ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
MENU

サッカーやろうよ?

DSC00109あ
Leitz ELMAR 5cm/F3.5 (1939)

戦前型エルマーでカラー撮影…なんて、
全然想定してなかったけれど、
何かね…不思議な存在感と云うか、
ちょっと見「あの世?」っていう不気味さもあり
まあ、何とも面白い。

さてさて8月も半分過ぎた。
世は終戦だ敗戦だ…何故それが記念日なのか?などなど、
いろいろ騒いでる人も居るようだが、
我々(?)にとっては、終戦なのか、敗戦なのか…
はてまた歓喜なのか、まだまだ決着できずに
苦悶にのたうち回っているいるのが…

ワールドカップロシア2018・アジア地区最終予選…

半月先の埼玉スタジアムのことを思えば、
もう居ても立ってもいられないのが、
サッカーファンの性というものだろう。

先刻承知と思うが…対オーストラリア戦…勝てば2位以上確定で
ワールドカップ出場決定!負ければ、5日後、灼熱(摂氏40°)の
サウジアラビア、アウェイでの最終戦…これも勝てば、通過だが
負ければ…アジアA組3位とのプレイオフ(たぶん韓国…)
そこに勝っても、さらに北中米予選の3位(前回はメキシコ!)
とのプレイオフ勝利で、辛くもアジア第5代表獲得…。

いずれにせよ、プレイオフに廻れば、遠くてタフな茨の道が待っている…
そしてそここそが「絶対に負けられない闘いがそこにある…」の地獄絵図。

だから、なんとか8/31埼玉。それに勝ち、本戦出場権を
確定しておきたいのだが…日本代表は、未だかつてW杯予選で

豪州代表に勝った試しがない。

豪州がオセアニア枠から、アジア枠に移動してきたのが
そもそも20年位前だから、歴史はまだ浅いとはいえ、
何かいつも負けるか引き分け…そんな印象が強くて、
最近ではアジアカップ決勝で終了間際に、
日本代表=李忠成の華やかなボレーシュートで勝った
あの試合くらいしか思いつかない。

まあ何しろどうにもこうにも落ち着かない、2017年8月…
なのである。

っと、今日言いたかったのはそんなことではなかった…。

サッカーは戦争のシュミレーションである…とは、
元サッカー部員には当然の「哲学」であるのだけれど、
戦争の仕方と云うか、規範、正義感、美学というものが
ちょっとずつ、「日本的」とは異なる部分があって、
そうしたルールを、納得するかしないかは、それぞれの
自由とはいえ、確実に審判はくだされてしまうのだ。

オフサイド・ルールとは、即ち「待ち伏せ禁止」というルール。
ヨーロッパ、特に英国の戦争略儀において、「待ち伏せ行為」が
如何に卑怯で、忌み嫌われているのかを物語る典型的ルールだ。

日本的には、闇討ちとか、山中で待ち伏せして襲いかかり
要人暗殺…なんて、時代劇ではよく見る光景だし、近頃も
某超大国は、「斬首作戦…」なんて、作戦名に命名するくらい
普通な感じだけれど、たぶんEUのメルケルあたりからしてみれば、
さぞや、低俗で品位に欠ける作戦名なのだろうなと思う。

もうひとつが、危険もしくは確信犯的反則を犯した者は、
基本的に警告(イエローカード)」が与えられるが、
それに対して「報復(と思われる)」行為を行った者は、
事の重罪・微罪に関わらず、すべて「退場(レッドカード)」となる。

これは報復による「戦争(恩讐)の連鎖」を、欧州の歴史観として
強く戒めたルールだ。

しかし、これも日本的な「仇討ち文化」もしくは「専守防衛」とは
完全に乖離する真反対とも云える解釈。

記憶を辿れば、1994年のアメリカ大会での決勝トーナメント1回戦、
イタリア対ナイジェリアで、酷い反則でナイジェリア選手が警告を受けた後、
すぐに交代で入ってきたイタリア代表のゾラ選手が、
彼らしい華やかなドリブルで、ついさっき警告を受けていた
ナイジェリア選手を翻弄し、転けさせたら、審判には、それが
「報復による反則行為」と見なされ、ゾラは入ったばかりなのに
一発退場…。

1998年のフランス大会では、有名な「ベッカム若気のいたり事件」。

アルゼンチン=シメオネ選手の術中にハマり、確信犯的に
ベッカムを倒し、イエローを貰った直後、敢えてシメオネは
ベッカムを挑発し、彼の熱しやすい性格から、反則を引き出し
「報復行為」で。彼を退場に追いやった…。

世界的なサッカー観からすれば、これはシメオネ選手の狡猾さの勝利。
ベッカム選手の若さ、アサハカさ、責任感の欠如が災いした典型例…。

しかし、日本人的な目でこれらを見れば、ちょっと
心情的に納得できない部分でもあるのだが、
そうした戦争(怨み)の連鎖を食い止める
人間の知恵とかの部分では、やっぱりアジアにはまだまだ
足りないのかな?って思う。

様々な歴史観や人生観や国家観があって、それが不幸にして噛み合わず
戦争に発展してしまう状態をして、何が正しい…どっちが正義だ!
なんて規範は存在しない。

だからこそ、サッカーの世界では、先に手を出した方よりも、
報復した側が、圧倒的に悪い!
数倍の罪を負うべき…というルールが明文化されていて、
この部分にローカルルールなど、絶対に適用してはならないのだ。

日本国憲法を、変えるのか、考えるのか….良く分からないけれど、
戦争ありき、その準備としての憲法改訂(九条改訂)など、
私はあり得ないと思う。

より良い国家像を、積極的且つ徹底的に、とことん話し合い、
嘘偽りなく国民に丁寧に説明し、その結果の憲法改正なら、
大いに賛成なのだが…

まあ、またどこからか「お花畑野郎」って声が聴こえるなあ…。



昔々の大昔、まだ自分はペエペエの殆どトーシロな学生アルバイト的
バンドマンで、やがて「総立ちの女王」なんて言われるようになる
某ポップ系女性歌手のバックバンドに、辛うじて入れたと云うか、
ちょこっと入れてもらった感じの時代…。

ある日、ステージ用の新曲の譜面がリハーサル中のスタジオに届き、
「さあ…なんだこれ、♭が6ヶもついてやがるぜ!?」などと文句を
一丁前のミュージシャンみたいに垂れながら、演奏に掛かろうとすると、
その曲(何だったかは失念!?)を選んできたと云う、業界では
つとに有名な大御所プロデューサー(日本式はディレクター)が現れた。
(単純にアドバイザーとしてやってきたらしい)

我々は少し緊張しながら、ほぼ初見で演奏を始めると
ギターソロ8小節というのが不意に出てきた…自分は例によって、
とても無難かつ、一定の評価を簡単に得易い、リーリトナー風の
コンビネーション・ディミ二ッシュでソロを組み立てると、
敏腕かつ、噂では鬼の大御所プロデューサーは、突然演奏を止め、
私に向け、ちょっとだけ凄みを利かせた、花見のテキ屋風口調で云うのだ…

「ギターのあんちゃんよお…ズージャはな…要らねんだよ…
 ロックなんだよ、分かるかい!ロックなのさ…ズージャはな…
 要・ら・ね・え・ん・だ・よ(何故かリフレイン…)」

ロックなんだよ(?)...って云われてしまったら、
普段はノンビリ気質な自分でもメラメラと煮えたぎるものがある..

そうかいそうかい、分かったよ。

と心の中で叫びつつ、テイク2では、当時一番気に入ってた
エドリアン・ブリューか、それに呼応した一風堂の土屋昌己さん…
彼らを意識したフィードバック&トレモロアームピロピロ(?)使いで、
派手にキメたら(つもり)大御所は云うのだ…

「あんちゃんよお、オメエさん最高に良いセンスしてっけどよお、
 はっきり云って…オメエ、オレに喧嘩売ってるだろ!。」

土屋さんに関しては、JAPANを経験する前の、まだ混沌とした
ギタープレーが好きだったのだがね、Japan加入以後はちょっと
ブリューのパターンに陥りすぎた感じで、彼らしい
ロックもポップもジャズもブルーズもごちゃごちゃで、
それが逆に何でも出てくる魔法の「ドラえもんポケット」みたいな
そんな機智に富んだ演奏が魅力だった彼のスタイルが、
なかなか見えづらくなっちゃって、ちょっとつまらない感じだったかな….。

でも、いつも見てる方向が自分と似てて、とても気になる存在でもあったな。
まあ、Japanは当時の私と同じ…バイト感覚...なんだろうね、きっと…。

Japan - The Art Of Parties


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

スポンサーサイト

不穏な兆し

DSC00108あ
Leitz ELMAR 5cm/F3.5 (1939)

自分的には、とてもレアな「空写真」。

電柱と電線の五月蝿さは半端ないけれど、
まだまだわが故郷は何処に行ってもこんな感じ。

お盆だからね、体調悪いけれど、まあ休み休み
ゆっくりと、お寺へ向かう道すがら、空を見上げると、
夏らしいけれど、何やら怪しげな雲…。

基本的に空&雲の写真って、とっても
個人的な主観だけれど、反則…って気がするから、
極力撮らないようにしていたのだけれど(お墓や神社仏閣も)、
ふとカメラには1939年、即ち昭和14年製の
エルマーが装着されていたから、ファインダーを覗けば、
雲の間からブーンと、ゼロ戦か、予科練航空隊の複葉練習機が、
写ってしまうような、そんな気がして、思わずカシャッ…。

ちなみにボケボケなのは、珍しく濃いめのサングラスを
していたら、全然ピントが合わなくて、まあ…無限遠で
何とかなるだろう!って思って適当にシャッターを押したら、
さすがナチス政権下のドイツ第三帝国とはいえ、昭和14年製…
そんなにあまいものではなかった…。

まあゼロ戦は飛んるハズないけれど、逆に今の時代
それはそれでちょっと…な感じ…。

何だかタチの悪いガキ大将の意地の張り合い…
そんなのが抑止力としてキチンと機能するのだろうか…。

刻一刻と、破滅の道をヒタヒタと…ああヤバいヤバい。

実は、自分が知ってるだけでも、かつて南北半島関係が
決裂的危機に陥ったことは何度かあって、最もヤバいと云われたのが
北側が「ソウル五輪壊滅」を宣言した頃。

たまたまその時期に私はソウル出張しなければならなくなって、
その時の交渉相手は、ソウル在のアメリカ企業。

事前にそっちはヤバくないか??と打診するのだか、先方は
「だいじょぶだいじょぶ」としか言わない。

「ソウルの米軍基地の中にあるホテル(Hilton)で商談する
予定だから、安全は保証されたも同然!」と胸を張る。

我々日本人的には、基地こそ危ない!最初に狙われるじゃないか?
って思うのだが、彼らはどうも逆の感覚らしい。

「だって、世界最強の米軍が守ってくれるんだぞ!....」

そんな感じ。

やっぱり敗戦国独特の、ネガティヴな感覚なのだろうか?



チョイとばかりシブすぎかもしれないが、
ここらアタリのミュージシャたちが、最後のアメリカの良心!
って気がする…(もう亡くなっちゃったけど…)。

とはいえ、彼ことジェシ・ウィンチェスターは、
ベトナム戦争徴兵を拒否して、カナダに出国して以来、
以降10年とちょっとの間、恩赦されるまで、
母国米国帰国を赦されなかった輩…。

その間、やっぱり最もアメリカ人っぽい音楽を演ってるわりには、
一人を除き、全員がカナダ国籍のTHE BANDなどの支援を受け、
作品を発進し続けたジェシ…。

その音楽が、ホントにコマーシャリズムに毒されない、
ピュアで良心的なアメリカンミュージックであり続けたことが、
聴いていて、自然と涙を誘ったりするのだ。

Jesse Winchester - I Turn To My Guitar


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

岩ガキオヤジ...

DSC02021.jpg
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

五十路を超えて故郷に戻って来るまで、牡蠣なんて
寒い時期の風物だとばかり思っていた。

しかし真夏にこんなミルキーで極上の旨さの
牡蠣(岩牡蠣)に出逢えるとは…!

長生きはしてみるものだ!
って言うほど永くは生きてないけどね…。

ちなみに先日の中学同期会の集合写真を見ると、
男子はみんなが校長先生みたいだが、異様に若いと云うか、
悪ガキっぽいのは、自分と、今もオヤジバンド
(AUGUST MOON/PORTO)でがんばってる、
ハタエタケちゃんとヨッちゃん…まあこの二人は
別格としても、自分は….異様に肌の色が青白くて
何だかちょっと情けないな…。

おっと、高校も同期会だそう…ちなみに自分と一緒に
バンド組んでた奴らとか、ミニコミやってた奴ら、サッカー部を
悪戦苦闘して建ち上げたメンバーは総じて「連絡先不明」…
実は自分もつい最近まで「不明者」。
うーん、どうしようかな??



さて本日は、今更どうかしたの?って云う感じが否めない
ユーミン…荒井さんのご登場…。

しかも意外に地味なこの曲『何もきかないで』。

この曲はたまたま彼女の3作目で、皆様ご存知の
「Cobalt Hour」に入ってる曲だけれど、実際には
彼女の歌唱では初のメジャーヒットシングルとなった
「ルージュの伝言」のB面曲…。

曲は地味だけれど、私は当時、ココロの奥底で
ひっそりこっそり妄想していたかもしれない
「プロギタリスト!」を目指す、世間知らずの田舎の高校生にとっては、
この曲の「ポップスの王道的ギター(ソロ)」に大きな衝撃を受け、
研究に励みつつ、なんとかこうしたマインドを
自分の血の中に刷り込むべく、結構必死に修練した日々…?

ブルースバンド組もうぜ!→今ちょっとそっちは休業中。
ディープパープルやろうぜ!→勝手にやってろ!
やっぱサバスだよサバス→どっかの左利きギターに頼め!
イーグルス&ドゥービーやろうぜ!→お呼びじゃないぜ!
フィートやんないか?…うう...ちょっと考えさせて…
           でもスライドの練習がめんどくさいかな..。

そんなこんなで折角のお誘いを断ってばかりいたら、
すっかりお声もかからなくなって、
仕方がないから、ユーミンとシュガーベイブを演るって条件で
加入したバンドでは、主にベース担当だった…って、
ちょっと黒歴史な高校時代後半...。

しかしそのおかげで、すべての楽器の構成というか
サッカーでいうところの、ポジションが後ろであればあるほど、
戦略を深く見つめ、考察できるってあの理屈で、
音楽そのもの、バンドのあるべきスガタカタチみたいなものが
何となく見えた感じがして、この気分は、たぶんジコチューな
ギター弾きやヴォーカリストには永遠に分かるまい!?
ってな心境に至るのだ。

で、ハナシは戻り、問題はこのシングルA/B面つまり
「ルージュの伝言」「何もいわないで」のレコーディングメンバー…。

コバルトアワーのカバーの隅々まで見回したが、
いつも通りのキャラメルママを中心としたティンパンアレイ一派の
クレジットしかないから、てっきり私は永いこと、
「鈴木茂さんは器用にこんなスタイルも弾けるのかあ!?」
なんて感心しつつ思い込んでいたのだが、最近になって、
やっぱりコーラスでこの曲にも参加していた山下達郎さんの弁によると、
この曲と「ルージュの伝言」の2曲は、ティンパンではなく、
当時彼女のバックバンドだった「ダディ・オー」というバンドが
レコーディングメンバーであったとのこと。

シングル発売後、さらにアルバム録音時に
ティンパンで同じ曲の録り直しを試みたけれど、
結局「ダディ・オー」バージョンがアルバムでも選ばれることに
なったものの、クレジットは間に合わなかったらしい(というか、
PD=村井氏が門外漢になってしまうための大人の事情だと思う)。

で、「ダディ・オー」というバンドやメンバーのことがとても気になって
ググってみると、ドラマーの平野肇さんという方が、実に興味深い著作を
発表してることを知った。

「僕の音楽物語 1972-2011 名もなきミュージシャンの手帳が語る日本ポップス興亡史」

{BOOK}データベースによると:

>満足に楽譜も読めなかった大学生が、いつのまにか飛び込んだ
>プロ・ミュージシャンの世界。レコーディング、ライブツアー、
>TV・ラジオ出演、各種イベント…数々の出会いと昴奮の体験。
>そして繰り返される離合集散の日常。折しも1970年代半ば、
>大衆音楽界は巨大ビジネスへの転換期を迎え、激動していた。
>夥しいアーティストを、ドラマーとしてステージの背後から眺めていた著者が綴る、
>彼らの素顔と音楽業界の実像。

あれあれ?….どこかで聞いたことがあるような体験談だよねえ…
こりゃあ急いで読まねば!...であるわけです。

自分が初めてユーミンを見た時は、細野さん、松木さん&ポンタさんが中心の
吉田美奈子バンドを従えたものだったけど、2度目は秋田県民会館(!)で
with「バイバイセッションバンド」のツアー(「あの日に帰りたい」と
「翳り行く部屋」がニューシングル絶賛発売中...の時代)。

これこそが「ダディー・オー」のマイナーチェンジバンドだったらしい。

残念ながら、「これぐらいなら自分もやって行けるかも…」なんて
とんだ勘違いしてしまう、情けなくも偉大な一夜であるのだった。

取りあえず「東京(の大学に)に行こう」と決意した日でもある。

荒井由実 - 何もきかないで


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

歯医者の敗者

DSC00094b.jpg
Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

ゴーヤチャンプル食いたい!
ではなくて、何故だかスパムが無性に食べたくなってしまった。
いかにも身体に悪そうな油でジュージュー炒めたようなヤツ…。
もちろん、オリオンビールを添えて…いや、今は
シークワーサーサワーって気分かな…。



来るぞ!来るぞ!、奴が来る!
ほらほら、もうそこまてやって来てる…
Here she comes…

と、散々脅しておいて、あれ?
いったい何処行ったの…台風5号!?



現在、歯の治療中なのだが、最近全然、
歯医者に行けてない。

2週間前に夏風邪をひいて、咳&クシャミ&ハナミズ…
が止まらなかったり、熱があったりしたものだから、
口あんぐりでの静止状態を考えれば、相当にツラそうだし、
先生にも助手の方々にも大迷惑をお掛けするかもしれないし、
もしかすると、それが大惨事(?)を引き起こしてしまいそうな
そんな恐怖の想像までしてしまうことで、
きっちり歯医者に電話を入れて、
どうか、風邪が治るまで待っておくんなまし!
と連絡…。

その後、風邪は治ったような、まだ引き続いてるような
そんな中途半端な状況だが、風邪以上に基本的な体調も悪くなって、
歯医者で倒れるわけにも行かないし、第一、激しいめまいの中で
口あんぐり状態は、想像するだにウルトラへヴィー!。

だから、再び歯医者に電話して…

「必ず再開してもらいますから、もう少しお待ちください!」

というと、先方は...

「はいはい…お元気になられたら、またいつでもいらしてください…」

こりゃあ、完全に疑われてるな…
別にずる休みじゃないんだけどなあ…

子供じゃないんだから、痛いから「行くのイヤ!」
ってダダを捏ねてる分けじゃないし、早く治療したいんだけどなあ…
どうしてなんだろうなあ…などと、なんの発展性もない考えに耽る
オバカな自分である。

実を云うと若い時から、歯は全然駄目駄目で、
もう間断なく歯医者通いをしているものの、たぶん、

「はい、本日で治療はすべて終りました。
 長い間ご苦労様でした」

そう云われた記憶が全くない…。

つまり、いつも途中で行かなくなったり、自己判断で、
もう痛みもなくなったし、不具合も感じなくなったから
行かなくなった、足が遠のいた…そんなのばかりだった気がする。

実際には、歯科医と意見の違いというか、感性が会わず(?)

「二度と来るか!」
「ああ、こっちこそお断りだ、二度と来るな!!」

そんな修羅な場面もなかったわけではないが、
それは極めてレアケース(それはそれでまた別の機会に…)。

大抵は、一度サボってしまうと、また改めて予約を取るのが
億劫になって、自然消滅…そんな感じ。

そうしたわけで、歳も歳な今となっては、キチンと
最後までマットウせねばな!って思うんだが…
どうなることやら….?。



意外に思われるかもしれないが、Peter Gabrielの音楽の根底は
間違いなくR&Bに違いない。

彼のアルバムを最初からつぶさに聴いて行くと分かるのだが、
その時代のまさに最先端のアレンジと演奏力による、尖りまくった
楽曲クオリティのそのメロディ自体を裸にしてしまえば、
案外コテコテのアトランティックソウルの、お馴染みの
あの節回しだったりする。

ピ−ガブという人は、5年に1作くらいしかアルバムを作らない
まあ言ってみればお大尽みたいな人だが、90年代発表のこの唄は、
結構ピーガブも開き直って、あんまり飾らないストレートアレンジで
やってみっかい(何故北海道弁!?)ってなわけで、
当人のR&B癖と云うか、コテコテのマッスルショールズ臭全開!

時にパーシースレッジだったり、ウィルソンピケットだったり、
ルーファストーマスだったりの影がチラチラと漂う雰囲気…。

彼はたぶん、いつの時代も世界最高峰にして最先端のロックミュージシャンで、
常に同業者の注目に晒されながら、本人もそれを自負し、
或いは重圧に感じてるかもしれないけれど、
そんな彼が、時折一瞬だけ見せる、そんな無垢な表情が
私はとっても好きだ。

YouTubeには、秀逸なライヴ映像や、2011年のオーケストラによる
セルフカバー作品(=New Blood)とか、様々なヴァージョンがあるけれど、
ここは敢えてオリジナル版でじっくりと….。

Peter Gabriel ~ Washing of the Water


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

たまには旬な話題を…

DSC02657b.jpg
Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (1958)

これも自分の黒歴史に違いなく、恥ずかしいのだが、
話題的にはタイムリー(?)かな…

私は獣医学部を受験したことがある。

何故そこを志望したのか?実は今に至っても皆目分からない。

さほど動物が好きというわけでもないし、
そもそも自分は鳥が触れない。

犬猫はともかく、牛豚羊の糞尿に塗れるのは
まっぴら御免という口。

それなのに獣医学部受験…?

もちろん入学はしなかったわけで、その場所も、渋谷辺りから
バスに乗って、当時はまだ田舎道をことこと揺られつつ、
一度行っただけだから、うっすらと世田谷あたりだったかなあ…?
くらいで殆ど覚えていないが、学校の正門をくぐった後の、
強烈なエーテル臭と独特のケモノ臭さは一生忘れない。

ちゃんと志望し、受験に来てるというのに、自分は
「あああ無理、もう無理!、時間の無駄…」
そう思っていた。

あまりに試験問題が難しくて、全然出来ず
「もう無理!」って思った、防衛大受験(何故かこれもタイムリー?)
とは、全く意味が違うが、似たような心境ではある。

試験が終わって取りあえずホッとしつつ、
これから何処に遊びに行こうか?などと考えていると、
全く予定外にも、これから受験当日の「面接」があるという。

しかし、受験生の大半はもう帰ってる…何だか変な学校だな
と思いながら、面接会場に向かう。

取りあえず教室待機の順番待ちとなったので、
九州から来たとか、確か奈良から…という同志(?)と話をした。

Q; 君等はホントに獣医師になるつもりか?

九州の男は、「オレは無理だな…動物好きじゃないし」

奈良の男も、「取りあえず獣医師免許持っておけば、
公務員に優先的に採用されると聴いた」

そして二人は声を揃えていうのだ..。

「取りあえずね、国家資格なのだから、無駄にはならないでしょ?」

さて面接だが、内容は全く覚えていない…。
たぶん、自分自身が、方向性を完全に見失ってしまっていたのだろうと思う。

しばらくして獣医学部から通知が来た。

忘れもしない「ホケツゴウカクス…」

さて、どうしようかと迷う間もなく、母が別の資料を見ながら
眉間に皺を寄せつつ、言ったのだ…

「諦めなさい!第一そんなお金、我が家にはありません!」

まるで医学部並みの、法外とも思える「寄付金」を、
速やかに収納すべし!それが入学条件…。

私の何が何だか全く分からない獣医学部志望の一件は、
そうしてあっさり終了したのだった。

もうちょい我が家がお金持ちだったなら、今頃は、
「獣医学部新設?....冗談じゃねーぞ、絶対阻止じゃ!」
なんてね…云ってたりして!?。

あと残るは、やっぱり根拠薄弱、極めて仕事が楽そうな
美術教師養成の、北の大地の教育学部のみ…

浪人濃厚だな…たぶん。



「おいらさ、みんながいいぜ!いいだろ!っていうイーグルスなんて
全然良いと思わないんだよ!感覚おかしいんかなあ?」

そんな風に言ったのは、他の誰あろう、高校生の頃の私である。

相手はミニコミを一緒にやってた相棒。

すると、同級生だけど、2歳年上の相棒がいみじくも言うのだ。

「だって俺たち、すでにエリックアンダースンやら、
エリックジャスティンカズやら、ジョンサイモンやら
ジェシウィンチェスターやら、フレッドニールも、ボビーチャールズも、
アメリカンフライヤーもジェシコリンヤングもポールパリッシュだって
そしてそして何より、ザ・バンド周辺までキチンと聴いてきたんだから、
今更そんなイーグルスなんて薄っぺらなチンピラ音楽、必要ないだろ!」。

そういうわけで、ブルーリバー…中学生だったけど、
このアルバムの世界観が、とっても好きだったなあ。

Eric Andersen-Blue River (1972)


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

このカテゴリーに該当する記事はありません。