のもの…
或いはブロイラー的なモノが少量ばらまかれ、
客席を飛び交ってはいた。

しかしさすがに、節度ある日本人観客!。
格好こそトサカおっ立ちパンクヘアだったり、
派手なタトゥーだったり、ボディピアスだったりと、
すっごいんだが、座席を壊したり、壁に穴を開けたりとか、
そういう類いの破壊活動は一切なくて、結果的には、
演出の割には、実に行儀良い
ちょっとだけ過激風のライヴ...で終っている。

さて彼らの音楽は、スロビンググリッスル的な工業ノイズの
氾濫部分はかなり後退して、むしろテクノビートだったり、
初期の「ハウス」だったり、それらとはギャップありありの
静寂でメロディックな音楽だったりして、
全然尻尾が掴めないのだが、何と今もバンドは継続している…

ジェネシスPオリッジは、今は宗教団体を設立し、
さらになぜだかオリッジ嬢(!)になってしまっているけれど
(これがまた超ド級に醜い!)…。

彼らの1stアルバムを購入し、それまでのスロッビングの
過激すぎる音に触れて、さて新しいバンドで何を聴かせてくれるのだ!
期待と不安、そしてたぶん考えもしなかったような、
エログロに満ちたサウンドで、こちらはもうKOされる
準備OK! そんな決意で、サイキックTVとしてのデビュー作に
針を落としたら、いきなり飛び出したのが、このサウンド…

意外というか拍子抜けというか、いきなり奴らにカマされたな!
もちろん嵐の前の静けさというヤツで、あとはいつものエログロ…。

Psychic TV - Just Drifting (For Caresse)


おまけのスロッビンググリッスル....個人的見解では、限りなく美しくて
儚いノイズサウンド....あくまでも個人的に...である。
TGのギタリストでもある若い頃のコージー・ファニ・トゥッティ嬢の
お姿も懐かしい。今はちょっと凄いことになってるけど...??

Throbbing Gristle- Hamburger Lady

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苦手なもの

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何となく、今宵は街全体がうかれてる感じ…。

私は毎年恒例のサンバ・カーニバル(yeah!)に
出掛けてみようかなあ…と思いつつ、歩を進めたら、
おもむろに花火が始まった。

そうかあ、今宵は花火大会でもあったのかあ!?

実は自分はこの花火という奴と、子供の頃から
どうも折り合いが悪い。

腹の底から突き上げるような音が苦手みたいなのだが、
実のところ原因は分からない。

写真程度の牧歌的なヤツならまだ良いのだが、
最後の最後、在庫処理的にぶっ放すババババババ….
っていう連発がとにかく苦手....だから、

戦争絶対反対!。

茄子が死ぬほど嫌いだって奴を昔、『こんなうまいものを嫌いだなんて!』
…とか云って、随分とカラカッタ気がするけれど、
まあ、それと似たようなものだ。

そんなわけで、少し離れた安全地帯(?)に歩を戻し
しばし観ているうちに、体調がズズズーンと悪くなって、
こりゃあ、サンバカーニバル…無理だなあ、
行きたかったのになあ…そんな感じで息もタエダエ
実家に引き上げたのであった。

ホント…情けない身体である….。



私がストーンズで初めて買ったシングル盤がこの「ワイルドホーシズ」。

本当は、変形ジッパージャケットで有名な
「スティッキーフィンガーズ」が欲しかったのだけれど、
当時、中1くらいの自分にはとてもLPなんて
簡単に買えるシロモノじゃなかったから、
それならシングル盤で!。となるのは必定。

ところが、その第一弾ヒットシングル「ブラウンシュガー」は、
ご存知の通り、当時から大ヒット!

もう誰もが既に持っているし、ラジオでも毎日のように掛かるから
買わなくてもいいや…そんな感じ。

そんな時に、わりとひっそり(たぶん)第二弾で、
この「ワイルドホーシズ」がシングルカットされたのだが、
今度は誰も買わない…。

「地味でツマラナイ…ストーンズらしくない」

どうしたわけか、そういう曲に私は妙に昔から縁がある…。
結局、大金(!)400円を拠出して、私はこれを購入した。

たぶんその後、中2か中3くらいでスティッキーフィンガーズを
誰かから借りて散々聴きまくり、もうそろそろ大人になる頃、
あのジッパーカバーが消滅するかもしれないって噂を聞いて、
あわてて、アナログ盤を買ったと思う。

何しろ、たいそうレコード棚に入れにくいレコードで、
常に端っこに収納しておかないと、不幸にも
隣合ってしまったレコードカバーは、甚大なダメージを被るのだ。

さてこの曲、当時からいろいろ噂はあった…。

この曲は、何故だかフライング・ブリトー・ブラザーズの方が
先に発表されていた。そして曲調が、いかにもブリトーメンバーの
グラムパーソンズ印のカントリーロックだった為に、
すわ、ジャガー&リチャードコンビによる盗作か!と
まことしやかに噂された。

実際には確かに、カントリーロックの創始者とも云えるグラムの
存在がなければ生まれなかった曲ではある。

彼がアメリカ音楽に与えた影響力は、チャックベリーや
ジミヘンドリックスにも比肩し得るとも云われるくらいだ。

グラムの名を世界中に轟かせたアルバム=バーズの「ロデオの恋人」
は、全カントリーミュージシャンの尊敬を得ると同時に
目標で指針となるのだが、そんな中にストーンズのキース・リチャーズもいた。

68年にバーズが南アフリカ公演の為の中継地兼休暇で、
ロンドンに滞在した折に、キースはグラムパーソンズを自宅に招待。
そこで彼らは意気投合し、キースはグラムから、大量の
カントリーミュージックのリックや、チューニングなどを
教わったという。

一方、キースはバーズの南アフリカ行きに疑問をもち、彼に
尋ねてみると、グラムはハーバード(中退)のわりには、
アパルトヘイトのことなどまったく知らず、初めて実情を
キースから聞かされ、愕然としたという。

そして南アフリカ公演を彼はサボタージュ=
今流行?のドタキャンをした!。

当然バーズ(ロジャーマッギン)は怒り狂い、即解雇!。
まあ、それ以前にロジャーはグラムの煌めく才能に
嫉妬してたって話も、あながち嘘ではないと思う。

グラムは、アメリカに帰国すると、今度はすぐさまキースが
追いかけてきて、共同生活みたいな感じになって、
その中から生まれたのが「ワイルドホーシズ」。

発表が遅れたのは、ストーンズの自主レーベル発足に当たって、
旧レーべルの在庫処分的編集盤に組み入れられてしまうのを
回避した為。

そんなわけで、まあこの曲のわりと近年の映像が、
なかなか良い雰囲気だったので、そちらをご覧頂きたい。

何と東京の東芝EMIスタジオ!…
たぶん、天王洲アイル駅前の旧寺田倉庫(行ったことはないが)。
しかし今は東芝EMI…もといEMI Japanすら消滅して、
ユニヴァーサルに吸収されている。
この辺の移り変わりは実に早い…
しみじみしみじみ…。.

出だしのミックの声が、一瞬、「衰えたか?」と思うのだが、
全体的にはとても良い雰囲気で、メンバーのこの曲に対する
愛着みたいなモノがヒシヒシと伝わってくるのが
とても良い感じ。

Rolling Stones - Wild Horses


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危険な季節

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Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

高校を卒業した私は、昔風に云うと、
大学入試に「滑って...」浪人することになった。

たまたま実家の近所に予備校があったから、
そこに取りあえず通うことにした。

田舎の事だから、大した選択肢もないのだが、
東京の有名予備校に入学(?)できる
裕福な家の子弟もいれば、ただひたすら
孤独に「宅浪」を決め込む奴もいたが、
結局、輝かしい成果を発揮するのは
そうした強い意志の、上京組と宅浪組。

自分のような怠惰な地元予備校組は、勿論、翌年、
立派な国立大学に合格する者も居るけれど、
途中で試験は試験でも公務員試験に切り替える者も多いし、
三流私立大でOK!?って早い時期に諦める手合いもいる。
そしてさらには、パチプロと化すか、立派な雀士となるか、
さもなくば夜の世界の住人となったり、ケチなバンドマン・モドキ…
に成り果てるか…!?。

そんなある時、その導線はまったく記憶にないが、
たぶん友人に誘われ、私は、とあるオンボロアパートの六畳一間にいた。

部屋の奥の窓ぎわの万年床には、髪が胸元にまで垂れた、
たぶん自分より3つ4つ年上の「キリスト?、いやヒッピーか?」
っていう風体の男が、布団の上にあぐらをかき、西日を浴びながら
一心不乱にエレキギターを弾いていた。

エリッククラプトンの「何だっけこれ!?」って曲?
(たぶんクリームのSitting on top of the World)で、
相当に自己陶酔中のその男を、私は何となく行儀良く
正座しながら聴いていた。

すると、彼のギターのヘッド側の「押し入れ」の襖が
唐突に開いて、中から一組の男女が、今まさに目覚めた
っていう風情で出てきた。

男性の方は知らぬ顔だったが、女性の方は見覚えがあった…。

中学時代の、当時はまだロック好きの…確かT.Rexが好き!
なんて云ってた少女の、それからたった3年か4年後の、
随分と(言っちゃあ悪いが)うらぶれた、安手の繁華街の女...
そんな感じになっていたのと、ちょっとあり得ないような
登場の仕方で、俄に混乱する自分が居た。

しかし向こうは、こちらを見ても眉ひとつ動かさず、
素知らぬ振りをするので、自分も知らぬ振りを決め込んだ。
きっとそうすることが礼儀なのだろう、こういう場合は…?
なんて、ちょっと自分も大人の振りをしてみる…。

押し入れから出てきた男が、私に云った。

「ココに連れてこられたって事は、君、楽器は何弾くの?」

というので、何となく自分がココに連れられた意図を察した。

「ギターだよ」って答えると、彼は無言で押し入れの中から
エレキベースと、小さなベースアンプを引っぱり出し、
私にそれらを手渡しながら、しきりに、向い側で自己陶酔している
ヒッピー氏を指差すのだ。

彼に合わせて弾けってことか…。

どうって事ないブルースだし、ならばジャックブルースなみに
精々煽って挑発してやるか!と、攻撃的な感じでブブブバババと
弾き出すと、ヒッピーは初めて顔を上げ、私を一睨みした。

まずい、怒らせたかな??

するとヒッピーは様々なパターンの曲を次々に繰り出して、
今度は私を挑発する…..私も負けずについてゆき、やり返す…

演奏が終ると、ヒッピーが初めて口を開いた。

「じゃあ、出掛けるぞ…ついてこい」

私はケースもない裸のSGベースと、Guyaの小さなアンプを持って、
2kmほど歩いて辿り着いたのが、大通り(広小路)添いの喫茶店。
えっ、なに、ライヴ? 曲は、譜面は?

ヒッピーさんはまたしても何もしゃべらないまま、演奏が始まり
私は彼の指先を見ながら、キーを知り、あとはテキトーである。

今度はクラプトンでも、ジェフベックでもない、何やらフォーク調の
オリジナル曲?(実際には、PYGとかGS絡みのカバーらしい)
さて、上手くいったか?….いや、上手く行くはずなんて
絶対にあり得ない。何しろとても後味の悪いステージになった。

もう二度とこんな惨めなステージなんて…と思うのだが、
その後何度も呼び出されては、絶対に納得できない、
常に準備不足すぎる仕事の仕方?に手を焼きながら、
何となく…このまま自分は駄目になって、埋もれてゆくのか?…
いい加減で無責任な職業意識の中で、ただただ消費され、
やがて廃棄されるのを待つだけの立場なのか?
どうせ踏みつけられ、埋もれて行くなら、

東京で勝負すべきじゃないのか?

東京に行くには、そうだ大学受からないと…
そうだ、勉強しないと…。

そこに「受験生の本文とは?」なんて殊勝な気持ちはない。
暗闇から抜け出す為にも、今は勉強せねば…!
しかしもう北国は、冬の準備に入る時節となっていた…
ヤバいぞ…。

後年、ヒッピー氏の噂を聞いた。
いい加減な奴だか、そこまではしないと思っていたが、最期は
実際に呼んでもいないメジャーなフォーク歌手のコンサート開催を
でっち上げ、チケット詐欺を働いて、逃げたのか捕まったのか?
それ以後の話は分からない。しかしあのまま自分も流されるまま
彼に従っていたら…と考えると、ちょっとぞっとする。

そういうわけで本日は、そのCREAMを….。
ヤッパリこの『GoodBye』に入ってたライヴテイクが一番凄いけど
ちょっとどこかほろ苦いかな。

Cream- Sittin' On Top Of The World


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コンビニにて

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

体調悪かったんだけどね…
イワナに生ビール…止められまへん。.



実家から最寄りのコンビニに行くまでは、チャリで
1分と掛からぬ距離なのだが、ほんの数秒ながら、ごく軽い
坂道を漕がねばならない。

心臓の(?)調子の良い日は、別にどうってこともないのだが、
何となく今日はヤバいかなって日は、それが異常にツラい。

ツラいどころか、一瞬で強い胸焼けのような状態から、
意識が急激に遠くなり、呼吸も苦しくなって
倒れるというか、路上に崩れ落ちるような感じになる。

一瞬、救急車を呼ぼうか…という心境になるが、
たぶん、路肩に5分も座って、深呼吸などしながら、
息を整えつつ休んでいれば、少しは回復するだろう…
と思って耐えていると、やはり少し回復するから、
そのままコンビニに駆け込んで、崩れ落ちそうになる身体を
なんとかギリギリもたせて、速足でトイレに一目散に
なだれ込む。

ここでまた少し休憩できる…しかしすぐにトントントンと
ノックされ、次にチッ...と舌打ちが聴こえたりする。

少々焦るが、まだこちとらどうにもならない。

何度もトイレの水をゴーゴーと流しながら

「もうちょっとだから、今少し待て!?」

というようなサインを送るが、先方も洗面所の水を盛大に
ジャージャー出しながら、ああだの、ううだのと
声にならぬ声を挙げ、「こっちもそんなに余裕ないんだぜ…」
という意思表示を返して来る。

そんな無言の駆け引きをしてるうちに、どうやら自分も
幾分落ち着いてきたようだ…。

ドアを開けて軽く会釈をする私。
先方も、こちらと目を合わせることもなく、頷いて、
忍者のようにトイレに急ぎ侵入する…。

私はまだ少し足もとがふらつくけれど、取りあえず
所定の買い物をして、帰りは快適に

「人生下り坂最高!」

などといいながら、殆どペダルを踏まぬまま、家に着くのであるが、
実は最大の難所がこのあと…。

自分の部屋は4階…もちろんエレヴェーターなんてない…。

行きも地獄、帰りも地獄…。



前回に引き続き、ロバート・ワイアット…

しかも彼といえばやっぱこれ!ご存知エルビスコステロと
当時の共同作業者クライヴランガーによる珠玉の名曲...
「Shipbuilding」…たぶん当ブログでは2度目の登場…と思う。

コステロはわざわざ、ワイアットの為にこの曲を書き下ろした!
…と、述べているが、勿論、後日しっかりセルフカバーも行っている…。
(しかもチェットベイカー入りで…)

詩の内容は、英国独特の比喩や言い回しが多くて、なかなか
解釈は難しいのだが、時代背景は発表時と同じ1982年。

舞台は「造船業」を生業とする人々が暮らす街…
時の保守党=サッチャー政権の経済失政は、リヴァプールや
グラスゴー、ベルファストなどで未曾有の失業者を出した。

そんな時にサッチャー政権はフォークランド諸島の利権を巡り
アルゼンチンと戦争を始める。にわかに造船の町は活気づくのだが、
造船労働者の息子はその船に乗って、『Task』…戦地へ赴く…。

(大した戦争じゃないから)クリスマスまでには帰って来るよと言って…。
Well I ask you. The boy said "Daddy they're going to take me to
task. but I'll be back by Christmas"

勿論、当時の私はそんな詩の内容など解することもなく、
当時オープンしたばかり?で、英国で発売の新譜は
インディーズも含めて1週間以内に直ちに空輸される!
という触れ込みのレコード店=西新宿の英盤専門店
「UK.Edison」にて、キッカイで、同時に
どこか大好きな画家ブリューゲルを思わせる
12インチシングルのジャケットを発見。

ロバート・ワイアット?

高校生の頃、結構ハマって聴いてたけど、当時はラフトレードの
べンワット周辺とか、あと、「アニマルフィルム」っていう、
動物映画かなんかのサントラって云う、なんだか実験音楽みたいな
ミニアルバムみたいなものをリリースして、買ってみたけれど、
なかなか良いなあとは思ったものの、結局難解なものだから
2〜3回聴いて、放り出したまんまだった。

しかしなんか今回は雰囲気が違う…イデタチ&オモムキが
かつての名作「Ruth Is Stranger Than Richard」にとても似ていたから、
妙な第六感が働いて、購入してみることにした。

12インチシングルは、当時ほぼ一律で1000円だったから、
とても買いやすくて、これで気に入ったらフルアルバム購入っていう
パターンなのだ。

帰宅して早速聴いてみた。

当時はまだしょっちゅう45回転の12インチシングルを
間違えて33回転で掛けて、どよよ〜んとした音にびっくりした
ものだが、それはともかく…

もう大ショックだった。

超名曲じゃないか!なんだこれ??

エルヴィスコステロ作〜…んもう…先に云ってくれよ〜!
なんだよー…そんなの良いに決まってるじゃんかあ!

このPVは随分後になって、たっぱりピーターバラカンの番組で
初めて観たけれど、映像版もヤッパリ傑作じゃないかなあって思う。

コステロもいるし、ヤマハのCP(エレピ)を弾いてるのは、
コステロ終生の相棒(?)スティーヴ・ナイーヴ君だし…。
(銀座のピアノバーで、酔客のリクエストで演歌の伴奏をして
やんやの喝采を受けたという伝説がある…流しのオッサン並みに
何でも伴奏できるらしい!)

Robert Wyatt - Shipbuilding


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何でも屋の運命

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

普段は毎日のように通って、眺めていた蓮のお堀だが、
今年は体調が悪くて殆ど出掛けられず、本日、
今年初めてくらいのお堀の蓮は、もはや閉店間際…。

まあ終わりの美学も、それはそれでまたオツ…なのだけどね…。



バンドマン活動のあと、当人的にはバリバリに無垢な
フレッシュマン(!)のつもりだが、世間的には、
もう随分と手垢の付いた、少々草臥れた24歳の中途採用者の身の上…
それを敢えて拾ってくれたのが、やはり創業したばかりの
貿易屋の社長さん…。

当初は社員20名ほどの超零細企業。

先輩方は、皆、財閥系の大商社出身、貿易のスペシャリスト!
とのことだったが、徐々に、皆それぞれにワケありで
前職を追われ、この零細企業に流れ着いた…
というのが実際らしい。

そこそこ英語が使える以外は、まったく経験もなく
素人同然な私は、当初は当然「雑用係」の

「何でも屋」。

当初はそれがホントにツラくてイヤだった…。
というか、社長や先輩方の尻拭い的な事ばかりに
駆り出される、大体がトラブル処理…。

相手は怒り狂ってる場合が多いし、
そんなタイミングで謝罪にやってくるのが、
またのワケの分からん若造だったりするから、
尚更怒りが倍加するみたいで、なにしろ
ボコボコにやられる(口でだが)サンドバック状態。

ところがその「何でも屋」ほど強いものはない。

会社で取り扱っているすべての商材とその真実の評価、
お得意先様の顔やキーパーソンの性格を含む特徴。
そして諸外国の関係取引先との通訳を含む連絡係と
来日時の接待担当…。

気がつけば、社員の誰よりも会社を取り巻く状況の
そのすべてを掌握する男…。

気がつけば、社内も社外も、その繋がり=ネットワークの中心は、
自分という感じになっていて、大きな発注や秘密のプロジェクトに関する
裏情報などが、各担当者間ではなく、先方のその周辺社員、
女子事務員…などから、なんとなく私のところに
情報が集まるような状況になっていた。

そうしたわけで、さらに10年が経ち、新社屋も竣工し、
社員数も当初の5倍くらいに膨らんだ頃、私の役職は
会社のナンバー2(専務取締役)になっていた。
まあ、社外取締役という、厄介な老人方もたくさん居たけれど…。

さて、何故こんなどうでも良いような、愚にもつかぬ話を
思い出したかというと、今朝、その元の社長のご家族(息子氏)から
電話があって、社長が先月亡くなったことを知らされた。

しかし先方のご家族には、それぞれにのっぴきならぬ
事情があって、位牌とか、飼い猫まで…引き取り手がなくて
困ってるのだそうだ…。

そこで位牌の守役、奉い役を私に….という話だ。

まあ、実際には、事情も分かっているし、位牌くらいなら、
自分が以後、我が家で奉るのも、やぶさかではないけれど、
やはりそれは筋違いというものではないだろうか…?。

ここは事情があるとはいえ、実の親子なのだから、
私は何が何でも辞退して、親子の絆を断ち切らせてはならぬ
と、思うのだ。(生前、元々切れていたとはいえ…だ)

そうしたわけで、諸事に詳しいヒトの助言を享ける為、
少々の猶予が欲しい…としたのだが、はてさて…なのである。

まったく、厄介事はいつも自分のところに頼みにきては、

「頼むよ、後生だからさあ、恩にきるからさあ…」

いつもそんな親子であったなあ…。

亡くなっても、そうしたことが続くわけね…
もはや自分の運命かな…?。

ちなみにもうひとつ、父方の祖父の墓の問題が今自分に
降り注ぎ始めている…。

墓は兵庫県某市なのだが、一度だけ詣ったことがあるけれど、
土葬が風習らしく、墓は小さな花壇くらいの面積という印象があった。

今はもう殆ど関係性のない本家当主(祖父の兄のひ孫…もはやお互いが
どういう続柄かすら分からない….)から、墓守に掛かる寺への
寄進云々とか、経済的なことも含めて、墓所を撤去したい…
という申し入れがあって、ちょっと困ってたりする…。
(数十年前に墓土の一部は、当方の墓に移転済なのだが…)

ウーム、そういうややこしいお年頃なのかなあ…。



「ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)」っていう
アルバムがある。自分にとっては、もしかするとビートルズ本体の
アルバムよりも重要な意味を持つ名作アルバムなのだが、
不覚にも、中学生の頃、私はすぐにはこれが買えなかった。

A面トップに収録されている『MOTHER』っていう曲の
シングル盤は持っていたし、他の何曲かも、ラジオなんかで
知っていたが、これも不覚すぎて恥ずかしい限りだが、
ジョンの重要曲「LOVE」は、当時ヒットしてた、コーラスグループ
「レターメン」のカバーで先に知っていたりする…。

買おう買おうと思ってるうちに、次作アルバムの「IMAGINE」が
発売されてしまい、多くの仲間がこれを購入した。

そうかみんなこれを買ったか…それを見届けると、私は迷わず
このもはや旧譜となった「ジョンの魂(通称じょんたま!)を
遂に購入するのだ。(「Imagine」は仲間から借りて聴けばよい!)

以来、このアルバムの虜である。
全部好き。

そしてLoveも、言っちゃあ悪いが、レターメンの凡庸なカバーなど
足もとにも及ばぬ、素晴らしい出来映え…。

この簡素で、救いようがないほど孤独で無機質な世界観…。

そして時は過ぎ、大好きなロバートワイアットがこれをカバーした。
確かに世界観はジョンのそれとは相当異なる…。
しかしそこには彼らしい、すべて達観したような「LOVE」がある。

そんなわけでとても久々、凄く良質なジョンのカバーに
出会えた、そんな心境なのだ。

Robert Wyatt - Love


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