ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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芸は身を助くなのだ

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あと20日くらいかな...。

小学1年の時に、南通りにあった「書道教室」に通わされる事になった。
結局、小学3年か4年生あたりまで在籍していたように記憶しているのだが、
その実態は「人生初のドロップアウト体験」でもあった。

何しろ生まれつき(?)セッカチな性格だから、
スズリで墨を擦る手間が大キライ。
だからいつも早計なグレーっぽい毛筆を、先生に注意されていた。

最初のうちは確か10級から始まって、
月1回程度のコンスタントな昇級がウレシクて
真面目に取り組んでいたようにも思うが、
3級あたりで昇級が停滞するようになると、
ズルズルとサボリ癖がついて、
通わなくなったように思う。

エリア的に、隣の小学校の生徒の比率が高く、
仲間が少なかったことに加え、
小学2年の時にはピアノ教室にも通い始めたから
益々足は遠ざかる。

それでもタマに書道教室に顔を出すのだが、
一緒に始めた仲間は既に「有段者」になっていて、
やがて下級生にも追い越されるようになると、
モチベーションを失うだけでなく、
ドロップアウトした事への自己嫌悪で
絶望的な気分になっていたようにも思う。

まあピアノもさほど上達はしなかったから、
才能はなかったにしろ、野球や釣りや虫採りしてる方がはるかに楽しい
欲望オモムクママの怠惰な子供だったわけで、
飽きっぽさも含めて、今がそのナレの果てだから仕方がない。

やがて小6で「洋楽」というか『英語のポップス』に興味を持ち始めると、
同級生と手形の英語教室に通い始め、それは中学卒業まで続いた。
途中サッカーを始めてしまったから、
週2で英語教室通いを続けて行くにはなかなか大変なこともあったのだが、
これには「相方」がいたことで
疲れきって居眠りしながらも、
なんとか続けられて、
今ではアイカタ君には感謝している。

そんな彼は、今では宮城で「学習塾」を経営してるらしく、
何とも不思議な気分だ。

芸は身を助く…というが、
中学レベルとは言え(中学までは完璧だった…その後は??)
英語はその後、様々な場面で人生の役に立っていたと思う。

英語と英会話は異なるモノ…といわれ、
大学の英文科を卒業しても英会話は出来ないとか言われるが、
それは違うと私は思う。

所詮会話は意思疎通、イザって時に役に立つのは「単語力」に尽きる。
仕事で外国に行く事が多かったから、それは実感として感じた。
構文など気にしない、要は単語をどれだけ知っているか!
それが時には大ピンチから自分を救ってくれるのだから侮れない。

そういうわけで、
中学修了程度のチープな英語力を引っさげて
貿易会社に長く勤めることになるのだが、
どこの国の誰とでも、
まるで構文などおかまいなしの
デマカセ&出たとこ勝負Englishで、
特に不自由はしなったように思う。

顔が見えない「電話英語」は苦手だけどね。
Hold on please…ばっかり!
(Just moment…は死語みたいね)。

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ビートルズが来日した頃の秋田駅前のささやか過ぎるお話

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♪路地はひっそり閑(かん) 俺はすっからかん 

相合傘 はっぴいえんど




またまた古〜い話で恐縮であります。
小学生の頃の夏&春休み中、毎朝の行事と言えば、

町内子供会毎の「ラジオ体操!」。

我が「駅前2区子供会」のラジオ体操開催場所は「高等裁判所前庭広場」。
公式には「仙台高裁秋田支部」なる名称であるのは大人になってから知った。
いずれにせよそれは現在の「駅前西武」のあたり。
正門は広小路に面しており、
中央通り側(現在の公営駐車場)にあった
「東北電力秋田支社」とは背中合わせになっていた。

つまり仲小路は今のように貫通してはおらず、
高裁と東北電力の間、
つまりそれぞれの裏側はやや小高い土手の空間になっていたのだが、
もちろん入場は出来ない。
子供ならでは…と思って赦して欲しい。

煉瓦作りの建物と、木々の葉で相当日当りが悪かったのか、
苔むす感じの雑木林。
少しジメジメした空間ながら
隣接の金座街や、駅前の各ヨコチョウの喧噪との対比で
不思議な異次元的静寂空間となっていて、
そういう場所には即座に「秘密基地」を作りたがるのが子供…
いやいや私の習性だったかもしれない。

実際には既にどちらも建造物としての役割を終えていたようで、
ある日突然、建物は我々の秘密基地モロトモ撤去され、解体されてしまった。
殊に我々のささやかな苔むす異次元空間は、
何とも恥ずかしくも道路となって、その姿を世間に晒したのだった。

「仲小路ここに貫通」である。

貫通当初は新たな商店街構築を模索したようだが、
過渡期には野外ステージなどが出来て、
金座街主催のイベントなどで一時盛り上がった時期もあったが、
そこはやがて知らぬ間に 
日本全国制圧支配を企み、
結果失敗して、今はボロボロな中央資本による大店舗ができて、
高いアーケードが掛かってしまってるが...

活気はご承知の通り。

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去るものは追わず/来るものは拒まず

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個人的に最後となった「TOYATAカップ」2002年12月の試合。
超黄金期、銀河系軍団完成時の「レアルマドリッド」。
先発メンバーにジダン、フィーゴ、ラウル、ロナウド、ロベカル、イエロなどがいた。
スゲ!



今年で20周年を迎えたJリーグが始まるその1年前に、
私は会社の部下たちや取引先の同好の士を集めて「サッカーチーム」を作った。

『去る者は追わず/来る者は拒まず』
これをチームの是としたおかげか、
やがて西洋人数名やら黒人も含むまさに「インテルナショナル」な、
リーグでもその異色さ(異様さ?)で、
それなりに有名なチームに成長していった。

私は、その言い出しっぺと年長者の由縁で、
チーム代表者+監督+雑用世話人+リーグコミッショナー(?)+選手として、
骨折引退(!)するまでの6年間ほどを過ごす事になる。

ユニフォームは当初、
私の個人的趣味からセリエAのラツィオのレプリカ(水色)を独断決定。
背番号は代表特権で高校時代以来の10番。
まずは何をおいても格好から始まるのは、競技を問わず楽しいもので、
この辺りまではメンバーも乗り乗り!。 
あくまでもラツィオブルーは試合用で、練習時には皆思い思い、
ご贔屓チームのレプリカシャツを着て、さながら派手なファッションショー状態、
ちょっと恥ずかしいが、それはそれで楽しかったナ。

次は練習場所の確保問題。
これが意外に難物だ。
区役所に行って、区営グランドや体育館などを申し込むのだが、
予約抽選会!というのが毎月あるらしく、
これが平日の午後1時~3時に各施設内クラブハウス
(だいたい街のはずれにある)に集合し、そこで日程を割り振り
ダブった時間帯は抽選によって「公平」に決めてゆく…との事。

役所側は声高に「公平」というが、
そもそも平日の午後1~3時に真っ当な勤め人が
その場所にわざわざ行けるはずもなく、
結局土日祝の殆どは「ゲートボール軍団」に独占されてしまう。
申し訳ないが、お時間に余裕ある方々なら、
どうか平日昼間などでユッタリマッタリお願いしたいところだが、
どうやら平日はみなさん「通院」で忙しいらしく、
必然として土日祝なのだそうだ。

サッカー時代の到来に呼応して
区営グランドのリニューアルされた美しい高麗芝のピッチは、
もっぱらゲートボールのご老人方ご占有!というわけで、
オマエら働き盛りは、スポーツなんて余計な事しないで、
もっとしっかり稼いで税金払え、年金払え…というのが
世の中の仕組みなのだなあと理解した。

学校関係もグランド使用許可を交渉したが、
日曜午前の小中学校校庭使用は一切不可能。
防犯上、学校関係者最低1名を出校させ、
監視させねばならないからという理由。

Jリーグ100年構想の根幹でもある、
ドイツ型「自治体ごとの生涯スポーツの奨励」は、
20年経った現時点に至っても全く達成されていないようで、
その前に「公務員改革」が必要のようだ。

結局、新宿西口公園や、少し遠征して多摩川の河川敷などを利用していたが、
実際には公園は「フリーマーケット」開催や
河川敷でも「ゲートボール軍団」に強引に浸食されるという状態
(ワシラは毎週ここでやっとるんじゃドケドケ!)
と極めて不安定な環境に随分と泣かされたものだ。

やがて沸騰するサッカー熱とその需要に社会が応じたか?
駐車場やゴルフ練習場、テニスコートなどを改造した人工芝などの
有料グランドが続々と営業を開始し始め、我々も利用を開始し始める。

ただし利用料金は会員でも10000〜20000円/hという何とも高額なものだったが、
土日のスケジュールはどこもびっしり満杯で、
かなり以前からの予約が必要だったりした。

やがて会員チーム同士でのリーグ戦開催や、他のリーグとの交流戦、
他リーグへの参入などしてゆく中で、
当初の『去る者は追わず/来る者は拒まず』の是によって、
初期メンバーながら試合出場機会を減らしてゆく者
(交替制限がないので、必ず出場できるように采配してはいたが)や、
チームの巨大化(肥大化?)+強豪化してゆく事に不満を持つ者も出始め、
知らぬ間に移籍していたり、
新チームを作りリーグに参入してきたりと分裂状態になった。

チーム内では『去る者は追わず/来る者は拒まず』の前提を一時降ろしてみては?
という意見もあったが、何故だか私は頑固にこれを堅持したのだった。

皆で楽しく!仲良く!各人を慈しみ合う…
チーム内でメンバーの陰口を言ったり、
カラカッタリ、イジッタリするのも絶対禁止。
試合で失敗しても常に
「ドンマイ!」
「いいよ、ナイストライ!」
それが理想だった。

それを乱すような者もたまにいる。
そうなると『去る者は追わず/来る者は拒まず』の精神に反するかもしれないが、
行為を止めていただくかチームを辞めていただくかの勧告を、
私がせねばならない役回りなわけで、
すこしメンドー臭くなりかけていたところで、
私は負傷し入院、そのままチームは消滅した。

実はチーム内でも内緒だったが、外人軍団の正体は、
投資会社のいわゆるハゲタカ連中。
彼らは我々のチームを乗っ取る事なく、
チームを独自にタチアゲ、その遺志(?)をしっかりと引き継ぐため、
私に監督をやって欲しいと中心人物のJohnは言ったが、
もちろん固辞した。
本当はすっかり意欲を失っていたのだが、

「コーチ?バカ言うな、俺はまだ現役だぜ!」

と言ってやった。

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なんだサカこんなサカ...

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やっと雪融けで通行可能になった某階段坂。
いつもは散歩中、嬉々として登り降りしていたのに、
冬の間の運動不足が祟ったか、
今日はカラダがホントにツライ…
シンドすぎるぅ!。
またイチから身体を鍛え直さねばと誓うのだ。

そういえば中学の頃、それなりに強豪なサッカー部にいて、
様々な難行苦行を体験したから、
多少の事は耐えられる気構えは出来ていたけれど
(根性って言葉を敢えて使いたくない)
それでもその日だけは何とかしてサボタージュしたい!
と心の底から思うのが

〈天徳寺の平和公園頂上までの全力疾走登頂競争〉

まさに心臓が口から飛び出しそうなデスレース!
当然当時の風潮として水は飲めない。

しかも元来鈍足な私はいつもペナルティ罰ゲーム組。
勝手にホームグランドとしていた秋大グランドに戻ると、
ペナルティの

「トラック20周(8km)、しかも直線トラックは全力ダッシュ!」

これを、口から泡を飛ばしながらなんとかやり終えた後、
やっとボールを使った練習に合流。

それがこれまでで一番シンドかった練習セットと信じてきた。

たとえシベリア強制労働の俘虜になっても(失礼)、
隣国で労働改造所送りになっても(さらに失礼)、
あの平和公園レースよりキツいものはこの世にあるはずがない!
と、何度かあった人生の困難に相対した時、いつも思い出していた。

この程度の困難なんて、あの坂に較べれば大した事はない。

どんなことになっても命までは取られない….

そう心に念じると、本当に気持が軽くなったものだ。

秋田に戻って来てしばらくして、
何を思ったか、あの坂に再挑戦しようとした。
無論、もはや走るのは無理だから、ゆっくり歩いて登ってみよう!
そう思ったのだが、登り始めて早々

「熊出没のため、自動車以外での入山禁止」という立て看発見。

ちょっとラッキー?と思いながら
コソコソと引き揚げた、情けなくも小狡いクソジジイの自分であった。

再挑戦の機会は果たしてあるのだろうか!?


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N君の消息

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高校に入学すると、すぐに異様な男を発見した。
同じ新入生なのに肩まで掛かる長髪で、
今なら普通だが、当時としてはかなり珍妙な、
やけに小ぶりで、しかも丸に近い銀縁眼鏡の生徒…

なんともジョンレノン的風貌の彼は、いや奴は、何故だか常に居丈高な態度。
しかし彼の居丈高さ=上から目線なハナモチナラナイその性質は、
上級生にも、教師などオトナ達に対しても
決してブレず同じ対応なことに気付くと、
いつの間にか私は奴に対して一目置くようになっていた。

奴の異様さはそればかりでなく、
いつもロック系のLPレコード数枚を袋にも入れず、
あたかも自らの趣味の良さを誇示するかのように、
ハダカで持ち歩いていて、
またその趣味も、それなりにロックマニアを自認していた私でさえ、
理解不能なほどコアな趣味であった。

それが、ちょっとばかしナルシストでハナモチナラナイ
N君であった。

ある4月の土曜日、N君とはクラスも違うし、
まだ1〜2回しか口を利いた事がないのだが、
突然ツカツカと私のところにやってきて

「ねえ、君、これ聴きたいなら月曜まで持って帰っていいぞ…
 久しぶりに戻ってきたから…どっちも超名盤だぜ…」

といって、ビニールも掛かってないハダカのLPジャケットを
ガサツにバサバサと渡された。

それが、FRANK ZAPPA & THE MOTHERS OF INVENTIONのデビューアルバム
「FREAK OUT」(66年)と、
同セカンドアルバム「ABSOLUTERY FREE」(67年)の2枚。

私にとっては人生を変えるようなレコードとの、
これが出会いの時である。

FRANK ZAPPAは名前だけは知っていたけれど、
実際に聴くのはこの時が初めてだった。
土曜日と日曜日の2日間を掛けて、
私はこの2枚のアルバム(実際には2枚組が含まれるから3枚)を
何十回聴いた事だろう!、
それほど素晴らしかった? 
イヤ…全然理解できない自分にモガキ苦しんでいたのだ。

今まで自分が好んで聴いてきた、
割と上品で整った音楽に対して、
ZAPPAの音楽は下品で猥雑で騒がしい音の洪水。
あえてヒトのいやがる扮装をして
怖がらせたり、嫌がられたりをモットーとする理解不能なヒッピー達….
そんな印象。
しかしN君が「超名盤!」と軽く言い放っていたからには、
それに相応しいキラキラ光る部分が、きっとどこかに潜んでいるのだろう。
それを見つけられねば、私もロック好きとしての立場がないわけで、
必死だった!。

しかし遂にZAPPAとは理解し合えないまま月曜を迎え、
N君には正直に「理解不能」を告げ、降参することになったのだが、
N君は例によって軽い調子でこう言った。

「君さ、ビートルズは好きだろ!? じゃあ聞くがリンゴの歌をどう思う?
 ヘタクソで聴いてられないよねえ。じゃあそんなビートルズはキライか?
 違うだろ、つまりそう言うことさ」

いまだに彼の真意はよくわからないが、
FRANK ZAPPAに関しては、その後私はN君以上の中毒者になった。
既に我々はFRANK ZAPPAの享年をとっくに越えているが、
ZAPPAの前では私はいつまでも15歳、そう思う。

N君とは東京でも28歳頃まで(N君は30歳くらい…)
時々会っていたが、
彼は、実家の事情でお父上の実家のある能代方面に帰って行った。

しばらくは秋田情報など、週に一度は「大長編」の手紙が届いていたが、
こちらも引越などが立て込んだりして、連絡は途絶えたままだ。
そんな彼に言いたいのだ。

「N君、生きてるのか死んでるのか?
 俺もちょっとアヤシいが、
 俺は今日もFREAK OUT、3回聴いたぜ!
 ....ヘヘンだ!」

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ご用心、ご用心。

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やっとね、街も乾いてきたのかなあ...
と思ったら、今度は雨降り。
桜の開花はまだまだ遠いなあ.....。



30数年前、上京したての頃に池袋駅の構内で
「ちょっとすみません!アンケートにご協力願います…」と
呼び止められた挙げ句に、
行きもしない温泉旅館や観光施設の「割引クーポン券」なるものを
2000円(大金だ)で買わされた。

「旅行に興味ありますか?何処ら辺に行きたい?
 どういう施設で何して遊びたい?」等々細々と質問され、
もはや断れないところまで話が煮詰まって、
純真な田舎者には、論理的にもう買わざるを得ないところに
落し込まれてゆく。

「東京は怖い街だ!油断してちゃイケナイ!」

結局このときの2000円が授業料となって、
以後「キャッチセールス」の類いには引っ掛からなくなったから
あれはあれで良しとしよう、などと勝手に自己完結している。

同じ頃、下宿の隣人宛に女性の声で大家さんの電話に頻繁に掛かって来るが、
当人とはなかなかタイミングが合わないらしい。
女性からなんて一体誰だろう…高校時代のあいつかなあ?
いやこの前フラレタあの娘かも…と奴はニヤニヤしている。
大家のオバさんも真顔で
「私がこんなことを言うのもなんだけれど、電話での口調から、
 あんまりマトモな方に思えない。○○サンには不似合いな感じ…」
と心配している。

結論的には賢明な皆さんには(?)既にお察しの通りで、
保険か何かの、友人を装っての営業電話。
アタシが親切心で何度も電話してやってるのに、
加入を断るあんたは馬鹿だ阿呆だと散々毒づかれたらしい。
彼には毒よりも「女性からのロマンチックな電話」で無かった事の方が
よほどショックだったらしいが….。

何故こんな事を突然思い出したかというと、
「週間◇ビ」なる小型ロボットが大人気とのコト。
わが家の来年80歳になる母親までが「あれ可愛いね」と…。
しかし敵はあのデ○ゴス△ーニですから…。

一応確認しておくと、「週間◇ビ」の場合は、全70号’程度’を予定’、
概ね18ヶ月=15万円(最低限)くらいになるらしい。
本当に70号で完結すればいいのだが…。

なにしろ過去、同社のスタートレックシリーズでは、
100数回=2年以内終了の予定を確認した上で申し込み、
結局いつ終わるのかわからないまま、
ダラダラと6年間=計314回でやっと終了。

これはまぎれもない事実。

開封しないまま積み重なる郵便物と家人の呆れ顔。
預金通帳を黒々染める夥しい引き落とし明細…。
さらに著作権上?か、完結する前に初期発売分の名作DVDが
順番に期限切れで画像ロック=再生不能…。

断じて詐欺とは言わない。
微に入り細に入り全てが合法で固められているのだろう。
途中キャンセルも容易に出来るのに、
作品に対して裏切れないマニア心の弱みを
巧妙に利用されているだけのことだ。

何度も電話で問い合わせた=いつ完結するのかを!。
先方はキマって一切詫びない上に、はっきりした今後の予定も明かさないまま、
『じゃあ、キャンセルの手続きしますか?』の一点張り。

こちらは「いや、そうじゃない、そんなことじゃあない。
きちんとした終了スケジュールを告知して欲しいだけ、
何故理解してくれないのか…」という調子で、
実にこちらも惚れた弱みのダラシナさ。

ズルいのとダラシナイとのせめぎ合い。
そのうち、前述の通り6年経って、
ちょうど私が病気で倒れる寸前に、

ひっそりと完結したらしい。

賑やかだった預金通帳書き込みも無くなり(未だに恐ろしくて合計計算できない!)、
毎週現れる宅配兄さんも姿を見せなくなり、
全体的に静かな平和が甦った。

それからまもなく手術・入院→今に至るので、
精一杯その平和を謳歌する事はできなかったのだけれどね。

取り敢えずデ○ゴス△ーニの「週間◇ビ」
ご購買予定の方は、きちんと様々ご確認とご覚悟を。

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ああ無情....

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何年ぶりかで映画の「まとめ見」にいそしむ
目下ポンコツ状態のオヤジであった。

いつになく話題作が数多く上映されているし、
今回はきちんと計画を立てて鑑賞する事にした。

まずは賞をたくさんいただいたらしい
「レ・ミゼラブル」「アルゴ」

次いで実はもっとも期待した2作
「ライフ・オブ・パイ(トラと漂流した227日)」「テッド」

この4作からまとめて攻めてみる。

本当は「ストロベリーナイト」も観たいし
(竹内結子をでっかいスクリーンで拝みたいだけ!?)

「東京家族」も興味は尽きないのだが

件の「洋物偏重主義」という悪癖がココにも現れるわけで、
後日DVD…借りて観よ!ってなとこである。


結論から言ってしまうと、
一番最初に観た「レ・ミゼラブル」…
これの印象が鮮烈すぎて、
後の3つは、やや失望というか、
B級感は否めないかなあという感じである。

「レ・ミゼラブル」といえば、
私なんかは昔、児童文庫で読み耽った

「ああ無情」でしょ! 

パン1本を盗んだ罪で19年も服役したジャン・バルジャンと、
なぜか彼を終生追い詰めるジャベール警部。
そして哀しく愛しいコゼット…。
それくらいは意外にもしっかり覚えていた。
さあ来い!その後、市長になるんだろう!
筋は大体知ってるぞ…。

ところがウッカリしていた。
これはミュージカル映画だったのである。
冒頭からなんだが過酷な監獄のシーンでも歌、歌、歌。
看守(当時)ジャベール(ラッセル・クロウ)が
囚人バルジャン(ヒュー・ジャックマン)にカラミ、
罵詈雑言を吐くシーンも、もちろん歌。

おいおいちょっと付き合いきれないかもしれないぞこの映画。
などと思い始めるが、
勿論すぐに慣れる。
それどころか、
各俳優の歌の巧さが妙に胸に刺さるのだ。

特にコゼットの母親ファンティーヌ(これが助演女優賞=アン・ハサウェイ)の
どん底の悲惨さ、哀れさ、そして気高さを讃えた熱演。
僅か数分ながら、前半のこの歌のシーンだけでも私はノックアウトである。

やがて物語は壮大な広がりを持つのだが、
映画は増長に陥る事無く、テンポよく話は進み、
クライマックスはさらに感動的な「民衆の唄」。
ひさびさ映画らしい映画を見せてもらった気がする。
どうもね、小賢しく小洒落ただけの映画ばかり最近見せられてたので、
今回は相当に新鮮でありました。

もちろん例によって…おすすめはしません…。

他の3本も実はそれなりに(?)
金返せえ!的な映画ではまったくなく、
しっかりと「払った分」は充分に楽しませてくれる
優秀な作品ではありました。

おすすめはしませんけどね。

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食わず嫌いは早めに治そう

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件の「中ニ病」の所為なのかどうなのか、
私は徹底した洋楽偏向者であるわけで、
これまで国内アーティストには、
なかなかカラい評価をし続けてきたように思う。

2千数百円という大金を、
なぜ日本人の、全てが拙いロックバンドや、
四畳半フォークだのと生ギター1本を引っ掻き鳴らし、
美しくはない声で唄われる
狭小な世界観による他愛ない生活感
=早い話が貧乏臭いレコードに
(大金を)費やせねばならぬのか理解不能!などと思っていた。

かといって外人(英語)だから全て良いというわけではモチロンない。
軟弱なものは論外…?? 
では軟弱って何だ?
自分勝手な尺度や、安易にメディアや友人達の諭旨を
鵜呑みにして来ただけの事ではなかったか?…。

ロックミュージックに関しては傲慢極まりない私に、
それをまざまざと気付かせてくれた作品こそ、
このBeach Boysの、今にして見れば大名盤であり、
すでに古典となっていた
「PET SOUNDS」
その時私は既に30歳になろうとしていた。

ビーチボーイズと言えば、
何だかアメリカ西海岸の、
クルマ好きで、
サーフィン好きで、
アタマ軽めで、
やれホームパーティだとか、
今夜こそ決めるぜ…
的な、軽薄文化そのものな…
まあそんな感じでシリアスさのカケラもない音楽
そう勝手にイメージしていたのだが、
まあこの名作を聴いてしまうと、
これまでの自分の不遜で尊大な態度を
恥じ入るばかりだったのだ。

3兄弟に従兄弟、さらに兄弟の父親がマネージャー(DV父)
という典型的アメリカンファミリーバンド形態は、
時に泥沼の家族崩壊劇や猟奇事件などを呼ぶ事を、
今の我々は充分知っているが、
ビーチボーイズの場合は、
バンドの抱えるストレスのすべてを、
長男でグループの作詞作曲など全てを任されたブライアンの身にノシ掛かり、
難聴→鬱病→分裂病となる中でも、
相変わらずグループの音楽的支柱はブライアン…という異常な状態。

まさにそんなサナカの、ブライアン渾身の作。

発狂寸前=破綻寸前、
ギリギリ極上のポップスがこのアルバムで展開されるわけだ。

などと、この作品に対する思い入れは相当なものなのだが、
これを30歳まで気付かなかったのはやはり不覚であったわけで、
その反動から、それまで無視を決め込んでいたような音楽を、
クラシックやジャズも含め、
後追いながら積極的に聴き込むようになった。

結局何でも広く…にはなったが、
時々自分の本業を忘れるときがあるが、
50歳をトウに過ぎた今に至っても
ロックに軸足がある事だけは忘れないようにしているつもりだ….!?


アルバムの話をしておきながら、ご本人歌唱のデモバージョン。


蛇足ながら、これが全音楽ファン必聴の超名曲「Surf's Up」!!!

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失う街と失わない街

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携帯写真御容赦!である。
どこにでもある、寂れた路地の一角….
実にありふれた情景である。

しかしこれが東京一(日本一?)住みたい街ナンバーワンの

「吉祥寺」

しかも駅前にほど近い路地であるのだ。

3年くらい前に、会社から持たされたガラ携で撮った1枚。
頻繁に往来する場所だが、撮影した理由は不明。
例の事件現場とはJR線路を挟んで反対側だが距離的にはほど近い。

左端に「某牛丼店」の看板が見切れているが、
牛丼店はこの街の、ある意味のメインストリート
=井の頭通り沿いの角であるから、
正面の狭い路地は井の頭通りとは平行に走る裏通り、
つまり「丸井」の裏路地というコトになる。

ちなみに路地に向かわず右方向へ道ナリにずーっと進み、
公園の森を見やりながらなおも進むと、
その緑の景色のまさに突端に、
「ジブリ美術館」がある。

秋田に置き換えれば...
千秋公園から小学校を通り過ぎ、
水道山に進み、その一番奥の崖から斜面の森を見下ろすと、
突然霧が晴れてボンヤリと浮かび上がるトトロの姿…
そんなロケーション感覚だ。

以前も当ブログで記したが、
吉祥寺という街は、私にとって30年以上も前から
「秋田の写し絵」そのものだった。

とても小さな「市」にもかかわらず、
人生の全てを満たすシステムが整備されている。
当り前かもしれないが、駅前に複数の映画館はあるし、百貨店もある。
文教地区と市民は胸を張るが、
実は相応以上の規模の歓楽街もある。
JFLながらサッカーチームもある。
一番の人気は大小様々幾千の雑貨屋&飲食店、
そして豊かな緑。このメリハリの秀逸さ。

秋田も確かにそんな街だった。
美しいお堀の前には、大層な人混みの商店街や百貨店が立ち並び活気に溢れ、
その裏側(中央通り)には金融などビジネス街が形成され、
川を渡れば巨大な歓楽街が控える。
なぜこの美しいバランスが失われたのだろうか?

吉祥寺が吉祥寺らしさを頑固に維持しつつ、ますます発展してゆく中、
秋田は何を得て何を失ったのか?
あまりにもモータリゼーションに偏り過ぎた行政の施策が、
街を虫食いのように退廃させたのではないか? 

うまく言えないが、秋田が立ち直ろうとする為のヒントの多くは、
銀座でも新宿でも渋谷でもなく、
なぜだかこの吉祥寺(武蔵野市)にあるように思えて仕方がないのだ。
私らの年代ではもう間に合わぬかもしれないが、
いつかまた、地味で良いから、誇りある秋田を取り返して欲しいと思う。

そういえば秋田の市長さんも
確か吉祥寺にある大学のご出身でしたよね!


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帽子にまつわるあの話!?

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【ハットトリック】

元来はクリケットで、1つの回の中で3球で3人の打者をアウトにすること。
これを達成したボウラー(投手)には、帽子(ハット)が贈られ
その名誉が讃えられたことに因む。

サッカーでは1人の選手が1試合に3点以上得点することをハットトリックと呼ぶ。
サッカーのストライカーにとって、
ハットトリックを決めることは実力を証明する勲章としての意味合いを持ち、
全世界で定着している。
ただし、プロリーグや国際試合ではハットトリックの達成は非常に難しく、
目にする事はまれである (Wikipedia)。


…というわけで、
私が精一杯のドヤ顔をしたところでどうにもならないのだが、
長年の「香川真司ファン」(彼が高校生の頃から)としては、
その予想外すぎる偉業に対し、
やっと&ようやく「ドヤドヤドヤドヤ…!」と、
早朝の雪空に向かって雄叫びたい、
体調不良の50代男子!?であるのだった。

特に1点目が決まった瞬間は、
恥ずかしくも、涙が一度期にどっと溢れてしまった。
怪我によるオフを挟んだ5ヶ月ぶりのゴール!。
いやはや「泣ける!」

そして、後半に入ると、
それまで背中にびっしりと張り付いていた何かが
一気に取り払われたかような、立て続けの2得点。
もうこうなるとお祭りである!


マンチェスター・ユナイテッドは、
ファンの数が公称6億5千9百万人とされるが(むろん世界最大)、
最小単位で考えても、
今宵(早朝だが)は約6億人を奮わせた男=香川真司の栄誉は
もっともっと誇らしく讃えられて良いはずだが、
納得いかないことに、
朝からテレビのスポーツ枠は
昨夜のWBC初戦=超素人軍団ブラジル相手のドタバタ凡戦そればかり…。
相変わらずの野球大国ニッポンであるなあ…。

P.S. ルーニー選手、2アシスト感謝!
君はホントに良い奴だ!

そしていよいよ天下分け目の大一番、
「チャンピオンズリーグ 対レアルマドリッド第2戦」
(ホーム=オールドトラッフォード)まで
あと3日!


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秋田のワーストを考えてみる

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いつものようにあまり軽快とはいえない「一眼レフ」なり「ミラーレス」なり、
或いはその両方なりの、それなりに嵩張るレンズを装填したカメラなりを
カバンに詰めるなり(クドいぞ50代!)、
さあ今日は天気が良いぞ!と、勇んで外へ出掛けてみても、
どの方向を見ても、そこは雪ばかりの荒んだ光景。
気分もオチコミ、結果、連動するブログも
暗くネガっぽい話題になってしまう。

だから数日前に「雪景色写真禁止!」
を自らに課していたのだが、
写真に関わらずネガネガな気分は、
そのまま文章にも伝播するらしい。

秋田の冬は、どうやら気分を沈静化させるどころか、
しんしんしんしんしん…という白い恐怖の積み重なりが、
思いのほか過重ストレスとなって、
鬱気味にすらさせる効果があるようで、
Suiside率日本一という、有り難くない称号も伊達じゃないぜ...。
なるほどなあ!?と、いまさら実感するわけです。

日本全体の自殺者数は、
どういうわけか毎年あまり変動せず、
概ね3万人くらいだったと思う。

ただしここでカウントされる自殺者とは、
遺書の存在とか、紐などを使った明らかな自傷行為など、
明快かつ客観的に「自殺」と認定される場合のみ。
衝動的にビルの屋上やら鉄道やらにダイビングし、
コトにおよぶ方々は、ほぼ「事故死」と認定(?)され
「自殺」とは区別されるのだそうだ。

帝都に於ける山手線、総武・中央線等々にて、
その行為に及ばれる方々の実数を考慮すれば、
必ずしも秋田がワースト1とは俄に信じ難いほど、
その数は膨大となるのではないか?。

「そこ」にいると、
ほとんど毎日のように電車がアラヌところで不意に停車する。
35年間も、ほぼ毎日電車を利用しているから、
駅のホームで凄惨な光景を目撃するのも9度や10度(!)ではない。
運の悪い日は行きも帰りも、
何らかの事故に巻き込まれるのもしばしば。

そしてそのヒト一人の命を犠牲にした大事件(?)が、
新聞などで報道される事は、特殊な場合を除いて一切ない。
惨劇の現場は、あっという間に駅員達の慣れた手捌きで原状回復され、
鑑識による物々しい調査もないまま
実に呆気なく
何事もなかったように、
日常に戻るのだった。

さて、気付いてみれば自殺率ワーストの我が故郷であった。

自殺は、ほとんどの場合「うつ病」による強烈な
「死にたい強迫観念症状」によるもので、
「ウラミツラミソネミ」とか「世をはかなんで….」などとは別次元の、
単なる「発作」である場合が殆どと言われる。

問題は「鬱」を自覚してないとか、
自覚していても治療してない状態の「患者」が、
野放図にされているという事だろう。

秋田でも多数の民間団体の方々が、
自殺抑制の努力をされてるようで、本当に頭が下がる。
しかし事態の本質は、
カウンセリングなど医療環境的な問題であり、
トドノツマリは行政の責任である…。

やはりワーストのがん検診の徹底と同じか、
それ以上のレベルで
「カウンセリング」による「患者」の発見とケアを
急ぐべきなのは
もはや明らかすぎると考える。

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