ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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うすらぼんやり村の住人

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LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

梱包用のPPバンドでボールを、いや「鞠」を作るプロジェクト??
そういえばセパタクローのボールって、
籐をこんな風に結った物じゃなかったっけ?

これを、一種の科学とか、工芸品の域だけではなくて、
このPP鞠を、何らかの競技(遊び)に応用し、
それを振興させ、町おこしに役立てるような仕掛け作りにこそ、
もっと取り組むべきじゃあないだろうか?
ふとそんなことを思ったりする。

まあ、こういう性分なわけで…
静かに、しかもあんまり嫌われずに生きてゆくには
もうちょっと抑制しないとね。


昔っから視力は芳しくなくて、
まあ子供の頃からの眼鏡っ子ではなかったけれど、
いずれにせよ、ウスラぼんやりな世界の住人には違いなく、
なにしろ世の中を、クッキリスッキリした現実的視座で
眺めるのは、とても「ツラくてしんどい村の住人」
なのである。

だからカメラも、最新のクッキリスッキリ、
コントラストの利いた素晴らしい解像度のものは、どうも苦手。

というか、もはやタダゴトではないくらいにクッキリした、
絞り切ったぜ!みたいな鮮明画像を前にすると、
何だか心穏やかではなくなって、極端な場合、
クラクラと目眩がする時もある。

現代のテレビ放送なんかも、かなり色が(自分的に)ドギツイ気がして、
私は家族の批難を圧しても、少しだけ薄色に調整する。

ちなみに映像作家では、石井裕也氏と是枝裕和氏が好き。
ただただ「柔らかい」から…。

もうかれこれ25年くらいマッキントッシュを使っているけれど、
そもそも「こっちがいいな」って思ったその第一の要因は、
マックの方が色調が優しかったから…。

それに、なんだかそんなに懸命に背伸びした優等生って感じじゃなくて、
欠点も含めて、とても人間的な愛らしさに共感できたから。
その印象は、ジョブスが亡くなった今もあまり変わってなくて
取りあえず安心している…今後どうなるかは分からないけど…。

そういうわけで、ある日突然、「散歩する」なんて、
それまでの自分のライフスタイルからは、考えられないような
人生が始まったことで、写真にカメラにハマるのだが、次第に
「濃くてくっきり」なカメラの進化傾向に、違和感を感じるようになって、
真逆の「薄くてぼんやり」な方向に向かおうとすると、
そこにあったのは、懐古的な「大昔のレンズ」...その数々。

そして遂に親とオナイドシのライカレンズにまで触手を伸ばしてしまった。
もう古くて外観はボロボロで、あちこちガタがきてるけれど、
それでも、意外なほど渋くて品の良い画を写し出す(個人の主観です…)。
まだまだイケルよ(何が?)、おふくろさん!ってね、
言いたいんだけど云えないんだなあ、これが絶対に…。



1980年という年は、個人的にはとてもやりがいを感じたアーティスト..
といっても所詮当時16歳のアイドル娘だが(天才だがあまり売れなかった…)
そのレギュラー仕事や、その他にもあちこちに撒いてた種が一気に
発芽したような、音楽家としてとても多忙な年になって、
ついその前年まで

「学校どうしようか?」
「生活基盤は?」

なんて悩んでた重苦しい空気が、一気に払拭されたかに見えた年でもある。

ところが、ある時、ピーターガブリエルのこの新作を聴いて、
突然自分を邂逅し始めてしまう。

俺って、こんなことしてて良かったんだっけ?
ポップスって云えば聞こえは良いけれど、昨夜の自分は松戸あたりで
「ヒゲダンス」弾いて結構浮かれてたような気がするし、
錦糸町のキャバレーで、今年紅白に復帰する演歌歌手を激怒させた
こともあるし、その年のレコ大歌手が、ドレスでステージ袖の階段を
下りるのに、近くにいた自分が手を添えなかったってことで
マネージャーに大目玉を食らって、しばらく仕事干されたりとか、
まあそんな失敗の数々はともかくも、何だかとにかくピーターガブリエルの
最先端の更にそのまた先っちょな素晴らしい音楽に比べ、
自分はいったい何をしてるんだろうか?
そう感じずにはいられないような世紀の問題作で名作だと思う。

なにしろ当時やっと買えたSONYウォークマンで、一日3回は聴いてた。
スティーブ・リリーホワイトによる、やがて80年代を代表するサウンドになる
ゲートエコーサウンドもここで初めて聴くことになる超名盤。
何しろすべてが新しかった「Peter Gabriel3」のなかで、
やはり最も衝撃だったA面1曲目の「侵入者」…これを。


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絵本と写真集

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ZEISS-FLEKTOGON 2.8 / 35 (1964)

近頃は老眼が進行して、普通に読書するにも目が疲れてシンドイ。

だから、この世にたった一人?って錯覚するほど、
誰一人いない秘密の図書館(?)にいて、
しかも絵本コーナーのソファーでボンヤリするのが
何故か心地良いって心境は、
いったいどういうことなのだろうか?

人間、オムツに始まりオムツに終わる…
って云うのか云わないのか?よくわからないけれど、
絵本に始まり絵本に終わるってのは、
案外「あるある」なんじゃないだろうか?

そもそも還暦って(まだもう少しあるけど)、
一周まわって元に還る...すなわち還暦…何だよね。
えっ、意味が違う?
輪廻?…それとも違う? 

取りあえず一周まわって、その最終コーナーを曲がって
直線勝負ってのが今の状況かなあ…。
あと何回、2周目のコーナー曲がれるんだか??

ともあれ、写真集とか、グラフ雑誌というモノを、私は愚かにも
「購入するものに非ず」なんて思ってた節がある。

写真はあくまでも添え物で、主役は文章…
と、写真を物語の挿絵くらいにしか認識していなかった…。

ところが…以前、口さがない友人に当ブログを酷評された。

「オマエのブログは文章がダラダラ冗長で、
 悪いがちょっと迷惑…。俺は悪いが一切読まないから…
 写真だけで充分アイツもソクサイだなって理解できるし...。」

ムカつくし口惜しいけれど、真実だなあと…思う。

それでも長文を止めないのは、ただただ書きたいからと、
それほど説得力ある写真が撮れてるとも思えないから…。
こちらは、自分のスタイルを確立するまではまだまだ道ナカバ…。

と云うわけで、本日も内容もなく意味もなく…ただグダグダと
駄文にお付き合いいただきまして、ホントにホントに申し訳ありません…
以後もこんな程度で僭越ではゴザンスが、何卒よろしくお願い申し上げます。



最近になって、東京にいる家人から、何故だか某ネコキャラの
巾着袋にウヤウヤしく入ったハードディスクがクローゼットから
出てきたのだそうで、「何か大切なデータとか入ってるんじゃあないの?」と
秋田まで送ってきたのだが、何しろプチリタイヤ中で浪々のしがない身の上に、
今更大切なデータなどありゃあしないのだ…!

しかしふと気になってUSBを繋いで開いてみたら、出てきたのは、
レコードを大量処分した際に、大汗かいて取り込んだ音源データ。
その中にCDでは結局買い直さなかった、大量のパンクのレコード音源が…。

そんなに熱狂した記憶もないのだが、クラッシュやらストラングラーズやらの
いわば純正パンクの代名詞たる連中のアルバムは、全部そろってる…
我ながら苦笑いだ。んで、ついつい今更の.mp3なんてどうしようもない
チープな仕様も顧みず聴いてみる…
気がつけばノリノリのオバカオヤジ。

クラッシュなんて、結構エッジ立ってたよなあ!なんて思っていたが
今聴くと、思いのほか「牧歌的」で、この曲なんかでも、
「オイラ、反アメリカだぜ!」ってイキガッテるわりには、すぐその後に
「だからどうしたってんだよ!?」って、一人ノリツッコミしてる…。
ヤンキー!って言い方も、ちょっと腰が引けてて、ヤンクイーになってて
どうも田舎臭い…。悪いがかなり笑えるクラッシュであった。
The Clash - I'm So Bored With The USA
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静かに生きたい…?

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SUMMAR 5cm / F2(1937)

落葉寸前のシダレヤナギの、独特の脱力感というか、
無重力感が、何だかこの街の有様によく似ているなあと
思いながら撮ったショット。

こうして眺めると、脱力してはいるけれど、
決して無気力ではない。

強い主張などしないけれど、
場の空気を乱さぬよう、その場に毅然と立っている…。

そんな生き方も…あるのだな。

ミュージシャンを生業にしていた頃、たまたま後輩の男が、
バークレー音楽院に留学…。
その後、数年間、音信は途絶えていたのだが、
既にサラリーマンになって久しい私のモトに、
突然彼から国際電話があった。

南米のチリからだという…。

彼は開口一番に「ビジネスの話がしたい」と私に言い放った。
聞けば留学先で知り合い、付き合ってた南米からの、やはり留学生と、
そのまま結婚することになった。彼女はチリの貴族の出とは聞いていたが、
実際に挨拶に行ってみたら、なんと王家の一族だった。

しばらくそのままチリに留まるうちに、様々なことが分かってきたらしい。
王家の一族とはいえ、親類縁者がやたらに多いから、
財産分与というのも、さほど期待できない。

ところが、この国では当時の軍事政権と上手く結んだ王家や貴族が、
あらゆる事業の権益を握っている(日本も似たようなものだが)。
つまり、それぞれが利権を生かしてビジネスを行い、それぞれが富を得る。
ただし兄弟や親類とビジネス上で競合すると「殺し屋」を雇われて
消されてしまうから、独自の販路を持たねばならない。

そこで彼が思いついたのは、風の噂では、Pという男は音楽家から
足を洗い、今は取るに足らない、小さな貿易商社に居て、
アジアの辺境やアマゾンの奥地で何やらウゴメイテルらしい…。
ならば、この国に奴を呼んで、何か有効なビジネスを見つけさせ、
道を切り開かせれば…。

そうして数週間後には、私はオメデタクも、
まんまとサンチアゴに飛んだ。

今はどうだか知らないが、当時はアンカレッジに一度降りて、
次はどこだか忘れたけど、アメリカ南部あたりのブルースが聴こえそうな空港へ行き、
さらにペルーの首都リマだったかのツゴウ3回トランジットする超長旅の上、
生々しいが、往復交通費(?)だけで100万円くらい掛かったように思う。

やはり彼の友人で、アメリカの商社勤務だという
かなりケチな…倹約家なオランダ人と、何故だか私はコンビを組んで、
さてさてと、チリの名産品巡りが始まった。

当時のお国の最大の自慢はブドウの生産。
それを生かしたワインにレーズンを、何とか世界市場で売りたい!
…それがお国の第一希望らしい。

しかし何だかパンチが弱いし、市場規模もあまり期待できない。

結局ワインは、私の会社が、軍事政権と王家の即席取引免許を得た上で、
知り合いの酒類専門の商社に話を持ち込み、年間輸入量を決め、
我が国でもチリワインがボチボチと流通するようになったらしいが
(当初のお披露目イベントなどには参加した…)
以後は無関係で、市場規模がどうなったとか、私は知らない。
たまに家人が「今日はね、チリのワイン買ってきたよ、珍しいでしょ!」
ってねえあーた!?…であったりする。

私にはもっと興味津々な「ブツ」が出現していた。
北部のアルゼンチンとの国境付近で産出されるという鉱石
ラピスラズリ」…。

やっと、本論に入ってきたぜ…そう思った。
石炭やら硝石(ガラスの原料)の方が市場規模は大きいのだが、
軍部の有力者や王家のどなたかと競合するから、そちらには触れられない…
ラピスラズリなら、取るに足らないくらい小さな商社とはいえ、
当社にも世界中にマーケットがある…。

焦点は定まった……かに見えた。

軍と王家の強力なコネクションをフル活用して、
まずは安定し永続的な採掘権確保しておきたい。

ただし国境付近の山岳地帯…。
反政府ゲリラだとか、盗賊だとかが跋扈するエリアらしく、
まずはそうした輩を掃討せねばならず、ここは軍の出番。
しかし遅々として情況は進展しない。

私は一旦帰国し、結果を待つことにした。

半年ほど経った頃、チリに残ったオランダ人から連絡が入るのだが
内容が衝撃的すぎて、私は呆然として、どう対処して良いか分からず
瞬間パニックに陥ってしまった…。

「政権が倒れてしまった。革命だ、クーデターだ…もう駄目だ!」

「落ち着け!、奴さん夫婦はどうしてる?」と訊くと、

「行方不明...国外に脱出したらしい」

「無事なら良いのだが…。」

新聞によると、オランダ人が云うのはかなり大袈裟で、
実際には、軍事政権が選挙で負けて、普通に民主政権に戻っただけなので、
特に物騒なことは無いらしいのだが、どうやら振るえるはずの「権益」は、
相当に制限されるらしい。

既に取引が始まってるワインとか、一部レーズンや干し肉などには
影響もないようだから、当社的には損失はないのだが、
既にアフガンからのラピスラズリも政情不安で流通が不安定のまま。
相当なビジネスチャンスも見込めただけに、とても残念だったし、
政局も睨んで仕事せねばならぬのだな…勉強になったなあ…
そんな風に思って諦めていた。

しかしこの話には意外なオチがあったのだ。

王家に婿入りしたはずの彼は、その後、
なぜだか知らぬ間に帰国していて、当社とは比較にもならない
超一流の大商社に入社していた!。
噂ではラピスラズリなどの鉱物資源の採掘権などを手土産に、
高待遇で入社したらしい。

まんまと利用された…みたいだ。

不思議と悔しさは無かったけれど、一つ気掛かりは…
あの王家の嫁さんはどうしたんだろう?
やっぱり奴にだまされたんだろうか?
せめて日本人というものを、嫌って欲しくないなあ
そう願うのみだ。



大好きなエルビスコステロで、おそらく5番目くらいに好きな歌。
今思うと、何だかとってもバブリーなサウンドに思える。
まあ、浮かれてたのは日本人だけだったんだろうがね…。

余談だが、曲が始まる前に後ろでカラダを揺すりテンポを確認してる
ベースのブルーストーマス...まさにバンドマン時代の私そのもので懐かしい。
心の中で次の曲を唄いながらテンポを確認していて、
そのままカウントする場合もあるし、フルバンドだと指揮者のおっさんがいて、
私のカラダの揺れを感じながら、指揮者がテンポを出す…。
妙なことを思い出してしまった。
Elvis Costello And The Attractions - Everyday I Write The Book


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トムヤムクンの夜は更けて

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SUMMAR 5cm / 2 (1937)

何しろ寒い…。
寒暖の変化に身体が慣れてない今時分が、
体感的には最も寒く感じるような気がする。

そんな夜は、鍋…。
どんな種類の鍋料理でも大歓迎なのだが、
自分史上、最もハマった鍋(具入りスープ?)が、
「トムヤククン…!」。

ところが、秋田に居る今となっては、あの独特の辛さと酸っぱさは
なかなか手の届かない憧れ、もしくは追憶になってしまった。

初めてタイに出張で出かけた時の私は
まだ20代後半というところだったと記憶している。
まだ日本人の観光客もビジネスマンも少なくて、
稀に夜の街ですれ違う日本人は、肩や背中に
派手な装飾をされたような方々ばかりで
さながらギャング映画のような、オッカナイ街の印象であった。

タイ国内の適せんな場所に、銀製品の加工工場を作る(買収する)...
あらかじめ現地コーディネーターに依頼して絞り込んでもらってる
物件を、私が実地検分し、実際に稼働させるまでが私のミッション。

ところが行ってみると、候補地は全く絞り切れておらず、
地方都市に点在していて、交通手段もトラックで一昼夜掛けて
山奥に分け入るとか、飛行機でいったん近隣国の空港を経由してから、
再びバスやトラックでタイに入るなどで、近隣数カ国分の入国ビザが必要…。

もうその時点で、ツラい旅の覚悟、決意を要したのだが、
当時会社では一番若手の私が、そのミッションに選ばれた理由を
やっと理解できた時は、既にサスペンションの悪いトラックの助手席で
10時間近く、何度も天井に頭をぶつけながら、山道をひた走っていたのだった。

そんな虚ろな日程の中で、一体どこの都市(田舎町?)で食したのか
全く記憶にないのだが、まさに竜宮城に来たのか?というくらい
甘美で素晴らしく美味なタイ料理に出会った。

まさに極楽の味のトムヤムクン…厳密にいうと、それをさらに
ココナッツミルクで伸ばした「トムカーガイ」という鍋…というか
スープ料理に、完全に私は魅了されたのだ。

帰国後、家人などを伴いつつ、都内のあちこちのタイ料理屋に
出没し、食すのだが、なかなかあの夢のような味に辿り着けない。

それどころか、トムカーガイなんて知らないよ!という店も多くて、
上記のレシピを教えるのだが、そんな下品な料理は、よほど田舎の
下品な店でしか出せないような代物…とまで云われもした。

しばらくして、自宅のごく近所に突然、タイ料理屋がオープンした。
聞けば、都内のタイ料理は、大体がタイ王室の宮廷料理のレシピを
元にしているが、当店はタイの庶民の味…とのこと…。
すると、メニュ–にあるではないか、トムカーガイ!。

そして、まさにメクルメク夢のあの味が、東京の、
しかも我が町内で再現されたのだ。

いろんな仲間を誘っては、結局ほとんど毎日
この店に通うことになる私…。
トムカーガイは勿論だが、もはやシンハ・ビールと
メコン・ウィスキーがなければ生きては行けないカラダ…。
そんな感じの享楽的な毎日が過ぎる。

ところが店自体はあまり流行らなかったらしく、
半年ほどで閉店してしまった。

私にはそれがトラウマとなって、タイ料理屋を始めるという友人に
いかばかりか投資して、それっきりだったり…、
バンコクで開業する後輩の世話を焼いたりもしたのだが、
いずれも上手くは行かなかったようだ。
そんな辺りから、徐々にタイ料理からも縁遠くなってしまう。

ちなみに後年知ることになるのだが、竜宮城のような
謎のタイの料理店は、何とタイではなく、隣国ラオスの首都
ヴィエンチャンのタイ式レストランだったらしい…。
確かに当時のパスポートにはラオスに入国した印があったけれど
全く虚ろで意識外だったな。

さて、秋田のこの厳しい寒さにこそ、トムカーガイ…暖まるよなあ…
懐かしいなあと、思っても当地ではどうやら適わぬことらしい。

コンビニで見つけて買ってきたカップ麺版の
「トムヤムクン・ラーメン」に熱湯を注ぎつつ

「ううむ、こんなんじゃないぞお…」

と、ボヤキながら、鼻水といっしょに麺をズズズとすする
北の果ての寒がりのオッサンなのであった。



マーク・アーモンドといえば、我々の世代的には
70年代英国出身の2人組、すなわちジョンマークとジョニーアーモンドによる、
ブルース?フォーク?ジャズ?早い話がノンジャンルな、
エラく落ち着いた大人の音楽を提供するコンビ(英国版スティーリーダン?)。

何かとやんちゃな音楽ばっかり聴いてた私でさえ、彼らのアルバムは、
何故か数枚所有していたくらいだから、たぶん、ある世代、地域では
相当に人気があったのだろうと思う。

ところがそんな二人ユニットと同じ名前を一人で占有するポップシンガーが
80年代、突如として登場する。ソフトセルのマークアーモンド君。

こちらは、今でいうオネエチックな、当然中性的なアノ(!?)
世界共通のナヨっとした唄い方…。
まあ一目見るなり(聴くなり)、私も「大敬遠」…。

ところが突然彼は「マーク&マンバス」なる、実質ソロ活動を
人気ポップバンド「ソフトセル」と並行して開始する。

こちらは「オネエ印のマーク君」ではなく、
なかなかにマニアックな音楽通=マーク君の趣味全開音楽…これがなかなか楽しい。
ルーリードやシドバレット、ストーンズはもちろん、なんと
ウォーカーブラザーズ(スコットウォーカー)までリスペクトし、カバーする!。

そんな彼の最初のアルバムのおまけ12インチシングルに収録されていた
シドバレットのカバー。邦題は「カメに捧ぐ詩」だったかな??
Marc And The Mambas / Terrapin

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シュールながっこ

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P.Angenieux Paris 2.9/ 45 (1949)

「うわっ、がっこだ!」

通りがかりの人々の、多少驚いたような声で
「がっこ?」って発する素っ頓狂な声や、その光景が楽しくて、
しばらくその場所に佇んでニヤニヤしてしまった。
(ヤバいおっさん??…)

何より「大根を干している…」とか、
見たままそのままをいうのではなく
老若男女問わずに「がっこ!?」っていう語句が飛び出る事自体、
やっぱり此処は、まごうことなき「秋田」そのものなのだな...
と感心した。

「がっこ」は秋田弁では漬け物の総称だろうと思うが、
心情的には「たくあん」にこそ「がっこ」の呼び名はふさわしく、
白菜や胡瓜や茄子の漬け物を「がっこ」と呼ぶには、
多少違和感がある…。
自分だけかな??

それにしても、
安藤忠雄意匠による、賛否両論「打ち放しコンクリート」の
壁前に居並ぶがっこ…。

壁の内側の美術館内で展開する、現代アート作品以上にシュールな
近未来がっこ干しの、奇々怪々な光景。

…無料だし…。



パリ同時多発テロ事件では、89人が死亡する最も悲惨な現場となったのが
バタクラン劇場。バタクランと聴いて、多くのロックファン…というか
マニアの類いが、真っ先に思い浮かべるのが、
おそらくこの方々の伝説のコンサートではないだろうか?

1972年、彼らの奇跡のライヴのおかげで、バタクランは
パリでのロックの聖地となったと聞く。

彼らとは、ルー・リードジョン・ケール、そしてニコ…。
あのアンディ・ウォーホルのプロデュースによる
ヴェルヴェット・アンダーグランド&ニコ、その主役たち3人による、
ただ一度っきりの奇跡のライブが行われた場所なのである。

滅多に顔を合わせず、一緒にライヴもレコーディングも
やりそうにはないだろうからこその伝説なのだが、
この3人が再結集したライヴというのは、確かにあのバナナアルバム以降、
この日しかないから、その幻で伝説の音源に興味が集中するのは
当然の成り行きで、まずそのニーズに応えたのが「海賊盤」。

私は高校2年の冬に、まず2枚組の(ほぼ)完全版を入手するのだが、
なにしろ隠し撮りテープのコピーのそのまたコピーの…という
まあ何しろ、程度の悪い音質のもの。
それでも有り難がって耳をソバダて何度も繰り返し聴いたものだ。

数年して、今度は1枚もので、音質的にはかなり改善した盤を入手するが、
どうもそれはテレビ放送用に編集されたものが元になってるようで
これも満足できる内容のものではなかった。

年月は過ぎ、私は既に四十路を遥かに超えてしまった頃になって
やっとやっと...やっとのことで「正規盤」がリリースされた。
(正規とはいえ、音質は相変わらず芳しくはない)

そうして今は気軽にテレビ用に収録された映像を、
YouTubeで、いつでもどこでも見聴きできるわけで、
まあなんともありがたい世の中になったものだな。

この映像で、いつもオドロオドロしいNicoの爽やかな笑顔!っていうのを
初めて観れたし、ルーリード&ジョンケールっていう、
コワモテの神(?)な方々による、奇っ怪だが、妙にかわいらしい
コーラスワークも堪能できる!
何から何まで、新鮮で瑞々しい「ファムファタール」が、ここにあるのだった…。
Lou Reed - John Cale - Nico (Le-Bataclan - 1972) - Femme Fatale


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言葉にできない...

598.jpg
SUMMAR 5cm / F2 (1937)

ライカ独特の描写に、皆が皆「驚嘆」の声を上げるのを
ずうっと目の当たりにしてきた…

「いいんだよなあ」
「スゴいんだよ」
「他と全然違うんだよ」
「もう、独特なんだよ」
「言葉にできない品格っていうか…」
「やっぱライカはライカなんだよ」

なんだよなんだよなんだよ…
国語力欠如もタイガイにせいよ!
きちんと言葉にして
「何がどうスゴいのか」きっちり教えておくれよ!..
後生だからさあ…と、ずうっと思い続けてきた。

勿論自力で解明しようと、ネット経由でライカで撮られた
ポートフォリオを覗き見したり、写真集もいくつか購入した。
素晴らしいのは充分分かった。こんな写真が自分に撮れたなら
どんなに素晴らしいだろうか…?本当にそう思う。

しかし他のレンズやカメラで撮られたものとの差というか
違いというのがよくわからない。

モノクロームの豊かな諧調…?
色褪せたようなカラーの上品さ…?

やっぱり分からないから、自腹を切ることにした。

結果感じたこと…

うわああーーすっげえええーーどひゃあああ…!!
っていう種類の感動では明らかにない。

小さな感動が、ちょっとずつちょっとずつ…
自分の身体のどこか分からない奥深くから、
じわじわと沸き上がってきて、充実して、とても静かで
暖かい、感慨みたいな幸福感に包みこまれる…。

そんな感じで、早い話が自分もやっぱり
上手くこの凄さを言葉にできない。

どの部分を捉えても、多分それ以上のスペックなど、
ライバルの他メーカー群によって、
とうの昔に追い越されているのだと思う。

もっと美しい背景ボケのポテンシャルを有するレンズを、
私ですら、かなり多く知っている。

それぞれがそこそこ過不足ないスペックで、
それらがバランスよく調和して、
空気感とか温度感、肌感に至る奇妙な現実感が、
最も効果的で自然に描写して、その呆気ないほどの普通さに、
小さく小さく「よしっ!」っと左拳を握って感動する…
そんな感じ。

現代のAFレンズの、過剰なくらいに圧倒的な
情報描写能力に文句はない。

拡大してみれば、微細なものまで写り込んでいるのだろうし、
10km先のビルの窓辺に佇む人の表情まで、
リアルに描写しているのかもしれない…
そうした驚異的スペックを内包した総合力で、
アートなコダワリの写真を撮る…
素晴らしい!と、率直に思う。

ただ、長年、音楽を仕事や趣味として深く関わってきたけれど、
機械や楽器が進化した分、音楽も素晴らしくなるかといえば、
それは例外なく否である。

新しいテクノロジイは、作業を効率化するだけ!。
そして効率化によって失うものの方が実は大きかった…
という当たり前のことに、人はやがて気づく…。

誰かが言ってたけど
「カメラの自動化はとっても便利だけど、
 最も楽しくて人間的な作業部分を、
 わざわざコンピュータに任せるなんて馬鹿げてるじゃない…」

上の写真も、レンズは1937年製だが、カメラ側の心臓部=センサーは
2014年製である。云ってみれば満78歳と満1歳の共同作業。
当世流行の「ネットワーク」なんていう言語は、一切通じない中で
あくまでも自分がその媒介となって写真を撮る…。
なんだかちょっとワクワクしてこないだろうか??



高校生の時に、細野さんや鈴木茂さんらのキャラメルママを核とした
いわゆるミュージシャン/プロデューサー集団のTin Pan Alley系の
皆さんに憧れつつ、そうしたシーンから生まれ出た音楽も熱烈歓迎で
何でもよく吸収していたように思う。

数年後、フトしたきっかけで、茂さんとか次利さんあたりと
スタジオで仕事をご一緒するようになり、「憧れてた」ことを
告白すると、茂さんだったかが「今はもう中に入ってるじゃん…」
と…いわれ、まあ端っこのそのまた端っこだけれども、
何だかとってもうれしかった…実感は全然なかったけどね…。

ジョン山崎というキーボードプレーヤーは、最晩期のゴールデンカップスが
デビューとなるらしいが、私が存在を知るのは深町純と小原礼さんのバンブー
っていう壮絶ファンクバンドのNHK-FMのライブ放送!。
彼はヴォーカルもとっていて、えらい上手いな!
そう思って注目してたら、次はジョン山崎&School Bandで、
ティンパン周辺から忽然と登場し、即刻アルバムを購入した。

サウンドは、いかにもTin Panっぽいメジャー7系ではないし、
南部的フュージョンっていう、カテゴライズしにくい立ち位置で、
果たしてどの程度売れたのか、私も何をどう気に入ったか?、
今となってはあまり記憶にないけれど、
YouTubeでこの曲を聴くことができて、久々興奮したなあ。
ほぼ40年ぶりに聴いたことになるけど、
♫サイコサイコー…しっかり覚えてた!。
School Band - Psycho Saiko

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病院遊び?

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P.Angenieux Paris 2.9/45 (1949)

今日は、お天気も悪いし、寒いし、
なによりメンドクサイ病院の日…。

結局、お手軽に自室横の小さなテラスに生息する(?)
タヌキ君にご登場願った。
彼もまもなく雪に埋ずもれ、また来春まで逢えなくなるし…。

相変わらずのアンジェニューの
ボヨヨとした実存主義的な写り(?)も
不思議と心和ませる…。


ここのところずっと、主治医の診察前の約30分間、
管理栄養師さんという「ナウなヤング(!)」のお姉ちゃんの
個室(!)をノックして、差し向かいで(しつこい!)、
栄養診断というのを受けている。

3日分だけだが、朝昼晩の食事内容を、みそ汁の具の内容に至るまでを
詳細に記入し、トータルのカロリーやら、制限されているタンパク質や
塩分量などを数値化して、早い話が「もっと減らせ!さもなきゃ死ぬど!」
脅され叱咤激励をされるわけだ。

嘘を書き込むのは簡単だ。
理想的な食事内容というのも十分心得ているし、失礼な話だが
栄養師さんの言いそうなことも、充分了解しているのだが、
そうなるとどうも、生来のサービス精神というか、いたずら心が
ムズムズと頭をもたげて、栄養師さんもいつも同じような答弁では、
辛かろう!?と、あえて少々特殊な食事の日のメニューを
モニタリングして、問題提起?を提供するのだ。

○月○日夕飯 豚しゃぶ鍋(豚肉300g…野菜…豆腐...)
       …フルーツ:ラフランス1個

肉300gなんて明らかにオーバードーズの過剰摂取!
さてさてどう対応する?栄養師さん…。

ラフランス…季節モノの果物なんて、年間何食も食すものではないし
これもどうする…?サービス精神というより、意地悪かな??
なんて思う。

ところがナウでヤングで、オマケにちょいと美人な管理栄養師さんは、
そうしたこちらのいたずら心など、瞬時に見抜き、
見事な神対応で切り返されてしまう。

「しゃぶしゃぶ…ですか...お肉300gくらいペロッと食べちゃいますよね!
 勿論毎日ではないでしょうから、いいんですよ、その時は好きなだけ
 召し上がってください…。ラフランス…美味しいですよね、
 私も昨夜食べました。でもこれって、食べごろは一年のウチ1週間くらい
 なんですってね…だからその時期は一生懸命に味わう…
 いいんじゃないですか!
 そんなことより毎朝のハムエッグ!..卵かハムかどちらか1つにしましょうね…」

私の完敗でした。
ナウなヤングで(ちょいと美人)の若者….恐るべしです。


      
さて前回に引き続き、ロジャーパウエルにご登場願うことにした。
それまで、敬愛するキーボーディストっていえば、ジョーサンプルだあ
リチャードティーだあの、ビルペイン(LITTLEEAT)だのと云ってた
私だけれど、例のデヴィッドボウイショック以後は、ロジャーパウエルと
エディジョブソンが2大キーボードアイドル!?なんて云うようになっていた。

Wikiによると、ロジャーは大学卒業後、スタジオエンジニアをしていたが、
あるときシンセサイザーに出会い、興味を持つうちに一気にシンセメーカーの
ARPに転職。開発はもちろん、製品のマニュアル作成や、プロモーション活動等、
技術者兼デモンストレーション演奏家という立場で仕事に精出すうちに、
元スタジオエンジニアという点では共通体験を持つトッドラングレンと知り合い、
彼の主宰するバンド「UTOPIA」に加入。

UTOPIAは、ロックスター=トッドラングレンのバックバンド
という位置付けではなく、全員が曲作りをしつつ、メインヴォーカルも
分け合う、本来の民主的ロックグループの形態をとっているが、
何しろメンバーの力量は「手練中の手練」…。
演奏クオリティが高いのは当然としても(コーラスワークもエグい!)、
音楽ジャンルも、大甘ポップからハードなプログレまでと振り幅も激しく、
なかなかにファンとしては、グループの音楽性の実態が掴みにくい為に、
理解するだけでも、やや聴く方の経験と労力を必要とするバンド。

まあ、ZAPPA、XTCときて、このTodd Rundgren/UTOPIA…
ロック界の超優等生/秀才達だな…。

ENOの勧誘でデヴィッドボウイの丸1年に及ぶ世界ツアーに帯同、
それも無事終え、当然、同バンドの番頭格で残留して欲しいという
オファーもあった事は想像に難くないが、彼は早々にUTOPIAに戻ると、
待ち受けていたのは、彼がメインヴォーカルをとるこの曲だった。
「お帰りロジャー…」そんな暖かい雰囲気が…とってもいい。
まさに理想郷!
UTOPIA - Feet Don't Fail Me Now


おまけはお馴染みのこの曲!パロディも手抜きなし!「ビートルズ1 発売記念」??
UTOPIA - I JUST WANT TO TOUCH YOU


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魂はどこにある?

DSC07533アS
Summar 5cm / F2 (1937)

薄曇りの夕景 …
逆光の西陽が、薄い雲の向こうで中途半端に照りつけるっていう、
まだコーティングなんて発明すらされてない時代物のレンズには
最悪状況の中、それでも「いい味」出そういう健気さが、
もしかすると「オンボロでもライカ…」っていう、
プライド…ゲルマン魂(?)なんだろうか?

ゲルマン魂といえば、今話題のドイツの女帝「アンゲラ・メルケル」は
ポーランド系で、出生こそ西側のハンブルグだが、生後すぐに
牧師だった父の赴任先の「東側」に移住。そこで東西併合(1989年)
まで従順な社会主義者…として過ごしている。

現在はバリバリの社民系。
民衆に寄り添うリベラルな政治姿勢が、難民問題、硬軟取り混ぜた
対露政策等々に一定の成果を上げているように思う
(批判はあるにせよ、彼女以上の成果を、他の為政者では期待出来ないはずだ)。

現在、テロ事件で大変なことになってるフランス大統領オランドは
フランソワ・オランドという…。日本語で云えば、和蘭陀仏男…。

ちなみにフランス語でオランダのことを「ペイバ(Pais-Bas)」と呼び、
「ドイツ」のことは「アルマニア」と云う。何となくワールドカップ
(無論サッカーの)を観ていれば、そういう呼び名や、国歌の野蛮な
意味とか自然に入ってきて面白い。

右だろうが左だろうが、指導者の資質として求められるのは、
いずれに偏ることなく、出来得れば、民衆にそれを悟られない
バランスのとれた高潔な人材ということになると思うし、
そうした人を指導者に持つことこそが、国民の幸福という気もするが、
さて日本はどうなんだろうか??

「安定政権」という意味では、右左に拘らず「重要」であるし、
その一点においては大いに評価できるとは思うのだが…!?。

要らぬところで大和魂を無闇に振り回すのだけは、
御控えいただきたいものだ。



この映像こそ、私の人生を変えたといっても過言でないほど
当時驚嘆し、感動したまさにそのもので、それまで、なんだか
オシャレっぽいだけのジャズだのフュージョンだの、
ディミニッシュだミクソリディアンだと言いながら、
ただただ甘ったるい音楽に身を落としていた自分を恥じつつ、
翌日からはひたすらギターを叩き、唸らせる毎日!?
というのは冗談だが…。

デヴィッドボウイと、当時彼のプロデューサーだったブライアンイーノが、
ベルリンで発見したエイドリアン・ブリューに惚れ込み、
是非譲ってもらおうと、彼のバンマスのフランクザッパのところに
日参して得た逸材。同時にトッドラングレンのユートピアからレンタル中の
当時RMI社のアドヴァイザーで、アープシンセ(オデッセイ)の
開発担当者であり、最高のプレーヤーでもあったロジャーパウエルを獲得して
BowieとEnoの目指す最高のパフォーマンスを提供できるようになった
「STAGE」ツアーの、まさにその最終段階の日本公演を、
当時のNHKが、しっかり自前の渋谷のNHKホールに呼んで収録した、
歴史的な放送だったと思う。
(サードイヤバンドのヴァイオリニスト=サイモン・ハウスも居た!)

エイドリアン・ブリューはツアー終了後、直ちに当時の音楽シーンの最先端
トーキングヘッズに加入し、やはり来日して最高のパフオーマンスを展開し、
続いて驚愕のニュース=キングクリムゾン再結成に加担。またしても来日…。

時期的には、ちょうど私の職業的バンドマン人生にも重なり、
わずかなギャランティを得るため、クダラナイ場末の片隅で
苦手な演歌を、ヘラヘラしながら弾いてたりする私の耳元で、
常にエイドリアンはギターの腹をゴンゴン叩きながら、

「オマエはそれで楽しいのか?充実してるって云えるのか!?」

と、私にカツを入れ続けていたように、勝手にそう思っている。

仕事上は、便宜上、オシャレなラリーカールトンやリーリトナーを
真似してはいたけれど、ギタリストとしてのマインドは常に
エイドリアン・ブリューとともにあった…
そう云えるなあ…。

そういうわけで、1978年の暮、NHKホールでのデヴィッドボウイの
ステージ、’機関車’ロジャーパウエルと’気笛’エイドリアンブリューの
奇跡の名演!
STATION TO STATION
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二流の世界

GuruGuru6.jpgErnst Leitz Wetzlar Elmar 9cm/4(1936)

回ってる廻ってる…これが噂のグルグルボケ!…。

これが撮りたくて(?)、グルグル多発の妖玉として知られる
東独ツアイスのビオタールとかを、いきおいこんで購入したものの、
未ださっぱり撮れた試しがない。

一定の距離とか、絞りの具合とか、
これを作り出す法則とかノウハウがちゃんとあるのだろうが、
今のところは単なる偶然…というか、
たまたまエルマーを弄ったその初日に、
何だかファインダーの中の雰囲気が不穏な感じだぞ?!?って
探ってみると…怪しく回ってた!…って感じ。

まだまだ試行錯誤中のド素人から、
なかなか脱皮できないオヤジである。



ここしばらく田舎というか、少しばかり世間から
忘れ去られたような、日本の北の辺境の街にいると、
この街のイビツさが、とても端的に見えてくる。

もちろんこの街はとってものんびりしていて、
住み良い街なんだが、ノンビリがちょいと過ぎるようで、
ネガティブな方向で、様々な評価が押し並べて日本最底辺…
特に経済分野はほぼ全滅…。

そんな悲惨で深刻な状況なのに、意外にも住民は
平和で幸福そうなのが、何とも不思議だが、
救いでもある。

一番駄目なのは「地元マスコミ」…。
いや、既にそんな概念すらこの街では崩壊している。
本当に危惧すべき政治・行政の問題に、新聞もテレビも
見事に目を背け、それどころかツブサに摘み取ってゆく。

問題を遡上にあげることもないから、未来志向な議論も起きない。
議論しようにも、県民(市民)はとうに政治に対して諦め、
覚めてしまっていて、「どうせここは〇〇だから(仕方がない)…」が口癖。

新聞もテレビも、そんな切実なことから目を逸らすように、
美味い食い物とか酒とか、享楽的なことばかり話題にしてるようだ。

当然、誰も問題視しないから、行政や関連業界はチラカシ放題で、
失政、失敗も目につくけれど、市民に知らしめる手段が断絶しているから、
誰も責任を取らないし、反省も邂逅もないから、公共事業はほとんどの場合
失敗のまま先細り、どうせまた…もう驚きもしないよ…そんな感じで
結局はお人好しに赦してしまうから、物事は永遠に解決も改善もしない。

こうした田舎の実情を拡大すると、そのまんま、この国の実情に当てはまる。

もはや経済大国でもなく、エレクトロニクス大国でもない、単なる
有り体な国となったこの日本という国の、なんの創造性を有さず、
ただただ「調整」という「ゴマカシ」だけで生きのびてきた
為政者や財界人によるこの国の二流の経営者達が、
日本を確実に衰退させている気がする。

新国立競技場や五輪エンブレム問題なども、巨大利権に群がるオゾマしい人種と
それを上手い具合に「調整」して、御身大事を計ろうとする
コッパ役人達によるその顕著な例だろうし、件の安保法制も結局は

「いじめから回避する最良の方法は、いじめっこグループに加わること」

…という何とも二流な発想力を、政府自ら提示してしまった。

まあ、有り体で二枚舌の普通の二流軍事国…それが日本の目指す方向…
そう二流の国会が決めたのだから、もう仕方ないね?…。



明確な根拠なんてないのだけれど、自分が思うこの世で
一番かっこいいバンドって…
THE DOORS」。
今宵の「Break On Through」は、なんとこれが、デビューシングル!
すでにもうサウンドが完成しているな。

昔っから疑問だったのが、Kbのレイ・マンザレクは左手で完璧な
ベースフレーズを、見事なスナップを効かせて弾いているんだが、
これってやっぱりギャラ2倍?…まさかね…。

70年代後半あたりから、そうしたドアーズの雰囲気を模倣したような
パンクというかニューウェーヴグループが目立ち始めるんだが、
そんな中でも、エコバニのドアーズ指向は一歩抜きん出ていたようで、
デビュー直後の一時期など、完全ドアーズ魂(?)が憑依してたな。

彼らは曲によって同郷の先輩ビートルズが時々出てきたりもするんだが、
メジャーになると角が段々削れちゃってつまんなくなるんだけどね…。

The Doors - Break On Through


Echo & The Bunnymen - Over The Wall


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りのべえしょんなのだ!

リノベーション
Ernst Leitz Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

地元では老舗の酒、醤油、味噌の醸造会社の物流倉庫を
オシャレなカフェや焼きたてパン、生活雑貨、ビアレストラン等々に
今後も順次リノベーションしていくのだそうだ。

道路面を撮ったが、この面は施設の裏側で、内側に広い駐車場
や倉庫群などがあリ、そちらがメインエントランスとなるらしい…
最初からマイカー客をターゲットにしてるのが明白だが、
当地ではこれが正解答であるに違いない。

実は私も、まだリノベーションなんて便利な言葉はなかったけれど、
80年代から、東京近郊ながら、そうした計画に随分と参画してきた。

失敗例もなかったわけではないけれど、実績あるしっかりした
デヴェロッパーが仕掛け、管理する物件なら、きちんと統制され、
今現在も賑わっていると聞く。

逆に失敗するパターンも熟知している。
殆どが利権者の問題...生々しいので割愛する。

当所は、市街地中心部に隣接し、元物流基地だけあって、
充分な駐車スペースなど申し分ないから、当面の集客に問題はないだろう。

今後はカフェはカフェとして、パン屋はパン屋としての内容を
充実させ、その他イベントなども、切れ目なくケアできれば、
相当面白いケースになり得ると思う。

個人的にはこの場所に隣接しているが、今は退廃しきっている
「旧映画街」…なんとかリノベーションでもって復活して欲しいなあ。



愛するXTCである!。

80年代に入ると、バンドとしてもう無理にパンキッシュなスタイルを
装わなくても良くなったのか?より趣味性が高まり、
アンディのリボルバー&マジカルミステリーツアー好きは益々際立ち始める。

彼は何度もビートルズの、特にジョンレノン曲の自宅録音を繰り返し、
精度を高め、そうした成果?が、徐々にXTCの作品に現れ始める。
この曲も…まさに…だいぶジョージに寄ってるけど...大好き。

XTC - Beating Of Hearts


んで、いよいよ一人ぼっちになっちゃったらしいが、現在も頑固にXTCを
継続してるらしいアンディの新曲(?)がこれ!!
奴も還暦をすぎたら、何だかマッカートニーっぽくなっちゃったな??
ANDY PARTRIDGE - DOMO ARIGATO GOZAIMASU

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苦手の呪文

7299.jpg
Ernst Leitz Wetzlar Elmar 9cm/4(1936)

大トリのモミジ…いよいよ大団円。

シツコイようだが、盧溝橋事件の年に作られたにしては、
なかなかになまめかしいライカ=エルマー(9cm)の描写。
さらになまなましいのは、これをF千円ぽっちで競り落としたってところ…。
ライカなのに…エルマーなのに、コイツだけは例外的に
人気も価値もないらしい…名門ライカの堂々たるミソッカス…??



ご愛好の諸兄には甚だ失敬ながら、若い頃の自分は、
ゴルフオヤジと、カメラぶら下げオヤジだけにはなるまい!と
硬く堅く誓っていたにもかかわらず、その一角である
「カメラぶら下げ」は、見事にその禁を破ってしまった。

ゴルフは、もちろん接待に必要という、ただその一点で、
嫌々だが格安セットを購入し、それなりに書籍など数冊読み、
知識を深めた上で、打ちっぱなしに通うなどしながら、
手を染めたこともあるけれど、なにしろ競技自体を、
面白いと感じたことは一度もない。

自分にとっては、とても貴重な休日なのに、早起きをして
無為に時間を潰す厄介な雑事にすぎないどころか、
ある時、接待先の某老舗百貨店の仕入れ部長さんが、
林の奥深くに打ち込んだOBショットを

「残念、OBですね…」と云ったら、
その態度が気に入らん!OBなら君、真っ先にやるべきことがあるだろう!、
分かっとらんな!などと叱られつつ、周囲の課長だの係長だのの腰巾着らからも、
「もっと気を利かせろ!、とにかくオマエは打たんでいいから、
 とにかく走ってなんとかしとけ!」

その時に、もう将来に渡っても二度とプレーすることはないだろう...
そう心に誓った(あくまでも個人の見解です!)。

ちなみにその時のセットは、邪魔なのでゴルフバッグごと実家に
送ったのだが、それが今になって、毎日のように視界に入ってくるから
困ったものである。

カメラオヤジは、あちこちビジネス、プライヴェートに関わらず
旅行に出ることが多かったが、素晴らしい景観や貴重な体験の殆どを、
小さなファインダーを覗き込むだけで過ごし、
レストランでも、バーでも、恥ずかしいことに美術館、博物館でも
場所を選ばずパチパチ…本当に腹が立った。

そして奴らときたら、トラブルに巻き込まれ易い...。

高級カメラを強奪された。
スコールや砂埃にやられた。
空港でX線にフィルムが感光した。
地元の官吏にフィルムやカメラを没収された…。

その度に、大使館だの、警察だのインターポールだのと騒ぎたてる。
パニックに陥って、周囲に多大な迷惑をかけていることが分からない。
その国の人たちが持ってないような高級カメラを自慢そうに
ぶら下げ、携行するということに対する自覚、覚悟が、
決定的に不足している。

そういうわけで、カメラは持っていても、首からぶら下げたり、
場をわきまえずパチパチするのは、絶対に控えるべきと思っていたのだが、
今は見事に斜めがけ…しかも時によってはタスキがけの、2個…
ぶら下げてたりする…。

完全にオジイだな…って自嘲する瞬間でもあるかな…
まあ今は海外に出掛けることもないけどね…。



中3の頃は「モーリス持てば、スーパースターも夢じゃない!」
でお馴染みの鉄弦のフォークギター、しかもその一番安い奴
しか持ってないから、それを相手に指から血い滲ませつつ、
泣きながらコピーしてたのが、この「悪魔の呪文」。

ベーシックで、単純なコードの循環ながら、しっかりメジャー7thも
ジミヘンでお馴染みの+9th(#9)っていう、まさにロックギターの
醍醐味たる要素を存分に含む佳曲である。

もちろん、そう簡単にいかないのは、単純にエレキじゃないから!?。
中3の私はそう思い込んでいた。

そして翌年、高校にあがると、首尾よく待望のエレキギターを手に入れた。
もちろん日本製の、Fで始まるスペイン人みたいな名前のストラトキャスターのコピー。
(アンプは買えず、ステレオセットのAUX端子で強引に出力)

後年、破綻寸前だった米国の老舗F社を救い、80年代の老舗F社の
アーキテクチャを担い米国工場を再建。さらにJapan工場、Mexico工場まで創建した
日本のギターメーカー有志連合の中心的企業の一角ではあるものの、
70年代前半はまだ粗悪コピー品に過ぎず、トレモロアームのスプリングは
まるで輪ゴムか?ってほどビヨンビョンで、ちょっとでも触れれば、
チューニングは滅茶滅茶…サウンドもアーム同様で、何だかスカスカで
ピックアップを切り替えても大して変化がないような、
そんな残念過ぎる感じ...。

これで「悪魔の呪文」を弾いてみるのだが、なんだかどうにもこうにも
シャリシャリと似ても似つかないのだ。
もちろん指先はアコースティックで泣きながら覚えたものだから、
さすがにエレキだとスムーズに弾けてるのだが、サウンドがどうも違う…。

「やっぱ、レスポールとかSGみたいな、Wコイルのピックアップが付いた
 ギターじゃないと駄目なのか?」

あるとき、幼なじみのヨッちゃん(現August Moonのバンマス!)が、
「これ使ってみい…」って持ってきてくれたのが、
AceToneってメーカーのファズボックス。

ブヒブヒブヒーン!と、ケタタマシク歪んだサウンドで、
60年代のトロッグスかジャニスんとこのビッグブラザーなんちゃら
っていう時代的なこもった歪み。
それに前から持ってたワウペダルを組み合わせつつ、高域のヌケを確保して、
だいぶサウンド的にエゲツナク近づいたのだが、まだ少し違う…。
(結論的には普通にギターアンプを買えば解決するだけの話なのだが…)

そうしてるうちに、ところでこの曲、仮に今後完全に再現できた
にしても、ヨーデルヴォイスのタイス・ヴァン・レア役はどうするの??
と考え始めたら、一気にやる気が失せてしまった。
気がつくのが遅過ぎたな!!

と、云うわけで問題の...
FOCUS - Hocus Pocus (悪魔の呪文)


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たまには悟ってもみるのだ

7140.jpg
Ernst Leitz GmbH Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

「厄年」
男子の場合は、数え年で41歳(前厄)、42歳(本厄)、43歳(後厄)。

わが家では、そういう団体には一切入ってはいないが、
個人レベルで、家の小さな祭壇に真榊を立てることを絶やさない
信心深い家人の勧め…というより、ほぼ強制的に
有り難い「厄払い」を、毎年施していただいていたのだが、
その結果は実に…

前厄(満39歳):サッカーで骨折
本厄(満40歳):父親死去
後厄(満41歳):勤務先経営破綻

つまり、見事にハマってしまった…。

ところが、家人に云わせれば、

本当はもっと悲惨な事態に及んだかもしれないところを、
お祓いの結果、この程度で済んだのだ。
本当はラッキーだったのだ…という。

では父との死別はどうなのだ?と問うと、
父も几帳面な父らしく、万事キチンと調えて、
静かに旅立ったではないか!
というのだ。

俗物な私は、そんなの屁理屈じゃないか!と
反発もしたものだが、
今になると、何だかそういうことが
「信仰の神髄」であり、「神事のロジック」というものなのだろうなあ..
と、いい歳こいて初めて悟る私であった。



そういう神様のロジックからすれば、自殺なんてのは
最悪の選択ということになるけれど、若い時って馬鹿なもので、
自殺というものを、自分がどうのということではないけれど、
否定ではなく肯定的に受け入れる心情というものが、
確かにあったように思う。

そういうことから云えば、このジョイ・ディヴィジョン
イアン・カーチスなんて大馬鹿者だけど、どういうわけだかヒロイックに祭り上げられ、
私なんかも、大いに彼の音楽に感化されたなあなんて思う。
自戒の意味も込めて…
JOY DIVISION - Atmosphere

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昭和は遠くになりにけり

no1r.jpg
Ernst Leitz GmbH Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

ライカの古いレンズだと…
どうやっても自然と昭和な画風になるみたいだ…。

昭和の最後の日、私は例によって一人オフィスに居残って
深夜まで残業をし、平成初日も「休日」を国家から命じられたが、
私は自転車で出社して作業していた。
 
断っておくが、当時の会社は残業手当も休日出勤手当も、
有給休暇すらない…早い話が、仕事をしようがしまいが、
協議して決めた年俸を20等分して月給とし、残りの8ヶ月分を2度に分けて
「賞与」として支給されるだけのシステム。

おあつらえ向きに急遽休日となった静かなオフィスで、
私は珈琲を飲みながら、確か東芝製のワープロに向かい、
おそらくどこかの駅ビルかショッピングセンターへの出店計画書とか、
そんなものを仕上げていたんだと思う。

コンセプトだの、マインドだのって、なんだか無駄にカタカナな用語が
得意満面に流通し始めた時代で、「営業」とか「販売」なんて用語を使うと
時代遅れだと眉をしかめられ、嘲笑される。

だから無理して、マーケティングだのマーチャンダイジングだのって
用語を上手いこと使いながら、先方のデヴェロッパーだか、アドミニスターだかに
コーポレートガバナンスを疑われないよう、クレグレもSWOTに留意して
CSRしてね…そんな感じ。

昭和は遠くなりにけりだな…。



ポップスおよびロック(ジャズも)で最も好きな曲は?
って聴かれたら、私は迷わず「蘇州夜曲」ってこたえることにしている。

服部良一さん(作詞は西条八十)の珠玉の名曲で、昭和15年の作。
数多の歌手の人たちがこぞってこの唄をカバーしているけれど、
実際にはこの名曲の品格に適う歌い手はとても少ないと思う。

実はわが家の馬鹿夫婦もギター漫談…いやいや、デュオでは
十八番にしていたりするが、拙宅の家人も、この曲を唄うたびに、
自らの稚拙さを憂うということだ。

本日はアン・サリーさん版の「蘇州夜曲


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5年経ったぜ!?

DSC07122s.jpg
Ernst Leitz Wetzlar ’ELMAR’ 9cm/4 (1936)

昭和11年製のELMAR…。
ふと、レンズの発達って何だろうか?と、
禁断の疑問が頭をよぎった...。



倒れてちょうど5年が経った。

5年前、激しい目眩と強烈な胸やけ(?)で、ずっと苦しんではいたのだが、
ちょっと大口の新規顧客との契約を纏めねばならず、諸々奔走していたのと、
故郷の幼なじみバンド(Porto/August Moon)が、オヤジバンドの
コンテストの東北代表になって、東京恵比寿での全国大会に出場するぞ!!
というので、それもしっかり見届けねばならない…。

なかば気力でしばらく生きていたのだと思う(今はもう当時の記憶は曖昧)。

それらをなんとか無事終えて、ほっと一息ついたものの、
体調は悪化の一途を辿り、特に目眩はもはやほぼ歩行困難というより、
深夜2時の酔っぱらいか、ウォーキングデッドなゾンビ状態と成り果てていた。

仕方がないので、ちょちょいと何らかのドーピングで取りあえず、
この鬱陶しい目眩を取り払ってもらおうと、あまり深く考えずに
病院へ飛び込んだら、医師に宣告されたのは、思いもよらない

「心臓冠動脈と脳血管の同時多発梗塞…直ちに専門病院に搬送します」

それ以後は、にゅるにゅると気持ちが悪いカテーテル検査等を
行なうが、軽めの麻酔のせいか、何となく記憶が途切れ途切れ。

家人が周到なカンファレンスを医師から受けたらしいが、
私はその家人からのマタギキだから良く理解できてない。
いずれにせよ、明日手術だ…ということだけ
朦朧とする中でも理解できた。

心臓は、どうやらオペによってめでたく完治したらしい。

問題は、手術を終え、いよいよリハビリ開始という段になっても、
あの忌々しい目眩は一向に治まらず、ますます悪化している。
そのうち、ベッドからカラダを起こすと、後頭部の首の辺りから、
F1のフェラーリの甲高いエギゾーストノイズが、
盛大に鳴りだすのだ。

そこで問題が起きた。そこは某K大学系の総合病院なのだが、
医師不足並びに流動によって、脳外科は無期限休診中…。
つまりミタビ転院ということになって、それならばということで、
嫁&姑の秘密会談によって、いよいよ故郷の秋田行き…が、
決まるのだった。

故郷に戻ったのは大震災を挟んだ翌春…。

いろいろあったような、なんにもなかったような…。

取りあえず、元気で生きてます。

DSC07153s.jpg
Ernst Leitz GmbH Wetzler 'SUMMAR' 5cm / 2 (1937)



King Crimsonの1981年の初来日公演、奇しくもFRANK ZAPPA以来の
浅草国際劇場の全公演のチケットをおさえたものの、さすがに3〜4日目
ともなると、少々食傷気味になっていたのも事実なまさにその時、
例によって座席に多量に置かれたチラシの中に、

MELON X'mas Party In…」

出演は中西俊夫、佐藤チカ…えっ?Plastics? 土屋昌巳...そしてゲストがなんと
Percy Jones (Brand X)。当時も今も最も好きなベーシスト!
なんとクリムゾンの最終日と重なっているけれど、そんなことはたいした問題じゃない!。
迷わずパーシーを観に、いや聴きに、原宿はピテカントロプス・エレクトスなる、
後で知ったことだが、日本初の「クラブ」の、そのオープニングも兼ねた
パーティに馳せ参じる私であるのだった。

この曲は翌年出たデビューアルバムの表題曲で、奇しくも件のKing Crimsonに
参加直前だったエドリアンブリューのギターと(土屋昌巳も参加)、
特徴的なパーシーのベースが、なんとも当時のクリムゾン以上に美しいエモーションを
象っていて、名演だと思う。
MELON - Do You Like Japan?

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胸騒ぎの電話

summar干し柿
Ernst Leitz GmbH Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

わりと理想に近い、シテヤッタリのやさしいモノクローム…。

誰かが「秋から冬はズマールの季節!」と言っていたが、
薄曇りの、ぼんやりとパッとしない天気の中でこそ、
コイツはイキイキと造影するのかもしれないな。



一昨日、今はあまりチェックしてない古いメアド(PC)宛に、
やっぱり旧い部下から、久しぶりのメールが入っていたのだが、
日付はもう1ヶ月以上も前だった。

慌ててメールを返すと、今度は奴から電話がかかってきた。

奴「マッタク…どこに隠れてんすか部長!?」(部長は私のあだ名)

私「場所云ったら隠れ家じゃなくなるだろタコ!」

奴「相変わらずですね、なんか安心しましたよ」

私「そいで…どないしたん?なんかあった…?」

奴「はい…会社…つぶしちゃいました…」

私「会社って、あの時作ったあの会社…?」

奴「そうですよ、あなたが作ったあの会社です…」

実はすっかり忘れていたが、12年くらい前に、
私は苦悩の副社長を辞し、漆黒すぎるブラック企業などを
経験した後、少しの間だがコンサルティング的な仕事をしていた時期に、
元々営業部の部下だったその男(以前紹介した元高校球児)が、
「タイ」で貿易商社を起業したいというので、
様々面倒を見させてもらったのだが、その後私はすぐに、
今とは違う病気で倒れて長い入院生活に入り、
戦線から離脱してしまって、そのことを今の今まですっかり
忘れてしまっていたのだった。

私「ビジネスはうまくいってるって聞いてたけど…」

奴「最盛期は、昔、部長がやってたのを真似して、チェンマイに工場を作って
  50人くらい雇ってたんですけどね…一番信頼してた工場長にすっかり…」

私「やられたのか?」

奴「やられました…根こそぎ」

私「そっか…」

奴「はい…」

私「で…今は?」

奴「帰国してクモスケやってます。ピアノやなんか…」

私「オマエのことだから、またすぐ建て直せるさ」

奴「部長は?…」

私「俺は…わかんねえ」

奴「なんかそれも部長らしいっすね」

私「意味分かんねえな」

奴「なんか…良かったス、声聞けて。今度会いにいきます。秋田でしょ当分」

私「当分…なのかな…?」




もう、相当待ち草臥れた感のあるフランクザッパ(&The Mothers)
1973年12月のバンド結成10周年ツアーの大団円。
ROXY(ハリウッド)での3日間のステージ映像を
コンプリートですべてリリースするぞ!
ってアナウンスされてから早10数年….。
やっと昨日はるばる秋田のわが実家に届いたのだが、

あれ?DVD..1枚だけ?...3日間完全版は?。
10数年待たされてたったの95分…??
まあ、それでもね、絶好調時のマザーズの壮絶過ぎるライヴだけに、
もはや息をもつかせぬ素晴らしさは、昔っから折り紙付き。
音だけは、かれこれ40年間も、隅々まで舐めるように聴いてますから、
もう当たり前なんですけど、何だかなあ…もっと観たいぜ!勿体ぶるなよZappa家…
いくら孫の代まで充分食えるだけの膨大なアーカイブを地下倉庫に
隠し持ってるとはいえ、小出しはいけねえよ、小出しはよお!。

この予告編も何だかチビっ垂れてて、御大が生きてたら悲しむぞ!
ってそんな感じで….ROXY-The Movie- 予告編

何でもかんでもお値段高いZAPPA絡みのマテリアルにしては
今回は、この内容で随分とお手軽な価格で買えるようで、
国内版も既に発売されているようです。


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三文得したぜ!

p31.jpg
Ernst Leitz GmbH Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

いつになく早起きをして、モーニング珈琲など飲んでいると、
何日ぶりかの陽が射してきたので、
よしっ!…と気合いを入れつつ、出掛けてみることにした。

正直、諸々理由あって...とは言え、浪々の、現在は無職の身の上で
朝の通勤中の方々とすれ違うのは、やはり何だかちょっと気後れする。
自然と帽子を目深にかぶり、俯き加減で道の端を歩く自分がいる。

皆さん労働ご苦労さまです…えっ、私ですかい?
あっしは…もうケチなプータローでやんす…。
いやどうも天下の大路をすいやせん…こりゃまいったなあ
…と、卑屈な気持ちになる自分がとてもイヤ。

何だって月曜の朝っぱらから出掛けようなんて思ったんだろう?

そんな卑屈な気持ちでも、やはり「早起きは三文の得」!。
素晴らしい景色に出会えた。

写真は何の加工もしていない!。
そのまんま油絵の世界…!
いやはや、まいったね、こりゃ…である。

カラスも絵になる?…
758.jpg



このプロモフィルムの薄い色味の風合いが好き。
昔からうっすら思ってたことだが、今回のリストア映像を見て確信した。
妙に現代風にハイコントラストで、ゴテッとした色じゃなくて安心した。
Penny Lane

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