ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
MENU

睨み合い?

6977.jpg

遂に魔人様の狂宴!…。

写真のずっと奥側にある秋田の桜の名所「千秋公園」に出掛けるはずが、
どうしたことかここで力尽きリタイア…。

熱はどうやら下がったけれど、相当に運動不足のようで、
どうにもこうにもカラダのアチコチから悲鳴が上がり、
公園敷地に入る直前の当所で断念。

その代わりに「2つの大魔神の睨み合い」が見れて、
密かに異様な興奮を覚えつつ、大満足に身悶える、
本来分別あるはずのド中年(イヤ初老か?)オヤジであった。

1968年落成の旧県立美術館(左端の建造物)を、
当時その裏手の小学校に通ってた、まだランドセルに半ズボンの我々は、
出来たばかりの美術館のその形状から「大魔神!」と呼んでいた。

そしてアレから幾星霜…ついに両者がお堀を挟んで対峙する!。
まさに大興奮の歴史的瞬間なのである。

「角川大映映画展」という展覧会のモニュメントということらしいが、
角川と大映の、どこがどうなって共催なのか、実はわけが分らぬが、
まあキョウビの金融機関の統廃合併のような関係なのだろうが、
そんな大人の経済的なツゴウなど、コチトラはサッパリ預かり知らぬことで、
できれば「大映」と「角川」は全く別物、それぞれ別個に企画して欲しかったと思う。

ガメラや大魔神はもちろんだが、大映独特かなりダークな世界観に満ちた
「座頭市」、「眠り狂四郎」の世界も私は大好きだった。

出来るなら、今やゴーストタウンと成り果てている
秋田の映画街(有楽町〈!〉)の一番手前の角にあった「秋田大映…」。

建物はまだ現存するのだから(秋田パンテオン=空家)、
何とかイベント中だけでも復興して「大映映画祭」を開催して欲しいと心から願う。

「大魔神」を観に行って、翌週予告で「眠り狂四郎」の
暗くてエロいポスターやスチルに、何だかザワザワと、
いい知れぬ興奮を覚えたあの時代…

道を横断すればコチラは東宝の「ゴジラ」と「クレージーキャッツの無責任シリーズ」!。
大映と異なりやけに明るくカラッと乾いた2本立て!。

いやはや良い時代を過ごしたモノだと心から思いますよ。



ここ数年の個人的なトレンドは、「極限まで小さな音のライブ」。
その理想は、ロバータフラックのステージ。
Eギターなんて、アンプの音より生音が美しく響く感じが、
歌をより際立たせる...。

一時かなりハマったブリティッシュフォークの雄、ペンタングル
なにが『雄』かって、それはもうこの世界のスペシャルなギタリスト達、
バート・ヤンシュとジョン・レンボーンの飛車角を揃える超贅沢なバンド!。

音楽界のレジェンドで、多くのギタリストからリスペクトされる名手達が、
69年とか70年という、いわば大音量ロック時代のマッタダナカで、
こんなにも小さな音で耳を澄ませながらプレーしている姿!!

まさに贅沢!

当然アルバムも全て名作揃い!。

バートヤンシュは今も精力的に「教会ライブ」を中心に
活動しているようだが、日本には…なかなか来ませんな。
ブルースな名曲I've Got A Feelingを。


PentanglePentangle
(2008/02/26)
Pentangle

商品詳細を見る


Sweet ChildSweet Child
(2005/10/04)
Pentangle

商品詳細を見る



にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

スポンサーサイト

ピンチな春

DSC04830.jpg
取り敢えず、家で咲いてた椿の花….これはこれで嬉しいのだが...。



あいかわらず、今が盛りと思われる「秋田のお花見」に、
まだ出掛けれていない。

思いのほか、発熱と血圧がキツくて、殆ど動けないと云うか、
動く気力というのが全く沸かないのだ。

残念ながら、今のところは「ぼっち」だし、
まあ誰かを誘っても、結局迷惑をかけるだけだし、
またヒトのペースで歩いたり、行動したりも今はしんどいので、
「ぼっち」のまんま、大きな桜の木の下に「ドッコイショ」と腰を下ろし、
「ワンカップ酒」など呑みだすと、花びらがハラハラと酒に落ちて
「こりゃ風流だね」などと独り言を言う。
隣で大勢さんで騒いでる団体さんに、微笑などクベながら、
秋田の遅すぎる春を満喫してみたいだけなのだが、
何だかそれさえ今は適わぬようなポンコツ具合に、
自嘲するしかない。



気持ちが何となくダウン気味な時は、
とびっきり明るい音楽を聴きたいところだが、
何故かいつもこういうのを選んでしまう
「Nick Drake」か、「Joy Division」。

というわけで今日はニック・ドレイクのピンク・ムーン…。

この歌に魅入られて、何十回も狂ったようにこの歌を聴き、
自分で虚空を見つめて、ギターを弾いて唄ってたこともある....。

今とは比べ物にならないほど絶望して苦しんだこともある。
病気なんて、それに較べりゃあ、どうってことない…。

3枚のアルバム(どれも名作)を残して26歳で死んだシンガーソングライター。
死因はうつ病によるトランキライザーのオーバードーズ。
事故か自殺かは不明。

非常に簡素で短くてシンプルすぎる歌声が、沁みる沁みる沁みる…
Pink pink pink pink Pink Moon…




Pink MoonPink Moon
(2000/06/15)
Nick Drake

商品詳細を見る

にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

お花見計画大作戦

DSC09424.jpg
若い頃のサッカーの試合では、無闇矢鱈とダッシュ連発して、
そのせいで試合終盤にはヘトヘトになって、
もはやダッシュなんて効かないよお!という情けない状態になるのが分っていても、
ならば少々手を抜いて終盤までパワーを保たせよう…なんてのは言語道断、
どれだけ走っても疲れない体躯を作るべく、さらに走って走り抜くのだ!…

これが30歳過ぎたオヤジ・フットサルの時代となると、
そうとう コズルくなって、100%トップギヤのロング・ダッシュは1試合1本だけ。
70%2速ダッシュなら3本まで(一日3試合くらいやる)…。
そんな制限を自分の中に設けて実践してこそ、結果としてきちんと自己管理された、
内容の良い試合が出来て、翌日の仕事にも影響を残さない…。

な~んて云いながら、実際にはそんな冷静なモノではなくて、
いつも「しまったやり過ぎた」…と、後悔するのである。

翌朝、見事に足が腫れて、まさに仕事に支障を来たし、
成田空港の出国ロビーを足を引きづりながら、
大きな鞄をぶら下げ歩かなければならなかったりする。………

一体何が云いたいのか?というと、

つまりは「お花見」なのである???。

現在体力絶不調状態。
歩いたところで10分足らずの「千秋公園」のお花見にすら、
まだ行けてないのだ。

無理すればいつでも行けないこともないけれど、
今となっては少し気遅れるほどの「坂」を上がり二の丸…
さらに階段を上がって本丸(標高40m)…。
相当ふらつくことだろうが、歩けないこともない。

しかし今の体調では、そのあとアチコチ弱り切った箇所が悲鳴を上げ、
1週間近くは殆ど動けない感じになるだろう。
下手をすると夏までズルズルと動けないかもしれない....。

そうしたわけで、不憫にも「お花見」のチャンスは一回のみ!
そしてそれは未だ満開とはなり得てない今日明日ではないということだ。

しかしピンポイントで、最良の日程が最高のコンディションとは適わない。
その日は曇りかもしれないし、昨年のように氷雨模様かもしれない。
それでもチャンスは一度きり。
シャッターポイントも予めピンポイントで、構図まで考えておかねばならないだろう。
全ては絶不調なこの体調のせい…
ホントに困ったものだ。



先日亡くなったJesse Winchesterのお仲間というのか、
いわゆるThe Bandを中心としたWoodStock系シンガーソングライター達
(あのフェスティバルとは関係ない)のテーマソングでありつづけるこの曲を、
もっともそれらしいボビー・チャールズの歌唱で…。
彼も2010年に逝去している....。


ボビー・チャールズボビー・チャールズ
(2013/10/16)
ボビー・チャールズ

商品詳細を見る


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

優しく怒る人の死

JESSE_WINCHESTER.jpg

ジェシ・ウインチェスター(Jesse Winchester)が、去る4月11日、
食道ガンで亡くなったとのこと。享年69歳。
何故か先月辺りから誤報が連続していたが、
残念ながら、今回は本当らしい。

現在来日中のボブ・ディランをして

『最高のソングライター!』

と云わしめたり、

徴兵拒否→カナダへ逃亡→恩赦…

などというエピソードにはあまり興味はないが、
元来カナダ人のロビーロバートソンのプロデュースの元、
THE BAND周辺人脈によって、録音された70年作の名盤
「Jesse Winchester」は、
帰れない故郷アメリカ南部への望郷の念を強く感じさせる….いや、

メチャメチャ帰りたいぞおー
ホントは後悔してるんだぞおー
バカヤローアメリカ!
バカヤロー自分!…

と、いう強烈な思いを無闇にワメキ散らすのではなく、
極めて静かに表現した作品となった。

南部独特の黒人ブルース、R&B、ゴスペル、
白人カントリー&ウエスタン、
さらにはネイティブ・アメリカン(早い話がインディアン!)の
ケイジャン〜マルディグラまでの豊潤なアメリカのルーツ音楽が
ミックスされ凝縮されたようなサウンドをバックボーンに持ち、
あくまでも彼らしく、穏やかな声で語りかけるように心に響く歌...。

ジャケット写真も、どこか「逃亡中」な侘しさが漂う。
見方によってはビリーザキッドのWanted=手配写真のようにも見える。

私はこのアルバムを含めても、実は彼のアルバムは3枚しか持ってはいない。
つまりはその程度のリスナーに過ぎないのだ。

しかし時代の節々で、彼は私にとって、とても好きな「歌手」であり続けたし、
新作も気になりながらも、時代的に「英盤屋」ばかりに通っていた為に
「米盤」の彼の新作には、なかなか手が届かない時代というのもあって、
不幸にも真面目に聴けてはなかった。

それでも90年代のいつ頃かに購入していた(時代不明)コンピレーションCDと、
81年作のベアーズヴィル最後の盤(日本発売された)、
そして件の同名アルバムのCD再発盤は、
古き良きアメリカンロックの時代を彩るキラ星のスター達(!)

Bobby CharlesやJohn Simon、Eric Justin KazやAmerican Flyer等々といった
良心達(マニアしか知らないかな??)と同様、
今も自分の愛聴盤となり続けるのだった。
 
今回、彼の訃報を聞いて、YouTubeあたりに探りを入れてみたら、
もう、何ということだろう! その素晴らしい歌声に、
あらためてナミダしっぱなしの自分がいた。

晩年の彼は、怒りや悲しみ、自責の念など様々な情念を、
やっぱり昔同様の、優しく穏やかな、そして何より静かな口調で歌い、表現していた。

その中でも、まったく意図したわけではないが、
またしてもエルビス・コステロがホストのTV番組上での
晩年のジェシの…感動的な歌声…。
コステロは呆然とし、隣のニーコ・ケイス(Neko Case)も涙を流している。
観席は、もう今にも号泣しそうな…。

本当に惜しい人をなくしたのだ…あらためてそう思った。
Jesse Winchester "Sham-A-Ling-Dong-Ding"



Love Filling StationLove Filling Station
(2009/04/09)
Jesse Winchester

商品詳細を見る


ジェシ・ウィンチェスタージェシ・ウィンチェスター
(2013/10/16)
ジェシ・ウィンチェスター

商品詳細を見る

にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

支那そば血風録

10d5927b.jpg
3年前、当分帰れぬ東京の、想い出の味を食しておこう!…
と、いうことで訪れたのが「荻窪・春木屋」。
軽快で明るく、華やかな芳香と味で、世界中の誰にでも勧められる名品!
しかし個人的には華やかすぎて、途中やや飽きる(だからやや量は少ない!)…。

それに対し20m隣の「丸福」は、味は不躾で荒々しく、
それが故にあまりヒトには勧められないが、不思議と癖になる味。
ツラは悪いが、がっちり胃袋わしづかみの典型的東京・支那そば。
しかし本家は数年前廃業してしまい、今は傍系店のみ存在。
レシピは同じなのだろうが、口に含んだ時の独特のフクヨカさ、
奥深さが若干異なり、本家廃業を深く悼むのだった。



80年代、世はバブル真っ最中だというのに「ラーメン屋」が、
やたらと流行したことがあり、その火付け役が「東京・荻窪」の
「丸福」と「春木屋」の2大ラーメン店であった。

当時私が勤めていた社屋の窓から、向い側のこの2店舗を
等しく眺められる位置にあったから、とにかく何しろ日がな一日、
お客の列が途絶えない凄い店で、我々も人ごとながら
1日どのくらい売上げがあるものなのか?と、
他人事ながらよく計算していた(概ね600食/日…)。

しかしこの時はまだ「ラーメンブーム」までには至っておらず、
極めて平素な、普通の状態でこの列なのであった。

しかしある事件を契機として、まさに期せずして『荻窪ラーメンブーム』は勃発する。

当時まだ刊行されて間もない写真誌「FOCUS」に、
この一翼である「丸福」が素っ破抜かれた

「日本一のラーメン屋さん巨額脱税!」。

荻窪税務署の「暇人共(失礼!)」は、半年間、飽きもせず毎日客数を数え、
夜中にはゴミ袋を開け、割り箸の数をカウントし、
脱税額を割り出し告発したんだそうな….。

ところが、コレに端を発し、「日本一のラーメン」とやら!を食しに、
東京都内はもちろん、日本全国からラーメンファンが荻窪に集まるようになって、
80年代後半の荻窪駅前は、ラーメン店の夥しい人数の列と、
オウム真理教のケタタマしい街宣の音(連呼系のあの歌!)で、
騒然とした街となってしまった。

当然、その頃のラーメン店ランキングでも「春木屋」と「丸福」は
1、2位を争う人気店に違いなかったが、実はこの2店舗のほぼ中間点に
「佐久信」というラーメン屋もあった。

店内に入るといきなりウミガメとか鹿のクビの剝製が飾ってあって、
不気味感が漂う。

店主はいかにもやる気なく、昼間入店するとオヤジは不機嫌そうにくわえ煙草で
まだ500回にも達してない「笑っていいとも」を眺めていた。
そして常にラーメンは延びきったモノが出される。
大体出された物を残すことなどあり得ない、食いしん坊な私でさえ、
「ウーム、コレは食えぬ!」と残すほどである。
一度入ったら、もう2度とは来ない店の典型。

ところが2大人気店の中間点にあった「佐久信」は、その地の利を生かし、
2店の列並びに辟易したお客を巧みに取り込み、堅調に営業していたのだった。

ある時、全く同じ理由で「佐久信」に「愛川欽也」というお客が来て、
あまりの不味さに悲鳴を上げるが、ここで彼らしいアイデアがひらめいた。

日本1、2の店に囲まれた最高立地の残念店、
しかしここに最高のラーメン屋のノウハウを注ぎ込めば!….
資金は、バブルに沸くテレビ局がいくらでも出す...。

というわけで、忘れもしない「突然バカウマ!」という糸井重里作のキャッチコピー、
山本益博など料理評論家たちによるアドバイスをベースにしての店舗改装、
そして両2店とはかち合わない必殺レシピ、などで店は生まれ変わり、
沿道の3店ともが長蛇の列が出来る超人気店になった。

ところがである…
店の人気とは関わりなく、杉並区の土地であるこの駅前エリアは、
まもなく駅前再開発工事を控えていて「丸福」「佐久信」を含むエリアは
「立ち退き」せねばならなくなっていた。

「丸福」はすぐに動いた。20mほど駅から離れることになるが、
新しく出来たビルの1Fに移転した。
コレまでの客を辛うじて逃さない絶妙の距離!。
実に見事!としか云うほかない。

ところが期せずして「突然大人気店」となった「佐久信」は
一向に立ち退く様子がないまま、さらに間の悪いことに、
伊丹十三監督作品「たんぽぽ」のモデルともなり、
やがて強引に工事が始まって、歩道は外され、並ぶ場所さえ奪われ、
周りは重機によってすっかり平地になっても、
頑として一軒だけの営業を辞めようとはしなかった。

そして遂に、どこか近くに引っ越そうかということになったものの、
周辺の、既に立ち退いた夥しい数の店舗が、
近所のビルというビルに入居したから、佐久信の営業出来るところが他にない…。

一旦は世田谷の方で新規オープンしたと聞いたが、
結局は廃業したそうだ。

愛川欽也氏が余計なことをしなければ、もっと早くに潤沢な立退料などを貰って
悠々自適な生活を送れたかもしれないのに、
工事が始まってしまって以後の移転は、充分な保証料もいただけなかったと聞く。

今では「丸福(本家)」も跡継ぎがおらずに廃業したが、
「春木屋」は益々繁盛中とのこと。
いつの間にか新手のラーメン店が荻窪に大挙進出しているが、
あえなく撤退という店も多い。
某全国チェーン(秋田市にも数店舗ある)の本社まで進出してきたらしい。

蛇足だが、この3年間で秋田市のラーメン店にも、
まだまだ数十店舗ながら食べ歩いているが、
残念ながら「これは東京の連中にも食わせたい!」と思うラーメンには
不幸にも未だ出会っていない…。
辛すぎる醤油が合わないってこともあるかもしれないけれど…。



さて、私の音楽人生を、変えたといっても差し支えない
「Public Image Ltd=P.i.L」である。

メタル缶に入った12インチシングル3枚組の、この曲を聞いた瞬間、
私にとって全ての楽器のメソッドは無駄になり、
コレからは全てがセンスだ!!と信じるようになった。
ギターのKeith Levine、ベースのJah Woobleは当時の私にはまさに「神」だったな。


Metal Box (Vinyl Replica Edition)Metal Box (Vinyl Replica Edition)
(2009/12/22)
Public Image Ltd.

商品詳細を見る


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

モノノフどもが夢のあと

IMG_0087.jpg
えーと、北国は、今がやっと「梅見頃」なんです。
熱でフラフラなのに私は何をしとるんじゃ?って感じとるとですばい。
(さっき九州の義父母と電話してたら...うつるんです)



少し前に、いつものように秋田駅前に買物に出たら、
アゴラ広場っていう多目的イベント広場(というか空き地?)で、
何やらケタタマシク音楽がなっているので、元々が物見遊山な私は、
ナニナニナニ?と入場してみると、名前は知らぬが
地元アイドルグループというのが踊っていた。

正直「なあんだ…地元…か…」と、ちょっと失望したのだが、
客席前列で一心不乱に踊り狂う、今は何と云うのか分らんが
(ファンクラブ?親衛隊?モノノフ?)の男子の集団の激しい動きが面白くて、
そちらの写真を撮ろうとしたら、いかにも軽そうなスーツ姿の男が

「写真ダメ!」と叫びながら私に飛びかかり(ショルダーチャージ!?)、
レンズに汗ばんだ手のひらを擦り付けてきます。

大概のことには腹など立てない私ですが、この強引さと、
申し訳ないが「ナニサマ?」という気持ちもあって、
私も大人げなく少々逆上します。

しかも私はこの親衛隊君達にレンズを向けてたわけで、
何だか納得が行かないまま怒りが込み上げます。
「撮影禁止とさせていただいてますのでご協力ください」と口頭で言えば良いだけなのに、
何故暴力的とも思える実力行使に出るのか?…。

大人げない私は「オマエらジャニーズか!?AKBか!?ざけんじゃねえや…」と、
小声でぶつぶつ呟きながら、そそくさと買物に戻るのだった。


...と、云いながらも、私もアイドルの仕事はイヤと云うほどしてきたが、
「親衛隊側」の立場にはツイゾまわったことがないので、よくわからないのだが、
何しろ彼等のマナーの良さは尊敬に値する!と感じていた。

まあ取り敢えず、いつもいつもどこにでも数十名の精鋭部隊はついてくるのだが、
感心するのは、絶対にタレントと同じ鉄道車輛には乗らない。
タレントにいらぬ気を使わせないためと、抜け駆け禁止の鉄の掟が、
そうした規律正しい行動に結びつくらしい。

もちろんタレントに対しての「私語」も、抜け駆けとされ禁止。
ただしその分、ギター弾きの私とか、マネージャーは、その範囲に入らぬらしく、
トイレついでに、ファンクラブ車輛にチラッとでも顔をだすと、とにかく煩い。

FC1 「pipcoさん、おはようございます。pipco さん御出動ってことは、
   今日は生バンド態勢ですね!」
FC2-5「おしっ!やった!」などの小さな歓声があちこちから掛かる。
FC1 「カラオケだとね、我々もイマイチ盛り上がれねえんでゲスよ!…
今日も精一杯応援しますんで頑張ってください!」

もちろん、そういうコミニュケーション交換があって以来、
コンサートの先々で、いつも最後に

「せいの、pipcoさーん!」

という野太い声が、鳴り物とともに掛かるようになってしまった。
こういうのを、だいたいMCの吉村明宏は拾い上げ、ワタシをイジり倒すので
とても困るのだが.....。

余談だが、それとは違うアイドルタレントのライブに加わっている時、
FC1「あれ?pipcoさん、なんでここにいるんですか?」
私 「そういうオマエもなんでここにいるのさ?」
FC1「マズイっすよね、お互い秘密ってことで….」
私 「俺は別に秘密にする必要ないんだが…」
FC1「そんな意地悪言わないでくださいよお、ファンクラブの二股三股なんて、
別に珍しくないんですから」
私 「へー、そんなものなのか?」
FC1「pipcoさんて意外とウブなんですね」
私 「ウルセイやい」

そんな感じでしたかね。



今日はご両人ともに再登場でデュエット曲を。
このライブのエアチェック・ヴィデオは長らく我が家の家宝でした。
もちろんライブにも出掛けていて、この曲が始まる前に既に私は泣き崩れてましたよ。
(立派なモノノフじゃないか!?)

ニック・ロー氏はコステロ一行とは別に、単独(弾き語り)で来日していて、
そのギグも前日に終わり、あとは帰るだけ…
そんな日の翌日に新宿厚生年金で盟友コステロの初日が…
コレはもう間違いなく合流するだろう!するしかない!

というわけで、どのタイミングで「飛び入り」するのだろうと思っていたら、
なんと最初っから出ずっぱり!!
幸福な時代の幸福な夜…でありました。



Best of Elvis Costello: The First 10 YearsBest of Elvis Costello: The First 10 Years
(2007/06/07)
Elvis Costello

商品詳細を見る


Armed ForcesArmed Forces
(1993/10/01)
Elvis Costello

商品詳細を見る


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

焦燥自転車

DSC04630.jpg
風邪をひいたらしい。
なにしろ風邪をひいてはイケナイ身体らしく、
そうなるともうどんな薬も効かない。

去年は8月の始め、明日は竿燈見物だ!という時に熱を出し、
その熱がどうやら引いたようだな…と自覚したのは、
もう10月になろうとしていた。

しかし調子が良いのは数日だけで、すぐに今度は胃がおかしくなって、
コレは年を越してもまだ続いていた。

というわけで、この体調を、桜が咲くまでになんとか回復させたいと思うのだが、
もう1週間ほどだろうか…果たしてどうなることか…?。

3年前、秋田に戻って来てすぐにヤフオク経由で自転車を購入した。
そんなに長期で秋田にいるつもりではなかったのと、
なるベく安くマウンテンバイクを購入したかった…というので
数千円で国産B社の中古を落札したが、なんと輸送料が本体の品代を上回るという、
情けない状態となった。

チャリは、ざっくりバラされた状態で送られてきたので、
組み立てて乗ってみるのだが、どうにもバランスと云うか、
あちこちがグラグラと緩んだ感じで乗り心地がすこぶる悪いので、
結局自転車屋まで押して行って、全体を絞めて調整してもらうことになった。

一旦は快適になったかに思えたが、長く乗っているとやはり何か違和感があって、
買い換えたいなあ….普通の26インチのママチャリの方が快適じゃないか!
と思うようになったその時、家から4~5キロ地点の工業地帯の辺りで
前後輪ともパンクした。

iPhoneのGoogle Mapで自転車屋を捜し、しばらく歩いて到着し、
修理しようと依頼するが、チューブではないタイヤ本体部分のイボイボが、
相当すり減っていて、パンクは治るが、またすぐに繰り返す!と云われた。

視界には目にも美しい、ピカピカの国産M社のママチャリ…
正価5万数千円が、最後の1台2万1千円…うーむ、買っちゃうか!というわけで、
隣のコンビニで貯金を崩し購入!。帰路は実に快適であった。

それから3年目…何しろアノときの新車ママチャリ号は、今では油を挿しても挿しても
「キーコキーコ」と鈍い音がして、タイヤのガワも取り替えたが、どうも不調。

自転車屋に言わせれば「3年乗ったんだから、もう充分じゃない!」
ワタシ 「そんなもんなの?C国製はともかく、国産メーカー品なのだから
     10年くらいもつんじゃないの?」
自転車屋「そんなあ…毎日乗ってれば精々3年ですよ!」
ワタシ「……」

というわけで、故郷秋田には数ヶ月の滞在のつもりが、
もうチャリが3代目になりそうな気配だ…。

少し焦る今日この頃に、また体調がすこぶる悪いときたもんで、
さらに間の悪いことに、東京側からは

「そろそろいいんじゃないの…もう帰ってきてよ…」。

うーむ、うーむ、まいったあ…なのである。



中2の時に、地元ラジオ局(ABS)の"POP IN"っていう
洋楽番組の公開録音イベントが、毎週土曜午後にあって、
新譜アルバムやシングルなどをいち早く、たっぷり掛けてくれる、
中坊には格好の情報源なのだが、収録のおわりに、
「見本盤」のLPやシングル、ポスターなどの宣材を抽選で貰えるのだが、
ある時、私は見慣れぬ「星条旗」が大写しになったジャケットのLPをいただいた。
本当は、その隣にあった"黒い炎”入りのChase"のアルバムが欲しかったのだが、
タイミングがあわず、 "Sly And The Family Stone"の「暴動」というアルバムを
いただくことになった。

その時はまだWoodstockの映画をまだ見ていなかったので、
彼等についての情報は何もないまま、家に帰りコレを聴いた…
あまりにもわけ分らんノリとエロい喘ぎ声にまず驚いた。
中坊が聴いてはイケナイ類いの音楽ではないのか?と思ったほどだ。

なにしろビートルズやハードロック、多少プログレな中2の耳には、
理解不能な黒いノリ….。ところがやがてこのノリが徐々に癖になる中2生…。

これをキッカケに、いわゆるソウル・ミュージックをあれこれ聴いてみるのだが、
SLYのようなエグさはなかなか得られるモノではない。
しばらくしてSLYの新作が発表された。
「ああコレだ、これ、この浮遊感最高!」
というわけで、SLY初体験の『暴動』から「ファミリーアフェア」。


There's a Riot Goin onThere's a Riot Goin on
(2008/02/28)
Sly & Family Stone

商品詳細を見る

にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

おわりとはじまり

IMG_2189.jpg

北国秋田も、日差しに力が漲ってきた…明日は梅でも見に行こうか。



1月から3月に生まれた連中を「早生まれ」というならば、
私は12月生まれなので、「遅生まれ」ということになるのではないか…?。

実は五十音順からなる出席番号も、
大体何時もウシロから2番目のブービー小僧で、
様々イヤな思いをし続けてきた。

予防接種などは、さっさとは終わらず、
何時も恐怖の中、延々待ち続けねばならない。
身体検査もパンツ一丁のまま寒い中待ち続けねばならず、
しかも、まだ終わってないのに、隣室で待機している女子を入室させたりして、
こっちが変態呼ばわりされたり....

最もイヤだったのは、新学期などの席替の時に、
出席番号順に男女を並べて席を決められると、
大体男子の方が2〜3人多いから、自分の隣は必ず男子….
ということになって、教室の全体が見渡せるウシロの端席で、
楽しげに男女の会話をする級友達の姿を、
ドロンとした気分で眺めるのだった。
ただ名字の頭の文字が、五十音表の真ん中より右のページにあるだけで
なんて不公平なんだ!…。


そうしたわけで25歳になる直前に、生業としての音楽家稼業を引退した。

サマザマな理由が考えられるし、
いかにもなコジツケなどいくらでも出来るのだが、一番近い回答は、

『飽きてしまった』もしくは『疲れてしまった』という、

若いわりにはなんとも情けなく、そして実に身も蓋もない理由となる。

毎日が休日のようでいて、実はそうではなく、
夜はひたすら遅く、朝はやたらと早い。
ON/OFFの切り替えがハッキリとせず、
日常的に「打ち合わせ」という名目で呼び出されては、
何時間も無為に待たされる…。

狂おしいほど空虚で無駄な日々…。
そんな河原○食な生活サイクルが、知らず知らずに体調と精神を蝕んだようで、
特に病院へ…というわけではないが、気力が全然漲らない。

もうすっかり慣れちまったぜ....なんて嘯くが、
相変わらずしょっちゅう裏切られるし、狡くて調子良くて冷酷なだけの
高学歴だが、クズな人間が多すぎる業界に辟易としながら、
知らずにダメージを溜め込む自分がいた。

ダウン&ハイな状態が続くようになって、当然と云えば当然ながら、
ケアレスミスや些細なトラブルに見舞われると、
会社の管理側との間で、つまらない理由の衝突事件などもあり、
次第に、何処か遠くに行きたい、いっそそのまま消えてしまいたい…
そんなLOWな気持ちに支配されると、

「普通のサラリーマンになれば、きっと自分は救われるに違いない…
 そうだ、そうしよう!」

気が付けば東京タワーとソ連大使館の中庭が間近に見える、
気に入った窓際の、子機電話とスケジュール表だけの
オフィスのデスク周りを整理、撤収していた。

既に凋落傾向とはいえ、業界最大手のコングロマリット型芸能プロの、
その端の端のオフィスだったが、顔を出せば、
毎月膨大に集まる洋楽の新譜試聴盤を、一旦持ち帰れる役得があったのだが、
この恩恵も手放さねばならぬことだけが、ちょっと残念…
と思った程度で、あとは意外にさばさばしていた。

実はその後3ヶ月ほど、何ロス現象か分らぬが、
呆然とした無気力生活に突入する。

髪も髭も伸び放題。サラリーマンになる!と言ってもアテなどなく、
生活は徐々に困窮してゆく。
それでも生き延びれたのは、まだ友情で結ばれていた(?)
現在の家人や友人達のおかげだが、
彼女にせよ、無気力なプータロー状態の私を見るに見かねたか、
ある日、頭を刈る代金と、新しいスーツを買う代金、当面の生活費の、
決して少なくはない金額を私に差し出し、

『それでどうにもならないなら、キッパリ別れて欲しい』と言われた。

ゲンキンなモノで、1週間以内に私はその後20年勤めることになる
企業に就職し、サラリーマン生活を開始した。

家人とは殆ど共稼ぎとなるが、
子育てなどで数年「専業主婦」だった時代を称して、
「3食昼寝付きの黄金時代!」と呼び、
「あのときは幸せだったなあ...」
と、今も私にプレッシャーを掛け続けるのだ…。



Popsってなんだろう!? その完璧な解答を、
このバンドは持っている!
そう考えて当時何十回もこれを繰り返し聴いたが、
僅かに「苦しい歌を、あえて楽しげに唄うのがPops..?」
違ってるな、きっと。
‪Come On Eileen‬ - Dexys Midnight Runners


で、30年経った….かなり怪しいカモン・アイリーン!
もはや英国民の国民歌なんだろうな。
昔オーバーオール、今ニッカボッカー!いよっ!棟梁!



Too Rye AyToo Rye Ay
(2000/11/28)
Dexy's Midnight Runners

商品詳細を見る


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

愛人窓子さんの噂

DSC01190.jpg
私の蟄居幽閉軟禁部屋(...)のテラスに咲いた、一輪だけの水仙。
なかなか愛おしいモノだなあと眺めていたら、
母がいきなりムンズと捥いで一輪ザシに挿し、
ナニするんじゃクソババア!...と思ったら、父の仏壇へ....。
「とうさん、春だよ、やっとね」
まあ、そうだなあ、それが正解であるなあ...と、納得する私。




私のかつての部下に、希代の「モテ男」が居たのだが、
何しろ女性が放っておかないのか、

結婚→愛人→離婚→再婚→愛人→離婚→再々婚…

そのルーティーンをメビウスの輪のようにループし続ける奴で
「恐怖のループ男」と呼ばれていた。

ある深夜、突然ループ男から電話がかかってきた。

「助けて!。すぐ、家に来て欲しいんだ…来れば分る」

タクシーを捕まえて急行してみると、
現夫人と先妻と新しい愛人が炬燵を囲んで仲良く坐っていて、
ループ男はその部屋の端に正座してアチコチからイタブラレ、怒られていた。

その夜、先妻には養育費を支払うからと渋谷のレストランに呼び出し、
愛人には「二人で遠くへ…北に逃げよう!」と、上野駅で待ちあえせ、
当人は例によってチャランポランの口からデマカセで、
自分の言ったことなどスッカリ忘れ、普通に帰宅したら、夜半に修羅場が…。

当然と云えば当然の成りゆきで、助けに入るはずの私も、
ループ男を、馬鹿だ阿呆だと罵るしかないわけで、
そうすると全員何だか妙に打ち解けてきて、
みんなを何故だか夜明けのファミレスに連れて行って
和気あいあいと朝食…という意味不明なオチ。
まあそんな馬鹿げた役回りでしたかね。

Windows XPサポート終了問題….。
私はまったく蚊帳の外なので、徹底的アウトサイダーとして、
ことの顛末を見ているのだけれど、
毎度ながら見え透いた業界丸ごとの「悪意」そのものな買い替えビジネスに、
MSユーザーは何故怒らないのだろうか?と思う今日この頃。

そもそも当然のように「Windows買ったら、まずはウイルス対策…」
というブラックジョークにしか思えない恐怖ビジネス自体、理解に苦しむ。
(バラまいてるのはMS本社だったじゃないか!。
B.ゲ○ツは正式に陳謝したけど、何故だかNHKしか報道しなかった!)

また訳知り顔で、XPサポート終了後の恐怖を語り、
厚顔無恥にも買い替えを強要する業界関係者の顔は、
どう欲目に見ても「詐欺師そのもの」だし
「誠意のカケラも持ち得ないイカガワしい悪人」にしか見えない。

事故で悲惨な状態のサナカなのに、不遜な態度で理解不能な屁理屈をこね回す
原発村の先生方を思い出すわけです
(→イタい質問をすると突然怒りだして煙に巻く憐れな大先生方)。

Windowsの新しいOSを売りたいのなら、
旧型ハードでも軽快に走るモノを開発して売るのが
ユーザーに対する誠意だと思うが、ハード会社がそれでは困るわけで、
新しいハードでしか動かない重たいOSをもっともらしく最新鋭だの嘯く…
つくづく他人事で良かったねえ…。

思えば、私もWindows95の頃、チョットだけ浮気したんだけど、
家用と出張用で一気に2台購入したけれど、思い出は、もうトラブルと格闘の日々。

2台ともいつも半死半生の虚ろな状態で、
気が付けば6ヶ月のうちの3ヶ月はどちらも入院中な感じ…。
出張用のノートパソコン(メモリとかフル装備で60〜70万くらい掛かった)なんて、
そうしたわけでタダの一度も出張に持ち出したことはなく、
持ち出すのは当時でも既に旧型だったApple PowerBook(230→2400)ばかりだった。

電話のサポートも最悪で、ソフト屋もハード屋もOS屋もいわゆるタライ回し。
結局ひと回りして、誰が、何が悪かったのかさえ分らずじまいで、
また入院…1ヶ月は帰って来ない。

最も腹が立ったのが、ブラウザとしては旧来OS(Macだ)からの
ネットスケープ・ナビゲータ(通称ネスケ)を愛用してたんだが、
何故か突然ネスケが出荷停止!?MS純正のIEを強く推奨!ということになって、
取り敢えず新しいヴァージョンをパッケージ買い→5000円。
翌月またアップグレード版に1500円…。そしてまた…
この調子で永遠に集金され続けるのか!?
と恐ろしくなってWindowsの一切を放棄して、元の鞘に逃げたら、
IEはいつの間にか無料になってた…わけわからんね。

で、元鞘のMacは、あいかわらず派手なことは一切ないけれど、地味でマイペース。
トラブルも殆どなく、なんだか何十年も連れ添った古女房のごとく、
優しく包み込んでくれるのだ。

若くてケバくて野心的だが、病弱で、
素性の良くない美人局ども(業界)に囲まれた
「愛人・窓子」は、もうコリゴリ…かな。



コチラは愛人ではなく立派な(?)夫婦デュオ。
旦那さんのTuck Andressはソリストとしても相当のテクニシャンであるけれど、
コチラの夫婦デュオに於いては、幾分抑え気味の柔らかいプレーに徹していて
それまた渋くて好みです...。
Tuck & Patti - Time After Time



Best of Tuck & PattiBest of Tuck & Patti
(1994/10/11)
Tuck & Patti

商品詳細を見る


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

正義の悪魔

DSC04347.jpg
小学生の頃は、クラスメートの大半がそうであるように
怪獣好きで、よく円谷プロ後援の怪獣イベントに出掛けた。

ウルトラQ~ウルトラマン~ウルトラセブン初期
(秋田ではネットの関係で放送は約半年遅れ)にいたる怪獣に並んで、
何故か同列にいる「怪獣ブースカ」に多少の違和感を感じつつも、
まあおそらくは目を輝かせ、身を乗り出して見物していたのだと思う。

既に年齢的には、怪獣達と相撲をとったり、
尻尾をつかんでグルグル回しにしたりというようなことはなく、
わりと冷静に怪獣のプロフィールをファイリングして暗記したり、
オリジナルストーリー上ではどういう負け方をして死んだかも分っているだけに、
「営業」の意味は薄々了解してる年頃とはいえ、
今、この北国の場末のショッピングセンターの催事スペースで
オチャラケる怪獣(キャラ)達の悲哀というのも、
そこはかとなく感じられつつ、
怪獣キャラ達のオリジナルストーリー上での、敗者の誇りは!? と、
何だか分けも分らず怒りを覚えていたようにも思う。

バルタン星人もペギラもレッドキングも、
ウルトラマンを負かせたゼットンまでもが、
「俺たちもツライんだよ…」
そう叫んでるように思えてならなかった。

それなのに私はバルタン星人の手が、本当は巨大なハサミなのに、
その時は「軍手姿」だった手抜きにカチンときて、
思わずバルタン星人の耳元で

「なんで手が軍手なんだよ!」と言ったら、

ぬいぐるみの中のくぐもった声で

「うるせいガキッ!」と云われた。

未だにコレはトラウマになっていて、
たまにバルタン星人の姿を見掛けると、
別の意味の怖さを感じてしまうのだ。


10年くらいが一気に過ぎる。

上京したばかりのゴールデンウィーク、千葉に住む同級生から、
泊まりがけで遊びに来いと誘われ、
私と、もう何人かの同級生達で彼の家に行くと、
翌朝突然「さあバイト手伝え!」と、いきなり、
今はもう閉館してしまった「谷津遊園」という遊園地に連れて行かれ、
私はショッカーの、忘れもしない

「怪人ゲバコンドル」

の扮装をさせられ、特に打ち合わせもなく、それらしい動きをしながら、
他の哀れなショッカー怪人共とでステージに立ち、
ギャオだのワオだのと適当に奇声を上げていると、
我々を招待(?)した友人が扮装した仮面ライダーが登場。
無遠慮に我々を蹴り、押し倒す!。

これまたカチーン…と来るのだが、何しろ我々が蹴られ、
イタブラレるたびに、会場の子供達は沸き立ち、やれやれ!もっとやれ!
という大声援が起きるのだから、ますます悲しくなる。

やがてイベントは佳境に入り、会場の子供達も一斉にステージに上がり、
われわれ怪人軍団を、彼等の本気の力で殴り、蹴り、ヒキ倒しイタブル…。
つい「痛てっ!」とか声を発してしまうと、正義の悪魔(?)と化した子供は

「おーい、このゲバコンドル、生意気にイテエとかホザイてやがるぜ、やっちまおうぜ!」

とか言って仲間をあつめて、今度は集団リンチ…。

日本の将来はコレでいいのか!と思う以前に、
裏で仮面ライダー野郎をみんなで絞めてやったのは言うまでもない。



Japanというバンドは当初、ルックスが良すぎたせいだろうか、
ヴィジュアル系以外には大して取り柄もない、
正直取るに足らぬグループだったのが、
まさにジャパンの、教授やアッコちゃん夫妻(当時)はじめ
YMO系列の方々との交流によって、
バンドは突然その内なる力を爆発させ、
「Tin Drum」という傑作アルバムを生み出すのだ。

まあ…このアルバムだけでほんとに爆発、崩壊してしまうんだけど…。
Japan / Ghosts and Cantonese Boy
ちなみにCantonese Boyって「在広東少年」のパクリでしょ!?


錻力の太鼓(紙ジャケット仕様)錻力の太鼓(紙ジャケット仕様)
(2013/10/30)
ジャパン

商品詳細を見る

にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

三本線とユーミンと...

20131112_848303.jpg
中2の春、サッカーをしてる以外の自分は、
もっぱら近所の運動具店で、まだ「西ドイツ製高級品」だった時代の、
憧れの「adidas」や「Puma」のサッカースパイクを、
ただただ2時間も店内にタムロして眺め、
「おお、ベッケンバウワーの国の薫りがするぜ!」と匂いを嗅ぎつつ、
時には頬ズリするなどして、買いもしないのに、
店主さんには大層ご迷惑をかけていたように思う。

なにしろ$1(.00)=¥360固定時代。同じ敗戦同盟国の製品とはいえ
為替はあくまでドル建て、スパイクで概ね2万円前後。
当時の平均給与など知らないけれど、少なくともサラリーマン家庭の我が家では
到底買ってもらえるレベルを遥かに超える品。

実際にそろそろ買ってもらうべきは、adidasが飾ってあるディスプレー台の下方、
足許に山積みされてる日本製のスパイク。
しかも3本線やpumaラインを模した、ウレシハズカシ完コピ模造品…。

軽くて、柔らかくシットリした感触のナメシガワに、
規則正しく整然と並ぶステッチが美しい西ドイツ製品は、
靴紐までもが絹のようにしなやかで麗しい。

一方、当時の日本製は、重くて硬く乾いた手触りの革に、
強度を意識し過ぎたとしか思えない、
無粋でガチャガチャと煩いステッチ。
それでも我々は、経済的理由で後者を選ばねばならない世の無常感を、
ここで知ることになるのだ。

私は結局、ナンチャッテ品はイヤだったので、
モンブランという国内メーカーの、独自デザインの靴を選び買ってもらった。
のべ何十時間も掛けて較べに較べて、質感が最もadidasに近いと確信したからだった。

もう一つ、長時間居座る場所があった。レコード屋である。

今は世界を見回してみても、メジャーなレコード配給会社というのは3社しかないが、
当時はまだ国内だけでも相当数のレコード配給会社があって、
配給会社ごとにロックのレコードは分類されていたから、
CBSソニーにはじまって、ワーナーパイオニア、東芝EMI、RCAビクター…
ビートルズやストーンズなどの独立したコーナーも軽くチェックしつつ、
全部見回したあと、またCBSから2廻り目 再チェック。

「日本製音楽」は「粗悪」だとカタクナに思い込んでいた。

スパイクは西独製と国産では4~5倍も値段が違うが、
レコードは洋楽も邦楽も殆ど同じ値段。
私には、ここで好き好んで「邦楽レコード」を買おうと云う趣向が
まったく理解出来なかったのだ。

そういうわけで、少々遅きに失したが、
生まれて初めて「邦楽レコード」を迷わず買ったのが、高2のときの

「荒井由実/ひこうき雲」と、何故か「はっぴいえんど」の解散ライブ盤…。

だからこの2作品は、自分にとっていまだ特別、別格な作品で有り続けるのだ。

ノープランでギター弾きになってしまった頃、
先輩ミュージシャンによく「おまえの目指すところはどこだ!?」
などと問われるのだが、答えられなかった。
しかし本当は、密かにだが一つだけ明確な目標があった。
それはユーミンのバンドで弾くこと!。

実際にはスタジオで茂さんとか正樹さんとは頻繁にすれ違って、
軽く挨拶などするのだが、それが精一杯な、
残念なミュージシャン生活でありましたよ。


というわけで、私の人生を変えた(?)ユーミンのデビューシングル
「返事はいらない(シングルヴァージョン)」を。
いわゆるユーミン定番の「キャラメルママ・サウンド」以前の録音が新鮮!
レコーディングメンバーは、ドラムがユキヒロ氏、他は「ガロ」の面々らしい!?
また、デビューアルバムでは有賀ディレクターに禁じられたと云う
「ちりめんビブラート」も、この時点ではまだ全開で披露されている!

ひこうき雲ひこうき雲
(2013/10/02)
荒井由実

商品詳細を見る


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

該当の記事は見つかりませんでした。