ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
MENU

秋田奸児唐眼!

DSCF0014.jpg
江戸はずれの自室からの風景(数年前ですけど…)
結構メゲるんです…この人工的過ぎる殺伐とした景色。
今は意図的に、テラスを背の高い植木だらけにしてますけどね….。



かつて、ジャズ・ギタリストの渡辺香津美氏が、
82年頃かな?発表したアルバムのタイトルが

「頭狂奸児唐眼」

すなわち「東京がんじがらめ」…である。

当時の彼は日本国内はもちろん、海外でも評判の凄腕ギタリストとなっており、
海外アーティストからも数々のオファーがあったと聞く。
その究極は復活したばかりの「マイルスデービス」からの
バンド加入オファーにつきるだろう!
しかし既に香津美氏は
日本国内でスターギタリストの地盤を固めていた為に、
数々の契約に拘束され、
半年から数年かかる彼のワールドツアーへの参加は実質不可能…
諦めざるを得なかった。
それを自虐的に「東京奸児唐眼」としたわけだ。

私の場合は、香津美氏の華々しさとは真反対だが、
今はさしずめ「秋田奸児唐眼」!というところで,
これが意外に心地良いのが困ったところなのだ。

大晦日の秋田…外は吹雪…。
経済活動もオオカタ停止状態…
誠に失礼ながら全てが『ユルくてヌルい!』。

『ユル・ヌル』は決してナマケモノだからではない。
秋田の方々は、おおらかで、人間としての節度をわきまえている...。
「足るを知る」という品格を潜在的に持ち合わせている
......................そう信じる。

これが東京にいたらどうだろう!
年末年始はほぼ間違いなく、苛つくほど「晴天」。
オフィス系は既に休みだが、商店は今が稼ぎ時,
中小企業では上司に責め立てられて、年内集金に朝から走りっぱなし。
外はひたすら慌ただしく騒々しい。
老若男女、小さな子供達までも忙しく映る。

猛烈な経済活動に至るその果てしない欲望の深さは、
とてもとても秋田の比ではない。

このようなセセコマシさが
(半)病人には非情にメゲルのだ。
「ヤクにタタンでゴメン」
「生きててゴメン!」そんな心境にもなる。

こんな時期、秋田に居れることに感謝したい。

来年もこの体調では当面「欲望最前線の街」に戻れないだろう。
しかし切望するのは「一刻も早く復帰したい!」ということ。
あれほど「もう勘弁してくれ!せめて月に一度くらいは休ませてくれ!」
と思ってた仕事を、
今は「休みなんて要らないから、とにかく働きたい!」と願う。

来年こそは…なんて言葉は大嫌いだが、
心地良い「秋田奸児唐眼」を、来年こそは振り切らねば!と切に願うのだ。

そういうわけで本年も終わりまで愚痴になってしまいました。
こんな私ですが、来年もよろしくお付き合いください。


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ


スポンサーサイト

やっぱりトホホな年末年始

DSC09099.jpg
大家族….。
去年も同じ場所で、同じように撮った筈だが
技術的進歩全くなし! 残念!。



年末年始の「帰省」というのか、
私の場合「東京(イ・ナ・カ)へ帰る?」になるのかどうか微妙なところだが
取り敢えず来年の検診日までは一旦戻ろうと計画していたのだが、
ここ数日、あまり体調が良くない。
しばらくは収まっていた酷い目眩がまた…。

と云うわけで「帰省(!?)」は中止!
なんだかんだと、すっかり秋田から離れられなくなってしまってる。

年末は基本的に大晦日まで仕事して、夕方乾杯して散開!
というのが例年のスキームだが、
31日は他に、タチの悪い風邪をひくか、突然の歯痛に襲われ、
既にシメナワをして休暇態勢に入ってる歯科を無理矢理おこし、
応急処置の治療をしていただく! など、体調を壊すのもまた通例!

暮れの超多忙さと宴会疲れが、
どうもひと安心した31日の一瞬の気の緩みにつけ込み、どこか悪くなる….
そんな感じ。

それでも新年は気持ちを入れ替えて、
若い頃はセッセとお世話になった方々へのお宅へ挨拶まわり。
少し歳をとると挨拶回りされる側になるのだが、
面倒くさいし、私より家人が大変!というわけで

年始・挨拶、一切不要!

...として、正月は温泉あたりに出掛けることにした。
まあ箱根辺りが定番だが、
年を越し、元日チェックインとすれば、意外と空いているもので、
家人にとってもこれが最も楽らしい。
元日は朝食分の軽いおせちと雑煮だけで、
午后には初詣経由で
そのまま新宿発小田急ロマンスカーに飛び乗って箱根湯本…
これホントに極楽です。

ところがこの「年始挨拶一切不要」が誤解され、

「あいつは秘密主義らしい」とか
「公私のケジメにうるさい」

との評判が立ち、
結果、私が怪我や病気で入院しても、
部下達が勝手に「見舞い無用」と判断し
本当に近親のスタッフしかやって来ず、
寂しい想いをした。

父の葬儀の時も「弔辞弔電もちろんお布施も一切無用…!?」
などと一声も言ってないのだが、
「不要」と判断され、関係各位に流布してしまい、
これがヒトによっては、
実は相当に礼を失する思想、行動と受け取られてしまい、
後々怒られたりしてちょい困った。
まあ「弔辞も弔電もお布施もWELCOMEですよ〜」とも
敢えて言えないけどね…。

まあそんなだから、賄賂とか接待なんかに殆ど縁がなく、
盆暮れのツケトドケも殆ど届くことはなかった。
あの人は高潔すぎて、
ツケトドケすると逆切れされ返品されるらしい?!
という都市伝説(個人伝説か?)が
勝手に一人歩きしていたようだ...。

ハムも大好きだし酒も好き…
いただけるものなら有り難く…なのだが、
どうもここでもトホホで損な性質であったようだ。

にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ

雪だるまはどこ?

DSC09055.jpg
カラー情報を破棄したいわゆる「モノクロ」。

もはやね、見渡す限りの白一色の世界では、
カメラの露出もISOもあんまり意味なくて,
それどころかカラーであることすら意味のないシロベタな景色に、
いったい何をどう写せば良いというのだろうか? 

そんな殺伐とした冬景色にも、
一服の安らぎをもたらす筈の「雪だるま」も、
「コビトのかまくら(クーナか?あれは良いドラマだった…)」
すら見掛けることはなく、考えてみれば
町内に子供の気配すら感じられないのが現実の寂しい情況。

昔から頭を刈ってもらってた町内の床屋のジイさんが、
「アンタらがまだ小さかった頃はなあ、この辺りにもアンタ含め、
子供らが沢山いて、夕方はワーワーピーピー騒がしくてね(申し訳ない!)、
まだクルマが少ないから、みんな路上でメンコ(パッチだな)したり、
駒回したり、石蹴りなんかして遊んでたんだけれど、
この町の子供らは我々の子供時代と違って、大自然の中で遊べないから、
気の毒だなあ、かわいそうだなあ、将来どうなってしまうんだろう?
なんて50年も前に思ったもんだけど、
今は気の毒も何も、子供自体がすっかりいなくなってしまった。
この国はもう何やっても駄目だね。
景気も何も、子供少ないんじゃ,
どうにもならないねえ。

バブルの時代に、取引先の中小企業の2代目社長が、
いつになく上機嫌なんで理由を尋ねると、
自社が経済雑誌の高額納税社ランキング上位3万社(!)に入って掲載されたとか。
ハシャグ2代目をよそに、他の古株役員、社員達は憮然としている….

「もう情けないったらありゃあしない!。
普通は利益が出たら社員にボーナスとして配分して皆幸せ!また頑張ろう!
それで良いじゃない,ところがウチの2代目は、
社員に分けるくらいなら税金払った方がマシ!だってさ…信じられる??」

恐らく今の大企業のサラリーマン社長たちも似たようなオバカさ?だろう!。
従業員家族の幸福や労働環境改善より、
精々、内部留保を高めて、株主様からの評価を高めることを優先させるのが実情。
サラリーマンは、社長と言えど一生サラリーマン気質に違いなく、
常に上司の顔色を見て仕事にいそしむ哀しい習性。
それをまた世襲なセンセ方は,上がこれだけ儲かってれば、
必然として下々も潤っているのだろうと、
高みから見物し大いに勘違いしている。

平民どもは、いつも苦しい苦しいって、今にも死にそうに訴えるけど、
充分貯蓄あるじゃないか(1人平均貯蓄800万だっけ?何それ?って感じ)。

そんな意識だから、なかなか世の中よくならない。

アベノミクスとは、そういう意味で「大バクチ」に違いない。
吉と出るか.......
凶と出たら…....もう戦争して奪い取るしか道はないのだろうか?

さて来年の年末はどういう日本になってるのか、なんだか怖い??

にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ

軽い挫折を楽しんでた幸福な時代の話

IMG_8789.jpg
なんでだかわからないのだが
1年で一番嫌いなのが
このクリスマスという馬鹿げた文化に違いなく(ネガネガ!)、
12月26日の、昨日までのあのバカ騒ぎはいったい何だったんだろうか!?
という、シラジラした年の瀬感の突然の高揚が大好きだ。
だからクリスマスな話題はパス。
イチゴのケーキは食べたけどね!。



高校時代の担任がね、
今は秋田でも高名な画家らしいが、
当時は高校美術教師。
美術の授業は、始業ベルが鳴ると美術室の教壇裏にある彼(担任)専用の
「アトリエ(?)」兼「用具準備室」から、ダラダラとだらしなく、
またいかにも面倒くさそうに現れ
「起立・礼」の儀式の後、おもむろに

『じゃあ…描け…』

と、ヒトコトだけ言って、
再び隣の専用部屋に今度は素早く潜り込む。

たまにその自習状態が荒れて騒がしくなると、また出てきて
「うるさい、騒ぐな!」と言い、また自室にお篭り。

コッソリ中を覗くと、猛烈な紫煙の奥で、
自称?「号〇〇万円」だかの創作活動に
一心不乱に励む地方公務員の姿があった。

私は高校1年生にして
「う~む…美術教師…ラクそうでいいかもね…」と考え始めたのも、
また運命といえばその通りであるかもね…。

ところが同じ事を考えた脳天気野郎がスコブル多いのだろうか??
教育学部の美術課程はエライ混雑…いやいや一段と高い競争率!。
確か、共通一次が開始される丁度前年だったから、
入試は各々の大学にて執り行われていて、
学科の通常入試2日間に加え、美術専は実技試験がさらに2日あってツゴウ4日間、
これはこれで実にハード&ヘヴィーだが、
経験としては特異で、思い出深いものになった。

集まった人種は、
もはやカラダの芯から絵の具の匂いがする、
いかにも人嫌いそうで偏屈、
何故かいつも上から目線な美術部系(失礼)と、
ちょいアート風な業界系?のC調野郎みたいなのが、
ゾロゾロと活力なく集合しており、
私のようなサッカーとエレキな高校生活を送った脳天気学生には、
いかにも場違いな雰囲気に面食らう。

しかしこのアウェイ感は初めてじゃない…
経験あるぞ!?と思ったのは、
中学入学直後にサッカー部に入部してみたら、
周りの新入部員はモロに経験者というか、
地元でも有名な選手ばかり。
ほぼド素人の私など全くお呼びでないお客さま状態を思い知り落胆したあの時!!。
でも一念発起して頑張った結果、
なんとか新人戦レギュラーに間に合ったじゃないか!為せば成る!。

しかし入試はたったの4日間…
もはやどうにかなるものではなく、
実技試験初日午後には、もはや諦めの境地にいた。

これが私の美術教師志望計画....あっさりと終了の巻。

ただ何だかね、根底には
「挫折願望」みたいな感情が何処かにあって、
「挫折しちゃったぜオレ!」って、
何処かで喜んでたような?
屈折もあったような?....ないような?....

軽い挫折の連続は、青春の始まりとまっただ中!?
重い挫折は青春の終わり...そんな気がする。 
 

にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ

オヤジバンドの弾かない美学!

9751.jpg
幼馴染のよっちゃんと、
高校時代の憧れ=カリスマギタリスト(!)三ツ井さんが一緒のバンド
『オーガスト・ムーン』の駅前ライブ!。
久々楽しませていただきました。

ここに、やはり幼馴染みの山王のイタめし屋「ミラノ食堂」のオヤジ
「タケシちゃん(Vox)」が加わると
ブルースバンド「PORTO」に変身する。

いずれのユニットに関わらず,このバンドが凄いのは、
オジイであること…!
(失礼)オジイであることは悪いことばかりじゃないぞ!
って思わせてくれること。

元気だから?...それもある。
選曲がキャッチーだから?...それも確かに秀でてる…。
何より彼らが凄いのは

「弾きすぎないこと!」

否「弾かないこと!」
それに尽きる。

私の駄ブログと違い、見事に「マイナス」の表現というのか
オジイにありがちな無駄な饒舌さではなく、
センス良く、最低限の音を厳選し,簡素な表現に徹する潔さ、
美しさがとても心地良い。

まさに酸いも甘いも噛み分けた大人(オジイ)の音楽である。

超一流と言われるJAZZとかR&Bのライブのココ最近のトレンドは
「音が小さいこと」に相違ない。
大きなステージでも楽器の音量、音数を極限まで抑えて、
歌の表情(陰影)を徹底的に浮き上がらせるスタイル。

オーガスト・ムーン(PORTO)の演奏を聴いていると、
音楽だけではなくて、人間関係的にも
良好な均衡を保ってらっしゃるのだろうなあ。
バンドにありがちな妙な対抗心とか嫉妬心、
無駄なエゴなど全くないのだろうなあ、
エラいなあ!
オトナだなあ...と、いつも感心するのだ。

ライブの告知などはコチラから
http://blog.goo.ne.jp/august_moon_2009


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ

ダウンタウン物語@秋田

DSC08969.jpg
ココは本文とは無関係ですので、あしからず。
近いけどね.........。



思えば…秋田市の下町(?)に生まれ、そこで育った。

秋田市は総面積こそ日本有数の広大さを誇る(らしい)が、
街としてのエリア・機能は極めて狭いから、
巨大なダウンタウン圏というのではなくて、
極めて狭小な街角が、秋田における暗黙の下町ではないかと思う。

恐らく我が町内が、そこにズバリ該当する事になるだろう。

今も多少お住まいの方々もいるようだが、
1960~70年代のご近所は、明確なKOREAN TOWNだったから(それも北の方)、
聞き慣れない言葉や奇妙な文化、強烈な匂いなどが、
そこら中に散らかされた猥雑そのものな街角で、
まさにそのアヤカシの側で私は育った。

同じ年かさのたくさんの友達がいたが、
彼らは決まった曜日の午後には一斉にいなくなり、
僅かに残された仲間(日本人…)と寂しい想いをした。
お国の教育(オリエンテーション?) を受けるべく集まっていたらしい。
三角ベースをするにも人数が足りず、あまりに寂しいから、
一度私も彼らに混じってその会に加わったことがあるが
即日にそれがバレて、親にこっぴどく叱られた。

TOWNのまっただ中には、怖くて通れない路地も存在した。
路地には鋭い目つきの、何を言ってるかわからないオヤジが何人も屯していたり、
犬が異常な頭数繋がれていたりで(…eat it ?)
近寄ることすら出来なかった(市道らしいのだが)。

もう少し遡る小1か小2の頃だと思う。
同じ年代のMという奇妙な名前の男の子が近所に引っ越してきた。
私は6歳か7歳?にして、学校の仲間とは違う奇妙な名前を沢山知っていたので、
既に奇妙さには順応しており、あまり違和感を感じることはなかったように思う。

すぐに親しくなるが、不思議な事に彼とは同じ小学校ではない。
2つの学区の境界に位置しているエリアだから、
てっきり隣の小学校生徒かと思い込んでいたが、そうではない事に感づき始める。
学校の話題を振っても彼は薄笑いを浮かべるだけ。

毎朝ワイワイと騒々しく通学する私らを、
飲食店2階の彼の部屋の小窓から
うつろな眼差しで、こちらを伺っている彼を
なんとなく感じていた。

彼の名誉の為にも、これは触ってはいけない事柄なのだろうな...。
何となくそう感じていた。

ほどなくして彼は
『折角友達になったのに、間もなくお別れだ』という意味のことを言った。
「何処へいくの?」
『うんと遠いとこ…父さんが先に行って待ってるんだよ』
「東京とか大阪とか?」
『想像出来ないくらい遠いとこ。だからもう一生逢えないと思う』
「なんでそんなこと言うんだよ!大きくなったら必ず逢いに行くよ」
『いや、無理だと思う….』

ご存知の通り80年代まで段階的に進められた「帰還事業」というやつ。
私が小学生だった60年代をピークに、
こうしてご近所の「かの国の方々」は徐々に帰還し、
街にその名残りは未だ沢山あるが、猥雑さ、薄気味悪さ、
奇妙な活気の消えた
ただの寂れた下町になってしまった。

後年、仕事で数十回も半島を訪れる自分がいた。
一度だけだが、国境近くの「板門店」というところに出掛けた。
山並みの向こうで、親孝行だったM君は元気にしているのだろうか?
そう思うと、胸が苦しくなったものだ。

投票はしたけれど......。

DSC03755.jpg
予想されていたこととは言え、
選挙結果は、ネオコン側(弱肉強食)が圧勝し、
リベラル(庶民・弱者目線)は壊滅…いやっ絶滅!?という情況になった。

もはや、なりふりかなわぬ土建政治が跋扈し、
為替も景気も物価も一旦上昇するだろうが、
年金などの社会保障額は減額され(自○党の公約にそう明記されている!)、
医療費もキッチリ上がった頃には消費税増税も待っている。

雇用は若干増えるだろうが給料は大して上がらない。
そうした選択を、今回、国民の大半が望んだわけでは断じてないとは思うが、
小選挙区制とはそうしたもので、
いつものことながら、
民意と政治が噛み合わないのは、
もはや国民的不幸と思って諦めるしかないのだろうか?。

政治家先生(代議士)といえば、尊敬すべき偉い人!って教えられたけれど、
親類のお葬式や結婚式で出くわす
「腰は低いが頭が高い」代議士さんと言われるオヤッサン達に、
そんな高度に研ぎすまされた政治思想も、
指導者的風格すらも全く感じず、
ただの田舎臭いテカテカ&ギンギラジジイとしか見る事が出来なかった。

その後、今に至るまで、様々な代議士や候補と会食=
いわゆるパーティというもので語り合ったり
(政治のプロなら1分で私を感服させ、ひざまづかせろ!と思う)
人間的に全然気に入らないまま、
業界的なバックアップを仕方なく行うなどと関わってきたが、
遂に子供時代の油っぽい印象を覆すような人材には巡り会う事はなかった。

だから私は政党ではなく、
なるべくヒトトナリを見て熟慮し選ぶ事にしている。
だから選挙権を得て30数年経つが、

いまだに私が選んだヒトが当選した試しがない!。

でもそれでよいと思っている。
政党結社なんて充てにならないし、裏切られるのがアタリマエの世界。
脱政党政治で、政治家個人が自らの思想と意思と責任で
自由に賛成側、反対側に廻れる「自由政治」って成り立たないものかなあ?
などと思う昨今である。

いずれにしても勝利者側が
その「公約」を守ってしまうならば
「社会的弱者」には、
非情に困難な世の中になるのは間違いない事になってしまった。

オッサンのちっちゃな魂

DSC04647.jpg                                                   Yくんちの名機
50歳を過ぎて、突然、耳が痒くなった。
耳毛という余分な毛が、耳の内側というか、
洞穴の奥の窪みあたりに生えてきて、すこぶる心地が悪い。
調べたら、どうもこれは初老の証らしい。
早速チャリに乗って家電量販店に行き「電動耳毛カッター」を所望。
問題はまあまあ解決した。
他にも目は駄目だし、歯も駄目。耳や鼻もオッツケ悪くなるのかなあ?? 
歳をとるってのは面倒くさい事でもあるんだな。

自分がいつごろから自他ともに認める「オッサン」になったのか良く分からない。
風体としては残念ながら早めに「オジクサ?」かったかもしれないが、
気持的にはずーっと若いつもりではいた。
とは言え、別に無理に若者の歌を覚えたりはしないし、
いわゆる「B層仕様」のバラエティーなシロモノは無視しつつも...

例えばエヴァンゲリオンとかワンピースとかケイオンとかを、
一生懸命ポジティブに受け止めながら理解しようと努力したりはする。

結局、いつも理解は出来るけどハマるまでには至らないけどね。

オジサンだけに
もっと革新的で深くて面白いもんたくさん知ってるからね!….

って思うところが、もう既にオッサンなのだけれど、
まあ若い君たち!?も、いずれ思い知るからヨロシク!である。

私もそうだが、何となく髪型が
「真ん中分け?」なオッサンは、間違いなくバンド崩れ! 
今はどうか知らないが、7:3分けとか、
いわゆるリクルートカット的な風体は、
魂を俗世間に売り渡した…的な大衆迎合野郎??という分け分からん信念から、
その後、自分も会社勤めなどして、立派に社会の汚濁にまみれつつ生きているのに、
この真ん中の分け目だけは、何だかズルズル意味なくも
「ロック魂」を主張し続けたまま、無駄に残り続けるわけだ。

その大事な分け目は、哀しいかな年々後退し、
やがては天頂のあたりでシブトクへばりつきながらも、
人知れず…こっそりと主張していたりする哀しくも愛しい「魂の証」であるのだった。

いっそ全部なくなってツルツルなら(!)
ワダカマリもプライドも全部、
ご破算で願いましては!でいい感じかもしれない。
何がって(?)、
オッサンの魂がリセット……
されるわけないね。

災害用備品の点検はいかが?

3806.jpg
湯気の吹き出す感じがね、ニューヨークみたいだったから....



本年2012年の12月21日をもって『マヤ暦終了?!』とか何とかで、
何かが起こる!いや何かを国家単位で起こす不心得者(組織)が居るはず! 
と、家人などは信じてるわけではないが、予想通り落ち着きなく、
離れて暮らす私に対しても「ホッカイロ&携帯ガスコンロ」
「手動バッテリー&ラジオ」「水&備蓄食糧」などの確保をうるさくいってきます。
もちろん、何も起きなかったら、それはそれでラッキーだったと思えばよいだけ!
って言うオチもあるわけで、
オススメするものでは決して有りませんのであしからず…です。

しかし昨今の天変地異とか、それに起因する二次的被害などの大規模化、
或いは空からなんか飛んでくるんじゃないか?とか、
危なっかしい事この上ないのが、今のこの国を取り巻く情況でもあるわけですから、
最低限の準備くらいはしておいた方が良いなあと素直に思う今日この頃です。

取り敢えず前回の震災後に慌てて用意したラジオやまとめ買いした電池、
懐中電灯なんかを点検し、水の備蓄も気にしつつ.…
実はマヤ暦が….なんて言っても変人扱いされますが、
あくまでも地震の備えってつもりなら、やっておいて損な気は全然しません。
そういう意味では「年末の災害用備品の定期点検」としては、
大いにオススメかもしれません。

ちなみに先の震災の時、私は秋田に居ました。
当日は大津波も福島第一の件も全く知らず、
不埒にも、電気の消えた街の異常な静けさと、
満天の星空に感動すら覚えていました。

基本実家は母親の一人暮らしってことになっているので、
翌朝になると様々な人が様子を見に来てくれて、
有り難いことに皆食糧などを持ってきてくれるので、
有り難いなあ、安心だなあ!東京じゃ、こうは行かないなあと感じいった次第。

交通が復旧した5日後くらいに、私は東京に一旦戻りましたが、
既に首都圏機能はすっかり戻っており、
表層では何事もなかったかのような雰囲気でしたが、
一方で、既に東京は放射能汚染されているとか(ある程度事実)、
外国人や金持ちは皆国外に逃げたとか(事実)、
銀座の海外ブランド店は暴動を警戒して商品を一斉に仕舞いこんだとか(事実)
物騒な情報が溢れてたんですが、
街は驚くほど平静で、人々はいつも通り淡々としてました。

なんだかその裏の狂気みたいな実情を考えれば,
この街の人々、いや日本人というのは...

あと数時間で地球は破滅すると聞かされても、
案外平静を装って、静かに微笑んで死を待つのかなあ??と思いましたね。

恐らく自分もそうだと思うから。

ボーナスの最も悲しい使い方

08902.jpg
マジ寒いっす!
シャッター押すのに手袋ぬいでたら、数分でシモヤケ状態!。
いやはや…寒いって言葉にするだけでネガティブになるから
絶対言わないド!と心に決めても、
無意識に口を突くのが「oooh…寒ム!」。

ライティングも、もうちょい暖かそうに工夫出来ないものかなあ。
いっそこんな広場なのだから電気(LED)じゃなくて焚き火というか、
トーチ・ライティングなんて企画のほうが暖かいし明るいし…
その火の周りでナマハゲさんでも各地の踊りでも……
なんて、LEDに八つ当たりしても仕方ないってほど、寒いのであるね。



実はそろそろ誕生日なのだが、
昔は父の会社の冬のボーナス支給日と、私の誕生日が同日ということで、
その日は一応希望のものを買ってもらえる制度!が、
小学時代の一期間(小2から小5??)あって、
もう10月頃から、さて今年は何にしようか?を考えるのが、
思い起こせば人生で最高に楽しい瞬間=時期だったかもしれない。

小4は確かレーシングカー…とはいえ、そんなダイソレタ予算は組めないので、
本当は8の字コースが欲しかったが、ちょっとお安いOの字コースで妥協。
小5はプラモデルで「驚異の人体!」という
学校の理科室に有りそうなシースルーの人体模型。
なぜそんなものを?と疑問に思うが、
10月から悩みぬいた末に選んだわけだから、相当欲しかったのだろう。
で、年が明ければ「お年玉大作戦!」
いやはや子供にとって冬は「ゴッツい季節ですなあ!」。

で、大人になって、当然「賞与」は楽しみなのだが、
私は当初から「独立開業志向」。
ボーナスはその日のためにほとんど貯金!と決め、
あまり華やかな年末を過ごすことがなかった。

数年が経つと「独立開業」ではなく
今いる会社が、どうも...いずれ自分の手に入るらしい…という情況が、
自他共に認める状態になった。

しかしそれが私の不運さ。
手に入るはずの会社の業績は年々上がるものの、
一方でハイリスクなビジネスに、敵対する一方の派閥がのめり込み、
やがて独立資金にと20年近く、欲しいものも出来るだけ我慢して
貯め続けた(全部ではないが)数千万におよぶ賞与は、
あっという間に資金繰りに消え.......そのまま.....。

そんなことがあったから「ボーナス」の一番楽しい思い出は、
父のボーナスで買ってもらった「おもちゃ」にほかならないのであった。
なんだか悲しいお知らせになってしまったようで、
反省....。

焦りの堂々巡りなのだ

DSC08900.jpg
流行の青色ダイオードは麗しく映えるけど、なんか寒々しい。
赤い方が暖かそうで気が和むのは私だけ?



ここのところ寒いせいもあってか
あまり体調が芳しくない。
カンバシくない事自体にはもう慣れてしまってるし、
今更どうという事もないのだが、
軽挙妄動にネガティブに陥る自分に腹が立つ。

社会復帰がまた遅れる事に対しての憂いと焦りが、
べったりと顔に表れる自分の野卑さも疎ましい。

世の中、選挙戦に突入して、
すぐに嘘と分かる薄っぺらい事を、
エラそうに宣う政治屋どもの節操ないワナナキには
腹が立つというより人間性を疑うしかないのだが、
今の自分はそれすら批判する地平にないことが情けない。

現状では自分は医療補助も生活保護も受けてる立場ではなく、
ひたすら過去の僅かな蓄えを崩しつつ、
政治に世話になってる自覚は一切ないが、
それでも税金/年金/保険の請求は果てしない。

しかし道路は歩く…。
国道も県道も市道も歩くし、
予定ではあと10年ちょいも生きてれば年金受給者にもなる。
いやでも政治の世話になる存在にならざるを得ない立場が、
これまたどうにも歯痒い。

残念ながら一生、
療養人も散歩人もやってられる恵まれた立場にはないから、
なるべく早く社会の一員に復帰せねばならない。
焦りの堂々巡り...。

実は7年程前にも、1年近い闘病生活からの社会復帰を体験しているが、
新しい会社に入社して数日間は、
先輩方(むろん年下の方々)の歩くスピードについていけなかった。
しかも「皆が皆、何でそう早口で、声もヤカマシイほどデカイのだ?」と驚いたものだ。
その時はどちらもすぐに対応出来たからよかったものの、
次はどうなるか分からない不安もある。

前回は薦められて退院後すぐに
「派遣会社(秋田の広小路のデカイビル内にある)」というのに登録した。
登録にあたり、PCスキルをテストされたのだが、
1年近いブランクでタイピングは遅いし、
表計算ソフトで何やら簡単な操作をするにも鈍く、
評価は最低ランク(確かE)だったようで、
こりゃ仕事なんて無理だろうなあ?って思った。

それから1年後くらいに、
やっと「お仕事案内電話」が突然思い出されたように届いたのだが、
その時は正社員で入社済みで
PCもEXCELとPOWER POINT中心ながらバリバリ使っており、
しかも奇遇な事に、
初回の紹介電話をもらったその場所こそが、
その派遣会社の東京本社会議室で
重役さん達を前にプレゼンしている最中だった!

「因みに私は今、御社の本社ビルにいるんですけどね…」と言ったが、
秋田の担当者のオネエさんには情況を理解されず、

「そうですか、それでは今後は当社東京本社の方でお仕事のご案内を
 受けられるという事で、コチラからはご不要と...」

それでもその後何度か「裁判の傍聴人」とか「選挙演説会のサクラ」というような
何故かマニアックな誘いが多かったなあ。
やっぱ世間では自分はそういうヒト...(要員??)に映ってるのだろうかね。

節電をそんなに苦にしないのが日本人だと思う

DSC08890.jpg

70年代の後半から80年代半ばに掛けての6~7年間、
世はオイルショックの影響を引き摺ったままの
「鳴かず飛ばずな状態」からナカナカ脱却出来ず、
ダラダラとした「節電ブーム」に突入。

だが今ほどの不景気感はないし、
「高度成長期」と「バブル」の間の空白もしくは凹み期間。
就職状況も氷河期とまでは言わないが、
「能力以上」を望まなければ、取り敢えずどこにでも潜り込めたし、
それで良し!な安易な風潮があった。

節電ブームによってテレビの深夜番組は軒並み自粛となって、
12時前後にはもはや砂の嵐!。
勿論インターネットはないし、TVゲームもない。
コンビニもやっとセブンイレブンが出始めた頃で、
まだ我が街まで届いて来てはなかったが、
所詮、店名の通り11時閉店。

まだコンビニが行き渡る以前は、
煙草屋にジュース類や新聞雑誌を置いた小さな雑貨店がそこら中にあり、
それが後のコンビニ代わりだったように思う。
銭湯の帰りにハイライトとファンタ(ミリンダ!)、
そして東京生活には必携の「ぴあ」と「シティーロード」、
さらには「FM誌」を買う。
たまに篠山紀信による表紙写真が眩しいGOROを買うのも楽しみだった。

風営法も改正で呑み屋さんも12時閉店命令!。

そんなある意味「暗い時代」に、
コソコソ&チャクチャクと原発が稼働開始するようになり、
やがて深夜規制も少しずつ解けてゆくのだが、
もちろん今日から一斉に!という公明正大さはなく、
この国独特のあくまで地味にウシロメタさを残しながらのナシクズシ…という具合。

勿論、原発反対運動は根強く残っていたが、
そんな反対気風を封殺したのはやはりテレビだった。

『朝まで生テレビ』

今も続くこの番組では、何度も繰り返し「原発、是か非か」を討論していたが、
その長い討議の末の結論は
「こうして夜中までグダグダとテレビを観てられるのも原発のおかげ!」
という恫喝的論理を今でいう御用学者にフリかざされるように至ると、
急速に反対派のイキオイは萎んでいったのである。

「エアコンの効いた明るい部屋でダラダラヌクヌクとテレビ観たいか?、
 それとも薄暗い寒々しい部屋で読書するのが良いか!」

と、いうような強引な論理展開に反対派は押し込まれ、
時代は「原発は必要悪」「平和利用なら良いんじゃないかな…」
というのが世の中の結論に相違なく、
ムラの住民はドヤ顔で電力会社の溢れる資金で「安全神話」を
ハズカシゲもなく広めていった。

さて、今の時代、そんなに深夜テレビ必要ですか? 
夜中のコンビニ必要ですか?
そんな生活を維持したいですか?
そんな容易い事が問われる今回の選挙かなと思う。

正直、行うマツリゴトの質自体は各党そう変らない。
所詮「官僚」に頼る政治に代わりはないから...。
ならば少しでも...もっといえば、
嘘でも高い理想の政治家&組織に投票したい!
と思うのは間違いだろうか?

該当の記事は見つかりませんでした。