ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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日本の底力!

DSC09581s1.jpg
Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

写真のテーマ自体に大した意味があるわけではないのだが、
御年79歳になる「ズマール」で、何気なく撮ったものが、
とてもナチュラルな優しい色彩と、光の柔らかさで、
地味ではありながらも、これぞオールドレンズ!という
そこはかとなく趣きのある風合いに
殊更云うのもなんなのだが、
さすが戦前ライカ(エルンスト・ライツ社)の底力!
と感嘆してしまった。

底力!といえば、サッカーU23日本代表やりましたね!
大逆転勝利で韓国撃破、優勝!
嬉しすぎて、表彰式のラスト(BSで中継)まで
ずっとハラハラと泣きながら観てましたし、
その後も興奮してなかなか寝付けませんでしたよ。

正直に云ってしまえば、個々の戦闘能力やモチベーションは
韓国の方がまだまだ上。
その結果が、そのまま前半と後半15分過ぎまで如実に現れてしまいます。

日本はこのまま為す術無く、更なる失点を許してしまうのか?
そんな絶望的な空気が流れていた時間帯も
確かにありました。

流れが一変したのは、やはり日本のジョーカー浅野(広島)
の投入でした。

孤軍奮闘で体力を惜しまず相手DFラインを攪乱していた
前線の久保(スイス)の役割に、浅野がプラスされたことで、
韓国DF陣の体力を奪い、集中力と自信を失わせ
怯んだ隙に、立て続けに日本は3得点を挙げます!。

完全に「スタミナの勝利」つまり、監督以下スタッフの
地道な下支えも含めた、チーム総合力の勝利でした!。
それが何より嬉しいです。

劣勢なゲームでも、スタミナと強いメンタルで
勝ち切ることを体験し、自信を深めたU23代表!
このままの勢いでリオでも爆発して欲しいなあ!
早くリオ五輪、開幕しないかなあ…。



自分的には、ものすごく熱狂して受け入れた作品なのに、
どうしたわけか世間的には全く売れなくて、誰も知らない
バンド、作品(アルバム)っていうことが、自分の場合とても多い。

単純にへそ曲がりなのだろうかと、少々悩んだこともあるが
やはりどう考えても、とても良い作品なのにウケない!
それどころか知られてすらいない!っていうのは、
やはりどこか世の中間違っているのではないかな…?

キチンと売る側なり、評論家なりが、平等で公正な耳を持って
評価し、我々ユーザーに教示してくれないと困る…。
いつもそう思っていた。

Argentというグループは、名前だけなら知ってるけれど
実際の音を聴いた事がない!…というロックファンが
ほとんどだと思う。

グループは「二人のシーズン」などのヒット曲がある歴史あるバンド
ゾンビーズのロッドアージェントが、満を持して自分の名前で勝負した
バンドで、ラスバラッドというシンガーソングライター(盲目のスター?)
を擁し、1970~74年までに6作ものアルバム(1作はライブ)を
リリースするものの、あまり売れず、遂にフロントマンのラスバラッドにも
見限られ脱退されると、ロッドは突然一念発起して、
バンドをプログレ方向に大きくシフト変更。
グループの最後の花道となる2作を、プログレバンドで締めくくるのだった!

で、その2作が、もう非の打ち所がない名作で名盤!なのだが、
相当の好き者=ロックマニア以外ほとんど、いや全く知られてない。

私の人生の中でも
「サーカス幻想!名作!」
「カウンターポイントも大好き!」
と、意気投合したのは3人しかいなかった!。

今日は最終作「Counter Points」の冒頭曲をご紹介する。
どちらもプログレ大作には必定の、テーマを決めた上での、
いわゆるコンセプトアルバムになってるけれど、
いかんせん1975年…プログレ的には、K.クリムゾンは
既にレッドゾーン振り切っちゃってたし、
ピンクフロイドは老若男女にバカ売れして浮かれつつ、
大仰な興行で消耗していた時代。
イエスはもうパトリックモラーツに替わってて分け分かんなく
なっちゃってた頃かな?

いずれにしろ、プログレとしては,時代遅れな感は否めないなあ…..?

Argent - On My Feet Again

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自由は幸福?

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P. ANGENIEUX 45mm/F2.9 (1949)

やっぱり麗しいアンジェニューの写り!
びびっどでほわんほわん…(呆れたね...自画自賛かい!?)。

まあこの種のくせ者レンズにはつきものだが、
いつもいつもうまいこといくってわけにはいかなくて、
もう箸にも棒にも掛からず、暴れ馬な悪癖が出まくる
アンジーさんも、決して少なくはないわけで、
個性が強いとは、そういうことなのだろうね。

オフィシャルなスナップ写真とかには、
無難でリスクの少ない国産AFレンズも有り難いけれど、
プロじゃないから、そもそもオフィシャルな場面がない!。
せいぜい親類の結婚式くらいだろうか…
それももうあんまり呼ばれないんだろうなあ?

そういうわけで、手持ちの国産AFレンズは
全部まとめて処分…しようと思ったけれど、
30mmと50mm単焦点だけは残した。
ほとんど使ってないけど、もしもの為の保険だね。

孫だって…まだ諦めたわけじゃないしね…。
運動会とか…男女に関わらず、絶対に
サッカー教えるつもりだし…。
そんなのに、ちょっとだけ憧れてる...。
絶対口にはしないけどね。

今のところは、小さい頃からの目標だった職場に
やっとこさ入れてもらって、
毎晩遅くまで音楽と格闘して、
給料の大半が深夜のタクシー代に消える生活。
それでも充分カノジョには幸福な筈だしね。
そういう意味じゃ結婚なんて、いくつでも出来るしさ…。



半分…いや相当に煮詰まりながらも、ひとえに生活の糧を得る為と
自らのステータスを少しでも向上させる為の、今は修行中なのだ!
と、自らに言い聞かせながら、日夜、歌謡アイドルのバックバンドなんかで、
「不気味〜」とカラカワレツツも作り笑顔などしながら踏ん張ってたり
或いは、サパークラブなんかで、ホントは
音楽なんてどうでも良い筈の紳士淑女の前で演奏する空虚な
「フュージョン」や「4ビートジャズ」…
上辺だけの端正さが、ずんずんずん…と精神を荒廃させてゆく。

やがて訪れる破壊願望!?…。

そんな時代の心の救いが、いつも時間が空けばウォークマンで聴いてた
Talking HeadsPublic Image Ltd(P.I.L)
それにXTCElvis Costelloの先進的(と思われた)で
活きの良い音楽!。

全ての呪縛を取り払って、好きな音楽だけに邁進できたらどんなに幸福だろう!
やがて、数年掛かったがその望みは適い、自由を手に入れた筈なのだが、
そうなればそうなったで今度は...

「自由って何? 好きなこと(音楽)って何?」

で、結局何も出来ないダメダメでグタグタな自分なのであった。

Public Image Limited - Death Disco [Swanlake]


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かりそめのネコ好きオヤジ

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Carl Zeiss Planar 1.8/50 (1973)

ネコ瞑想中zzz…。

決してネコ好きというわけではないのだが、
私が故郷の実家に不在の数十年もの間、
間断なくネコが居たそうで
然るに今もいる。

歴代ネコはみんな長生きで、今いる奴が「3代目」なのだそうだ。
先代、先々代と、各々17歳、19歳と生きたらしい…。

今いる3代目はオツムの弱い、飼い主同様の無芸大食ネコだが
以前いた奴は何しろ化け猫で、引き戸は言うに及ばず、
扉もドアノブにジャンプして開けるなど自由自在。
腹がすいたら「ごわん…ごはん…」といって催促するツワモノ。

まあそうしたわけで、今はもうすっかり安穏とした
テレビの「岩合光昭の世界ネコ歩き」が何より好きなオヤジ、
それに相違ないのだが、思えばモノゴコロついた頃から、
わが家にはずうっと犬がいたのだ。

最後にいた奴は、小5の時に生後1ヶ月でやってきた秋田犬。
みるみる巨大になって、中学生の頃はもう立派な私のパートナー!
有名サッカー選手の伝説によくある、犬を相手のドリブル練習?!
私もまさに巨大な秋田犬相手にドリブル練習…
これに励んだものだ。
さほどうまくはならなかったけどね。

後年、私が進学のため上京すると、
実家では飼い切れないということで
母の実家の広い家に引き取ってもらいつつ、
田舎の豊かな自然環境の中で、ノンビリと
余生を過ごして貰おうと思ったのだが、
どうも環境に馴染めず、1年も経たず死んでしまった。

哀しいというより、ものすごく後味が悪かった…。

そもそも、上京せずに素直に地元の大学を受験すべきだった?
もっと早く、田舎に連れてゆくべきだった?等々、
他にもいろいろいろいろ…反省せねばならないことが、
あとからあとから思い起こされ、打ちのめされる。

もう金輪際、犬は飼うまい…。
イヤ、自分には既にその資格すらない…そう思った。

十数年が経った。
こんな私にも家族が出来ていた。

ある日、会社の後輩が仔犬を連れてきて、
どういう経緯か、もうすっかり忘れたが,
私がその仔犬を預かることになった。

他人とは思えぬほど不細工だが、妙に哀愁ある表情が
どうも憎めない「フレンチブルドッグ」っていう犬種…。

帰宅すると、家人も娘も大騒ぎになった。
歓声に包まれるいかにも幸せそうな家庭の図に
私は少し面食らいつつも興奮して…結局、おそらくは
後輩の思惑通りに、その仔犬を譲ってもらうことになった。

思えば娘は、奇遇にもその時、私が秋田犬と出会ったのと
同じ年齢で、結局彼女が高校を卒業して、寮生活のため
家を出た翌年に犬は亡くなった…。

「もう二度と犬は飼わない!」
どこかで聴いたようなことを娘は言った。

ネコだって、いなくなればそりゃあとても哀しい。
だが語弊あるかもしれないが、喪失感では
やっぱり犬とは比べ物にはならない。

そういう意味で、傷つくのが怖いから、
ネコを可愛がるのかもしれないな。



忘れもしない中2の冬、叔父が我が家にマイルスの「ビッチェスブリュー」
ってアルバムをなぜだか置いていったので、それを何度も聴く私なのだが
何しろ何も理解できないのだ。いや,もっと正確に言うと、
「理解できない自分というものが理解できない」のだ…。

一方でピンクフロイドの「原子心母」や「ウマグマ」の世界観を
こよなく愛してるのに、なぜマイルスの音楽が理解できないのか?
ということで,私は完全にムキになっていたのだと思う。

ほとんど決闘のような気持ちで毎日これを聴いていたのだが、
ある日突然、叔父がこれを持ち帰ったらしく、聴けなくなってしまう。

未攻略のまま、中途で取り上げられることの喪失感…?
理解出来ないクセに、ちょっとだけ「マイルスロス?」になった。

少ししてお小遣いが貯まってレコードを買おうという時になって,
今回はマイルスを買う!と心に決めた。何の情報もなかったけれど
レコード店で最新盤を所望した。
「On The Corner」…心なしかコミック画っぽいジャケットが、
「安心してください、今度のは分かり易いです!」
って云ってるような気がした。

結局、同じ頃、偶然入手することになったSLYの「暴動」や
ザッパ&マザーズの「Freak Out」なんかと同様、
永遠に解けないパズルのような「難問レコード」と思われたのだが、
実際にはそんなに時間は必要ではなく、以後、
マイルスデイヴィスとフランクザッパは、私の外せない
「アイドル」になるのだった。
Miles Davis - Black Satin


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ぬったかはげたかわからんっちゃ...

DSC09444s.jpg
Schneider-Kreuznach Radionar 2.9/80(1952)

久々に持ち出したシュナイダー・クロイツナッハ…!
ボンヤリと虚ろで、やや鈍いヌーボーとした風合いが…
他人とは思えないな。

ちなみにわが家の北九州市八幡西区出身の家人は、
そうした煮え切らない状態をこう云う。

ぬったかはげたか分からんっちゃ…


毎日毎日、銀世界...と云えば少々ロマンチックだが、
実際は鈍色の空と、表情に乏しい白いだけの世界では、
さすがに気分が滅入る。

まさに、ぬったかはげたかわからん季節…。

ところが、今日辺りは日本全国津々浦々まで、
こんな真っ白けな状況らしいじゃないか!

とっても申し訳なくも不埒な話だが、
すこし嬉しい...。

そうしたわけで、なんの変哲もない林檎と蜜柑の、
さほど際立って鮮やかでもない色彩...
意外にこういうのがココロの救いにもなったりする。

分かってくれるでしょ?
昨日〜今日の日本全国の諸君ならば!…。



1981年の夏頃までには、デビューから2年近く担当してきた
某アイドルの専属仕事をキレイさっぱり切られてしまった。

私が居たのは、プロダクションの中枢=従来型ド真ん中の
歌謡曲ではなく、人気はあるが、まだ産業規模の小さい
ニューミュージック勢をうまいこと取り込み、
あわよくば吸収してしまおう!という思惑のもと立ち上げた
「ユーミンやティンパンアレイ系の作家陣や人材とアイドルを
うまいことコラボさせて、何か新しい潮流を作ろうぜ!」的な、
とても見え透いていて怜悧狡猾なセクション。

ところが、まあ今も存続してる会社なので、
あまりアケスケには云えないが、最先端音楽を取り扱うにも
歌謡界の旧態然とした従来型ビジネスモデルでしか
対応しようとしないから、そもそもうまくゆく筈がない。

ちょいと目を離すと、最先端音楽を、土曜夜の国民的生放送
「8時だよ!…」に不用意に出して、結局日本全国のお茶の間を
唐突に白い空気にさせ、本社のエラい人に叱られる!…。

結局は結果をうまく残せないまま、営業会議ではセクションの
責任者(今はお笑い部門のトップらしい!)が経営陣に袋叩きにされ、
やっと立ち上げたセクションも取り潰し。

アーティスト達も、普通にタレント!と呼ばれつつ、
旧態芸能界の中枢に取り込まれては埋没..ということになった。

歴史的には、あと数年もすれば、ニューミュージックは
J-ポップとなって、逆に歌謡界なども丸ごと呑み込んで
駆逐してしまうんだがね…(最近ちょっと復権してるけど〕。

そういうわけで、演歌が苦手で弾けないバンドマンなど、
ツブシの利かない役立たず…当然私もリストラ対象者。

それでもしばらくは、何やかやと忙しくはしていたけれど、
何となく、すっかり熱が冷めてしまった感は否めない…。

アイドルレギュラーをリストラされた81年は、
素晴らしすぎたトーキングヘッズの日本公演に始まり、
大好きすぎるキングクリムゾンが再結成され、さらには
ピーターガブリエルの歴史的な名作や、ビルネルソンの
「レッドノイズ」そしてPILなんかに熱狂した思い出が
強烈に残っているけれど、他方、英国インディーズレーベル…
特にRough TradeとかCherry Redってキーワードで、
新鮮で強烈な、夥しい数の新人グループを一気に聴いたように思う。

そして、こんなに新しい音楽の萌芽がたくさん現れてきてるのに、
俺たち何やってるんだろう??古くさいジャズだの
手垢に塗れたブラコンなんて、いつまでもやってる場合じゃないだろ!

そう思うと、すぐにでもアマチュアに戻って、好きな音楽に埋没したい!
そう願うようになるのだ。まあ戻るのはね、その気になれば
実に簡単なわけだったがね…(笑)。

そうしたわけで、当時英国盤および欧州各国盤専門店
「新宿レコード」の名物お母さんに

「P君は…ミュージシャンなんだから、これ絶対聴いときなさい!
 ほらほら、7インチで安いんだから、お母さんに騙されたと思って
 黙って買ってきなさい!」

今思えば、どういう商売よ!?って感じだが、これがシンプルだけど
とっても新しくて刺激的。しかもなんの制約もなく、自由闊達極まりない!
同じミュージシャンとして嫉妬に狂う、まさに衝撃作だったのである。

この後、私は彼らの新作シングルを次々と買いまくるのだが、
残念ながら、このデビュー曲以上の衝撃は…なかったな。

SCRITTI POLITTI - The Sweetest Girl


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ココロのクモリ

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Kern SWITAR 25mm/f1.4

藤田"レオナール”嗣治…

別にご当地出身でも何でもないのだが、
随分と昔から、この地方ではやけに声高に尊敬され、
崇拝されている。

ご当地では奇人変人(?)として高名で
数々の風説を持つ豪商が、藤田のパトロンとなり、
有り得ないくらいの短い滞在期間のうちにやっつけた…
いや完成させた巨大画が、その後、現在に至るまで、
一切ご当地を離れることなく保管され、
展示され続けていることから、いつしか

「レオナールこそ我が郷土の誇り(!?)」

...的な畏敬の念を、市民に抱かせるに至るわけである。

私がちょうど小学生のとき、その校舎の
道一本隔てたまさに隣に、レオナールの巨大作を奉る…
いや、展示するための、やはり巨大な美術館が落成して、
そこにはすでに晩期の奇人変人…いや、豪商のご隠居が
羽織袴+カンカン帽姿で、美術館のオープニングに招待された
我々お隣組の美術クラブ数十名を迎えてくれたのだ。

我々は巨大画の前で体育座りをしながら、
レオナールの数々のエピソードを、
そのときご隠居から直にお聴きしたはずなのだが、
残念なことに内容はほとんど覚えてない…。

わずかに覚えている単語としての言葉はいくつかあるけれど、
それは現在語られている二人の友情や美談を、
ある意味超越した、小学生にはとても生々しい
真っ裸の言葉だったと記憶している。

パトロンと画家の、埋められない微妙な関係性…
結構、私の心の奥のそのまた奥に突き刺さったままの
レントゲンにもエコーにも、MRIにさえ写らない黒いクモリが
そのとき植え付けられてしまったままの私であるので、
未だにこの巨大画「秋田の行事」を正視できないでいるのだった。

まあ、心の闇=未だに釈然としないワダカマリの類いは
ぼんやりと過ごした私なんかの子供時代でだけでも、
もっともっとたくさんあるのだが、滅多に思い出すこともないし
一生開くこともないパンドラの箱に、そっと仕舞い続けているモノが
ほとんどなのだろう。

勿論開ける必要性もまったくないのだが、
余分なキャッシュやらシステムログ、不発弾ウィルス
なんかのように、何らかのセキュリティソフトで、
いつかキレイさっぱり処理したいものだなあと願うのだ。

b0226219_1424772.jpg



頭の中にはシャッフルタイプだが、メディアはカセットテープのままの
ウォークマンが、いつでも好きな音楽を呼び覚まし、鳴らしてくれるのだが、
今は頭の中でずっと、この曲が繰り返し掛かってるまんまだ。

取りあえずXTC…とりわけジョンレノンに成りたくて成り切れない、
少年のままのアンディ・パートリッジの音楽、たまらなく好きだな。

XTCはシングルB面に未発表曲やテイク違いを入れることが多いので、
つぶさに要チェックなのだが、CDシングルでも、
その遊びは継続していたから、相変わらず侮れなかった!

XTC - Dear God


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田舎の問題

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Carl Zeiss Pancolar 50mm/1.8(1970)

歩道に雪がないのは舗装内に電熱線を埋設している為…。

子供の頃だから、もう半世紀も前になるのだが、
同じ通りの向かい側の歩道(東北電力前)の
10mほどに、このロードヒーティングシステムが
初めて登場したときは、さすがに驚いたものだ。

半世紀前は今より断然降雪量が多かったと思うが、
忽然とそこだけ一足先に春が到来したような、
そんな科学技術の偉大さというのに、
ボクラ子供らは胸を躍らせたわけだが、
さて、本来なら、商店街とかもっと賑やかな通りに
これを敷設してこそ効果絶大というものだろう。

しかしだ…この街もご多分に漏れず、
郊外型の大店舗開発傾向で、
「活気ある商店街」という概念に当てはまる場所は
すベて壊滅し、消失してしまった。

で、現在、そのモータリゼーション型郊外大店舗が
隆盛を極めているのかと云えば、そうでもないらしく、
結局、「街の有様」を犠牲にしてまで得た「真の勝利者」は、

Amazonや楽天などのネットショップ…。

何だかね…。



イーグルスのグレンフライが亡くなったそうだ。

しかして何故だか彼の歌ではない
♫ホッテルカーリフォーニャとか
♫テイキットゥーザリミット?ワンモアターイム…

…などがテレビ&ラジオで平気で掛かってたりするわけで、
グレンの名曲はもっとたくさんあるだろうに…
何だかお気の毒だし失礼!…と思いつつ、
相変わらず日本のメディアの、無知なのか天然ボケなのか?
昔と全然変わってない体質に呆れ、ボヤくオヤジなわけです。

グレンフライという人物については、実は全然詳しくないのだけれど、
いかにも西海岸にいそうな伊達男という風体の、
ちょっとイカガワしくて、まさにカリフォルニアの青い空みたいに
明るくて軽い感じ。そしてどこか飄々としていて掴み所がないのも
彼の大きな魅力じゃないかなあと思う。

高校生の頃、自分の中では一番熱心に聴いたアルバムが、
2枚目のアルバム「ならず者」。

そしてバーニーやランディが居たこの素朴な時代こそが、
私の好きなイーグルスであったとあらためて思う。

Tequila Sunrise

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ほろ苦い選択

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

無限遠はもっと絞らなきゃあね…。


実は以前にも増して体調が良くない。

まあ、本日は首尾よく(?)診察日だったので
あれこれ窮状を訴えるのだが、どうしても今診療中の
病と結びつけられて診察されてしまうので、
申し訳ないが、ちょっと診断の根本がズレてしまってる
ように思えて仕方がない。
(塩分とタンパク質摂取量を抑えれば改善するかも…?)

セカンドオピニオンも考えねばならないのだろうか…。

実は小学3年くらいの夏休み、私は突然高熱&腹痛に襲われた。
深夜だったが、救急で近くの病院で看てもらったが、
当直医の見立ては「虫垂炎」…俗にいう「盲腸」ってやつだが、
母は直感的に「違う!」と思ったそうだ。

しかも当直医の「開けてみればハッキリする!」
「切ったところでリスクない…」と云うようにとれる
発言が聞こえてきたせいで、翌朝、母は私を別の病院に
強引に移して診察してもらったら、
「大腸菌」が検出されて、「大腸炎」というのが分かり、
抗生物質が当時あったかどうか分からぬが、
いずれにせよ、3日もしたら熱も下がり、すっかり治った。

数日前に行った「海水浴」で、タップリ大腸菌を吸い込んだらしい。
その海水浴場も数日後に閉鎖されたとのこと。

今思えば、その海水浴場のすぐ近くに大きな河口がある為に、
大量の生活排水が流れ込んで、折角のビーチも、
とても不衛生な状態だったらしい。

いずれにせよ60年代の高度成長期、日本中の川も海も、
そして大気も、とんでもなく汚染されていた上に、
我々の食生活も、人工甘味料(チクロ)とか、その他諸々、
現在では御法度の有毒物質に塗れていたから、バブルの頃には
昭和30年代生まれのヒトの寿命は47歳!なんてことが書かれた
本が話題を呼んだりしたこともある。

勿論、47歳はとっくに過ぎたが、
まだ生きてる。幸か不幸か…
いずれかは、わからないけどね。



高1の秋に、生まれて初めてのロックバンド(らしきもの)を組んだ。
バンドはそのまま1ヶ月後に控えた高校の文化祭でデビューするつもりで
毎夕、ドラマ−の家の防音部屋(!)に集合しては練習をした。

情報によると、時代的にゼペリン、パープル、クリームをコピーする
バンドが多いというので、我々としては、上級生のバンドと
あんまり被りたくないなあ…というわけで、FacesとFreeを中心に
演奏することにした。日に日に音も固まり、文化祭も近いという頃、
ドラムとベースの奴らから衝撃の告白を訊いた。

街でも花形の人気ロックバンドに誘われ、加入することにした!…

私は相当に衝撃を受けたはずだが、「ええかっこしい」の性格は昔からで、

「よかったじゃないか…ココと違って、人気バンドだし、
 もう殆どセミプロみたいな連中だろ!(大学生)。
 まあ、こっちのことは気にするな、頑張れ…」

もちろんココロにもない言葉である…。

「ありがとな、おまえさんなら、そういってくれると思ったよ!」

「……」

翌日から急遽メンバーを捜したけれど、もはや日数もなく、
結局、生まれて初めてのロックバンドは見る影なく崩壊し、
デビューとなるはずの文化祭にも出演できなかった。

FREEは今でも時々聴くことがあるけれど、やっぱりどこかほろ苦い…。

15歳の幻のデビューライブでは、ラストを飾るはずの曲だった
"Fire & Water"


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げんきなこ げんきなおとな

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Leitz - Elmar 9cm/f4 (1936)

秋田の冬の、もうこれっきゃない風物詩…
三吉梵天祭…げんきなこ。

秋田に戻ってからは皆勤賞で足を運んで
見物してるけれど、それもいつの間にか
5回目になった…
ちょっと焦る。

5年も家族を放っぽってる…。

元々、べったりした家族ではない。
それぞれの趣味などには、あまり干渉せず、
勝手気侭に熱中することには、
「自己責任で打ち込むべし!」が家訓。

そんな家だから、とうちゃんが居なくなった…
もう5年…だから何…。
で…元気なの? 
ああ元気だったら戻ってきてるもんねえ...
じゃっ…無理しちゃ駄目だよ!。

そんな感じで、ありがたいのか、冷たいのか
よくわからないけれど、取りあえず心の負担はさほどない。

もう少し甘えさせてもらうことにする…。

ちなみに、そうしたわけで、5回分の梵天祭写真が
あるのだけれど、年々歳々、写りはローテックになる。

昨年は1950年代のツアイスに、40年代のアンジェニュー。
そして今年は遂に30年代のライカだ!…。
来年はどうなってるんだろう??

まあシャッター半押しオートフォーカスに比べれば、
途轍もなくメンドクサイが、そのメンドクサイことこそが
とてもとても楽しいんだなあ…。


げんきなおとな…
DSC09350s1.jpg



まだエレキギターを手に入れる前の頃だったが
毎日のように通ってた楽器店があった。
勿論まだ何もそこで買ったことはなかったけれど、
いずれはドカーンと…ということで、様々店員さんから
情報だけはたくさん得ていたように思う。

そんなある日、お店からコンサートのチケットを貰った。

「スーパージャズロックバンド ”稲垣次郎とソウルメディア”ライヴ!」

スーパーはともかく、ジャズロックってなんだ? 
Return To Foreverみたいなもんか?
はてさてジャズロックねえ…?

謎なまま、会場に行ってみたら、正体はThe Crusadersのレパートリー…。
普通にジャズバンドはライヴを聴いたことがあったが、
ジャズロックは、やっぱりロックに近いだけあって、
ギターの音が歪んでる!。

こりゃあスゲエや!って、例によって単純な私はすっかりそのジャズロック
もとい、クルセイダーズに夢中になった。
そしてラリーカールトンを知る。

最初の数年間は、ラリーのように全然弾けてなかったけれど、
自分のエレキの「憧れ」であり「目標」が、彼であり続けた。

数年経って、東京に住むようになると、「プロミュージシャン」
っていう遥か遠いはずの存在が、「人脈」というロジックでもって
一気に距離を詰めて、いつの間にか自分もそういう場所に立っていたわけだが、
その理由を考えたら、ラリーカールトンのこのプレイを、まるでゲームにでも
ハマるかのように、いつもの通りナニクソ!と攻略し、
やがては目をつぶってもスラスラ弾けるようになったことが、
大きな原因だったような…そんな気がする。

取りあえずクルセイダーズ伴奏(!)による、マイケルフランクスの
初期2枚のアルバムやスティーリーダンなんかを、私は四畳半の炬燵に包まり、
シコシコと寸分違わずコピーしまくっていた…。
Michael Franks - Down In Brazil


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旧成人の日は旧人類の日?

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Leitz - Summar 5cm/F2 (1937)

まだ成人の日が1月15日(祝)だったイニシエの時代、
私にもまた、そういう年代が確かにあった。

寒々とした区立体育館での式典に出席し、
そこにシオラシク座って、
役所絡みのおじさん達の取り留めない話を
ありがたく拝聴するほどの大人としての自覚は
まだ備わってはいなかったので、
取りあえず記念品だけ貰って、
友人らとピンク映画を観に行ったことは覚えているが、
堂々胸を張って観るピンク映画ほど
ツマラヌものはないなあと、それ以後、
その手の映画館に出掛けたっていう記憶がない。

良心の呵責に苛まれながら、背徳的な気持ちで
コソコソと物見遊山で、足りない分はイマジネーションで
補足しながら鑑賞してこそのエロス…。
それを理解したのが、そもそも私の成人の日だったのでは…?
そんな気がする。

その直後あたりから、私はバンドマンなんぞになってしまって、
結局その後数年は、まさにその年に成人を迎えたような、
もはや中堅アイドル...のバックバンド何ぞを、
結構多忙に、掛け持ちで式典アトラクションに出演することになるので、
なんとなく式典の段取りが身体の中に馴染んでしまっていて、
自分の成人式にも出席していたような錯覚に陥るのだが、
実際はそう…ピンク映画の成人式…
えっ…字が違う?りっしんべん…そんなお下品な…。



バンドマンだった過去を、後年のサラリーマン時代に
わざわざ告白するなど、まずないわけで、
そんな単なる「音楽好きサラリーマン」な自分に
常に架せられるのは、営業マンとしての「明確性」…。

つまり

「どういう音楽が好き?」

「だれがすき?」

「何がお奨め?」

「ビートルズでは誰が好き?アルバムは?曲単位では?」

そういった質問には、口籠ることなく、明快に、しかも
迷いなく応えねばならない…。

正直いうと、余計なお世話だし、好きなものも嫌いなものもたくさんあって
しょっちゅう入れ替わるし、語りだしたらキリがない!、
アンタにそれを聞く覚悟あるのかあ!?…って言いたいところだが、
それを云っちゃあ元も子もないわけで、
これは普段から答えを用意しなきゃあならない。

しかもあんまり尖ってちゃあ角が立つから、
出来るだけ人畜無害で一般的なもの?…

ビートルズのアルバム…?

「そりゃあんた、リヴォルバーに決まってるベよ!」では角が立つから、

「そうですねえ…ヤア・ヤア・ヤアって、ホラホラ映画のやつ…
 そうそうモノクロの…いやはやさすがなんでもよくご存知で…
 あれなんか溌剌としてて私好きですねえ...えへらへら...」

これが営業マンとして正解だろうし、シングルは「ヘルプ!」って決めていた。
ちょっと嫌らしいね…。

そういう流れで、デヴッド・ボウイならどうなんだ?ってのも
しっかり用意してて、「ロウ」って云っても、殆ど通じないから、
アルバムならジギースターダスト

邦題が…「屈折する星屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群」
(The Rise And Fall of Ziggy Stardust and the Spider From Mars)

曲ならそのアルバムのA面トップに入ってるこれ…

Five Years - 5年間

地球滅亡まで、あと5年…。
絶望的に哀しく美しいうた

ボウイー特集もここらで最期にする。
やっと、ご冥福を…って云えるような気がしたから。


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歩く力

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

雪が積もりだすと、途端に運動量が落ちて
体力が著しく低下する…。
秋田に来て初めて体験した事だ。


現状では東京での最後の5年間は、日がな一日、
ひたすら「歩く」仕事だった。

都内(多摩)や埼玉、神奈川等の中小の工業団地や、
時には東証一部上場企業の大規模工場や流通基地を、
ひたすら歩いて訪問しながら、
様々「法令基準」というのを啓蒙し、諸々提案して
最後のところは契約して、利益を得る。
(退職しても若干の守秘義務があるので詳細はご勘弁願う)

基本的に工場や流通基地というのは、
殆どが、高速道路のインターチェンジの側や、
空港または港に近いエリアに林立しているわけで、
そうした運輸的なメリットは充分あるのだろうが、
徒歩者には極めて困難で試練の道のりとなって、
最寄り駅から徒歩75分とか、急峻な山を延々と昇降して
やっとのことで現場に辿り着く…。

不意にバス停を見つけて小躍りして時刻表を見たら、
運行は朝夕の2便のみ…なんてのはもう日常茶飯事。

東京も埼玉も神奈川も、極めて奥が深いのだ。

話はその少し以前、その歩く仕事に就く前にさかのぼる。

ある朝突然、下半身にまったく力が入らなくなった。

なんとか壁とか柱に掴まり立ちは出来るし、
そうしたものを伝って、辛うじて歩く事は出来たので、
電車に乗って仕事に出掛けたのだが、
やはり下半身麻痺はどうにもならず、病院で検査すると、
背骨の内部にヘルニアが出来て、それが神経の
マルチケーブルのような束を圧迫し(潰し)、
下肢への神経伝達が上手く出来なくなっているとの事。

すぐに手術をしたのだが、一度損傷した神経はそう簡単に復活しない。
結局3ヶ月入院し、さらに3ヶ月のリハビリ(筋力復活)を要した。

毎日、杖をつきながら、ひたすら歩いて筋力を戻した。
そうしてるうちに自分なりにだが、どのくらい歩いても
疲れを知らない強靭な身体が戻ってきた…そう…思って、
一気に仕事を変え、まったく新しい業種に挑戦した。

再就職初日の朝、いきなり上司と現場に同行した。
ところが自信あるはずの「歩き」が全然だめなのだ。
上司の歩幅、速度にまったくついてゆけない。

そう言えば、一日に何十キロも歩いたとは言え、
それはあくまでも自分の歩幅で速度。
ところが不思議な事に、そうした速度にも数日中には
ほぼ克服していた。

やがて歩く事が楽しくなった。
もはやクレージーと言われても徒歩でどこへでも行けた。

そうして3年も経つと、もはや東京中の道を踏破したかなあ!?
なんて実感するようになるが、実際には東京というところは
とことん広くて、とことん入り組んで複雑怪奇な街…
5年や10年では、とんでもないよってのが実情だ。

摂氏38℃のある夏の日、狭山か入間か忘れたが、
山道を歩いていると、後ろから来たクルマの人に呼び止められた。

「あんたあ、なにしてんの?…マジ死ぬよ!」

私は朦朧としながらも、ネクタイ&スーツ姿で
身体が左に大きく傾いた状態で、トボトボ歩いていたらしい。


雪が降ると、どうしても出不精になるし、
出掛けても歩行距離は極めて減る。
体力は、もう目に見えて減退する…。
情けないなあ…こんなじゃなかったのに…と、
激しく自己嫌悪に陥る。

ああ…どっか泳げる所ないかな???



デヴィッドボウイの続きである…。
この日本限定発売のシングル曲は、CMで多少話題にはなったが、
売れたという話は訊いた事がない。アルバムにもコンピレーションにも
一切含まれず、すっかり忘れ去られたような状態になっていた。

80年代のある時、このシングルがとても高値で海外コレクター間で
取引されている事を知った(GOLDWAXって専門誌では$200ほど)。

発売時の私は迂闊にも国内シングルにまで網を張ってはいなかったから、
うっかり買いそびれ、慌てて捜したけれど、結局見つける事は出来なかった。

まあ今はめでたく「スケアリーモンスターズ」のボーナストラックで
簡単に聴く事が出来るけれど、ベルリン3部作の時代もよくあった
「ヴォーカリストなのにインスト曲!」ってEno色が極めて強い作品。

超名作(個人的には最高傑作)の「LOW」の世界観に沿った
拡張高い作品に仕上がっている。

当時の焼酎のCMも含めて…
クリスタル・ジャパン



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星になったスターマン

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ANGENIEUX 45/2.9 (1949)

特に大きな意味はないのだが、買い物の帰り、
市場の外のベンチに腰掛け、何とはなしに、目の前の
手押しの台車をぼんやり眺めていたら、
高1の冬休み、此処のヤッチャバでアルバイトをしていたなあ
ってな事を思い出した。

冬の寒い朝4時に起床しては、当然まだ暗いうちから、
トラック⇄お店⇄倉庫という感じで、野菜を積んだ台車を引いて
何十往復もしていたなあ。特に外を行くときは新雪が深くて
台車の小さなタイヤなんかすぐに埋まって進まなくなるから、
重たい荷物を一気に担いで運んだりする….。

そうやってアカギレ&シモヤケにもメゲズ働いて、忘れもしない
「お時給」が300円/h…。

1日10時間働いてやっと3000円。
確か15日間働いて4万円ほど貰ったので、少しのお年玉と
併せて「ギターアンプ」を買おうと思ったのだが、
結局細々とレコードなんかを買ってたら、あっという間に
なくなっちゃったような気がする。

当然、いつも通りこの方のレコードも買ってたんだろうな…。

この方=デヴィッド・ボウイが亡くなったらしい。

らしいと云うのは、ついさっき TVニュースでそう言ってたから...。
ネットニュースを開けば、もっと詳しい事が分かるのは百も承知だが、
何だかそういう気持ちがまったく起きないのだ。

この世からいなくなって、本物のスターマンになった…
それが全て。

実はつい先日、彼の新作「Blackstar」が、わが家にも到着したばかりで、
何処か鬼気迫る、痛々しいような感じが、不穏な空気を醸し出し
言い知れぬ不安を感じていたのだが…
ああそう言う事か…と、相変わらず後の祭りな
鈍感きわまりない自分であった…。

最初に彼を知ったのは、中1くらいにラジオで聴いたSpace Oddityだったが
レコードを買ったのはスターマンのシングルが最初で、少しして
彼のアルバムを順序良く買って聴くようになっていた。

とは言え…自分にとって、彼が一番だった事はなくて、
常に別の熱烈アイドルが、私にはいろいろ居たのだが、
そうした栄枯盛衰さに関わりなく、ずっと彼のアルバムは、
どんな事があっても購入して聴いていたように思う。

まあ、さすがに最近…というか90年代以後の
Tin Machineとかそこらは、散発的で2、3抜けているかもしれないが…。

いずれにせよ、ご冥福がどうこうとは今は口が裂けても言えない。

なぜならこれからもずうっと、トム少佐も、世界を売ったり落ちてきたり
星くずになったり、ダイヤモンドの犬が駅から駅を行き交う英雄となって
間借り人になっても、永遠に聴き続けるだろうし、
自分の中では、ザッパやジョンレノンのように未来永劫生き続ける人...
そうなる事が自明だから。

だから、デヴィッド・ボウイ…これからもよろしく
宇宙から見守っておくれ!…である。

さあ曲はたくさんありすぎて本当に困る。
これからもよろしくって意味でこれに決めた。
The Jean Genie


そして最新作(遺作とは言わない!)から…
何となくね、不穏な感じだったけど、ヴィデオはもっと痛々しい事になってた…。
今はちょっと正視できないな。
Lazarus

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真っ白にこんがらがって

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ENNA-LITHAGON 35/3.5 (1960)

腹具合も頼りないのに、いきなり新年会で
今朝から結構な二日酔い…。

自分にしては殆ど生まれて初めてなくらいに
酒量をセーブしてみたつもりだけど、注がれてしまえば、

「いやいやいやもう結構!」

などとは死んでも言えぬオバカな性格ゆえ、
結局はいつもと同じで、千鳥足で吹雪の中
とぼとぼと帰宅したのであろうが、
どうやって帰ったか、例によって記憶があまりない。
ただただひたすら寒かった…それだけ。

ただ日付が変わる前に帰途につけただけでも、
自分的には大前進の「成長?」であるのだが…。

さて、取りあえず同年齢の友達と、そのまた友達の友達...
というような、同級とか同窓とかいう概念に捕われずに、
適当な集まりの新年会なのだが、学校は違っても同世代だし、
共通の友人と接点があったりで、すぐ意気投合してしまうし
面白いのは、この年代になってしまうと、もう見栄を張ったり
背伸びをしたり、対抗心メラメラ…なんて事も全然なくて、
きわめて自然体な接し方が、実に心地良い。

話題は自然の成り行きとして、早世した仲間達の情報交換であり、
そうした話題はつまるところ、とても下世話かもしれないが、
多少の持病はともかくも、今も元気で無事に生きている
自分たちの幸運さを、あらためて確認、感謝し、
互いに祝福する機会でもあったように思う。

まあ、熟年同窓会の本質って、そんなものかな…。



ボブ・ディランは、ホントはポップスターに成りたかったんだが、
時代的にフォークソングの方が「新しいらしい!?」ってことで
フォークを唄いだしたら、すぐに『フォークの神様』に
祭り上げられる事に成ってしまった。

ところが、すぐにビートルズが現れて、ポップス(ロック)が
急激に復権するわけで、ディランも本懐を遂げるがごとく、
満を持してそっち側にアプローチしたら、
保守的なフォーク勢に裏切り者呼ばわり…。

そんな彼も70年代に入ると、彼なりのロックへのアプローチ方法を見つけて、
Rolling Thunder Revueあたりが、最もロックに接近した時代だったなあと思う..
というか、この時代のディランを、自分は一番真面目に、そしてごく自然に
聴けてたような気がするなあ。

そういうわけで、自分にとっては、ライク・ア・ローリングストーン以上に
ディラン最高のロックチューン!
Tangled Up In Blue(ブルーにこんがらがって)

同音源は、The Bootleg Series Vol.5 (Live 1975 - The Rolling Thunder Revue)に収録されています。

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雪空とヘミングウェイ

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LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

雪空と風見鶏...

おっ、少しお陽様が顔出したぞ!と勇んで出掛けてみると、
一転、猛吹雪で全身真っ白のオッサン…。
今年の私はそういう星回りなんだろうか??
なんだか先が思いやられるぜ…!

お腹は、各方面にご心配をおかけしましたが(?)
もうすっかり落ち着いたみたいですけど、
何せ今度は一向に出て来やしない状態…。

オイオイ、それって大腸ガンの典型的症状じゃね?
と、何度も焦って診察を受けた事があるけれど、
どうもこの悪しき連鎖?は、私の身体的特色のようで、
まあ若いときからそうだから、しばらく我慢するしかない。

ピロリ菌のせいかなあ?って検査もしたけど、
どうやら飼育はしてないようだし、
何しろさほど深刻ではないにしろ
いちいち厄介な体質のようなのである。


今週末、来週と、新年会のお呼ばれも多くなった。

あくまでも此処は仮の住まい?…と、
自己暗示をかけながら暮らしていたから、
おつきあいなんかも、とても限定的だったはずだが、
そろそろ5年目ともなると、何やかやと、
いつまでも閉店休業というわけにもいかないようだけど、
それはそれでやっぱり嬉しいし、楽しい。

まあ羽の伸ばし過ぎは、東京で必死に頑張って踏ん張ってる
家族に面目が立たぬので、あくまでも静かに、
シオらしく生活し、療養してるフリも…
うーん、難しいね。



1970年代最後の年のある朝、
大学のクラスメイトでバンド仲間…とは言っても、
まだ何者かも分からない、
半人前の学生アルバイトギター弾きの自分に比べ、
当時の自分には天文学的金額に他ならない
80万円也(!)のアレムビックを操るスタジオベースマンで、
当ブログにもたびたび登場の「ザギンのボンボン」こと
「ザボン君」が、豆腐屋の2階の、普段から鍵のかかってない
私の4畳半アパートにバタバタと騒々しく登場して、
おもむろに私のステレオセットを起動し
持ってきたレコードを掛け始めた。

私はまだせんべい布団の中でまどろんでいたが、
突然、4畳半には似合わない流麗だが、
何気に不穏なストリングスの調べが…。

「なにさ、これ?」
と訊くと、ザボンは少し不機嫌な口調で

『ちゃんと起きて顔洗って聴けよ!…
 昨日ワーナーのディレクターが家に来て、トノバンさんの新作の
 テスト盤切ったからって、わざわざ届けてくれたから、
 早速聴いたら、あまりにも凄いものだから、すぐにオマエさんに
 聴かせなきゃって思って、持って来てやったんだよ!』

「おや、そりゃあ…どうも…トノバン?加藤和彦…さん…?」

『憲司サンにも礼さんにも、トノバンの新作は今世紀最高だから
 絶対聴けよって言われてたんだけど、こんなに凄いとは!…』

「へえ~…」

彼は20秒ごとに溜め息をつきながら小声で

「スゲッ」「何だこれ」「うわあ..」

...と感嘆符を呻くうちに
あっという間にA面が終わり、盤をクルッとひっくり返す。

その頃には私も既にこのアルバムの独特な世界観に引き込まれていて、
B面になると、早くも3本目のハイライトを燻らせつつ、
昨夜の飲み残しの、気の抜けた、甘ったるいだけのコカコーラを
飲み干しながら

「ぎゃっ?」「カッケー!」「凄い!」「ゲホゲホ…咽せた」

などとと呻いていたと思う。

そういうわけで、その日の午前の講義は当然サボタージュで、
そうと決まったらまた最初からアルバムを聴き直してから
午後の授業へ…。

その日からしばらくは、忘れもしない定価3万3千円也で
やっと買えたSONY WALKMAN初号機で、毎日こればかり聴いてたな。

憲司さん、礼さん、教授、ユキヒロさんのリズム隊を固定化し、
その全員でバハマのコンパスポイントに遠征(英アイランドレーベル社長=
クリス・ブラックウェル所有のスタジオがあった)、
地元のブラスやスティールパンなんかを加えて録音したモノで、
後に「ヨーロッパ3部作」の一角とされるが、実際には
このアルバムのみヨーロッパには行ってない!。

しかしヨーロッパの退廃、哀愁を帯びたアーネスト・ヘミングウェイと
「老人と海」を紡いだキューバ・ハバナの楽園を、欧州的情緒で
描き出したのは、ズズさんこと、安井かずみさんの特異な才能だと思う。

魅惑の女性ヴォーカルは、現在も写真家/音楽家としても活躍中の
佐藤奈々子サン(コクトーツインズのレーベルからアルバムを出してたり…)。
学生時代に佐野元春とコンビで音楽活動をしていたが、
奈々子サンの方が先にソロデビューが決まって、
佐野は彼女のマネージャーのような事をしていた時期もあるとの事。

まあそれはともかく….

加藤和彦PAPA HEMINGWAY』から極上のバハマ風レゲエ?。
あまりのカッコヨサに、四畳半で踊りまくった曲(!?)
アラウンド・ザ・ワールド

佐藤奈々子サンの声が気持ちいい…トノバンの王道ポップ
レイジーガール

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今年初めての???

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LEITZ-SUMMAR 5cm/2 (1937)

正月も5日にして初めて外に出た。

体調は一時ほどの緊急エマージェンシー状態ではなくなったものの、
一旦治りかけたものが、またぶり返したりしていたので
大事を取って…というより、外に出る自信をすっかり失っていたのだ。

そういう気弱な感じに、自分はいつからなってしまったんだろう?
と思いつつ、やはりヒトには絶対見せられない種類の、
あの「緊急事態」が、もし外で発生してしまえば!?と思うと、
引き籠もりやむなし…みたいになってしまった。

しかも寒い。
全国的に春の陽気の暖かさだそうだが、
こちら北の果て&地の果て?は、やっぱり、
もうゴチソウサンなくらい寒い。

何しろウルトラアナログな写真機を、
手袋付きで操作する事は不可能だから、
その時ばかりは手袋を外すのだが、
その数秒間だけで、手がカジカムどころか
軽いシモヤケ状態になって、かなり痛痒い。

慌てて手に息を吹きかけるのだが、
はーはーふーふーしてるうちに、なんだか大腸&小腸が
グビグビグビッと嫌な音を立てて動き出す…
こりゃあボチボチヤバいぞと
慌てて帰宅…(なんとか無事!)。

そんな新年初ロケ。
写真を見るだけで寒気がぶり返してくるなあ…。



中学生の頃、土曜日の午後は、基本的にサッカー部も
大会直近でない限り、自主練もしくは休みとなるので、
その時間を、毎週土曜午後に開催されていた
地元ラジオ局の洋楽番組の公開録音に出掛けていた。

何しろ新譜シングルやアルバムが、OAよりも早く聴ける!
という好奇心もあるけれど、それ以上の打算的理由があって
収録の終わりに、あくまで抽選だが、試聴盤のシングルやアルバム、
その他ポスターなどのノベルティグッズがもらえる!って特典に
中坊達は目を輝かせ収録に足げく通うのであった。

ビギナーズラックという言葉を人生で初めて知ったのが、
この体験の初回となった日に、なんとまだ発売前の
バングラデシュコンサート3枚組の3枚目(Bob Dylanとジョージのオーラス面)
をバラでいただいた。

是非欲しい絶対買うぞ!と予定していたセットの
1枚だけ先に貰ってしまう…というのも、
何だか妙にモドカしい感じになって、
結局、さらに他の面もいただけるなら!と、
邪心満々で通い続けるも(実家から徒歩5分の小ホールだった)、
なかなかそう上手くは行かなかった。

3〜4週おいて、またLPが当たった。
しかし残念ながらそれはバングラデシュの他の面ではなく、
まったく知らないグループの、しかも発売前の輸入盤…
There'a Riot Goin' OnSly & The Family Stone…誰?...何?
(まだWood Stockの映画は見ていない…)

中坊にはちょっと恥ずかしい、呻き声や、ため息がたくさん入ってるし、
リズムも何だか体験のない異様なシンコペーションの跳ね方で、
とても理解に苦しむサウンド…。

それでも他にレコードをあまり所持してないせいもあって、
これを必死に理解しようと、ひたすら毎日聴き続けるわけです…。

そうするとどうなるか??
体中に、何らかの新しい抗体みたいなものが出来て、
すぐその後に第何期か知らないけれど、「ソウルブーム」なるものが
起きるのだけれど、それらのリズムを
「あまい、ユルい、ツマラナイ、モノタリナイ...」
と感じる、小生意気な中学生が出来上がるわけです。

それほどSLYという男の毒気は強くて、
かなり時間をおいて発売された次作「Fresh」でも期待を裏切らない、
まったくもって不可思議なリズムを繰り出すSLYの姿に驚喜するわけです。

後年、バンドや自宅録音なんかやってると、音の厚さというか、
逆に薄さがとても気になったりするものだけど、
マイナスの美学というか、スッカスカなのにむちゃくちゃ熱いぜ!
っていう魔法を確かにSLYは持っていたなあ…なんて思いつつ、
結局、サウンドはPRINCEなどにそのまんま引き継がれ、
今もそこかしこ=特にヒップホップ辺りにSLYの築いたサウンドが
溢れるわけです。

マイルスも影響を受けてたし、ジミヘンも、
もし70年代も生き続けていたら、SLYのような非R&Bの
ブラックロックを完成させていただろう!?
なんて言われますね。

というわけで、アルバム「フレッシュ」から…
因みに「この曲から5曲はパクったぜ、Yeah!」って豪語なさるのは、
あのミックジャガーでありましたとさ….。
Sly and The Family Stone- If you want me to stay

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想い出に残るお正月…か?

DSC08876S.jpg
Carl Zeiss FLEKTOGON 35/2.8 (1964)

お正月から焦点の定まらないオトボケ写真で
大変申し訳ないですが、これには深い理由が…。



いやはやなんとも…あけましたね…。
本年もよろしくお願いいたします。

あああ…ううう…

って、年の始めからいきなり嗚咽で始まるというのも
なんですけど、私は先日の記事の続きじゃないですが、
大晦日から、噂の111か157?果てまたノロとかサルモネラ?
そういえば年越し蕎麦にぶっ込んだ生卵が怪しいぞ…
という感じの、腹痛&ピーピーさんで、
トイレから5mと離れられない緊急発進体制…。

折角のおせちもNG、お雑煮なんかもってのほか…
いやはやヤレヤレ…その言葉の連発でありました。

正月も2日になると、少しだけ改善されますが、
今度は風邪ひいちゃったか、熱っぽい…。

何だか大変な年を暗示してるのかなあ?
そろそろ前厄とか、引っかかってくるんじゃないのかあ??
そう思うと気持ちもとっぷりダウン気味。
どうしたらいいんでしょうねえ。

そういうわけで、食べれもしない三段重のテンヤモノの海鮮おせち。

取りあえず食べれないまでも、せめて写真だけでもと
カメラを向けたものの、カメラを持つ手も重いし、視界も虚ろ。

そんな年の始めの大醜態も、まあ「あの時は酷かったなあ」って
笑える想い出になる事を祈りつつ、
皆様、本年も変わらずよろしくお願いいたします。



確か中学生の時だったか、ワーナーのサンプラー盤って言うのに、
この曲が入っていて、しばらくはあまり気も掛けずに、
1〜2度聴いたかな?って感じでスルーしつつ、
もうちょっと派手なグループの曲にウツツを抜かしていたのだが、
やがて高校生になって、エレキギターを持つようになり、
友人達とバンドなんかを組むようになった時、
突然、このDonny Hathaway Liveのカッコヨサに衝撃を覚えるのだ。

それまでの私は、たいして知りもしないくせに、明らかに
ブラックミュージックとかソウルミュージックってのに
偏見を持っていて、何だか汗臭いし、ギトギト濃くて油っぽいのは苦手だなあ…
なんて不覚にも思っていたし、ましてこの方は、ロバータフラックの相方で、
どちらかというと、彼女の引き立て役か、さもなくば下僕か?
なんて思い込んでいたから、この曲と、その演奏の素晴らしさによる
衝撃は、もしかすると、それが理解できたことへの興奮だったかもしれないな。

こんなシブい、かっこいいバンドをやりたい!

当然、そう思うようになるだが、バンドというのは実に
民主主義の原理が色濃く反映されている単位。
他のメンバー達の共通する主張は「でぃいぷぱあぷる」だったり
「れどぜっぺりん」に「くりーむ」、「ふりー」に「ふぇいせす」…
そんな感じで私はジレンマを抱えつつ、煮詰まってゆくのだが、
やがて別のお顔見知りから不意に誘われるのだ...

「ガロとかはっぴいえんどなんかを一緒にやらないか!」

日本のグループって実は殆ど知らなかったけれど、
もしかするとダニーハサウェイ的なバッキングバンドに近付くかも?
その一点でそちらのグループに参加し、実験的ながら、
かなり近付いた演奏が出来ていたと思うんだが、
まだ当時は、バンドの支援者というかファンはほぼ女子高生…
殆ど理解されなかったような気がする。

その後は舞台を東京に移しつつ、プログレやフュージョンや4ビートジャズ
など様々なバンドを体験するのだが、結局はダニーハサウェイのバンド
みたいなサウンドが、「仕事になった」という事になるわけで、
必然とは言え、なんだか不思議でもある。

そうしたわけで、すべての原点がこのアルバムであったわけで
自分にとっては、名盤中の名盤であるのは間違いない。

ギターはWキャストでコーネルデュプリーフィルアップチャーチ
(この曲はデュプリーの日!)。
よく唄うベースはウィリーウィークス
エレピはダニー本人(ピーターバラカン風に言えばドニー!)だが、
私にとっては荒々しいタッチのこのサウンド=音色こそが
大好きなフェンダーローズピアノの音そのものだったりする!。

お正月の一発目は、やはりこれをおいてないかも!
Donny Hathaway - Little Ghetto Boy

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