ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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袋小路の道なかば

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

蓮の葉を剪定してるおぢちゃんに、
おばちゃん達が…

「ちょーだい、ちょーだい、棄てるならちょーだい!」
(お盆の仏事に使うらしい…)

この世で一番逞しいのが、
こうしたおばちゃんズに違いない!



我々の世代、若い頃はまだ盛んに
こういわれていた…

「企業は人なり」

「人材は宝」

「金の卵」…

ところが今は、グローバルスタンダードっていう、
早い話が、アメリカの新保守的な経済・経営観念が
この「宝で卵の国」に入り込んできて

「人材はリスク...」

そういう概念に変えてしまった。

モノ作り型経済より、投資型経済の方が、
小人数で、簡単で、金額もデカい…。

もちろん、儲かるのはほんの一握りだけ…。

我々世代がまだ20~30代の頃は、
当然のごとく、バリバリバリ…ついでにもう一つバリ!
ってくらい、馬車馬のように働かされるのに、
ご高齢の先輩方ときたら…

ちっとも働いてくれない。

楽して、のんびり…無駄話ばかりして
それでも高い給料もらって
のうのうとしている…。

それがイヤだ、不公平だ、絶対許せん、
断固まちがってる!

...なんて考えたことなど一度もない。

社会には順番、序列というミコトノリがあって、
若い自分らは、今はキツくて大変かもしれないが、
やがて40歳も過ぎれば、体力も弱まるだろうし、
家庭も、子供の進学やら、マイホームやらで
何かと物入りにもなるだろう…。

その時は、また次の世代が、牛や馬となって
頑張って働いて、会社の為に稼いでくれる…。

そしてアワヨクバ、自分は出世して、
ある程度のポストまで辿り着ければ、
自分たちは老後も尚、

安泰!

明るい未来が待ってるではないか!

だから今は辛抱のとき…

そう信じていた。

ところがだ…。

どうしたわけか、いつの間にやらグローバル?
それって何さ?...なんて言ってるうちに、
我々は40をとうに過ぎたのに、仕事は楽になるどころか、
さらに責任っていう精神的重圧まで加わって、
年毎に仕事量もノルマも増え続ける。
心身共にキツくなってきて、
バラ色のはずの50代を迎えると、
給料を半減され、そしてついには…

後輩のため、会社の為、早期退職を!....。

誰のためのグローバル?
経営者の為?資本家の為?

別にユートピア思想とか、共産主義礼賛とか、
そんなことを云ってるのでは断じてない!

左の方々の論理破綻や、その限界も、
十分承知してるつもりだ(右も同じだが)。

自分はもう遅いけれど、一体どういう規範の
生き方をすれば、せめて往き易い人生を送れたと
いうのだろうか?

まあ、円をバンバン刷ってダブつかせ、
円安、インフレ誘導でもって、経済復興しようっていう、
なんだかどう考えても反則技なインチキ臭い方策を、
平気で礼賛する、政治家とか経済学者って、
やっぱりどっか偏ってるし、壊れてるとしか
思えないんだけどね…。
(多くの原発御用学者が、脳味噌メルトダウンしてたように…)

資本家が儲かれば、少しずつ、下にこぼれて
やがてじんわり…染み込んできますから、
今はまだ道なかば…もう少し待ってみてはくれまいかあ…!?

うーーーーむ。



世の中、ミレニアムだの何だのと浮れてた時代、
実にひっそりと、我らがXTCの新作がリリースされていた。

前作から既に8年…

もうとっくにXTCなんて崩壊して存在すらしてないんだろうな…
大のXTC贔屓の私ですら、そう思い込み、もう忘れかかっていた。

そんな中、突然、彼らの新作が目の前に現れたものの、
どこか意外に冷めていた自分は、
どうせ…今更…何だっていうのさ…この期に及んで…
少しみっともないんじゃないか??

そんな感じで、もうまったくの期待値ゼロ!

ところがだ…さすがのXTC。
8年の永きに渡る休息が無駄ではない答え=
成熟を、キッチリ我々ファンの前に提示してみせてくれた
のだから、何しろ奴らはすごい!。

それがこれ…
言葉を失うとはこういうことだな。

XTC- Easter Theatre


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水辺のエグザイル

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

海のそばにはなかなか住めないけれど、
川のそばなら案外簡単だ…。

秋田の実家は、そのまま私の生家であって、
引っ越しなど、一切してないけれど、
東京にいる35年間の、その前半10年は
もう年中行事のような、引っ越し人生。

その都度、色々な利便性を考慮した上での決断であって、
一応、それなりの事由があるにはあるのだが、
そこは結構、環境を変えることの高揚感というか
新たに住む街の有様を、通りすがりではなくて
「自分の街」という自覚でもって、散策する楽しさは、
これまた格別でもある。

銭湯、雑貨屋(→コンビ二)、酒屋、クリーニング屋、
古本屋、中古レコード屋、レンタルビデオ店…
そして定食屋、ラーメン屋、蕎麦屋から、
グッドバーやグッドカフェ、焼き鳥屋に至るまで...

それらが思いのほか良い店だったりすると、
この引っ越しは大正解だったのだ!と
密やかなヨロコビに打ち震える私なのだ。

そんな中で、あえて意図したわけではないけれど、
引っ越した先はほぼ確実に、川のそばだった。

理由あって、急な上京だったから、住まいが決まらず、
取りあえず、何処か見つかるまでという条件で入居したのが、
父の勤務先の「本郷」の社員寮。

お茶の水駅からほど近いところで、ご存知神田川が
ドッカンと流れている。

その後、ようやく決まったところが、東京の端の
多摩川の流域近くの土手っ淵の下宿屋。

翌年には同じ街の、中小零細な町工場がひしめくエリアを流れる
「呑川」っていう、あまりに外見的に似つかわしくない名の
鈍色のドブ川の畔。

雑多な生活廃水と、工業廃水のケミカルな臭いが入り混ざった、
コメカミのあたりがキリキリと痛む独特の悪臭だけでなく、
晴れた日など、水面の照り返しが、微妙に金属質な虹色...
その不気味さに、半年と保たず、また引っ越し…。

井の頭公園の池を水源として、三鷹、杉並、中野、新宿を
ウネウネと蛇行する、再びの神田川…は、
当時、大雨が降るたびに、堤防決壊寸前!を知らせる
サイレンの音が、沈没寸前のタイタニックの、
悲しい霧笛のように聴こえて、本当に怖かった。

この辺りの神田川は、大規模な護岸工事で
今は洪水の危険はなくなったようだが、
その後、立ち寄った川の姿は、
なんだか哀れなサイボーグ…。
川というより、巨大な「流しそうめん」のコースみたいだったな。

新婚時代は、家人にあたる人物が、まあ未だに変わりないが、
突飛なことを突然言い出す、わりと周囲を振る舞わすタイプ。
云ってみれば退屈しない人だけれど、いきなり

「海のそばに住みたい!」

って言い出すので、私はたぶん10人が10人そう答える
ような返答で…

私「東京で海のそばって何だよ?大森海岸?羽田辺り?」

家「あるじゃない!竹芝桟橋とか…」
 (注、まだお台場辺りは夢の島とか呼ばれ…人が住む環境ではなかった)

私「竹芝?…倉庫街じゃないの?」

家「それが最近、マンションとか出来始めてるらしいのよ」

私「でもなんか不便そうだな」

家「そういう生活感がないのが、また楽しいんじゃないの?…」

私「そんなもんか…?」

家「あの辺の高層マンションは、津波の時の堤防代わり
  って主旨で、国か都か知らないけど、補助金が出て、
  家賃も意外に安いらしいし、躯体も頑丈で…」

私「じゃあ、捜してみますか…」

結局、うちの子は「東京湾岸、港区生まれのシティギャル?」を、
未だに少々、鼻にかけているフシがあり、
間違っても、両親は、秋田と北九州の出身…
であることは、口が裂けても…まあ、そこは冗談だが…。

桟橋あたりを散策しつつ、夜汽車ならぬ深夜連絡船で、
伊豆七島や小笠原に向かう方々を見送りながら...

「この海の向こうは、もうアメリカなんだよな…
 いつか抜け出したいなあ...こんなシガラミだらけの
 ややっこしい国なんて…」

なんて、おセンチな気持ちに浸ったものだけど、
よくよく考えてみれば、ここは厳密には海ではなく、
隅田川の河口。その向こう岸は今でこそお台場だが、
当時はゴミの…夢の…。

その後は、一応、借りるより買う方が
コストが安いんじゃないか?
条件が良いんじゃないか?(未だに諸説あるが…?)
ということで、分譲マンション生活に移行すると、
簡単には引っ越しが出来なくなるけれど、
それでも3回くらい引っ越したかな…。
まあ、相変わらずちっとも落ち着かない
水辺のエグザイル(放浪者)なのである。



前回に引き続きの、THE KINKSとなった。

娘が小5の時点で、

「あたし、世界で一番この曲が好きかもしれない!」

生意気にも、そう云ってのけた…。

ちなみに、ビートルズで一番は「タックスマン」…!?。

今はどうなんだろうか?

ちょっとね、心の距離感が昔のように近くないのが、
目下の悩みだったりする…。

The Kinks - Waterloo Sunset


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カラダを壊す前に会社を辞めよう

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

鬱病とか、パニック症候群だとか…病名の違いは、
よくわからないけれど、職場絡みで、たくさんの
人たちと関わる中で、そんな症状に苦しむ方々を
かなりの人数見てきた。

看たでも、診たでも、観たでもなくて
単純に見てきたに過ぎないけれど…。

具体的な症例や行動は、彼らに失礼だから、
ここでの表現は控えさせていただくけれど、
やっぱり、普通に考えれば、突飛な奇行には違いなく、
ついつい自分も巻き込まれて、こちらも手傷を負ったり
不振な言動に驚かされたり、悩まさせたりもしたが、
対処はいついかなる時も、冷静に、追い込む事無く、
かといって、激励するのも逆効果で、努めて
何事でもない落ち着いた風情で対応しながら、
気をゆっくりと、鎮めてもらうしか無いのである…。

なにしろそんな彼らが、最も凹む、最悪の禁句が

「がんばれ!」

これは最低限、誰もが覚えておくべきだと思う。


40才をチョイ過ぎた頃、私は、莫大な遺産を相続した
後輩(元部下)が設立した会社に誘われ、
副社長待遇で入社した。

私のあだ名が「ブチョー」だったから、その通りのポストで
構わないからと云ったのだが、小さな会社ながら既に2人
そのポストがいるからというので、ややこそばゆいが、
慎んで副社長を拝領する事にした。

「貴方の手腕でドラスティックに我が社を変革して欲しい!」

という悪魔の誘いにまんまと乗せられ、
いい気になって入ったまでは良いが、
実際には変革なんて、遠い宇宙の彼方の絵空事で、
日々のルーティンを、ただただ泥のようにこなすだけで精一杯。

早朝から人材募集の電話応対と面談。
午前中に20人、午後から40人…
普通はこの辺りで終業だろうが、
この会社の始業は、夕方からが本番。

都内5店舗の売上、人材、商材、クレーム処理等々の管理全般と、
人員不足時やバーゲン時はヘルプの売り子に変身。
そこに本来の商品開発やら、卸売りや、新規店舗開発、
投資等IR部門までが加わり、深夜23時から経営戦略会議…
なんてほぼ毎日のこと。

休みもおのずから、40日間で1日だけとか、
終電で帰宅が1時半頃で、6時起きで出勤なんてのが
日常的になると、なんだか突然、笑い出したり、泣き出したり、
感情の調節がオカシくなってきたのに気づき始めていたが、
病院に行くイトマすらない。

神経を病んだのは自分だけではなく、
経営者自身もあきらかに言動がおかしくなっていて、
ただし奴の場合は、典型的な「金の亡者」。

従業員はもちろん、親族、そして妻までが、
自分の財産を虎視眈々と狙っている泥棒。
社員に休日など与えたら、すぐにライバル社に
駆け込んで、自分を裏切るつもりだ!

そう本気で思い込んでいるから始末に負えない。

だから、何度も、交代で休暇を取ろう…
身体を休めないことには、お互いに自滅する!
と、進言していたのだが、たぶん自分が休暇の間に
副社長の野郎に会社を乗っ取られてしまう…!
そう考えたに相違ない(要らねー!)。

それでも、ある時私は、体調最悪で休暇が欲しいよと、
駄目元で経営者に進言したら、
今回に限ってはOKと...なぜか不思議だなあと思いつつ、
許可された。とは言っても、たったの3連休である。

家人に報告すると、家人は即座に箱根の旅館を押さえた。

「温泉で、何も考えず、のんびりしよう…それが一番!」

私は何しろ家で爆睡したかっただけなのだが、家人は云う

「だっていつだって、休みなのに、しゅっちゅう電話がきて、
 結局出掛けなきゃいけない羽目になるじゃない!」

その通りである。

不思議な事に、たった二泊の温泉旅行、
携帯の電源を切りつつ、ふやけるほど温泉に浸かって、
うまい食事と酒を堪能し、庭園など、ぼんやり散策したぐらいだが、
ゲンキンにも身体は見違えるようにリフレッシュして、
元気がみるみる蘇ってきた。

よーし、遅れた分を取り戻すぞ!

朝、オフィスに到着すると、私とほぼ同年代と思しき
40歳がらみのオッサンが、私の隣のデスクに座って、
お茶をすすっていた。

昨日入社した、もう一人の「副社長」…だそうだ。

二人で協力して、この難局に対峙してもらいたい!…。

私は、なんだが身体の力がスッと抜けてしまって、
何か胸のツカエみたいな「思いのカタマリ」…たぶん
「使命感」とか「責任感」とか、そういう刹那が急にストンと
腹に落ちて、すごい速さで木っ端微塵に消化されてゆくのを感じた。

その日のうちに家人に電話して理を入れたあと、
オフィスの隣の「百均屋さん」で筆ペンと便せん封筒を買って、
辞表というやつのを生まれて初めてしたためた。

この際、云いたい事はいろいろ山のようにあるが、
ここは気持ちを押し殺して「一身上の都合により...」
って…なんだか妙に可笑しくて、くすくすと笑ってしまった。

結局、なんだかんだと、3年半いた会社を辞めると、
例の喜怒哀楽の崩壊も、あちこち悲鳴を上げていた体調も、
不思議にスッカリ回復した。

ただれて、危険な状態と云われた胃腸も、
穴が貫通する寸前に、奇跡の回復を勝手に遂げていたらしい。

さて、翌日から職探し。
いくつか、とんでもないブラック企業に
引っかかったりしたものの、今度は、駄目だなこの会社!?
と思ったら、すぐに切り上げて次に進む事にした。

そして、ようやく、今度は専務でも副社長でも社長でもない、
全くの平社員からの地道な再スタートだけど、
なんだか自分に合ってるなあ、この会社…というところと
巡り会うことが出来た。

やっぱり終業時間には全然終われないし、
土曜日も通常営業…たまに休日出勤もあるし、
結構辛い工場での研修作業なんかもある。
しかし、今度はしっかり休日出勤手当もいただけるし
有給休暇も遠慮なくとれるし、頑張ればインセンティブも付く。
そうした普通な事が、何だかとってもうれしい。

イヤミばかり云う、自分より年下の上司も
数人いたけれど、(3年で全員追い抜いてやったが…)、
楽しかったなあ…。



娘の事をここで記すと、キツく叱られるので、
詳しくは触れないが、まあ親は、上記のような調子でも、
子はキッチリ育つわけで、今は、きちんと幼い頃から
目標にしていた企業に入り、希望通り、
音楽に関連した仕事をしている。

それでも、彼女が中学生くらいまでは、わりと頻繁に
コンサートにも連れて行ってたし、何しろCD(レコード)は、
ゲップが出るほど家にあって、結構、興味を持って聴いてる
という情報は得ていた。

それでも途中は、私の知らないJ-.ポップなんぞに
ウツツを抜かした時期もあったけれど、
今はきちんと(?)洋楽志向らしい。

そんな彼女がまだ小学生の時に、どちらが先だったが覚えてないが
ポールマッカートニーとレイデイヴィスの日本公演の両方を
近い日程で観せたあと、彼女が云った問題発言…

「ポールより、レイデイヴィスの方が、ずっと好き!」

ウーム、誰の子だ一体??

なんてね、まごうことなく、うちの子でありますな。

この曲は邦題がたしか「キザな奴」だったろうか?
こういうところも今となっては、娘の方が遥かに詳しい…
やれやれだ。

Ray Davies - Dedicated Follower Of Fashion


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港の裏窓

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

土崎の港にほど近い、銀鱗酒造蔵(那波商店)の
良い具合に臥れした建屋の裏窓。

文化12年(1815年)創業。
現在の蔵は昭和3年(1928年)に、
東北初の鉄筋コンクリート造りで完成。

昭和20年8月14日夜半から15日未明まで続いた
土崎大空襲にも、この豪壮な酒造蔵は生き残ったようだ。

昭和3年の建物を、昭和8年に製造開始したレンズでもって、
昭和30年代生まれの、少々草臥れた漢が撮る…。

まさに昭和の加齢臭漂う、薫香の写真?…なのである。

ちなみにウチの母に云わせると、
昭和20年8月14日の夕方頃、ドアの無い、
なんだか奇妙に粗末で小型の、たぶんグラマンが
1機だけ、寒風山の裏側から突然現れて、
超低空で田んぼの案山子や堆肥小屋に向かって、
シューティングゲームのように機銃掃射しながら
通り過ぎていく際、黒人のパイロットが白い歯を剥き出して
笑っているのがはっきり見えた…とのこと。

この人たち笑ってる…この人たちにとって
戦争なんて、もうとっくに終わってるのかもしれない…

そう思ったそうだ。
もちろん、翌日には玉音放送があるのだが…。

たぶん偵察機…。
地上から、機銃などで抵抗してくる日本兵の残党
など発見したら、ここであらかじめ叩いておく
手だてなのだろう。

まだ存命だった、それこそ日露戦争従軍経験ある母の祖父が、

「狩猟用に所有していた鉄砲を、軍に供出していなければ、
俺様があのク○○ボのコメカミを一発で撃ち抜いてやったのに…」

と、戦後、酒宴などで大ボラ吹いてる姿が、
母には堪え難いほど嫌で恥ずかしかったという。

軍事戦略などまるでわからない母でさえ、
あそこで祖父が一発「パンッ!」と、
虚しくお見舞いしただけで、
たぶん町全体が完膚なきまで焼き尽くされてたことだろう。

そう思うと、鉄砲を憲兵に強引に持ち去られていて
本当によかったなあと、こっそり胸を撫で下ろしたのだそうだ。

同じ頃、父は鹿児島の港で、沖縄戦線行きの輸送船の到着を
ただひたすら待つ19才の初年兵…。

やっぱりそういう時代を、日本は再び迎えてはならないのだなあ…
と思う。

安全保障って呼ばれる武装競争に際限なんて無い。

せめてそうした「安全保障のジレンマ」に、為政者達は
一定の解答を導きださない限り、永遠にゴールの無い
マラソンに引き込まれ、先に疲弊して倒れた方が負け…

あれ?解答…でちゃった??
結局経済か????



昨年暮れの東京公演のVらしいが、いずれにせよ、
我が青春の(?)King Crimsonの、
実にこれがその第8期にあたるらしい。

Vocal & Guitarのジャッコ・ジャクジグは、
ロバートフリップとグレッグレイクの、言わば飛車角を抜き
オリジナルクリムゾンメンバー(+α)で結成した
21th Century Schizoid Bandの新入りメンバーで、
かつ、オリジナルドラマーのマイケルジャイルズの娘婿!
っていう、何ともいかがわしいパチもんバンドからの
本家昇格だが、やっぱり胡散臭さはどうにも消えないな…。

当初からの構想通り、ここらでピーターハミルとか、
ジョンアンダーソンあたりの重鎮を呼んでおかないと、
(あと、ブライアンフェリーもクリムゾンのオーディション落選組!)
何ともクリムゾンの威厳が保てないなあと、
実は密かに思ってたりする。

まあ今更のグレッグレイクやジョンウェットンでは、
あまりに安っぽい同窓会にしかならないから
このぐらいのステータスのバンドになると、
再結成も大変だ。

取りあえず、前回はダブルトリオっていう、
CREAMが2つできる贅沢編成から、今回はトリプルドラム!

そこに、いにしえのメルコリンズまで招集した力の入れようだが、
ウーム、どうなんだ??どうしても唄がパチモンにしか聴こえないぞ!

それにしてもピーターガブリエルといい、ロバートフリップといい
にっこり笑って人を斬る的な人だけれど、トニーレヴィンだけは
両者とも絶対に手放さないどころか、フリップに至っては、
ガブリエルのツアー中は、クリムゾンの活動を一切停止して、
レヴィンの手隙をひたすら待つのだそうだ!
トニーレヴィン、恐るべし!である。

Easy Money 


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夏祭りの神髄!

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

いよいよ夏祭り全開…。

東北の短い夏の、とてつもない燃焼力…!
冬だったらとっても暖かいんだけどね…。

「恋」っていうのは、人間の動物としての
強烈な生殖活動(または衝動…)で、
優れた子孫を残す為の発露であるらしい。

そうした意味では、この町のお祭りは
とってもわかり易い。

力自慢の男子は、巨大な山車(ここではヤマと呼ぶ)を
勇壮に動かし、マッチョをアピールする。

しかしそれだけではないところが、この町の...
いやたぶん日本のあちこちでは当たり前の
素晴らしい光景で…

非力な者は、ヤマを誘導し、
知性とリーダーシップをアピールする。
あるいはお囃子の一員として、または他を圧倒する
創造性を発揮した、豪壮なヤマを作るといった
芸術的才能も、男子の重要なセールスポイントで
あるかもしれない。

当然女子は華麗に舞い、女子力をアピールするのだろうが、
同様に、甲斐甲斐しく裏方として雑事などマネジメント
するのも、一家の重要な担い手、戦力として
大きな魅力に違いない。

そうした観点で、お祭りを見物していると、
一つ一つがとても人間的な、「愛」に溢れているように
思えるのだ。

縦社会があって、横社会があって、
些末な差別なんかもあるんだろうが、
往々にしてとてもうまく折り合っていて、
村を構成し、そして最大のページェントが
村の規範に基づき、長老も親達も見守る中での
巨大婚活パーティ…。

ちなみにもう40年近くも前に、私は長髪にアロハシャツ
なんか着込み、夜なのにサングラスなバンド仲間らと、
8km離れた隣町から、ひやかし(?)でやってきたら、
いきなり、村のマッチョな法被軍団に襲われ、
多勢に無勢...完膚なきまでボコられた。

「髪切れ、馬鹿野郎!」

イージーライダーかっての!?

何となく何となく、長髪の歌舞いた感じのよそ者...
潜在的に、招かれざる客だったわけだね…我々は…。



70年代、私が高校生の頃にNHK-FMで放送してた
音楽番組に、メインパーソナリティで出演していた、
当時はサンディ・アイ(!)さんによる、
その堂々たる唄っぷりや、細野サンや久保田麻琴氏、
四人囃子なんかとの親和性というか、
何にでも化けきる器用さ、プロ根性みたいなものに、
とても敬服していたのだが、
すぐに久保田麻琴氏と結婚したことで彼の夕焼け楽団、
もしくはサンディ&ザ・サンセッツの、
いわばバンド都合な制約に縛られる事になって
「なんだかなあ…」「ちょっと違うよなあ…」
って思っていた。

それが突然90年代になると、アジアの歌姫的な立ち位置では、
押しも押されぬ日本代表な歌手に変貌していた。

まさに前回のピーターガブリエルが提唱し、大借金を抱えてまで
興した壮大なプロジェクト「WOMAD」!.

それまで「民族音楽=エスニック、フォルクローレ」とされた
音楽や芸能を、「ワールドミュージック」としてレコメンドし、
そのレコード、コンサート、フェスティヴァル等をサポートする
WOMADプロジェクト。

そうした地道な努力が徐々に実って、ようやく
世界的なワールドミュージックブームに発展した頃、
サンディは、その日本代表として、唯一日本で開催された
「WOMAD横浜」でも、抜群のしきりを見せていたと思う。

ところがしばらくすると、ポールサイモンの「Call Me Al」の
曲だったかアルバムそのものだったか忘れたが、
アフリカの太鼓隊をスタジオに呼んできて、
そのリズムそのものをアルバムカラーに用いて
グラミー賞を獲得などすると、いつしか

「音楽による途上国侵略」
「歴史文化の収奪・盗用」
「白欧思想による傲慢な覇権主義」

等々、非難されるようになって、「WOMAD」ならびに
「ワールドミュージック」自体が、急速に
衰退する事になってしまった。

サンディさんは、ハワイ育ち(生まれは田無!)で、
当時から自らを「パシフィカ」…つまり「太平洋の子」と
名乗っており、この曲もあの「コーヒールンバ」を、
インドネシアの大衆芸能ダンドット(演歌みたいな感じ)風に
アレンジして、もちろんインドネシア語で唄うというスタイル。
(コーヒールンバ=元々はベネズエラの作曲家による曲)

逆にエルフィ・スカエシあたりの本場ダンドットの重鎮歌手が、
フランク永井の曲をダンドット風にカバーしてみたりと、
こうした文化交流は、とっても良い事だなあと思ったのだが、
「文化の侵略かあ…??」。

そういうわけで、TV出演時のコーピーダンドット。
渡辺香津美サンとのコラボだが、
正直あまりバンドと噛み合っていたとはいえないのだが
そこをなんとかしてしまうのがサンディさんのプロ根性!
さすがだ!...取りあえずテレマカシ…。

SANDII -Kopi Dangdut


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怪奇骨董鏡玉筒

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LEITZ- ELMAR 9cm/4 (1936)

古道具屋経由で、ほんの居酒屋晩酌セットな
価格で買えたライカ(Ernst Leitz)のレンズ
エルマー9cm…。

当初はヘリコイド(ピントリング)が固まってピクリともせず、
どうにもこうにも使えないジャンク品!と目されたが、
付属の前後純正メタルキャップだけでも
「充分な価値あり!?」と、納得のうえ購入
(キャップは後年の量産品だが…)。

すっかり固着してしまった蜂蜜の蓋を
強引にこじ開けるように、駄目元で「フンッ!」と
腕力(かいな)を振り絞ったら、「ピキキキ…」という、
イヤな音がしたあと、あれあれ…
すんなりと適正な重量感で回転するようになって
ピントもバッチリあわせられるようになった。

このレンズだけなら、俗にいう、家が買えるほどの
価値ではなかったとは思うけれど、それでも
支那事変当時の、秋田の奥地の山の一つ、
田んぼの一反くらいは楽に買えただろう価値の
ナチスドイツレンズを「壊れて元々、えいやっ!」
って具合に、暴力的にこのレンズを取り扱った者も、
たぶん、いや間違いなく、一人もいなかっただろうな…
ゲシュタポに見つかったら、確実にアウシュヴィッツの
ガス室送りだなあ(同盟国の日本人ではあるけれど…)
なんて、オバカな妄想などしてみたりする…。

きちんと動作するようになったとはいえ、
いかんせん昭和11年製の、とても古いものだし、
F4~と暗めだから、立体感もさほど感じられないが、
無限で使う分には(つまり遠くの景色を撮る)
普通によく写るレンズだと思う。

分解掃除および再研磨等に出せば、より良く写るように
なるかもしれないが、元の値段が値段なだけに、
その数倍ものコストをかけて、リペアーするのも
「なんだかなあ…」であったりするのだ。



怪奇骨董音楽箱…といえば、ご存知ジェネシスだけれど、
ちょっとここ最近ジェネシスを聴くのは、フィジカル&メンタル
両面に渡ってハードだから、必然的にピーターガブリエルを聴く機会が多くなる。

昔…といっても90年代だが、めずらしく家族3人で武道館なんて言う
畏れ多い場所にピーターガブリエルを見物にいった。
実は過去にロンドンでも、ミラノでも彼の公演に出掛けているから、
この初来日が、私には3度目となっていた。

私は認識していたけれど、武道館で家族は初っ端から
ある洗礼を受ける。

何しろ彼は、厳格な貴族の生まれのイギリス人であるからして
空気に拘らず時間が正確。午後7時開演と言ったら、
まだ客電が煌々とついていて、客席が埋まってなかろうがどうしようが
構わず「開演」する。

日本公演初日は、まだ1ベルも2ベルも鳴らず、お客はまだロビーで
関連グッズの買い物をしてたり、トイレに行ってたりで客席はまばら…
それでも私は家族に「油断するな!始まるぞ!」と言うが、
信用しない。

ステージではバラバラとローディによる楽器のチェックが続いてる…
と、思ってたら、いつのまにかバンドのメンバーに入れ替わっていて
いきなりCome Talk To Meのイントロが始まり、
ガブリエルが突如登場して歌い始める!まだ客電も消えておらず、
お客は「えっ、なに?始まってるの...?」って感じ。

「なっ、覚えとけよ、英国人のこの頑固で意固地な気質!」
「わかった!一生忘れないよ。凄いねイギリス人」
「うむ」

ところで、家にはAKAIっていうメーカーのサンプリングマシン
があって、あれこれ試した後、結局このマシンは、
Yamaha CP80っていうエレクトリックグランドピアノの音を
鍵盤ごとにサンプリング(マルチティンバー)して、
まさにこの曲用にチューンし、当時の自分の十八番のこの曲を、
いつでも弾き語れるようにしていたのだが、
今考えるとオバカに相違ない!

そういうわけで、私が弾き語りが出来る数少ないピアノ曲...
ご本人的にはこの「洪水襲来」、この世の終わりのそのときに
静かに流れる「蛍の光みたいなレクイエム」…
として作ったのだそうだ。

Peter Gabriel - Here Comes The Flood [洪水襲来]


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ネコ騒動

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

先日来の「ネコ騒動」の顛末は、
残念なことだが、とてもほろ苦いものとなってしまった。

とっても元気で、お転婆な仔猫と半日遊んで、
トイレだの、食事だの教えつつ、何しろ仔猫は
家の中を隅々まで探検するなど大暴れ。

さて、名前をどうしようか?
やっぱり鈴はつけた方がいいじゃないか?
そうだ、ネコ用爪切りを新調せねば…等々
ではではと、私がそのオツカイに出ている間に、
いぬねこボランティアのご担当の方が来訪したらしい。

曰く、ビルの高層階(4Fだが)で飼う場合の
ベランダ落下のリスクを完全に無くしてもらわない限り、
仔猫を預託するわけにはいかないので、
残念だが速やかに撤退する!として、
仔猫を連れ帰ってしまったそうだ。

鈴付きの仔猫用首輪とネコ用爪切りや、玩具なんかを
間抜けにも買いこんだ私が帰宅した時はもう…。

なるほどボランティア団体側の対応は適正で
責任感に満ち溢れたもので、十分に評価すべきものと
了解してはいる。

我々には理解し得ない大変な御苦労も多々あって、
イヌネコの未来や幸福を構想する上で、様々なリスクや
不都合は出来る限り排除しておきたいという主旨は、
完全に了解するものではあるけれど…

心にぽっかりと、思いのほか大きな穴が
あいてしまった...。

夜になって、きちんとご担当の方から私宛に報告の連絡
を頂いたのだが、仮に今回、ベランダのサッシを
改善したところで、窓も他にいくつかあるし、
おそらく今の調子では、それらも順次、
「転落リスク回避の為、諸々改造工事等の誓約書」
を要求される感じだ!?

さてさて、仔猫はホントにかわいいし、
特に高齢者の母にとっては、もう30年以上、
ネコと共にここで暮らしてきたわけだから、
かけがいの無い存在でもあるだろう。

その為の多少の出費や、普段は窓を開けないなど、
生活の我慢は、致し方ないものとは思うけれども、
それでもなんだか少しずつ興醒めしてゆくのも
また事実で、困ったものなのだ。



何だよ、またこいつザッパかよ!...という勿れ。
公式には、現在102タイトルある彼のCDの中の数ある傑作の中でも、
たぶん1番か2番に相違ない大傑作が「Roxy & Elsewhere」っていう、
マザーズ結成10周年ツアー時の2枚組ライヴ(CDは1枚もの)。

もちろんこの73年の時点で、既に本人以外にメンバーは
すっかり入れ替わっているが、バンドは様々な変転を経過して、
ここに最強で絶好調マザーズ!が誕生し、
その最良の果実としての「ライヴ盤」が、
まさにこのアルバムであるのだ。

私はちょうどザッパに、尋常ならざる興味というか探究心を
抱き始めたばかりの頃で、リアルタイムでこのアルバムを購入し、
聴いているが、やっぱり多くのザッパ&マザーズのアルバム同様に
一筋縄ではいかない、こちらのまだ拙い理解力が
試されるような難解な音世界。

それだけに、毎日毎日、絶対敵わない強者に、
1対1で勝負を挑むような、そんな気持ちで、
このアルバムと対峙していたように思う。

映像はスタジオレコーディング(リハーサル?)の模様だが、
この曲は、このアルバムと、後年発表された別ヴァージョン以外、
スタジオ録音のものは一切発表されておらず、あくまでも、
複雑怪奇な構成をもってしての「ライヴ専用曲!」

ライヴに並々ならぬ自信を漲らせていた時期のザッパと、
最強メンバー時代のマザーズにとって、この曲は、
「生でここまで演奏できるぞ!お前らに真似できるか!?」
というメッセージを含む、まさにロックの頂上なのである。

バンドはこの後も、テリー・ボジオが加わり、エディ・ジョブソンが、
エドリアン・ブリューが、パトリック・オハーンが、
スティーヴ・ヴァイが…と、キラ星の実力派達が行き交う
ちょっとも目が離せないバンドになってゆくわけである。

Frank Zappa & The Mothers - Cheepnis


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いぬねこボランティア

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

昨年、満18歳の大往生を迎えたネコに続き、
10年目の大脱走を決行した我が家のネコ…。
方々探してはみたけれど、全く痕跡すら見当たらないし、
目撃者すらいないまま、2ヶ月が過ぎた。

それでも、ネコがいつでもひょっこり帰ってきてもいいように
トイレも寝床も片付けずに、そのままにして、
淡い期待を抱いていたのだが、ここまでくると、
沈鬱なあきらめムードが本格的に蔓延し、
母などは酷い「猫ロス」状態に陥ってる様子もある。

雨降りの日なんかは、あれほど水が嫌いなネコ…
心細くないだろうか、寒さに震えてないだろうか…。

このままでは拙いかなあと思い、ネットで地元の
「いぬねこボランティア」を検索して、
ちょいと気に入った可愛い子猫を見つけ出し、
早速電話して問い合わせてみたら、
わざわざ、こちらに連れて来てくれるらしい!。

そういうわけで、久々にね、
なんだか待ち遠しいワクワクとした気分になっているのだ。

別に帰ってきたらきたで、以前のように多頭飼いでも
一向にかまわないわけだし…と念じながら…ではある。



ライヴ・アンダー・ザ・スカイ…
その第3回目だったと思う。

何しろこの時代、今じゃあ考えられないほど、
ジャズという音楽が、とても身近で、
流行?…とまでは言い過ぎだけれど、
なにしろ女の子を誘っても、わりと
「ジャズなら行く!」的なノリで、
歓迎されていた時代である。

そういう時代にも拘らず、私は相変わらず
長髪にヒゲ、1年中同じドロドロのジーパンなバンド仲間と、
今は亡き、東横線多摩川園前は、オシャレなセレヴ達の
テニスの殿堂「田園コロシアム」に出掛けることになった。

むろんお目当ては、V・S・O・P…すなわち
Very Special OneTime Performance=1回こっきりの
スペシャルな夜…そりゃあもう見逃すことは出来ないじゃあないか!

とはいえ、実はこれがVSOPとして2度めの来日だし、
結局レコードもたくさん出したり、最近もまた何度目かの
再々々結成コンサート…なんていう、
大人の事情をやがて思い知りつつ、陰では
ヴェリー・スペシャル・ワン・パターン!なんて
云われ方も既にされていたようにも思う。

とりもなおさず、マイルス黄金時代ゆかりの腕っこき達=
ハービーハンコック、ロンカーター、トニーウィリアムス、
フレディハバードに、ウエインショーターと、
まさにキラ星の男達による、スペシャルな一夜が約束されたも
同然の音楽夜会には違いないのである。

さて、当時の私は、人生の中でも最悪のドン底…
なにしろ超貧乏な時期。

バンドマンで生計を立て始めてはいたけれど、未だ自分は
何者か不明な「その日暮らし」の浮き草状態。
辛うじて学生の身分を維持しつつ、実家からの仕送りが
生命線だったのが、突然、教授名義で「進退伺い?最後通牒」
的なモノを送りつけられ、結局、学校を辞めてしまったら、
同時に実家筋からの仕送りもストップしてしまった。

そうしたわけで、仲間と多摩川園前駅(今は多摩川駅というらしい)の
馴染みのリハーサルスタジオで待ち合わせをしたものの、なんと

「電車賃がない」

「仕方がない歩くか…」

三軒茶屋発だから、今にして思えば6kmほど…
なんくるないさあ...。

ところがだ、当日は朝からとんでもない豪雨…!。
野外スタジアムだけに、中止になるかもしれないが、
なにしろ今のようにネットとかメールとか、情報を伝授する手段がないから、
兎にも角にも、現場に行ってみないと何もわからないし、始まらない…。

まあ夏なので、濡れたところで大したことはないから、
Tシャツに、海パンの上に短パン履いて、裸足にビーサン(草履)に
麦わら帽...という海水浴にでも行くスタイルで、
さあドシャ降りのびしょ濡れの中、いざ南へ、
ハイキングだぜ!...。

日が暮れても、雨は依然降り続いていたけれど、何しろ
ライヴ・アンダー・ザ・スカイ・イン・田コロ…の、
熱くて、華麗で、スペシャルな夜が始まったのだ…。
しかも曲はいきなり「ハリケーンの眼」…
いやはやいやはや…である。

ちなみに、帰りもたぶん歩いたと思うし、腹も減っただろうが、
残念ながら、その辺りはいっさい記憶がない…。
まあ1〜2日、何も食べなくても、わりと平気だったし、
仲間に借りたかもしれないが、奴らも経済状態は
似たようなものだしねえ…。

マア、貧乏話はもはやキリがないから、この辺で…。

Herbie Hancock and VSOP - Eye of The Hurricane


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あれはきっと熱中症...

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P.ANGENIEUX 45/2.9 (1949)

なんだか熱中症に見舞われたような視界の
アンジェニューの病的描写力…。



自分にしては比較的最近の話…
とはいえ、もう6年くらい前のこと。

東京の西のはずれのJR八高線箱根ケ崎駅を降りて、
国道16号に入り、ひたすら埼玉の入間方面に歩く…
バス路線は一応あるみたいだが、例によって
通勤時間帯のみの運行で、約束の時間帯に
都合良く到着するには、ひたすら歩くしかない。
なに…直線距離で5km弱、大したことはないさ。

これまで何度も何度もこの道を歩いて、
丹念に交渉を重ねてきた。
そしてやっとのことで社長稟議が降りたよ、おめでとう…
そう先方の担当者から連絡をもらい、
昨夜、深夜まで残業して作成した契約書草案を携え、
厄介な「徒歩55分」を、とぼとぼと歩くのだ…。

それにしても暑いな…。
前も後ろも、ゆらゆらと陽炎がたってる。

そういや今朝天気予報で、今日は38℃にもなるから
熱中症に注意!なんて言ってたな。
スーツの上着…今は脱がしてもらおう…
ネクタイも近所まで到着したら、また締め直せばいい。

ところがどうしたことだ!?
ネクタイが汗で湿って、結びが全然解けない…。

セメント工場の、メタリックな貯蔵タンクやダクト類が
日光の照り返しで、やけに眩しくなってきた。
目的地の工業団地が近づいてきたみたいだ。

あと少しだ...

ヤバイ、景色がやたらと暗い…。
光と陰が反転した、ネガフィルムみたいな視界…。

どこかで休憩しないと…でも、田んぼの中の一本道は
日陰すらないし、腰を下ろす場所もない。

あと少し、もう10分も歩けば到着だ。
それまでがんばろう。

思い返せば、40度を超すタイとラオス国境の山道で
エアコンなんかないオンボロトラックはパンクするは、
道に迷うはで、途方に暮れたこともあるし、
アマゾン上流のジャングルで、採掘した大理石の
サンプル500kgを台車に括り付けて、
泥濘んだ悪路を死ぬ思いで、船着き場まで運んだこともある…。
(体中がロープ痕のミミズ腫れ!)

もっと思い返せば、中学のサッカー部の夏休み練習。
一年生だけ、400mトラックを20周…
しかも直線トラックは「全力ダッシュ」!。

それもやっと終わったぜ…やれやれ!と思うやいなや、
一つ上の上級生が薄笑いを浮かべて言うのだ。

「オマエラ、周回数ズルしただろ!ちゃんと数えてたんだぜ
 罰としてもう20周!」

12才にして人生初の「殺意」というのがモゾモゾと
芽生えるのを、感じた瞬間だったなあ…。
(ちなみに彼は現在、県サッカー協会の重鎮らしい…)

あの時の苦しさ、悔しさに比べれば、何のこれしき…。

「おーい、おーい…」

後ろから声が聞こえたような気がした。
とても遠い声…海の中で聴こえる外の声みたいだなって
思った。

「おーい、あんた!...死ぬよ!」

不意に自動車が自分の横に停車し、運転者が叫んでいた。

「後ろに乗りな!、クーラーボックスに水も氷もあるからさ…」

「なんだか、すみません…大丈夫ですから…」

「大丈夫なもんかい、酔っぱらいかゾンビみたいにアンタ歩いてたよ」

「そうですか...そりゃあ…ど…う…も…」

私は気を失ったようだが、意外にも10分で目を覚ましたようだ。

「ありがとうございます、大事な契約があるので、急がねば…」

「送るってあげるよ、どのへん?」

と、周囲を見回したら、なんとそこは目的地の工場の正門だった。




その筋の熟練者には、「あああダメダメ、キサマ全然わかってない!」

そう言われるのを覚悟の上で告白すると、私はストーンズでは
この曲が一番好き。

というか、このアルバムがストーンズでは最も好きだな。
最も黒くて、粘っこいストーンズが聴ける。

何よりこのアルバムから参加したロンウッドがいい。
もう10年も一緒にやってるかのようなバンドとの馴染み具合は、
彼の類い稀なキャラクターで才能なんだろうなあと思う。
久々にストーンズ独特のウネリというか、グルーヴが戻ってきた。

あれからもう40年も経っているのに、未だに
「最近入ったロンウッド」っていう印象は
いったいどういうことなのだろう?。

新鮮さが保たれてる….そう考えることにしようか...。

いずれにせよ、ストーンズの黄金時代は、ここから始まった!
なんて言うと、やっぱりストーンズ熟練者には大ブーイングを
食らうのだろうか!?

The Rolling Stones - Memory Motel


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ミュータント・タートルズ

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

縁日だぜ、祭りだぜっ!
って云うから、投票を済ませた後、
出掛けてみたけれど、あれれ、
時間帯が悪かったのかな…??


子供の頃の自分にとって、縁日の屋台の
もうやるせないほど欲しくて欲しくてたまらないもの
といえば、これはもう圧倒的に「亀」なのである。

そう小さくてかわいい「ゼニガメ」。

ゼニガメとは、クサガメとかニホンイシガメの幼体。

しかし、これも毎度のことながら、
ゼニカメは、わりとすぐに、思いのほか大きくなって、
洗面器や水槽などの容器では飼い切れなくなって
少々不都合が生じると、親に、

「このまま狭い水槽なんかじゃ、かわいそうだから、
 広い沼かお堀に帰してあげなさい!」

そう諭されて、泣く泣く近所のお堀に放すのだ。

「大きなお堀で、仲間もたくさん…
 幸せに生きるんだよ…カメ吉くん...」

毎日の通学路の途中に、その「お堀」はあるから、
もはやどれがウチのカメ吉くんか、わからないけれど、
たくさんのクサガメ&イシガメが、なんだか
「おはよう!」って、モゾモゾ手を振ってるように
思えるのだった。

そしてまた1年が経ち、縁日が立って
可愛らしい500円玉大のゼニガメに遭遇すると、
またムラムラと…。

ある年から、突然ミドリ色の変な種が登場した!。

「♫親ガメの背中に子ガメを乗せて…子ガメの背中に孫ガメ〜…」

ってなCMソングで、お菓子メーカーだったか?の景品となって、
テレビで「アマゾン生まれのオシャレでかわいい奴!」って、
大々的に宣伝し始めると、ほどなく縁日の売り物もこの
「ミドリのアマゾン野郎」に一新されてしまった。

そのミドリな野郎は、ホントはアマゾン産なんかじゃなくて、
アメリカ・ミシシッピ原産の、実に好戦的な奴。

鋭い爪と、ヤンキー的(?)な強い腕っぷしで、
成長すると緑色はすっかり取れて、獰猛な泥亀となるなどとは
まだ知る由もなく、いつしか、ゼニガメが成長した日本固有種の
大人しいクサガメやイシガメは、お堀からすっかり淘汰され、
ミドリガメの成れの果ての外来種「ミシシッピアカミミガメ」の
天下となってしまうのだ。

あなたの近辺にも、かわいい顔をして巧みに近づいてきて、
いつの間にやら、ぜ〜んぶ乗っ取られてるって…ああ怖い。

選挙が終わった翌日って、なんだかね、
そんな思いに苛まれがち。

昨日まで「お願いします。あれもします、これもします!」
って、低姿勢を装っといて、当選したらいきなりってね…。

くわばらくわばら。



今は更生して真面目に食堂経営をしている
マット”ギター”マーフィーの元に、
昔の悪い(ムショ帰りの)音楽仲間
ジェイクとエルウッドのブルースブラザーが、

「また一緒にバンドやろうぜ!」

って誘いにきた。

それを女将さんのアレサ・フランクリンが、

「あんた、よく考えな!」

って諭してるというか、圧倒的に制圧してる(?)
ご存知「ブルースブラザーズ」の名シーン!

「Think!」

英国民や米国民はもちろん、世界の民、そして
選挙も終わって、少々お疲れの日本の民に、
あらためて言いたい!

「Think!」

「ホントに…ホントにそれでいいんだね…!」

Aretha Franklin - Think


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ほのぼの星人の華麗な日常

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

ここのところしばらくは、あんまり考えすぎずに
カメラには「ズマール」を付けっぱなしの状態。

我々のおじいさん世代のレンズで、同盟国とはいえ
ドイツ語の発音など誰も知らないから、もっぱら
「ズンマー」って呼ばれてたんだそうだ。

ところがこのズンマー。
ナチスドイツ黄金時代から崩壊までの波乱の十数年間、
ライカ1台で東京恵比寿に豪邸が建つ!と言われた
時代にも拘らず、性能の評判はイマイチで、
ボケ玉、クセ玉、はては「痴玉」とまで言われつつも、
それでも第二次大戦中にも拘らず
世界の津々浦々で、12万個も売れたというから、
もう何がなんだか分からない。

っていうか、大戦中なのに、カメラマニアって
なんだかほのぼのしてないか??

そういうわけで、なんだか得体の知れない、
妙な味を醸し出すかと思えば、
箸にも棒にもかからない失敗作も夥しい、
まさに「魔玉」なのである。



18歳選挙権…なんかその世代の投票行動の
調査結果が、実に楽しみ…というか、
それくらいしか興味が持てない選挙…。
ほんとに白票投じてやろうかって、
直前まで考えてたくらいだからね!

自分が18歳のときなんて、
ほんとに何にも知らない阿呆野郎。

25歳にしてやっと普通のサラリーマンに
なるのだが、どういうわけか社長さんに
「お前は俺が育てる!」と張り切られてしまい、
昼食は毎日社長のお供でたっぷり1時間、
近所のファミレスや、喫茶店…にて社長のご高説を聴かされる。

話題と言えば、株式市況がどうだの
プライマリーバランスがどうした、
政治家の誰某がどうしたこうしたで、つまるところ
金利と為替と事業税の問題があれしてこれして…

経済学部でも政治学科出身でもない私は
もう85%くらいがチンプンカンプン。

5年くらい経った頃、私にも20人くらいの部下が出来ていて、
やっぱり、喫茶店なんかに若い奴らを誘い出して、

「あのなあ、プライマリーバランスがだなあ…」
と、熱弁を振るう自分と、ポカーンと口を開けて、
中空を見つめる若手…。

やがてその若手達も、数年すると後輩たちに
「当社のドル建て為替レートのメリットはだな…」
と妙に力んでいたりして…。

「なんだか可笑しいなあ世の中って…」
ってほのぼの思う私だった。



私の携帯電話番号は、この10年ほど変わってないから、
ごく稀ながら、昔の仲間からも掛かってくる….。

仲「おお、どうしてる?今、高円寺なんだが、久しぶりに一杯どうだ!
  お前のコステロ弾き語りも久々聴きたいしさあ!
  どうだ出てこないか!」

私「行きたいのはやまやまなんだけど…」

仲「体調まだ悪いんか…?」

私「そういうんじゃないけどさあ…」

仲「なんだよ、年とったか?ハッキリしねえなあ」

私「アキタだよ」

仲「えっ?、飽きただなんてひどいじゃないか、10年ぶりなのに」

私「いや、アキタ…」

仲「だから何だよ、お前ずいぶん変わっちまったな?!」

私「だから…東北の秋田県」

仲「なんでよ?」

私「故郷なんだよ」

仲「えっ? 嘘だろ、あんた東京人じゃなかったの?
  だって全然ナマってないジャン…いやあ騙されたわあ…この田舎者め!」

私「うるせえ!、そういうわけで、高円寺、精々一人で楽しんできたまえ!」

仲「何だよ、お前さんのコステロ泥酔メドレー…聴きたかったのになあ…
  あの頃は楽しかったなあ…」

私「そんな元気もうないよ」

仲「いつ戻るんだ?」

私「さあ?」

仲「奥方は?」

私「ちゃんといるよ…そっちに」

仲「じゃあ、今度奥さん誘うわ!」

私「勘弁してくれ!」

と、言うわけで、ハチャメチャだったコステロメドレーだが、
実は家で周到に練習してた。
そうじゃなかったらコードも歌詞もわかるわけがない!!
それを偶々のハチャメチャを装って、けっこう一生懸命に演る…
自分ってそういうヤらしい奴なのだ…。

Elvis Costello & The Attractions - Accidents Will Happen


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サイケデリックの空の下

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

例年、七夕の夜は、ここ秋田市赤れんが郷土館で
開催される「キャンドルナイトと雅楽の調べ!」を
私は密かな楽しみにしていたのだが、
今年は何となく現場の雰囲気が変だなあ??
ん?雅楽になぜドラムセットがあるの?と思っていたら、
なんと今回は「雅楽」ではなく、
「ジャズ演奏」…。

しかも私が最も苦手な領域の…

「皆さんおなじみのクラシック音楽もジャズ風に
 アレンジしてみましたよ〜中高年の皆さん!」

…的な、お行儀が良くてお上品な、
言うなれば、う○こジャズ…(まあ、お下品ザマす!)

ここは繁華街のど真ん中なので、
う○こジャズなんか、そこいらの安クラブに行けば
どこでも聴けるぜ!...と、いつになくイライラ
切れ気味の頑固オヤジなのであった。



「智恵子は東京には空がないと言う...」

…ってなことを、ヤイヤイヤイ高村光太郎!
東京にだって、いくらでも空はあるじゃないかっ!

とかなんとか…上京早々は、若気の至りか
少々ムキになりつつ、そう感じたものだが、 
七夕の夜なんかに、ふと空なんぞ眺めてみると、
そこは星のない漆黒の空…。

「空がない...じゃなくて、星がない…だろう…?」

大気汚染なんかじゃなくて、
ただただガチャガチャと
地上のネオンが明るいだけなのだが、
智恵子さんの生きた明治時代は、
ネオンなんてないから…
やっぱり空がない…謎だ。

お江戸の、まだ少しローンが残ってる我が家は、
都心から10kmばかり離れた杉並区にあるのだが、
そこから眺める新宿高層ビル群のあたりなんかは、
夜中でも空がまっ赤っか…。

少し暗めの夕焼けが、一晩中、
東の空に重くたれこめた感じで、
葉巻型UFOやら、ウルトラの兄弟たち(?)が
大挙して飛来して来ても、ちっとも不思議じゃない様相、
かなり不気味だ…。(東が赤いなら朝焼けか??)

じゃあ、故郷秋田は、ミルキーウェイばっちりの
満天の空か!...と思いきや、とりあえず、
我が実家の周りは、そりゃあ新宿ほどではないにせよ、
大してかわらなくて、ほとんど星は見えない。

子供の頃は、完成したばかりの「陸橋」の上から、
「♫笹の葉さ~らさら…」なんて鼻歌なんか捻りながら、
天体図と実際を見比べながら、天の川だの、
北斗七星の間隔を5倍した先の北極星だの
カシオペアだのと!天体観測の夜も、
思い起こせば幾星霜…はや半世紀前…。
何でもスローモーションになるはずだぜ!!



別にこの曲が、自分にとって初めてのロック体験ではないし、
もう身悶えるほど、この曲が好きで好きで仕方がない!...
と、いうわけでもないのだが、あらゆる意味でこの曲が
「自分の原点」であるような気がする。

未だにこのマザーズ・オブ・インヴェンションの
デビューアルバムにして2枚組の「FREAK OUT!」の、
決して美しいとはいえない、なんというのか、
いかにも猥雑で、サブカル的なカバーデザインを眺めただけで、
少し身震いする上に、チョビッと…チビる…1滴だけだが…?
(尿漏れジジイではない!)。

高校1年の春、初めてこいつを借りて持ち帰り、
噂のサイケ大王フランクザッパと、真っ向対決するつもりで
構えて聴いたときの、部屋の温度感とか、
ジャケットや塩ビ盤の匂いまで、
何もかにもよく覚えている。

そして始まった1曲目がこれ…。

実のところ、「なんだ….これ?」
っていうのが噓偽りない感想。

時代は既にサイケではなく、ニューロックさえイニシエ。
プログレだって飽和が始まった時期に、この古式ゆかしい
サイケデリックサウンドに、今更どう対応しようというのか??

それも、とても忍耐を要する2枚組のヴォリューム。
コンクリートミュージックというのか、
カラフルなコラージュ音楽を聴きながら、
フランクザッパというイヤラシいヒゲのおじさんは、
ビートルズのリボルバーに触発されて「これ」を作り、
今度はこのアルバムにジョンレノンは衝撃を受けて
サージェントペッパーを作ったんだなあ…
なんていうエピソードを、心の拠り所にしつつ、
欠伸を堪えながら、耐え忍ぶしかないのであった。

そうして高1の私と、この問題作「FREAK OUT!」との
意地の張り合いはエスカレートし、何十回も繰り返し聴いてるうちに、
私はすっかり、この下卑た世界観から抜けられなくなってしまった!。

たぶん我が家には、ザッパのCDだけで3~400タイトル以上はある。
(正規盤は100作だが、様々なミックスやリマスターその他含む)
そして未だに、新譜が出れば(本人は22年も前に亡くなってるが)
やっぱりワクワクしながら、英文メールをシコシコ送って、
直接取引で通信購入するのである。

馬鹿だね…その原点がまさにこの半世紀前のサイケなこの曲…。

The Mothers Of Invention - Hungry Freaks, Daddy


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故障したタイムマシーンはどこに辿り着くのか

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

ズマールは、あんまり近接して撮れないから
細密な描写はできなくて、花の撮影は不向きかも
しれないけれど、全体の雰囲気というか、
佇まいを写しとるには、素直で優しい描写だから
とっても好き…。

あじさいって、色とか形とか、もう際限なく
膨大な品種があるんだろうなあ!?
と、思って、おそるおそるググってみると、
なんと驚くことに、ガクアジサイとホンアジサイ、
それに小さくて素朴なヤマアジサイの3種類だけで
色々あるように見えるのは、どうやら「異種勾配」
ってことらしい。

やっぱり自然は逞しい!



ウィンドウズにももちろん存在するんだろうが、
マッキントッシュには、OSXに付帯してる所謂
基本アプリに、バックアップを司る
Time Machineというのがある。

システムが重くなったり、なんらかのトラブルでストレスを
感じたときは、このTime Machineで、もりもり元気だった
数時間前とか数日前に戻れるから、何か問題があっても
あれこれ原因など考えることなく...

「ハイハ〜イ、タイムマシンで過去に戻りましょう!!」

確かにほんの少しだが、倫理的にどうなのさ?
っていう罪悪感が、あるにはあった。

こういうとき、自分という人間に対して、神様はいつも非情。
なぜか「バチ」は、確実に自分に降り掛かってくるのだ。

実は原因は自分にあるのだが、Time Machine自体が調子悪くなった。
そのときに、少し冷静に考えれば、回避できる、当たり前なことを
愚かな自分は、普段の流れでやらかしてしまうのだ。

つまり、いつものようにタイムマシンを作動させて
過去に戻ろう…大して考えもせずにそう考えてしまった…。

本末転倒…故障中のタイムマシンで過去へ旅立てばどうなるか!?
SFなら、こうして過去や未来を彷徨い歩く、
魅惑のアクションストーリーの始まり始まり!!なのだが、
現実のApple MacintoshのOSX 8.5 Mountain Lion(古っ!)
に付属のTime Machineの場合は、もっと悲惨な結末に
遭遇するのだ。 

結局、バックアップデータも本体のシステムも全て...
一瞬できれいさっぱり、消え去ってしまった…。

CDにして数千枚に及ぶ音楽データ(AIFF)とか、
写真や動画などの映像データは、
外付けHDD(6TB)に保存していたから、被害はないけれど、
やっぱり困るのは、様々なIDやパスワード…
それにブックマークや、友人のメアドなど
相当に困ってしまった。

まあハードディスクも真っ白なら頭の中も真っ白…。

そういうわけで、当分関係各位様には、
なにかと、ご迷惑もあるやに思われますが、
ご理解の上、しばしお赦し賜りたいと
謹んでお願い致すものあります!。



私が音楽商売に身をやつしていた時期というのは、
音楽としては中身が空っぽなフュージョン/AORやら、
アースウィンド&ファイヤーなんていう、
どうもリズムの繰り出しがインチキ臭い、イヤなノリの
音楽が席巻していて、そういうのを要求されて、また
やってしまう自分がとっても苦痛だった。

一方でテクノとか、ニューウェイヴなんていう、
新しくて活きの良い音楽が次々と出現しているのに
なぜだかこの国の音楽業界は、そういった新しい息吹を
「格下」か、さもなくば幼稚な音楽として、
まともに取り合うな!、関わるな!どうせ一過性のもの…
的な蔑んだ目線で取扱う習性も、いやでたまらなかった。

かといって、本当に自分がやりたい音楽って何なのか?
それもまた見つからず、とりあえず、これはいやだ、
あれは我慢ならない…ばかりが膨れ上がって、
ストレスを溜め込んで、いつも破裂しそうに
パンパンにテンパってイッパイイッパイな自分であったように思う。

アレンジャーとのやり取り…

A「この曲はさあ、アースの...アルマッケイっていったっけ?
あんな感じで、ビヤーって派手な感じで16拍子刻んでほしいのよ!
できるでしょ!」

この手のリクエストは、もう何十回も聞いた。
そんなとき決まって私はこう答えるのだ。

私「アルマッケイは知らないけど、タワーオブパワーの
  ブルースコンテ風でよければ、16刻みますよ…こんな風に…」

と弾いてみせると…

A「何だ、できるじゃない、それってアルマッケイ風でしょ!?」

私「全然違うんだけどね…まっ、いいや…」

まあせめてものレジスタンス…あんまり意味はないけどね。

Tower Of Power - Squib Cakes



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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

ふんわりトロけるタイプの現代的な「背景ボケ」を
高品位な「美しいボケ」と称して、賛美する傾向にあるけれど、
私は昔のレンズの、ザワザワ&ガッサガサの素描みたいな
「二線ボケ」が大好き!。



高校生の頃、年末の地元新聞を何気なく眺めていたら
やはり地元の百貨店が後援する大イベント
「ビートルズフィルムコンサート」開催の記事を発見。

まあ、今となっては特に珍しい映像でもないのだが、
なにしろ家庭用ビデオなどなかった時代に、
映画館以外に「動くビートルズ」が拝める、
とっても貴重な機会であったのだ。

そうかそうか…えっ!…生バンド演奏有り??
出演ミッドストリート/クロスロード…。

ミッドストリートは地元では有名なゼッペリンコピーバンド!
たぶんビートルズ曲なんて、彼らにしてみれば雑作もないことで、
暮の率の良い営業バイト、いやはや羨ましい限りですな…!

ところでクロスロードって何?誰?
ビートルズなのにクロスロードってちょっと
間抜けじゃないか??
クリームのコピーバンド?、クラプトン風な
泣きのギターでキメるビートルズ?

そうかそうか…While My Guitar Gentry Weepsね…
アレ演るわけね..はいはい了解了解…
などと勝手に想像して遊んでた私。

これがやがて他人事の笑い事...ではなくなるのだ。

今では地元でも人気のブロガー(!)で、
地元をあちこち歩いてるS君(ホントにいいヤツ!)。
顔見知りではあるけれど、会話したことは
それまでなかったと思うのだが、
そのS君が私がいる教室にやって来て、
古い友人のように話しかけるのだ。

「ちょっとね、君の力を借りたいんだ…」

その日のうちに「ついて来い!」とS君に
言われるままに、わりと私の実家の近所の
今は無くなった踏切のそばのアパート、
日当りの悪い六畳一間に連れて行かれた。

そこにいたのは長髪に不精髭の、いかにも
時代遅れのヒッピーみたいな風体の、
死んだ魚みたいな目をした男(当時22歳)と、
その子分と思しき、私と同学年のミラーサングラス男。

「22歳」が私にいうのだ。

22「S君から噂は聴いてるよ。凄いやり手らしいじゃんか!
  俺たちと一緒にやろうよ…結構こずかい稼げるしさ…」

稼げる?
どういうこと??

22「取りあえずだな、今夜空いてるかい?
  広小路の喫茶店J…あそこで今夜ライブやっからさ
  早速一緒にやろうぜ!」

私 「ちょっと待ってください…やるって何やるんすか?
  ロック?フォーク?リハーサルは?譜面は?」

22「君は案外細かいね…いいんだよテキトーで。
  それで充分だからさ!」

私 「ああ、もしかしてアヴァンギャルド…?」

22「感性だよ感性…信じてるからさ、君のハート!」

すると同い年のミラーグラサン男…が、風体の割には
意外に優しい小声で言うのだ…。

グ「C-G-Am-Emとか、その周辺をぶらぶら散歩する
  みたいなコード進行ってあるじゃんか…」

私「ああ、カノンコードとかって奴?」

グ「それそれ、大体それで全部イケるからさ!
  あとは適当にオカズつけてりゃ大丈夫よ」

さて、ライブが始まった。

やっぱり適当にカノンで合わせたら本当に、
何とかなってた!。

歌は何だか聴いたことあるぞ…
「花・太陽・雨」…PYG?…ジュリーじゃんか!?
最初っからそれを知ってれば、
もっと上手く対処できたのにな?

1曲目が終わったあと、「22歳」の驚愕のMCが始まった。

22「みなさんこんばんは、クロスロードです…」

私 「えっ?…クロス…もしかするとこんな調子で
  ビートルズやるんかい??」

そのまさかが始まった…Cのカノンコードで強引に圧す
「ヘイジュード」…。

これってFだろ…それがCで始めてしまって、
今後の展開とか、もう全部ぶっ飛んで分からなくなってきた…
と思っていたら、不思議なことにわりとこれが…
合ってたりするのだ。音楽って不思議だあ!
って思いながら、どうやらライブは終了したらしい。

さて22歳は言うのだ。

22「やっぱり君は凄いよ!次は、ビートルズフェア…
  今日の調子でよろしくね!」

私 「あのう…やっぱキチンと練習…せめて演しものの
  打ち合わせくらいはしたほうが…」

22「あれ~、君もしかして、唄いたいの~?
  1曲くらい唄わせろってかあ!?」

私 「そ、そんなんじゃないです!」

22「じゃあ、また今日みたいにさ、ハートで頼むよ」

さて…さすがビートルズ?...フィルムとはいえ、
超満員の大ホール(産業会館)。

本番では、あまりに変わり種で、歌詞も随分いい加減な
ハプニングビートルズ(!)に、主催者(百貨店担当者)も
当然ご立腹の大クレーム…は、もはや言うまでもない。

実に当然な「罵声」を浴びせられて、
私は意外と深く傷ついたりするのだが、
「バンマス22歳」は全くへっちゃらで、
「あんな細かいことばかり言う奴は、出世できんから気にするな!」
と、まさに糠に釘。

一体この男、ただのバカなのか大人物なのか!?…。
人生経験少ない高校生には、まだよく分からないのだ。

私はその後上京などするから、彼らとは縁が途絶えるのだが、
残ったS君なんかは、悪徳プロモーターとなった
「22歳バンマス」に、散々酷い目に遭わされた挙げ句、
何か取り返しのつかない事件を起こして、ある日突然、
行方をくらましたんだそうだ…。

さて屈辱のステージのあと、ギャラ代わりに貰った
「レコード引換券2000円分」で、早速、帰宅途中に
レコードを購入したのだが、それが忘れもしない
ブルース・スプリングスティーンのアルバム。

結構聴きたかったのに、
何故か誰もアルバムを持ってなくて、
自力で買わなきゃなあ、と思いつつ、
なかなか買えないタイプのレコード。
ギフト券の力を借り、相当遅ればせながらで、
やっと買えた感じだ。

その日、帰宅して、部屋で一人になると、
あまりの恥ずかしさと自己嫌悪に、
ガタガタと震えが停まらずに、
意外と気が小さな自分が露呈して、
我ながら驚いたりする。

悔しいのか悲しいのかよく分からない
17歳にして「ああ人生終わったかも!」
などと思い込み、慟哭に咽びながら聴いた
「涙のサンダーロード」。

この曲には直接関係ない話だが、
そういうわけで、以来、この曲がラジオやなんかで
聴こえてくると、悔しいんだか悲しいんだかよく分からない
不思議な青春のほろ苦さで、ちょっとだけ呼吸困難になるから、
実はあんまり聴かないようにしてたりする曲。

BRUCE SPRINGSTEEN - THUNDER ROAD


蛇足だが、こんな風にこの曲を弾けていれば、
どんなに誇らしかっただろうか!!とは、随分後に知る
ウィルソン・ピケットwith デュアン・オールマンのこの名演。
因みにDuanは今風にはドゥエインと読むらしい…どうでも良いか?!
Wilson Pickett - Hey Jude



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プカプカのスパスパ

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

今思えば、これまで生きてきた年月の大半…
もしかすると狂気を帯びていたんじゃないか?
とさえ思えるほど、私は度を越した

「ヘヴィ・スモーカー」。

オフィスにいるときは、一日の殆どが電話中、
または会議中か商談中だから、そんな日は
オフィスにいる間だけで(苛つきながら)2箱強!。

さらに夜の街に繰り出し(上々の気分で)1箱強…。
それも高ニコチン&高タールでお馴染み
’ドカチンブルー’のハイライト...。

さすがに1日4箱=80本を越えると、翌日朝は
鼻毛が妙に湿っぽくて臭いし、
口内のイヤなゴワゴワ感は、
2度や3度の歯磨きでは改善しない…。

そんな調子で、時と場所を選ばず吸い続け、
最後の十年間は、さすがに禁煙ブームが
世の中に浸透して、ソコカシコでは吸えなくなった
ものだから、出掛けた先でまず最初にすることが、

「喫煙場所を確認また確保しておくこと」

出先の相手先会社様にとっての自分は、
わりとプライムでVIPなゲストだと思うのだが、
真冬の大雪の日だろうと、土砂降りの雨の日だろうと、
喫煙所は、雨が吹き込む、誰もが分け隔てなく平等な
非常階段の踊り場であり、ビルの裏口の
ボーフラが湧いてそうなドブの畔のベンチで
その会社のアルバイト学生や、請負の職人さん達と一緒…。

まあその折には、その会社への不平不満とか、
内部だけが知る公然の秘密など、なかなかに有益な情報が
採れたりすることもあるから、悪いことばかりではないものの、
やはり喫煙者は、人間扱いされないのだなあと自覚するのだ。

40代の終わり頃、仕事中に頭をぶつけて、その圧力から
触れてないはずの額がパカッと割れた!。

怪我自体は大したことなかったのだが、場所が場所だけに、
精密検査を受けた方が良いということで、脳神経外科なる
医院に初めて足を運ぶと、衝撃による脳への影響は見当たらないが、
脳梗塞の兆候が微小ながら見受けられるから、注意されたし…
といわれた。

私は、なにしろさっさと診察を済ませて帰りたいものだから、

「はい、注意します、します...」と、言ったのだが、

一緒のいた家人が、納得せず、なおも医師に食い下がる...

「どう注意するのか?」
「具体的な方策を示して欲しい」

医師は、少し呆れた風な口調で言った。

「まずは、ご主人のワイシャツの、その胸ポケットに忍ばせてる
 怪しげなモノ…それを今すぐ捨てさせなさい!まずはそこからです」

さて私はそこで素直に禁煙に応じるわけもなく、
さりとて堂々と家人の前で吸うでもなく、
何となく隠れて「ホタル族」と化して、コソコソ
吸い続けているうちに、数年のうちに
何の前触れもなく急に、ひどい目眩のスイッチが入って、
ヨタヨタと、それでも「くわえ煙草」をしながら
(これが人生最後の1本となる)
救急外来に行くと、もはや大変なことになっていて
翌日、何故だか心臓の緊急手術…。

心臓?…は順調に快方に向かったのだが、
そもそもの激しい3次元な目眩は(重力の方向すら分からなくなる?)、
一向に改善せず、一時は血圧がほぼなくなり、危篤状態…という
酷い状況にまで発展するのだが…
まあ…なんやらかんやら、今に至っているわけだ。

生まれ変わっても「喫煙するか?」と聴かれたら
たぶん自分は大馬鹿にも「する!」と答えるだろう。

良くも悪くも…いや、悪くも悪くも…
喫煙は自分の人生の重要な1コマに違いないのだから…
それを否定することは出来ない。

それでも、30歳前には、やめておくべきだったな…
せめて結婚とか子供とか、そういう機会に、
意志を強くしておくべきだった…
今はホントにそう思う。



Peter Hammillを意識して聴き始めたのは、実は自分としては
不覚にもとても遅くて、Robert Frippの初ソロアルバム
「Exposure」に彼が参加した、たしか「Chicago」って曲で
見事な声を聴かせてくれたその時からのお付き合い(?)
ということになる。

もちろんボンヤリと彼の「ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター」の
レコードは高校時代に既に聴いていた。

中学時代からプログレ少年だった私だが、高校生になる頃には
心の支えのキングクリムゾンは解散、ピンクフロイドは急速に俗化!
などで、次の心のよりどころを必死で捜すため、ジェネシスだの
ジェントルジャイアントだのゴングだのユーロプログレまで
片っ端から聴き捲ったのだが、その中に確かにヴァンダーグラーフも
あったのだが、そのときは何故だか不覚にも強烈に引っ掛かるものが
なかったようだ。(結局、その時からFRANK ZAPPAにハマった)

それが、79年のフリップのアルバムをきっかけに、
コンスタントにアルバムをリリースしてくれていたハミルと、
ヴァンダーグラーフの旧譜を遡り、いつものように急激に
ではなくて、ゆっくりと少しずつ、時間をかけて
攻略してゆくことになった。

だから強烈に好き好き…というより、
じんわり好き…そんな感じ。

来日公演は、別々の年に、たぶん3回は足を運んでいる。

いつ頃だったかすっかり忘れたが、新宿のライブハウス、
客も50人ほどだったこともある…。

それでも、R.フリップに、最後はクリムゾンに迎えたい
理想のヴォーカリストで偉大な詩人と言わしめ、
ピーターガブリエルには、「心の師匠」と言われた
我らがピーターハミル…!

今年も来日してるようだが…行きたいなあ…
来ないかな、秋田!。
50人すら、集める自信は全然無いけどね。

曲はヴァンダーグラーフ、1970年のデビューアルバム
「The Least We Do In Wave to Each Other’精神交遊’」から
「Refugees」因みに意味は「難民」…。

Van Der Graaf Generator - Refugees


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