ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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ピアノのおけいこ

pony1.jpgP. Angénieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45 (Late-1940's /for Leica-M39)

久しぶりに「妖玉アンジェニュー」らしい、実存主義的かつ
銀座たいめい軒のフワトロ・オムライス的軟調描写も麗しい
セシボンな写真となった(???)。



小学2年の時からピアノを習わされた。

わざわざ「~された」って使役受身形を使うくらいだから、
断じて本人の意思ではなく、それは母親の願望だっだ。

キッカケは当時、大阪フィルのオーボエ/ファゴット奏者だった伯父から、
突然、電動オルガンをプレゼントされた(恐らく母親の策略)ことで、

「折角貰ったんだから…習ってみない…」
「えーーー」

ということになって、すでに挫折しかけていた「習字」に引き続き、
(ウレシハズカシ)女子ばかりのピアノ教室に通うのであった。

とはいえ、何しろ嫌々やってるわけだから巧くなるわけがない。
隣で同級生女子が見事なノクターンを弾いているのを横目に、
始めてもう2年にもなるのに、未だ黄色いバイエルを行ったり来たりの、
いつも窓の外ばかりボンヤリ眺めているダメ生徒であるのだった。

最後は自分の意志でやめたわけでなく、
先生がどこかに嫁いだか、或いはその逆か(?)よくわからないけれど、
教室(普通のお宅)が突然閉鎖してしまったことによる。
私はこれ幸いと、今度こそ野球やお堀の魚釣りに専念するぞ!と
「必殺遊び人」に復帰してしまうのだった。

それからホドナクシてNHKで「サンダーバード」が始まった。
スーパーマリオネーション…なんてカッコいいんだろう。
比較してはイケナイ種類とは承知しつつも、
我が国のマリオネーションといえば、
同じNHKの「ひょっこりひょうたん島」である。
小学4年には、江戸時代と近未来くらいの「差」に思えた。

「大英帝国恐るべし…」。

そして本格的にポップスに目覚め、ビートルズを聴くようになると、
もはや完全にMODSさながら「英国礼賛小学生!」の一丁上がりとなるのだ。

その頃まだビートルズとピアノは、自分の中で結びついてはいなかったけれど、
決定的だったのが「オブラディオブラダ」「ヘイジュード…」ときて
「レディマドンナ」(みんなポール曲…というよりシングル曲のみ)。

初めて「ピアノ」を、ちゃんとやってみたいと思った。

バイエルでも、結局到達しなかったソナチネでもない「ビートルズ」を
演奏したいと思った。しかし今更なのである。
ビートルズ演りたいから…なんて親が納得するはずがないし、
ある意味、親の期待を裏切ったウシロメタさもあったから、
努めて家ではピアノだの音楽だのの話題は避けていたのだ。

結局独力で!電動オルガンをふにゃふにゃイジってみるものの、
コードって概念がまだよくわかってないから一向に進まない。
その時最低限のコード概念を理解してれば、
恐らく私はギター弾きではなくて、ピアノ弾きになっていただろうと思う。

その後ホドナクしてギターを知り、コードを縦横無尽にイジリ倒すことで、
どんな曲でも演奏(伴奏)できるし、自分で曲を作ることも出来ることを知って、
そのまんま…大人になって、いつの間にか音楽で生活の糧を得るようになっていた。

不思議なことにキッカケはベースを弾かされたこと。
そして最後は某アイドルグループに、ステージ袖でソリーナ(懐かしい!)と
ミニムーグを弾いてくれと頼まれて、

「世の中、無駄なことって何もないもんだねえ!」

といって了承すると「えっ、なにそれ?」…
そんなボンヤリとうつろな、
私の音楽人生の始まりと終了なのである。



この曲はちょっと思い出があって、
高校生の時にピアノ弾きの友人の家に泊まりにいって、
一晩掛かってこの曲を教えてもらいつつモノにした!。
ところが結局これしか弾けずワンパターンのままで、
「おい、またそれかよ!?」って呆れられたようにも思う。
The Beatles - Martha My Dear


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(2009/09/09)
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完全無題でお願いします

to-n.jpg
Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (Late-1950's / for Exakta)

再び冬のトーン…やれやれだぜ!




先日、偶然深夜に『Eテレ』にて「三島由紀夫」のドキュメンタリーを観ていた。

高校生の時に、実は相当背伸びをしてウイリアム・バロウズやら
カミュ、挙げ句にはフロイトの「精神分析学入門」や「夢判断」にまで手を出しつつ、
どうやらやっとのことでミシマまで辿り着くのだが、
実際には殆ど理解不能。

難解な文章世界に身を任せていると、
何だか妙にトリップして気持ちいい(ヤバいか?)…
それだけのことだったようにも思う。

ドキュメンタリーでは、
まずミシマと私の父親が同い年だった、ということを知ることで、
何やら父も辿った数奇な運命が、何となく予想され、
それが的中する。

お互いに大正最後の年の生まれだから、昭和の年数と、満年齢が同一になる。
つまり昭和19年、19歳で二人は偶然にも互いの祖父以来の本籍地である
「兵庫県加古川市」の公会堂で徴兵検査を受けている。

地元農家の屈強な体躯の若者達が集まる中、
お互いに都会育ちのヒヨワな「もやしっ子」、
40kgの米俵を持ち上げる検査など堂々不適格!で、
当然失格するだろうと思いきや、ミシマと父は
最低ランクの第二乙種合格をしてしまい、
翌年徴兵される。

父は姫路練兵場で着任後、沖縄戦線に派遣されることになり鹿児島港に向かう。
一方、ミシマは入隊(身体)検査の時点で気管支炎を煩っていて、
それを軍医が結核と誤診(?)した為、即時除隊→帰京させられた。
父とミシマは、もしかすると実際に出会っていたかもしれないけれど、
接点はそこで絶える。

ミシマは武家の出で代々高級官僚の家系。幼稚舎からの学習院育ち。
私の父の父=祖父は神戸の英語学校の教師だったらしいが、
父が生まれてすぐに一家で上京して「横浜の貿易商社に勤務」
と長らく聞かされていたが、後年、私が調べたところでは、
「英国資本の海運保険会社」で働いていたことが判明した。

いずれにせよ大正~昭和初期という時代的に
「コミュニスト(左翼運動家)」で、
一家は常に官憲に監視された生活で、開戦後は殆ど帰宅することもなく、
父の出征直前に「遺骨」で帰って来たらしい??
「病死」らしいが、詳しくはわからないし、
それ以上訊いてはいけない空気だった…とのこと?。

父の隊は、鹿児島港で沖縄行きの輸送船をひたすら待つものの、
ことごとく米海軍に沈められ、乗船することなく、
結局そのまま終戦になったらしい。

原爆投下後1ヶ月も経たない時点の広島を通り過ぎながら帰京するが、
祖母が小さな旅館を営んでいた実家は東京大空襲で「焼失」していた。
しかし祖母と旅館の従業員達は逞しくも、
焼け跡で「おにぎり屋」を営業して大層賑わっていたらしい。
入手困難なコメは、秋田の農家出身の番頭が、
秋田と東京を夜汽車で何度も往復して「闇米」を調達。
結局その延長で「コメなら無尽蔵にあるパラダイス=秋田」に
一家(従業員達も!)は移住。今にいたっているのだ。

ミシマは戦後すぐに私小説「仮面の告白」で文壇デビューし、
独特の死生観と、国(歴史と伝統=天皇)を守る為に闘う…
という右翼側に大きく舵を取る人生を歩む。

死の2年前に東大全共闘とミシマとの対話集会が興味深い。
ミシマは歴史と伝統という時間軸を拠り所とした自由と平和を標榜するが、
左翼側は時間軸さえも拒絶した(伝統=不平等)「完全な平等」を軸に、
自由と平和を希求するというロジックの違いと共通点に大層驚いたと証言している。

「赤軍の君らに天皇を慮る心が加わったなら、即時君らの活動に加われる!」。

なんだか、ウチの父とミシマの兵舎での時間がもうちょっとあったら、
面白かったのかもなあ….なんて手前味噌に思ったりもする。

ちなみに実際の父は、祖父に「赤い件」で苦労させられたから、
理論は理解してるけれど共感しない…というスタンスで、
私も子供ながらよく覚えているが、祖父の法事にやってくる
「赤い先生方」とは距離を置いていたし、
会社の組合活動などにも組することはなかったようだ。

出来るだけ不安を除去しつつ、平和にノンビリと生きたいだけだから、
原発(再稼働)反対、護憲っていうと、即「左翼」だの「反日(?)」だの
「共産主義者」だのといきなりレッテルを張られてしまい、議論などニべもなく遮られる。

残念ながら、こちとらそんなインテリなんかじゃないし、
子供や孫(いないけど)、少なくとも自国民が
鉄砲担いで人を殺しに行くって姿を見たくないだけだ。

どこかの首相のあーさんの本日の発言...
「邦人救出に絡み、自衛隊活用の法整備に意欲」…。
アカでもシロでもクロでもなく、
この人やっぱり相当ヤバい…。



右の方々と左の方々...両陣営とも、
つまるところ、ほんのちょっとの違いを許容できるか否かの差…。
そんな唄ですな
Both Sides Now

からっぽの世界

91.jpg
P. Angénieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45 (Late-1940's /for Leica-M39)
このレンズの良さを全然生かせない距離、構図であった....。

真ん中の特等に座り込んで、独り悠々と写真を撮ってるのは、
それがプレスの特権だからなんだろう…いつもながらとても腹がたつ光景だ。
もっとも、凶暴なナマハゲ君(?)に一番先に食われるのは、
このカメラマン君に相違ない....。


現在、我々日本国民はこれまであまり経験のない
「人質事件=テロ」という事件のある意味当事者となっている。

いますぐ直接的に自分たちに危害が及ぶというものではないにせよ、
日本人=日本国民と名指しされたその不愉快で不穏当な空気がもたらす
この国民の小さな混乱のあれこれが、
今とても鬱陶しい。

「テロには絶対屈しない!」
今回ほどこの言葉が空々しく聞こえたことはない。

侃々諤々に議論が沸騰するのはまだ良い。
それによって引き起こされる小さな差別や批判、
些細な親子関係やジェンダー問題にまで神経症的に批判が集まるような、
国民の小さな苛立ち。

そして意外なところでバレてしまった我々国民の命の
とても安い値段。
しかも国は口では人命尊重・最優先だのと云ってるけど、

云ってるだけ。

そんなとっても濁った空気の断片が、妙に喉の奥に刺さるようで、
気持ちが悪い。



さて突然個人的な話だけど、
眼科の術前検査ってのに行って来た。

今回は、もうすっかり何も見えなくなった左目のレンズ(水晶体)交換...。
右目は以前に交換済み…。
まあ一度経験済みってこともあって、特段、心に記すものなんて何にもないけれど、
前回はさすがに色々ビックリすることが多かった。

15分ほどの手術を受けた翌朝、つまり一泊だけ入院の翌朝、
眼帯を降ろすのだが、今まで暗闇だったところに、
堰を切ったようにものすごい情報量の映像が、
まさにドバドバと眼に飛び込んで来て、鮮明に見える歓びと云うか、
ある種の感動を一体どう文章表現して良いかわからない。

50数年モノの、見えていた方の左目では樟んだベージュ色に見えていた病室の壁が、
実は純白というか、むしろ寒色に近いペパーミント系の白色だったことにまず驚き、
次に左右の目が別々の映像をそれぞれ映し出していて、
まだ脳の中で一つの絵として統合されてない=「1カメと2カメの別々画像」が
頭の中の2つのモニターに展開するのだ。

時間が経つごとに少しずつ2つの画面が一つに統合されて行くのだが、
その過程がなんとも面白い。
不謹慎だけど、そんな滅多に体験出来ない驚異の視覚世界を、
また体験出来るのだと思えば、今からかなり愉しみでもある。

ただまあオペはオペだから、リスクも多々あるようで、
先生に散々脅かされつつ、さあて、来月からは、2つの眼で久々しっかりと、
立体的に画像をガシッと掴んだ写真が撮れるぞ!って、
取り敢えず希望に満ちた現在でもあるのだった。
(カメラ自体は一眼=今の自分の状態と同じだけどね)



前項で早川義夫のソロから「サルビアの花」をお聴きいただいたけれど、
やっぱり彼の世界を表すのに、この曲がないといかにも
片手落ち』である。

以前、某国策放送局に出演中だった早川義夫は、
この曲を何と2番から唄わされていた。

『僕、唖になっちゃった…』の部分がカット。

なんだか放送禁止用語ってのも、ここまでくると滑稽だな…
って思った次第。

放送禁止?…ヤマヒラ…ま、いいや。

いずれにせよまだ子供の頃、大ヴォリュームでこの曲を聴いていたら、
母親がダダダダと階段を上がって来て、いきなり襖を空けて怒鳴った。

『やめなさいよ、こんなキチガイの唄、ご近所に恥ずかしいじゃない!』

ジャックスの代表曲「からっぽの世界」。


ジャックスの世界ジャックスの世界
(2005/03/30)
ジャックス

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北国の小さな幸福

黄昏
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra Exakta)

曇りの日は日で、
意外にクッキリした輪郭の面白い写真が撮れて良いんだけど、
やっぱりお陽様が出ると、思いもしなかった陰影が現れて、
もうそれだけでドラマチックな写真になる。
だからこの街では滅多にない「冬の晴れた日の夕方」を、
みすみす逃す手はないのだ。

思いのほか早くに、
オーストラリアで行なわれてるサッカー大会が撤収してしまったので(…)、
さて今月の残り数日をどうやって生きていこうか…
ほかに何かやることがあったような…
なんだっけ?と思っていたら、
2月の頭に短期入院&小手術が待ち構えていて、
週明けにもその検査があった。

イケナイイケナイ…すっかり油断してダイエットするの忘れてた。
そういうわけで、本日はお天気も良いので、
今更ながら有酸素運動も兼ねて小走りで外出…

残念ながら30m先の坂道の角で、ぜいぜいと息を切らせて、
周りを気にせずしゃがみ込むポンコツであるのがなんとも悲しい。

うららかな陽光が心地良い一日だけど、
いってみればまだ1月、風はまだ刺すようにキリッとして痛い。
本当の厳しい冬はまだまだこれからだなあ…と思うと少々気が重くなるけれど、
こんなちょっとした淡い日差しだけで、
気分も揚々と口角が緩むこの北国の人々は、
案外幸福なのかもしれないなあ。

これって...ふきのとう...だよね? かなりはやくね?
ふきのとお



ちょっとワケアリで、
今宵は日本のヴェルヴェッツ=ジャックスで行こうと思ったんだけれど、
早川義夫の、これほど美しくも偏執狂的(今でいうストーカーだな)な唄は、
本家ヴェルヴェットアンダーグランドにもありはしない!。

日本の音楽史上、突出した名曲でありながら奇怪作でもある!。
実はかつての私のカラオケレパートリーでもあったが、
まあお察しの通り、一発で気味悪がられ、
隣に坐ってた女性は、どこかに去ってしまいます…
ご注意を。

早川義夫は今も武蔵新城駅前の古本屋のオヤジをしながら、
読書とうたた寝の安穏とした日々をおくってるんだろうか?
サルビアの花


かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろうかっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう
(2008/12/17)
早川義夫

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弱点だらけのビジネスマン

DSC00471.jpg
Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (Late-1950's Exakta)

私は、交渉事では絶対に屈せず、とことん相手側を追い込み、論破して、
コチラに有益な契約を引き出すことに絶対の自信を持っていたのだが、
それはあくまでもビジネス上のこと。

これが個人的なこととなるとカラッキシのダメ男くんで、
簡単に相手に丸め込まれてしまう。
特に先方担当者が女性だと、呆気なくもメロメロにやっつけられてしまう。
まるで三流ハードボイルド小説のへっぽこ探偵みたいだな。

ある時、ちょっとした知り合い女性が生命保険会社に就職した。
首尾よく私のところに登場してプランを提案。
私はまあ付き合い上も含めて、月に1万円くらいなら、
加入してもやぶさかではないと思っていたから、
さっさと契約して終わらせたかったのが、
当然健康診断とかイロイロ煩わしい儀式もある。

それもなんとか無事に終わったなあと安堵していたら、
保険女史に「アナタは成人病リスクがあるから1万円では足りない」
と云われ多少憤慨すると、
ならばと別のやり手ベテラン外交員がいつの間にか登場し始めて、
メンドくさいなあ、煩わしいなあ、早く終わらせたいなあ…
そんな状態で虚ろに「はいはいはい」といい加減に対応していたら、
気付けば毎月3万数千円の掛け金を支払わされていた。

当時はまだ健康そのもので、病院に掛かることすらない時代に、
社保も含め、いわば転ばぬ先の杖たる保険関連に毎月10数万円も掛ける状況になって
「何だか異様だなあ??」とは思いつつも、
あまり頓着しないバカな性格は急には治らない。

余談だが、ある時税務調査員に

「アナタみたいに頓着しないヒトも珍しい…まともじゃない」

と喧嘩を売られ、ついカッとなり

「カネカネカネとウスラ細かいのもヒトとして憐れだね」

と返したら、見事に私の関係部門からも追徴金が科せられてしまったw
=数千円だったけどね。

数年してバブル崩壊の余波がジリジリと効いてくるようになって、
収入も半分近くに減らされる状況で、
保険プランも見直したいとして相談を要請したが、
ああでもない&こうでもないと一向に事が進まない。
遂には「解約するぞ!」と多少凄んで見せると、
今度はクレーム専門らしき担当者=中山美穂似?の女性が現れて、
コチラの手や膝などにそれとなく触れるなどのプチ・ハニートラップで
色っぽくしっとりと....

「だからぁ…駄目でしょ…解約なんて乱暴なこと云っちゃ…ねっ」

「...はい…」。

……そういうわけで東京の保険会社はとっても恐るべし…
え、私の鼻の下が長いだけ??確かに。



一瞬で部屋の空気を変えてくれたり、
ふんわりとどこか別の世界にイザナってくれるような音楽が好きだし、
また常にそうしたものを求めてるような人生である。

最近、存在はするんだろうが、あんまり先進的でコアな音楽を
レコメンドしてくれるラジオ番組に巡り会ってないけれど、
昨夜たまたまラジオで耳に残ったのがこの「モノ・フォンタナ」っていう
アルゼンチン人の、恐らくジャズ系ピアニストの音。

DJの人が「CDショップでは恐らくジャズピアノじゃなくて、
アルゼンチン民族音楽のコーナーにありがちなので、なかなか耳に触れることはないかも」
とのことだが、見事?捕まえてしまいましたよ…
やっぱりラジオ万歳だな。
Mono Fontana: Comienza a llamarlo


CirueloCiruelo
(2014/02/11)
FONTANA MONO

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大ぼら吹きは嘘をつかない

ほら3
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45 (Late-1940's, Leica-M39)

「ほらふき」または「大ぼらふき」の語源は諸説あるようだけど、
一番もっとらしいと思えるのは、修験者に扮した行商人が、
あやしげな薬を売るために、盛大に法螺貝を吹いて客を集め、
大袈裟な口上で薬効を誇張して売り歩いたところから
「ほらをふく」が「いい加減なことを言う」という意味で使われるようになった…
とする説が恐らく正解ではないかと思う。

さて先日の梵天祭りで、私はまさに理想の「いずれ自分もこうなりたい!」
って思える「ホラ貝吹き」の爺サマと遭遇した。

ホラ貝吹きは彼のほかにも2人くらい見掛けたのだが、
彼らは揃いの法被を凛々しく羽織り、あくまでも職務に忠実に、
きちんと梵天の列を先導し、謡、踊の側に寄り添い、
合いの手を真面目に吹く…
まさに「ホラ貝吹き」の鑑!。

ところが爺サマは、ギンガムチェックのネルシャツの上に
法衣をラフに羽織り、しかもその上のベージュのコートにゴム長姿で、
アチコチに顔を出しては、自由に「ほら貝」を吹く。

参列するお客にも自由気ままに話しかけつつ、
機智に満ちた正しい「祭」のあり方などの講釈を
ユーモアを交えて語りながら、
情けない状態の縁者をアジり、叱咤する。

「コラッ、ボンデン下げるなって謂ってるべ!。
 だらしねぐ下げてたら、オナゴにもモテねってば!」

「おいJ○東日本!、そんたら持ち方じゃ、新幹線また止ってまうど!
 ホラホラしっかりしろ、ブオーッ!」

そんな調子。

遠慮がない分、嘘もないし、格好も気にしない…
その自由さがなんとも潔くて、気持ちがいい。
自分もゆくゆくはそんな爺サマになりたいものだと強く思った。
嘘がないほらふきオヤジ万歳!である。



なぜか?今一番気に入ってる唄。アルバムもちょっと聴いてみたい…。
「黄昏のビギン」


黄昏のビギン黄昏のビギン
(2014/10/22)
大竹しのぶ×山崎まさよし

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老いと梵天

climax1.jpg
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra Exakta)

もはやピント合わせも何もあったもんじゃあない騒乱状態!
臨場感だけでご容赦ください!。

太平山三吉神社総本宮・三吉梵天祭
クライマックスはお約束の喧嘩梵天奉納となって、
奉納者たちはもちろん、警官まで巻き込んで
70年安保闘争彷彿の(?)暴力(含)大騒乱大会(!)となって、
今年もドサクサ紛れに制服警官がハンテン軍団にボコられるって
光景がアチラコチラに!。

しかし祭は祭、誰一人「公務執行妨害」で逮捕されることなく
「離れなさい、いいかげんにしなさい!」
で、キッチリ終わるのも例年通りお約束の風物詩。
いやはや「オツトメご苦労さん」である。

我が故郷の徒歩距離周辺で、冬の風物詩と云えば、
まさにこの「ミヨシさんのボンデンマツリ」以外にない。
雪に深く閉ざされた街の、ただ一日だけのストレス発散日、
ガス抜き無礼講の「あばれ冬祭り」なのである。

早朝から激しい雨が降っていた。
さて今日の、いや今年の梵天祭…どうしようか?。
絶対に行きたい。
さりとてドシャブリのビショヌレは今はさすがにキツい。
ましてや傘差しでカメラもあったもんじゃないし、
こりゃあ今年は諦めようか?…そう考えてるうちに、
いつの間にか雨音は消えて静かになったなあと思ったら
「♪雨は夜明け過ぎに雪へと変る…」になっていたので、
さっさと防寒態勢を整えて出掛けることにした!。

「ミヨシさん」へは子供の頃は家族総出で初詣なんぞしていたし、
「ボンデンマツリ」も何度か連れて来てもらってた記憶はあるけれど、
中学くらいになると、そもそも家族単位で出掛けることもなくなって、
そのまま丸々40年もここに出掛けることなど考えもしなかったけれど、
なんとここのところ4年連続で律儀にも参上している私である。
歳をとったせいなのだろうか…??

歳とったと云えば、先日、気のおけない友人たちと、ささやかな新年会を催した。
定例の近況報告会みたいなものだけど、
子供たちの進学やら就職という人生の変化はあっても、
当人たちにはもはやさほどの変化はなく、
私などこの忌々しい体調以外にさして話題もない、
つまらないオヤジと化していることに
もう嫌と云うほど気付かされつつも、
無邪気に思い出話を楽しんでたりもする。

各人各様ながら、もう昔のように暴飲暴食はせず、
酒の量を計算し、抑えながらチビチビと嗜むのだが、
それでも徐々に「いいや…もう一杯だけ…」。
そして最後はもうべろべろのへべれけ...
ありゃりゃあと後悔するのである。

何事も弱くなったことは充分に自覚しているけれど、
自分が思う以上に弱くなってるってことを自覚するのはまさに痛恨である。

そんなこんなで様々なところで「老い」を実感せざるを得ない嫌な年代に
差し掛かってしまった今日この頃なのである。



この曲、昔随分流行ってたけど、これ即ちロック!なんて全然思ってなくて、
グループサウンズ残党による時代遅れの音楽!って思い込んでた。

そう思い込んでたのに、何だか不思議に引き込まれて、
そういやベースの音がジャックキャサディそのものじゃんか?
ギターは何とはなしにジミーペイジ風??
もしかするとこれって日本版ハードロックなのか?と混乱し、
違う違う!と否定しつつも、どんどんと惹かれてゆく
MOPSサウンドなのでありました。
たどり着いたらいつも雨降り


モップスと16人の仲間+2モップスと16人の仲間+2
(2014/04/30)
モップス、星勝 他

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世の中は公平なんかじゃないらしい...

壊し
Carl Zeiss Jena 'Tessar' 2.8/50 (1960's M42)

駅前(秋田)がまたドシドシと取り壊されてる。
道路を拡張するんだそうだ…。
クルマを運転しないからよくわからないけど、
そんなに通行困難だったんだろうか?

街の活気を取り戻す為に、極力中心部にクルマを通さないことに腐心してるのが、
日本全国の傾向なのだが、この街はなんだかそういう傾向に挑戦してるみたいに、
モータリゼーションまっしぐらの街作り…。
為政者は自分らの街をトコトコ歩くことなんてしないんだろうな。



潜水艦乗りは、何か月間にも及ぶ長いミッションを隔絶された狭い艦内で行なう為、
揉め事を起こさない「とてもピースフルな良い人達!」が
あらかじめ選考されるのだそうで、では今の時代にそれがあてはまる職種はと云うと
「宇宙ステーションのクルー」ということになって、
何度も任命され宇宙に赴く人ってのは、もう飛び抜けて柔和で高潔な人!
ということになるのだそうだ。
自分には無理だな…。

アポロ11号が月面に降り立ったとき、
私はまだ半ズボンにランドセルの頃だった。

着陸の模様は夜中か明け方で、家族に起こされつつ
眠い目を擦って見つめていたのだが、
アームストロング船長が船外活動の為に月面に降り立つ模様は、
教室の「観音開き」のモノクロテレビで、クラス全員揃って
固唾をのんで見つめていたように記憶している。

”That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind”
一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。

正直、意味はよくわからなかったが、
いずれにせよニール・アームストロング船長は、
我々には文句なしのスーパースターとなって、
誰もが彼のようになりたいと願った。

しかし同時に思ったのは人類2番手となったバズ・オルドリンの心境は?
そして「着陸船イーグル」に乗れず、周回軌道上の司令船(コロンビア)で
じっと待機することになったマイケル・コリンズのことをオモンバカルと、
なんだかいい知れぬ無常観を感じたものだ。

演劇に主役と脇役がいるように、世の中には2種類の役割がある。

先生は「補助する側にも高潔な誇りがあるのだ!」と
少し慌てながら力説してたけど、あまり理解出来なかった。

「悪者」が「正義の味方」に懲らしめられるのは、悪いことをした報いであって
自業自得だから…本当にそうなのか?...。

ゲバやってた当時大学生の叔父が私に云った言葉…
アポロ11号が「静かの海」に正確に着陸したってことは、
「世界の皆さん我がアメリカは、もう御存知でしょうが、
 地球上のどこにでもピンポイントでミサイル打込めますから、そこんとこよろしく!」
っていう「脅し」なんだよ。
だからアメリカの云うこと聴けよ。って…。

勧善懲悪でもなければ、平等でもなく、
大人たちが常日頃「愚かな戦争」というわりには、現在進行形で戦争し続けているし、
我が日本も、どうやらそれに加担しているらしい。

実は大して平和でもない捩れた『社会』というものを、
いみじくも「アポロ11号」は教えてくれたような、そんな気がする。

後年、「あの月着陸は偽り」という謀略説が流布されたり、
そうした映画も見たけれど(カプリコン1だっけ?)、
そのあたりは、『あれだけは事実!』と、なんでかすっかり信じて疑わない、
なんとも純な自分がいたりするのだった。



そんな大人のロジックに少しだが触れてしまったランドセル&半ズボン少年の私は、
それまで好きだった「ヒットポップス」から急激に「ロック」にシフトし始め、
ジェファーソン・エアプレイン「あなただけを」のシングル盤を毎日飽きもせず聴いていた。

まだ「動くジェファーソン…」は、観たことなかったけれど、
なぜだかベースのジャック・キャサディの、独特のヒッピーでサイケなイデタチと
ゴリゴリと迫りくるベース音がとても気に入っていた。

そして何故だかわからないけれど、唐突に「英語をやらねば!」と思い込み、
同級生を誘って『英語塾』に行くことになって、以後、中学卒業まで通った…。

アポロ以来、子供なりにいろんな錯綜する思いがあっての決心だと思うんだが、
今となっては理解不能。

そんなわけで「あなただけを Somebody To Love


Surrealistic PillowSurrealistic Pillow
(2003/08/22)
Jefferson Airplane

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ノスタルジックに被れたい!?

0111.jpg
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra Exakta)

そろそろ写真的にも「日光」が恋しくて仕方がない。
お陽様が顔を出したら、皆で椅子を戸外に持ち出して、
一斉にヒナタボッコするという英国人のメンタルに非常に近いのが、
実は日本海側の東北人であったりする。
さすがに今はとっても寒過ぎるけどね....。



さすがに評判の高い「パンコラー」。
いかにもツアイスレンズらしく焦点はキリッとシャープで、
背景はいい感じにふんわりとボケてくれる、とてもとても優等生なレンズ。

ただしモダンで素直な感じなら、普通に現代の日本製AF(=Auto Focus)レンズで
事足りるわけで、オールドレンズらしいへそ曲がりな癖玉感が希薄なところが、
自分的にはちょっと物足りないかなあとか思えてしまう。
(画の風格というか風合いはさすがにツアイス独特のものはあるけれど...)

実はこのパンコラーは、製造過程で光学的屈折率向上の為に、
放射線物質の「酸化トリウム」を配合した「放射能レンズ(アトムレンズ)」と呼ばれる
現代では微妙な立ち位置のシロモノの一つ。

もちろんそれが人体に影響を与えるほどの線量ではないにしても、
不都合なことに経年劣化によって「黄変」すると云われている。

その「黄変」によってカラー撮影なら当然激しく黄色に傾く写りとなり、
それをユーザーによっては、むしろ愛でる風潮もあるし、
モノクロームならその絶妙のコントラスト感も意外な人気だったりするから世の中面白い。

黄変には個体差があって、豊潤なスコッチウイスキーのような
濃くて味わい深い「琥珀色」に変色した個体もあれば、
薄く黄ばんだ程度のものまで様々あるらしく、
実は私も新たに出会うその「黄変レンズ」とやらが、いかな程度のものなのか?
とても愉しみだったのだが、縁あって入手できたモノは幸か不幸か、
シリアルナンバー的には「黄変」に気付いたメーカー側によって
トリウム使用を中止した後のロットらしく、
レンズは悲しいかな果てしなくキレイに無色透明…
残念!なのかな??。

もっとも昨今のデジタルカメラだと、黄変した色合いも、
強烈なAWB機能(オートホワイトバランス)で、いとも簡単に自動補正して、
いかにもデジタルな「こってりと青白い」感じの
美しい(?)画質にしてしまうらしい…。

やっぱりノスタルジックを求めるなら、
究極的にはフィルムカメラに手を出すしかないのだろうか…。



税務署に何もかも全部持っていかれてしまって、
残されたのはちっちゃな日だまりだけ…っていう、
レイ・デ-ビスにはまさに実話な唄。

因みにあくまでも私個人だけのお話しですけど、
この曲のコード進行で見事に「およげたいやき君」が唄えます!。

お馴染みの名曲「Sunny Afternoon


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(2013/08/19)
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日本一偉大なゆるきゃら

よじ
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra Exakta)

申し訳ないが、所詮「ゆるきゃら」だろう…!?。
それなのに何故「銅像(石像?)」まで作って、
それを県立美術館を含むアカデミックな公共施設の正面玄関的な場所に、
祠まで作って鎮座させてるのか…
その感性がどうにもこうにも理解不能??。

近所の稲荷神社から借りてきたお狐様なら、それらしく
「お稲荷さん(与次郎稲荷天神?)」の堂々たる祠を設えれば、
老若男女を問わず、霊験あらたかに手も合わせられようというのに、
相手が「ゆるきゃら」じゃあご利益もなさそうだし、
第一「祈り」が茶化されてるようで、どうも感じが悪いなあ。
などとこの堂々たる「ゆるきゃら像」を見るたび思いつつ、
不本意ながら遂に写真まで撮ってしまったよ…。

それにしても凄いこってりした写りだなあ、ツアイスのパンコラー!。
早くも自分的に『常用標準レンズ』になりそうな信頼感と愛着が、
この古いレンズに芽生えつつあるような…。



何度か当ブログでも語っているけれど、何しろ私は高校2年の時に
「荒井由実=ひこうき雲」なるアルバムを知るまでは、
「邦楽」というものを忌み嫌っていたばかりか、
フォークソングなんて拓郎にしろ陽水にしろかぐや姫にしろ、
何だかとっても小さくて安っぽい音楽…としか感じていなかったし、
キャロルなんて格好だけの「暴走族のBGM」くらいにしか感じてないから、
そこいらへんのドメスティックな事情にはいまだに疎い。

はっぴいえんどを知ったのも、ユーミン絡みだし、
大瀧サンなんかはラジオDJとしての彼だったり、
サイダーのCMやらシュガーベイブ周辺で知己を得たような感じで、
決して早耳ではなかったように思う。

そんな私だけど、唯一気になっていた日本人アーティストが加藤和彦サン。

帰って来たヨッパライ…の革新性と、
悲しくてやりきれない〜あの素晴らしい愛〜あたりの超美メロ作者としてのそのギャップは、
日本人として他に類を見ない特異な才能に思えてたし、
家を作るなら..からシンガプーラあたりの優しいCMソングと、
ギンギラ=ブリティッシュロックなミカバンドとの対比なんかも、
興味をそそらせる人物に違いなかった。

ちょうど中3の時に、近所のデパートの屋上
(奇しくも写真の狐の鎮座する辺りにかつてあったデパート)に
彼らが登場して、静かな街に突然鳴り響いた轟音の、
そのあまりのケタタマシさに私は腰を抜かしてブッタマゲ、
すげえすげえ、ロックバンドってマジすげえ!。
それにミカバンドはファッショナブルなところも見事でカッコいい!。

そういうわけで私にとって初めての「生のロックバンドショック」って実は
「サディスティク・ミカ・バンド」だったのである。

それからイキナリ何十年も経ったわけじゃあないが、
トノバンこと加藤和彦は、私個人の狭い了見の中で恐縮ながら、
邦楽アルバムの最高傑作「パパ・ヘミングウェイ」を見事完成させる。

成熟したロックの完成形って、こういうものなのか?と、
相変わらず加藤はスゴイモノを私に見せてくれたのだ。

その中から、もう完全にロキシーミュージック/ブライアン・フェリーなりきりの
サンサルバドル」!
ちなみにギター持ってるお二人は既に故人。教授も延命治療拒否…
...ですか…うむむ...。


パパ・ヘミングウェイ(紙ジャケット仕様)パパ・ヘミングウェイ(紙ジャケット仕様)
(2004/10/20)
加藤和彦

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春よ来い...お願いだから早く来い

33.jpg
ENNA München 'Lithagon' 3.5/35(1960's Zebra M42)

普段からのんびりとした生活を今は送っているけれど、
何しろ正月だぜ!ってんで、いつもより3割増で「のほほ~ん」てな調子で過ごしていたら、
もうあっという間に七草粥の、早い話が子供の頃、母親から

「ほらほら今日でお正月も終わりなんだから、シャキッとしなさいシャキッと!。
 冬休みの宿題ちゃんとやってるの?…」

というわけで、「さてさてボチボチ腰を上げねばね…?」などと、
この齢になっても意味なくゴソゴソと焦りだしたりもするわけだ。

そういやブログも更新してないし、
何となくカメラを持って毎日出掛けてはいるのだが、
なにしろ雪景色ほどツマラナイ写真はこの世にない(?)と思ってるから、
なかなかこれといって写すべき物も見つからず、
しかも今日みたいなイキナリ猛吹雪な朝なんかは、かなり気分はゲンナリしつつ、
いっそ猛吹雪のタダナカに仁王立ちして写真でも撮ろうか!などと妄想しつつ、
まあ妄想で終わらせながら、正月残りのミカンの皮をムキながら、
窓の外のそれなりに壮絶な景色を忌々しそうに見つめる、
今や立派に雪国の住人となった自分であるのだった…。

そういえば、12月の頭から今に至るまで、
いわゆる「晴天日」は一日もない。

この土地の「年間日照時間全国最低」という、
どうにもこうにも改善のしようがない不名誉記録の「マギレもなさ」は
もう容易に、いやが応にも理解出来るし、
「自殺率日本一」も「経済の壊滅的停滞」も、
その原因はこの不穏当なお天気と無関係ではないだろうなあとは
誰もが思うところだろう。

「気が滅入る」の国語辞典的用例は、「陰気で憂鬱な気分になる」
ということだろうと思うが、憂鬱を病に変換すれば「鬱」であるし、
自殺の90%以上(ほぼ100%とも云われる)は
「うつ病」が原因であることは今や明白。

うつ病治療の第一段階はまずは何より「カウンセリング」。
つまり「じっくり話を聴いてあげる」ということだから、
自殺防止の現実的方策は「もしもしダイヤル」的な社会機関をもっと拡充させるとか、
医師とはまた違うレベルでの「専門カウンセラー」を飛躍的に増やすとかの
行政措置が必要と思うのだけれど、どうも「自殺防止行政」の方向性が、
生活扶助を含む「ばらまき」に偏ってるようで、
どこか焦点がズレてしまってるような気がする。

なににしても、早く「春よ来~い!」であるのだ。



それでもってはっぴいえんどの「春よ来い」...じゃあ、
あんまりにもベタベタだし、
第一かなり恥ずかしい上に、実は以前にも取り上げていたから、
はっぴいえんどで別の唄…それで思い出したのが、
高校生の頃、はっぴいえんど曲で一番最初にコピーしたのがこの曲。

鈴木茂さん作曲の、比較的地味ながら、
ギター弾きには泣かせドコロの小技がたくさん入ってて、
結構悦に入って唸ってたような気がする。

残念ながら「はっぴいえんどオリジナル」はYouTubeには存在せず!…ながら、
茂サンと小坂の忠さんのデュエットだから、まあいいかあ。
ホントは大サビの「♫ねえもう〜やめようよ…」の部分が
大瀧さんの野太い声で唄われてて、全体的に茂サン風の線の細い唄いっぷりに、
明らかなコントラストがついて面白かったんだけどね。
ちょっと季節外れだけど、「氷雨月のスケッチ


HAPPY ENDHAPPY END
(2000/02/04)
はっぴいえんど

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ほろ苦い新年

fuyu.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45 (Late1940's, Leica-M39)

「兄妹愛?」
妹...欲しかったな...。

黄色に被る傾向は今年もつづきます....。
いつも2〜3本のレンズをカバンに入れて、取っ替え引っ替え撮ってるんだけど、
圧倒的にこのフランス製シネレンズの『アンジェニュー』で撮ったものを選ぶことが多い。
何処にピントが来てるのかサッパリわからないようなボヤーとした写りだけど、
選んでみたらいつもこれだった...って感じ。
絶対頼まれものの記念写真には向かないけどね(笑)!



もうこの時期になってしまうと、云うのも聞くのも気恥ずかしいけれど、
取り敢えず「本年もよろしくお願いします
…ははは、これで義務果したぞっと…。

『ミレニアム』…なんて云われてからもう15年も経っちゃって、
さらに官房長官時代の小渕パパが発表した『平成』…が
ウヤウヤしく始まって早27年。
こりゃあ2020年東京オリンピックなんて、あっという間に始まって終わって、
じゃあそのあとの日本はどうなってるんだあ?
この分だとあんまり期待は持てないんじゃないかなあ?

…居丈高な経済学者達が口を揃える「株価上昇即ち好景気!」
って概念自体がもう古いんじゃないのかなあ??

その頃の自分はまだ年金世代にはなってないけど、
さらに3年5年と支給は遠のいて、
結局貰える前に力尽きてくたばっちまうんだろうなあ…

そんなビジョンが、決してトリトメナイ感じの妄想ではなく、
とっても現実的に思える年代に差し掛かってしまったんだなあ…なんて、
そんなちょっとほろ苦い感じで新年を迎える哀しき世代なのである。

子供の頃は、お正月と云えば、愉しい愉しい「お年玉!」。
小学時代の前半は男の子としては「プラモデル」以外興味はないから、
お年玉は100%オモチャ屋に注ぎ込む。

オモチャ屋もそれは承知していて、元日から開いているお店も数件あり、
それらもしっかりチェック済み。
もちろん買うべき物も事前に熟考して準備万端なのだが、
買う直前に突然気が変って、ゼロ戦がメッサーシュミットに、
タイガー型戦車がサンダーバード5号に変ったりして、
得てしてこの思いつきは後々大後悔する。

小学校も後半になるとそれは『レコード』ってことになって、
結局これは高校卒業頃の「お年玉」が貰える限界まで続くのだが、
ここでも寸前で別の物を衝動的に買ってしまって結局大後悔…。
そんなグラグラ優柔不断なメンタルは、
実は今もあまり変わらなかったりする。

そんなわけで『レンズ沼』にしっかりハマる現在の私だけど、
いかんせん気が小さいのか、ドカーンと評判の高い大物定番を買えば
それで済むというものだろうが、
チョコチョコとヤスモノ+クセモノに狙いをつけて見つけては買い集める。
しかし所詮はEU諸国=世界規模の「バッタもん」には違いなく、
一喜一憂のスリルとバカさ加減は、今年も依然続きそうな気配であるのだ…。



年末NHKの「風街ろまん」…。ご覧になったろうか?
はっぴいえんど物語なんて、もう散々語り尽くされてるだろうに…
と思っていたけれど、さすがご本人達にしかわからない微妙な心情の吐露が、
なかなかに興味深く、なにか言い表せない独特の雰囲気というか、
やはり大瀧サンを語るときのソレゾレ真顔の緊張感って凄いなあって思って観てた。

私は番組後すぐに『風街ろまん』を聴くには何だか生々しすぎて忍びなく、
いきおい、ほぼ無意識に「バッファロー・スプリングフィールド」を
聴き始めていたのだが、ふと「ああ、繊細で神経質なスティルスは細野さんで、
ヤンチャ坊主な大瀧さんはニールヤングだったんだなあ...」
そう感じた。そんなわけで細野さんが盛んに言ってた「分け分らない変てこなサウンド...」
Buffalo SpringfieldFor What It's Worth

バッファロー・スプリングフィールドバッファロー・スプリングフィールド
(2013/07/24)
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