ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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色のない紅葉

紅葉
PENTACON auto 1,8/50 [Mono Coat]

一部でお約束の実験シリーズ「モノクロで紅葉に挑戦!」だけれども…。

本日、クロネコヤマトで到着したばかりの"PENTACON"を早速カメラに装着して、
いきなりの高ハードル「モノクロ」撮影を念頭に、カメラ本体も、
もはや逃げも隠れ出来ない「モノクロ設定」にして、いつもの公園にお出掛け。

結論から言うと、色のない紅葉…無理、不可能とはちっとも思わないけれど、
もっと修行を積まない事には、今日の今日ではやはり無謀だったと反省しきりであるのだ。

カメラに関しては超自己流の、ほぼオバカ状態の自分ではあるけれど、
モノクロの鉄則として自分なりに

「光の当たり方(方向、影)」と「奥行き」
だと思っている。

「チッチッチッ、もっともっと大切な事があるぜ!」、
と云われるかもしれないが、取り敢えずこの2点を留意しながら
狙ってみるのだが、やはり相当難しい。

様々な色の折り重なりや、複雑な光の当たり方の場面を、
絞りを変えながら面白がってパチパチ撮るのだが、
現像してみると、ありゃー?と肩を落とすくらい平面的で、
何が何だか分らないほどのカオスに溢れた写真ばかり。
己の才能のなさに今更ながら愕然とするのだ。

表題に使った写真は、辛うじて葉っぱが少なくて空間部分がやや広い分、
なんとか見れる気がするのだが、やっぱり奥行きはマダマダ中途半端だし、
影の長さも不充分、もうちょっと粘るべきだったか!?
と反省点を言い出したらキリがない。

レンズ自体は、なかなかいい雰囲気を醸し出してる分、
やっぱ誰のせいでもなく、自分の未熟さ故…。
でも頑張るぞお!

ちなみに千秋公園の紅葉状況だが、何だろう?まだ少し早いのか、
まだしっかり紅葉しきってない中途半端な状態なんだが、
心なしか葉っぱのヴォリュームが薄くて、
紅葉しきらないうちの落葉っていう、最悪の事態な樹木が目立つ気がする。
いつも賑やかな県民会館ワキの「ナナカマド」も
今年は実が成熟しないまま終わってしまっている…。
杞憂なら良いけれど…。



ジャックブルース追悼2曲目…。

Frank Zappaの73年(だったっけな?)のアルバムに入ってる
ジャムセッション風の曲で、ZappaJack BruceJim Gordon
3人だけの録音。
ちなみに前者二名は既に故人、最後の御仁は未だ塀の中?なのかな…。

デレク&ドミノスのあの「レイラ」の共作者としても知られるが、
その事が彼の人生を大きく狂わせた。

同曲の盗作訴訟で、当のクラプトンは面の皮厚く、飄々&平然としているのだが、
共作者ジムゴードンの場合(主に後半のピアノ部を作ったとされる)は、
相当に憔悴し、酒に溺れる荒んだ生活だったらしい。
そんな中での「殺人事件」…。
人気売れっ子ドラマーなだけに「惜しい!」。

何はともあれ、高校時代は仲間がハイウエイスターだの湖上の煙だの
ゼッぺだサバスだと盛り上がってる間に、ひたすらこの曲はもちろん、
King CrimsonやらYesなんかを黙々とコピーしてた自分…。
 
というわけで繊細で緻密な曲が居並ぶ同アルバムの中で、特段に荒っぽい
”Apostrophe"


Apostrophe(')Apostrophe(')
(2012/08/28)
Frank Zappa

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辛酸なめつくしのブルース

sg.jpg
Angenieux "Anastigma"
August Moon/Portoあるいは
Make Love Company 40th Anniv.Band(長い)Mitsui氏のニューカマー
"Gibson SG"

中1の頃とても憧れたエレキだけれど、
その対象はあくまでも楽器屋のウインドで見掛ける
これの日本製コピーのGreco SGモデル…。
だからなんだかちょっとこの正真正銘の「本物」…
恐れ多すぎて近寄り難いものを感じるのだ。

大昔は、これで(エレキギターで)メシを食ってた時代もあったほどなのに、
何の因果か、今はカメラ好きのそこいらの有り体なオヤジ。
さてこの昔の商売道具をどう上手いことカメラに収めるか?…。

コレが意外に難しい。

ギターは弾くもので、撮るものとはまったく想定してないし、
人生の中でこんなことがあるとは!…などと、少し悩んだ末に、
「あるがまま、無造作なまま」
それが一番自分らしいではないか!?…。

ふと、「オマエはそうやっていつも無造作すぎたから、
大事なギターを呆気なく盗まれたんじゃなかったっけ?」
心の声がやけに刺さる秋の日。


高校に入学すると、まるでそれが当然のお約束のように、
中学時代からのギター仲間は次々と「エレキ」を購入した…
いや、高校の合格祝いに、親から買ってもらっていた。

しかも5人のうち3人が、まさにそのGreco(日本製)チェリーレッドのSGモデル。
憧れのギターだけにとても羨ましかったんだが、
その時点で自分の選択肢からSGは消えた。

ウチの親は「エレキなんてそんな騒々しくて不良っぽいオモチャなんて買ってやれない、
欲しいなら自分で買え!」って中2くらいから突き放されていたから、
コソコソと資金を貯めながら、結局高1の夏休みに初めて買えたのが、
当然日本製コピーモデルのストラトキャスター。

ところが安物なだけに、結構粗悪な部分が段々と判明するようになって、
様々不足を感じるようになったから、年が変わる頃までには、
まだまだ親類を巡って辛うじて貰えた「お年玉」を原資に、
ディープパープルのコピーバンドの先輩から、
「オラアもうストラトしか使わねえから…」ってわけで、
オンボロボロのGreco製レスポールモデルを、当然安価で入手した。

しかしコレもまた様々不調で、やたらとガーガーピーピーと
接触不良で騒がしい個体だったが、
まだ「パーツを取り替える」という概念がなかったから、
辛抱しながら使い倒した。

所有してる楽器のコンディションがそんなだから、
外で使うのはもっぱら借り物ギターばかり。
そのまま上京して人間関係は一変しても、
相変わらず「借り物暮らし」は変らずで、
そのままバンド活動を継続していたのだが、
やっぱりそんな状態じゃイケないな!と奮起して、
久々に真新しいギターを買ったその日の夜に、
偶然だが初めてギャラがもらえる仕事
(タレントのプロフィール用デモテープのレコーディング)にありついた。

そのままその歌手のバンドに加入して、なんとなーく、
とってもユルい感じで、プロミュージシャンのキャリアをスタートさせるのだが、
何の徒弟関係も、音楽的な意味での学閥などまるでない独学同然が、
いきなり海千山千・有象無象の妖怪が闊歩する、
いわゆる「ギョーカイ」での苦労というか、筆舌に尽くし難い恩襲の嵐…は、
今にして思えば当然というか、むしろもっと悶え苦しまないことには、
イッパシのミュージシャンにはなれぬものだなと、今なら理解出来る。

『好きな事を生業とすることの困難さ』は、
結局トラウマとなって、その後は『辛い仕事ほど見返りが大きい』っていう、
これまた間違った解釈で仕事に相対しつつ、
やっぱり辛酸をなめ尽くす「阿呆な私」であリ続けてしまうのだった。



ジャックブルースが亡くなった(71歳)。
クリームは、どうしてもクラプトン目線になってしまうのは
私だけではないと思うが、
なにしろジャックとドラムのジンジャーベーカーの仲の悪さは
生半可なものではなかったらしく、
ライブ中もウシロからスティックやら何やら色々飛びまくり、
時には本当に殴り合うような修羅場に、
クラプトンは心底愛想つかしていたらしい。

ただし演奏上で火花を散らしてくれるのは大いにWelcome。
その代表的演奏の最たるものがコレではないかなあ…と思っている。
Cream - Sitting On Top Of The World


GoodbyeGoodbye
(1998/04/07)
Cream

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ロック少年の憂鬱

yuukei
Angenieux "Anastigma"

ちっとも精緻じゃないし、クセの強い、雑な表現が目立つんだが、
このクラシックレンズが醸し出す夕景の、退廃的でヌルっとした
かなり濃いめの空気感がとっても好き。
秋のレンズだなあ…?。



高校生になると、もはやロックレコードの国内発売の盤だけでは
ナカナカ音楽的欲求は満たされず、かといって秋田にはまだ輸入盤店など存在せずで、
高校生なりの、考え得るあらゆるチャンネルを総動員して、
日本未発売の「輸入盤(時には海賊盤も)」を
「借りる」事も含めて入手する事に精出すのだった。

お互い高2の同級生だが2歳年上のN君は、
そんなネットワーク作りに異常に長けていて、
他校はもちろん、大学生や市内のロック喫茶、地元ラジオ局や
仙台近辺のレコード会社のA&Rマン等に強いパイプと人脈を持っていて、
彼を仲介としてあらゆるレコードが手元に迷い込んでくる。

彼はレコード(本も)を資産ではなく、
「みんなでシェアするもの」
という発想を我々に齎す革命的とも云える存在だったが、
時代的に理解されず、他の同級生達には

「貸したレコードがなかなか帰って来ない」
「股貸しされている、けしからん」
「傷つけられて戻って来た」
などと悪い評判も相当にたっていた。

私なんかも、新宿の輸入盤店の通販でやっと入手したレコードを、
聴き込む間もなく彼に持ち去られ、当分返還されないのはホントに困るけれど、
それ以上に、当時入手困難だったFrank Zappaのディスコグラフィーや、
メジャーではないプログレやブルースやモダンジャズなんかの
主に変態系レコードがどんどん手許に廻ってくる歓びには代え難く、
「シェアやむなし」ということで許してしまうのだ。

ある日、東京の知人経由でやっと入手した
King CrimsonEarthboundFripp & Enoのアルバム…。
大のクリムゾン好きとしては、もはや家宝に近い「貴重盤」で、
N君には教えずコッソリ隠し持っていたのだが、
なにしろ当時の私の家は私が留守でも出入り自由な溜まり場だったから、
すんなりバレて持ち去られてしまう。

当然どんなに催促してもなかなか戻っては来ない。
そして遂に彼は「ホントにゴメンよ、Earthbound見失っちゃったよ…
その代わりにコレあげるからキゲン治してよ!」と持って来たのが
何故か忘れもしないNicoThe End(ドアーズのあの曲)と
カーブドエアーを脱退したダリルウェイが組んだ新しいバンドWOLFのアルバム…。

Nicoの方はJohn CaleとBrian Enoがプロデュースした今となっては名盤。
しかし当時は、こんなサイケアングラババア(失礼)のレコードと我が家宝では
釣り合い取れるわけがねえ!などと怒りが収まらないまま、針を落とすと、
あれれ...なんだこの世界観...と、一発で気に入ってしまった。

しかし「コレあげる!」といったのに、
またしても彼にフイっと持ち去られて延々戻って来ない…
例によってそのまま行方不明ってことで、
我が家には自分で買ったレコードは一向に棚に収まらず、
誰が買ったか分らない出所不明な変態チックなレコードばかりが
どんどんと貯まってゆくのだった。

その後、私は東京で生活するようになり、様々な音楽猛者と知り合い、
語り合うのだが(現在も音楽評論家としてライナーなど書いてる奴が多い)、
ほぼ誰とでも話を合わせられる変態マニア系のあいつ!ってことで、
少しだけ知られる存在になっていくのだ。

ちなみにN君は地元大学に入学したはずだが、
いつの頃からか東京の私の周辺に居て、
相変わらずアッチコッチからレコードを集めて私の所にせっせと持ち込むのだが、
ある時、何らかの詐欺事件に巻き込まれ、意外にも(?)厳格な父親によって
故郷に強制送還させられ、その後、ドナタかの議員秘書になったと風の噂に聞いた。

ヒトやモノを繋ぐ事には異常に長けているから、
政治はもしかしたら天職かもしれないが、
一つ間違うと融通の利かない種の人間が集まる「当局」に動かれるような、
そんな危うさを裏腹に持つ奴であったなあ。

さてそんなNicoのThe EndアルバムのB面ラストに入ってる曲…
なんとこれが「ドイツ国歌(当時は西ドイツかな…)」。
これが何故か妙に気に入って、いつの間にかドイツ好きが講じて
今やCarl Zeissって何のこっちゃ!?なのである。
Nico - Das Lied Der Deutschen


オマケでNicoと同時に我が家に齎されたDarryl Wayが結成した
彼のヴァイオリンが中心の、クラシカルなプログレッシブバンドWOLF
2ndアルバム"Saturation Point"から"Toy Symphony"コレも結構ハマったな。



ジ・エンドジ・エンド
(1997/12/10)
ニコ

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サテュレーション・ポイント(飽和点)サテュレーション・ポイント(飽和点)
(2001/06/13)
ダリル・ウェイ&ウルフ

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とりっくおあとりいと

よじろう
Angenieux "Anastigma"

イヤイヤイヤイヤ…しょーもない写真で申し訳ない!
いやあ、お恥ずかしい!。

何だか思いのほか子供が多い日だなあ?
(ハロウィンってまだでしょ?)と面食らっていると、
与次郎クン?与太郎クン?どっちだっけ?
な飛脚のキツネが、カメラを抱えてはいるが
構えてもない私に向かって盛んにポーズするものだから(条件反射か?)、
じゃあ仕方ないなあ…とピントも合わせず「無限遠」で
テキトーにシャッターを押したら(コチラも条件反射)、
意外なことにこのクセモノレンズの良くも悪くも
まさにこのレンズらしい典型的な画が撮れていた…!。

で、この後突然陽が陰ってしまうなどして
ベストテイクが結局コレという悲しい結末...。
私の人生いつもそんなものさ…。

他も普通にキレイには写っているんだけど、
何だかこのレンズが醸し出す本来の魅力に足りてないという、
特殊過ぎる欲求を自分で勝手に設定して、
絶対越えられない高い壁を、
わざわざ作ってるような気がする。

気楽に行こうよたかが趣味なんだし!と諌める自分と、
何だか分らないけど確かな何かが掴めるまで、あともう少しみたいな…
そんな刹那な自分がいるのだ。

ハロウィンって、古代ケルトの収穫祭でしょう? 
ケルティックでも、ましてやファーマーでもないのに
何を浮かれてやがるんだあ!?と、
ボヤキオヤジとしては一応毒を吐いてみるの図だが、
お話しは私が商社マンだった時代(弱小だが)に遡る。

それまで原宿のキディランドさんが独占的に
ハロウィングッズをコソコソ販売していたのだけれど、
それをもっと大々的なイベントに拡張して、
パレードなんてでっち上げつつ、
ツールをもっとガンガン売り付けてがっぽり儲けようぜ!

そんな事を裏で画策した一人が何を隠そう自分でもあるわけで、
たまたまそこに駅前再開発中の川崎駅ビル+新設地下街が絡み、
アングラ劇団員の皆さんを大量に動員しつつ、
派手にハロウィンパレードなるものをでっち上げたのだが、
どうやらそれが日本における初のハロウィンパレード!
という事になっているらしく、
おいおいおいおい…と、ちょっと驚きつつ、
誰かに自慢したい気分でいるのである。
(ついさっきWikiで知った!)

いやあそれにしてもこの写真…酷いな。



大好き過ぎるエルヴィス・コステロと、
中学1年の頃はビートルズ以上に我が最大のアイドルにして巨匠の
バート・バカラック。
その二人の1997年のコラボレーションaアルバムが、
なにしろ衝撃だったのはもはや言うまでもない。

このアルバムはもはや全曲言う事なしの大名作だと個人的には思っているが、
残念ながら音楽界に与えた衝撃、影響は….大した事ないのだ…。

まあ世の中なんてそうしたもので、ご当人達にとっても、
そして私にとっても単なる通過点…。
当時の私は偶然この曲が唄えるカラオケボックスを見つけてしまって、
一人では行けないので友人や後輩を誘ってはコレばかりを熱唱するので、
最後は嫌がられてしまった!
そういうなんとも物悲しい…God Give Me Strength。


Painted From MemoryPainted From Memory
(1998/09/29)
Elvis Costello with Burt Bacharach

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池の栓

栓1
P.Angenieux Paris "Anastigmat"

その美しさと豊かな水量と霊験あらたかさ?で
秋田市民には自慢の「千秋公園のお堀」なんだけど、
何故だか「栓(バルブ)」がある…。

美しい蓮の群生も、魚も、豊かな水生生物もすべて虚構?。
池の鯉…ただのアクアリウム…?。

奥に控える標高40mの神明山を登り、
藩政時代、佐竹氏居城本丸の土手には風雅な滝があるけれど、
さやさやと水の落ちる音に、微かに電動ポンプのモーター音が混じる風景…。

そのポンプ音の近くの頂には、どう見ても天守閣な「御隅櫓」がある。
いつ頃建造されたか知らないが、少なくとも私が高校生の頃までには
影も形もなかったから、近年「復元された」という事なのだろう。

ただし関ヶ原で東軍にも西軍にも組せず、
狡猾にも態度を保留し続けた結果、
外様大名として水戸から秋田に移封されたお殿様の居城に、
天守建立など赦されるはずなどないではなかったか? 
粗末な物見櫓くらいはコッソリ作ったかもしれないが…。

そんなわけで、35年ぶりのガキの頃の庭=千秋公園は、
他にも様々、驚きの変貌を遂げていたのだった。

そうしたわけで、懐かしいようでも細かいディテールは記憶と微妙に異なるから、
アチコチの記憶にパッチを充てがいながら修正し、
一つ一つの欺瞞や矛盾を肯定してゆく。
丸3年たった今になってやっと
「ああ懐かしい千秋公園…落ち着くなあ」と、
己の記憶をまんまと騙しきるである。

田舎で生きるコツが、そこらあたりのメンタルにあるのだろうなあ…
そう思うようになった昨今なのである。



ジャクソンブラウンの代表作であり、大袈裟ではなく、
20世紀アメリカ的「名曲」だと思う「Late For The Sky」。
とんでもない名曲だけれど、それ以上にこの曲でラップスティールを
味わい深く朗々と弾いている「デヴィッド・リンドレー」という男の存在そのものに
俄然興味を持ったキッカケの曲でもあった。

その音楽的多才さと異様な風体から「化け者」なる邦題のソロアルバムなど、
彼の作品を探索し、貪り聴くのだが、
結局「Late For The Sky」を上回る素晴らしい演奏に辿り着く事はなかった…。

ジャクソンブラウンにせよデヴィッドリンドレーにせよ、
彼らの音楽人生そのものを明らかに変えてしまった名曲であり、名演でもある
Late For The Sky」。


レイト・フォー・ザ・スカイレイト・フォー・ザ・スカイ
(1996/04/10)
ジャクソン・ブラウン

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居場所のないイタミ

煙突
P.Angenieux Paris 45mm F2.9

紅葉した蔦の絡まる巨大煙突…。

実は以前から至近で見てみたかった大学内の、
恐らくは焼却炉の巨大煙突。

敷地内の北と南の奥に何故か2本シンメトリックに立っていて、
こいつらは確実に何かを主張している。

その声に耳を傾け、理解しようとする学生など居る筈ないと思うけど、
最低限、この時間が止まったような非日常的空間を愛でる学生は
多くはないだろうが何人かは必ず存在し、
この煙突の麓の決して快適ではないジメジメした空間で、
人生を夢想したり、愛を語らったりするカップルがいたりなど想像するだけで、
何だかちょっと嬉しくなるのだが、
見た感じそこはただの廃棄物焼却炉の裏ぶれた空間に過ぎず、
学生どころかナンピトも近付く事がない番外地…。

何故誰もその良さに気付かないのかなあ…
などと思うオバカな夢想家のオヤジであった。

とはいえだ…。実のところかつての私はそんな立派なことなど
言えたギリではない、フトドキ極まりない不良学生だった。

何といってもゴリゴリ文系のくせに「なんちゃって理系」に
英語力だけで入学してしまったから、現実は悲惨で、
どうしてもついてゆけない科目がいくつか出てきた。

そもそも美大に行きたかった人間だ。
それがどこでどう間違えたか「応用数学」に「電子回路概論」だ。
バンド、バンドと云ってはいるが、
実のところそんな学力的なドロップアウトでもあったのだった。

ある時、掲示板に私の「出頭命令」が出ていると聞き及んで、
久々に学科長に出頭すると、ここのところワタシの名前での
講義出席カードが頻繁に2枚、時には3枚ダブって出されている….
これはどういう事か!?と問いつめられた。

友人達が、「あいつ今日も来てねえのかよ、しかたねえなあ…」と、
同時に3人くらいに配慮していただいたという事だ。
重罪が暴露された大ピンチの場面だが、私は嬉しくて涙が出そうになった。
同時に「もう迷惑はかけられないなあ…」そうも思うのだった。

そんなわけで、キャンパス内に好きな場所も思い出深い場所も存在せず、
自分の不徳で招いた結果とはいえ、
遂に自分の居場所すら見つける事が出来なかった。

大学生活なんて長い人生のほんの一瞬に過ぎないけれど、
楽しい想い出の大半がその4年間に集約されてもいるはずだ。
学生諸君には後悔のないように…燃え尽きるくらいに熱い4年間を!
心からそう言いたいのだ。



80年代時点というコトワリ付きで、ロックの3大アルバムは、間違いなく
King Crimsonの"Larks〜"とPeter GabrielのIII、そしてBrian Enoの
Another Green Worldである事に、根拠のない確信を持っていた。

私の場合、学生と社会人のその曖昧な境界時代は、じつに
既成のロックと云う概念がことごとく破壊された時代で、
レドゼペリンもクイーンもエルトンもロッドも、
古いロックはことごとく否定され、淘汰された忌まわしい時代があった。

ロックはパンク、テクノを経由してオルタネイティブと云うスタイルが
「最先端」とされ、認知された時代に、
精神的かつ方法論としてのその拠り所とされたのが
ドアーズであり、ロキシーミュージックであり、
明解な解答は上記3作で既に示され、模倣され続けた。

今でも上記3枚のレコードは聴く事が多い。
古いロックはその後見事に復権を果すけれど、
同時にロックとしての発展は立ち止まって、ただの産業になってしまったように
思えてならないから、余計にこの3枚は光りつづけるのだ…。


Another Green WorldAnother Green World
(2004/06/01)
Brian Eno

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いちご白書は遠い昔

よさこい
P.Angenieux Paris 45mm F2.9

季節外れのヤートセ秋田祭(よさこい)in 某大学祭。

およそ大学祭らしくない光景でとても心苦しいのだが、
これが当学園祭におけるメインイヴェントであるらしいのだから仕方がない…。

近所の大学祭に約40年ぶりに出掛けてみた。
子供の頃からわりと頻繁に出掛けていたし、
高校の3年間も諸々あって(もちろんバンド絡み)通っていたのだが、
今回は突然思い立って出掛けてみる事にした。

そして今日、昔から漠然と感じていたが、
うまく言葉にできなかったヌルっとした不可思議な感触が、
今は悲しいかなその正体がハッキリ分ることになってしまった。

学生が皆「おっとり」しているのだ。

上京して2年目にはアマチュアバンドとして、
3年目にはプロバンドとして東京近郊の様々な大学の学園祭を
巡ることになる私であった。

時には事務所の戦略として、当時社会問題だった
カンボジア難民救済チャリティ”学園祭”コンサート…
という企画もあったりしたから、事前に各大学を訪問し、
学園祭実行委員会と綿密な打ち合わせなどしたのだが、
大学によっての反応の機敏さや理解力の差というのは別として、
各大学とも共通しているのは、

大学間のライバル心の凄まじさである。

とにかく他大学の準備動向やその情報を知りたがるのはどの大学も同じ。
コチラは各大学とも一様なテクスチャアしか提供しないのだが、
彼らは他大学との差別化、対抗心から、より深い完成度を模索する姿勢には、
各大学全てに云えることで、それだけに本番での彼らの研ぎ澄まされた鋭さ、
時にはそのしたたかさに、舌を巻いたような覚えがある。

実行委員を仰せつかった学生達には、
学園祭は自分たち学生の尊厳を掛けた真剣勝負…そんな感じに見えるのだ。

ところが我が街の国立大学法人な学生諸君に、
そういう切実さはほとんど感じられず、実に大らかでヌルっとして、
突出して前に出るでもなく、生き馬の目を抜くしたたかさなどまったく感じないのだ。

当世ではそんなガツガツしたスタイルは流行らない
と云われればそれまでの話だが、結局この大学には、
彼らがメラメラと対抗心を燃えたぎらせるようなライバル校がないのだな…

そしてヌルっとしたまま卒業し、官庁や教職、
マスコミや金融機関などこの街では数少ない優良企業に就職して、
またヌルっと過ごす…

そしてこの街は、いや県の経済は…ヌルっとどころかズルズルと……。

みんな良い子達なのだと思う。ポジティブで常識的で、
物わかりが良く朗らかでとても従順。親には自慢の息子&娘達だと思う。
そういえば学園祭には不可欠な?ヘルメットにアゴ手ぬぐいで
コチラをギラギラした眼で睨んでる軍団がいない…いるわけはないが…。

すべてがコンサバティブな未来に、なんだかいい知れない不安を感じるのは
私だけなんだろうか。
まあ杞憂ならそれでいいんだが...。



大昔、大学入試の朝、正門にヘルメット&角棒軍団がバリケードを築いて
「入試阻止!」なんてアジビラがバラまかれ、ちょっと驚いた、
私の時代ではすでに学生運動は過去のモノで、時代錯誤な愚行にすら思われていたのだが、
映画「いちご白書」を中学時代に観て感動して以来、
実は学生運動に軽くシンパシーすら感じていたから、この時はかなり興奮した。

ところが正門封鎖はアッサリ解除され「封鎖アジ」は単なる儀礼と知ると、
なんだかがっかりした記憶がある。

我々の時代は情けない事に、ゲバゲバはもうそれ自体がファッションに
成り果てていたのだった。

そんなわけで「いちご白書」のテーマソングでジョニ・ミッチェル作、
バフィ・セントメリーが歌ってヒットした「サークルゲーム」。


いちご白書いちご白書
(1970/01/01)
ブルース・デイヴィソン、キム・ダービー 他

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秋色・黄昏・汽車ポッポ

sl.jpg
Carl Zeiss Jena Tessar 50mm F2.8

正規の運行本番は、今度の土・日なはずだが、
今週1週間はテストやら招待客運行等で、
連日本番と同じダイヤで動いている汽車ポッポ。

片道たかだか60km足らずの距離を、
7時間掛けてゆっくりゆっくり往復するわけで、
60kmというと、さてどのくらいだろうか?とGoogle地図を広げて、
自分的に馴染みがある尺度で言えば、東京駅から中央線快速に乗り、
途中立川駅で青梅線に乗り換えつつ(直通もある)、青梅に到着する距離…
そういうことになるらしい。

そんなのはまさに「一眠り」な距離に過ぎず、
実を言えば青梅線直通で安心して爆睡した結果、
ほぼ往復してスタート地点に戻った事すらあるのを思えば、
この遅さははどう考えても
「撮り鉄サン、どうぞいらっしゃい!」
と誘ってるとしか思えない。

そういうわけで、特に撮り鉄クンではないけれど、
ならば手近の鉄橋で…となるのだった。

またこれは最近のマイブームでもあるクラシック・レンズ・チェックの
格好の素材でもあるわけで、毎日、残念ながら朝早くには決して行けてないけれど、
復路の夕方、毎日違うレンズをカメラに装填しつつ、
いろいろなアングルを様々試しながら日々鍛錬!というわけだ。

リハーサルだというのに、既に例によっての超高級一眼レフオヤジ軍団は
その豪華さを競うがごとく、三脚と脚立の放列を成すわけだが、
そんな中で、ヘリコイド(ピントリング)をグリグリ手回しで
急がしそうにしてる輩はさすがに私だけだなあ....(笑)。
こいつ戦争中みたいな古臭くて異様なレンズでゴソゴソ忙しなく何してる?
って視線は、実はほんのちょっと誇らしくもあったりして!。

必ずしも好天に恵まれてるわけではない今週1週間であるのだが、
さて週末はいよいよ本番…
さてさて僅か10秒に満たないオン・ザ・ブリッジ劇場!
どこの場所に陣取り、どのレンズで行くか…
いまだに決めかねているのだった。

ところで望遠レンズというのを、相当しばらく使ってないのだが、
いやあ持ってくれば良かったぜ!と思ったのが、昨日、
川の向こう岸の土手に何やら巨大な犬が放し飼いされてる??
何だあれ?と凝視するとなんとそれはカモシカ!。

周囲のカメラマンさん方や、近所のオバさん的な(汽車ポッポの)野次馬な方々にも
指差して「ほらほら!」と少し興奮して促すのだが、
ご近所さん、カメラマンさん達ともにやけに冷静に
「そうねえカモシカ…」
「カモシカだね、それが何か?」という素っ気ない調子。

だってカモシカだよ、ニホン・カモシカ….えっ、何で...??

どうやらこれはそんなに珍しい光景ではないらしい…。
なんだか我が故郷の、しかも曲がりなりにも街の中心部の一角で
野生のニホン・カモシカの闊歩が日常の景色…。

自慢出来るのか卑下すべきなのか、
大混乱するポンポコ村在の草臥れオヂサンであるのだった。



中学生の頃、映画雑誌や音楽雑誌のグラビアにちょくちょく登場する
セルジュ・ゲンズブールジェーン・バーキン夫妻の姿というのが、
実は強烈な印象として残っていた。

何だかよくわからないが、大人の、それもなにやらタダならぬ雰囲気を
醸し出し、なんだか尋常ではない種類の胸騒ぎがするご夫婦の姿…。

実際に彼らの歌を聴く機会というのは、コチラが大人になるまでなかったのだが、
途中、ゲンズブールがフランズギャルの「夢見るシャンソン人形」や
フランソワーズアルディの「さよならを教えて-Comment te dire adieu?」の
作者である事を知ると、単にヴィジュアルだけではなく、
その才能が気になり出し、一時期だが情報を収集し、作品を集めるようになった。

ちょっとエロい音楽そのものよりも、とても素敵なプロモフィルムに注目して欲しい、
ご夫婦(当時)共演の「ジュテーム」。
フィルムレンズのモヨヨな風合いが、何となく妙に身近に感じる今日この頃である。


「♪私のフランソワーズ」ことフランソワーズ・アルディ。
コレは日本でも相当ヒットした「さよならを教えて」
今聴くとピチカーチファイブあたりの渋谷系な気がしなくもない。

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ぶっきらぼうな秋なんです

fall.jpg

まだ圧倒的な紅葉!というわけでもないし、
秋深し…とは、とても言えないくらい日向はポカポカしている。
早い話が中途半端でブッキラボウでちょっと雑な感も否めない、
公園の土手もモヤモヤと秋なんです。

そしてココは紅葉がまだ散りきらないうちに突然ドッカと
雪が降り積もり、フェードインもアウトもなく、
いきなりカットインで冬景色に場面が変わるんです。

だから今の時期、天気の良い日はとにかくカメラを持って外へ出ようぜ!
そんなウララカながら、実は切実な秋の日なんです。


今日はちょっと目的あって、ごく普通の国産AF(オートフォーカス)レンズを
カメラに乗っけておでかけ…。
目的物はちと理由あってまた後日…なんだけれど、
久々の普通のAFレンズ、呆気ないほど簡単で、
写真を撮ってる気が一向にしない。

半押しシャッターであっという間にピントが合ってしまう呆気なさ。

電動式パチンコ機が出始めの頃、あっという間に持ち球が無くなる最新機種を憂いて、
「やっぱワシは一球入魂の手打ち式がいいな!」
なんて捨て台詞を吐きながら、下北沢の駅前パチンコ店の
奥の旧式機コーナーに移動する奴は大勢いたけれど、
きっと今の自分もそういう心境なんだろうな…

何でも便利になるけど、ピントリングをグリグリと指先で転がしながら、
徐々に徐々にオルガスムスに近付いて行くが如きこのメクルメク快感部分を、
電子制御でピピッと自動化してどうしようって言うんだろうか?

電動パチンコもそれはそれで別の意味での技術や奥義があるわけで、
然るに勝ち負けがあるように、AFはAFでみんな同じになるわけではなく、
別の意味で様々個性が出るのだろうと思うし、
そうじゃないとコンテスト自体が成り立たないだろう。
常に価格の高いボディとレンズ所有者の勝ち!
それではあまりにも卑屈ではないか!
(カメラ店主催のそういう主旨のコンテストもあるそうだが…)。

自分がオーディオ機器に投資する事をやめたのも、
良い音を聴きたかったらもっと投資しろ!
金さえ出しゃあナンボでもいい音聴かせてやるぜ!
カメラは絶対そうじゃないって信じてるし、
まあ少ないながらも好きな写真家さんは皆わりと
洒脱でレトロなカメラやレンズ使ってて、
その辺は安心してるんだけどね。

自分にはノンビリダラダラ、
ピンボケ寸前だが、何だか不思議な感覚の
ドロロン写真が合ってるみたい。



ヴィネガージョーを解散させてソロアーティストになったロバートパーマー。
ジョンレノンも辛うじて存命中の1980年のある日、
やっぱり西新宿の英盤屋で「これいいよ!」って奨められて購入した
7インチシングル。

まだソロになったばかりで、海のものとも山のものとも付かない存在の
ロバートパーマー渾身の作は、何とビートルズナンバーの、
やや中途半端さがとっても惜しい感じのテクノ版「NOT A SECOND TIME」。

元曲が、ややマニアックながらも実はロックファンなら誰もが知ってるって言う
微妙な琴線に触れる、実に絶妙な選曲ってこともあって、
当時の西新宿界隈では相当評判になっていた。
まあ一般的には全然売れなかったみたいだけどね。

また当時担当していたアイドルの(名前は最近oyajisannに暴露された!)
あらたな路線を廻って紛糾している時に、僭越ながら「こんな感じでどうですか?」
とこの曲を提示したら、マネージャーやディレクター氏に「バカ言うな!」と
一喝されたが、彼女の次回作は何故かテクノ曲になっていた...。


んでもって、ビートルズのオリジナルも念のため。
曲自体より映像がレア!


CluesClues
(2012/01/24)
Robert Palmer

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With the BeatlesWith the Beatles
(1987/11/16)
The Beatles

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嵐の前の賑やかさ

porto.jpg
-Porto-

秋田の、年に一度の
「街中アッチコッチ、アマチュア音楽イベント=PMAことPower Of Music Akita」。
またその季節がやって来た。

なんと私はもう4回目!。
昨日たまたま東京にいる家人が
「アンタの顔、忘れちゃいそうだから、たまにはせめて写メぐらい送ってよね」
というので、イエネコの写真を送ったら、深い溜息をつきつつ
「まあそれならそれでいいけどね…モモかわいいし…」 
そんな倦怠そのものな会話をしてたなあと思い出しつつ、
ああ、そう言えばもう4年目なのか故郷隠遁生活…(震災の年だったもんなあ)。
顔、確かに忘れられるよな…。と少々焦って、
さっきアホ面半笑いのスケベ中年写メをコッソリ送ってみたりするのだった。
こんな下品な顔だったろうか拙宅の旦那は…
今ごろそう思ってるに違いない。

民謡や舞踊、クワイヤからエスニック、
そしてあらゆるスタイルのポピュラーミュージック全部ひっくるめて、
秋田のアマチュア音楽愛好家が総力を結集し、
街角のアッチコッチで生演奏が聴ける、秋田に居て良かった!
と思える数少ない行事の、待ちに待ったその日は、
台風19号が接近中の、今にもドシャドシャと落ちて来そうな
不穏極まるお天気の中、粛々と行なわれたのだった。

もちろん我らが友人バンドPORTOもAUGUST MOONも、
元気で溌剌とした姿を見せてくれた。

お天気は鬱々たる曇り空だけど、
街角のアチコチから聴こえてくる音楽の幸福な響きに、
思わず大感謝!な一日である。

august moon
-August Moon-

まあ蛇足であるのは充分承知しているが、
少し不満なのは、メイン会場の夜を、
くだらないプロフェッショナルなジャズ屋さんらに占有される事が
どうにも許し難く、看過できない。

あくまでも個人的な見解だが、JAZZって音楽は「密室音楽」。
狭い空間で、少々の酩酊状態を伴いつつ、
こそこそと多少のヤマシサを持ちつつ聴くイカガワシイ音楽であると思っているから、
オープンエアな野外ステージで華々しく繰り広げるような
大らかで清らかな音楽では決してない。

誤解のないように言えば、
昼間のビッグバンドさん達(アマチュア)のご出演に文句は一切ない。
それでも、あの立派なステージは不要=地面に椅子を並べればそれで良いと思うし、
その方がお客さんも近くて、お互いにメリットはあるはずだ。

許せないのは、あの立派な野外ステージで、
ポロポロとキャバレー音楽よろしく薄汚れた音を発するプロ達は、
街角のアマチュアの方々の熱意と素晴らしい音を少し見習った方がいい!。
君らが失ってしまった音楽が好き!っていう純粋な気持ちの前に
君らは平伏すべきだ....。

ところが昼間に君らが街角に乱入し、演奏に加わったような話も聴いてないから、
精神的にもう腐りきってると云うか、
無理なんだろうねキミラには....。

あのステージは昼間頑張ったアマチュアの方々に開放して、
アンコール演奏すべき!うす汚いJAZZ屋さん方、
Go Back To Your Dark Place…である。
ああ久々ディスって清々したな!

Porto(モノクロ)はCarl Zeiss Tessar
August Moon(もやもやカラー?)はP.Angenieux Paris

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厄介な美学

fox2.jpg
10/11(土)秋田市通町商店街・招福・狐の行列..より。

事前に大会役員(?)の方から、写真撮影は自由だが、
フェースブックなどに無尽蔵にアップするなどは
個人情報保護等の見地から言語道断で禁止とします!と云われたので、
個人が特定出来るような撮影を意識的に自粛することにしたら、
意外にも面白いショットが撮れてたりして…。
(みんな狐のメークな中で個人特定云々って言う話も....)

アンジェニューとテッサーと、ごく普通の標準AFレンズの3つを
手早く交換しながらグリグリと撮るのだが、奇妙なエロスに誘なわれつつ、
やっぱりアンジェニューのウスラボンヤリなピンボケ紙一重ユルフワ写真を
最終的に選んでしまうギリギリうすらボンヤリなオヤジなのであった。



子供時代ならまだしも、いい加減大人の、
本来ならもう選手生活引退間近ってなアラサーな時代に、
人生で3度目の「サッカーチーム」を立ち上げることになった。

さほどヒマじゃなかったし、それなりに土日祝もなく忙しい部署でもあったから、
相当な調整困難も予想されたが(早起きすればどうってことない!)、
なにしろ仕事=とても困難な何でも!という調子だったから、
サッカーチームの一つや二つゾーサもないだろう…
そう思っていたのが甘かった。

当時やっつけていた仕事は、
まずは競争力を高める為に安い労働力を得ねばならぬ中、
まだ中国という選択肢は現実的ではなく、
結果、インドネシアや、タイ、ベトナムに製造拠点を作る。

早い話がオンボロトラックで首都から一昼夜の山奥に工場を建てて、
現地採用の山賊共に日本の最先端ファッション(!)の
パーツ製造ラインを作るって言う無謀な計画(半分成功?)。

さらにはアマゾンの奥地に分け入り、
ガリンペイロって言う香具師達と渡り合って、
資源鉱脈(埋蔵量は不明)の権利を買い取る交渉…
安手のギャング映画みたいにナイフやピストルをちら付かせる交渉相手と、
駆け引きしながらの交渉。

そしてそれらの物資を次々とアマゾン河口の港まで運ぶ定期便を、
やっぱり麻薬組織のボスみたいな胡散臭い風体の船会社のオヤジと交渉して設え、
そしてまだまだまだ、イタリア、スリランカに飛び、
加工やマーケティングなどやるべきことはたくさん…..

そんな状態だから、たかだかサッカーチームくらい…そんな調子だった。

チームを始めて早々に、子供の頃はあまり感じなかった「サッカー観」というのか、
いわゆる「美学」、「哲学」において、一部の方々と相当な差異があることに気が付いた。

自分の主旨はまずは「愉しく!」そして「何よりチームワークが大事」。
選手達はそのスキルに若干の差はあっても、
おたがいを尊重し、尊敬しあい、何があっても助け合う。
チームとはそういうもの…。

ところが、それは単なる幻想!、競争原理あってこその自由主義、民主主義。
アナタのその甘過ぎる哲学は、あり得ない幻想共産主義だ!
サヨクだ、アサヒだ、ジョンとヨーコだ(?)と大批判された(それも部下にだ)。

彼らの論もよくわかるのだが、まずは楽しみでやってるサッカーであるし、
その中で殺伐としたものを取り入れるのは私の本意ではない…として、
結果的にチームは創設した早々に分裂した。

思えばアマゾンでもチェンマイの山奥でも、交渉はすべて欲得ズク。
早い話がウインウインな落とし所さえ見つければ、
そこには美学だの、哲学などが介在しない分、
簡単に握手ができて酒を交わせる単純明快なもので、
ちっとも困難ではないのだ(とってもメンドくさいだけ)。

普段は会社で、うまく連携連動してる仲間とはいっても、
この思想の差異だけはどうにも解消出来るものではなく、
分裂せざるを得ないわけで、なんだか寂しくもあるのだった。

結果的には我々のノンビリホノボノさんチームは、
やがて大所帯チームに成長し、日本サッカー協会が目指すカースト制・最下層の
アンタッチャブル・リーグながら地域リーグの「世田谷リーグ」に参戦するまでに成長するが、
自由競争主義陣営のチームはさらに内紛が起こり、
もうわけ分らんほどに離合集散を繰り返した末に、数ヶ月で完全消滅した。

今のこの日本、いや世界…
おたがいウインウインな関係で平和を希求することなど
実に容易いことと思われるのだが、
思想だの歴史観だの…そんな微々たる精神性で永遠に交わることはない2本の線…
否定はしないけど、難しくてメンドくさい。
まだ欲得の唯物論的、「銭でんがな」....の方が
よっぽど単純で分りやすいな。



大昔、西新宿の新宿レコードっていう英盤専門店に
週一で通ってる時分に、店の名物お母さん(!)に

「ああPIPCO君、待ってたのよお、これねP.I.L辞めた"じゃあうぉおぶる"、
 絶対気に入るから何にも言わず買ってゆきなさい!?」

と7インチシングルながら、まるでニンジンでも奨められるように
呆気なく買って帰って、結果「大満足!」。
当時のカセットウォークマンに入れて世界中、
イスタンブールでもドバイでも、ハノイ、チェンマイ、
北京ベルリンダブリンリベリア、束になって輪になって…(???)
持って廻って聴きながら軽く別の意味でトリップしてたのがコレ。

そして生意気盛りでハナモチナラない、バブリー時代の日本人の私が、
どこの国の市場でもいう言葉…。

P.I.Lのジャーウーブルが脱退して最初の仕事がコレなのか、
P.I.L以前の仕事なのか判然としないのだが、
なにしろ解散したのか、そうじゃないのか?
新作がプッツリ途絶えたP.I.L界隈で唯一、活動が華やかで
ありがたい存在だった彼の、後にも先にも出来過ぎな本作
How Much Are They?


Full CircleFull Circle
(1992/07/31)
Holger Czukay、Jaki Liebzeit 他

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ゆるふわぽよよのグレープフルーツムーン

susuki.jpg
ススキは「芒」、或いは「薄」と書く。
いずれにせよ、うすボンヤリして、虚ろな存在なんだろうな。
…だったら仲間じゃないか…。

ここのところ、最も取り扱いが厄介ながら、
「ユルフワポヨヨ」な描写でお馴染みの(?)
おふらんす製のクラシックレンズ「アンジェニュー」ばかり
持ち出しては使っているけれど、今日は天気もいいし、
久々にギルドの本場ドイッチェラン製のカール・ツァイス・レンズを
カメラに装着し出掛けることにした。

ヌーボーとして(?)、モンマルトルの緩やかな稜線のように
ユルフワボヨヨの、まことに合わせ難いアンジェニューのピント調整に
心ならずも馴れてしまっていたので、
ツァイスのいかにも我が闘争でメッサーシュミットでアウトバーンでゾーリンゲンで、
つまるところメルセデスな(?)刹那感満載のドイツ帝国製らしい、
正確無比でシャキーン+キリリな歯切れの良い描写は、
ノーベル物理学賞なわりにはマニファクチャーな日本製カメラの、
ややヌルメの液晶画面上でも充分伝わり実に小気味よい。

ところが、そのいかにも優等生で従順なツカエル部下たるゲシュタポ君に、
何か「ん?」と物足りなさを感じてしまうのはどういう現象だろうか?

切れ味鋭い優等生は、ここ一番の失敗出来ない局面では、
絶対ハズセナイ信頼感と安心感が確かにあるけれど、
逆にそんな緊迫した局面ではない今日のような(いつものような?)
ボンヤリとした季節感などを切り取ろうとしてる状況では、
ちょっと青っパナたらし気味で、少々オツム足りない系の
ヌボーっとした奴だけど、何だか知らんが、あいつを使いたい、
あいつの能天気さに何だか妙に頼りたい…
そう強く思ったりする。

特に目の前に、ゆるくて柔らかくて、
おまけに存在感の薄い「ススキ」なんぞが現れると、
ここはシャキシャキピーン!ではなくて、
青っパナ・ユルフワポヨヨの登場ではないか!。
まさにおふらんす生まれの彼の出番ではないかっ!…。

そういうわけでポヨヨヨ・アンジェニュー・レンズでの
ユルフワ・ススキの狂宴!
眠たくなる画像になったら大成功であるのだ。


カメラは持って出たものの、
実は今日は朝から病院に張り付きっぱなしの3科集中外来の日。

検査や診察でヘトヘトになっての帰宅途中、
ちょっと寄り道して写真を撮ってたら、
あっという間に釣瓶落としで日も暮れて、
東の空の低いところには超デカイ赤黄色の月が…。

そうか今日は皆既月食かあ…と、
まだ一向に欠けてない真ん丸のデッカいお月さんを眺めながら、
東京の月も秋田の月も、中国の月も韓国の月も、
そしてシリアの月も、みんなおんなじ「お月様」…
なんてちょっとセンチになったりしつつ、
気が付いたらこの唄を口ずさんでいた。

まだ70年代の美声だった頃(?)のトム・ウェイツ
あの頃一番好きだった「グレープフルーツ・ムーン」。


Closing TimeClosing Time
(1994/06/16)
Tom Waits

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あの頃のまま...ってわけにはいかない話

tya
ある日の茶室

21歳で初めて、デビュー直前の同い年の女性新人歌手(ロック?ポップ系)の、
きちんとギャラ(¥0.8万/日)がいただけるバックバンドの
ギター弾きの仕事にありついた。

来る日も来る日もリハーサルとライブハウス規模ながら全国をツアーする日々。
ツアーといっても大体が所属プロ輸送部の中古バスを改造した楽器車に乗り込んでの
アメリカ大陸横断みたいな旅。

当然バンドの結束は高まるのだが、
突然の「大人の事情」によるバンドの解散&解雇通告…
TV露出用にバンドごとイケメン路線に変更なんだそうだ
(スネ夫クンヘアーに赤いバンダナ首に巻いてる連中!)。

クビ宣告の後、マネージャーは

「お前はソコソコのガッコ行ってるんだから、
 戻れるうちに戻っとかないと人生後悔するぞ!…」

そう言って自身の罪の意識を和らげようとしたのだろうが、
残念ながら既に遅かったのだ…。

結局、業界に残ってジタバタしながらも、22歳になっていた私は、
同じジムショのポップス系新人アイドル少女(16歳!)の
専任ギタリストに収まっていて、それを軸に、
時々だが私を妙に気に入ってくれたディレクターの録音現場に呼ばれたり、
誰かのツアーや単発のトラ、或いは何らかのプロジェクトに呼ばれたり
(ロック・ミュージカル…なんてやったな!)、
歌手のタマゴ達のスタジオレッスンに付き合ったり、
他にも編曲仕事やインペグ屋の真似事(音楽家の人材派遣業)、
さらには浮世のしがらみでPAオペレータなども含め、
なんとなく…いや思い返せば相当に忙しく過ごしていた。
忙しいだけであんまり稼げなかったけどね…。

実は相当入れ込んだポップス系アイドル少女は、
結局大して売れなかったが、信じ難いほどの天賦の才能には私ばかりではなく、
業界内の尖った方々の評価も高く(実は今も彼女は現役トップ”コーラス”シンガー!)、
月1定期で開いていたライヴには毎回、
業界著名人やアーティストが数多く訪れるような感じで、
業界人脈だけは結構そこで作り上げることが出来たりする。

まだ何も達成したわけではなかったが、このままボンヤリと生きていくのも、
それはそれで悪くないかな…
ノロノロユラユラフラフラとした曖昧な人生…。

そんなとき故郷の実家から届いた祖父の訃報。
ところがユラユラフラフラの自分は、自宅にもほとんど帰らない日々で
その訃報を受け取れず、届いた時点で既に葬式も終わってたっていう
テイタラクに大層落ち込み、さらに続けて中学生のイトコが
「おらあアイドル歌手になるだ!」と家出して上京。
オマエのせいだからなんとかしてやれ!と、
親戚連中に云われても、まだ何のチカラもない自分。
そしてありがちな自身の結婚問題等々...
様々なことが重なって、

「このままズルズルしてちゃ駄目だなやっぱ…」。

そう思いながらさらに2年ぐらい掛かって、
他の人より少しマワリ道をしたけれど、
ここでやっと普通の「月給取り」に転身した時には、
既に25歳になろうとしていた。



ここでその小娘の歌を一発!と思ったら、
何故だかyoutubeから彼女の歌がほとんど削除されていた
(全部じゃないが肝心のがいくつか消えている)。
まだツマビラカにするなや…ってことかな? 
そのうち自力でアップするなりしますので、それまで少々お待ちを。

前回「ブレバタ」をアップしたのまでは良いけれど、
やはりこの歌がないとどうも収まりが悪い。
そういうわけで、昭和の日本が生んだ最も偉大な作曲家だと私は信じて疑わない
ユーミン」書き下ろしによる珠玉のメロディ
あの頃のまま」…やっぱ、いい曲はいいね!。


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人生なかなか思うにならない!

neko.jpg

商店街の人気者。
ネコも写真もふわふわのゆるゆるのもやもや
今日もいい調子…。




高校に入学したら、エレキギターを買って、髪を伸ばして
ロックバンドザンマイの、サイケで自堕落でラヴ&ピースな生活を送ってやるぜ!
密かにそう画策していたのだが、人生なかなか思う通りにはならない。

入学して3日目には、ちょっとした成りゆきから、
サッカー同好会を立ち上げ、正式な「部」への昇格をひたすら目指す、
スポーツマンとは別の意味の「運動家」に成り果てていた。

メンバー集めは意外にもスムーズに当初予定を達成していたから、
「部」への昇格も簡単に認可されるだろうと高を括っていたのだが、
メンバーの数がアッサリ揃ってしまったことで、
逆に過疎化が進む既存運動部に良からぬ刺激を与えてしまい、
仮に学校がサッカー部を認可しても、我が部は放課後の校庭の独占使用を
サッカー部に譲る気持ちは一切ない!と宣言され、
それに教師達も賛同したために、校庭は遠征試合などで空いていても
基本的に使うことが出来なくなった。

近場の企業グランド(野球場!)と交渉したり、
さらには神社の参道整備工事を手伝う交換条件で境内を使わせてもらうなど、
当面は日替りで移動するジプシー同好会となる。

運営資金もないから、会費として月三百円か五百円か(忘れた!)徴収して、
用具を買い(ボールだけあれば何とかなるのがこの競技の良いところ)、
週1くらいが精々ながら市のグランドを使用料を支払って借りたり、
練習試合の移動経費などに充てるのだが台所は火の車。

そんな中でも1年掛かりの交渉が実り、県の高校サッカー連盟から
「同好会ながら特例で公式戦参入」が認められたことで、
生徒会から年数万円ながら割当予算を獲得する。
(何故かいつも妨害する日教組系の教員達とは対照的に、
 生徒会はいつも好意的だった)

学校から『部長・監督』という、言わば御目付役が専任され(名目だけ)、
実質物置だった部屋を部室として与えられた。
もはや実質「部」の体裁となるのだが、
正式には相変わらず「同好会」のままだった。

「既存フットボールとの競合は好ましくない」
学校職員からの回答はいつも同じだった。

ラグビーとサッカーが競合してどこが好ましくないのか?
誰も答えなかったが、相当に強い圧力があるのをはっきりと感じていた。

さて公式戦に遂に突入した。
しかし大変なことを忘れていた。
ユニフォームを購入せねばならない。
しかし予算執行は新年度…。
やむなく全員自腹で購入して、それをクラブに寄付してシンボライズし、
未来の部員達に創部精神を代々語り継いでもらおうじゃないか!
そう意気込んで、色やデザインを相談して決めたまではいいのだが、
サッカーのユニフォームは高校生には意外に高い…。

そんなわけでグリーンのTシャツにフェルトの背番号を縫い付けて、
胸には学校のエンブレムパッチをアイロンで貼付けた粗末なもの…
しかしユニフォームとはなんであれ「誇り」に違いない。
あとは颯爽と試合に臨むのみ。

ところが試合前日、高校サッカー連盟からとんでもない連絡が入った。
1回戦の対戦相手とユニフォームのカラーが被っている…
先方は県北部の遠隔地の学校のため、中央部の貴校側が
第2ユ二フォームに変更するべし…。

試合当日の朝、スーパーマーケット開店の10時に入って、
最安値の1着1000円の白Tシャツをまとめ買い。
油性黒マジックで2~15までの背番号を描いた。

もはや誇りも何もあったもんじゃないが、
公式デビュー戦はそうしたイデタチで、当然ながら失笑こぼれる中おこない、
そして華々しく敗れたのであった。

試合後、現在も県プロサッカーの実力者である某強豪校サッカー部監督から、
「お前らの本気、しかと受け止めたぞ、頑張れ!」
という激励の言葉をいただいて感動したのだが、
肝心の母校側は何故かこの一件を「恥」と捉えたようで、
様々な陰口が囁かれ、校内では嘲笑の対象になってしまって、
メンバーはまたも減ってゆくのだった。

それでもリーグ戦ではじりじりと勝ち星を得れるくらいにまでなって、
やがて3年生になると何故だかどっと新入部員が入部し、
他の部の人数をはるかに凌ぐ大所帯になったところで、
まだまだ「同好会」のままだが、何となく自分の役割も終わったかな…と思い始め、
やっと念願のラヴ&ピースな『ロックバンド』へ回帰してゆく私であったが、
そこでまたちょっとした成りゆきで…

誘われるまま加わったのがフォーク系のバンドのベース奏者…。
人生なかなか思うにならない!。



そんなわけで自分としては、まったく納得出来ない○○○姫だとか
○○コースなんていう日本語のフォーキーな世界にはやっぱり相当に抵抗感あって
そこで提案した私側の折衷案が、この曲を演ること!。

そういうわけで半ば強引だが、この曲をバンドのレパートリーとしたのが突破口となり、
その後ユーミンとかTin Pan方向にバンドはシフトしてゆく。

後年、山下達郎サンもこの曲をカバーするし、
さらに私がギターで担当した女性アイドル達も各々この曲をカバーした上、
奇遇だがこの曲の作者の奧方にやがてなる歌手Mさんの仕事もした。
そういう意味では私の運命を大きく変えた曲かもしれないなあとも思う。

サイケでラヴ&ピースでエッジの利いたロックではなかったけれど…。

ブレッド&バターで『ピンク・シャドウ』(近年版)


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モヤモヤのグリグリ

DSC06441.jpg
@秋田公立美術大学

きちんとね「1枚よろしいですかあ?」とお願いしたら、
彼女はきっちりベストスマイルをくれたんですよ….! 

ところが、こちとら例によって手動ピントリングをグリグリグリ…
と約10秒...さてお待たせ!と思ったら、
彼女、既に作業モードに戻っちゃってましたよ…。

最近の国産レンズなら、髪の毛も1本1本が極めて精彩に、
アフリカ人の視力か!?と思うほど麗しく写るはず…。
ところがこのフランス製クラシックレンズは何となく
モヤ~ッとハッキリしない写り…髪の毛の描写も大雑把。

しかしなんともレトロで、しっとりとした皮膚の感じとか、
全体的にユルくてウエットなイデタチがとても愛おしい感じ…。

技術先進国の日本やドイツの工業的感覚ではダメダメな描写力って
ところなのかもしれないけれど、
どことなくフランス・ヌーベルバーグのアンニュイな感じ…
嫌いぢゃないです。
ジョンレノンが愛用してたのもうなづけますな。



音楽で生計を立て始めた時分、
ミュージシャン仲間ではなにしろEarth Wind And Fireが大ブーム。
ところが自分的にはこれが少々苦手で(ファルセット系がいまだにダメ)、
それならむしろTower Of Powerのほうが断然好き!…って、
高校生の頃から主張してた!。

ホーン隊ばかりが注目されるが、このバンドのキモは何といっても
強力なリズム隊!
drum 'n bassの繰り出すダイナミクスの利いた歯切れの良い16ビート感覚は、
当時としてはとってもカッコ良くて新鮮だった。

その中でも特に好きなのがギターのブルース・コンテ。
渋くネットリとリズムをキメつつ、派手なソロこそないが、
効果的なオカズでしっかり自己主張もする。
ギターヒーローというより、いぶし銀の職人的バンドマンという立ち位置や、
そこらの所作がとってもカッコいいって思ってた。

後年、私は成りゆきながらもTower of Powerを意識して
9ピース(リズム4+ホーン5)の「歌伴バンド(不特定歌手さんのバックバンド)」
を結成し、ギタリスト兼営業マネージャー的な立場となるのだが、
様々問題含みで長くは続かなかった。

Tower Of Powerも80年代に入ると、
悲しいかな「バラ売りセッション活動専門」が目立つようになり、
そのまま消えてゆくのかと思いきや、メンバーチェンジを繰り返しつつ、
現在も精力的に活動中らしい。

というわけで、かっこいいブルース・コンテ在籍中のライブ映像から
What Is Hip!


Tower of PowerTower of Power
(1999/02/26)
Tower Of Power

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アナクロでアナログ

rose.jpg
アンジェニューの妖しくて不思議な描写力...

もう大昔の話になるけれど、
アナログ・シンセサイザーが何とか四畳半暮らしの貧乏学生にも
手に入れられるくらい廉価になった70年代後半、
私は迷わずKORG(確か京王技研?)と云うメーカーのMS-20っていう、
憧れの「簞笥シンセ」と呼ばれたMoogの簡略版的?な、
パッチで各モジュールを繋ぐ式の「気分だけMoog III」な機種を購入した。

四畳半の炬燵の上に、ミカンと並んでちょこんと置かれたシンセサイザー。
パッチコードが複雑に入り組んだ空想科学チックなフロントパネルのイデタチから、
そのまま宇宙にひとっ飛び、気ままな時間旅行も自由自在…
そんな佇まいから、これはもう無限の可能性を秘めた究極の楽器に相違ない!
俺は手に入れたぞ!ザマア見ろ、明日から勝ち組だぜ!。

バイバイ四畳半!
臭い共同トイレ&洗面器抱えた銭湯通いよさようなら…
そして、カモン!ユニットバスにオール電化、
東京タワーが間近に見えるアルミサッシの輝く(?)陽当たりの良いテラスには、
シンメトリックに配置されたパームツリーかベンジャミンがサワサワと風にそよぐ、
憧れのワンルームマンション生活?(どこまでも貧乏臭いなあ!)。 
ザマア見ろー…ワッハッハッハ…と、
貧乏に浸かりきった奴の妄想は果てしない。

様々な形で発振させたノイズを変調させて音色を作り出すアナログシンセ。
なにしろ当初は適当に弄ってるだけなのに、
予想だにしない分厚くて、信じ難いような奇怪なサウンドが、
恐しく不敵な光を放つ刃物のようにビュンと飛び出して、
その剥き出しの斬新さ、新鮮さに酔いしれるのだが、
そもそもそれらをバンクして、手早くライブで再現なんてとても困難だし、
驚愕のサウンドをヒト前でお披露目しようにも

「あれえ、おっかしいなあ…昨日はちゃんと…」と、
二度と同じ音を作り出せず、
ただただ非実用的でメンドくさいだけのお化けボックスと云うことに気付くと、
やがては常にコントロール可能な手慣れた無難な音
(=例えばシンセベースなど)を得るだけのツマラナイ装置と成り果てるのだった。

やがて極めて数学的かつ論理的なアルゴリズム乗算によって
予定調和な音を合成し、それをメモリーバンクにストックしつつ、
いつでも呼び出せる利便性を備えたデジタルシンセに、
音楽界はあっさりと取って代わられるのだった。

wood-end-cheeks-ms-20-mini.jpg


ちょっと珍品な部類のフランス製レンズのAngenieuxとか
東独Zeissなんていう、古くて、なにしろ扱いが超メンド臭くて、
お陽様が出てる方向にほんのちょっと向くだけで、
上の写真の左側のような激しいカオス状態になったりと
厄介この上ないレンズに今夢中である。

写真の殆どはボンヤリした失敗作の山また山。
ところがゴク稀に、なんだこのエグさ、エゲツナさは!と、
まさにアナログシンセ時代を彷彿させる、
キラリと光るアイクチのごとき鮮烈な「写真」に出会うこともあるから、
もう愉しくてやめられない。
もちろん駄作&愚作の累々たる山に、己の才能の貧困を嘆くのもまた頻繁…。

結局はデジタルカメラの恐ろしいほどの進化のおかげで、
それまで「埃を被ってた眠ってたオールドレンズ群」が突然使えるようになって、
それぞれが持つ元々のポテンシャルを100%以上発揮出来る環境が整備されたわけで、
イニシエのガラス研磨職人の技術力と現代テクノロジーの融合=
双方イイトコ取り…これに勝るものはないなあ…なんて今更思いつつ、
よくわからんが、その恩恵に心ゆくまで浴させてもらいましょう!という、
ノウテンキで超アナクロなオッサンなのであった。



2002年のことらしい。Levi'sジーンズの、ウルトラカッコいいCMに、
典型的Modsサウンドのこの曲が使われてて、何だこれは!と調べたら、
これが65年発売のHipstar Imageってグループの「Make Her Mine」。
当時はまったくヒットせず、このシングル1枚っきりで埋もれたグループらしい。
しかもこの曲はそのB面曲…。

今の耳で聴けば、えらくモダンで、Modsの代表曲みたいに聴こえるけれど、
65年当時はそれ以上にイキの良いバンド、グループがたくさんいたんだろうねえ…。

ちなみにビートルズはどっちかって云うと、革ジャン&リーゼントの
ロッカーズスタイルだったけど、マネージャーのエプスタインの発案で
Modsスタイルに変更してデビューしたのは周知の通り。

私もちょっと恥ずかしいが、20代の頃はダッフルコートにローファーで
ペパーミントグリーンのVespa(50ccだけど…)に乗って
「さらば青春の光」よろしく気取ってましたよ!
(ズボン(!)の裾が油なんかで汚れないようにVespa=スクーターなんだねModsは...)

その頃はTHE JAMとか口ずさんでいたかなあ…。
というわけで「Make Her Mine」!


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