ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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麦と芋の物語

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

ガラスを撮るって、すごい難しい…。
頭の中に、光…光…光をどう取り扱うのか?
そればかり考えていたけれど、
ふと行き着いた考えが

「影…か?」

それで、どうするの…影を…さ…?
「ううううむ…やっぱりわからん漁火電球…」



家人の、現在も九州に存命の父、即ち義父と
私が初めて対面したとき、義父はたぶん、
50代前半だったと思う。

義母とは、それ以前にもちょこちょこ上京していたので、
既に何度か会っていた…。

義父は、今もカクシャクとしているが、
当時から実に苦味ばしった男前。
菅原文太さんをもうちょい甘いマスクにした感じ。

しかも現役シニアのマラソン選手で、既に50代とはいえ、
まだまだフルマラソンを、朝飯前に3時間台前半で
バリバリ走っていた頃。

そんな義父と私の初対面…。

あらかじめ家人は父親に、私が現役サッカーマン(?)でも
あるかような事を、成り行きで吹聴してしまっていたらしい。

前年、先に結婚していた妹の旦那が、
スポーツマンではない事に、義父は大いに
不満を漏らしていた事から、
姉である家人にとっての私は、最低でもスポーツ愛好家…
でなくてはならなかったようなのだ。

しかし当時、実際の私は、そんな精悍さにはほど遠い、
ビール腹に、酒によるムクミまであるような不健康な状態…。

仕方がないから、本来スポーツマンだけど、
今は仕事第一で、やむをえず不健康な境遇…
そういう役どころを、私は北九州まで遠征して
演じる事になるのだった。

私は、当時懇意にしていた大分の酒蔵のオーナーから
「二階堂 吉四六」の原酒?に近い、いずれにせよ
スペシャルな徳利を分けてもらっていて、
それを持参し「一献!」と目論んだのだが、
義父はボソッと「麦…か…」と呟きながら、自分は芋焼酎の
「薩摩白波」しか嗜まぬ!と申します。

ではではアウェイながら、薩摩白波でご相伴させてことにし、
「さて飲み方は…やっぱ、ストレートですか?」

と恐る恐る尋ねると、

「それは…不健康だ! 水割りで充分!」

それを聞いて少しほっとする私。

まずは君からと…大きめのグラスに薩摩白波をとくとくと注がれる。

トクトクトク…グラスの半分くらいに継がれたところで…

「こ、こんなもんですかね?」というと

「まだまだ…」といって、尚も継ぎます。

「み、水割りですよね…?トクトクトク…」

「鹿児島の財宝温泉水を用意しとる…トクトクトク」

「いや、もう溢れますって…トクトクトク」

「この辺で勘弁してやろうか…九割こそ白波の醍醐味たい…
 水…チョピッ…さあ、ぐいっといきなさい…」

「では…いただきます…グブグビグビ...」

ココで負けてはならぬ、なめられてもイケナイ。

そう思いながら、ぐびぐびぐび…。

「さすが、サッカーする暇がないほど毎日呑んでるだけあるとね…」

私はただただ、家人が義父に「お前の婿は大した事なかとね…」

などと言われる事がないよう、呑んで呑んで呑みまくったら、
義父は家人にこう云ったそうだ。

「あんな呑み助でオマエ大丈夫とや!?考え直すなら今のうちばい。
 ばってん、ワシは、あの男…なんか好きばい…」

理由あって、今は別々に暮らしてはいるけれど、
今はSNSとやらもあるし、電話で話そうと思えば、いつでも
話せるわけで、なんだかそうしたわけで、不思議と寂しさは
お互いにないみたい。

まあそれが熟年というものなのだろうか…。
絶対考えられぬ!というヒトも多いけど、まあそれぞれだね。



ネット情報によると、未だにトッドアンディの誹謗合戦は
SNS上で継続中らしい。どちらも大好きなアーティストなだけに、
いい加減にせんかい!と云いたいところだが、実際のところ
両陣営のファン達は、両人の高度な誹謗中傷合戦を愉しんでもいるようで、
もはや風物詩…まっ、いいやあ…って感じみたいだ。

ちなみにトッドをプロデューサーに迎えた折、前回この記事でも紹介した
Dear God」という曲の「宗教観」を巡り、それをそのまま
発表すべきか否か(修正?)で、対立したのが、決裂の原因らしい。

今日のこの曲「ピーターパンプキンヘッド」も、そういう宗旨の曲で、

「完璧な人間は敵を作る。キリストはそれで殺された。
ピーターパンプキンヘッドも'あいつは富を分かち合えだの
同性愛者を受け入れろだの…だから黙れという世界政府に殺された」
という歌。

キリスト教なんて、所詮ユダヤ教の中のカルト宗派!
キリストが復活して、今のキリスト教を見たら、オレのはユダヤ教だ!
カトリックもプロテスタントもそんなの知らねーよ、バカじゃね!って云うに決まってる!

XTCの音楽は、俺たちはプログレじゃない!ビートルズが広げた
ポップスの枠を、さらに極限にまで広げただけだ!
そうアンディは云ってたな。

XTC - The Ballad Of Peter Pumpkinhead

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腸内フローラを目指すのだ!?

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

当地では、春らしいお天気が続いている。
とても気持ちが良いから、少々冒険して
思い切った薄着で出掛けたりするのだが、
桜満開までまだ1カ月もあろうかという
北国のこの時期…まだまだ甘くはないようで

さっきからクシャミが停まらない…

あああ、春からやっちまったみたいだ…。



正月元旦に突如始まった不穏な腹具合…
実は今も続いている。

毎月、病院で整腸剤…とりわけ腸の活動を
活性化させる薬とか、漢方系の薬とかを調剤してもらって
服用してはいるのだが、あまり効果はないようで、
相変わらず、しんどい感じ…。

Googleで検索してみると、何となく「腸内フローラ」っていう
フレーズが、わりと頻繁に引っ掛かるようになってきている中、
どうやら「腸内環境」を整備する事が、この状態を脱却する
ヒントであるように思えてきて、じゃあ、どうすれば

「腸内をお花畑のような環境に再構築できるのだ!?」

というところに注目し、読み進むと、あれあれ、
それにはこのサプリメントを定期購入せよ!とか、
詳しくは専門書のコレコレを購入して読むべし!…
そんな感じでちっともわからない。

サプリメントをネット通販等で購入するのは簡単だけれど、
効く効かないも含め、自分に合うのかどうかもわからないまま
定期購入契約というので、実は以前に急に解約できない等で
トラブった事があるので(自分用ではなく母のサプリ…)、
少々気が重いのだ。

1週間も服用してみれば、効果までは無理でも、
自分に合うか合わないかくらいは判断できるから、
それくらいのお試し量のものがあれば良いのだが、
やはり1ヶ月分くらいがミニマムロットらしくて
なかなかしんどいなあ…その感じ...。

まあそうしたわけで取りあえずは、ビフィズス菌だの
LG幾つだのをナルタケ多く含む乳製品を摂る事で、
お茶を濁しているけれど、相変わらず腸内は絶対多数で
緩みっ放しの…ちょくちょく侮蔑的な失言をしたり、
或いは確信犯的に、自らの政権にとって不利益を発信をするメディアや
個人に圧力を加えたり、不倫に明け暮れていたり、
公のオカネを騙し取る口利きをしたりする悪玉菌どもが支配する、
ヤナ感じの無法世界になってるんだろうなあ…と思うと、
今すぐにでもドラスティックに腸内世界を改革し、
まさにお花畑に変えてくれる強力な救世主の登場を待望するのだ!



元来がへそ曲がりな私は、皆が皆「好き♥」という
ドゥービーブラザーズとかイーグルスとかには一向に興味を示さず、
アメリカンロックなら、何と言ってもオーリアンズ
と、そればかり聴いていた時期がある。

何と言ってもジャニスジョプリンの最期の方とか、
ボニーレイットやトムウェイツ、ホール&オーツの
いずれも初期のレコードで、とてもビビッドなストラトキャスター
サウンドを響かせていたジョンホールの大ファンである私は
誰がなんと云おうとドゥービーなんかよりオーリアンズだぜ!
何て意味なく突っ張りながら、バンドでもオーリアンズをやりたくて
ウズウズしていたのだが、いかんせん誰も知らない…
それがオーリアンズ…。

ああ「ダンス・ウィズ・ミー」とか「スティル・ザ・ワン」の
あのバンドね…知ってる知ってる…でもそれしか知らない…
まあそんな感じなのだ。

ちなみにDance With Meなんて、アメリカ本国では1stアルバムが
全然売れなかったものだから、この曲を含む2ndアルバムは
完成していたものの、米国では発売さえされず、なんと
日本と英国のみで細々と発売…後日、Dance With Meの英国に
おける小ヒットで、1stと2ndを再編集したアルバムが
全米でもやっと発売されたらしい=それが現在CD化…。

蛇足だが、ジョンホールは、バンド解散後、反原発運動の旗手として
アメリカ下院議員となる…。

まあそんな全く売れないオーリアンズだったが、西新宿辺りでは
ジョンホールの最初の(幻の)ソロアルバムとともに、
やたらと高値で取引された彼らの1stアルバムから…
大好きだったこの曲…ああ、やっぱCD化もされてないようだなあ…。
Orleans - Please Be There


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心の整理整頓

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

北国の春うらら…

流行歌のタイトルなら、演歌かポップスか
よく分からないね。

なんの変哲もない斜面の緑と青い空…
そんなものにすぎないけれど、
北国に住むものには、
このまばゆい明るさがとっても嬉しい。

つい昨日まで、雪が降ってたんだから、
なおさらなのだ。



いやが応にも、ギター弾きを生業とするようになって
やがて1年になろうかという頃になると、
仕事の幅は無尽蔵に広がっていて、
もはや手に負えないほどの
チラカシっぱなし状態になっていた。

相変わらずPA屋さんでもあり続けたし、
スタジオの管理者、イベントの企画屋として
企画立案はもちろん、営業/プレゼン...
タレントやスタッフの手配、そして舞台監督まで
やらざるを得ないというところで、行なっていた。

既に3人の新人アイドルと、失踪状態から数年経過し、
決意の再デビュー(?)を果たした元国民的アイドルさん…
などの専属ギタリストで、本業もそれなりに忙しくしていたけれど、
それでもどういうことか、充分に生計が成り立つぞ!
というには遠く及ばず、
相変わらずの清貧生活(?)が続いていた。

そんな時に、実はわりと目標にしていたバンドマンの方々から
「一緒にビジネスバンドやらないか?」と誘われた時、
私は、これを機に仕事の整理=リストラを敢行しよう!
そうココロに誓い、新バンド結成を了承した。

ところが、それがそもそもボタンの掛け違いの発端となるのだ。

いわゆる先輩バンドマン達のもくろみは、
私のギタリストとしてのスキルなどでは毛頭なくて、
私の例の整理のつかない、とっ散らかったまんまの
諸々そのものにあったのだ。

プロダクションスタッフやタレントさん達、レコード会社や
イベント屋、その他諸々の後援者や関連団体などの
ショービズ的現場とは、それぞれ切り口は違っても、
相変わらず幅広くお付き合いがある。
それらを一気に整理するどころか、そこから個人ではなく
バンドとしての仕事を捻出して欲しい…
そういう意図であるらしいのだ。

それでも、乗り掛かった船には違いない。
自分で自分を売り込むなんて、絶対出来ないことだが、
自分も含むバンド単位なら、それが不思議と出来たし
かなりムキになってあちこち歩き回って、頭など下げると
そうかそうかと、面白いように仕事がいただけるようになって、
バンドは一気に多忙になった。

すると、当初は、どんな仕事でも、少々ギャラが安くても
「どんな仕事も大事!。仕事をいただけるだけでありがたい!」
と云っていたのが、いつの間にか…。

「少しは仕事選んで取ってこいよ」

「安い仕事は断るべきだ!」

そういう声が聴こえ始める…。

さらには、元々が業界でも有名な方々だから、
それぞれ個人の専属仕事もあるから、欠席も多くなる
(無論トラ=代理は各人が責任を持って挿す)。

そんな不穏な空気が流れる中、ちょっとした金銭問題が絡み、
私は辛抱堪らず、実際には「コンニャロー!」とブチ切れして
「脱退!」を宣言して終り。

また元のトッチラカリの一匹狼ギタリスト兼諸々...に戻るのだが、
やや…少しずつ、徐々に…何だかいろいろなことに疲れてきて
「ちゃぶ台返し願望」に取り憑かれ始めるのだ。

普通に時間から時間に働いて、
月末には給料がきちんといただける...
そして年に2回、ボーナスまでいただけるなんて
もはや信じられないほど、羨ましい憧れの世界!
そんな生活を夢に見始める私だったのだ。



私の洋楽好き、ロック好きの原点というか、
すべての始まりは、小学生の時、
父に買ってもらったLPレコード
「バートバカラック・スクリーンヒット集」。

中でも一番好きだったのが「Alfie」。
私の持ってたレコードではディオンヌ・ワーウィックが唄ってた。

バートバカラック当人が唄うバージョンは、ずっと後に、
とはいえ、中学生ぐらいの時にテレビの
トムジョーンズショーかアンディウィリアムスショー
か何かで観て、もちろん上手くはないのだけれど、
不思議な説得力に、なんだか強烈に圧倒されたような記憶がある。

この映像でバカラック氏は、作詞のハル・デヴィッドの最高傑作!
と言って讃えているが、どうしてどうして、
バートバカラックご本人の最高傑作でもあると思う。
そういう意味では最高に幸福な曲だなって思う。

Burt Bacharach - Alfie

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欠点もカケガエのない個性だ!

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P.ANGENIEUX 45/2.9 (1949)

ちょっと醜悪な部類の逆光写真。
なにせ1949年製。昭和でいえば敗戦後4年目の
フランス・アンジェニュー・レンズ。

もちろん、現代レンズでは常識のサングラス状態な
「コーティング」なんて云う概念はまだ無い時代だから、
逆光には極めて弱くて、普通に近眼で乱視のヒト以上に
敏感でか弱い。

それをまた面白がって、ブワーッと派手に日光に晒しながら
それによって得られる非日常的にまどろんだ特殊な世界観を愛でる
変態的な趣向もある。

はい、私もその仲間です(変態じゃないですけど…)…hehe..kekeke…。

コーティングが無いというのは、云ってみれば裸眼な世界。
眩しいものは眩しくて、それが当然で、
逆に曇ってもないのに眩しくない世界のほうが
まったく、どうかしてるっぜってものだと思う。

空だって、太陽が近ければ、ちっとも青くはない!
それをあくまでも青く撮ろうではないか!というのは
人間のエゴというものだろう。

昔、学生時代の私は、短い期間だったが、ロケ専門の
テレビ番組制作会社でアルバイトをしたことがあるけれど、
夏の湘南海岸でのロケで、カメラマンの助手をしていたとき、
私は普通に偏光型の近眼鏡をかけていたんだが、
それが強い日差しで、いい具合に茶色く偏光してくれたらしい。

突然、カメラマンのチーフに烈火の如く怒鳴られた。

「そこのバイト!オマエこの仕事なめとんのか!」

最初何のことかわからなかったが、そうやら偏光グラスを
サングラスと思われたらしい。

今は知らないが、当時は、カメラマンとか照明さんとか
色を扱う現場のプロフェッショナルは、サングラスは色に対する
評価が狂うので、絶対にしないというのが、
業界の掟なのだそうだ。

まあ、そんなことが、何となく軽いトラウマになって、
以来、サングラスには何だか背徳的と云うか、
良くない印象が付きまとい、結局今の今に至るまで、
サングラスというものを持ったことが無い
不憫な私であるわけです。

いくらサングラスが苦手でも、やっぱりカメラのレンズには、
強力なマルチコーティングが必要!…とは、
結局どうしても思えなかったりする。

ライカのズマールという古いレンズを、
東京・新宿の戸山だか百人町だか、いずれその周辺にある
某有名研磨技師さん(名工!)に依頼すると、
比較的低廉な価格で、麗しい再研磨と、
希望があれば、最低限ながら被膜によるコーティングも施してくれて、
無敵のズマールに生まれ変わるのだそうだ!

…が、どうだろう?経年劣化も含めた「昔のままの写り」
もしくは「駄目な部分」そのものの感覚が、案外良くて、
ズマールを使っているのに、いくら無敵の仕上がりとはいえ、
眩しがらず、収差もなく、欠点のないズマールは、
やっぱりズマールじゃない気がする。

欠点の数々も、すべてかけがえのない個性なのだからね。

まあ名工もさすがにご高齢で、世界中から再研磨依頼がある中、
さて、今後どうするんだろう??今のうちに…などと、
オールドレンズファンには、悩めるところらしい。

もうちょい若かったら、きっと弟子入りしてたかもしれないな。



上ばっか見つめて生きていた80年代だったと思う。

自身の現実の立ち位置とか、実力というものを省みず、
ある意味、自惚れの過大評価のみで、
向こう見ずに突き進んだ時代だった。

今思えば、とても恐ろしくて恥ずかしくて、
思い返す事自体が憚られるような、そんな感じ。

所属する組織や国のプライオリティは別として、
個人的には何一つ、収入も地位も大して向上してもないのに、
何だか意味なく偉くなったように錯覚して、
鼻持ちならない傲慢な態度となって、
他国の人々を意識無く差別したりもあったかもしれない。

国の中でも、話題はマネーばかりで、
誰がどれだけ稼いだか?、それが人間性より重要な物差しになった
馬鹿げた時代。

そして始末の悪い事に、それが意味なく永遠に続くと
根拠も無いのに、信じて疑わないバカさ加減というより、
もはや哀れと云った方が近い…そんな時代を代表する歌。

私にとってスタカンの歌は、どれも何か痛くて苦しい。
とっても好きに違いはないのだけれど、とても英国的と云うか
人工的なリズム&ブルース。本物に接近すればするほど、
どこか嘘くさくなる…。

それがもしかすると本物の証かもしれないけれど、
当時はそれがわからなかった。

スタカンも、大瀧詠一も佐野元春も…
そして宇多田ヒカルなんて小娘は、最高に嘘くさかった。

プラスチックソウル(ラバーソウルでも良いが)…
アフリカンソウルとは全く別物の、それが最高で本物で、
最終解答なのだと思う。
The Style Council - The Lodgers

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縁は異なもの味なもの?

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

たぶん、不法投棄の日産フィガロの躯(ムクロ)…。

かつての私は、本気でこのクルマの購入を検討していたから
この景色は何だか相当にショックなのだ。

ホントはクルマとゴルフにはまったく興味ないのだが、
両方とも仕事の、まさにバブリーな部分での必要にかられつつ、
かといって、ほとんど日本にいないぜ!っていう時代の
クッソ忙しいサナカ、ほんとは買うのをだいぶ躊躇した
クラブのセット(良いギター1本、楽に買える値段だぜ!)を
重そうに担ぎつつ、最初はバスに乗って(!)
上井草の打ちっ放し場に通っては、
向いてないなあ俺にはこんなの…と思いながら、
やけくそ気味に振り回すだけだから、上手くなる筈が無い。

クルマの方は、吉祥寺にあった、後で聴いたら、
「日本一狭くて難関コース」な自動車教習所
(たびたびくそローカルで申し訳ない!)に、
全然通うヒマなく、或いは、久々に帰国しても、
すっかり教習所に通ってる事自体を忘れてしまってたりしながら、
結局3回入学し直して…つごう2年近く通って
やっと取得したプレミアムな(?)運転免許。

それでもクルマ本体には一向に興味がわかず
暫くはペーパードライバーを気取ろうか!?
というハラヅモリだったのに、
何故だかクルマのセールスマンが次々と
私の元にやってくる…。

そんな頃、実は本当にウッスラだが、「あれならいいな…」
って、ほのかな恋心を募っていたクルマがあった。
日産の「Pao」ってヤツ。

所詮シロウトの美観だから、何ほどのものでもないのだが、
理屈じゃなくて、生理的に「好き」と感じたのだ。

まあ「恋」なんていつもそんなものだろう。
性能(?)やナイスボデイ!ばかりじゃあないのだ!。

私は勇気を出して同僚に相談してみた。
いかにも「本気なんかじゃないんだよ、ふとね、思いついたんだが…」
という様相を努めて醸し出しながら…

私 「パーなんってったかな…Pa..Pa…そうだPao!
   あれって、どうなんだろね??」
同僚「ああ、あれね、可愛いよね。」
私 「そ.、そうだよね、ちらっとね、そう思ったのさ(実はすごく嬉しい)」
同僚「でもなあ、おまいさんには合わないな…」
私 「えっ…そのココロは…?」
同僚「だって、あんただよ、あんたがパオって、そりゃないな、絶対ない!」
私 「じゃあ聞くが、何なら似合うって云うのさ?」
同僚「そうさなあ…VolvoとかGolfとか…
   いっそベンツとかBMWにしちゃえよ!」
私 「ホント云うとな、Miniとかワーゲンとか、まるっこい系が好きなんだけどな…」
同僚「あーあ、みんなシロウトはそういうのさ。そして後悔するんだよ」

そうこうしているうちにPaoはディスコンになって、
後継がこのフィガロになった。

うーんやっぱり可愛らしい!

結局このフィガロ愛を誰にも伝えないまま、
友人やら、家族、そして取引先関係の「しがらみ」というヤツで、
何故かフランス車を購入する事になった。

正規代理店なのに、まだ日本語のマニュアルすら
用意されてない状態を、営業マンは

「それだけレアってことっす…!」

そう抜かしやがった。少しカチンと来たが、
結局そのPっていうフランス車を購入する事になるが、
実はそのクルマとは最初からエニシを感じないまま、
故障続きの末に、諸々あって1年と乗らずに廃車にした。
(事故ではない…盗まれボロボロにされ乗り捨てられた)

結果論だが、きちんと希望通りにパオなりフィガロだったら
どうだったんだろうか?

まあ大恋愛の末、結婚したからって、離婚するカップルは多いし
お見合い結婚で、上手くゆくことだって別の珍しくはない…。

まあ出会いとか縁って、そんなもので
やってみなきゃわからないってことかな。
人生は難しい!!



今日は月に一度の通院日だったけど、
なにしろ休み明けのせいか病院は大混雑。

それでも近頃はiPhoneで音楽を聴いたり、ラジオを
聴いたりできるし、場合によっては本も読めるから
退屈とさようなら、待ち時間もまた楽し!
そんな感じ(ゲームはしない!)。

今日は久しぶりに聴くこのアルバムで、病院待ち合いで
拳を振り上げノリノリ…。ホント阿呆な患者である。

エディ・ジョブソンが大活躍するこの曲…。

この後、ロキシーミュージックの全米ツアー終了後、
彼は帰国せず、フランクザッパのオーディションを受け、
当然合格する。そこで磨かれる自信と帝王学は、後日
UKに直結するのであった!?

ROXY MUSIC - SHE SELLS


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禁じられた遊び?

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

昭和12年製ズマールによる、特に意図してない
なんてこと無い写真…。

昭和10年頃の、いわゆる戦前の経済発展期、
当時東京の渋谷から恵比寿方面天現寺あたりで
土地40坪で100円しないご時世に、
ライカのズマール付きIIIcが1000円(!)。

当時はライカよりもツアイス(コンタックス)の方がさらに高価で、
69連勝の双葉山が購入した二眼のコンタフレックスが
2500円。

陸軍航空隊64戦隊長加藤健夫中尉のコンタックスは1500円。
証言によると、陸海軍の中尉クラスにはライカ所有者が多かったが、
コンタックスやスーパーシックスはさらに高価で、
中尉クラスではなかなか買えなかったとの事。
なににしろ、当時の軍属の「セレブ」ぶりが伺えるエピソードだ。

まあ、今もライカのデジタル最新機種なら(M Typ240)、
最も安い28mmF2のエルマリート付きで105万円くらい…。

いずれにせよ、今も昔も、相当にお呼びでない世界だな…。



写真そのものに意図は無いけれど、
子供の頃からこの場所が好きで、四季を通じて
たびたびココにやってきては写真を撮るのが、
なんとなく年間ルーティンになっている。

実は、私がモノゴコロつくぎりぎりのところから、
自分は確かにこの近くに住んでいた。
正確に云えば、父方のおばあちゃんチがあった…。

とは言っても父の実家ではなく、そこは何しろ
子供には与り知らない大人の事情で、現在地と変わらない
実家とはまた別に、祖母がこの近辺に購入した家。
(近くにヘルスセンターがあったっていうのが購入動機らしい!?)

河原は子供にはパラダイスだし、
家を囲む小さな「堰」では、メダカやドジョウで遊び、
夏の夜は蛍が美しく、秋の夜は鈴虫の声が心地良い。
実家から2km程の大自然生活…。

小学何年生かの時に、川の対岸にある高校の野球グランドに
友達と入り込み、外野の毛足の長い芝や茂みに迷い込んだ
いわゆるロストボールを捜し持ち帰る、イケナイ危険な遊び
に興じていた。

その日も3〜4個の、糸も切れ気味、革もぼろぼろの
硬式球を拾い、持ち帰ろうとすると、
ユニフォームを、だらしなく着た部員とおぼしきお兄さんが
どこからともなく登場し、

「こらあ、悪ガキども、そのボールどうする気だ!」
(無論こてこての秋田弁でだが…)

我々はなにしろ「ごめんなさい!」と詫びてボールを返すのだが、
その部員は、こう云うのだ…。

「バカだなあ、もっと上手くやれってことだよ!
 持ち帰るならなあ、1日1個程度にしておけ!欲張ったらあかん、
 もっと頭を使え!」

そういって彼は我々に、比較的きれいな状態のボールを1個ずつ
手渡してくれた。

それ以後、練習を見物に行く事はあったけれど、ボール拾いは
しなかったと思う。お兄さんも我々と目が合えば、
「おう!どうだ、バッターボックスに立って打ってみないか!」
とか、挨拶してもらえるようになっていた。

数年が経った。私は、たぶんここではない高校も出て、
東京で生活して、それも暫く経った頃だろうと思うが、
不意にあの「お兄さん」の姿をテレビで観た。
まちがいなく、あの独特の笑顔や話し方、打撃の姿勢は、
あのお兄さんに違いない…。

当時はまだ川崎に本拠地を置いていたロッテ・オリオンズの
3塁手でパリーグ三冠王…!

名前を落合博満と言った…。



パンクロック好きを自認していたわりには、肝心のCLASHへの対応は
かなり遅かった私である。すでに相当な人気を博していたし、
へそ曲がりな私としても、何だか今更のクラッシュかい?という調子。

ところが、ある時この10インチEPっていう、当時としても相当に
ヘンテコなレコードを見つけると、突然、「ヘンテコ好き」の血が騒いだか、
禁断のクラッシュに遂に手を出してしまったのだ…。

で…悔しいくらいに最高でゴキゲンなEP盤だった!。

そして結局、全作集めるようになるのだが、最初に聴いたこのEP盤(9曲入)が
やっぱり一番好き。中でもこのレゲエナンバーなんてサイコーだぜ!。

The Clash - Armagideon Time - Black Market Clash


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メンタル弱いブラキオサウルス

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P.ANGENIEUX 45/2.9 (1949)

軒先のブラキオサウルス…。

散歩中に、たまたまコイツを見つけたとき、咄嗟に

「これを録るなら、アンジェニューか
 ケルン・スウィター…それら以外に考えられない!」

と、いつになく強く思ったら、
自分にしては実に迅速な判断で、
速やかに家に引き返し、レンズを付け替え、
再びブラキオサウルスに逢いにきたのだった!

ところが、実のところ、
思った通りの画像にはならなかった。

特に背景部分のイメージとして、
ジュラ紀のジャングルみたいな、
むせ返るようなザワメキ感を意図したのだが、
なかなか思った通りには撮れない…。

角度が悪いのだろうと思うけれど、 
なかなかに人通りの多いところで、
通行中のおじいちゃん&ばあちゃんに

「あんたあ…こんなのどこが面白いの?..,
 撮る価値あるのかね?」

「はーあー、あんた変わってるねえ…」

と、ありがたくも御意見されてしまう始末で、
なかなか落ち着いたアングルのポジションを見つけれないまま、
結局は、そそくさと切り上げ、逃げるように
その場を去るしかないのであった。

こういうメンタル弱い、自分の決定的欠点を、
なんとか克服せねばならないのだなあ…
と思いつつ、夏、もっと周辺の緑が鬱蒼とする頃、
再挑戦しよう!などと決意するのが精一杯な
蚤の心臓の自分なのである。

…ん?…雨の日がいいのかな??梅雨時だな…。

KernSwitarのほうが今日はザワザワだな!…。
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Kern SWITAR 25mm/f1.4 AR C




「バターフィールドブルースバンド」には、さほど強烈な興味は
持てなかったけれど、その後、「ベターデイズ」が結成されると
みるみるその魅力にハマり込む私であった。
原因はもちろんジェフ・マルダーエイモス・ギャレット
その二人の存在に違いない!。

そんな中でジェフマルダーエイモスの盟友同士がデュオで活動して
アルバムをリリース、その素晴らしさに酔いしれていたら
今度は来日もすると云うから、まさに小躍りするようにチケット予約。
さて久保講堂?虎ノ門ホール?有楽町の読売ホールかも??…
え、新宿ロフト?全席自由??…

エレピの佐藤博さんとベースの岡嶋ブンさんが日本側のサポートメンバー。
早い話が、超お手軽=低予算バンドながら、内容は実に素晴らしくて、
この良さを、なにせ65坪=300席の小屋の規模のせいで、
チケットが取れずに悔しい想いをしているバンド仲間らに
どう伝えればいいのだろうか?
と悩んでいたら、何ともタイミング良く、
実況録音盤が当初「日本のみ!」という縛りの中、発売される事になった。

そして、今現在も、The Bandやボブディランをその核とした
ウッドストック系=ベアーズヴィル系ロックシーンのテーマソングでもある
リックダンコ作の名曲「Small Town Talk」…。
この夜の感激を代表するこの曲を、未来永劫聴き続ける事が出来る幸福。

それにしても尊敬してあまりあるギタリスト=エイモスギャレットの
この独特の浮遊感というのか、渓流のせせらぎのような清涼感は
いったいなんだろう?? 何しろ大好き!!
Small Town Talk - Geoff Muldaur & Amos Garrett - Live In Japan

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暇人のエア・ギター浪人

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

東独ツアイスの銘玉「ゾナー(Sonnar)」のロシア製コピーレンズ。
正確には、旧ソ連による東独の職工&硝材の連行&接収による
製造→再設計品?で、しかも西独ライカ用…って言う、
何とも数奇な運命のレンズ「ユピテル9
=KMZ(クラスノゴルスク機械工場)製造…。

そうしたわけで出自は極めて奇怪だけれど、
写りは呆気ないくらいに真っ当!。
キレも良くて、とてもモダンな感じだ。

1950年の製造開始以降、幾度かのモデルチェンジを経て、
2002年までの長きに渡り、製造・販売されていたらしい。

まあ、本家ゾナーも、今じゃあSONYによってライセンス製造され
「高級レンズ」として販売され続けているけれど(Vario-Sonnar?)、
あっちはあっち…年金をフンダンにいただけてる方々向けの
結構なブランド品?って感じ。

ユピテルは何てったって、それに較べりゃ、0が2つも少ない
数千円で買えるから、お財布の味方でもある!



さて、友人の子弟達も、それぞれに高校、大学受験と、
なかなか大変なようだ…。

我が家はどうだったかな?と思い出すけど、
正直あまりそうした記憶が無い。

親には大した相談もせずに自分で決めて、入って出て、
卒業祝いの食事会でもしようか?っていったら、
もう仕事してて、忙しくてそんな暇はないよ…って、
そんなツレナイ一人娘だ。

私は…大学浪人経験者…地元で近所の予備校に
取りあえず入ってみるのだが、
まあなにしろ成績は落ち放題!。

というより、不埒にもいろいろな人生の楽しみの片鱗を
一気にこの時点で覚えてしまって、
朝から駅前パチンコざんまいに、夜遊びはするし、
目立つバンド活動こそ控えてはいたけれど、
散発的に悪魔の誘いで「今夜バイトしない!」…で、
繁華街のディスコバンドのトラや、百貨店/商店街イベント、
ラジオの公開放送の余興にご出演…。

そんな感じだから、こりゃあもう2浪決定か!という中、
滑り止めとは言え、まあよく入れたものだ…。

地元新聞に「ビートルズフィルムコンサート開催」ってあって、
バンド演奏有り=出演:ザ・クロスロード…。

クロスロード…?
知らないバンドだなあ、それにしてもベタな名前だぜ!
恥ずかしくないんかな!何て思っていたら、
翌日、クロスロードの正体は意外にも自分達であることを
知らされる!もちろん他のメンバーとの面識なんか無い!
プロモーターの勝手過ぎる寄せ集め。

ラジオイベントの新聞告知に、謎のフォークデュオ
「ブライアンズ(?)」衝撃のデビュー!…。
既にご推察の通り、自分といつもツルんで遊んでる
相棒とのデュオらしい。

悪徳プロモーターにまたしても利用されたのだ。
抗議しても「どうせお前らヒマダンベ!」
といわれちゃあ、返す言葉が無いのが哀しい。

無論レパートリーなんか無いから、前夜に歌本を見ながら練習。
とはいえエレキとアコギのコンビで、シュガーベイブにユーミン…
かなり苦しい。そして急遽のオリジナル曲作り。

何故か毎回そんな無計画なプロモーターに振り回され続けるのだったが
まだこの時点で、一度も出演料というのをいただいてない…。

実は、様々な既存バンドさんには、ありがたくも、
お誘いいただいていたのだが、自分は4月になれば上京…
って決めていたから、安易に加入するわけにはいかなかったのだ。

そんなわけで、決まったバンドには参加せず、
単発アルバイトバンドは、基本的に知らない人達と一緒…。
そしてある日、ビヤガーデンバンドへのトラ(代理奏者)
の仕事をいただいた。

曲の打ち合わせもなく、

「適当に合わせてやって…」

「邪魔だけしないでくれ」

要は、メインはサックスだったり、ハモンドだったりして、
ギターなんて弾いてるフリだけでも構わんよ!…そんな感じ。

やや不安なまんまのビアガーデンバンドの1曲目が
忘れもしないこの曲!。さすがにコレは知っている!
私はノリノリで、ミテミテ自分を見て!…そんな感じで
オブリガートをキュンキュン弾きまくり、メロディを
オルガンとユニゾンで弾いたり、ハモらせたり…。

得意満面に楽屋に引き上げると、いきなりオルガン奏者の
たぶんバンマスに胸ぐらを掴まれ、

「テメーコノヤロー!邪魔すんなって言っただろ!」と脅かされ、
「もう、アンプに電源を入れるな!」…。

その日いただいた出演料は、忘れもしない2000円!
記念すべき初ギャラを、しかもトッパライでいただいた仕事は、
こんな感じの「エアーギター野郎」…

そういうわけで、怒鳴られつつも初ギャラをいただいた
記念の曲ってことになるのだろうか??
今でもたまにCD掛けて聴いてます… 
独特の緩いグルーヴ感が、最高に気持ちいいです!

Booker T. & The MG's - Time Is Tight


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残念なイザナイ

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Carl Zeiss Jena BIOTAR 58/2 (1959)

北国の芽吹き…スイセンだね…。

今はもう殆どないけれど、若い頃は、
突然、とても親切な友達が、どこからともなく
フワッと登場して、こりゃあなんだか良かったなあ!、とか、
唐突に女子に「お話ししたいことが….」なんていわれて、
ちょっといい気になったりすると、
実は…っと、失望し、困り果てることがとても多い。

何のことかと言えば、それはつまり
宗教団体への勧誘…。

団体名は控えるけれど、その名を聞いたことすらない
中小団体も含めて、覚えているだけで5団体。
面白かったのは、仏教系とキリスト教系の
全く別の団体なのに、
勧誘の状況も口上も全く同じだったこと。

こちらは何も知らずいつものように昼食を
吉野家なんぞを食っていると、
いつの間にか「友達」になった彼が
隣の席で不気味にこう云うのだ…。

「吉牛…フフ…美味いよねえ…フフフ…
でもそれは君が”吉牛は美味いものだ”って知っているからこそ
美味いっていう歓喜の念が生まれるんだよ…フフフフ…
世の中にはね…フフフフフ…君の知らない素晴らしいことが
まだまだたくさんあるんだよ、知ってみたいって思わないか?
フフフフフフフ…」

それに対し、ガサツな私は…

「ごちゃごちゃしゃべってないで、早く食っちめえよ!
ほらほら、七味タップリふりかけたらもっと美味いぞ、
玉子…何チマチマすすってるんだよ!ぶっ掛けちゃえよ、
醤油掛けて、ガアーっとかき回して、上からドバアってよお!…」

そんな感じで、彼はもう二度と私にそういう会話を仕掛けてこない
….と言うより、野蛮人はお呼びでないらしい?。

また、ある日の午後、いつもの喫茶店で、
ムサ苦しいこと極まりないバンカラ系の
男子学生ばかりでダベっていると、
奥の席にいた近所の女子大の娘が私の席にきて、
なにやら呟くのだが聞き取れず、不意に紙片を手渡され、
見るとそれはどうやら電話番号…。

「ややや、これはいいぞ(ヤバいぞって言葉はまだ無い)!?」と、
早速帰宅後にTELしてみる。
下宿屋の呼び出し電話だったらしく、彼女は
「ココでは話せない!」と小声でいうので、忘れもしない
その夜「市ヶ谷ー飯田橋間の神田川沿いの桜の土手」に
ドキドキしながら向かったのだった。

川面に映る大都会のネオンがとっても美しい…。

そして彼女は告白する…

女「私たちもうハタチよね」

私「うん…」

女「今度の日曜日…空いてますか?」

私「うんうん…」

女「投票所…行きますよね?」

私「…えっ?」

女「〇〇党は私たちの生活を確実に向上させてくれます。
  絶対に投票してね」

私「……ハハ…アハハハ…」



キースエマーソンはサンタモニカの自宅で拳銃自殺だそうだ。
発見した同居中の女性は日本人…。

何から何まで意外というのか、プログレ...シンセサイザーの
イノヴェーターとしては、ギャップがあり過ぎる話で、
狐につままれた感が強い。

そしてEL&Pといえば、自分にとってはやっぱりこれだな
「ナットロッカー(くるみ割り人形)」

そういうわけで、40数年ぶりで真面目にこの曲を聴いた。

新しい時代の音楽!その象徴「シンセサイザー!」
クラシック音楽もシンセサイザーを使えばこんな風に斬新になる!
「シンセサイザースッゲー!、エマーソンスッゲー!」
「何だかよく分からんけど、なにしろイロイロスッゲー!!」

で、久々に聴いてみて気づくのだ…

「クラヴィネットじゃん、これ!」

シンセの、ノイズを周波数変調させミックスして云々の電子システムじゃなくて
ピアノと同じように鉄弦をハンマーで叩いて発音し、それを
マイクで拾って増幅する、まあスティービーワンダーで有名なアレ!

シンセでもなんでも無かったわけで、この辺の巧妙なインチキ感も
プログレの仕掛けの一部…って言ってしまえば、その通りなのかも知れぬなあと
シミジミ思う夜なのであった。

クラヴィなのに、何故だかとってもインパクトが強かった
新しい時代のくるみ割り人形…!。
Emerson Lake & Palmar - Nut Rocker


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いろいろな本物

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Carl Zeiss FLEKTOGON 35/2.8 (1964)

なんと今年初めての友人バンドAugust Moon!
しかも、いつもと違う何だか変わった出で立ち!。
ドラムのS君もいないし、楽器もアコースティック?

そういうわけで、各自諸事情あった中での
August "Unplugged" Moon!

そこはさすが一枚岩の信頼感!
色々諸々なことをすべて吹き飛ばし、圧倒する
すばらしいステージであったのは言うまでもなく
ううむ、やっぱり彼らは『本物だ』!
と、呟きながら、ついついイケナイ酒を呑み過ぎる
私であるのだ。



さて、学生時代、アマチュアバンドをやってたメンバーの絡みで
東京・三軒茶屋の国道246沿いにあるリハーサルスタジオ兼PA屋の
仕事を手伝ってくれないか!ということになって、
「手伝う..」ことになった。

「バイトしないか!」じゃなくて「手伝わないか!っていうのが
実に絶妙。

「手伝い」とは、いわゆる業界独特の因習である
「弟子入り」、「丁稚奉公」という感覚なのだろうか?
一切「バイト代」をいただけない、無料勤労奉仕な状態になっていた。

深夜2時に2tトラックの助手席に乗り込み、
夜明け頃に関東近在の街の会場に着いたら
ALTECのA7とかなんとか言う、巨大スピーカーやら、
諸々のホーン型スピーカー。大した大きさでもないのに、
一人では持ち上がらない超重量なモノラルアンプ数台を降ろし
順次セッティングする。

午後になるとバンドやタレントが到着して、順次リハーサル…。
超眠くなる時間帯だけど、細々とやるべきことが多くて
仮眠などとれないまま、気がつけば日が暮れて、
夕飯らしい弁当を食したらいよいよ本番。

自分の役目は、最初の頃はステージ袖でマイクケーブル回し
(絡まないように!)と、ステージ上の演奏者や唄い手に
音声を返してあげるモニター専用のオペレーション。
それに加えて、進行表に即した、タレントの出番などの管理。
トラブルがあれば、本番中のステージ上を走って対処する。

本番終了後、バンドのバラシを待ってからPAをばらして積載。
三軒茶屋に帰り着くのが、大体深夜…それで…バイト料0円。
弁当が2食、食えただけでもありがたいと思え!って雰囲気。

PA仕事がない日は、スタジオの管理。
そして、そこにやってくる人々…
有名無名を問わない様々なプロミュージシャン達や
ベテラン?新人を問わないアイドル達やロック系のシンガー達。
そしてその周囲の膨大な人数のスタッフ達…。

結局そこで様々なヒトと知り合い、
それが後に自分のネットワークになったりするから、
「無報酬」も決して無駄ではないというわけだ。

やがてそうしたネットワークの中で、
私は、いつの間にかギター弾きとして忙しくなり始めるのだが、
依然、無報酬のPA仕事が断続的に入ってくる。

もちろん普通はお断りするのだが、どうしても!頼む頼む!
と言われる、事情含みの悩ましい状況なこともある。
そうなると、数万円のギャラの自分の仕事を断っても
無報酬な仕事を選ばねばならない局面も出て来るのだ。

浮き世の義理…そればっかりは、致し方ないのだった。



久しぶりに「親愛なる」ジェフバックリーの新作が出ていたので
いつものように迷いなくポチした。

新作と言ってもご承知の通り、もう20年も前に旅立ってしまってるから
出てくるのは、ライブ音源か未発表録音などでしかないのだけれど、
今回はその未発表のスタジオ録音。
ほとんどが習作と言うか、気分転換に好きな歌を歌ってる…
ってそんな感じだけど、そこは超歌うまいし、弾き語りのギターの腕も、
さり気ないが、信じられないくらい上手い!
そんな彼のスタジオでの断片集。

この曲はスライ&ファミリーストーンのヒット曲!
おそらくこの曲はライヴでもやったことがないんじゃないんだろうか?
短い活動期間ながら、彼の膨大にある音源の、そのほとんどを
網羅してるつもりだが、少なくともこれは今回初めて聴いた!

うわあ–やっぱりウメエな唄もギターも…

死ぬまで友人からの借り物だったテレキャスターで、
その個体の長所を最大限に引き出しつつ、ただ唸るだけでも
天使が降りてきそうなジェフバックリーの歌いっぷり…。
やっぱり、彼は本物だったな!

Jeff Buckley - Everyday People

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駄目な自分

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

いつも自分に呆れるのだ。
夏休みの宿題を、最終日までやり残して苦労する。
やらなきゃあ…早くやらなきゃあ、と焦りながらも
明日、明後日と先延ばしつつ、
結局、最終日に泣きを見る、駄目な自分…。

思えば試験もほとんど一夜漬けで、前日になって
大慌てで、真面目な友人のノートを借りてコピー…。

きちんと、前々から準備しておけば、苦労することもなく、
同じ目的で、神保町辺りのコピー屋の前で長蛇の列を作ってる
情けない学生共と、バカ面こいて無駄な時間を潰すこともないのだ。
(コピーはまだ印刷屋か文房具屋で行なう時代である。)

もう相当に、世間では大人と呼ばれて久しいのに、
未だ一夜漬けの哀しい性質は改善されず、
さあてやるかあ!と、今になって取りかかった
我が家(実家)の「確定申告」!

ところが、これも毎年の光景で、あれがないぞこれが不足…
さらに今年こそはPCでスマートに申告を済ませるぞ!
なんて高を括っていたら、どうしたことかプリンタ故障に、
OSXのヴァージョン不足(結構タイトで10.8以降…10.7.5なんだよねえ)。

やっぱり税務署に出掛け、例年通り、病院並みに
延々並んで待って、入力を済ませねばならないようで、
いやはやいやはや…ちゃんと早い内にやっつけておけばね!
とは、これまた相変わらずのテイタラクなのであった。

結局今に至っても様々不備があって、これは週を超えそうだなあ…
やっぱりギリギリなんだなあ…ああ困った困った…。



ジョージ・マーティン(卿)が亡くなったらしい。90歳…。
世の中では、5人目のビートルズと盛んに讃えられている…
ほんとにそうなのか?。

元々は貴族の出で、きちんとした音楽教育を受けた後、
EMIなんていう良い会社に入社して、花形のアビーロードスタジオに
一旦は配属されるものの、どうも変わり者で、異端児だったらしく、
結局、コメディとかパロディレコード制作を専門とした閑職の
子会社パーロフォンの主席として、まあ体良く追い払われてしまう。

そこにある時、引っ掛かってきたのが、当時は「イロモノ」とされた
グループサウンズの「ビートルズ」。

マーティンは、それまでにビートルズマネージャーのエプスタインから
相当「賄賂」をいただいちゃってたから、そのヤマダシの兄チャン達に、
ざっくりとレコーディング体験などさせてやれば、あとはエプスタインが
レコードを数千枚分買い取るらしいから、パーロフォンには損失はないと。

そんな感じで、さっくり&ざっくりとテスト盤に続いてデビュー作の
ラブミードゥを録ったら、あれあれ、わりかしヒット?ならば…
そんな感じで、ざっくりぼちぼちと始まったらしい。

大事なことは、ビートルズというのはジョンレノンという男が、
実質ココロのボスなので、ジョンが右といえば、子分のジョージもリンゴも、
そしてマネージャーのエプスタインさえも右と言う。

ポールが左といってもジョンが右と言えば、ビートルズの意志は右なのだ。

それに気づいたマーティンは、グループの民主的バランスを保つ為に、
常にポールの側に立ち位置を置きながら、第三者として意見を云い、
オーケストレーションでは、メンバーにぜんぷくの信頼を置かれる。
実は後半からちょいちょい浮気されるが…それを無表情で
何もなかったように受け流す大人ぶりも含め、そういう応対の
平衡感覚こそが、マーティンを5人目のビートルズたらしめて
いるのではないだろうか。

実際にビートルズ以外の、彼がプロデュースした中で、
ビートルズ作品に匹敵するような輝かしいヒット作、名作はないし、
結局解散後、ポール以外で、彼にプロデュースを依頼する
ビートルメンバーもいなかった…。

個人的に、80年代にビートルズの未発表アーカイブが
一斉に世に出た時に、その保存状態の良さに驚かされたのと同時に、
マーティンのポリシーとして、元音源にはエコーをかけずに
ドライに仕上げられていたから、後年の技術の進歩によって、
より優れた残響処理や、マスタリングが可能であることを、
デビュー時から示唆していたことが、もしかすると
マーティン最大の功績じゃあないかな!?と思えるのだ。

残念ながら、ストーンズやキンクスなどのデビュー時音源は、
当時のあまり美しくない鉄板エコー塗れのショボい音質になって
いるのと比較して、ビートルズは、マーティンの機転のお陰で、
未来永劫、それぞれの時代の先端技術によって、最高の状態で
音楽を楽しめる。
ジョージマーティンの功績は、こう云うところにこそ、本質がある!
そう思うのだ。

曲は、1998年にジョージマーティンがプロデュースした
ビートルズのカバーアルバム「インマイライフ」から、
ジェフベックの今や十八番のこれ!
いかにもマーティンらしい端正なオーケストレーションと
ジェフベックの鬼気迫るジャムセッション!そんな感じだ。
Jeff Beck - A Day In The Life


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昭和の眼

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

自分が写真(カメラ)にハマりだしたのは、
故郷に戻ってしばらくしての頃だから、
いずれにせよ、とんでもなく「ニワカ」で「我流」。
大口など叩いてる場合ではない。

ではもし身体などを壊さず、順当に東京で生活していたなら
カメラ(写真)など好きになっていただろうか?

しかも時代物のレンズなど繰り出して、
手間のかかるような事を、わざわざしてただろうかと思うと、
まずその機会はなかったろうなあと思う。

では、そんなに故郷は美しく風光明媚だったのだろうか?

もちろん答えはNO!。
たいした見処もないし、他の地方都市に較べても
名所旧跡の類いは極めて少ない。

ただ、自分は浦島太郎状態。
35年間留守にした街並みは、見る影もなく変容している。
しかし僅かに昔のままの場所もある。最初は、
そうした場所の写真を、普通に懐かしんで撮っていたのだが、
なんだか少しだけ違和感があったのだ。

ある時思い立って、古い時代物のレンズを入手し、
それで懐かしい風景を撮ってみた。

驚いた…。

ノスタルジーというのとは少し違う、自分の夢の中に
たまに登場する故郷の、追憶の風情や色が、
ファインダーにそのまんま写し出されていたから!。

時代物のレンズは、確かに操作も厄介だし、ガラス材などの
経年劣化等々で、写りもあまく、ピントをあわせるのも極めて難しい。
それでも時代物のレンズに拘って用いるのは、それ即ちが

昭和の眼」って、気付いたから…。

そういうわけで、写真好きの方々には、随分と苛つく類いの
全然なっちゃあない、ピンぼけ写真に違いないと思いますけど、
ご理解いただければ幸いと、存じ上げる次第です。



やっとギター1本で飯が食えるようになってきたなあと
安堵してるタイミングで、その道の先輩達に矢継ぎ早に忠告されるのが

「ギター弾くだけの奴には成り下がるなよ!」

「楽器上手い奴なんて世の中には吐いて捨てる程ほど居るんだよ!!」

「ギター以外の武器を出来るだけたくさん持て!」

そういうわけで、まあ後日確かめたところでは、私の外交的?性格を
上手く活用して、もっと手広く、売込みとか営業を上手くやれ!
って意味だったらしいのだが、私は先輩達の言葉をまともに受けて、
必死にアレンジ…特に今更の楽典の勉強をした。

そうして気の置けない歌手の仲間達のアレンジをこそこそ始めるうちに
口コミであちこちのアイドルさん方から、依頼が舞い込むようになった。
(ほぼ同年代の気安さがあったのだと自己分析!?)

時代的に、歌謡アイドルの方々(ほとんど女子!)が、
自分のステージで「シティポップ」をレパートリーに加え、
唄うのが普通になっており、今日お届けする達郎さんの曲とか、
ボビーコードウェル、クリストファークロス何てところが、
わりと重なりダブって発注が来る。

Paper Dollは、実は私もアマチュアバンド時代に演奏していたから、
曲のコード進行や、リズムのディテールは熟知していたから、
歌手さんの個性に合わせて、ジャズ風味、R&Bちょい足し風味などなど
バリエーションを変えるなどわけなくて、
アレンジ仕事、美味しいかも!…何て思ったものだった。

JUJUさんという歌い手の方を、残念ながら私は全く存じ上げないが、
35〜6年前に自分たちがやってきた方法論と、殆ど変わらないところが、
妙に笑えるし、なんだかホッとしたようなそんな気持ちなのだ。
PAPER DOLL


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非科学的伝統

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

妖しい鎮守の杜…。

敗戦後、日本全国で順次開催された国民体育大会...
通称「国体」が、この街にも昭和30年代の中頃に
巡ってきて、おそらくは可及的に様々な競技施設が
この静かな田舎町にも建造され、
いわゆる都市化・近代化も、否応なく進んだようだ。

この地域独特の特性である巨大油田の、
夥しい数のヤグラと、掘削機の規則的な運動が視界一面に広がる
ジェームスディーンの映画みたいな景色の(微かに覚えてる)、
その一角に、メイン競技場となる陸上競技場や野球場、体育館、
ラグビー/サッカー場、テニスコートや相撲の土俵、
そして競技用の50mプールなどが、この地域にかためて建設され、
いわゆる運動公園となった。

そうした賑やかさ、若々しい喧噪を、厳格な大人の視線で
見遣るように、この運動公園の一角に忽然と存在し続けるのが、
この神社と鎮守の杜なのである。

参道を抜けると、その正面に「サッカー場(現在はあきぎんスタジアム)」
があるから、中学サッカー部の我々は、頻繁にここで
リーグ戦を行なっていたのだが、何せ「ロッカールーム」というのが
まだ完備されていないから、我々の中学サッカー部は、慣例で
この神社本殿(!)を控え室に使わせていただいていた。

もちろん、シャワーもロッカーもないけれど、
なにしろ鎮守の森の本殿縁側は、日陰で、風通しも
すこぶる良くて、とても気持ちがいいのだが、
今思えば随分とバチアタリなサッカー部である。

当時は1日2試合は普通に行なっていたから、
午前の1試合目が終わると、本殿に走って戻り、
汗で濡れたユニフォームを脱いで、午後の試合の向け、
洗うイトマはないから、そのまま
風当たりの良い場所につらつらと並べて干す。

現代は、汗を吸わない生地(ポリエステルなど)を使い、
汗をシャツの裾から順次落としてゆく事で、冷えた汗による
体温低下を防ぐ方策が一般的だが、
当時は何しろ、汗をよく吸ってくれる生地が適正と考えられ、
しかもシャツをパンツにインするのが、行儀の好い着こなしだから
汗がパンツのゴム(紐)周辺にたまって、体温低下どころか
腹が冷えて、よくクダす選手が多かったように思う。

また、当時はその「腹クダし」の原因が、
運動中の飲料水摂取のせいと考えられ、
生水が徹底的に制限されていたから、喉が渇けば、
女子マネージャーが用意したレモンスライスを口に含む!。
酸味で分泌された唾液で喉を潤す、とても馬鹿げた苦肉の策だが
当時はこれが理に適った、実に科学的な所作だと信じられていたのだ。

さて次の試合時間が迫ってきた。荷物をまとめ撤退準備をする。
下級生達の仕事は、ゴミを拾い、周辺も徹底的に掃除して、
選手達が去ったあとも、しばらく居残って雑巾掛けをし、
すべて終了したら、残った全員で、母屋できっちり挨拶をして
試合場に合流するのだ。

こうした伝統が、未来永劫続いて、繋がってゆくのも
ちょっと良いかな!って思ったものだが、既に数年後に
スタジアムにロッカールーム棟が完成し、快適な
シャワールームが…。

私の高校生活最期の頃に、これは間に合って使用したのだが、
...とすると…神社は?本殿は?と考えると、少しだけだが、
寂しい思いがした。



さて、この唄は自分のテーマソングだな!
だってこんなに好きなんだもの…。

と、勝手に、ちょっと白痴的に思い込んでいたある時、
新たにギター弾きとして担当する事になった、
以前ご紹介した小娘の新曲が、ななななんと、この曲にそっくり!!
こここコード進行もおんなじなら、メロもちょっと…。

でも、ニックロウなんて、おそらく日本で知ってる奴なんて
あんまりいないだろうし(当時の話)、このことは誰にも
言わない方が良いかな!?そう思って完全黙秘!していたのだが、
やっぱりね、肝心の自分がテーマソングにしてるこの
「恋する二人」だけに、運命というか、その巡り合わせに、
宿命を感じつつ、なんだか万能な存在にきっちり見張られているとか?、
何かの使命が自分にあるのだろうかと自問自答するのであった。

まあ単純に、どちらの歌も好きだし、そのうち片方は飯の種!
ある意味自分がこれまでやってきた事の、ささやかな
ご褒美?果実?そう思うことにしたのだった。

ダリルホールとGEスミスかな?とニックロウの3人で演ってる
ヴァージョンを発見したので(Daryl's Houseかな?)
珍しいそのテイクで…。

Nick Lowe - Cruel to be kind(恋する二人)


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セッカチな梅の木

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

御当地でも有名な、相当にセッカチな梅の木。

こちらでの梅の開花は、通常で桜の少し前。
だから、何となく大御所で看板役者の「桜」に対し
梅はその前座みたいな矮小化された立場となってしまい、
少々哀しい。

さらに開花が遅れ、桜の開花と重複してしまう
個体の梅に至ると、とても残念だが、有り難みというか、
梅としての存在価値自体が薄れてしまうのだ。

ここは、この「セッカチ梅」のように
早すぎるくらいが、梅の価値を高めるには
ちょうど良いのかもしれない!。

ところで、ご当地では注目の、有名な梅の木なのだが、
意図的に自然流を保っているのだろうか?
梅の木ファン(?)には、もうちょい枝の剪定をして
風流さを演出して欲しいなあとも思う。

手を掛けない自然流、そして人為的な風雅流…
難しいけどね。



80年代の終わり頃っていうのは、私はもう嵐の海外出張に
明け暮れる日々なのだが、その分、枚数消化は少ないながら、
振動にはすこぶる弱いけれど、ポータブルCDプレーヤーでもって
じっくり音楽を聴き込むイトマは相当にあった。

このアルバムなんかも、この時はタイだかミャンマーだか
カンボジアだか…はたして国境を超えたのか戻ったのか、
さっぱり分からないインドシナの山奥の崖っぷちの細くて
畝った道を、オンボロトラックの硬い助手席で、
俄にB級なロードムービーを観てるような視界の中で、
微睡む意識を奮い起こすように聴いていたのが、この名作...

ジョン・ハイアット/ブリング・ザ・ファミリー」!

なにしろ、メンバーがすごい、ライクーダーニックロウ、
そしてジムケルトナーっていう、私にとってもスーパースターな方々が、
固定的にバンドを組み、ほとんど一発録音=ライブ形式で演奏したアルバム!。
もう手練中の手練なヤツラならではの、無駄な力の抜け切った、
絶妙の間合いのバンドサウンドに、私は血がたぎると言うか、
またバンドやりたい病が、インドシナの一体ここはどこらへんなのだ!?
という不穏な場所で、何百回もトラックの天井に頭をぶつけながら思うのだった。

運転席のガイドと称する現地人は、ガイドのくせに英語が全くわからず、
その代わりにとっても低俗な日本語単語をポツポツ話す。
さしずめ、少しなら日本語も大丈夫!なんてホラを吹いて採用されたんだろうな。

そういうわけで、丸3日もコミュニケーションがブレークダウンの不安極まる
妙な緊張感…。このまんまトラックごと崖底に転落しても、
1〜2ヶ月じゃあ発見されまい…いや、永久に行方不明で、
私は、あえなくインドシナの土塊に還るのだろうか?

そんな事を考えながらも、まあ、インドシナもアマゾンも、
シベリア経由の東欧方面出張も、だいたいいつもこんな感じで、
常に生きた心地がしないのであった。

ああ、普通にアメリカとかパリとかロンドンに出張に行きたい!
でも中小企業の総合商社では、大手”物産”商社様の手に余った、
こういった隙間に潜り込んで、利益を掠め取るぐらいしかないのであって、
パリやロンドンは大商社様が、明治時代から進出してネットワークを
張り巡らして、我々が入り込む隙間など微塵も与えない風なのであった。

さて、バンドはこの時、メンバー達も相当気持ちよかったのか、
ジョン・ハイアットも含むこのレコードの状態のまんま
THE LITTLE VILLAGE」っていうグループを名乗り活動開始!。
アルバムを1枚制作し、ツアーにも出るのだが、不思議な事に
それはそれで慣れすぎると、あんまり良い効果は得られなかったようで、
Bring The Family」ほどの緊張感と、濃密なグルーヴ感は既になく、
ちょっと残念だったな。

Memphis In The Meantime - John Hiatt


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負けるが勝ち?

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

相変わらず体調が良くない。
寝込むほどではないので、こちらは修理済みで
快調なママチャリ号で、例によってあまり目的なく
出掛けてみるのだが、やはりカラダが重くて、
遠出は出来ない。



さて、なでしこJAPAN…今夜は引き分け。
ちょっと残念だけど、私は、事前合宿〜メンバー選考
を目にしたときから、今回は仮にリオ五輪出場を逸しても、
前向きな意味でよしとしよう!
そう思ったわけで、残念ですがやっぱり勝ちきれませんね。

何しろ5年前に、奇跡的に優勝したドイツW杯以降、
ほとんど主力メンバーは変わっておらず、
もちろん監督も変わってない…。
そして、サッカーで一番大事な事だが、

「チームの進化」を全く感じないのだ…。

さながらに佐々木組みたいな、代表選考となって、
戦術も選手も、Inac神戸のチーム戦術
(選手間の距離を縮めて中盤でパスを回す式…)を
ベースとしているから、そのカラーにそぐわない、
いや慣れてない若手選手は、たいていは戸惑って、
マゴツクだけで、そのまま大したチャンスも与えないまま
若い才能を浪費し、潰し続けた佐々木監督の罪は
とても大きい。

早い話が、佐々木監督というヒトは、
若手を育てる事にかけては、ほぼ素人同然で、
さらに言えば、戦術をゼロベースで構築する技術も
ビジョンも持ちあわせていないことは、
すでに明白だ。

5年間を無為に繰り返しつつ、既に世界各国に
研究され尽くされた、我らがなでしこJAPAN…

もはやアジアでも勝てない状況では、世界を相手に
闘えるはずがないほど、ぼろぼろな状態というのを
もうそろそろ、ファンも、サッカー協会も認めるべきだ。

早いうちに、佐々木さんに御勇退願って、全く新しくて
今までとは違うサッカー哲学を、特に若手選手に注入し
浸透させない事には、次のW杯も、予選段階で
醜い事になりえる。

なでしこリーグを見渡せば、とてもフレッシュで
優れた選手は、すぐに見つけられるし、たくさんいる!
彼女達には、何はともあれ、早急に世界レベルの経験を
積ませるべきで、佐々木さんがサボり続けたところを、
大急ぎで挽回しなければならない。

そういうわけで、今回のリオ五輪アジア最終予選は
「黄金世代」「佐々木組」最期の闘い…。
そういう事にしないと、なでしこの、いや..
日本の未来はないのだ(断言)。



30歳をちょい過ぎた頃に、ちょっとした行き違いで(?)
会社のサッカーチームを立ち上げる事になった。

言い出しっぺの私は、メンバー集めと練習場所の確保に苦慮しながらも
それでも、川淵三郎が提唱するサッカー・カースト制=最末端の
地域リーグに加えてもらえる事になるのだが、
何しろ連戦連敗では、メンバーにも続々と去られてしまう。

最初の頃は、さながらピクニック状態で、
メンバーが試合や練習に家族などを盛んに呼びつつ、
「父ちゃん、カッコいいだろ!」的に大層賑わったものだが、
いい加減負け続けると、さすがにギャラリーは誰も来なくなるし、
選手も一人、また一人と去って行き、散々な戦績で最初のシーズンは終わった。

ある時、仕事絡みで、青山のコンサルティング会社のホームパーティというのに
呼ばれて出掛けると、そこでサッカー好きの外人社員4人と意気投合し、
我々のチームに合流する事になった。

そうしたわけで、異色のインターナショナル・フットボールチームが
鮮烈に世田谷リーグに復帰。前年度とは打って変わって、
連戦連勝となるのだった。

さて4人の国籍はバラバラだったのだが、そのリーダー的立場の
ジョンはカナダ人。なにしろアメリカ人!と混同され呼ばれるのを極度に嫌い、
さらに選手間で、ジョニ、ジョニ、こっちだぜ!と言うと拗ねて絶対パスをくれない。
僕はジョンだ、ジョ二でもジャニでもない!と怒る変な奴。

そんなジョン君が、いつもイヤホンで聴いたいたのが、
ランディニューマン」…洋楽なら、だいたい話が通じる筈の私だけれど、
これには完全にお手上げ。

ニルソンが昔、彼のカバー曲集出してたなあ…でも中身は覚えてないなあ…
そんな感じ。

「メロディがキレイで、とっても集中できるグッドサウンドなんだ。」

彼はそういって、次の試合まで貸してあげる!と言って、その時聴いてた
CDを私に差し出した。

所詮、アメリカ的なティンパンアレイ周辺から出て来た
しかも西海岸的な大雑把な音楽だろうと、私は思っていたのだが、
聴いてみると彼が言う通り、とても美しくて儚い感じがとても気に入った。

最高だぜ!ってサムズアップしたら、ジョン君も親指を立てて
「だろっ!」って言って、とても喜んでいたな。

ちなみに彼らは、ちょっと可愛い女の子を見つけたら、途端に
日本語が不自由なガイジンを演じるから、該当するの方はご注意を。

FBで検索したら、彼は今はオーストラリアにいるらしい。
無邪気にサーフィンやってる写真にちょっと笑った。

Randy Newman - Same Girl


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