ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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つまらない話の続きを少々(橋下氏見参)

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普段はあまり使わない、というか、
どちらかといえば好きではない長めのズームレンズというものを
今日はカメラに着けていったら、これがまんまと正解!?

思いのほかアゴラ広場を隙間なく埋め尽くす大聴衆! 
常設ステージ使用ならさほどの距離感は感じなかったろうが、
敢えてそれを使わず(特定政治結社には使わせない?)
広小路側歩道に固定した街宣車上を演台とした為に、
仲小路側からは何しろ遠い!!
アゴラなのに東京ドームのアリーナ席にいる気分?
ズーム着けてきて良かった??と初めて思った瞬間でした。
いや、また当分使わないけどね。
ピントは手前のスピーカーに合ってしまってるみたいだし....


橋下徹氏は
「社会保障費こそが国家疲弊の元凶、ここをガツンと減らして
 現役世代にもっと活力を与えることこそ日本再生!?』
と言い、圧倒的多数の中高年層聴衆は....

 水を打ったように静まり返った。 

ちょっと待てよ? 年金や医療費等の社会保障費を減らした場合、
そのシワヨセはどこに行くかというと、
結局子供達….つまり現役世代に親の面倒を見ろ!国は知らん!
って事になるわけで、それって政治じゃなくて、
単なるリストラじゃないかい?と思う。

まさか国が面倒をみない分、現役世代が子育てと親の介護に忙し過ぎて
仕事どころではなくなり、そこでワーキングシェアによる雇用が起こり、
失業問題が解消される???
そこまで橋下氏が考えているなら大したものだが...(笑)

国家の義務とは
「国民の生命と財産を守る事」

財産を守るというのは国防とか国際問題の解決などのこと。
これも頑張って欲しいが、まずは『生命』つまりは社会保障、
これが第一義!なのだから、ここを減らすということは
恐らく今後『憲法違反』という事態を招くことになるだろう。
法律家でもある橋下氏にしては随分軽率な発言だと感じた。

熱弁で話は確かに分かりやすいが、内容は古くさい新保守の
グローバリズムそのもので、考えてみたらこの党のブレーンには
竹中平蔵氏がいたんだなあ、アメリカ式市場経済偏重主義!
市場は潤っても下々の生活は良くならない!
と、彼の政策は総括され結論付けられている。
10人の仕事を6人に押しつけ、4人クビ。残った6人も減給。
そりゃ会社は儲かるし、株価も上がり内部留保が....。
結局インチキに違いない。

しかも、国民の生命も財産も、
まったく蔑ろな某お気楽ご老人と組んだ事で、
この人の価値も随分と…。

まあこれくらいにしときましょ。

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たまには政治でも語ってみる。つまんないけど...。

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政治的な話はあまりしたくはないけれど、
福島や六ヶ所村を抱える東北人の一員として、
経済性を理由に原発を是とする政治家を
輩出(排出)させるわけにはいかないのではないか!と考える。
かといって民主…?本当に分かりかねるパーティだ。
というより民主を取り巻く言論にも理解出来ない私がいる。

疑問①;鳩山氏は以前から普天間基地の県外or海外移設を
持論として唱えていたから、
首相となったからには当然持論通りに行動したはいいが、
性急に実行出来るような事ではないのに、沖縄の地元や野党の圧力に屈し、
よせばいいのに約束手形のように結論に期限を切らされ、
結果地元からも野党からも、マスコミにまで「嘘つき」と呼ばれ総理を辞任した。

普天間県外国外移設という理想を現実に唱えたのは鳩山首相が唯一で、
言わば彼は沖縄への最大の理解者であるのだから、
本来はもっと頑張れ!と応援すべきところを、何故だか嘘つき呼ばわりし、
出て行け!総理辞めろ!とアジる沖縄県民…なんだかなあ…??
と率直に哀しく思ったものだ。

疑問②;…なんだか東電は作業員を福島第一から撤退させるみたいですよ!…
事故からまだ数日しか経ってない時点でこんな無責任な話を聞いたら、
首相でなくても東電に怒鳴り込みたくなる!
んで菅直人という人は新橋の東電本社に乗り込み怒鳴りまくった。

ざけんなバカやろう。社長出て来やがれ!…

この粗雑で野蛮な行動によって東電の指揮系統は乱れに乱れ、
重大な冷却スキームの遅れに至ったそうで、
これは正式な事故処理遅滞原因として内閣に報告されたのだそうだ。

なんか何処かおかしくないか?論理として。

それを言うならマスコミのミスリードの方が数段デカイ問題でしょ!?
ついでにマスコミを中心に「菅辞めろ!今すぐ辞めろ!」の大合唱!
しかし菅氏の何がどう悪いのか誰も説明しないまま、
さて何処のどなたなら、或いは何党のどなた様なら適任で菅氏より
どう優れているのか??がさっぱり分からないまま、
やがて「復興」など微塵も考えてない、
口を開けば増税しかいわない現政権が誕生した…
あの騒ぎは何だったのか??

疑問③;一時、松本龍なる復興相に就任し、エラい大柄で高邁な態度で
一夜にして国民に嫌われ、辞任させられた男がいた。
しかしだ。私は少しばかり、多くの国民とは別の見方をしていた。
大柄な態度は勿論自己演出である。
つまり彼は「ハイハイ、分かりました、ヨロシクお願いしますね…」
という名目だけのひ弱な代議士像ではなく、毅然とリーダーシップを発揮し、
きびきびとした軍隊式の縦型の指示系統を作ろうとしていたのは明白である。

彼はハッキリこう言っている。
遅れてきた宮城県知事に対し
「アンタらの声がな、町長も村長もだ、中央にはっきり聞こえないのだ。
 何が欲しい、いついつまで絶対欲しい、オマエら何やってる、
 現場の要求を聞けよこら!くらいの迫力でものを言わないと
 中央には何にも伝わらないんだよ!
 言わないってことは要らねえってことだ。
 だから、言わない奴には何もやらん!
 アンタらは今日俺を待っていた筈だ…しかし出迎えがなけりゃ、
 なんだ俺を待ってないのか、俺にはたいした要求も願いもないんだな…
 そう思うだろ!行動は大事なんだよ、次から気いつけろよ」

口汚いが、真っ当なことを言ってるなあと私は感じていたが、
なにしろ非情時なんであるわけで、いかにも使えなそうなオヤジが赴任して
現場の邪魔になるより、はるかにマシな人選..と思ったのだが、
マスコミの切り取り方も問題だが、
多くの国民は彼が傲慢で信頼に足る人材ではないと判断した。

実は私も昔は随分傲慢!と言われたから気持ちは良く分かるののだ。
旧くは小学生時代は、グループで協力して行動する理科の実験を
「あー、また一人でやっちゃってる〜いけないんだあ!」と指摘(非難)されていた。
仕事では、期日が迫った仕事に対してはノンビリみんなで議論して…
なんて時間はないから、先輩も後輩もなく、各人のポテンシャルを鑑みて、
仕事を問答無用で強引に割りふる。そうして納期になんとか間に合わせた
その後に、ゆっくり愚痴でも非難でも聞く。
しかし多くの場合、非常時という事はすっかり忘れ、
乱暴すぎる、一方的すぎる...と、理解してはもらえないものだ。

繰り返すが私は民主党員でもないし支援者でもない。前回は入れたが、
恐らく今回は入れないと思う(何を?)。
勿論原発是認候補にも入れない。
と、するとあんまり居ないのよねえ〜。

歳をとるということは情けないこと?

9355.jpgベランダの小庭の…。

秋田に一時撤退(?)を敢行する時に、
相変わらずMacしか持ってないけど、
ノート型を携行してきたのだけれど(13インチ)、
目の衰えから、画面の見え方がシンドくなってきたのと、
まあ秋田滞在も思ってたより長くなりそうだし…ってことで
大画面のiMacを購入した。

ところが今度は画面がデカ過ぎて、
カーソルをチョクチョク見失うのだ!
情けないね。

歳をとるというのは、アタリマエの話だが、
全ての身体パーツが経年劣化で性能が落ち、場合によっては故障する。
取替が出来るパーツもあるが、恐ろしく金額がはる。
インプラント、レーシック、その他アンチエージングなる様々な施術…。

脳だけ今のままで10歳の肉体を得て、
また小学生からやり直せないものか!?
と妄想する事もある。
そうなった場合、高校を出てまた上京するんだろうか?
いや、どうせ歳とってまたカラダを壊し、秋田に戻り療養するのならば、
はじめっから秋田にいて人間関係や確固たる立ち位置を
秋田に築いておいた方が得策だろう…
じゃあ家族は...?
こればかりは生まれ変わったって変えようがないし
これがなしなら人生など始まらない方がマシだ...などと、
結局どんな人生を過ごそうが、
今のこの情況に戻ることが着地点となってしまう情けなさ。

若いウチから健康に留意し、
酒もタバコもやらず、暴飲暴食もせず、
夜は10時には寝て、朝5時に起き、
20歳のミソラから毎朝散歩をし、
花や木々の色づきを感じつつ…
そんな生活態度で人生を過ごせば、
100歳越えも可能かもしれない。

家人の友人だが(さる有名なアナウンサー)、
親兄弟のほとんどが若いうちに癌を発病し、早逝している事から、
自分も早い時期からあらゆる欲望を断つストイックな生活を実践した。
酒もタバコも、コーヒー、お茶などあらゆる嗜好品もタシナまず、
もちろん完全な菜食主義で通した。

しかし無情にも30代で発病し、
あっという間に亡くなってしまった…。
そんな話を聞いていたから、
人間死ぬときは死ぬ、それまでは人生を楽しまねば損だ!と思うようになるが、
人間そんな突然ポックリは逝かないもんで、
長い期間病いに苦しむだけでなく、
精神的にも経済的にも困窮する事になる。

一体どう生きれば良いのか? 
どう人生を括ればよいのか? 
宗教がそれを教えてくれるなら、
勿体ぶらずにみんなに教えて欲しいものだ。

まちなかスキーな時代

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冬囲いも完了されちゃうとね、さていよいよ...ですか...
と、観念するしかないですね。

秋田県の北の方ではもうスキー場開きなんだそうな。

なにしろ今に較べればクルマも少ない時代、秋田駅前周辺と言えど、
斜面さえあればそこらは子供らにとって全てスキー場!
クルマはスキーの飛び出しを警戒して交差点では必ず一時停止!

そこで物足りなくなれば本格的に…千秋公園!!
県民会館の小坂、小学校前(図書館前か…)の大坂、二の丸の階段、
鯉茶屋前の階段(鯉茶屋に向かって直滑降。ギリギリで左展開のスリル!)、
本丸の大小の土手など、ゲレンデはありとあらゆるところにあるわけです! 

しかしこれらは小学校低学年での話。
やがて舞台は「手形山シャンテ??」となります。
その頃の私は高額なスキー板は買ってもらえず、
近所のお兄さんからイタダイタ、随分と時代遅れな長くてやたらに重い、
しかもエッジがトコロドコロ抜け落ちてるようなボロボロなスキー板。
これを家からヨッコラショと担いで歩く。

まずは秋田大グランドで仲間と待ち合わせ、
そこから大学球場の裏→秋田高グランドあたりから徐々に山道に入り、
眼下に秋田市内の雪景色を見下ろしながら、一歩一歩登山。
そして遂に手形山ゲレンデ・スキーロッジ(単なる山小屋…)に到着する。

行きだした最初の年にはなかったが、やがてロープ塔が完成し、
ゲレンデ登りは楽になった。

しかし私はそこで足首捻挫を1回。
それでやはり古いシステムのスキー板では危険だ!という事で
新たに買ってもらった憧れの白い最新式の板を履いたその初日、

まんまと転倒しボキッと….
足ではなくスキー板を折った。

どう転んだか記憶はないが、まっ二つに折れた板の前半分が、
無情に…淡々と…ゲレンデ下に見事な直線のシュプールを描いて旅立った。
この音声のない無機質な光景は、以後しばらくは悪夢となって、
随分とウナされたものだ。

小六の時に秋田博(アキタヒロシではなく秋田博覧会)とかがあって、
向浜というガルフエリアが急に注目され、開発されるようになって、
同じ年の冬、県立スケート場が落成。
我々はスキーブームから突如スケートブームに移行する。

中学になると、スキーの方のロケーションは一気に
「仁別スキー場」になるが、中2あたりを最後にスキーは一切やらなくなった。
何となくメンドクサクなったんだと思う。
楽しい事は世の中ほかにも色々あるって事を、徐々に知り始めた年代だ。

その後バブル時代に一大スキーブームとかあったし
実はミュージシャン時代も、越後湯沢とか志賀高原などでの
スキーロッジライブとか、雪上ステージライブ(ウルトラ寒いし、手がカジカむ!)
とか意外と頻繁にあったのだが、
空き時間には皆、貸スキーで楽しんだりするのだが、私は一切滑らなかった。
秋田出身なのに何故?とよく聞かれたが、
やはり怪我や、トラブルのリスクがトラウマになっていたのだと思う。

というか、都会や南国出身の人は雪にやたらハシャグのだが
雪国出身者はそんなときは、宿舎でのんびり温泉に浸かり、
熱燗などでまったりと過ごす...。
スキーなんぞ、何がかなしゅーて雪まみれにならにゃならんとですか?..という次第。

その代わりにカノジョが出来て、その初デートが代々木のスケートリンクだった。
その時はつくづく、向浜にスケート場が出来たことで、
その「たしなみ」として滑れていたことに、随分感謝したように思う。

まあ何にしても、昔は子供の数も多かったし、街ナカのそこら中で
子供達は自由過ぎるほど勝手気ままに遊び呆けていた...
そんな時代でしたね。

魂のもんじゃパーティ

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世は「B級グルメ」ブームなのだそうだが、
私は「B級」という言葉が、駄菓子→チクロ。
屋台的な食物→人工着色料、保存料….と、連想する印象は極めて悪く
どうにも食欲がわかないのだ。

『ソウル・フード』という言葉がある。
直訳すれば『魂の食物』だが、ある国のある都市の名前の印象ともぶつかる為に、
どうも「チヂミ」とか「トッポギ」とか連想しがち。
魂なのに、何故かちょっと辛くて安っぽい…というか
カジュアルであるというカテゴリーでは、充分確立してるように思う。
『ソウルフード』は「B級グルメ」より遥かに使える言葉だと思う。

私にとってのソウルフードは、間違いなく「もんじゃ焼き」である。
ご存知の通り秋田出身の私がもんじゃを語るのは非情におこがましいが、
東京の、特に下町生まれの方々のもんじゃに掛ける意気込みとか
熱意はハンパなものではないから、
私も家族も皆もんじゃ作りは得意だ!。

問題点は各家庭ごと、または行きつけのもんじゃ屋
(駄菓子屋の奥座敷が子供らのもんじゃゾーン)のレシピやら味やらが、
多様化し過ぎて「これが正統派!決定版!」というものが確立していないのだ。

なにしろ宵越の銭は持たない、てやんでい!こちとら江戸っ子でい!
という気っ風の良さ=派手好きアタラシもの好きの頑固者どもが、
それぞれの信じる、まさしくソウルフルなもんじゃレシピ
=哲学を持っているものだから、
ちょっとしたもんじゃパーティーの席で、
そのレシピにおいての言い争いからの喧嘩に何度となく遭遇しているほどだ。

やれソースは○○よりオタフクソース?
ベビースターラーメンより(もっとマイナーな)なんとかラーメン。
麺を入れるタイミングは最初、最後…??

その翌朝、喧嘩の片方の葛飾出身者が突然出勤前の私の家にやってきて、
「昨夜は荒川の○○に邪魔されましたけど、私が本物のもんじゃ種を仕込みましたから、
今夜食してみてください。絶対負けませんから…」
と瓶にもんじゃ種を詰めて持ってきたり、

一方の荒川出身者は、長々と「荒川もんじゃ論!」をしたため、
レポートにして私に提出したりと(仕事しろ!だな)、
もう簡単気軽に「社内もんじゃパーティやるぞ!」とは言えなくなった次第。
まさに下町のソウルフードというに相応しいではないかと思う。

ちなみに下町のコンビニには必ずもんじゃ用の大へら小へらが常備され
販売しているとの事。
しかもテフロンを痛めない木製へら!ってのが泣かせます。

ではレシピーを...

◇種は小麦粉1に対し水5の割合が黄金比(かなり水っぽい)。
それにソース適量、醤油微量、その他調味料任意。
それらを良く混ぜておく。
微量「山芋をすったもの」を混ぜる説もあるが、これはチヂミの影響か?

◇具の必須は「キャネツの千切り」。
それと「切りイカ」と「桜えび」などの干物、出汁がよく出る。
それにベビースターラーメン。他に肉や野菜など適当。

卵は任意。餅とかキムチとかいろいろトッピング可能。
それらをあまり順番など気にせず、がっつりボウル(どんぶり?)などで
混ぜ合わせて鉄板で焼くだけ。
よく言われる「キャベツで堤防を作り、内側に種を流し込む」は月島流に過ぎず、
もんじゃ界では意外に少数派!。とにかく流し込んだものをかき混ぜながら
徐々に凝固させてゆくだけ。
お好み焼きのように完全凝固はしないので、少し固まった半焼けあたりが食べごろ。
小へらですくって直接口にべろっと入れる。

箸なんて邪道!とにかく大勢で何度も何度も焼く。焼く度に味を変える。
次はカレー味です。お次ぎは明太子味!、イカスミ味、ボンゴレビアンコ味…
などいろいろ試してみるのも楽しい。
勿論どうにもマズい失敗作もあるが、それもまた楽し!である。

ベビースターラーメンの処遇は諸説あるが、私は食す直前に入れて、
ぱりぱりとした食感を楽しむ…のが好みだけれど、
一部には最初から種に混ぜ込んで、フヤカして食すのが絶対旨い!
と譲らない派閥もある。
まあ、なくても一向に構わないが、あれば楽しいのがベビースターだ!

因みにベビースターではなくチキンラーメンで試したが、塩気が多いのと、
うまい具合に芯の残る独特のふやけ方ではなく、
きちんとした正調中華麺になってしまうのが残念!

月島あたりで、しっかりした料理としてのもんじゃを頼むと、
ベビースターなどは登場せず、普通のそば玉になり多少失望する。

とにかく子供らが大勢やって来ても、
鉄板一つで大いに盛り上がるのでおススメです!




千秋公園・徒然血風録

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秋田の方々には、お馴染みの場所、お馴染みのアングルですね。

昔はここまで完璧な造園化は成されてなくて、
もっと無造作な普通のまあるい池だったような気がします。
我らワルガキ軍団は、ここで(も)ウドン粉をコネた餌で雑魚釣や、
網でゲンゴロウやヤゴなどの水生生物を捕まえたりして遊んでいたけれど、
ある日小学校を通して、当所での魚釣り他諸々遊戯御法度令、
即ち池からの完全撤退命令が発令され、
以来40数年!どうやらサンクチュアリ状態は継続中の様子ですな。

「胡月池」って言う立派な名前を知ったのも、実はつい去年の事で、
それまでのこの場所の通称は

「ほら、あの、動物園の前の池さ」...に、過ぎなかったわけです。

画面左側の大きな松の木の下あたりが動物園入り口のゲートだったかな…
動物園自体は、狭いスペースに様々な動物の檻はもちろん、
お猿の電車など遊園地機能までをギュウーっと凝縮し詰め込んだ素敵な場所で、
日曜ともなると子供達の歓声が絶えない賑やかな場所でした。

そしてもう一つ、千秋トンネルなんて無粋なものが通ってしまう以前の、
深い崖の底には、古いお堀の名残りなのか、水道山貯水池の名残りなのか
よく分からないけれど、大きな池があり、
当時は金魚の養殖場になっていて、
その「崖の下の金魚の池」の絶景を眺める為に、
わざわざ遠回りして下校したことも頻繁だったわけです。

現小学校前の坂を下り、大手門通り!?なんてコマッチャクレタ名前が
いつの頃かつけられた通りを駅方向に少し行くと、
通称「中央病院前(現脳研センター)のお堀」の手前に
ちょっとした児童公園があって、
その奥の土手の階段を登るとさっきの胡月池に出るのだけれど、
この土手の途中に「防空壕の穴」がドカンと開いていて、
怖すぎて踏破した事はないけれど、
噂だと県民会館裏の内堀の池の土手にあった穴と繋がっているとの事で、
どうせならこのトンネルを整備してくれたら、通学路として便利だなあ!
などと手形界隈の子弟はノタマウわけですが、
現・国学館高(当時は女子高だったかな!?)の横の坂を、
毎朝一目散に駆け下りて小学校に通学する私には、全く関係ない話でした。

役に立たないCD批評

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ENOといえば私にとっては未だにROXY MUSICの「エノ」で、
同バンドの飛び道具的役割を担った人。

FRIPP & ENOでは彼の前に楽器はなく、
2台のオープンリールテープレコーダーがあるだけで、
King CrimsonのRobert Frippが繰り出す清音濁音に、
多様で奇怪なループやエコーをテープレコーダで作り出していた人。

801Bandでは「ライオンは寝ている」を
大真面目にカバーしたひょうきんなオッサンだし、

私にとっては「人生最高傑作」に近いアルバム
『Another Green World』を創出した人であるし、
デビッドボウイやトーキングヘッズ、U2やらのプロデューサー。

さらに世間ではアンビエント=環境音楽の創始者として、
サティ〜ケージ〜イーノという系譜で、同列に語られる歴史上の偉人。

最も有名なのが、WindowsOSの起動音「ジャンジャラララリーン…」の創作者。
楽器が弾けないミュージシャン。
それがブライアン・イーノ、英国人。

彼の2012年新作「LUX」を聴いた。
彼の代名詞である「アンビエント」だが、なんと今世紀初のアンビエント作品…
これだけで少し感慨深いではないか!。
しかもかつて彼の作品に必ずあったシチュエーションの規定
(=空港とか宇宙船とか木曜の午後とか…)が、
今回は『ルクス』即ち『光』となっている。

光ってなんだ?という哲学的思索をしたところで、
得られる解答は「時間」としか答えられない。
森羅万象全ての問と答は「時間」であると思うから、
ツマルトコロENOのアンビエントはすべて

「MUSIC FOR TIME」が裏解答なのであったあ

と、30年くらい前に京橋の居酒屋で音楽仲間でもある
ザギンのボンことザボン君と熱く語り合ったかつての怠惰な「時間」が懐かしい。

こうした時間軸が歪んだり、複数の時間軸(別の運命による別の人生時間)
が、たまに交差し合うエピソードが
唐突ながら私が敬愛するSFテレビシリーズ
「スタートレックシリーズ全700話」の中にいくつか紛れ込んでいて、
個人的には愛しくて大切なエピソード達なのだが、
そういう過ぎ去った過去時間へのオマージュ的にENO作品は充分に
誰にでも楽しめる音楽だと考えるのだが、

決しておススメはしない。

考えてみればかつての自分はアンビエント否定論者だった。

前だけを向いて生きてる(時代の)人には
アンビエントは、全く無意味で退屈な音楽でしかないからね。

常に自分の人生、時間経過に疑問を抱いている人。
あのときの判断は正しかったのか?
別の決断だったらどうなった?
人生どう変った??
そう考える、イジイジ、グジグジとした
厄介な性格の私や君(?)には

絶対オススメします。

小春日和でHere Comes The Sun

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銀杏の実と言えば、
東京辺りだとバケツを持って子供達を動員するなどして徹底的に拾わせ、
そのまま水に漬けて…。
つまり殆どの場合、銀杏の木の周りには、「実」は拾われた後で残ってませんから、
あの独特の匂いを嗅ぐことも稀なんです。
しかしさすが千秋公園本丸では、見事な色彩とともに
「芳しい臭気」も存分に漂っておりました。
因みにその場を離れてもしばらくクサイのでオカシイなあ?と思ったら、
靴底にベッタリとこびり付いておりました。
こんなこと昔もあったっけな?? 
結局何も変わらない秋田…ウレシくもあり、カナシくもあり。

小春日和の本日は、千秋公園を散策する人の数も多かったですね。
秋田にいると、この時期、紅葉はもちろんですが、
青空であることだけでもう嬉しくて、
私は行き先も決めずに諌んで出掛けるのですが、
だいたいココになるワンパターン。
これもウレシくもあり、カナシくもあり…です。

家を建てたり、物件を捜す時は、必ず「南向き」というのが基本ですし、
実際南向きの部屋は一年を通して温暖で心地良い。
その点で言うと秋田は残念ながら「北向き」で「西向き」な地勢ってことになり、
やはりいろいろ不利なのは否定のしようがないところで、
日照は少ないし、寒いし、湿気も多い。

そういった向きの悪い部屋を少しでも快適にする為には、
風通しを良くするほかないわけで、
そういった工夫の一つが、
四季折々の自然を手軽に楽しめるこの公園の存在だったり、
お堀付近の、街中なのに妙に開けた
「風通しの良い中心地」の存在ではないかと思います。

個人的には規模は遥かに巨大ながら「上野のオヤマ」より
「千秋公園」の方が断然好きです。欲目でしょうけど...。
歴史的由縁のない公園は論外です...(だからUSAとかAUSSIEなんて
ワタシにとっては全く魅力を感じない場所)...。

まあ希望を言えばきりがないですが、
お堀の内側の公園内に、無粋なビルディングのような建造物は
行政で阻止出来ないものか!と思いますし、
昔と明らかに違うのは「自動車」が何故公園内のあちこちに入り込んでくるのか?
二の丸の入り口くらいはまあまあ我慢出来るものの
(本来は坂の手前で進入禁止でしょう)
本丸の砂利道を爆走するクルマの無神経さはどうにも理解出来ません。

イヤタカ神社付近の路上駐車も見苦しくて無粋!
神事なら尚のこと、レイケンアラタカに?
キチンと下から参道を徒歩で登っていらっしゃい!
などと思う、小春日和の頑固ジジでありました。

では最後に11月10日の秋田の青空っぷりを!
次はいつ拝めるんだろう?
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ムササビ坂の夜は更けて…

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音楽でメシを食ってた時代は、まだ東京の地理にさほど詳しくないから、
全く見当すらつかない知らない場所が翌日の集合場所だったりすることもしばしば。
今ならスマホでもPCでもGoogleMapをチョチョイと弄れば…
というテクノロジーなどもちろんないから、
ギターケースの中には厚くて重い東京都内道路図がまさに必携であるのだ
(都外だとメイメイ集合にはならないから地図は不要)。

また東京と言えど、今ほどインフラが発達してない箇所も多かった…
特に超都心の空白状態はハンパではない!。
今でこそ大江戸線とか在来地下鉄も新駅などいろいろ整備され便利になったが、
30年前ともなると麻布とか広尾界隈というのは、
もののけ達、ムササビや狸や狐が出てきてバカされてもオカシクないような
奇怪の谷だった。
超高級住宅街といっても、それはお抱え運転手付きマイカーがあってこその
超高級であって、それがない場合のそこは急峻すぎる坂だらけの険しい谷に過ぎない。

ある夜「明日、仙台坂の□△スタジオ10時」という仕事メモを渡されたのだが、
「仙台坂」がどうしても分からない。
方々に電話で聞いて、なんとかそのスタジオの正確な住所だけは確認出来た。
分かるには分かったのだが
「南麻布3丁目…どうやっていくの?最寄駅は?バス?メジルシは?」
結局何も分からぬまま、地図上では最寄駅の「六本木駅」から徒歩で
幾つもの山(坂)を越え、谷を渡り、トンネルを潜ってやっと到着。
もう一度言う…ココは超都心南麻布のスタジオ!。
本当に狸か狐にバカされてるんじゃないかとさえ途中思ったものだ。

情けない話だが、何度もショクシツに遭う。
周辺は各国大使館が林立してるらしく、しかも当時の私は、
先頃亡くなられた大阪の某ロック歌手さん紹介の美容室で初めて挑戦した
「アフロヘアー中!」オマケに怪しいサングラスにギターケースを抱えていたから
「ちょっとそこの君…そこのモジャモジャ!止まりなさい」と、
道のあちらコチラで警官に呼び止められ、
ギターケースを乱暴に開けられ調べられるのだ。

まあ車ならどうってことはない場所らしいのだが、
歩きだとだいたいそんなものだ。話しは続く。

そこで何やらJAZZ歌手のオネエさんとリハーサルをした。
前後するが、この日は知り合いのギタリストの代理(トラ)だったので、
この日のスケジュールと言うか、どういう歌手で、これからどこで何するか
さっぱり私は分かってない。
そのスタジオのことも良く知らなかったが、実は相当有名な場所らしく、
昼間から著名なミュージシャンやタレントが眠そうに続々出入りするような場所で、
軽くドギマギしつつ、しかしてこれは全てココまでの道中通ってきた
「狸穴」のタヌキか、「暗闇坂」のムササビのモタラす幻影ではないか?
ユーミンやら矢野のアッコさんがこんなところにいる筈ないじゃないか!?
と、またあらぬ妄想に耽るのだが、もちろん私は妙な薬はやってない…。

東京のど真ん中のキミョーな地形と、
ミョーチクリンな地名に少し頭がクラクラしていたのは事実である。
Wikiによれば、あの辺りは縄文時代から人が住み集落を築いていたらしい。
言うなれば不便さも筋金入りのムーミン谷なのである。

リハーサルと簡単なレコーディングが終わり、
夕方、バンドの楽器運搬車に同乗して本番ステージ現場に到着。
東京タワーが目の前に大きくソビエるが、相変わらずそこが何処か
さっぱり分かってない。
エントランスに「アメリカンクラブ」とあったのは確認できた。

本番前のケータリングはサンドイッチにコーヒーだった。
「なんだサンドイッチか…」と軽い失望を感じた筈だ。
それが「アメリカン・クラブハウスサンド」の本家!
オリジナルだとはまだ知らない未熟な自分...。

さてステージも無事終わり、いよいよ帰宅だが、
依然そこは「無案内な場所」である。
ただ妙な自信があった。
当時レギュラーで担当していたアイドルタレントの事務所が
「東京タワーが近くにみえるソ連大使館真向い」にあったから、
それなら日比谷線「神谷町」が直近にあるし、六本木へも充分歩ける一本道!
大したことない。と高を括ったのが災いの元となる。

怪しい土地勘は大きく外れ、
夜中の真暗い増上寺の敷地内から芝公園あたりに入リ込んだらしい…。
またしても急な階段を昇ったり降りたり、
行けども行けども夜中の千秋公園~裏の水道山あたりをウロウロしてる状態….
いずれは知ったところに出るだろうと歩き続けていたら、
どこをどう歩いたか新橋駅前に辿り着いた。

最終電車にギリギリ間に合って渋谷に着いたが、
自宅のある三軒茶屋までいく電車は既に終電過ぎ。
金曜の夜だったらしくタクシー乗り場は長蛇の列。
路上では絶対止まってくれないし、
仕方なく国道246号を玉川方面にとぼとぼと歩き出したら
雨が降ってきた…泣きたくなった...。

そんな情けなくも間の悪い21〜22歳の毎日だったように思う。

セミ・リタイヤ中における自信回復とモチベーション維持について...

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既に80%の紅葉も数本ありますが、
今日の千秋公園モミジの平均は、このくらいのフェード状況ですね。
まだまだ30%くらい…。
去年のピークが11/15前後くらいですし、
今年はかなり遅れてるとの事なので20日くらいと考えがちですが、
この10日くらいで急激に時計を合わせてくるようにも思われ、
やはりピークは15日頃なんでしょうね…?? 
紅葉と銀杏による赤と黄色、そして緑の競演!これが1年のクライマックス…
あとは閉店ガラガラ、長くて暗い秋田の氷河期ですね。



今日で「倒れて丸2年!」となりました。
別に記念日ではないですが、なんだか感慨深いのと、
2年も遊んでしまったか!という情けなさがナイ交ぜになって、
どちらかといえば哀しいに近い今日この頃です。

前にも書いたんですが、2年前のこの日、東京も朝からやけに寒かった…
数日前から体調はメチャメチャで、この日は特に目眩が酷く、
それでも正気の泥酔状態(?)という感じで蛇行しながら出社し、
朝礼中にも起立&静止が思うに任せず、再び蛇行しながら近くの病院へ。
そこで「これはいかん」ということになって、
設備の整った大病院へ救急搬送〜そのまま循環器内科的カテーテル施術〜
翌日、心臓外科にて緊急手術〜ところが相変わらず目眩は益々酷くなるばかり〜
転院〜いろいろ不調〜秋田の脳研へ〜他にも様々治療〜今に至る…
というのがこの2年のあらまし。

一番迷惑を掛け、しんどい思いさせた家人には、
言い尽くせない感謝と謝罪がゴチャゴチャで、まだまとまりがつかない。
いつ帰ってきても良いから!と言ってはくれるが。
今、東京に戻ってもまだまだ足手まといになるのが目にみえているから、
もう少しコチラで治療&リハビリに励むしかない。
今月中にまた短期入院せねばならない(検査)みたいだし、
さまざま厄介なことが続く。

病気になると、まず自信を失う。
自分は何と情けない人間なのだろうか、
この情けない人間に長年付き合い続けてくれた家族にも済まない気持ちになるし、
会社の上司、部下、友人達にも済まないと思う。
こんな自分なんか、もう見放してくれても構わないから…とまで思うようになる。

そんなとき、ああブログがあって良かったなあと思う(時もある!?)。
少なくても前向きな気持ちになれるし、実際随分助けられた。
過ぎ去った記憶を掘り起こし整理することで、
自分という人間を客観的に俯瞰することも出来た。
あくまでもたわいないウヌボレだが

「そんなに悪くない人生だったかな?」
「まだまだバリバリやれるぞ!」

と、あまり根拠はないが、妙な自信も沸いてくるようになった。
今後の人生に於いて「第2の秋田時代?!」が、重要な意味を持つような、
そんな気がしている。

とはいえ、もう暫く秋田篇は続くのだがね!

魂の叫びが聴きたい!

BedIn3.jpg  http://imaginepeacetower.com/

毎年、ジョンレノンの命日(12/8)に東京で行われている
「ジョンレノン・スーパーライブ」。
ジョンレノンミュージアムがあった「さいたまスーパーアリーナ」
で行われている錯覚があるが、実は2004年以来「日本武道館」で行われている。

私は、個人的にツライ時期もあったが、数回訪れてはみた…が、
ちょっとイヤになって、4年前くらいから行かなくなった。

そもそも日本人のJ−POPアーティストで、
ジョンレノンを歌える人など誰も居ないじゃないか!
何故皆が皆、こうもへタッピなのか?って疑問は、
毎年確信となってゆくのが辛過ぎる現実に到ったのだ。

数年前にジョージハリスンの追悼コンサートのライブ映像が発売された。
故人とは特別な縁のミュージシャン達(クラプトン、ジェフ・リン、マッカートニー、
リンゴ、ラヴィ・シャンカル父娘….そして息子君など)による、涙の出るような名演、
そしてそれぞれの個性に合わせ完全に昇華されたジョージハリスン音楽怪演の数々は
宝石のように光り輝く。

ところが日本の人気ミュージシャンによるジョンの歌は一様に
「カラオケ自慢」の域を出ず、
ただただ発音を気にしながらK−BOXに通って練習しました的な、
プロの仕事とはとても思えない不細工なものばかり。
結局気分を害して帰宅する事も度々だった。
しかし、今年は…この人なら…と思い、
勇気を振り絞って毎年武道館の坂を上がるのだが、いずれも全敗…。

何故日本人にジョンレノンは歌えないのか? 
魂が根本的に違うのか? 
長く精神的な支えとなってくれたジョンとヨーコに対する恩と義理!
とばかりに通い続けたイベントだったが、
結局個人的に放り出す形になったのが悲しい。

もう日本人には唄わすな!
ジョンの崇高な歌が、J-POP勢のそんな薄っぺらい下心を、
容赦なく撥ね除けるのだと思う。

ふと、友川カズキ氏ご出演なら良いかも?!
と思うが、何を唄うかが問題…?
個人的にはもはや誰にも唄えない「GOD」....!
♪オラ信じねど!岡林も加川も吉田も信じね。
ましてや政治家なんて…信じられるわけねべ!
維新も立ち上がれもミンナも同じ穴の.....。
トドを殺すな!ドジョウ?食うなーっ、ハラ壊すド!!....
と、やってもらってこそジョンレノンスーパーライブだ!
そういう覚悟と力量が、J-POPには決定的に不足してると思う。

何も政治や社会が右傾化=保守化してるからって
歌までコンサバになる事ないと思うのだ!。

巨大な田舎の選挙事情

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いつもの散歩道ですが、紅葉は今少しという感じですが、枯葉道はいい感じです。



かの地ではまもなく都知事選が行われるようでありますが、
あそこは結局、某宗教団体が集票の肝。
候補者が同団体に気に入られるか否か?が鍵ですね。
正直マトモじゃないです。

都議選とか区議選なんてもっと呆れるレベル。
有名なのは武蔵野市議選は「吉祥寺駅にJR特別快速を停車させます!」が、
40年来の公約の定番!ギャグかと思えばサにあらずで、
当人大真面目なのが痛すぎる。
もちろん未だに吉祥寺駅は特快スルーで、車庫のある隣の三鷹駅停車は不変…。

我が杉並なんてもっと酷くて、
街頭演説なんてまともな神経では聴いてられない程バカげている。

「私の区議としての4年間の輝かしい実績を披露しますと、
 当駅に素晴らしい自転車置場を敷設しました。
 さらに歴史的大英断、並みいる議会の守旧勢力の大反対の声を私が抑え込み、
 見事、駅前禁煙エリアを拡大させましたエヘン!」

他にやることないのかいな…という往来の呆れ声があちこちから聞こえますが、
政治家さんという人種はまあそういうもんなんでしょうね。
明らかに一般人との温度差を感じます。

色々ね、政治家とか候補者と実際に話をする機会がありましたが、
質問しても意図した答えが返ってきた事はなく、いつもハグラカされてばかり。
○○先生が仰るには…と常に親分センセイの威を借り、
マインドコントロール下にあって、自分の意見がない。
実際に会ってしまうと、やはりこんな人には任せられないとの思いを
強くするのが正直な所ですね。

まだ独身で、安アパート独り暮らしな頃、
深夜12時頃だったか、仕事終わりで自宅の最寄駅に着いたら雨が降っていた。
イヤ参ったなあ!と思っていたら、すっと傘が頭上に…
瞬間香しい匂いが漂った。
「どちらまでお帰りですか?」とうら若き女性。
ドキドキしながら「あっち…小滝橋の辺り…」
『私もそっち方面ですから、よろしかったら…』
おいおいこんな時間に家まで相合い傘かよ!?と舌なめずり??
しかし歩き出すと突然「…明日の投票日、もうドナタか決まってますか?」
と来てガッカリ。

大阪在住の友人に
「大阪も色々、民族系とか圧力系団体とか大変でしょ?」と聞くと
「東京も宗教系がエラい厄介やあ聞いてますけど…」と返されます。

巨大な田舎の選挙事情はこんなもんです。

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