ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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損な役割

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P.ANGENIEUX 45/2.9 (1949)

雪⇄晴れ⇄曇り⇄雨…妙なループで、北の辺境の
景色は毎日変わる。

実家の、ほんのささやかな玄関先のツバキの木も
毎日、その面持ちをガラリと変え、なんだか対応に
とても忙しそうだ…。



秋田に戻ってわりとすぐに、ハローワーク仲介の
ビジネススクールなるところに通い始め、まあ私としては
天敵にあたる「Microsoft Office」絡みの学習をしつつ、
3ヶ月先にある「検定試験」に臨み、まあ目出たくと言うか
当たり前に資格を得て、それを活用して有利に(?)
きみたちは就職活動すべし!というもの。

その他にも、履歴書や職歴などレジュメの効果的な
作製ノウハウやら、面接対応、採用担当者の講話など
メニューもなかなか興味深くて面白い。
(むろん補助金的なものも出る!)

最終的な成果はともかく、私にとっては、
若い方々と集い、学ぶ場というのがとても嬉しくて、
毎朝バカみたいに早い時間に学校に到着して
同じクラスの「仲間達」と談笑などし、放課後も
居残って、ホントの学生時代にはしたこともない
復習や、互いに質問解答したりなどと、
学生生活を謳歌した…。

さてもう一人、私より10コくらい年上…ご年配の、
紳士とは云い難いが、蛭子サン風ご主人で、
いつも建築系の作業服と安全靴で受講に来ている方がいて、
PCを弄ること自体が初めて!という初心者の方。

しかしさすがに、彼の為に、これがマウスでクリックで…
というところから講義を始めたのでは、
とても資格取得な目標まで辿り着かないし、
2級、1級受験というヒトもいるから、申し訳ないことだが、
作業服のご主人を多少置き去りにした形で授業は進みます。

当然、エクセルのマクロがどうしたとかいうのは、
ご主人には苦痛な時間でしかありませんから、
時々、大声をだしたり、乱暴な態度などで授業妨害と
感じられる行動が目立ち始めます。

知らぬうちに30歳代の男子を中心とするグループが、ある決議を導きだし、
やはり年長者の私のところにその決議を差し出します。

私が代表してこの決議を、そのご主人と、学校側に差し出し、
結論的にはご主人を「追い出して欲しい」というのだ。

私は、皆の意向はよく分かるが、「追い出す」というのは
筋違いではないか?、彼の「補助金獲得手段」を奪い、
生活を侵害することは、我々の権利の外にあるから、
学校関係者も行政側もこれには同意できないだろう。

ここは、学校側にお願いして、彼が二度と授業の妨げに
ならぬように、大人しく授業に参加するように諭すか、
或いは、別室で自習してもらうか…それくらいしか実効的方策はない。

と、諭すのだが、30代リーダーら強硬派は
もうあのオヤジの顔もみたくないし、どうしても辞めさせたい
という意向を崩さない。

結局私に一任ということで、私はまず学校側に掛け合うと、
学校側は最初から腰が引けていて、とにかく問題がこじれて、
ハローワークから厳重注意とか、最悪、業務委託契約を
切られたくはない!という意識が透けて見えて、
結論的には、私に下駄を預けたい…ということになった。

残るは、蛭子ご主人との直談判である…。

最初の1時間は、アイツが気に入らぬ、生意気だ…
自分は40年間も社会人として立派に働いて苦労してきたのに
アイツらと来たら、そんな苦労など全く知らないくせに
生意気なことばかり云いやがって…冗談じゃない!

まあそんなこんなでネゴは続き、最終的に
「あなたを追い出したりはしない」ということを念頭に

「大人しく授業を受け、絶対に迷惑を掛けない」という一筆を取り付けた。

「おらあ、金輪際、誰とも口をきかない!それであんたも満足だろ!」

年配者が、若い人の中に入ってゆくってことは、自分は大した
労苦も感じないし、逆に愉しいと思うのだが、世の中は必ずしも
そう都合よくは運ばないらしい。

何はともあれ、残りの日程は、蛭子ご主人は
この私に対しても一切口をきかなかった。

それどころか、私が彼を追い込んだ張本人!?
と、勘違いして理解してしまってるようなのだ。
まあ、それもこの際、修了してしまえば、
もう二度と逢うこともないだろうから、
それならそれで一向に構わない…そう思っていた。

ところが、またどうしたことか、逢うのだ彼と…。

病院で同じ主治医、同じ日の同じ時間帯の予約外来...。
わたしは、「久しぶりですね、お元気でらっしゃいましたか?」
と声をかけたが、彼は私を無視し、憮然と顔を背けた。

まあいいや…である。

考えてみれば、私はいつもこんな役回りばかりだった。
それが自分に与えられた役目、運命なのだろうな…きっと。



えと…相当にベタな選曲で申し訳ない!(少々照れる!)。
しかしやっぱりこの曲の美しいメロディと、
醸し出す暖かい雰囲気が大好きだし、
まちがいなく、ポップスの最高傑作の一つだと思う。

この曲自体は、80年代に一度リバイバルヒットのような形で
注目されたこともあるが、私が聴いて夢中になったのは中学生の頃。

ちょうどカーペンターズとかスリードッグナイトが大ブレークし、
ヒットチャートを席巻するさなかに、彼らのヒット曲の作者として
ポールウィリアムス」という人物と彼の他の曲が
ラジオを中心に紹介され、その希代のメロディメイカーぶりに
私はすっかり夢中になる。

「愛のプレリュード」、「雨の日と月曜日は」、「ファミリーオブマン」
「オールドファッションドラヴソング」…and many more.

…そしてこの曲は、アメリカ中西部出身の3人組
ロジャーニコルズと友達の小さな輪(?)」とポールウィリアムスとの
共同作業の中から生まれた珠玉の名曲…。

しかし、当時既にこのレコードは入手困難盤となっていて、
北の辺境の中学生が気に入ったからといって、
簡単に手に入るような盤ではなく、私の場合は当時の
秋田放送ラジオの、それも大学生アルバイトのDJ氏が
個人所蔵していたもの(後に知った)を、何度もしつこくリクエストして、
やっとOAして貰い、さらにそれをエアチェック(録音ね..)したテープを
ハタチ過ぎまで、しぶとく聴き続けていたのであった。

まあそうした、実に難儀な曲も、今は簡単にYouTube…
いやはやいやはや。
Roger Nichols and the Small Circles of Friends ー The Drifter


ちなみにこのロジャーニコルズピチカートファイヴの類似点なども
ご紹介したかったのだが、それはまた別の機会に…。
真似してるぜ!って云うのではなく、これぞ溢れ出るリスペクトによる
本物以上の感覚と出来映え!。小西康陽…すごい奴!。

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センチメンタルファミリー?

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

そろそろ芽が出てきた頃かな?
と狙いをつけて、定点に出掛けてみたら
Bingo!…。

まあ、この冬は暖かかったり、急に寒くなったり、
「フキノトウ」も、出張るタイミングがナカナカ
難しかったんじゃないだろうか?

さて私はと言えば、タイヤまるごと交換で、
予定外に費用が嵩んでしまったけれど、
自転車も無事修理できたことだし、ではでは…と軽やかに、
これまた例年のルーティン通り、スーパーのお惣菜コーナーで、
「フキノトウ天麩羅」を買いに向かうのだった。

ちなみに東京にいる家人は、一緒に暮らしはじめた当初から

「天ぷらが食べたかったら、遠慮なく外でどうぞ!」

家では油を大量に使った揚げ物は一切しない!と、
宣言されていたから、天ぷらは、天麩羅屋で食すか、
惣菜屋で買ってきて食すものと、習慣づけられ
ウマい具合に飼い馴らされている。

とりたてて天麩羅好きではないのだが、そうしたわけで、
我が家の外食の選択肢には、天麩羅屋は堂々
最終選考まで残るというわけだ。

まあ河豚に牡蠣に蟹に小田原の鰺…。
娘の第一志望は大体、多摩の山奥での「しし鍋(猪)!」だから
なかなか天麩羅の出番はないけどね。

荻窪南口の酒処の大将が、毎年1度だけ、
自ら丹沢の山に入ったり、意外なところでは、
都庁の庭園や神宮の森などで採集してくる
各種山菜&野草料理特集に毎年呼ばれ…
まさに野趣溢れる「野草かき揚げ」…そのくらいだな。

まあ、今はもう全員バラバラで、それぞれに独りメシの日々…。

娘は、子供の頃から夢見て憧れていた某国策企業に、
何度か真正面から挑戦したけれど、上手く行かず、
ならば奥の手?で、派遣社員で潜り込んで、
何年も頑張って実績を作り、今は晴れて正社員になれたものの、
社員でもハードワークなのは相変わらずで、
給料の大半は深夜のタクシー代と、やはり憧れの独立生活の為に
借りているシモキタのワンルームマンション家賃で
すっかり消えてしまうのだそうで、
たまに泣き言を云いつつ、いつかまた皆で
「シシ鍋食べた〜い!」と、この正月に云っていた。

無論私だって1%も諦めてないけどね。



本当は全く別のTuneを準備していたのだが、
偶然開いてしまったフユミさんの素朴すぎる歌声に、
思わず手を止め聴き入ってしまって、
気がついたら大泣きしていた私。

うわあ!、思いっきり未練タップリ、片想いの唄じゃないかあ!
それでも男子は、大人な紳士を演じつつ、心の中は切なくてモガイてる…。
それにしてもオイチャンは涙脆くなっちまったもんだぜえ!
オイオイオイ…。

この名曲のきちんとしたレコードテイクもYouTubeにはあるのだが、
いかにもな80年代湘南サウンドアレンジが、
今はちょっと気恥ずかしくて聴いてられない(自嘲も込めてだ)…。
素朴な弾き語りのこちらの方が100倍素晴らしかったな!。

事情は知らないが、兄ちゃんとは今は別々に活動してるらしい…。
ブレッド&バターのバターの方こと?岩沢二弓さん
センチメンタル・フレンド」(ブレッド&バター)

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頑張れ林檎!

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

鴨の木偶(でく/Decoy?)って、居酒屋の店頭なんかで
よく見掛けるけれど、いったい何の意味があるんだろうか?
と、しばし考え込むオヤジであった…。
(カモ鍋やってます…にしては、ちょっとリアルすぎでしょう?
Decoy=おびき寄せる…も、エゲツなさすぎるし…???)

フクロウなら、不苦労って…いかにもお年寄ウケしそうな
ダシャレというか、とんち?、縁起物?!
って意味合いも分からぬではない。
それにしてもだ…カモって、どういう意味??

ちなみに東京・荻窪・日の出街のホルモン焼き屋で、
「鴨」を注文すると、「へい、鴨お待ちっ!」と言って
「ネギ焼き」が出てくる…
関係ないか…?。



Apple社とFBIおよび司法省のセキュリティコード開示命令問題が、
意外にも国論を2分する状況に発展しているらしい。

個人情報を管理する通信事業者としての
Apple社の毅然とした姿勢を、国民全員が賞賛するのかと思いきや、
国策に反抗するとは不届き千万!とか、テロを助長する…などと
批判する向きも多いと言う。

かのトランプ氏も「Appleはけしからん!不買運動を起こそう!
ワシも今日からサムスン製を使うぞ!?…」

MSのビルゲイツも「Appleは速やかにアンロックに協力すべし!」
と云っている。まあこの方はね…もう過去の方…。

ちなみにザッカーバーグやピチャイらは、毅然と
Apple支持を表明し、司法当局を批判している。

Apple社のクックCEOに独占インタビューしたニュースキャスターは、

「テロリストに利する行為という自覚はないのか!」

「自らの行為を恥じるべきではないのか?」

と、テレビマンなのに偏向が甚だしくてびっくりした。

その共和党系キャスターに味方する気持ちは全くないが、
彼のスタンスはそれはそれで尊重すべきで、
その一方で「Appleはユーザーの個人情報を身体を張って
FBIと司法省から守ってくれている。賞賛すべきだ!」
と発信する放送局があっても良い。

ある意味、キチンと両論ある方が「健全で公平な自由社会」
というもので、現政権批判を、即ち「偏向報道」とし、
「電波止めるぞ」的な、権力を背景とした「脅し」それ自体が
「全体主義=ファシズム」というものではないだろうか。

とはいえ、今回の事件の発端となったのは、
イスラム系テロ事件ではなく、アメリカによくある
「銃乱射事件」。

Apple云々より「銃規制問題」だろ!と思うのだが、
こちらの話題になるとアメリカは一気に「全体偏向」するらしい。

なにしろ、Sジョブス前CEOなら、FBIも司法省も、大統領府だって
力づくで撥ね除けそうだが、現CEOのクック氏…大丈夫かなあ??
ちょいちょい弱気な発言が…。

Apple社には、通信事業者の矜持を、しっかり見せてもらいたいものだ!



私がバンドマンの時代に、まだ頑に自分の理想の音楽を追求し続けている
仲間もたくさんいて、私に対して、口には出さずとも、
「魂売りやがった!」的な蔑みの視線が手向けられてたのは、
何となく気づいていた。

ただ私は、バンドマン=何でも屋の立場を、さほど卑下していたわけでもない。

それは、わりと早い時期(高校の初め頃?)に、この思いっきり素敵な
バックバンド集団「The Section」に憧れていたからに他ならない。

ダニー・コーチマー(クーチーって昔言ってた)、クレイグ・ダーギー、
ラス・カンケルに、リーランド(リー)・スカラー…
そして、当時まだ23歳のマイケル・ブレッカー…。

この最高のメンバーで、ジェームステイラー、キャロルキングなどの
バックを完璧に固める!派手なギターソロも壮絶なフィルインもないけれど、
何しろ確実で安定し、「唄」を最大限に浮き上がらせるその技術に感服。

やがて、日本でも「荒井由実とキャラメルママ」って言う、
最強のバックバンドも現れるけど、そういうセッションマンと言うか、
バンドマンという存在に、私はある種、畏敬の念を持っていたわけで、
「表現者として自分だけの音楽」も大事だけれど、
そこまでの自我って自分には希薄だったから、
このThe Sectionバンドマンという生き方…が、
自分には重要だったように思う。

The Section - Doing The Meatball


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先生、信頼してますよ!

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

駅構内…
実際に目で見える照度に極力近づけて
撮っているので、ココロモチ暗いけれど、
きちっと写るべきは写ってる。

結構、この旧ソ連製のゾナーコピーレンズが、
中望遠のポートレート用とはいえ、意外に使い易くて、
近頃は着けっ放しで持ち出すことが多い。

国産光学メーカーC社の、20万円以上する
同距離レンズの明るさ、高品位さには較べるべくもないが、
こちらもソ連製のContax模造品(!?)とはいえ、
C社の20分の1以下の値段のわりには、相当健闘している…
と、思うのだが…?

実は自転車がパンク中…。
昨日辺りは、雪も溶け、道も乾いていたので、
明日辺りに自転車屋に持っていくかあ!なんて思っていたのだが、
今朝、カーテンを開け、外を見たら、またしても雪景色…。
そして、病院に行かねばならぬ日…。

朝から思わず叫んでしまった…。

「もう雪いらないってば!」

「いい加減に春になってくれよ!」

正月以来、体調は悪いままだ。
当然、検査数値も散々だろうと思うのだが、こちらは異常なし。
それどころか、誤差の範囲ながら、改善が認められる!?
そんな馬鹿な!であるのだが、医師も看護師も笑顔で

「いやあ頑張ってますねえ!努力の甲斐あって、
 きちっと成果が現れてますよ!」

と、声を揃える…

えっ、どういうこと?。

体調は、一時の最悪状態からは幾分脱したとは言え、
根本的には改善されず、苦しいまんま…。
それでも「改善」「良化」とは…。

考えたくはないが、自分等の担当区分だけ良好ならば、
それで良いのだろうか??…。

もちろん先生は信頼せねばならない。

以前、サッカーで膝のお皿を割った。
同時にシリモチをついたのか、ビテイコツも妙に痛い。

先生は膝の手術の説明を入念に始めるのだが、
私は尻の方、先生は忘れてるんじゃあないだろうかと、
しつこく「ケツケツ…」とアピールするのだが、
何故か先生は、尾てい骨については一切触れてこないのだ。

尚も私は、膝も痛いが、尻も痛いので、ケツケツ
うるさく云っていると、先生も「しょうがないなあ!」
という憮然とした表情を浮かべ、手袋を装着し始める。
右手人差し指をぴーんと立てたと思ったら…

エイヤッ…プスッ…ウオッ…っと…。

そして指先でビテイコツをギシギシッと
チカラズクで伸ばし始めるのだ!

「これでどう?」と先生は溜め息をつきながら云う…。
痛みは噓みたいに、すっかり消えていた。
人間の身体って、わりと単純に出来てるんだな!

というか、先生は最初から、ビテイコツなんかフリーハンドで
数秒で解決!って分かってたんだなあって思うと、
ケツケツ云ってた自分がとても恥ずかしく思えた。

そういうわけで、今回も医師を信用してみようと思う。
大丈夫だろう…きっと。



ヘンリーカウが好き!。
通称「カウ!」と言えば、一時西新宿に住んで「突然ダンボール」の
連中なんかとセッションに明け暮れていたフレッド・フリスとか、
クリス・カトラー、さらには、ダグマー・クラウゼ…なんて
麗しい名前が、英国音楽ファンなら浮かんでくるのだろうが、
カウの主要メンバーではないが、一時在籍していたメンバーのピーター・ブレグヴァドは、
実は後年、最も成功したということで、ご存知の方も多いのではないだろうか?。

ペルユヴにいたアントンフィアらとの「ゴールデンパロミノス」の
主要メンバーでもあったPeter Blegvadを今日は取り上げてみたい。

カーラブレイなど最先端=尖りJAZZ系の人達や、
旧ヘンリーカウメンバー、さらにはXTCのアンディパートリッジなんかとの
コラボアルバムなど。とてもクオリティの高いアルバムも多数。

音楽センスというか「音楽IQ」の高いミュージシャンだし、
しかも、とてもポップな味わいのヒトなのだが、
いかんせん…「売れない!」。
良い仕事してるんだけどね...こればかりは仕方がないね。

この曲なんかも、間違って売れないものかなあ!?なんて思うけど、
やっぱ売れないんだなあ…良い曲なのに。
グラミー賞曲なんて全く響いてこないのにね…。

Daughter - Peter Blegvad

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なんちゃって人生は苦しいのだ

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Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35

秋田公立美術大学...

そこがアートスクールなら、
こちらもアートな気分で
いつになく影の角度なんかを気にしてみる…。

あくまでも、なんちゃってアート…
まるで自分の人生そのものだなあ。

結局、自分の好きな音楽ではなく、
セッション系...と云えば聞こえは良いが
早い話が「歌伴ギタリスト」で
生計をたてることになるのだが、
ここで最低限必須になるのが
「読譜力」と「ジャズ力」。

無論どちらも急ごしらえの
ナンチャって読譜力に
ナンチャってなりきりジャズギタリスト。

ナンチャってとは言うものの、3ヶ月くらい
様々なプロフェッショナルに教えを乞いながらも
初見(読譜)もジャズの基本も習得…
我ながら恐ろしいくらいの集中力!

とは言え、所詮哀しい「なんちゃって」…。
メッキはすぐに禿げ、薄っぺらさは簡単に露呈。
そのせいで、いろいろと精神的に追い込まれる。
最後は息苦しくなって、早すぎる決断で「引退」。

サラリーマンに転身した。

ここでも大した能力も持ち合わせないのに、
たまたま担当したカスタマーが、みるみる急成長!
私はすぐに特命セクションを持つことになって、部下が5人…。
しかも強烈な個性の、どこのセクションでも
はみ出しキャラクターの5人衆。

奴らは、私の指示なんかほとんど聞いちゃあくれなかったが、
何故だか気が合うし、しかも結果オーライながら、
セクションは大躍進。

2年経ち3年経つと、5人は30人、50人となって
やがては自分のセクションが会社の主軸になり、
私は課長も部長もスッ飛ばして、あろう事か
取締役の執行役員…ということになっていた。

まったく自分の性格にはそぐわない状況である。

あまり得意じゃない分野の「財務諸表」と首っ引きで
必死になって分析して「経営指標」なんてのを作成して、
会社のさほど楽観的ではない有り様を提示したら、
上席役員に叱られた。

株主と経営陣に夢と希望を与えることこそが、
今のオマエの仕事とわきまえろ!…。

5人とコソコソと隙間を見つけては入り込んで、
微々たる利益を出しては喜び、讃え合った時代が
懐かしく思えたけれど、もう時間は逆戻りしない。

自分本来の能力を遥かに凌ぐ自分の虚像が、
過ぎたる役職を勝手に纏いながら、
のっしのっしと歩き始める。
本来の自分自身ではない自分が、
もはや制御できない怪物みたいな、
そんな感じになってしまった。

もう取締役なんてイヤだ…夢なら覚めてくれ!

ほどなく、上の方の、金を実際に動かす連中が
何やらとてつもない失態をやらかしたらしい。
そこにハイエナのような金融機関の連中が
取り憑いた結果、会社は呆気なく破綻した。

平取締役だった私も、少しばかりの財産を失ったが、
破産は免れた。

気がつけば、系列の副社長…とは名ばかりの
ドブサライの汚れ役…。

「器用に渡ったね...」

とイヤミを云われたこともあるが、
実際には間違いなく、またしてもナンチャっての、
馬鹿げた負のスパイラルに相違なかったのである…(未完)。



楽典とジャズの指南書にどっぷりと浸かっていた時期、
無料で先生を買って出てくれた先輩ジャズ屋さん(東京芸大卒のSax吹き)に、
徹底的に叩き込まれたのがスタンダードジャズと
ジョーパスやジムホールの研究…。
これが実は一番しんどかった!。

そんな状況も少し見通しが立った頃、先輩がこの曲のテープを
私に聴かせ、「今のオマエさんなら、軽く弾けるだろう!」
と言った。けっして軽くはなかったが、久しぶりに演奏するのが
愉しいと思えた曲だったな。

オリジナル音源はメセニーとパストリアスの鬼才コンビ!だったが、
後年、この「リチャード・ボナ」に随分とハマって、
何度もブルーノート東京に出掛ける羽目になってたように思う。
Bright Size Life


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誰も責任をとらない世界

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

駅コンコース…。

私の現役の頃は、日本中の有力駅長や
駅ビル施設の管理会社と膝詰めで交渉し、
こうした通路=コンコースをすべからく「楽市楽座化」し
それで足りなければ、海外で行なわれているらしい
ハロウィーンの仮装パレードを真似て、
知り合いの劇団とインターナショナルスクールに頼んで
パレードをでっち上げたりしながら、
駅ならびに駅ビルテナントの収益性を増大させるべく
日夜、暗躍していたような記憶があるが、
今はもう、ナリフリカマワズ、強欲に

「利益出したるでえ…」

「みんなで頑張って、収入を倍増させようぜい!」

なんて状況には、もはやない様子で、
実に淡々と、通路は単純に通り路でしか
なくなってしまったようだ。

コンプライアンス(法令遵守)の精神は、
私自身もその後、その番人のような仕事をしてたから、
肝に銘じるまでもなく企業には大事で、
むかし自分らが標榜してた「信用第一」みたいな
ところがあるのだが、必要以上に崇め奉りすぎると、
一切リスクを負わない、つまり誰も責任を問われないように、
企業の進歩とか、イノヴェーションとは
正反対な方向に動き出してしまうようだ。

その結果が、資金は自分の会社の設備投資や従業員の
給与配当に結びつかず、余剰な金額はすべて他の安定企業に投資して
無難に稼ぐ方式に会社は切り替わり、内部留保を高めても、
それもまた投資にまわり、そのうちに必ずやってくる
大恐慌で全部なくなるまで、無為なループのように続くのだ。

なんだかツマラナイ世界だね。



何となく前回の続きみたいになったが、
ヴァニラファッジ解散後のDrum 'n Bass とジェフベックが
合体するはずの、いわゆるBB&A計画は、ベックの自動車事故で
一旦白紙になって、ボガードとアピスは、ミッチライダーのところの
凄腕ギター=ジムマッカーティを加入させて「Cactus」を結成。

そのデビューアルバムがあまりにも壮絶な出来で、
多くのロックファンは、諸手を上げてこれを歓迎した。

中学生になっていた私も、あまりにも本格的で的を射た
100%ハードロック印なサウンドに大興奮していたから、
同じ頃に、あくまでもシングル盤ベースで聴こえてきた
「胸いっぱいの愛?」「グッドタイム・バッドタイム?」
「ゼッペリン?」それより断然カクタスだぜ!!
なんて思っていた。

やがて完治したベックは第二期ジェフベックグループを挟みつつ、
BB&Aをめでたく実現するのだが、カクタスほどの
インパクトや勢いは既になく、日本以外ではあまり評判も
芳しくなかったらしい。
(海賊盤とボックスセット(少しだけ)で聴けるレインボウシアター
 での解散公演は最高の出来だったが…)

CactusBB&Aもどちらも結局は短命に終わることに
なったけれど、歴史的名盤をカクタスは2枚も残すことになった。
日本では半分ライブの「汗と熱気(Ot'n Sweaty)」が
当時とても売れたらしいが、既にジムマッカーティは脱退し、
主要の二人も気持ちはフリーになったジェフベックと早く組みたい
一心で、カクタスは脱退寸前の、微妙な緊張状態でのライブだったらしい。
そうしたわけで、自分的にはデビューアルバムの、なにしろ
サボテンみたいに(?)乾いてて、気持ちよく歪んだサウンドが鮮烈で、
生まれて初めて「ハードロック!」ってのを強く意識した作品であったように思う。
Cactus- Parchman Farm


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雲のトラウマ

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

自転車のシュプールが妙に珍しくて面白かった...
ただそれだけの写真…。

北の辺境のこの街の、冬の主語は断然「雪」。
季語じゃないよ、主語!。

話題の切り口はたいてい「雪が…」で始まる。
ちょっと寂しい…かな!?。


小4くらいの時に、突然「音楽専門」の、とても熱心な
男性教師が赴任してきて、我々を取り巻く音楽環境が、
それまでと大きく変わった。

音楽の授業内容が突如本格化したのは、云うまでもないが、
クラス対抗で、器楽演奏や、合唱というもので競うようになった。
また、作曲法の授業を行なったそのすぐ後に、
作詞作曲コンクールがあって、優秀作品は、なんと自費出版ながら
「レコード化」する!という企画まで模様され、
作品は、昼間の校内放送で連日のヘビーローテーション!。

当然、器楽部、合唱部もテコ入れされて、精鋭部隊が組織され、
彼らは、街のイベントや放送番組、コンクールなどに
積極的に出演するような、希有な存在になった。

当然ナニゴトにも感化され易い私である。
器楽部も合唱部も参加を希望したが、どちらも選からは漏れた。

赤&黄色のバイエル停まりとは言え、ピアノは多少弾けるし、
音楽授業の前後や放課後に、しょっちゅう音楽室のピアノを
弾いていた私だから、まあせめてアコーデオン隊の一角くらいには…
と考えて、自信もあったのだが、ピアノなど弾いたこともない
男子数人がアコーデオン隊に選ばれる中、音楽教師が
もう忘れられないほど覚めた口調で私にいったのは

「君は今回は遠慮しなさい…理由は分かってるはずだ!」

その理由が、実は今もって分からないのだ。

さらに後日、メンバー補充の追加オーディションがあって、
それにも参加して、随分練習したピアノ曲を弾いて、
他の生徒達に「凄いねえ…上手いねえ!」などと
煽てられたりもしていたのだが、
そのときも、おそらく私だけが無惨に落とされている。

いつか理由を聞かねば!と思っていたのだが、
当該教師は、すぐに人事異動で転勤してしまった。

突然の異動には、不祥事があった…とだけ後日聴かされたが、
内容は明かされなかった。
(例の自費出版レコードに伴う金銭トラブル?という説もある)

結局分からずじまいの引っ掛かりは、私にとっては
何ともイヤな感触のトラウマになったようで
中学も高校も、私は「音楽部」を選択することは
もう二度となかった。

それがどうしたわけか、ほんの一時期だけとは言え、
音楽で身を立てることになった。

しかしそれでも、小5のときのトラウマは全然消えずに
引っ掛かっていて、どれだけ練習して万全を期したにしても、
どこか不安気で、自信の無さというか、自分は本当に
そんな大きなステージに立ったり、レコーディングしたりできる
立場なのだろうか…また突然に...

「君は今回は遠慮しなさい…理由は分かってるはずだ!」

と云われるんじゃないだろうか…そんな不安が、ずうっと
残リ続けていたように思うのだ。

あの時の音楽教師は、すでに故人ということで、
理由は既に薮の中…重苦しいドス黒い雲のようなトラウマは、
もうすっきりさっぱり晴れることもない。

まあ、雲一つないピーカン天気なんて、
味気ないじゃないか!
ポカンと雲がいくつか浮かんでた方が
緊張感があるというものだぜ…   

なんてね。



音楽教師との不和(?)の原因かどうかは分からないけれど、
当時の私は、ぼんやりと洋楽が好きになりはじめていた頃で、
もしかすると、叔父から貰ったシングル盤を音楽室で聴いて
叱られた…なんてあったかもしれない(たぶんフランスギャル?)。

意外と当時からへそ曲がりで、皆が好きだって云うモンキーズは
何だか軟弱っぽくて好きじゃなかった。

ビートルズは好きだったけど、叔父がビートルズに関しては
「オマエにはビートルズはまだ早い!」と云いながら、
レコードをちっとも貸してくれないものだから、
本格的にハマるまでにはまだ至ってない。

ある日、商店街のBGMで聴いたこの曲が、死ぬほどカッコいい!
モンキーズなんかよりずっとカッコいい!
これこそロックだぜ!って、生意気にも思うようになって、
自分でレコード(無論シングル盤)を買って、この曲ばかり、
毎日毎日、飽きもせずに聴き続けてたって時期がある。

英語はまだ分からないから、当時の小学生の耳で覚えた
いい加減英語だけれど、後年、歌詞カードを見て唄うよりも
完璧なイントネーションで未だに唄える…(気がする)のだ。

♫どんちゅう うぉんさんばりるらあ
 どーんちゅ にいさんばりるらあ…

あなただけを
Jefferson Airplane - Somebody To Love


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40年も経つと...

オサムちゃん
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (2nd Edition-1964)

我らのオサムちゃん…
昨日めでたく65歳(!)のバースデイを迎えたそうだ!。

彼こそ秋田のバンド界のレジェンド!
お世辞じゃないよ。この日のライブも
他を寄せ付けない圧倒的なパフォーマンス!
レジェンド以外に言葉が見つからない。

前回が40年ぶりで、今回がそれから2年ぶりの
臨時再々結成となる"Make Love Company"

当時、高校生の私は、彼らに憧れてライヴを随分と
追っかけてたな...。

ブルースが基本なんだが、まだフュージョンも
クロスオーバーも、その存在自体が曖昧な時代に、
セロニアス・モンク演ったあとにハ−ビーハンコック演って、
次にSLYだなあ…って思ったら今度はザ・バンドにBB.キング。

とにかく時代の「かっこいい」を次々に体現してくれるんだから
高校生の自分は、かなりのめり込んだ。

彼らのようになりたい!と、いうよりは、
むしろMake Love Companyに加入したい!、
加入できるだけの実力を備えたい…そう願って
ひたすら練習した。

ロック馬鹿だから、ジャズとかブルースはあまり
得手ではなかったけれど、
Make Loveならなんでも出来なきゃならないだろう!
勝手にそう思い込んだからこそ、好き嫌いに関わらず、
良いと云われるものならなんでも!と貪欲に聴き漁ったものだ。

結局、私は秋田に残らずに進学で上京してしまったから、
Make Love加入どころか、バンマスの三ツ井さんやオサムちゃん(さん!)と
知り合うこともなく、ならば新天地で、より刺激的な面々と
知り合って、バンド活動を深化させることに期待したのだが、
大学内のバンド族は、○ーグルスだの○ービーブラザーズだの、
軟弱系のロックだのクロスオーヴァーだのハードロックだのが隆盛で、
まったく刺激的ではなく、途方に暮れてしまっていた。

そうして燻ってる間にも、秋田の仲間がMake Loveに加入しただの
メンバーと別ユニットを組んだぜ!などということが
風の噂で聴こえてくると、とてもとても焦り悶えたり(?)するのだった。

さて、ギターを抱えて、何やら唄ってる風なオサムちゃんの
モノクロームであるけれど...なんと意外なことに、
65歳になった彼なのに(?)相当に緊張してらっしゃる様子で、
気持ちを落ち着かせる為に、控え室で普段唄い慣れた
昔の歌などを、次々と放吟するという、実に意外な図なのである。

なんだかそれぞれに悲喜交々なMake Love Company ライヴの宵。
だってあれからもう40年近い年月が経ってるんだものねえ…。

mituisann
Leitz - Summar 5cm/2 (1937)



んで、今宵、バンマスの三ツ井さんに云われたのが…

「オマエさんのブログの音楽、最近難しくてついてけねーぞ!」

なるほどなるほど…ごもっとも。

そういうわけで、その昔にMake Love Co.の演奏で聴いて、
何だかとても驚いたこの曲を今日は...。

とっても難解な曲だなあ…と思っていたのに、
Make Loveさんらは、これを実に楽しそうに、しかも
呆気なくも簡単そうに演奏していて、何だかとても
衝撃と、良い意味の肩すかしを食らったような気がする。

上京後、私は初めて組んだクラスメート達のバンドで、
Big Pinkから何かやろうぜ!って提案したけれど、
そのときのメンバーは、A面とB面のそれぞれ最後に入ってる2曲しか
印象にないよ!、と云われてしまってボツになった時
何となく「前途多難」を予感した。

ではミックジャガーもぶっ飛んだロックオブエイジスのヴァージョンで
「火の車!」
The Band - This Wheel's on Fire (Rock of Ages)


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伝わらない言葉...

DSC00112s7.jpg
P.ANGENIEUX 45/2.9 (1949)

まあ何しろ、今年に入って釈明会見というか
記者会見ってのが、随分多いなあって思うんだが、
いつも思うのは、釈明側の詫び方、頭の角度など
実に昨今の広告代理店か、弁護士か、世間知らずの官僚か、
はてまた行儀作法の先生の、どなたのご教示か分からないけれど、
いかにも有り体で、システマチックで、
アレ…どっかで観たことあるぞこの口調、この景色…
的な小狡さが、何だかとっても不遜で、気持ちが悪い。

そもそも自分の言葉じゃないから、伝わっても来ないしね…。

つまりそうした代理店やら弁護士やら、行儀作法の方々の
いわゆる知恵者の発想自体がもう古くて、社会情勢と乖離しているから、
さらなる反感、不興を買ってしまうわけで、
現代のCS(Customer Satisfaction)の概念から云えば、
お詫び釈明の基本は、嘘偽りなく、すべてをさらけ出し、
謝り切ることが、早期の原状回復(株価回復など)に
不可欠なのだが、まだこの期に及んで嘘をついたり、
格好を付けたりすると、延々と不信感は断ち切れず、
結局傷口を深くするのだが、まだそれを分からず、
「騙し通せ!」って思い込んでる「駄目な知恵者」が
多いということだろうな。

それ以上に気にいらぬのが、記者団やカメラマンの行儀の悪さ。
まずはカメラのフラッシュ…カメラをいじるヒトなら分かると思うが、
昨今のカメラの「高感度さ」というのは驚異的で、フラッシュなど使わずに
ほとんど暗闇でも、写真は昼間のような明るい画質で撮れる...
というのに、あの酷いフラッシュは、一体いつの時代!?と思う。

視神経や交感神経への悪影響が明白に懸念されるのだから、
フラッシュなど、公的場所では世界的に禁止されるべきだと考える。

それに加え、とても耳障りで、肝心の会話部分の邪魔さえする醜悪な
連射のシャッター音。

「大変もうしガガガガありまガショガショガガガしたガガガガショ。」

これら20世紀の醜悪な遺物…何とかならぬものだろうか。

そんな騒然とした中、記者達もしっかりと内容のある質問を吟味し、
シャッター音に負けない、毅然とした発声で質問すべきだろう!

「カショカショ新聞でガガガ。先日ガガガガしたゴゴゴゴですけど、
 ギャギャギャギャなのでしょうか?…??ガガ…」

ちなみに蛇足だけれど、家人に「旦那の育児休暇」について訊いてみた。

「邪魔っ!。休むよりバリバリ働いて稼いでベビーシッター雇って!」

「国や行政は、(ご高齢者も含め)子育てへルパー的な方々を育成をして、
 必要に応じて助成してもらえる体制にした方が、よほどありがたい!」

様々異見もありましょうが、私も同意でありますな…。



リアルに私のエレキギター事始めとなったのが、この「サザンマン」である。
だからこの騒然として、取り留めのない爆音こそが、私にとっての
エレキそのもの、原風景なのである。

それにしてもニールヤングはいい。
なにが良いってこの曲が発表されてこのビデオに至る時点で、
かれこれ45年ほどだと思うけれど、
ちっともギターが上達してない!

声も上の方が出なくてひっくり返ってヨレヨレだけど、
全く気にする様子もない!。
エラいぞニール!それがロックだぜ!ってね…

爆音系ロックは本来苦手なんだけど、ニールのは、なんて云うか
飾らなくて、素のまんま剥き出しなところがとっても良い。

45年以上も何も変わらんサウンドを、やっぱり、変わらない感じで
支え続けるバンドのクレージーホースも大したものだ!

というわけで、中学2年生くらいかな…、エレキ持ってバンド組んだら
まずはこれを!って、自分で自分に誓ってたこの曲…
♫Southern Man


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明るい未来の話

DSC09856s7.jpg
Jupiter9 8.5cm/2(1957)

ポニーの引く雪ゾリを待つ子供達の長蛇の列が
出来ていたのだが、列で待ってる子の何人かが、
親達に云ってる言葉を聞いて、私は思わず感動して
涙がこぼれそうになった。

「私たちが乗るのを止めたら、
 おウマさんを休ませてあげられるの?」

それを耳にしたポニーを引くおじさんが笑顔で応える。

「おウマさんはみんなを乗せて歩くのが好きで、
 嬉しいんだよ!だから心配しないでね…」

「わかった。おウマさんが嬉しいなら…」

内容の真意はともかくも、
まだまだこの国の将来は明るい…かも。

みんなあ、おじさん達の老後も…よろしくね!
あれっ??



我ながら、ちょいとこの事態はまずいんじゃあないか…
というほど、毎日必ずFrank ZappaのCDを1枚2枚…
いや3枚くらいは、確実に聴いてから就寝する毎日である。

昔、くそ忙しくてレコードを聴く時間を捻出するのに
腐心していた時代には、早めに自身の事業を立ち上げて
安定させたら、さっさと自分は引退して、もうイヤっちゅうほど
レコードを聴くぞ…Zappaなんか特に難解なところを、
毎日聴き倒したる!…てなことを夢見ていたのだが、
何一つ適わぬまま、時間だけ無為に出来てしまって、
当初の条件とはまったく違う、嘆かわしい形ではあるけれど
結果的には適うことになってしまった。

いわゆる家庭用ビデオレコーダというのが普及し始めた頃の話。

まだ私にはそれに興味はなくて、
ひたすら音関係のみのライフスタイル…。

ところがある日、友人の誘いで、東京・西荻窪にあった
ぎゃばん」っていう、通称「ザッパ喫茶」に出掛けることになって、
そこでカルチャーショックを受ける!。

それまで観たこともなかったザッパのライブビデオが上映されていて、
(来日コンサートは観たけれど…)さらには近々、てっきり幻で
もはや実在すらしないと思われたザッパの不条理映画「200モーテルズ
のビデオが入荷し、その上映会を開く!という。
私などもう、鼻血が吹き出るほどの驚きと興奮に震えるのだった。

すぐにぎゃばんのマスターのお兄チャンと仲良くなって、
ビデオの入手ルートが判明した。
(後年、弟クンが店を引き継ぐのだが、彼はザッパよりレゲエ好きで…)

なんと、入手元は他ならぬハリウッドの「ザッパ家」。
まだ当時は自家通販でビデオ作品や、一時的に販売網を失っていた
レコード、ポスター、Tシャツなどを、自家で世界中に売っていたのだ。

ある夜、店の分と自分の分を注文する為、Zappa Family Trustに
なぜだか私が電話した…。
いきなり、Hi, I'm Gail..って声が聞こえた。
ゲゲゲ…ゲールって…もしかしてザッパのヨメ...嫁ハンやんけ!…
と、少々ビビりながらも、そうは言ってもこちらも海外取引は
いわば本職である。

そういうわけで、本職なわりには、調子に乗って予算を大幅に超え、
大量注文してしまった。

ビデオ3種に、ザッパ本人がデジタルリマスターしたアナログレコード(!?)の
ボックスセットに自伝…、結局Sサイズで着れなかったTシャツ数枚…。

というわけで、この映像も、黒いビデオケースに貼付けた
紙きれに、タイトルをタイプしただけの簡素すぎる
「公式ビデオ?」に入っていたヤツ…。

当作品を含む、TVスタジオライブ映像は、1976年2月の来日記念で、
NHKヤングミュージックショー扱いで放映される予定だったが、
おりしもロッキード疑獄事件の証人喚問中継やら何やらで放送中止…。

もしこの時、予定通りに放送されていたら、
我が国でのザッパ周辺の事情も、大きく変わっていたかもしれないな。

Frank Zappa & The Mothers - Florentine Pogen

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虚ろな時代のお話

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

雪像の写真って、意外に難しいぞ!ってわけで
シャッタースピードなんかを調整して
雪の質感、陰影感を…なんて考えすぎたわりには
そもそもピントが合ってないお間抜けな写真…。

アカチャンに「もうちょっとそこでじっとしてて…」
なんて言えないしねえ…。



80年代中頃は、20代中盤…
公私ともにいろいろサマザマ忙しくって、
記憶がとっても希薄で、自分的にはとっても虚ろな時代…。

やがてバブルらしきものがいつの間にか始まりだして、
人々の話題は、土地の売買だったり、株取引だったり
早い話が、何処もかしこも話題は、金・金・金…。

おそらくは銀行さん辺りが持ってきた話だと思うけれど、
会社でも「土地転がし」でもやってみるか!?
というわけで、軽井沢の別荘地の売り物を下見することになった。

例によって日曜日に、一人で行ってみると、
何だかとても激しい傾斜地…。
はやい話が平地な部分が極めて少ない「崖の下」。

仲介業者は...

仲「いやあ、野趣溢れる、とても個性的な別荘が建てられますよ!」

私「イヤ…もうちょっとノーマルというか、普通に
  平地な物件はないのか?」

と、尋ねると、業者は急に不機嫌になり、

仲「このご時世、軽井沢物件はあるだけでラッキーなんですよ!
  とにかく買った途端に値が上がるんですから...」

そんなものなのか?でもやはり、崖はちょっと…
と即決で固辞したら、業者は怒ったようにさっさと
クルマで帰ってしまった。現場にいきなり取り残された自分。

少し歩くと、ドライブインがあったので、そこでタクシーを呼んだ。

今度はタクシードライバーとの会話。

運「お客さんはゴルフでこちらへ?」

私「いや、土地を見に来たけど、崖で話にならなかった」

運「崖って、あああれね…お断りしたんでしょ!良かったですね」

私「…やっぱり何か因縁あるの、あそこ?」

運「えっ?お客さんなんにも知らないで見に来たの?」

私「なにがあるの?いや…あったの?」

運「有名ですよ、あそこ…浅間山荘の跡ですよ…!
  たぶん、永遠に売れないですね…」

私「やれやれ、自分は騙されたってわけね…」

運「でもね、このご時世、手付金払わされて泣いたヒトも多いっていいますし」

私「やばいやばい…」

こんな風に、日曜日まで私の時間は、
平気で奪われていくのだった。



そんな時代…、どこにそんな時間があったのだろうか?とも思うが
何はともあれ、たとえ15分、30分でも、
独りで部屋に籠る時間というのを、とても大切にしていたのは、
唯一確かなことのようだ。

音楽はパンク、ポストパンク、テクノ、ニューウェイブなどを経由して
何となくインディーズとかアルタネーティヴ・シーンと
いうものに落ち着いた感じではあるけれど、なにしろ新鮮で、
衝撃的な音を求める姿勢というのには、変わらなかったように思う。

日々、怒濤のような雑事に囲まれ、追いかけられる日常において、
記憶も意識もぼんやりと虚ろに漂う中、音楽と対峙する神経だけが
異様に研ぎすまされた、ある種、病的な状況でもあったように思う。

ある時期このEyeless In Gazaにハマっていた。
アルバムも、12インチシングルもたくさん揃えた。
しかし彼らのプロフィールには、まったく興味が湧かず、
どこのどういうヒトなのか、どういう音楽的背景があるのかも
理解しようとしないまま、ただただ音楽だけを
気に入って聴いていた。

そういうわけで今の今まで存在すら忘れていたけれど、
YouTubeで曲を聴いたら、全部覚えがある…。
何だか夢の中で聴いて覚えたような、そんな不思議な感覚に
今とても不気味で、そのナチュラルハイな状態が実になんとも
気持ちがよいのだった。時勢的にヤバイ?!。

Eyeless In Gaza - Light Sliding


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似てたって良いじゃないか!

DSC09929s.jpg
Jupiter9 8.5cm/2(1957)

こちらは「なまはげ」ではなく、山から下りてきた
やまはげ」…なのだそうだ。

ラースタファイヤー!なドレッドヘアーがオシャレ…
というか、90年代の新宿駅西口広場の情景が
妙に生々しく思い出されたりする...。

「言うごど聞がね子はいねがー」
「母さんに電話して、ちゃんと良い子にしてるか確認するからなあ!」

やまはげさんは、古式ゆかしくも
妙にリアルな口調で子供達を諭してはいるけれど、
今の子らは、あんまり怖がらないんだなあ!?

もっとも、注意して観察してみると、
呆然として半気絶してる子もいるようだけど…。



さて、私としては人生初のソ連製レンズ「ユピテル9」である。

ライカ(エルンスト・ライツ社)でさえ、その技術力に
地団駄を踏んで悔しがったという
東側ドイツ・イエナ市カールツァイスの名玉「ゾナー」を、
ソ連がちゃっかりコピーしたものが、このユピテルシリーズ!
…と言われるが、実際にはイエナのツァイスは、
戦後ソ連軍に接収され、ツァイスの技師や硝材のストックまでも
ロシア(ウクライナ?)に持ち去り、
せっせと模造品(?)を製造し、外貨稼ぎをしたのだそうだ。

当然本家本物の戦前ゾナーは、ライカほどではないにしろ
高額なので、ソ連製ユピテルは
「プアマンズ・ゾナー」と呼ばれたそうだ。

私は残念ながらまさにプアマン!で,本物ゾナーは持ってない
から、本物とどう似ているのか,或いは異なるのか
知るよしもないけれど、模造品ですらこの華やかさである…。

かなり暗めの曇天(ほとんど雪模様)の中の撮影だが、
とてもメリハリの利いた表現力のレンズであるようで、
これは天気の良い日の撮影が俄然楽しみになったな。



モーリスホワイトさん死去!と、
何故かNHKニュースでも取り扱っていた。

正直に言ってしまえば、アース・ウィンド&ファイアには
1%も興味を持てなかった私である…。

ところが当時の先輩ミュージシャン方もアレンジャーの先生方も、
皆が皆、そんな私に忠告するのだ…

「悪いことは言わんから、仕事だと思って聴いとけ!」

それでも私は頑固に「なんか好きじゃないな...」というと、
アレンジャー先生は...

「分かった。それならばこの曲だけでも聴いとけ!
 これにEW&Fの全部の要素が詰まってるから!」

と、指定図書みたいに推薦され、強要されたのがこの曲。

おかげさまで、この曲から10曲分くらいのリズムパターンを
パクらせてもらった…。

70年代末から80年代に至るリズムパターンやオーケストレーションの、
最先端とは言わないけど、定番みたいな感じ….かな。

ちょっと足元薄めの、捻りのない単調なリズムなんかは、
自分としては納得いかず,相当不服だったけどね、
流行じゃあしょうがない。



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始まりと終わり

8s1.jpg
Jupiter9 8.5cm/2(1957)

まだデビュー直前の新人歌手とはいえ、一応はプロとして
彼女のバンドに加わって、学業そっちのけでライヴ活動に
精出していた21歳の私だった。

プロダクションの社長から、デビューする前に
「ライヴ100回達成!」を彼女は厳命され、すでに
「ライヴハウスの女王!」的な称号をメディアから受けつつ、
さあ、いよいよ来月にもデビューだ!というところまで来て、
私は突然「解雇」を宣告された。

クビというよりバンドごとチェンジ!。

どうやらバンドのビジュアル(!)が問題視されたらしい。

当時の私と云えば、オシャレや流行に関心なく、
ただただ無精の長髪に髭ヅラ…そしてTPOを問わない
TシャツにGパン姿…。他のメンバーも似たり寄ったりで、
確かにテレビ的ではない。

少しして,我々のアトガマくんたちの勇姿をテレビで観た。
演奏力はともかくも、「耳目秀麗」で「オシャレ」に相違なく、
流行り始めのもみあげシャキーンなテクノカット!に
フリルのシャツにカッコいいウエスタンブーツ。
クビ元から赤いスカーフが誇らしげになびいていた…。

私は、さて学校に戻ろうか...もはや留年は必至だけど、
それも仕方がないな…ほとんどそうするつもりでいたのだが、
そんなことがあった後から、とてもありがたいことに、
様々な人から救いの手が差しのべられたのだ。

師匠!と勝手に呼んでいた編曲家から写譜(清書)の仕事を
いただくうちに、編曲の下書き(譜割とコードネームなど)を
依頼されるようになったり、馴染みのタレントさんやミュージシャンからも、
編曲や作曲、レコーディングやステージ仕事を続々と貰ったり、
今はシブい役者だが、当時はお笑いタレントだった友人からも、
既に有名人なのに、一緒にロッケンローなバンドを組んでデビューを目指そうか!?
なんて、本気とも冗談ともつかない、様々なお話をいただいた。

何だかみんな暖かいな…
もしかすると自分はこの業界で案外やっていけるんじゃないだろうか?
そう思い始めているところに、願ってもない依頼が舞い込んだ。

当時16歳。彼女は会社が今度、社運をかけて(?)
デビューさせる予定の少女。

私は偶然、それ以前に知り合いのヴォイトレの先生のスタジオで
彼女のレッスンを目撃していて、その並み外れた歌唱力に、
メチャクチャ惚れ込んでいて、あちこちで、あの娘は凄いぞ!と
云っていたら、そのせいなのかどうかは分からないが、
ならばオマエが…?ということになった。

会社が社運をかけるわりには、専属バンドを持たせる予算はなく(?)
かといってサウンド・クォリティにはこだわりたい!というわけで、
私が彼女専属のギタリストを任されることになったのだ。

地方など現場ごとに雇われるバンドに私が「バンマス」として
強引に加わって、正確なテンポを繰り出したり、楽曲の委細を
短時間で指導し、出来る限り安定したサウンドを供給させる…
そういう役割。

いうまでもないが、まだまだ半分学生のヒヨッコミュージシャンの
自分には、すべての経験が全く初めての、とても荷が重い仕事で
あったことは否めない。

結局、彼女はこちらのイタラナさもあって、
会社側が満足するような成果は得られなかったけれど、
2年弱の間、恥ずかしい失敗もたくさんあったとはいえ、
普段は絶対に出会うこともない、憧れのアーティストさん方々と
幸運にも一緒に仕事をさせていただくようになったりして、
それはもう夢のような、感動の日々に違いなかったのである。

その経験を生かしてさらなる上のステージへ…と思うのが
普通かもしれないが、自分には何だか妙な達成感があって、
もう充分かな…そう思うようになっていた。

そうしてなぜだか突然、勝手に思い込むようになったのが、
一切のキャリアを捨てて、安定収入のサラリーマンになるぞ!

ちょっとだけ自信があった英語力を生かして
商社マンになるぞ!…と思い込み、なぜだかこちらも
不思議とすんなり、実現するのだった。

で、たまたまYouTubeで捜したら…あるじゃないか…
まさにこの曲。私の大切な青春…今聴いてもとてつもない名曲に聴こえる
…何百回も弾いたからねえ…。
彼女の確かデビュー2作目だったな。


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音楽好きの行き着く先は...

DSC00390s.jpg
Carl Zeiss Jena Pancolor 1.8/50 (1970)

昨日までは道路もすっかり乾き、自転車ですいすいと
何処へでも出掛けられる状態で、
「もう春だなあ…ウキウキ!」
なんて思ってたのに、一晩明ければ一転、
真冬に逆戻りの一面銀世界…
これが北国の現実だな!。



私は音楽好きだから(云わなくても分かる!?)
当然音楽CDをかなリ買う方だと思う。

月に何枚くらい買うの?とよく訊かれるけれど、
買うときは20枚組BOXなんかも含め、諸々まとめて買う場合もあるし、
2〜3カ月まったく買わないときもある。

肝心なのは、より多くの音を愉しむ為には、買ったCDは
出来るだけ早く「売る」ということ。

有り余るほどの経済力がある人なら問題ないが、
家族を持ったりするとナカナカね…収納棚の問題もあるし。
今も実家とは言え、ほとんど居候だから、
荷物を無闇に増やすわけにも行かない。
でも音楽は色々聴きたい!。

私の場合、ジャンル的にほとんど重版が期待できない国内盤や、
ナンバー入りの輸入限定箱モノなんかが多いから、
すぐ売ればほとんど同額近くだったり、場合によっては
買った値段より高く売れる場合も多い。

また売った額でまた次を注文するから、
売値的にも有利だったりするようで、
よく考えてみればレンタルみたいな感じかもしれない。

あくまでも邪道だとは思うけれど、高校生のときの
レコードを皆でシェアする会(大学生や社会人も巻き込んだ)
的なものも今は立派な「反社会的行為」!。
より多くの音楽を聴く為のメンドクサイ方法として
致し方ないと思っている。

大好きなキングクリムゾンの紛れもない最高傑作で、
最敬愛する「太陽と戦慄」の40周年ボックスが13枚組…。
スターレス」が調子づいて23枚組、「レッド」は21枚…。

高いから買えないよ…と云ってる間にそれらはすぐに市場から
消えてしまうのは明白…。これはもう買うしかない…
買って売ってまた買ってまた売る…。

PCは便利で、HDDも大容量なモノがとても安くなった…。

2テラのHDD(数千円)が1個あれば、概ね3〜4000枚くらいのCDが
CD本体とまったく同じ音質レートで収蔵できるし(aiff/wav形式)
方法は色々あるが、理論値ながらCDの数倍の高レートでも記録できる
(実際には有り得ないと思っているが…)。

中学生の頃から、お小遣いさえあれば全部レコードに注ぎ込んできた。
空腹を我慢しながら昼食代を浮かし、バス代を浮かした為に猛吹雪の中、
雪道の通学路を延々と歩かねばならなかった。
全てレコードを買う為。

そうした工夫が、40数年も続いたまんま…そんな感じで、
まだまだ引退できそうにないかなあと思うのだけれど、
さすがに近頃は、「買うべきもの」が少なくなってきたなあ
と、少々黄昏れた気分の、今日この頃なのである。



久しぶりにStackridgeをまとめて聴いてみた。

高校生の時に初めて聴いて以来の「お気に入り」の
グループだったが、ある時、塩ビ盤しか持ってないことに
気づいて、急ぎCDで買い直そうと思ったら、
その頃はタイミング悪く、世界的に「廃盤状態」!。

やっと数年前…と云っても10年以上も前だが、
国内仕様盤が再発売され、取りあえずオリジナル時代のCD5枚と、
解散後のユニット=コーギス(Korgis)のアルバム数枚を購入して…
そのままほとんど聴かずに忘れていた。

購入した途端に安心してしまって聴くのをすっかり忘れてた!…
なんてよくある話で、他にも結構ある…。
昔、一生懸命聴いてたとはいえ、今もちゃんと聴いてやらねばね。

特にこのスタックリッジは、私が高校生の頃から既に
田舎のビートルズ」「草原のビートルズ」とか呼ばれ賞賛されつつも
確かにマッカートニーが時折見せる牧歌的な曲を得意とするものの
カンタベリー的なプログレ要素も多く含む、なかなか一筋縄では行かない
味わい深いグループ。

今日選んだ曲は、彼らの3枚目のアルバム「山高帽の男」からで、
いよいよ待望のジョージマーチンのプロデュース(!)で
ロンドンAIRで制作されているから、誰もが期待するのが

一大ビートルズページェント!

しかしサウンドは、ちょっと赤面するくらいベタな

大甘のマッカートニー寄り!
というか、嬉し恥ずかしウィングスサウンド?!

マジカルミステリーツアーみたいなサウンドを期待してたら
ラムが出てきたって感じ…分かりますかね?

正直云うと、このアルバムに限っては、
発売当時はあんまり好みじゃあなかったし、
世間の評判もまさに賛否両論という感じだったと思う。

70年代前半は、もっとヒリヒリとササクレだったような鋭い
サウンドや、メッセージ性の高い音楽が求められてたからね…。

そんな中途半端さのまんま、4作目はエルトンジョンが設立した
ロケットレーベルから制作されたりもするが、グループは既に
破綻に向かっていた。(コーギス(Korgis)となる)

今般、思い立って彼らのCDを大音量で聴いてみたら…
私が年取ったのか?何と、このアルバムが、
とっても心地良く聴けたのだ。

ELOとかその後のビートルズチルドレンらと、
御大ビートルズの間の空白期間を埋めるような、
そんなグループだったなあ…などと思うのだった。

さて、ウィングスも一応買って持ってはいるんだけど
全然聴いてない…聴いてみようかな?? 
いや、もっと枯れた老後でよいかな…??

Stackridge - Fundamentally Yours


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