ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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ライカとシーラカンス

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Ernst Leitz GmbH Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

さて、待ちこがれた「ズマール」が到着!。
またしても戦前も戦前、1937年(昭和12年)製造のほとんど骨董品。

何はともあれ、この画像である…
専門家の方が見れば「別に…?」なのかも知れないが、
私個人としては、まさに驚愕の画である!

まだカラーなど全く想定してない時代というのに、
ライカおよびドイツ帝国の当時の技術、恐るべし!である。

1937年と言えば、世界的には、フランコ政権下のスペイン内戦中で、
ライカの故郷ドイツ(ナチスドイツ)空軍は、あのゲルニカを空爆し
ピカソのあの名作をもたらしている。

日本的には、7月の盧溝橋事件に端を発する中華民国との
日中戦争勃発。件の南京事件もこの年である…。
そんな年に製造されたズマールなのである。

さすがに躯体(っていうのかな?)は、可動式というか、沈胴部分の
イモネジが1本ハズレてるんじゃないか?ってくらい、ガタついてて、
絞り羽も幾分重い…。
メッキも殆ど剥げていて、銅だか真鍮だかの無垢地が露出して、
昔の家の水道の蛇口みたいな風体には、
さすがにこりゃあ年代相応の傷みようだなあ…と、
正直ガックリとウツムキ加減になっていたのだが、
肝心の光学部分は、不思議にも異様にキレイでクモリもなく、
何処かの時代で、何処かの国のどなた様かが、
きちんと再研磨したようでもある。

これは往けるかも….と、小雨模様の土曜日だったが、
雨上がりを待ち切れずに、エイヤッと、出かけてみる。

液晶ファインダーに写る画が、とにかく生々しくて凄まじい!
なにがどう凄まじいのか上手く言えないのが、とても歯痒いけれど、
なにしろ「何だかこりゃスゴいぞ!」と興奮しながら、
写真を撮るのがこんなに楽しいってことを、
久しぶりに思い出した、昭和30年代生まれのオヤジであるのだった。

明日晴れるといいなあ…

おまけ?
SUMMAR001S.jpg



まだバンドマンをしてた頃、ちょっと…というか、
自分的にはかなり痛手な事件があって、結局バンド崩壊の憂き目に遭い、
ついでにあまり軽くはない失恋を同時にしてしまい、
大酒呑んで銀座の友人のところでクダを巻いていたら、
彼もまたプロのスタジオミュージシャンだったが、とってもいい奴で

「このまま帰ったところで、お前考え込んで落ち込むだけだろうから、
今夜は俺んちに泊まってけ」

ってことで、当時は、銀座なのに木造平屋の...彼の実家の屋根裏部屋に
泊まることになるのだが、なんでも、彼の仲間の平沢進氏の新譜が素晴らしすぎる!
と彼は絶賛していて、落ち込む私のことなど気にする様子もなく、
一晩中このアルバムを大音量で何度も繰り返し掛けて
勝手に盛り上がっている。

彼に「騒音大丈夫?」ときくと、
「周囲はみんな夜は無人のビルばかりでOK」とのこと…
なるほどギンザだなやっぱ…?。

私はなんだかケタタマしくも奇っ怪な騒音の悪夢の中で
ひたすら喘ぎ溺れるような一夜を過ごしたおかげで、
不思議と、いつになく爽やかな朝を迎えることが出来たのだ。

彼にはもちろん、何だかわかんないけど、取りあえずありがとね…というと
彼は「そうかそれは良かった。じゃあ昨夜のP-Model、コピーしといたから
持ってけよ!」
「…変なこと思い出しそうだから聴かないかも…」と
口には出さず、心の中で答えた。

ちなみにそれから30年も経った頃、彼に譲ってもらった一眼レフカメラが
私のカメラの事始めになる。

というわけで、妙竹林な思い出の曲
P-Model - シーラカンス

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安い憧れ?

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Ernst Leitz Wetzlar 'Elmar' 9cm/4(1936)

別にどうってことない昭和な感じのモノクローム…。
これが私としては初の、憧れのエルマー=ライカレンズである。

とはいえ…だ。
モノはボロボロのジャンクで、ライカの中でも
最も人気のない9cm(!)で暗めのF4…
つまり元々が安い上に、さらに製造年はウチのババア…いやいや
ウチの母親とほぼ同年代の1936年、すなわち昭和11年製…
ナチス政権下のベルリン五輪が開催された、まさにその年に製造された、
まもなく80歳の後期高齢レンズであるのだ。

ナチス全盛期の、しかも伯林五輪開催のアニバーサリー年…
これは立派なお宝で、もしや骨董的価値?と思えるのだが、
実はこれが、5000円でオツリが来るライカ!?

もはやグッドコンディションであるはずがないとは、容易に推察できる。

案の定、カビ、ホコリに、それらが長い年月掛けて頑固にへばり付いた
薄クモリもあって、明らかに再研磨が必要なヨレヨレ物件だし、
最初はヘリコイド(ピントリング)が固まって全く動かない。
もはやこれまで!またしても「貧乏人の銭失い」を、地でゆくのか?!
「ええいままよ!」と、雑巾を絞るように力を加えたら
「ピキッ」という嫌な音の後、嘘みたいに快適なレスポンスで回り始めた。

まあ、充分に覚悟はしていた経年劣化のオンボロライカを、
それなりに愉しむべ…!
(純正の前後キャップだけで数千円はするはずだし…
 超オンボロだが、本革のケースも付いていたし)

で、結果はどうだろう?

さすがに開放だと、あちこちからいろんな光が入り込んできて
相当にしんどいけれど、絞ればそれなりというか(目盛りが消えてて値が不明!)、
心なしか気品すら感じる写りに、「軽く」興奮し感動したりしている。
(写真はF8〜11くらい??)

柔らかいのに、意外に精緻…。
異様な説得力で、迫ってくる感覚に
不思議な気分で、ちょっとウロタエルのだ。

このままキチンと再研磨 &オーバーホールを
依頼したら、どうなっちゃうんだろか??
いやいや、しばしこの独特な昭和の香り?を、
存分に愉しむことにしよう。

それにしても随分と昭和な、電線びらびらな通りだな!?

ちなみにそろそろもう一個、ジャンクなライカが到着する予定…
全く何やってんだろね?。

カメラ好きでもあるらしい坂崎幸之助氏談...

「何故ライカは良いのか?」
「ライカだから」
「何故ライカは高いのか?」
「ライカだから」



近頃は、相変わらず腹具合も悪いし、体調もいまいちなので、
なんだか聴く音楽も、自然と優しくて柔らかい方向…
というわけでもないが、ジェシ・ウインチェスターをやけに聴いている。

まだ未入手だが、彼のトリビュートアルバムもリリースされていて、
ジェームステイラーやらエルビスコステロ、大御所のアラントゥーサンや、
ジミーバフェット、現行のリトルフィートまで参加のシブい系の豪華版!。

この歌はアラントゥーサンがカバーしているけれど、
これを言っては元も子もないが、やっぱオリジナルが一番良い!。

Jesse Winchester - I Wave Bye Bye

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テレビっ子の行き着く先は...

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Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)

いよいよ冬の準備が始まった。

いつの間にか「アラ還」と呼ばれても一向におかしくない
危険なゾーン(?)に侵入しつつある私であるけれど、
それでもさすがに物心つく以前から、家にはテレビがあった。
無論白黒の、確か「ゼネラル製」。

まだ30代の、秋田駅前の「とある料理屋」の若大将に…

「お前さんのこの店の場所にはなあ、昔は「ゼネラル」って
 電器メーカの直売店があって、ウチの最初のテレビも
 そこで買ったらしいんだな…」

と、オジイはシミジミタラタラと語り始めると、
30代の若大将は、最上級とされる伊勢のウナギを裁きながら

「へえー….で、そのゼネラルって何ですのん?」

と、ウナギのような不思議そうな顔をする。

そうかあ、知らないんだなあ…ウチなんか昭和30年代の三種の神器
すなわち「テレビ、冷蔵庫、洗濯機」のすべてが、その電器屋の
ゼネラル製だったけれど、ゼネラルなんて、今はもう
ほとんど人々に記憶されてないんだな…
シミジミシミジミ...。

ところが調べてみると「ゼネラル」は、1984年に「富士通」と
資本、業務提携を行い、現在も「富士通ゼネラル」として健在で、
きちんとした東証一部上場企業であった。

さて、小学生の中頃になると、今度は「カラーテレビ」の波が押し寄せる。
そのムーブメントは、今は「歴史」として、東京オリンピックの開会式が
カラー放送され、ここで一気に普及したぞ的なことを言われるようだが、
何しろここは秋田県である…。

カラーテレビの波が我が家に辿り着く契機は、それから4年も経った頃…
「仮面の忍者 赤影」...これであるのだ。

赤影、青影、白影…参上!と、しつこいほど連呼されたところで、
我が家のゼネラル製白黒TVでは、単なる「灰、黒、白」でしかない…。

やがて同級生の家にも、隣の家にも、続々と、その「色」を
存分に愉しめるカラーTVが配備され始め、私は侘しさに半泣きしながら、
灰色の「赤影参上!」を、睨みつけるように観るしかないのだ。

それでも当時最も熱中した「サンダーバード」も「タイムトンネル」も
無論白黒で観ていたし、それが再放送の段階のどこかで
カラー放送に触れたとしても、その感動の度合いに
色の有る無しはあまり関係ないようで、
白黒放送でも、サンダーバード2号はモスグリーンで、3号は赤、
4号は黄色..と、しっかり見えていたから、
イマジネーションの力って、結構強力だと思う。

ウルトラマンは白黒で、もしかするとセブンはカラーで観ていたかもしれないが、
熱狂したのは元々が白黒放送のウルトラQだったり、
案外、やけに光沢ある灰色のウルトラマンであったようにも思う。
まあ何れにしてもTBSのネットワークが未だに存在しないわが故郷であるから、
他県よりは相当遅れて、この「ウルトラシリーズ」を観ているわけだがね。

そういえばデジタル着色版のウルトラQの放送も何年か前に観たし、
DVDでも揃えたけれど、結局普段観るのは断然オリジナルの白黒版の方。

少し話はそれるが、ビートルズも初期4作(アルバム)のステレオ版は
未だに馴染めず、これがオリジナルのモノラル盤だとやけに落ち着く…
これだよこれこれ、このグルーヴ感!…。

うーむ、やはりそろそろ赤いチャンチャンコの「アラ還」近し…
ヤバいな。



Beatles 1の新装版が11月には発売されるらしいが、
元々、2000年の暮に出た同名CDの企画自体に、一向に興味がない私ではあるけれど、
今回は、200分にも及ぶ「プロモやライヴ映像」の数々が、
一気にリストアされて流通するのは、とても有り難いことだと思う。

私はストレートに(ちゃんと)演奏してるシーンがやっぱり好きだから
これとか、宇宙中継の「愛こそはすべて」、さらには映画「レットイットビー」
での映像辺りが、最も再生回数が多いのかなって思う。

ちなみに全くの偶然ながら、この曲のリリースと、私の家にカラーテレビがきたのが、
全く同じ年(1968)!

そんなわけで(糸井五郎調?)ブーンブーンブーン...みんな大好きヘイジュード、
そのカップリングの!あえて日本語ならB面曲…あなたも大好き私も大好きビートルズ、
レヴォリューション…♫あうーんしゅびどぅわ!


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かかと落としのトラウマ

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Carl Zeiss Jena 'Pancolor' 1.8/50 (Early-1970's Zebra)

小学生….足ながっ!

デヴィッドボウイの「世界を売った男」っていうアルバムジャケットが、
こんな風な「ハイキック!?」…「かかと落とし?」だったなあ…。

bowie.jpg

そういや、この「世界を売った男 (The Man Who Sold The World)」。
何も知らない健気な中学生だった私には、暗くて地味で、
せっかく一大決心の末、EL&P「トリロジー」も、YESの「危機」さえも
いったんペンディングして、割り込み的に購入した初ボウイとなる記念すべき
アルバムなのに、あまりにもツマラナクて、
とても後悔したものだなあと、妙なことを思い出した。

まあ今にして思えば、女房役ともいえるミック・ロンソンの異様な
奮闘とかあって、まあまあそれなりに面白い作品ではあるけれど、
なにしろロック界は、歴史的名盤が目白押しのこの1972年という年にあって、
回り道をしているいとまなどない…マバタキしている間に名盤がすりりと
通り過ぎてしまう…そんな刹那な時代でもあったように思う。

そして何よりも「LPを買う事」それ自体が中学生には大変な事で、
昼の弁当代を浮かし、バス代を浮かし、塾に行くバスも1時間の
道のりを歩き、商売している親戚の家にもマメに通って手伝いしたりで、
コツコツ貯めたアルバム代2000円...無駄に出来るはずがないのだ。

そして、懲りずに今度こそ!と購入してしまった次作の「ハンキードリー
…うーむ、人生は厳しい!…私の人生はいつもこんなもの…であるのだ。

そういうわけでその「恐怖のトラウマ」のこの2作に入ってる中で
唯一、ちょっとだけ好きで、救いでもあったこの曲を、本日は…。

ただし当時の歌声を受け入れるには、メンタル的に弱い私には未だ過酷なので、
デヴィッドボウイ=55歳時点での、このパフォーマンスで…。
David Bowie - Changes(2002)


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妖しの森はまだヤケきらず

angenieux.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(1949)

「ジョンレノンって、エキザクタにアンジェニューつけて
 撮ってたんだってさ!」

ある日,そんな噂を耳にしてしまった私が、
このフランス製の古いレンズに興味を持たない道理など
あろうはずがなく、いかにもジョンレノンが好む感じの、
ちょっとクセの強い個性的な写り…と聴くや、
もう居ても立ってもいられず、これはもう入手する他ないだろう!

そんな感じになったのだが,いざ調べてみると、

これがなかなかの価格帯…。

哀しいかな、今やプチリタイヤ中の侘しくもシガナイ身の上、
全く手も足も出ない高価格帯に、ここは私ゴトキなど素直に諦めるのが
まさしく世の中に対する正しい作法で礼儀というものだろう!?
(別になんら公的扶助も受けてないですがね…)
そう思って、今は見果てぬ夢,諦めようとしたまさにその時...

まるで神様の思し召しのように、あり得ないほど安価の
アンジェニューが私の眼前に現れて、もう即決で購入。

全体にフレアを纏った感じの、それが麗しの滲みとなって
独特の柔らかさとなるのが、このアンジェニューの特徴。
背景部分の「ニジミボケ?」も独特の風合いで美しい(と思う...)。

現代の国産レンズとは全く思想が異なる画風だから、この辺りで
好き嫌いが分かれるらしい。現代レンズの高コントラストでシャープな
画風に慣れた眼には…

「しゃきっとせんかい!しゃきっと!!」

そう感じるらしい。

しかし、それはモネやドガやルノワールに「もっときりっとせんか!」って
言うのと同じような気がするのだが(笑)…。

ポールやジョージやリンゴが、来日の折に「朝日ペンタックス」
の当時の最新型カメラを手に入れて悦に入ってる、
長谷部宏か浅井慎平かウイテカー辺りが撮った
そんなビートルズのモノクロスナップを数多く見かけるけれど、
ジョンだけは、頑固にアンジェニュー付きエキザクタ(Exakta)を、
大事そうに抱えていたんだろうなと思うと、
なんだか心が震える私なのだ。

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同じような状況で撮った、こちらは東独ツアイスのフレクトゴン(奇しくもExakta用!)…。

ピントの部分はシャキッとして、いかにも頑固一徹なドイツだぜ!
って感じなのに、背景の玉ボケ辺りはいきなり妖しの森…。
これはこれで大好きな世界観でもある。

DSC06466.jpg
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (2nd Edition-1964)

さてイチョウの葉はまだ黄緑色なのが目立ち、
モミジに至っては、未だ青々としている。飛車角というか、
明らかに主役達がこんな調子では,まだまだ紅葉狩り!なんて
状態にはとても至ってない。もう2週間くらい先が、我らが
千秋公園(秋田市)では見頃かなって感じである。



スタックリッジ(STACKRIDGE)である。

70年代は「田園のビートルズ」とか「田舎のビートルズ」と言われてたかなあ??
我々はプログレだと思って難しい顔して聴いてたけれど、フォークとか
トラディショナル方面の切り口から入り込んできたスタックリッジファンもいて、
そうなると、もはや音楽のジャンル分けって一体なんだろうって思ったりしたものだ。

1977年に解散して,「コーギス」なるバンドに一度は生まれ変わっていたのだが、
2000年頃から断続的に「スタックリッジ」として再結成していて,
しかも今般めでたく「初来日決定!」なのだそう…ああ行きたいなあ!。

確か「山高帽の男」っていう邦題が付いてたお気に入りのアルバムから...
Stackridge - Pinafore Days

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国防ヒッピー?

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Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)

いつの時代でも、なかなか俄に信じてもらえないのだが、
その昔、私はオフザケでも何でもなく「防衛大学校」を受験し、
そしてもちろん…無惨に落っこちている。

同級生の父上が陸上自衛隊に勤務していて、

「受験料タダだし、ウチの息子と一緒に軽い気持ちでどよ?!」

という事だったが、実はこうも付け加えられた。

「そのヒッピーみたいな髪はきちんと刈って行った方がいいな…」

結局、髪を刈る事もなく、「傾向と対策」も皆無な状態の中、
生まれて初めて、試験場となる秋田の自衛隊駐屯地に入った。

前庭に零戦型の、おそらく先の大戦末期の練習機が展示してあって、
今ならさしずめ手を触れる事さえ憚られる繊細な展示物なのだろうが、
そのときは確か日曜日、前庭を市民に開放し、
ヘリコプターの体験飛行かなにかで随分賑わっていた。

驚いた事に、蝋引きの紙を重ねて張っただけの、かなり弱々しい
零戦の機体(実際の仕様らしい!)…いやいや、見事なほどに徹底した
軽量化設計のコックピットには、近所の子供らが土足で乗り込み、
操縦桿を取り合っては、方向舵をガシャガシャと揺すり、
機銃掃射ボタンを乱暴に叩きながら遊んでいた。

昔の自転車のブレーキや変則システムのような、シンプル過ぎて、
その仕組みが良く把握できるペダル式のフラップも、雑に踏みつけ、
涙が出そうなほど刹那的にスリム化された主翼は、
ギシギシと音を立て、今にもバラバラになりそうに揺れている。

こんなで良いのか?零戦だぞ!…
特攻ではこんな練習機まで集めて、敵船めがけ飛ばしてたんだぞ!
少しは敬意を払うよう、誰も教えないのか!?

そう眉をしかめながら、髪の毛が肩まで垂れた不埒な
高3生の私ではあるが(2次試験の面接までに切りゃあいいや!)、
もうすでに心の中はイッパシの軍国少年、
国防男子なのであった。

確か主要5科目の試験を、1日で済ませる日程だったと記憶している。

試験問題は、間違いなく受験した中では際立って難しかった。
特に英語の読解力の用例文は、何かの国際条約のような難解さ。
私は英語自体は得意科目なのだが、解答表現に相当の国語力と
社会性を必要とする感じの、こりゃあとてもじゃないが、
オイラのパッパラパーの粗雑なオツムじゃあ突破は無理だな!
情けないが、そう確信した次第。

数学も、何せ傾向と対策が不明だから、数Ⅰ?ⅡB? Ⅲ? 等の
出題範囲もわからぬまま、ぶっつけ本番…
結局、出題は全くノーマークの数Ⅲだった(らしい)。

一応、試験前の数日間はこれでも、全寮生活とか、訓練や
作戦行動、さらに学生なのにお給金を戴けるとか、やっぱり卒業したら
義務ではないとするものの、一度くらいは、自衛隊勤務となるんだろうなあ…
日本の防衛はどうなんだろうか…。

そんな事を妄想的に考えてはいたのだが、
それら一切合切が、もはやコッパミジンに、跡形なく崩れ去るのだった。

「総員玉砕せんとす…」
自分の人生ではとても特異といえる国防少年たるとても短い期間…は、
難解な英文と、意味さえわからん数式の前に、
あっけなくなく砕け散ったのだった。



国防とは関連ないけど、高校生の時に、近所の大学の購買部的に
古本+古レコードを販売/買取する店があって、今は随分立派な出版社になって
地元史などを編纂し発行している様子だが、そこで私はこのレコードに出会った。

もちろんBrigitte Fontaine…誰?なんて読むの?って感じだったと思うが、
何しろジャケットにちょっとだけ魅せられてしまったのだ。

とりわけ美人でもないのに、なんとシャレオツ!?そう感じたんだと思う。
まだ、この時コラボしていた「アート・アンサンブル・オブ・シカゴ」のことも
知らないし、フランスのロック&ポップス、もちろんJazz事情など
知る由もないのだが、このアルバムを聴いて、イメージするのが
なぜだかベージュ色っぽい「アフリカの地図…」。

「そういえばフランスって意外とアフリカが近いんだな…」

高校生のときに感じたこのイメージは実は今も変わらず、その後数回、仕事ながら
パリにも出かけるのだが、ずーっと、ここはアフリカが近い…影響は隠せない。
色彩もファッションも実はアフリカの影響下にある…。
そうやって物事を見ると、なんとなく難解な街「パリ」の神髄を
あっさりと読み解ける気がするのだった。

ブリジットフォンテーヌ - ラジオのように

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天敵!

Ilford Delta™ 400_DxOFP
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (2nd Edition-1964)

腹具合は相変わらず芳しくない。
とはいえ、便秘でもないしクダしてるわけでもないから、
ノタウチマワルほどの苦しみではないのだが、
ジワジワザワザワとした違和感で不快度85%といったところだ。

このごろ少々癪だけど、ラグビーが面白い。
いや、元々ラグビーは好きなんだが、何せサッカーをやってた人間には
ラグビーは近親憎悪的に憎い存在であり続けた(お互い様だとは思う)。

高校のときは、ラグビー部が占有していた校庭の、
ゴール裏のほんの一角で良いから、我々新参者のサッカー同好会にも
使わせて欲しいと申し入れたが、OBのラグビーコーチ(教師)に
あけすけに阻まれた。

「俺の目の黒いうちはサッカーなんか絶対認めない」

「神聖な我々のグランドに、丸い不浄の玉など絶対に入れさせない」

「サッカーなんて女子供の鞠遊びだろ!」

「ラグビーは王家や貴族のスポーツ、サッカーは労働階級=下賎のスポーツ!」

様々な提案や、要求のすべてに横槍を入れられ、部室は荒らされ、
やっと得た予算で購入したボールはことごとくカッターで破かれた。
部員を捕まえ質したら、「コーチに命令されて仕方なく...!」

臨時採用とはいえ、いやしくも教師だろ!...

現在の彼は、地元ラグビー界の名伯楽で名士ということだ…いやはや。

そして最後は部員の切り崩し。
足の速い者、身体のデカい者が、執拗に狙われ、彼らの教室や自宅まで
部員がストーカー的に現れ、囲まれては、ほぼ暴力的に勧誘され、
根負けしてラグビー部に入部した者も数名いるが、
案の定「飼い殺し」…。

私もさすがに、一年生とはいえ怒り心頭で、そのコーチに詰め寄って、

「勧誘するなら自分を勧誘してみろ!」

と言い放つが、コーチ曰く

「オマエを勧誘したらホントにサッカー部潰れちゃうだろ…
 それだと俺が悪者にされてしまう…だからおめえは駄目だ」

そんなことの連続だから、すっかりラグビーを憎いと思うようになった。
何が紳士だ!嫉妬心の強い野蛮人じゃないか!…心底そう思った。

全くの偶然だが、その後、進学したところも、よりによって
ラグビーの伝統校…あちゃー…なのである。

伝統の一戦?とやらで秩父宮ラグビー場に強制的に招集される。

電子工学概論の授業をつぶして応援に行くわけだから、
当然出欠を取り、エスケープはすなわち電子工学概論をエスケープした
という事実として記録される!と、ここでまた「脅される」のだ。
気がつけば、相手校の、やたら執拗に大学名を連呼する形の校歌を
ブツブツ呟きながら、無意識に相手校を応援する自分がいたりする。

後年、取引先の社長さんだったかな?、昔ラグビーをやっていた
という方と話をしていると、彼の口からサッカーに対する「怨み言」が
出るは出るは…

「ホントにね、サッカーが憎い!」
「あんなもの、滅びてしまえばいいのに...」。

まるでどこかの国々と日本みたいね。

なにかの時点でのボタンの掛け違えって気がするんだけど、
その根っこは意外と深くて暗いんだな...。



上京してしばらくは、ライブハウスというのにハマって、
もっぱら山下達郎さんの追っ掛けみたいなことをしていた時期がある。

ちょうどソロ1作目の「サーカスタウン」ってのがあって、
そろそろ第2作「SPACY」ってのが出るぞって時代。
達郎さんは…まだ雑居ビルの地下室のライブハウスに籠って唄っていた。
下北沢ロフトが一番多かったかな…。

髪の毛が胸まで伸びていて、いつも煙草をくわえ、不機嫌そうな
坂本教授のエレピに、やたら元気なポンタさんのドラム、
名人=大仏さんのベースに、土岐さんのSaxって言う陣容(たまに山岸潤史G)で、
さあ、1stアルバム&間もなく出る2ndアルバムの曲をやるのかあ!っていうと、
さにあらずで、終始一貫ローラニーロとかヤングラスカルズ周辺のR&B曲とか
ビーチボーイズなんか…もう完全に趣味な音楽の世界。
それはそれで私は楽しかったんだがね…
こんな曲も、少しはそんな地下室時代に聴いてみたかったな…。
山下達郎 ー 夏の陽


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人生の岐路はいつも後でわかる

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Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (1973)

ウララカな秋の日の大学祭…である。

子供の頃からあまりにも身近すぎて、それが故に
「ここに入ろう!」という、当たり前すぎる選択肢を
遂に持てなかったのは、果たして若気の至りだったのか?
今でも悩ましいところなのである。

親たちは、何しろ実家からも近いし、
金も殆ど掛からないから(それが一番でしょ、やっぱ!)、
ここを出て英語の教師にでもなれれば上々…。
そんな風に考えていたらしいが、肝心の息子はドッコイショ(?)で、
何しろ「都会」に出ることが最優先で、それしか頭になく、
それでも親には「卒業したらすぐに戻ってくるから…」
って約束もどこ吹く風、結局、とんだポンコツ野郎と成り果て、
故郷に帰還するまでに、なんと35年も費やすことになってしまうのだった。

小・中学時代は、ここの大学グランドが、あらゆる意味で我々の
ホームグランド。

もう血と汗と涙、悦び、哀しみ、悔しさ、怨み、嫉み…
私の激しく上下動する感情のすべてが、このグランドに染み付いている!
おりゃあ!…ひさしぶりにひとっ走りでもしたろうか…と思ったが、
今や鉄条網を張り巡らし、関係者以外立入禁止…
なんか世知辛い時代になったもんだ。

ちなみに私とイチバン年が近い叔父が、当時ここの「鉱山学部」の
「採掘」だか「掘削」だか忘れたが、いずれにせよ
「地下に掘り進む学科!?」の学生で、一応石油会社の技術者を目指し、
海底油田の掘削船に乗務するアルバイトなどしていた時期もあるが、
何しろ時代が時代だから、捩った日本手拭いをあごに充てたヘルメットを被り、
仲間とスクラムを組み、違法なジグザグ行進のデモ隊列なんぞに
参加するゼンガクレンにいたらしい。

デモが終わると、汗臭いまんま私の家にきて、何故だか一番風呂に浸かり、
母から千円(!)の小遣いをせしめて、仲間と安酒場に繰り出すような
そんな自堕落な学生生活をしていたらしい。

そんな叔父も、数年前に癌で亡くなったが、そろそろ私がその叔父の年齢を
追い越そうとしている…なにか複雑な気分だな。

高校生になると、一時期だが、この大学の軽音楽研究会やら
新聞研究会の部室に入り浸るようになった。

そこで楽器を教えてもらったり、聴いたことがないような
ヘンテコなレコードをムサボるように聴いたり、
ギター弾きは大勢いるから、ベースやドラムを覚えて、
大学生バンドのサポートなんかもやった。

同時にロック&ジャズ専門のミニコミ=今でいう同人誌?を
高校の同級生たちと、編集、出版、販売をしていたけれど、
最初はフリーペーパーだったのを、
結局「100円/部」で販売する段になって、
高校生では対応し切れない諸々の問題が表出し、
仕方がないので、編集/運営権とか諸々を大学生側に引き渡すことになって、
それでも相変わらず我々高校生は、全くの無償で原稿を書いたり、
地元ミュージシャンやDJに寄稿を依頼したり、販路拡大営業活動!…。

そもそも発起人なのに、気がつけば最底辺の下働き…。
まあ私の場合は、だいたい人生いつもそんなものだったなあ…。

周りはみんな「オマエは当然ここの大学を受験するんだろ?」
って思っていたらしいが、

ふざけんじゃないよう!
オイラこんな田舎にゃ収まんないかんねえ!…。

今思えば、わざわざツラい、茨の道を、そのとき選択してしまったわけだ。

さて、そうしたわけでここの学校を訪れると、いつものことながら、
禁断の”もしも”の妄想にいやが応にも没入してしまう。

もしもこの大学に入学していたら…?。
取りあえず相変わらず実家生活継続…。
世界観は相当に縮んで小さくなって、でもでも、それって案外、
とても幸福なこと何じゃないだろうか?

地元の一生の友達もたくさん出来たろうし、 
全く厄介なだけの波瀾万丈も、屈辱的な辛酸を舐めることもなかっただろう…。

ヨロコビも半分ながら、悲しみ苦しみ悔しさも半分…。
そういうことを世の中では「安定」と呼ぶのだろうか?

さてさて、どうなんだろうかね…。

viet.jpg
”とにかく明るい”ベトナム人留学生達の模擬店!。
ベトナム料理大好き!...だけどオジさんは腹が痛い…ザンネン!。
取りあえずピントも全然駄目…まあ気にしないでいこう!
ベトナムのみんなもそう言ってる気がする!



つい最近のような気もするが、実にあれからもう20年も経ってしまった。
なぜか我が家は一家総出で彼を応援し、その「神の歌声」を
心から慕っていた。

彼とはジェフバックリー

最初で最後の大感動の来日公演を終え、しばらくして、
彼の突然の訃報に触れたとき、我が家の面々は一瞬凍り付くが、
皆口々に(まだ小学生の娘までも)

「なんだかそんなことになるような気がしてたよ…」

「あの人は神様に好かれちゃったから、天に召されたんだよ」

「パパは彼のライブで天使が舞い降りるのを観たって言ったでしょ(本当)
 そのときから、この人はすぐに召される人だと思ってた」

そんな感じで、妙に皆、彼の死をすんなり受け入れたことに、
とても驚いたものだ。

昔の音楽仲間がSONYレコードの買い付け担当のときに、NYで見つけた
シンガーがホントにスゴい!魂が抜かれるみたいにスゴい!って珍しく
興奮して私に語るので、最初に出たミニライブCDを聴いてみたら、
確かに魂をすっかり抜かれて、しばし呆然…という感じで、
彼に夢中になるのだが、デビューアルバム1枚きりで、
あまりにもあっさりと逝ってしまった。

と、いうわけで、デビュー前の、いつものカフェ(Sin-e)での
彼の、エレキ1本、たった一人だけのライブを、SONYのスタッフが
生録したものを、テスト的に4曲入りシングルCD化した中から、今日は2曲。

尚、このシングルCDは彼の死後、めでたく全長版(?)
CD2枚組+DVDボーナス映像付きで発売された。

まずは、エディット・ピアフのカバー…すなわちシャンソンをやらかしている。
もちろんまだまだ粗削りだが、その類希なしなやかさを感じ取れると思う。
Jeff Buckley - Je N' en Connais La Fin


そして壮絶すぎるヴァン・モリソンの超難解曲を…。
歌も神懸かりだが、ギターも無茶苦茶うまい。和声を知り抜いてる!。
Jeff Buckley - The Way Young Lovers Do(Live At Sin-é: Legacy Edition[1993])

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ズレてヨロメク美学もあるのだ

05.jpg
P.Angenieux Paris 'Anastigmat' 2.9/45(1949)

数日前から腹具合が悪い。

きりきり痛むわけでも、ひどい下痢や嘔吐に苦しむほどでもなく、
昔から頻繁に苦しめられてる膨満感と焼けるようなムカツキ。
実は特効薬を知っているのだが、それを服用すると、今度は
ひどい便秘に苦しむのを知っているから、なんとか飲まないで
自然治癒するのを待つのみ。

家に居ても気も紛れず、鈍痛に悶絶するだけなので、
出掛けてみることにした。

そういえば、公園の紅葉はどんな具合なのだろうか…?

ところが、やや性急に色づく葉もあるのだが、
まだまだお召替え途中の準備中といった風情…
なんだまだまだじゃんか…。

途中を覗き見するのも気がひけるので、写真を撮るのは遠慮した。
「準備オッケー、さあどうぞ!」って木の精の声が聞こえたら
心置きなく撮らせてもらうぞ!

そんな感じで、また腹が痛くなってきた。

取りあえずなんか撮ろうか…。

撮ってる間は腹痛も頭痛もすっかり忘れるのを知ってるから…。

本日のミラーレスカメラには、古いアンジェニュー45mmを装填。
取り替え用のレンズは持参せず、アンジェニュー1本勝負!。
こいつを取り付けて外出するときはいつもそう…。
とことん、ボンヤリした世界観と覚悟を決めて付き合いきるためだ。

このアンジェニューというフランス製のレンズ、
製造番号から類推すれば1949年製。昭和でいえば24年である。

もちろん現代レンズのような精緻さを望むのは、
とんだお門違いとしても、こうしてあらためて写真を眺めてみると、
「数値」では計り切れないクセとか、ズレみたいなものが、
たまらない魅力となっていて、一部好き者にはその
「柔らかさ」が絶大な人気を博してる様子で、
私が所有してる個体は、そんな大逸れて価値のあるものではないけれど、
アンジェニューには普通に数百万円なんて価格の個体がザラにある。

あまりに高価すぎるとまるで別世界…、なにがどうスゴいのか?、
一生に一度で良いからそうした薫香のレンズで、いつもの「秋田」を
撮ってみたいものであるなあ。

もう一枚…こちらの方がアンジェニューっぽいかもしれない。
絶妙なハロとか無重力感がいい感じで、ちょっと印象派的でもある…。
全体的に湿気を多く感じる、亜熱帯みたいな感覚も
アンジェニューの特徴だが、これが果たして長所なのか短所なのか
好みが分かれるところだろうと思うが、そうした部分が意外と肝で、
分かれるからこそ「価値がある…」ということなんだろうと思う。

008.jpg

「みんなが好き」では、すぐに飽きられてそれで終わり。

それにしても、相変わらず腹が痛いな…。



最初は、有り体なパンクバンドの一つだと思っていた。
一応断っておくが、有り体なパンクバンドなど、一切存在しないのだが、
なにはともあれ、そろそろハタチになるぞおって頃のアサハカな自分は、
そう思い込み、そうした先入観で、やや斜に構えつつ、このXTCなる
新人パンクバンド?の、しかも今更な2作目のアルバムを聴いて
オッタマゲテしまい、あろうことか瞬殺で奴らの大ファンになってしまうのだ。

中でも一番驚いたのが、チープ過ぎるオルガン使いの見事さ、カッコヨサ!
結局バリーアンドリュースという天才的なオルガンプレーヤーは
このアルバムを最後にあのキングクリムゾンのロバートフリップ翁のプロジェクト
「League Of Gentlemen」に引き抜かれてしまうのだが、まあ引き抜いた
フリップの着眼点もさすがであるが、天才に去られ窮地と思われたXTCも
ドッコイ大したタマ!多少の路線変更を伴いながらも、やはり新進気鋭の
スティーヴリリィホワイトをプロデューサに起用して、見事な発展を遂げ、
まさに「最先端」として80年代の英国音楽シーンを牽引するのだ。

まさに群雄割拠のビジネスパンクなツワモノどもの、才能が一気に開花する
オルタネイティヴな1980年代はもうすぐそこ…!
そんな騒々しい時代だったな。
XTC - Beatown


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JUNKにご用心

674.jpg
Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (1973)

逆光シリーズ?
普段は優等生的な平穏表現のプラナーも、逆光になると
何やらタダゴトではない不穏な画になるのが、とても面白い。

PCが…いやいやiMacが、ほんの少し(2年半ほど)新しくなった。
ほんの少しというのは、例によって中古品の、ほぼジャンク
当然動作未保証っていう、厄介なものをウルトラ格安で購入した。
(チェーン店の居酒屋で、ビール2本+ハイボール2杯、
 お刺身5品盛り合せ+イカの丸焼き…そのくらい?)

到着した本体にはキーボードもマウスも、電源コードすら付いてない。

とにもかくにも電源をつなぎ、元からある諸々をつないで起動してみると、
案の定、電源は入るが起動途中でエラーメッセージが陰気な感じで表示された。
とりあえず通電すること、HDDもRAMも状態は不明だが取り外されず
内蔵されていることなどがわかったので、手持ちのOS/DVDディスクを入れ、
Cキーを押しながらディスクから再起動させると、あっさりと立ち上がった。
ディスクドライヴも問題なしと…。

すぐにHDDをチェックする。システムエラーは大量にあるものの、
ハード的な問題はないようで、フォーマットすれば問題なしと判断。
昔と違って初期化(1TB)は一瞬で終了。

この時点で、仮にマック本体は駄目でも、1TB-HDDを格安で手に入れた
と思えば、少し得したかな??というので、強引に安堵。

OSのインストールとTime Machineからバックアップを移植したら、
(途中トラブルもあったが、)ほんの2時間ほどで、システムは、
全く昨晩使っていたそのままの状態で復活した
(昨日撮った写真もちゃんとバックアップされている…!)。

無論、昨晩までの、すぐにフリーズするあの忌々しいトラブルは
一切なく、快調そのもの!!。

本当はHDD取り替え、メモリ載せ替え、場合によってはVIDEOボードも
交換かなあ…ロジックボード不良(それだけで交換6万!)ならお手上げだなあ…
なんてことを想定しつつ、ネットでチェックした分解手順を頭に叩き込み、
トルクドライバーとか、磁石でくっついてるだけの液晶をカバーする
ガラス板を外す吸盤等々、特殊な工具も完璧に用意していたのに、
何だか肩すかしである…。

そういうわけで、全く昨日までの環境を、そのまま快調に
しかもやや明るく、軽快なスピードで再現できてるだけだが、
それでもキーボードやマウスは、古いのを使い回してるだけだから、
「Yeah!、新しいマシン気分良いぜ!」っていう多少たりとも
「ハイ!」な感じが全然なくて、極めて日常的。

まあ所詮、運がよかっただけに過ぎないのだが、
結局は使った金額分しか「ヨロコビ」を感じないもの
なのかもしれぬなあ、こういうものは…
なんて自嘲してみたりするのだった。



子供の頃は、近所に「金座街」っていう、大層賑やかな
駅前商店街があって、狭い通り道のあちこちに仕込んだスピーカーから、
今では考えられないほど、ケタタマしい音量で、店の広告宣伝やら
当時の流行音楽が、「番組?」的に大した音量で掛かるのだが、
毎日、学校の行き帰りに使っていたから、自然に当時流行の歌を
鼻歌で覚えてしまうのだ。

フランスギャルの「夢見るシャンソン人形」だったり、
トムジョーンズの、やたらクセの強い唄い方の「思い出のグリーングラス」。
ビートルズ来日の頃だったかは、「恋を抱きしめよう」と「デイトリッパー」が
やたらヘビーローテで掛かってたのを覚えていたり
(当時の最新曲はペイパーバックライターのはずだが…?)、
ジェファーソンエアプレーンの「あなただけを」やフィフスディメンションを、
よく真似して「ひらがな」で唄ってたように思う。

「♫どんちゅんおっさんらりるらー、にいさんらりるらー」
「♪おおおおおありあーよ、おば、おば、ばばー...」

そんな中で、何やらランドセルの少年は、ある日とても淫靡な世界に
誘なわれるような、大人の音楽というのに出会ってしまう。

当時まだ高校生だった叔父に「これなあに?」と恥を忍んで訊いたら、
バートバカラックっていう巨匠が作った歌でダスティなんとかっていう
小学生には覚えられない長い名前の歌手のヒット曲で、ちょうど今、
川の向こうのピカデリーって映画館でやってるOO7映画(カジノロワイヤル)
の挿入歌…俺もまだ観てないから、一緒に行くか!ということになって、
映像がまた小学生には刺激的だったけれど、この歌は何故だかわからないけど
ホントに好きだったなあ。まあそういうわけで、私にはOO7と言えば、
ショーンコネリーでもロジャーなんとかでもなく、
いまだ断然、この「Casino Royale」であったりする。

ちなみにバンドマンをやってる頃、これがローカルな表現なのか、
業界全体に共通してるかは不明だが、ジャズ歌手さんの伴奏などする中で
余計なオカズ(オブリガート)を一切入れては駄目だよ!っていう
慣用句が「オモカゲでよろしく…」と言われていた。
なるほど…である。

ダスティ・スプリングフィールドThe Look Of Love(恋の面影)


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みんなで一緒にコンコンコン

高砂狐1_DxOFP
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (2nd Edition-1964)

秋田市通町商店街の招福狐の行列…。

「♫商売繁盛コンコンコン…家内安全コンコンコン…」

由緒正しき「お稲荷さん」の、有り難い「願掛け」なのである。

お稚児衣装の子狐から、裃狐・色もの狐などの扮装で商店街を
練り歩く…。行列参加は自由らしく、参加費を支払うと、
美大学生による狐メイクや衣装などが借りられるのだそうで、
ありがちな、地元住民や関係有志だけが手前勝手に盛り上がる祭り…
というものではなく、開かれた感じのノンビリとした空気感が、
なかなか心地良い、土曜の午後のささやかな縁日行事であるのだ。

フリー参加だから、特別な演出や、変わった出し物があるわけじゃあない。
ただ練り歩いて、コンコンコンとシンプルすぎる踊りを舞い、
商店街の店先のあちこちで「商売繁盛家内安全」の願をかける。
お稚児さんはひたすら沿道の見物人や通行人に「幸福の稲穂」を配る
…それだけ。

とても良い、スゴく良い…
皆等しく愉しんで、皆等しく祈ろう…
その気高い精神性が好き。

まあそんなこと言うと、またサヨクのとんちんかんなスパイ野郎って...
意味わからんレッテルべったり貼られちゃうかな…?。

 サービスショット??…ピントが…
794_DxOFP.jpg

今回も、ホントはフレクトゴンに偏らないように様々なレンズを
持参して、取っ替え引っ替え使ってるんだけど、
結局画質がどうの…ということではなく、
フレクトゴンの35mm(ウチのカメラのセンサーでは53mm相当になる)
の画角が一番使いやすくて、構図の適度な隙間感も好みだし、
いざとなったら18cmまで寄れるど!ってメリットも大きい上に、
なによりピント部分がきりっとしていて合わせやすくて、
「動きもの」なんかには、とても重宝する。

そういうわけで、なにげにこのフレクトゴンが最も使用頻度の高い
「標準レンズ」ってことになってるようなのだ。

描画の質だけなら、アンジェニューとかシュナイダークロイツナッハの
絵画的なモヤモヤ感が好きなんだけど、画角がいまいちしっくりこない…。
ああ、フルサイズ機(A7系しか選択肢ないけど)が欲しいなあ…なんてね。



さてその名も「DIRTY MAC」の登場。
久しぶりに観たなあ、この映像。
まあバンド名の意味するところは別として…みんなそれぞれ悲喜交々、
事情ある時代の貴重なショットではある。

ブルース・ジョン!は、ちょうどホワイトアルバムが発売されたばかりの
時期で、この曲、バンドこそ大きく異なるが、ギタリスト二人はレコードと同じ!
首尾よく新曲披露にもなっている。そしてこの翌月には、
ゲットバックセッションとその映画撮影がいよいよ始まる時節である。

クラプトンはクリームの解散ツアーを終えたばかりで、
さてこれからどうしようか?
ジョンレノンからは、プラスチック・オノ・バンドに誘われてるけど、
もしかしたらビートルズ本隊に加入?って目もないわけじゃあないみたい...。
ストーンズからも、この番組収録直後に解雇されることになる
ブライアンジョーンズの後釜にというオファーを間もなく受けるが、
ビートルズ加入もちらつくクラプトンに、ストーンズ加入の目は
さすがになかったのだろう。
まあ結局どちらもナシで、Sウィンウッドと話し合って、
ブラインドフェイス結成ってことになるけど
な~んだ全然面白くないじゃんか!って、逃げるように渡米して
デラボニ周辺を彷徨しつつ、酒と麻薬に溺れる自堕落な生活を過ごすのだ。

キースリチャーズは…?とりあえず、私が彼らの存在を認識したのは
この少し後で、小5か小6になっていたけれど、まだその頃は
ジョージハリスンとクラプトンとキースリチャードのルックスが似すぎていて、
区別が上手く付けられなかった頃だ。
まあ、そもそも青い目の外人さんなんて、秋田の田舎じゃあ実物をほとんど
見かけることはなかったから、それを見分けろって方が無理難題かも。

ミッチミッチェル? 取りあえず、このセッションの前後にマイルスに呼ばれて
ビッチズブリューのセッションというか、オーディションに参加したらしいけど、
テストのみで終了…残念!。

というわけでDIRTY MAC - Yer Blues!  ブルーース・ジョン!!


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とりあえず安堵...

ざわつき
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (2nd Edition-1964)

シーズン最期のコスモス乱れ咲き。

花そのものより、周囲の呑めや唄えの馬鹿騒ぎにも似た
仰々しくざわついた風情が好き。

これで今年の野花も終わり…まあ存分に楽しんでくれ!
そんな感じなのが、ちょっと寂しい…。


2018FIFAワールドカップ・ロシア大会のアジア2次予選がたけなわ。

昨夜のシリア戦も、もし落とすか引き分けでも実質1位通過は絶望となり、
なんとか残り4戦、すべて大量得点で全勝しても2位の上位に滑り込んで
3次予選に通過…それも不確定という状況に陥りかねない大変な状況だった…
何より勝って本当に良かった!。

意外と知らないヒトが多いみたいだけれど、
このワールドカップアジア予選に出場する国と地域、
なんと46ある。

昨夜の対戦相手、シリアも東ティモールも、イランもイラクもアフガンも
バングラデシュもパキスタンもインドも、北朝鮮も出場してるし、
中国、台湾、香港、マカオ等別々の地域として出場するが、ウイグルは
出場しない…。

そのうちアジアに割り振られた本大会出場枠は4,25...。
(=アジア5位、南米5位、北中米4位、オセアニア1位が大陸間プレーオフを
 行い、優勝チームに最後の1枚の本戦出場権)

日本、イラン、オーストラリア、韓国の実力はその中でも
頭一つ飛び抜けているが、アジアにはそのような強国をも震え上がらせる、

「引き分け狙いの徹底防御の罠」

という策がある。

攻撃を仕掛けるから守りが散けて失点する。
ならば攻撃を放棄して、ひたすら自陣でゴール周辺を徹底的に守り抜く策…。

この泥沼密集地獄に初戦シンガポール戦、日本は見事ハマった。
そしてその1分けにとことん日本は苦しみ抜くのだが、
昨夜の勝利でその呪縛を振り払うことが出来て、
とりあえず安堵している。

ただし、今もゴール前の混沌を取り払う有効な策を、
ハリルホジッチジャパンが見いだしてるわけではないから、
まだまだ不安の種は尽きないのだ。

本田、香川辺りなら、個の力で状況打開できるだろ!って思いたいが、
常に3人にガッチリ囲まれていては、突破もなかなか…という感じだ。

世界を相手には、お互いの実力を認め合いつつ、存分に攻め合い、
打ち合うわけで、スペクタクルで楽しいゲームを堪能できるのだが、
アジア相手にはこれが現実で、ジクジクジクジク…と難しい。

「予選くらいもっと楽に勝ち抜けよ!」って声を良く聞くけれど、
そんなに簡単ではないということだ。

まあ、どこの地域でも「予選こそがワールドカップ!本戦はお祭り…」
なんてことをいうヒトもいるけど、それもまた正論だと思う。

いずれにせよ、サッカーファンには、またキリキリと胃が痛む、
アジア最終予選の季節がやってくるのだ。
できれば、波風立てず、ドラマチックなんか一切要らないから
すんなり決まって欲しいって思う。

間違っても最終グループ2位に入れず、4次予選(5位決定)→
→大陸間プレーオフなんて泥沼ドラマだけには、
どうかどうか、巻き込まれませんように!



さて私の本業?ともいうべきFrank Zappaに本日はご登場願う。

何度も言ってるけど、亡くなってもう20年が過ぎたが、その後も
すこぶるクオリティの高いアーカイブ音源の発売は続き、
先頃ついに公式の#100作目のアルバムがリリースされた。

ファンとしては100作といっても100枚だけ持ってるのではなく、
何度かリマスターされているし、ナンバリングから外されている
非公式盤も幾多ある….もちろんアナログ盤やブートレグ
(公式ブートレグなんてシリーズもある!)も含めれば、
もはやきりがない数に渡るのだが、とりあえず公式100作目…
生前の翁が、どれだけワーカホリックだったかが忍ばれ、
実は未発表音源や映像は、まだまだあるのだそうだ。ヤレヤレである…。

このアルバム「Waka-Jawaka」は、確か私が中3くらいのときに、
ワーナーパイオニアの何らかのキャンペーン特典で当たった景品(輸入盤)…
それが出会いだった。もちろん中坊には、全く理解できず、そのうちに
ジョンとヨーコの2枚組アルバム「Sometime In New York CIty」の
最後の面に入ってたライブが「フランクザッパ&マザーズ・オブ・インヴェンション」
との競演ってことで、Zappa?ああ、あれか….ってとこから以後40有余年…
私のZappa病は未だに続いているのだ。
Big Swifty


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理想の入口

susiki1.jpg
Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (1973)

逆光御免のススキかな…。
背景が海だったり、せめて草原なら良かったんだけどね。

わざわざ逆光で、リスクを冒しながら撮ってみるのも、
デジタル時代ならではの、有り難い恩恵だと思うから、
どんどん恐れず撮ってみる。

きっと、普段考えもつかないような、
とんでもないミラクルショットが生まれてくるはずなのだが、
今のところ予想通りの…
平凡過ぎるショットしか撮りきれないのは、
やっぱりスキル不足なのだろうな。

学生時代に、友人と一緒に地下鉄半蔵門線工事のドカチン労働に
従事していた時期があるけれど、私は新しいギターを買うためだが、
友人は稼いだ金で、随分と高価な、
N社の一眼レフカメラを買っていた。

彼は大事そうに、白手袋でもつけるかくらいの慎重さで、
カメラを手にとり、ブロアーだのブラシで入念にホコリを飛ばしながら、
私に一生懸命、露出、絞りとシャッタースピードの関係性、連動性を
熱く語るのだが、そもそも当時でいうところの「バカチョンカメラ!」
しか触ったことがない私には、全てがチンプンカンプン…。

結局は、そのことで「カメラって、何やらややこしくて小難しいもの」
っていうトラウマが出来てしまったようだ。

それから30数年経って、一時は看護師さんの早合点で「危篤!?」
にされてしまって(容態急変→意識不明→血圧/上50=危篤)、
一族郎党が私の病室に集合してしまうという、
とっても恥ずかしい事態の後、療養のために、
故郷秋田でぼんやり過ごすことになって
初めて、「カメラ」と向き合うことになるのだけれど、
とりあえデジタルカメラの時代だから、当初は小難しいことなど関係なく、
自動設定でパシャパシャ撮っているだけで、それなりに満足できていた。

しかし次第に、自分の理想と、自動設定の間に齟齬が出てきて、
段々とマニュアル操作に切り替わるうちに、ならばいっそ
電気的リレーなどいっさい通用しない
アンティークなレンズなんかを使うようになると、
デジタルの利便さと、ガラスと鉄の塊の工芸品たる古レンズの
感覚的でアナログな操作感が、楽しくて仕方がないって状態になって
今に至りつつ、まだまだ勉強中っていうところなのだ。

もちろん、理想はまだまだ遥か彼方の、そのまた向こう…
そんな感じであるなあ。



さてThe Bandである…。
格好良いとか悪いとか、上手いとか下手とか
そんな些細なことなど、なんにも関係ないって地平で、
いつもヘラヘラ笑ったり、オイオイと泣いたり、
時に辛辣の体で大喧嘩して訴訟合戦を演じたり、
ふらふらっと(?)自殺したりするのが、
このThe Bandの不思議さ…ってか危うさ。

しかしその音楽は、哀しいもうれしいも、辛いことも当方の仔細に関係なく

「どうだって良いじゃん!元気出していこうぜ!」

ってのがコヤツらのいつものスタンスで、
だからこちらも気構える必要がないから、気軽にすりすりっと、
その倒錯した世界に入り込める。

とっても優しくて心地良かったり、
よそよそしくてギスギスと、意外と意地悪で居心地悪かったり
する場合もある…。
要は受け入れるも受け入れないも、すべて自分次第…。
それがThe Band…。

ロビーロバートソンの上手いのか下手なのか判然としない
独特の痙攣ギターにも、いつの間にかその毒が身体中に回って、
ひたすら彼の真似をしている自分に気づいたりする、
それがザ・バンドというバンド…なのである。
King Harvest


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充実の中身

あざみ
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (2nd Edition-1964)

中学に入学したら、何にせよ運動部に入らなければならない…
そんな切迫観念に何故か駆られて、
柔道、剣道、籠球に排球、庭球に卓球と…
活動見学に明け暮れるうちに、
どうしたことか、蹴球…サッカー部に入部することになった。

ところが入ったサッカー部は、その時点で既に前年度全県優勝の強豪。
我々の一つ下の世代は全国大会ベスト8…。
当然練習も規律もウルトラハード!。

そんな中にあっても、ビートルズはじめロックの見聞を広め、
ギターまで始めて、ロックバンド活動を夢見るようになるのは、
今にして思えば奇跡だったように思う。

高校に入学すると、とにかく今度こそ「エレキバンド」を始めるぞ!
って思っていたから、そのロックやポップスに最も近い位置にある
と思われた「放送部」に入部しようと思い(昼休みにレコード鑑賞が出来るぞ!?)
実際に入部手続きも済ませたのだが、
活動寸前に中学のサッカー部先輩に見つかり、紆余曲折の末
「サッカー同好会(〜部に昇格)」の創設に巻き込まれることになって、
もはや放送部どころではなくなった。

本来は部活マネジメントとしてスムーズに行えるはずの何もかもが、
すべて障壁となって次々と立ち塞がる。

部員、練習場所の確保、用具/予算の確保、対戦相手の申し込みや
移動手段の確保。そして予算獲得のプレゼンや、協会登録、
リーグ戦参加に至る政治活動!…

何より困難で厄介なのが、肝心の母校教師たちに根強い無理解。

「ラグビー部があるのだから、今更サッカー部なんて不要だろう...
 ボール蹴りたきゃラグビーやれば良い…」

そう、未だにこの街はサッカーよりラグビー。
日本一サッカー部員率が低い土地柄であるのだ。
(ちなみに野球部率は全国一!)

さらにいえば無理くりに集めた素人メンバーに加え、
サッカー経験者といっても、自分から見れば弱小中学チームの
しかも補欠…
そんな初期メンバーからなる急造&超弱小チーム。
私は、数少ない経験者として「サッカー」の何たるかを教え、
高校サッカーの最低限のクオリティを持たせねばならない。

一番最初に組んだ試合は近所の中学チーム…
歴史上、我々のいた中学に勝つどころか、得点さえしたことがないような
チーム相手に、我ら同好会は…もちろん目を覆うような大敗に始まり、
その後も連戦連敗。
その度にやっと集めた部員、否、会員たちの数は
みるみる減ってゆくのだった…。

それがなんとか進展し始めるのが、新入生を迎えた次の年に、
全国ベスト8の後輩たちが続々入学してきた。

もちろんレギュラークラスは既に強豪校に入学しているから、
我々のところに集まったのはその補欠たち!
しかし実力は折り紙付き!。

「お前ら、もう試合に出れない悔しさ、苦しさを味あわなくていいぞ!
 すぐにレギュラーになれるぞー!」

で、まあまあの強豪チームの一丁上がり!。

練習試合でも、相手がさほど強豪でなければ、充分に
他の高校チームと肩を並べられるクオリティを持つに至ると、
比較的スムーズに高校協会参入や公式戦参加が、
認められるようになってくるのだ。

さて…もはや「ロックバンド」もとい「エレキバンド」は、どこへ行ったのか?

それが不思議に両立したんです。
中学時代ほど練習内容やスケジュールがタイトではなかったことや、
中学と違って多少日が暮れても活動できるメリット、
そしてその後輩たちが入ってきたお陰で、結局切れ間なく
何となくだが、様々なバンドに参加していたし、
高校の2年生なのに大学キャンパスになぜか通って、
輸入レコードを聴いたり、ミニコミを編集、発行したりと、
なんだか不思議とずいぶん時間を無駄にせず活動していたから、
割と充実した高校生活だったなあと思っている。

あのときほど充実した濃密な時間って、その後結局経験したことがない。

なにしろ寝る時間がもったいなくて、明け方までギターの練習か、
レコード鑑賞。朝もきりっと早起きして、楽しい一日に備える…。
ああ、授業中はほとんど眠ってたかな...??

いやはやいやはや…自分のことながら、呆れる時代ですな。



未だブライアンウイルソンの例の映画を観れてないので、
壮烈すぎる周囲の異常環境の中で、精神を病んでしまう彼の前半生が
どの程度描かれているかさっぱりわからないのだが、

その時期、すなわち超名作「Pet Sounds」を生み出し、
次作SMiLE制作中のその時代。
彼の脳が錯乱と絶頂の不安定に揺れる中、彼には複数のメロディやアイデアが
同時に溢れ出てくるものの、それを上手く纏める冷静さを持てずに、
最後は錯乱の中でスタジオごと火をつけて焼いてしまう…(実話!)。

そのとき消失を免れた音源の断片を拾い集めて編集し、
急遽リリースしたのがヒット曲「グッド・ヴァイブレーションズ」や
「英雄と悪漢」などを含むアルバム「スマイリースマイル」。
しかし本来アルバムの大団円となるはずの2つの大曲には、
その時点ではまだ手がつけられなかった。

それから数年して、70年代、ブライアンの体調もやや改善したのか、
その2曲の再構築版を含む、新しいアルバムがひっそり発売された
Surf's Up」…素晴らしいアルバムだと思う。
しかし既にビーチボーイズは、過去のイニシエのグループとして
世間から忘れ去られようとしていた時期のことだった。

2つの大曲「Surf's UP」と「Til' I Die」。
特に前者はバーンスタインが、ポップスの歴史的名曲!として
太鼓判を押すほどの評価を得る一方で、後者は断片としてはすばらしい
メロディ、アイデアだとは思うが、何しろ纏らなさ、混乱ぶりは
相変わらずそのまま。

ところが昨今の市井のエンジニアの非公認リミックスだと思うが、
上手いこと整理されつつ、何となくブライアンの頭の中の深い霧が
少し晴れたような、そんな気がする良質なものに仕上がっている。

彼の脳裏にわき上がってから、40年近くも掛かってやっとすこしだけ
晴れてきた天才の内側に潜む深い霧…。
彼が見ていた光景が少しだけ見えた気がした。
だからロックファンはやめられないぜ!。
The Beach Boys - Til' I Die(Remix)

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カエダマ!

56.jpg
Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)

ラーメン屋のカウンターって、後ろから眺めても、
みんな幸せそうに見えるから、とっても好き!。



生まれて初めて「博多ラーメン」なるものを食したのは、
忘れもしない「東京・吉祥寺、井の頭通り沿いのお店」。

博多ラーメン体験は、早いのか遅いか全くわからないけれど、
こちらは明らかに遅い「サラリーマン人生」を、
この街で開始した20代の中盤頃のことだ。

あまり深く考えることもなく、会社の帰りに、
ふらっと「ラーメン店」に入ったのだが、
どうも様子というか佇まいが、普段のラーメン屋と違うのに気づき、
あれっ?と、あたりを凝視してみる…。

目の前にパレット状に並ぶ「白胡麻」とか「紅ショウガ」、
「もやし?」「高菜??」そして山のように堆く積まれた
「万能ねぎ」…。

なにこれ?別料金?

ほどなく「ヘイお待ち!」と、威勢良く
「博多ラーメン」なるものが出てきたのだが、
白湯スープはなんとなく、ちゃんぽんとかで馴染みがあったから、
さほど驚ろきゃしないのだが、具が「ゆで卵」半個のみ...。

麺もなんだかヤケに少なくて、とっても侘しい佇まいにとても驚き、
そろそろ自分は都会人?を自称し始めるものの、
中身はコテコテ秋田の田舎者の私は

「何じゃこりゃあ?...ちょっと貧乏臭くないかあ」と

一瞬九州をミクビル自分であった。

周りのお客さんの様子を、キョロキョロと覗き見しながら、
恐る恐るテーブルに備えてある具材を乗せ込む…。
おお、なかなか豪華になったじゃないか…。
食べてみる…えっ、なんだかすごい美味い!

ただ絶対的に量が少ない…。
あっという間に麺がなくなり、汁をすすり始めると
突然、隣のお客はびっくりするような大きな声で叫ぶのだ…。

カエダマ!

ナニナニ?ナニゴト?

店員は「カエダマ一丁了解。お隣のお客さんはいかがっすかあ?」

「えっ、俺?…」

こういうときに
「じゃあ、お願いします!」っていうオバカ的前向き派と
「いや…自分は結構…」という慎重派の2種類の人間がいるそうだが、
ワタシは断然前者のオバカ派…?。

「カエダマ」って...一体何が始まるんだ??

そしてもちろんだが、店員がきわめて事務的に平然と隣の丼に
「ちゃぽ」っと、よく湯切りした新しい麺を放り込んだ。

「なるほど、麺のおかわり、すなわち替え玉かあ」と合点がいって、
続いてワタシの丼にも…来るぞ来るぞ…。

「あれ、お客さーん…、汁、呑んじゃってて、丼、空っぽじゃないですかあ…」

「えっ、あ、いやっ、そうかあ…」

「今回だけですよ、お客さん…」

店員さんは多少呆れ顔で、ワタシの丼に大きなオタマで1杯、
汁を張ってくれた。

「替え玉」はあくまでも継ぎ足し。
「おかわり」とは別物っていう、独特の概念…。

それからしばらくは「博多ラーメン」にすっかりハマり、
通い続けるワタシであった。

今も見かけたら必ず入店し、食すようにしているのだが、
この北の最果ての街でも…さすが、満員であった…。
恐るべし博多長浜屋台ラーメン!。



1967年という年に「国は間違っている!。そんなものに加担などしない!」
といって、徴兵を拒否し、隣国カナダに移住(逃亡…)した
ジェシ・ウインチェスター
その間、カナダ出身のThe BANDなどの協力を得て、コンスタントに
アルバムをリリースし、米国本国でも人気を得るのだが、結局恩赦され、
国に戻ることができたのは10年後…それも人生…。

個人的には、かなり以前の引っ越しの折に、
手持ちの数千枚?に及ぶアナログ盤やCDの殆どを、
家人の「断捨離命令」の元、涙を呑んで処分したけれど、
彼のディスコグラフィーは何故だか処分せずに所持し続けていた…
家人曰く「直近3年着なかった服や聴かないCDはすべて処分!」
っていう指令に対して、ジェシ・ウインチェスターは
5年に1度くらいしか聴かないんだけどね...。

心が冷えきっていたときに、何度も温められ、助けられた記憶があるから
きっと捨てられないんだね。

以前も当ブログで取り上げたけれど、この曲は、もう涙なくして聴けないなあ!
Jesse Winchester "Sham-A-Ling-Dong-Ding"

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小さなトラウマ

75.jpg
Carl Zeiss Jena "Flektogon" 2.8/35 (1964)

無性に妹が欲しくてね、小学生の頃、4〜5歳下のイトコを勝手に
妹に見立てて、お花見や神社の縁日なんかに連れ出したりしてたけど、
これが全然なついてくれなくって、なんだかずうっとヨソヨソしくて
ギクシャクした感じ。

「綿アメ、食べようか?」

「いらない」

「風グルマ、買ってやろうか?」

「いらない」

「何か欲しいものは?」

「ない」

「……」

なにか私という個の人間性の、重大な欠陥部分を、
見事この子に見抜かれてるんではないだろうか!?
と、悩んだりもした。

大人になって、そのイトコがなんと私のいる会社に入社してきた。

全く与り知らぬところで、断じて「縁故採用」ではないけれど、
ある日、ちょっと苦手な先輩の採用担当者が、
気持ち悪い薄笑いを浮かべつつ、私の耳元で囁いたのだ。

「貸しひと〜つ…覚えといてね〜…。」

それはともかくとして...

子供の頃のトラウマっていうのは相当に根深いようで、
イトコだし、職域は違うけれど同じ会社にいるのだから、

「飯でも…」

とも思うんだが、なんだかまた迷惑そうにされるのが
何となく怖くて、結局、誘うこともなく、
やっぱりヨソヨソしい事務的な会話があるだけ。

「おじさんもおばさんも…お元気なの?…そう…」

2年ほどして、彼女は支社の男と結婚し、退職をしたけれど、
その送別会の席で、生まれて初めてざっくばらんな話をした。

「覚えてないだろうけど、昔、縁日でなあ…」

と言い始めると、意外にもよく覚えてるといい、

「ホントは綿アメも風グルマも欲しくてたまらなかったけど、
 オニイチャン(!?)にオカネ使わしちゃ駄目!って、
 母にキツク言われてたから…」

世の中ってそんなものなんだよなあ…と、
気持ち悪い薄笑いを浮かべている自分に気付くのだった。



ビートルズ史上、ポールとジョージの「仲良しデュエット作」としては最上の曲!
と密かに思っているのだが、残念ながら長らく海賊盤でしか聴くことができなかった
Don't Ever Change(いまはきちんとLive At BBCに収録)。
なんとこれはゴーフィン/キング、すなわちキャロル・キングの作品!

あのビートルズのレパートリーでありながら、結局公式リリースをせずに捨て去ったため、
実に多くの「ビートルズ人気便乗バンド」によるカバー(?)を生んだ。

ニック・ロウ率いるブリンズレー・シュワルツも、ビートルズ人気便乗カバーで
小銭を稼いでいた時代があるのだが、これはきちんとメジャーデビュー後に
アルバム収録されている。

私は中学3年のときに、海賊盤を通してこの曲を聴いていたけど、
あまり印象にはなく、Don't Ever Changeといえば、このブリンズレーヴァージョンに、
より親しんでいたなあ!
Brinsley Schwartz - Please Don't Ever Change


やっぱりビートルズヴァージョンも添付すべきでしょうねえ…。
ジョージってホント、コーラスでは頼りになる男なんですね!。

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