ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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戦争の親玉

DSC04182.jpg
Yashica/Tomioka Auto Yashinon DS-M 1.7/50(1974)


日曜日は国会議事堂周辺を中心に、全国200〜300カ所で順次
今安保法案反対のデモが盛大に行なわれたらしい。

それを報道するメディアの対応が、予想通りまちまちなのも、
この国の政治(与野党どちらも)とマスコミの、大多数の民意との温度差、
乖離をあらためて浮き彫りにするものだ。(JOLFが一番酷い!)

かくいう自分も、デモに参加したい気持ちもあるけれど、
必ずしも「全面反対!」というわけでもない自分もいて、
素直に「戦争法案反対」「安倍退陣」と叫びながらの行進も
出来ないなあと思ったりもする。

自衛隊法と、PKO法は、やっぱりなんとかせねばならない。

しかし、即時米軍追従の戦に参加出来る「集団的自衛権」は絶対反対だ。

自衛隊の動きを杓子定規に縛る憲法部分だけ、
ほんのちょっとチョチョイと変えられないものか?

そういう良い知恵を絞り出し、実行出来る有能な政治家は現れないものなのか?
つくづくとそう思うのだ。

語弊あるかもしれないが、ホルムズ海峡の機雷掃海などどーだって良い。

例えばフィリピンも友軍で、少なくともNATO同盟国の一角だ。
それが南シナ海でカノ国と有事になったら、当然米軍は日本に

「我々のかわりに取りあえず中華叩いといてーな!」

なんてことになるのは自明じゃないか!?
何故誰も国会質問しないの?

どの口が
「チッチッチ、安保法制は戦争しない為の抑止力なんだよキミタチ…わかってないなあ」
なんていえるかなあ!?

どう考えても「戦争参加法案」にほかならないじゃないか!

経済政策は、取りあえず今のところは、安倍内閣の施策を支持して差し支えないけれど、
この法案はいかにも胡散臭いし、なにしろ噓が多過ぎる。
一旦廃案にして、バラバラにしてひとつひとつの法案を丁寧に審議し直して欲しいけど
まあ、無理だな。では、無理なら黙っとけ!?それも違うなって思う。

日本は毅然として「戦争は犯罪!どちらにも組しない!
と、高らかに宣言出来る国でありたい…そう思う。

それでもし攻撃されたらどうする!?って、必ず右翼の人はいうけれど、
そんな利害を超えて、平和で安定してる国を叩けるような国などあろうはずがないし
そうなる前に、キミキミそんなにカッカしないで、まず落ち着いて…
で、お宅はどうしたいの?…相談に乗るよ…。
それが外交で政治でしょって、言いたい。

そうした腹芸の上で、様々優位に立つ施策を狡猾にめぐらす…
それが大人の国の対応だと思うし、
落ち目の軍事大国アメリカが真に不得意な「寝技」だと思うなあ。



取りあえず今日はこれいっときます。
今ならさしずめ誰の事だろね?。
ボブ・ディラン戦争の親玉


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電圧制御音楽 事始め

796.jpg
Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)

日本の高度成長期も、ニクソン&キッシンジャーだの
いかにもな悪者顔の経済マフィアみたいな奴らのハカリゴトですっかり失速し、
経済はすっかり右下がり…就職前線も極めて厳しい時代…

これがやがては、新潟あたりの何の変哲も無い山岳地帯の土地を
買い占める、随分と酔狂な奴らがいるものだなあ?と思ったら、
そこに、みるみるスキー場が出来て、高速道路が走り、
さらには新幹線まで通る…なんていうイカサマで、
ボロ儲けした輩が出現すると、アチコチでその手法を真似た
地上げ屋が跋扈し、そうした仕組まれた好景気を背景とした、
俗にいうバブル経済!によって、日本全体が起死回生時代に至るには、
まだもう10年近く要するっていう、いわばその間の何にもない、
俗にいうブランクな時代真っ只中の、1970年代の終わり頃…

東京のハシッコの最寄駅徒歩30分、家賃9000円也の、
そこの大家さんに云わせると

「アンタが出ていったら、ここは即取り壊して、孫の勉強部屋を作る!」

と言われた、東京大空襲で焼け残りの板っ端を集めて作ったような、
ハナレのオンボロ4畳半部屋に、私が間借りしていた時代である。

私は、何を思ったか、唐突に、当時で概ね40万するギターを買うぞ、
稼ぐぞ、貯めるぞ!って決意するのだが、そのこと自体が、
まず、いかにダイソレていて、無謀な挑戦であるかをまずご理解願いたい。

そもそも実家からの仕送りが月5万円(それはそれで感謝しております)。
つまり基本年収が60万…。その7割の金額を費やして、
それがピアノやバイオリンならまだしも誰もが思う、
青春の一過性の熱病的な玩具そのものの象徴であろう
「エレキギター」を…であるのだ…。

…という話題は2題前にお話ししたことだけど、勘違いして欲しくないのは
私はそれほどまでの刹那的なギター愛好家であるのかと言えば、
実はそうでもなかったりする。

ズバリ言って私は、ギター以上に「シンセサイザー好き」であるし、
さらに言えば、相当に早くからコンピュータとの同期プログラムなんかに
興味津々で、ビジネスツールとしてギターはなんとか苦労して
手に入れたけれど、その時点で既にアナログシンセや、
原初的自動演奏システムの「シーケンサ(無論まだアナログ)」などを、
とっくに入手していたりするのだった。

そろそろYMOなんて言うのが、脚光を浴び始めた時代である。

例えば、今はもう古くさい感じの「携帯着メロ」。
今でこそ電子技術が発達して、トルニタラナイモノでしかないけれど、
当時は、結構なヴォリュームのシステムを構築せねばならない状態だった。
それでも、「金はないけど、アイデアはあるぞ!」って感じで、
Day By Day /Day After Day/Every Single Day/来る日も来る日も…
秋葉原や渋谷の東急ハンズに通っては、安い部品を買い集め、
プラスチックのタッパウェアに基盤をぶち込んだ原始的シンセ(ノイズ発振器)の
ユニットを複合的に組みあわせては、ぴーぴーぷーぷーと奇怪な音を発振させ、
当時唯一YAMAHAから出ていたBasicコンピュータの電圧制御式の
シーケンスシステムで、メロディやリズムを構築する…。

襖と漆喰の湿気の強い、キノコが生えそうな戦後チックな四畳半ラボに籠もり、
卓袱台の上に電子回路を並べては、一喜一憂する私であったのだ。

そういうわけで、バンドマンをやってた後半頃には、
かなり「ゲーム音楽」って分野が市場を拡大し、脚光を浴び始めて、
そちらの方に移行しようかなあ…自分なんか、まさに即戦力じゃないのかあ!?
と真剣に考えもしたのだが、何故だかそういう方面の人脈が全然構築できなくて、
もうメンドクサイから普通にサラリーマンになっちゃおう!
それがまあ自分の運命、いや、たわいの無い、そこそこな才能なんかじゃ、
この辺りがギリギリで命運が尽きたのだ…そういうことだろうと、
今は思うことにしている。

サラリーマンになったらなったで、はてさてどうすれば、
爆発的に収益を上げられるんだろうか?何て構造的なことを
熟考していたら、わりと業界内って、大商社の奴らってボンヤリしてるのか?、
隙間だらけじゃないかあ!?ってことに気付いて動き始めると、
結構大企業さんに一斉に叩かれる!って酷い目にあったりしたけれど、
まあそれはそれで面白かったりするわけで、未だに古い友人なんかに
勿体ない、あのまま音楽やってれば、もうちょっとだったのに…
なんていわれもするけれど、全然後悔してないし、逆に…

サラリーマン最高!

なんて思ったりもする、今日この頃だったりもするわけです。



最初に衝撃を受けたシンセサイザーサウンドって??
ウォルターカルロス?タンジェリンドリーム?リックウェイクマン?
冨田勲?喜多郎?…いやいやとんでもない…
Hot Butter Popcorn!(爆。…なんだこのダンス?…

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プラマイゼロ...

Fuji Provia 100F_8:27DxOFP
Carl Zeiss Jena 'FLEKTOGON' 2.8/35 (2nd Edition-1964)

もう何年目になるのか….毎年定点的に撮っている
ちょいとお気に入りの水辺に咲くキバナコスモス。

当然といえば当然だけど、「花」は見事に毎年同じところに
同じ形、同じ色で咲くのだからホントにエラい!。

かくいうニンゲン様も、今年も去年と同じように、
病院で先生に同じことを言われつつ、患者の私も
去年と同じ、見え透いた言い訳をしてる…

こっちの場合は全く進歩がないな…困ったもんだぜ。

検査の状態は、まあ誤差の範囲で数値が緩く上下動してる感じで
下がった下がった改善してるぜ!とヌカヨロコビしていると、
次の月には「抜本的改善計画」を迫られる由々しき事態に…

そして管理栄養士さんとの食生活改善徹底指導から再スタート。

そんな悲喜こもごもの繰り返しで、一年を通せば、
改善も悪化もしてない…ってそんなダラダラした調子。
まあ元々がドナー移植でもしない事には改善するはずもないのだが、
結局はプラマイゼロ…それが最良の状態なのに、
それを敢えて是認しない医学者と患者のバカシ合い…
そんなところかな。

まあ考えてみれば、今は、酒、煙草、甘いもの、塩辛いもの、油っぽいもの
その他全体的に小食に徹しているけれど、まあ若い頃からそれに
徹してればこんなことには…なんて思ったところで、
そんな人生は「クソ」でしかなく、まあなるべくしてなった感じの、
今の健康状態。

タイムマシンがあるなら、もっと家族を大切に思う人生を
歩むべきだったなあって、それだけが悔やまれるかなあ...。



ちょっとだけ恥ずかしい話なんだけど、女の子が生まれた時に、
私はこの歌が好きすぎて、この名前を付けようと、家人に進言したら、

「森に消えていなくなっちゃうんでしょ…そんなのダメに決まってるじゃん..」

と、あえなく却下。ほんのちょっと心残りだったような…。

ブレッド&バターマリエ

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本物にまさる偽物はなし

generic fuji Ektachrome 100__DxOFP
Carl Zeiss Jena 'FLEKTOGON' 2.8/35 (2nd Edition-1964)

決して失敗写真ではないつもりなんですが…
どうなんでしょ? ボケ過ぎ??

何だか今年も「魔除け唐辛子」の、その一種異様な躍動感に
圧倒されつつ、そういえば去年も、この魔除けのまさに吊るし始めの
この時期に、生まれて初めて購入してみたクラシックレンズ「Tessar」で、
馴れない手つきで一生懸命、ピントリングをグリグリと回して
撮った最初がやっぱりこれだったな…。
あれから1年…奇しくも今年はCarl Zeiss Jenaの「Flektogon」。
ただし、今回はレンズがどうのこうのではなく、被写体の異様なイキオイ…
そのいい知れぬパワーに尽きるのかなあ。

このフレクトゴンを、「寄って良し、離れて良しの万能レンズ!」
そう云って絶賛するヒトがとてもとても多い。
確かにそのとおりだと思うけれど、私はまだ35mm(フルサイズなら53mmくらい?)
って世間で言う「ちょうどよさげ」な画角にイマイチ馴れておらず、
正直いってまだまだしっくりと調子を掴めていないのだ。

18cmまで寄れる!っていうのもこのレンズの「売り物」だけど、
手持ちマクロはやっぱり辛いし、構図的なバランスも中々に難しくて、
悩みつつ、ちょっと持て余し気味にもなるわけで、
誰もが認める「銘玉」ながら、自分には意外と難物であったりするのだった。



以前も当ブログに書いたけれど、ギターを弾いてばっかしの時代に、
Gibson ES-335TDっていうエレキギター(当時40万円くらい)に憧れつつ、
それを購入する為に青山1丁目と半蔵門の間の地下で、
ひたすらネコっていう一輪車でセメントを積んでは地下に運び、
地下の泥を積んではまた地上に戻り…っていう、世にいう「ヒジカタ…」じゃない
「土方」ってバイトを約2ヶ月間続けたことがあった。
朝仕事があければ、そのまま学校に行って少し眠り、授業中も、
昼休みもずーーーっと睡眠。
夕方、一旦アパートに帰り、銭湯に寄ってからまた出勤。
折角風呂できれいになったのに、また泥にまみれる。
すべてはGibson335の為。

ところが、纏まった金が入ると、どうしてもちょっと気が大きくなる…
というか、気が緩むもので、ちょっとだけパチンコ屋に寄っては散財し、
「合コン!?行く行く!金なら...あるぞ!」
そんな調子で、貯金はどんどん目減りしてゆくのだ。

そんな時にバンドの中で誰かが話しているのを小耳に挟む…

「今のGibsonは程度が悪いよなあ、日本製コピーの方が材質も良いし
 職人の質も高い…」

なんだ、日本製なら今すぐ買えるぞ!そっちの方が上質なら…。

そういうわけでY社渋谷店に懇意にしていた人がいて、
ちょっと曰く付きだという335型コピーギターを購入した。
確かに良いギターで、すべてにキッチリとして、エフェクター乗りも上々…。
何しろ欠点というものが一切見当たらない優等生って感じ。

ところがだ…やっぱり何か物足りないのだ。

少々クセのある、独特のアクというのか、匂いがやはり全然異なる。

材質の木目の上質さや、金属パーツの材質、ボディにはY社の本業ピアノの
反響材に使われる高級材スプルースや、指板など、本物はサクラ材のところ、
Y社は贅沢にも最高級の仏壇材(!)黒檀(エボニー)が使われる念の入れよう...。
その他様々なディテール部分などすべてにおいて、日本製の方が圧倒的に上質なのだが、
一番大事な「風格」というのか「匂い」が全然しないのだ。

それが気になりだすともう、日本製では物足りなくなって、
中古の傷だらけの物件で良いから「本物が欲しい」と思うようになって、
折角、本来は充分買えるだけの金額を貯めながら、コソコソ使い込んで
妥協してしまったコトを激しく後悔するのだった。

実はそのお気に召さなかった「Y社コピーギター」も、
実は由緒ある訳ありのギターで、当時の人気セッションギタリストの
シグナチャーモデルというのか、ご当人も日本公演で使った実機らしく、
Y社が3本作った1本は当人が持ち帰ったけれど、Y社が店舗展示用にしていた
2本のうちの1本だったらしく、是非譲って欲しい!という人が現れて、
そんなこんなで、三角トレードみたいな感じの交換の形で、
やっとGibsonが入手できたのだ。

どうしたことか、Gibson335入手と同時に、
私は突然プロギタリストとして多忙になってゆくのだった….。
まあ何度も語っているので、ご承知の方多いとは思うのだけれど、
そのギターも、ほんの数ヶ月後、録音スタジオのロビーで
ちょっと目を離したそのスキに……(泣。

モノは所詮モノに過ぎないけれど、モノにこだわるのもまた人間で、
そのメンタル一つで、運命まで変わってしまうこともあるわけで...
だから、我が子にもできるだけ「よいもの」「ほんもの」を見せたり
買い与えたりしたけれど、最近そういえば、体調やら生活やらに追われて、
なかなか良いモノに出会ってないなあ、そうなれば運気も下がるよなあ…
なんて思いつつ、出来るだけ美術館とかに足を運ぼうかなあなんて思う
今日この頃でありました…。



実は、私の憧れの335サウンドの原点がこの曲のソロ部分。
途中でワウペダルが絡んで来るけれど、基本的には335から直で
フェンダーアンプにブチッと挿しただけ!っていう感じの
ドライなサウンドに、私は当時スッカリ魅せられていたのだ。
Larry Carlton - Easy Evil

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堪え難いほど苦手なモノ

generic fuji velvia 100_DxOFP
Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)
(Simulated : Generic Fuji Velvia_100 )


シュナイダークロイツナッハ!への偏愛が続いている…。

80mmと云えば、まあまあの望遠画角だし、普通に言えばポートレイト用といって、
美しい女性モデルなんかにポーズをとらせつつ、
いくつものエロい色の照明の、妖しい光が交錯するスタジオなんかで、

「いいね、最高だねえ!...」

なんぞとオヤジがホザキながら、ニヤニヤしつつ撮るべき用途のもので、
自分のように散歩ついでの風景写真と云おうか、
他愛ないスナップなんかには、近すぎて使いきれないだろうと思っていたし、
カメラもフルサイズ機じゃないから(APS-C)、実質120mmにもなってしまって、
それはそれは狭っ苦しい世界になってしまうんじゃあないかなあ…
そんな風に危惧していたけれど、これがどうしてどうして、
なかなか使える画角ということに気が付いて、
摩訶不思議で独特な世界観の描写力ともども、
まあ何しろ楽しませてもらっている。



前回はコンプレックスの話をしたが、生理的にキライと云うか
どうしても堪え難いほど苦手なものが、私にはある…

花火」である。

あの美しい空のファンタジーではなく、音の方。
あの暴力的で破壊的なサウンドが、もう生理的に恐ろしくて仕方がない。

ヒューっと来てドンッ!と来るのは充分分かっているのに、これがダメ。
ドキン!と心臓が下の方から突き上げられる感じで、
次の瞬間完全に即死な私であるのだ。

どうやらこの苦手意識は、子どもの頃かららしく、花火大会では
初めから終わりまで、ダレカレ構わず近場にいるお姐さんの胸やお尻(?)に
顔を埋めて泣きじゃくるのが、私の常であったらしい(…)。

ある時、重要な取引先の浅草橋本社のビルの屋上=即ち隅田川河畔で
花火見物の夕べ…というのに招待された。イヤな感じはしたけれど、
もう充分に大人だし、平気だろう…そう思ったのが運の尽き、
さすがに泣くじゃくることはないにしても、実際に空が火と爆音に覆われて
それがビルの屋上に降り注いでくるような感覚。

ふと、お年寄りは、あの「東京大空襲」の忌まわしい記憶が
呼び覚まされるのではないだろうか?と心配するくらい、
自分の中ではもう、大惨事で大事件な感じなのだ。

ときに、あの悪趣味極まりない「連発」ってのは何なのだろうか!
ドドドン..ドドドドドーン…ダダダダダ…乾いていて焼けるようなイヤな音。
300回は撃たれて死んだ最悪の気分なのである。

絶対に前世では、織田軍の壮烈な火縄銃隊に撃たれて死んだ
武田勝頼軍の雑兵(甲斐に縁者はいないけれど)、
もしくは、悪さをして(おそらく無実の罪で)銃殺刑に処された罪人…
そんなところなんだろうなあと思う。

花火大会なんて、もう二度と来るものか!と心に誓うのだが、
何処からかの情報で、私が『苦手』というのがバレると、毎年毎年、
忌々しくも私はアチコチから招待されつづけるのだった。

たまに家にいて、遠くで鳴ってる花火の音でさえも、ドキドキして、
早く終わらないかなあ…と、ひたすら祈るほかないのである。

ちなみに実家の近所では、そういうコトもなく、すっかり安心していたら、
今年から、来月?…お堀の周辺で、なにやら花火大会が賑々しく企画されてる様子。
さあて、何処に逃げようかなあ…。

ああ、線香花火とか小さなモノは、その限りではないんですけどね。



90年代も後半になると、我が子もティーンエージャー(小5くらい?)になって、
気が付けば私のCD棚をごそごそと弄り出し、時々無くなってるモノがあることに
気付くようになる。基本的にオヤジの好きなロックやジャズを、我が子が
愛聴することは、歓迎すべきことだから、「あれどこへやった?」とか
「触るな!」とか言う気持ちなどなくて、知らない振りをして放っておいたのだが、
ある日、「どういうのが好きなのだ?」と聴くと、意外にも
OasisだのBlurだのBeck…そんな名前が出てきて、そして娘は言い放ったのだ。

「おとうちゃんのCD棚に、Oasisよりもっとすごい音楽が一杯あるよって
 おかあちゃんが言ってたから捜したんだけど、今のところまだ見つかってないよ...!
 だからまだ、Oasisが一番」と…。
(後にKinksとかThe Who~The JamあたりのMODS系を得意分野としていたらしい)

当然私はそのOasisだのBlurだのを、半ばムキになって聴き倒したのだが、
私にはどれも「バッドフィンガー」の焼き直しくらいにしか聴こえなかった。
歳かな…?そういうわけで、バッドフィンガー嵐の恋


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コンプレックスは永遠じゃない

路地裏のねこ_DxOFP
Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)

おそらく生れ落ちたその時から、
山のようなコンプレックスに悩まされ生きてきた。

若いときは、ロック少年だから、よせばいいのに長髪なのだが、
髪の毛がバサバサで、連獅子みたいにぶわっと広がった感じになるのが
本当にイヤでコンプレックス。

それより耐えられないのが、モノスゴイ汗っかきで、夏など、
顔や頭は汗でいつもびしょびしょ。
そんなだから連獅子のバサバサ髪も、この時ばかりは雨にずぶ濡れたか、
あるいは水浴び中のライオンの頭みたいで、情けなさこの上なく、
これもまたコンプレックス…。

バンド屋稼業でステージに上がるようになると、コンサート終盤は必ずこの
水浴びライオンになってしまうので、何しろとにかく直前までドライヤーで
チリチリに近いくらい乾かしてから本番を迎えるのだけれど、コンサート序盤の
連獅子頭から、後半の水浴び頭のギャップが激しすぎて、
それはもう本当にイヤだった。

一度だけだが、友人のドラマーで、当時、桑名正博さんのバンドにいた
トンちゃんに連れられて、表参道の美容室で、彼らと同じ
「カーリーヘア!」にしてもらった。

これで水浴びライオンから開放される!と期待したのだが、
思惑通り、水浴びにはならなかったものの、髪の根っ子辺りが濡れて腰がなくなり、
全体的にチリチリ四角形の箱形っぽい髪型が、何だか土砂崩れでひしゃげた家みたいに
平行四辺形に変形して、最後は、湿気を含み過ぎた「ワタアメ」のような
情けない状態になってこれも一度っきりで辞めた…。
パーマ代にも眼の玉飛び出たしねえ…。

そんな私だけれど、歳をとると、あまり汗をかかなくなった。
というか、ちょっと病的に顔と頭は、どんなに暑くてもカピカピで
これはまたこれでまた困りもので、新陳代謝不全は、生理的に
深刻な問題だったりする。
異常に正常な(?)若い頃の、暑きゃあ汗をどばっとかいて、
小も大も中も(?)心置きなくドドドと放出された時代が、今は
とても懐かしく、また愛おしく思ったりもするのだ。



ゴリゴリのロック少年だった私だけれど、高校生の時に突然
「ねえねえ、一緒にやろうよ!」って、実に軽~い感じで
私を誘ったバンドが、なんと個人的には「天敵」とも思えた
アコースティック系=フォークソングな野郎ども。

「フォークソングなんて、カ・タ・ハ・ラ・イタイワ!」

って、言いたかったところだが、当時の私は「ユーミン」に心底惚れこんでいたし、
その流れで「はっぴいえんど」とか、細野さん、大瀧さん周辺に
異様に興味を持ってしまっていて、そういう方向性も機会があれば
いつか演ってみたいなあって、密かに思っていたから、
その辺りが叶うんならOK!ってな具合で、私は何だかちょっと違和感ある
「長髪真ん中分け or オカッパ頭の良い子の仲間達…」みたいな、
日本語音楽研究グループ(?)に加わるのだった。

結局のところ、高校生の時代に、ユーミンにはメジャー7thって、
とってもハイカラでソウルフルなコードの使い方を教わり、
シュガーベイブにはメジャー9thっていう、ちょっとジャジーで、
ボサノヴァチックなコードを学ぶことになる。

いつの間にか、ユーミンとシュガーベイブもとい山下達郎氏の
こうしたメソッドは、そのまま当時最先端の音楽トレンドにもなって、
結局ミュージシャンのお仕事としては、それがそのまま
「ビジネス」になり得たわけで、高校時代のあの
「フオークソングとアイドル歌謡の中間の変テコな音楽研究の会
(後にニューミュージック→J-POPとなるのかな?)」も、
しっかりと自分の音楽の基盤となってゆくわけで、
世の中、何が幸いするか分からないものだ。

あのまま私はゴリゴリのロックバンドしかやってなかったら、
もっと早くに、音楽を諦めていたんだろうと思う。
ちなみに初めてプロとして参加した、新人歌手のプロモ用デモテープ録音で
恐怖の初見で演奏したのは、オリジナル曲の他に、シュガーベイブ曲と
石川セリ曲(ユーミン作)、南佳孝氏、あとマイケル・フランクスとか
の曲などで、いずれもアマチュアバンドで演奏してきた曲ばかり、
演奏の出来がどうのというより、曲のフィーリング(?)というか
エモーショナルな部分がピッタリ合っていたという意味で、
そのとき得たギター弾きとして意外なほどの高評価は、
実は至極当然のことだったのだ。

そういうわけで、時代は前後するけれど、高3の夏、
ヨゼミの(!)夏期講習をサボタージュして聴きにいったシュガーベイブの
ライブで唄われてた曲…。
結局それが唯一度のシュガーベイブのライブ体験となった。
(ビーチボーイズのDarlin'を唄うのに、達郎さんによるその曲の解説話の方が
音楽本編より長かったよう気がする(笑)!。)

♫つるべおとしの秋のはじまり~
シュガーベイブ ー 夏の終わりに

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少し語ってみた。

300.jpg
Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)

radionar(80mm)とflektogon(35mm)の2つのレンズ持ちで、
なんにもない街だけど、なんだか撮るだけで楽しい今日この頃である。

この角度から見た景色は、自分的に最も古い、
半世紀前の記憶と殆ど変わらないかなあ….と思いつつ、
でもやっぱり、柳の木はじめ、他の木々もこんなに背は高くはなかったよなあ
なんて、どうでも良いようなことで一喜一憂する、
要するに暇人なのだなあと、カメラを覗きながら自嘲する
不気味なオヤジなのである。

他のヒトのことはあまり良く分からぬが、自分はなにしろバカみたいに
よく働いた方だと思う。早い話がお人好しの大バカヤロウだから、
「困ったなあ」といわれれば「いいよ、気にするな!」と言って、
休日だろうが、夜中だろうが出掛けていって、徹夜しても、
朝からまた平常に仕事をして、深夜までの残業をこなしつつ、
そのまま休日も費やしつつ、気が付けば、
ちょっと2時間だけ中座させて欲しいといっては、
高円寺の病院に走って、阿波踊り仲間(!)の先生に「またかい!」と怒られつつ、
点滴を打ってもらう…そんな生活が平常な感じ。

家人も働いていて、長い間フレックスタイムで働いていたから、
早朝くらいしか会わないから、時間を繰り合わせ、定期的に
家族旅行に出掛けたりするのだが、それすらもなかなか出揃わず、
2日目になんとか現地合流…何てことも日常的だった。

旅行先では、殆ど寝てたかも。

そんな風に酷使されたものの、会社は40歳を少し過ぎたころに
経営破綻した。

我々が世界の辺境まで出掛けていって、大商社がやらないような
泥臭い仕事を行いながら達成した史上最高益は、
見事にバブルの利殖に消えて弾けた...のだそうだ….。

経営者はじめ役員の老人達は、みんなそれぞれに責任をアチコチに
押し付け合いつつ、逃げ惑って話にならぬので、
結局私が債権者達と直接対峙して、破綻処理にあたることになった。

既に再就職先も決まっていたのだが、新会社にはしばらく待ってもらいながら、
元経営者の法廷処理から、資産の分配配当などの調整に奔走することになった。
もちろん、代理人を名乗る、見るからにイケナイ風体の方々の相手も
せねばならぬのだが、もはや怖いものなどないってほど、短期間に
様々な経験をして、もしかして殺されても仕方がないかもしれぬけれど、
それが何か? なんて思うようにもなる。

新会社では、副社長ってポストが用意されていた。
実は後輩で元部下の新会社社長からは
「とりあえず、のんびりで良いので、少しづつ改革に手をつけてください」
と言われていたから、その「のんびり」を真に受けていたら、
実は新会社の内情もそんな悠長な状況ではなく、
さらに酷い労働状況となった。

そうして47歳くらいで大病を患った。
.3ヶ月入院(3度の手術)+半年間のリハビリ生活の間に、
きっぱりと以前の業界を離れることを決意し、
生まれて初めてハローワーク(新宿)に足を運んで、
翌日中には、再々就職先を決めた。

一日のうちに、時間をおいて、業務課長→専務→社長…と
計3回の面接が、超過密な中で行なわれ、
「君なら即正社員でOKだ…」と、一つ年上の新しい社長に言われて
勤め始めたら、なんとこれが「まさに天職!」と思える仕事だった。

サービス残業は、やっぱり当たり前にあったが、ちっとも苦にならず
仕事は心から楽しかった…。

5年が経った年の暮れ、年が代わって新年度を迎えたら課長だよ!
って内示をうけていた。振り返ってみれば、20代で主任も係長もなく、
いきなり課長だったし、30代で部長、その後執行役員…
会社は替わったけど副社長まで経験したけれど、
この時の50歳をとうに過ぎた「課長就任」が一番嬉しかった。
しかし、結局、課長にはなれないまま、私はまた倒れてしまい、
そして今に至っている。

社長からは「これからどう働くか、自分で考えて報告してくれ」と言われたが、
好きな仕事、好きな会社だけに、迷惑をかけたくなかった。


故郷の6年通った小学校近くの静かな森に佇んで、突然の俄カメラ好きが高じて、
ヘタクソな写真などを撮りながら、一方では家人からの電話が鳴り、
職場のオツボネさまに相変わらず虐められている話などを聞きつつ、
もうしばらく「暇人」を続けたいと思いながらも、
いつまでも甘えていられない状況もある。
相変わらず悩みは尽きないけれど、考える時間だけは、昔と違ってたくさんある。
ジックリと復活のプランを練る今日この頃なのである。



実はさほど意識してはいなかった異性が、突然自分の夢の中に登場して以来、
翌日から、何となくモヤモヤと意識し始める…
あれえ?そんなに好みじゃないんだけどなあ…おかしいなあ…??
そんなことがタマにあるのも、また人生の面白味だ。
音楽も、レコードはキッチリ所有してるのだが、さほど重要ではないと云うか
好きは好きだけど、どちらかと云うと軽視しがちなアーティストっていうのは
確かに存在する。
申し訳ない話だが、トーマスドルビーとか、あとジョージャクソンとか…
恐らくは器用すぎるところが、憎くはないが小賢しいというか、
軽妙すぎて重厚さが足りないと云うか、そんな感じ。
ところがあるとき、この曲にビビビと来て、曲が脳裏から離れないって
事態が起こった。いついかなる時もScare Myselfって言葉が
口を突いて出てくるのだ。
「やばい、俺、これ好き…」
何処の何がヤバいのか全然分からないんだけど…
これも人生の面白味なのか?
Thomas Dolby - I Scare Myself

国の誇りとは?

lotus.jpg
Carl Zeiss Jena 'FLEKTOGON' 2.8/35 (2nd Edition-1964)

ウレシハズカシ典型的日の丸構図なLotus Flower。

ただこれが個人的にはとても嬉しい、復活のクモリゴン…
いやいやフレクトゴンの、世間の評判通り驚愕の写り…なのである。

この色っぽさで1964年製=即ち前回東京オリンピックの時代、
壁の向こう側の、暗黒とさえ言われた国=ドイツ民主共和国(東ドイツ)、
これがそのまぎれもない実力!

ソ連にさんざん搾取されながらも、守り抜いた光学技術者の「誇り」!。
戦争は負けるもんじゃない…いやいや絶対するもんじゃない!。


「誇り」といえば、新国立競技場も、五輪公式エンブレムデザインも、
根本的には日本人の「誇り」を代弁するものだし、
そうあらねばならぬものだと思う。

「そんなものどうでも良いじゃない?」

国民がそう思う…つまり誇りを捨てた瞬間、
東京五輪の50%は失敗…本当にそう思う。

現代の形而上学的な見解からすると、佐野某氏デザインの版権裁判において
日本側が「取り下げる」というのは、有り得ない選択なのだそうだ。

つまり確実に勝てる係争だから…ということだが、
あくまでもベルギー側の法廷を舞台としながら、先方が素人さん方を巻き込んだ
裁判員裁判的な方策に打って出ると、最終的な結果は別にして、
五輪本番まで長引いてしまうことも有りえるから、
結果として示談的な金銭的和解と言うのが、先方の一点狙い。

そんなことで争って、結果勝利したにしろ、途中で講和して収束したにせよ、
国の誇りは傷つき、ボロボロになったエンブレムを我々は愛せるだろうか?

ここは佐野某氏自ら、デザインを取り下げる…という英断でしか、
もはや国民がその誇りを取り戻す算段はないように思うのだが、
いかがだろうか?…。

真似したしないとは別の次元で、私はあのデザイン、
ちっとも日本人の美学、哲学はもちろん、歴史観も文化も全く見えてこなくて、
好きになれない…いや嫌いって云ってしまっても良い。

選者の採用理由ってのも、キチンと聴いてみたいなあと思う。



初めて買ったエコー・アンド・ザ・バニーメンのレコードが、
なんと超変則でShine So HardっていうMiniLP…っていうかミニライブアルバム。

愛想が良いのか悪いのか、派手なのか地味なのか、最初はサッパリ分からなかったけど、
不思議と熱い血潮!みたいなものを感じて、気に入って聴いてたら、あるとき、
Shine So Hardは映像作品があるんだよ!って聞いて、早速取り寄せたものの、
何故かコピーしか存在しないという…。

取りあえずこの頃、購入したばかりのBetamaxでワクワクしながら鑑賞したのだが、
何だか電気屋の薄笑いのおっちゃんにもらった「洗濯屋…ちゃんシリーズ」さながらの
画質の悪さに閉口しつつ、やがてロンドンのレコード屋で、
同じ作品の本物を入手したものの、英国と日本ではそもそもビデオの規格が異なって、
日本のデッキでは映らない!!

さんざん捜して相当な金額を支払って「変換」してもらったものの、
出来たものは、最初に買ったコピーと大して変わらないクオリティ…
まったくトホホ…な想い出のShine So Hardなのであった。

Echo And The Bunnymen - Over The Wall (From Shine So Hard)


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熱中し過ぎて熱中症

Ilford Delta 400-1_DxOFP
Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)

この「Radionar…」、何をどう撮っても、多少大袈裟かなって云うくらい
ドラマチックな表現をしてくれることに気付いて、
盛夏の日がな一日、普段は絶対撮らない雲とか、山の稜線とか、
アチコチ夢中になって撮影していたら、ふとフラフラっと来た…。

どうやらごく軽い熱中症のようだ。

麦わら帽子を被ってたから、わりと過信していたのだが、
今の熱中症は(?)カブリモノなどあまり関係ないらしい。

頭の重心がどうかしてしまったようで、自転車に乗って、
すぐさま帰ろうとするのだが、カラダ全体が、
バランスの悪いヤジロベイみたいにふらつくので、
とにかくコンビニを見つけて、氷と、普段は呑まない
アルカリイオン飲料水を買うのだが、
エアコンのよく効いた店内で、少しだけ座る場所を!
とリクエストしてみたものの、バイト女子は明らかに
迷惑なんだよクソオヤジ!ってな表情を
あからさまに浮かべたのを見るや

「いや、結構…失礼した」
と云って、外へ出て、とにかく風通しの良さそうな日陰を見つけて座り込んだ。

写真はまさにその時のモノ…。
標高40mの小山に登る裏階段の数段登り始め…。
そのときの、光が屈折して少し歪んで見えた景色が、
実に華やかに写真に写り込んでいて、ギクッとした。

40分ほどウズクまっていたが、誰一人として
通行するヒトは居らず、ある意味、助かった。
大騒ぎされても困るしね。

相変わらず震度3くらいの揺れというかフラツキはあったけれど、
何しろヨレヨレになりながら帰宅したものの、自宅は自宅で
相変わらずエアコン故障中。取りあえずはシャワーを浴びて
ベッドに横になったら、そのまま約4時間意識不明(普通に睡眠)。

突然、「いけね、大河ドラマ見なきゃ!」って20時丁度に目が覚めて、
素麺をススリながらテレビ見て、あとはいつも通り…。

家人の先祖は薩摩藩士だが、いわゆる公武合体派で薩長同盟大反対。
余計なことすんなよ龍馬!で、西郷とも決裂…という人物。

さらにはドラマでも必ず登場するけれど、宮中にあって、
京から長州勢を追い出した張本人だから、
当然家人は、今回の長州ドラマは一切観ないよ!と宣言している。

私は毎週観ているけど、もちろん
その話題に触れるのは憚られるのだ。それでも

私「この前、お宅のヒイヒイ爺さん、大河に出てたみたいよ」

家「どうせ長州視点じゃ、敵方の悪役でしょ…」

私「でも、この前の何だっけ会津のドラマ…あの時は格好良かったじゃん…」

家「でも最後は薩摩だもん、会津から見れば裏切者になっちゃうじゃない…」

私「まあ、成彬さんと久光さんじゃお家の方針変わっちゃうからね…」

家「そもそもお由良って久光の母親が長州出身だからね」 

私「……」


ああ、写真の妙に思わせぶりなチャリンコは、恥ずかしながら私の愛車の
オンボロボロロン号である…。



初めて聴いたRoxy Musicが、この曲だったのをハッキリ覚えている。
加藤和彦さんが、単発出演なのかゲストなのか忘れたけれど、
オールナイトニッポンで、突然これをかけた…!
私はとてつもない衝撃をうけてしまって、すぐにレコード(シングル)を
買いに走ったら、この曲はシングルが切られておらずアルバムのみ…。

結局、昼食代や通学バス代を浮かせながら小銭を貯めて、
2ヶ月遅れくらいでやっとデビューアルバムが買えたわけで、
しばらくは毎日毎日、飽きもせずこれを聴いていたなあ。
ブライアン・フェリーの魅力はまだあんまり理解できず、ただひたすら
後ろでピープーギーギシギシってなノイズを発している
ブライアン・イーノ(当時はエノ)の存在が大のお気に入りだった。

後年の彼は、環境音楽の先駆者、アーティストのプロデューサーとして
何度もグラミーを取り、 Windows(95〜98)のジャリーンって起動音を作って、
巨万の富を得るようなヒトになるとはね…である。
Roxy Music - ReMake ReModel

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戦後70年の野比のび太

73-0.jpg
Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)

一体いつの間にリベラルに改心したの?ってほど、
平和憲法的精神な70年首相談話の意外さに、
何やら狐にツママレタようでもありつつ、
とっても爽快な気分で迎えた終戦の日であります。

それでも「街の自警団入り」して、ジャイアンを守るスネオ役はやっぱりイヤ。
たまに虐められるけど、いつも自由なのび太がいいな…。



私は幼少のミギリより、ドイツ的キラキラネームに異常に萌える体質らしい。

そのショッパナを実にハッキリ覚えていて、小学校低学年の頃だが、
何しろオコヅカイは1日10円だけれど、1960年代の駄菓子屋は、
10円さえあればもう充分にパラダイス(5円じゃ微妙に厳しい??)。
何より好きだったのが紙製の粗末なヒコーキ。

一応、軽く工作したり、機首のオモリの金属の分量を微妙に加減出来たりする。
機首の下にある切り込みに輪ゴムを引っ掛けて飛ばすタイプ…。
目測で10m先の地面に向けて、ゴム力または手動の適度な加減で
ヒコーキを放つと、どういう上昇気流が働くかは知らないけれど、
ちょうど後ろを盗られた戦闘機の回避行動のように、地面すれすれから
気体は急上昇し、垂直に大きな円を描き、自分の後方からスッ...と、
ヒコーキは従順にも、自分の手元に戻ってくるのだ。

まあそれはあくまでも上手くいけば…であって、
大抵は何処かの家の屋根上空で機体は消息を絶ち、
その日の10円分の至福は終了するのだ。

厚紙の機体の、翼の部分に、第二次世界大戦時の各陣営の代表的小型戦闘機の
勇ましいイラストが描かれていて、胴体には堂々(?)その銘柄が書いてある。

ゼロ戦、隼、紫電改、ロッキード、グラマン、カーチスにスピットファイア…
しかし小2の私が圧倒的に好きだったのは、ナチスドイツ軍の...

メッサーシュミット

あるいはヒコーキではないけれど、
飛行船のツェッペリンとかヒンデンブルグ。
ロックグループのレッドツェッペリンなんて、
正直ズルい!って思ったな。

やがてサッカーに興味を持つと、何しろ世界的スーパースター

皇帝フランツ・ベッケンバウワー

贔屓のチームは彼が在籍したバイエルンミュンヘンではなく、
ギュンター・ネッツアーやベルティ・フォクツがいた…

ボルシア・メンへングラードバッハ

そして時代は過ぎて80年代、遂に最高レベルのスーパースターが出現した。
その名も…

カール・ハインツ・ルムメニゲ

彼の弟は、私が当時大好きだった浦和レッズに加入したのだが、
名前はちょっと残念な感じの、ミヒャエル・ルムメニゲ…
風格もサッカーの質も、お兄さんには遠く及ばななかったな。

同時期にレッズに加入して大活躍し、のちに監督にもなった

ギド・ブッフバルド…結構いい感じの響きであった。

まあ何しろ、どうしたことか、そうしたわけでドイツ名に私は
キュンキュンなのである。

ロック好きの立場としては、エドガーフローゼとか、ヤキリーベツアイト
など、実はあんまりパッとした名前に出会えずにいたのだが、やはり
80年代になって来た来た…アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン…。
やっと来たぜ!って思いましたね。

そして、何故だか50歳を過ぎてから突如カメラが好きになって、
それが高じて、ドイツやソ連の古いレンズに興味を持つと、
またしてもキュンキュンでキラキラな銘にブチ当たるのだ。

カール・ツアイス・イエナ
シュタインハイル
エルンストライツ(ライカ)
シャハトウルム
イスコゲッチンゲン などなど。

そして決定版的にキラキラな銘を見つけた...

シュナイダー・クロイツナッハ!

そう言うわけで、やっと本題、シュナイダー社である。
(クロイツナッハは地名。しかもドイツの温泉町であるらしい!?)

実のところ、この壮大な歴史を誇り、現在も世界の有力光学メーカーである
同社の60年も前のレンズが、一体どういう特色ある写りをするのか、
実はあまりよく理解してない。青が強くて、クールトーンだよって
話はよく聴くけれど、それはそれとして、なにしろ銘が麗しすぎて、
それだけで物欲が沸々と沸き立ち、以前から1個は所有してみたいなあ
と思っていたのだが、今般お目出度くも、やっとこさデビュー!
ということになった。

どういうわけか入手したのは、普通に一眼レフ用、レンジファインダー用レンズ
ではなく、我々の小学生時代は、集合写真と云えば、
やけに愛想が良いチョビ髭にベレー帽ウシロマエかぶりの写真屋のおじちゃんが、
マグネシウムのフラッシュをポッ!と焚きつつ、恭しく操作する、
いわゆる蛇腹カメラ。その先っちょにチョコンとくっついてるレンズを取っ外し、
わざわざマウント台をくっ付けて、一眼レフや、ミラーレスカメラに装着出来るように
改造したシロモノなのである。

さてさてこの萌え萌えキラキラネームの60年も前のレンズ、
まだどう撮れば、特徴を活かせるか…までは掴んでないけど、
今後どんな幸福を、あるいは悲劇をモタラスのか…
じつに愉しみであるのだ。

sh.jpg

取りあえず文面が文面なので、本日はNicoさんに
ドイツ国歌でも唄っていただくことにいたしましょう!
これが入ったアルバム「THE END (Enoプロデュース)」は、
個人的に、おそらく人生ベスト50に確実に入ってくる作品。
Nico & Eno…別の意味で「萌えネーム」かも…。

俗に謂われる「暗い」とはちっとも思わないけど、
「漆黒の中で燃える一本のマッチの火が、こんなに暖かく明るいとは…」
っていう、正だか負だか分からない屈折したイメージは、
彼女の来日公演でも全く変わりなく、そしてやっぱり恐ろしかった。
Nico - Das Lied Der Deutschen
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お盆花?

Fuji Sensia 100_DxOFP
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(1949)
[with DxO Film Pack Photoshop Plug In “Fuji Sensia 100"]


お盆が来て、またすぐにお彼岸…。
私がこのお墓に収まった後、一体どれくらいのヒトが来てくれるんだろうか…?
無縁仏さんの立場の方が、案外賑やかな気がするのだが…。

ここ秋田は、彼岸花の生息域北限をはるかに越えてしまってるらしいから、
よほど酔狂な人が、無理矢理に東方地方より彼岸花を持ち込んできて
強引に咲かせてしまった(テへペロ)!という以外には、見られるはずがないのだが、
不思議なことに、ポツポツとその姿をこの地に散見することが出来る。

北海道には、誰かが悪意で持ち込まない限りゴキブリは生息しないはずだが、
昨今は札幌辺りで普通に生息しているらしいから、云っては悪いが
そうした「秋田の彼岸花」も、ある意味の『徒花』に過ぎず、
ちっとも美しいとは思えないから、不思議なものだ。

お寺の近所に、気分の良い遊歩道があって、墓参りの度に散策するのだが、
この時期、その道端にいつも咲いてるこの何となくボンヤリした赤い花が、
私にとって「秋田のお盆花(?)」…そんな風に勝手に感じていたりする。

あまりにもボンヤリした「花ぶり」なので、ココは少々狙って
アンジェニューレンズで撮ってみたら、思惑以上にぼんやりのうえに、
何だか幻?って感じの儚さ、幽玄っぽさが強調された、
実に良さげな写真になった(と思う)。

まあ世間的には、ただのピンボケ写真!?と笑われてお終い…
なのかもしれないけど、それはそれで全然構わない。

アンジェニュー…大変なクセモノだが、稀にとっても良い仕事をする…
手に入れてホントに良かった!。



さて、土岐さんちのお嬢ちゃんのお歌である…。

個人的には、もう身震いするほど思い入れ深い、ブレッド&バターの名曲…。
アレンジもわざわざブレバタに寄せつつ、周到になぞりつつ唄ってるこのいじらしさ、小憎らしさ…。

そんなにオッサンを泣かせてどうしたいのさ?!…てね。

土岐麻子 meets Schroeder-Headz / 「ピンク・シャドウ」LIVE (Short Ver.)

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戦争反対…で願いますよ

DSC02079_DxOFP.jpg
aus JENA 'Pancolar' 1.8/50 (Early-1970's Zebra)

戦争反対!…
当たり前過ぎるシュプレヒコール。

でもそれは誰に向かってのシュプレヒコールなのだろう? 

どこに今時、戦争大賛成なんてオツムの弱い輩がいるんだろう!。

Mr.Abeってそういうヒトなの?
ちょっと違うと思うな。

昔みたいに、戦争して、相手国を侵略して植民地化して、
その国の権益を根こそぎ奪い取ろう!なんていう、
儲け放題な戦争なんて、おそらく先の大戦の日独か、
最後は朝鮮戦争くらいで、後のはもう、
そんな無体なことなど全然出来なくなって、
戦争自体が儲からないどころか、

赤字だぜ赤字、もう真っ赤っか!

ってもんじゃないかと思うから、アメリカにしたって、
もういいや、日本さん、あとはテキトーに頼むよ、お願いだから…
戦に勝ったら、相手国の政府立ち上げて、選挙して、インフラ整備して、
終わったら速やかに撤退してね…。
儲からないけど、国際社会から褒められるよきっと!羨ましいねえ…
そんなもんでしょ、きっと。

中国だって、何をどう考えたところで、日本と戦ったところで
利益どころか、お国の存亡に関わるリスクしか見つけられないし、
そんなことよりも日本株買い占めや土地の買い占めで、日本バブルを
しゃぶり尽くしたら、ポイッと売り逃げた方が断然得策だろう。
まあ、それはすでに実行されてるようだけれど...。

もちろん日本は、いざとなったらアメリカが守ってくれるさ♡
なんて幻想は、今時、Abe政権ですら考えてもいないだろう。

中国とは、海上や領空での小競り合いは、増えるかもしれないが、
そこはキチンと国民に説明して、領海内の自衛を強化し、
逆に大事に至らぬような大人の所作に出ることも大切だから、
その為に不都合あるなら、憲法(部分)改正を丁寧に説明すれば、
国民の3分の2の同意を得るなど容易いことだと思う。
あくまでも意味のない対決を防ぐ為だ。

何しろ誰がまとめたか存じ上げぬが、今国会に提出された
安保法制なるものは、きちんとした説明すら誰も出来ぬ質の悪さに加え、
思想も美学も、今流行の至誠すらも全く感じない粗雑で幼稚な喧嘩法案。

「I Love USA、I'll Be With You Everytime, Everywhere…」

そんな片思いも甚だしいメッセージしか受け取れない陳腐さで、
言い方を変えれば、国家として、惨めで哀れな法案。

直ちに取り下げて、必要な憲法改正(自衛隊法)の大道に着手すべしと考える。
ただし平和憲法はあくまでも平和憲法。自衛の線引きはキチンと
やってもらいたい。

人間いつかは死ぬけれど、馬鹿な為政者の引き起こした、
安い戦争なんかじゃ、絶対に死にたくないからね…。



お馴染みのエドウィンスターの「黒い戦争」なのだが、
私的にはThe Jamのカバーヴァージョンの方が好み!
刺々しさが最大の売り物のThe Jamもといポールウェラーなのだけど、
解散して新たに結成したスタイルカウンシルで、何であんなに
愛想よくなっちゃったんだろうか??音楽もJamのごつごつした
手触りから、突然オシャレでスィート!…。
そりゃあ眉間にしわ寄せて殺伐としてるより、ハッピーにしてた方が
なにより健康に良いに決まってるぜってメッセージなんだろうか!?。
自分も出来るだけ力を抜いてのんびり生きたいものだなあ…。
The Jam -War

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迷惑なニセ後輩

DSC02369_DxOFP.jpg
Yashica/Tomioka Auto Yashinon DS-M 1.7/50(1974)

ご当地名物「きりたんぽ」、その仕込み中の図。

お江戸にいる頃は、毎年暮れになると、これの鍋フルセットが
実家から送られてくるのだが、超薄味育ちの九州出身の家人は、
汁のあまりにもな塩辛さに、これは身体に悪いぞと、
翌年から3倍に薄めた汁で出される事になって、それはそれで幾星霜、
哀しいことにその味にすっかり慣れてしまってたところに、
今般、故郷に戻ることになって食した本場「等倍汁」の
濃厚なきりたんぽ鍋…
まさに極楽の旨さであったのはもはや言うまでもない。



ちょうどバブルな頃だったか、出張から戻ってみると、
オフィスの私のデスクには山のような「緊急電話メッセージ」が…。
もちろん相手先に覚えはないけれど、そこはオフィス宛なので
捨て置くわけにも行かず、恐る恐る電話してみる。

「いやあ、先輩!ご出張でしたか!お忙しいんですねえ…」

そんな調子で、一向に用件に触れないまま、話題は

「実は僕、同じの高校の10コ後輩なんすよ」

だから何?

「ですから先輩のようなお忙しいビジネスマンの為に有益な情報をですね…」

だから…そもそも何故君は私の素性と番号を知ってる?

「そんなあ、先輩は今や学校の誉れですよ。誰でも知ってますから…」

嘘をつけ!。早く用件を言え!

「ですから、先輩の財産をですね、より良い利回りの…」

株か?先物?それとも土地?…絵画!?、そんなものやらねえよ!

「憧れの先輩だからこそ、とても有益なご案内を…」

もう結構!

そして、イヤな予感に溢れていたが、次も電話してみると

「いやあ,先輩、お忙しそうで…」

どうやら、歴代の卒業生名簿というのが、また良からぬところに
流出したらしい。あまりにも毎日、そうした災禍に悩まされるから、
その名簿を編纂し、卒業生に販売しているという業者を突き止め、
大クレームを付けるのだが、もはや一度流出してしまったものは
際限なく、やむなく「先輩後輩を名乗る電話はすべて却下…」
ということで、少しだけ収まったのだが、稀に私が直接電話を取ってしまい、

なに,君も私の後輩なの?

「えっ?いやその…」

まだインターネットなんて、米軍がこっそり裏で使ってたの?
っていうくらいの時代に過ぎないけれど、DM攻撃も含めて、
いつの時代も個人情報管理はとっても重要。
ちなみに我が家の家人がアルバイトでテレアポの仕事に就いた時、
英会話教材の販売なのだが、渡された分厚い個人情報リストは
「レンタルヴィデオ屋でAVソフトを借りたことがあるヒトのリスト」。
取りあえず、女性が電話すれば、すぐには切られず、
ニタニタと話は繋がるんだろうなあ…
おばさんとは知らずに…。



私の中の音楽カリスマ10傑の中に,間違いなく入って来るその一人に
Todd Rundgrenがいる。
何しろ多面的な切り口をいくつも持った類希なロックミュージシャンであるけれど、
本当の根っ子のところは、まさにこの極上のR&Bにあるのではないかと思う。
鉄板のメドレーをご賞味あれ!。
Todd Rundgren - Medley: I'm So Proud / Ooh Baby Baby / La La Means I Love You / Cool Jerk


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祭のあとの寂しい夜

2916ぽ
Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (1973 /for Rollei QBM)

今夜の竿燈祭り併設/ご当地グルメフェスティバル特設ステージ最終日
そのオオトリを飾ったAugust Moonを…飾ってみた。
一度やってみたかったわけで、ごめんねAugust Moon!
ステージはいつも通りに、最高にGroooovy!だったよ!。



かなり以前に、当ブログでその詳細を記したことがあるのだけれど
自己啓発セミナー」っていうのがブームと云うか
むしろ社会現象→社会問題になったことがあって、
不祥この私も、友人にカドワカされつつ、
その怪しさ満点の勧誘パーティに迷い込んだことがあって、
そこで実は本気で4日間13万円?のビギナーコース(通い)に
乗っかろうかなあと考えていたものの、
タイミングが良いのか悪いのか? 翌朝のワイドショーで

「自己啓発のセミナーの危険で怪しい実態」

っていうのが放送されて、まあちょっと今は
憚られるよなあそりゃあ…というわけで
やむなくキャンセルするのだった。

で、その東京・三田の自己啓発セミナー…っていうのには、
その友人に騙されて、いやいや取引関係などで立場の弱い者などが、
無理矢理勧誘されて、既に4日間のコース受けていた者も
知り合いに多く居て、状況を聴取すると、
必ずしもワイドショーや週刊誌が書き立てるような
スキャンダラスな内容とは少し違う感じでもあるのだ。

「バカバカしいって云ってしまえば,そうとも云えるが,なにしろ
普段の生活では絶対に経験出来ないような種類の事を、これでもか
というほど連発させてくるのは事実で、それはそれで貴重な
体験だったと思うようにしている」

異口同音に皆が皆、そう口を揃えるのだ。

私がパーティで少しだけ体験したのは、
見知らぬ異性と向かい合わせになって、それぞれの相手の印象を,
感じたまま忌憚なく表明し合うゲーム(?)。

子ども3人の良きパパを演じているが、実は愛人が居て、
愛人に、早く家庭を捨てよとセガマレて、とても悩んでいる
優柔不断な中年男子(30歳くらいだった)...という事らしい。

他にも、ちょっと言えない罵倒に近い強い言葉も容赦なく
浴びせかけられ、実のところちょっと凹んだりもするのである。

それはそれで、確かに普段は経験出来ないし,わりと新鮮だったな…。

で…本番では、真っ暗な部屋で、5~6人の男女混合グループ内で、
お互いを酷い言葉で罵倒しあったり、逆に擬似的な愛を語り合ったり、
強烈な自省を全員の前で発表したりの、まさに自己破壊と再構築の為の
幾多のプログラムでもって、結果、組織に対する殉教心が生成され、
もはや断れない次ステージへのセミナー参加~個人セミナーなどで、
財産は徐々に吸収される…という図式。

本家アメリカでは、当初、軍部のリーダー養成プログラムとして
発達したノウハウだが、自殺者や、精神疾患者が急増して問題が表面化。
日本でも受講中の自殺や事故死が報道され、民事訴訟や刑事告発などで
表面的には衰退していったというが…
実は以後10年くらい、ずーっと誘われ続けたのもまた事実であったりする。

「こっそりひっそり、自分の潜在能力300%を見てみたいと思いませんか…」

「いつでも、あの三田のビルの一室で、有名タレント石〇〇子共々、お待ちしてますから…」

ちょっと涼しくなったでしょ…。
続きありますけど、それはまたいつか…。

もの



August Moonは、まあ元々渋い曲を演奏するバンドではあるけれど
いかなる理由でこの曲を演ることになったかは知らないけれど、
ある意味地味な、こういう曲を、決して長くはない出演時間の中に
挿し込んでくるそのセンスと云うか、強引さに大いに拍手を送りたい。

寂しい夜」シングルも切られていたけれど、基本的には『OneMan Dog』
っていう、ちょっと人気も一段落して落ち着いたかなというところで
発表されたアルバムに入ってる曲。私はジェームステイラー一世一代の
「最高傑作アルバム」だと思っている。

何より憧れのNY、A&Rスタジオで録音された、
当時としても最高峰の音質なのは言うまでもないけれど、
アコースティックギターを、単なるシンガーソングライターの伴奏楽器から、
完成された薫陶のポップツールにまで引き上げた、まさにその瞬間が、
このアルバムにあったような気がして、とっても好きなアルバム…
売れたって話はあんまり聴こえてこなかったけどね…。
James Taylor - Don't Let Me Be Lonely Tonight / 寂しい夜

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ひるあんどんなワケ

mono-1_DxOFP.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(1949 L/M39)

アンジェニュー独特の世界観は、モノクロだとさらにキッカイになる…。

被写体のモチーフがちょいと変われば、アルジェリアの強すぎる日差しの下、
「きょうママンが死んだ」…的な世界観に見えなくもない…。

もっともカミユの方は、高一の夏休みの宿題の「読書感想文」の
「指定図書」だったから、勇んで読んだものだけど…
殆ど理解不能だったような…。
ああ、ミシマにしときゃあ良かったって、そっちも相当大変そう。
早い話が国語教師のサディズムだな…きっと。

秋田は竿燈祭り一色である。
もちろん本来の醍醐味は夜の本割り(?)にあるのは
重々承知しているが、何しろ今は毎晩「本業?」のサッカー観戦が
実に多忙で、まあ最終日にはなんとか出掛けるつもりだけれど、
それまでは「昼竿燈」でお茶を濁す今日この頃である。

こんな男女ともにボロボロの負けサッカーなんて!…と言う勿れ、
コアなサッカーファンになると、今回のような新旧交代時期は
選手達同士が、何処のナニサマ?というカオス溢れる中で、
己の役割すら理解出来ないまま、バタバタと
無惨に敗れ去るサマほど痛快なものはないのだ!。

そういう屈辱をバネに選手達は成長し、やがては
ヨーロッパで安穏としきっているスーパースターさん方さえも蹴散らして、
.3年後には、東アジアの隣国などとは、もはや別次元の強さになっている
その第一章として、今回の敗退は惨めで屈辱的であればあるほど良いのである。
だから今回、まさに筋書き通りのこの展開、Mなサッカーファンには
もうたまりません!。

特になでしこが良いね…若い選手達は完全にピッチ内で迷子になってる。

ホントは4年前にこれをキチンとやっておかなくてはいけなかった
わけだが、なにしろ「世界一!」の看板と、やっと得たなでしこリーグの
盛り上がりで、ここで敢えてオンボロボロな姿を見せるわけには
いかなかった...っていう大人の事情も分からぬではない。

女子だけではなく、男子の方、ザッケローニも実はその苦しい道を
避けて通った4年間なわけで、男女とも前回苦しみをサボった分、
今回は4年遅れながら、どのチームも必ず通らねばならぬ道…
キチンとココで「負けておく」ってことの大切さ、
ハリルホジッチには理解出来ないみたいね…
佐々木さんは分かってるけど…。

案外、今回の惨敗はハリルホジッチのキャリアにとっても、
大きなステップになるかもね…!

ありゃりゃ?男子は韓国と引き分け…韓国も今回のチームは最悪の出来だねえ…。
ということは、両チームともこれからが大いに愉しみじゃあないかあ!
これだからサッカーファンが辞められないのさ!。



こんなにくっそ暑い夏って、自分は一体どんな音楽聴いてたっけ?
って考えてたら、聴くよりも、普段はクローゼットに仕舞い込んでる
(今現在もだが)Ovationをズルッと引っ張り出して、
軽い感じで、こんな歌を唄ってた。
別に涼しくはならないんだけど、なんだかね、
「おじちゃんウキウキ」…って...気持ち悪いか!?
Nick Lowe - Heart


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祭り囃子がきこえる

Fuji Provia 100_1DxOFP
Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (1973 /for Rollei QBM)
Adobe Photoshop CS6
with DxO Film Pack Plug In “Fuji Provia 100"


日常があるからヒトは非日常に期待する。
その非日常によって男女はモラルを超越し
劣情的に高揚し、燃焼する。
やがて日常に戻ってゆくけだるさ...。

朝早くから、アチコチから断続的にお囃子の音が聞こえる。
そわそわした非日常な空気に、嫌が応にも巻き込まれてゆく。

秋田の竿燈祭りが始った。

秋田にいて、最後に竿燈祭りを見物したのはいつの事だったか
実は殆ど記憶が曖昧だ。
子どもの頃は、今より遥かに近所な広小路っていう(上野じゃないよ)
当時の目抜き通りで行なわれていたから、
ほぼ毎年のように出掛けていたはずだが、
いつしか少しだけ遠い、現行の大通りに移転した後は、
さっぱり出掛けた記憶がない。

秋田に居た最後の年に、ガラにもなく「おデートらしきもの」で、
新しい開催場所での竿燈祭りを見物しようと出掛けたのだが,
現場へは川を渡らねばならないのだが,既に橋の周りの混雑が
あまりにも激しくて、すっかり気持ちが萎えてしまい、
途中で引き返した記憶がある。

今考えれば,カノジョはしっかりと祭りの正装「浴衣」を着用していたのに
それを不機嫌に引き返すだなんて,何とも無粋な与太男であった…。

地元に居てもそんないい加減な調子なのに、何故だか秋田を離れると,
竿燈祭りが無性に懐かしくなって、毎年8月の声を聞くたびに思うのだ...

「ああ、秋田じゃもう竿燈が始る季節なんだなあ…
 何にもなかったけど、何だか幸せな日々だったよな…あの頃。
 ♫どっこいしょーどっこいしょー…ってか…」

東京という街は,あらゆる事が便利で効率がよく、意外に
緑が多いし、住環境も申し分ない上、行政サービスも(地方より)発達している。
いろんな種類で立場のヒトが住んでいるけれど、総じて安全で、
とても調和のとれた良い街だと思う。
しかし、日常と非日常の境界がとても曖昧な街だ。
だから時々どうしようもなく疲れるのだ。

地方で就職した事が無いので、実際は分からないのだが、
東京で働いていると、日常的に膨大な数の人たちと出会い、すれ違う。
自分は感じた事はないが、それは過度なストレスを誘発するし、
よく云われるのは、あまりにもたくさんのヒトと出会うから、
ヒトとヒトとの付き合う密度が薄れるという事。
知人ではあるけれど、友人ではない関係が、
普通にそこらにある。

そんなに深くヒトと付き合うなんてナンセンスだよ…。

そういう殺伐さを、東京人は無意識に持ち合わせているし、
そうやって精神的にバランスを取っているのだと思う。

彼らに必要なのは(自分も含めてだが)、非日常より日常…。
愛する家、家族、信頼出来る(数少ない)友…。

4年前から秋田に居るけれど、笑っちゃうくらいに毎日が日常。
非日常の竿燈祭りが、何百年もこの町でいかに大切にされているのか…
とくと拝める、灼熱の4日間でもあるのだ。

ちょうちん1DxOFP



冗談ではなくて、これを初めて聴いた時は「竿燈のお囃子か?」って
思って、つい「どっこいしょー、どっこいしょ」って、囃子詞が
口を突いて…なんて、それは冗談!。
Jah Woobleの脱退や、盟友Keith Levineとの仲違いなんかで
バタバタと揉めていた当時のP.i.Lなのだが、
いろいろ主張するヒトが居ない分、余計なものを削ぎ落し、
すっきりと薫香高い、良いアルバムに仕上がってる。
Public Image Ltd. - Four Enclosed Walls

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普通の中古品の魅力

52_DxOFP.jpg
W-Komura- Uni Auto 3.5/24(1960's / for M42)
[with DxO Film Pack Plug In “Fuji Provia 100F"]


自転車のタイヤがすり減ってしまって、もはやいつピロリと
中のチューブが露出しっちゃって、お餅がプクーッと膨れるように
飛び出しても可笑しくない状況だから、何が厳しいって、
そりゃあもう…うっかり遠出が出来ない!。

自転車なんて,漠然と、ずうっと乗れるもの??という
意識があるけれど、自転車屋さんに云わせれば、きちんと
寿命というものがあるわけで、タイヤ的には2~3年、
他の部位も大事に乗って4~5年というのが、どうやら限界らしい。
所詮は消耗品なのだから、こまめにパーツを交換するなり、
メンテナンスをキチンと行なうなりして、手を掛け、
大事にケアしなさい!ってことか…

そういや、子どもの頃は頻繁に父親と一緒に自転車を念入りに磨いたり
油を注したりしていたなあ…今は…。



今日の写真は、かつて存在した「三協光機(株)」のレンズブランド
コムラー」。
一眼レフ用(35mm)レンズはもとより、中判,大判用レンズも製造していた。

全盛期の60年代は、交換用レンズメーカーでも圧倒的な人気を
誇っていたものの、中小企業の哀しさか、ほんの些細な労働争議の
紛糾が原因であっさり倒産。
何故か不思議なことに他社に救済されることもなく、
1980年、忽然と姿を消してしまうわけです。

さてKOMURA-24mm…。
さすがに現代レンズの、神経質なくらいに精緻な再現力には
遠く及ばず、さりとてオールドレンズによくあるドラマチックで
エグい、絵画的描写というものでもなく、なんだか「ぽよん」とした
増える式の家族アルバムの中にあって、かつての町内の小旅行スナップで、
これはね、カメラ好きの4軒隣の乾物屋のオッサンに撮ってもらった
写真だから少し写りが良いでしょ的な…、良くも悪くもテキトーな描写に
一瞬面食らう。

とっても昭和的で牧歌的な、台東区辺りの中小企業な町工場の、
太鼓腹社長やチョビ髭専務が
「もっと生産性を上げろ!」
なんて号令を飛ばしても、
オイラ、一切妥協しないからね!という、頑固一徹なレンズ切削&磨き職人
による、枯れたええ感じの味わい…良いじゃない!?
ちょいとばかり無理矢理だけど、そう思い込むようにしている。

もっとも、ごっついメタルのレンズフードやらワイコンや
各種フィルターや革のケースなんかのオマケてんこもりで
2000円也…なんだか申し訳ないなあ…なのである。



中2ぐらいの時だったかな??
突然、ラジオのヒットチャート番組で、この曲Nut Rocker
あくまでも新譜のヒットシングルっていう括りで紹介されて、
度肝を抜かれたことはわりと華やかに覚えている。
くるみ割り人形…じゃんか!

フォークギターを覚え始めたばかりの頃で、AmだのFだのCだの
コードを一生懸命覚えていたまさにその時代に聴いた衝撃のNut Rocker
まだ始めたばかりだというのに、いきなりギターに無力感を感じることになって、
なんだよ,結局、むかしお稽古してたキーボードがまた主役かよ!って
少々焦ったような気がする。

しばらくして,結局この時は買えなかったが、EL&Pのこの曲も入ったアルバム
展覧会の絵」っていうのをクラスメートから借りて聴いて、グレッグレイクが
ギターで弾き語る「The Sage 賢人」を聴いて、ホッと胸を撫で下ろしつつ、
この曲、絶対攻略するぞ!と誓いつつも、部分的に少しづつしか攻略出来ずに
結局全部通して弾けるようになった時は、もう高校3年くらいになっていた。
エマーソン・レイク&パーマー Nut Rocker - くるみ割り人形

そして、The Sage - 賢人


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