ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
MENU

栄光と挫折

DSC06769あ
Ernst Leitz Wetzler 'Summar' 5cm / 2 (1937)

とにかく寒いし暗いし、雨も降って来た…。

50年も前、やはり紅葉の時節、この写真と
ほぼ同じ場所、同じアングルで写生した。

ただ、紅葉の情景の色塗りが、もう面倒臭くって、
絵筆を使わずに、芯の折れた鉛筆の先に絵の具を付けて
とにかくいい加減に「エイヤッ!」と、点描したら、
それが何故だかコンクールで金賞をいただいた…。

小学生は、こんな点描で賞が取れるならば!と、
同じ手法を連発したが、その手法では2度と金賞をいただくことはなかった。

小学5年のときに、写真の「坂道」の向こうにあった
動物園で、コンクール用に動物画の写生をした。

私はクラスメートと2人で「ホロホロドリ」っていう、
随分と色の少ない、貧相な鳥を写生した。

たぶん小学5年生なりの完全な「シャレ」「ウケ狙い」...
或いは、ライオンなど人気の動物の檻の前は
随分と混んでいたから、あまり人気のない
静かな場所がヨカンベ!...って思ったかもしれない。

絵の仕上げに入った段階で、何故だか我々は
職員室に呼ばれ、さらには放課後残されて
美術専門の先生の直接指導で、様々な技巧によって
ホロホロドリに仕上げの試行錯誤を加えることになった…。

私は、ティッシュペーパー(ちり紙だったかも?)による
「ぼかし」っていう技術を伝授され、やがてはちり紙の皺みたいなものを
そのまま生かした、螺鈿みたいなタダゴトではない背景構成の佇まいに
自ら感動してたりしていたのだが、やがて先生は、
私の方ではなく、クラスメートの絵の方に
エラくご執心であるのに気がついた。

彼の書いたホロホロドリは、いつの間にか、
豊かな色彩の「七面鳥」に生まれ変わっていた。

市立美術館レべルのコンテストでは、私の絵が銀賞、
彼の七面鳥が金賞だった…。

金と銀の差は凄まじいのだ、ということを
私はその時思い知る。
彼の七面鳥は、惚れ惚れするほど美しく、
そして神々しかった。

しばらくすると、彼の七面鳥は、最高賞である
「文部大臣賞」を受賞した!。

今はどうか分からないけれど、母校の小学校の職員室前に
その七面鳥は永久的に飾られることになった…そう担任が
興奮気味に話したのを、良く覚えている。

その事自体には自分も大興奮したし、嬉しかったのだが、
それまで何となく、将来自分は、美術方面に生きようかな…的な
とても小さくて淡い夢も、そんなことがあって、
何となくポッキリ折れてしまったように思う。

中学に入ると、私はサッカー部に入部して
放課後は毎日、ひたすら走り続けるだけの日々が始まった。
彼はやっぱり美術部なんだろうな…と思ってたら、
あっさり絵を辞めてしまっていた。

「何故続けないの?」

って訊いたら、彼は…

「君も知ってるだろ…あの絵は最後の方は殆ど先生が仕上げたもの。
 それがあんな賞を…。自分はそれが苦痛で仕方なかったのさ…」

うわあ!…また完敗じゃんか自分!...そう思った。

今の彼は、進学塾を経営してるらしい…
人生イロイロだね。



ブリティッシュロック好きの私だけれど、何故かジェスロタルだけは
ちょっとばかし苦手…。

イアンアンダーソンのエグさと云うか、容赦なくグイグイと
こちらの心の中に土足で踏み込んで来るような強引さと云うか、
無躾さみたいのがどうも苦手だった。

ところがそんなエグミも、年老いた彼の姿からは随分と希薄になって、
逆にとっても良いバランスのミュージシャンになったものだと、
今はとても気に入っている。

元々はとても良質な音楽を提供してくれてたんだが、
こちらの稚拙な嗜好が邪魔してただけだったんだね。

実をいうと、昔ちょっと好きだったアルバム
ジェラルドの汚れなき世界」の、パート1+を
2008年のステージから…
Jethro Tull - Thick As A Brick


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

スポンサーサイト

魔性のいろいろ…。

DSC06650a2.jpg
Ernst Leitz Wetzler 'Summar' 5cm / 2 (1937)

うすらぼんやりで駄目駄目な写真なのは
充分に理解している。
しかし自惚れながら、これが、自分には
とても好もしい描写だったりする。

さて…体調もまあまあだし、コーエンにでも登って
紅葉の様子をみようか…。と、エッチラ出掛けてみたものの、
カメラには、いつものようにこの1937年、即ち
昭和12年製造のズマールのみ…。

当時から、ライツ社(ライカ)なのに、
このズンマー(戦前の呼称)ってやつは、
超癖玉とかボケ玉とか、ソフトすぎて使い物にならない…
などなど、悪口云われ放題のレンズ…。

個人的にはクセもボケも望むところで、大好物なのだが、
本日のターゲットの「紅葉の鮮やかさ…」は、
これではもはや望むべくもなく、この時点では
まだまだキリリと紅葉しきらない樹木の
茫洋とした「佇まい」を、そのまま描写する方策に
戦略を変更するしかない…。

カメラ好きの方々のブログや、写真の専門誌なんかでは
写真の一部を拡大して見せて

「どうです、キリリと精密な素晴らしい描写力でしょ!」

っていう記事を良く見かけるけれど、
まあ最新の一眼レフカメラとレンズの性能はよくわかったし、
絵葉書みたいな写真も素晴らしいけれど、自分的には、

「ひねもすのたりのうすらぼんやりな佇まい…」

その心地良さが、じんわり&まったりと伝わって、
肩から背中にかけての筋肉が弛緩するような
リラックスした感覚を感じてもらえるヒトが居れば、
なにしろ幸いなのである…。

そう云うわけで自分的にはこのズマールが
今のところ魔性のレンズ…なのである。



さて魔性の女「ヴァレリーカーター」である。

77年の「愛はすぐそばに」っていう彼女のソロデビュー作が
なにしろ素晴らしかった。
当時のウェストコースト系の考えうる豪華ミュージシャンが
総出演!っていうのも壮絶だった。

この前から登場しまくってるロウエルジョージを筆頭に
リトルフィートのフルメンバーに、またしてもジョンホール…
ジャクソンブラウンにジョンセバスチャン、リンダロンスタッド…。
さらにはどういう関係かモーリスホワイト以下EW&F勢も丸ごと参加。
当然内容も名作の誉れ高い。

すぐに出たセカンドアルバムは、やや地味目にTOTOがフルバックアップ
…いずれにせよ豪華絢爛…。

その後はとんと噂を聞かなくなったなあと思ってたら、
90年代のある日、中野サンプラザでジェームステイラーのライヴ...
たまたま隣接の中野ブロードウェイに用事があって、
ふらっとサンプラ周辺を通りかかった私は、
そのまま当日券を買って入場すると、どうも気になる声の
バックヴォーカルのおばちゃんがいるのだ…。

やがて、彼女をフィーチャーした曲になり、JTが
「ミス、ヴァレリー…ヴァレリーカーター!」と紹介して、
「やっぱりかあ!」と、モヤモヤは晴れるのだが…
うーむ年月は…怖い。まあ、お互い様かあ!

ところが、なんと、1996年にひっそりと、通算3枚目の
新作アルバムを、前作から18年ぶりに発表していたのを、
愚かにも私は最近知ることとなって、慌ててポチしたわけだけど
これがまた実にいい感じ。

相変わらずジャクソンブラウンはいるし、リンダもJTもやっぱりいる。
曲はみんな良いから迷ったけど、ジャクソンブラウンの
「ランニング・オン・エンプティ」ってアルバムに入ってた
「Love Needs A Heart」って曲…てっきりカバー曲かと思ったら、
なんとジャクソンブラウン、ロウエルジョージ、
そしてご本人ヴァレリーカーター、三者の共作!ということも、
今回初めて知った。

色々と浮き名を流した彼女だったが、もはや見かけは結構
「どすこい」なオバチャン体系…
しかし相変わらず透明感溢れる瑞々しい声…!
やっぱり「魔性」に違いないな…。

Valerie Carter - Love Needs A Heart


一応参考までにデビュー作から…ジョンホールの几帳面で上々な御機嫌の
バッキングのギターサウンドには、自分も多いに影響を受けたように思う…。
Valerie Carter - Ooh Child


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

メランコリーなスタジアム

DSC06578a.jpg
Ernst Leitz Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

古い野球場のフェンス(ネット)に絡み付く
ツタとその実…?と思いきや、
どうやらこれはノブドウ(野葡萄)の実らしい。

色合いが、いかにも鳥や虫が好きそうな、
見事にワイルドでナチュラル…それでもって、
ほんの少しポップなマルチカラー。

「こいつはヒトが食べちゃあ駄目だぞ!」

そんな風に、食物連鎖を司る神様が警告してるような
厳かな趣きすら感じてしまう色彩の妙に、
なんだかちょっと、意味なく嬉しくなったりするのだ。

ここは大学の野球場だが、たぶん昭和35年に開催された
地元国体の為に整備されたフルスペックのスタジアムで、
我々が子供の頃は高校野球の予選大会なども
ここで盛大に行なわれていたと記憶しているが、
今は大学の…存在するのかどうかも分からない
野球部の練習場…。

もちろん練習風景など、ほとんど観たことがない。

客席など、もう何十年も使ってないだろうから、
ぼろぼろに朽ち果て、その割れたコンクリート席の
隙間から雑草が吹き出している…。

丁度私が高校生の頃に、同市の郊外にプロ球団の
公式戦も行える野球場が新設され、国体時代に新設した
メイン球場と並んで、この2球場が地元球場として
今も盛んに使用され、堂々、並び立つのだけれど、
こちらの球場は見事に存在を忘れ去られ、
かつての栄華を偲ばれることもなく、
人知れず朽ち果てている。

で…!ご明察の通り、私はそんな風情が大好物!!

ただし、ぼろぼろに朽ち果ててるくせに、
内部には関係者以外は立ち入れないようで、
その点がとても残念(殆ど外から見渡せるけど…)。

子供の頃は普通に中に入って、勝手に野球やってたように
記憶してるけれど、あれは子供ならではの
不法侵入だったかもしれない…。

今は野球なんて全然興味ないけれど、
この球場周辺に来ると、何となく野球少年だった頃の
幼い自分を思い出したりして、何だかとても個人的ながら
ここが自分にとってのフィールド・オブ・ドリームス!
そんな感じのメランコリックな場所だったりするのだ。



ピート・バーンズが亡くなったそうだ。
またしても同世代の死…なんだか辛いね。

初めて聴いたのは、たぶんこの曲。
あまりにもエゲツナクて、しかも圧倒的な歌唱に驚いて
勢いそのまま、デビューアルバムと、Extendedな
12インチシングルまで買ったと記憶している。

彼の野性的で魅力的な声量と歌唱力から、
今後、どれだけ成長するのか、
とても楽しみなバンドだったけれど、
残念ながら、さほど良いプロデューサーにも恵まれず(?)、
単にセクシャルでマッチョ?そんな部分だけ摘ままれて
見世物小屋的にデフォルメしたようなツマラナイ音楽になってしまって、
まあその後、彼らの新作を買うことは二度となかったけれどね…。

その後の容貌の変容を見ても、何となくこの人の抱えた
苦悩とストレスは、我々には計り知れない、
大変なものだったことが偲ばれて、
とても息苦しくなる。

それに比べれば、That's The Way…この時代はまだ彼も含め、
皆が皆、呑気で大らかな時代だった…。

何にしろご冥福を…。

Dead Or Alive - That's The Way ( I Like It)


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

コスモスとヒマワリ

DSC06572a2.jpg
P. Angenieux Paris 45mm F2.9 (1949)

たぶん今年最後…黄昏のコスモス。
何となく現在の自分の状況に重ねあわせたりして…。

こういうシチュエーションでは迷わずアンジェニュー…。
ぼんやり+ふんわり、まどろみの世界。
フランス・レンズだけに実に…あんにゅい。
ぬうべるばあぐやで、しるばぷれっ!?。



20代の、特に就職した中盤から後半にかけての
私は、典型的なモーレツサラリーマン!
そう云うわけだから、確かその間、結婚とか
いろいろあったように思うけれど、自分的には
ほぼほぼ…記憶がない。

なにしろ頭の中は仕事ばっかり…。

30才を少し過ぎた頃に、今度は仕事上の挫折を
諸々体験するようになると、ちょっと達観し始めて、

仕事人間はつまらない!
いや、仕事人間とはつまり駄目人間だ!

そういう風に思うようになって、
定年後の老人が、慌てて趣味を捜すように、
「遊び」を探求するようになり、当然のように
夜の街に繰り出してみたりするのだが、
そこで得た人脈がまた仕事に結びついたりして、
図らずも大儲けしてしまったり!?と、
なにしろ上手く行かない…。

スキーにスノボにウインドサーフィンにスキューバダイビング…
果ては海釣りに渓流釣りに、山登りに、バーベキュー&キャンプ…
競馬に競輪、パチンコ、麻雀、猪鹿蝶に、ちょっとヤバいポーカーゲーム…。

(ゴルフは…仕事の延長だと思ってたから、一向に興味がわかなかったな。)

どれもイマイチしっくりこなくて、結局は昔取った杵柄の
サッカー/フットサルチームの結成と運営…。

しかし、何年かして自分が試合中に大怪我して、チームも活動休止となると、
しゅるしゅるしゅる...と潮が引くように情熱は萎えてゆき、
いつの間にか、自分の湯治も兼ねて、月に一度は

家族で温泉一泊旅行…

それがやがて恒例化して、小さいけれど
家族の充実した時間が、とても幸福に思えるようになった。

随分時間がかかったけれど、解答は結局「家の中」にあった
というわけで、思い返せば、その頃が...

ヒマワリ時代の終盤だったかな!?

と、コスモス終盤に思うのだ。



前回に引き続きスライドギターものの中でも特にお気に入りの
ボニーレイットを本日は…!。

YouTubeには、同曲の公式ヴィデオでリリースもされている
77年モントルーライヴの方が画質が遥かに良いし、同じ年、
個人的にも、虎ノ門・久保講堂で彼女の素晴らしかったライヴを
目撃しているから、問答無用でそちらを紹介したかったのだが
たぶん77年よりもう少し前のこちらのライヴ音源の方が出来が
数段良いので、画質は劣るけれど、こちらを取り上げることにした。

ボニーとは、まだオーリアンズも知らないときにギタリストの
ジョンホールのプレーにすっかり心酔して、そのツテで彼女を
知ったらば、そこに居たのがビルペインやらポールバリアらの
リトルフィート軍団や、アメリカンミュージックの良心=
エリック(ジャスティン)カズといったキラ星のミュージシャン達。

私はそんなにブルーズ自体得意ではなかったけれど、ズンズンと
ミシシッピデルタ擬き(!)や、マルディグラな中西部、
または南部風サウンドの蟻地獄に、はまり込んでしまうのだ。

この曲自体は、彼女の72年のセカンドアルバムの表題曲であり、
A.面先頭、さらには久保講堂でもオープニング曲だったもの。
密かに私は、この曲こそ、Little Feat "Dixie Chicken"の
元ネタ…ひな形…だと確信している…。

日本公演ではベースのフリーボが最初からチューバを担いで登場して、
満場大喝采の楽しい夜だったと、今でも深く心に刻まれている。

80年代になるとレーベルが変わったりして、ボニーは最前線から
やや遠のいてしまうのだが、その間、元フェイセス=
イアン・マグレガン・バンドをバックバンドとして活動していて、
そのバンドのベーシストこそ、我らが小原礼氏であったから、
結局、彼女の動向は80年代もずうっと注目していたことになる。

そしていよいよ90年代は、グラミー受賞などで彼女は
再ブレーク&大ブレーク!と、なるのだが、
へそ曲がりとしては、そうなるともう、
なんだかこそばゆくって、大スターでも殿堂入り歌手でも
お好きにどうぞ…って感じになってしまった。

Bonnie Raitt - Give It Up Or, Let Me Go


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

屈辱の仮面ライダー

DSC06521a.jpg
Jupiter-9 8.5cm/2(1957)

世代的に、オリジナルのウルトラマンとセヴン…
それぐらいまでしか知らない。
ホントは既にサンダーバードを体験していたから、
円谷プロ系の特撮は「Q」で、ほぼ卒業していた。

仮面ライダーは、もう中学にあがってたからだろうか?
殆ど…いや、まったく観たことがない。

後年、津田沼在住のクラスメートに、

「週末、津田沼に泊まりがけで遊びにおいでよ!
 オフクロが居酒屋営ってるからさ、酒飲み放題だぜ!」

...っていう、ちょっと胡散臭い誘われ方をして
田舎出身の我々3馬鹿トリオが、ノコノコ出掛けたら、いきなり

その居酒屋の手伝い!

閉店後にやっと、同じ店内で残り物を掻き集めて(!)
というより、キュウリの漬け物だらけと、その時が
生まれて初めての「焼酎水割り」で…

酒盛り…。

翌朝、ヤケに早く起こされて
「朝の谷津遊園散歩って最高なんだぜ!」というので、
近所の「有料遊園地」裏口から、眠い目をこすりながら入場すると
夕べ居酒屋で会った彼の父親が待ち構えていて、
挨拶もそこそこにオヤジさんは、

「はいはいご苦労さん、これに着替えてね…」

いつの間にか、我々はちょっとした木陰で
何とか云う怪人の扮装をさせられると
仮面ライダーショーのアトラクション…。

件のアイツは何故か主役の仮面ライダー役で、
無遠慮にライダーキックだの、ナンチャラパンチだのを
我々怪人軍団にぶち込んでくる。
いつの間にかこちらもエキサイトして
腕にくっついてるたこの足みたいなものをブンブン振り回すのだが、
これはこれで途轍もなくエネルギーを消費するみたいで、
なにしろ考えられないくらいに汗ダクになって、
そのうち呼吸が苦しくなって、眼もかすみ、
意識も朦朧としてきた。

これはヤバい…死ぬかも…。
そんな状態で、場面はどうやら客席の子供達を
ステージに招き入れたらしく、気がつけば、
ローキックが後ろから前から…フラフラの自分に
炸裂し始める…。

そのうち子供達…いや、千葉の悪ガキ共は、
この弱った怪人にとどめを刺すべく、最終攻撃、つまり
必殺のクロージングプログラムを開始するのだ。

5人くらいのガキドモに囲まれ、一斉に「急所攻め」。
そして数人が、薄笑いを浮かべて、両手の人差し指を延ばしたポーズ…
そ、それはもしや…と、本気の危険を認識した瞬間、肛門に一閃!

「ギャアッ!」

「ウワッ、怪人がギャアって云ったぞ!。ギャアだってよ、アハハハ…」

夕方、帰りの津田沼駅、見送りに来たアイツに対し、私らは

「あんまり云いたくないけどさあ、これって少々でもバイト代
 貰ってもいいんじゃないのかあ?」と訴えると彼は…

「笑わせんなよ、夕べお前らオフクロの店で3人で3万くらい
 呑み喰いしだんだぜ!。まずそっちきっちり払ってから言えよ!」

帰りの総武線の中は、我々田舎出身の馬鹿3人、
極度の身体疲労と下半身の局所的な痛み…
そして何だかワケが分からない敗北感と悔しさに打ち拉がれて
一言も会話せず、あいつにどうやって復讐するか!?
そればかり考えていた。

実際には我々は何も出来ないまま、あいつはまた次々と
「遊びにこいよ!酒なら飲み放題…」と、別のグループが
誘い込まれるのを、ただぼんやり横目で見ていた…。


仮面ライダー…なんかキライかな。



ライクーダーのレコードをリアルタイムに初めて買ったのは
この曲も入ってる「パラダイス&ランチ」って云うアルバム。

いわゆる単純なTexMexだけじゃない、複雑なエスニックのカタマリが
いい感じでブレンドされてるのが、彼の音楽の特徴だけど、
これの次作Chicken Skin Musicがそのチャンプル思想の最高峰と云うか、
ギャビィ・パヒヌイやフラコ・ヒメネスといったテックスメックスの至宝を
惜しげもなく投入したり、ハワイ音楽にさりげなく急接近してみたりと、
なにしろ壮絶すぎるので、ついつい見過ごしがちになるのだけれど、
このパラダイス&ランチの方がTexMexの程よい案配に整理された感覚が
最高の一枚ではないかと、30才を過ぎて突然思うようになったわけです。

その原因は、当時ピーターバラカンがロンドンで見つけて来たという
この映像を彼の「ポッパーズMTV」にての衝撃的なOAによって、
気付かされたわけで、まさにピーターさんありがとうって感じで、
しばらくこの時のビデオコピーは、我が家の家宝でしたよ!。

Ry Cooder - If Walls Could Talk


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

脱走兵の憂鬱

DSC06458a2.jpg
Ernst Leitz Wetzler 'Summar' 5cm / 2 (1937)

♫ええじゃないか ええじゃないか….?

ここの大学祭恒例のええじゃないか…じゃなくて、
いわゆる「よさこい踊り/ヤートセ大会」らしい。

結局私は、チャリンコで10分足らずのこの大学の、
世にも珍しい「鉱山学部」の受験に失敗して、
わざわざ遠い遠い首都の方に夜汽車に乗って向かったまんま、
以後何十年も同所にへばりつくことになるのだ。

今でこそ得意科目だけど、当時は大の苦手だった日本史を
もうちょい真面目に学習して、すんなりここに合格して
入学していたら、いまごろ人生どうなっていたんだろうか?
なんて手前勝手な妄想を巡らせながら、大学祭をフラフラしていたけれど、
やっぱり何にも想い出がないから、センチメンタルにも
なりようがない。

高校生の頃は、サッカー部を正式に立ち上げる為の活動が、
いつの間にか学校の頭を越えて「高体連」や「サッカー協会」
等々を巻き込む政治活動と化してしまって、
当然学校側からは厳重注意…!。

ほどなくロックバンドのコンサートの自主運営やら
様々な活動の傍ら、友人と二人でロック専門、
ガリ版刷りのミニコミ紙(評論誌)を発行して、
その営業というのか、拡販配布の為に、
市内のレコード屋さんや書店、喫茶店、さらには繁華街の
ディスコやバーなんかにもアシゲク廻っていたら、
どうやら「怪しげな印刷物を拡販して回ってる高校生がいる…」
と、学校に通報されたらしく、学年主任に呼び出され
「なんだ、またお前かよ!」というわけで一喝される。

ところが意外にもミニコミは人気を呼び、重版出来!...
やがては地元ラジオDJや人気バンドメンバーなどの
外部ライターなど、充実の人材が揃ってくると、
いよいよ有料配布=販売(100円)!ということになると、
様々高校生には処理しきれぬ問題が次々と勃発して、
仕方がないので、最も売れ行きが良かった大学生協関連の
ライター兼外郭スタッフの方々に編集権と云うか経営権を譲渡!
なんて事になったりと、いろいろガタヒタした高校時代を過ごしていた。

そんな生活環境にいると、いつの間にか、モノの「シェア」っていう
サイクルに完全に巻き込まれるようになって、何だか毎日、
好き嫌いを問わない、様々な正体不明の輸入レコードが、
自宅のターンテーブルに次々と乗っかるようになって、
音楽知識だけはどんどん貯まってゆき、イキオイ音楽だけじゃなくて、
様々な書物が自分の枕元に
渦高く積まれるようにもなってしまうのだ。

バロウズ、ギンズバーグ、ケルアック…吉本隆明、諏訪 優…。

正直こっち方面は、おつむが弱くて殆ど理解できない。
30才を少し過ぎた頃、「裸のランチ」とか「ソフトマシーン」とか
大人買いで再挑戦してみたけれど、やっぱり理解不能。

そんな中、相当難解ではあったけれど、夢中になって読み耽るのが

ボリス・ヴィアン(1920−1959)

トランぺッター、ジャズ評論家、シャンソン歌手、レコードディレクター
作詞作曲家、オペラ・バレエ脚本家、映画監督、映画脚本家、俳優、画家、
美術評論家、イラストレーター、劇作家、詩人、翻訳家、そして小説家ほか。

まだアマゾンがない時代、田舎町で彼の書籍を探し出すのは
相当骨だったけれど、殆どこの大学の生協がらみの古本取引で、
不思議にその時代、ほぼコンプリートできていたように思うが、
今はもう殆ど忘れてしまった、ただのだらしないオヤジなのである…。

ボリスヴィアンの自作シャンソン(作詞)「脱走兵」は、母国フランスでは
発禁曲だったはずだけど、何故か同国民はみんな知ってる国民歌であるらしい。

我が国では、高石友也さんというフォークのヒトが翻訳して唄い、それを
フォークルの加藤和彦さんなんかもカバーして唄ってた!。
(タイトルは「拝啓大統領殿」)

Boris Vian - Le déserteur(脱走兵)


高石友也 - 拝啓大統領殿
 

風のハーモニー

DSC06467a1.jpg
Ernst Leitz Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

ユーフォニアム…なのだろうか?
咄嗟に、普段は使ったこともないこの名詞が
脳裏をよぎったのだけれど、
真相はこの際どうでも良いような…?

とっても朗々としているものの、
静かで穏やかな音だから、他のトランペットや
サキソフフォンとの合奏には、これ自体の音が
かき消されてしまいそうなほど心もとないけれど、
心の奥深くにひっそりと仕舞い込んでいた何かが、
思い掛けずにノッソリと姿を現すような、
どこか危険で、怪しい佇まいもあり、
その表情豊かでたおやかな音に、しばし身震いした午後であった。

故郷に帰ってきてから、意外と頻繁にビッグバンドとか
管楽器隊の演奏を聴く機会が増えたように思う。
実は昔はその暑苦しい音が、どちらかと云うと苦手だった…。

もちろんビッグバンドに自分が加わって、
エレキギターだけど演奏したことも少なからずあるけれど、
今にして思えば、ちゃんとその音を愉しんでなかったように思う。

独特の、分厚くて痺れるようなハーモニーを愉しむどころか、
くそう、あのボントロのオヤジ、また音外しやがったな!とか、
アルトの音程が相当高めで聴きづらいのに、誰も注意しないのは何故!?。

そんな感じで、粗ばかりが気になって、音を愉しむなんて、
それどころじゃなかったからいつも不機嫌なまま、
逃げるように撤収してばかりだから、
フルバンド、ブラスバンドは苦手…!と思い込んでいた。
その後、音楽を純粋に聴いて愉しむ立場となっても
ビッグバンドジャズは、どうにも苦手だったように思う。

今は年をとったせいなのかどうか分からないけれど、
多少の音程差も、ジャストチューニングより多少幅があった方が、
倍音構成上豊かなハーモニーを愉しめるじゃあないかあ!

音程が外れたり、キメが散ける重大なトラブルも、
ちょっとしたアトラクション、曲のアクセントに過ぎないぜ!
そう思えるようになると、とってもブラス音楽を愛おしく
思えるようになって、今では大好きなジャンルとなっている。

ユーフォニアム…かどうか、さだかじゃないけど、
まさにホーン楽器全体をさす言葉「WINDS」とは良く云ったもので、
まさに風の音楽だなあと、深い感銘を受けるのだった。



まあ、近頃は「風」といえば、答えは風の中…で、
そこいらのお笑い芸人さんにまで語られてしまうようになった
ボブディランであるけれど、彼について、何か書こうとも思ったけれど、
既にそうした形で、話題が巻き散らかされてる感もあるし、
曲もいろいろ紹介されているから、今更自分ごときが何を?…
という感じで、知ったかぶりがどうも恥ずかしい感じになってきた。

まあそんな中、あれからひたすら、彼のザ・ブートレグシリーズが、
全貌は知らないけれど、取りあえず家にVOL.12までは全部揃っていて、
しかもそのV.12がCD18枚組ときてる関係で、殆ど聴いてないことに気付いて、
何となく体調も芳しくないところで、ボチボチと聴き始めている。

まあ結局はRolling Thunder Revueモノが自分のお気に入りらしく
Vol.5ばかり何度も聴いてたりして、ちょっと偏りがあるな….
でもまあ、ディラン自体が、時代によって左にぶれたり右にぶれたり
宗教もいろいろ改宗続きで、思想も発言もぶれてたりするから、
ディランの場合は、そんな聴き方が却って正解のような気もする。

そう云うわけで、いきなりディランではなくて、
大好きなTHE BYRDS!
もちろん曲は彼らの出世作のディランソングを…
ロジャーマッギン、カッコいい!!。

The Byrds - Mr.Tambourine Man


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

美食のよろめき?

DSC02027あ
Sigma 2.8/30 EX DN(2012)


許可を得たとはいえ、お店でのお料理撮影は
どう考えても無粋だし、お店にも迷惑で、
ハシタナイ行為だなあ…と、ヒシヒシ感じる。

もうコレッキリにしよう…と強く思うのだが、
根源的にね、旨いものをもっと旨そうに撮れる
技量をバッチリ身につけたなら、話は別かなあ…?
などとも思うけど、いつになることか…トホホホ…。


鰻は、蒲焼きより、白焼きを
わさび醤油でさっぱりといただく方が断然……。

なんて言ったところで、実は意外と長い人生でも
残念ながら3度くらいしか食したことがない(笑)!。

平素は、圧倒的に蒲焼きだし、もっと云えば
「うな重」もしくは「まむし丼」...肝吸い付き…
骨を炙った骨せんべい…それを数本摘んでエイヤッと
熱燗に放り込んで、少し蒸らした「骨酒!」...。

ウーム、それはそれでとても美味で満足…。

というわけで贅沢にも、おかわり鰻は…
DSC02030b.jpg
やっぱり安心の味…蒲焼き(ピントが…(汗)!

そして〆はやっぱり…
DSC02034b.jpg
肉!

もういつ死んでも良いぞ!って、
そんな気分になる。
(以上、秋田駅前 炉端焼き 檜森[ひもり] にて)


不届き者のフリーアナウンサーによる「人工透析患者自業自得論」…
実は、ちょっと頭のおかしい彼の暴論だけではなく、
健康保険や医療の現場では、普通に語られている話題だと、
以前聴いたことがある。

※人工透析…腎機能が10%程度に低下することで、血液を
      外的手段によって浄化する治療で、週3回の通院、
      各回4~5時間を要する…。
      就業のあり方に直接影響するし、出張や旅行にも支障が生ずる。

人工透析患者を、「飽食に明け暮れた自業自得の怠け者」という、
短絡すぎる論理で批判したものだと思うけれど、
原因としては、「ストレス」による暴飲暴食や、多忙な仕事に
起因する栄養バランスの崩れ、「外食」「偏食」等々が考えられ、
まさに「人生いろいろ」なライフスタイルが影響する上、
発病の圧倒的多数は「先天的体質」即ち、「遺伝」…
であるのだそうだ。

自分も今のところは大丈夫だけれど、腎臓と云うのは、
数値が改善することがない。

つまり、要人工透析の数値が9とすれば、
現状が4なら、食事制限をしたからといって
それが3とか2に回復することはあり得ない。
だから節制の目的は、数値が進行しないよう
注意深く、ひたすら現状維持を目指すしかない。

結局、先のことは誰にも分からない。

栄養摂取も、腎機能維持の為に、カロリーと塩分の抑制は
当然のこととして、他にカリウムだとかタンパク質を制限すべし!
と云われても、肉も魚も米も豆も牛乳も、食物自体が
殆どタンパク質で出来ているし、カリウムなんてのは
生野菜に最も多く含まれるらしい!!

じゃあ、一体何を食べれば良いのさ!?ってわけで、
ヒトが生きてゆく為の「食べる」って行為そのものが、
病や死に近づく行為でもあるわけで、
気の毒すぎる「人工透析患者」に対し、

「自業自得だから行政は援助するな、死ね!」

と言い放つのは、ヒトとしてあり得ない話だなあと、
強い憤りを覚えるのだ。

年に何度もない贅沢…
夏(秋)は鰻に岩牡蠣
冬は河豚に真牡蠣に蟹(我が家的に小田原の鯵…)

年に一度のこれらが、飽食の代名詞となって、
「成人病の源」とは絶対に思えない!

我々の住む地域的に云うと、すべての元凶は…
「過剰な塩分」…これに尽きると思うんだが…。



ちょうど、リトルフィートがいよいよ待望の初来日をするぞ!
って云う時節に、突然同級生で既にプロのベーシストで、
「あやつは相当稼いでるらしいぞ!」って噂で持ち切りの男が
その時は、階段教室の私の後ろの席にいて、
私の肩をツンツンと突っつきながら、

「ねえねえ、君ってさあ、スライドって出来んの?  
 一緒に"フィート"演ろうよ!?」

と、声を掛けてきたのがキッカケで、以後30年とちょっと
付き合うことになるのだが、その始まりがリトルフィートだって
いうのを、ごく最近思い出した…。

結局、一緒にリトルフィートの日本公演を観に行くのだが、
実は、以後何十回も足を運び、もちろん出演もしたことがある
中野サンプラザホールの、これがその初回!。

ところが、ローウェルはその日、見るからに絶不調。
演奏はよれまくりの最悪の出来..おかげでどうやら私は
スライドギターの特訓は免れたようだけど、
だからと云って油断は出来ない「めんどくさい友」は…

「じゃあ、やっぱこの際…Zappaでもやるかい?...」

まあ、ずうっと彼とはそんな感じだった。

リトルフィートに失望した翌年くらいに、突然
ローウェル・ジョージのソロ作「特別料理」というのが世に出て、
フィートでは表現しきれなかった彼の多彩な音楽性に驚かされた!
と思ったら、すぐに彼の訃報が届いた…。

口さがない輩は「彼は”特別料理”を食い過ぎて死んじまったのさ!」
なんて言ってたけど、あながち間違ってもいないなと思った。
あらゆる音楽を貪欲に取り込みすぎた…ということか…。

彼は元々ZappaのMothers Of Inventionの出身。
フランクザッパは彼のギター弾きとしての才能より、
ヴォーカリストとして、あるいは幅広い音楽性に注目していたと云う。

そんな「特別料理」の中から、まだデビュー前の
「リッキー・リー・ジョーンズ」の楽曲「Easy Money」。
すでにリッキーリーの意匠が強烈に漂う曲になっている。
もうちょっと、ローウェル…観ていたかったな。

Lowell George - Easy Money


追加!
祝ボブディラン、ノーベル文学賞受賞!
って、ホントにいただいちゃって良いのかしら…
私のディラン観って、結構軟弱で、思想も発言もぶれまくる
実に人間らしいヒト…何だけどな。

「公民権運動やベトナム戦争に揺れる若者たちの心をとらえ、
プロテスト・シンガーとして熱狂的な支持を受けた」…って、
その通りだけど、何かちょっと違和感があるなあ。

皆さん、色々苦しんで、これから選曲して来ると思うけど、
自分的には…とりあえず、これにしよう。
この曲がノーベル賞にふさわしいのかどうか、
ぜんぜんわからないけどね…。

Bob Dylan - Subterranean Homesick Blues


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

カラッポの美術館

DSC06345a1.jpg
Ernst Leitz Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

この季節に、何だか有り難いくらいの
鮮やかな紅色。
自然の贈り物だね…ナナカマド。

写真奥の舟の舵窓みたいなのは、今は中身が移転してしまって
カラッポだけど、本来は藤田嗣治の巨大壁画「秋田の行事」を
展示する為に作られたと云っても過言ではない建造物。

生前の藤田の意向により、壁画を大空間に展示し、
上方から自然光を取り込むべく、
特殊な形状の吹き抜け屋根に並べた舵窓から、
絵に対して間接的に挿し込む柔らかな光が
とても心地よい構造となっていたと記憶している。

我々はこの独特で異様な雰囲気の建造物と、
道一本隔てた小学校の、まさに建物と対峙する校舎にいたから、
毎日、刻一刻と完成してゆく建造過程を眺めながら、

「なんだか随分威圧的な建物がお隣さんに出来たなあ…」

っていう、ちょっと迷惑かな?っていう心境だったような気がする。

今はこの建造物とは別の場所に、やけに貧相な美術館(個人の主観です)
が新設されて、作品群もすべてそちらに移動した。

今、首都の方で問題になってるような、
何でもかんでも古くなったら、本来、耐震設計等々
手直しすれば良いだけなのに、何故だか予算を
湯水のように使い、全く別の場所に、新しい施設を作る…。

行政は、レガシーだのレジェンドだのと高らかに叫ぶのに、
本物のレガシーは片っ端からぶっ壊す!。

当美術館は、たぶん解体にもそれなりに莫大な予算が
掛かるからだろうから、今になって慌てて、
「レガシーの有効活用」を行政側は模索してるようだが、
それは新しい施設を作る前に、結論づけられてなければ
ならないことで、何だかとてもダラシナイ所業に思う。

ここまで個性が強い建造物を、他の用途で使うと云うのは、
相当困難だと思うし、ナカナカ良いアイデアは浮かばない。
美術館は美術館でしかないけれど、こんな北のはずれの
地方都市にも、それはもう大小、お腹いっぱいなくらい存在する…。

なかば無理矢理だが、捻り出てきたのは、

オペラハウス

この地方は言うに及ばず、この国全体を見渡しても
絶対的に不足している施設。

未来のこの都市の文化的方向性を模索する意味だけではなく
本式のオペラやミュージカルを上演できるオケピットを備えた
高階層まで吹き抜けのオペラハウスは、招聘する演目にもよるけれど、
他県からの集客誘致の意味でも有効ではないかな…と思う。

道を隔てた向かい側には、間もなく3000席超の大ホールが
出来ると云うから、こちらは500〜800席程度の小ホールでも
圧倒的な外装の威容もふくめ、格調高い雰囲気が醸し出せるのではないか?

しかし、問題は新設ではなく、改装を含む
リノヴェーション….それにこの街の為政者、
行政はどの程度本気になれるのか疑問?
また、常に行政の御用機関でしかない地元メディアは、
そうした有機的な世論を、きちんと形成出来得るのか?....
そっちの方が案外ミモノだったりするな。



Avalon以降の、やけに分別臭くて、インチキくさい
ブライアン・フェリーに較べると、この時代の
猥雑きわまりなく、バタバタ&クネクネ落ち着きがなくて
全く何をやりたいんだかさっぱり分からないけど、
その暗闇をみんなで楽しみながら、未来へ進もうとモガいてる
ロキシーの姿が、私はやっぱり好きだ。

この曲は問題作“Country Life"の中心曲で、
最も緊張度が高いOut Of Blueの濃密な演奏のあとに、
ふうっと緊張を和らげるようなのんびりブルースナンバー。
この辺りもロキシーは大人のロックバンドとして、
巧みだった気がする。

まっ、聴いてるこちらはまだ高校生だったけれど、
結構、夢中になって聴いてたな。おっ!ウェットンがいる!
クリムゾンがタコメーターのレッドゾーンを越えてしまった
直後だね…たぶん。
ROXY MUSIC - IF IT TAKES ALL NIGHT


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

泡の時代の小さなお話

DSC06314a1.jpg
Enna-Werk München 'Lithagon' 3.5 / 35 (Early-1960's)

超天然のリノベーション・オフィスビル(!)らしい…。
うーーーむ、お洒落だ!?
相当手はかかりそうだが、良いオフィスになりそうな予感…。
って、現在、何のビジネスもしてない自分が云う話じゃないね。



自分らは一応、バブル世代…なのだそうだ。
その割には、大してその恩恵を受けた覚えもないし、
当時の不動産屋や證券屋みたいに、1万円札を派手に
ばらまきながら、銀座辺りで豪遊した記憶もない。

わずかに思い出すのは、大して持ってはいなかったけれど
何となく持ってる気分になって、あと先考えずに
クレジットカードを振りかざしてみたり、
ほぼ毎晩立ち寄るカウンターのみの小さなスナックに、
ひと月だけ試しに「カード払い」をしたら、
請求金額が40万円ほど..。ちょっとだけ慌てつつ
「もうやめた、行かない!」ではなくて
「もうカード払いはやめた…」だから、
ちっとも懲りてないわけだ。

そんな調子で毎晩、終電過ぎまで呑んでいて、
駅前でタクシーを2時間も待って乗りつつ、
電車なら200円程度の距離を、わざわざ首都高に乗って、
1万円掛けて帰宅したりと、今考えればメチャメチャ…
充分に狂乱の時期ではあったようだ。

この時期は思い出したらきりがないほど様々な
「ばかな話」が尽きないけれど、ふと思い出すことになったのが
かつての部下「K君」のこと。

今は、千葉の我孫子というところで、
地元の農作物や、諸々の物産の「ネット販売」や「道の駅」的な
直売所を多数建ち上げて、ナカナカの年商を挙げている会社の
社長さんらしい。

実は昨夜も彼から電話があって、私の体調をやけに気にするので、
何だどうした?と訊くと、私の体調が良ければ、
是非仕事を手伝って欲しい。企業をもう一段スケールアップ
したいが、既に自分の能力の限界を越えてしまってるようで
信頼できる牽引人、適任な企業コンサルタントが絶対必要…
しかしそんな人材は、Pさんの他に知らないし、
昔の恩義もある…ということらしい。

もちろん今はまだ…と固辞した上、
自分の限度を超えていると思うなら、無理に大きくするな!
現状維持で、業務の取捨選択を速やかに行うべし!的な
ことを助言させてもらったが、ところで、恩義って?何だっけ?
というと、彼は昔話を滔々とし始めたのだ。

Kは、業界でも噂の問題児(?)のその男を知っていたし、
興味津々だったけれど、まさかその男からKに直々連絡があろうとは
思わなかった。男は単刀直入にKにヘッドハンティングを仕掛けてきた。

「君の仕事ぶりには注目している。君の能力を最大限活かせる職場は
 残念ながら今、君がいる会社ではなく、私のところ以外ないはずだ!
 それは君にも分かってることだろ...」

Kは即決で了承したらしい。
給料は現状維持だが、実績とそれに伴う役職によって収入は拡大する…

上司となった男は,Kに対して何の指令もせず、
ただ、好きなように自分で考えて動いてみろ…
それだけ云ったそうだ。

1ヶ月経つと、まだ利益獲得までは行かないが、
有力な得意先が相当数増えていた。

するとKは上司の男に云った

K「この会社…バンスって出来ますか??」

男「いくら?」

K「300万…結婚するので、式の費用です」

男「分かった。社長に相談するけれど、たぶん月5万、
  給料差っ引きで5年間…それで良いか!」

K「願ってもないです。恩にきます」

しばらくして、給料日に5万円が引き落とされてないと、
Kから申し出があった。上司の男は面倒くさそうに答えたらしい。

男「ああ、お前の給料なあ、営業手当5万支給のこと云うの
  忘れててな…そういうわけだから…よかったな…」

Kは一生この会社に骨を埋めるぞ!と決心したらしい。

ところが、返済し終える前に、Kはなんと離婚…そして翌年再婚!
Kは完済を待って再び追加バンスをしてもらおうとしたが、
その頃はもうバブルも崩壊!とても大金を融通する余裕は
会社になく、要求の半額くらいが精々で、やむなく地味婚へ...。

今更だが、文中の上司の男とは私である。



実はXTCの曲で、長いことこれが一番好きだなあ!
って思ってたのがこれ!

一応トッド・ラングレン=プロデュースの意匠がくっついてるけれど、
いかにもトッドが嫌いそうな、XTC的なおもちゃ箱ひっくり返しの
それが整理されないままゴチャゴチャしたサウンド。

たぶん、アンディによる自宅録音デモテープそのままで、
トッドの手は通過してないと思う。
実際にアルバムには含まれず、GRASSの12”シングルのB面に
ひっそりと、殆どどさくさ紛れ的に発表されたもの。

しかしそのゴチャゴチャの中に、彼ららしい音楽の幅広い知見(憧憬かな?)
が溢れていて、かなり病的な音楽マニアぶりが伺えるのだが、
そう云う島国根性的偏執具合が、オーガニック志向のアメリカ人気質の
トッドには全然理解できなくて、やがて(既に?)大喧嘩に発展する…
というのが如実に分かる曲。

ソウルとかファンクへの偏執狂的愛情+サイケにブリティッシュポップ…
そんな感じ「最高!」
XTC - Extrovert  


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

心の原風景

DSC06233あ1
Ernst Leitz GmbH Wetzler 'Summar' 5cm / 2(1937)

分かりにくいけれど、鉄橋の踏切…。
天気が良いと無意識にここにやってきて
写真を撮ることが多い。

まだ物心がつくかどうかの幼い頃、
私はこの近くに住んでいたらしい。

近所の工業高校の野球部員の溌剌とした声、
木製バットの鈍い音…何となく覚えている。

家の横に堰(用水路?)が通っていて、
メダカやドジョウが泳ぎ、
夏は蛍がたくさん光ってた。

カンカンと踏切の警報機の音、
蒸気機関車が煙を吐き、
鉄橋をガタゴト通り過ぎる音、
プーンと鼻を擦る蒸気と石炭の混じった臭い。

最近知ったのだが、そこは祖母の家だったらしい。

日清戦争開戦の年に生まれ、少しアルツハイマーが
始りかけた祖母が、かつてこの近くにあった
ヘルスセンターからの帰り道に、偶然、売家を見つけて、
「ここならヘルスセンターに通うのに便利…」と、
衝動的に買ってしまったらしい。

タイミング的に現在の本宅を建増ししていた時期に、
何故そんな余分な出費?とかいう前に、
取りあえず平和裡に一家でその屋敷に入居したものの、
1年と経たずに売り払ったそうだ。

もう50年以上も前の話だけれど、不思議とここらの
景色とか匂い、音は、殆ど変わっていない。

蒸気機関の「匂い」は勿論ないけれど、
川の流れや電車の行き交う音...
そして鉄橋を電車が通り過ぎた後の静寂、
風のざわめき、鳥の声…。

野球の音は、金属バットのせいで幾分甲高くなったけれど、
選手達の掛け声は、昔も今も変わらない。

東京の調布と三鷹のサカイメ辺りに「野川」という
川と土手があって、私は何故だかその景色がとても好きで
電車とバスを乗り継いで、そこに辿り着くと、
土手に腰掛け、煙草を燻らせながら、
「さて….どうしたもんじゃろうのう…」と
思索に耽りながら、ぼんやり佇む…
そんな大切な場所だった。

その時は気付かなかったが、三鷹の国際基督教大学近くの
「野川」は、まさに故郷のこの場所に似ていたのだ。

土手の梅の木の下のベンチに腰を下ろして、少し目を瞑る…。
もう一度目を開けたとき、辺りが50有余年前の景色に
変わってたら、どんなに素敵だろう!

そんな妄想も心地よい、秋の日の、
故郷の踏切と鉄橋のある土手の道…なのである。



ちょうど音楽を生業としていた時期、
周囲の音楽仲間は皆一様に、仕事に直結した
フュージョン(AOR含む)だとか、
まだ僅かながら息があったモダンジャズの話題ばかりで、
自分的にはウンザリ...。

英国発の刺激的なドラムサウンドやギターサウンドが
どんどん入ってきてるというのに、業界的にドラムサウンドは
すべてSteely DanのAjaにおける、スティーヴガッドのスネアの音ばかり…。
元々は驚いたサウンドではあったけれど、さすがにもうウンザリ…。

どうせなら、己のビジネスとは全く接点ないような音楽に
親しんだ方が、遥か楽しいに決まってるのに!!...
というような発想は、どうやら稀だったらしい。

現実に、一部のバンド仲間とは、仕事と一切関係ない
キングクリムゾンの即興性や、そのメカニズムとオルガスムス(?)
といったことを語り合ったり、XTCやエルヴィスコステロや
ストラングラーズの新作や、スティーヴリリーホワイトが発信する
ゲードエコーサウンドを何故日本のエンジニア達は真似しようとしないのか?
日本のエンジニアは耳が悪いんじゃないか?
…なんて話し合ってた仲間は…本当に数えるほどで、
もっぱら、TOTOがどうしたとかEW&Fだとかクインシーだの
何故わざわざビジネスに近い、感動の薄い音楽を聴きたがるのか?
と思っていた。

そう云うわけで?当時世界最高で、これが最先端なのだなあ!
って実感しながら、毎日、まさにステージの本番直前まで
どっぷり浸かって聴いていたのが、このピーターガブリエルの
アルバム(Gabriel III)。

今なら普通に聴ける音の粒も、当時はすべてが初めて耳にする
驚異のサウンドだったわけで、その驚きと快感は格別のものであった。

曲も演奏形態もプロダクションも、すべてが新しくて刺激的!。

そして自分を取り巻く現実と、こうした理想の音楽との乖離は
ますます激しくなって、なにげに悶え苦しむのだが、
まさか3年も待ってたら、日本も含めて、こういったサウンドが
業界の主力になろうとは…考えもしなかったな。

勿論その頃はもう次なる最先端音楽!に興味が移ってるのだけれど…。

Peter Gabriel - Games Without Frontiers


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

曼珠沙華...青春の終わり

DSC06260a1.jpg
Jupiter-9 8.5cm/f2(1957)

とっくに北限を超えているはずで、
本来、当地には存在しないはずの曼珠沙華(ヒガンバナ)。
見つけたときは、ちょっとだけ興奮したりして…!



学生の頃、同じ学部でクラスも同じバンド男が、
山口百恵のアルバム「曼珠沙華」にべ−シストとして
参加した!とか、当時人気のロックグループのメンバーが
やっぱり同じクラスにいたとか、さらに学科は異なるけれど、
同じ理工学部に5人だけいた女子学生のうち、
2人が、今で云うグラビアモデルで、頻繁にメディア露出してたりして、
まだまだ田舎出ヤマダシ少年の私は、自分のいる環境に興奮しつつも、
それが決して特殊なものなどではなくて、東京というところは、
そういうのが当たり前な街なのだ!…なんて思っていた。

ミスター曼珠沙華(?)とは、以後30数年に渡って
おつきあいいただくことになるけれど、彼とはまた別のルートで
大手芸能プロでのイベントアルバイトに誘われ、それキッカケに、
何となく音楽(芸能)方向に人生が大きくシフトしてゆくのだった。

不思議なことに、無事2年生に進級できたあと、
そろそろある特定の、アルバムデビュー寸前
ポップ系女性シンガーのバックバンドに参加するようになって、
本格的(?)に学業が疎かになり始める。

それでもタマにだが、学校に顔を出すと、何やら周囲が
ヒソヒソ、バタバタと異様な雰囲気を醸すので、
何が起きたのかと思ってたら、どうやら今度は、
この田舎出ヤマダシ男の私本人が、噂の種を提供していたらしいのだ。

あいつが噂のプロギタリスト…!?
今宵は渋谷の有名ライヴハウスに出演らしい…。

あれあれあれ…である。

実際にはそのバンドも、彼女がいよいよメジャーデビュー!
という時になって、バンドは会社の思惑から「ビジュアル系!」に一新…。
もちろん私はあっさり解雇された。

「もう充分、真っ当な学生に戻ろう…」
そうも考えた。またその時、実際にそうしていれば、
人生の景色も随分と変わっていたかもしれない。

しかし諦めきれなかったんだろうか、私はいつの間にか
別の新人歌手の専属ギタリストになっていた。

そしてほどなく実家に、殆ど会ったこともない担当教授名で
「進退伺い」が届いたと知らされた。

さて、戻るところがなくなった…。

生まれて初めて「所属先(帰属先)」というところを失ってしまったのだ。

そんな不安感からか、本来属性などないのに、
プロダクションとの絆と云うか、つながりを深めていったら、
何だかおかしなことになって、いろいろ業界的には
禁則を越えるようなことにもなり(詳細御容赦!)
気がつけば、総務部長にたっぷりお灸を据えられたりしてるうちに、
なんだかすべてがイヤになって、結果的に放り出してしまう…。

それが青春の終わり…今にして思えば…だけどね。

山口百恵 - 曼珠沙華(まんじゅしゃか)


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

該当の記事は見つかりませんでした。