ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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ザギンのボン

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秋田市に戻って来てまだ1年に満たないのだが、
既に何度も様々な人々に異口同音、言われることがある。

「この街は、クルマが無いと生きてはいけないよ...」

このことを県外の…早い話が東京の友人に伝えると、
生まれも育ちも銀座の彼は、いつものようにシニカルな口調でこう言った。

秋田市ってさ、都市であることを拒絶してるの?
当然、街…死ぬでしょ!?
為政者って…ヒトなの?

なまはげ?

彼とは東京での同級生である。
銀座のボンボン=ザギンのボン、略して「ザボン」「ザボちゃん」
とアダ名されていたが、
実は当時から有名なスタジオミュージシャンでベーシストだった。
私のような地方出身のトーシロな単なるギター好き貧乏学生には、
話すら出来ない距離を感じていたのだが、
意外にも話しかけてきたのは彼の方からであった。

「君さあ、噂聞いたよ。ラリー・カールトンが弾いてた
マイケル・フランクスのDOWN  IN BRAZILのソロを完コピしたんだってね!
あれ大変だったでしょう?完璧だったってみんな驚いてるよ。
今度何か一緒に演ろうよ」

お互いに音楽の好みが非常に詳細にわたって似ていると言うのも意外だった。
基本的に何でも広く聴くが、軸として絶対外せないのがKing Crimsonを
入り口としたプログレッシブロック
(Pink FloydやYesが入り口だとニュアンスが大きく異なるのだ)。
さらにFrank Zappaが片軸であるのも同じ。
これにはお互い相当驚いた。

彼の人脈から、後にTKとか言って大成功?する早稲田のオルガン弾きとか、
秋田時代から憧れだったいわゆるティン・パン・アレー系の
一角の方々とも知り合うようになるのだが、
私自身がそれを生業とするようになるのは、
意外にも全く違うアプローチによるものだったのだが
私にとって、プロとアマの距離感を近づけてくれたのはザボンだった。

結果的にプロとしての悩み苦しみに関して、
ザボンは一切関係してなかったことが、
結局以後30数年も普通に友人として家族ぐるみで付き合えることとなるわけだ。

因みに、彼は相当有能なミュージシャンで、それなりに稼いでいたが、
学校卒業後きっぱり引退し、家業を継いだ。
だから今でも銀座に行くといつでも彼に会える。
7時になったらすぐ店閉めるから、呑みにいこうぜ!

ザンネンながらお互いに大病して、
ポンコツで情けねーな俺達!な現在である。

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運の悪い男

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鄙びた場末感と雪の感じが、何ともいい味出してる映画のセットみたい!
とシャッターを切ってみたものの、聞く所によると既に韓国ドラマの
ロケに使われていたとか…失礼しましたあ。

実は色々あって、セミリタイアの療養隠遁生活、早い話が孤独なヒマ人の筈が、
ここの所、何やかやと忙しい日々を送ってしまっている。
毎日決まった時間に出かけて夕方帰宅する生活、
殆ど仕事しているのと変わらない状態だ
(まあ定時で終わる幸福な仕事に就いたことはないが)。

仕事以外で多くの人々と関わるという機会は学生時代以来でもあり、
特に自分の子供のような世代の人達とも対等な立場で行動を共にするのだが、
これが実に楽しく、つい自分の歳を忘れてしまうほどだが、
「Pさんが私の父とほとんど同じ年齢だなんて信じられない!」
などと言われて初めて、そうか俺は年寄りなんだと正気に戻り、
何だか悲しいなあ…あ〜あ、青春してーなあ!?などと思うのだ。

んで繰り返しで申し訳ないが、どうしたわけかこれまで
定時で終わる仕事にはやはりどう考えても関わったことがないのは
どうしてだろうか?
仕事は速い方で、もっと丁寧に頼むよ?といわれるがそんなに雑でもない。
要はせっかちなだけ。
しかし気がつけば自分はいつも一番最後まで仕事しているし、
土曜も日曜も何となく出社してたりする。

中高とサッカー部だったが、高校の時は「早く帰ってレコード聴いて、
ギターの練習して….!」という理由でサッカー部入りを一旦拒んだが、
中学時代の先輩に説得され、とっととさっさと帰る一団を恨めしく横目で見ながら、
大汗かいてボールを追っかけていた自分。

結局要領が悪いのか?

そんな訳で1日4~5時間のサービス残業に、
会社の業務に支障無いようにと、出張は金曜に出掛けて土曜か日曜には戻り、
月曜朝の戦略会議に間に合うようにレポートを仕上げるという生活リズム…..

んで結局倒れ、慰留されたが復帰時期の見込みが立たず辞職。

なんか、考えてみると典型的な昭和の会社人=企業戦士過ぎないだろうか??
なんて愚痴ってみたが、それだけに、夕方「サヨナラまた明日」と
手を振り帰る今の自分の姿に、初めて

「これが人間の生活というものだよな…」
などといまさら実感するのだ。

私より10年以上うえの団塊世代の方々の労働環境は、
そんな自分らの比ではないほど過酷だったと聴く。
だから彼らが中年に差し掛かった時代に、その多すぎる人達が一斉に
マイホーム購入に走ったのが、バブル景気のハジマリと言われている。

時代は違うのかも知れない。
しかし今、若いのもそうじゃないのも皆が皆、
人間らしい生活を追い求めるだけでは、
幸福にはなれないようにも思う。
何だか難しいね。



春よ来〜い!

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超アンバランスミラーレス一眼の愛機!
ミラーレスカメラ本来の軽快感、オシャレ感を、
カメラおやじ御用達の巨大ズームレンズを無理矢理装着することで
台無しにしてるの図。
ホントは骨董系ライカレンズとか
ウルトラ渋いレンズを使ってみたいけど
予算がね....。

既述通り、カメラ趣味に関しての私は、全くのニワカで超ビギナー!
カメラのキタムラ!なんてお店も、つい2年前のある日、
吉祥寺あたりで迷い込んで

あれ?ここハードディスク…とか、置いてないんすか?

……当店はカメラ屋でございます。

だって「なんちゃらカメラ」とか「カメラのナンタラ屋」って
今はみんな家電屋さんじゃないっすか?

…….当店はカメラ専門店です

あ、そう、それは失礼……

今ではキタムラさんには、すっかりお世話になってます。


早く色と光の輝く季節にならないかなあ…なんて、
これまで思ったこともなかった。

もちろん長いこと白一色=冬の秋田に居なかったってこともあるけれど、
やはりカメラを通して感じる光と色の大事さ、有り難さに感謝する気持は、
今までに得ることがなかった新しい感覚に違いない。

かなり遅い出会いだったけれど、大事にしたい感覚だと思う。

ラヂヲな日々 NHK-FM編

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1980年代のいつ頃かにエフエム秋田が開局するまで、
秋田で聞けるFM局はNHK−FM、1局のみ!
その1局のためだけに、書店には「FM雑誌」が3誌も並び、
FM本来の良い音で聴くためには、高価なFMチューナーを用意する必要があった。
費用対効果、投資対効果はすこぶる悪いのだが、
当時のNHKーFMは秋田局ローカル番組も含め、
素晴らしく価値の高い、麗しの存在であったのは間違いない事実だ。

ロックやジャズなど各ジャンルの話題の新譜!?を毎日、
当然のようにまるごとかける!
しかもステレオ放送でMCも曲にかぶることはない!!

まずA面を全部かけ、それが終わると、アルバムの概要などを局アナさんが、
あくまでも事務的口調で語り、では引き続きB面をどうぞ!という調子。
2枚組なんかも別の長時間放送枠で対応!まさに至れり尽くせり。

秋田ローカル番組も、身近なアマチュアバンド総出演で生演奏!
(秋田市内に偏ってはいたけれど)とか、
来秋中のアーティストも続々プロモ出演、NHKで公演宣伝。
時には生演奏もありと充実していた。
ただしローカル番組のみモノラル放送って不満はあったけどね。

音楽だけでなく、土曜夜のラジオドラマも、クオリティが高くて好きだった。

「エアチェック」なんてもう死語だろうけど、
カセットテープに番組を録音しまくっていたものだ。

実は未だにPC経由ながら、ラジオの帝王=伊集院光や爆笑問題の放送を
録音し毎週楽しんでいるが、音楽番組をそのまま録音することなんてことは
いつの頃からか、すっかり無くなった。

ある時代を境にして、著作権がどうのと言われ始め、
ラジオでアルバム全曲どころか、1曲単位でさえ、フルでOAできなくなったときく。
レコードが段々売れなくなってきて、業界の憎悪の矛先が、
ラジオ局や、貸しレコード屋なんかに集中した。

売れなくなったのは業界の怠慢で、良質な音楽が作れない構造そのものに
原因があったのに、その周辺攻撃に終始した結果、悪循環を生み、
音楽業界はラジオもろとも没落し、実は未だに浮上してない。
(リスクを負わず、またリスクのわざわざ掛かる方策でしか商売=媒体を
考えない業界の怠慢。それに風穴を開けたのが、他の誰あろうスティーブジョブスだが、
業界の方々は誰も彼に感謝せず、未だiTunesとかネット配信を敵視する傾向にある。
そんな陳腐な発想だから浮上できないのだ!と強く言いたい)。

PVなんかも当初はテレビで流してもらってナンボ!なはずなのに、
突然「OAするんだったら金払え!」という方向に業界が流れ(ほんとに愚かだ!)、
今ではMTVのような番組も成立しなくなった。

著作権によって権利者の利益を守るという主旨は十分理解できるけれど、
プロモと営業の違い、差をきちんと理解出来ない偏った縁故入社業界の思惑が
ただ空回りし続けているようで、なんとも世知辛い様相である。

「すまほ」の 品格

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専門家筋の解説によると、
Docomoの回線が今期になって既に8回も通信障害が起こってる
その原因が実にわかりやすく説明されている。

原因は、Apple社のiOSと、Google製Androidの決定的な性能差、
システムの熟練度の差、そして企業意識の差!だという。

ご承知にように、iOS側App Store経由のアプリケーションは
すべてApple社の認証が必要で性能はもちろん、セキュリティ面も
AppleとiCloudセンターが管理責任を負っている。

それに対しGoogle=Androidは、アプリもセキュリティも管理責任などドコモない!
勝手気ままに自己責任な参入を許しているだけ。

で、iOSアプリにはApple社の指示で必ずスリープ機能が付けられている。

単純にアプリを終了させたら通信も切れるって当たり前の機能。
ところがアンドロイドのアプリには殆どその当たり前の機能が装備されておらず、
つまりいつまでも繋がったまんまの通信ゲームなどが、
ネット上にだらしなくぶら下がり、ドコモ自慢の太ーい回線を圧迫し、
通信障害を頻発させたのだという。

「ドコモのアンドロイドスマホが予想以上に売れたんで
回線パンクしてまいましてすんません」
という眉唾状態ではもちろんないのこと。

因みに先日、某通信機器最大手C社の秋田支社の方とお話する機会が
あったのだけれど、同社も会社の情報通信、プレゼン端末として、
iPadを正式に導入したそうだが、
決め手はやはりAppleのセキュリティ面への信頼性にあるとのこと。

因みに、iPhoneはiPhoneであって「すまほ」などでは断じてない。
言い換えればiPhone以外の「のようなもの」が「すまほ」。
iPadもそれ以外の「らしきもの」がタブレット型情報端末機。

こんなホンネを臆面無く吐露してしまうからジジイは嫌われる。
本音は隠して好いジジイにならんとね・・・!

バンドマンということ

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50歳をとうに過ぎて、この秋田駅前から毎朝バスに乗ることになるなんて、
思っても見なかったことです。いや、意外にも楽しくて、明らかにハシャイデます・・・。


20歳くらいから、チョボチョボと趣味のギターでお金を
いただけるようになったわけです。
すると世間の方々から
「ギターって、何年くらいやればマスターできますかね?」
と聞かれるんです。で・・・

マスターって何さ? 

こちとら確かにギター弾いて僅かばかりのお銭(おあし)をいただいてはいますが
自慢じゃないけど

「禁じられた遊び」弾けませんから〜ザンネン(古ル)!!

で、実際なんでまたこんな私に、言い換えれば「お座敷」が掛かるのだろうか?
と当時も考えるわけです。もっと巧い奴なんてザラにいるだろう・・・・。

当時こんな話を聴いた。
(ちょっとタイミング的に怪しいのはご容赦)

いわゆるJAZZのバンドが入ってるようなサパークラブ的な店の客席に、
有名なギターの名手「クロード・チアリ氏」が居り、他の客に発見され、
大喝采のもとに彼は飛び入りでステージに上げられたらしい。
当然彼のヒット曲(夜霧のしのび逢い…だっけな?)を所望する声がかかるわけだが、
何しろJAZZバンドのエレキギターしかないから、ご当人は

「エレキじゃ無理、勘弁!」

と許しを乞うのだが、客は容赦せず、
「なに気取ってるんだよ!」的な悪い空気が流れ始めると、
ご当人も仕方なく「エレキ」を抱え演奏し始めたらしい。
もちろん内容は気の毒なほど酷く、空気はますます悪くなり、
チアリ氏も顔面蒼白で・・・という怖い話。

逆の立場で「オマエ、ギタリストで金貰ってるんだろ!だったら
「禁じられた遊び」くらい目え瞑ってても弾けるだろ!
古賀政男の一曲も弾いてみろよ!もったいぶるなよ!」
なんて悪夢でしかない話です。

結論言うとね、ギタリストと言ったところで、
所詮、芸能界っつう特殊で小さな閉鎖社会の中にあっても、
きちんとした社会人でなければならないわけで、
その枠の中で、ほとんど初対面な他の楽器奏者や歌手、
様々な関係スタッフやクライアント筋らとも、うまく折り合わなくてはならない。

もちろん一定の演奏技術水準は必要だけれど、天才的で浮世離れな技術なんて
全く不要。読譜力とセンス、そして

協調性!

これがいわゆる職人=バンドマン。

これに対して、枠に収まらず、
「シャラクせいやい、俺は俺だ!俺がミュージックやあ!」というのが
ミュージシャン=アーティスト=芸術家という区別であるわけです。

これをまず自覚スベシ!が、バンドマン=職人=楽隊屋の「いろはのい」
「基本中の基本」。

ちょっと悲しいけど、お気楽というか脳天気な人、多いです。
私も負けず劣らず脳天気な方ですが、
それでも、最後まであの社会に馴染めず、相当悩み、苦しんだりしました。

エラく努力し、勉強もしたと自負していたけれど、
実はその後、実社会に出た時のほうがはるかに勉強したし、努力も必要だった。

実は普通なことほど大変で困難なものかも。

まあ私にとってのあの時代は
もはや、履歴書にも経歴書にも載せられない
非常に困った空白時代となってしまってる訳です。

サンタナin秋田県民会館1974

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1974年11月26日(火)サンタナ"不死蝶ツアー” in 秋田県民会館

サンタナが特に意中のバンドではなかった。
しかし秋田に生まれて、初めての「都市としての快挙!」が、
この世界の一流バンド「サンタナ」の秋田県民会館公演に相違ないのであった。

それ以前、秋田にこのクラスのバンドが来たのを私は知らない。
秋田初の大物バンドの登場だったと思う。

この悦び、興奮を今に例えるなら、
レディ・ガガが駅前のFORUS & ALSで「Kawaiiii」などとはしゃぎながら大人買いし、
末廣ラーメンで「ショッパイけど美味しねー」などとやってる図に等しい
(???ナンノコッチャ)。

ところがである。

「SOLD OUTです………!」

当時高校生の私は、迂闊にもチケットを買い損ねた!
どうしても諦めがつかない。

当日、県民会館周辺をうろつけばなんとかなるのでは?
まだまだ賑やかだった広小路辺りで「チケット売ってくれ」
なプラカードでも作って練り歩こうか…

んで結局当日は、学校をサボり、
取り敢えず昼間、県民会館まで足を運んでみた。
周辺はヒッピーヤッピーが勢ぞろいして騒然としていて
怪しい紫の煙なんかキメちゃって、県警が出動して
相当なパニックに陥ってるかもしれない

暴動起きてるかも!?

だってロックのライブって、そういうもんでしょ??

ちょっとしたウッドストック状態を勝手に妄想しながら
県民会館前の園庭に登るのだが、これが全く普段と変わらず静かで
のんびりとしている。
いささか肩透かしだが、裏へ回ってみるとトレーラーというか
4トンクラスのトラックが数台停車していて、機材を搬入中。
作業してるのは普通に運送屋さん風で、外人の姿すら見当たらない。

今夜ホントに世紀のロックの祭典?は開けるのか?

私のようにチケットを求めてうろつく奴も多数いるはず!
と踏んでたのだが、その姿もなく
長髪だが、ヒッピーになりきれてない中途半端な
高校生のアホバカ少年が
ただ茫然とうろつくだけの光景だった。

一旦家に戻ると、「N君から何度も電話あった」とのこと。
同級生のロック仲間N。
どうせ、「チケットとれたのかあ?」的な冷かしだろうと思った。

そのまま時間が過ぎ、開場時間が近づいてきた。
気持だけが焦る。
もう一度行ってみよう、チケット買ってくれ!って言う奴が
現れないとも限らないし、落っこちてることだってあり得る???
それでダメなら諦めるさ。と出かける寸前、
Nからまた電話があった。

「おい、何だよ、オマエ学校にも来てねえし、電話したって居ねえんだもんなあ、
サンタナ行くぞほら!」
「ってチケットは?」
「お前さんなかなか連絡付かないから、今朝10枚確保した当日券が、
残り1枚だよ!危なかったぜ!」

というわけで、世紀の祭典?「サンタナin県民会館1974」を
無事体験することが出来たわけです。

その後、私が高校生でいる間にも「スリードッグナイト」「スージークワトロ」が
相次いで来秋。私は既に秋田を離れておりましたが、
77年にもサンタナが再来秋している模様。

因みに74年のサンタナはプログレ期最後のアルバム「不死蝶 Borboletta」の時代。
名作「キャラバンサライ」の影に隠れて地味な印象のこの「不死蝶」ながら、
私は未だにサンタナでは1番好きなアルバムです。

海外アーティストのコンサートなど普通に観れる環境に35年も居ながら、
実はそんなに頻繁にはコンサートには行ってないです。
不思議なもんですね。

フオー・フォッ・フォッ・フォッ・フォッ!

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FONTE秋田7Fにて油谷これくしょん、絶賛公開中!

昭和30年代の秋田に生まれた「円谷ウルトラ世代(!)」は、
実は見るも聞くも、ついでに語るもナミダのカンナンシンクと、
重い十字架を背負わされているのをご存知だろうか?・・・

そう、言わずもがなのTBSネット不在のこの不憫なマチのせい。

全国で華々しくウルトラQが始まり、日本全国の少年たちの間で、
話題騒然なサナカ、秋田のハナタレ小僧どもは、
その評判を指をくわえて見過ごすしかなく、
仕方がないから、朝日ソノラマの劇版ソノシートを誰かが買ったら、
大人数がその家にドタドタと押しかけ、耳をソバダテ、噂のウルトラQの様子を伺い、
また怪獣図鑑なるものを廻し読みして、数々の怪獣のスペックというのか
ポテンシャル情報を蓄えた。

TVで観たこともないのに、
ゴメスは体長50m、体重10万トンだとかの
無駄な知識ばかり増えてゆく。

ムナシイ、実にムナシイ。

続いてウルトラマンが、秋田以外の全国で賑やかに始まるも、
秋田のハナタレ小僧達は、「Q」すらまだ見ぬままなのだ。

これをカンナンシンクの重い十字架と言わずして何と言おうか!!

この苦しみ悲しみは誰のせい?
ウラミハラサデオクベキカ・・・・・・

TBSの人気アナウンサー安住紳一郎いわく、
「秋田では自分は全く無名だから、街を歩いても誰からも振り返られず、
声もかけられない。即ちこういう事」・・・

「悪事」をするなら秋田に限る!

さすがにウルトラマン以降は、秋田で唯一の民放局ABS秋田放送も改心したか、
リアルタイムは無理としても、半年遅れ!!!!くらいの
恐ろしくスピーディーな対応で放送されるようになり、
我らハナタレ、YGマーク入り野球帽+ランニングシャツ+半ズボン+ゴム短靴、
眉のライン真一文字な、いわゆる坊ちゃん刈りの、何故だかみんなおんなじ格好をした
ウルトラ小僧どもは、きちんと整列し、八橋方面に向かい、
ズズイとハナミズをススリながら

「ABSさん、半年遅れ、ホントにありがとう!」

と、深々頭を下げたものだ(uso)。

いろいろローカル局サンも大変だと思うけど、
もはや存在意義すらボヤけてきていると、お感じにはならないのだろうか?
地域性を出すなら、地域専門局に特化すれば良いだけで、
なにも日テレ系だから4の番組、CX系だから8の番組だなんて無意味だ。

東京にだってMXテレビという東京ローカル局はあるし、
TV神奈川もTV埼玉も、独自の番組編成を打ち出し、
地域カルチャー創生に一役買っている。

秋田でも普通に地上波なら1.3.4.5.6.8.12のキー局番組を放送し、
それ以外のチャンネルに、ABS、AKT、AABという地方色びんびん、
ザキのトッチャもユーワのバッチャもユンベテレビ出てたなぁ!
って、これこそ「県民の幸福」の一貫なのではないか?

実際、がっこちゃっこもえびす堂GOLDも、時間があればしっかり
チェックしてる。

ハッキリいって、秋田というところは、
友達をたくさん作らないと、面白いことが少なすぎる。

だから友達が少ない人には、

孤独が果てしなく増幅する街だ。

テレビがダメになってる今だからこそ、
テレビというマスな力での地方情報発信が大事だと思うのだ。

ミラクル・ヴォイス!

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現在来日中、既にブレーク中らしくて
ワタシごときが話題にするおこがましさを許してほしい。

去年のある日、突然チャンネルが少なくなって損した感が消えないNHK-BSで、
「AMAZING VOICE」なる番組をどれどれ…と見ていたら、
いきなりパリのストリートからスッゴイ歌声が..

アラブ風味のシャンソン?ジャズ? 

こういうクロスジャンルものはだいたい暗くてジメッとしてるのが相場だけど、
彼女はひたすら伸びやかで、元気良く、アタシは唄うために生まれてきたの!
といわんばかりに実に楽しそうに唄う姿!
これはもう何年ぶりかでオトーサンは、横っ面を引っ叩かれたかような感動。

それがZAZとの出会いだった。

外人女性の年齢は極めて分かりにくいが、1980年生まれ、
活動の場はキャバレー、ピアノバー、そしてストリート。
確かにストリートはよく似合う。
メジャーのステージで本来の良さを消されてしまわないことを祈りたい。

取り敢えず最初に聴いた「私の欲しいもの Je veux」ストリート版
http://youtu.be/AQ9zeDd0mpg

んで、この感動はいつ以来だろ?って振り返ってみると、
もう20年近く前、「ジェフ・バックリー(故人)」だろうと思う。

奇跡のヴォイスとの触れ込み通り、明らかにあたりの空気を一変させ、浄化する
あるいは天使を呼び込む歌声!。
実際に来日公演に出かけたのだが、アンコールの「ハレルヤ」が始まった瞬間、
客席は水を打ったように静まり返り、総立ちの観客は一言一言を聞き逃すまい、
この至福の時が永遠に続かないものか?と、全員が願ったのは間違いない。

そして後光が差し、天使が降りてきた!

本当に人生の中で、初めて、そして唯一、そんな気配を感じたのだ。

「またすぐ来るよ!」と言ってステージを降りたまんま

永遠にその日は来なかった。
亡くなったというより、ああ召されてしまったか!と感じたものだ。

同じように彼に魅せられた寒がりの家人は言った。

「神様に好かれちゃったばっかりに、早く連れてかれちゃうんだね...」

世を憚るほどの憎まれっ子になるべ!と固く誓った。

Jeff Buckley - Hallelujah
http://youtu.be/HKnxmkOAj88


雪とタバコ

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               「冬の秋田の主役です」


詳細は控えさせてもらいたいのだが、
思うところあって
先月末から毎日、市内某所に通うことになった。
グータラせず朝早起きして、自転車は物理的に無理なので、
バスを使う。
毎朝8時ちょうどのバス…。

尊敬すべきことに、これだけの吹雪と悪路なのに、
バスはほとんど遅れることなく、時間通り運行している。

賞賛すべきだと思う。

秋田を愛するがあまり?
文句ばかり言って申し訳ない。
意外に細やかな除雪作業と円滑なインフラ利便性の確保、
そしてそうした行政フォローに答えるドライバーのプロ根性!

ことモータリゼーションに関してはパワーあり過ぎ秋田!って、
やっぱイヤミかいあんたは!

それにしても、やはり秋田の冬は過酷だ。過酷すぎる!! 

返す返すも、少し肌寒いだけでミルミル不機嫌になり、
カーカーとヒステリックにアタリ散らす
北九州出身の冷え性な我が家人など、
恐らくこの寒さには発狂するだろうし
もう一人、シャアシャアと東京出身でござい、
しかもセタガヤ生まれのグルコサミンネエヤなど、
週末ごとに深夜バスで渋谷方面な日々!が目に見えてる。

ホントにホントに連れてこなくてよかったと思う。って、

ついて来てもらえなかっただけだが…..。

因みに、上の者たちともしばらく会ってないが、
電話で話すことといえば...

「私たちの目が光ってないからって、あーた!
また、タバコなんか吸ってないでしょうね!」

「あれからもう、1本も吸ってません」

「お母さんにちゃんと確認するからね!」

随分昔に、3ヶ月間ほど、苦しみ抜きながらもやめてたことがある。
そしてもう大丈夫!完全に欲しくはなくなったぜ!だからここで
1本くらい吸ったところで、禁煙は揺らがない!!

その1本で、呆気なくも見事にダムは決壊した。

だから信用がないのだ。

30年以上も吸い続けてきたタバコ!
他のなにより、誰より、タバコとライターとは常に一心同体。
一瞬たりとも、離ればなれに暮らしたことがないのは
タバコだけ。

しかし、もうちょっと禁煙がんばってみようと思う。

ただしホントに人生の終わりがハッキリ見えたときは、
悪いがまた吸い始めようと思う。

だって人生の大事な友だから。










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