ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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危うい個の力

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

チューリップって花も、いざファインダーで覗き込むと、
構図的にとっても難しい被写体だと感じた。

本来は、とてもスタンドアローンな凛々しさが
何よりの魅力と思っていたが、
たくさんの花が一斉に咲き乱れてしまうと、
その様相が宝塚かSKDのラインダンスというか、
たとえが古けりゃAKB状態で、それぞれの凛々しさ、
個性が減退してしまって、集団/組織としての
総合的な「スペクタクル」を主張するようになって、
写真としても、観念上の焦点をどこに持ってきて良いのか
さっぱり分からなくなる!

ココはやはり、まずは…「個の力!?」
で、状況を打開できるように、良い準備をして欲しい…

いったい何の話だっけね??


中学のサッカー部で、いよいよ我々の時代の新人戦間近!
という時になって、私は、殆ど奇跡に近い「レギュラー」に選ばれた。

もちろん、11人のレギュラーメンバーの中では、最もへたくそで、
何か粗相を起こしたら、即刻ポジションを失う、危うい立場
であることは、百も承知している。

それでもやはり嬉しくて、天にも昇る気持ちで新人戦を迎えるのだ。

これまで、まさにこの瞬間を妄想し、夢見てきつい練習にも耐えてきた。
何度も、鈍足の自分にサッカーなんて向いてない、
もう辞めたい…そう思ったけれど、苦しさを耐え抜いたまま、
その頂点を未だ観ぬまま辞めてしまうなんて、勿体ないじゃないか!
そう思ってきたところに、不意に思ってもみなかった
レギュラー指名!は、まさに達成感、ここに極まれり!
なのである。

ところが、新人戦が終わると、何だかサッカーに対して、
意欲が著しく減退している自分に気付くのだ。

一旦、達成感と言うか、自分の中の頂点を叩いてしまった
満足感?達成感?...いやいや、まだまだ先がある!
と無理にモチベーションを上げてみても、
なんだかきつい練習より、家で1分でも多くレコードを聴いていたい…
ギターも始めてみたい…そう生理的に望むようになっていたのだ。

結局、サッカー部は辞めずに、3年の夏休みに引退するまで
続けてはいたけれど、当然レギュラーメンバーからは外され、
何だか無気力なまま、短いサッカー人生は終わったはずだった。

さあ、高校に入ったら、音楽人生の始まり!
エレキだ、バンドだ、Go,Go,Go!…

しかし人生はそう思い通りにはならない…。
高校入学早々、中学のサッカー部先輩に捕まり...

「今、サッカー同好会を立ち上げる準備をしてるんだが、
 君も当然手伝え!…だって君は...伝統あるH中サッカー部の
 レギュラー選手だった男じゃないか!!」

俺のロックバンドは? 肩まで髪の毛伸ばして
真ん中分けして、まん丸い銀縁眼鏡を掛けて
ライブハウスに出演する計画は?

帰宅部で、学校終わったらロック専門DJ喫茶で
バイトなんかしつつ、新しいレコードをガンガン聴くプランは??

まあ結局は予定より1年半ほど遅れて、全部一気に叶えるんだが、
入学早々は、人生真っ暗闇な、そんな気がしたのであった。



身を焦がすほど好き過ぎるアルバムって、
自分の場合たくさんありすぎて、とっても困る。

よく「無人島にアルバム1枚持っていくとしたら?」
っていう設問があるけれど、私には残酷すぎて、
たぶん一生かかっても答えなど出せない。
(たぶん百枚でも難しい!)

さて、エルヴィス・コステロが巨匠バート・バカラックとコラボした
アルバム「Painted From Memory」をリリースしたのが1998年。

何せ、若い頃から、ニックロウに始まり、
ポールマッカートニーだのボブディランだのトニーベネット
ダリルホール、アラントゥーサン、ビルフリーセルその他多数の
様々なビッグアーティストとコラボしてきたコステロだが、
バカラックと台頭に渡り合うには、やはりそれ相応の歴史、年輪を
積まねばならぬところだが、彼も丁度40代半ば、
ちょうど良いバランスの、一番理想的な形でのコラボが実現し
完成したアルバムの素晴らしさと来たら、もう、狂おしいほど美しくて、
ポップスの全方向から集められたような、エスプリに溢れた名作。

全て新曲なのに、全くツマラヌ出来の曲はなく、
全てがスタンダードナンバーの風格を、
既に持っていたようにも思う。

そういうわけで、このアルバムを無人島に持っていくか
どうかは別としても、なにしろ死ぬまで、手の届くところに
常に置いておきたいアルバムなのである。

今日選んだ曲=TOLEDO…もしかしたらアルバム中、
最も地味な曲かも知れない。それでもこれだけの完成度である…
もう唸るしかないな!

Elvis Costello, Burt Bacharach - Toledo


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ストイックの仕掛け

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Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35(1964)

古いレンズの困ったところは、何と言っても
近寄って撮れないところ…。

戦前ライカなんかは、しっかり1mは距離を置かないと
ピントが来ない。

まあちょいと工夫をすれば、強引に寄ることも
出来なくはないが、そうすると今度は遠くが全然駄目。
割り切っているとはいえ、場面によってはとても不便を
感じるときもあったりするのだ。

そんな時に、マクロとまではいかなくても、
気楽にグイっと一歩前に踏み込んで、
寄りで撮れるレンズはとても有り難い。

このフレクトゴン35mmは、そんな便利で頼りになる奴だ。

上の写真よりも、さらに数センチは楽に寄れるのだが、
花も恥じらうと言うか、
これ以上は、なんだか武士の情けって…
そんな気がするのだ。

これから花を撮るのが愉しい季節になると、
このフレクトゴン…活躍の機会が増えるのだろうなあ。



人生初プログレは、ピンクフロイドの「原子心母」。
このアルバムは、個人的にも大ロングセラー(?)で
その後1年近く、飽きもせず毎日のように聴いていたように思う。

このアルバムをきっかけに、時代はまさに怒濤のプログレ攻勢。

英国本国に遅れること2年、3作一気に発売された
キングクリムゾンの衝撃的なサウンド。

ラッキーマンだけ知ってたEL&Pは、チャイコフスキーと
ムソルグスキー攻撃で、クラシックフュージョンな世界。

トドメはイエス…。

YESを初めて聴いたのは、地元ラジオの電リク番組(!)で聴いた
Roundabout」。

なんと澱みのない、澄み切ったサウンドなのだろう!
そう感じたことを、今でもハッキリと覚えている。

さて、そのラウンドアバウトの次作と言えば
「危機」ではなくて、シングル中心の中坊には断然
アメリカ」なのである。

実にあの…意外にも…なサイモンとガーファンクルの
アメリカのカヴァー…。

そしてまた動くイエスを初めて観たのもまさにこの映像。
やはり地元レコード店が主催し、東京から各レコード会社の
宣伝マンを呼んでプレゼンさせた上での「フィルムコンサート」。
そこでこれを観て、またしても途轍もない衝撃を受けるのである。

一番の衝撃は何と言ってもビルブラッフォードの華麗すぎるドラミング。
しかし彼は、72年の秋には既に新生キングクリムゾンに参加し、
欧州小ツアーに傾れ込んでいるから、このフィルムはたぶん
71年中、遅くても72年初めの頃だろう…。

いずれにせよ、ブラフォードの去ったYesに対する気持ちが
以後70%減退し、個人的にはしばしキングクリムゾンに一本化
されるはずが、ここにまたフランクザッパが入り込んでくるわけで、
私の音楽体験は、混乱を極めるというわけだ。

ショート版がシングルで発売されて、翌年くらいにAtlanticの
サンプラー盤に完全版が収録された。このサンプラー盤は
輸入盤なのだが、何故だか、ある地元レコード店が大量に仕入れて、
異常なほど安価(数百円)で販売されたので、当時は、秋田のどこの家にも
一家に一枚で、これが常備されていたように思う。

いずれにせよ、私はようやく、半ズボンにランドセルな姿から、
詰め襟に手提げカバン…やがてこれがMadisonバッグに変わるぞ!ってな時節。
当然ながら、レコードを買うには、昼飯代やバス代を浮かせて
必死に小銭を溜め込んだ上でのこと。

好きな音楽を聴くことは即ち、腹が減ることで、大雨や吹雪の中を
交通機関を使わず、トボトボ歩いた、その代償にほかならないのであった。

Yes - America



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So Many People!

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

江戸に住まいし折には、
渋谷スクランブル交差点か竹下通り、
はてまた巣鴨地蔵通り商店街か浅草仲見世か…。
そんな感じで「相変わらず賑やかだなあ…」程度。

陸の奥で、道の奥な当地での、少々遅れ馳せな

「まもなく散りゆく桜を惜しむ会」にお集まりの面々…

その数たるや、それまでどこに隠れてたのさ?
…って感じで、ただひたすら、
たまげるしかないのである。

とても、花を眺めるどころではなくて
数多ヒトの姿を眺めるだけで、なんでか
鼻血が出るほど興奮しすぎて目眩がする、
お花見」ならぬ、「お人見」…なのである。

さてこんな調子で、私は帰京できるのであろうか?

今日は外来受診の日…。
まあ諸々相変わらずである。

突然、劣悪環境が表面化した「腸内」の状況も、
一向に改善の兆しなく、相変わらずの不調は、
もう5ヶ月目を迎えそうだ。
(元日に始まった!)

乳酸菌飲料、食物繊維、発酵食品…さらには
母がテレビで見たらしい「もち麦+ごはん」まで、
毎日摂取しているけれど、改善もなければ、
ダイエット効果も全く見えない…。

ここまで来るともう「絶食」しかないっすね!

と、医師の前で、あくまでも冗談のつもりで
云ったみたけれど、医師の態度は

「……(無言)」

「そこかい!?」

なのである。



大学浪人を1年経験しているから、随分とたくさんの学校を
受験したことになるが、今となっては、見事に私を
落っことしてくれた学校。

補欠合格!?などと体裁が良いんだか悪いんだか分からぬが、
矢鱈と高額な寄付金上納が条件で入学を許してやるぞ的な
ヤクザな大学もあったが、もちろん貧乏サラリーマン家庭に
そんな金はない!。

僅かだが、合格通知をくれたものの、様々タイミングが悪くて
結局、縁のなかった学校もある。

で、それぞれの情景を覚えているかと云えば、殆ど覚えていない。
ただ一校だけ、受験日に、試験会場の教室で
「あるもの」を観て感動し、絶対ココに入りたい!
と願ったものの、残念ながら思いは成績に繁栄されず、
見事に落っこちてしまった。

行く先々の教室の机は、長机も多いが、いずれにせよ
スチールのパイプ組に化粧合板の「天板」が乗っかったものが
殆どになっていて、我々が小中学校のときのような、
天板も足も全て木製で、天板をパカッと持ち上げて
開くようになってる「逆ゲートレック(?)」みたいものは、
既に見かけることもなかったが、その国立大学は、
校舎も古いが、調度品もオンボロボロで、
まさに旧時代の机や、懐かしい石炭のだるまストーブが
教室に備わっていたのだ。

当然、天板は多少は凸凹しているが、大切に使われているようで
答案を書き込むのに殆ど支障がなかったように思う。
それだけでも何だか異様にテンションが上がったのだが、
休憩時間に、何の気なしに天板を持ち上げ開いてみると、
私は唖然として、少し涙目になって感動したかもしれない!

天板の裏側には、彫刻刀で掘られた、教室の、
おそらく普段の授業風景の有り様が、克明に彫られていたのだ。

たぶん、表面を彫って、あとでひっくり返して
付け替えたんじゃないかな?って思う。

それで不意に思い出したのが、Fairport Conventionの2作目
What We Did On Our Holidays 」の、大好きなカバーアートと、
A面1曲目=サンディデニー作のこの美しい歌。

カバーアートは黒板にチョークで描いたバンドのイメージ…と思っていたが
あらためて見直したら、黒板でもチョークでもなかったが、
イタズラ描き風なのには違いない!。

すぐに、確か午後の物理の答案用紙が配られたが、
私の頭の中にはずっとフォザリンゲイと、リチャードトンプソン作の
名曲ミート・オン・ザ・レッジが鳴り響いてしまって…あああ…。

それにつけても札幌…住んでみたかったぜ!

そういうわけで…
Fairport Convention - Fotheringay


そして、個人的には涙なくして聴けない…
Meet On The Ledge


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門出の桜

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

これ以上ないほど、
最高の門出だね…。

どさくさ婚(?)の自分としては、
すごく羨ましいのと同時に、
若気の至りとはいえ、
家人に対して、とても申し訳ないような
うしろめたいような…。

家人とは、私が音楽を生業としてる頃からの
付き合いだから、いろいろ悩み苦しみ
もがいてる姿を、全部知られている。

突然トラ(代理)で呼ばれて、某演歌の大歌手様の後ろで
バンマスとしてフルバンドの指揮をしながら、
もちろん初見で弾けと言われて、ビビって彼女に電話して
泣き言を云った時もあった(らしい)。

新人アイドル系ロックバンドのサポートメンバー(黒子?)
を頼まれて、ステージの後ろや袖の辺りで、
ギターとミニムーグとソリーナ(ストリングスマシン)、
それに打ち込み(アナログ時代!)シンセベースの
シーケンサ(自動演奏)のcue出し等々…。

なにしろ超多忙。
それなのに、アイドルグループのメンバー達は
自分らで楽器の搬入もセッティングも、
最後の片付けすらも一切手伝わず、
必然的に私とマネージャーの二人が
最後の積み込みまで全て行なう…。

メンバーとはほぼ同い年ながら、
若干、業界の先輩として、世の習いを諭しもするが、
全く聞く耳を持ってくれない。

それどころか、こちらのちょっとした
マシントラブル的なミスも一切許さない態度に、
最後は私もぶち切れてしまって
「辞退」に至るのだ。

いろいろ理由があって、有り体に言えば
「クビ」になったことは何度かあるが、
自分から「お断り!」というのは、
これが最初で最後である。

そんなことが続くと、元からメンタルが弱い私は
業界に居ること自体が過大なストレスとなって、
やがて精神バランスが、自覚できるくらいに
不調になって、このままでは大変なことになる
と、恐れを抱きつつ、全てを放り出してしまうのだ。

家人はどうも、お互いの安定生活を優先させた結果、
私は夢を捨てて、堅実なサラリーマンになった!
そう勘違いしてくれていたようなのだが、
もちろん理由はそうではない…。

その辺、今はもうとっくにバレているのだが、
いずれにしても、もうちょい大事にせねばならぬなあ..
とは、充分思っておりますです…はい。

そういうわけで、そのアイドルロックグループの音源は
残念ながら残ってないけれど、バンドのサウンドを
どういう方向に持っていくかという思索に私も加担することになって、
私とグループのプロデューサーK氏の一致した意見が…

J..ガイルズ・バンド」みたいな
R&Bベースのイキの良いロックサウンド!

ところが、グループのメンバーはこれに納得せず、
どうやらTOTOだのオフコースだのと、コマっちゃくれた、
いわゆるオシャレ方向(?)を考えていたらしい。

そういうわけで、グループと、私&K氏連合は意見が
真っ向衝突するわけで、結局この曲をサウンドの核としたい策も、
何となく中途半端な感じになってしまって、
早々と会社にも見切りを付けられてしまったらしい。

K氏はこのグループを諦めて、本来担当の「沢△研○」サンに、
このJガイルズプラン(?)をちゃっかり適用し、
そのサウンド指向は以後もキッカワ某とかに受け継がれている…。

そして、こともあろうにホンチャンのJガイルズバンド
翌年大ブレークするから、先見の明もあったのだと
私は密かに自慢しているけれど、気の毒なのは、
あのTOTO&オフコースを目指したグループ…
半分ルックス=みてくれ重視のアイドルグループってのを忘れて、
背伸びしちゃった…そういうことだね。

J GEILS BAND - I Do

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禁断の土手

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

相変わらずの、やや明るい花曇りの日。

例によって平均点以下過ぎる構図の
取るに足らぬスナップなのだが、
古いライカ(エルンスト・ライツ社)レンズ独特、
緩〜い感じの立体感と、やや樟んだ空気感...
そして人々の心なしかステップの軽やかさが
うーむ、春だぜ!…ってそんなな感じの一枚。

奥の桜の土手は、今も昔もナンピトたりとも立ち入れない
サンクチュアリらしい。

当然、子供の頃は、ランドセルを背負いつつ、
毎日のように忍び込んではこの「禁断のお堀の土手」を
踏破していたけれど、元々、通路としての機能を持っていないから、
極めて歩き難い獣道状態。

しかし明らかに普段と違う新鮮な絶景を堪能できるわけで、
いずれ、自分らが大人になる頃までには、
必ずやこの禁断の土手も、心地良い起伏に富む遊歩道として
市民に開放されてるに違いない!。

あれから半世紀近く経っているが、
土手は相変わらず禁断のままだ…。

どなたかの利権の元、手付かずの禁断の土手。
ウシロの私立高校の生徒さん辺りが、
一念発起して整備する…でもない…。

禁断は禁断のまま保存…それも確かに一理ある。

しかし「保存」と「手付かずの未整備」は
何か根本的に違う気がする。



プリンス」が亡くなったらしい。
いやはやなんとも自分と同世代の死は、心中穏やかざるものがある。

自家用機で移動中に、インフルエンザによる発熱が酷くなって、
緊急着陸して辿り着いたイリノイの病院で調剤された
アヘン系の薬剤…。それによる中毒が、どうも直接の死因らしい。
(今後詳細が変転する可能性もある…)

とても残念なことに、彼こそが、皆が皆、崇め奉るほどの大天才で、
音楽界の偉大な革命児!というのが、果たしてどれほどのものか
私にはよく分からない。

しかしとても優れた音楽家であることは疑いようがなく、
今日だって私は、彼のCDを次々にまさぐりながら、
決定版!?の曲を捜していたが、あまりにも多すぎて、
ナカナカ決められず、悩んでしまったのだ。

ああ、やっぱり彼は偉大だったんだなあと、
ココに来て改めて思ったりするのだった。

結局、ココは変に気張らず、純粋に一番気に入って聴いた曲を選ぼう…
ということで、とってもベタベタで失敬するが、
やっぱりこの曲になった。

「殿下」に対し、下賤?の私ごときが「哀悼の意」を表すには
あまりにも恐れ多くも畏くも、さらにはあまりにも検討はずれな
感じがするけれど、コレだけは云っておきたい…。

「君が居ないとやっぱり寂しいぜ!」

PRINCE - KISS


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お花見トラウマ

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

今まさに満開のご当地ソメイヨシノである。

本日は、柔らかい日差しの、典型的な花曇り…
まさに絶好の撮影日和…に、私はついつい
欲張って、超優等生なレンズ「ツアイス・プラナー」
を久々に持ち出し、何を思ったか、
秀麗な写真を狙って出掛けたらしい。

あちこちのブログで、あまりにも美しい桜写真の数々を
ココのところズーーーッと観ていたから、
何だか自分もって、アサハカにも考えたらしい。

ところが結果はもう惨憺たるもので、
撮ってる最中にも、あまりにも秀麗すぎて、
何だか面白くなくなってしまって、
早々に引き上げてしまった。

帰宅して写真を見たが、やっぱり「普通」。
普通が悪いとは云わないけれど、
少なくともそれは自分らしくはない…。

そういうわけで、昨日、ポツポツと小雨が落ちてきたような、
そんな駄目駄目な条件下での、やっぱりハッキリしない
ズマールのボンヤリ写真が、何とも自分らしくて
そちらをお届けしたい。

背景の、ガサガサした落ち着きの無さが、とってもいい感じだが、
これが普通によく写る優等生のプラナーでは、
上品にふんわりと纏まってしまう…。

どうせこちとら下品でガッサガサの出自だぜ!…何てね。



思い返せば、お花見に良い思い出は一つもない。

以前も書いたが、学生時代は何と言っても
甘く切ない「お花見コンパ!」。

その夢のような響きに吸い寄せられ、
勇んで参加するものの、結果はいつも残念賞。

宴も佳境となれば、さていよいよ次は河岸を変えた
2次会…そしてあわよくば??と、20歳前後の
健康な漢には当然のモヤモヤした期待感!。

しかし、結局はまだ大酒に馴れてない連中の集まり...
お約束のように、必ず悪酔いを通り越し、
軽い急性アルコール中毒な取り乱し野郎が出てくると、
まだ「救急車を呼ぶ!」という概念がないから、
最寄り駅までおぶって電車に乗せる…
その残念な役回りが、何故かいつも自分。

とっとと泥酔野郎を帰宅電車に乗せて、
改札外で待っている男女小隊に合流…

あっ…誰もいない…

またしてもマカレてしまった…。

そして翌日、「それであの後さあ…」
って自慢げに語る腐った野郎ども…
勝手にしやがれ!である。



世のヒトはみんな、ブルースギターのレジェンド
ジョニーウィンターが大好きなご様子だけれど、
元来、臍の曲がった私は、昔から、ジョニーよりエドガー!
弟の方が数段好き!って公言して憚らなかったから、
随分と「変な奴」って思われていたに相違ない。

確かにまるでブルースに命を捧げたような兄ジョニーの壮絶な生き方は
とても理解しやすい。しかし弟はと言うと、全然ブルースに愛着なく、
執着もせず、ひたすらセンスの良いポップミュージシャンなのだ。
兄と違って実に淡々としてピアノを、時にサックスもプレイするが
これが兄のブルース魂に引けを取らない、溢れる才能とセンスに驚く!

因みにグループの楽曲の殆どを書き上げているのは、
盟友のダンハートマン。アルバムを丹念に聴いていくと、
ハートマンのトッドラングレンにも通じる名曲の多さに舌を巻くけれど、
高校生の頃、これが一番のお気に入りがこの曲だったなあ。

Edgar Winter Group - Maybe Someday You'll Call My Name

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逃した魚は...

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Komura- Uni Auto 3.5/24(1960's)

久々登場のコムラーレンズ。
「コムラー」だからローマ字表記が「Komura–」。

昭和20〜30年代に至る、ただいま絶賛復興中の
日本的ローマ字感覚が、何だかとてもチャーミング!

日本の「三協光機㈱」という会社が開発、発売していた
一眼レフ用レンズのブランド。
昭和40年代くらいまでは、結構名門で、人気もあったらしい。

愛らしいのはもう一つ…コムラーというブランド名は、
小村さんというヒトが社長さんだから…ではなくて、
社長の小島さんと、専務の稲村さんから
文字を取ってコムラー。相当仲が良いのか、
或いは実は悲喜交々あるのか…?

残念ながら昭和55年に倒産してしまっているので、
真相は藪の中…。

このブランドの中望遠レンズは銘品で絶品!との評判が高く、
現在も飛び抜けて高額で取引されている。

相当にカオスな写りで、ポートレイトを撮ると、
誰でも小日向文世か蟹江敬三か石橋蓮司か??
腹にイチモツ、ヒトクセもフタクセもありそうな
強烈個性の性格俳優のように写るらしい??

まあ私のこの24mm…。某オークションで数百円の代物.,..。
さすがに様々余分な光が派手に映り込んでしまっているが
気にしない、気にしない…。

どこにピンが来てるか、さっぱり分からないけれど、
これも気にしない、気にしない…。

因みにテッペンの光はお月さんだが、
何だかよく分からないけど
気にしない、気にしない….。



上京してわりとすぐに仲良くなった同じ学科のクラスメートが、
元々、Creationの竹田和夫さんのボーヤ(バンドボーイ)
をしていたそうだが、その後、いわゆるバックパッカーで
世界放浪をしたのち、帰国して、唐突に私と同窓生…。
一体何歳なんだ??というT君。

彼が在米中に酔っぱらいのアーミーから、
タダ同然で手に入れたという’63年ストラトキャスターを
私は「買う前提」で長期間(3ヶ月くらい)借りて弾いていたのだが、
ある日、シビレを切らしたT君から

「そろそろ買ってくれよ!」と催促されます。

私は「分かった…10万だね…用意するから1ヶ月待って!」

と頼むと、T君も何やら急な物入りがあったらしく

「1週間で9万…なんとかできないか?」

と云います。

私は、覚悟を決め「バイト料前借り」+「連チャンドカチン大会」
で、なんとかしよう!!ということにして、
いったんギターを返し、翌日から頼み込んで
「地下鉄半蔵門線作業現場」で働くことにした。
1週間、過密に働いて、なんとか金は出来た。

さてさて…と、彼の雪が谷大塚ってところにあったアパートに出向くのだが、
そこで私は愕然とするのだ。

’63ストラトキャスターは、既に別の買い手に渡ってしまったいうのだ。
例の竹田和夫氏が「即金」で持ち帰ったという…。

数日経ったある日、その「竹田和夫氏」のラジ関での放送を
私はたまたま聴いていた。

〜(竹田氏)友人のT君から、極上の63年ストラトを超格安で
 入手して弾いていたら、この曲のパート2を不意に思い付いて
 即刻録音した!...それでは、その曲をお聴きください…
 スピニング・トォホールド PART2〜
 
別の雑誌記事で、竹田氏はこのストラトを「6万で手に入れた…」
とも語っており、ちょっとショック…。
まあ、もたもたしてた自分が悪い!
これはこれで、なかなかの人生勉強になった出来事でもあったわいなあ…
と、考えることにしている。...あーあ。

Creation - Spinning Toe-Hold No.2


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謹んでお見舞い申し上げます

2222s1.jpg
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

実はほとんど使ったことがないカメラ側のエフェクト
(ミニチュア)を試してみた…。
…わかったわかった…もう充分…そんな感じ。

ちなみに北の桜はまだまだショボい。
もっとも、暢気に「お花見」何て行ってる場合じゃないし
そんな気分でもない。取りあえず夜を徹して
TVにかじり付いていた。

そして今朝早く、例によって半泣きパニック状態の
家人からの電話…。

家「九州の両親と連絡がつかない…どうしよう...心配!?」

私「明け方までテレビ観てたけど、博多界隈の被害はないみたいだから
  安心して良いはず…」

家「そうかなあ…大丈夫かなあ…阿蘇山噴火したら、九州終わるよ…」

しばらくして再び電話が有り…

家「ジイジとバアバ、二人で一緒に年金おろしにいって、
  帰りに餡蜜と柏餅食べてきたって…そういえば少し揺れてるみたいねって
  トーサン言うとったねえ…だって」

私「アナタの親だからさ、だいたいそんなもんでしょ…」

家「東京に呼ばなくて平気かなあ?」

私「来いって伝えたんでしょ?」

家「うん、でも、東京なんて行かんばい!
  家で死ねるならそれで本望ばい…だってさ」

私「…だろうなあ…」

というわけで、九州および近隣の皆様、
慎んでお見舞い申し上げますとともに、
これ以上被害が広がらぬことを、
心よりお祈り申し上げるものです。



ロックギターて言う分野があって、ジャズギターってのももちろんある。
他にもフラメンコにフォルクローレ、そしてもちろんクラシック音楽まで
ギタースタイルは多様。

そして自分にとって、最も近くて遠いのがポップスギター…。
そういうわけで、殆ど馴染みの薄いこのポップス用の
気の利いたギターソロを、録音現場などで要求されても、
ナカナカ上手に応えられてない自分を発見し、
必死に修得に励むのだが、結局きちんと極意を理解できないまま
自分のキャリアは呆気なく終了してしまったように思う。

そう云うわけで、実はこんな風に自在に弾いてみたかったぜ!
ってその代表的ギターソロがこれ。

クレジットを観ても、ご両人の名前しか挙げられてないから、
さしずめ、ニックロウ、御大自らソロを弾いたんだろうか??
バートバカラック&ハルデヴィッド作の珠玉の名曲にして、
あのグループ(!?)のカバーでも有名!

そういえば、フェンダーアンプっぽいリヴァーブ+トレモロサウンド…
使ったことなかったなあ…。

Elvis Costello & Nick Lowe - Baby It's You


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神秘の力?

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

何を今更という勿れ!
ようやく咲き始めの、巣鴨の近く小石川は
染井の吉野 in 秋田…なのである。

近頃益々、このズマールが基本レンズになってきた。
もちろん、この昭和12年独逸製の玉が最高なのだ!
などというつもりは毛頭ないし、
あげればキリがないほどの欠点の数々も、
一目瞭然なのだが…それはさておき、
何が良いって、それは…

写り過ぎないこと

自分の裸眼視力=0.2〜0.3程度には、
ちょうど良い感じのフワフワ&モヤモヤ感で
これが自分の「現実世界」に他ならない。

シャキーン&キリリと、凛々しく写るレンズなど
世にゴマンとあるし、コンデジなんかでも
近頃のは、一眼レフ顔負けでよく写るものもある。

しかし、見えないものまでくっきり写るというのは、
あまり気持ちの良いモノではない。
レントゲンやMRIなら、それで正解なんだがね…。

柔らかくて、モヤモヤした眠い描写なのに、
きちっと奥行き感も充分に表現できている...
っていうのが、自分の中ではとても寛げるし、
価値も高い…そう考えるのだ。

そして大事な要素がもう一つある。
自分の存在など、まだまだヒヨッコで青二才な
約80年という歴史の重み…。

そんなもの、写りになんの関係があるのだ?
と云われてしまえば、一言も返せないのだが、
何か分からないが、20世紀で昭和の、しかも独逸生まれ。
相当激動な時代を生き抜いた、ある種のパワーというのか
したたかな生命力みたいなものを、とても強く感じるのだ。

骨董好きの家人は、自ら青山の骨董街のエミールガレ屋で
雇われ店長をしていたこともあるから、作法として
神社の骨董市などで買い込んできたものには、
一つ一つに塩を降り、呪文を呟く「お清め」をしてから使用するのだが、
このズマール…なんだか「お清め儀式」に及ばずに、
80年間で見聞きしてきた、様々なこと…数奇な運命や
喜怒哀楽なんかを、そのまま表現しておくれ!
醸し出しておくれ!…
そういう心境なのだ。

室町時代の由緒ある茶器で嗜むお茶が、そのまま室町の味など
するはずないけれど、やっぱりそこは…明らかに
違いがあると思うのだ。



我らがアイドル上原ひろみHiromi)ちゃんのアルバムが、
ビルボードの総合ジャズチャートで1位に輝いたそうだ。
(日本人では松居慶子さんに続いて2人目)

かれこれ15年くらい前の彼女のデビュー時のインタビューで、
尊敬するミュージシャンは?と訊かれ、答えたのが…

フランクザッパとキングクリムゾン
(ガッパとキングギドラ…ではない…それもある意味正解だが!)

そのときから、もはや他人であろうはずがなく(?)
熱烈応援してきた立場として、感無量ではあるのだが、
それにしても全米のジャズシーンというのは、
一体今どうなってるんだろうか??

かつてマイルスデイビスがビバップを発展させつつ、
実験的に「電化+アフロビート」を打ち出したが、
既存のジャズファンには殆ど受け入れられず、
多くは新もの好きのロックファンに支持されただけなそうだ。

それでもマイルスは1980年前後には
今度はヒップホップに急接近して、ビバップと融合させつつ、
真剣にジャズのあるべき位置、行方をたった一人で模索し、
切り開こうとしていたと思うが、他のジャズメンどもは、
そんなマイルスのリスキーな方向性に一瞥くれながら、
安易なクロスオーバーやらAORな「軽音楽」に興じていた…
少なくとも自分のモヤモヤな目には、そう写っていた。

マイルスに習って、ジャズというよりモダンジャズ、ビバップを
新しい方向に持っていこうと悪戦苦闘する人達も僅かだがいた。
日本人としては菊地雅章プーさん)氏がその旗手ではなかったかと思う。

今日のこの曲、アルバム「ススト」から、何かのCM音楽でもあった
Gumbo」…。奇しくも、現在のジャズのトレンドの一つでもある

「カリブ海経由、西アフリカのイスラミック音楽とビバップの融合系」

即ち、黒人(の一部)が歩んだ道筋を逆戻りする「回帰音楽」を、
かれこれ40年近くも前に、プーさんは提示してたんだなあ...と思うと、
感動もひとしおなのだが、昨年、残念なことに亡くなってしまった。

せめてHiromiチャンとプーさん…新旧のパイオニアとして、
何らかの共演が観たかったなあと思う。

菊地雅章(Masabumi Kikuchi) - Gumbo


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つむじ風の街

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

本日時点で、未だソメイヨシノの開花宣言に至ってないのが、
ご当地=秋田市以北…なのだそうで、
このあたりで桜前線がモタモタジタバタと
停滞してるのだそうだ。

なにしろ昨日は短時間で激しく雪は降るし、
強い西からの風が吹き荒れ、それに乗っかって
黄砂が、当地に終日降り注いでいたのだそうだ。

そうしたわけで、何やかやと賑やかな…?
そんな感じの「道の奥」の遅い春なのであるのだ。

冬の間と違って、今は気候も良いので
自転車で結構遠くまでグダグダと
乗り出すことが多くなったのだが、
もっと活動範囲を広げたいなあと思うと、
突然「原チャリ」も良いかな?と思うのだが、
なにしろ自分は、かつて2度ほど原チャリで
事故っているし、さらに運動能力が低下したことを
考慮しても、どうも無事には済みそうにないので、
今のところ、自重中…というところなのだ。

誰にでもあるのか、或いは自分だけなのか分からないが、
ある瞬間、ふっと意識が消える局面が、少なくとも私にはある。

まだ20代の私は、片側3車線の国道を右折しようとして、
怖々、右車線に入り、青信号なのは分かっていたが、
前のトラックかなにかよく覚えていないが、
大きなクルマの後ろにつけて、交差点に停止して、
ウィンカーをカチカチ云わせながら
右折のタイミングを待っていた。

前の大きなクルマが発進したので、私もバイクを発進させ続くと、
次の瞬間、直進の対向車が目の前に…。

私は実際に5m以上投げ出され、一瞬だけ気を失った。
すぐに周囲にアピールするように大きな声で、
「こりゃあ、信号無視だ!、完全に信号無視!」と
周囲の目撃者を取り込むがごとく、わざとらしく叫ぶ運転手の声が聞こえ、
「おおっ?…ふざけるなお!」と気がついた。

私は、中央分離帯の芝生に、何故かクルマのフェンダーミラーを
握りしめつつ、突っ伏していた。

バイクは大破、クルマもフロントガラスが粉々に割れていた…
私が頭から突っ込んだせいらしい。

派手で壮絶な現場状況の割には、私はダメージが殆どなく、
膝を少々擦りむいた程度で済んだというのは、
まさに奇跡的だったらしい。

べスパによく合う、お気に入りのチャラけた市松模様の
ゴーグル付きヘルメットは、その事故で見る影もなく
破損していたが、頭はなぜか全く無事だったのだ。

その場(交番)で、双方前方不注意でお互いに
被害請求しない旨を合意し、私はバイク屋に連絡、
新車(古いベスパだが)を買う条件で、
大破した方のベスパの廃棄を依頼した。

翌日、目覚めると、全身が筋肉痛のように痛い。
さらに微かだが、吐き気はするし目眩もする…
病院に行った方が良いかなあと思いながらも、
確か連休中で、その日は千葉の海(会社の保養所)に
遊びにいく約束があって、さらにその翌々日からは
インドに出張…。

当時はまだボンベイと呼んでいた頃のムンバイのホテルで、
私は40度近い熱を出して大変だったが、その原因は
未だによく分からない。ただインドの劣悪な衛生面の
せいにしつつ、心のどこかで、事故の後遺症かも…
と思いながら、何とはなしに不安な日々を過ごしていたのだが、
バカは死ななきゃ治らないで…半年位して、
また事故った。

今度はまあ大した接触事故ではなかったけれど、
打撲が酷くて、きちんと病院に行って、当然「頭」も
調べてもらったら、意外にも異常なし!。

事故は、もちろん辛いのだが、何だか心の奥の
憂いが晴れて、嬉しかったなあ…って変な話だね。



何故かデヴィッドボウイの死に呼応するように、
イギーポップの久々の新作が発売され、私はすぐに購入した。
今は、気に入ってこればかり聴いている…。

80年代の頭頃に、一度、イギーポップにハマった。

そのきっかけとなったのは、ちょっと恥ずかしいのだが、
デヴィッドボウイの「チャイナガール!」。

そのオリジネーターとしての彼…。

ストゥージス時代の彼は知っていた。
恐ろしく暴力的なパンクロックの元祖にして元締め!。

すぐに裸になって、自傷癖があるのか、自分の身体を
かきむしりながら唄うは、客席に何度もダイビングするは
その姿は、当時来日公演でも実際に目の当たりにして相当驚いたが、
今も相変わらずらしい。もちろん体型は残念ながら
老人…そのもので、とっても痛々しい…。

そういった形骸的な事象は別にして、イギーの音楽は、
いつのまにか、美しくて、渋くて、儚さまで身につけていて、
とても素晴らしかった。

この新作も、かつてデヴィッドボウイがプロデュースした時代の
(The Idiot)雰囲気に近い作風に仕上がっている。

ボウイの遺作は、間違いなく今年の名盤だと思うが、
こちらもナカナカであると思うなあ。

Iggy Pop - Sunday


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病院ジャズ?

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

ウウウ…他人とは思えない風貌…
オナカの弛みが特に…?。

丁度10年前に大病をして、約1年を棒に振った。

やがて社会復帰…長びく経済低迷によって、
それまで長く居た業界にも、限界を感じていたから、
思い切って全く新しい職種の会社に飛び込んだ。

これが自分には見事に「ハマり」で、久しぶりに
情熱を持って仕事に邁進して5年経った頃…。

またしても病に倒れてしまった。

心臓を数十分停めての手術で、緊急事態は脱したけれど、
今度は社会復帰もままならない状況に至り、
私は「働かざるもの食うべからず」な東京の家族の元を離れ
19歳の時に飛び出して以来の、秋田の実家に
身を寄せることになる。

故郷の友人達とは、高校時代以降、全く没交渉な自分だったが、
30数年の空白を全くものともせず、暖かく迎えてくれた
友人達には、本当に感謝したい。

帰郷して早々に、依然おさまらない目眩の原因究明と治療に
故郷の専門病院に入院したのだが、その時に、
昔のバンド仲間のY君にもらった数枚のジャズCDの中にあって、
入院ベッドの中で最も癒されたのが、その時初めて聴いた
ジェシ・ヴァン・ルーラー」の数枚。

本来私は、ギタリストのリーダーアルバムなんて…!
どうせ「虚仮威しの技術」の見せびらかしに終始して、
内容なんて貧弱でお寒いものだろうな…などと、
ちょいとバカにする傾向があってほとんど聴かないのだが、
このオランダ出身の、典型的すぎるくらいベタなモダンジャズを
実に端正に、実直に弾くギタリストには、病院のベッドの上ながら、
とっても興奮して、毎日何度も繰り返し聴き入っていた。

盲目のピアニストと2人だけのデュエットアルバムも素敵だが、
今日は典型的ギタートリオのライブアルバム
Live At Murphy's Law』から…。

曲は、ビルエヴァンスの大名作「ワルツフォーデビー」に収録の
誰もが知ってる有名曲「デトゥアー・アヘッド」。

Jesse van Ruller - Detour Ahead


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独り暮らしの代償

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

つげ義春の世界みたいだ!。

上京して、念願の独り暮らしをスタートさせたのが、
東京の端の「雑色」という多摩川土手近くの辺鄙な町の、
まさにこんな感じの、下宿屋の西日のきつい四畳半。

東京で迎えた初めての夏休み早々に、
故郷秋田から遊びにきた友人達は(バンド仲間だな)口を揃える…

「折角東京に来たのに、ココじゃあ秋田より田舎じゃんか!」

「ライヴハウス行くにも、新宿とか、シモキタとか、
 コウエンジ、キチジョージなんて死ぬほど遠くね?...」

諸事情あって、3月末までジタバタした挙げ句に
なんとか「滑り止め校に滑り込み…」で、
入学手続きを済ませたのだが、なにしろ
その頃になると、頼みの「学生寮」は満員、
不動産をあたっても...

「こんな時節にさあ、空き部屋抱えてるわけないじゃんかあ!」

と、何だか馴れ馴れしいな、東京の不動産屋は!という感じで
ほとんど門前払い。

結局は友人のツテで、本来はハナレの建物を取り壊す予定に
しているのだが、場合によっては1年間だけ延期しても良い!
という大家サンを紹介してもらい、1年の約束で入居することに
なったのがこの「つげ義春風」のハナレ。

もちろん四畳半一間、風呂なし、トイレ/台所共同…
敷礼なしで家賃9000円、公共料金は定額で月3000円也。

銭湯は徒歩5分圏内に3軒。
コンビニという概念はまだないが、タバコ屋にジュース類、
新聞、雑誌に菓子類等々の雑貨屋は各筋に一つはある…。

お金はもちろん、もう何もかも足りなかったけれど、
何だか毎日愉しかったな。

それから30年も経った頃だろうか、ある日の日曜日、
銭湯マニアの家人がタウン誌のTOKYO WALKERを展げながら、
突然云うのだ…

家「ねえねえ、ザツショクって知ってる?蒲田の先の…」

私「そりゃあゾウシキって読むんだよ、ゾウシキがどうしたって?」

家「評判のいいお風呂屋さんが何軒か有るみたいだけど…行ってみない?」

私「その銭湯なら知ってるよ。まさに裸の青春のページェントさ…」

家「よし、行こう!行ってみよう!今行かないとアナタは後悔する気がする!」

私「京急なんてメンドクセーなー」

家「帰りは蒲田に寄って名物餃子で一杯でどう!」

私「なら行く…」

現場はもう、果たしてココが昔来ていた銭湯なのかどうかの
記憶すらなくて、お湯に浸かりながら、なんだっけ、
ココで自分は何だか思い出せないが、とても貴重な…
未曾有の体験をしたような気がする…なんだっけなあ…。
と、古い記憶の欠けたピースを懸命に捜していた。

黄色いケロリンの桶と腰掛けを拾い上げて、
洗い場の鏡を見て、不意にとんでもない事実を思い出した。

そうだ、昔ここで、まさに大都会東京独り暮らしの
代償にして洗礼の、壮絶な体験させられたのだ!
突然妙な菌をうつされて、とんでもなく股間の痒い、
地獄の悶絶…そうだココだ、ココに間違いない!

あの思い出の、超痒い、悶絶の夏…。
ヒトナツで治ってホントにラッキーだったぜ。

あとは自分の身体を洗う前に、猛然と泡立てながら、
ケロリンをゴシゴシと洗いまくる私であるのだった。
(現在の銭湯、衛生面は格段に深化しています。)



スティーリーダンも然りだが、ジャズだかロックだか
判然としない音楽ってのに、高校生頃にもなると
とても魅力を感じていた私であった。

まあ下手にジャズに寄せました、ロックに接近してみましたというのは、
とんでもなくダサいし、無様だなあとも思うのだが、
今日のマーク=アモンドは、ひたすらカッコいいんだが、
不思議なバンドでもあり、とても気に入ってた。

このレコードは同級生だが、やはり諸事情あって2つほど年上の友人Nが
私に貸してくれた膨大な数量のレコードの中の1枚。
彼もまた不思議な男で、呆れるほど顔が広くて、ラジオDJもそのディレクターも、
出張で来たレコード会社のARマンともみんなタメグチ。
そして恐ろしいほどの奇怪なレコードを、どこからか調達してきては、
「これ聴いてみろよ」と、いつも乱雑に私に貸してくれるのだが、

あきらかな「又貸し」に、私は多少のヤマシサを感じつつも、
知らない音楽に触れるのは本当に愉しい!っていう欲望に負けて、
全く聴いたこともないネームのロックやジャズのレコードを、
毎日のようにイロイロ借りて聴いていたのだ。

このマーク=アモンドの3作目「復活」も、そんな中の一枚。
ジャズなのかロックなのか、フォークなのか、
果てまたプログレなのか??そしてそんな小さなことなど
どうでも良くなるような不思議な力を感じるレコードで、
結局当時出ていた作品全部や、ジョンマークのソロ、
さらに別プロジェクトでニッキーホプキンスと組んだスイートサーズデイまで、
ほぼ全作品を、何故か買わずに借りて聴いていたのだった。
(マニアックすぎて、田舎のレコード屋には置いてなかったって事情もある…)

やがてCDの時代になって、初期の数枚だけ買ってみたが、
これもなんだかアナログで聴いた時の衝撃というか、破壊力は
ちょっと薄れていたかもしれない。

今一度じっくり聴き込んでみたい、そんなマーク=アモンドである。
Mark-Almond - Monday Bluesong「月曜日の悲しい歌」


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ヤブニラミの論理

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

今や日本中のほとんどが「桜満開」の
愉しげで浮かれたニュースの中、
こちら北東の辺境は、やっと梅がチラホラ咲き始め…。

しかしワタクシ、大好物は最後にイタダク派…
お楽しみはこれからだぜぃ!

もう雪が降りつづいてた、あの陰鬱な日々が、
随分昔のように思えてきた、すっかり春の陽気の北国である。



当ブログでも何度か語っているけれど、
私が小学生から中学生に至る頃、音楽的にも思想的にも
影響が大きかったのが当時近所の大学生だった叔父の存在。

叔父は、時代的にヘルメットを被り、スクラムを組んで
何やら四文字熟語を叫びながら、道路をジグザグに進行したり、
場合によっては石を投げるなどしていたかもしれないヒトだったけれど、
小学生の私に「物事を斜めに見るクセ」を植え付けてくれた
迷惑で有り難い師(?)でもあった。
(火炎瓶投げたの?と聴いたら、カクマルやらナニマルの
バカどもと一緒にすな!って怒られた…)

アポロ11号の月面着陸に、科学だ英知だ!と、やんやと
盛り上がる私に対して、叔父はとても冷ややかな口調で、
「月に正確に到着したってことはだ、世界中のどこにでも
原爆を積んだミサイルをアメリカは飛ばして落とせるんだぜ!
ってこと,,,。その意味がオマエ分かるか?」

そして、森羅万象すべてに表があって裏がある。
さらに斜めもあれば、屋根も底もあって、それぞれの面は
全てが異なる。新聞やテレビが云ってることは、
物事のほんの一面でしかない。真実もあるが、
同じだけ噓もある。

今騒がれてるある事件の犯人は、最低最悪の人間像…。
事件は事件で、罪は罪としても、果たして警察発表が
全て正解なのだろうか?

ちょっと見方を変えれば、不自然なマインドコントロールとかが、
単純に「情が移った」などで、ごくごく自然に説明できるのに、
単面的な犯人像しか想像できない報道姿勢だから、
事件の全容が、とても不条理で難解なものになる…。

他方、アメリカという成熟した国で、未だに銃規制が出来ずにいる。

銃なしでどうやって身を守るのだ!

家族を守れるのだ!…。

日本人には、「こいつら重病だな…」という、
多少呆れた風情の感想を持つ。

しかしちょっと待って、同じような論理を、
つい最近、この国の内閣や、保守の方々が
声高に勇ましく叫んでいたような気がする。

「アイツらが攻めて来たらどうする!」

またブログを荒らされてしまうのも困るので、
この話題はこの辺でお開き!。



ご存知Ajaである。
何を今更という勿れ!このアルバムが発表された時は、
何しろバンド関係のヒトは、一人残らずオッタマゲて、
ぶっ飛んだはずだ(と思う?)。

何だ、このずば抜けてクリアーで太い音質は!?
不思議なコードは一体?
ドラムのフィルインの新しさはタダゴトではない!

もう何から何までが洗練されていて、まさにバンドマンの
お手本というか、おそらく最新で最先端の技術や感覚、
幅広い音楽知識が、全て詰め込まれたレコード…。

まだ私など素人ロックバンドのペンタトニックしか弾けない
ギター弾きで、哀しいかな、Bb△7..Eb7(#5/9)..Ab7(b13)なんて、
どうやったって、ひねり出てこない時代。
何しろ謎だらけなのに無茶苦茶スタイリッシュで気高いレコードが
このSteely DanAja…。

このアルバムが出て以後、全世界のスタジオエンジニア達も
もろにこのアルバムの影響から、特にドラムの音は、80年代の
ゲートエコーサウンドが流行るまでは、すべてAjaでの
スティーヴガッドのドラムサウンドが、全てのポピュラー音楽
ドラムサウンドの模範で標準になったのだそうだ。

音楽の嗜好というのは、あくまでも個人的な、云ってみれば
「すきずき」なのだけど、このアルバムは、
問答無用な、時代の最先端のサウンド。

不思議なことにそれぞれに時代の最先端というのは、
いつの時代も色褪せず輝いているもので、こればかりは
「すきずき」ではなくて、絶対的なものだと思う。

ビートルズの諸作を「古い」という人がいない(と思う)のと
同じように…。
(ビートルズを聴いて「懐かしい」などとほざくヤツを、
 たまに無性に殴りたくなる…「キャロルそっくり!」と云ったヤツに
 実際に回し蹴りを食らわせたことはある!!)

Steely Dan - Aja(彩)



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怪奇骨董写真機男

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LEITZ- ELMAR 9cm/4(1936)

久々のエルマー…順光なら意外によく写る。
おそらくライカのレンズでは一番不人気で、
然るに安いのだが(5千円しなかった!)、
質感表現は間違いなくライカらしさに溢れている。

何がどうライカらしいのか…?
言葉にできないのが口惜しい限りだが…
取りあえず、ゾクゾクするのに違いない。

到着したときは、ヘリコイド(ピントリング)が
固着してピクリとも動かない。
こりゃあ使い物にならないな…不良品、掴まされちゃったな…。

そう思って、駄目元でチカラズクで雑巾を絞るように
グイと回したら、ピキキ…ッという嫌な音がして
あーあ、逝っちゃったな!?と思ったら、
突然スムーズに回るようになった。
きっと何十年も使われてなかったんだろうな。

1936年(昭和11年)ナチス政権下のドイツ製。

日本国内は、二二六事件~東京市戒厳令、阿部定事件…
海外では、スペイン内戦(フランコ政権)、ベルリンオリンピック開催など。

ちなみに「ライカ」とはエルンスト・ライツ社製カメラの商標名。
「ライツのカメラ」で略して「ライカ」…
「ライカメ」じゃなくてホントに良かったな(笑。

昨日も例によってカメラをぶら下げて、
近所の千秋公園(=神明山、海抜40m)をウロウロしていたら、
某国産高級フルサイズ一眼レフカメラに、テレ端600mmくらいの
巨大ズームレンズを装填したものを、重々しくぶら下げた初老の紳士が、
私のカメラを見て、薄笑いで話しかけてきた。

紳「その妙なカメラはいったい何なの?」

私「これっすか…ソ連製の旧いレンズで、ゾナーのコピーらしいです」

紳「ゾナー?ソ連?何よそれ?」
 「ロシアでレンズなんか作ってるのかね?」
 「カメラはもう日本以外に作ってるとこないでしょ?」
 「ライカもツアイスも今はもう日本メーカーが支配してるんでしょ?…」

私「戦前のライカも使ってますよ、これですけどね…」

紳「へぇー、初めて見た…こんなんでちゃんと写るの?」

私「世界観が随分異なりますけどね…まあスキズキですけど…」

紳「世界観ね…当然マニュアルフォーカスでしょ?メンドクサクない?」

私「手間はかかりますけどね、楽しいですよ」

紳「よく分からんな…まあ、がんばってよ…
  この先の土手に難波津が咲いてるから、アレ撮ると良いよ!」

私「ありがとうございます…ところでナニワズってなんですか?」

紳「黄色い四弁の花…土手は泥濘んでるから、気をつけなよ!」

私「お気遣いどうもです」

600mmバズーカズームの紳士は、
本格的な木製の三脚を肩に担ぎ、どうにも納得いかない風情で
首を傾げながら、遊歩道の階段を使わず、かなり急峻な土手を、
馴れた足取りで、ピョンピョン跳ねながら降りていった。

まあヒトにどう思われようが、一向に構わない自然流(じねんりゅう)が
すっかり身に付いてしまった、ポンコツオヤジの私であった。



これが果たして自分らしいのからしくないのか、
正直わからなくなってきたのだが、
ここのところ大御所の出番が続いている。

自分は、わりとロック界でも、日の当たらない
暗くてぬかるんだ道を好んで歩んできたような気がしていたのだが、
こうしてブログによって、己の歩んだ道を俯瞰することになって、
あらためて、「案外、大御所&定番な音楽を好んでもきた普通な男」
という、ちょっとだけ情けないオヤジの姿が写し出されて、
何だか照れくさい。

そういうわけで今日も大物、御大ドクタージョンのご登場。

中学生の頃、当時の私はピンクフロイドの「原子心母」と
おせっかい」にすっかり心酔していて、
ロックという音楽の間口の広さと、奥の深さに、とても感激していた
そんな時代。ラジオで初めて聴いた、愛すべきダミ声オヤジ=
ドクタージョンStack-A-Lee

とても印象深くて、ああこんな凄い音楽もロックの一部なのか!と
またまた感動して、ロックに一生捧げるぞ!何て思ったものだが、
幸か不幸か、今のところ本当に捧げてしまっているようだ。

今日も、ここは順当にStackalee…と考えたのだが、
80年代のポッパーズMTVでの懐かしいスタジオライヴ
ティピティーナ」を発見してしまった!

当時はこの生演奏映像が嬉しくて、録画したBetaビデオのラベルに
永久保存版」…なんて記入して、大切に保存していたような
気がするけど、果たしてあのビデオは一体どこに行ってしまったんだろうね??

やけに若いピーターバラカンもホントに嬉しそう!
Dr.John - Tipitina


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新年度の罠

DSC01467aR5-3.jpg
Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (1958)

久しぶりのビオタール…やっぱ魔玉だ。
虚々実々…リアルと虚構がゴッチャゴチャ…。

同じアングルを、様々なレンズで撮ってみたけれど
このビオタールが、やっぱり一番ヘンテコ!

まあ…春の土筆(つくし)をプログレッシヴに撮って
いったいどうしたいのさ?…って訊かれても
「何事にあらず…」としか応えられないけど…。



世は新年度であるらしい。

幸か不幸か、決算期が3月末ではなかったし、
出張は馬鹿みたいに多いが、基本的に転勤も転属も
本部採用なら滅多にない会社にいたから(左遷は別)、
4月だから気分も新たに云々…という経験がそもそも皆無だ。

それどころか、夏シーズン流行商品、展開に関する
産業スパイ合戦(!?)によってキャッチした情報を分析し、
マーケティングを練り直したり、場合によっては
抜本的に戦略を変更すべく、社内外を問わず、
作戦会議に明け暮れる時節で、銀行さんなどの新任挨拶なんぞで
訪問されても、相手をしている暇などなかったりするのだ。

そんなある日の年度末、いつもの知った顔の
当時あった「T相互銀行」の外交員が
「これまで、お世話になりました」
と、事務方に挨拶をしていたのだが、私はてっきり
その外交員が転属するのだな…と思っていた。

やがて外交員が私のデスクに現れ、頭を下げる。

私「次、どちらへ行かれるの?」と訊くと、外交員は応えた。

外「いや、新しい道を模索中でして…」

私「えっ、辞めちゃうの?」

外「はい、そういう事になっちゃいまして…」

私「いやあ、突然ですね随分…」

外「そこで最後のお願いがあるのですが、
  私の退職の記念ではないですが、1万円でいいので、
  財形○△??にご協力いただけると幸いなのですが」

私「えっ、なに、1万円であなたの顔が立つってわけ?
  なら協力するよ。はい1万円…」

外「ありがとうございます。大至急通帳をお持ちしますので…」

私「いやいや、そんな1万くらいで...あなたもがんばってね!」

翌日気がついたのだが、彼の銀行は統廃合で銀行名そのものが
新年度には消え去っていたのだった。
そして何事もなく1年ほど過ぎると、その変わったなんとか銀行の
新しい外交員が私の元にきて、
ちょっと困ったことが起きてる...というのだ。

私の1万円の1回きりの貯蓄は、なんと定期積金…!。
私のもともと大したものじゃない金融信用が、
現在も未払い状態で、著しく低下しているのだと言う!!

これは由々しき問題で、至急解約を申し出るのだが、
2年だか3年だか変更できない特約プランだとかで、
まったくその統廃合に乗じて退職したヤツに
やられ放題やられてしまったのだった。

詳細は忘れたけれど、1年間は、銀行側融資?によって
私の失点?は補われたとかで、その損害金たる
貸し付け金利まで支払わされ、さらに違約金等々…。

忙しいサナカの、いい加減対応の武士の情け!が、
エラく高いものについてしまったという、
相変わらず阿呆な一席でありました。



さて前回はアンディパートリッジを取り上げたので、ココはやはり
某政権党さんが云うように公平性を保たねばらない…というわけで
トッドラングレンにご登場願いましょうか。

しかしココでもXTC同様、トッドにはキラキラの名曲多しで、
チョイス自体がとっても大変。

アルバム「Something/Anything」は2枚組なのだが、2枚目は
なぜか突然のスタジオライヴ風に録られていて、和気藹々、
リラックスしてると思しき、緩くて素晴らしい演奏が聴ける。
レオンラッセル一座とか、何となくこの時代こうした
ちょいとばかし遅れてきたヒッピーコミューンみたいな
音楽形態が、案外トレンドだったのかもしれない。

そういえばこの曲なんかも当時、そのヒッピーコミューンの
先駆けとなったThe Bandっぽいなあ、なんて思ってた。

もちろんトッドが、かつてウッドストックのベアズヴィルスタジオで、
ハウスエンジニアをしていて、ザ・バンドのStage Flightなんかも
彼が録ってる!何て知るのは、ずうっと後の事だけどね。

ギターソロはあのリックデリンジャー
いつものギンギンギラギラじゃあなくて、どことなくアーシーで
ブルージーな、それこそロビーロバートソン風に見事にキメている。

ああ、それにしても名曲多すぎていつも困るなあトッドラングレンは…。

Todd Rundgren - Dust In The Wind


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