ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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追憶のGW

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Yashica/Tomioka Auto Yashinon DS-M 1.7/50(1974 / M42)

カメラ好きには待ちに待った、とてもありがたい
「光」にあふれた「良い日」なんだけど、
そうなればなったで、無意識に良い感じの「影」を捜し求める
なんとも屈折した自分である…。

今日は昼間の早い時間に出掛けてしまったから
いい影には結局巡り会えず、ならばと思いっきり眩しい水面を撮る
やっぱりひねくれ者なのであった。


今年初めて半袖で出掛けた。
気温は意外と高いようだが、風は爽やかでとても気持ちが良い。

東京の自宅マンションならこんな日は、
「あらよっ!」と12階のテラスに、業平のリプロ工場で購入した
英国アンティークの八角テーブルと、吉祥寺のジュビリーマートっていうアンティークショップで、
2ヶ月も粘りに粘ってネゴして購入したチャーチチェアを並べる
(アンティークの世界では、キャビネットやチェストなどより椅子が何より貴重で高いのだ)。

家人が首尾よく厚手のテーブルクロスをバサッと大袈裟な感じで掛けて、
中央にドーンとワインクーラーを置き、
キンキンに冷えたシャルドネを手渡される。
コルク栓をあけるのはいつも私の役目だ。

テラスに据え置きの、こちらは練馬のホームセンター「タントム」で買った
アンティーク風!のウッドベンチは数種類のハーブの鉢専用台に成り果てていて、
家人はぶちぶちと惜しげもなく数種類の葉っぱをちぎってフライパンに、
これもやはり盛大に放り込み、ハーブたっぷりのパスタをこしらえた。

呑んで喰ったら当然眠くなる。
アンティークのチェアはサッサと撤収して、
代わりにキャンプ用品屋で買った折りたたみ式ボンボンベッドを並べて、
読書を開始するのだが、5分も経たぬうちにトロトロと安眠…。

テラスの下はO街道=国道が通っているのだが、
さすがにGWはクルマも人も少なくて、
俄に信じ難いくらいに空気も澄み切っている。

富士山は別角度だが、テラスからは丹沢山系、
そして北西方向には微かに見える南アルプスの銀嶺を仰ぎながら、
「何だかリゾートに行かなくてもリゾート気分じゃないか?」というと家人は
「足りないのは水…やっぱり河とか海とか…東京じゃ無理なのよね…」
この人はまだ横浜移住失敗を引きずってる様子…こりゃイカン!と
慌てて話題を変えるのだが、遅かったようで、
結局午後から横浜に遊びに出掛けることになるのだった。

まあ、いつものGWの我が家の光景である。
今は「早く体調戻して、またテラスでごはんしよ…」
半分「追憶」になりつつあるなあ…。



ドゥービーブラザーズは、後期のマイケルマクドナルドとジェフバクスターが加入後、
あっさり彼らがバンドを乗っ取ってしまった時代(主導権を得た…か…)が実は一番好き!?
特にマイクマクドナルド作のこの曲は名曲だあ!と思っているが、マイクが唄うこの曲よりも
カーリーサイモンがカバーした同曲の方がより好きかな!。
Carly SimonYou Belong To Me
…たそがれマイラブ…じゃないよ!


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公園で遊ぶオヤジの図

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Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (Late-1950's / for Exakta)

大好きだぜ…ぺんぺん草!!

実家の周辺に何故だか「街区公園=児童公園」というのが3つある。
3つとも家からほぼ等距離にあって、しかも開設したのも同じ頃。

コレが出来る前=小学校に上がる以前は、もっと自由な空間がたくさんあって
遊び場には困らなかったのだが、それは今思えば、
移転前後の高校跡の広大な敷地だったり、
大規模な区画整備工事直前の「空き地」だったのだが、
東京五輪の頃になって、一斉に工事が始って
(地方なので五輪が終わって以後しばらく経ってから...だと思う)
我々はあらゆるテリトリーから一斉に閉め出されるのだが、
その代償として充てがわれたのが、
整備された「街区児童公園」であった。

公園には一様にブランコや滑り台、シーソーなど遊具が敷設されていたから
我々はそれを「遊園地」と呼んだが、元よりそんな
あてがい扶持の遊具なんかで遊ぶ気持など毛頭ない。

最初はちょっとした水たまりだったが、そこに生息し始めた
水生生物の小さな世界となった大事な大事な池を返して欲しい。

カイボリで流れを変えたり堰き止めたりしながら
河川・土木工事の基本みたいなことを履修した我々の小川を返してくれ…!
そう思いながら、こんな子供じみた遊具なんかに騙されないぞ!
まだ小学校にも上がってないが、我々ガキンチョ仲間はそう思って反抗していた。

今現在も、その3つの街区公園はそのまま変わらず存在するけれど、
子供達の姿は殆ど見掛けない。
「ボール遊び禁止」…子供はおとなしく滑り台やブランコで遊んでいろ!
そういうことを大人が意図しているなら、
それはとんでもない間違いだろう。

大人にとって公園の花やぺんぺん草が大切なように、
子供もそれが小さな取るに足らぬ世界であっても、
自然と対峙する機会や場所が、何よりかけがいのないものだと思う。

草むらにゴロンと寝転んで、草の柔らかさと匂い、
そしてさわやかな風を感じながら
雲の動きをずうっと眺める…。

滑り台やブランコより、そうした体験の印象、記憶の方が
よほど強烈であるっていうのは、
決して私だけではない筈だと思うのだが…。



この曲を聴くと(今でもたまに聴く!)思い出すのが、
上京したての頃、初めて独り暮らしした東京蒲田、駅歩25分、
家賃9千円也の木造二階、東向き四畳半部屋の朝の情景。
パチンコで獲得した手回し式のミルで
ガリガリガリと豆を挽いて入れたコーヒーと、バタートーストの香り。
そしてマイケル・フランクスのアルバム「スリーピング・ジプシー」。
その1曲目がこの「淑女の想い」…。

ラリーカールトンのスタイリッシュなオブリガードと
ジョーサンプルいぶし銀のコード使い…。
随分真似もしたし、影響を受けたな。

それでもこの曲を耳にすると、何より先に思い浮かぶのは、
いつも天気の良い東京のさわやかな朝と、
コーヒーとバタートーストの芳しい香り。
そして「ああ、また遅刻だ…1時限目の電気概論…」

Michael Franks 「The Lady Wants To Know」


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中庸という生き方

天狗
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(Late-1940's Leica M39)

絞り気味だと意外にキリッと真っ当な(面白味がない?)アンジェニュー。

私は、何度でも言うがサッカー好きオヤジである。
中高時代は実際にサッカー部だったし、
30歳くらいの頃、草サッカー&フットサルのチームを興し、
選手兼監督兼雑務員として、最後の1シーズンだけだが、
本郷にある「日本サッカー協会」が標榜する
「サッカーカースト」(日本代表を頂点としたピラミッド)
その最下層のアンタッチャブルながら、
地域リーグに参入するまでに至る(世田谷リーグ)。

中高通してポジションはMF…。
前回この略語はマニュアルフォーカスだったが、
今回はミッドフィルダーのことである。
元ヘヴィースモーカーとしてはメンソールフィルターもMFであるし、
音楽関係ならメゾフォルテ…

それはともかく、サッカーでいうMF、昔は「ハーフ」または「ハーフバック」と言って
「みっどふぃるだあ」なる言葉は影も形も存在しなかったが
いつの頃にか、そう呼ばれるようになったらしい。

意味はご想像の通り、何となくフィールドの真ん中あたりにダラダラといて、
前線で果敢に点を取ったり、最後方でカラダを張った防衛戦を繰り広げたりという
派手な場面にはあまり顔を出さない、言うなれば会社の総務部庶務課...、
はてまた中間管理職…そんな地味な感じである。

まあ今でこそ攻撃的MFとか、やたらと点を取る派手なMFが台頭しているが、
昔のハーフバックは今で言うボランチに近くて、
今と同様、攻守のバランスを取りつつ、何しろひたすら「繋ぐ役」に徹するポジション。

後ろ(守備)が忙しければその手伝いに謀殺され、
前掛かり(攻撃)ならば、その後方支援で、主にこぼれ玉を丹念に拾ったり、
相手ボールを奪って前につなげるような役割。

時々、果敢にオーバーラップしてミドルシュート!
なんて今じゃカッコいいけど、当時のそれは単なる「越境!」。
お前が何故ここまで出張るのだ!とっとと自分の持ち場に戻れよ!
と、点取り屋のFW(フォワード)に睨まれる存在でもある(試合中大体FWはテンパッている)。
事務方が何らかの形で大型契約を取っても、営業部に睨まれるだけ…そんな感じだ。

こうなるともはや当然、いや必然かと思うが、社会人となって働くようになっても、
そのメンタルはただひたすら「中庸」なのである。

自分が目立つことは極力避けつつ、前列から引っ張る!というより
後方からギュウギュウと押し上げる….そういう感覚の生き方、哲学となる。

時には恣意的にコントロールしながら「前線のタレント=スター」に
「思う存分能力発揮」させる役割。
「前」は往々にして「後ろ」の思惑や仕掛けは理解出来ず、
全て自分の功績!と考えがちだが、それで良いのだ。

俺たちハーフバック=ミッドフィルダー=中庸軍団は、
今日も、そして明日も、ひたすら世の趨勢を鑑み、
組織のバランスを取りながら、守る時は精一杯守り、
時が来れば一斉に攻めに転じて
「前線に絶妙のパス」など供給するのだった。

オマケ 強烈な西陽逆光の図。
現代のレンズとオールドレンズの最も大きな差は「コーティング技術」。
確かに子供の頃はカメラにせよ、望遠鏡にせよ、「太陽見たら目え潰れる!」
って言われてたけれど、いつしかこのコーティング技術によって
このことは克服されてるようだ。このような禁じ手も「面白い」って思うんだけどね…。
nisibi



現在も世界中にFRANK ZAPPAのコピーバンドは数多存在するらしい。
ジョン・エリスなんかを筆頭とする英国のカンタベリー系のプログレッシブロックシーンや、
EU系ジャズ界の名だたるミュージシャン達が、こぞってZAPPAコピーバンドに参加して
アルバムをリリースしたりしている。

普通、コピーバンドって言うのは、それぞれの個性と解釈でアレンジを加えたりするのが
世の慣しというものだが、ZAPPAコピーの作法は「完コピ」。つまりそのまんま!
それほどザッパの完璧で隙のないアレンジや演奏力が、多くのミュージシャンに
リスペクトされてるということなのではないだろうか!

そうした中で誰もが認める世界最高のコピーバンドこそが、
ZAPPA家長男=ドゥイージル・ザッパ率いる「ZAPPA PLAYS ZAPPA」!
「Trouble Everyday」


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感謝だらけの人生さ!

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Yashica/Tomioka Auto Yashinon DS-M 1.7/50(1974 / M42)

おそらく今年最後のサクラ…しかも枝垂れてやんの!?…。

ヤシノン…まあ無難で可もなく不可もなく、
「ドラマ」とか「意外性」なんて期待出来ないのだろうなあ。
それでも現代の身も蓋もないAFレンズよりかは遥かにマシか?…。

そんな風に、さほど期待してなかったのだが、おやおや!
何やらざわざわとただならぬ気配?。
富岡ヤシノン…立派なクセ玉であった。いいぞ!



何度もポツポツと断片的に書いているけれど、
20歳位の時から、突然考えもしなかった
プロミュージシャン生活をおくることになった。

音楽学校で専門的な教育を受けたわけでもないし、
何かのコンテストで輝かしい成績を収めたなんて実績もまるでなく、
実際入ってみて分かったことだけれど、
「ボーヤ」っていう、いわば徒弟制度というか、
有名ミュージシャンの付き人みたいな仕事(ほぼ無報酬=こづかい制?)をして、
技術や業界の慣しを習得し、人間関係を深める…なんてこともない
いわばどさくさ紛れの裏口入学…みたいなものだったかもしれない。

学生アマチュアバンド自体にも実はさほど縁はなかった。
ロックは大好きだが、ロックバンドという単位での人間関係が
どうも相対的に苦手で、悪ぶってる奴、偉ぶってる奴、恰好ばかりの奴、
薬臭い奴、精神病んでる奴、諸々だらしない奴…
そんなのとお付き合いするのは流石に御免被りたかったから、
必然的にパートタイマー的な一匹狼ギタリスト…

別に意図したわけではないけど、麻雀やるにも一人足らねえなあ…
あっ、あいつがいるじゃん!。
そんな感じだったかもしれない。

とてもじゃあないが、アーティスト=ミュージシャンなんて
煌びやかなものじゃあなくて、地の底をうごめくモグラみたいに
ゴニョゴニョと芸能界/音楽業界の最底辺にいて、
むしろ「便利屋」的な位置づけの、取るに足らない存在でしかなかったけれど、
何故だか、様々な人たちにとても佳くしてもらった。

プロミュージシャンとしては致命的欠陥=(譜面の)初見が利かない
楽典知識&ジャズ理論欠如のボトルネックを、
アレンジャーさんや先輩ミュージシャン方にまさにスパルタ的に
短期間で叩き込まれた。

さらには、事務所が経営してた音楽学院に「学校公認もぐり学生」として、
アイドルのタマゴたちと一緒に楽典/和声の授業を受けさせてもらった。
少し仕事ができるようになると、突然乱暴に
憧れの一流ミュージシャンらがひしめく録音スタジオや
様々な音楽現場に、放り込まれ、またしても悪戦苦闘した。

まだ海のモノとも山のモノともつかない、
全く世間知らずな、取るに足らぬ若者の、
どこをなにして意気に感じてくれたか皆目分からぬが、
とても大勢の方々にお世話になりつつ、そしてご迷惑もかけた。

そんな中で「おまえがいい」「タレントもお前が良いっていってる!」
などで、会社一丸で取り組む新人タレントの、
専属ギタリスト兼音楽ディレクター的な仕事もさせてもらう頃になると、
仕事の幅もグーンと広がって、一丁前に「もしかして多忙?」な感じになって、
さあいよいよお世話になった皆様に恩返しだ!という段になって、
全く不埒にも自分の都合だけで、
全てを投げ打って業界を去ってしまった自分…。

そのときは心に全く余裕などなかったけれど、
今は一人一人を訪問して、あの時の無礼を心の底から詫び、
そして感謝の意を表したい…
そんな気持ちで一杯な今日この頃なのである。



今でこそスケジュールとかTO DO管理ってのは、
コンパクトにスマホとかタブレットってことになるのだろうが、
その当時=30数年前は、分厚い電話帳…はオーバーだが、
少なくとも国語辞典くらいのヴォリュームがある「手帳」が、
まさにマイオフィスそのものだったように思う。
そして困ったことに、びっしり書き込まれた重量感のそのボロボロの手帳を、
いまだに捨てられない自分でもあったりするのだ。

驚くべきは音楽家生活のほぼ最後の方の情景を全く覚えてない。
記入によると、この唄い手さんの小ツアーに確かに帯同し、
最終の大阪ライブをもって、以後のスケジュールは真っ白になっている。
おそらくは、ああこれで全部終わりなんだなと、
センチメンタルな気持ちにもなったんだろうが、いかんせん何も覚えてない。

この歌もタイトルに覚えがあったけれど、曲自体は…知ってるような知らないような…
なんだかこそばゆい不思議な感じ。精神的にも少し傷んでたんだろうな…とも思う。
スーザン「24.000回のキッス」


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(2005/02/23)
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素直な頑固者

もも1
Yashica/Tomioka Auto Yashinon DS-M 1.7/50(1973 / M42)

桃の花…だと思うけどどうなんだろうか?
きちんと調べたことなんてないけれど(怖いから…)、
子供の頃から、これは桃の花だあ!と勝手に思い込んでる。
で、意外とそういうのが見事に外れてたってことも頻繁にあったりするわけで、
なに、その時は「ゴメンね!」ですべて済ませるだけさ。

MF(マニュアルフォーカスね)レンズでは、個人的には初の国産品「YASHICA」である。
子供の頃は、群雄割拠の国内カメラメーカーが、
それぞれにテレビCMなんかを盛んに打っていて、
父親が大事にしてた出所の怪しいローライモドキ?の二眼レフカメラによる、
コントラストもトーンもやけに甘い=俗にいうピンボケ写真に呆れつつ、
「カメラなんて全然興味ないもんねえ…」というコナマイキな小学生ですら、
コニカだのミノルタ、フジカにアサヒペンタックスにキャノンにニコン、そしてヤシカ…と、
その製品名までCM刷り込みで知っていたから、
YASHICAなんて本当に遠い記憶の中のイニシエのメーカー名でしかないのだが、
発売して40数年に及ぶその末期製造品を、今の時代に嬉々として購入する
ポンコツオヤジが実在する。世の中何があるのかわからないね。

カメラ側で、いつもより彩度もコントラストもシャープネスも全てマイナス設定にして、
古き良き日本的な、あっさり加減が面白いんじゃないか?
なんて思って挑むんだが、この通りのコッテリ目の色調。
絞りに絞ってF8くらいなのにちょっとウルサいくらいのボケ具合…。
まだまだ模索&研鑽が必要だな。



ちょっと異色のジャズシンガーというか、
実はウチの父親と同じ年の爺さんなんだが、
去年、惜しくも亡くなっている。

最初に聴いたのは私も40代になる頃で、高校時代からの
音楽仲間のY君が秋田から上京してきて、彼の日本公演に行くとか行かないとかで、
私としては初めてその歌声を聴いて、そのスペシャルすぎる歌声に唖然呆然阿鼻叫喚…。

その時はまあ普通にスタンダードジャズだったんだけれど、
すぐにロックの名曲の数々を唄ってることを知って、またまた驚いた。
あの!あのだよ!トーキングヘッズの曲をはじめ、
シンプリーレッドのあの名曲…
ロバータフラックのあの名曲まで…。
ご老人なのに、凄い意欲。

もう亡くなってるけど、元気なら90歳近いウチのオヤジが
どこかの料亭で粗相をしたナンチャラスウィッチを唄うようなもの…!!

そういうわけで今日は前回の絡みも含めて、ジョンレノン珠玉の名曲!
Jimmy Scott で 『Jealous Guy


Holding Back the YearsHolding Back the Years
(2007/05/15)
Jimmy Scott

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IMAGINEIMAGINE
(2010/10/04)
JOHN LENNON

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理解不能な10万円...

あめ
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra / for Exakta)

決して自分だけではないと信じるが、コンサートが苦手だ。
そりゃあ好きなアーティストのお姿を生で観たい、演奏を聴きたい….っていうのは、
ファンとして自然な欲求だとは思うが、コンサートへ行くことで、
自分と同じような何千、何万という群衆(人種)と遭遇するということに、
とても違和感というか、ある種の失望を感じるのだ。

中にはよく知った、自分にとってとても大事な歌を不遠慮に放吟しながら、
九段下や千鳥ヶ淵を練り歩く一団に遭遇したりすると、
決して愉快ではない、何とも形容し難い感覚に苛まれたりもする。

音楽を聴くというのは、とても孤独な行為だ。
家族や友だちとワイワイ聴く音楽は、一人で聴く音楽とは大きく趣旨が異なる。
少なくても自分にとって重要なアイドルであるFrank ZappaやGrateful Dead、
Miles DavisやKing Crimson、Peter Gabrielなどは、
一人の時間、場所でしか聴かないし、
裏を返せばヒトがいるところでは絶対に聴きたくない。

さらに言えば自分にとっては、ビートルズやローリングストーンズ、
ボブ・ディランまでもが、そういう趣旨のとても大切な音楽なのだ。

不思議なことにポールマッカートニー、ストーンズ、ディランともに、
私は過去に2度ずつ日本公演に足を運んでいるが、
実を言うと途中で帰ってしまいたい衝動に駆られ続け、
実際にどうしても辛抱たまらなず本当に帰ってしまった経験もある(ストーンズ初回)。

ミックジャガーは一生懸命に何十年も前の自分を演じている姿が
気の毒すぎて楽しめないし、演じれば演じるほど遠のくところがまた痛い。

ボブ・ディランはその真逆で、
ライヴに自分の価値などハナから見いだしてないから、
只々ダラダラと不機嫌そうに唄って、アンコール?うっざいなあ!という姿。
要はそんな私が現在の飾らない私です、それでも良ければどうぞ!っていう
刹那感を我々がどう受け取るかだ。

マッカートニーという男は、ジョンレノンという
目の上のタンコブみたいな存在がこの世から消えてしまったことでタガが外れ、
突然ビートルズを私物化して、あろうことか安売りし始めた。
その結果、良く出来たビートルズコピーバンドを、
良く似た老人が矢鱈と元気に唄ってる…
そうとしか見えないし聴こえないのだ。

ビートルズの持つ神懸かりな風格、鮮烈さなんかが全く削ぎ落ちた、
バッタモンで不愉快な存在が現在のポール・マッカートニー。

武道館で10万円…

「後ろの安い席のヒトは拍手してください…
 前の高い席のヒトは宝石をジャラジャラさせてください」。

ジョンレノン一流のジョークも今は昔か…。


仮にWings曲やソロ曲のみのマッカートニーコンサートだったら、
中野サンプラザ規模で心置きなく楽しめそうな気がする。
だってここらのポップセンスはとてつもなく凄いから…!
あの娘におせっかい


Venus & MarsVenus & Mars
(2014/11/04)
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雨の日はつれづれ

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aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra / for Exakta)

春の嵐のような強風に、ザアザア降りのアイニク過ぎるお天気の中、
イヤイヤながらオツカイに出掛けたら、
児童公園のサクラはもはや…
まあこれも自然といえばまさしく自然の淘汰…
仕方ないか。

何しろかなりの豪雨の中なので、ゆっくりピントリング摘んで
グリグリグリなんてやってられないから、
手早く見切りシャッター…と、一応イイワケしておく…
ちょっと甘いね。

あっ、パンコラーでも背景グルグル回るんだね!
こいつは意外とキッチリした、しっかり者の律義者だけど、
ちょっと面白みに欠けるのが短所の、
そこらへんに多くいるタイプの奴かなあ…と思ってたけど、
使い込むと、コイツはコイツでなかなかのくせ者!。

遠慮がちながら、そこはさすがにベルリンの壁崩壊と共に
消滅せざるを得なかった、東独側カール・ツアイスの末弟らしく、
きっちりと自己主張してくる。

日光の欠片もない絶望的な雨降りだというのに、
何故か甲斐甲斐しくグルグル回ってくれた。
この回転を忌み嫌う人も多いんだけど、
私なんかは「出ろ出ろ&回れ回れ」といつも狙ってる…。

なかなかキレイに回ってくれないんだけどね。
今日のも何かマバラだけどね…
地面に落ちて濡れた花びら(!)が…。

濡れた花びらといえば、思い出深いのは
「池袋文芸坐」か銀座2丁目の「並木座」。

ちなみに並木座の斜向かいに友人の家があって、
頻繁にタダ券もらって鑑賞してた…濡れた花びら…をね。

秋田だと「みゆき座」…どこにあったかどうしても思い出せないけど…
おそらく行ったことないんだな。

中学生の頃は、数年遅れながら「ニューシネマ」の時代。
イージーライダーに真夜中のカウボーイ、いちご白書に卒業、
明日に向かって撃て!って言っといて、俺たちには明日はない…
さらにビートルズ映画だの、あまねくロック系映画だのを、
弁当と水筒にお茶、お菓子(かりんとうかな?)持参で一日中観てた。

自分はオープンリールのポータブルテープレコーダーを
マジソンバックに詰め込んで、それにマイクを2本刺して
天井に向けて突き立てつつ、サウンドトラック録音!。
早い話が盗み録り。

実際は映画のポスターには「ステレオ!」って堂々書いてたけど、
秋田の映画館の音響システムはどう考えてもモノラルだったから、
ステレオ録音は、オッサンの咳払いやらイビキ、
菓子袋の騒がしい雑音などが妙にリアルに聴こえるだけの代物だったけど、
家でもずーっと、セリフを空で覚えるほど何度も繰り返し聴いてたな。

友人は写真撮影担当で、親父さんのYASHICAを拝借してきて、
自家製スチル(ブロマイド)を作成。
ビートルズ映画のポートレイトなんか、とにかくよく売れた!(ヤバい?…40数年前さ!)。

そんなある時、「フィルモア最後の日」っていうドキュメンタリー映画を観て、
相変わらず早朝から弁当持参で、隠し録りもしていたのだが、
とても気に入って何度も聴き返していたのが、そのとき初めて知った
ボズ・スキャッグス

当然彼のアルバムを捜したんだが、どこにも置いてない。
知り合いのレコード屋のお兄さんに調べてもらったら、ショッキングな返答。

「ああBOZの1stアルバムはもうとっくに廃盤だよ」。
(のちに知ることだけど、そもそも国内販売すらしていなかった…
 売れないだろうって評価だったんだろうね….)

相当に失望したんだけど、昔っから欲しいと強く願うと何故か不思議に手に入る私!
ある日、デパート催事の「輸入盤フェア」で、ジャケットの端をハサミでカットされた
「廉価盤」を発見、無事入手に成功!。

そしたらアルバムの全曲が名曲で名演の、マゴウコトナキ名盤じゃあないですかあ!。
なんでコレが廃盤なんだ!と憤ってたら、ほどなくして「シスコの顔役」っちゅう
BOZの何枚目かのアルバム(今はスローダンサーって言うらしい)が小ヒットして、
その余勢を駆って1stアルバムもめでたく再発。私は当然また購入。

BOZ的にはその次の「シルクディグリーズ」で、本格的にブレークしたのかな…。

というわけで、フィルモアのボズ・スキャッグスで『I'll Be Long Gone


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サクラ・サイケデリコ

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P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(Late-1940's Leica M39)

さあ、いよいよ開花したぞ!って、その瞬間から、
この時期お約束通りの天候不順。

だんだんこの街の残念過ぎるパラダイムにもすっかり慣れてきて、
薄ら寒くて、時折雨&アラレ混じりなお花見も、
まあそれはそれで一興と思えば一興かなと
かすかにそんな風にハードルをうーんと下げてモノを考えるようなった、
まもなく故郷5年目となって少々焦り気味の、
残念なオヤジなのである。

うすらぼんやりしたお天気にはうってつけの、
フランス・アールヌーボー期のレンズ「アンジェニュー」。
ビートルズのジョンレノン以外の3人の野郎どもが、
当時の最新式アサヒ・ペンタックスを入手し大はしゃぎの中、
ジョンだけは、ひたすらにアンジェニュー付きのエキザクタ(カメラ)に拘り、
使い続けてたっていう話を聞いて俄然興味を持ったわけだけど、
ありえないほど高価!…すっかり諦めかけてたところに、
縁と奇跡が重なって……。

まあ何はともあれ、予想に違わぬ、どんより曇り空の
ボンヤリふんわり&ヤケに眠たい、いい感じにポンコツな褪色傾向…。

してやったりな今年のサクラであるのだ…。



さっきNHKで偶然「デリコ…」ひさしぶりに観た…いや聴いた。
10数年ぶりに聴いたけど、やっぱり凄まじくて感動した。
彼らの最大の魅力は、「ロックをよく知ってる」ってとこ。
マニアックな仕掛けの数々の、その出展元の一つ一つに、
ヨッシャヨッシャと納得し感心するポンコツオヤジなのであった。

大学のけいおん部の汗臭い部室で、もしもあんな凄い歌い手と出会ってしまってたら
私も音楽やめなかっただろうなあ…まあいつもの妄想だが...。


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美は乱調にあり

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ENNA München 'Lithagon' 3.5/35(Early-1960's Zebra / for M42)

朝から雨模様の一日だったけれど、日頃の行いが良いのか(?)
サクラの木の下でカメラを構えたほんの一瞬の
Here comes the sun…なのであった。

テクノロジーの進歩はめざましく、
ハイヴィジョンだの4Kだの5K(?)だのと、
画像を構成するドットみたいなものの単位がどんどん細かくなって、
解像度というものが上がり、画質も格段のキレイさなのだそうだ。

ただしそれは「キレイ」なのであって、
決して「綺麗」でも「奇麗」でもない…そう感じる。

精彩さをキレイの基準とするなら、
失礼ながら個人的には大の苦手のクリスチャン・ラッセンあたりがキレイで、
モネやルノワール、ドガにセザンヌといったモヤモヤの印象派は、
理論上ラッセンより劣るなんて馬鹿げた理屈になってしまう。
まあ、家のテレビの映りが全てルノワール風になってしまうのも、
こりゃまた少々困るだろうけどね…
わたしゃそれで全然かまわないけど。



私がというより、家人が昔お世話になった某大物俳優=タレントさんが亡くなって、
朝からテレビでは報道合戦が繰り広げられているようで、
同い年のウチの母親などはけっこう落胆し、溜め息をつきつつテレビに見入っている。

すると「続々と弔意を示すメッセージ(弔辞)が届いております」として、
順次紹介されるのだが、何故、弔辞は遺族の下にではなく、
直接テレビ局や新聞社に届くのだろうか??

しかも差出人はいつもの、いかにもなあの人この人…。
なんだかあのいつも半笑いな「魑魅魍魎芸能界」の、
ぬるっとしたイヤな感触を、何十年ぶりかで思い出して
思わず変な寒気でブルっとするのだった。



間違いなく私はフランクザッパのファンというかコレクターだろう。
アナログレコード時代はなにしろ「入手困難品」や「超高額品」が多くて、
なかなかコンプリート出来なかったけれど、
CDベースではおそらく取りこぼしなくコンプリートしている
(数えたら100タイトル以上で、さらにマスタリング違いなどでその倍以上ある)。

近頃は、ザッパ家自宅地下倉庫に潜む未公開音源などのCDや映像ソフトが、
通販のみで流通というのが主流になっているので、
海外送金等なかなか大変なことも多い。
しかしザッパの場合、未発表アーカイブ(ライブやデモテープ類)とはいえ、
恐ろしくクオリティが高いから安心のブランドでもあるのだ。

ザッパという存在を初めて認知したのは、
マザーズの71年フィルモアライブのアンコールに「ジョンとヨーコ」が飛び入り、
その模様がジョンレノンのアルバム「Sometime In New York City」のD面全部に
収録されたまさにその音源こそが、以後40年も続く、
ザッパ贔屓=運命の始まりだったと思う。

ザッパとジョンの打ち合わせは以下の通り、たったこれだけだったという。
FZ「で…何やる?」
JL「取りあえずPlease Don't Goって古い唄…知ってるか?」
FZ「知らない…どういう唄?キーは?」
JL「Am…あの頃の唄はみんなそんなようなもんだろ?あとは任せるさ」
FZ「わかった。ところで今日の音源の版権だが、50:50でいいか?」
JL「だからオマエにまかせるって…」

結局、間髪を入れずこの日の音源を製品化したのは、
むしろジョンの方で、ザッパがこの音源(の全長版)を発表するのは
90年代の、実に20数年後だった…。

この日の映像もある…という噂は当初からあったが、
80年代の中頃に、まさか西新宿のロック専門「裏ビデオ屋」で、
この20数分の粗悪映像が買えるようになるとは、考えもしなかった。

何しろジョンの唄にザッパの哀愁のギターソロ(とにかくカッケー)が
乗っかってるだけで、身悶えるオヤジなのであった。

John & Yoko & Zappa & The Mothers(!?)『 Well (Please Don't Go)
ところでアンコール前のコンサート本編の映像って存在しないんだろうか???


サムタイム・イン・ニューヨーク・シティサムタイム・イン・ニューヨーク・シティ
(2000/03/29)
ジョン・レノン、ヨーコ・オノ 他

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Playground PsychoitcsPlayground Psychoitcs
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Frank Zappa

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決別の記憶

DSC03674.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(Late-1940's Leica M39)

堂々咲き誇るサクラを撮っていたのだが、
ちょっとゴージャス過ぎて少々食傷していた。

ふと手元の生け垣を見ると、随分と可愛らしい小さな花が咲いている。
気がつけばサクラそっちのけで、この名も知らぬ小さな花を撮り続けていた。
で、ピントはどこ??



以前も当ブログで取り上げたかも知れないけれど、書いた記憶は希薄…?。
いずれにせよ、希有な体験なので、折に触れて様々な人に話してるから、
ひょっとしたら同じヒトに同じ話題を何度も得意気に話すって言う、
とても愚かしい行為に及んでいるかもしれない。

とっくに音楽家生活に見切りを付け、勤め人生活を送っていた時代だが、
その当初はまだ未練タラタラで、友人に頼まれると
「いやあ俺なんてもう….」などと言いながら、
嬉々としてクラブレベルだが、トラのアルバイトをしていた頃の話だ。

青山辺りのサパークラブ、3回ステージの2回目が終わって、
バンド控え室にいたところ、なんだかフロアーが騒がしい。

お客様の中にギタリストの「クロードチアリ氏」がいたらしく、
他の客がぜひ彼のプレーを聴きたいと、「チアリコール」を始めていたのだった。

チアリ氏は「僕はエレキ弾けないよ、だから無理!」
と必死に拒絶していた様子だったが、
結局鳴り止まぬコールに押されてステージに上がった。

取りあえず、大慌てで私もステージに駆けつけ、
(借り物の)335っていうエレキギターを彼に差し出した。
当然彼の代表曲の「夜霧のしのび逢い」だったかを弾こうとするのだが、
やはり相当にエレキは不得手らしく、何しろミストーンだらけ。
客達もそのただならぬ様子に気づき始め、
「気の毒な要求をしてしまったな」と反省し始めるのだ。

それでもチアリ氏は途中で演奏を辞めることなく最後まで弾き通し
「一流」の意地を通した様子は、私も含め、客席も感動に包まれたように記憶している。

とにかくひと騒動終わって私は控え室に戻る途中、
今度はエントランス付近で何やらトラブル発生。
不審者がクロークで騒いでる!というのだ。

野球帽をかぶってはいたが、やけに長髪の、細身だが大柄な外人が何やら騒いでいる。
外人は泥酔してる上に、時代的にまだ早い「ダメージ加工」が過ぎるボロボロジーンズ姿。
これが店のドレスコード的に不適格と、ベルボーイと押し問答してるらしかった。

ド近眼の私だが、何となく見覚えあるその風貌は、
敬愛するベーシストの「ジャコ・パストリアス」その人だった。
私が今しがたチアリ氏が弾いたギターを手に持っていたので、
突然ジャコに呼び止められた。

「Hey, you! ミュージシャンか?俺もだよ(充分分かってる!)」
「金は持ってないけど、俺に1杯だけ呑ませてくれるよう支配人に頼んでくれないか!
 おんなじミュージシャンだろ!なんならパフォーマンスしたっていい…なあ頼むよ…」。

私にしたら、いや他のミュージシャン達にも、お客様にだって、
これはもう一生に一度かもしれないサプライズであり、願ってもないチャンスである。
気持ちは当然イチジルシク高ぶるのだった。

そこへ折よく、ちょうどやってきた支配人に事情を話すのだが、
答えは無惨にもNO!。すぐに小汚い不良外人を追い払え!という指令が下ってしまった。
再び揉み合うと、今度は例のチアリ氏がクロークにやってきて、
「君見たことあるな…ここは駄目だ、俺と一緒に別の店に行こう」
とジャコを連れて行ってしまった。

きちんとした身なりの紳士と、千鳥足のホームレス風身なりの
猫背の大男の妙竹林なコンビが、西麻布方面に無惨にも消えてしまった。

私はおそらく二度とない共演チャンスを逸しつつ、
不意に、ガラガラガラと何かが音を立てて崩れたような気がした。
それまでの中途半端な音楽生活のその一切が
何故だか突然、夢から醒めたように吹っ切れた気がして、
その夜を最後に、全ての音楽的なお誘いを固辞し、
昼間の勤め人生活に専念するようになった。

いずれにせよ、何が原因なのか、自分自身の胸の内ながら
さっぱり分からないのだが、仕事としての音楽ときっぱり決別した
その騒然の夜のことは、忘れられない記憶となったのだった。

ちなみに、同じ夜、こちらも仕事を終えての帰り際、
表参道あたりで、相変わらずふらふらと泥酔のジャコパストリアスが、
若いロックバンドの連中と意気投合したのか、一緒に呑みにいくどー!と、
はしゃいでいるのを目撃した。

頭ツンツンのパンク小僧達は、果たして彼のことを知っていたのだろうか??

数年して、ジャコパストリアスの非業の死が報じられた。
同じように店の前で揉めて、店側の用心棒にぶっ飛ばされて、
当たりどころが悪く脳挫傷で亡くなってしまったという…黙祷。

...というわけでそのジャコ・パストリアスは名演も多いが、迷演も大層多いベースプレーヤー。
しかし少なくとも、自らを売り込んで加入したという「ウエザーリポート」在籍中は
さすがにJAZZ界の重鎮2人がいるせいか、集中した良い演奏を聴かせていたように思う。
そしていよいよ自作曲もバンドの重要なレパートリーになった。
Weather Report Teen Town=十代の街


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(1997/09/25)
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(2008/02/01)
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反省が多い日のスミダノハナビ

すみだのはなび
Pentacon auto 'Mono-Coat' 1.8/50 (Mid.1970's / for M42)

いつものように家の近所の花屋の前を通り過ぎる…
...ん?何?このとっても清廉な気分の瞬間映像?

そのままムーンウォークで後退りして、もう一度花屋を覗き込む。
「ああ、あれか…!」

店員さんに訊いてみた。

店員「ああ、これですか、きれいでしょ!」

私 「これは何かと訊いている!」

店員「すみだのはなび…額紫陽花の一種ですよ」

私 「墨田の花火?…」

毎年、浅草橋辺りの河岸にある取引先の問屋さんの部長に、
この時期になると脅される、あの忌々しい墨田の花火か….

「今年の花火大会は御社は…ビール担当でよろしく!
 10ケースもあれば充分間に合うよ!」とか

「今年は屋上で花火見ながら鍋やるから、牛肉…5kgもあれば合格かな!」

そんな業者泣かせの、あの鬱陶しい隅田川の花火か!…

などと嫌な記憶がジワジワ甦りつつも、
鉢植えの花の美しさが鮮烈なのは事実で、
瞬間、写真を撮りたくなったのだが、
花屋の花を撮るなんてのは、どう考えても反則だから、
勢い「これ…いくら!」と気がつけば購入していた。

実を言うと鉢植えとはいえ、花を買うなど、
墓参りか、家人が欲しい欲しいというので「じゃ、買えば!」というと、
「女に花を買わせるの?」とか非難されてしまって「そういうもんかあ?」と
渋々買うくらいのもので、何しろ自発的に花を買うなど生まれて初めてかも…と思った。

ベンジャミンとかパームツリーとか、バブリーな時代に気取って
植木を買ったことはあるんだけどね…。

帰宅すると、全く意外にも今年80の母が異様にハシャイで喜んでいる…
予想外だったが、花を買うってのはこういうことなのか…
もっと早くやっておけば良かったな…と、少し過去の自分を反省するのだった。


近所と言えば、もう1ヶ月以上も続く「ビル解体工事」の音と振動に嫌気がさしていて、
今日になって辛抱たまらず、クレームを言いにいった。

ショベルなんとかの重機の騒音に負けない大声で
「監督いるかあ?」と精一杯凄みつつ、叫ぶと、
社長という、いかにも建設会社の親方風のイカツイ男性が現れた。

私「そこの家のものだが、ウチには年寄りがいるんだ。
  一日中断続的に震度2の状態を我慢させておきながら、
  挨拶一切なしなのは、あまりに誠意無さ過ぎじゃないのか。
  一体工事はいつ終わるのか!
  工程表提出して最低限、工事日程や時間帯等、
  説明あってしかるべきじゃないのか!」等々、

取りあえず必要なことを矢継ぎ早にまくしたてると、
まずはすんなりと詫びる社長ではあったが、
工事に関わる様々なトラブル説明というか、
経営者としての愚痴がグタグタと始ってしまうと、
こちらも「まあ、色々大変だろうけど、頑張って早く終わらせて欲しい…」と、
腰砕けも甚だしく、なんと笑顔で和解してしまうに至っては、
自分ながら情けなくなった。

こんなに自分は喧嘩下手になっちゃったかと驚くばかりだが、
土地柄、戦前戦後から色々あって、陸軍練兵場跡の、
とても雑な基礎工事の残骸に、ウチも建て替え時には様々悩まされた経験があるから、
社長の悩みも分からぬわけではなく
…まあ、喧嘩の原点は相手の話を絶対聞いてはいけないんだけど…
まだまだ自分は甘いなあと、改めて反省したりするのだった。

やけに反省の多い日だったな。



知ってるヒトは極めて少ないかもしれないが、ユーミンが革命的に登場して、それに続いて
矢野顕子ちゃんとか尾崎亜美なんてのが、何となくその後継というか、
フォロワー的にその有り余る才能を見せつけるわけだが、
私個人的に佐井好子さんっていう、ちょっと暗いというより
耽美系のシンガーを気に入って聴いていた時期があった。

山崎ハコっていう近似値なシンガーもいるにはいたけれど、泣いたり叫んだりっていう
エモーショナルなスタンスがちょっと馴染めず、なんだかヴェルヴェット周辺のNico
みたいに淡々とした、サイケでアシッドでトドノツマリはクールな彼女の有り様が、
とても気に入っていたのだと思う。

この唄は明らかに「つげ義春」の漫画「紅い花」にインスパイアされていて、
(あがた森魚の赤色エレジーも同様)、まあ単刀直入に「初潮」の唄。
まあ、こういうのもかつてあったよおってことで…
佐井好子紅い花


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妖しい校門前

meitoku2.jpg
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra / for Exakta)

桜は、咲き始めのワクワク感と散り際の儚さが好き。

ツアイス・パンコラーの撮って出し(リサイズのみ)。

このレンズの、淡いんだかコッテリなんだか
ボンヤリなんだか、くっきりなんだか
よくわからない絶妙なバランスの描写力がとっても好き。

他の名だたるツアイスレンズが、
どれもキラキラギラギラの強烈な個性を放ち、
自己主張するものが多い中で、パンコラーは常にさりげなく、
ただひたすらに実直で端正。
ある意味モダンで大人しめの表現なんだけれど、
内面に秘めたる狂気を抱えたような、
そんな不穏当な佇まいを静かに漂わせるレンズのように感じる。



実はここは私の母校(小学校)だったところの正門前。
ここにいると、今にもランドセルに学帽、
半ズボンに上履き袋を手に持った9歳の自分や、
クラスメートらが勢いよく飛び出してきそうで

ちょっと怖いのだ。

今は市営の図書館となっているのだが、
そうしたわけで、未だ入館したことがない。
…泣きそうだしね…。

お花見時期が近づくたび、少し上気して、
何故だかその場所の主であるかのように誇らし気な
学帽にリコーダを縦に挿したランドセルを背負った9歳の私に
ここでうっかり逢えてしまいそうな、
そんな時期と場所であったりするのだ…。

うーん、上手く言えないなあ…。

オマケ:モノクロでもサクラはサクラで存在感凄いっすね。
meitoku.jpg



いわば先般の「ガロ」の元ネタでもあるんだろうけど、
CSN&Yの「Find The Coast Of Freedom」と「Ohio」のメドレーを
ニールヤングの映画「過去への旅路」のサントラ盤から…。

どちらもそれぞれに名演で有名曲だけど、
この映画でのメドレーの印象が鮮烈すぎて、
私的にはこの2曲は絶対にこの順番でしか聴けない身体になってしまった。


Journey Through The Past (Soundtrack / Digi-Pack)Journey Through The Past (Soundtrack / Digi-Pack)
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分相応について

0001.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(Late-1940's Leica M39)

当地では只今が「梅満開」!。
♪さく〜らはまだかいなあ…来週半ばらしいです。

開放で使うとフワフワ&モヤモヤでお馴染みの
シネ系レンズ「アンジェニュー」なのだが、
不思議なことに、少し絞れば噓みたいにキリッと「普通?」に写る。

そこらの幅広さなのかどうなのか?
実にとってもお高いレンズで有名なのだが、
私のアンジェニューは実になんとも、数千円で購入したものである。
どこも壊れているところはないし、ホコリもカビもない。
しかもきちんと無限遠も調整済みのものだ…。

元々は1946年に発売されたSEM Kimっていうフランス製のファインダーカメラに
のちに世界初のレトロフォーカス(広角)レンズを開発するフランスの光学器メーカー
アンジェニューがOEM供給したレンズらしい。

そのSEM Kimの中古品を、日本のある有名なカメラ改造屋さんが
ebay経由でまとめて購入し、次々に取っ外したレンズを
ニコイチ、サンコイチで再構築し、
ライカLマウントに改造したものの中の1個というのが、
このレンズの出自ということだ。

某オクで、ある日これを見つけた私は、
ダメ元の1万円で少しお釣りが来るくらいの入札を行ない、
数日すると呆気なく、いや当然のようにその何倍もの価格が上乗せされていて、
「やっぱ無理だよなあ…やれやれ、良い夢見せてもらいましたよ!」などと思いつつ、
締め切り時間になって、どれどれ一体いくらぐらいの値が付くものなのだろうか?
と、覗いてみると、あれあれ?…

あなたが現在の最高入札者です!

「ええええ!まじか!なんで?途中キャンセル?」
残り2分…長い長い、死ぬほど長い2分間、息をのみつつ
そして何事も起きずに
「おめでとうございます!! あなたが落札いたしました」

とても売り主に申し訳ない感情にかられたけれど、
取引は実に気持ちよく完了。
そればかりか、マウントアダプターまでオマケしていただいた。

数日して到着したアンジェニュー。
一番最初に撮ったのが、我が家の器量のあまりよろしくないネコ。
光と空気と毛のかたまりが微妙に混じり合った抽象画のような、
不思議な物体が写っていた。
形容し難い感動と興奮に見舞われた…。

大した経験も知識もなく、ただただ素人の分際で、
「普通のキレイなズームレンズじゃ面白味がないなあ…」
などと生意気にも疑問を抱いただけの軽い男が、
持つべきレンズでは確実にないなと、正直その時思った。

オールドギターブームとかで、芸能界はじめ勝ち組成功者達はこぞって
ヴィンテージのギブソンやマーチンを買い漁っているらしい。
TVで、ある成功したお笑い芸人が入手したというマニア垂涎のギブソン…
ボロンとストロークしていたけれど、とてもヴィンテージとは思えない
ショボ過ぎる音しか出せてなかった…。

その瞬間、なんだか自分とアンジェニューの、
不釣り合いで不条理な関係みたいな、ある種のうしろめたさが
脳裏をよぎるのだ…。ホントは恥ずかしいことなんだろうか?…
うーーーーむ…。

そういうわけで、本当は欲しくて欲しくてしょうがないのだけれど、
「ライカが欲しい!」なんて口が裂けても言えるわけもなく、
「まあ死ぬまでに一度で良いから手にしてみたい…」
それがせいぜいであるのだった。
宝くじ当たらないかな!?…
買わなきゃ当たらないよね…である。

あん下うめ
いつもの絞り開放のアンジェニュー! お約束のハロ=フレア=滲み…が心地良いっす



ヒット曲で儲けた分でヴィンテージのギターを買った!って話を最初に聞いたのは
ガロだったような記憶がある。
トミーくんが確か当時300万円で59年製レスポールを購入…。
その後、いわゆるニューミュージック系アーティストには
「ヒット曲=58〜60年レスポール購入」って妙な公式が出来て、
59年製個体の殆どが日本に集結した!なんて言われた時期がありました。
今では数千万円??いやはやいやはや…(2千5百万くらいらしい…)

それにしてもガロ曲の殆どがYouTubeでは削除されてました。
ま、取りあえず、回る回るよ...「地球はメリーゴーランド」でも。


取りあえずコレ…愛聴盤ですね。

シングル・ファイル(+3)シングル・ファイル(+3)
(1998/07/23)
GARO

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哀しきスカウトマン

tannpopo.jpg
ENNA München 'Lithagon' 3.5/35(Early-1960's Zebra / for M42)

晴天が苦手なリサゴンであった…勝手にそう思ってるだけなのだが。

間違いなくクセモノの、タダゴトではない風情は、
大好物には違いないが、問題は、さてそれをどう使うか…
それが問題だ。



東京の家人からの(定期)電話の声がいつになく明るい。

家「渋谷でモデル事務所の人にスカウトされた!笑っちゃうでしょ…」

私「笑い事だねえ…。おばちゃんに今更何しろって言うのさ?」

家「着物とか、ミセス服の雑誌モデルとか言ってた」

私「で、どうするつもりなの?」

家「電話したよ」

私「えっ…しちゃったの?」

家「うん、だって絶対電話くださいって言うから、悪いじゃない、無視しちゃ。」

私「そういうもんかあ?それで?」

家「だから、こんなおばさんなんかに声掛けて頂いてありがとうございましたって」

私「なんだそれ…」

家「そういうわけで確かに電話させていただきました。それではごめんください…って言った。」

私「よくわかんねえんだけど….」

家「だから、モデルさんなんて、そんなのとてもとても出来ませんってお断りを入れたわけよ」

私「ならいいんだけどさ…あれってその気になって事務所行ったら、
 登録料だのプロフィール作成料だので、色々ふんだくられるってあれだろ!」

家「えっ?知ってたの?」

私「常識だよ。娘に聴いてみ」

家「もう話したわよ!そしたら、母ちゃん馬鹿じゃないの…って言われた。
  そういえば、何だか怪しかったのよねえ」

私「はいはい、解決済みね。何でもきちんとあのコに相談してね!」

家「うん。わかった…で、そっちはどうなの、体調?…」

家人は自称「勤労小学生だった」って?、
早い話が「子役」みたいなことをやっていたので
小中高のほとんどが「早退生活」。
そういうわけで、ヒトの知らない知識、特技は半端なものじゃあないけれど、
一般常識がちょっと…「テンネン」なところがあるので、
父娘がしっかりしてないとね!…
と、いうことで意見が一致してる家庭であるのだった。



ブリティッシュロックの深い森にひとたび足を踏み入れると、
必ず通らねばならないグニャグニャでアップダウンの激しい厄介な道。
簡単に越えられそうでなかなか越えられないその茨の道こそが
Bonzo Dog "Doo-Dah” Band

あのビートルズをも魅了させつつ、のちにパロディ・バンド「ラトルズ」の
仕掛人であり、ジョン・レノン役である「ニール・イネス」という才人の
全く掴みきれないキッカイな音楽性は、ブリティッシュロックという
魅惑的で、複雑怪奇な混迷の森の、門番のごとく立ちはだかるのだ。
「これで”わかった”なんて思うなよ!」と意地悪くあかんべーしてるような彼らの代表曲。
岬めぐり」…じゃなかった「(I'm The )Urban Spaceman


TadpolesTadpoles
(2007/06/11)
Bonzo Dog Doo-Dah Band

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幸福のお湯

suisen.jpg
Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (Late-1950's / for Exakta)

心ざわめくナルキッソス。

一輪だけ咲いてる水仙はとってもケナゲで可愛いんだが、
だいたいがクシャクシャとたくさんの花がまとまって咲いていて、
実はそれほどでもない美を精一杯競っているようで、なんだか
AKB…?そんな気がした。



私より、むしろ家人の方が「銭湯マニア」で、
ガイドブックをカバンの中に常備しつつ、
東京中の銭湯はほぼ踏破しているとのことだ。

当然、私もそのうちの半数くらいは
同行しているから、充分に自慢出来るレベル(?)らしいのだが、
まあその辺りの名誉栄誉は、謹んで辞退させてもらうことにしている…。

彼女には当然、「個人的都内銭湯ベスト10」というものがあるらしく、
日曜の昼下がりにもなるとソワソワと落ち着きなく部屋をうろつきながら、
突然立ち止まると
「決めた!今日は、第4位の西荻〇〇湯へ行こう!」

西荻に行くということは、駅前で軽く「モツ焼き戎(えびす)」あたりで引っ掛けてから
風呂に入り、帰りはオープンダイニングの無国籍料理屋で「しそ焼酎鍛高譚」を飲みながら
ベトナムのフォーをすするっていうお決まりコース。
私は…銭湯はともかくも、
「久しぶりに鍛高譚でフォーもいいなあ!」という感じで同意し、
西荻までテクテクと出掛けるのだった。

このパターン、他にも
「浅草で電気ブランとオムライス」とか
「東中野はオリオンビール=沖縄料理」、
「武蔵小山は商店街でいろいろ買い食いしながらぶらつくコース」、
「蒲田ではイロイロ餃子!」
「三鷹では爺チャンの朝摘み野菜で西多摩の地酒!」

そんな感じでコースが決まっている。

自分の中の、仕事面での全盛期はとうに過ぎていたが、
家庭面(?)ではその頃が全盛時代だったかもしれない。

ところが、銭湯は続々と閉鎖が相次ぐようになって、
家人のランキングも頻繁に更新せざるを得なくなった。
知り合いの銭湯店主も多くなっていたが、皆口々に窮状を吐露し、
何処そこも何月で辞めるらしいとか、あそこはとうに辞めてなくなってるとか
哀しい情報が入るようになった。

我々に何が出来るかと言っても、何も力にはなれないが、
せめて「都内共通回数券」を絶え間なく購入するくらいしか出来ないのが悔しかった。

かつて、2ヶ月に1度は箱根辺りの温泉…なんて時代もあったけど、
近所での小さな幸福感….本当におすすめです。

元気になったらまず何をしたいか!って言えば、真っ先に
高円寺の銭湯「名物ミルク風呂!」あたりでポカポカジンワリ暖まってから、
知り合いの酒場(たくさんある)で、丸かじりのキュウリをほうばりながら
ホッピー…これに尽きますな!。



何年前のことだったか定かではないけれど、家族3人で東京ドームの
ポール・マッカートニー公演を観に行ったそのすぐ後くらいに、
有楽町そごうってデパートの中にある「よみうりホール」っていう
1000人規模のホールで、やっぱり家族3人でキンクスの首領
「レイ・デイヴィス」の、ソロ=弾き語りコンサートってのに出掛けた。

その結果、我が家の女性軍は二人とも
「ポールよりレイが好き!」
という、禁断の言葉を口にするようになった。
(待て待て、それを言うなら雨戸しっかり締めてから…)

まあ仮にポールマッカートニーがよみうりホールで
弾き語りライブ!?なんてものがあったとして、
その歴史に遭遇していれば答えは……とは思うけれども、
まあ私も含めてオバカで能天気な家族なんだろうなあ…。

特に娘はこの曲が一番好きだと言っている。
私も大好きな曲だけど、ここは娘に譲ってあげることにしよう。
"Sitting In My Hotel"


Everybody's in Show-BizEverybody's in Show-Biz
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Kinks

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事件の真相?

つくし
Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (Late-1950's / for Exakta)

なんとなく、こいつ〈ビオタール〉の扱い方がわかってきた….。

高校生の時、校内で「クラスマッチ=学級対抗球技大会?」ってのがあって、
普段は学校側から訝しがられる存在の我々サッカー同好会の部員(会員か?)は、
審判団をまかされることになって、
私は1年生だったが、3年生チームと2年生チームの対戦の主審をすることになった。

試合は開始早々から暴力的プレー含みの荒れた試合になった。
私は生真面目にも、それらに対してイチイチ笛を吹き、毅然と警告を与えたり、
退場も嗜めたりしていた。

さて、ヒドく荒れた試合の前半戦が終わった。
3年生チームの中でも、かなりエキサイトした男が私に詰め寄ってきて
「判定が厳し過ぎる!、少しは見逃せ!」と抗議してきた。
実は云われるまでもなく、裁定は大甘にしている。
オフサイドは一切とらないし、メチャメチャなスローインもすべてOK。
FKなのに何故かドリブルし始める奴がいたり(!)など
滅茶苦茶なプレイも敢えて見逃した。

しかし暴力や乱闘は放置出来ない。
それを見過ごすことは、それこそがサッカーに対する冒涜であるような気がしたから、
どちらが先に手を出したか!?なんて問題とせずに、
喧嘩両成敗的な裁定を下していたが、
一部諸先輩方には、それが納得ができなかったらしい。

「おい、一年坊!、お前どこに目え付けとる! 先に手を出したのは向こうだぞ!」
と、興奮した声で訴えるので、私は

「そもそもの原因は、あなたのラフプレーです!」
と返すと、

「なにを!」と、

あとは殴る蹴る引き倒すの暴行ワンセット…。

一応付け加えておくが、サッカーの倫理観(即ちヨーロッパの騎士道精神)では、
先に手を出した方(イエローカード)よりも、報復した側の方が
遥かに罪は重い(一発レッド!)という概念(戦争の連鎖)だから、
彼の主張は一理あるのだ。

彼が論点としてその部分を突いてきたら、
私は彼にひれ伏し謝罪するしかなかった。
しかし彼はそれを知らずに、論破出来ずに暴力に走った…
右フック→左ボディ→右足ローキック…。

暴行を受けた!とはいえ、当時の運動部的感覚では日常茶飯事。
何事もなかったように淡々と後半が始まり、
粛々と試合は終わった。

数日後、私は当時半ばクセになっていたマブタの「ものもらい」のせいで
眼帯姿になっていた。
突然職員室に呼ばれ、生活指導の教師に3年生の集合写真を見せられた。

「生徒会とクラスマッチの実行委員会から問題提起されている。君に暴行したのだ誰だ?」
と、詰め寄られる。

ああこいつだ!と、すぐにわかったが、私は

「よく覚えてない」
と言った。

すると教師は

「一時的な記憶障害になるほど酷く殴られたのか?」

私 「えっええー?、そういうわけじゃ…」

教師「その眼の状態、写真撮らせてくれ。重大な証拠だから….」

私「いやっ.これ違いますよ」

教師「いいんだ、隠さなくても。悪いようにはしない。
   絶対に報復なんてさせないから!」

私「いや、だからちゃいますのんって…」

その日の放課後、もう早速、目付きの悪い連中が数人、
私の教室にやってきて

「おまえ、拳闘部部室へ出頭しろ…〇〇さんがお呼びだ…
 逃げたら益々ヤヤコシイことになるぞ!」

周囲にいた同級生達は、
「職員室に報告した方がいいぞ」
「行くな、絶対行くな」
そういわれたが、何となくこの一件に早くケリをつけたいなあ…
その為にまたちょっとヤラレルくらい(?)どうってことはない…そんな風に考えた。

唯一引っかかったのは
「拳闘部か…痛そうだな…」。

西陽のキツい旧校舎の部室にいくと、目付きの悪い愚連隊共が多数屯していて、
かなり物騒な雰囲気。
リングの真ん中に3年生のその男が椅子に座っていて、私に一瞥くれるなり、

「お前ら…席外せ!。これからこいつとサシでナシつけるからよ!」。

私はリングに上がらされ、二人きりになった。
椅子の男は、立ち尽くす私の足許から頭の先まで
ネットリした目付きでナメルように見やり、目が合った瞬間…
予想もしなかった突然の行動に、私は唖然とした。

男は土下座して、私に許しを乞うたのだ。

「俺さあ、リーチ掛かってんだよ。だからよう…最後なんだよお…」

彼が何を言ってるのか、さっぱり意味がわからなかった。

「だからよう、君が訴えを取り下げてくれないと、俺もう後がないんだよお、
 退学なんだよ。だからなあ、頼むよ、お願い、ごめんなさい…」

結局、そこで謝罪→和解ということになって、
目付きの悪い連中をまた部屋に呼び入れると、さっきまで泣いて懇願してた男は、
元の高邁キャラに戻っていて

「じゃあ、わかってるんだろうな、こらっ!」

巻き舌で私を見送った。

相変わらず目付きの悪い輩どもは、私が無傷なことに疑問な様子だった。
翌日、男の母上が、私の自宅を訪れ、丁寧に詫びていったらしいが、
応対した母には、何のことだかさっぱりわからなかったらしい。

やがて社会に出てから、そうした本業の方々とのトラブルに巻き込まれ、
敵地まで乗り込んでいったことが数回あるけれど、
何故か怖いと思ったことがない。

怖いと思うから怖い。
それより「道理」だ。
道理が通れば、何も恐れることはない!
仮にヤラレタって胸張ってれば良い…そう思っている。

ところが今の政界連中ときたら道理も何もない…
「ヤ○ザよりタチ悪いかも…」。



クリッシー・ハインドという女性はとても狡猾、
いやマーケティング上手ということか?。
英国人なら、いやロックファンなら必ずキュン!としてしまうキンクスの名曲をカバーし、
しかもそれをブリットPOPの大御所「ニック・ロウ」にプロデュースさせるまでの
用意周到さでデビュー。

彼女の術中にまんまとハマって、プリテンダーズ…なかなか良いぞ!って、
完璧にその暗示に引っかかるオバカな私。

やがてクリッシーは自身のキンクス・ファンを通り越して、
こともあろうに、御大レイ・デイヴィスと年の差も何のそので結婚!。
さすがにそれはやりすぎだろ!?って思ったら案の定すぐに離婚。
Simple Mindsの、今度は若いあんちゃんと再婚したまでは知ってるけど、
その後どうしたんだろうか??

というわけで、キンクスファンには心を締め付けられる名曲カバー
THE PRETENDERS で「Stop Your Sobbing

お花見マンボ?

1102.jpg
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1960-61/ for Exakta-Bayonet)

梅は枝ぶり…つまりワビサビ。

桜ならブワ~っとお花が纏まってるところを
イッサイガッサイ派手に狙うか、
マクロで寄って花芯ピントで撮るかで、
七割がたOKなのだろうけど…。
梅は難しいね。
散る前にもう2、3回挑戦してみようか!。

フレクトゴンのレンズのクモリは、やはりいかんともしがたく、
オーバーホールに出したいところだけど、
費用も日数も相当掛かるみたい…。

まあ、とりあえずは極端にアンダーで撮るとか、
いずれにせよ、アブノーマルで変態チックな設定にして
やっと誤摩化せるかな…?という感じ。
ヤレヤレだ。(普通に国産レンズで撮れば良いのにね…?)



上京して入学式を終えた時には既にお花見は終わっているから、
東京のお花見を経験したのは、ほぼ上京2年目ということになる。
初めて迎える「酒宴」としてのお花見にして、
それは初めての合コンでもあったから
私はそれはそれはもう、破裂しそうなほどパンパンな妄想とともに
上野公園でのパーリーナイトはオゴソカに(?)始るのだった。

そして宴もたけなわ、何となくだがペアリングが出来たの、
いや違うの?...っていう混沌状況になってきた。
おいおい、そのままこれからどうなるんだ!?
妄想はMAXになるのだが、突然、理工学部随一の秀才くん(現教授だ)が
派手に逆噴射!。そのまま大イビキで眠り込んでしまう。

仕方なく私ともう一人がなんとか御徒町の駅まで担ぎ入れ、
(タクシーって選択肢はまだない!)切符を買う段になって大変なことに気づいたのだ…。

あれ…皆どこ行っちゃった?
えっえっ?何それ?シカトかよ…まかれたんかよ!。

もうクラスメートなんて信じねえ!、チクショーめ!。

まあ、その後も懲りずに何度かパーリーに参加したけれど、
なんだかいつもそんな感じで、良い思い出なんて殆どない。
喧嘩に巻き込まれて、殴られ方が一番ひどい状態で、
コンパ続行不能で中座したことすらある!。
考えてみると暗い青春だったかも。



そんな暗い時代に、丸井の月賦(!)でSONYのウォークマン=忘れもしない33.000円也!
を買って、毎日飽きもせず聴いていたのが、XTCのこのアルバム"Black Sea"。

XTCのアルバムに駄作なし!と自信を持って云えるけど、
特にこれはホントによく聴いたな!
Living Through Another Cuba"


Black SeaBlack Sea
(2014/07/22)
XTC

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雁字搦めの新年度

tyari2.jpg
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra / for Exakta)

近場では最も「季節」とか「空気」とか「風」を
端的に感じとれる場所。
ここではその3つが充分感じとれる写真が撮れれば、
まずまず成功…そう思っている。

そんな秋田市「中土橋」も、何となくシリーズ化してしまって
マンネリ気味なのだが、考えてみれば「秋田」に雁字搦めである以上、
何処に行こうとも「マンネリ」からは逃れられなかったりする。

子供の頃は、普通にここで釣り糸をたれたり、
水に足をつけて水生生物を捕まえたりしてた
(ゲンゴロウやミズカマキリ、時にはタガメなんかも)。

今はそういう行為は当然禁止!...とか云う前に、
今、ここで釣り糸なんか垂れたりなんかした日には、
速攻で巨大な「錦鯉」が釣れてしまうだろうし、
その前にハトやカラスやウミネコまで引っかかってしまうかもしれない。

人間の不規則な餌やりや様々な過保護で、
すっかり警戒心や本来の生存本能を忘れてしまった
引き篭もりでパラサイトでシャブ中みたいに、
虚ろな眼をした動物達が、何だかちょっと怖い。

家の台所からこっそり拝借したメリケン粉を、
水でコネた餌を釣り針に仕込んでも、
池の雑魚の分際で見向きもされず、
「ちぇっ、今日はオケラだぜ!帰ろ帰ろ!」なんて言ってた頃が
いかに正常で幸福だったか…などと、思ったりする。

まあ、人間社会も、似たようなものかな…。



インディーズブームっていうのは、いつの時代も
「アングラ・マーケット」として存在し続けているようだが、
我々の時代(?)も勿論存在していて、
私は、「マンドレーク」の平沢進という男(後にP-Model)、
「アーント・サリー」のPhewっていう女性
(後にコニープランク、CANのメンバーとアルバム制作)、
そして「8 1/2」〜「ハルメンズ」の上野耕路という男らの
異能で異才、とにかくわけ分からん才能に驚かされ、
夢中になった時期がある。

そんな中でもまあ唯一かな(?)
メジャーでもまあまあ受け入れられたのがこの「ゲルニカ」。
上野耕路と、彼の追っかけだった(!)戸川純のユニット。

もちろん戸川純の、異彩だけど絶妙の狡猾さ、卓抜したバランス感覚の妙味が
素晴らしかったというのも大きな要因ではあるけれど…。
復興ノ唄


改造への躍動(紙ジャケット仕様)改造への躍動(紙ジャケット仕様)
(2011/05/11)
ゲルニカ

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