ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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だから…ヒトゴミ苦手なんだってば!

DSC001-1.jpg
Yashica/Tomioka Auto Yashinon DS-M 1.7/50(1974 / for M42)

東北六魂祭 in 秋田

そりゃあね、ある程度想定はしていたさ...
でもこれほどまでにグチャグチャのキツキツで、
さらにズブズブとは…?

写真もピントなんて、そんなもん知ったことかっ!
って感じで、ただ無駄にシャッター切ってるだけ。
まあ、こんな時にわざわざ手動でピントリンググリグリの
カメラ持ってくる方が、どうかしてるんだけどね。

本当はカメラの前には、常に5人くらいのオジチャンオバチャンの
頭が重なっていて、なにしろ最悪の環境。
明日もう一度?とんでもない!
では次回あったらまた?…もう絶対行かない!…そんな感じ。

さんざん歩かされて足痛い。
立ちっぱなしで腰痛い。
のど渇いたし、お腹もすいたけど、
今回の祭の呼び物の一つの「うまいもん」の売店群は、
道の向こうで、とても渡れないから、
なんにも買えないし呑めない。

ポジションが決まらず、歩き疲れて、少し止まって休憩しようとすると、
お巡りさんに「通路がツカエルから止まらないで!」って怒られる。
「バターン死の行進」の哀れな捕虜か!って思ってしまう。

山奥で開催されるサバイバルキャンプ的なサマソニじゃあるまいし、
結構な極限状態の中、それでもようやく、さあ始まるぞってとこで
例によって登場する、この町のメイヤーの、相変わらず
滑舌の悪いスピーチは、もはや苛立でしかない!。

ふと思い出したのが、2002年の日韓ワールドカップ。
カシマスタジアムまで東京駅から臨時列車が出ます!
というので、快適な往復行程が約束されているかと思ったら、
これが乗車率300%の地獄の護送列車状態。
さらに駅からスタジアムまでのシャトルバスはスシ詰め…。

まあそんな諸々も、東北六県の演者サン達の熱演に免じて!って
とこで、また明日もあるらしいが、私はもう行かないよ!
そもそもヒトゴミキライなんだってば!



すっかりポチしたのを忘れていたんだが、
YESの72年のCanada/USツアーの公式音源のCD=14枚組が到着していた。
「Yessongs」と同じ時期のライヴだけど、Yessongsはレコードも
ヴィデオも音質がイマイチ。その一点の改善に期待したんだけれど、
あんまり変わってなかったな...。

取りあえず、実はYessongsでもこのシーンが一番好き。
リック・ウェイクマンの、当時は魔法に思えたソロ作
「ヘンリー八世と六人の妻」から。


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美しさの裏側

DSC05548_DxOFP1.jpg
Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (for Rollei QBM)
[with Adobe Photoshop CS6+DxO Film Pack3 Plug In]

ちょっと色褪せた感じに加工してみた。

もはや定点写真みたいになってきた秋田のお堀の中土橋。
ガキンチョの頃の通学路で遊び場だから、
イメージがどうしても1960年代の、
あの頃の郷愁みたいなものに回帰してしまう…。

何れにしても「あの頃」は、この場所も今のように
整然、粛々としてはいなくて、右側の大通りは、
今でこそ人通りもまばらだけれど、当時は秋田県随一の目抜き通りで
いつでも騒々しかったし、クルマの通行量も遥かに多くて、
空気もあまりよくなかったように思う。

そんな中、小学2年の時には、私も見事に交通事故被害児童として
カウントされることになった。

いや、正確にはクルマには衝突などしてなくて、急ブレーキに驚いて
転倒し、情けなくも気絶しただけかもしれない。

だから、両膝と両肘を擦りむいただけで、翌日からまた
「ヒャッホー!」と奇声を上げつつ、ランドセルに学帽、
半ズボンにゴム短靴で、左の土手なんかも含む、
起伏に富んだこの周辺を走り回っていたと思う。

お堀もお堀で、まだ循環濾過設備なんて敷設されてないから、
水も汚くて、それでも子供は、構わず水辺に足をつけるのだが、
瞬殺でヒル数匹に吸い付かれるような不衛生な環境だったけど、
それがむしろ自然というものだろう。

血をたっぷり吸い込んで丸く膨れたヒルをムシリとって、
そのグロテスクな顔を眺めながら、
生命の神秘みたいなものを学んだのだと思う。

数年前、私はここに居なかったが、この池の地下に道路を通す工事だとかで、
池の水が全部抜かれて、何らかの作業が行われた時の写真を、
後年になって見たことがある。
もはや風雅さの欠片もない、コンクリートで固められた池底や、
浄水用のポンプ施設などが露になったその痛々しい姿が、
いかにも見てはいけないもの、手品の種明かし…
そんな感じの「恐怖写真」に、とてもイタタマレナイ気持ちになった。

確かに表層だけ見て、美しいだの醜いだのと評するのは、
フェアじゃないというのは理解してるつもりだ。
美しいものの裏側には、必ず壮絶な裏側の葛藤や悲哀がある。
木々の緑も、きれいな池も、整然としたクルマの流れも、
それらの裏側には多くのヒトの腐心や英知、努力があるのだろうと思う。
それなのに何故だろう、どこかでなんだかボタンの掛け違えがあって
取り替えしが付かないようになってしまったと感じる自分も居るのだ。

あの賑やかだった商店街は?、池や土手で遊ぶ子供らの姿は?
雑然とはしていたが、生き生きとした人々の活気や生活音は
いったいどこに消えてしまったんだろう??

昔と変わらないのは「風の音」だけ。
だからその音を聞くためだけに、また今日もこの場所を訪れるのだ。
(おっ!キマッタんじゃないかあ??今日は…)



GW中にNHK-BSで放送され録画しておいたドラマ版
「忌野清志郎トランジスタラジオ」!を昨日やっとチェックした。

終わってみれば、私はオイオイと声をあげて泣いていた…。
ドラマ版?と聞いて実は、あんまり期待してなかったのだが、いやはや…マイッタな。

マドンナ役の娘もメチャメチャ可愛かったけど、やっぱり田辺誠一サン演じる
煙草が好きで、職員室が苦手な美術の先生がとっても良かったな。

関係ないけど、ウチの家人と知り合うのは、なんと1978年なのだが(古い!)、
その時、奴さんは「RCサクセションが好き!。清志郎サンが好き!」って云ってた。
「スローバラード」は存在してたが、まだ「雨上がりの夜空に」も
「トランジスタラジオ」ですら存在してない時代、
私は情けなくも、当時はこの曲くらいしか知らなかった!。
僕の好きな先生
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2番目に幸せになれるはずだった…。

ekimae
Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (for Rollei QBM)

今にして思えば…だが、ミュージシャン生活も、
やや後半に差し掛かろうとしていた頃、
私は相変わらずの一匹狼ギタリストだったが、突然...

「この際、お仕事バンド…なんてやってみる気はないかい?」と誘われた。

一匹狼での現行の仕事はそのまま継続しながら、
バンド単位での団体行動も併用すれば、仕事に広がりが持たせられる…と、
東京芸大吹科卒のサックス奏者A氏。

最初は「社交辞令か?」という感じで、忘れもしない新宿西口、
通称しょんべん横町(!)の安酒場で、ギトギト油のメンチコロッケを
つまみながら、コップ酒で語り合っていたら、
数日してその話にピアノとベース、最後にドラムが乗っかってきて、
わりと業界内では知れた存在のミュージシャン達が揃ってしまった。

皆が皆、私より5〜6歳年上の業界の先輩であるし、
それぞれに輝かしい実績を持ちつつ、
他方、それぞれ別々の有名ジャズメンとの仕事や特定タレントのバンドを抱えてるような方々。

もっとも若輩な私が、「さしあたって、何か可及的に仕事ってあるんですかね?」と尋ねると、
皆が口を揃えて

「それは君が最も得意とするところじゃないのか?」と私を指差すのだった。

なるほどやっと話が見えてきたぞ…。

私は当時、曲がりなりにも複数のタレントの専属ギタリストだったし、
意図したわけではないが、頼まれるから仕方なく、
ミュージシャンの人材派遣業(インペグ屋という)の真似事などもしていたから、
今でいう「ネットワーク」が多方向に出来つつあった。

実際「音楽家」という人種はそういった「お付き合い」みたいなのが
苦手のシャイな人が多くて、自分はその点図々しく、
業界用語で云うところのC調(調子いいの逆さ語)に振る舞ってるように思われたのだろう。

本当は彼らのような確固たる音楽的バックボーン(音大卒とか有名ミュージシャンの弟子とか)
を持たない分、人間関係に気を使いつつ、調子よくやってきたってところも、
自分にないわけではない…。

「あの野郎、楽器ヘタクソなくせに、世渡りだけ器用でやんの…」

そういう奴を自分も忌み嫌ってきたけれど、
案外自分もそう思われてたのだろうな…。

さてまずは仕事探し。
さしあたって、自分が担当してたタレントの小ツアーで予定していた
バンドをキャンセルして、強引にコチラにたぐり寄せた。
そのリハーサルにかこつけて、バンドの音固めと、
営業用の音資料(デモテープ)を作成した。
私の担当してるタレントだから事前に曲も聴けるし、
譜面もある(そもそも私が殆どのスコアを書いてる!)から、
超短期間でバンドサウンドをまとめるのも簡単…
場合によっちゃあ、アイドルを呼びつけることだって出来る…。
ともあれ、数回(1、2回)演奏しただけで、
ほぼレコード通りになる各人のスキルに驚きつつ、
バンドは実に安定的にスタートした。

すぐに業界…というか、プロダクション系列内で評判を呼んで、
多くの発注をいただくようになった。
問題は各人が元々忙しい身の上なので、なかなかフルメンバーが揃わず、
気がつけば「トラ」ばかりの、まったく別のバンドになってたりする。
さすがに翌日主催者に呼びつけられて「大目玉」を喰らうのも
何故だかいつも私の仕事だった。

5人メンバーだがギャラは6等分して1人分はプールして
バンドの運営経費に充てることで皆合意していた。
楽器の運送コストを含む交通費やメンテナンス、営業経費やスタジオ代、
全員揃った時のみの食事代など…。

そしてまたしてもその管理者は自分…。

数ヶ月して問題が起きた。
あるメンバーが、プールしてる活動経費から、
いくらか貸して欲しい(バンスというやつ)と申し出た。
私は管理者として「それは出来ぬ」と拒んだ。
当然人間関係は壊れてしまう。やがて嫌な雰囲気がバンド全体を覆い始める。

「あいつが気に喰わない」
「好かぬ」
「なまいき」

そんな言葉がボソボソ聴こえ始める。
実質的に年長で音楽的リーダーだったサックス奏者のA氏に相談するのだが、
彼は決定的なことを私に云ったのだ。

「金、貸してやれば良かったのに…」

私の中で張りつめていた何かがブチブチと切れる音がした。
「辞める」とは云わなかったが、「もう続けられない」と云って、
通帳やら印鑑やらを引き渡して私はバンドを脱退した。

なに、また元の一匹狼ギタリストに戻っただけさ…。

しかしなんだかそれ以来、何となく「厭世観」みたいなものが自分に覆い被さってきて
業界自体が、とても重いストレスとしてのしかかるのを感じ始めるのだった。

全部放り出すまで、あと半年…。



そのお仕事用バンドを結成してすぐに、
夏場はプロダクションの保養所となる越後湯沢(岩原)の
スキーロッジを借りられることになって、合宿を行なった。
その時に用意して、一番最初に合わせたのがこの曲。

これくらいなら、1回目からほぼ完璧な演奏内容となって、
「このバンド…イケルかも!」と、それぞれが好感触を得た筈だったのだが…。

スパイロジャイラで「モーニング・ダンス」。

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かけがえのないSTREET

川反1
Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (1973 for Rollei QBM)

ドイツは日本と違って、敗戦後「東西分裂」っていう悲劇を抱えてきたから
企業/製品ヒストリー的には様々な曲折がある。

仮に日本に置き換えれば、戦前からの由緒ある光学メーカーなのに、
東西分断で、東京を中心とした社会主義の東側と大阪他の西側の
それぞれ営業所や工場が別会社になり、
別体制の中でライバルとして競い合うことになるっていう図式。

この西側ツアイス社の「プラナー」は、他の東西両ドイツの
最先端技術による光学業界の中にあって、所謂クセモノ的な個性、
面白味にはやや欠けるけれど、現代の日本製レンズのような
コッテリとした色合い、くっきりとメリハリの利いたコントラストとは
真反対ともいえる、淡麗な特徴を持つレンズ。

その安定、安心感は、なかなかに得難い感じで、
私はすっかり魅了され、ハマってしまっている。

このプラナー、クラシックレンズといわれる中でも比較的新しいモノ(?)
とはいえ、それでも製造は40数年前。
私も中学から、やっと高校に上がるくらい。

みちのく最果てとはいえ、マチナカはまだまだ
ヒトで溢れて活気ある時代。
写真の「通り」だって、東北地方有数の歓楽街で、
たいそう賑わった、危険な大人の「ストリート」なのだが、
今は恐る恐る深夜に足を踏み入れても、スカッと安全に通行出来る
普通のストリートになってしまったようだ…。

もっとも私は高校(&予備校)を出てすぐに上京してしまっているから、
本当に残念なことに、私はいまだこの街(ストリート)デビューを果たしていない。
だからイイ齢コイタ今に至っても、この街は
「妖しく危険な大人の享楽的な街」でありつづけるのだ。

カウンターだけの、威勢の良いオヤジが営ってる居酒屋の地酒で乾杯して、
次、もうちょっと派手なところに行こうじゃないかと、
ミラーボールやスパンコールなドレスや香水、
ビッグバンドでアフロ=キューバン音楽的な喧騒が漂う店に行き、
いつの間にか、その店にいたスパンコールな方々を引き連れて、
もうすこし落ち着いた店で、ピアノの伴奏なんかで歌など唄って、
最後は寿司屋かラーメン屋で締め…

「おっ、もうこんな時間かあ、じゃあタクシー捕まえようか…」

「いや、俺さ、ここ地元だから、酔い冷ましながら歩いて帰るわ…。」

そんな誰でも経験してる筈の「地元デビュー」が私にはないのだ。

それが銀座であれ赤坂であれ、たまさか新宿や池袋であっても、
そこは「地元」ではないし、故郷以上に長いこと住んだ街でさえも、
一体どこまで「地元意識」があるかといえば、甚だ疑問でもあるのだ。

馴染みの店などある筈もないけれど、ここは私にとってかけがえの街
「ストリート」なのかもしれない。



レオン・ラッセル(リヨン・ルッスルって呼ぶヒトもいる)に関しては
当方がまだ中学生だったこともあって、相当に情報到達は遅れていて、
何しろ衝撃のレオン体験の最初の曲が、この「タイトロープ」だった。
この曲で衝撃を受けた直後に次々と、実はカーペンターズの
「A Song For You」や「スーパースター」「マスカレード」の作者で、
ジョーコッカーのツアーにも参加してるし、ジョージハリスンの
「バングラデシュコンサート」にも参加して、たった2曲だけなのに、
もの凄く熟れていて、しかも圧巻なステージをいとも簡単にやり遂げてしまう、
まさにプロの中のプロ、曲目通りのスーパースターとして、突然怒濤のように
大量の情報が、イタイケな中坊の下に束になって入ってきたのだった。

そうしたわけで、レオンは突如として我々の前に「神」として降臨するのだが
数年(数ヶ月かも?)すると、その神の存在は、なぜだか急速に薄まり、
やがて見えなくなってしまった。
今より時代の流れは、圧倒的にゆっくりだった筈なのだが…?

何はともあれ、大衝撃だった「Tight Rope


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野花とジャズピアノ

のぼりふじ
Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (1973 for Rollei QBM)

形状はあんまり好みとは言えないけれど、
取りあえず河原の土手に咲く
こいつの写真を撮ろうと構えていると、
すれ違うウォーキング中のオトーサンに

「これ、なんていう花ですか?」と聞かれた。

勿論私も花の名などチンプンカンプンなので

「さあ…なんでしょうねえ…?」

なんて惚けた会話をしていると、
土手の側のお宅のおばちゃんが不意に登場して

oba-chan「それはねえ、ノボリフジっていうんだよお。」

tou-sans 「ノボリフジ??」

oba-chan「ほれ…藤の花が逆さまになってるみたいだベエ。
  なんとかっていうカタカナの正式名もあるんだけど、忘れてしまったよ…」

オトボケ・ダブルオトーサンズの我々は、声を合わせて
「ほー」だの「へえー」だの「ホントだ逆さだ」「のぼってるし…」だのと、
やっぱりオトボケな感嘆符をあげるのみ…。

私はその場で「ノボリフジ…」と、いつもはしないが
タマタマiPhoneで検索してみたら

「おっ、出た!...ルピナス!」

「そうそうそれそれ!。なんと便利だなや、その電話!」

「いやいや…ノボリフジでOKっしょ!」

ついでに周辺に咲き乱れる野花の名前をたくさん教えてもらったんだが、
情けないことに、殆ど失念しまった…残念。


自分としてはJENA(イエナ)のくっ付かない、
即ち西独側カールツアイス「プラナー」の初撮りとなった。

噂通り、ちょっと見「ライカ」にも似た
「薄味」、「暖調」で「軟調」な写り具合は、
なんだかとってもお上品で心地良い。

いつものように、Photoshopでコントラストを、ほんの少し持ち上げてみると、
途端にとても下品な感じになった。
ベッピンさんとはそういうものか??

結局まったくいじらず、そのまんまリサイズだけ。
すこし眠たいような気もするけど、
これはこれで正解な気がした。

オマケ  おばちゃんに教わって、辛うじて覚えているその名…
二人静(ふたりしずか)」っていう野花だそうだ。
オバカの私には、どうもキムタク君の奥方のイメージしか出てこないけど…
まあ、それで覚えてたんだから、取りあえず良しとしようか。
ふたりしずか



ロック一辺倒の中学生だった私に、JAZZというほんの少し異なった世界を
チラッとだけ見せてくれたのが、チックコリアのReturn To Forever!
何を隠そうフローラプリム女史のスキャットが、中坊にはとてもエロくて
悶え苦しむのだが…それはともかく、その後少しして
マル・ウォルドロン」っていう、
なんでも噂のビリーホリデーとかいう偉大なジャズ歌手の
専属ピアニストをしてたオッサンというのが、
何と陸奥最果ての地「秋田」にやって来るヤアヤアヤア…?

というわけで、ビリーホリデーもジャズも殆ど知らないまま、
雑居ビル(恊働大町ビル)の何階か忘れたけれど、
恐らくはテナントに逃げられて、空き部屋になってたその名も
「特設催事スペース」にグランドピアノ1台を持ち込んでの
「一流ジャズライヴの夕べ…」となったのだった。

前日、私は購入予定だったエルトンジョンの「ピアニストを撃つな」っていう
なんだか皮肉ちっくなタイトルの新譜アルバムを一旦延期して、
その夜の予習とばかりに、名盤の誉れ高い
彼の「レフトアローン」を購入し、計5回聴いた。
正直少しだが泣けた。何でかわからないけど涙が出た。
ジャズってのは、きっと泣かせる音楽なのだな。
ところが、本番のライブの模様は、殆ど記憶にない。
ないけど、きっと、この曲で私はまた泣いてたんだろうな…。

Mal WaldronAll Alone

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スイッチはどこ?

r11.jpg
ENNA München ' Lithagon ' 3.5/35 (Early-1960's Zebra / for M42)

曇り空でアスファルチック、どうにもこうにも退廃的な絵面と云えば、
もうこれしかない35mmの「リサゴン」!。

ベルリンはブランデンブルグ門正面、
パリ広場からちょいと横丁に入った
とあるオープンカフェ前の宴の後…
そう見えなくもないかも…うーむ、ないなあ…秋田だし…。

ガラじゃないけど、一応、病で死の淵を彷徨い、
アチコチを切り刻んでもらいつつ、なんとか生還させていただいて、
あっという間に半年が過ぎ、そろそろ少しづつ職場に戻ろうかなと思ってたところ、
家人は私が仕事に戻ることを強硬に反対した。

まだまだ体調は充分ではなく、再発のリスクも払拭はされないということで
ならば東京に居て「焦りと過大なストレス」を抱えながら療養を継続するよりも、
30年以上も前にとっくに捨てた筈の故郷の「低ストレス(?)」な環境で
「のんびり」療養した方が、これからの人生の為にも良いのではないか!?
という主旨の提案によって、最終的に『秋田行き』ということになって
もはや遅すぎて誰も迎えにこない敗残帰還兵のような、
ちょっと惨めな立場で、ひっそりと生活しつつ、
今に至ってるのだった。

そうして秋田に戻ってもうすぐ丸4年になる。
いまだ曖昧なのは家族関係だけ。

「ねえ、パパいつ戻るの?」
「いつになるんだろうねえ」
「ママは秋田に行かなくていいの?」
「寒いの苦手なんだよねえ」
「もう、ウチの親達ときたら…」

本当は家のローンとか、生々しい現実が諸々のしかかっていて、
いつまでも安閑とはしてられないのだが、
なんとかカラダのスイッチをカチッとONに入れなければならない
時節が近づいているなあ…と思う今日この頃なんだが…
さてと、そのスイッチ…一体カラダのどこにあるんだ…??



退廃的な歌ってのを考えてみるのだが、
この曲が他を寄せ付けずに、ズンズンズンと訴えかけてきた。
音楽仲間内ではロキシーの「ジャメジャメ…」っていわれて、
意外と愛されてた曲だったと思う。

Roxy MusicSong For Europe(ヨーロッパ哀歌)

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モテアマシ気味のゲッチンゲン

r12.jpg
ISCO-Göttingen Westanar 2.8/50mm C(1956 / for Exakta)

久々に持ち出したイースコ・ゲッチンゲンのウェスタナー。
ご覧の通りの「クセ玉」いや「性悪玉」かもしれない。

ISCO社自体は西独の歴史的「銘玉」を数多く生み出した
名門シュナイダークロイツナッハ社の同族経営による傍系会社。
言わば由緒正しい出自なのだけれど、どう考えてもこれは
「クセ玉」に違いない。

色も変だし、ピントはおそらく一生掛かってもピッタリ合うことはないだろう。
開放なのに(F2.8)立体感もたいして感じない。
色の傾き方は、変な粉を炙ってその煙を吸い込んだような(??)
不可思議なサイケデリック感…。
背景のツツジの毒々しさも相まって、ちょっとした極楽浄土感、
明け方に見る異様にリアルな悪夢…
もしくは黒沢明の映画「夢」の世界。

私が生まれる少し前の時代の製造物だから、
基本的に「カラー」を想定してない。
この時代の製品特有の、モノクロ写真に特化したコーティングや、
屈折調整などで、色表現が少し狂うのが普通で、
その少しの狂いこそが古レンズの楽しみ方ではある。

確かにこんな色の昔のカラー写真が、押し入れの奥に仕舞い込んだ
ファミリーアルバムの中にたくさん収まっていそうだ。
それはわかるんだけど…さて一体どう使えば有効なんだろうか、このクセ玉…
難しいね。?



80年代後半くらいかな…アメリカ南部発祥のセカンドラインビートっていう、
昔風に言うと「アメリカ・インディアン音楽」と「黒人音楽」、
さらに中米もしくはカリブ海のヒスパニック系音楽が微妙に融合した
カーニバル(マルディグラか..)サウンドの代表的グループで、
当時は世界最高のライブバンドとも云われたのが
ネヴィル四兄弟からなるネヴィル・ブラザーズ(元はミーターズ)。

アップビートでノリノリゴリゴリな熱いステージが突然暗天になり、
三男アーロンの天使のような声(顔はごついが)で唄われる珠玉のバラードが
ライブの名物でもあった。

オリジナルは御存知サム・クック永遠のスタンダードナンバーだけど、
アーロンのカバーソングにはいつも驚かされる…。
Aaron NevilleA Change Is Gonna Come

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群衆恐怖症?

シャボン玉
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra / for Exakta)

秋田・仲小路…。
なんちゃらイベントで、秋田市の中心部は大層な活気と賑わいの様子で
誠に結構なことであるのだが、普段が普段で、ヒトケを殆ど感じない
このエリアに、一挙に万単位の群衆が出現すると、
私は、だらしなくも怖じ気づき、居心地もすこぶる悪くて、
イベントの中心に遂に辿り着くこともないまま、早々と退散するのだ。

うーむ、こんな調子で東京に戻れるのだろうか??
四の日=縁日の巣鴨地蔵通り商店街のジジババパワーはもっと凄いぞ!
…もはや行く用事もないだろうけど。

説明するとややこしいので細部は割愛するが、
人生で一番苦しかった時代を、私はジジババの原宿こと「巣鴨」で過ごした。

もう少し正確に言うと「副社長待遇」で請われて入った会社だったのに、
新規に立ち上げた「巣鴨店」の店長兼任?という感じで、
朝の9時から夜の8時まで接客し、閉店後は江戸川の本社に戻って、
終電ギリギリ(0:35)まで、本業の諸々事務処理。

巣鴨店は基本的に観光地だから、土日曜はカキイレ時。
故に絶対休めない上、月3回ある四の日の縁日も休めない…
勿論、年末年始、GW、お盆という行楽シーズン全てカキイレ時。
他店(6店舗)も実質私が責任者らしく、各々バーゲンもあれば、
スタッフが腹が痛いだの、或いはアタマきたから辞める…で、
また休めない…。

昨今のブラック企業さながらの状況に追い込まれると、
何となく精神的にも追い詰めらるようになって、
巣鴨地蔵通り商店街の爆発的なヒトゴミを見るだけで目まいがするようになって
最後は、駅のプラットホームで、ついフラフラと…
何てことも冗談ではなくなる事態に陥りそうになるのだ。

奇妙な身体の変調にも悩まされ始め、かといって病院に行くヒマすらない。
概ねそんな調子で連続2か月も越えると、辞めることばかりを考えるようになって、
頭の中は負のエネルギーでパンパンに膨らんで、針で突かれたら
一気の「パーン!」と破裂しそうな、そんな危うい状態になっているのが
いつも朦朧とした中なのに、やけにそれだけはハッキリと分かるのだ。
(ただし1日休むだけで、スッキリ爽やかリフレッシュされてしまうのだが…)

そういう意味で、今は巣鴨を思い出させる「ヒトゴミ」がとても苦手。
少し離れた位置で、群衆に向かってカメラをかざし、
ファインダーを覗くだけでも実はクラクラして相当恐ろしい。
早々に帰宅して現像してみると、なんだか子供らと
ババヘラアイスのおばちゃんばっかし撮ってた。
ウーム、結構重症なのかもしれないなあ…。



ランドセル背負ってた頃からのロック好きだから、
もうかれこれ45年くらい聴き続けている。
そして今も昔も変わらないのは、殆どのご贔屓アーティストは
「ラジオ」から始ってるっていう事実。

特に今はYouTubeもあれば、iTunes Storeもあるから、
情報を集めるにもたくさんのチャネルがあるのだろうが、
相変わらず私は、ぼーーーっとラジオを聴いてて、ふと、
「なんだこの感覚?このサウンド??」
「わあ、愉しい、凄い!」って、ピピッとアンテナに引っ掛かかれば、
すぐに調べて音源を入手する…この変わらない法則。

そういうわけで、最近、深夜のラジオで気怠く流れていたこの唄。
Feist」っていうカナダ人女性シンガーソングライターで、
今様ジョニミッチェルとも言われてるらしい。
なるほど…最近少し錆び付いちゃあいるが、
私のアンテナに引っ掛かってくるはずである…。
ファイストNow At Last

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酒盗の木

朴葉
Sigma 2.8/30 EX DN(2012)

午後から断続的に雨模様なので、晴れ間を見つけて
少し慌てつつ出掛けようとしたら、慌てすぎて、
乗ろうとした自転車のペダルに足を滑らせ転倒…。
両手両足の肘&膝の計四カ所を、見事に擦りむいた。

子供時代なら「あかちん」付けてそれでOK!...なのだが
下手に齢をとると、「動脈硬化症」とやらで、血の巡りが
末端までなかなか届かず、結果、足の怪我は一向に治らず、
場合によっては腐ってしまうなんてこともあり得るから、
なにしろばい菌など入らぬように、細心のケアを要するのだ。

まったくややこしい「お年頃」でもあるのだ(笑)

例のふじ御殿のマダム一押しの「朴の木(ほおのき)」である。

巨大な葉っぱが、お馴染みの「朴葉(ほおば)」。
そう、岐阜名物「朴葉味噌」の、あの「ほおば」。
そして残念ながらテッペンと裏側だったので、うまいこと写ってないが、
白い花が10年ぶりに咲いたんだそうで、それが「朴の花」。

朴葉味噌は、酒盗としては最高ランクの逸品。
茸や山菜に味噌を絡めて、朴葉に包み焼いて食す…
味噌と葉っぱが程よく焼けた香ばしさ…よだれが出そうだ。

マダムといつの間にか混じっていた近所のお母さん軍団は、
昔はこの葉っぱにオニギリを包んで、お弁当にしていたなど、
想い出話で盛り上がる隙に、私は写真をば…。

ただし、云っても他人様の庭先で、モタモタとピント合わせグリグリも何だかなあ…
と思い、敢えて現代AFレンズを持参したおかげで、
写真はいつになくスカッとしている。
自分らしくないな…ちょっと反省。

いずれにしても、朴葉味噌をなめながら…
酒呑みたいぞおおお!



今のところ詳細は分からないけれど、B.B.King翁が大往生されたらしい。

まさに巨星堕つな感じ。89歳…
ウチのオヤジが生きていれば同い年かな…。
大正15年生まれなのに、昭和元年生まれ!と言い張る父であった。

BB王に関して、実はさほど詳しくはないのだが、
唯一、大好きなアルバム「Live at the Regal」のそのA面の一発目がこの
Every Day I Have the Blues」…合掌。

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復讐のウィステリア

02.jpg
Sony E-mount 2.8/16 (with Wide Converter)

先日と同じ「ふじ御殿」に、今日は「超広角レンズ」で再挑戦!。

超広角といっても、現状で私が所有しているのは、
カメラにセットでくっついてきた16mmの、随分と評判の芳しくないレンズ。
その欠点を隠すべく、メーカーが用意したワイコンを装着すると、
悪評の元となった「妙な感じ」はキレイサッパリ消えるのだが、
そのかわりに、さらにワイドに11mm(35mm換算18mm)。
…これだと広すぎてとっても遠い感じ。
上手く行かないものだな。

それでも、広く撮れるってのはやっぱり気持ちがいい。
主題にグググッとニジリ寄っても、まだまだ奥深い背景が表現される
いわば奥に広くて深い写真というのが、個人的には理想だから、
最初からズームレンズなんて必要なかったわけだが、
それにしてもこの11mmは広すぎる上に、今様レンズ特有の、
カチッとキレは良いが、何だか平面的で、ドラマを感じない画風は、
古レンズの渋味、面白さを知ってしまった目には
もはやちょっと…いや、相当に物足りない。

古くて味わい深いワイドレンズが欲しいけれど、
これがまた…お高いのよねえ…やれやれ。

ちなみにこのお屋敷の奥様には、ちょっと気恥ずかしかったが
「また来たよう!」と、本当はすごい人見知りなんだが、
精一杯気さくなオジサンを演じつつ、
個人的な復讐=リヴェンジに協力してもらった。
上の写真はそうしたわけで母屋の側からの藤棚の様子。
うーん、やっぱり何か平べったいのが気になるなあ。


P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(Late-1940's M39)
ange1.jpg

こちらは毎度お馴染みの、私が持ってる中では一番古い
(昭和20年代の)フランス・アンジェニュー。

メチャメチャボケてるし、軽い逆光であちこち破綻もしているけれど、
もはやここは故郷秋田でもなく、日本ですらない上に現実でもない…
自分的には、そんな気にさせてくれるコチラの方が
圧倒的にしっくりと落ち着くんだけど
どうなんだろうか???。



ある時、九州の義父から、えらく派手な光沢シルバーと
黒のストライプネクタイを譲り受けた。
「何かおめでたい席の時にでも…」とのことだったが、
何しろバブルもそろそろ終わり頃で、派手なパーティーなんて今は昔という感じで
とんとお誘いもない時節、結婚式でもないしなあ…どこで使うんだろね?って思っていた。

ほどなくして「ローラ・ニーロ来日公演」の当日、曜日は忘れたが、
いずれにせよ休日で、家人と昼食をとりながら、
ふと「今夜、正装して行かないか?」
と、私が珍しく提案した。

「ローラニーロ」の体調というか、具合が芳しくないらしい...
というのは既に知らされていたから、何となく、漠然とだが
「これがお別れ会…」
そんな気がしていたのだ。

コンサートは、必ずしもベストコンディションというわけではなくて、
結構かすれたり、息が続かなかったりと、少し痛々しい感じもあったけれど、
この曲が唄われる頃には、私はもう、どうにもこうにも涙が止まらなくて、
少々みっともなく、ヒクヒクしていた。

正装して出掛けたのは私らだけではなかったようで、
結婚式?、お葬式?という人々がとても目立つ厳かで
大人な雰囲気の、とても気持の良いコンサートだった。

そして「予感」はまさにその通りになった。

私は、あのネクタイをして「お別れ」出来たことを、
とても誇りに思った。

家人が義父にそのことを伝えたらしい。
義父は「なんだかよお分からんが、喜んでもらえたんなら、そりゃあよかったばい…」
なんだだそうだ。
Laura NyroGonna Take A Miracle

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藤の一期一会

ふじ23
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra / for Exakta)

何回もトライしているが、未だにこの花の正しい撮り方というのが判らない。
一体、この花のどこをどう切り取れば、
その圧倒的な咲き姿を表現出来るのだろう?。
もっとも、仮に「これが正解!」というのが判明しても、
その通りには絶対に撮らないだろうけど…。

「藤棚」のそのあまりの見事さに、私はカメラを構える前に、
撮影の許可を得るべく、このお宅の家の方を捜し、声をかけた。

ワタシ「フジの花があまりにもキレイで感服しています。
    写真撮らせてもらってよろしいですか?」というと
品の良さそうな御婦人が玄関から出てこられて…

ご婦人「どうぞどうぞ、お庭の奥の方がキレイですから、
    遠慮なさらずにお入りくださいな」

ご婦人「お天気も良いですしね、藤もこんなに派手に咲きまくるなんて
    滅多にないことですから、どんどん撮っちゃってください!」

ワタシ「ありがとうございます。ワタシもこんなに咲き乱れてるサマは
    初めてかも知れません…」

ご婦人「ワタシの娘もね、東京のCっていうカメラメーカーでインストラクター
    ってのをやってますから、写真撮る方々の気持よく分かるんですよ」

ワタシ「それは有り難いことです」

ご婦人「ささっ、お茶はいりましたよ…どうぞ一服してください」

ワタシ「いやいやいやいや恐縮ですう…」

という、何とも貴重な体験の「藤の花」であるのだった。

ふじ24



まさに前文ともリンクの、ワタシにしては実に気の利いたウッテツケの選曲
キャロルキングの「スイートシーズン」…。

大名作「つづれおり」以降、70年代だけで10枚くらいのアルバムを
発表し続けているキャロルキングだけど、
あの大名作を超える評価の作品は勿論生まれてないし、
聴きようによっては、つづれおり後の彼女の焦りや痛々しさだけが
際立つ作品もないわけではない。
それでも、そこは天才キャロキン…何か名作の原石みたいなものが
転がってるんじゃあないか!?と、重箱の隅を突くように捜しつつ、
故あって入手したその10枚のアルバムを、立て続けに聴いてみた私だけれど、
魔法はすっかり露と消えてしまってたようだ…。

まだつづれおりの魔法が残っていた頃の曲 "Sweet Seasons"

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エロでカオスなオヤジでござる

pink.jpg
Yashica/Tomioka Auto Yashinon DS-M 1.7/50(1974 / M42)

フツーにね、南大通りっていうあんまり特色がない通りの街路樹に咲いてたお花。

職業としての音楽を全て辞めてしまった後、しばらくは音楽から完全に離れて、
新たなお勤め仕事優先…気がつけば仕事100%人間で、
寝ても醒めても仕事の話題しか繰り出せないような
そんなつまらない男になってしまっていた。

ある時、元GS (グループサウンズ!)出身で、
ギターがとても上手なマスターが営んでる…と評判の、
高円寺の呑み屋さんに、会社の仲間数名と出掛けた。

まだそれほどカラオケマシンがどこにでもあるという時代ではなくて、
ギターやピアノの伴奏でお客様に唄わせるスタイルがまだまだ主流。
その中でも演歌専門とかシャンソン専門とか様々特色があるのだが、
その店はさすが高円寺!「ロックもポップスもOK」というのが
評判を呼んでいたらしい。

店に着くと、マスター自身がビートルズを弾き語っていた。

「悲しみはぶっとばせ」…

それがヘイジューやレリッビ、或いはエスタデだったなら
そのまま回れ右して帰っていただろう…。

そういう店ではてっきりアコースティックっていう「生ギター」が
定番だとばかり思っていたのだが、マスターが弾いているのはエレキで
しかも、個人的ながら、あの忌まわしい記憶=盗まれてしまったギターと
「カラー」こそ違うが同型のもので、ほんの少しだけれども、
私の中の、どこらへんかの部位が突然弾けて、
ポッ…と火がついた気がした。

酔いのせいもあったのだろう、気がつけば私はマスターからギターを奪い取って、
洋楽歌本を2〜3頁めくった後、「ア行」の「アメリカンパイ」という歌を
弾いて唄い出した。中学生の頃、毎日毎日これを唄っていたから、
歌詞は完全に覚えていたはずだった。

ところが伴奏は、中学生にも弾けるくらいの
大して難しいものではないはずだが、どうしたことか思うように指が動かない。
驚きと焦りと、情けなさ恥ずかしさで、ギターを放り出して逃げてしまいたい心境だった。

翌日、私はお茶の水の楽器屋にいた。
そしてその場でどういう心境か覚えてないけれど、
「オベーション」っていう、わりに高価なアコースティックギターを買っていた。

少し以前なら、これを買う為に必死に深夜の肉体労働のバイトに明け暮れ、
毎夜毎夜、重たいセメント袋を積んだネコを転がし
「オベーションオベーション」と念仏のように唱えながら、
数ヶ月してやっと手に入れられるようなものを、
今はつまらない衝動であっさりと買えてしまう
サラリーマンという恐ろしい境遇の自分に
軽く驚いていた。

それから半年も経たないうちに、私の部屋には、他にエレキベースだの
ドラムマシーン、シンセだのが折り重なるほど置かれ、
その中核には「8チャンネル・マルチトラック・テープレコーダ」…
いわゆる自宅録音マニアになっていた。

最初はシンプルに「端正」な音楽を演奏し、録音していただけなのだが、
やがてMIDIシステムとかパソコン打ち込みによるシーケンス(自動演奏)と
同期演奏が出来るようになり、一気にシステムが進化?してゆくと、
今度は変拍子や分数コードなどに凝り始め、
やがてはリズムとか、音程というものすら曖昧になって、
音はもはや音楽ではなく「混沌としたエロス」と化していった。

ただのエロスなのだから、これを知人や世間に聴かせるなどは拷問に近い所業だから、
自分だけの音楽、いや事象…となリ、最後はそういうわけで、
何もかもが嫌になって終わり…。

さて写真も何だかいつのまにか「エロス」だの「カオス」だのという方向性に
入りつつあるのだろうか…気がついたら、
「どのピンクが一番エロくて、ボケがカオスしているのか??」
どうした自分??



そういうわけで大好きな「My Bloody Valentine」。
こういう音楽が、狂おしいほど切ない「ラブソング」に聴こえたら、
あなたも立派な混沌組! 何のこっちゃ??
Cigarette In Your Bed


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不条理の土手

tutuji3.jpg
Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (Late-1950's / for Exakta)

ツツジが3回も続いてしまった。
一応全て色を変えてるつもりだけど、だからどうしたって言われれば、
すみません…と謝るしかない。

製造年が私とほぼ同級生なロートルレンズ「ビオタール」。
妖玉、魔玉、クセ玉といわれ、ある特定の被写体距離とか、
日光の具合なんかで、光の玉グルグルの、手が付けられないほどの
「あばれるくん」になるのだが、普通に近距離だと、
借りてきた猫みたいに、楚々として優等生ぶってたりする。

ここは町の中心部の、とても風光明媚な土手なんだが、
どうしたことかベンチもなければ、歩行路も整備されず、
言ってみれば荒れ放題で、公園敷地内なのに明らかに人を寄せ付けぬ
独特で、奇怪な雰囲気の場所である。

後方の県民会館、女子高あたりの職員室的な窓の奥から
「あいつ、土手でなにしてやがるんだ?変質者じゃないだろうな...鬱陶しいな」
そういう類いの邪悪な視線がヒシヒシ感じられる場所でもあるのだ。

しかし少なくともここは、市民の共有財産たる公園敷地内であるから、
私は毅然として入場するし、今日は敢えて(!)切り株にドッカと座り込んで
お弁当を食した!。クレームがあるなるどんどんいらっしゃい!。
結局誰もなんも言って来ないんだけどね。
それでもどこからかネットリとした視線で監視されてるようで、
なんだか居づらくて、落ち着かない公園の土手であるのだ。

一時、勤務地が東京市ヶ谷って時期があって、
基本的に独りだけの出向勤務だったから、昼休みは神田川の土手を
飯田橋方向に散策しながら、ベンチに座り込んで食事していたのだが、
とても静かで気持の良い場所だった。
前は確かに川だし、電車も走っている。
しかし後ろには普通に企業のビルが軒を並べていたし、大学もあるし
最終的には靖国の杜にも近接する…。

往来もひっきりなしにあるのだが、
それでも一切そんな喧噪など気にならない
自由で静粛な空気というのがあった。

この土手は都民なのか国民なのか分からないが、
いずれにせよ、自分も含む共有の財産で、ナンピトたりとも、
土手を通行し散策するものの邪魔をしてはならない!
そんな力強い空気に満ち満ちていたように思う。

さて今のここの公園敷地内には、私学の女子高が2つあって、
大事なお堀の土手の最もハイライトな大部分を占有し、
市民は一切入場出来ない仕組みになっている。

女子高生たちには勿論何の罪もない。

お殿様の末裔らを巻き込む様々な利権が絡んだ、
明らかな公園政策の失敗なのだろうと思うけれど、
過去のそうしたドロドロした因習に起因した失政を、
現代も一切正そうとしない行政って、いったいなんなのだろうか?と思う。

もしも不忍池の向こう岸の水辺に、ナンピトも寄せ付けぬ風情で
私学の高校が2つ並んで、池の片側にしか入場出来ないのだとすれば、
少なくとも都民も区民も...国民も怒り狂うのが必定でしょ?
そういう官民癒着構造が平気で行なわれているのが「地方行政」ってもの。

すこし場面は異なるけれど、私の知る限り、明らかな「市道」が、
少々押しの強い個人に占拠され、今では市道上に平気で建物まで建てて
店舗として営業してしまっているのに、何も手を打てないどころが、
素知らぬふりを決め込む「役所」の実態を知っている。
そういう不条理が日常的に行なわれているのも、地方の実態なのだろう。

まあ首都東京も、大正の大震災後、あるいは大空襲後の、
土地区分がはっきりせず、また地主も犠牲になった焼け跡に、
強引に杭を打ち、縄を張って自分の所有地を主張し、
いまだに「都内一等地の大地主」におさまってる外国人も多数いるから、
日本の行政全体が事勿れ体質の権化なのかもしれないな…。
(銀座や赤坂の殆どが、いまだに借地権で成り立っている..)



まだデビュー前の、当時16歳の小娘の専任ギターをやってみないか!?
という話をいただいた時に、「ウーン16歳かあ」と、
やや考え込んでいた私だけど、もう有無も言わさぬ素早さで、
その小娘とスタジオに入って音合わせをすることになった。
まだオリジナル曲を持ってはいなかったが、彼女はこの歌を唄いたい
とアレンジャーに依頼し持参したスコアが、ハイファイセットのこの曲。

運良くこの曲は、私もアマチュア時代に女子大生バックバンドのバイトで
何度も弾いて知っていた曲。

そして16歳の小娘の驚愕の歌唱力に唖然とする私。
向こうも「このオッサン(私は21歳だが)なかなか弾ける!」と
都合良く勘違いしてくれたらしい。それが始まりだったな。
ハイファイセットスカイレストラン

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モヤモヤのカタマリ

ツツジ白
ENNA München 'Lithagon' 3.5/35(Early-1960's Zebra / for M42)

自宅でホッタラカシのつつじに較べ、
公園の手入れの行き届いたつつじは
さすがに出掛けて観るだけの価値はありますな。
何だかお花の大きさや付き方まで整然としておられる…。

それにつけても....うーむ、生足かあ…(失礼)

現代カメラ&レンズのクッキリスッキリ&ビューチフルな写りは、
それはそれで素晴らしいんだけれど、
私は昔々の、電子回路など一切無関係、
無骨な鉄と硝子のカタマリの、モヤモヤっとして、
決して写り過ぎない感じが好きかな。

本日お伴の「リサゴン」は、ピント山の何とも掴みにくい、
相対的にボヤ〜〜っとした、ちょっと扱いにくい奴ではあるんだが、
20分の1ミリメートルくらいの刻みでやっと見つかるピント山(ピークだね)の、
その解像力はなかなかに得難いもので、まあ大概は、
あっ!という間に行き過ぎ通り過ぎて、もう二度と戻れない…って、
そんな感じ。

未だ、満足ゆく写真は得られてないんだけど、
…愉しそうでしょ??。

エレキギターなんかでも、抜けの良いキレイな音はあんまり好きじゃなくて、
トーンを極力絞ったブヒブヒと鼻詰まり&○×詰まり(?)のような
言わば「困り果てた音」。或いは、感電しそうなほどビリビリした、
いかにも「電気でござる!」って音。いずれにしてもお下品な感じが好き。
風邪をひいて耳が絶不調なときに聴くサイケ極まりないエレキの音が
たまらなくカッコいいなあと思う…。

まあ、よくぞDrugに頼らず、ここまで健全(?)に生きてこれたなあ…。


東京の家は、築30年の老朽マンション12階なので、家人の連絡によれば、
このGW中、ずうーっとグラグラユラユラと微動しっぱなしなんだそうだ。
厄介なことにならなきゃ良いけど…。



ちょっと最近またFrank Zappaを聴くことが多くなった。
つい今し方も、ずっとここら辺のフルバンドシリーズ?(当人曰く、省エネ安物オーケストラ!?)
を数枚聴いていたのだが、もちろんこのアルバムも、もう40年以上、
何百回も聴いているのに、あいかわらず日本の辺境で、熱く燃え狂う半病人オヤジなのである!。

この時期、Zappaはロンドンでのライヴ中(71年12月)、
アホウな客に引っ張られてステージ下に落下し腰を強打、車椅子生活になった。
その間も御大は休むことなく、病室で大量のオーケストラスコアを作成して、
フルバンド形式のインストルメンタルアルバムを立て続けに2枚制作した。
当人も車椅子でスタジオ入りし指揮&ギターを弾いたらしい。
アッパレというより、完全なワーカホリック…ビョーキだな。

Frank Zappa - Cletus Awreetus Awrightus

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行間を読むな?

tutui1.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(Late-1940's Leica M39)

連休中日だというのに、あんまり体調が芳しくないから、
自室のささやかなテラスに、ようやく咲き始めたツツジ写真でお茶を濁してみる。

そりゃあ自宅だから、レンズは選択し放題(?)なんだけど、
こういうときは、ハッキリスッキリしないヌボーーっとした滲みが
とても素敵な「アンジェニュー」を迷うことなく選択。

このレンズで女性を撮ると、お肌の色が輪郭に沿ってほどよく滲み、
背景に溶け込んで、とても美しいはずなのだが、
実際に試したことは…殆どない。

ピンク色は、プリンセス・オヴ・ケンジントンご誕生を祝し、ピッタリの色だな。
あと何時間かすれば、お名前も発表されるのだろうから、
ここで私が予想するのも僭越が過ぎるというものだけど、
希望としては、兄貴がジョージだから、妹は「メアリ」が可愛いなあと思う。
パティ(パトリシア)っていうのも、さっきから浮かんでは消えしてるけれど、
ここらはビートルズファンならご理解いただけると思う。



ギター弾きになりたての頃は、有り難くもやかましく(?)、
様々な人がその心得などのアドバイスをくれる。

「(譜面を注視するあまり)下を向き過ぎるな」!とか、

「自分の楽器より、他の楽器の搬入やセッティングを優先させて手伝うこと!」
バンドマンの諸先輩からはそういう類い。

これがアレンジャー氏やディレクター氏になると、少しニュアンスが異なって

「音符の行間を読むこと!譜面通り弾くだけなら、音楽学校に行けばいくらでもいる」

この忠告は随分響いた。
正直譜面を追いかけるだけでもイッパイイッパイなのに
それ以上に行間って…!?

そんなある日、深夜にステージ仕事が終わって、さて帰るか!という段階で
タレントのマネージャーが「おおい、今夜、暇か?」というので、
こりゃあ飲み会だなあ!と思いつつ、ついて行くことにすると、
狸穴の事務所近く、東京タワー直下の録音スタジオに入ってゆくではないか。

夜中なのでレコーディング自体は終了していたみたいだが、
いわゆるモニタールームに数人のエンジニアらが残って
何やら盛んに作業中の様子。

マネージャーから「もう遅いから早速これ…」とスコアを渡された。
「えっ?弾くの?どこで?」
「えっえっ、ここで?アンプは?卓直?イヤイヤイヤ無理でしょ?」

ギターパートにはいわゆるコードネームしか書かれていなかった。
ふと「音符の行間…」ということが思い出される。
しかも敢えて曲の全体像が分かる、分厚い『スコア』を渡してきたってことは、
まさしく「全体を俯瞰して、適時気の利いたプレーをするべし!」と
いう意味なのだろうか??
「試されてるな…」そう思った。

ところが顔見知りのディレクター氏が意外なことを言った。
「昼間にオケ録ったんだけどさ、ギターがペラペラ余計なことやってて煩いんだよ。
 だからさ、シンプルに…余計なことしないでリズムだけキッチリ刻んで欲しいんだ。
 よろしくね!」

それがこれである。
結局何も出来ずに、教えも守れず、ただただ譜面通りに
時計みたいに、ひたすら8の裏を刻んだだけ…。
コンプもコーラスアンサンブルも何にも通さず、ダイレクトに「卓」。
そしてそれが自分の記念すべきスタジオデビュー(モニタールームだけど)…。
弦も取り替えないまんま、1回弾いただけで「ハイOK、ご苦労さん!」...嗚呼。
今回35年ぶり?に恐る恐る聴いてみたけど、やっぱり「ただ刻んでるだけ…」。
ひたすら「自己嫌悪…」。

天地真理さんの記念すべき再デビューの曲。
初恋のニコラ

浮遊感の正体

2020.jpg
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra / for Exakta)

いつもながら思うことだけど、
東独ツアイスの末っ子「パンコラー」の
重力をサッパリ感じないこの独特の浮遊感は何なんだろうか?と、
例によって思いつつ、いや待てよ、この感じ…
何だか覚えがあるぞ…。

もはや超超大昔のことだが、高校に入学が決まって、
詳しくは覚えてないが、おそらく入学手続きか何かの折に、
教科としての「音楽」と「美術」が選択科目になっていて、
どちらを受講するか選択すべし!という難問。

結局私は「美術」を選択するのだが、その理由は、
初体験となる「油彩」を是非やってみたかったからに相違なかった。

期待に胸ふるわせつつ、粛々と第一回目の美術の授業は始ったのだが、
無口な美術教師は、まったく何も教えることなく、
いきなり学校の隣の「森」に入り、布張りのキャンバスを抱えての写生大会となった。

取りあえず、まず何をどうすれば良いのかサッパリ分からないから、
周りの行動を観察することにした。

キャンバスに鉛筆で下描きのスケッチを始める者。
何やら絵の具をパレットに捻り出し、それを油?で伸ばしたモノを
不思議なヘラに乗せて、乱暴にキャンバスへ塗りたくっている者もいる。
私は取りあえず、その塗り潰し作戦を真似してみることにした。

白とブルーとグリーンを適当に混ぜつつ縦横に背景を塗りたくる。
先達君は既に森の様子をさらさらと描き始めている。
そうか油を混ぜたのは「乾燥を早める為だったのか…」
私もヘラのままで、幹と枝をどんどん描き進むと、そこで授業時間は終了。

翌週からは美術室で葉っぱやら、細かいディテールを描きたしてゆくのだが、
細かい陰影だの色目の変化だのを足してゆくと、
作品はどんどんリアリティを増してくるので、
私はすっかり「油彩」に魅入られていった。

作品は自分としては未完成なまま、何となく回収され、
そのまま存在を忘れてたら、まもなく夏休みに入ろうかという頃、
普段から口数の極めて少ない美術教師に呼び出されると

「お前のあの絵、入選してるから…」。

その通り、翌日の地元新聞に確かにそのことが載っていて、
どなた様か存じかねるが、選者の方が
「技術はまだ稚拙だが、浮遊感が独特で、将来性を感じた」と評されていた。

早速クラス内では「浮遊感男」が一種の流行語のようになっていたけれど、
何となく「自分の絵の特色は浮遊感!?」っていう、
変に固定した概念に取り付かれてしまって、
以後、自分の『油彩』は、何だかおかしな方向に向かいつつ、
遂には目標も意欲をすっかり持てなくなってしまった。

その時の『絵』に、今日の写真は構図も色合いも、
そして浮遊感も、とても似ていて、なんだかハッとしてしまった。
こりゃあ、ツアイスのパンコラーの特色がどうのというより、
やはり写真は撮る側の「人となり」…それがフワフワと浮ついているから、
こういう写真になるのだなあと、そんな風に思う本日この時であるのだった。



そんな高校時代も、今となっては嬉し恥ずかし40年前ということになる。
いやはや過ぎてしまえば年月ほど早いものはないなあ…シミジミ。

その頃観た映画で「M・A・S・H」というのが妙に印象深い。
朝鮮戦争時の米軍の、太平洋戦争とはまたずいぶん温度差がある
ユルい感じのドタバタ喜劇に近い映画。

軍隊内のSEXからジョーク、悪戯など、戦争のストレスから逃れる為の
兵士たちの下卑たエピソードが、妙にリアルに「面白哀しく」描かれていた。

いわゆる従軍慰安婦とか、あっさりとすんなり描かれるし、
休暇は東京に来て、すき焼きを食べながら芸者さんとしっぽり…
なんて荒唐無稽なシーンも散見されるけれど、
案外そういうのが平然と違和感なく展開されていた時代を、
今の規範で政治的にどう解決しろというのか?っていうことを、
もう一度考える為に、この映画を今敢えて再上映するのも良いかもしれないなあと思う。

ともかく、この映画でも使われていた「Japanese Farewell Song "SAYONARA"」は、
当時の米人にとっては、日中韓もグダグダ混ぜこぜな、
甘い想い出のオリエンタル・エキゾチシズムが大流行した時代でもあった。
マーチンデニーやポーギーカーマイケルなんていうミュージシャン達が
巧みにそんな音楽を編み出していって、
それがやがてYMOやMELONなんかの日本の先端音楽のヒントになったりするから、
世の中面白い。
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