ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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50代の中ニ病!?有りか?

66505.jpg
大尊敬する伊集院光氏らが唱えるところの「中ニ病」という奴に、
私もかなり以前から感染していると自覚せざるを得ないのだが、
むしろ『50歳を過ぎての中ニ病のぶり返し』って感じが、
どうにも哀しくて楽しくて心地良くて…結局のところ情けない!?。

以下、中ニ病の症例の一部...

• 自分は特別な存在だと思い込む
• 因数分解が何の役の立つのか?
• 洋楽を聴き始め、その一方で邦楽を否定しだす。
• 突然ブラックコーヒーを飲みだす。
• 急に母親の事を、オカン、オフクロなどと呼びだす。
• 売れたバンドを「売れる前から知っている」とムキになる。
• 自分は、やればできると思っている。
• 好きな女の子の家の近くに行くが何もせずに帰る
• 眠れない午前2時
• 行き場の無いエロを筋肉トレーニングに費やす。
• 急に詩を書き始める。
• プロに対して評価が辛い。
• 母親に対して激昂して「プライバシーを尊重してくれ」などと言い出す。
• 自転車の乗り方に無駄なアクションが入る
• 「アメリカって汚いよな」と急に言い出す。 
• 流行に流されずマイナー路線を好み、他人とは違う特別な存在であろうとする。
(別にサブカルが好きなわけではなく、他人と違う趣味の自分は格好いいと
 思い込んでいる)


で、リアルな私の「中ニ病」の象徴が、
恐らくこのアルバム=

ピンク・フロイド『原子心母』ーAtom Heart Motherー。

直訳なのに何故だか地の底から力が湧き出るような言葉の力!?
…を当時モリモリと感じた筈だが、今は?…

ただし後の歴史的名盤で彼らの代表作『狂気』よりも、
或いは大好きだった「エコーズ」が入ったアルバム『おせっかい』よりも
今まさに毎日聴くのはこの『原子心母』に他ならないわけで、
実際初めて聴いたのも中ニの秋であるし(発売して既に1年くらい経っていた)
身の丈に合わない壮大すぎる設定や、
仰々しすぎる世界観を持った作品に対して、
何をどう理解したか、さっぱりわからないし、

今もわからない。

牛がいる長閑な風景が、音楽が始まると
地底からニョキニョキと無数の手が現れて?
やがて空が壊れて?…
そのうち大団円で牛の群れがオウオウしく行進し
メデタシメデタシ??

何の事やらさっぱりわからないのだが、
今またこのアルバムを聴きながら、
中2の時とほぼ同じ妄想を抱く事が
何だか楽しかったりするのである。

「50歳過ぎの中ニ病」…
間違いないですな。

http:/www.youtube.com/watch?v=_T3KhcGXfbc

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ヘタレの憂鬱

3731.jpg

先日、まるで無重力「宇宙遊泳」のような3D回転「めまい」を経験した。

実際のカラダはさほど傾くわけではないが、
視界が面白いほど急激に左下方向にゆっくり回転しながら沈みこみ、
次は右上にゆっくり押し戻る。

俗にいうラリッた…とか、飛んだ…って言うのはこんな感じ?
嘔吐感も強烈…。いよいよヤバいぞこのカラダ!である…。

ブログが2週間も更新されなかったら、その時は皆様、
PCか携帯の画面に向かって
「一拝」だけお願いできたら幸いです…。

先の手術では心臓を一旦切り離した手術もしてますし、
「生」というものに、さほどの執着を感じるものではありません。
もっと言えば、朝、いつも通り目覚めるのか、ずっと寝坊したままなのか…
そのちょっとした差でしかないようにも思えます。

もっとも危惧されるのは、私の死によって悼む人たちの事ですが、
はてさてと両手の指で数えるまでもなく、
3人くらいしかおりません。
しかも私が死んだからといって、
彼女らの現在の生活の基盤や、
方針を大きく変化させるようなこともありませんから、
「ある朝、超寝坊的死亡」は、
本当は実に都合良い方策かもしれないと思うのです。

逆に困るのは、外出先で突然倒れて、首尾よく救急車で運ばれ、
優秀な医師達、看護師達の必死の救命行為によって
「生きながらえた…植物状態で」….なんて事態。


もうすぐ40歳になろうとしていた頃、
週末ごと、サッカーの試合が立て込んだ時期がある。
その日はいつになく、酷く気が進まない状態だった。
集まりも悪くて、交替要員もおらず集中を切らす中、
相手チームの若い選手と激突し、膝を痛めた。

まあ折れちゃあいないだろう…
とそのまま数分間ながら試合終了まで出場した後、
一旦バスと電車を乗り継いで帰宅。
深夜、あまりの激痛に耐えられず、
かといって救急車も恥ずかしいので、
タクシーを拾って救急病院へ。

「お皿の骨折」即入院…。

翌朝から医師や看護師による私の呼び名は
「サッカーで骨折の○○さん...」。
もう40になろうとするオッサンだけに、
「それはちょっと恥ずかしい!」と訴えるが、
一向に改まる様子なく、先方も気を使っての事だとは思うが、
私と接する話題は常に「サッカー」。

ご贔屓のチームは?
好きな選手は? 
ポジションは? 
何年くらいやってる? 
ドコでやってる? 
奥さんと知り合ったのもやっぱりサッカー? 
お子さんもサッカー好き? 

などと、とんだ「サッカー馬鹿の患者」にされてしまった。

さらにオペチームの主治医や助手、麻酔医までが、私に向い、真顔で

「希望は捨てないでくださいよ!絶対にまたサッカー、出来ますからね!!」

実際には歳も歳だし、もういいかなあ…潮時だなあ…
と考えていたのにも関わらず、そういわれると

「は、はい、またサッカー…やれるんですね…ウ、ウレシいな…ははは…」

と空々しくも演技して答えるしかないのだ…まだ...

「普通に歩けるし走れるけど、サッカーは無理かもなあ…。
 でも指導する側とかいろいろあるじゃない」

そういわれた方が遥かに気楽だった事は言うまでもない。

手術後は、もう翌日からリハビリが始まるのだが、
担当の理学療法士は、わざわざ私の為に

「サッカー選手用特別リハビリプログラム」

を調べ上げ、用意してくれたようだ。
何度も言うが私はまもなく40歳を迎える一介のサラリーマンである。
理学療法士には面目ないが、特別プログラムは固辞し、
普通の…でお願いする事にしたのは言うまでもない。


さて、現在に戻る。今、救急車で運ばれて、
まあ雑に扱われて死ぬのには、概ね了解である。
万が一(?)名医にあたって、首尾よく回復してしまい、
またリハビって、山のようなクスリを与えられ、
好きなものも食せず飲めず、水だけ呑んで、また苦しみながら生き抜く…

もはや気が遠くなるほど苦痛な話なのである。

別に悲観し、馬鹿みたいに死ぬ死ぬ、アニキィ死にてえよう!、
後生だから殺しておくれよお!….なんて言ってるのではなくて、
医学や科学は、子供達や若い人達の生の為に
どんどん進歩してくれれば良いわけで、
高年層の生きる死ぬは、もはや「医学」ではなくて
「哲学」であるということを理解して欲しいと思うのだ。

宗教という概念も、哲学の一種だろうが、
「死に方」はどこの宗教も教えてくれない。
一番大事だし、皆が知りたい命題だけれど、

「こうやって死になさい」
「粋でオシャレな死に方」
「シブい死に方ベスト20」….

そういったものが、倫理上存在しないなら、
宗教なんてのも「無意味」だと思ったりする。

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ベタ過ぎる名盤の新たな楽しみ方

abbey-road-alafoto.jpg
言わずとしれた
THE BEATLES - ABBEY ROAD である。

あまりにもベタ過ぎて
少々気恥ずかしい。

秋田駅前でこのアルバムを悩んだ末に買い求め、
実家の2階の応接間に鎮座していた家具調V社の
ステレオセットの正面に静かに座して、
「さあどっからでも掛かって来い!」
と挑むように聴いたのは中2の夏。
このアルバムがレコーディングされてから丁度2年が経っていた。

ビートルズは勿論既に解散していて、
もはや「過去のバンド」として、
半ば忌み嫌われてた存在になりかかっていた。

メメシク過去にスガルより、現在、そして未来が重要…
明るく正しいロック小僧は
ゼペリンやニールヤング、ピンクフロイド何かを聴くべし!
「ビートルズ好き=懐古趣味」とされ、
あまり自慢できる風潮ではなかった。

さて、まさに中2のその時、
ABBEY ROADを初めて聴き終えた感想を、
なぜか今も鮮烈に覚えている。

「みんなが言うほど大したことないじゃないか…」

というか、「世間でこれが…名盤!」といわれる由縁はよく理解できる。
でも自分は「ヤア、ヤア、ヤア(!)」や「リボルバー」
「マジカル・ミステリー・ツアー」「ホワイトアルバム」のほうが好きだ!
「アビーロード」はビートルズらしさがなくて、なんだかよそよそしい…。

さてそんな私だが、人生半世紀を過ぎて突然に
「写真/カメラ」というものに目覚めるにあたり、
40数年、折に触れ目にしていたAbbey Roadのジャケットに
別視点から再注目する事になるわけで、
調べてみると今だからわかるというか、
写真に興味を持ったがゆえの面白さに触れる事になるとは、
想像だにしない新しい世界でありました。

撮影は1969年8月8日(金)のAM11:35頃。
場所は勿論EMIスタジオの前のアビーロードを渡る横断歩道。
カメラマンは「イアン・マクミラン」というジョンとヨーコの友人カメラマン。

カメラはハッセルブラッド(503CWと言われている)
※スウェーデン製で今も人気は高い。正方形の画角は独特の世界観を持つ。
レンズはディスタゴン50mm
シャッタースピード 1/500
絞り F22      product_503cw.jpg

ビートルズは横断歩道を3往復して6カット撮影され、
足並みがキレイに揃った5カット目が採用。
カメラマンは脚立に乗って撮影したとされるが、
三脚を使ったかは不明。

マッカが裸足なのは、アパートから徒歩5分の気安さから
サンダル履きでアビーロードスタジオまで通勤してきてしまった為。

このアルバムとは「第一印象」こそ良くなかったけれど、
妙な付き合いで、やがて楽器をイジルようになると
このアルバムは教本になり、
さらにバンドのサウンド作りの手本にもなる。
そしてやがてスタジオに入り、音楽を制作するようになって
また雛形となり、さらにさらにマーケティングのビジネスモデルにまでなる。

そして今また新たなデータが…。というわけで、
やっぱりスッゴイ名盤でしたね。

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梅開花予想...あれっ?

9120.jpg
関東地方に住む友人達からは

202.jpgこんなのやら(新宿御苑)
 
f0138158_17424553.jpgこんなものまで(横浜公園)

春の到来を告げるウララかな情景
いかにも自慢げな写メ....。
(よく見れば写メなのに美しい周辺ボケが?
…明らかに一眼レフカメラで撮影された上質画像!)

こちらのありのままの現状として送り返したのが
上の自虐的な「表題写真」
これが秋田の、2月も後半の嘘偽りない現実…
文句あるかあ!…であるのだ。

ちなみにレスポンスだが、
「どこ?秋田の…郊外?」
「穀倉地帯?」
『………街ナカだあ、ばかけ!(怒)』

で、ふと気付いたのが、秋田に住んでいて
「梅見」って記憶が、殆どないこと。

多少の開花の遅れは許容するにしても、
やはりあの可憐な「梅」の、桜とはまた違う趣きの
美しさ、儚さ、独特の日本的風情を

「秋田」で楽しみたい….

と思うのだが、なんと驚くべき事に、
秋田の梅の開花は、桜とほぼ同時!なのだそうで、
これは一体どういう植物的摂理なのだろうか?。
明らかに秋田の梅タイマー(?)は狂ってるに違いない。

雪のせい?…
何となく調べてみると、
どうやら梅の北限がそもそも青森県辺りらしいから、
秋田辺りの梅も、花を咲かせるのがやっとのことで、
そもそも梅タイマーはブチ壊れている?というのが真相らしい。

そういえば子供の頃、桜の花見で
「あっ!あの桜…なんか変ってるね!?」というと、親に
「あれは桜じゃなくて梅だよ…」
「なんだ紛らわしいなあ」
なんて記憶が甦ってきた

ちなみに秋田市は梅タイマーだけでなく、
他にもイロイロ知らず知らずのうちにブチ壊れてる事柄が
ヒジョーに多いように思う。

思い起こせば秋田の論壇(S新聞だね!)は、
行政に対し常に盲動的であり続け、
批評的意見(クリティカル・シンキング)を封殺し続けてきたように思う。

ここ数十年のちょっとした街の歴史を振り返ってみれば、
誰にでも「失敗点」のいくつかは容易に思い浮かぶ筈だが、
論壇が糾明せぬ限り、表立った論争にはならない。

そうやって市民は自分達の街を、
知らず知らずに

諦める…..。

勿論絶対諦めてはイケナイ! 

取り敢えず、梅でも強引に咲かせて
春の到来を1ヶ月くらい早めてみようか!

そういう事が「秋田」には
必要なのだ……と思う。

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週末の独り言

kagawa 1

1.
2月14日と言えば、皆様既にご承知の通り、
男子にはとても重要な日…

「ふんどしの日」

なんだそうです!

6歳くらいまでのわが家には風呂がなく、
勿論銭湯!

長野下の(!)、病院の隣にあった銭湯に
毎日近所の子らと連れ立ってトコトコ通ってた。
よくオジサン達にイロイロイロイロ、
怒られてばかりだったけど
たのしかったな。

その約50年前の秋田市の銭湯で、頻繁に目撃できたのが
「おじいさんの褌(ふんどし)姿」。

相撲とかハダカ祭的な褌は、幾分厚い素材で「下着感」は希薄なのだが、
実際のそれは「薄い木綿のサラシ布」の見事な「下着」であった。

ここで六尺褌、越中褌などなど褌の蘊蓄でも語ろうかとも思ったが、
あんまりフンドシフンドシと連呼して、
その方面の愛好者と思われても困るので、

突然終了。

とりあえず私の場合は『手術時』の、あの屈辱的お姿でおなじみの
「T字帯….」
これも立派な「ふんどし目、越中科」だそうです。

2.
国民栄誉賞な方のメディアでの異様なハジケっぷりに、
何となく競技自体の「ストイックさ」に疑いを持ち始めていた矢先の
「五輪レスリング競技の除外」でありました。
男子だけなら歴史も競技としての風格も充分で、
確実に存続してたんでしょうが、
申し訳ないが女子選手の「あの品性に欠ける優勝パフォーマンス」には、
IOCの紳士淑女諸氏には大いに不評だったのでしょうか?。

日本に限らず、世界的に同競技団体が
資金確保や健全な大会運営への努力を惜しんだっていうのが、
IOCの不審を買ったというところのようです。

どこかのサッカー選手の領土問題のあのパフォーマンスも
「下劣」そのものですが…罪が意外に軽く済み、
メダルもやっと授与される事になって、地元メディアは
「ハッピーエンド...」と全く自戒なく
浮かれてるのだそうです。
やれやれ....。

3.
サッカーと言えば、昨日早朝は世紀の一戦!
欧州CL(Champions League)

「レアル・マドリッド対マンチェスター・ユナイテッド」

我らが香川君も先発しておりました…が、
レアルのケディラやセルヒオ・ラモスに挟み込まれ動き難そうでした。

まあ仕方ないとは言え、いつもながらにマンチェスターは、
各選手がボールキープに相当自信を持っているから、
球離れが遅く、
いつもながら、個の力で情況を打開する強引な展開。

日本代表のようにパンパンとリズム良く
小刻みなパス交換から切り崩すチームではないので、
天才香川といえど、未だチームにフィットしてない…。
むしろ敵のレアル側にいた方が香川は生かせるなあ….
なんて不埒な事を思いながら見ておりました。

結果はアウェイで引き分けを拾ったマンチェスターやや有利という結果。
いやいや香川はまだこんなもんじゃないですが、
3月5日、マンチェスターのホームでの第2戦が大いに楽しみになったわけです。
総合的な戦力はまだまだクリスチアーノ・ロナウドとエジルの
レアル・マドリーが少し上かも…。

香川真司君!、3/5のオールド・トラッフォードこそ
「君の夜」にしてしまおうぜ!
お願いだから。

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雪に埋もれる思考水準....

7938.jpg

アメリカでEV車があまり普及しないのは
1チャージ/200kmなんかじゃ短すぎるぜベイベ!
ってことらしく、いかにもアメリカらしい。

20年も前だが、
ラスベガス在住の日本人フリーエージェントと密に仕事していた頃の話。

私「お~いミッションだ!、CK社とやっとアポが取れたから、
  週末までにMr.Xとミーティングして欲しい…」
FA「OK、NYね…。ねえ、このビジネスがうまく行ったら、
   あたしポルシェ買えるかなあ?」
私「あんたぁ、そっちじゃベンツ乗ってんでしょ?」
FA「メルセデスもいいクルマなんだけど、NYまでならモーテル2泊。
  ポルシェなら1泊で済む。LAにだって2時間弱よ!」

さすがフリーウエイの国であるなあ...と、感心した。

元々フランスLV社の主任バイヤーだった経歴を持つ
フリーエージェントの彼女は、
現在「小型飛行機」のセールスをやってるとのこと(もちろん米国で)。

2年で3機も売れば余裕で暮らせるらしい。

ちなみに何故べガスなの?
LAとかNYに住んだ方が何かと便利じゃないの?と訊くと

「LA、NYではプール付きの家に住めないから...」。

『日本的尺度』におさまらないヒトってのは、
必然として海外に向かうよなあ…とあらためて思う次第。

それに引き換え今のワタシと言えば、
日々、大雪に埋没する湿った生活の中では、
否応なく「秋田的尺度?」に陥ってゆく実感に苛まれる。

秋田で生きてゆくには、それも大事な覚悟であろうし、
それが生きやすさ...かもしれないが、
たまにかつての仕事仲間や家族と話す時の微妙なズレや、
うまく言えないが『どうせ秋田…?』的な
ネガティブな閉鎖性みたいなモノを自覚する時の焦りや後悔は、
半端じゃない衝撃だったりする。

まあツッパってみても所詮、年寄りのポンコツと自嘲しつつ、
それでもまだまだ世の中に役立つ発想力や、実行力は旺盛ダド!
と思いながらも、
そういった仕事の枠組みを、
「秋田的尺度」でしか考えられず、
結果何にもない.......!?っていう堂々巡り。
まったく困ったもんです。

本音を言えば、優しく包み込まれるような
「秋田的」で、ずうっといたいんだけれどね....

「大陸的尺度」とまでは行かずとも、
せめて「日本的尺度」と、そのレベルの「思考水準」は、
どんな時も保っておかないとね...
と、強く思う次第だ。

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祓い給い 清め給え...

335.jpg

学生バンドのギター弾きで、ナマイキ盛りの頃
私はおだてられるまま、
大して将来の事など考えずに
アルバイト感覚で、
歌謡ショー(!)のステージやら、
アーティストの小ツアーなんかの仕事をボチボチと請け始めていたけれど、
あくまでも不定期なトラ(代理)などの単発仕事だから、
生活設計なんてハルカ遠い宇宙の彼方の話。

そんな中途半端な時期に事件は起こる。

仕事の内容はまったく覚えてないけれど、
どこかのスタジオで何らかの録音をしている時、
どうやら私の楽器の特定のポイントの音程が
ほんの僅かだが狂ってる?!と指摘される。
結局、不安と特定された数カ所のポジションを
外して弾く事で難は逃れたものの

恥は恥である。

当時の国産ギターとか米製でも粗製濫造品(?)は、
ネックの微々たる捻れや歪みが、
どこかのポジションで音程を狂わせるなんて
その後は常識になるが、その時点で
あまり気にしてなかった.....。

先輩アドヴァイスというので、
その場にいた最低4人に

「音程のしっかりしたプロ仕様の楽器を入手せよ」

「ギタリストで飯食う気なら最低Gibsonだろ!」
とドラマーさんにまで突っ込まれた!

手持ちの「Fen」も「Yam」も、
愛着はあったが、全部売り払い
さらに深夜、集中して地下鉄半蔵門線の青山1丁目あたりを
掘って掘って掘りまくり(実際は雑用労働だが)、
クドい程に神経質な音程チェックを突破した末、
中古ながら、
やっと手に入れた念願の高級器「Gibson ES-335TD」!。

このギターを手に入れたまさにその夜から、
不思議な事にアレヨアレヨとバンド加入や、
レギュラー仕事が決まり、突然忙しくなったことは、
当ブログのアチコチで、食べ散らかしのように語り記されている。

しかしある日突然、不幸は訪れる。

盗まれたのだ…..。

しかも都内有名スタジオのロビーのソファに立て掛けて、
トイレに行ったほんの数分…。

この楽器を手に入れた頃とは違って、
既にそこそこ稼ぎ始めていたから、
その気になれば同じギターをすぐに買えたのかもしれない。
しかしなぜだが諦めきれずに「誰かが間違えて持ち帰ったのだろう…」
「案外すぐに呆気なく戻ってくるのでは?」
と安直な期待を抱いていた馬鹿な自分。

いずれにせよダラダラとだらしなく、
音楽仲間や、楽器屋からモニター扱いなどで借り出し
毎日取っ替え引っ替えいろいろなギターを使うようになって、
それをまた少し楽しんでいたように思う。

怠惰な時代…と今にして思う。

既にお察しのように、
仕事のイキオイも徐々に失われてゆく。
情熱を注ぎ込み、専任ギタリスト(業界用語で言う「サシ」)
兼音楽ディレクターを担当した新人女性シンガー
(当時17歳。現在はバックコーラス界の第一人者らしい)も、
アルバムやライブの業界内評価の凄まじさのわりには、
セールス的にはうまく行かず→アルバム1枚、シングル5枚で
会社的に見切りをつけられ、
バラエティー班に送り込まれたことで、
私の役割は終わった。

そんなこともあって、
「今後どうしようかなあ…」なんて考え始めた頃になって、
友人からFenderのシンラインというギターを安く譲ってもらった。
今度はこのギターを入手したあたりから、急激に、
様々な事柄を一気に終息させねばならない情況になって、
その残務に追われる日々の象徴がまさにシンラインと重なるわけで

以来楽器に限らず、
骨董屋などで購入したようなモノは、
必ず塩をふり、
「悪霊退散!」
「祓い給い 清め給え!」
と、祈念するのであった。

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人間の条件-The Measure Of A Man

tng.jpg
後列の白い地味なお顔が、アンドロイドのデイタ少佐...



CS放送が始まった90年代の最初の頃に、
たまたま観た「新スタートレック」にメチャメチャ衝撃を受け、
サカノボリも含め、壮大なテレビシリーズ約700話を
約12~3年掛けてコンプリートするわけです(シリーズはまだ続いていた)。

毎週、新しいエピソードに触れるのがホントに楽しみで
つくづく幸福な時代だったなあと思う。
ハマるキッカケになったのは新スタートレック
(STAR TREK: THE NEXT GENERATION)
第2シーズンの「人間の条件-The Measure Of A Man-」という回。

今は亡き異端の天才科学者が開発した最先端アンドロイドで、
地球を核とする惑星連邦初にして唯一無二の存在「デイタ少佐」は、
自らの意思で艦隊士官を志し、努力を重ねて昇進。
惑星連邦旗艦エンタープライズに乗務し、
彼の機転によってたびたび艦を危機から救い、
艦内では慕われ、尊敬されている。

ある日、艦隊の意を得た科学士官が、
デイタ少佐を分解して、その構造を研究する計画を申し出る。
デイタ少佐は
「現状、人類の科学レベルでは私を分解しても、元には戻せない。拒絶する」
と主張し、艦長はじめクルー達も全員デイタに同調するが、
いかんせん本部命令は絶対服従せねばならない。
そこでデイタ少佐は、艦隊を退役する事で、
本部の拘束から回避しようとクルー達に分かれを告げる。

しかし、科学士官は了承せず、デイタ少佐を提訴し、
物語は突如法廷ドラマに転じ、丁々発止の議論が始まる。
…機械であるアンドロイドの、人間性の証明の裁判…そして勝利! 
こんなSFって今まであったろうか? 
スゴイ!と、すっかり感動してしまったわけだ。

ある意味スタートレックの世界観は、
いまや自分自身の行動規範にすらなってしまっているといっても過言ではなく、
架空の存在ながら「ピカード艦長」は
私のもっとも尊敬する理想の上司でもあるわけだ。

おっと例によって前置きが(超)長くなった…。

60年代の同シリーズ、
いわゆるカーク船長と耳長宇宙人でお馴染みの、Mr.スポックらが活躍する
「宇宙大作戦;STAR TREK: THE ORIGINAL SERIES」では、
まだ勧善懲悪が有効で、不要に他の星の紛争に介入し、
国益に合わぬ方を敵方と無理矢理決めつけ、攻撃を加え、殲滅する!
まさしく当時のアメリカそのもの。
優れた武器を持つ宇宙人は敵→攻撃。
非人間型の宇宙人は「怪獣」→退治!という調子。
正義は常に我々にあり…。

これが80年代後半から90年代に制作された
「新スタートレック」(前作から約70年後の設定)だと、
事の善悪に関わらず、他の星の紛争には一切関わらないのが鉄の掟。
仮に巻き込まれても、あくまで対話と講和による
柔軟な政治交渉によって解決すべし(武力を背景としながら…)。
出来るだけ相手の要求を聞き入れ、可能ならば援助すら申し出、
その場から速やかに退却するのが基本。

万が一交戦状態になっても、先制攻撃は絶対しない。
まさしく和平の時代性である!。

ところが、今のところ最新となっている今世紀のシリーズでは、
敵に地球総攻撃という形で奇襲を受け、甚大な被害を受ける。
エンタープライズは単純に復讐に立ち上がると言う、
古臭い筋立てに立ち戻ってしまう。

明らかに9.11後、アメリカの対応に大きな変化が見られるのだ。
というより、西部劇の時代に一気に先祖帰りしてしまったようだ。

日本もある意味同じ。

裁判員裁判とかで、じっくり審理するプロセスを放棄し、
安直に結論を急ぐだけで、当然審理不足な部分は
「素人判定の公平性」で担保しながら、
法曹人は自己正当化してるように感じる。

いじめや体罰問題では、
実はイジめる方、体罰する方にも正当な「理屈」はあって、
そちら側の言い分も聞き入れると、
どうやらいじめられた方にも問題があるようで、喧嘩両成敗的な…
なんだかわけわからない方向でうやむやになる80年代90年代パターンを
未だに教師や団体は踏襲し非難を受けている。

時代はいまや、悪者は悪者として糾弾し、
社会的制裁を与えつつ、
一旦、全員速やかに引きずり降ろすことこそ美徳…。と、
これまた先祖帰りしてるように思えてならないのが不安だ。

全ての暴力はこの世から排除すべきだが、
では国家にとって全ての暴力装置=武力は不要なのか?と問われれば
誰も一言も反論できないわけで、
厄介な世の中なんである。

映画版スタートレックの新作がこの春、全米封切りらしい。
舞台の23世紀云々より、
2013年の倫理観や正義感による表現は一体どうなっているのか?
それが楽しみだが、
それ以前に、秋田の劇場できちんと観ることができるか?
そちらもまた大問題だ。


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心の原風景

9987.jpg
ウヤウヤしい古美メタルの
校章付きの黒い学帽を目深に冠り、
身体のサイズに合ってるとは言えない
大きなランドセルを背負って
この坂を毎日昇り降りしていたのは
1960年代から1970年に至る6年間。

東海道新幹線開通や(ひかり号の運転士に憧れた)
東京五輪も(重量挙げの三宅選手がかっこいいと思った)
巨人・大鵬・卵焼きも(巨人選手に成りたかった)
ビートルズ来日も(ホウキでベンベン真似してふざけてた)
ウルトラマンやサンダーバードも
新潟地震や十勝沖地震も
高度成長も
広小路の大変な賑わいも...
毎日伝えられる北爆の悲惨さも
ゲバゲバ安田講堂も
三億円事件も
アポロ月着陸も
そして大阪万博開幕の時まで...

この坂を、来る日も来る日も
(Day By Day 、Day After Day、Every Single Day、Time After Time…)
行き来しながら過ごした。

あれから何十年経ったろう?
 
建物は、突き当たりと左奥の巨大建造物以外は全て建て替えられているが、
通りのイデタチは昔と全く変らず、
少しばかり鄙びていつつも、
何故か霊験あらたかな雰囲気でさえある。

残念ながら通った校舎は、今はもはやこの地になく、
違う用途の公共施設がヨソヨソしく建っている。
その施設に入ってしまうと、
何だか酷く落ち込みそうな気がするので、
未だに利用出来ずにいる。

というわけで、個人的に思い入れの強い小路、
というか坂であるけれど、
他にそういう場所があるかというと、
あまり思いつかない。
通りの装いと言うか印象がかなり違ってしまってる場所が殆どだから。

まあ人それぞれに住んでいた場所や学校、環境など異なるわけだから、
言い切ってしまってはいけないな。
みんなそれぞれに「心の原風景」というものが
あるのだろうね。


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混沌グダグダグダ...

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いつもながら凛とした立ち姿であります!



全柔連は、この際キッチリ『柔の道』
すなわち「正義の筋道」を
堂々と世間に示す最大のチャンスだったのに、
グダグダグダと見事にその機会を逸したようだ。

OGで元スーパースターの議員さんも同じ!
「絶対許さない!許してはならない!連盟には毅然と対応してもらいたい!」
と、いまや野党議員らしく切れ味鋭くブチ上げれば、
最近下降気味の名声も少しは呼び戻せたかもしれぬのに、
やっぱりグダグダグダと身内を庇って、さらに反感を買う愚かしさ。

コーチの記者会見も自己弁護に終始。
それをせっせとメモするだけで
論理矛盾に切り込むマスコミ記者も皆無…。

ロンドン五輪で何となく感じたこの競技の「カオス」の根深さが、
もはや絶望的にイタい。

JOCもJOCで、東京五輪開催選考への影響を懸念するばかりで、
問題を根本から正そうと言う意欲がさっぱり感じられず、
やっぱりグダグダグダ。

元スポーツ選手系評論家諸氏も、言うに事欠いて

「格闘技だからドコまでが競技で、ドコから体罰か判別つきにくいですね…」

とか言い出す始末。
練習でコーチから技をかけられ、絞め技がキツすぎるから
それは「体罰だ!」
なんて言う代表選手など、ドコにいるだろうか?

明らかに親にもいえぬ、尋常ではない「不当な辱め」を
コーチから慢性的に受けていたからこそのこの直訴に、
連盟もJOCもOB/OGもマスコミまで一斉にグダグダグダ……

シャキッとせんかい!

である。

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