ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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自分の知らない自分の素顔

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30数年も東京にいて、ほとんど記憶にないのだが、
秋田にいると頻繁に体験するのが、

「うわー!▽△君でねが?久しぶりだねが…!」

.....無論私は▽△君ではない。

では、私と良く似た残念な「▽△君」というヒトがいて、
いつもそのドナタかと私は間違われるのか?と言うと、そうではなくて、
あるときは○○さん、またあるときは◇◇先生だったりするのだ。

昨日など、後方からずーっと自転車で追ってくるヒトがいて、
何個目かの信号で止まり、横に並ぶと、
私の顔をしげしげ眺めた後、

「あっ、やっぱし違った。△△さんでネガった。失礼した…」。

どうやら私とよく似た特定の誰かがいるのではなくて、
私が誰にでも似てる、ありふれた顔なんだろう…
そう思うしかないようだ。


ギターを背負って街を闊歩してる時代は、
所属の事務所が「麻布台」という所にあって、
これが位置的に「ソ連大使館(もちろん現ロシア連邦大使館)」正門の真向かい。
当時はソ連との外交関係が険悪な時期だったから、
とにかく事務所に行くミチスガラに何度も何度も
「職質」で呼び止められる。

私の顔が、そんな悪辣かつインテリなテロリストに見えるか!?
と逆に問いたいが、髪は肩まで垂れているし、髭もある。
服装もマトモな勤め人とは明らかに違うどころか、
今思えばKYにも米軍系のミリタリースタイルだったりする。

そして何より怪しい大きな楽器ケースを背負っていて、
自動小銃の2丁も隠し持ってるように見えなくもない。
世間的には充分過ぎる「怪しい人」だったのだと思うが、
当人にそんな自覚はまったくない。
「今日は事務所に行く日だから、
ソ連を(警官を)刺激するような格好は控えよう…」
なんて、微塵も思うはずがないのである。

そんなオバカな時代からさらに10年くらい経った頃、
私は友人にまんまと騙されて

「自己啓発セミナー」の説明会に参加していた。

次々に不思議体験なイベントを見せられた後、
初対面の無作為抽出な異性と向かい合い(実は相手は組織の人)、
お互いの隠さざる第一印象を遠慮なく言い合ったり、
口汚くノノシリ合ったり、逆に褒め合ったり…。

実社会ではあり得ない状況だから、
その相手に対して完全に気を許してしまい、
深層の悩みや問題事を、告白したりする場合もあリえるだろう。
そこの部分こそが、組織の真の目的であろうし、
弱みを晒したことで、ビジネスが発生する...

神様や教祖なき宗教ビジネス…というところが
その数時間体験で明白に理解でき、
セミナーへの入会を固辞した。
あとあとかなりしつこくされ辟易したけれど、
まだ携帯電話がない時代で助かったかも....。

ただし感謝すべき有益な部分もある。
他人から見る自分の存在や印象は、
自分が思ってる自分像とは、相当に大きな隔たりがあるという事。
そしてその隔たりの部分を、
しっかりと自分で把握し埋めておくことで、
もっとヒトとうまく関われるのではないかと考え、
以後、営業本部的にはそれを心がけている。

自分が感じるのとは明らかに違う印象の自分が、
無意識のまま、街を闊歩し、
本来は自分とは似ても似つかぬ他人と見間違われる…
そう考えるとなんだかわけもなく楽しくなったりする。

さてご理解いただけるだろうか?

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あまり思い出したくない時代も、ヒトにはあるのだ。

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大昔…秋田にいた最後の年の暮れ、私は予備校に通う一浪生。
もはや受験勉強も最後の追い込み。
大事な大事なその時期に、なぜだか私は、
今は廃墟の産業会館で、どなた様かまるで記憶にないのだが、
ジャニーズ系アイドルバンドの前座をやらされていた。

こんなことしてちゃやっぱいかんわなあ、マズいよなあ、焦るなあ…
などと思いながら、ステージ上から100%女子客の、
「オマエラナニモノ?」という、
白々とした視線を感じながら、主催者に依頼されるまま、
ベイシティローラーズだとか、
そんな系統の営業ソングを演奏していたんだと思う。

当時の私は、まあ受験生ということもあって、
特に決まったバンドで活動してるわけではなく、
仲間たちがそれぞれ大学のサークルやら、
それこそ現在August Moon/Portoでご活躍の三ツ井さん辺りを中心とした
秋田のメインストリームな、明るく華やかなバンドシーンから、
私は明らかに道を踏み外しており、
悪徳プロモーター絡みの、薄汚いイベント専
ドブ板バンドマン…
そんな感じだった。

何かあると「今晩空いてる?」って、適当に招集され、
リハーサルどころか、時には打ち合わせすらないぶっつけ本番で
「やっつけ仕事」な、そんな腐りきった環境にいたことを、
実に長いこと、すっかり忘れてしまっていた。

その後、東京でも似たような暗い時期もあったが、
実はそれ以前の17〜18歳な秋田時代に、
それは既に体験済みだったことになるのだった。

アングラならまだ良い。
彼らは信念を持って自己満足的難解芸術に耽るのだから、
それはそれで幸福じゃないかと思う。
彼らの苦労話(貧乏話)も楽しそうだ。

ところが「営業音楽…」には楽しさも醍醐味もないし、
友情も絆もない。
死んだサカナのような眼をしたバンドマンたち...
きっと自分も同じ眼をしてるんだな、と思うとゾッとした。

この方々も、子供の頃から楽器習得に情熱を傾け、
ソリストとしてコンクールで優勝したり、
名門ブラスバンドの花形であったり、
その後、音大に進学したり、ボーヤさんという付き人などしながら
苦しい思いを重ねて、楽器演奏を極めた方々のはず...。

それなのに、
僅かなギャランティ…ただただ手早くやっつけて、
とっとと帰ろう。
またどこかの現場で逢ったらヨロシクね…。

深夜の錦糸町キャバレー街を、ギターを背負い、
右手にアンプ、左手にユニットケース(スーツ&靴ケース)をぶら下げ、
足早に駅に向かって歩きながら、

「早く抜け出さなきゃいかんな、こんな生活…」と思うのだった。

秋田時代、東京時代にまたがるこの時期の記憶は、
現在では殆どスッポ抜けていて
うまくデフラグしないと繋がらない記憶の断片ばかりだ。
昼間は学生だったこともあるが、都合の悪いことは簡単に忘れてしまう、
実に都合の良い体質のようだなワタシは…。


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もうひとつの「あまちゃん」

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2013-/7/27 @CLUB SWINDLE AKITAでの「KBA48」の勇姿!

「実際にはあり得ない、
生バンドによるド迫力のAKBナンバーが体験出来るんだから、
今日のお客さんはシアワセモノだ!」

なのだそうだ。
まさしく仰る通り。
そういう気丈さが、今後の人生で大いに役立つかもよ…。
がんばって!



生まれて初めて「NHK朝ドラ」…
すなわち「あまちゃん」を現在一話も漏らすことなく見続けている。

私としては何たる堕落。
とても東京の家族にゃ言えねえぜって、そんな心境だが、
日本全国の20%強の方々同様「あまちゃん」を大いに楽しみ、
毎朝一喜一憂しているわけだ。

ちなみに現在の政権党の得票率ったって、
所詮投票率50%ちょい(秋田県は38%…)の中で、
さらに30数%の得票。即ち全国民(有権者)の14~15%ポッチの得票で、
なんと議席の60%以上を確保するっていう不条理ミステリー。
まあこれは野党のふがいなさでもあるわけだけれども、
少なくとも「あまちゃん」ほどの支持率は
「あべのみくす」にはないわけですな!。

私も若い頃の数年間、なんと「THE 芸能界」の、
しかも奈落に近い位置に、どっぷりと浸かって働いていたから、
実をいうと、様々な現場で「影武者」なんて話は日常的に存在してたように思う
(失礼、あまちゃんを観てないと何のことか分らないですね)。

「知的財産ナンタラカ権」なんて、今ほどウルサくない時代でもあったし、
こんな『ズル』なんて、そこら中に転がっていたと思う。

業界を下支えしているのは、基本的に
「食うや食わず」の貧乏作家や音楽家たち(今で言えば芸人さんなんかも)だから、
「現金買取」って言葉にはメッキリ弱い。
1年後に、果たして入るか入らぬか不明な印税とやらを待つよりも、
滞ってるアパート家賃決済と、当面の食事が確保される現金数万円の魅力。
そちらに走らないわけがない!。
(延々待って、遂に来たぞ印税…17円!なんてザラにある話)。

ワタシなんて普通に1曲3000円とか、居酒屋1回分…で、
簡単に売り渡したことすらある…
写譜屋(清書)より安いぜ!。

そんな私でも許せないヒドすぎる事例もある。

当時私は、所属していた事務所(プロ)の関連会社で、
ある有名作曲家Hが主宰する「歌謡スクール」なるところに
週に一度出仕し、バンドで歌手のタマゴたちのレッスンの伴奏をしたり、
持ち歌のアレンジなどする仕事にありついていた。

そのタマゴたちの中には、既にデビューのお墨付きをもらい、
デビュー曲も録音済み。後はタイミング待ちという段階の女子もいた。

既に一年以上も、いつ出るか分らないデビュー予定曲(当時から名曲と評判だった)を
じっくりと情感込めて、見事に唄い込んでいた。

ある時、不意にデビューの知らせが届いたらしい。
ただし何故か、さる中堅プロに強制的に移籍。
そして、なんと…彼女のデビュー予定曲を、
その中堅プロの先輩歌手に譲れ…という条件だったらしい。

詳しいやり取りの経緯は良く知らないが、
相当抵抗したが、どうにもならなかったと、後に当人から聞いた。

結局彼女はB面予定曲をA面曲にしての中途半端なデビュー。
それでも実力派ゆえに、そこそこ売れたりなどしているが、
すぐに表舞台からは消えてしまった。

一方、彼女の勝負曲は、中堅プロの先輩歌手の歌唱に差し替えられ発売。
コチラは誰もが知る大ヒット曲。
そこのあなたも(?)一度くらいは、カラオケで唄ったことがあるような、
オシモオサレヌ昭和の名曲、その先輩歌手の代表曲となり、
中堅プロは大手プロに急成長。

社長は会長になり、今では「業界の実力者」として、
やれ、誰それを追放したとか、ごり押ししただのと語られる人物。

「あまちゃん」面白いんだけど、そんな業界のとってもリアルな影の部分が、
上記の体験を思い出させて、結構つらかったりする。

何とかKYON²春子ママには、昔の分も含めて、
太巻を責めたて、ギャフンと言わせて欲しいものだ。

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八月の月は黒かった!

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2013-07-27 LADY KABA VOL.1 @ CLUB SWINDLE AKITA
例によって、幼馴染み+昔のギターカリスマバンド
=SOUL BROTHER=AUGUST MOONの、激レアな(?)前室ショット!?。



今宵は無茶苦茶「ろいくー」なAUGUST "GROOVY" MOONのステージ。
いつになくソウルフルで変幻自在な演奏を、
いとも簡単にやってのける老獪さは、さすがのサルトビ!?

ライブの後は久々、楽しい酒飲ませてもらいました。
意味分んないけど、AUGUST MOON万歳!

というわけで酔っぱらいに付き、本題はまた明日。

お約束通り(?)todoさん中心で。G_2371.jpg

んで、やっぱ御大MITSUiさんから…C00299.jpg
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素敵な公園とは?

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何の変哲もない、無愛想な街の児童公園(街区公園)。

ココは(かつて)サッカー部のない隣の小学校、中学校のエリアに属すため
サッカー率が極めて低くって、
私にとっては、誰にも邪魔されずに個人練習が出来た場所。

夕暮れ時の、いつもの愛犬の散歩中、
犬は公園の柵につなぎ、
独り、ドリブルや、リフティング、
壁打ちのショートパス練習などにいそしむ毎日だった。

ちなみに長く生きていると残念なことがイロイロ起こる。
小学校は移転し、中学は建て替え…
グランド側にまず新校舎を建て、完成したら、旧校舎を解体し、
更地にしてグランドにする方式らしく、
我々の血と汗と涙のグランドはもはや存在しない…。

勝手に準ホームにしていた秋田大グランドも、
ご存知のように現在関係者以外立ち入り禁止な上、
醜悪極まりない人工芝…。

高校では「サッカーなんて女の球遊び!
     俺の目の黒いうちはサッカーなんて絶対認めない、
     グランドも使わせない」

厚顔無恥にも、そう言ってのけたラグビー部監督(現在は県の同競技の重鎮らしい…)
の徹底妨害工作で、遠征などでグランドが空いてる日も
部員の見張りが立って、断固使わせない陰険さ。
高校グランドに思い入れなど一切ない。

結局、出来たばかりのサッカー同好会は、
みんなで小遣いを出し合って、
公共施設などを借りて使うなどしていたけれど、
それも常に移動のジプシー状態。
八橋だろうが、秋田港だろうが、向浜だろうが、
おかまいなしに走って参上する。
時には野球場、神社の境内なども(代価として施設の改修工事を手伝ったりもした)。
そんなだがら、「ドカタ・サッカー部!」なんて呼ばれもした。

結局、40年(以上)の年月を経て、
変らないのは、こういった愛想も何もない街区公園のみ。

無論今は「野球(キャッチボール)禁止」
    「ゴルフ禁止」
    「サッカー禁止」...。
ゴルフは論外としても、じゃあ何の為の児童公園?と思う。

月・木はキャッチボール専用、
火・金はサッカーボールを使った練習専用…
他の曜日は…??と目的別の公園があって、
そこにアドバイザー的なボランティア・コーチが曜日毎に常駐する…。

そういうのが、素敵な公園=素敵な街作り!ではないかなあ(?)
なんてふと思うのだ。

今はただの「犬の散歩公園」に過ぎないようで、
取り合えず、芝はよく育つようだが....。

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好きなんだから仕方がない

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今、この曲を語るのは、とってもアザトイ気がするのだが、
それでも取り敢えず、人生を通して一番好きな歌。
あまりにベタ過ぎて、テレるんだが、
好きなのだから仕方がない。

この歌が世に出たのは40年前...(wao!)
まだ広小路&中央通りは一歩通行ではなかったし、
その賑わいは最高潮だった時代。

なんと私は高校1年生。
バリバリのロック小僧で、日本のフォークだのロックだのは、
ただ稚拙なだけのゴミ音楽(!)と信じて疑わなかった
(ニューミュージックなる言葉はまだ存在しない)。

そんなバカみたいに無駄に尖ってた時代に、
突然「荒井由実」なる女子がデビューしたことは何となく知っていた。
正直、大して美人でもない普通の19歳のネーチャンが、
東芝EMIの洋楽レーベルからアルバム先行でデビューしたのにも驚いたが
(実際には「返事はいらない」でシングルデビューしていた)

偶然ラジオで聴いた「ひこうき雲」に、
私は不覚にも号泣してしまったのだ。

最初こそ「おっ、いまさらプロコルハルム青い影のパクリか!?」と思ったが、
グイグイ彼女の言葉のマジックに吸い込まれてゆき、
実際の秋田は大雪なのに、目の前にはパアッと青空が広がり、
まっすぐな飛行機雲の白い線がすこしづつ引かれてゆく…。

今までこんな大きな唄なんてなかったから、
相当に驚きショックを受けたように思う。

少しして、学校の文化祭用のフォークっぽいバンドに誘われた。
当初はガロかよ!チューリップかよ!赤い鳥かよ!
こちとらロッケンローラーだぜ!?と悪態をついた覚えがあるが、
「荒井由実…演るならOK」で、あっさり加入した。
しかし、まだ「荒井由実」など全く世に知られてなかったから、
あんまりウケなかったけどね。

彼女がブレークしたのは、それから3年近く経って、
3枚目のアルバムが出た、さらにもう少し後の
「あの日に帰りたい」とか、「いちご白書をもう一度」の作者として、
一般に知られるようになったと思う。

その後、残念なことに「松任谷由実」となって以降の曲には、
一切の興味を失った私。
狂ったのは私の感性なのか、彼女の感性なのか...
たぶん前者だろうな。

ただ、数年間だけだが、ギタリストに図らずもなってしまった以降は、
どうせなってしまったからには、ユーミンのバックバンドに入りたいなあ…
なんて思ってはみたけれど、それはさすがに叶わなかった。
茂さんとか正樹さんの業界ナンバーワンの壁は滅多ことでは崩せません!

気が付いたら、わりと長くギター担当していたアイドル系歌手の娘が、
一旦プロダクションを辞めた後、
ユーミンのバックコーラスで業界復帰していたのには驚いたけどね。
今ではコーラス界では第一人者らしい…。

いずれにしても、近頃やけにテレビでこの曲が掛かるが、その度に私は、
まるで初恋の娘に、突然街で逢ったかのようにココロ取り乱し、
しかしイイトシなんだからと必死で平静を装う、
そんなおバカなオヤジなのであった。

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ザキの真髄

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神事としての詳しい由来は全く知らないのだが、
取り敢えずミナト土崎の勇壮な祭である。

個人的には、
長髪で、髭などウッスラ生やし始めた(夏休み直前ゆえ)高校生の頃、
思いっきりケンカを売られ、
ボコボコにされた忌まわしいトラウマがあるだけに、
無意識に緊張感を感じながらの祭見物なのだが、
まあイイトシしたオヤジゆえ、ムッツリノッソリ、
ビールなど飲みながらマツリ見物などを気取っているものの、
実はいつ浴衣に雪駄の旦那衆に、
ウシロから突然パコーンと襲われるのか
気が気でなかったりするのだ。

そんな阿呆なトラウマはともかくも、
湊町”ザキ”の本領を、トコトン楽しめる
非常にクオリティの高い祭であるのは間違いない…
チョット怖いけどね。

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家族団欒ロックンローラー

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この男が、また(11年ぶりに)来日するのだそうだ。

ただしその11年前の2002年来日公演には私は行ってない。
行ったのは記録によると90年と93年。
90年はたまたま「東京ドーム」の近くで仕事をしていて、
「ああ、マッカートニー…来てるんだったなあ」
なんてかるーく思っていただけなのに、
帰りしな「ダフ屋」にヒヤカシのつもりで声をかけたら、
突然ドタドタと喫茶店に拉致されて(!?)、
気が付いたら3万円支払ってた。

93年は家族3人で(前売券をきちんと買って)行った。
3人とはいえ、全員でコンサートに行ったというのは、
後にも先にもこの時一度っきりだから、よく覚えている。

子供は低学年だったが、彼女なりに親に気を使ってたようで、
親のCDライブラリにあるビートルズを「気に入った」と言い、
馬鹿な親を喜ばせていたが、
後年、親が全く知らないJ-POPに熱を上げていたから、
本当のところは分らない。
しかもこの日の感想は
「ポールの声より、隣の父ちゃんの唄う声がウルサかった」とのこと。

何となく、こうしたやりとりすべてが「マッカートニー的」だと云える。

圧倒的にジョン・レノン贔屓!の私には、
縁のないはずのユルい図式なのだけれど、
まあ、こういうファミリーな繋がりも…
マッカートニーもたまには良いものかも…と思ったものだ。

むろん、叶うべくもないが、
ジョンレノンのコンサートなら絶対に一人で行き、
独りでムセビナクはずである。

マッカートニーに、そういう憂いは存在しないが、
秀逸なエンタメ・ステージとして、
これ以上のものは世界に存在しない(R.ストーンズが同列か?)。

ただ、あくまで個人的にだが、正直に言ってしまえば、
独りカラオケで、立て続けに30曲くらいビートルズを唄ったら、
マッカートニーライブを見た直後と同じ『爽快感』は得られると思う。
あくまでも個人的な話だ...。

ちなみに一部では「最後の〜」などと囁かれてもいるようだが、
71歳…まだまだこの男は元気でしょう。
第一、本当に最後!と当人が自覚していたら、
あの商売人のマッカートニーのことだから、
必ず、唯一生存中の盟友「リンゴスター」を
ツアーに帯同させるはずだから…。

それが観れるのなら、観てみたいものだ。

取り敢えずポールで1曲といえば、やっぱこれかな...
今ツアーでは「恋を抱きしめよう」と「And I Love Her」
の間で唄われているようだ。


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やさしい街

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アジサイはもう腹一杯かな….?
でもこの色は、凄くない?!



雨があがったら、突然、街が騒がしくなった。
いろんな人達に、良かったね…と言いたい
そんな週末である。


同級生達より1年遅れ、しかも故あって、明日からもう4月…
という切羽詰まった時期に、
慌てて上野行き寝台急行(『あけぼの』だったかな?)に乗って、
まずは取り敢えず上京したのは…

福田赳夫内閣の時代で

ジミーカーターがアメリカ合衆国第36代大統領に就任し

横田めぐみちゃんが拉致されて

マイルドセブンとサムタイムが発売されて

トヨタは「チェイサー」、日産は「スタンザ」

マツダは「ボンゴ」、スズキは「セルボ」を発売し、

王貞治がホームラン世界新記録756号を達成、第一回国民栄誉賞を受賞し

邦画は、八甲田山に、幸福の黄色いハンカチ

洋画は、ロッキー、未知との遭遇、スターウォーズ

歌は、勝手にしやがれ、渚のシンドバット、北国の春、津軽海峡冬景色

イミテーションゴールド、フィーリング、冬の稲妻、あづさ2号

酒と泪と男と女、愛のメモリー、青春時代、迷い道...

そんな年だった。

住処もまだ何も決まっていなかったが、
急遽のスベリドメ校(…)も、入学式にはまだ少し間があるので、
取り敢えず、父の勤務先の「東京本社・社員寮」というところに、
当面厄介になりながら、順次対応(?)してゆくことにした。

本郷にあった社員寮に、間借りしている人は居らず、
正式には総務部女子社員の「仲居さん役」が数人住み込んでいて、
旅館並みのサービスが受けられる出張者宿泊所。
基本、東京本社に出張するような人は、会社の中でもエリート級に限られるらしく、
さしづめ、相当に贅を尽くした「秘密の宿」という事になる。

朝・夕の食事は温泉旅館並みに美味い上、
入浴中に布団まで敷かれている状態。

立地条件も最高(お茶の水駅まで徒歩5分)となれば、
慌ててアパート捜しをするモチベーションなど既にグズグズ。
毎日帰宅すると、明るく気障な仲居長に「決まりました?」と訊かれはするが、
こちとら、さして意に介さず、
「なかなか時期的に難しいみたいで,,,明日は少しエリアを広げて捜してみますから…」
なんて嘘もつきつつ、やがて1ヶ月も過ぎようとする頃、
父から電話でドヤされた!。

やがて友人の紹介で「年を越したら取り壊しをする!?」という東京のハズレ、
蒲田のアパートに「1年間のみ」という条件で入居する事にした。

四畳半…洗面所(台所)・トイレ(もちろん水洗ではない)共同、風呂なし。
家賃9000円+公共料金(約2000円)+管理費1000円で計12000円/月くらい。
電話は母屋の大家さんの呼び出し。

狭いながらも憧れの自由気侭な生活は、そうしたわけで、
同級生達よりも、1年と1ヶ月遅れのスタートとなったわけだ。

学校では、さして親しいわけでもなく、
今日初めて口を利いたような連中が、
「君んちに泊りに行っていいかい?」とか、
或いは呼びもしないのに不意に「仮友人たち」が、
ひっきりなしにやって来る。

日本全国秋田以外の人ってのは、こんなにもフレンドリーなのか?
気易いものなのか?と思ったのだが、
やがて理由が判明する。

浪人中からのアパートを追い出された宿無しの輩…
実家がやたら遠い輩(静岡、群馬からの通学者がザラにいた)
シェアハウスがウルサ過ぎて緊急非難して来た輩….など。

シェアハウス(もちろんそんな洒落た言葉は当時なく…タコ部屋…かな?)には
私も行ったことがあるが、
6畳間x2の素通しの部屋に、20人くらいの男が壁に呆然と寄りかかっていて、
四畳半部屋には天井に到達するくらいの段ボール箱(各人の荷物?)が積まれていた。

住んでるヤツに訊くと、「家賃?そういえばココしばらく払ってないなあ…」と、
「誰か払ってくれてんだろ...」そんな調子。

何となくだが、東京というところは厳しいところだけれど、
人懐っこさをハッキすれば、金などなくても何とかなる街でもあるんだな…
そう思うと何となく肩の荷が下りて、何とか暮らしてゆけそうだなあ…
などと、思ったものだ。

とにもかくにも、親からの仕送り5万円。
家賃払ったら残金38000円。
一日の食費&交際費等は1000円以内に抑え、
銭湯は2日に1回をキープ。
足りないようなら即アルバイト。
仕事は選り好みしなければいくらでもあるし
体力にも自信はある!。

そんなスタート時から、ふと気が付けば35年。
ヤレヤレだな。

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それは太陽のせい...

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東京にいる家人から悲鳴が上がっている。
暑・熱・あぢー◇●△∑∇∂⊗∞∅♤♧℗……。
で、そっちはどうなのさ?
いや…そりゃ秋田も…暑いよ(何故か語尾が上がる)…。
夏だからさ…一応…雨だけど...



まだまだ元気に仕事していた頃だから、
気分的にはほんのちょっと前な気もするが、
実際はもう三年も前の夏の話になる。

恐らく摂氏38°くらいの日だった。
案件中営業先とやっと状況進展して、午後2時に本社に来い…と。
本社は東京都西多摩郡瑞穂町と埼玉県入間市の県境…。
バスはあるみたいだが、どうやら工業団地特有の朝&夕に数本のみで
指定の時間帯は「歩き!」しかないようだ。

最寄り駅から徒歩1時間くらい….
まあ、いつものことさ。

38°なのにスーツにネクタイ....
チーム・マイナス2℃!
なんて環境基準を筆頭に、
言わばそんなことを、売って廻っているんだが、
何だこの矛盾!?不条理。

サービス業にクールビズはない。

頻繁に自動販売機の冷えた水を求める。
2~3分で冷水はぬるま湯になる。
その残った水でタオルハンカチを濡らし、アタマに乗せる。
さすがにスーツの上着は、駅を出て最初の1分で脱いでいるが、
汗まみれの腕に脱いだ上着が絡み付く。
途中の案山子にでも着せてしまおうか。

ネクタイの結び目は汗を吸ってギチッとこぶ結びに固まって、
少しだけ弛めるということが出来ない。
無理にはずすことは出来るが、そうすると、
また結ぶ時の苦痛を考えると外さない方が無難な気がした。
サッカーやってって、ハーフタイムに調子こいて、
靴やストッキングを脱いでしまうと、
後半始まりの「濡れたものを履き直す」地獄の苦痛を味わう。
それを知ってるから、靴もストッキングも脱がず、降ろさず我慢する…。

あの暑い夏の「水を一滴も飲めないハードな練習」の苦しさを思えば、
冷たい水をきちんと飲めるだけ楽なものだ。

そんなことを考えながら、陽炎立つ長い一本道を歩く…歩き続ける。
しかしあの時は13とか14歳。今はもう50歳を過ぎたじゃないか…
私の成人病を危惧した主治医は
「散歩…オススメしますよ…軽めでいいですから…」って言ってたが、
毎日毎日これだけ歩きゃ文句ないだろ!ザマアみろだぜ!……。

「それは太陽のせい」ってカミュだっけな?
高校の頃、感想文書けって言うから「異邦人」読んでみたけど、
ハードル高過ぎて全然理解出来なかった。
ただただ、ずーっと暑苦しくて、汗ばんでて、
そのせいか主人公がやたらに脱力しまくってる印象しかない。
しまったサリンジャーにしとくんだった!って後悔したっけ。
今なら何となく「それは太陽のせい」と無気力、分る気がする。

…すこし意識が朦朧として来たか?。
目の前が暗くなって来たぞ。ヤバいかもしれないな。
自販機は?…見当たらないなあ。
さっきの場所まで戻るか?
水がないとホントにヤバいかも…どうする……!。

突然、後方から激しくクラクションが鳴って、声が聞こえる
「おおい!、冗談じゃないよお、あんたあ…死ぬよ!」
「ささ、乗って乗って…うしろの席で横になった方がいい、今クーラー強めるからさ」

どうやらその後30分ほど気絶したらしい。
目が覚めると、親切な運転手さんに数キロ先の目的地まで送ってもらった。

時間に遅れることはもちろんなし。
出された麦茶を一気飲みしたら、なぜだか異様な躁状態となって、
商談は好ましい方向に進んだ。

帰りは時間的にバスあり…それでも1時間近く待ったが….。

そんなことが普通だった夏がまた来た…
取り敢えずは涼しくなるまで「こっち(秋田)にいよう」。

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雨上がりの夜空に

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雨上がりのプレ竿燈(エリアなかいち)…
久しぶりにレンズ遊び=SonyのカメラにCanonレンズを取り付け、
マニュアル・フォーカス(MF)で撮ってみた。
両方の良い面が強調されたいい感じの画になる場合もあるが、
逆に欠点がぶつかり合う最悪の場合もある。
どちらにしても、面倒くさいに違いない。



今更な話で恐縮なのだが、
今から10年ほど前に、所用あって秋田に帰っていた時に、
ちょうど今の「エリアなかいち=病院跡地」をどうするか?
で大議論になっていたから、

私は即座に

『産業会館跡地+木内+キャッスルホテル+日赤病院跡地周辺全てを統合した
 ショッピングモール+ホテル+バスセンター
 ....と答えた事を覚えている。

これはもう鉄板というか、今更当然すぎる意見だろう!
そもそも県都でありながらバスセンターのひとつもないのが
不自然なのだから…

県都と地方を結ぶ集中ターミナルが出来れば、
そこにヒトが集まるのは必然…と確信したが、
なんと地元の方々にはまったく相手にされず、
完全に黙殺された。

「産館跡にはマンションが建つ予定」
「木内はどんな提案をしても動く気なし!?」
「病院跡には美術館が有力?」…
そもそもオメエは秋田のモータリゼーションの大発展を知らねべ!。

ココラの地所は、殿様だの家老だの、時の為政者だのの私利私欲の為に、
散々、蹂躙され尽くした土地ではないか!
そろそろ本気で市民、県民の為の用途を考えるべきだろう!?と思うと、
咄嗟に「バスセンター」というのが浮かんだのだ。

超自動車主義のこの町この県において、
「バス」の有用性を問うても、
なかなか理解はしてもらえないとは思うが、
秋田市の経済的発展の鍵は基本的に「他県客」ではなく
「同県客」にあるはずだ。

ところが今や山や川の向こうの方々にとって、
秋田市中心部は、もはや魅力ある場所ではないし、
行き来する手段も理由もないから、
結局「高速道路」の利を活かして、
もっと賑やかな他県の街へ出るのだそうだ。

だからこそ、あの場所には「公共交通の要衝」と
「歓楽施設(ショッピング、映画館、プールや温泉など…)や宿舎」
などを統合した「エリア」が必要…と1分で考えついたが、
まったくウケず、
東京から珍しく帰省して来て3日も居ないくせに、
酔った勢いで言いたいこと言いやがる…と疎んじられてしまったが、
未だに間違っていたとは思えない...
あそこに足を運ぶたび、その思いを強くするのだった。


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夢見る頃を”はるかに”過ぎても

2L-01343a.jpg

今でこそ、『ビートルズが好き!』…
と、ハッキリ言える、ある意味開き直ったかのような、
モノゴトの評価をはっきりと断じる図々しさを持ち合わせた年代になったわけだが、
迷える中学生時代には
「ビートルズ以外にも、もっともっと凄い音楽が、世の中にはあるのだろう!?」
と信じて疑わぬ「夢見る頃」があった。

中2の頃になると、
元ビートル達のソロ曲がヒットチャートを続々賑わすようになって、
もはや崩壊した「ビートルズ」にしがみつくのは、
なんとなく未練がましいくて、カッコ悪い…
そう考えるようになって、

「脱ビートルズ」.....

これが自分にとって火急の問題となるのだ。

で、初のビートルズ外アルバムの購入が誠に重大な案件となる….。
候補に挙がったアルバムは

Rolling Stonesの「スティッキーフィンガーズ」
CSN&Yの「デジャヴ」
テレビ(NHK)で解散ライブ映像を観たばかりの
Creamの「LIVE Vol.2」。

結局半年以内にこれらは全部揃うことになるのだが、
どれが一番先か!ということで、今思えば、
その後の音楽観・世界観までもが大きく左右することになると思うが、
私の場合は、秋田駅前にあったレコード屋「全音」で、
例によって2時間も3時間も、
さほど広くはない店内をウロウロウロ…しながら、
「どれにしようか」悩み苦しんだ挙げ句に選んだのは、
なぜか選外の筈だった…

Neil Youngの「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」

そして、この時期にこのレコードを選んだことを、
なぜか未だに誇りに思えるのだ。

マーチンギターの、キラキラした音の粒を初めて知った
A面1曲目の『Tell Me Why』今でも胸躍る名曲。
そしてエレキギターが妙に身近に感じられ(下手だから?)、
自分でも弾いてみたいと強烈に思わせた
『Southern Man』の音の洪水(混沌)。

結局、直後にアコギを親にせがんで買ってもらって、
必死に覚えたのが、このアルバムの歌詞カードに添えられていたコード進行!。
同時に喉を極端に絞って唄うスタイル…。

自分の原点というか、限りない恩敬を感じる名盤なのである。


1.テル・ミー・ホワイ - "Tell Me Why "
2.アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ- "After The Gold Rush"
3.オンリー・ラヴ - "Only Love Can Break Your Heart "
4.サザン・マン - "Southern Man"
5.やがて朝が - "Till The Morning Comes"
6.オー・ロンサム・ミー - "Oh, Lonesome Me"
7.ブリング・ユー・ダウン - "Don't Let It Bring You Down"
8.バーズ - "Birds"
9.アイ・キャン・リアリー・ラヴ - "When You Dance I Can Really Love"
10.アイ・ビリーヴ・イン・ユー - "I Believe In You"
11.壊れた渡し船 - "Cripple Creek Ferry"

追加:数年前に発掘された71年の弾き語りライブ
パーフェクト!!

0:00 On the way home
3:40 Tell me why
6:06 Old man
11:07 Journey through the past
15:24 Helpless
19:40 Love in mind
22:28 A man needs a maid/heart of gold suite
29:07 Cowgirl in the sand
32:52 Don't let it bring you down
35:39 There's a world
39:13 Bad fog of loneliness
42:39 The needle and the damage done
46:32 Ohio
50:15 See the sky about to rain
54:20 Down by the river
58:30 Dance dance dance
01:04:17 I am a child

All Rights Reserved To Neil Young
2007 Reprise Records, WMG

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哀しい現実

DSC06892.jpg
お気に入りBest5には入るだろう土手の散歩道。
東京調布〜三鷹あたりに「野川」っていう、ココとよく似た
河原の土手の、やはりお気に入りポイントがあるのだが、
はるかに(秋田の)こちらの方が風雅で素晴らしい。


秋田の、とあるショッピングセンターで、
どうしても見つけれない商品の在り処を、
インフォメーション・カウンターのオネエさんに尋ねたら、

「少々お待ちを…」と言って、
オネエさんはフットワークも軽快に席を離れ、
アタリをつけたと思しき方向に、ササッと走り去ってしまいます。
そ、そんな慌てなくても…と多少面食らいつつ、
私はカウンター前でしばし待つことにします。

すぐにオネーサンは戻って来ると、
「お客様、大変お待たせ致しました!こちらでございま~す」と、
私ではなく、たまたまカウンター前に居合わせた
「ご老人」を連れて行こうとするので、
オイオイオイ!と…。

確かにその「じっちゃん」も、
私と同じような麦わら帽を目深に被ってはいたけれど、
それにしても、それはないだろう!と…。

ただし時々全身が映る鏡など見ると、
我ながら「どこのジジイ?」と思ってしまうのも事実だから、
間違えられても仕方ないのかもしれないなあ、
印象としては違いないものなあ...
と、認めざるを得ない部分もないではないが、
やはり哀しいに違いはない。

だいたい自分を振り返って、20歳くらいの時には、
50歳の小ジジも60歳の中ジジも、下手すりゃ70歳の大ジジも、
殆ど区別などつかず、全員ジジイに代わりはないし、

そもそもハタチの身の上からすれば、
30歳とか40歳なんて、限りなく「中年オジサン」で
「老いぼれ」に違いなく、
そしていつも「敵」だった。

奴らは、我々のやることなすこと全てを忌み嫌い、
文句ばかりつけながら、その実、興味津々なくせに
「阿呆」呼ばわりして安心のエリアに逃げ込む。
そしていつも上から被せるように
「自分らが若い頃はなあ…」と語り始め、
それをあたかも正しい行動規範のように盛り込みつつ、
我々年代に刷り込もうとする。

ハイハイ分りましたよ、凄いですね…とその場では調子を合わせながら、
その実は、昔話ばかりの、そんなみっともないオヤジになどなるものか!
と腹の中では思っていたものだが、
なんとしたことか、ふと気付けば、
見事に同じような、口うるさいわりには行動が伴わず、
脇がアマイ(脇がクサイ?)ダメダメオヤジに成り果ててしまった。

そして、さらにいつの間にか.
50だか60だか、70だか判別つかない、
渇いて、表情に乏しい老人に成りかける。

ハーフパンツに、クロックスを履き、
オレンジのPOLO、STUSSYの麦わら帽...
それに斜め掛けのメッセンジャーバッグ…
それでも(だからこそか?)麦わらだけが共通のジッちゃんと
普通に間違えられるわけで…
それが哀しい現実。
ヤレヤレなのであった。

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