ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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♫サンキュ・ディェ〜ッス♪

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極めて個人的に、年末年始というのは、死ぬほど忙しかった年末が一旦終わり、
また新たな死ぬほど忙しい新年がやって来る。それだけのこと。

しかしその間に、しばしの、ほんの2〜3日ゆっくりのんびり休めるのが何より
嬉しい!。旧年中の無事を感謝し、かつまた反省し、新年に向けて目標を立てる..
なんてどこの偉いご隠居さんの話??

とにかく正月は、家族サービスで、毎年、東京大神宮なる所に初詣に一緒に行くが、
それ以外は酒かっ食らって、ひたすら寝るべし呑むべし寝るべし呑むべし...。
今思うと、バチ当たりなこの数十年の、正月の過ごし方であった。

しかしだ、この2011年という年は、初めてマトモに権利行使した有給休暇(入院中)、
休職中の傷病手当、退職後は失業手当、という「社会福祉システム」に助けられ
ながら生きてこれた。何もかもが生まれて初めての体験であったが、実になんとも
有り難いモノではある。

若い頃は、こんな立場の自分など、想像すら出来なかったから、
病院にもかかったことなどないのに、賃貸マンションの家賃より高額な社会保険料やら
厚生年金なんて意味すらよくわからないまま、随分と高額だなあ???などと疑問に
思いながら、渋々、ブツブツ文句を言いながら払っていたわけで、なんとなく今
思うと恥ずかしい。

サッカーチームを作った時、練習場所を確保しようとするのだが、公的施設は常に
ゲートボール軍団に専有され、平日の昼しか空いておらず、普通の勤め人には不可能。
お前らは今、遊んでなんかいないで、ひたすら働いて、税金と年金と保険料を納めろ!!
ってことか!なんて少し腹をたてたことすらある。

年金をいただくにはまだまだ相当年数あるが、社保・健保には今回随分助けられた。
まあ何はともあれ、回収側に回り始めた自分が、実は気恥ずかしく、
社会に対して、ある種の「うしろめたさ」もある。
しかし有り難いのは事実で、四の五の言わず、取り敢えず社会に対して心から礼を言おう

「♪サンキュ・ディェ〜ッス♫」v(´∀`*v)ピース

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一番寂しい日

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今では、上京したての学生さんの生活環境は、相当向上しているらしいが、
我々の時代は、おんぼろアパートの四畳半一間、風呂なし、洗面所兼台所、
トイレ共同というのが普通だったと思うし、不足など感じていなかった。
むしろ、自由な生活を心底楽しんでいた毎日であったが、この日だけは本当に
野暮な男子には苦痛で、屈辱的な日。

独りで生活することの喜びを満喫するのと同時に、突然襲い来る孤独の恐怖。

それがクリスマス。

「幸福」という感覚は、他人の不幸とのコントラストの上に成り立っている。
そして「不幸」は、他人の幸福によってもたらされる。
豊かさとは裏腹の格差=不幸感。

しかし幸福感も不幸感も、物理的なものではなく、そうした感情によって既定
されるのであれば、システム的に全人類が幸福感に浸れる方法がありそうなものだ。

恐らくそうした演出として、クリスマスを盛大に、ことさら派手に祝う習慣が作られた
のだろうと推察するが、少なくとも若いころの自分には随分と残酷な、言い知れない+
堪えられない孤独を味わうその日こそが、クリスマスであり、随分と呪ったものだ。

やがて家庭を持つようになって、そうした感情も薄れてゆくのだが、クリスマスの
妙に浮かれた街を歩くのは、わけもなく嫌で、小走りで逃げるようにその場を離れ、
急ぎ帰宅したものだ。

さて時折吹雪きの、それはそれは厳しい天候の、秋田のクリスマスのその日..
あれ?.そんなに嫌味がないぞ...
やはり急ぎ足で街をゆく人々から、そこはかとなく感じられるのは、
浮かれてられないぞ!これから厳しい冬に向かうのだ!という決意みたいなものが
感じられて、いやはや、これが、なんとも「覚悟のクリスマス」とでも言うのだろうか??
しかし、もしかして県民総不幸感....こりゃ最悪にまずい!?

でもね、殆ど吹雪なんだけれど、合間にちょこっとだけ、上の写真のような青空が覗くと
なんだか妙に嬉しかったりする。案外これが秋田のベースなのかもしれないし、
世界で絶賛された規律正しい日本人の源泉も、こうした厳しい自然環境のなかで、
潰されても、流されても、そこで生き抜かなければならない日本人の逞しさなのだろう。

不幸が人生のベースにあって、その上にチラチラと、たま〜に幸福もある。それが人生。
まっ、それも上等かな。


















秋田系華僑(?)の存在

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今や千秋公園の主であらせられる氷上のカモ様、
寒そうですが、何をして差し上げればよろしいのでしょうか?

アメリカに移民したアイルランド系米国人の人口は、現在、自国にいるアイルランド人
の数を遥かに凌駕すると言われてます。
では秋田系東京都民(近郊県含む)の人口は、一体どんなもんでしょうね?
そういう調査ってあるんでしょうか?
転出届一通で故郷との繋がりも立ち消え。...それが現実ですか?

常々、そうした「秋田系」の力を総結集して「故郷」のために何か力になれないか?
とは、おそらくワタシだけではなく,大方の秋田系華僑?が考えていることだと思います。

しかし実際、東京にいて秋田の情報に触れることは殆どありません。

最近やっとWebの発達により、故郷の方々のブログや魁新報さんのオンライン版などで
街の様子など、うっすら掴めるようになりましたが、どのソースもあくまでも秋田県内
向けであって、外部への発信ではないので、情報をキャッチして、即呼応することはできません。
何時何処で◯◯市主催のイヴェントがあるから、最寄りの秋田系集合せよ!的なものにも
当然触れたことがない。

秋田のアンテナショップさえあるのかないのか??
因みに銀座にある山形、福井、愛媛などのアンテナショップは有名でよく報道されて
ますから、大抵の人が知っています。
秋田にいると、こういう事も積極的にやってる!的に報道されてますが、
そもそも故郷情報に敏感な秋田系の耳目に殆ど触れてないわけですから
「やっている」とは言えません。
この辺りは厳しく監視し検証すべきです。

ノーザンハピネッツでしたっけ? 秋田に来て初めてその存在を知りました!
超人ネイガー?も、ローカルキャラ特集番組で、多くの他のキャラと同時に
紹介され知りました。
ついでに言うと「酒の秋田」は、秋田人が言うほど全国に浸透してません。
「へー、秋田でも酒、作ってるんだね?あんまり聞かないけど」というのが実際。

在京秋田系人は、本当に故郷の情報に飢えているのに、ちっとも情報が伝わって
こないわけです。

蛇足:民間人に観光事業推進部門を任せてみる的な事を、昨日知事が力説して
おりましたが、「まだそのレベル?」と肩を落としてしまいます。

イノベーションは、前世紀の段階で既に他県では、中央に散逸した「頭脳、経験、
人脈」を、好条件(Uターン推進事業として)で集結させ、全権を与えられた上で
彼らはお得意のベンチャービジネスで独自に資金、賛同者を集めながら、
役所機構の中では発想すら出来なかった事業に次々着手し成功させ、特に2002年
日韓W杯の試合誘致、同時にチーム誘致、育成、経営などにその成果は顕著です。
こうしたイノベーションは、県民の夢だけでなく、秋田系人にも刺激と喜びを与え、
やがては国をも動かします。

何より失われた人口を、徐々にですが戻すことにも繋がります。

期待はしませんが、諦めてはいません。
最低限「目に見える行政」を、山王大通りを挟んで鎮座されてる方々に、ぜひぜひ
お願いしたいものと思います。

寒い空なんだけど...

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いやー、凄かったすねーバルサ! 
サッカーにおいて「完璧」なんてあり得ないし、あってはならない!
と思うけど、あれはもう人間の可能性超えてます。
人智を超えた個人、というのはサッカーに限らずよく見かけるけれど、
11人すべてが完璧に流動する様なんて....いいモノ見せてもらいました
クワバラクワバラ、ナンマイダブ....。

因みに旧トヨタカップ時代、80年代は昼間の開催だったもので、まあ
来るチームによって気が向いたら国立競技場までお出かけ...という不真面目
状態ながら、90年代に入り、夜開催となってからは、毎年皆勤賞な私です。

80年代はサッカー暗黒時代ですから、知り合いのツテで近くの東京トヨペットさん
までチケットを貰いに行くと、トヨタカップ?ああラグビーの券ね、いっぱい余って
るから、何枚でも持ってってよ!という調子。
それが90年代になるとプラチナチケットと化して、ある時、丁度マンUが来た時で、
目の前をヨタヨタと走る、まだ若きベッカムの不甲斐ない姿を見ながら、隣の席の
小学生とその父らしき親子が、ふと私に声をかけます。

「あのーワタシラね、山形から来たんだども、息子がどうしても観たいって言う
もんでね、山形から券手配したんだどもうまく行かなくてね、そしたら違法だども
ダフ屋に2枚で3万も払えばなんとかなるべ!って言うから来てみたら、なんとなんと
15万も取られてしまった……あんた方はなんぼでこの席買われましたか?」
さすがに気の毒すぎて、タダ券ダヨ〜ン!なんて言えなくて「似たようなもんですよ。
でも今回のマンUなら、それだけの価値ありますよ!」なんてね。

上の写真と全く関係ない話になってしまいました。

取り敢えず、秋田の、最も秋田らしい冬の日です。街を往く人も寒そうには違いない
のですが、ふと気がつくと、気のせいなのか?皆さん表情が明るい!ように見えます。
実はこの雪模様は、秋田の風情を最も惹き立たせる天気で、市民県民も実はその毎度な
風情を、むしろ悦んでいるのではないか! と思えるわけです。

いやー嫌な雪ですなあ! ホントに嫌な雪ですね...では雪かきがありますんでお先に、
御免あそばせ.......さてと、ウチもやるがなー、雪かき!! なんか楽しそうでしょ。





幻のチームきりたんぽ

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夜になって、路面は凍結状態に。私は坂道で2回転倒。
自動車はブレーキのかけ具合で、相当滑ってますから、かなり危ない。
まあ、毎年のことで大丈夫なんでしょうが、これがかの大都市なら
大パニック必至、あちこち追突事故だらけとなりますな。

そのかの地に居てね、たま~に「秋田出身」という人に出会うと、
もうそれだけで嬉しくなって、故郷話に花が咲くだけでなく、
実は一時期、会社の採用担当者だったときには、心情的に同郷者を
優先してしまうところは、なかったとは言えなかったりする。

で、気がつけば、各部署に大館出身、鷹巣出身、秋田市出身者などが
なぜだか不思議なことに(笑)多くなったりした。ナゼだろう???

ところがある時、大館市出身者との同郷の思いは、必ずしも共有されておらず、
なんとなくズレというのか、こちらの一方通行?ってことに気付かされる。

いわく、「秋田市なんて、小学校の遠足で一度行ったっきり!。身近で
最寄りの都市は弘前か盛岡。秋田(市)に行ったって、美術館とか
知らない殿様の城跡とか…買物も魅力ないし….」
かなり衝撃を覚えた。

能代出身者なら、(大館より)少し距離も縮まるから心情的に近いか?と
期待したら,何と意外な反応。
「距離で言うなら、秋田~能代間の鉄道営業距離は、東武鉄道浅草~日光間
とほとんど同じ。東京と栃木で同じ関東じゃん!って言われてもねえ、
ちょっと温度差ありますよね...そもそもアナタだって能代に来たことなんてないでしょ!」

うまく言えないが、「秋田市」的な同郷意識、視線は、「秋田県」には
ウザくて、暑苦しく、もしかすると、とんでもなく迷惑なもので、さらには
目線の微妙な高低差が鼻持ちならないというニュアンスも、聞いたことがある。
(単に私が暑苦しがられてるだけなら、問題ないんだが……??)

東京にいる同郷者は皆友達! 
即ち秋田に帰省さえすれば、市民+県民皆親友で親類!!

そんな、とっくに打ち砕かれたはずの幻想を、実は今でもほんの少し
期待し、信じたいお馬鹿な自分がここにいる。

なんとなく、ジョンレノン作「IMAGINE」のCメロあたりの歌詞みたいだが
(You may say I'm a dreamer…But I'm not the only one…)
みんなでほんの少し優しくなれれば、もっと世の中平和になるのになあ。
などと思う。

ほんとに秋田は寒いから、もっと互いに肩寄せあって、優しく、慈しみ合わないと
生きてゆくのが辛くなる。
寒い分、押し付けがましいほど濃くて熱い、きりたんぽみたいな人情が、
秋田には必要なんじゃないだろうか?
...と思う大雪の散々な、今日この頃だったりする。

切実な冬仕度

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えーと....35年振りに、秋田の冬を迎えます。
一時、「秋田も今や温暖化の影響で、雪なんかないよ!」なんて
風の便りに聞いていたんですが、大震災の少し前に秋田に来た時
は、もうとんでもない一面銀世界で、あの情報はなんだったの?
しかも猛吹雪で、久々の秋田は迎えてくれたもんでした。

今はだんだん、唯一の交通手段の自転車に乗るのが辛くなってきていて
さてこれから数ヶ月、私の交通はどうなるのだろうか?と、かなり深刻
な事態に、頭を抱え始めてます。

東京にいた時分は、クルマは特別好きじゃない限り、ほとんど不要なもの
でしかないし、マイカー通勤なんて、置くところない、時間計れないで
「愚の骨頂」、もしくは不安定、不完全な手段選択は、社会人としての
自覚なし!=ダメ社員の烙印は必定。

それでもわざわざ1時間早く家を出て、毎日の駐車代も自腹、何が何でも
クルマで通いたい!ってクレイジーな輩も必ずいたものだけれど、
相当変わり者の、特異な例。

しかし、ところ変われば「電車?バス?時間の無駄!」と、
真反対の判定で、自動車通勤が当然としてまかり通っている。
さて、経済性は高いの?低いの?

どうやらこの街は、特に冬、クルマは単なる趣味の交通手段ではなく、
重大なライフラインに変化し、これがないと満足な生活が確保できないようだ。
(どうしよう....)

駅前に、電気屋さんはじめ必要最低限の店すらないから、買い物は必然的に
Amazonとか通販が主体になる。これってプラス? マイナス?

東京に居るときは「冬仕度」なんて単なる洒落た言葉だったけど、
こちらでは、なかなか切実な、まさに生き抜くための仕度なんでありますな。









おしゃれなOLYMPUS?

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OLYMPUSのカメラは好きだし(持ってないけど…)、ちょっと中途半端ながら
デザイン性を追求しようとする社の姿勢も悪くないと思う。
(そこそこの機能で、そこそこおしゃれ?)

しかしね、やっぱりあれだけの不正=1000億にのぼる粉飾をやらかして、
F.B.Iにまで追求されておいて、東証ではお咎めなし!ってのはやっぱりあり得ない。
確かホリエモンは、50億の粉飾決算で、上場取り消しに実刑=収監.….
OLYMPUSの20年に渡る巨額不正を、今回見逃すってことになれば、今後
東証の大企業は、「1000億までなら不正やり放題だぜ!」ってことでしょう!?
やっぱり許すべきではない!。

OLYMPUSは、胸襟をただし、きちんと罰則を受け入れた上で、企業再生を
はかって欲しい。その上で初めて「OLYMPUS頑張れ」というべきだろう。

しかし実際には、異常なほどの大宣伝を、Web上でも展開中なのをお気づきかと
思うが、マスコミ制圧はもちろん、Web上でもOLYMPUSは「大スポンサー様!」
として「世論を封殺」しようとする姿は、「真摯な企業」の姿には程遠いものだ。

やったことは会社の偉い人達であって、大多数の社員は関係ない!とする意見もあるが、
どこかのティッシュ屋のトップが起こした背任横領と、OLYMPUSの事件は、ありえない
ほど悪質で、重大な組織犯罪という意味で、組織の負う責任は全く違う。
社員が俺たち知らない、関係ないとシラを切るつもりなら、株主たちに、この20年間の
賞与や基本給以外の手当て等を、すべて返還してから主張すべきだ。
社員も同罪!なんてもちろん言わないが、そうした会社の不正によって、これまで社員ら
の生活の安定は保たれていたのだ!ということを、もっと真摯に自覚すべきだと思う。

まあ国民にさらなる負担を強いておいて、自分らは賞与増…なんていう不条理も
ブラックユーモアではなく現実だって言うんだから、何をかいわんやな世の中だけどね。
罪滅ぼしに精々、派手にお金使ってもらいましょう。地産地消をお忘れなくね。

ハレンチ小学生は御免だぜ!

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おそらく小5の時に、何故だかこれが欲しくて欲しくて、悩んだ挙句、意を決して
千秋久保田町の「東光レコード」という店で購入したのを、今も鮮明に覚えている。

何故わざわざホーム?の駅前「全音」でなく、少し手形寄りの「東光」かといえば、
おそらくこのレコードを買うのが(または買うのを知られるのが)恥ずかしかった
のだろう。今の感覚でもかなりキテレツだが、当時はまさに破廉恥ここに極まれりな
エロいレコード(?)だから、小学生がこんなものを買ったら、即座に学校に通報
され、翌日から「ハレンチ小学生!」として辱めを受けるかもしれない!
そう言えば、今もある「加賀屋書店」で、平凡パンチを買って通報され、
「エロ小学生」の称号を受けた奴がいたなあ、などが不意に頭をよぎったりした。

そこで面がなんとなく割れている?「全音」を避け、目と鼻の先ながら、普段あまり
顔を出さない「東光レコード」。
しかも「朝日ソノラマ版ウルトラセブン」を同時購入することで、あくまでも
「...酔っぱらい」は、兄貴かオヤジさんの頼まれモノ!というスタンスで、なんとか
「ハレンチ小学生」の称号拝領だけは避けたい!その一心だったと思う。

しかして「ハレンチ音楽」もとい「アバンギャルド、前衛、ヘンテコ!」は、実は未だに
私にとっての音楽には不可欠な要素となって、ややこしくて理解困難な音楽大好き!
な厄介なカラダになってしまったその事始めが、フォーク・クルセダーズ、そして
この少し後に出た(と思う)ジャックスの「からっぽの世界」が小学時代の最後を飾る
華々しい??マイ・テーマソングとなるのであったぁ!
立派な「ハレンチ小学生」??

哀悼 加藤和彦さん...









40年後輩の君たちへ

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今よりもう少し暖かい日差しの頃に、君たちの試合を偶然観たよ。

ユニフォーム、格好良いね。昔からの「緑」じゃなかったのが、
ちょっと残念だったけど....。

もう40年前だ。
中学に入学したてで、さて何部に入ろうかと思案に暮れていたのだけれど、
サッカー部の、その時代には考えられない目を刺すような鮮やかな緑色の
ユニフォーム姿を観た時、気持ちははっきり決まったんだね。
サッカーやりたいよりも、あの色を着てみたい!が思えば先だったんだ。

でも始めてみたら、毎日毎日走ってばかり、ボールなんかなかなか触われ
なくて、新入部員も日に日に少なくなって、夏になると今度は「水飲むな」
、雨の日は校舎の廊下で「うさぎ跳び」。とにかく辛いことばかりの毎日。
それでも辞めなかったのは、もう男の意地以外の何モノでもなかったな。

ここまで苦しい思いを重ねてきたのだから、途中で引き返すなんて勿体無く
てできない。ここまで来たら、もっと頑張って、レギュラー選手になって
やろうじゃないか…。

だから新人戦の前に、一桁の背番号をもらった時は、本当に嬉しかったよ。
憧れてた番号ではなかったけれど、贅沢は言えない。人生最高の達成感、
今まさに、背中で後光がクルクル回ってるぜって心境。
(この比喩、分からないね、失礼)。

だから辛いことがあっても、絶対そのうち良いことがある!と信じて生きてきた
けれど、あんまり..........かな.......
ゴメン、この件、おじさん先輩はあまり自信ないな。

おっと、女子もいるんだね。おじさん達の頃は、なでしこJr.なんてあり得ないし、
一緒にスクラムを組むなんて、とても考えられなかったから、すごく驚いたよ。

試合観ていて、なんだか泣けちゃったよ。
君たちにはまさに無限の未来がある。未来はすべてが美しいなんて言わないけれど、
人生って、苦しいけど楽しいものだよ。
悔しくて、哀しくて、寂しくても、人生は素晴らしいって、それだけはオジサン先輩
にも言える気がする。
これから君たちはそれらを体験するんだね。

ずーっとスタンドから君たちの未来を見ていたいけど、オジサンも自分の残りの人生
を、きちんと生きなきゃならないんで、まあ取り敢えず、先輩も頑張るよ。




寒い朝といえば...

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今朝、東京にいる後輩からメールがあった。

>こちらも朝晩すっかり寒くなりましたが、今年はなんでか色鮮やかな
 モミジが見られず、さっぱりです。秋田のモミジを写メしてください。

RE: とっくに終わってます....


ちょうど1年前、東京・杉並の朝はやけに寒かった。
私は、前日からのひどいめまいがいっこうに改善せず、辛うじて歩けない
こともないのだが、千鳥足の酔っ払い状態。
実は徒歩5分で行ける勤務先に一旦出勤し、3Dに揺れる体で朝礼を終えた
ところで、近くの総合病院を受診した。最近、医者が大量に逃げて(?)
内科系外来のみの受付、入院患者はなし...という悪評極まる医院だが、
めまいを止めるだけならば..と軽く考えていた。

集中治療室とは名ばかりで、看護師さんの休憩室も兼ねているような部屋で
点滴を受けていたが、やはり改善されず、そのうち先生も首をかしげつつ、
じゃもう一本点滴いっときましょうか...???

既に昼を過ぎたのは、看護師さんたちが大勢部屋に入ってきて、食事の音と
匂い、さらに女子会話などを始めたことで了解した。
ちなみに私は部屋の一番奥で、病院独特のパーテーションの裏にいたから、
(保健室状態か?)私の存在に気づかない方もいらしたのだろうが、やがて
聞き捨てならぬ情報が飛び込む。

 んで、あのめまいの患者さんどうなったのさ? 先生ってば、サジ投げて
 帰っちゃったんでしょ? しかもあとを「あの◯△娘」に押し付けて...
 どういうつもりなんだろね....

やがて午後は治療方針が変わったのか、血液検査だのレントゲンだのCTだのと
忙しく検査が始まったが、「◯△娘」と呼ばれる先生は、まだ登場してない。

しばらくして、相変わらず点滴を続けていたところに彼女はいよいよ登場する。
最初に見えたのは、スワロフスキークリスタルびんびんデコの真っ赤なサンダル
と、その上に連なる網タイツ!(本当はタイツかストッキングかわかるはずない
けど....)。そして白衣の上の決定的なそのご尊顔。

風が起きそうな長〜いまつ毛。瞬間的に浮かんだのが「小森純!」。
瓜二つか?或いは決まったパターンで化粧をすれば、誰でもあの顔に仕上
がるのかは不明ながら、まごうことなき小森純なのである。

ドクター小森は、神妙な表情でこう言った。
「落ち着いて聞いてください。検査結果による疑いの方向性は...循環器系等に
あると思われます。私の見立てが正しいとすれば(おいおい)、一刻の猶予も
なく処置せねばなりません。ですが現状この病院には循環器内科がないので、
すぐに他の総合病院に救急搬送します。ご希望の病院はありますか?」

本来、ショッキングな場面なのだろうが、なにせ小森純なものだから、一向に
実感が沸かず、何いってんだ小娘?(失礼)、というほうが強く、結果的には
ありがたくも、恐怖心を全く感じることなく、徐々に病状を受け入れることになる。

先方病院から救急車が来る、ってことで、しばしまたパーテーションの奥で
待たされている間、大勢の看護師さんやら同僚?先輩?と思しき医師が
続々と部屋(あくまでも集中治療室なはずだが)にやってきて、
「おい、聞いたよ、やったなあお前!めまいで心筋梗塞見つけたんだって?
お前はいつかやる子だとおもってたよ!おめでとう!」  
「先生おめでとうございます!、早速お祝いしなくっちゃね、どうです、
今夜あたり(さっき◯△娘と陰口の主と同じ声だった)」。
しかしなんだろうかね、この病院.....

そんなこんなで慌ただしく、転院しつつ、詳しい説明もないまま(家人には
詳しい説明があったらしいが)カテーテル施術、引き続き翌朝は緊急手術。

生還後、執刀主治医の先生が言うには、
「◯西病院の女医の先生に感謝してね!、あの先生が見つけてくれず、
そのまま帰宅していたら、おそらく今頃は冷たくなってたよ」
のこと。退院したら小森純先生に挨拶しないと!と思っていた。

ところが、リハビリが始まる時期になっても一向にあの「めまい」は癒えず、
かえってひどくなっていた。しかしこの大病院をしても、最近の医師不足問題
からは回避できず、耳鼻科も脳外科も休止中で、治療できない!!とのこと。
そこで秋田の実家近くの脳研センター行きが急浮上。今に至るというわけだ。

小森純先生には後日、家人がお礼に行ったが、「本当にそっくり!」で
驚くと同時に、よくあの風体で???というが、私の命の恩人を悪く言うな!
などと言いつつ、テレビなどで本物?の小森純を見かけると、
...あの娘は、ああしてテレビでは馬鹿なことをやっているが、ホントは優秀
なのだ、やれば出来る子なのだと...思えてしまい、ついつい頭を下げたく
なるのであった。




 




ブルースカイ...なのだけれど

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やっぱ晴天は気持ちがイイ!

理屈ではわかってることだけれど、あらためて生活してみて
秋田は圧倒的に晴天日が少ないことを思い知らされる。

気取って言えば、ロンドンみたい!?
レイ・デービスもジョージ・ハリスンも、お天道様はありがたい!
って唄ってる。
霧のロンドンといえばロマンチックだが、実際には殆ど毎日、曇天か
雨の日で、しかも寒いから、観光客は雨の中あちこち歩いているうちに
ほぼ風邪をひく。夏目漱石は留学中にうつ病になったんだっけ?
そういえば秋田も.....

ロンドンの人は多少の雨では傘をささないのと同様、秋田っ子も雪で
傘はささない。北海道はじめ他の東北も同じらしい。
だから東京でのささやかな雪の日は、東日本出身者とそれ以外が明快に
区別できる。そしてその時ばかりは、東日本出身者は「フン!」と鼻を
鳴らしながら、何故か誇らしげに胸を張って街をゆくのである..
この程度の雪でオタオタしてんじゃねーぞ、こちとら雪国出身じゃい!
文句あっかー、おらおら退けどけい!、何い?電車止まった?根性足りね。
大渋滞?逆ハンきってケツ振らしたろか!!などと何かと威勢が良い。
一応東京ではそんな日が、年に2〜3度ほどある。殆ど東北人の祭りだな、
雪の日は。






グレースカイ...なのだけれど...

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広いところに出ると、つい広角の単焦点レンズでパチリ...って悲しい癖で
特に他に何か意味があるわけではない。

一応12月の空ですなあ、嫌な季節ですなあ... 日本の、いや郷土の景気も
このグレーな空同様、沈鬱ですなあ...などとコジツケるのも一興かとも
考えたが、残念ながら「鬱陶しい空だなあ」くらいにしか感じないで撮影
してるから、写真自体にもっともらしいコジツケを遡及するパワーなどない。

以下を書くことで、憤慨し、傷つく人がいるだろうことは想像に難くないから
出来れば読まないで通り越してほしい。実は子供の頃からずっと残念に感じて
いたことだ....

写真右側の土手が、何故遊歩道として市民に開放されないのか?

学校があるのはわかる。土地の所有とか権利区分は分からないが、
土手も学校の所有範囲なのだろうか?だとしたら市か県が買収すべき
主旨の歴史と文化価値のある貴重な「土手」であると思う。
しかし何度も言ってる事で恐縮だが、35年ぶりに帰郷して尚も、
ここは相変わらず「アンタッチャブルな土手」であり、ベルリンの壁
より巨大な城壁によって、すべての景観を破壊し続けている。
土手の開放と、もっと低層で高品位な校舎建設を、単なる一市民ながら
要望したい。




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