ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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年の瀬の幻

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Kern Switar AR C 25mm f1.4

寒いっす!

何はともあれ、旧年中は皆様いろいろありがとうございました。
来年も変わらぬお付き合いを賜りますれば幸いと存じます。
何卒よろしくお願い申し上げます。



誰にとってもだが、自分の代わりがいない
哀しき中小企業勤めの身分だったから、
年末は確実に大晦日まで働いていた。

ただし、暮れのあの狂人的な忙しさも、
さすがにクリスマス頃までには相当に落ち着いて、
身体が一気に弛緩するからだろうか?
何しろ大晦日は、てきめんに体調を悪くする。

激しい頭痛、発熱…そして最も厄介なのが、
歯痛…。

あまりにも痛くてオフィスでノタウチ回ってたら、
挨拶に来た銀行員が、ビジネス的に懇意にしてる地元の
個人歯科を叩き起こしてでも診察させてしんぜよう!
と豪語するので、藁をも掴む気持ちの私は、
普段からちょっとその大言壮語ぶりに呆れ果ててはいたものの
本日ばかりは、彼に従ってみるにした。

しかし豪語したわりには、案の定というか、
最初の3軒は不在か居留守…。

4軒目でやっと、白鬚のご老人が、パジャマに
ヘリンボーン襟のカシミヤのカーディガン姿で出てきて、

「おお、こりゃあ大変だ、入りなさい」と、
大掃除が済んだばかりという感じの、古いお屋敷に通される。

荻窪の閑静な住宅地、クルマなど通れない石畳の袋小路の
一番奥、鬱蒼とした林の中のお屋敷…
こんなところがあったのかあ...。

「歯科医院」というよりも「醫院」といった風情の
日当りの良い、中庭に面した診察室。

わざわざ診察椅子にかぶせたシートを引っ剥がすと、
戦前かい?ってな趣きの黒い革張りの診察椅子が現れ、
私を座らせた。

古いもの好きの家人に、此処を教えてやったらきっと喜ぶぞ!
古式ゆかしい治療椅子や、古くて黒光りしているが
しっかりした風格の鉗子やヘーベルなんかを見つけたら、
アイツ、キャーキャー言って歓声あげるぞ...
そう思った。

白髭のおじいちゃん先生は、先ほどのカシミヤのカーディガンを脱ぎ、
きちんと白衣に着替えていた。

麻酔して虫歯に穴をあけて、神経やその他のグチャグチャを
グリグリとコソゲ取り、消毒液を含ませた脱脂綿で蓋をして終了。
痛みはすっきりと嘘みたいに消えていた。
さすが医学はすごいな!

麻酔が消えないので上手くしゃべれないが、
自分なりに誠心誠意の礼を言って、袋小路どんつきの
鬱蒼とした林の中にある醫院をあとにした。

大言壮語な銀行員は既に戻ったのだろうか?
どうしたか、礼を言おうにもそれ以来一度も会っていない...。
というか、そんな銀行員が存在したかも
実はとても虚ろだったりする。

そして年が明け、家人を連れてその「醫院」を再訪しようと
向かったのだが、どうしても辿り着けないのだ…。

特にややこしい道のりではない。
よく知ってる教会通りの商店街から一本、石畳の路地に入り
その突き当たりの林…が、見当たらない上に、そもそも
周辺に林など存在しないのだ…。

その街(荻窪)には結局25年ほど住み続け、今も家族は
そのすぐ目と鼻の先にいるのだが、未だに辿り着くことがない
謎の「歯科醫院」なのである。



実は高校生時代の私が最も愛したアルバムが…

FRANK ZAPPA / HOT RATS

ちょっと恥ずかしくなるほどの一家に一枚、ジャズロックの
歴史的名盤だと思うけれど、もう何しろ夢中で毎日、
イヤ、一日に何度も繰り返しこれを聴いてた。

名盤ひしめく1969年の作なのに、私が高校生だった70年代中~後半
あたりの段階で、まだこの名作は国内発売すらされていなかった!。

当時の私は、大学生中心のレコードシェアグループのローテーションに
強引に最年少ミソッカス(?)で加わっていて、
偶然これがまわってきたのが最初の出会い。

ザッパ自体は、それまで何枚か聴いていたのだが
難しくて殆ど理解できなかった。
ところがこれは相当に分かり易かったか、
一発で気に入ってしまって、レコードの持ち主を辿って、
後生だから譲ってもらえないかと交渉したら、
社会人のヒトだったが「じゃ1000円で…」という事で、
めでたく私のものになったのだ。

キングクリムソンのあの衝撃のデビュー作も69年作だけれど、
これも日本発売は2年も遅れて1971年。その時のキャッチフレーズが確か
「アビーロードを抜いてトップに立った…」云々。

英メロディメイカー誌のチャート上の話らしいが、これはとても有名な話。
有名じゃないのは、その「~宮殿」を抜いて次に1位になったのが、
この「HOT RATS」だというエピソード。まあ何しろ凄まじい時代だ。

やがて80年代になって音楽メディアが一気に塩ビ盤からCDに
変換されるのを見据えて、生前のザッパは、私財を投じて
自身の全作品のライセンスを買い戻し、全作品のデジタルミックスを完了させ、
CD化に早期に対応していった(厳密には映画絡みの作品のみ買い戻せなかったが)。

ただデジタル盤HOT RATSは、我々が散々親しんだオリジナルミックスとは
かけ離れたものになってしまって、実は長い事、違和感に苛まれていたのだが、
2012年になって突然「再アナログ化?!」というか、アナログ時代の
オリジナルマスターテープによるCD化(ややこしい)が実現。
我々のようなコレクターには、ただでさえ公式に100タイトルあるところに
新たにまた100タイトル一気に上乗せ追加(しかも殆ど2~3枚組)...で、
まあ資金的に大変な思いをするのだが、それを拷問どころか、
「至福!」と思うのだから、ファンってつくづく馬鹿なものだと呆れてしまう。

そういうわけで敢えて我々が高校時代に熱狂した方のアナログヴァージョンで、
音もクモリ気味の、団子みたいに固まったサウンドだけど、
懐かしくて愛らしいオリジナル版で、2015年を締めくくります。
皆様、良いお年を!
"PEACHES EN REGALIA"


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バター餅買えず…戦略か?

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LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

市場もカキイレドキ、とても忙しいようだ。

現状では唯一、私が東京にいる家族に期待され、
喜ばれる行事が...

「タラコとスジコと燻りガッコと稲庭うどん
 その他を送ること」。

近頃はこれに「バター餅」が大好評の様子で、
リクエストが来ているのだが、
鳴り物入りで名産品として宣伝してるわりには、
どうした事か売ってるところが少ない!

取りあえず「食彩の宝庫」たる秋田市民市場では
取り扱ってない…とのこと。

駅ビルもプロパーでの取り扱いはなく、催事のみ…?
それも大体午前中で売れきれるのだそうだ。

折角のビジネスチャンスを一体どう捉えてるんだろうか?

もしかすると、虎屋の羊羹とか、吉祥寺のメンチカツのように、
希少価値を誘発して、あえて購買意欲とブランド力を促進させる!!
なんて戦略的なマーケティング措置なのか!
…考え過ぎだな。

と…いうわけで、何とはなしにセワシクなってきたなあ…
と思ったら、もう相当押し詰まっていた…。

毎年の事だが、こんな時節になると意味なく焦り、
めでたく新年を迎える事にも、
漠然とした不安感に苛まれる自分が
とてもイヤだ。

ああ今年もまた、何も為さないまま終わってしまった。
来年こそは…でも、一体なにを完遂するの?
どうなれば自分自身満足なの??

何だか正体が分からない不安と焦燥に暮れる
私の年末年始…。

ああそうか…みんな不安だから「初詣」に往くのかな?
それとも単に私が「小心者」なだけか??



先日から、意識してたわけではないが、Brian Eno絡みの
プロデュース音源が多くなっているようで、
それならいっそのこと、ご本人名義の、間違いなく最高傑作で、
ロック史にその名を残す大傑作。我々のロック好き仲間内では
「ロックの概念を破壊し、終わらせた問題作」
として名高い「Another Green World」から1曲をお歳暮代わりに…。

ちょっと恥ずかしいが、間違いなく私の人生ベスト3に入ってくる名作で、
自分の音楽に対する価値観を大きく変えた1枚であるのは確かであるし、
よくいわれる「無人島に持ってゆく1枚」には、このアルバムが
最も適当でそれっぽい。

アルバム全体を通して、ありとあらゆる刺激的な音の断片が
縦横無尽に飛び交い続けるのだが、特にパーシージョーンズの
独特なベースフレーズ(?)が、異様な粘りを見せる。
そこに絡んでくるのがロバートフリップや801系の曲者ども…。

King Crimsonが、Larks〜以降の3枚でロックのカテゴリーを停止させ
Enoがこのアルバムで終了させた!。
あとはパンクロックという、原初的で新しい息吹を誘発させつつ、
再起動&再構築を開始する。

Eno自ら、今度はプロデュース稼業でDavid Bowie→NY系パンク→
Talking Heads…そしてU2を以ってして、ロックの再構築に尽力し、
他方、当人名義では「環境音楽」なる分野のパイオニアとなって
そのトドメの一発が、Windows95の♫ジャン…ジャラリラリーン…って
あの簡素極まる起動音…あそこに辿り着くというのは、
何とも痛快ではないか!。
Brian Eno "Sky Saw" 


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結局やって来たのね大寒波

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Carl Zeiss PLANAR 50/1.8 (1973)

遂に寒波襲来!
しかも一気にドカ雪。
でもまだココロの準備が…
あああああああ…寒ム…。

スターウォーズたけなわの、この時節なんだろうが、
私はセコセコと、DVD版ながらやっと念願だった
是枝裕和「海街Diary」が鑑賞できてとても満足している。

出演者全員が、「ああ、いるよなあ…こういう人…」
という、きわめて普通な人々の掘り方/描き方が、
一瞬しか登場しない出演者も含め、一人一人に行き届き、
反映されているところが、何しろスゴい!。

さらにいえば、物語の中心となる四姉妹各様の個性に加え、
彼女達にそこはかとなく現れる、親や祖父母や、
諸々先祖から引き継いだ外観や性質…そういう仕掛けが
随所にちりばめられていて、日本人の本質に触れるような、
とても分厚い作品となってる。

まあ、ここのところタマタマだが、原節子さんのご逝去に
ともなう形で、小津安二郎や成瀬巳喜男作品を、久しぶり
立て続けて鑑賞したせいもあって、とても素直に
正調日本映画の世界観が自分の中に染み入ってくる。

卓袱台と縁側…庭の梅の木…そして家族…。
たとえ今はマンション住まいに身をヤツしていても、
これは日本人の原点だなって気がして
何しろほっこり暖かくて心地良い映画でありました。



先祖、血脈、遺伝子…といえば、一昨日テレビで見たこの方=
ウチの愚娘オススメ、トライセラトプスの和田唱氏も相当に濃い血脈の方…。

彼と小田和正がこの珠玉のメドレーを、例によって憎たらしいほどの
トテツモナク高いクオリティで唄ってたのを目撃して…
不覚にも泣いてしまった。

サイモン&ガーファンクルの神髄のすべてが
まさに、このメドレーに詰まっていると思う。
Simon & Garfunkel - Old Friends/Bookends


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老兵は死んではならない

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LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

秘密基地?

この地方のこの時期にはとても珍しく、雪もなく
よく晴れて、気持ちの良いイヴである。

「こんなウララカな気持ちの良い日に、
 仕事なんてしたくないなあ...
 あ〜あ、全部放り出して、何処かへポーンと
 飛び出せたらどんなに素敵だろうか!」

そんな風に、気持ちのよい青空を、
恨めしそうに眺めながら、しみじみと夢想したものだが、
さていざ、「どちらへでもご自由にどうぞ!…」
という境遇になってしまうと、
こんないい日に家にいるなんて勿体ないなあ…
と思いつつも、特にどこに出掛けるでもなく、
市場に行ってお歳暮を選んだり、年賀状を書くのに
結構な時間を取られている情けない自分だったりする。

ちなみに正月は家人、娘とも元日のみ休みで、2日から
仕事開始なのだそうだ…。
なんとなくだが、心中穏やかではなく、
意味なく焦り狂うオトーサンであるのだった。

50歳を過ぎたサラリーマンは、これまでの職場環境が
突如、青天の霹靂のように変化する。
収入を減らされ、辞めるならいつでもどうぞとばかりに
事務方に上からモノを云われる

自尊心をへし折られ、屈辱に塗れることもある。

「俺たちが今の組織の基礎を作ったんだぞ!」
といっても、

「はいはい、ごくろうさんでしたね…」

考えてみれば、共に泣き笑い、自分を引き上げてくれた
上司達はもう居らず、社長まで、我々が懸命に根回しして
裏口入学させてやったバカ息子(!?)に代替わりしていて、
いつもノートPCやタブレットを抱えた若い執行役員とか、
何ちゃらマネージャーっていう得体の知れない取巻き連中の
意見しか聴かなくなっている。

自分は、確かに瞬発力は若い時に比べて減退はしているが、
まだまだだぜ!と思ってみても、
主戦場は徐々に世代交代してゆかねばならぬのは確かで、
これまでに経験がない
「三歩引いた立場」
で、事に当たらねばならない。

それが案外難しい。自分なら1日でやっつけられる案件にも、
ダラダラと時間が掛かり、ただただ苛つくばかり。

良かれを思って手を貸したり、ヒントを与えても、
煩さがられ、疎まれる。

何もしなけりゃしないで、楽してやがる…
だから年寄りってのは…という事になる。

しかしそれでも、短気を起こさないで、身体が許す限り
職場にしがみつけ!と言いたい。

無駄な時間を過ごさず、とっとと第二の人生を模索しろとか、
起業を考えろ!なんて無責任なことを言う輩もいるけれど、
それで上手くいった例は、残念ながらとても希有だ。

罵声も屈服も仕事のウチ…くらいに思って、定年しても
再雇用とか、徹底的に職場にぶら下がるべきだし、
それが一番得策…。

反論もあるだろうが、自分はそれが出来ず、ほんの些細な
取るに足らぬプライドから、会社に迷惑かけたくない…
なんてツマラヌ事を考えて、相当早めに辞職してしまった後悔が強烈に残る。

これまで会社の為に尽くしてきた実績があるからこそ、
今の社内での小さな屈辱程度で済んでいるけれど、
まったく実績がない世間の荒波に出てしまうと、50才を
超えた人間なんて、誰彼問わずに、ただの役に立たない
くず鉄みたいなもの。

長い時間をかけて身につけたステップアップの為の
「知識」や「統率力」「決断力」なんて「総合力」よりも
今度は、小さな資格や、より実用的な技量の方が重用されたりする。
そんな世界に身を置かねばならぬ事を、覚悟せねばならぬのだ。

ちなみにだが、私は英検2級…を、ハローワークで鼻で笑われた。
えっ2級?、1級じゃないんですかあ? それより、ボイラーとか、
玉掛けとか…そういう実用的な資格.,..なにかないんですか…?

同世代の皆さんには、今いる会社で踏ん張って、
蓄積された知識や、得難い経験を生かして、現在の環境で
出来る限り頑張って欲しい。
そう思うのだ。



81年の再結成キングクリムゾンを聴いた時、咄嗟に思ったのが、
「あれ?トーキングヘッズみたいじゃんこれ…。」

それもそのはずで、エイドリアンブリューは居るし、
そもそもこの曲のレコード版の方はブライアンイーノのプロデュースで、
わざわざロバートフリップまで呼んで録音されたもので、
しかも時期的にクリムゾン再結成直前となれば、致し方ないけれど、
あの栄光のクリムゾンが何だか亜流ってのも、なんだかなあ…って
思ったものだけど、ここはトーキングヘッズの頑張りを褒めねばならない
わけで、イーノやフリップやブリューに加え、当時勢いを増していた
Pファンク勢とコラボする事で、また別の段階にブラッシュアップするグループが
とっても眩しく思えた、当時最も憧れてたトーキングヘッズ!

このメンバーのまんまで来日もして、ワタクシ個人的にも
人生ベスト3に入る素晴らしいライブでありました!。

ちなみにヴィデオ冒頭では、レギュラーベースのティナウェイマスが
なにやらセッションベーシストの立ち位置に腹を立てて、
たいそうオカンムリ…そんな感じですな。

Talking Heads - I Zimbra
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色白男子の嘆き

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Kern Switar AR C 25mm f1.4

オッサンは(私だが)、
生まれつきとても色白なんである。

雪国生まれだから当然…と、よく云われもしたが、
実は雪国民族(?)の中にあっても、相当に白い。
子供の頃からそれがとってもコンプレクスでイヤだった。

「〇〇ちゃんのホッペって林檎みた~い!」

「唇が、口紅さしてる女の子みたいね!」

以上が何よりの屈辱だったワード2題である。

だから、少し粗野で汚いぐらいにアクティヴな色黒少年が、
本当に羨ましかった。

夏は、出来るだけ外に出て、あるいは海水浴にいっても
他人より遥かに多くの時間を費やして肌を焼くように
心掛けるのだが、そうしたことで全身が軽い火傷状態の
ケロイド状態になって、熱くて痛い眠れぬ夜を、毎夏
我慢して過ごした結果、色黒とはほど遠い、
酢ダコのごとく赤く茹で上った哀れな姿が、
夏の定番となるのだった。

それでも当人は、夏の間の少しだけ有色系で
凛々しい自分が何より嬉しかったのだが、
当時のプールや海での、いわゆる海パン姿の集合写真を見ると、
自分だけ特段に白いのだ…。
モノクロ写真は恐ろしい….。

秋田美人とは、その突出した色白/餅肌がその条件のようだが、
その本質は民族の礎が「白人」であるから…と云われている。
諸説あるが、有力説として仮定され、多くの伝承が残されているのが
「古代ヘブライ人」の痕跡…。

あるいは「白系ロシア人」が交易の為に「大和国」とは
別の国の「蝦夷国」に多数入り込んでいたという説もあるが、
真相は分からない。

確かに地域によっては今でも、「日本人」とはほど遠い
彫りの深い西洋人顔や、アラブかペルシャ顔の
ムスリムちっくなお百姓さんは大勢居る。

で、私はというと、世界中どこへ行っても「ニンハオマー」と
声をかけられるマンダリン顔の、哀しいかな典型的ジャガイモ系縄文人。
ロシア、ヘブライには、残念ながら程遠く、よく考えてみれば、
自分は大人になるまで、本籍地は祖父の実家の「兵庫県加古川市」だった。

家人は、いかにも南方生まれな色黒女性。
よく奄美とか沖縄のご出身ですか?と云われることが多い
自称ポリネシア系垂れ目のクマソ。

渋谷辺りを歩いていると、妙な酔っぱらいのオッサンに絡まれて、
どうやらタガログ語と英語と日本語が混じった妙な言語で
「お姉さんどこのお店?連れてってよ…」

そんな感じだから、「私たち、逆なら良かったのにねえ…」
ということになって、さらに具合が良いのか悪いのか、
娘も母親似の浅黒系…。

そんなオッサンも今は年齢とともに上手い具合にズズ汚くなって、
色白感は殆どなくなり、自分としてはこれが何とも
とっても有り難かったりするのだ。

色白は七難隠す…男子にはまったく当てはまらず、
白いこと自体が最大の難関だったなあ。



何となく、学校に行ったり行かなかったりの、朝寝坊な
ダラシナイ感じの生活の中で、何の目標も希望もないまま
やっぱりダラダラと始まった音楽家生活だったが、
1年も過ぎると、わりと責任あるポジションというか、
自分なりの役割みたいなものが、徐々に形作られるようになっていて、
そんな中で本物のジャズ屋さんたちといっぱしのジャズバンド兼、
歌伴等のお仕事バンドを結成し、運営することになった。

他のメンバーの本物具合に比べて、
私など所詮ロック出身の付け焼き刃も甚だしい

「イカサマなんちゃってジャズギタリスト」。

バンドの音固めのリハーサル中なども、他のメンバー達が交わす
音楽理論の応酬が殆ど理解できず、次第に雑談にすら
ついて行けない辛さが、身に染み悩み始めるのだ。

あるとき、Weather Reportの新作の話題になった。
自分的にはその2年ほど前の「Heavy Weather」以降、
ちょっと落ち目かな?と思っていたのだが、
本物のジャズメン(?)達が云うには新加入のドラマー=
ピーター・アースキンが素晴らし過ぎるというのだ。
えっ?どこがスゴいの?と会話に耳を澄ますと

sax「普通なら、ストトトトトト..となるところを、彼はトトストストトトシャ.とやる。
   これはもう画期的で、そんなの初めて聴いた!」

drs「逆手からタム回すから、最後順番的に右手でクラッシュに手が届いて、
  左手で裏ミュートができて同時にスネアが打てるんだよ…」

pf 「あれはスゴいねえ」

bs 「ありえないねえ」

gtr 「え……………?」

正直、当時の自分にはまったく理解できない会話…
どうすれば良いんだろオレ..。

取りあえず私は、以前のウエザーに比べると地味な印象ながら、
デュークエリントン楽団特有の分厚くて華やかなブラスパートを、
オバーハイムのポリシンセ1台とサックス1本だけで、
涼しい顔で弾き通すザビヌルとショーターの老獪な凄さ。

対照的に、いかにも密室然とした4ビートベースを、
窮屈そうに繰り出しながらも、徐々に自分の間合いに強引に引きずり込む
ジャコ・パストリアスの異様な世界観…。

何だかジャズもロックも、いとも簡単そうに軽〜く吹き飛ばしたような
奴らのスゴすぎる真骨頂に、完全に打ちのめされるのだったが、
とても残念なことに、その激しい感動を、理論的に彼らに
説明することが出来ないもどかしさを、ひたすら口惜しく感じていた
当時のオバカな私だったのだ。

私のジャズ理論修得への猛烈な意欲が、ここから始まるのだが、
いかんせん、ほどなくバンドの人間関係というとても難しい問題に、
今度は苛まれ始めるのだった。。
Weather Report - Rockin' In Rhythm


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21世紀の未来都市はどこ??

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ANGENIEUX 45/2.9 (1949)

アンジェニューを使う時、少しだけ上気してる自分に気づく。

画面がアマくてユルいので(そこが好きなのだが)、
ピントの山を見定めるのが、とても困難ということもあるけれど、
奇跡的にキリリッとしたピント部分を確認できた時は、
いったいどんな素晴らしい作品に仕上がってるんだろうか!!
と期待に胸弾まさずにはいられないのだ。

まあ、大体そういうのに限って、期待はずれに終わるのが、
実になんとも…私の残念な人生そのものであるのだが...。

それにしてもこの街の電線の有様は、
どこもこんな異様な感じ。
まずは四の五の言わずに、とっととコイツらを
地中に埋める工事に着手して欲しいなあと思うが、
行政は、相も変わらず、道路拡張工事にばかりご執心のようだ。

80年代の頭ぐらいに、日本海ナントカ地震というのが、
わが故郷を襲ったのだが、あの時は東京も多少だが揺れたのだが
私は何故かそのとき東京のはずれの八王子辺りにいて、
たまたま銀座の友人と電話で話をしていたのだが、
その時の状況と会話が妙に印象的でよく覚えている…
もう30数年も前の会話。

八王子「おっ、結構揺れてるねえ…電線がゆらゆら…何だか危ないな…」

銀 座「電線?...まさかそっちはまだ電柱なんてあるんじゃないだろうね」

八王子「えっ、銀座って電柱なかったっけ?」

銀 座「戦後かよ!」

八王子「ああそっか、ゴジラが全部引倒していったんだね」

銀 座「おいおい」

21世紀も早16年…いやはやいやはや…。



高校時代からの音楽仲間のY君とは、今世紀に入って、
ひょんなことから「おお30年ぶりやんかあ!」と、
再会して以来、彼が頻繁に上京するたびに、
一緒に青山の「Blue Note Tokyo」にライブを観に行ったり、
まあ歌舞伎町辺りでグダグダ呑んだりしていたけれど、
ある時から、私が故郷に戻る羽目になって、
何やかやと世話を焼いてくれたりしていて、
ホントに助かったのだが、いろいろ焼いてくれたうち、
いちばん助かったのが、CDを焼いてくれたことか(違法?…秘密秘密...)。

彼が得意なのはジャズ系統で、私も病み上がりの弱った身に
ガチャガチャと分厚い音はちょっと今は苦手かなっていう時期に、
Y君はちゃんと気を利かせてくれて、努めて音数の少ないジャズを
私に供給してくれた。

その中でも気に入ったのが、Jesse Van Rullerという
新進ジャズギタリストのCD群…。当時のY君の口癖は

「もうアメリカからは優れたジャズメンは生まれないのか?!」

そういう言葉を裏付けるように彼が私に供給してくれるのは
キューバやニカラグアなど中南米カリブとかアフリカ人の優れた
ジャズアーチスト達による鮮烈な演奏。
そしてこのJesseはオランダ人。共演するミュージシャンも
敢えて著名な米人ではなくオランダ人始め、欧州人と好んで共演してる。

私はジャズに関しては、とてもベタベタな初心者のような
アルバムが好みで、Detour Aheadといえば、
大好きなビルエヴァンスの「Waltz For Debby」に
入ってるあの名曲じゃあないかあ!と、
テンションマックス!となる自分のミーハーさに、
ちょっと頭をかきながら、よくよく調べたら、
サラヴォーンもビリーホリデーもエラフィッツまで唄ってる超有名曲…。

まあそうしたわけで、急に寒くなって、体調の悪い向き?には
とても心地良い音楽かも…
Jesse Van Ruller(Trio) – Detour Ahead

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SF好きだけど...

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LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

時折雪がまじる、ボンヤリとした夕暮れ時の
ボンヤリした写真。

どこにピントがあるかも分からない...
21世紀のハイスペックなカメラから見れば、
恐ろしく貧相で、ダメダメな写真かもしれない。

しかしボンヤリと眺める分には、意外にほっこりと
心休まる不思議な感覚は、ズマールマジック?、流石のライカ…?。
いやいや、お店の努力とセンスに違いないですね…!



皆様お待ちかねの「スターウォーズ/フォースの覚醒」が、
いよいよ今夜、世界同時上映が開始されたようだ。

SF好きの私としては、当然の事と、全話欠かさず観てはいる。
観てはいるけれど、正直…

「内容は幼稚で凡庸だが豪華なエンターテインメント」

という概念で

「おおお、相変わらずツマランところにドッサリ金掛かっとるなあ。
 結構結構。SFはそれで結構。良いもん観してもろたあ…」

…そういう感覚でしかないのだ。

その理由は、もう何度も当ブログで語っているが、私が熱烈な
トレッキー」即ち「スタートレック・マニア」だから。

よく知られたことだが、
ジョージ・ルーカスも熱心なトレッキー。

スタートレックの版権元パラマウント社の重役達は
「SF映画はコストばかり掛かって、さっぱり儲からない」として
「スタートレック」の映画化は、TVシリーズ終了から10年経っても、
一向に実現しなかったから、業を煮やしたルーカスは

「ならば俺が作るぜ!」

と、FOXに企画を売り込んで、実現したのが初号の「スターウォーズ」。

その成功を横目で見て、パラマウントもやっと重い腰を上げ、
スタートレックの映画版を制作するのだが、
やはりスタートレックの本領は「連続TVシリーズ」!。

以後、とても夥しい数(全700話くらい!)が制作された
スタートレックTVシリーズと、実はさほど思い入れはない
13本ほどの映画版が、スタートレックの現在の全貌で、
今後も続々と新しいシリーズが生まれ、
映画も新作を重ねていくことだろう。

スタートレックはとてもよく出来た「ヒューマンドラマ」。
人間の尊厳とか、神/宗教の本質、差別/被差別問題、
生きる意義とは?というような難しいテーマを、
しっかりと45分間で描いてみせる!。
しかも毎週!

アメリカでは「子供が家でC3POの玩具で遊び、親はスタートレックの
ドラマに、こっそり涙する…」というのが、
アメリカの平均的中流家庭のモデルと云われて久しい。

今はさしずめスマホだゲームだ…だろうが、
よく云われることだが、ゲームは、
作る側は壮大なビジネスだが、
遊ぶ方には何らの生産性もない。
ただただ時間を捨てるだけ….。

スタートレックの約700話。
私なら、これからそれらを新たに体験して愉しめる幸運な方々が、
もう羨ましくて仕方がない。
既に体験してしまった自分や世界中のトレッキー諸氏は、
なんと不幸なのだろうか!?
そう思う

涙が出てきそうだ…!
trek1.jpg




以前、ちらっと見たまんま、すっかり忘れていたけれど、
もしやと思って検索してみたら、…あるじゃない!。
細野&UA版「夢見る約束」…。

やっぱり良いね。曲もUAも。

もともと戸川純をイメージした昭和歌謡!として、
細野さんの例の気まぐれとお遊びの虫から、
ムズムズと作り上げられた曲だったと思い込んでいたが、
今聴くと、ちょうど時代的にレナードコーエンとか、多様な
ニューウェーブの潮流に刺激された結果というか、
細野さん一流の「ヌーベルヴァーグ」だったような気がする。

ダクソフオンという楽器の音色が、ピンクフロイドの「シーマスのブルース」の
あの犬の鳴き唄...のように聴こえたのが、とても面白い。

夢見る約束

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ゆっくり行こうぜ!

Slow Life01
LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

激しく共感…
バー…かな?。



太古の昔から、営業担当者たる者、「政治・宗教・プロ野球」
それに絡む話題は絶対に御法度!…そういわれてきた。

しかしねえ、そう云われれば云われるほど、
そういう事を敢えて話そうとしない態度ってのは、
何だかあざといし、フェアじゃない(!?)って思ってしまう
困った奴が私なわけで…

「自分は子供の頃からの熱烈な巨人ファンでしたけど、
 実際に球場に足を運ぶようになってから、
 すっかり巨人が嫌いになりました。
 いや、巨人嫌いというより、厚顔無恥で傍若無人な巨人ファンが嫌い…。
 今はすっかり神宮通いで、ビニール傘持参で東京音頭唄ってますよ!」

と、東京のド真ん中にあるチェーン店本部でやらかして、
みるみる典型的巨人ファンとおぼしき担当者の表情が
こわばってゆくのを、私は密かに愉しんで眺めていたフシがあるのだ。

そうした背景には、自社商品に対する揺るぎない自信というのがある。
自分が最も尊敬するブレーン達やデザイナーのサポートを受け、
やはり世界最高水準の技術を有するクラフトマンを擁し、
コストパフォーマンスも相当に苦労して開発した商品が、
こんな野球ごときで崩れるなら、それもまた結構!…
そう思っていた。

根本的に私は、きちんとやるべき事はやった、納得の品しか
売る事が出来ないから、当時の上司らからは、

「オマエは商売人ではない。商売人ならそこらに落ちてる
 石っころでも売りまくるはずだ…」

そんな風に云われてたから、確かに自分は商売人では
ないだろう。それで結構。上等だぜ!
そう思っていた。

さて、テーブルを挟んで向こう側に座り、難しい顔をしている
後に私の最高のビジネスパートナーになるその男は、
全国の駅ビルなどに、当時50店舗ほどのファッションショップを
展開する会社の、噂のやり手で、30代前半の若さで既に次長(当時)
だったが、そのやり手次長が私にこういった。

「とても不愉快ですね…。
 あなた、今、私を試してますよね?。
 私がここで気分を害したら、そんな狭量な器量の奴が担当者の
 会社なんかと取引なんか出来るかよ!…そういう事ですよね。
 でもアイニクでしたね…私も巨人、大っ嫌いですから!」


現在の私は、自分とは政治的な考え方が180度異なる方々のブログが、
何だかある種のブラックジョークかギャグみたいで面白がって
読みつつ、時々、コメント欄に質問などするのだが、
靖国命なブログ主さんは意外にもきちんと答えてくれたりして、
勿論解答内容に納得は出来ないが、それはそれで尊敬すらしている。

思想が違うといっても、同じ日本人で、国土や故郷を愛し、
平和を願っている事に何ら変わりない。
思想体系は、それが行動となって示されるときは、案外同じような
ことをするのではないかな…とさえ思う。

正直に腹の中を晒して、裸のおつきあいが出来るのなら、
ホントに素晴らしい世の中が出来るのになあ…と、
思うのだが..さて?。



実はリアルタイムに新譜!で初めて購入したThe Bandのアルバムが
Moondog Matinee」っていうカバー曲集。

その前にいわゆるサカノボリで、既に歴史的名盤の誉れ高い
Big Pinkなんかを買って聴いてはいたけれど、
さすがに新譜というのは、いつの時代も、
初めてレコードに針を落とす緊張感というのは格別だ!。

で、いきなり出てきたサウンドがまさにこれ!
何だかとっても嬉しくて、浮かれて踊りだす。
スゴいゴキゲンじゃんか!最高じゃないか!どうだ!って、
得意満面にこの曲を聴いて興奮した時のことを、今も鮮烈に思い出せる。

家なしだけど、何とかなるさ、ゆっくり生きてこうぜ!
The Band - Ain't Got No Home


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人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし

8598.jpg
Kern Switar AR C 25mm f1.4

何とも賑やかなレンズだな…
うるさいくらい…でもとっても好き
気に入った!。



バンドマンをしていた頃は、
新人タレントの仕事がメインだったから、
予算的に単独で行動する事が多かった。
そうしたわけで、仕事現場に出掛けるたびに、
その凄まじい手荷物の量に悩まされる。

東京周辺に実家がある人は、「クルマ」で
荷物とともに軽快に移動!…というのもあるだろうが、
毎月の家賃に苦しむ地方出身者には、
クルマを持つなど、それこそが「成功者の証」
...みたいに思えた時代である。

稼いでも稼いでも、家賃と生活費と半分見栄の交際費に
苦しむから、地方出身の貧乏バンドマンは、
いつも重装備で電車移動。

ギターを背負い、右手にエフェクターやシールドなどが入った
ケースかバッグに、ユニケって呼んでた衣装ケース(靴が意外にかさばる)。
左手には電車内での椅子代わりにもなる「ギターアンプ」。

それがスタンダード。

さらに、マネージャーが帯同出来ない地方現場というのもあって、
そうなると譜面(手提げ袋にフル!)…これはまだよしとしても
許せないほどキツいのは、現場の後援者に渡す「サイン済色紙」の束。

この状態での乗り換え駅の階段の昇降なんかは、
何しろ地獄絵図となる。

一応ギタリストなのに、指の感覚は麻痺し、
到着間近の頃には、体力も尽き果てて、
5m前進するごとに5秒休憩…
そんな情けないボロボロ状態でやっと現地到着。

勿論、たとえ苦しくとも、タレントに荷物を持たれるなど、
絶対にさせられないのだ!マネージャーでもないのに
何のプライドかさっぱり分からないけれど…。

現場に到着すると、マネージャーに代り、真っ先に
後援者や技術スタッフに挨拶&打ち合わせの後、
現場のバンドと対面し(地元のフルバンド=キャバレーバンドの場合が多い)
リハーサルの時間はまずないから、譜面を配りながら、
曲調やテンポを説明したり、質問を受けたり
その日の時間に応じたサイズや進行の確認をする。

地方のフルバンドは、わりと規格外の演奏者もいて、
バリトンサックス?とかハープとか、トロンボーンが
どうしたことか4人もいるとかで、そうなると譜面がないので、
途端にスネられる。
(当時はそう簡単にコピー機は配備されてないから、その場で
 書き写すしかない!)

バリサクはKeyがアルトサックスと同じE♭なので、
申し訳ないと詫びつつ、アルトの譜面を渡し
流用してくれと頼むのだが、今度は音域が異なるから、
「はい、どうしましょうか…バンマス殿!?」
とヤラレ、その場で書き直したりもする。

ハープは全く予想外で「ほぼ土下座状態」で詫びつつ、
お休みいただくしかない。キチンとドレスを着込んでいるのに、
「お飾り」は相当に不満そうだ…。
きちんと打ち合わせをしてなかったマネージャーを恨むしかない。

一方、スタジオ仕事だと、何しろ都心のスタジオが
現場だから、ちょっぴりリッチにタクシー移動。
まあこちらは、深夜のライヴ終了後という事も多いので
ほぼ、電車移動という事は有り得ないから楽ちん。

さらにバンド単位のツアーとか長距離移動となると、
会社の輸送部の楽器車やツアーバスが使えたから、
のんびりピクニック気分ともなる。

いずれにせよ、電車移動が中心の一匹狼バンドマンは、
いつかマイカー移動を夢に見つつも、纏まった金が出来れば
即座に楽器に投資…もしくは、脱四畳半、脱六畳一間、
Welcomeユニットバス!…と、引っ越しを目論むわけで…

地方出身の一匹狼バンドマンは、
なにしろ、なかなか辛いのである。

寒椿…? 今、わりと満開かな…。
8521.jpg



ライクーダーのようなギター弾きになりたい!
なんて、とてもほのかに思った時代があった。
速弾きとか華麗にジャズスケールをキメル系のギタリストは、
仕事上研究はしたけれど、アーティストとしての魅力は全く感じなかった。
単なる職人というか、ナルシスト...練習すれば出来るし…って感じ。
スライドもブルースもテックスメックスもケイジャンも
ハワイアンスラックも沖縄もラテンもアフロキューバンもポルカまで…
縦横無尽なライクーダーに、ミュージシャンとして憧れていたのだ。

彼の長いキャリアの中で一番好きなのは、
やはりテックスメックスの至宝フラーコヒメネスらと共演していた
Chicken Skin Musicのあたり…。
その中でもやっぱりこれが好きかな…
Ry Cooder - Smack Dab In The Middle

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新世界より??予告篇

8427a.jpg
Kern Switar AR-C 25mm f1.4 (1959)

遂に踏み込んでしまったシネレンズ(16mm用)の世界。

アンジェニューを使い始めたあたりから、いつか自分も、
その倒錯した映像世界へとイザナワレるだろうな…と
ココロの奥底で密かに思い描いてたその時が、
遂に来てしまった…。

Kern Paillard Switzerland SWITAR AR C …

てっとり早く試し撮りは、近所の居酒屋の「なまはげ君…」
この時はまだ、ちょっとクセはあるけれど、まあまあこんなものか?
と思っていたら、いきなりこのタイムトンネル!?
ムンク?? 

8441.jpg

いったいどうなってしまうんだろう…自分?

というわけで、新世界より?…予告篇でありました。

これがこのレンズ本来の姿ですね…
1769723_140904170803_IMG_1639.jpg

好いおじさんになりたい

DSC08382S_DxOFP.jpg
LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

何だかちょっと場違いな、満々開の赤…。

すべてが樟んだ、色のない季節になって、
とっても残念に思うこの自分の心境というのが、
実に人生で初めて…。

季節の移ろいを、ただ単に寒いだの暑いだのでしか
感じる事が出来ず、軒先のちょっとした花を愛でる気持ちなど
露ほども持てなかったこれまでの自分...。

明らかにカメラ趣味のおかげで、
とても豊かな気持ちになれたような気がする。

それを、なんともミョウチクリンで面白いなあと思う自分は、
またひとつ歳をとったらしい…。
昨夜、家族からの電話で、そのことに初めて気づいた…
Happy Birthday…って、ああやれやれ…。


家人の九州の甥っ子(妹の次男)が、
「ミュージシャンになる!」と宣言して上京し、
その筋の専門学校に入学したらしい。

義父母は盛んに「オマエの旦那の影響や…悪影響!」と云ってるらしい。
勿論冗談だと思うが、以前に私の10歳下のイトコも、
バンドのリードヴォーカル兼ギターで、実際にメジャーデビューしたらしく、
もちろん、私のイトコだけに?全然売れず…
泣かず飛ばずのままニート状態で三十路を過ぎ、
アラフォーでやっと携帯音楽配信会社?なる、なんとも怪しい会社を作り、
それはそれで今もなんとかなってるらしいから、まずは一安心なのだが、
それまでは、寄ると触ると「オマエの悪影響だ!」と、
その父親たる叔父から随分責められた事を思い出した。

で、九州の義甥(?)に対し、今の私は何もしてやれないから、
東京の家の納戸の一番奥に仕舞ったままの
「Ovation」のエレアコギターを、彼に進呈して欲しいと、
伝えて貰った。

数本あったエレキギターは、「遺産分けだぜ!」とか
なんとか言いながら、ノリで様々な人たちに進呈して、今は1本も持ってない。
せめてこのアコギの1本くらいは、手元にあっても良いだろうと
敢えて残していたものだ。

そんなに素晴らしく良いモノではないけれど、
所持して恥ずかしいというようなものでもないはずだ。

調べると、今は近隣アジア製が多く、価格割れもしているらしいが、
きちんとしたUSA時代の、それなりに当時の給料1.5ヶ月分くらいはしたものだ。

しかしなんとも彼はそれを固辞した。

「アコースティックギターは自分でバイトして、欲しい機種(Taylor 500番台?)を買う...」

自分が若い頃なら、そんなおじさんが居たら、
ゴロニャンして(表現が古い!)、有り難く戴いたはずだが、
今の子達はどうやらそうではなく、コダワリが強いらしい。

殆どチャラついてた自分らの頃と違って、それほどの強い想いなら、
なんだか上手くいきそうな気がしてくるから不思議だ。

勿論そんなにあまい業界でないのは、
十二分に知り抜いているんだけどね…
頑張って欲しいな。



Roxy Musicは、日本においては故今野雄二氏が、
いつも思い入れたっぷりに絶賛し解説していたから、
どうも彼のファッションセンスというか、いわゆるゲイ方向の
「マッチョな…」表現手段も含め、まだまだ理解されてない状況にあって、
ロキシーも何だか迷惑とまでは云わないけれど、
日本においてだけ、ちょっと割を食ってたのは確かな気がする。

なにしろ品行方正?ではないが、まだまだイタイケな70年代中期の
公立全日制普通科の高校生に「ロキシーが好き!」と云わせるには、
ちょっと度胸というか、それなりの覚悟が要ったような気がする。

私はどの時代のロキシーミュージックも総じて好きなのだが、
彼らの活動歴を俯瞰してみると、この時代(Stranded~Sirenあたり)が
猥雑で雑多、いかがわしくてマッチョでグラマラス…(??)、
早い話が最もバンドっぽくて一番好き。

無論最終形のAvalon Roxyも良いのだが、バンドの音がしないのが、
私にはちょっと減点かな。

バンドの音っていうのは、よく化学反応って云うけれど、
結局は欲望その他諸々の愛憎渦めくバンド内人間関係の中で醸し出される
サウンドが、単純に足し算ではなく、かけ算になったり、
割り算になったり、因数分解したり、三角関数したり…
まあ様々思いもよらない変容を見せ、私などはそれがたまらなく
楽しくて、それこそがロック(ジャズもだが)の醍醐味だと思うのだが、
ブライアンフェリーのように、楽器を演奏しないタイプの「歌手」には
それがとっても苦痛だったようで、正しい自分発露の場は
ソロアルバムだと考えて、並行してせっせとソロ活動の中で
好きなスタンダードナンバーなんかを唄ったりしていたし、
Avalonも云うなればソロ作に近い作風。

そうしたわけで私はフェリーのソロアルバム群にあまり興味はないし、
それはファイセスとロッドの関係なんかでも同様。

そういうわけで、バンド臭い中期のロキシーで適当なのを…って捜してたら、
なんとまあジョンウェットン入りのロキシー(とてもレア!)を発見。
ここにウェットンが居て、彼らしくブンブン鳴らしてるってことは、
既にクリムゾンの最終ツアーは終了していて、「USA」での
エディジョブソン(差し替え?)も無事作業完了。
二人仲良くロキシーでまた一緒(おんなじジムショだし…)。

と、いうわけで、何故かとってもキングクリムゾンちっくな
Roxy "Country Life" Music - Out Of The Blue


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昭和のぬくもり

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ANGENIEUX 45mm/F2.9 (1949)

このシリーズを少し撮り貯めてみよう…
なんて思ったけど、これがなかなか見つからない。
郵便受けなら、結構見掛けるんだがね…。

子供の頃は、わが家にもコイツがあって(ウチは武藤牛乳!)、
毎朝、瓶牛乳2本と、箱の上にやっぱり瓶入りのヤクルトが2本配達されていた。
ごく稀に、瓶入りのヨーグルトが入っていると、
私などオオヨロコビで転げ回る…。
しかしそれはごく稀。母によると

「良い子にしてれば、牛乳屋さんがご褒美でヨーグルトを入れてくれる」

すっかりそれを信じた私は、たまに玄関先で出くわす
牛乳配達のおばちゃんに愛想笑いなどしつつ、ちょいと媚びながら、

「カアサンのおつかい、ちゃんと行ってるよ」
「犬の散歩も、朝夕きちんと30分以上連れてってる」
「おばあちゃんのジュウシマツの世話もしてるんだよ」

などとアピールするのだが、牛乳屋さんも万事承知なのだろう…

「良い子にしてたらね、今度はプリンが入ってるかもよ!」

やがて予告通りプリンが時々混じるようになったのだが、
当初は親に「何かの間違いだから食べるな!」と云われ、
牛乳屋のおばちゃんに「いつもすみませんね…」と、
丁寧にを礼をいってるのを、何とはなしに目撃しながら、
朧げに、事の顛末というか、大人の社会の筋書きのようなものが、
子供ながらも見えてくるのだった。

ちなみに今現在も、牛乳屋のおばちゃん(今の私より遥かに若いけれど)
が、週一回だけだが、毎週やってきて、牛乳だけではなくて
諸々の食材を届けてくれる。

もともと独居老人宅…の時期が長かった我が実家。
それはそれでとても助かったのだろうが、
何か大して好きでもない、かりんとうとかどら焼だとか、
硬くて噛めない煎餅なんかを、毎週大量に買ってたりして、
無駄だなあ!?とは思うのだが、
震災のときも、様子見がてら、真っ先に水や食料を届けてくれたらしいし、
週一ながら、牛乳おばちゃんとの世間話も楽しいようで、
まあそれはそれで、「有り」なのかなあ…と思いながら、
やり取りを眺めている私がいた。



大昔…30年ちょい前かな…? 下北沢で中古レコード屋を営ってた知人が、
ある日唐突にこう私に宣言したのだ!

「俺は今日から、終世、ザッパとデッドしか聴かないと誓う!」

おいおい…いったい…?と訊いてもよくわからず、ただひたすら

「そう決めたから、俺はそうするのだ!」

時に商売どうするのさ?と訊ねると、

「それはビジネス。聴こえてしまったものは仕方がない」

数日して奴は唐突に店を畳んだ。
しばらくして、やっぱり唐突に案内状が届いた。
小滝橋に新しいオフィスを構えたから遊びに来いという…。
奴は輸入CDの正規国内ディーラーを既に始めていた。

会社はどうやら成功したらしい。なにより彼の会社から
私は今も「新譜CD」を注文し買い続けてるのだから…。
義理で買うのではなく、常に私も欲しいと思わせるタイトルを
発掘し発売し続けるから…。

で、ザッパとデッドしか聴かない誓いは??
もう30年も前の誓い、訊かなかった事にして許してやろう。

彼曰く、「きちんとした大人の嗜みとしてのロック=グレートフルデッド」
(確かに子供な自分は最初ちっとも彼らの良さが分からなかった!)。
さて何を選ぼうかと思ったが、何しろライヴ曲はひたすら長い…で、
ビートルズで云えば「抱きしめたい」とか「シーラヴズユー」みたいな
ベタベタ選曲で恥ずかしいが、取りあえず短めで収まるこの曲…

ユルさと緊迫の絶妙な均衡感…ハマるとクセになる
その常習性にご用心(ヤバい)。

Grateful Dead - Casey Jones

※12/10 映像を差し替えました。
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屋根裏の神様

summ.jpg
LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

実は同じ国内メーカーの、新旧5年ほど発売時期が異なるものの、
ほとんど同じクラスの2台のミラーレスカメラを
いつも鞄に入れてるのだが、古い方のカメラには、
ここのところずうっと、ズマールを付けっ放し。

新しい方のカメラに、今日もリサゴンだのフレクトゴンだの
ビオタールまで、いろいろ持ち出し、取っ替え引っ替え
バチバチと撮っているのだが、時折、一応おさえておこう…
と、チラチラ使うズマールの写りが、やはり際立っていて、
今日は違うレンズでいこう!…なんて思っていたのに、
結局ココロにズドンと刺さるのは、ズマールの写し出す画…。

そんなに精彩でもないし…少しクモリもある
どちらかというと「あまいボケ玉」なんだが…
なんでだろうね?

自分が「あまくてボケ人間」だから??
わりと納得…だったりして。


音楽業界から一般企業(?)の勤め人に転身して
さほど日を置かずに、幸か不幸か、営業マンとして
比較的大きな顧客を獲得し、担当することになった。

やがてそこから発展した提案型の新規業務に対応する為の
プロジェクトというか、専門部署を立ち上げるにあたって、
まだ入社1年にも満たない私が、今でいうチームリーダーと
なるわけだが、いかんせんまだまだ昭和時代まっただ中、
横文字役職は世間的にそぐわない。

しかし主任だの、係長だの課長だの…古い日本的役職名は、
先輩上司達が埋めていて、入社1年未満の私に当てはまり、
且つ、先輩方の不興を買わない役職名が見あたらないことから、
私は芸能界時代の、マネージャーとディレクターの両方を兼ね備えた
ような役職だなあと思ったことから、単純に造語として
「マネージング・ディレクター」と名乗り、対外的に名刺に
記載することにして、給与体系だけは「係長扱い」ということになった。

ところが、後で知ったのだが、海外取引上、
マネージングディレクター(MD)とは「部長」!
を意味することになって、フランスのカスタマーが私のことを
「ブッチョさん!」と繰り返し呼んだことから、以来
私の実際の役職に関連なく、あだ名が「ブチョー」ということになった。

まあ「部長」は余談として、
15人ほどのチームリーダーとなって、本来の先輩方を
束ねることになるのだが、何か不都合が起きても、
先輩達を叱責できない「あまい自分」が居て、
最後は一人孤独に、不始末の責任を取らねばならぬ自分が居た。

他部署の上司たちから、私は糾弾される…

「何故怒れない?」
「怒鳴っていいんだよ!」
「ナメラレてるのに気づかないのか!」
「甘すぎる」
「見てられない!」

怒鳴るのが苦手…というか、生まれてこのかた
人を怒鳴ったことなんかなかったし、叱咤し、とことん追いつめる
と云うことも経験がない。

なんとか頑張って失点を取り返そう、
協力して埋め合わせよう…

それが合理的と考えていたのだが、
組織とはそういうものではないらしい。
時には理不尽に怒りをあらわにせねば、纏まらないときもあるのだ…
分かっているのだが、自分には出来ない…。

しかし少しずつ、なるべく感情を表面に出すよう努力し始める。
ところが、そこでまだ自分のあまさがアラワになる。

怒鳴る相手が、今の自分ほどの、ちょっとドンクサイ年配者や、
アジア系外国人…。ある時、私の苛立に対して年配者が
突然声を上げて「泣き出した」…。

「私なりに一生懸命なのです。しかし若い人にはかなわんのです...」

自分の小言が無意識に「弱い者イジメ」になってることに
初めて気づいた瞬間であった。

怒らねばならぬ相手は別に居たのに、上手く云えないから
弱いところに「いらだち」が向かってしまった。

なにしろわたしは「猛省」し、そして、本来闘わねばならぬチームの
元凶たち(諸先輩方)に立ち向かうことにした。

「怒声」ではなく、自分らしく理詰めで話し合うことにした。
最初は相当反発を食った。

「芸能崩れ野郎」
「河原乞食!」
「元フーテン」
「中退のくせに…」
「芸能界追放男(残念ながら本当!)」

しかし少しずつだが、理解してもらい、
私も重要な仕事を敢えて彼らに振り分け、任せたりして
次第に最強チームになっていった。

へたくそで、自分らしくない「怒声」は、少なくとも
我が部署からは消え去った。

経営陣からは「緊張感のない仲良しクラブ」と蔑まれもしたが
社内随一の売上額をたたき出す部署に成長するには、
そう時間は掛からなかったと思う。

あまくて鈍臭いが、自分流を押し通すことも
時に有効だったりもするぞ!って証明できたことが、
何となく誇りに思えた瞬間だった。



ピーターハミルという人を、私は多分プログレの雄
「ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター」のヴォーカリストとして
認識したのだと思うが、まあ今でこそVGGのアルバムも揃ってはいるけれど、
ずうっと私は彼のファーストソロアルバムの「Fool's Mate」以来の
彼のソロアルバムファンで、あまり宣伝など見掛けることも少ないのだが、
何をおいてもレコード(CD)店やネットで、彼の新作を見つけたら必ず買う!…
金がなくてもなんとかする!ってほど好きだったから、
おそらく殆ど抜けなく、わが家には揃ってるはずだ
(今数えたらVGGは除外しても、47タイトルあった)。

そういうわけで、私には神様みたいな存在だが、なんと初来日公演の場所は
あまりにもひっそりと、新宿のジャズスポット「屋根裏」…
50人くらいしか入らない、その上少し汗臭いその名の通りの屋根裏部屋。

神様のはずのピーハミ氏は、意外にも気さくなオトッツァンで、
我々の無遠慮なリクエストにも気さくに応えてくれた…。

そういうわけで、おそらく私が一番好きな歌で、当然リクエストしたら、
ピアノからギターに持ち替え唄ってくれた…。

忘れられないが、ちょっぴり神様には気の毒なライヴでもあったな。
PETER HAMMILL - Been Alone So Long

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雪国育ちの寒がり野郎

08221.jpg
LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

もはやこの時期、写真を撮るにも
寒くて、暗くて、手はすぐカジカムし、
何しろ切ない。

シャッタースピードを調整して、
実際の明るさとほとんど同じ設定にして
シャッターを切ったら、何だか異様な感じだが、
これがホントの北国の、絶望的なほど狂おしい
真っ昼間の照度なのであった…。



結構、オール仕事とはいえ、世界の、主に辺境を旅したが、
あまり寒い思いをした経験は、幸いにしてないように思う。
記憶の中で一番寒かったのは、北海道の旭川…。

札幌なら、受験も含め、真冬にもう何度も出掛けているから、
そのつもりで、北海道の冬をナメ切っていたように思う。

旭川の営業所の方々には、徒歩5分の商談先「M百貨店」に
向かうだけなのに、

「雪道大変ですから、今、クルマ出しますので…」

と、わざわざ云ってもらったのを、
私はどこか馬鹿にされたような気がしてそれを固辞し、

「多少の雪がどうしたって?雪国生まれをナメンなよ!」

とばかりに勇んで軽装のまま出掛けたら、
まるで暴力な桁違いの積雪と、経験のない竜巻みたいな吹雪に
すっかりハマり、身動きできなくなってうずくまる私.は
大袈裟ではなく

「天は我を見放した!!」

そんな絶望的な心境と後悔に苛まれつつ、
目的地到着も大幅遅刻で面目丸つぶれ…。
そんなことを思い出した。

今日のこの街は、日が暮れれば、そのまま雨も雪になるだろな…
っていう、天候を、例えて云うなら、
氷の部屋の中に居るような寒さ冷たさだけど、
まだこの何十倍も寒い世界がある…しかも日本国内にある。
そう考えて、なんとか長くて辛い冬を乗り切るしかあるまいなあ…。

結局、雪国生まれなのに、極度に寒がりなオッサンなのであった。



前回のロバートワイアットの傑作アルバム「Rock Bottom」の
すぐ後にリリースされたアルバム「Ruth Is Stranger Than Richard」。
「ルースはリチャードより不思議」っていう、何だか元も子もない邦題が
後年つけられた様子だが、それはともかく、大概は「名作の次は失敗作」
というのが、ロック界の定石で、実際このアルバムも前作ほどの
好評価はされてなかったように記憶しているけれど、
私はこちらのアルバムの方が遥かに好きで、未だに「愛聴盤」でもある。

アルバムの最後に「Song For Che」というインスト曲があって、
Che?といえば、チェ・ゲバラ?ってすぐに分かったが、
これがとても気に入っていた。
オリジナルは「オーネットコールマン」….?誰?というわけで、
まだネットなどない時代だから、レコード店に行って捜し出し、
そのときは勿論買わなかったが、レコード店で視聴させてもらったか、
例によってラジオリクエストかは忘れたが、いずれにせよ、
何らかの手段でこの曲を聴き、大感動…!。

それが講じて名作の誉れ高い「At The Golden Circle」…
レコード時代からCD、度重なるリマスタリング盤等々、
何枚同じ音源を買い求めたか??
近年はSACDまで買ってしまったな。

何しろそうしたわけで、好き好き大好きオーネットコールマンの
まずはそのきっかけとなった「Song For Che」と、
ゴールデンサークル(Vol.1)のオープニング「Face and Place

Ornette Coleman - Song For Che


Ornette Coleman Trio at the Golden Circle - Faces and Places


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12月の雨の日は寒い

DSC07263ss.jpg
LEITZ- ELMAR 9cm/4(1936)


12月の雨の日って、はっぴいえんどの唄…

 水の匂いが眩しい通りに
 雨に憑れたひとが行き交う
 雨あがりの街に風がふいに立る
 流れる人波をぼくはみている
 雨にやんだ飢いたこころと
 凍てついた空を街翳が縁どる
 雨あがりの街に風がふいに立る
 流れる人波をぼくはみている

はっぴいえんど – 12月の雨の日

松本隆サンの詩が、とてもロマンチックで
夢見る世界だけれど、
実際の北国の12月の雨の日は、

とことん暗くて、寒くて、憂鬱。

ふと、ここが自殺率日本一(最新調査ではブービー)の土地だって
ことを思い出した。

自殺は、今やほぼ100%で「うつ病」の疾患第二段階における
代表的症例…と、随分昔の「新書」にすら記載されていたと記憶している。

そんな古くから分かっていることなのに、
相変わらずこの「疾患」を「ナマケモノ病」と見たり、
「自殺」を、怨みだとか呪いに絡む、とても背徳的で
恥ずべき行為として、葬式もしない上に、祭壇もなく
よって、友人としての弔問も断固固辞し、
追い返されるような風潮は、いったいどうしたことだろうか。

この疾患を患う知人が、実は随分いる。
彼らが異口同音に云うのが、

「医者だって何だか自分たち患者を、どこか蔑み、笑ってる気がする…。」

私は、精神科・神経科の類いを受診した経験はないけれど、

「この先生、随分病んでるなあ…」

って、医師は意外に沢山いる。

だから自殺を考えるような「鬱病第二期」の方々に言いたいのだ。

「病んでるのは君らだけじゃあない。世の中みんな病んでる…」

おそまつ。



ロバート・ワイアット(Robert Wyatt)という人の
名前だけは、中学生だったけどぼんやりと自覚していた。

当時、「音楽専科」っていう雑誌に、そうしたソフトマシーン系の
人脈というか、カンタベリー系等のプログレ人脈が
詳細に掲載されていたから、中坊の私は、それら
ファミリーツリー=家系図のような相関図に目を凝らし、
穴があくほど読み込んだせいで、実際の音も聴いたことがないのに、
その出自だけは、頭にしっかり叩き込まれていたのだ
(中坊の記憶力は何しろスゴい!これが全部お勉強方向に向っていれば…)。

ちなみに「音楽専科社」は、真面目な研究肌の音楽愛好者の為の
ロック専門誌で、ライターも硬派な連中を起用していて、
中坊にはかなり背伸びした中身で、それだけに読み応えもあったわけだが、
その後、やはり営業第一路線?に変更されたようで、
徐々にユルくアイドルロックな、KISSだのQUEENだのって方向に
シフトし始めて、結果的にパンクとかニューウェイブという空気に
乗り遅れて、誰にも相手にされなくなって消えたかと思っていたら、
実に今でも、J−POP、アイドル、ビジュアル系、声優系…
そんな雑誌を刊行する出版社としてしっかり存続してるらしい。
素晴らしいというか、何だか….凄い!

初めてロバートワイアットの「音」を聴いた時は、
もう高校生になっていて、
「Rock Bottom(白日夢)」が最初だったと思う。

元々、アーサーバロウズによる、難解すぎて、
北国の純朴なサッカー少年の中坊にはほとんど理解できない
ビートニク小説のタイトルからその名を戴いたソフトマシーン。
そのドラマーだったワイアットは、ある日突然交通事故で下半身付随。
車椅子人生を強いられるのだが、そんなどん底=
即ちRock Bottomから復活のアルバムが、
まさにこの「Rock Bottom(白日夢)」であった。

ちなみに高校生だから、もう充分に「白日夢」の意味は知ってたけど、
随分とクラスでは話題になったな…wet dream/day dream。

まだソフトマシーンは聴いてないけど、その直後、一気にハマり
やがてメンバー各々の動向に視線が移る中、
結果、ケヴィンエアーズやらディックへクトールスミスやら、
コロシアムに行った連中やマイクラトリッジの動向などに
順次ハマってゆく。

世の中、ピンクフロイドの「狂気」なんていうアルバムが、世界中で
バカ売れして、新作リリース+世界ツアーの「大興行セット」が
ロックのビジネスモデルに確定し、ロックが、大雑把で大騒ぎで大仰で
単純なエンターテインメントとしてのイヴェントと化してゆく中で、
ロック界は急速に疲弊し擦り減ってゆく。

その後、一気に飽和してツマラナくなった「産業ロック」は崩壊し、
パンクロックとかニューウェーヴを産む土壌となり、
性急な世代交代が実現した。

古い産業ロックはZEPもRODもFLOYDもQUEENもすべて
「OLD...」とイッパカラゲに括られ、産業廃棄物と化した。

そうした土壌の中で、別格のアイコンとして新人類達に
リスペクトされたのが、ジムモリソンやヴェルヴェッツ、
ロキシーミュージックやThe WhoなどのR&B=Modsな連中、
そしてロバートワイアットなど、いずれの時代にも迎合しないけど、
常に何か古くて新しい息吹を発し続けてきた泰然自若派…
そんな気がする。

2003年のテレビ用の演奏がなかなか面白いので、その映像から
Rock BotomのA面の頭だった曲….SEA SONG

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ハードル上げ過ぎの巻

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ZEISS-BIOTAR 58/2 (1959)

気温4℃の中、もう3日も続けて通っているけれど、
会心作、いまだ撮れず…。
なんだか分からなくなってきた。

イルミネーションを、さてどう撮れば自分らしいのだろうか?
いきなり自分自身のハードルをグイと上げてしまって、
いささか後悔してるドアホな自分…である。

そもそも、自分らしさって…いったい何さ?!

思えばギターを習得していた時も、ずうーっと、

「自分らしさって何だろう?
 とりあえず、誰かの模倣をしてるって思われるのは
 とっても癪だし、恥だ...」

そればかり考えていたのだけれど、
実際に、受注に応える職業としてのバンドマンになってしまうと、
個性より、ダレソレ風、ナニナニ風…その方が発注側が理解し易く、
よって、ニーズも高いって、何だか妙な現実に遭遇して戸惑うのだ。

音楽家の先輩諸氏から、常に忠告されるのは…

「オマエさんオマエさん、勘違いしなさんな...
 俺たちゃしがないバンドマンなわけよ。
 タカナカでもなければ、ワタナベカズミでもない。
 ましてやジェフベックでもリーリトナーでもないんだよ…。
 あくまでも職人さん…間違っても芸術家なんて思わないように!
 クライアントに求められるまま、お気に召すまま気の済むまま、
 イカヨウニモ弾かせていただきますっていうのが、
 それすなわちバンドマンたるものの心得。
 勘違いしないで、ちゃんとわきまえるんだよ!」

つまり...今の自分にとって写真はビジネスではないのだから、
あえてダレソレ風とか、有りがちで、何処かで見たことあるぞ!
…的な写真を撮る道理など一切ないわけで、

さあ自由に撮るぞ!

って…これが実になんとも…大変。

勝手に墓穴掘ってはまり込んでる、めんどくさいオヤジなのである。
やれやれ…。



中学生の頃は、部活が終わってすっかり暗くなった帰り道、
必ず前を通り、ちょいと寄っていくのが、赤提灯…
そんなはずはなくて、駅前のレコード店。

LPレコードは中坊には高額で、なかなか買えないまでも、
何しろ毎日毎日、たいして代わり映えのしない洋楽のレコード棚を
一枚一枚チェックするのが(棚卸しか!)、私の日課になっていた。

そんな中で、とても買えないし、所有してる仲間もいなくて情報不足なのだが、
「フィルモアの奇蹟」とか「スーパーセッション」「クーパーセッション」
なるアルバムと、それらを主宰したと見られるアルクーパーという男の存在が
とても気になっていたのだ。

何となくレオンラッセル的なボスキャラ風な匂いとか、都会的で洒脱な
感じが、中坊の私をとっても惹き付けるのだが、実態が分からない。

勇気を出して買って聴いてみようか?
いやいや、それより買わねばならぬレコードは沢山ある。
ああああ、気になるなあ、けど買えないよう…。

こういう時、便利なのが地元ラジオ局…早速私は、
せっせとリクエストハガキを出して、アルクーパーについて教えて!とやったら、
なんと当時のABS秋田放送のDJさんは即座に

「アルクーパー特集」をぶち上げてくれた!。

実際には私のリクエスト…は方便で、アルクーパーの新作アルバム
赤心の歌(Naked Songs)」の発売のタイミングを受けての「特集」だったらしい。

いずれにせよ、ここで私は、運命的名曲『Jolie』と出会ってしまうのだ。
フリーソウルだとかニューソウルだとか、どこがソウルなのかピョンヤンなのか?
云ってることは全然分からなかったが、いずれにしても感動に身震いしながら
ボスキャラ=アルクーパーの都会的で洗練された音楽に深々とハマってゆくのだった。
AL Kooper - Jolie
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