ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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ゆっくりと再起なのじゃ!

DSC09592あ
Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

何度かこの項でも書いているけれど、
長く働いた貿易商社が、何故だか黒字経営のまま、
突如「任意解散」…という事になって
あえなく失業...。

自分は請われるまま「副社長待遇」で
元部下が数年前から独立開業していた会社に
厄介になる事になった。

元部下で経営者の男(当然年下)には、独立開業に際し、
莫大な遺産が入ったとか、株と土地転がしで大儲けしたとか、
様々な噂があったが、わりと身近に居る事になった私にさえ、
彼が本当の事を打ち明ける事は遂になかった。

つまりはその程度の関係性しか築けなかったということ…。

副社長待遇とはいえ、会社運営の隅々までを、
余すところなく見渡さねばならぬ
超多忙の、いわばドブさらい役…。

今風の「時間外労働時間」で云えば、
月150時間(100%サービス残業)を猶に超え、
休日は月1くらいだが、それもしょっちゅう飛ぶ!
すぐに代休を!...なんて言いながら、
そのままあっという間に1ヶ月が過ぎる…。

そんなのを4年間も続けたら、身体のアチコチが
ギシガシと悲鳴をあげ始め、さほど深刻とは云えないような
妙竹林な体調不具合に、次々と悩まされ始めると、
知らず知らずに神経もおかしな事になって、
フラフラと駅のホームで、あらぬ事を考えるようになったり、
もう辞めるしかないなあと思いつつ
責任上なかなかそのタイミングを逸しながら、
身体も神経も限界を超え、最後は…

「副社長、アナタらしくないよ、しっかり筋を通すべきだ!」

って非難を承知で、もうこれ以上は1秒たりとも我慢できない
ってところまで神経的に追い込まれて、
逃げるように退職した…。

もちろんすぐに求職して働き出したけれど、体調は戻らず、
半年ほど経ったある朝、目覚めると、痛みは何もないのに、
一向に立ち上がれない状態になった。

腰から下に力が入らない。

病院でMRIを撮ると、原因が判明した。
脊髄にヘルニアらしき腫瘍が出来て、
それが時間が経つうちに固まって骨化し、
下半身への神経に圧迫を加えて、
下肢がほぼ麻痺する病気…。

背骨を割って、骨髄にコミットして腫瘍を切除…。

結局この病気で、リハビリ含め1年近くを
棒に振る事になるのだが、この事で、
元の長く勤めてきた業界に対する未練が
完全に断ち切れたから、それはそれで
無駄な時間ではなかったかなあって思う。

既にもう50に手が届く年齢になろうとしていたけれど
そのあと参入した自分にはまったく新たな業界が
本当に愉しくて、充実していたから…

人生なんて何歳からでもやり直せるものだな!

って思うようになった。

まだまだがんばるよ…ゆっくりとね…。



自分のソウルミュージック事始めは、マーヴィンでも
スティーヴィーでも、もちろんマイケルでもない。

奇しくも、どちらも映画がらみで、
アイザック・へイズの「黒いジャガーのテーマ/Shaft」、
そして、カーティス・メイフィールドの「スーパーフライ」

この2作であった。

もちろんこれがソウルミュージックである!
という認識は中坊にはまだない。

なんとなく黒人さんのエグさというのか、
やや汗っぽい体臭がダイレクトに伝わって来る音楽…
それがちっともイヤじゃない…。

これが、自分とソウルミュージックの
幸運なファーストコンタクト…
そんな気がする。

そうしたわけで、このスーパーフライ…
塩ビ盤も数回買い直したし(何故かいつも貸したまま消息不明になる)、
CDになっても、何故だか3回くらい勘違いして
持ってるのに、見つけるとつい、買ってしまうのだ….。

で…このアルバムでは確かB面頭の、この曲が一番好きかな…。

Curtis Mayfield - Give Me Your Love


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なんちゃらフライデー...だと

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

男の背中…で、ござる。

愛すべきホラ貝吹き親爺…

「ホラだばふぐどもばしこがね」
(ホラは吹くけど嘘はつかない)

そういって寒さに震えるギャラリーを
暖かく和ませていた…

憧れの、なかなかカッコいい親爺である。



2月に入ってから、体調も最悪状態で、
殆ど外出していない。

一時期は、シャツを着替えるだけでも
激しく息切れし、フリーズして動けなくなるような
そんな状態で、なんとか病院まで辿り着き、
調剤してもらったら、それが近頃になってやっと効いてきたようで、
まだまだベストにはほど遠いけれど、
普通に散歩くらいは出来るようになってきた。

しかし、まだまだ寒いし、凍って畝った雪道は
やはりツラかったりする。

もうどのくらい昔の事だったかすら覚えてないが、
やはり昨今の「なんちゃらフライデー」とそっくりな感じで
「週休二日!」が政府主導で導入され、土曜日が休み…
さああなたならどうする!

家族旅行?温泉一泊?ドライヴ?帰省?趣味に没頭??

どうせ自分には関係ないさ…。

日曜だって休めるかどうか怪しいのに….
世の中の人たちって、随分ノンビリしてるんだなあ…

今にして思えば、休もうと思えば充分休めたんだと思うけれど、
なにしろ当時の道徳は…

「他人が寝てる間も働く事こそ美徳!」

「ライバルが休んでる間にこそ働いて、ココで一気に差をつけるのだ」

そんなヘンテコな思想が、まだ日本人の大半に残っていたから
土曜日を休日にするのにはまだまだ抵抗あり...と云うか、
罪悪感すらあったように思う。

まあ、いろいろ抵抗はしたけれど、何とか隔週くらいで
土日の連休を獲得するようになると、喜んだのは家族…。

そうか休日が2日あれば、最低でも1日は
家族サービスに充てられるわけね…
それはそれで…まんざら悪くもない…
いや…実にいい。

そうすると、なんちゃらフライデー…

お時給制の派遣の方々などのお給金はどうなるのか?
って云う心配もあるけれど、その高々3時間の余裕で
現代の仕事人達は、そのライフスタイルを、
如何に変えようというのか?? 
当分見物かなって気がする…。



体調が悪かったり、いろいろ壁に頭をぶつけたりして
迷ってるときなどは、自分の場合は決まって
ロックパイル周辺!

ニックロウでも良いしコステロでもデイブエドモンズでも…
とにかく元気が出てきて、突然「ああーバンドやりて〜!」
ってな高揚した気分になって、とても良い按配なのである。

そうしたわけで、体調最悪ではないけど、45%くらいの
今なら、こんな曲、Girl's Talk…あたりがちょうど良い!

ご存知エルビスコステロがエドモンズに贈った曲。

PVの屋上ライヴ風(?)は、どこかで観た事あるようなシーンだけど
別にそれを真似てるようなそぶりもなく、相変わらずニックロウは
ベースをブンブン振り回していてカッコいい。

この人を見てると、「バンドやりて〜」、に加えて
「ああ、ベース弾きて〜!」って気持ちになるから不思議だ!

まあなにしろ、元気のお裾分けだあ!!
えっ?半病人からなんて要らね??そりゃまた失礼!

Dave Edmunds ~ Girls Talk

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谷底スクランブル?

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

普段あまり見掛けないせいか?
群衆と云うか、まとまった人影を見ると、
ついシャッターを押してしまう悲しい習性が
すっかり身に付いてしまったようだ…。

地下鉄銀座線が、駅ビルデパートの3階から発着するほどの
渋〜い谷の、まさにその谷底にあるスクランブル交差点なんかに
いま足を運んだなら…シャッター押しっぱなしで
目を回して倒れ込みそうだ…なんてね(!)。

ちなみにあの谷底は、今でこそ「天気予報TV中継」のメッカ?
のようになっているが、私がTVの生中継隊バイトをしていた頃は
あそこはテレビ中継にはまったく鬼門の場所。

中継車の送信アンテナから、電波を
東京タワーにぶつけるように発信してこその、
生中継が適う仕組みなのだが、
その深い谷底からは、地形的&角度的に、
東京タワーには電波が命中しないのだ。

今は東京タワーのほぼ2倍の高さの業平タワー…
じゃない…スカイツリーが出来たことで、
楽勝であの谷底から電波を発射できるから、
テレビ業界は昔の仇を討つように、鬼門のスクランブルから、
まさに鬼の首を穫ったような気分で、
盛んにエへラへラ…と、不気味に舌舐めズリなんかしながら
中継をするんだろうな。

さらにちなみに…が続くが、業平橋のまさにあの地点には、
かつて戦前の古い軍需工場の建物が残っていて、
その独特の雰囲気を生かした、今風に云うとリノベーションした
アンティーク家具のリプロダクト(改造)工房兼展示販売所...
があって、我らアンティーク好きオバカ夫婦は、
しょっちゅうそこに出掛けては、古い英国のチェストやら椅子、
ゲートレックテーブルやらを購入…

値段はわりといい加減で、
例えば15万…って値札が付いてるけど、
「何とかならないか?」と聞くと、必ず係員は
「希望額を言ってくれ!」と言うから、
そこで思いきって、半額くらいの価格を言うと、
意外や意外、握手を求めてきて商談成立…
そんな世界だ。

もう無くなっちゃったっていうか
スカイツリーになっちゃったわけだが…
ちょっと残念...。

同じようなのは、月島とか佃島あたりの巨大倉庫丸々が
英国アンティーク家具工房!って云うのも多いから、
そういうのも、観光地じゃ全然ないけど、今思えば、
東京の密やかな楽しみ方…じゃないかなって思う。

帰りに月島のもんじゃも堪能できるしね….。



私が小6か中1か定かではないけれど、いずれそんな時代に
あまり音楽などに興味もないような父が….

「どうやら、うちの倅は洋楽好きらしい(?)」

「ならば、由緒正しく行儀良く...しかも流行のここら辺か??」

そんな思い込みでプレゼントしてくれたのが、
映画とともに結構ヒットした「雨にぬれても」が表題の、

バートバカラック全集。

とはいえ、こちとらまだいたいけな子供だから(?)、
最初に好きになったのは、BJ.トーマスが唄うその表題曲や、
ディオンヌワーウィックの「サンホセへの道」や
「恋よさよなら(I'll Never Fallin' Love Again)」あたり…。

ところが、ビートルズはもちろん、
ハードロックにアートロック(?)にプログレ…
フォークロックからシカゴブルースにモータウン、
さらにスライ、さらにはマイルス、チックコリアまで、
大体聴きかじった中3あたりになると、
相当に趣向は変わってきたと見えて、実は相変わらず
「箸休め」的に聴き続けていたこのバートバカラック全集の中でも
好みが「アルフィー」とか「ウォークオンバイ」そして
「この胸のときめきを」で、すでに一世を風靡していた
ダスティ・スプリングフィールドの「愛の面影(The Look Of Love)」。

この辺りを気に入って聴いてたように思う。

バンドマン時代は、ジャズクラブほど本格的じゃあないが、
お客が外人ばかりのアメリカンクラブとか、サパークラブで
ジャズ歌手さんのバックの仕事も結構あって、
この曲を唄うヒトも多くて、結構自分的にはノリノリで、
もちろん静かに...演奏してたような記憶がある。

Dusty Springfield - The Look of Love(愛の面影)

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よのなかばかなのよ

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

チョイと悲惨な感じの豪雪写真だけは、
ズズ暗いからヤダなあって思ってたのに、
ここまでしつこく降られると、
逆にちょっと呆れすぎて、笑っちゃったりして…。

風の噂では、東京あたりはもう春の陽気…
ってことらしいが、ここの現実は、
相変わらずこんなです…ハイ。

東京に居た頃の、冬の外回り営業は
基本的にコートなし!

今日も元気いっぱい!...ではなくて、
営業先ではいちいちコートを脱いでご挨拶…
しかし残念ながら、アポなしの飛び込み営業なら大抵は…

門前払い。

その度に、またコートを着て、また脱いで…
それがメンドクサイし、脱いだら脱いだで片手が塞がって、
玄関先などでカバンから資料を取り出して、
小プレゼンするにも支障があるから、
最初から少々寒いのは我慢して「コートなし!」。

それでも東京は充分通用するのだが、同じ事をココ(秋田)で…
となると、それは殆ど命に関わる。

ついでに云えば、私、35年も東京に居たものの、
田舎者の面目躍如か「花粉症」にはとんと縁がない。

今は事情が違うらしいが、当初は「都会人病」と呼ばれて、

「どーせ。あたしゃあ田舎モノですよ、山出しの猿ですよ」

なんて言ってたけど、内心「ざまあみろ」なんて
一切思わなかったと云えば、嘘になるかなあって感じ。

ところがだ、田舎に戻ると、何だか春先になると、
目は痒いし、くしゃみ、鼻水は出る…
風邪気味かな??と思って、定期の通院で、主治医に

「ちょっと風邪気味みたいで…」

と云うと、先生は涼しい顔で...

「はい、花粉症っすねえ、お薬出しときまーす」

えっ、何故、何で?? ここ田舎だよ….

まったく世の中、うまく行かないのだ。 



中学生の頃、もう猫も杓子も父ちゃんも母ちゃんも
兄ちゃんも姉ちゃんもみんな大好きニールヤングの
「孤独の旅路」って…もうゲップが出るくらいに
大ヒットしてた時期があった。

ところが自分はこの曲が入った「ハーベスト」ってアルバムより、
一つ前の「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」に
すっかり心酔していたから、「なんだかなあ….」って
世の不条理みたいなモノを早くも感じるわけだけれど、
まあこの感情は未だに続いてるわけだ。

たぶんロック好きには必須の、あるあるの感情というか、
ある意味ロック好きの自尊心ではないかと思う。

世の中馬鹿なのよ…

そんな流行歌が昔あったような…??

まったく余談だけど、何年か前に、懇意にしてたブロガーさんの
音楽ブログで、ピンクフロイドの壁だったか鬱だったかを
大絶賛した記事を揚げていて、まあ私は毎回コメントしてたから
少し考えたけど、やっぱり提灯コメは出来ないタチだから、
「正直苦手ですこれ」ってやったら、驚愕のリプライが…

「世界中で何百万枚も売れた名作ですよ!それを苦手と云う
 あなたの方が、感覚がどうかしてるのだと考えないのですか!?
 キチンと分かるようになってから、またいらっしゃい…」

もちろん未だに理解できないので、あれ以来お邪魔してませんけどね…。

ニールヤング騒動が一段落すると、CSN&Yの中では比較的
脇役に甘んじる事が多いクロスビー&ナッシュがつるんで発表した
この曲「イミグレーションマン」!。

中学生には、とてもとても麗しく軽快なポップでロック…?
早い話がよくわかってないんだけれど、なにしろ気に入って、
すぐに出たアルバムまで無理して買ってしまうのだけど、
アルバムは…中学生にも理解できる…大した出来ではないなあ…と。

何も分からずボンヤリと、この感じ好きだなあって
聴いていたけれど、今現在、この曲がとても重要な意味を持つ
世界になってしまった。聞いてるか大統領!

そういえばグラハムナッシュには「狂気の軍隊」って唄もあったなあ…

Crosby & Nash - Immigration Man


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鈍色の空から

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

モノクロームではない…立派な(?)カラー写真。

北の果ての、春まだ遠い鈍色の空は、あらゆる色を奪う…。

そんな空の下、体調も芳しくないと、
一瞬、自分が、生きてるんだか死んでるんだか
よくわからなくなる瞬間がある。

そんな虚ろな時に限って、何故だかタイミング良く
東京にいる家族が電話をかけてきて、
ガチャガチャと嵐のように、ああでもないこうでもないと、
他愛ない仕事の愚痴をたらたらたらたら…。

自分はもう、現役から離れて久しいからか、
以前のように気の利いた助言など
出来なくなくなっていて、ただただ...

「へぇ~そうなのか…大変だなあ…でもさ、
そんなに頑張らなくっていいからね…ゆっくり休み休みでいいのさ…」

若いときの自分なら、絶対云わないし、
考えもつかなかった言葉を言い放つ自分に、
少し驚きながら、そんな取るに足らぬ言葉が、
どれだけの彼女らの助けになるのかわからないけれど、
結果的に自分が、やっぱり生きてるんだなあって、
しみじみ思いつつ、本末転倒に、助けられてたりするのだ。



自分にとっての、ロック体験というか、長い長い音楽人生の
第何章目が、ココで終り、且つ、何かワクワクするような事が
ここでいよいよ始まったような、そんな気がした記念碑的な曲。

自分はもう確実に「アラ環」と呼ばれる世代で、
そろそろ人生も一周環ろうとしているけれど、
この曲のときはまだ、ハタチそこそこにも関わらず、
なんだかロックも一周してリスタートってな気がしたし、
事実、70年代終盤には、クソ面白くなくなってたロックも、
この曲、グループに引っ張られるように、
急激に前進し始め、賑わいを取り戻して行った。

残念ながら、ここ10年か20年は、
ロックもまた停まってしまったまま
動かなくなっちゃったけどね…。なに、また現れるさ…

救世主が….。

Public Image Limited - Public Image

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ヒトノココロ

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

所属プロと揉めるタレントって云うのを、
自分の短い音楽生活の中でだけでも、イヤというほど観てきたし、
まだ自分もハタチそこそこの、未熟な人間にも拘らず、
どういうわけか、心ならずも、数人のアイドルさんから
人生相談を受ける立場になっていて、プロ(マネジメント)側には

「要らん知恵をタレントに付けるな!」

と、何度も警告される、いわゆる
要注意人物=危険ギタリスト…
と成り果て、上から睨まれるのである。

いまやベテランの大歌手という人も、デビュー直前にして
既に死ぬの生きるの、男と別れさせられるくらいなら
辞めて直ちに田舎に帰っちゃるけんね!

…そう主張しつつ、親、代理人等総動員で、
新人養成契約解除を主張し(給料3万円!)、
その結果、円満退社→高待遇で別プロへ移籍して
デビュー→大スター(今も)!
そんなのも間近に観てきた。
(Wikiではまったく異なるストーリーが創作されている!)

逆に、会社側から映画出演を命じられるも、その中には
ヌードシーン、ベッドシーン等があり、泣いて断ると

「たくさんの人に迷惑がかかるから、とにかくやってもらわねば困る!」

「わがままを通すならすぐにでも辞めればいいさ! 
 しかし、CMとか番組側に契約不履行で訴えられて、莫大な賠償金も
 請求されるかもしれない…さあ、どうする?」

そういわれて鬱病(パニック症候群?)になり、
その壮烈な発作に苦しむアイドルも、何人か知っている…。

そこまでに至ってしまうと、タレントにはマネジメントは
もはや恐怖の対象でしかないから、コミュニケーションは断絶する。
条件反射のように、唇を震わせ、何も言えない精神状態に追い込まれるのだ。

周囲の大人達が、分かったように「(不満があるなら) きちんと話し合え!」
と説得したところで、もはや顔をあわすだけで、恐怖に震えるだけ。

そこで宗教団体と云うのは、自分にはまったく未知だけれど、
逃げ込める場所があっただけでも、タレント側には大いにラッキー!
そう思うのだ。

団体に某かの魂胆があったにせよ、今は彼女のココロの救いにさえなれば
それで良い気がする…。

それをタレントのルール違反だとか、成人として不適格だ不誠実だのと
断じたところで、まったく意味がない…と思う。

責任はただただ、マネジメントに失敗したプロ側にある。

明らかに、昔から続く芸能界に巣食う悪しき因習…
「代わりはいくらでも居るのだ…とにかく働け働け働け!」
そういう女衒のような構図。

そして、それを批判できない同業者コメンテータの限界…
そういう事だろう。

彼女らは月給制だそうだが、月給制なのに
「自由業」という範疇に分類され、労基法の適用外となる。

業務委託関係の契約があるだけで、就労規則もなければ
残業も休日出勤も有給休暇も、労災認定ですらも、
その概念すら存在しない身分なのだ。

睡眠時間など知ったことじゃあない。それだけマネジメント側が
必死にオマエなんかの為に努力しているのだ、感謝せよ。

もちろんマネージメント側は決して悪人ではない。
むしろ善い人…。

しかし所詮決定権のないサラリーマン。
タレントの主張ばかり聞き入れていたら、
管理能力のない、ダメ社員の烙印を押されてしまうから、
時々キレたような命令口調になって、繊細な神経のタレントとの
信頼関係を破壊してしまう…。

サラリーマン社会にはありがちなことだが、
ヒトを商品として扱う業務にはつきものの事柄で、
やはりマネジメント側の未熟さが引き起こす事件だと思う。

宗教団体の事は知らない。

ただ人心を掌握し、コントロールするには本職とも云える組織…。

学生時代に、宗教家の友人と昼食に牛丼を食っていたら、
彼はしみじみ私に云うのだ…。

「ボカアね、この牛丼がとても旨いってことを知ってるから
店に入る時点で、さあ、旨い牛丼が食えるぞ!っていう
幸福と祝福に包まれるんだが、君らはこれが旨いってことを
知らない迷える子羊(?)、何にも分からず、ただ昼の糧として
貪り食らうだけ…もっといろいろ知りたいと思わんかね?」

「うるせいやい、とっとと食いやがれ!」



好きと云うのは結構恐ろしくて、普段はあまり聴かないiPod
だけれど、病院の待ち合いでは、何故かいつもFrank Zappa…。

もう理屈抜きでのめり込み、病院待合室でも、
独りノリノリで盛り上がっている。

もう曲は何でもOKなのだが、大好きな70年の5月〜71年暮までの
元ザ・タートルズの二人=マークヴォルマンとハワードケイラン
が在籍した、俗にいう「タートルマザーズ」のその最後期にあたる
ライヴアルバム「Just Another Band From L.A.(通称LA)」から。

このアルバムは1971年8月のUCLAでのライヴで
1972年発表なのだが、
(ちなみにジョンとヨーコとのフィルモアでの競演は同年6月…)
何故だか国内盤の発売は、長〜いこと見送られていた。

まあ、わりと簡単に輸入盤で手に入ったし、
結構所有してる人もたくさん居て、
高校時代の大学生や社会人とのレコードシェアのサイクルの中でも、
これとフィルモアは、しょっちゅう廻ってきてたような気がする。

国内盤が発売されたのは、たぶんCD化されて以後の80年代だったと
思う。

その少し前までに、ザッパはやがて来るCD時代を見据えて、
私財を投じ、アチコチに権利が散逸していた自分の版権、原盤権を
1枚を除いてすべて買い戻し(200Motelsだけは映画配給権絡みで買い戻せなかった)、
おかげで我々は、高額なプレミア価格のついたザッパのレコードに
大枚を投じずとも、いつでもすべてのタイトルが定額で手に入るようになった。

そういうわけで、何だか病院で延々と待ち続けるのも、
案外、愉しかったりするのだ。

The Mothers - Call Any Vegetable(野菜をよんでみな)

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はじまりのおわり

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Carl Zeiss Jena 'Pancolor' 1.8/50 (Early-1970's)

1960年代なら、SF作品などから得た魅惑の言葉…

「電子計算機」。

70年代になるとその言い方がすこし変わって

「コンピューター」…。
「コンピュータ」ではなく「コンピューター」。

いつしか、近い将来、世の中の趨勢はすべてこの
「コンピューター」というものに支配され、
それに関わる人材は、当然、社会の花形で

勝ち組。

然るに、私は文科系なのになぜか

理工学部…

元々、国立文系志望だったから、受験勉強は、
苦手の理数攻略に終始…。

この方策は結果的に大失敗だったようで、

惨敗。

戦略的には、英、国、社…の私大文系に絞り、
得意科目を徹底的に延ばす対応の方が、
ずっと近道だったわけだが、
もはや後の祭り。

結果、潜り込めたのが、
一校だけ受けたまったく想定外の理工学部。

そこで将来の花形「コンピューター」を
学ぶことになった。

入学早々「電算概論」にて、最初に教えられるのは、
今やイロハのイたる

「デジタルとアナログの相違点…」そして

「ハードウェアとソフトウェアの概念」…。

今じゃあ小学生だって常識的に知ってる事柄。
しかし、その超初歩的概念を、自分はその時初めて、
極めてレアな情報として知るような、そんな時代なのである…。

今の感覚なら、その柔らかいものと固いもの…の
まったく異なる概念の、どちらを選択し、自分は目指すのか…
というところが、まず第一歩となるのだろうが、
学部学科の学習方針は、なにしろハードウェア重視…。

まだマッキントッシュもウィンドウズも存在せず、
何よりOSって概念すら、どれほど浸透していたか分からない。

まずはコンピュータで何をするのか?
そもそもコンピュータの可能性は??
そんな漠然とした、いかにも文科系な疑問に、
技術屋然とした”白衣”の講師陣は
こう応えるのだ….。

何も決まってない分野だからこそ面白いではないか!
君ら世代が今後、コンピュータのグランドデザインを担うのだ。

今なら理解できるけれど、当時は、全然理解できなかったな。
決まってないって何さ!って具合に…。

とはいえ…当時は「BASIC」っていうプログラム言語を使って
入力したプログラムを、カセットテープやレコード(!)に記録し、
それを読み書きして、やっとタスクを実行する。
(まだFDすら存在しないのだから…!)

自分はてっきり、その言語を習得するんだな!
SEっていう単語はまだなかったけれど、プログラムを弄れる
即ちプログラマー…ううむ、いかにも花形っぽくて、
大企業辺りに滑り込んで、わりと派手に稼げそうじゃないか!。

しかし、始まったのは、ただひたすら
小さな電卓を分解しながら、
極めてアナログで電気的な組織を学習し、
中学ぐらいで、うっすら習った記憶がある
フレミングの左手の法則ヨロシク、
電流・磁場・推力(?)...という事は…
ハハン、なるほど…そんな実験ばかり。

小学生の時、ゲルマニウムラジオを作り、
さらにトランジスター1個を使った「一石ラジオ」の制作。
ハンダとペーストが溶ける臭い…そんな愉しかった想い出も、
それが毎日となると、話は大幅に違ってくる…。

夏休みを迎える前に、同じクラスの「出来る奴ら」は、
すでに目の前でパチパチと何やらプログラムして、
スタートレックのシューティングゲームを
誇らしげにプレーしていた。私はただ呆然とそれを眺め、
すでに自分は大きく出遅れ、脱落していることに気がついた…。

そして、早くもバンド活動とアルバイトに逃避し、
埋没しはじめるのだ…。

ああ、一度だけ寄った文学部の棟は、
まるでお花畑のような煌びやかさで、いい臭いがしたなあ…
それに引き換え、ココの汗とハンダと機械油が混じったような
早い話が工場のスエタ臭い…。

ふと、自分の将来は、明るい日の光に満ちた、
ブラインドなんかがあるオフィスで、皆がうらやむ
花形コンピュータープログラマー!!

そんなイメージだったのが、ムムム、もしかして
落伍者の自分の行く末は、一生この機械油臭い
中小企業の工場の片隅で、ドブネズミ色のツナギの作業服に
安全第一のヘルメットを被りつつ、形式の古いコンピュータ
なんかを日がな一日修理して廻るような…

そんなイメージに身震いするのだ。
(今はそれも「ご立派!」って思うけど…)

いづれの御時にか…さぶらひたまひける…

いつしか自分は、川の本流から外れ、
どこに向かうでもなく、虚ろなまなざしで
プカプカ漂流する、寂しい

どぶねずみ…。

そんな惑いの、東京生活1年目…なのであった。



今や、何となく...なかったような事になってるのが、
ダリルホールの初ソロアルバム『Sacred Songs』。

ロバートフリップのプロデュースで、77年に録音完了していたが、
当時人気絶頂になっていたホール&オーツの音楽性とあまりに
かけ離れてるものだから、見事にお蔵入り…。
結局1980年になってやっと発表された。

ちょうど79年にフリップの初ソロアルバム「Exposure」が出て、
その中にダリルホールが数曲参加(当然リードシンガー!)した
ことで、満を持して、77年度作品も発売のタイミングを得た形となった。

「Exposure」の時期、まだまだフリップは過渡期と云うか、
自分のサウンドに確証が持ててない時期だから、このアルバムも
とにかくクリムゾン以後に自分のあらゆる実験の集大成で、
きちんとした形は、再結成クリムゾンまでまだもう少し
時間が必要だったのだろう。

そうしたわけで、ダリルホールにはパンクロックを唄わせたりも
してたから、もはやこの奇怪な「Sacred Songs」に対しても、
リスナー側は「免疫OK?」ってことなのだろうか?

いずれにしても、やはりこれは奇怪なアルバムである。
ココでは辛うじて、ダリルホールチックな曲を上げてみたが、
背後に流れる不気味なフリッパートロニクス…。

79年のExposureでは、ピーターガブリエルの名曲
「Here Comes The Flood」で、やはりピアノ+フリッパートロニクスという形を
再現させているが、オリジナルと云うか、初試みは実に、こちらである…
(Fripp & EnoでのLab.以外では...)。

果たして、明るく健康で佳い子なホール&オーツのファンは、
当時、これをどのように受け止めたのだろうか?

Daryl Hall - Without Tears


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トラウマと矛盾

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

何だろう…?

弱い光の具合?
色合い? 距離感? 
それとも単なる足フェチ!?

佇まいが…何となく「お気に入り」なのだが、
それを全然説明できないのがもどかしい…。

自分の好きな音楽が、世間一般に受け入れられるものではないなんて、
ある意味当たり前の話で、逆に
世間で支持されている音楽「いわゆるヒット曲」に
何の価値も見いだせない自分も、また真であったりする。

要は「分かる人に分かれば良い」

独善的に聴こえるかもしれないが、
いやだ、興味ないっ…ていうものを無理矢理押し付け
刷り込もうとする行為(広告、メディア)の方が
よほど独善的で、暴力的だ。

そういった価値観の乖離で病んでいるのが
今のアメリカの現実なのかもしれない。
ただし思想的な対立ではなく、
実態は階級闘争であり、民族闘争、
そして恐怖政治への、まだ他国人だった時代の
遺伝子的トラウマ…。

本来、火を点けてはならぬ類いの闘争…
内乱状態と云ってもいい...。

日本だって、実は同じような状態だが、
ぎゃあぎゃあ騒いだところで不毛…
権力者には一切伝わりっこないって云う
士農工商的遺伝子トラウマを、日本人は民族として、
いつの間にか植え付けられてしまってるから、
表面上おとなしくしてるだけ。

逆襲願望を心の奥にこっそり仕舞い込み、
選択肢のない不毛な投票行動に甘んじるのみ…。

それだけに、国の政治的トップは
その「色」「傾き」を明確にすべきではないと思うし、
それこそが日本人としての美徳=武士道精神だと思うが、
今の御仁は、どうも解されてはいないようだ…。

自衛隊を憲法違反という人がいる。
確かに文字ズラからは、そう読み取れる。
でも、「だからどうした?」で、一笑に付すべきだろう。

人間なんて…国なんて、矛盾とかダブルスタンダードが
流行の赤や青の服を着て歩いてるようなものだろう…。

自衛隊は唯一の抑止機構であり、
災害時、一番頼りになる団体でもある。
そして最も素晴らしいのは、彼らは
もの言わぬ高潔な勢力であるという事。

日本の人はほぼ全員そう思ってるはずで、
それに異を唱える人は、何処にでも居る単なる変わり者…
きっと家には鍵もかけず、目の前にヒトが倒れていても、
跨いで通り過ぎるような、そんな特殊なヒト。

そんな特殊な方々に文句を言わせない整合性を保つ為だけに、
憲法の条文を書き換えようなんて、まさしく本末転倒の
不条理、愚の骨頂でしかない。

そもそもヒトがモノを食い、生きて行くこと自体が、
罪深い所業なのだから、ヒトとは残酷で矛盾した生き物…
国もダブルスタンダードこそが国益!
そんなにきれいなものじゃあない…

教育なり宗教なりが、きっちりそれも「道徳」…として、
説いて行くべきだと思う。

ああ、齢とって、随分汚れちまったなあ…自分。



自分は、バンドっていう単位では、その短い音楽家人生を通して
決して恵まれてはいなかったな…としみじみ思う。

ほとんど「お断り!」「興味なし!」って云えない性分だから、
ズルズルと、様々なジャンルのバンドに同時進行で加入しては
コンサート出演やコンテスト出場などの目下の目標を終えたら、
助っ人も終了…。

もちろんどれもこれも、自分的な本命は皆無なのである。

原因は明白…。

自分が本当に演リたい音楽、目標としてるところが
分からなかった….あるいは手が届かないほどの高さにあった
そういう事だと思う。

もちろん好きな音楽(音楽家)は、ある程度決まっているけれど、
そんな完成したものを追い求めても、ただの模倣で
偽物にしかならないから、ただただ聴いて刺激は受けるけれど、
自分が演奏する対象には永遠になり得ない。

「君、本当は何を演りたいの??」
音楽上の相棒が、そう訊いたから…一度だけ

「Henry Cowみたいに、自由で制約のない(感じない)
音楽集団に加われれば、どんなに幸福だろう!」
そうこたえた事をはっきり覚えている。

すると相棒は、こういった。
「じゃあ、それをやってみようぜ」

実際には、ドラムとヴィオラを捉まえて、何か?を
やろうとしたけれど、何も起きないまま、逃げられてしまった。

いつの間にか、Henry Cow的な哀愁のアヴァンギャルドは
ただの理想になって、どこかに置き忘れたまま、私は、
現実的な食い扶持確保の為の音楽業界に身を投じた。

だからいまだにHenry Cowには、ある種の憧れと負い目と
悔恨が…強く残るのだ。

いずれにしろ、今日の自分はちょっと変だ…。

Henry Cow - Terrible as an army with banners


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眠れないっ!

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

1932年(昭和7年)にカールツアイスから登場したゾナーF1.5…
私が入手したのは、まさに真珠湾攻撃の1941年製だけど、
それにしても開放でこの描写力…。

当時のライツ社が、そのツアイスの技術力に
地団駄踏んで嫉妬した話はつとに有名だが、
同じように開放だと、ふんわりぼんやりだが
独特の世界観を持つエルンスト・ライツ(ライカ)の方が、
自分的には好みかも…。



心臓の調子がおかしいかな?と思っていたけれど、
昨夜は、風邪でもないのに、
気管支の奥の方からの咳が酷くて、
自然な呼吸が出来なくなって、結局全く眠れず、
朝の7時頃までウラウラしていた…。

普通に座って俯き加減だと、きちんと呼吸が適うんだけどね…。

イソジンでウガイをしてみたら、少し呼吸も楽になって、
これでやっと眠れるぞ!と思ったら、今度は目に
何か異物が入って、目を瞑るとゴロゴロ気持ちが悪い。
目薬を挿そうとするが、元々、これが大の苦手の私。

一向に滴が目にヒットしないまま、どうしたものかと
思案するうちに、いつの間にかゴロゴロは取れていたらしい。

さあ寝るぞ!とベッドに入ると、私の気配で
目を覚ました「猫」が、部屋に入り込んでいて、
私の腹や胸をジャンプ台にした大運動会が始まった…。

仕方なく、猫に朝ご飯を与えたら、猫は満足して
すやすやと眠ってしまった…。
さてさて、やっと自分が寝れる番…。

ところが今度は目がすっかり冴えてしまって
眠る気が失せてしまった…
仕方がない、このまま起きていよう!。

もしかすると、不眠症の始まりかな?….
いやだな…夜が怖い。



お馴染み「べートーベンをぶっ飛ばせ」…。

恥ずかしながら、私は、チャックベリーの本家より、あるいは
ビートルズの有名なヴァージョンより、こちらのマウンテンのヴァージョンを
先に聴いてしまっている。まあその後にELOなんてのもあるが
何を隠そう、私にとってのこの曲のオリジナルは、マウンテンの
このVery Loudなヴァージョンに他ならないのだ。

中坊の頃は、実際より遅れてクリームなんかを聴き始めた…
と思ったら、実は既に相当以前に解散してて、それじゃあって
クリームロスの代用品みたいなのが、このマウンテンの存在だったと思う。

ジェフベックもゼペリンも、ヴァニラファッジやグランドファンクですら、
やっぱクリームとは違ってて、このマウンテンが一番近かったな…。

Mountain - Roll Over Beethoven


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アドレナリン

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

先日、突然消失してしまった
ご近所の巨大なまはげの、在りし日の鼻と牙…。

土曜日の朝、ケタタマシイサイレン音と、
部屋の窓から見える黒煙と炎…

心よりお見舞い申し上げたい。



心臓を手術して、しばらくは快調だったけれど、
ここのところ…と云うか、ここ数年、特に寒くなると、
運動不足も祟るのか、かなりツラい。

別に痛いわけじゃあないけれど、いわゆる心肺能力の超低下と云うか、
10m歩いただけで、既に10kmも走ったかのような全身の疲れに
苛まれるのだ。

こんな時に、首尾よくアドレナリンでも出てこないものか??
なんて思う。(ドーパミンかな??)

とはいえ、中高生の頃は、毎日毎日飽きもせず
ひたすら走ってばっかいたけれど、アドレナリンが出まくって、
自分はいったいどうなってしまうんだろう!?なんて感じたのは、
サッカーの試合中に、ただ一度きりしかない。

対戦相手は、北の方の水産高校チームで、ユニホームの色も柄まで
覚えてたりする。

身体機能の全てが、研ぎすまされる異様な感覚。

自ゴール付近から、相手ゴールまでボールを追い回しつつ、
全力疾走のまま、何百メートル走っても全く疲れない。
さらに神経が研ぎすまされて、相手ボールの出先、
戦術までもが、どうした事か鳥瞰図のように見えて、
すべて理解できる感覚…。

悟りって…もしかしてこういう事か??

まあだからと言って、漫画のようにバシバシとゴールが
決められるわけではないのが、またサッカーという競技で、
そこは自分のスピードの限界を越えられるものではない...
と思うけれど、いずれにせよ自分はこれからどうなってしまうのか?
いつもいつも、こんなテンパったような状態で、
人生を過ごさねばならぬのか? でもまあ、ほんのすこし、

それもいいな..!

なんて思ったりするのだ。

今は、ホント、アドレナリンのサプリメントがあるのなら、
「ホント欲しいなあ!」と思ったりするほどの
ポンコツ野郎ぶりには、誰より自分が一番呆れてたりするのだ。



さて1月31日に亡くなったジョンウェットン。
奇才ロジャーチャップマン率いるFamilyに加入したのは
グループ最晩期でもあって、もう少し長くファミリーのウェットンを
観てみたかった気もするが、いずれにせよキングクリムゾンに
めでたくヘッドハンティングされてしまった。

クリムゾンでのウェットン…正直、それほどの才能と云うか、
奇才異彩ひしめくクリムゾンにあっては、極めて普通の人!。

それが、おそらく当時世界最高峰に尖んがったバンドにあって、
絶対専制君主のロバートフリップのアンダーコントロールの下、
フロントマンを勤めねばならないウェットンの緊張と集中は
如何ばかりかと思うと、かなり胸が苦しい。

そういうわけで、クリムゾン時代のサウンドや唄は、その後の
彼のキャリアすべてを俯瞰しても、飛び抜けて鋭く研ぎすまされている。

もはやキングクリムゾン在籍の2年弱の間は、
アドレナリンが出っぱなしの垂れ流し状態で、
ここで一生分をすっかり使い切ってしまったのだろうと思うほど、
後の時代とは、緊張感が大きく異なるのだ。

そんなわけで、ロキシーにしようかな…やっぱりUKにしようかな、
ヒープでもいいかな…なんて思ったが(エイジアは音楽よりも
マーケティングが得意なジェフダウンズの企画物だったと思う)
やっぱり、キングクリムゾンは彼のキャリアの中でも…

別格中の別格!。

このフランスでのスタジオライブ映像は、
確かRED(The Road To Red BOX SET)にオマケで入ってた
DVD特典だったと思うけれど、今じゃあ、いつでもYouTubeで鑑賞できる。
やれやれだぜ…(泣)。

King Crimson - Lament(人々の嘆き)


追伸: 訃報があいつぎます。元日本サッカー協会理事長…というより、
    日本サッカーの母(!)とも云うべき重鎮、岡野俊一郎氏が亡くなられた。
    ちょうど自分がサッカーに憧れ、始めた頃の日本代表の監督だったし、
    当時、唯一の欧州サッカー番組「三菱ダイヤモンドサッカー(秋田では富士商会アワー!?)」
    での名調子の解説が懐かしい。彼の口からマンチェスターユナイテッドだの
    ジョージベストだのチャールトン、デニスロウ、トッテナムのギルジーンに
    火の玉アランボール、西ドイツは皇帝ベッケンバウアーやネッツアー、
    爆撃機ゲルトミューラー、ベルティフォクツ、イタリアはリヴァにリヴェラ
    …なんて知って...もう夢中になってた。
    ご冥福を….。
    
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