ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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おとこらしさってわかるかい

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

知人…というか、私の方が、
昔のバンド時代の憧れも含めて、
一方的にお友達と慕ってるだけで、
先方には取るに足らぬ、顔見知り程度かも知れないが、
いずれにしろ、彼が経営する飲食店…

火事に遭ったらしい。

当人も火傷を負い、救急搬送されたらしいが,
幸い命に別状はないとのこと。

しかし未だ身元不明ながら、20代男性が一名…
亡くなってしまったらしい。

たぶんお店のお客様?となれば、
ご遺族始め関係各位様は無論だが,
店主の心痛も如何ばかりだろうか…?

規模は全然違うけれど,自分も自動車事故など
起こしてしまった時など...

ああ、ほんの10分で良いから
時間が巻き戻らないものか!?

ほんの数分前の、幸福感に満ちあふれ、
はしゃいでた自分が、もう随分昔の事のように思える。
あの幸福だった時に戻りたい…。

今はただ,激しい悔恨と慚愧の念に苛まれて
いるのだろうな…苦しいだろうな。

亡くなられた方には,
深く深くご冥福をお祈りするとともに
未だ集中治療室で、火傷の痛み以上に傷ついて
心が折れきってしまってるだろう知人…

こんな時に言って良いのかどうか、全然分からないけれど…
ハッキリした気持ちで言っておこう…

がんばれ、おさむちゃん!



おとこらしさってわかるかい
I Shall Be Released by Bob Dylan 訳詞:大塚まさじ

変わっていくなんてきっとないよ
君の世界なんてほど遠いよ
でも俺をこんなに変えてくれた
昔の友達がいるんだ

※朝日はもう昇るよ すこしづつだけどね
 その時その日こそ 自由になるんだ

奴らは楽な方をとるのさ
誰とでも手をつなぎながら
でも俺は断じて俺の
考えどおりに動くんだ

※朝日はもう昇るよ すこしづつだけどね
 その時その日こそ 自由になるんだ

男らしいってわかるかい ピエロや臆病者のことさ
俺には聞こえるんだ 彼らの おびえたような声が

※朝日はもう昇るよ すこしづつだけどね
 その時その日こそ 自由になるんだ

♫Any day now any day now I shall be released…

いつかまた…唄える日が来たら…待ってます。

The Band - "I Shall Be Released"


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深層心理は真相真理?

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

今の季節,ちょっとした山の斜面に足を踏み入れると
あちこち、雪解け水の湧水で、
地面がビチョッビチョに濡れている。

これもまた、春を告げる風物詩なのだなあと
感じ入る間もなく、私の靴もビッチョビチョ…。



禁煙して数年経つが、実は未だに
「自分は禁煙している…(エライでしょ!)」
そういう自覚はまったくない。

あれほど大好きで,人生の大半において
片時も離れる事なく、どんなときも肌身離さず
一緒の時間を過ごしたのに,今はもう、
吸いたいなあとは思いもしない自分の、
まったくもってドライでクールでヒトデナシな
その態度に、相当畏れ入るのだ。

さらに不思議な事なのだが、
夢の中の自分は、未だに罪悪感に苛まれながらも、
高校生みたいに、家族や上司や主治医などの
目を盗みつつ、隠れ煙草ザンマイの
なんとも情けない「ダメダメキャラ」であるのだ。

潜在意識の中で「実は吸いたい」と思ってるのだろうか?

もちろん表層的には,そんな抑圧した感情を
煙草に対し持ってるとは、とても思えないのだが,
フロイトの定理を持ち出すまでもなく,
深層は真相であるのかもしれないなあと思うと、
すこし恐怖でもあるのだ。

ホントにホントで、自分でもびっくりするほど、

「ああ吸いてーなあ」

なんて,つゆほども思わない自分に対して、
肝心の自分自身が、疑いの眼差しを注いでたりするのだ…。

うーむ、自分の行動を自分が一番信じてない…

何だろね,この心理…?



中高生の時分、たぶん地元ラジオ局の主催で、
不定期ながら、洋楽のフィルムコンサートっていうのが
開催されていた。

まだまだ家庭用ビデオも普及しておらず、
映像的情報の極めて少なかった洋楽アーティストの
動く画像情報は,とても貴重だったから、
私は,どんな用事に優先しても、その会場に
足を運んでいたように思う。

イベントには、一応「区割り」というのがあって、
今月はA社、翌月はB社….という具合に、
各社の宣伝マン及びスタッフがやってきて、
自社保有アーティストのPVまたはライヴ映像などを、
宣伝を絡めて上映する仕組み。

さすがに人気コンテンツを多数保有しているレコード会社
=CBSソニー、ワーナーパイオニア、東芝音工…なんかの開催回は
座席も確保できないほどの満員御礼の大盛況なのだが、
言っちゃあ悪いが、そうではないレコード会社の場合は
相当に悲惨…。

しんがりと云うか,確か一連のこのイベントの最終回の会社が
「クラウンレコード」…。

演歌とか、我々に最も近い線では「かぐや姫」とか「イルカ」…。
洋楽はまったくイメージできない会社ゆえに,入りも酷かった…。

良く分からない「ディスコソウル」の映像を延々と見せられ、
それでなくてもまばらな客席は益々悲惨な状態…。

ところがだ…突然始まった掟破りの「邦楽」のライヴ映像に
私は強烈な衝撃をうける…。

細野晴臣さんと、噂のTin Pan Alley!
横浜中華街・同發新館でのライヴ…。
(たぶん私は本館しか行った事がないが、広東料理で有名な店だ)

同氏は近年も中華街ライヴを再演して、DVDまで発売してるらしい。

なにしろ当時高校生の私には,超ド級の驚きと、影響を受けた
映像であり,以後何百回と足を運び,一時は住もうとさえ思って
二度も何百万円っていう手付金をぶち込んだが,結局実現してない
憧れの街=横浜市中区山下町界隈…。

その発端は,高校生の頃に体験した、まさにこの映像にあるわけです。

さて、この曲のオリジナルは確かポーギー・カーマイケル(...と記憶してるが?)
実にいろんな人がカバーしてる。

細野さんのは、たぶ後年のYMOなんかも
その構造的ヒントとなっている「マーティン・デニー」の
ヴァージョンにあるような気がするけれど、マリンバを入れたり
東洋的エッセンスを強調するスタイルは、確かにデニー風だが、
唄い方はカーマイケルによる異国情緒がほのかに薫るジャズスタンダード…。
その辺りの一筋縄ではいかないところも,ヤッパリ細野さんらしくて…
なにしろ凄い!

私も、よくこの歌を弾き語りで唄ったりしてた事があるけれど、
まあなにしろ…途轍もなく...ウケなかったなあ(笑)…!

細野晴臣/TIN PAN ALLEY - 香港Blues


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21歳の原点

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P.Angenieux Paris Anastigmat 45/2.9 (L) (1949)

もはや新芽が成長しすぎて食用には適さなくなった
ふきのとう。

後はしっかり成長するのを待って、茎の部分を
煮物,もしくは佃煮(キャラブキ)にして…
ああ酒が呑みたくなった。

余談だが蕗はアイヌ語で「コロコニ」といい、
よって蕗の葉の裏側に住む妖精を

「コロボックル」

というのだそうだ…。

ちなみに、実に久しぶりにアンジェニューを使ってみたが,
画像がふんわり柔らかすぎて、ピント合わせが至難!
こいつを扱うときは、あまり神経質にならず…

「だいたいこんなもんやろ…」

そんなとてもスローライフな心持ちが肝要。

今の自分にはとても良いレンズだと思う。



前回の「挿しギター」の話を少し補足する…。

タレント専属のバックバンドを動かすとなると
都内ならまだ良いが,地方となると,
それ相応の経費が掛かる。

最低5人分(4リズム+1管)の交通費に食費、
宿泊費…さらに場合によってはドラムやピアノ(どさくさ紛れのマーシャルアンプ等!?)
などの現地調達=レンタル料金、そしてもちろんバンドの出演料等々…
なかなかそこまでの予算を獲得出来る仕事なんて滅多にない。

そうしたわけで,バンドは出来るだけご当地で活動中の
フルバンドや、初見の利くプロのジャズバンドなどに
依頼し、そこにタレント側のギター奏者なり,
ピアノ奏者などが単独派遣され、そうしたバンドに
「挿される」という仕組みだ。

そんな感じだから,東京もといその近郊ならば、旧知の
ジャズバンドだったり、初見の利く(つまり初めて見る
楽譜を出来る限り豊かな情感で演奏できるスキル)
ミュージシャンを寄せ集めた急造バンドには
知り合いバンドマンも、多く混じってたりするのだが
地方だと確実に初顔合わせ…。

大体が地元キャバレーに出演中のフルバンドっていうのが
多いから,突如私が現れて「サシでござい!」と自己紹介すると、
まあほとんどの場合…胡散臭そうに訝しがられ、そして,
なんだこいつ…まだ若造じゃないか…
ウチのボーヤ(バンドボーイ)より若いんじゃないか…
大丈夫なのか???

そういうメラメラした悪印象のイヤな空気が流れる。

だから,私は必要以上に意識して、明朗快活&気さくな青年...
を装いながら、譜面の進行説明なども,出来る限り
地べたを舐めるくらいに下からひれ伏しつつ、
絶対に上から目線/口調にならぬよう注意しながら
短い時間ながら、良い演奏を実現する為に、
なんとか信頼を得ようと懸命に努力するのだが、
なかなかこれが上手く行かない場合も多い。

一人だけでも,妙に突っかかってくるようなヤツが居ると,
その場から逃げ出したいくらいの一触即発で最低な
状況でリハーサルを終えたりする。

心配そうなタレントには、もし万が一、
本番中演奏が破綻したり、びっくりするような事態になっても、
オマエさんは冷静に、私のギターだけを聴いて、
何としても途中で折れずに最後まで笑顔を崩さず、
唄い終えるように!...それがプロだから!
とまで厳命して臨んだ本番だった。

しかし、心配は大体が杞憂で、さすがにプロフェッショナル!、
本番では,本来の問題点を見事に修正して、
最高の演奏を完遂したりするもので、
終ってみれば,大盛り上がりの打ち上げパーティに
招待されたりするのであった…。

そんな仕事だったから、後年,普通に営業の仕事にも
物怖じする事なく、大いに役立ったように思う。

右も左も分からぬ外国で、言葉すらまともに通じない
現地人相手にビジネス…!なんてこともしょっちゅうだったけど、
何とかなるものだよって…
そんな具合にね!…。



まだ美しい(?)声の時代のトムウェイツの大好きな唄。

「ウヒャー、お月さんも酔っぱらってらああ…ヒック...!」

完全に自分流の異訳だが,誤訳とまでは思わない。

東京のネオン煌めく歓楽街で、お月さんを見つけるのは
もしかするととても難しい事かもしれないけれど
それでもヨッパラって一人になると,夜空を仰いで,
お月さんを捜し、そしてこの歌を口ずさむのだ…。
 
♫ I thought I heard a saxophone
  I'm drunk on the moon…

大好きなセカンドアルバム「土曜日の夜(The Heart of Saturday Night)」から…

Tom Waits - Drunk on the Moon


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嗚呼おやゆずり

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

なんもだあ!....とは、いやいやいや...どういたしまして…?

英語なら…my pleasure…
もっと気安い感じなら、not at allとかanytime…

でも学校で習ったのは確か
you're welcome...

自分の経験の中では、you're welcome...って言ったのは、
シンガポールの人だけだったな。



自分はバンドマン活動と云っても、多くはバンドではなく
たった一人の活動…。

業界的には「サシ」と言うらしいが,たぶん漢字なら
「挿し」と、なるのだろうか? 

例えば専任のバックバンドがそれぞれ居るにしても、
複数のタレントが、続々出演するようなステージの場合は,
いちいちバンドの入れ替えをせずに、何でも初見でバリバリ出来る
フルバンドなどが選ばれるわけで,その汎用バンドに対し、
タレント毎の独自サウンドを維持する為に,
専任のミュージシャンを1名だけ「挿す」と云う,
そういう役目が私なのだ。

そんなだから,移動はいつも自分とタレントとマネージャーの3人。
私はいつも、ギターとアンプと衣装(靴も..)と,あとエフェクター
等々の大荷物を抱え電車に乗り込む。

向かい合わせの席(4人席)に私は敢えて座らず,大事なギターや荷物を
座席に座らせるのだ(盗難防止の為??)。

で,自分はと云うと、4人席の出入口にアンプをどっかと置いて、
それに腰掛けながら、駅弁を食い,馬鹿話をして目的地に到着…。

そんな感じだから、アンプ選びの最も重要なポイントは
躯体の頑丈さと座りやすさ!!それに尽きるのだ。

稀にツアーなど,バンドやスタッフご一行の大移動となると,
楽器類はすべて楽器車に積載する。!

前日に世田谷の尾山台というところにある「輸送部」に
行って,楽器を積み込んでおけば,移動電車は
夢の手ぶらで、食堂車占拠の酒盛り三昧。
ハシャギまくりのピクニック気分の大移動…!
な筈なのだが、どういうわけか、顔見知りの輸送部のドライバーに…

「Pちゃん、後生だからさ、一緒にトラックで行こうよ
 一人じゃ寂しいからさ」

哀れ私は、早朝3時に家まで迎えにきたツアートラックに乗り組み、
眠くても眠れない...眠っちゃいけない緊張のトラック助手席旅に…。

その後も,何だかいつも自分はそんな役回りばかり。
運命というより、そういう役が割り当てられた人生って言うのかな…
そんな感じ。

ふと思い出すのだ。

そういえば,自分の父親も、会社ではもうベテランのはずなのに
年末年始は、いつも若手に休みを譲ってしまい、当人はずうっと
元旦から早朝出勤…。

お人好しは、バリバリの親譲りだったりする…。



そのバンドマン時代後半の頃の自分は、
わりとビジネス用にジャズ/フュージョンだの
AORだのという音楽を必要に応じて接収しつつ、
趣味的には,それとはまったく違う、
刺激というより,新しいモノ,得体の知れないものに
強烈に惹かれて行く。

その結果,ポストパンクというか、オルタナティヴ音楽を同時に
嗜好するようになっていて、もはや、切れ味/断面の
とても緩くてあまいジャズ系はもちろん、
アメリカ製音楽自体が、とても退屈なだけに思い始めた時代…

西新宿界隈のとんがった趣味音楽の仲間達からは...

「ねえねえ、あれ聴いた?すっごいっしょ!」

って噂になっていたのが「Pigbag」。

Papa's Got A Brand New Pigbag….?
ジェームスブラウンのカバー?違うの?

「どれどれ何がそんなに凄いのさ!」って
私も早速,そのPIigbagなるグループの
12インチシングル(確か1200円?)を購入。

考えてみれば,これがたぶん自分史的には

「人生初12インチ(30cm)シングル!」

30cmで45回転だから、レコードの溝が深くて広い!
つまり音質がメチャメチャラウドで良いってこと!
そこまで分かってて,私はいきなりやらかしてしまうのだ。

ターンテーブルが回転し,粛々と針が落ちる…
なんとも言えず厳かな瞬間である。

♫ドカドカドカドカ...ブオンブオン…

地を這うような凄まじい音圧がカラダを揺さぶる…
経験がないほど、エゲツナクて、奇っ怪なグルーヴ感!。

スゲエ、なんだこれ!

あまりにも新鮮な衝撃に、私は圧倒され
繰り返し聴こうとしたその時、不意にある事に気がついた…

えっ、33回転だった…? 45回転だよね…。

回転数を間違えていたらしい。

気を取り直して、45回転….
もちろん素晴らしい演奏にちがいないのだが,
33回転の、あの衝撃的なエグさを得るには至らない…

そうしたわけで,その後、3回に2回は33回転で
この曲を聴く、極めて変態的な趣向を続ける私であるのだった。

ところがだ…まったく奇遇な事に、
世の中には同じような趣味をモツ方々も存在するようで,
YouTubeには33回転ヴァージョンも複数散見する!!

オバカは自分だけじゃなかったのである…ハハハ!?

まずは通常の45回転…

Pigbag - Papa's Got A Brand New Pigbag (12" 45 rpm vinyl)


問題の33回転ヴァージョン…
papa's got a brand new pigbag "Slow Remix"


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オヤジのブランニューバッグ

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

暑さ寒さも彼岸まで…

…ってことで、ここミチの奥の北国も、
さすがに本日ばかりは春の陽気の「墓参り日和」
でありますから、なにしろ酷い目眩と胸の軽い痛みを抱えつつ
道中、白昼堂々、路上でしゃがみ込んで休憩しながらも
いざいざ…待ってろよオヤジ…そして
ジッちゃんにバッちゃん!今行くからな!
と、ばかりに、墓参に馳せ参じるわけです。

もちろんいつも通りにお経を上げてもらって、
ご本尊サマはもちろん、無縁仏様から、小さな水子地蔵に至るまで
すべて、お焼香をあげさせてもらって拝む…
いつも通りのルーティン。

そんなにまでしても、大して良い事ないよなあ…。

私が吐き捨てるようにそういうと、
家人などにいつも嗜められる…。

「あなたなんか、もう何回も助けられてるじゃないのよ!
 家族も親達もみんな元気なんだし、それ以上に大事な事なんて
 あるはずないのっ!」

まあ相変わらず軽い目眩でふらついてるけれど、
春の気持ちよい日差しを背中に感じつつ、
春と秋のお彼岸に、お盆、そして命日…年4回の
ご奉公というやつ….いつまで続けられるのだろうかね…?



「パパのニューバッグ」はジェームスブラウンだけど、
自分のパパたるジョン・レノン、キースのオジキも、
オヤジのいとこのウィルソン兄弟も、みんなみんな夢中になった
チャックベリー。

その彼が大往生で亡くなったらしい。

スーパースター達も憧れたヒーロー中のヒーローだけど、
後年、各人と共演してみて、彼の生々しいほどの
金に対する失着やら、ビジネスライクすぎる超現実主義には、
夢見るスーパースター達も、相当に閉口したようだ。

嫌われっこ世にはばかる…か…。

あくまでもオヤジ世代のヒーローで、自分世代ではないのだが、
唯一、リアルタイムに「彼の新曲」として聴けたのが、この曲。

やっぱ、ジイちゃんのズビズバ的な、多少の距離を感じながら
この曲を聴いてた中坊の自分だったけど、
リアルで聴いた音楽って、ヤッパリ存在もリアルなわけで、
その時代の空気感とか、匂いっていうのを、
一瞬で思い出し、蘇らせる事が出来るのだ…。

まあ多少、時代とズレてるなあ、このおっちゃん…
とも、当時から感じていたけれど、ジョニーBグッドも
ロックンロールミュージック、ベートーヴェン、
メンフィステネシーもメイベリンも….みんな好きだけど、
自分のリアルではない。

そういうわけで、この曲だけが、自分には真実で現実の
ただ一つの曲だったりする…。

取りあえず、チャックじいちゃんに合掌…。

Chuck Berry: My Ding-A-Ling


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ケンちゃんのロッケンロー

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

1940年代のリヴァプール駅….

なんてね…ただの秋田駅...!。

写真がどうこう言う前に、実際に目に見えた景色が
そんな感じだったから、こりゃあ凄いぞ!と、
ちょっとシャッターを切ってみただけの異邦人…??



相変わらず、体調が良くない。
朝から、カラダがゆらゆらと揺れているし、
軽く頭も痛い。不穏当な動悸も気になる….。

そんなわけで、朝からMacの画面を凝視しても、
なにやら胸の奥がモヤモヤするだけだから、
何もせずにソファーに座り、ぼんやりラジオを聴いたり、
珍しくテレビを見たり…。

こんなときは旅行と云うか、温泉紀行みたいな
ノンビリした番組がいいな。

おっ…乳頭温泉郷・鶴の湯温泉…懐かしいなあ!
また行きたいなあ…でもあそこは湯が強すぎて
自分も含めて家族全員が湯あたりして、
朝から動けなくなって、旅館に頼んでチェックアウト時間を
大幅に延ばしてもらったんだっけな…。

等々と思っていたら、番組レポーターが、
昔馴染みで今は俳優の「ケンちゃん(?!)」じゃないか!。

若い頃の彼は、お笑いタレント軍団の一角として
ソコソコ知られてたけれど、何かいつも怒りを抱えていて、

「絶対オレはこのまま終らねーぞ!」

それが彼の口癖だった。

ある日曜日の朝、私は三軒茶屋の自室で寝ていると、
突然ケタタマシイ爆音がしたかと思ったら、
それはナナハンに乗ってやってきたケンちゃんで、
彼は、ナナハンのエンジンを切らないまま、
窓の外から大声で叫ぶのだ…

「オマエはやっぱ、俺と一緒にロッケンローするべきだ!
 んでもって一緒に世界...盗ったろうじゃねーか!」

要は、彼が主催するロックバンドに、私を誘い入れようと
してるのだろうが、残念ながら、既に私はバンド仕事は
山ほど抱えていたし、それらはすべて生活の糧。
趣味のアマチュアバンドに関わってる場合ではない…。

それでも、元来が「ごめんなさい」が言えない
オバカな性格の私は、空いてる時間でよければと、
何度か練習に参加した。

いわゆる彼の仲間の若手コメディアン連中とか、
少し上の世代のセキネさんやコサカイさんなんかが自由に出入りする
YAZAWA系ロッケンローバンド…。

皆が皆、ストレス発散的な場所としてのバンド活動を楽しむ中、
一人、温度が異なるのが当のケンちゃんで、彼は本気で
このバンドでメジャーデビュー!を目論んでいたらしい。

その気持ちは、そばに居てとても良く分かるのだが、
残念ながら、彼の気負いは、自分には重たすぎるし、
叶えてあげられる情熱ももはやなく、
何となくバンドはそのままフェードアウトした。

彼はたぶんその後、役者方向に進んで、
今は時々、ドラマなんかで、シブくて良い芝居をしているのを見掛けるし、
ネイチャー系のドキュメンタリーなんかでも良く見掛ける存在になった。

昔、お笑い系なのに、不要に漲らせてた毒や殺気は
今はしっかり消え去って、とても善良な親でオトナの良い顔になった。

さてそんな彼に、今の自分はどう映るんだろうか?

体調良くないけれど、シャキッとしなきゃあね!



たぶん自分がこの曲を知ったのは、ゾンビーズのカバー?
その辺りじゃないかなって思うけれど、かといってゾンビーズを
真面目に聴いてたわけじゃあないし、どうやってこの曲を知ったのか、
よく分からない(案外スパイダース=かまやつさんあたりかも..?)。
しかし、気がつけば何とはなしに、いつも口ずさんでたこのメロディ。
「恋に破れて」…もちろん大好きな曲だ。

オリジナルはジミーラフィン、66年のヒット。
他に彼の兄弟が居るテンプスはじめシュプリームスなどなど、
モータウンの様々なアーティスト達は言うに及ばず、
今では英米の唄自慢達がこぞってこのモータウンソングを
カバーしているようだ…(日本ではシーナ&ロケッツもカバーしてた)。

自分の場合、最も最初に「あっ..この曲…やってんだあ…」って
意識したのが、80年頃にテクノポップというより、
プロフィット5を核とした「エレポップ」で名を馳せる直前の
ハットフィールド&ザ・ノース~ナショナルヘルスの
デイブ・ステュワートによるカバー…。

プログレと、モータウンでは距離がありすぎるけれど、
これが意外にハマりで、以後様々な英国系のアーティストが
この曲をカバーするようになる。

月日は経ち、数年前にやっと、噂の映画「永遠のモータウン」
Standing Shadows In The Motown(2002)を観る事が出来て、
その中で、憧れのファンクブラザーズ(残念ながらジェームス・ジェマーソンは
もちろん居ない….)と、ジョーン・オズボーンっていう姐さん??が
この「恋に破れて」を熱唱してた…ヤッパリこの唄好きだ…
いや、大好きだ!

Joan Osborne with the Funk Brothers - What Becomes Of The Broken Hearted (恋に破れて)


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人生観が変わる瞬間

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

JR秋田駅の「駅そば」が、8年ぶりに復活とのこと。

裏を返せば、よく8年もの間、
駅に「立ちそば屋」が無いまま、過ごせたものだなあ!?
と、感心しつつ、まあ、やっとこさ、
普通の駅に戻ったのだなあ…そう思う。

ちなみに私はいつもJR吉祥寺駅の

「肉そばコロッケ乗せ…」

今じゃあカロリーオーバーかな??



前項で、自らの「危篤」の一件を話題にしたのだが、
自分はあくまでも気を失っただけの能天気さで、
これから死ぬのだなあという意識も感慨も全然ないし、
あとで「危篤だったのだ」と聴かされたところで、
生き残った立場としては、笑い話でしかない。

しかし、その「危篤」をナースに通告された
家族の側の視点を、今あらためて思いやると、
その背筋が凍るほどの心情に
何だか無性に申し訳ない気持ちになった。

あらかじめ心の準備があれば、また随分と違ったと思うが、
自分の場合は、順調に回復し、退院も間近…
職場復帰も可能...という中での突如の容態急変...

「危篤通告」…。

(酷い目眩に悩まされてるのを、専門外の医師達は
 敢えて黙殺していたような気がする)

家人から電話で連絡を受けた母によると、
家人は泣きじゃくり、相当に狼狽していたという。

そういう事を私が知ったのは、実はずうっと後の事で、
自分的には、「ひと騒動あったな、ヤレヤレ…」という程度なのだが、
壮絶な舞台裏…いやはや今更ながら申し訳なさすぎて
昨夜は珍しく東京にいる家人に自分から電話してしまった…。

「ああ、あの日ね…凍って真っ白、殆ど何も覚えてない…
 気がついたら、病棟の奥の、お線香臭い部屋(安置室?)で、
 あなたは何か塗ってるみたいに白過ぎる顔で眠ってた…それだけ…」

まったく今更だけど、あのときは驚かせて?...違うな...
悲しませて?....それも少し違う…お騒がせして…全然違う…
いずれにしろ諸々ホントに申し訳なかった…

…と、云うと奴はボソッと云った…。

「ほんと…人生観、変わったわ…」

果たして自分は戻れるのだろうか…??



たぶん高校時代だと思うけれど、そのアルバムを
丸ごとコピーしたカセットテープを所持していて、
しょっちゅう聴いていた、とっても心地良いサウンド…。

しかし誰のなんというアルバムなのかさっぱり分からない。

アタリは何となく付いていた…
サウンドはソウルフルでファンキーなのだが、独特の湿り気があり、
その心地良い湿度感覚は間違いなく英国薫陶のサウンド…。

英国製ソウルと云えば、アヴェレージ・ホワイト・バンドか
ジョーコッカーのバックバンドで名を馳せたグリースバンド、
その発展系のKOKOMO…?

しかし確証を得る事は無いまま、
なぜだかそのテープを肌身離さず持って上京し、
西日のキツい四畳半でも気に入って頻繁に聴いていたら、
ある日遊びに来てた音楽仲間が...

「おっ!これKOKOMOじゃん!さすがシブいねえキミは!」

翌日、アルバイトの帰りに、銀座HUNTER(!)に寄り道して、
KOKOMOの中古盤を見つけて即ゲット!

音楽の中身は聴き慣れてるどころか、殆どギターでコピーできて
しまってるくらい聴き込んでいたけれど、
さすがに曲名や歌詞などの情報が明白になった上で聴くのは、
また格別のヨロコビ…。

特に、後にRoxy Musicでも活躍するニール・ハバードとアラン・スペナーの
名コンビに、メル・コリンズ等々、英国流ソウルでファンクでオマケに
プログレなメンツ大集合のKOKOMOのデビューアルバム...
邦題はちょっとオチャラケて...

『ファンキー・マシーン★ココモ1号』…!

ギターの弾き方とか、リズムアレンジとか、
実は、自分はここから相当影響を受けてたなあって思うが、
不思議にCDを持ってなかった…
大至急ポチだぜ!

Kokomo - Anytime


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妙薬は口に旨し

DSC01866s.jpg
Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

櫓の類いって、どうして強烈な登りたい衝動に
駆られるのだろう?

そういう衝動を、努めて抑えて生きる事を
大人になる…って言うんだと思う。

そして今の自分は、さらにもう一段、
安全に留意せねばならない年代に
入ってきたのだと思う。
残念だけどね。



体調は相変わらずいまいちだけど、
何となく、苦しくなるパターンというのが分かってきたから、
なるべく慌てたり、無理したりしないように、
努めて慎重に、おっとりゆっくり生活するよう
心掛けている。

元々ね、セッカチというか、慌て者なところが
自分にはあるから、どうやら、その意識的緩慢さが
なんだかとってもいい感じ。

丁寧に生きてる…

そんな気がして、なかなか按配良かったりするのだ。

東北の大震災の、ほんの少し前、酷いめまいに悩まされて、
何のドーピングでも良いから注入して、この忌々しい目眩だけ
止めてくれ!それだけの思いで病院に行くと、なにやら
「心臓に深刻な疾患が見られる…」と宣告され、
循環器外科を得意とする総合病院へ移送される。
そこで翌日には手術になだれ込むのだ。

気持ちのどこかで、心臓と目眩は関係ないよなあ…と
思いつつ、手術が終ってリハビリに突入するものの、
相変わらずに目眩は一向に改善されない…。

総合病院なのだが、循環器系は有名らしいが、
目眩を専門とする?脳外科と耳鼻科は医師不足で
現状閉鎖されてる状態だったから、内科の医師から、
なにがしかの薬を、リハビリ中に実験的に服用していたが、
一向に成果が現れない。

ある時、液体の呑み薬を試す事になった…。
まるで石油を呑むような…それほど不味くて呑みにくい薬だった。

翌朝、トイレに起きたところで、私の身体は崩れ落ちる感じで、
病棟の廊下に倒れ込んだ、すぐにナースが走ってきて、
何をするかと思ったら、倒れたままのその場所で血圧を測られた。

ナースは叫んだ「50の35…大変だ!」

その言葉を聴いたまでは覚えている...。

目が覚めると、家人が私の手を握っていて
涙を流しながら笑っていた…。

ベッドの周りには、それまで自分が世話になった先生方、
循環器外科、循環器内科、内科、眼科、リハビリの先生まで居並ぶ…
何だ何だ…責任のなすりあいか?そんな風に自分には見えた。

容態急変、危篤…

家人は既に職場復帰していたけれど、
そう言われて呼びだされたらしい。

朝早くに気を失って、目が覚めたのは夕方頃。
カラダ中が大量の脂汗でビショビショ、それが
あまりに冷たくて、寒くて、目が覚めたのだった。

目が覚めると強烈な嘔吐と便意で、腹の中が空っぽになると、
呆気ないほどに正気と云うか、通常に戻った。
結局、ウルトラ不味い薬が、カラダに合わず、
消化器系の機能が一時的にショック状態で停止したらしい。

妙薬は口に苦しと言うが、苦すぎる、不味すぎると云うのは、
カラダが拒絶しているってことで、然るに

「妙薬は口に旨し!」

それが正解らしい。

危篤かあ、そりゃあ驚くよなあ…
随分大袈裟だな…

元の病室に戻り、三分粥をすすりながら、
家族と和やかに笑いあったが、肝心の目眩は収まらず、
いよいよ故郷の「脳血管研究センター」に、舞台を移す事になり
今に至るのだが、「脳研」に通ったのは3~4回だけで終了…
その件はまた別の機会に…。



Mott The Hoopleのレコードは、なにしろカバーデザインが
いつも秀逸で、中坊の頃から、レコード屋さんの棚を漁りながら、
カッコいいなあ、聴いてみたいなあ…

でも買うべき優先順位の高いレコードは、まだまだたくさんあって、
とてもモット・ザ・フープルにまで廻らない。

不思議とモット・ザ・フープルのレコードを持ってる仲間も居なくて、
大ヒットしたデヴィッドボウイ作の「すべての若き野郎ども」以外を
なかなか聴くに至らなかったバンドであったのだが、
高校生になった頃、とても良く出来たアルバム「ロックンロール黄金時代」
そして、名作の誉れ高い秀逸なライヴアルバムが
立て続けにリリースされると、皆が皆これを購入したようで、
続々と、モットの旧作までもが、手元に廻ってくるようになった。

モット・ザ・フープルといえば、やっぱり「~野郎ども!」ってことに
なるんだろうが、自分的にはこの曲「土曜日の誘惑」。

なんともチャラいタイトルだが、まあそういうバンドというか、
B級感が漂う、そういう世間の評価だったのだろうね.…。

それでもだ、イントロがなにしろカッコいい!。
英国らしいグラマラスなサウンドだけど、イアンハンターの
ヴォーカルが、意外とか弱くて、可愛い感じなのが
スーパーでビッグなグループになれなかったところだろうが、
それはそれで何だかキッチュで、ヤッパリどうあっても
英国っぽくて、素敵だったりする。

Mott the Hoople - Roll Away the Stone(土曜日の誘惑)



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一夜漬け

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

体調がすこぶる悪い。

ただ悪いのは、ある行動(運動)を起こした結果の
発作というか、極度の息苦しさと動悸とめまい…
10分くらいじっとうずくまりつつ、自然回復を待つか
或いは、普段から静かにしてれば、極めて普通。

そういうわけで、すぐにでも病院に行って…
という感じになかなかならない….。
また入院で、手術…イヤだなあ…。

そんな状況で、昔からの悪癖の「一夜漬け病」が暴発!
つまり、差し迫り、追い込まれないと動かない悪癖から、
やっとやっと「確定申告」に取りかかる事にした。

とはいえ、自分的にはほんの僅かばかりの家賃収入しか無いから
極めて単純なのだが、それすらも、ああああヤラネバヤラネバと
悩みながら、全然手が付かず、本当にダメオトコだ、最低オトコだ
と自分を責める事約1ヶ月…体調も悪くないし、さあ取りかかるか!
と決心したら、なんと10分で記入終了…。

なんだかね、キチキチッと初日に終らせれば、
悪夢に悩まされる事も無かったのに…って思うんだが…
出来ないんだよねええ…昔からそう…。

ちなみに目下の問題は、母に預けたマイナンバーの通知書…
近頃少々惚け気味の母…どこかに仕舞い忘れてるって…。
今年から必要なのよねえ…マイナンバー….ああやれやれ。
だからキチンと計画的に….無理だな今更…。



自分はまだ半ズボンにランドセルの時代ではあったけれど、
世の中なにしろ騒々しかった。

身近にも、私と一番歳が近かった当時大学生の叔父が、
ヘルメットを被ってゲバに参加していて、
よく彼の姉たる私の母に叱られていたけれど、
それでも、母は我が家にそのゲバ仲間達を招き入れ、
鍋や酒を振る舞いつつ、法律だけは犯すな!
石は投げるな、角材は振り回すな!と説教していたのを
妙に覚えている。

まあそのゲバ学生達が、後年、役所やメディア等々に
就職し、やがてこの街を動かす側になり、あまつさえ
言論を弾圧する側にまわってたりするのだが…。

ニールヤングが唄う「オハイオ」…
確かオハイオ州のケント大学だと思ったが、
ベトナム反戦デモに州兵が何故か発砲し、
4人の学生が死んだという事件を、
ニールが怒りをあらわに唄った作品…。

私はちょっと恥ずかしいが、小学6年から英語塾に通ってたから、
子供にも分かりやすい歌詞…

Tin soldiers and Nixon coming
We're finally on our own
This summer I hear the drumming
Four dead in Ohio

ブリキの兵隊とニクソンがやってくる
ボクらは遂にボクらだけになってしまった...

ニールヤングは時代に応じてレーガンカーミン…とか
言い換えて唄ってる。さしずめ今は…

ティンソルジャーズ&シンゾーカーミン…。

ヤバいヤバい。

同曲には色々なテイクがあるけれど、スティルス作の「自由の値」と
メドレー形式(たぶん編集!?)になっている、ニールヤングの
初期ドキュメンタリー映画「過去への旅路」に入ってるライヴテイクが
圧倒的に好きだし、何となくあの頃、ウチに来て鍋を突いてた
ゲバ学生達の、長髪に髭の鬱陶しい風体や、独特の汗臭さみたいなものが、
妙に懐かしく思い出される曲なのだ。

CSN&Y - Find The Cost of Freedom - Ohio


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アメリカンクラブハウスサンド

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

春はいったいどこに行ったの?ってほど、
まだまだ寒くて冷たくて、このまんま凍てついて
死んでしまいそうな気分にもなる…
ちょっとヤバい北国の3月。



今もたぶん同じだと思うけれど、
私がバンドマンだった時代も、東京・麻布台の
ロシア連邦大使館(当時はソヴィエト連邦大使館)と
なぜだか、背中をぺったり合わせるように
くっ付いて建っていた「東京アメリカンクラブ」…

そのバーラウンジで、定期的にライブ出演していた
某ジャズ歌手さん(日本人)に、どうやら私は
気に入られていたらしく、彼女のライヴ出演時には、
結構、密に呼ばれることが多かった。

もちろん私のジャズなど、とんだニワカの下手っぴいに
違いないし、実際に当時はまだ、先輩のサックス奏者に
楽典から(!)レッスンを受けてた真っ最中だったと思うが、
妙にウマが合うと云うか、彼女曰く、

「なんかアンタの音…安心なんだよね…」

と、褒められてるのか、けなされてるのか、
未だに良く分からないが、それも一つの評価だろう…と、
ポジティヴに受け止める事にしていた。

アメリカンクラブは当時の事務所の近所だったし、
また世田谷の砧(砧本村)から東京八重洲行き…っていう
随分と長距離な都バス路線も当時あって、
まだ古びた革の巨大ガマグチをぶら下げた車掌さんが同乗してる
おそらく最後の時代だと思うが、三軒茶屋から乗りこんで
渋谷、南青山、六本木を抜け、飯倉交差点を過ぎ、
麻布台で降りる。

スタジオもその近くのサウンドシティとかツヅキを使う事が多かったし、
また麻布十番〜仙台坂界隈の徒歩距離に、様々なプロダクションや
スタジオが集中してたから、この異様に長距離な都バスの存在は
ホントに有り難かった。

さて、アメリカンクラブと云えば、もちろん有名な

「アメリカンクラブハウスサンド」…

その本家であるからして、なにしろバンド控え室には毎回、
山のようにクラブハウスサンドのランチボックスが積んである。

傍らには巨大ピッチャーのコカコーラとオレンジュース。
 
クラブハウスサンドを無尽蔵に頬張り、
それをコーラとオレンジジュースで次々流し込む…
そんな他愛ない事が、妙に嬉しかったりした。

演奏曲目はスタンダードジャズだけではなく、
マイケルフランクスだのボズスキャッグスだの、
クルセダーズだのマンハッタントランスファー…
なんて言う当時の流行りもの(?)も多く取り上げていたけれど、
この曲が始まると、いつも決まってミラーボールが廻りだして、
お客様の9割は正装の外国人のカップルだが、
一斉にダンスタイムとなっていた。

♫「ララは愛の言葉」...

自分はただ演奏してるだけの立場なのに、
何だかとっても夢見心地の、幸福な気分がしたのが忘れられない…。

きっと、数日ぶりに満腹だったから…なのだろうかね??



ヴァレリー・カーター・ロス(?)が相変わらず続いてしまっている…。

その流れで、ローラ・ニーロ辺りも、あれこれとCDを捜しながら、
ずうっとずうっと、何だかぼんやりと聴き続ける
ダメオヤジなのである。

72年の初来日は、さすがに自分は田舎の中坊だったし、
行ける筈もなかったが、それが何だかとっても悔しくて、
それだけに94年春の再来日は、まるで昔欲しかったけれど
買えなかったオモチャを、今、大人買いで手に入れるような...
そんな感じで、辛うじて間に合った….と云うべきだろうか。

渋谷のOn Air Eastだったと思うが、いわゆる座席の無い
オールスタンディング(ワンドリンク付き…)というのが
これが初めてというわけではなかったけれど、
やはり会社帰りの、スーツ姿に革のカバンを提げてという
オヤジスタイルは、オールスタンディングにはどうも
馴染まないなあと思っていた。

ブルーノート東京あたりなら、しっかりクロークがあって、
カバンはもちろん、コートまでキチンと預かってくれるのだが、
OAEは、今はどうだか知らないが、なにしろ片手が塞がって
拍手も出来ないから、カバンを床において、それを足で挟む!
っていう、なんとも情けない姿を維持するのだが、
いかんせん混み合っているから、どんどん身体が流されて行き、
あれよあれよと、カバンを漂流させてしまう。

それでも彼女の渾身のライヴは凄まじかった…。

その後、同ツアーの「ライヴアルバム」も出ているけれど、
殆ど大阪公演かららしい。昔っからそうだな…。
LZもパープルも大阪公演の方が遥かに良かったと云う。
きっと50/60KHzと電圧が違うから、大阪の方が東京よりアンプが
いい感じで鳴る!...なんて言われてたけれど、
後年、大阪の師匠にその件を尋ねたら...

「大阪の客は、金払ろた分はきっちり楽しまな損!...
 ただそれだけのことやで」

ってことらしい。

確かに、東京のライヴって、意外と東北人が多いのか?
人見知り気味と云うか、最初はスマシテておとなしいくせに、
後半になって馴れてくると、異様に盛り上がったりする。

その大阪でのライブを聴く限り、やはり最初から盛り上がっていて、
ちょっとうるさいくらい...!

そうしたわけで、ライヴインジャパン’94から1曲かなあとも思ったけれど、
最晩年に出た「Angel In The Dark」というアルバムが、たぶん
この日本公演を含むツアーのリハーサルを兼ねたと云うか、
ほぼ同時期の録音と思われ、選曲もダブり気味だし、
且つキチンとバンドも入れて録音されているので、
クオリティも高い。(来日公演は弾き語り)

このアルバムはホントに名曲&名演も多いので、超お勧めだ。
そのアルバムから…ヤッパリこれ…

「ララは愛の言葉」

オリジナルは68年、デルフォニックスでヒット…
まあどうでも良い情報だがね。

Laura Nyro - La La Means I Love You


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のらりくらりとやってくる

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

キャットフードのストックが無くなっていた。

まとまった量は「南米の大河、または女だけの戦闘集団」へ
注文するにしても、(送料値上げするらしいね…)
ここ北の最果ての地に「即日配達」なんて
気の効いたサービスなどあり得ないから、
取りあえず、今日明日の分だけでも、近くのコンビニで調達。

しかし、お天気もまあまあだし、体調も悪くはない…
少々遠目だが、かなりお買い得価格なスーパーマ−ケットまで
足を延ばしてみようか…と、出掛けてみたまでは良いが、
途中、北国の天気はみるみる変わり….

猛吹雪…。

あっという間に、体中が真っ白の雪だるま状態

「天は我を見放した…」

なにしろこんな風に、のらりくらり&とろりとろり...
3歩進んで2歩下がりつつ、北国の春はやってくるのである。



まったくなんてことだろう…今度は、かつての愛しのキミ
「ヴァレリーカーター」が逝ってしまった。

64歳…ってことは、花のニッパチ生まれ(!?)…か…辰年だね。

上司だったり、部下だったり、不思議と辰年生まれに縁がある。
折に触れて、ああ、やっぱりあなたも辰年さんなのですね…!
そんな感じで、なにげに辰年の気質まで分かるような感じなのだ。

ヴァレリーを知ったのは77年。
世は、呆れるほどホテルカリフォルニアが流行ってて、
もううんざりだぜ!って感じの時代。

その頃自分は既にパンクロック!...って、言いたいところだけど、
実はまだそこまでには至っておらず、マイケルフランクスとか
ボニーレイットなんかに熱を上げつつ、このヴァレリーカーターも
随分入れ込んで聴いていたように思う。

抜群の透明感は、ソロシンガーというよりも、むしろ
バックコーラスとかデュエット相手(?)というニーズが
先にきていたらしく、ジャクソンブラウンや、クリストファークロス、
リンダロンスタッド、リトルフィート、ジェームステイラー等々、
まさに売れっ子サイドシンガー…というのが彼女の位置だったらしい。

そんなキャリアを、当時の自分は知らなかったから、
ソロデビューアルバムにして、いきなり錚々たるお歴々のミュージシャン達が
大挙して参加してたのを、なんとも奇々怪々に感じていたのだが、
彼女のキャリアを知れば、まあ納得のメンバーによる充実のサウンドの
名盤であったと思う。

リトルフィートの全員、EW&Fのほぼ全員、オ−リアンズの面々、
リンダにジャクソンブラウンにジョンセバスチャン。
さらにチャックレイニーにジェフポーカロ(セカンドアルバムはTOTO全員)
そんな感じの強力サポート陣だが、やっぱり大好きなこの曲の
ツボを心得た抑えた演奏と、彼女の透明感が、とにかく素晴らしい。

別の曲をと思っていたけれど、この曲のまばゆい光に敵う曲が
一向に見当たらない…R.I.P.合掌

Valerie Carter - Ooh Child


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些細なサークル活動が...

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

北国の、冬と春の間…

30歳を少し過ぎた頃、呑んだくれてばかりの
退廃的な生活サイクルを改めんが為、
紆余曲折の末、社内外有志でサッカーチームを結成する。

サッカーチーム結成は、高校時代にどうした事か
そうした動きにまんまと巻き込まれて、
気がつけば1年生なのに...

中学サッカー部で実績あるのはオマエだけ…
何となく弁が立つと云うか、論理のでっち上げが
狡猾で、教師をだまくらかした実績!?

そんな理由で、校内ロビー活動はもちろん、
高体連やらサッカー協会やらへの陳情を繰り返す等、
様々な既成事実を積み上げつつ、1年と経たぬうちに
状況は急展開…「同好会名義」のまま、
正月の「高校サッカー選手権秋田県予選」に
参加できる事になった。

もしも間違えて、全国出場!...なんてことになっちゃったら
前代未聞、「同好会」のまま出場…なんて一瞬夢見たが、
もちろん世の中そんなにあまくはなくて、下馬評通り、
一回戦で大敗した…。

それ以来の「チーム創設」である。

さしあたっての問題は、練習グランドの確保…。

区役所に出向き、区のグランド、体育館等をあたってみるが、
くじ引きによる抽選会に参加しろという…。

抽選場所は、杉並区の外れにある区営グランド、
その現地のクラブハウスに集合…
日時は平日の午後1時〜3時頃まで…。

普通に勤めている立場では、絶対に無理な時間帯だ。
それでも、万難を排して指定時間に行ってみる…。

普通に1ヶ月後の月曜朝からのスケジュールを希望者が
名乗りを上げつつ、埋めて行く。
我々の希望は、もちろん土曜の早朝か夕方、もしくは
日曜早朝など…。

ところがその場に居たほぼ全員が、その同じ時間帯を希望…
くじ引きが始まった。自分を入れて希望者代表は5人。
ウーム、確率20%かあ…。

終ってみれば当然というか、全敗。
すべてゲートボール…いやいやグランドゴルフ軍団に敗退である。

しかしどうやら、どこが勝っても同じ団体らしいのだ。

つまり、本来は50/50なのに、80/20ということ…。

心の中では「ジジイどもは平日開催でも充分だろうに!」

そう思うのだが、爺さんどもも、役人も
自分に対する対応はとても冷ややか...

「お前達は今は精々働いて稼いで、納税しとけ!
 そして歳とって定年したら…思う存分遊べ!」

そういわれたような気がした。

結局取りあえずは新宿の西口公園の広場で
土曜の早朝から練習を始めると、
周辺をジョギングしていた大使館員(ナイジェリア人)、
或いは、ビジネス絡みの英国人、カナダ人などが、
ぽろぽろと参加するようになって、
気がつけば、来る者は拒まずで、外国人が外国人の
友達を連れてくるようになって、いつの間にか
何だか正体不明の「多国籍チーム」…

その一丁上がりとなってしまうのだった。

チームはもちろん、あのイヤだった先輩後輩の
絶対服従な上下関係や陰湿なイジメもなく、
まったくの無礼講。

練習+試合終わりは、真昼間からファミレスで
それぞれの家族を交えて愉しい酒盛り…
イヤ、食事会。

さらには、昔は欲しくても買ってもらえなかった
アディダスやプーマやらの高級スパイクを何足も買ったり、
思い思いに、好きな欧州チームのレプリカユニフォーム
なんかを着て、ちょっとしたコスプレ気分…。

皆それぞれにサッカーを楽しむ、貴重な時間に
なっていたと思う。

やがて、世田谷八幡山の、かつてクビになった大学の
グランドの隣に(!)、レンタルサッカーグランドが開業し、
一時間1万円っていう結構な料金だったけれど、
その頃は、それなりに大所帯にもなって、
そこを毎週レギュラーで押えつつ、使うようになる。

そうなると、もはや自分の能力では収拾がつかない
ちょっとした中小企業くらいの組織になって、
同時にリーグ戦での戦績も輝かしい感じになってくると、
結成時からのメンバーはもちろん、自分すら試合に出られない
場面も出てくると、少しずつ不満が囁かれ始め、
チーム崩壊の足音を感じつつ、ある時、
私の試合中の負傷(骨折)をキッカケに、
大所帯の組織は、分散し、崩壊してしまった。

私は既にアラフォーと呼ばれる世代に入っていたから
正直、もうそろそろサッカーいいかなあ…
.とは思ってたけれど、崩壊はやっぱりね、
何だか寂しいから、復活に力を注いでもみたけれど、
一度離合集散したものを、また戻すのは
相当に困難なようで、私のサッカーはココで
完全に終了となるのだった。



先日は、個人的初ソウルミュージック体験として
「黒いジャガーのテーマ」と「スーパーフライ」と記したのだが
よくよく考えてみたら、どうもこっちだったような気がしてきた。

一応訂正しておく…どうでも良い事だけどね…。

まあこれをソウルと呼ぶか、ファンクと呼ぶのか、
はてまたブラックロックと呼ぶのか、とても微妙なところだが、
全部正解、且つまったく的外れみたいな、それほどスライは、
なかなか一括りに出来ない独特の感性を持った音楽。

ジミヘンがもしも生き延びていたら、こっちのややこしい
世界に入って来たんだろうという事は、
晩年のBand Of Gypsys辺りを聴けば、容易に推察できる…。

結局、スライストーンの遺産はすべてPRINCEが引き継ぎ、
そして彼もまた冥土に持って行ってしまった…。

まあ何にせよ、生まれて初めて「エレキベース」の
邪悪な本性を知った記念すべき曲…

Sly & The Family Stone - Thank You


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ゴロワーズを吸ったことがあるかい

Gauloises_Caporal.jpg

私はおよそ常軌を逸したとしか思えない
ウルトラへヴィーなチェーンスモーカーだった。

もっとも酷いのは、酒を呑んでるとき、
苛々しながら商談の電話をしてる時、
そして何らかの集中した作業の時…。

たぶんどちらも2分と空けずに次々と火をつけて吸うから、
麗しい紳士淑女の銘柄「ハイライト」(!?)パッケージは、
あっという間に空になる。

気がつけば私のデスクの巨大なガラスの灰皿は、
山のような吸い殻と、憎々しく捻り潰した水色のパッケージが
2~3個放り込まれている、惨澹たる状態。

それを不埒にも自分で掃除するでもなく、
会社では事務のおばちゃんが、一日に数回、
お茶を出すついでに整理。
家では家人が、「まったくもう!…」などと
文句を言いながらもオートマチック(?)に片付けられるのだ。

そんなまったくだらしないスモーカーのくせに、
ヒステリックな禁煙、分煙運動なんかには、批判的だったし、
カフェで「禁煙」と云われてカチンと来て、

「喫茶店から喫の字はずしたら、ただの茶店だろう!
 看板書き換えな!」

などと馬鹿な捨て台詞を吐いて、店を出た事もある…。

ホントに恥ずかしい…反省している…。

生まれて初めて吸った煙草が、ゴロワーズ…。
もちろん、かまやつさんのあの歌を聴いたから…

♫ゴロワーズというタバコを吸ったことがあるかい
 ほらジャン・ギャバンが
 シネマの中ですってるやつさ
 よれよれのレインコートのエリを立てて
 短くなる迄 奴はすうのさ
 そうさ短くなる迄すわなけりゃダメだ
 短くなるまですえばすうほど
 君はサンジェルマン通りの近くを
 歩いているだろう

そして最も感銘を受けたのが3番の歌詞…

♫君はたとえそれがすごく小さな事でも
 何かにこったり狂ったりした事があるかい
 たとえばそれがミック・ジャガーでも
 アンティックの時計でも
 どこかの安い バーボンのウィスキーでも
 そうさなにかにこらなくてはダメだ
 狂ったようにこればこるほど
 君は一人の人間として
 しあわせな道を歩いているだろう

単なる悪戯でゴロワーズを吸ってみた高校生だったが、
実際には、両切り独特の葉っぱが唇にぺたぺたと
くっついて不快だし、味もイガイガで、何だか超古い
カビの生えたフランスの新聞か雑誌を刻んで、
それに火をつけて吸い込んだみたいな、
そんなエグさに、憧れも、意気がった背伸びも、
すべて吹き飛んでしまうほど強烈な、まさに

「粋な大人の世界をなめるなよ!」

そうムッシュに説教された感じ…。

少し前になめてみたジャックダニエル同様、
「大人の味」とは理解しがたいものだな…と
その時はそう思ったわけで、出来るなら、
そのまま自分には合わないものとしておけば、
今になってこんなに体調で苦労する事も
なかったろうになあ….と、
思わないわけではない。

仮に高校生くらいから人生をやり直せる事になったら、
果たして自分は煙草を吸わないでいられるだろうか?

友人に吸ってみろよ!って言われて、
何のこれしき俺だって!と、意気がって吸ったのは誰?

その結果、酷い目眩でクラクラしたけれど、
それをギリギリで堪えて、

「平気だよ!こんなのへっちゃらさ!...」

なんて強がってみせたのは誰?

たぶん、生まれ変わっても、煙草は吸ってただろうなあ…
そして本格的にカラダを壊して、やっと…やっとヤメられる。
My Foolish Heart…愚かなり我が心…である。

さて…そのかまやつひろしさんの訃報を聞いて、
真っ先に脳裏をよぎったのこの曲。

ヒットした吉田拓郎作のシングル「我が良き友よ」の
B面におさめられていた曲だったと思う。

我が良き〜を、かまやつ氏は、全然気に入ってなかったらしく、
それでもレコード会社のセールスの為に妥協してあげたのだから、
B面くらいは好きにさせろ!というわけで、
ちょうど来日中だったTower Of Powerにアレンジと演奏を
依頼し、歌詞もその場ででっち上げた曲らしい。

普通はタワーオブパワーのホーンセクションだけ雇い入れて
リズムは日本側ってな感じなのに、ムッシュの場合は
リズム隊も贅沢にタワーオブパワー!

私は高校生だったが、もはやイントロのギターだけで

おおお!これブルースコンテじゃあないの?カッコいい!!
タワーオブパワー節全開じゃんか!って、
すぐに分かったのが当時の自慢だったりする。

ご冥福をお祈りする…ペンネーム「MICK STEWART(!)」の
かまやつひろしさん…安らかに。

かまやつひろし ー ゴロワーズを吸ったことがあるかい


完全に蛇足なのは分かっているが、やっぱり好きだぜフリフリ…
スパイダースは、かまやつさんが唄えば、全部ガレージパンクになる。
そんなヒト他に居ない….偉大なヒトだ…。

ザ・スパイダース - フリフリ


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今は猫派なれども...

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Leitz ELMAR 5cm/F3.5 (1939)

モノクロ設定のエルマーでは、ピント合わせが至難。
ピタリっとあったら無敵なのだが…。



物心ついた頃から、家には犬が居た。

最初のは黒くて小さな犬。
もちろん雑種。
小熊みたいな風貌だから、名前はクマ…
私が名付けたらしいが、意外にセンスないな...。

そのクマが、突然居なくなった。

当時は、今みたいにリードで繋いで
きっちり管理しながら飼うっていうよりも、
放し飼いというほどではないけれど、
わりと自由で、猫みたいに近所の家で餌を与えられたり、
そこの家で昼寝してたりしながら、
夕方になるといつの間にか帰ってきていて、
我々の夕飯の残飯や、その日のオカズをゴッタ煮にした
アツアツを、ヒーハーしながら食べて犬小屋で寝る…。
そんな感じ。

クマが突然帰ってこなくなったのは、
近所の乾物屋のオッサンによると、犬さらいに捕まって
連れて行かれたらしい。

すぐに犬さらい…つまり保健所に問い合わせてもらったが、
どうやら殺処分されたあとらしい。
首輪してたのに!...まだ幼い私は大きな衝撃を受けた。

やがて始まる「1964 東京オリンピック」を前に、
日本全国一斉に「野犬狩り」を徹底せよ!との号令が、
我々の住む北の果ての保健所にも下ったらしい。

以後、あまり野犬の群れを、街ナカで見掛ける事は
なくなったように思う。

同時に犬はキチンと繋いで飼うべし!
当然すぎる事だが、こうして日本の近代化は
東京五輪とともに、この国にもたらされたのだ。

逆に言えば、それまでの日本は野良犬だらけで、
いま思えば、危険極まりなく、よく野良犬に追っかけられた。

慌てて走り出すから追いかけてくる。
ゆっくり静かに犬から離れるべし…
当時の幼稚園児の、それが基本的たしなみだったな…。

すぐに、二代目の、今度は柴犬系雑種のコロが
やってきた。こいつが我が家に来たときは既に成犬で、
結構な年寄りだったらしく、数年で亡くなってしまった。

犬だろうと猫だろうと、死なれてしまうと、
少なからず喪失感に苛まれつつ、

「もう二度と犬なんて飼うまい!」

と思うものだが、
近所の幼馴染みのアキラ君(後の五輪銀メダリスト!)
の家の秋田犬が、3匹仔犬を生んだ!なんて聞くと
やはり居ても立ってもいられず、観に行くと、
もう私は完全に仔犬の虜…。

親同士の話し合いの内容は未だに不明だが、
その仔犬の中の末っ子が、めでたく我が家にやってくる事になった。

名前は根拠はないけれど、語感だけで
「ブン」ってことになった。

しかし、ほどなく秋田犬保存会というところから連絡あって、
「ブンでは困る!」と言うのだ…。

血統書作成の都合で、漢字を充てて欲しい…
文学のブンでよいか?...というのだが、ウチの親の名に
その文字があるから、文はやはりまずい!。

父が「豊」でどうだ!と小5の私に言った。
九州に豊後水道ってあるじゃないか…豊後のブン…。

以来、ウチのブンは保存会の系図並びに戸籍上は
フリガナのない「豊號」つまり
「ユタカ號」になってしまうのだった。

だから未だに、自分の中では水谷ブン、武ブン…
そんな感じになってしまうのだ。

秋田犬ブンは、みるみる大きくなった。
そうなると狭い我が家の小さなスペースにある犬小屋では、
狭苦しい感じに思えて、何だか気の毒になっていた。

やがて私も高校を卒業し、実家を出る事になって、
やむなくブンは、隣家まで50mもあるような母の田舎で
余生を過ごす事になった。

ブンが亡くなったと聞いたのは、私が東京の空の下、
バンドに熱中するあまり、学校を追い出されてしまって、
親達は怒り、仕送りを止められ、とにかく自力で生きて
行かねばならぬのに、結局その時は3日も何も食べれぬまま、
アパートの家賃も支払わねばならず、恥を忍んで実家に
助成を求める為に電話した時に
母から聞かされた。

とても落ち込んだのは言うまでもない。
自分は何をやってるんだろう!?
あまりにも、情けなさ過ぎやしないか!

そういうわけでもないが、今はずっと猫…。

語弊あるのを承知で言ってしまうが、
猫にはとても失礼ながら、犬に比べて、
もしもの場合の哀しみが、やはり大きく違うのだ。

猫だってもちろん家族だし、
別れは悲しいに違いないけれど、
やっぱりワンコは…なんて言うんだろう??...。

だから、今は猫でいいのだ。



失礼ながら、その秋田犬のブンに、お顔がソックリなのが、

ポール・ロジャース!

当時、中学1年の私には、「れっどぜっぺりん」や
「ぐらんど・ふぁんく・れいるろーど」や「くりーむ」、
「ゔぁにらふぁっじ」そんな大御所以上に、
大好きなハードロックグループ(?)が、
他ならぬポールロジャースのいた「フリー」。

ちょうどFREE LIVEが、爆発的(?)に流行っていて、
ラジオでも頻繁に掛かるオールライトナウとファイヤー&ウォーターの
ライヴではエモーションが5割増くらいの熱い同曲に夢中になって
リクエスト葉書を書きまくってた私…。

少しして、リアルタイムにフリーの新作が出るぞ!という事になって、
私は初めてのFREEのアルバムを、指折り数えて発売日に購入する…

「HIGHWAY」…

期待に反して、これはとても地味なアルバムだった…。

しかし、音楽の奥深さと云うのを、ここで初めて知る。

ロジャースの唄は明らかに以前よりも表現力が増し、
コゾフのギターも、エレキギターの生音というのか、
飾らない臨場感に何だかココロの奥の、深いところから
揺さぶられる。

アンディフレイザーは、今なお、大好きなベーシスト。
まだモータウンを知らないから、彼の跳ねるベース、
妙な譜点の、独特のタイミングやシンコペーション…
自分にとってはまさに唯一無二の存在だった。

友人達は「フリー…もっとうるさきゃ、もっと良いのにね!」
って口を揃える…。

この曲もそうだが、うるさいだけじゃあなくて、
とても英国らしい、曇り空の、寒くてくぐもった、
哀感漂うバラードで見せる、そんな感傷的な曲が、
何だか堪らない魅力のバンドだったな。

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