ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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堂々たる存在感?

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全国に郵便ポスト数あれど、これほど凛とした佇まいのポストはなかなかあるまい!
千秋公園の表玄関にありながら、
もはや裏観光スポットともいえる味のある存在ですね!?




五輪たけなわ!といっても私は相変わらずほぼサッカーしか観てません。

そもそも五輪自体あんまり好きじゃないんです!。

その嫌悪感の根源はどうも「アマチュア精神」とか
逆に「アマチュアだから許される」的な甘えの空気がどうにも大会中に充満していて
それがどうも鼻につくというのか

「出場することに意義がある」

だからお寒い記録とか初めからブービー狙いとか、
そんな輩が跋扈する実に怪しげな大会のくせに,
やたらと美化して無駄に盛り上げようとする姿勢も鼻持ちならないのだ。

だから安心して観れるのは
「プロフェッショナルな競技」
これに限定されることになるわけです。

それと昔から気になって仕方ないのが,
選手はアマチュアでも、指導者や審判、競技役員さんは
恐らくそれで御給金をいただくプロなのでしょうから、
プロの仕事人に徹していただきたい!と思うんですね。
いかにも情報収集不足、思慮不足、言葉足らず、
指導者や審判員としての資質を疑うしかないヒトがこれまで多すぎます。

具体的な競技名は控えますが、協会、コーチが競技のルール変更を知らず
五輪本番で何だかおかしいな??で初めて知ったという.....
勿論、可哀想なのは選手です。
(英文の通知書を協会の誰も読めなかったのが原因らしい)

その辺りの全てにおいて稚拙すぎる部分というか、
お役所的で無責任な放り出し方が、
五輪を観ていて「不快」になる要因かもしれないです。

それにしてもどこかの国のお家芸!
せめて審判は千秋公園のポストのように凛とした
堂々の存在感を示して欲しいモノです。
人間のジャッジよりビデオを信じるなら、
もう競技自体もジャッジもテレビゲームで充分じゃん!

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極上エンターテインメント

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これはヤバい….相当にヤバい!

確かにこれは単なるイベントヴァージョン。
もしくはプロモ営業に過ぎないのだろう。
本来とは全く別の、実に安直な「アゴラ広場」で数十分見せてもらっただけで,
私は見事にノックアウトされたのが
初めて見る西馬音内盆踊り…のサンプル・ダイジェスト版の夜でした。

中学生の頃に目覚めた音楽趣向は、
その後も常に時代の最先端(流行という意味ではない)のモノに
限定していたと自負している。
時に応じてそれがロックだったり、ジャズだったり、或いはエスニックだったりと
ジャンル自体はぶれるが、その趣向は50を過ぎた今も変わらない。
いいトシなんだからもう少し枯れた音楽を聴くべ、なんざ

「いずれこれより御免被り音頭の無駄を言う??」であるのだ。

20代のはじめの頃はプライベートではSexPistols、Televisionなどのパンクロック、
さらにTalking HeadsやXTC、Elvis Costello辺りに刺激を受けハマりつつ、
家を出ればJAZZだのAOR、時にはアイドル歌謡を生業として
スマシ顔でチャカチャカプレイする。

スタンダードJAZZをなるべく多くメモリーしとかないと仕事が来ない!?
というから必死で覚える。
仕事と割り切ってサテンドールだ酒バラだを聴き、
歌集を見て次々にコード進行を記憶する….
そんなだから未だにスタンダードなんて大キライ!

まあ、そんな生きていくにはハードな趣向を持ってしまったから、
「安直でいい加減キワマリナイ演し物=偽エンターテインメント」に遭遇すると、
殊更に腹が立つのだ。

そんな中で、今晩、実をいうと夕食を終え、入浴なんぞしていると、
窓から何やら笛太鼓のお囃子が風に乗って聴こえてくる。
どこかで盆踊りでもやってるのかな?
と、音の方向を辿り出掛けてみたら「アゴラ広場」だったというわけで、
全くの偶然ながら、私は西馬音内盆踊りに俄然魅了されました。
行きますよ!来月、羽後町!、絶対に!。

もうちょっとカメラの練習しないと.....夜の動きもの...難しい....。
フラッシュの質感好きじゃないし...コマッタ...。

カタツムリに人生を教わるの巻

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苦手な向きの方には大変申し訳ない画像。

雨の日に、なんとなく思ったのね。
「そういやここ何十年も”カタツムリ”見てないなあ…」
さてどこにいる? 
ググってみると「普段は紫陽花の葉の裏に隠れている…」?

さっそく紫陽花の葉を片っ端から裏返してみるが、オリヤしません。
更に情報によると巻貝部分を補強する為に大量のカルシウムが必要、
それで雨の日はブロック塀などの継ぎ目のセメントが溶け出すのをナメにやってくる!

それだ!と思いついて、大昔に小学校の通学路でカタツムリを見つけた道路脇の
何でもないブロック塀に行ってみると、居るではないか!カタツムリ!

40数年前の、朧げな記憶の中の「通学路でブロック塀なら石垣の横のあそこ?」
というピンポイントのまさにそこにブロック塀があり、カタツムリが居たわけで、
秋田市駅前再開発エリア、恐るべし!50年近くも変らず、カタツムリまで居続ける!。
いや実にこれはホントに凄い!

ちなみに秋田を出て以来、でんでんむしも天道虫もバッタ類も
全く目にしていない事に気付いた。

カブトムシやらクワガタだのスズムシなんかは
飼育されてるのを見掛ける事はあったけれど、
このような身近すぎる小動物に対しては、ほんの少し注意深く目を凝らしていれば、
東京でもそこら中でいくらでも見れたものを、全く見れていなかった自分に対し、
なんだかとても残念でならない。

仕事や雑事にカマけて、何十年も自分は
モノの本質が実は何も見えていなかったのではないだろうか!?
家族のこと、実家のこと、様々な局面で登場した大切な友人たち.....。

とまあ、でんでん虫と言えど、このオバカな私は
そうかそうか、そうだなあ、などといろいろ教わる
今日この頃なわけです。

謎の三種焼!

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頑張れ カツオくん!



先日某お祭りで…ってミエミエだけど、アア喉乾いたなあ、
ルービでも呑むかいなあ…と座席のある出店でツマミを探した。

焼き鳥、ジャンボフランク、焼きトウモロコシ….
さてどれにしようかな?
齢だからあんまりアブラっぽいモノは危険かなあ
でも腹も減ったし、いっそ1本づつ全部いきたいなあ…
ん?あるじゃないの!

「三種焼き」!

しかもお買い得価格300円!これは安い!
全部がチョットずつ食せるなんて
なんて気が利いてるんだろう!!

すかさず「さんしゅ盛り?いや、さんしゅ焼きか、それちょうだい!」というと、
販売のお姉さんは

『??さん、さんしゅ??ああミタネ焼きですね♡』

「ミタネ?なにそれ? え、それ….1本だけ?」

『4本で1000円ってのもあります♡』

「いや結構、じゃ…それ…折角だから..くださいな…」

『これ頭と尻を順番にガブッとやってから最後に真ん中をガブッとやってくださいね♡』

「なんだ,意外に楽しそうじゃん」
「あれ、歯が悪いから頭もケツも全然噛み切れない…
オイオイ、アブラがどんどん垂れるぞ…あ、カメラのレンズにかかった」

「助けてくれー!」

後で調べてみたのですが「三種焼き」結局なんだかよくわかりませんでした。
鳥の胃袋?そんな感じ。どなたかHELP?

秋田に戻った当初は大仙市とか潟上市とか、
正直全く馴染みのない地名にはすっかり気おくれした。
さらには美郷町とか件の三種町….
実は恥ずかしながら未だにどこらへんか見当すらつかないのだ
(今GoogleMapでチェックした)。

まあ東京都民にとっても、あきる野市とか西東京市などの新しい行政区分など
普通は知る由もないし、
他に武蔵村山市、東大和市、福生市、羽村市、稲城市,多摩市、西多摩郡なんかを
正確に知ってるとか、そもそも興味を持つヒトさえ非常に少ない。

直近でいた会社の第3工場が西多摩郡の瑞穂町というところにあるのだが、
大概「瑞穂?それ何県?埼玉?山梨?」という具合。
実は横田基地正門の近所にあるのだが、
そもそも横田基地すら殆どの東京都民はその位置も実体も知らない!

沖縄や岩国の方々に比べ何事にも鈍感なのが東京都民なのである。
オスプレイとか何とかも東京経由で搬送すれば誰も文句を言わなかった??

まあ取りあえず私は秋田の地理を勉強せねばね、である。

昭和の真髄!

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ここは竹下通り?渋谷センター街(今は呼び名が違うらしいが知らない)?
街並的には巣鴨に近いが、それにしちゃあ若い人が多い。
…ってわざとらしいっすね。

何しろ土崎の曳山といえば、私の最後の秋田Year以来だから遡る事36年!?
その時もたいそう盛大なお祭りでしたけど、
完全に当時より規模拡大してるようですし
ヒトも段違いに多い!ここだけ見事に「昭和」してました!。

ちなみにその36年前は、土崎駅近くのタバコ屋の倅とバンドを組んでて、
祭だから来い!といわれ参上したら、

他のメンバー全員彼女連れ!

私だけ一人かよ!….。

んで偶然なのか必然なのか?喧嘩に巻き込まれます。
もうボコボコ….。
他の奴らは皆、連れの彼女に優しく介抱されてるのに、
私だけ一人ペッぺと口の中の血を吐き出すのみ。

ザキの祭なんかもう二度と来るもんか!

と心に誓ったまま幾星霜…..。

祭ってのは基本的にイニシエから「男女の出会いの場」が本道だから、
ジジババではなく若い人が集って盛り上げるのが正解。
男子はこの時ばかりは颯爽と、かつ勇壮に神輿や山車を操る。
それを近隣の村の若い女性が「♡♡」。
女性も優雅に盆踊りを舞い男どもは見事に「♡♡」。

めでたく子孫繁栄、五穀豊穣、家内安全!!
というわけで言う事なし!。いや目出度い。

まだ宵祭とのことで、明日もなんとか駆けつけようと思いますが、
いやーしかし何とも祭の真髄を堪能させていただいてます。
演じる方も見る方もキチンとTPOをわきまえ、
双方互いに気を使いながら粛々と祭は進行します。
大人も子供たちにキチンと祭の作法を教える光景を数多く目撃しました。
いやはや感服しましてございますです。

おまけです。
オトーサンの浴衣の裾丈とカンカン帽の取り合わせが、
なんとも東京五輪な感じですな!?
♫オリンピックの顔と顔〜ってか!
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一枚の写真

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2002年ワールドカップ日韓大会。
私にとってこの鹿島スタジアムでのアルゼンチン対ナイジェリア戦が
唯一の観戦試合となった。
ちなみに偉そうにカメラ目線で堂々と写ってるオッサンは全く見ず知らずのヒト。
当時既に時代遅れになっていた230万画素のコンデジカメラを持参し、
スタジアムにやっとこすっとこ辿り着いて(やたら遠かった!)
まずパチり!
しかしこのショットを最後に、デジカメは以後ピクリとも動作しなくなった。

何もこんなときに….。

すっかり意気消沈したままスタジアムに入場し座席につくやいなや、
不覚にも私は居眠りをしてしまい、試合内容はほとんど記憶にない。

この前年に私はサマザマぐるぐるゴチャゴチャなイキサツの末、
ヘッドハンティングなどというにはオコガマシイレベルの小規模な話ながら、
同業他社に副社長待遇で参画する事になった。
10歳年下の社長に「アナタと仕事するのが夢でした。」
「是非アナタがかつて見たという業界の頂上を私にも見せてください」
「待遇はご希望通り」とか、とにかく熱心かつアマーイ誘いだったが、

入ってみたら「殆ど奴隷」だった。

40歳を過ぎて初めての体験となる朝7時の、
噂に名高い通勤”地獄”電車。
しかも新宿で山手線に乗り換え…命からがら会社到着。
そして帰宅は毎日決まって

深夜0時25分の終電車。
家に着くのは1時半。
大晦日は終夜運転=「今日は心置きなく働けますね!」と言われた...。
休日は基本なし…

超独善的で病的に金の亡者なワンマン社長(見抜けなかったぁ…)から、
朝、突然通勤電車中に電話がかかってきて、

社「今日は休んでかまわないです…」
私「いやもう会社到着寸前だから、休日は明日にまわしてもらいたい」とするが、
その明日はさらに一ヶ月後だったりする。

そんな中、数ヶ月前からこの日の為に幾多の努力を重ねて休日を勝ち得たのである。
ところが…このザマ。

交通の便も悪かった。
JRは特別臨時ダイヤを編成する!という事だったが車両は普通の通勤電車。
途中停車して乗り込むヒトはいても、目的地は同じ鹿島だから降りるヒトがいない!
そして2時間半のすし詰め….さながら難民か俘虜の移送列車状態。
強烈に眠い、暑い、電車の通路に外人も日本人も座り込み、
何故だかやけっぱちのオレオレ大合唱。
やっと終点鹿島神宮駅に到着したものの、スタジアムまではバスでピストン輸送。
これがまた当然ながら大混雑…
待ちきれず歩く人々も多いが、道中は軽い山道徒歩30分。

=むろん徒歩で大森山の麓から動物園を越えて頂上へは向かわず
浜田浜に抜けたらいよいよスタジアム、そんな感じ。

とまあそんなこんなで愛(?)と苦悩と寝不足の時代のワールドカップの記念が
このたった1枚きりの鹿島スタジアムショット…であるわけでした。

残念!

センチメンタル・オヤジ

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カワリバエしないハコモノばかりですな。



最近だいぶ慣れたんですがね、なにせ35年ぶりの故郷でしょ!
近所のオッちゃんもオバちゃんもみんな若かった姿からいきなり+35年だから、
どうしてもみんな「特殊”老け”メイク」してフザケてるようにしか感じられないのね。
昔、金座街か銀座街かで食堂やってたババなんか未だ健在で、
昔と場所は違うけれど同じ看板の店に居たりして、
正直苦手なババだったけど、生きていてくれたのがどうにも嬉しい。

もう50年近く前から灰色の地味な割烹着&パンチパーマババだったのに、
今も当時と大して変わらないパンチババな姿にうれしくてうれしくて笑いが止まらない。
勿論ババは、このオヤジ気色悪いな、頭おかしいんと違うか?と思ってるだけだろうし、
目の前にいるこのオヤジこそ、アナタが掃除のハタキを掲げて
「このイタズラクソガキ」と追っかけたイガグリボーズとは気付くまい!であります。

なんだかね、昔の街のたたずまいとか、ヒトたちの活気、
息づかいなんかが突然リアルに甦ってきて、
ふとFONTE秋田横の駐輪場入り口あたりで、
ここらがババの食堂があったあたりかな?とか思うと、
どうにもヤルセナイ気持ちになるわけです。

去年の震災直後、まだ東京にいるときだけれど、
用事があって有楽町(五丁目の先じゃないよ!)の大昔の勤務先があった辺りを
数年ぶりに行く機会があったのね。
当時は燦然と輝いていた「某Wプロダクション」の社屋も
今は5階まで全てナンチャラエコーなるカラオケ店!
ここの3階の総務部に呼びつけられ、
今の家人との事で部長にさんざん怒られて

「俺の前に二度とそのツラ見せるな!」

との生まれて初めての言葉を浴びせられて相当なショックを受けたっけ!
なんて思い出したくもない記憶が走馬灯のように甦る。
何チャラエコーの派手な看板の前で妙にセンメンタルになってるオヤジってのも
さぞやキッカイな姿だったろうなとも思うが、
歳をとるほど感傷的な事も増えるわけです。

アナタも古いビルの前なんかでセンチに耽ってるオヤジを見掛けたら
不思議がらず、おっさん、泣いたっていいんだぜ!
なんなら胸貸したっていいんだぜ(女性なら尚良し!)
くらい思いながら、出来れば見なかった事にして、
そっと静かにその場を立ち去っておくんなさいな!なんてね。

時はめぐりて...  

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30代の調子に乗った時代、
地球は自分の為の回ってると本気で思っていたし、
周囲からもオマエサマほどの凄い奴はこの世に二人といない!
と賛美されてる...と思い込んでいた。

気がつけば50人足らずの小さな会社ながら、
社内を2分する派閥の領袖になっていたが、
片方の派閥は社長派(創業者)だったから、待遇的には恵まれず、
収入が自分の売上額の1000分の1ほどでしかない事で、
独立開業を促す声も多かったのだが….

「この会社こそが自分そのもの!」

「辞めるのは自分ではなく、もはや金勘定と発展性のない
ネガティブ意見のみの社長と古株役員達の方だろう!?」

と本気でそう思い込んでいた。

役にも立たない昔話ばかりの「年配社員」が生理的に苦手だったのかもしれない。
しかしヒトを疎んじたりするのは主義に反するから、
能力を見極めた上で無理のない仕事を担当してもらい、
キチンと滞りなく完遂してくれれば、労をねぎらい正当に評価するつもり。
しかし大抵の場合、年配さんは仕事を途中で放棄し、
同年代の経営者や役員に「私にイジメられている」と報告。
結果、私が悪い、で、

「これ以上イジメが目に余るようなら誰だろうと処分するしかない」

とまでいわれ、
私が退職した場合の会社の損失、独立開業した場合の
会社が被る損害規模などシュミレーションを、
なんと外部のコンサルタント会社に依頼したというから呆れ果てる。

さらにはそのコンサル筋からは私が特定業者と癒着してるのではないか?、
給料以上の生活をしている=ベンツを2台所有し、週末は決って軽井沢でゴルフ!
とかいうようなマヌケな噂を流されたりした。

ベンツの前にまず免許ないし、
ゴルフではなく週末は新宿西口公園か八幡山でサッカーやってた!

その会社はその後紆余曲折あって破綻してしまったが、
別の会社でいつの間にか私も昔話ばかりの年配社員になり果て、
若い社員たちが会社の主軸となり、年配社員は疎んじられるのを実感する立場になった。

なるべく少し引いた立ち位置で、経験から得た
客観的意見を敢えていう立場を貫くように心がけるが、
それはそれで無責任と見られる事にもなり得て、
立ち位置の難しさに悩んだものだが、今はそれすらも懐かしい。

今は思いもかけぬ「ハローワーク」で「年配者」であることを
殊更に叱咤されるとは思わなかった!

「あんたあ、まじめに仕事探す気ィあるのかね!、歳をわきまえてね!
本気で捜さないと見つかんないからね!」

祭の質感

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秋田で生まれ秋田で育って、
ハタチ前に東京に巣立ち(?)
50歳を過ぎてどうやら半ポンコツになってまた秋田に仮住いして…
という私だから、昔も今も秋田は故郷なのにどこか

「お客さん状態」

それを自覚することが相変わらず軽く辛かったりする。

子供の頃の「竿燈祭」
開催場所は当時オシモオサレヌ秋田のメインストリート=広小路だった。
今はもう見る事が出来ないお堀の水面に映る無数の燈火の神秘的で
荘厳な美しさを生涯忘れないだろう。
実は無類の竿燈大好き少年だったのだ。
しかしだ、そこで大きな疑問が立ちはだかる。

「何故自分は竿燈に参加できないのか?」

開催会場はホームグランドの広小路なのに、
何故だか周囲に参加できる環境がなく、
小学校では「やりたい」と希望すること自体がタブーのような雰囲気。

「テッポーマチとかね、あっちの方に住んでれば良かったんだけどね…
大人になればやれない事もないから…」
という曖昧さが何とも悲しく悔しかった記憶がある。
地元なのに観光客と一緒に見物するだけが
私と竿燈の悲しい運命…。

やがて大人になり、東京に住むようになっても
そういう状態はあまり変わらず
基本ヨソモノだから
地元の祭があっても部外者として
あくまでも熱くはならずに(なれずに)
クールに楽しむのみ。

一時、勤務先の有志でイナセな格好で祭に参加することもあったが
(高円寺阿波踊りとか地元鎮守様の神輿かつぎなど)
実際にはさほど熱くなる事もなく
正直イベントの企画や催行の仕事も多くしていたから
毎日が祭みたいに変化に富んだものだったし、
「他人の企画や作法」にノットる祭に殆ど興味をひかれない自分を発見するに至り、
以後、クールでフレキシブルな第三者という立場が自分にとって心地良いと自覚した。

だから祭やイベントで「演し物の質や演者の態度=真摯さ、技量、」
「進行のスムーズさ」などで正直「不快」と感じたら速攻で帰宅する事にしている。

つい最近も、とある秋田市内の街の夏祭を初めて訪れたが、
あまりにも見物客を無視した運営方式、
規律を感じない無軌道で粗雑な演し物で
参加者だけが楽しめれば良いという腹立たしいモノに遭遇。
最悪な気分で速やかに帰宅した。

規律と統制と覚悟が伴って、
そこに愛とか優しさ、思いやりに溢れたものが
完成された祭だと勝手に思っている。
自分勝手な盛り上がりが祭だと勘違いしてるヒトが余りにも多いな。
最低限、演者は常にクールでなければならない!
=竿燈も然りだよね!
愛される理由はそのストイックさ。
だから竿燈は好き。

アヤカシの街

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7/7(土)赤れんが郷土館築百年記念事業・キャンドルナイトと雅楽の調べ

意外と申せば失礼ながら、大変な盛況に驚きました。
例えて云えば、40年前!
ここからほど近い「すずらん通りのドン突き」にあった

洋画専門映画館「秋田ピカデリー」

何の映画かさっぱり覚えてないけれど、
何しろ館内は超満員で外側の通路で立ち見なるも身動きとれず
かといってしゃがむと肝心のスクリーンが見えない。
そんな遠い在りし日をフッと思いだすような
今の秋田では珍しい大混雑な会場となって
貴重な雅楽は殆ど見えない状態でしたが、
何だかムショーに嬉しかったです。

先日「ヤートセ秋田祭」でハカラズも批判させていただいた
「薪」もしっかり焚いておりましたから、
これが許されるなら「薪能」なんかを
千秋公園本丸あたりで定期的に公演する可能性なんかも感じましたね。

ちなみに個人的に大町、横町、すずらん通りなど
「川向こう界隈」は「アウェイの地」。なのでさっぱり不案内ですが、
前出の「秋田ピカデリー」は土手長町のすずらん通りの橋を渡って
直進した突き当たり!?ってオボロゲに記憶してるんですが,
今は突き当たりの痕跡すらなく、もしかしてまた記憶違い、勘違い??
と不安になってる今日この頃なんです。

飲食店を営んでた友達の家が横町かすずらん通りのアーケードを
しばらく歩いて右側….とにかく当時のこの界隈はゴチャゴチャしていて
分かりにくい、迷路のように妖しく魅惑的な街でした。
いまはもちろんアーケードの痕跡すらなく
なんだか元々アバウトな土地勘が
逆にますます希薄になるというか

例えは悪いんですが、

「魔法がすっかり消えてしまったウツツな街」

申し訳ないんですけどそれが今の大町界隈の印象です。
街の奮起に期待します。

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