ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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ご挨拶と言いわけと...

2014.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45 (Leica-M39)

旧年中は、このクドくて拙いオヤジブログにお付き合いくださいまして
ありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

新年も何卒よろしくお願い申し上げます。


2014年は、写真的に新しい挑戦の年になりました。
「デジタルカメラ(一眼)」の写りすぎる体裁の良い世界には、
以前から何となく疑問を感じてはいたんです...。
見た目と写真の誤差というのか、印象がどうも実際と違う…。

光が違う、影が違う、色が違う…
そうなると記憶の中のニオイとか空気感、
それら何もかもが異様に違って美化され過ぎてるような
そう感じるわけです。
八神ナニガシの古い唄じゃないですが、
「想い出は美しすぎて」じゃあイカンのです...。

しかもド近眼で、現在は病気で隻眼状態の自分が観て感じた
景色、世界は、デジタルカメラの嘘くさい華やかさとは、
随分と齟齬が有る気がしたわけです。

そんな理由で、古くてクセのある50~70年も前のレンズに魅力を感じてみたり、
デジカメのパラメータ類のプログラムを全てリセットして、
ほぼ最低値設定にしてみたり、カラーを放棄してみたり…。

当ブログ読者様には、そんな稚拙で気持ち悪い写真に
真摯にお付き合いいただいた上に、相当な忍耐を強いてしまったりして、
本当に申し訳ないと、心の底から思ってます。
ですが、おそらく今後もキレイな景色は出て来ないと思うので、
それはもうあしからずというほかありません。

まあなにしろ、そんなわけで2015年も、
温かい目でよろしくお願いいたします。          pipco1980

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希望の未来へ

市場1
Pentacon auto 'Monocoat' 1.8/50 (M42)
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市場は大忙し!

少し廻り道をしたので、20代中頃を過ぎてから、やや遅い「実社会」に身を投じ、
会社の急激な成長とともに自分も叩き上げて来たものの、
40代初めで会社も自分もドスンと挫折。

その後、小さな会社の副社長…とはいえ、
実際は組織のダークサイドを一身に担う役割で、
たった3年で身体と精神のバランスを少しオカシクして
逃げるように辞職。

その後は病気療養などを経て、全く畑違いの会社に当然の
「平社員」で入社した。

40代ももう後半に差し掛かっていたけれど、
ここで生まれて初めて真っ当で健全な「平社員」を経験した。

コンサルティングが主な仕事なので、一分でも早く仕事を覚え、
情報を出来るだけ多く叩き込むのが肝要だったから、
10歳以上も年下の先輩達のレクチャーに耳を傾け、
膨大な資料を読み耽り、業界の仕組みやコンプライアンスを短時間で学んだ。

自分でも意外だったが、学ぶことは本当に愉しいし、
一度ならずもニ度(三度かな?) までも大きな挫折をしていたから、
普通に働けることがホントにありがたくて嬉しかった。

毎週土曜日は朝礼のあと1時間の社内清掃、そして年末最後の「国民の祝日」は、
「休日出勤手当」を貰って(生まれて初!)の社内大掃除!。
正直「雑巾掛け」なんて小学校の掃除当番以来!
トイレ掃除も、この道何十年(?)のベテランから、その「極意」を学んだり、
大掃除と云えば、蛍光灯を台座ごとはずして天井のススを払い、
蛍光管もダメージの大小に拘らず全て取り替える…そんな当り前のことを
ここで初めて体験して感動したりの、そんなヒリヒリモエモエ(?)の連続だった。

一つの心配は、定年退職のこと。
勿論、あと10数年残されてはいたけれど、
たった10年ちょいしかない。
10年くらいでいったい何が出来るというのだ? 
そう考えると無性に失った時間を取り戻したいと心の底から思うのだ。

総勢100人ほどの中小企業だったが、幸いにして営業成績もまあまあで、
1年ごとに一歩ずつ昇格していった。
主任、係長、課長…。

若い時は、なんにも知らなかったくせに、
途中をすっ飛ばして一気に部長→役員という感じで、
あとから苦労を抱え込むパターンだったから、
一歩一歩の着実感がとても嬉しかった。

社長から、翌年度は「本社次長」ということもあるが、
一度「工場長」を体験してみないか?と打診されていたが、
その返事を保留したまま、私は病に倒れてしまった。

退院して半年経った頃、社長から
「どういう形で今後仕事するか、希望を言ってもらいたい」と言われた時
「これ以上、会社に迷惑はかけられない」として「退職」を選んだ。

50代を目前にして巡り会った「普通」の人達による「普通」の会社…。
丸4年でそれも終わらせてしまったけど、
何だかまだ次の新たな「章」が残されているような、そんな気がする。

そして「最終章」はまだまだ先。
そう思ってまた次の新年を迎えたい。

そういうわけで、来年も希望をもって、
皆様、共に頑張って生きていきましょう!。



ここで一年の締めくくりの音楽を!...何て全然思わない。
音楽は盆も暮れも正月もなく、一年中身の回りにあるのが普通だから、
特別な音楽なんてあるはずがない。
だから真夏にクリスマスソングなんてのも「有り」だし、
真冬のボブ・マーリーもまた格別。

ただ雪が降り出してから、なぜかこの人のCDを引っ張り出して聴くことが多くなった。
先日のキューバ繋がりで、Omal Sosaの不思議なジャズを。


ムラートスムラートス
(2004/07/04)
オマール・ソーサ

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年の暮れのリサゴン

pp.jpg
ENNA München ' Lithagon ' 3.5/35 (M42)

クリスマスが終われば、速攻でお正月の神事へ…
その場面転換の素早さが日本人らしくて心地良い!。

以前から到着していたのだが、使うイトマがなかった新入りのジャンク・レンズ=
ミュンヘン・エンナ社製「リサゴン」。

創業者の娘の名前「Anne」を逆読みにした「Enna」って社名に
「リサ」って銘柄から、女性的な比喩(擬人化)で
「うちの娘が〜」的な呼ばれ方が多いのだが、
なんだかトンデモナイじゃじゃ馬くさい…

まあ値段相応?な不思議な写り…ながら
それなりの評価があるシロモノ(クセ玉として…)でもあるし、
個人的には初めてのゼブラ鏡胴で西側ドイツ製(いつも東側ばかり)
そして憧れの「〜ゴン!」であるから、「使い方次第」で、
面白い写真も期待出来るんだろうが、
名前通りの「怪獣」ってこともあり得る。

なにしろ外はドンヨリとして雪ばかりの、
写真としてはもっともツマラナイ世界。
今のところ、どう使っていいのか全然浮かばないから、
春まではしばしお休みかな。

年代的には、'彼女’ もほぼ同学年だけに、
取り敢えずゆっくり休んでてくださいな…というところです。

個人的には一番言われたくない屈辱的な台詞だけどね。

lithagn01.jpg
アチコチに嫁いで、苦労して来たんだろうか...なんだか姿形も儚なげだ(こらあ、ボロって言うな!)....。



こんな「オヤジバンド」なら、気持ちよくのんびり(?)ベースでも弾いてたい!
心からそう思う。だってストレス全然なさそうじゃん!
しかもこの曲、世紀の唄い手(!?)ジョンハイアットを差し置いてライクーダーが唄い、
その世紀のギタリストを差し置いてジョンハイアットがソロを弾く!
それでもって次は俺の番だぜ!と、密かに心の準備をするニックロウ…
ウシロで余裕綽々の御大ジムケルトナー!
...凄過ぎる。

そんなわけでLittle Village 'Action'


Little VillageLittle Village
(1992/02/18)
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歳末助け合いの悲劇?

foot.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45 (Leica-M39)

生まれて初めての「社会人としての年末」を、
「音楽業界」と云えば聞こえは良いが、クシクもハカラズも
「芸能界」で迎えてしまった私は、噂に聴こえていた
「眠る暇もない多忙生活」をリアルに体験するのであった。

私が主に生業の現場としていた「アイドル系」の方々は、
事務所が社運をかけて制作していた国民的正月恒例番組の収録に駆り出されるので、
「意外とヒマになるかも」なんて云われていたが、
何と苦手な演歌系のお仕事がわんさか入ってくる。

もちろんドナタか売れっ子ギタリストのダブル&トリプルブッキングの尻拭いと云うか、
いわゆる「トラ」っていう代理の仕事なのだが、
それが続々と「頼む頼む、一生のお願い」ってな調子で入ってくる。

遂には担当するアーティストによる選択など二の次になって、
日程と場所に応じてスケジュールを埋めてゆく作業に至るのだ。
「博多か大阪か札幌??」ならば新幹線的に大阪!
えっ「八代…?」…無理無理...やっぱり札幌にしてもらえるかな?
「ぴ、ぴんから?!…もうそれで良い、決まり!。」
「ちなみに博多は誰だったのかな?...
松田聖…?えー、そっちが楽ちんで良かったなあ…」。

そんな調子で、もはや事務所も派閥もあったものじゃあない。
ミュージシャンはバリアフリーで日本全国緊急出動態勢となるのだった。

そういうわけで奇しくも思わぬ仕事に巡りあって、
滅多にない体験をするのも全てこの年末ということになって、
実を言うと、思い出したくもない辛い体験も多々あるわけで、
2年目からは万全の態勢で、早い時期にスケジュールを埋めてしまおう!
と躍起になるのだが、やはり暮れも押し詰まると
「後生だから!一生恩にきるから…ギャラ倍で!…」
なんて予想通りの結果になって、お人好しの私はまた
「わけの分からん現場」で惨めな思いなどするのだった。

後に大掛かりな衣装で有名になる女性演歌歌手さんのキャバレー営業で、
指揮&コーラスを音合わせの場で突然言い渡され
「えー聞いてないよ!」まではセーフだったのだが、演歌歌手さんの前で
「だいたいこの唄知らないし…」と若気の至りで発してしまったことで、
初対面のマネージャーに、楽屋裏の非常階段の踊り場で
胸ぐら掴まれて脅かされたなんてこともあったな
(その年の大ヒット曲だったらしい!)。

そして演歌にありがちな約束違反な別場所での深夜営業の強要
(多分マネージャーの内職仕事?)やら、翌日の営業参加をムリジイされ固辞するも、
預けていた楽器がもう先に次の営業先に行ってしまった…..とか、
なにしろアクドイというより、いい加減。

演歌界の恐ろしさに身震いしつつ、、さすがに3年目は演歌系お断り!。
しかしそれでもTV収録やアルバムのレコーディングなんかがかち合い、
分刻みに様々なスタジオを出入りする厄介過ぎる年末の様子は
やっぱり変らない困った業界であったなあと、今は笑えるけれど、
当時は本気で怒りに奮えつつも、眠くて虚ろな
何が何だかよくわからない12月だったのである。



ジョーコッカーが亡くなったとのこと。

70年代後半頃から、なにかの中毒か?唄いながらもフラフラと
千鳥足みたいなシーンが散見されてはいたけれど、
そこから考えてもさらに30数年、思えば随分と生きながらえたものだなあ…と、
不謹慎ながらそう思った。

絶頂期は、やはりデビュー直後の「Mad Dogs Englishmenツアー」。
即ち当時ビートルズやストーンズ含むイギリス勢ミュージシャンの憧れを
一身に受けていたレオンラッセルのシェルターピープル一派と、
イギリスでも最先端と云われていたクリス・ステイントン率いるグリースバンドを合体させ、
さらに先頃亡くなったボビーキースに至るまで、恵まれ過ぎのバンドを率いてのツアーライブ。
このツアーは映画化され、ビデオも出ているので機会があったら「絶対!」観るべきだ。

ブリティッシュ・インベイジョンも終わり、サイケもヒッピーも終わって
混沌とした世界を席巻したのは、ダウン・トゥ・アースな田舎ソウルサウンド…。
恐らく今もその潮流というか還流のあり方は変わらないと思う。

そういうわけで、スタンダード曲で様々なカバーがあるけれど、
私はジョーコッカー版のこのカバーが一番好き。「Cry Me A River


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黄昏のフルムーン

August Full Moon
Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (Exakta)
+Adobe Photoshop CS6


12/21(Sun)のAugust "FULL" Moon @ALS
8人編成の珍しい「フルムーン」状態。
歳末の駅前の、そぼ降る雪の中の「八月の満月…」
いつにも増しての熱いLive! お見事でした。

このバンドに「モノクローム」が合ってるのかどうかわからない。

どんよりとした鉛色の空に似て陰鬱に沈滞した街の、
歳末の日曜だというのに、さほどの賑やかさもない秋田駅前に、
ほんの一瞬だが、音楽によって鮮やかで暖かい色彩を提供してくれた。
言い換えればAugust Moonは、とってもカラフルなグループであると思う。

ところが写真っていうのは、
そういうメンタルな明るさ・暖かさを写してはくれない。

確実に「こりゃまた積るな…やれやれ」っていう密度の濃い雪が、
ワサワサと音を立てながら、いよいよ降り始めた薄暗くて過疎な街角の
「黄昏年代音楽隊」を、真に輝かせる画像は、
青春時代の「モノクローム」でしか表現出来ないだろう!…

と、真剣に考えた結果(?)少し迷ったけれど、
感じたまま表現することにした。

ほんの一瞬だけ、活気に溢れ、賑やかだった時代のこの街角が甦ったような、
そんな空気を感じて欲しい….
なあ~んちゃってね!

ちなみに使用したレンズはZeissの古いレンズ「ビオタール」。
戦前から1959年まで作られていたらしく、
私の入手したのは最晩期の個体らしいから、
これはもうほぼ「同い年!」の、随分と草臥れたレンズである。

ということは、なにしろそもそも同級生のこのグループも
当然レンズと「同い年」。
この奇遇さはもう、「何をか言わんや」の「モノクローム」…
などと強引に結びつけてみたりして…。

来年もよろしくね~August Moon!



August Moonが最後に演奏した曲、なんだかとっても懐かしかった。
この曲が大ヒットする少し前の「Monkey Island」ってアルバムが
私はとっても好きだったのに、日米ともに全然売れなかった!。

私はまだ東京の片隅というか、ほとんど横浜な、
アマチュアというか、半プロみたいなバンドにいた頃で、
バンドの方向性が、当時流行ってたお洒落な感じのフュージョンとかAORに流れる中、
私はもっと「荒々しく下品でエゲツナク!…ちょうどこのJ.Giles Bandみたいに!!」
と強く主張したにもかかわらず、あっさり却下…。

翌年、突然この曲がバカ当りの大ヒット!「それみたことか!」って
大声で言いたかったが、私は既にそのバンドからは離脱していて、
半プロの半が取れて、いよいよ地獄の一方通行まっしぐら!…
そんな感じの時代だった。

というわけでJ.ガイルズ・バンドで『Centerford(落ちた天使)


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オシツマってゴアイサツ

DSC01256.jpg
2014年5月

何となくボヨヨと暮らしてるうちに、世の中はオシツマって
すっかり&とっぷりと暮れているらしい。

「だってクリスマスじゃん!」

残念ながらそんな浮かれた生活はこれまでもして来なかったから、
12月も20日を過ぎれば、忘年会的な忙しさも一段落、
少し落ち着きを取り戻しつつ、立派に1年を邂逅するに相応しい時期と云えようか…。

近頃の体調は、自室の最近不調なiMac内のAparture(写真現像&管理アプリ)
を開いて閲覧すれば全てわかる…
体調不良な時節の写真がスッポリと欠落しているからだ。

去年は10月に2度、11月には1度、そして12月の写真はまるでない。

年が明けても似たようなペースで、
春になっても結局苦しくてお花見にすら出掛けれないまま、
つつじが咲く時期に観念して入院した。

どういうわけだか入院中は気力体力ともに絶好調(?)で、
当ブログもオカゲサマで続けられていたから、
不謹慎だけど、とても充実した「療養」が出来たと思う。

まあ全てが今となっては爆笑な、入院初日のこの献立写真に始まるのだが、
こういうものをネガティブかつ深刻に受け止めるのではなく、
極めてポジティブに爆笑に変えられたこと自体が、
このブログのおかげだし、訪問してくれたりコメントをくれたりして
応援してくださった皆さんのおかげだと、
実はとっても感謝していたりするのだ!(何で上から??)。

退院後もしばらくは絶好調で、アチコチ出掛けてまた写真など撮るうちに、
もうちょい明るいレンズが欲しいなあ…と、
ド中古の30mmレンズを購入するも、
当り前に端正過ぎる画像に物足りなさを感じつつ、
ツァイスの古い手回しピントのレンズを皮切りに、
後は堰を切ったようにドドドと…

取り敢えず骨董なのか、単なるオンボロ中古なのか微妙な
安物ばっかりだけども、また違った意味で「撮る楽しさ」を覚えつつ、
当ブログの写真も段々とグチャグチャな感じになってゆき、
さてこれからどうなるんだ!?と、自分でも方向性を完全に見失ってるけど、
まずは何より「楽しい」ってのが第一だなあ、なんて思ってます。

というわけで、今年もまだもう少しありますけど、
来年もよろしくどうぞでござりまする。



その年末にきて、突然アメリカとキューバがどうやら仲直りするらしい。

私が小6の時に、当時大学生でゲバやってた兄ちゃん(叔父だが)に貰った
文庫版の「ゲバラ日記」を読んで以来、なんとなくキューバは
憧れの国になっていたけれど、行った事はない。

しかし、何といってもキューバと云えば、
ルンバにマンボ、サルサにチャチャチャにメレンゲと、
何しろ陽気で賑やか、そんな印象はあったけれど、
不幸にも私はラテン音楽に巡り会う機会がないまま
人生の大半を過ごしてしまっていた。

そして世紀末も押し詰まった頃になってやっと、
ライクーダーが触媒となり、なぜだがドイツの映画監督ヴィム・ヴェンダースによって
制作された音楽映画「BUENA VISTA SOCIAL CLUB」に大衝撃を受けた私。
当然のように一気にキューバ音楽にハマって行くのだった。
(ちなみにキョウビはブエナビスタでググっても馬しか出てこない!?)

なにしろ複雑に絡まる音楽的+民族的+文化的背景。
そして微妙にアメリカのジャズのフレーバーが混じり、
さらには西アフリカのイスラム圏のエキゾチックな香辛料も利いている豊穣さ….。
ああキューバ….行きた〜い! そして写真撮りたいぞお〜!


Buena Vista Social ClubBuena Vista Social Club
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It's so so cold....

samui
P. Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9 / 45 (Leica-M39)

本日は朝から在京の家族やら友人らからタテツヅケに電話があって、
皆異口同音に「そっちお天気大変らしいなあ...こっちは雲一つない快晴だけど....」
見舞いなのか、野次馬なのか、自慢なのかハッキリしてもらいたい。
取り敢えず連絡は嬉しいけど....で...元気かい.....。

何年かに一度の爆裂低気圧襲来…なんだそうだが、
この街のオネエさん方はまだまだ余裕綽々!。
何かにつけて元気のない県だけど、
女性だけは元気いっぱい、逞しく頼もしい。
オッサン達は総じてしょんぼりしてるけどね…

出張で真冬の北海道・旭川に行ったことがある。
秋田育ちだから、寒さなんて、雪なんてヘッチャラさ!
なんて高を括っていたけれど、それが大間違い。
次元の違う猛烈な北風には相当面食らい、苦労したように記憶している。

秋田の冬は確かに雪は多いけれど、どちらかといえば「シンシンと…」
という形容詞が相応しい「厳しいけど、優しい冬」そんな感じだったと記憶している。
しかし今は雪すら積らせない得体の知れない突風、強風などに支配された、
まさに北海道的な鬼気候になっているような気がする。

このまま根雪ということはないだろうが、長期予報を見ても晴れたり、
気温が上がったりする要素は皆無…。このまま年を越して、
春までこの街は白く閉ざされるのだろうか…ああやだやだやだよー。



寒いと云えば私の場合この歌が頭に浮かぶ。
♫さむいよさむいよだってアラスカだもん…
ってニュアンスかどうかはわからないけど、そういう寒々しい歌。

80年代の半ば、このルーリードの超名曲を、
英国ポップシーンど真ん中のSOFT CELLマークアモンドが、
Marc And The Mambasって変名バンドで作ったアルバムでカバーしてる。

このアルバムは、他にもシド・バレット曲なんかも含めた
完全にいつものポップス路線から外れた個人的趣味で作ったレコード。
何しろ私はこの唄がいつものルーリード節のハズした感じではなく
正調できちんと(?)唱われたことに激しく狂喜したのだった。
Marc And The Mambas 『Caroline Says ll』


アンタイトルド+1アンタイトルド+1
(2004/03/10)
マーク・アーモンド&ザ・マンバス

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便利さに埋没する義務と権利

DSC03241.jpg
Pentacon auto 'Mono-Coat' 1.8/50 (M42)

この建物...今は花屋さんが入ってる....。

煉瓦の建物というのは、その色調で随分印象が変わるのだけれど、
モノクロにして翳りのあるトーンに落とすと、
突然「東欧」という印象に変わる。
東欧の人に言わせれば、「レッテル貼りはやめてくれ!」って
そう怒られそうだけどね…。



年の暮れだから仕方がない…と云えばそれまでだが、
選挙も含め、ナンダカンだと世間は騒がしい。

私は日曜日にバタバタするのは嫌だから、
昔っから期日前投票で権利行使することにしている。

世の中とっても便利になって、買物すらamazonだの楽天だのと
メンドクサガリが増えてる中で、ワザワザ出掛けて行って、
鉛筆で候補者の名前を書いて投票箱!ってのはやっぱり相当に時代錯誤な気がする。

かといって一気にネット投票というのも乱暴な気もするから、
段階的にネットや郵送、あるいはテレビの双方向通信機能やプッシュ電話投票など、
様々なチャンネルで投票出来ればいいのに…と思う。

まあ今回の低投票の原因は自民党の恫喝に屈して
「政治討論番組」の編成を避け続けたメディアの責任は回避出来ないな。
政府が恫喝してくるなら、喜んで受けて立つくらいの「心意気」がなくて
何が『言論』だ!と思うのだが…。

世の中便利になった…で、ふと思い出されるのは、
我々の若い頃、とくに学生時代などはコンビニなんてなかったし、
宅配便もなかった。

まあ簡易コンビニみたいなタバコ屋ベースの雑貨屋的なお店は、
ワンブロックに1つくらいはあって、銭湯の帰りにそこでジュースを飲んだり、
雑誌や煙草を買ったりなんて出来ていたけれど、
生活必需品のすべてが揃っているわけではないし、深夜営業など望むべくもなかった。
何しろセブンイレブンの登場=その名の通り7時から11時まで営業!というのが、
相当に挑発的でインパクトがあったわけだからね。

郵便では送れない大きな荷物は、日本中のどこの国鉄駅にも必ず隣接してる
「日通」の事務所まで荷物を持っていって発送。
到着を知らせる案内状が届いて、最寄り…と云うか指定の駅の
「日通」まで受取に行くのが基本。
荷物が大きすぎて家まで持って帰れなければ、
その場で「宅配」の依頼をすると、翌日「赤帽」の軽トラが家まで届けにくるシステム。

世の中まだまだ色々不便だったから、
日曜日に近所の小学校までわざわざ出掛けて行って投票する…
なんて特に面倒でも億劫でもなかったんだろうね。
いや、ヒトがそんなに忙しくなかったのかな....??



デヴィッド・ボウイのベルリン3部作と云えば「LOW」「HEROES 」
そして「LODGER(間借人)」ということになるのだが、
前2作に較べて最終作の「ロジャー」には特にヒット曲もなく、
意外と扱いは地味に思える。

実際には当時精力的に世界ツアーして回ってた勢いが、
そのままアルバムに投影されて、
Zappaのところから出向中のエドリアン・ブリューや、
本籍地「ユートピア」のロジャーパウエルなどの怪演なども含め、
相当に楽しめるアルバムなのだが、デヴィッド・ボウイは
あくまでもシリアスに、暗くドンヨリしていなければ、
世間は納得しないみたいで....。

この「D.J」なんかも大好きな世界感なんだけどなあ…..。


ロジャー(紙ジャケット仕様)ロジャー(紙ジャケット仕様)
(2009/11/25)
デヴィッド・ボウイ

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ツカズハナレズ...そして永遠

tree1.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45 (Leica-L)

第一志望大学の合否発表が3月末だったので(今はなき国立2期というヤツ)、
まあ密かに失敗を確信していたとはいえ、親は2浪はさせじと、
スベリドメ処置は済んでいたものの、早々と、
まったく方向違いの「東京」に行く準備というのもおかしな話?
そういうわけで、4月に入るなり突然バタバタと超慌ただしい「上京」となって、
当然アパートも決まらず、取り敢えず何故だか偶然にも、
学校まで徒歩15分という至便さで、湯島にあった父の勤務先の「社員研修寮」に
長逗留をしながら、何の整理もつかない虚ろなままに
随分と盛大な入学式を迎えた。

そのまま、さて「ガイダンス」っていう時点まで、
何だか夢ともウツツともつかないフワフワな精神状態だったのだが、
初めて同じクラスの仲間達(?)と顔合わせをした段階で、
その生々しい「現実の有様」に横っ面を引っ叩かれ、
やっと我に返る私だったのだ...。

思い描いた「花のキャンパスライフ」にはホド遠い
「殆ど男子(女子は3人)!」な辛い現実や、
まだ何の学内説明もないまま突然乱入して暴れる「応援部」の無礼さや、
教室の窓の外に不気味に屯しながら、コチラの様子を伺う
「ゲバ学生達」の醸し出す殺気など、
早くも暗雲垂れ込む学生生活を予感させるのだった。

それでも私の当初からの第一目標は、ここでジックリ練り上げるタイプの
バンドを組むこと!に他ならない。

しばらくすると、同じクラスの中に、
既にメジャーデビューしてるバンドのメンバーやら
スタジオミュージシャン、関係ないけど3人しかいない女子のうち2名は
ファッションモデルでタレント…と、
ナカナカに華麗な人材の集合であることが分ってくる。

ある時、スタジオミュージシャンで大層稼いでいるらしい…という噂の男が、
私にネットリした東京弁(そう感じた)で話しかけて来た。

彼「ねえねえ、君だよね、ギタースッゲエうまいって子(子かい?)。」
私「えっ?何それ?」
彼「ラリーカールトン、完コピで弾いてたって言うじゃない?
  ○△君なんか感動して涙出たっていってたよ!」
私「○△君は大袈裟なんだよ」
彼「他にどういうの好きなの?」
私「んーーーZappaとか…」
彼「えっ、君、出身秋田だよね、なんで秋田なのにZappa?」
私「どういうこと?」
彼「だってもう一人、秋田出身者知ってるけど、輸入盤屋がないから
  秋田人はみんなイーグルスとドゥービー好きばかりで嘆かわしいって言ってたよ…」
私「あり得ない!」
彼「とにかくZappaがすきなら信頼出来る(!?)今度一緒に何かヤロウよ!
  今さ、リトルフィートとスティーリーダンとブランドXが合体したみたいなバンド
  計画してるんだよね!」
私「そりゃあ...最高じゃん!」
彼「だろ!」

結局彼と組んで本格的に音楽をやり始めるのは、それから5年くらい経ってから…。
彼は卒業するなり、職業としての音楽とはキッパリ決別して家業を継いで
「音楽は趣味」と潔く宣言した。
私は中途半端ながら音楽で稼ぐようになってはいたが、
いつもダラシナク煮詰まったキリタンポみたいな危うさに苛まれ続けていたから、
彼と純粋に好きな音楽を模索するようになるのは、互いに普通の給料取りとなって
生活が安定した後となるわけだ。

そんなわけだから、結局酒飲んで『音楽談義』の方が多かったし、
それはそれで楽しかったな。
知り合ってから30年くらい、近付いたり離れたり…
しかし別れはやがてやってくる…。

「膵臓ガンって言われちゃったよ。あと半年くらいだってさ、笑っちゃうだろ…」

あれからもう7年になるのかな...。 



その彼(ベーシスト)が最も敬愛していたパーシー・ジョーンズのバンド
BRAND X」から、思い出深いのはやはりこの曲だなあ。
自分もこれくらいの曲は「あいよ!」って感じで軽くペラペラ弾けてた時代が
なんとも恐ろしい…。

アルバム「Brand X - Livestock」から『Malaga Virgen


LivestockLivestock
(2012/08/10)
Brand X

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故郷の試練

tree2.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45 (Leica-L)
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東京というところは、大股でハヤ足の、
言うなれば「かかと」で、ワッセワッセとせわしなく歩く街だ。

35年ぶりに東京から故郷秋田に戻って来た私を、盛大に迎えてくれたのは
「猛吹雪」と「硬く降り積もった雪道」。

直前に家人から「秋田はこれがないと歩けないでしょ!」と、
ちょっとお洒落なスノーブーツをプレゼントされていたから、
なんのこれしき!と、カチカチに凍った雪道を勇んで歩きだしたら、
いきなり派手にシリモチをついてしまった。

故郷の雪道は、スノーブーツのかなり大袈裟で、
誇らしげな凹凸のソールなどまったく受付けず、
頑固に拒絶されてしまった。

「靴じゃネエんだよ、腰だよ、根性だよ!」
そう雪道に云われたような気がした。

その時の自分には哀しいかな腰を入れて踏ん張る事も至難な状態で、
根性を示そうにも、フラフラと怪しげな目眩に悩まされている状態だったから、
故郷と云えど、ここで当面療養する+生活するというのは、
相当に過酷なのではないか?
選択は間違いだったか?…
一瞬だがそういう事が頭を過る。

すれ違う人達の軽い嘲笑の中、ドッコイショと立ち上がり、
今度は怖々と小股で歩き出した。

自然と体重は前方向…カカトを付けずにつま先歩き。
ああこれだ、この歩き方だよ雪道の正しい歩き方!。
ハハハ、思い出したよ、ザマアミロだぜ!

つい数時間前、良く晴れて穏やかな東京の青すぎる空の下、
家人が私の為に用意してくれた雪国仕様の装束の、
そのモコモコが過ぎる具合に、私は不機嫌になって、少し喧嘩になった。

大袈裟過ぎるバックスキン+裏ボアのコート。
手編みのニットマフラーにワッチ帽。
機動性の実に悪いミトンの手袋..。
そして見た目も大袈裟な登山用ブランドのスノーブーツ(実際には登山用風タウンシューズ)…。

「南極越冬隊タロ・ジロかよ!いや、八甲田雪中行軍=天は我を見放した~だな…」そして
「やだヨ、こんな厚ぼったいの…」

イキナリ冬の秋田の激し過ぎる洗礼を受けながら、
九州出身で雪国など知らぬはずの家人にその時ばかりは深く感謝した。
駅から実家まで「小股前傾つま先歩き」でも10分と掛からぬが、
それでも下から舞い上がる(巻き上がる?)猛烈な吹雪に
「天は我を…」と思わず呟くのだった…。

35年ぶりのわが故郷の出迎えは、激しくて厳しかった…。
『おまえはここ(故郷)を棄てた人間じゃあないか!、何を今更…』。

そうか故郷はそれが言いたかったのか!
「そんな長いこといないからさ、ちょっとの間、機嫌治してよろしく頼むよ」…。

そう言いながら、そろそろ4年になる。



私が一浪の後、上京を果す時節というのは、
ビートルズ以来連綿と築き上げられて来た「芸術としてのロック」が、
一つの飽和点と分岐点を迎え、リセットされた年代でもあり、
古くて形骸化したハードロックもプログレも完膚なきまでに淘汰されつつあった時代である。

ゼッペリンのコンサートには空席が目立ち、
ピンクフロイドはいよいよ大仕掛けの「怪奇・見せ物小屋」的要素を強くせねば
存在意義を失いつつあったり、
クイーンやロッドスチュワートは、ラスベガスやヨハネスブルグあたりの
カジノ付き(白人向け!)サパークラブで、オバちゃん相手にショーをやって稼ぐような状態だった。

そうした混沌に乗じて登場するのがパンクロックだったのだが、
日本ではレコード会社も音楽出版社も担当者交替の過渡期に当たって、
パンクとパブロックの線引きがうまく出来ないまま、
元気がいいのは全てパンク!ってことになって、
コステロもイアン・デュリーもポリスもXTCも、あのナックまでもが
「パンクロック!」と、一括りで売られることになってしまった。

本日登場の「グラハム・パーカー」もそんな一人で、
パンクロッカーでもなんでもないのだが、そんなドサクサの最中にも、
このようなキラキラメロディの名曲を残してくれた。

コステロの「Alison」と並んで「何でもパンク時代」の名曲だと思う。
You Can't Be Too Strong


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その日の記憶

jy.jpg
Sigma 2.8/30 EX DN
 2014/08/17 @BareFoot - Kawabata.Akita City
 "Make Love Company 40th Anniv.Live with John & Yoko"


何しろ12月8日といえば、Love & Peaceのこの方の事件である…。

この時、私は同い年の事務所の社長令嬢が、何と生意気にも(…)
入社1年目だというのにロックミュージカルの一座旗揚げ、
しかも都内某劇場のこけら落とし公演をプロデュースする事になり、
どういうわけか私が当時組んでた「お仕事用バンド+ブラス4」の9ピースバンドが
「当然アンタラはアタイに協力してくれるんだろ!」と脅され、いや指名され、
そのリハーサルの為に、原宿の事務所経営の音楽学院(?)のリハーサル室に居たところ、
学院の職員から衝撃の第一報を聞かされた。

私は頭が真っ白になってしばらく呆然として何も手に付かなかったが、
ミュージカルの振付&主演俳優で、やっぱり同い年の、
まあ現在も大活躍の舞台演出家のMが不意に立ち上がり、
私の傍らにおいてあったガットギターを手に取り「イマジン」を唱い始めた。

コードも歌詞もいい加減だったがそれは別に良い。
私は何故だか彼のそうした芝居がかった振る舞いがとても癪に障り、
私は彼を睨みつけた。

役者なんだから芝居がかって当然なんだろうけど、
思わせぶりな態度がとても不快だった。

ミュージシャン達は皆黙っていたが、
役者達はやがて彼に従ってイマジンの大合唱を始めた。
嘘か誠か分らないが泣いてる奴もいる。

何なのだこいつら、この人種は!…。
まったくどいつもこいつもデリカシーはないのか、欧米か?!…。

実は当時の私は様々な悩みも抱えていたし、
また忙しすぎるスケジュールのわりには、それにナカナカ追いついてこない
経済状態などが混ぜこぜになって終始イラついていた上に、
思いがけない訃報で、単純に排他的になってただけかもしれない。

今思えば大した事ではないけれど、たったそれだけの事で私は
今や一流の舞台演劇人Mが大嫌いになった。

後で聴いた話では、彼も当時家庭的な悩み=大きなストレスを抱えていたらしいが、
少なくても、当時の私は、そんなことまでオモンバカレルような大人ではなかった。

結局私は何事もなく、無事に何日間かミュージカルに没頭して演じ…
じゃない演奏しきったのだろうけれど、
何故か殆どその記憶がないかわりに、この日、
1980年の12月8日か9日か忘れたけど、
その日の午後に突然入って来たこの衝撃と、
自分を取り巻く特殊で強烈過ぎる情景が、
周辺の記憶を全部吹き飛ばしているのだろうなあと思う。

なににせよ哀悼。


実験的作品を除けば、ジョンの実質的に最初のソロアルバムになると思う
ジョンの魂」というアルバムを、今全部通して聴くのはとても辛い作業だ。
なにしろ重たくて息苦しい。言葉もサウンドも全てが陰鬱...。
そしてそんな重い現実の中を、ジョンレノンはしっかり生きていた…
♫母さん行かないで、父さん帰って来て!って叫びに始まって、
様々な問題意識や悩みや悟りが提示され、その全ての解決策はとてもシンプル…

「俺はYokoを愛するだけ…It's Alright…」

えっ?そんなかよ?なにそれ?っていう真に曇ったアルバム。
そしてロック界に燦然と輝く超名作.....。

その日の夜のジョンが暗殺された事を伝えるニュースでは、なんでか
「スタンド・バイ・ミー」のPVが盛んに使われていた。
とっても嫌だった....好きな曲じゃないし、そもそもジョンの曲ですらない!

役者もマスコミもみんなジョンのなにを知ってるって云うんだ!
何にも知らないくせに口先だけじゃないかあ!
そうやって誰に何を怒ってるのか分らないくらいに毒づき、怒ってるうちに
なんだかちょっと、アルバム「ジョンの魂」の意味が分かるような気がした。

この曲は確かレコードではA面の最後…何かに衝突して唐突に曲が終わるパターン…
Remember


ジョンの魂(紙ジャケット仕様)ジョンの魂(紙ジャケット仕様)
(2014/12/03)
ジョン・レノン

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ふっとぼーるかめら

2002.jpg
ⓒ2002 by pipco1980

くっそおおおおぉぉぉぉーーー浦和れっず逆転負けで自滅!
優勝はまたしても、ぐわんば大阪に持ってかれてしもーたあああー
ぐやーじいいいいいぃぃぃぃ…。

…というわけで、そのゲンナオシに、
意外とそれぞれの年代でちゃんと保持してる
毎年12月の恒例行事「トヨタカップ」の写真をシゲシゲと眺めていた。

最初は80年代中頃で、何だろう?機種名はとっくに忘れたけど、
いわゆる無限遠=全焦点型の俗にいう「バカチョンカメラ(放送禁止用語?)」
という奴で、まだ昼間開催の時節だったから、やたらと逆光でどうしようもない上、
まだ国立競技場の枯れ芝がちっとも美しくない時代だから、
画面が逆光+枯れ芝でやたらと黄色いばかりの駄目画像。

その後しばらく、90年代半ば頃までの10数年間は
「写るんです」っていう使い捨てカメラ。

ズーム機能が付いてなかったのか、その精度が低いだけか忘れたが、
何しろ被写体が遠すぎて、まあ相変わらず相当に酷い写真ばかり。

そして遂にデジカメの登場。
ただしまだ35万画素では、特に遠景と云うか、景色では全く使い物にならず、
やはり「汚い画面にアリンコ」って風情に違いはない。

ところがデジカメの技術力は日進月歩、しかも飛躍的で、
すぐに230万画素くらいのデジカメに買い換えると、
画も相当に近代化する。

本日掲示したのは2002年12月の横浜国際総合競技場でのトヨタカップ、
レアルマドリー対オリンピアの試合で、
デジカメも丁度230万画素の時代のモノ。

今でこそ「画素数」なんてカメラの「写り」としての性能に
何のアドバンテージも持たないが(写りの良さはセンサーのサイズと光学部分の質)、
すでにこの時代には1000万越えの個体も出現しており、
230万ではソロソロ買い替えかなあ?と云う時代。

しかし実際にはこの辺りから急激に「携帯電話のカメラ」
というものが急浮上して来て、コンデジ不要論、そしていよいよ
「デジタル一眼」~「ミラーレス」の時代に移行してくるのだが、

私はと云うと、肝心のトヨタカップも、
ヨーロッパ王者対南米王者の頂上対決!の場では既になく、
今のようななんとも中途半端で腰砕けな大会に成り果ててしまい
(アジア王者?オセアニア王者?わけわかんねえ!)、
スッカリ興味をなくしてしまいつつ、カメラの方もしばらくは
「携帯電話カメラ」で不都合なし!?な中途半端な状況が長く続いてしまった。

そうしたわけでこの写真の翌年くらいで、
私のトヨタカップの年中行事化もコンデジ使いもパタと終了してしまうのだった。

それにしてもこの写真…レアルマドリーはいわゆる「銀河系スター軍団!」の時代で、
何しろ前線真ん中にロナウドにラウルにジダンまでが居て、
外側は右にフィーゴ、左にロベカルという目も眩む布陣。

ウシロにヒカエしこれまたビッグネームの、イエロなりマケレレが、
取り敢えず前線のスターさんの誰かさんに当てて、そのこぼれを誰かが拾うだけで、
もう夢の豪華パス交換=めくるめく宇宙規模のスペクタクル/ファンタジーが成立してしまう!。

イヤハヤそういうわけでその登場シーン…見覚えあるハゲ方…イカリ肩等々、
サッカーファンにはこれが正真正銘の「レジェンド」なのでありました…。



本日は昔々のお友達バンド「チャクラ」のメジャーデビュー曲「福の種」を。
ギターの板倉の文ちゃんとは、自分とどちらの方が
「よりFrank Zappaを愛してるか!」を熱く論じてたことがあるけれど、
なにより私自身、彼のバンド「チャクラ」が大好きで、
実のところ相当に嫉妬していたのもまた事実なのであった。

このバンドの凄いところは、何はともあれヴォーカルの美潮ちゃんで、
唱いながらタイミングを計りつつ、リピートエコーのフットスイッチを踏み、
またこれがピタリとキマル光景は、まさにミラクルであった。

この映像は恐らく「ドリフの全員集合!」で、
同じ場所に私も違うバンドで出演していたので、
妙に覚えていたりする。
チャクラも私も「The 芸能界&歌謡界」の事務所に居たのでね...。
P.S. 当時からよく指摘される事だが、「ヒゲダンス」のギターは私ではない!


チャクラ+5チャクラ+5
(2011/10/19)
チャクラ

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3年と4日の悪夢

れtろ1
Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (Exakta)

20年勤めた会社の経営者が、業務とは全く関係ない
バブル崩壊後の金融物件の取り回しに失敗。
そうしたツケを全て会社に回した事で会社も呆気なく経営破綻した。

私は請われて、先に独立開業していた元部下の興した会社の
「副社長」という立場で転職した。

ところがポストはポストなりに、会社のあらゆる責任と負荷が
一気に自分に降り掛かる事態となって、

うまくいったら全て社長の手柄、
不都合部分は全て不甲斐ない副社長の不手際…。

そういうことになって、入社したのが12月の中旬だったが、
すでに大晦日には、まるっきり一人で、
セントラル方式の暖房も切られた寒いオフィスで
朝までラジオを聞きながら、都内7店舗分の新年初売り用福袋を詰め込む作業。

以後も全てが万事そんな感じのまま、
半年したら人生で初めて「過労で倒れる」という事になってしまった。

元部下の社長は(ヤヤコしい)、私には何も言わなかったが、
私の家人には土下座して陳謝したらしい。
「副社長に頼り過ぎた。大丈夫だよ気にすんなって、
 いつも笑顔で言ってくれるから、ついつい甘えてしまった…」
と、心にもないことを言って、家人まで籠絡され「ますます頑張れ!」って、
そんな雰囲気に丸め込まれてしまう。
タチの悪いヒトタラシだな。

結局3年いたが、最後は外国のギャングまで怒らせる事件に巻き込まれ、
命の危険すら感じるようになり、逃げるように辞めた。
(注:犯罪に加担していたわけではないです!私としても
 赦せないような下衆なビジネスをして、それが例によって私のせいにされた...)

もうどうしようもない3年間の暗黒。
さらに以前も書いた「とんだブラック企業」の4日間はこの直後のことだから、
まあ何しろ自分のとんでもない暗黒の3年と4日なのであった。

あまり思い出したくないのに、困った事に今でも時々夢に出るのだが、
実は夢の方が何故か物語に救いがある。
実際には入り口も出口も見えない無体な要求や命令に喘いだ、
悪夢より酷い現実の日々があったのだった。

そんなわけで以後は、大抵の事には音を上げないよ!
何をされても「あの時よりマシ」って気分だったから、
ついつい頑張り過ぎて、異様に早い出世もしたけれど、
結果的には病気悪化が早まっただけ…うーむ、うまくいかないねえ、
なかなか。



写真は4〜5日前の、とあるJR羽越線踏切。
枯れたブッシュの感じが、何だかハリウッド映画の西部劇に良く出てくる
タンブルウイード(回転草)に似ていたんで、面白いなあと思って、
大列車強盗!?を意識して線路も入れてみた!ってな写真。

さらに一旦レトロっぽくしてからカラーを破棄してモノクロにしてみたら、
何とも云えぬ「荒野の大決闘?」的風情が醸し出されて、
こりゃあいいや….て、一人で悦んだりしていた次第。

タンブルウイードは、中西部のサバンナ気候的な、
空っ風で枯れ草が丸まって彷徨しているとばかり思っていたら、
あれはああいう性質の植物で、敢えて丸まってアチコチに種をバラまいているのだそうだ。

回転草の存在が何故か印象的だったのが、
牛心船長ことキャプテン・ビーフハートのこのクリップ。
昔ピーターバラカン氏の番組で偶然録画して以来、レコード同様、何百回も好んで観たPVだったな。
Captain Beefheartで「Ice Cream For Crow


Ice Cream for CrowIce Cream for Crow
(2006/10/03)
Captain Beefheart

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辛い季節の過ごし方

12.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigma' 2.9/45 (Leica-L)
+ Adobe Photoshop CS6

さて、外は雪だし何しろ寒い。
昼間、うっかり手袋を忘れたまま自転車に乗ったら、
1分で指先がかじかみ、3分で完全にシモヤケになって、
どうにもこうにも痛いの痒いの耐えきれない状態になった。

動脈硬化傾向は膝下からつま先の冷えだけではなく、
どうやら指先にも勢力拡大してるらしく、
いやはや随分とヤワなカラダになったもんだぜと、
ただただ己を憐れむしかない。

そういうわけで、写真も当面こんな風に在庫を小出しにするしかないのだけれど、
かつてココロナラズもボツにしたり、或いは見落とした!
なんて写真をそのまま晒すのも何なので(何なの?)、
ちょっとイジってみたりする。

親愛なる秋田のブルースバンド「PORTO」を、
そのサウンド通りに60年代っぽい「褪せて灼けた感じ」に調整してみた…。
(ハイキーっぽいけど....)

ウムム…ハイドパークに現れたバターフィールド・ブルース・バンドみたいで
なんだか意外とカッコいいじゃないか、PORTO…。

というわけで、ロックギターを志す者には避けて通れない(筈の?)ブルースを
突然聴きたくなって、シンシンと雪の降る夜、
ずうっと聴いていたのがBlues Project/ At Whiskey A Go Goとか
Paul Butterfield Blues Band…

何故だか昔からコテコテの黒人ブルースメンは苦手というわけじゃあないが、
どちらかというと不得手。
クドいようだが何が何でもというわけではないが、
いわゆるブルーアイドモノの方が安心する傾向が自分でも不思議。

自分はわりと妄想的に演奏に入り込むような性質があるから、
黒人ではない自分の中のブルースへの客観性が、
そうさせるのかもしれないのかな?などと言いつつ、
結構選曲に悩んだけど、エルビスやらザ・バンドやらドアーズやら、
アメリカンバンドの大定番「Mystery Train」を
バターフィールド・ブルース・バンド ヴァージョンで!。


ザ・ポール・バターフィールド・ブルース・バンド(SHM-CD)ザ・ポール・バターフィールド・ブルース・バンド(SHM-CD)
(2009/08/26)
バタフィールド・ブルース・バンド

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