ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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小粒なヤツ

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

子供の頃、我々の秘密基地があった茂み…。
今は容易に立ち入ることは出来ないけれど、
誰にも触らせない体で存在するのが、
何だかちょっと嬉しい。



フットサルの試合中、私も体躯はデカい方だが、
もっとデカい、アズーリを着た高校生に軽々吹き飛ばされて、
膝のお皿を割ったのは、38歳のとき。

その前年くらいから、感じ始めた急激な体力の衰え…。

いつまでも偉そうに『10番』を背中に背負っているのも
何だかシンドクなってきたなあ…そう思って、
高校時代以来、コダワリの10番は部下に譲り、
自分はやや自虐的な意味も含めて、当時の実年令の「38番」を
着け始めたばかりの頃だったから、その時38歳だったのだ!
というのを、鮮明に覚えているのだ。

その時は、手術とリハビリを含め、15日ほど入院したのだが、
そのたったの15日間で、私を取り巻く状況は
がらりと変わってしまう…。

最も危惧したのは仕事面。

実は当時、私は会社併合案件を抱えていたのだが、
それに関して、私と自分の上司である社長とは随分意見が違っていて、
先方も私が先に示していた方策には賛同するが、社長方針には
従えないということになっていた。

そうなれば社員の自分としては、苦渋の決断ながら
その中間の合意点を模索するしかない…。

やっと築いた信頼関係が、崩壊しつつあることを
じわじわと感じ始めていた時節だったと思う。

先方は、国内事業を当社に委譲して、米国に事業拠点を
移したがっている。ついては東京側の社員やオフィス、
店舗運営等々を、なるべく穏便に、そのままの体制で
業務を当社に移管したい。

ならば、そこそこの利益を計上してる会社でもあるので、
金銭による売却とかではなく、社名もそのまま、
社員の待遇(社長には別の大事なミッション)も現状維持の
傍系会社として、営業利益だけ当社が得るという方針で、
押し進めていた。

しかし社長等当社の経営サイドは、あくまでも完全な
企業買収によって、会社規模の拡張を図りたい…。

当時は携帯電話というものが、まだギリギリ一般的ではなかったから、
先方社長と入院中の私との連絡接点は完全に封鎖されてしまったようで、
病院も教えるな!というオフレが発せられていたらしい中、
自体は急遽、入院中の私抜きの当社経営陣と先方社長(在米二世の女性)の
交渉となり、結局は決裂した。

彼女の会社は、彼女(LV本社の商品企画も担当していた人物)の
独特の感性による商品選び(仕入)が、何しろ「肝」の会社で、
いくら海外の仕入れルートを開示されたからと云っても、
独特の商品構成というか、大勢の顧客に支持されている「匂い」は、
彼女以外には醸し出せるものではない。

だから当面は、彼女からの商品供給に頼らざるを得ないのだが...

当社の社長以下経営陣は、そういうことが全く理解できない。

何度も失敗をし、罵声を浴びせられながらも、アチコチに出向いて、
助言を賜ったり、勉強したりしながら、苦労して大ヒット商材を確立しても、
「あれはツイてたな」としか感じてない人種…。

そのとき私が会社を辞めて、その会社の代表に収まっていれば…
っていう人もいたが、何故かそれは考えもしなかった….だって...

母屋の会社が、たぶん数年後には自分のものになる…

そう確信していたからだろうな…結局それから5年くらいしか
母屋は持たなかったけど…。

その後、彼女の日本側法人は、まだ20代と若かったが、
組織の主軸で働いていた、プロサーファー日本代表の男...を
代表にし、当面は、陰ながら自分もバックアップする….ということで
組織は残った。

米国に拠点を移した彼女は、徐々に日本法人とは距離を置きながら、
数年かけて完全に手を引いていった。

今は米国のサーファーブランドや、超有名なキャラクターブランド
なんかを取り扱う会社に変貌しているが、企業マインドは昔と
全然変わってないですよ!と言っていた…。

もちろん私の方の会社が破綻した時には、真っ先に
「是非当社へ」と勧誘されたが、もはや自分の経験や
ノウハウの蓄積を投入できる組織では無くなってるなあと感じ、
残念だったが、固辞した。

彼女自体はその後、米国で金持ち相手に「小型飛行機を売る会社」を、
今は興してるらしい…。

何となくスケール感が、自分ら小者とは基礎が違うなって感じだ。



何となくね、毎朝欠かさず「朝ドラ」を観てたりして
あろうことか、涙など流したりするバカオヤジである。

毎日の刷り込み効果で、テーマ音楽もすっかり覚えてしまうのが、
常と云えば常なのだが、基本的に私はサザンオールスターズは
得手ではないのだが、いつもドラマが終ると、自分の頭の中では、
サザンのこの唄と、本日のこの曲がごちゃごちゃに混ざりあって
私の頭の中で8時30分くらいまでなり続けるのだ。

別に似ているとか、だからけしからんとか、
そういう話ではなくて、桑田氏の音楽って
好きではないんだけど、なぜだか容易に
「ああ、彼、あれ聴いたのね」と、「元ネタ」というか
「引用元」が簡単に分かってしまうから、
それはそれで、何だか彼の憎めないところでもある。

バッドフィンガーは、ビートルズが設立したAPPLEレコードの
専属タレントだから、当然「ビートルズの弟分」という立ち位置の
実に悲劇的なグループだったけれど、実はビートルズとは似て非なるというか、
全く異なる個性のバンドだったと思う。

兄貴分たるビートルズの面々(主にポールとジョージ)も、
キチンとそういうものを最初から認めてあげていれば、
もうちょっと楽に「彼ららしさ…」が追求された、
とっても良いロックグループになっていたと思う。

この曲は、当時はシングル盤『嵐の恋」としてしか
持ってなかったけれど、好きな曲だったなあ…

Badfinger - No Matter What  嵐の恋


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赤本の日々

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

赤本」:別名ウタスペともいう「歌謡曲のすべて(全音出版)」
 という楽譜集。バンドマン必帯の書。ヒット歌謡の大部分を網羅。
 現在は上巻(昭和編)・下巻(平成編)に分冊されている…。
 ジャズスタンダード集の「黒本」「青本」というのもある。



「フリーランスのミュージシャン」と云えば、
大層聞こえは良いのだが、所詮は所属元のない、
仕事のない日はダラしないプータローで、
昼過ぎまで万年床で寝ているような「引き蘢り」でもある
バンドマンってな生業で、ダラダラと食いつないでた時代のこと。

私は、当時ニューミュージックっていわれてたジャンルに
既存の芸能プロが、強引に割り込んだようなカタチのアーティストの
バックバンドのメンバーに紛れ込みながら、
この業界に入ってきたものの、数ヶ月でそれも様々事情含みで、
クビ...。

そこで「まあ貴重な体験をしたなあ…」と、素直に元の学生に
戻っていれば、それはそこまでの良い思い出に過ぎなかったのだが…
ついつい、その先の...続きを見たくなってしまったのだった。

まあ、仕事なら何でもやらさせていただきますので、
ひとつヨロシクお願いしやす!

などと、大した考えもせずに、業界の偉そうな人を見ると
片っ端から頭を下げていたような初年度だったが、
そうすると時々、全く想定してないような仕事に出くわしたりする。

あるとき、ミリオンヒット前夜(!?)の、後に大晦日の
国民的歌番組ではド派手なステージで有名になる女性演歌歌手Kの
厚木あたりのキャバレー営業のトラ(誰かの代理)仕事をした。

私には、ギターだけじゃなくて、指揮振り(カウントを出したり、テンポ管理等々)も
しなければならなかった都合で、事前に譜面とカセットテープの
「音資料」を入手していたから、本来は苦手の演歌のわりには、
当日はまあまあ満足の内容…するとマネジメント側から、
翌日も是非頼みたい!...という話になった。

どうせそのあと帰宅したところで、三茶か三宿か下馬、五本木
(マイナーでしょ!)あたりで、夜明けまで酒を呑んで、
翌日午後まで寝る…そんなグータラ生活であるのだから、
二つ返事でOKした。

翌日、打ち合わせ通りに埼玉の志木市というところにある
ヘルスセンター(ラドンセンター?)に到着すると、
全身ピンクずくめのカメラを持ったご夫婦演芸師が
ケタタマシイ声で奇声を上げている。

その奥に、どこか見覚えのある年配の紳士が、上品に座って
静かに外の景色を見ている…。

はて?演歌師Kは何処なんだろうと思っていると、
どうやら当日はその御年配の紳士(懐メロ歌手さんらしい)の
伴奏が仕事らしい。それにしてもバンドらしき人たちが見当たらない?

やがてピンクの方々の演芸ステージが始まって、誕生日が
どうしただのと云う演題に花を咲かせているが、楽屋では
一向にバンドの打ち合わせが始まらない。先ほどの紳士と、
2、3人スタッフかマネージャーか?いずれにせよ胡散臭い
オッサンがダラしなく、トドのごとく横になって居る…。

仕方がないので、私が口火を切る…

「あのう、バンドさんは別の楽屋なんでしょうか?そろそろ打ち合わせなどを…」

と云うと、横になってテレビを見ていた蝶ネクタイの演芸師?のような
オジサンがこちらを振り向いて、「ほな、打ち合わせしまひょか?」
と、いきなりの関西弁で言います。

えっ? バンドって…もしや我々二人??
アコーデオンのオジサンと私(ギター).だけ…。

「向こうに居てる紳士は知ってはりますやろ?
演目は「野球小僧」それと「鈴懸の径」…これだけ
3回唄われますので、よろしゅうに(?)。」

「譜面?「赤本」持ってはりますやろ?...ええっ、持ってへん?
どういうこと?バンドマンなら絶対に持ってなきゃならん
もんでしょうが…まったく近頃の…まあ、ええですわ、
真ん中に譜面台置きまひょ...」

「で、野球小僧が終ったら、お客さんの素人歌伴やりますから、
MCのピンクのご夫婦が曲目を聴きだしたら、赤本で、もたもたせんと、
ささっとページ開いてな(私がかい!)…テンポはワテが出しますさかい…。
今日は3ステージそれやって終わりですわ…頼んますよ、ほんま…」

実際には、関西弁&バンドマン用語(逆さ言葉)で
これを早口で話すものだから、読解がとても困難…こんな感じだ…。

「コゾヤキュリーオワでトーシロバンマルハジデボンアカ…」

ちなみに前の晩のうちに、手持ちのストラトキャスターで演歌は
あまりに線が細いので、わざわざ友人宅に寄って、
ギブソン&メサブギアンプをわざわざ借りてきたのに…
よりによってアコーデオンデュオで素人(御老人)歌伴…

畳敷きのステージには、全く持って不釣り合いなメサブギには
もはや苦笑するよりほかなかったように思う。

3回目のステージ(?)を終え、少し落ち込んで片付けをしていると、
ヘルスセンター側の支配人さんという人が突然現れて…
「ご苦労様でした…また何かありましたら….あとこれ…
お客様からお預かりした『ご祝儀』です…確かにお渡ししましたからね…
アコーデオンさんの分は既にお渡ししてますんで…。」

輪ゴムで止めた4つの封筒…5千円入りが2通、1万円が1通、
そして2万円入りが1通…合計4万円。
それと取っ払い(日払い)の出演料が2万円…

懐メロ&素人歌伴恐るべし!。

ついさっきまでの暗く落ち込んだ気分は、もはやどこ吹く風!
フトコロ久々ホックホクの上機嫌で、まだ床が板張り(フローリング?)の
東武東上線に乗って帰宅する。以来、自分にとっての東武東上線は、
そうしたわけで、成功体験の気分上々な路線であり続けるのだ。

で、その時のお金で、上機嫌のまま「これでまた稼げるかな?」と
下心満々で「赤本」を購入した自分だったが、その後立て続けに
ロック系と云うか、POPS系なのか「レギュラー仕事」が決まって、
「赤本」を使うような仕事は、もう殆ど廻ってこなかったように思う。

とりもなおさず、その時はまだバンドマン歴半年くらい…
半分はまだ学生で、PA屋のオペレータでもある、
ヨワイハタチのワタクシでありましたとさ…終わり。



ニックドレイク…興味があったらWikiでも引いて調べてみて欲しい。
…というか、彼の音楽の前では、だらだらとした言葉は要らない…
そんな気がする。

彼が遺したオリジナルアルバムの3枚は.特に希少盤とかいうものではなくて
たぶん、ちょっと大きな…特にイギリス系が強いVirginとかHMV系の
CD屋さんなら、ほぼ常備してあるはずの作品だが、自分にとっては、
アナログの時代から、とても大事な「盤」で、「家宝」。

深い「悦び」とか「哀しみ」…そんな重たいものは要らないよ
という人は、触らない方が無難だ…そんな音楽。

この曲は1stアルバム「Five Leaves Left」の2曲目に入ってる…。
何故かYouTubeのこのヴァージョンには、風のざわめきとか鳥のさえずりとか
SEが入っていて(オリジナルにはない)、普通なら邪魔臭いな…と
思うところだが、これが何と実にいい感じ…一段と不思議な感じに仕上がってる。

Nick Drake- Riverman


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温故知新

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Leitz - ELMAR 9cm/4(1936)

昭和11年製ライカ独特の「くすみ」を、徐々に徐々に…
楽しめるような、そんなクスんだオヤジに近頃なってきた(笑…。



私のiPhoneは、来年いよいよ10年目を迎えるが、
未だ現役…。

もはやアプリに対しての反応は鈍いし、バッテリーも、
フル充電状態で、家人と2時間も話したら、
赤いカラータイマー(?)がピコピコ点滅するようなウルトラマン状態で、
相当痛々しいのだが、何故だがあのスタイリッシュなデザインは、
ちっとも古さを感じないし、本体も、頻繁に地面落下させている割には、
素材的に、傷らしきものも見当たらない、ある意味とっても不思議な…

モノとは「かくあるや!」

という、とても洗練された製品だったなあと改めて思うから、
ナカナカ、買い替えって気が一向におこらなかったりするのだ。

ところがウワテが居た…我が家人…。

遂にあのドピンクなガラケーが壊れたらしい!。

ずっと愛着を持って大事に使ってたのは知っていた。
メアドが未だにvodafone.ne jp (!)で、いつも驚かれ、
笑われてる…とも聴いていた。

しかしメールと通話の通常使用には全く支障ないから
今のままで充分! LineとかTwitterに支配されてる若者が
羨ましいとはちっとも思わないし、何か機械に始終見張られてる
みたいで、気の毒にも見える…。

そういって、新電話購入を永く拒んでいたけれど、
遂に画面にヨコシマが現れて、使用不能になったらしい。
(それでも、修理できるならして欲しい、そう訴え続けたらしい)

電話屋にそのVodafoneのムクロを持って行くと、
従業員達は、博物館の展示品を観るように集まってきて、
なんとそれは、日韓ワールドカップが開かれた
2002年製…だそうで、実に15年モノ。

もしかしたら当店では、新記録かもしれない!

などと、やっぱり笑われたんだそうだ…。

ただ、そこで困ったのが、彼女の電話も私の電話も、
どちらも私の名で契約していたから、東京にいる彼女が
勝手に機種変できない状態(私の委任状が要るのと、
身分証明書の「原本」が必要?そんなはずないだろう?
コピーで充分だろ?!いや規則ですから…の、電話での私と押し問答)
その結果、彼女は彼女自身の契約で新規契約をすることにした。

彼女の15年と、私の9年で、貯まりに貯まったポイントを
1点も使えずに…。

たかだか電話の話だが、何だか様々、一つの時代が終わったような、
そんな一抹の寂しさを、感じる結果となった。

と言いながらだ、あの日以来、スマホデビューした彼女から、
Twitterやろうよだの、Lineやろうだのホントにうるさい!。

もうちょっと大人らしく、意地があるなら意地を張り通してみろよ!
と、私は言うのだが、「だってみんなやってるよ、愉しいよ…」だって。

家人には言えないのだが、超大昔にね、少しだけ...ほんの少しだけ...
付き合ってたカノジョが、大学のサークル絡みで、
お決まりの宗教団体に誘われててね、絶対入るものか!
って言ってたのに、いつの間にか取り込まれてしまっていて、
ある日突然、彼女の口調がガラッと変わってしまうって事があって、
何となく、それで駄目になっちゃったんだけど、
まあそこまでじゃあ全然ないけれど、なんだかね、
トラウマ的になってるのかもね…

突然の宗旨替えにビクビクと、異常反応してしまう自分…。

ちなみにだが、家人の旧機種分の解約を至急行わねばならないが、
秋田市のSoftbank…近場の店舗がいつの間にか無くなってしまっていて
あれあれ、何処にあるのさ??ソフバやーい!



アルクーパーが大好き!って人に、ナカナカ出会わない。

たぶん、その実体が掴めない人というか、掴まれてたまるか!
バッキャロー...なんて人なんじゃないかなって思う。

で、自分が好きなアーティストに共通してるのは、
そんな…頑固と云うか、一筋縄では括れない人…って言う、
そんな感じ…お分かりいただけるだろうか?。

アルクーパーなら、やっぱりJolieのゴージャスサウンドが好き!
とかI stand Aloneが好き、いやいや、やっぱりBS&T時代の
I Love You More Than You'll Ever Know に尽きる!。
ブルース時代もなかなか….!?そんな感じでちっとも
意見がまとまらない。それこそが、彼の魅力なのだなあって、
そんな気がする。

今日のこの曲は、中学生のアタマくらいに、ラジオで良く掛かってた
気がする、たしかジョンプラインっていうカントリー系の
シンガーソングライターの唄だったなって、とっても薄く
記憶にあるけれど、結局はアルクーパーの唄!として、
はっきりと、上書きされている、とっても好きな曲。

Al Kooper- Sam Stone


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李下に冠を正さず

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

一瞬ギョッとするOver Head Kick…!?
フレンチ・カンカンかな...?




 李下に冠を正さず
【りかにかんむりをたださず】

誤解を招くような行動はすべきではないといういましめ。

【注釈】スモモ(李)の木の下で曲がった冠をかぶり直すと、
スモモの実を盗んでいるのではないかと誤解を招く恐れがあることから。
「正さず」は「整さず」とも書く。


【用例】「あの業者の接待を受けるのは遠慮したほうがいいだろう。
李下に冠を正さずだ」


やっぱりね、例の一件は、公募のところからすっきりと
やり直した方が良いんじゃあないだろうか?

そこで徹底的に見える化した上で、その結果、
晴れて今治に決定なら、それで結構な話だし、
それで地域、学園、学生の、現状、混濁した立場も守られるはず。

しかし、このままだと、今治方面では、建設費に絡む泥沼の
金銭的汚職方向、もしくは、またしても補助金詐欺的な事件に、
ひっくり返ってしまいそうだからね…。

気がつけば、理事長も行政の首長、県議市議、オマケに
元文科相も(!)....みんな逮捕で、学校も損害賠償合戦で頓挫…
誰も得しない森友パターンは、右も左もなく、絶対回避すべきでしょう。

まあ、たぶん首相は早晩「全やり直し方向」を宣言せざるを得ないと
思うけれど…まさかね、内閣改造で逃げきれると思ったら、
それは大きな間違い…もはやそれで終ろうなんて言うあまい
見通しではとっくになくなっている。

元知事の甘ったるい想い出話では.もうどうにもならないのだ。

しかし、いつも驚くことは、同じ中継画像を見ているのに、
解釈が180度異なる方々がいるってこと…。

たぶん同じ日本人で、同じような教育を受けて育ったのだと
思うけれど、どこで思想体系が違ってしまったんだろうかなあ?
って、いつも思う。

政治は政治家(と官僚?)が決めるのであって、
マスコミはただ事務的にそれを民衆に忠実に伝えるだけで良し!..
余計な思想を盛り込み、印象操作で世論を形成しようなど
言語同断…と、そういうことらしく、実は理解できない
わけではないけれど、それなら政府広報、もしくは
人民日報-壁新聞(?)…で充分だろう。

我々的には、マスコミは政治と民衆の間で、政策を監視し、
的を射た質問と得心する回答を得ながら、批評精神を発揮し、
政治家に緊張感を与え続けなければならない…
と信じているのだが、どうやらそれでは駄目らしい。

で、結局、現実はどうなのかと云うと…
政治結社と違って、我が国のメディアは、人民日報と批判的新聞が
バランス良く共存している…。
なあんだ、理想的じゃないか!?

仲良くやろうぜ、そちら側!…である(笑。



フランクザッパのある意味、代表曲みたいなギターインストルメンタルの
そのオリジナルヴァージョンと云うか、初出がこのZOOT ALLURESに
おさめられていたBLACK NAPKINS…。

そして、なにより嬉しかったのが、これがただ1回だけの
来日公演のライヴ録音(大阪厚生年金会館)というスペシャルな出来事!。

その後、この曲はライブの定番になり、かなりのテイクが
アチコチで聴けるし、この曲だけ複数テイクをおさめたアルバムすら存在する。

私はまだ高校生で、なかば家出同然で上京し、友人と浅草で
落ち合いつつ、浅草国際劇場…。

そしてマザーズ一行は大阪、京都公演の後、再び東京で
追加公演(日本青年館)。この曲というか、この素晴らしい
ギターインストを…なんと…ほぼほぼ私は…覚えていない…。

もちろん、後日、来日全公演(といっても全4回だが)の録音物は
手を尽くして入手し、聴きまくってたから、「ああここか」
と、今ならその輪郭も全体像も分かるのだが、その時はなにしろ
後年「ギターマザーズ」と云われるくらい、延々とギターソロが続く
展開だったから、どれがどれか分からず、いつの間にか

「あれ…この曲、いつの間にか変わったけど、知ってるぞこれ!?…
 なんだっけ??」

そんな感じの、ユメウツツな2時間だったように思う。

まあ普段はちょっと食傷気味で、あんまり積極的には
聴かない曲ではあるけれど、特別な匂いっていうか、
「大阪」の気配をどこかに感じ取りながらの、案外
名曲であったりするのだ。

ちなみにこのアルバムのカバー写真上では、なかなかの
素晴らしいメンバーが写っているが、中身にはボジオはともかく、
エディジョブソンも、パトリックオハーンも加入前の勇み足写真。

またこのアルバムからMothers of Invention、またはThe Mothers
の名は使えなくなっていて(マネージャーと半分ずつの権利=決裂)
以降は単純にZappaもしくはZappa Bandと表記されている。

Frank Zappa - Black Napkins


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スクランブル発進…出来ず?

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

この街はたぶん、今から30年も前に
電柱の地下埋設化を済ませておくべきだった…。

そうなれば、この街の人たちの気質から考えて、
祭りの山車の高さもグンと増し、
今よりもっと勇壮な祭りに進化していたに違いない。

ちなみに大昔に、銀座の友人宅を訪れてる最中に
電柱の埋設工事を盛んにしていたのが、それが
今から30年以上も前の話!。

まあ5年のうちに東京全域、10年もすれば日本全域…
そう思っていたんだけどね…いまやっと小池さんが着手
…にしても、当面(五輪まで)は山手通り(環六)の内側…。
辛うじて環八内側の我が家は.まだまだ...だね。

とは言うものの、実は…今年はザキのフェスティヴァル(?)
自分は体調不良で行けてない…。

行きたかったのになあ…。

不覚にも今度は風邪をひいてしまった。

熱が一向に下がらず、咳も止まらない。

あまりにも咳が酷くて、今日あたりは
横隔膜が痛い。

何しろここのところ、夏になるとホントに
体調が悪い…そういえば去年も、この歳になって
ウレシハズカシ盲腸炎(虫垂炎)で入院。

盲腸(虫垂だが)といえば、これまでは、
特に意味のない臓器とされ、然るに、
脇腹がとても痛い!となれば、
大した精密検査を経ることなく、

「とにかく邪魔臭いから斬ってしまえ!」

…と(?)医学界でも、わりと粗雑に取扱われてきたらしいのだが、
実は最近になって、虫垂は「善玉菌の発進基地!」っていう
説が唱えられ始めているようだ。

これまでは、大腸内でフラフラと漂いつつ、
パトロールしながら住んでるとされた善玉菌だが、
実は普段は虫垂の中で純粋培養されていて、
いざ、悪玉菌が侵入したとなれば、虫垂基地から、
順次スクランブル発進!で撃滅に向かう
っていう、そういう臓器…。

それがひとたび、切除されてしまうと、
虫垂基地を失ったゼンダマンズは、
各自自主判断で大腸内を彷徨いながら、
それでもナントカ、辛うじて悪玉退治の義務は
果たしてくれるのだが、まとまった指令系統がないから
撃滅効果は散発的になり、結果、「お腹がユルくなる」
回数は高まる…ということになるらしい。

もちろん生命には、順応的進化(?)みたいな機能があるから、
子供のうちなら、成長の過程で、何らかの改善策が
事前に備わって行くのだろうが…歳をとってから、
その基地機能を失ってしまうと、すでに機能代替策も
有効な解決策もなくなって、その打撃はとても大きい…
とも言えるのだ…。

何はともあれ、今年は何としても
この後すぐにやって来る

竿燈祭り...行くぞ!

ナントカ無事に!

であるけど、どうなるんだろ?
夕方になると、突然スイッチが入るめまいの発作は
当分治りそうもないしなあ…
ヤレヤレである。



ロキシーミュージックの『アヴァロンツアー』とでも言うべき
この頃のライヴは、ロキシー本来の「エグいミュージシャンの器用」
みたいな面白さは全くなかったけれど、それとは対照的な超堅実な
ミュージシャンの器用で、「バンドマン好き」にはタマラナイ
メンバー構成でもあり。来日公演ももちろん観に行った。

この頃はロキシーミュージックのメンバーはフェリー、
マンザネラ、マッケイ(ピーターバラカン風に言うと「アンディ・マッカイ」)
の3人だけ。これにもう涙が出るほど大好きな、元グリースバンドで
元ココモ(!)のニールハバードとアランスペナーのご両人!。

さらにスライ&ザ・ファミリー・ストーンの超問題作「FRESH」での
絶妙なドラミングが、ローリングストーンズとか、主にイギリス勢の
耳に留まって、ジョージハリスンやジョンレノンのアルバム、
ロンウッドのアルバムなどに盛んに迎えられるようになる
アンディニューマーク。

早い話が最強の下支えとも言うべき強力メンバーを従えた
ツアーでもあったわけで、ロキシーの古い曲では、エグさという点で
ちょっと物足りないなあと思う局面もないではなかったものの、
たぶん、ちょっと観られないほどの最強メンツのライヴではなかったかと
思う。

ちなみにこの映像にあるツアーの前座は再結成キングクリムゾン….。
同じ日のクリムゾンのフルライヴ映像も発売されている…
まあ、フルと言っても、当時のクリムゾンのステージは、
ディシプリン全曲に、REDとLARK'S IIを足したものだったから、
60分ちょっと…。いずれにしても、一挙にクリムゾンとロキシーが観れる
そんなお得なライヴだったわけだ…。

おっとっと…曲はお馴染みニールヤングのAmerican Stars 'n' Bars
に入ってた曲…まあこれはこれで超有名曲だから説明不要だろう。

Roxy Music - Like a Hurricane


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不安と自尊心

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Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

本日は月に1度の外来受診日….なのだが、相変わらず
当人にとっては、何よりも深刻な「酷いめまい問題」...
それが例によってまたも…スルー。

「まあ、ここのところ暑かったからね…
 脱水症状に気を付けて、キチンと水分をね…」

当人的には「なんじゃそりゃあ~!」って、
ちゃぶ台を派手にひっくり返して抗議したいところだが、
実は振り返ってみても、どこの医師も、
こと「めまい」に関しては判で押したように、
こんな程度の対応なのだ。

発端はやっぱり、数年前、極端すぎる揺れの「めまい」。

朝からヨッパライのような千鳥足でやっと出社し、
苦しさに耐えながらの直立姿勢で朝礼を終え、確か、
そのまま会議室に入り、偉そうに席に座って
新入営業員の営業戦略トークを評価する「ロールプレイング」
に付き合って、敢えて意地悪な質問などしつつ、
やっぱり強い横揺れは治まらず、これはやはり病院へ行こうということで、
勤務先直近で「定期検診」を行ってるような中規模病院に赴き、

「何しろこの忌々しいめまいを、即刻止めてくれないか!?」

医師は、たぶん単純な「貧血」と判断したらしく、
極めてそれらしい「ヘモグロビン(鉄分?)」あたりの
点滴を2パック続けて注入も、一向に改善はみられず、
あれこれ検査をしたら、どうやら循環器系の疾患らしい数値が
表出して、「こりゃあいかん…しかし当院に循環器科はない」

というわけで、別の総合病院に搬送され、私本人としては、
「心臓?それはそれとして、めまいの方はどうなるの?」
って心情なのだが、ことは、火急を要す…ステントだ、いやオペだ!
と、同じ循環器の内科と外科の熱い闘い…いや議論(?)の末、

明日…切らせていただきます…。

ところが、数日して起き上がれるようになっても、
めまいは一向に治まっておらず、リハビリも、床に寝転んだまま
自転車を漕ぐ、特殊な有酸素運動??

そんな感じで、「めまい」の改善を懇願しても、医師は一斉に
首を傾げるのみ...。

その後は何処の病院に行っても、ほぼ同じ対応で、
その他の病状説明に関しては、熱心に語ってくれるのだが、
めまいの質問をすると、何故だか医師という医師は、
皆一様に目が泳ぐのだ…。

そんな状況だから、論理的に原因を結論づける医師とは
未だ巡り会えず、仮説を唱えて「無駄かもしれぬが、
諸々の治療法をトライしてみよう!」そんなリスキーな治療を
してみようかと云う、骨っぽい医師ももちろん居ない…
いや、巡り会えてない。

ならば難病指定で、医療費補助などの行政サービスはどうなのだ?
と、市役所に相談しても…

(僅かばかりだが)「あなたね…ちゃんと家賃収入とか...
 あるじゃないですか…そういう方は基本的に除外なんです!」

そんな感じで、まともに取り合ってくれない。

まあ取り合ってくれないことを、この際幸いとして、
最低の自尊心みたいなものを、辛うじて維持してたりして、
生意気なことも、ブログでなんか言えたりするんだけどね…。



トラフィックの「上海ラーメン工場」…。

中学生の頃、誰かが入手した「トラフィックのベスト盤」を
シェアしたことで、「超ローカル」ながら、一気に秋田市の
ほんの一部地域で「トラフィック」が大ブームとなった事があった。

で、このShanghai Noodle Factory…まだNoodleって言葉が
今ほど一般的ではなかった時代である。早速辞書を引いた私は、
ヌードルが「たまご麺」であることを知ると、一気に我々の間では
「上海ラーメン工場」として、猛烈な人気を博す曲となるのであった。

例の日清の「カップヌードル」が、わが故郷に到達したのは、
それから2年後くらいの我々が高校生の頃だけど、
一般生徒が「カップヌードルって何?」「お菓子?」って、
そんな時代に、我々ロックファンだけは、カップ入りのラーメン??
なんか美味そうジャンか!って分かってたわけで、
まあ、それがどうしたと云われればそれまでなんだけど、
ほんの少し、ロックファンで良かったなあなんて…?
そんな気がした一瞬でもあった…。

Traffic - Shanghai Noodle Factory


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昭和のムシKING

DSC05161a.jpg
Leitz- ELMAR 9cm/4(1936)

今、家にある中では最も古い昭和11年製のエルマー90mm。

ナチス政権下でのベルリンオリンピックが開催され、
そして国内では二二六事件の年…。

さすがに相当曇ってる…ってか、霞んでる…。
その辺がアートと云えばアートなのだろうが、
ちょっと、この個体に限っては、かなり冴えない感じ。

そうしたわけで、あまりにも人気がないレンズゆえか、
ライカにしては、極端に安くて、古道具屋経由で4千円弱で買えた。

しめしめ…って思って、家に戻ってネットで流通価格を
調べたら…まあ、そのくらいが極めて順当な値段らしく、
まあ、やれやれって感じ。



先日は中学の同窓会だったが、結局集まって
昔話に興じていたのは、小学校時代の仲間だったりする。

中学以来の同級生からは

「君は…ああ、ビートルズ好きのP君だろ!?
 確かオレ、オマエさんにミッシェルの弾き方教わったんだよな!」
(今思えば、殆どウソの弾き方だったけど…正しい弾き方を
 当時からしていた人なんて、果たしていたんだろうか?)

「サッカー部のP君だろ!? オレだよオレ、フルバックの…
 P君は確かハーフだったよな!」

そんな感じなのだが、小学生時代の仲間となると、これが...

「P君って、ムシキングだったよなあ…?
 なんだが夏になるといつも、大きなカブトムシとか
 クワガタとかカミキリムシ…そんなの捕まえて自慢してたじゃない!」

「えっ?オレってそんなヤツだったっけ_?」

「そうそう…」

確かに虫は捕ってた…しかし我々町内の子供らの虫採りは
常に深夜か早朝…。

自分的には「ピアノ少年」を揶揄されるのかなあ?なんて
思っていたけれど、よく考えてみれば、一部を除いて、
このことは極力秘密にしてたように思う。
男の子がピアノなんて恥ずかしい…そう思ってたんだろうね。

今はもう無くなっちゃったけど、駅前商店街とか、
そのアーケードって言うのは、24時間、煌々と明かりが
点いているから、そこに様々な「羽虫達」が集まってくるのだ。

勿論、気持ちの悪い鱗粉をばらまく「蛾」やら、
やたらと数が多いカナブンやコガネムシ系統の中、
よく目を凝らせば、カブトムシはいるし、クワガタやカミキリムシ、
不気味に光り輝くタマムシまでいる…。

まさに虫好き小学生…殊に夏休みの宿題には昆虫採集標本を
提出しよう!という向きには、実にお手軽で収穫の多い
宝の山であるのだった。(雑誌、学研の「科学」の附録には、
大体「昆虫採集キット」が定番だったから、誰もが持ってた。)

我々は、夏休みの早朝には商店街を通り越したその先にある
「コートーサイバンショ(高等裁判所)」なる場所の前庭での、
ラジオ体操のため、集まっていたのだが、そうしたわけで、
他の町内からも、ラジオ体操終わりで、大勢、学校の仲間らが、
虫捕りを目指して朝の商店街にやってくる…。

我々は、そんな彼らに、既にチェック済の、いわゆる人気の甲虫系の
集まりやすいポイントや、クワガタ出没ポイント!?などを
ナビゲートする役割をそこで担うわけで、人によっては私を
「虫捕りのP」っていう、そんな印象で語るヤツもいるらしいのだ。

思い起こせば、ここは、道の奥の、大した特徴もなく、
J3リーグ、現在ダントツ首位のサッカークラブがありながら、
未だに観客席1万人ゴトキのJ2基準のサッカースタジアム建設に
あたって、「受益者が限られる?」とか「誰が金を出すのだ!?
出さないヤツには、この際黙っていてもらいたい…」などと、
自らの準備不足を棚に上げて、ケチな理由を繰り出し、
実質建設妨害するような県知事が君臨する、
つまらない最果ての地方都市。

J2に上がれば、取りあえずKINGカズのいる横浜FCや、ジェフ千葉、
東京ヴェルディ、さらに今年限定だと思うが、あの名古屋グランパス
までいるし、お隣山形や京都もJ1常連の人気チームだから、
そうしたチームの熱烈サポーター達が、わんさか
この辺鄙な北国までやってくる….って現実を、たぶん、
知事も議会も分かってないんだろうなあ…。

まあそもそもサッカーなんて、未だ一度も
観たことない人たちなんだろうし…。

クラウドファウンディングでも何でも、グダグダ言ってないで
早くやれ!って、こっちが焦るばかりで、このままじゃあ着工まで
7〜8年は掛かってしまいそうな雲行き。

そんなわけで、県外からサポーター達がワンサカやって来る
この街の状況は、まだだいぶ先になりそうだが、
夏になれば、すぐ近所の大自然から、虫達が街の光を目指して
集まってくるし、城跡のお堀は、水生生物の宝庫で、
魚達も豊富だから、竿をたらして釣りに興じたり、
半ズボンだから、そのままお堀に足を入れながら(浅い!)、
ヒルに血を吸われながらも、ゲンゴロウはもちろん(咬まれると痛い!)、
憧れの「タガメ」まで発見したことだってある。

もちろん、今はそのどちらも「禁止」。

もしかすると昔から禁止だったかもしれないが、
そこは地元の悪ガキども…怖いものなど全然なかったな。

今は、事故が起こった場合の「責任の所在」を巡って、
何でも、やばそうなものは「禁止」ってことなんだろう。

なんだか、大人の質まで下がってるのかな??

あれからもう半世紀も経とうかという現代…。
この街は幸せになったのだろうか?
日本も良くなったんだろうか?
どうなんだろうか…?

取りあえず、今現在、戦時下でもないし、
ナンダカンダ言ったところで、
憲法もきっちり維持されている…。

そう言う意味では、平和なのかもしれない。

明日はどうなるかわからないけど…って註釈付きだがね。



先日のアルグリーンに続いて、ドニーハサウェイの登場。
私はもちろん大好きなシンガーだけど、このLIVEアルバムは、
それとは別格に大大大好き!...

というか、忘れもしない高校1年の夏に、このアルバムを聴いて、
それまで聴いてたロックでも、モダンジャズでもないけれど、
何だかいい知れぬ興奮を、バンドさん側から…というか、
ギターに限らず、ドラムとかベースとかエレピとかの絶妙な
バランスと熱気に、自分は相当感化されたと見えて、
そのとき初めて...

バンドマンってカッコいい…のか!?

サッカー用語で「ブロック(を作る、に戻す)」という
言葉があるけれど、攻撃態勢から守備態勢に変わった時、
瞬時に、元々の自分の守備陣形に戻ることを、まあザックリと云えば
そう言うのだが、自分がスコアを書いたり、バンドのサウンドの
まとめ役を仰せつかったときなどは、いつでも瞬時に
このアルバムのこのサウンドに戻ることが、自分にとっての
ブロックというか、初期化….みたいなものであったような気がする。

さほど奇をてらったことなどせず、あくまで唄を生かす為に
音圧など抑え気味のバランス重視なのだが、細かいところで実は
様々な工夫と云うか、隠し味が用意してあって、それらが
自分自身の理解力の成熟によって、順次「なるほど〜」とわかるような、
そんな小憎らしい仕組みに溢れてる、粋なライヴアルバム。

ギターはこの曲を含む前半がフィル・アップチャーチ。
(後半は実はアップチャーチのトラだったらしいコーネル・デュプリー!)
ベースはウィリー・ウィークス。そしてなにしろバンドの核となってるのが
ハサウェイ本人によるFender Rhodes Piano…。

まあ、原点…だね、自分の。

Donny Hathaway『Hey Girl』


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トカゲの王子様

DSC05631あ
Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

相変わらず体調がイマイチ冴えないから、
歯医者もサボり気味…。

日によって、重篤な時と、軽い時がある.

昨日は、めまいでほとんど歩けない上に、
ずっと蝉時雨がアタマの内側から離れない状態で、
なにしろ頭が重く、首が疲れる…

横になっても、一向に楽にはならないし、
何しろ毎度、夏は愚痴っているが、エアコンは壊れたまま…。
何だか人生最悪の夏になりそうだ…

おっと、去年の夏は盲腸!だったか…。

それはそれで可愛いらしいナースと出逢ったから
まあまあ良しとしたいところだが….さてさて…??



自分にとっては、この時が「初クリムゾン体験」。

しかし、このキングクリムゾン3作目にして、
異型&奇形のアルバムが、公式には、日本初発売…
つまり本邦におけるこれが「デビュー作」だから、
たぶんリアルタイムには、そうした不幸な(?)ヒト…、
相当、多いんじゃなかろうかと思うのだ。
(田舎住まいだから、輸入盤とか入手困難だし...)

超有名な「~宮殿」なるデビュー作の噂は耳に入っていたし、
たしかシングル盤の「クリムゾンキングの宮殿(パート1&2)」
だけは既に発売されていたかもしれないから(不所持!)、
サウンド自体は、ラジオ周辺で何となく聴いていたと思うけれど
自分的には、「新手のムーディブルース??」くらいの感想だった。

さてそれが何故自分はこのアルバム入手に至るのか!?
これが実に、自分で言うのもなんだが、「小狡い!」。

確か神戸のおばちゃんか、横浜のおじちゃんに
私と、1つ年下の従兄弟が小遣いをもらったので、
そのまま我々は、勇んで駅前のレコード屋に走った…
無論全速力ダッシュで商店街(金座街という)を駆け抜ける!。

私のお目当ては、ピンクフロイドの初期作や、シングル曲などを
オムニバスした「ピンクフロイドの道」っていうアルバム。

従兄弟は、たぶんビートルズか、レッドゼッペリンの3作目…
あたりがお目当てだったようだ。それを私は強引に…

「キングクリムゾンのリザード…これがモノスゴイらしい!」

そう思うなら自分で買えよ!なのだが...自分はどうしても
「ユージン斧に気をつけろ」のスタジオ音源を聴きたかったし、
「夢に消えるジュリア」のシングルも買い損ねていたから、
これは一挙両得!なんてニヤニヤしながらピンクフロイド
まっしぐらだったのだ。

「もしリザードが気に入らなかったら、自分の持ってる
ビートルズでもゼッペリンでもストーンズでも、どれでも
持って帰っていいからさ…だから、なっなっ…」。

そんな私の「悪魔の囁き」に導かれ、彼はキングクリムゾン
本邦初お目見えのLIZARDを買うのだ。

案の定、彼は私の家でこのリザードを聴くなり…

「こんなの眠いだけじゃっ!」

と、ほとんどキレながら、私のまだ数少ないレコード棚から
ビートルズのたぶん「ミートザビートルズ」と、ゼッペリンの
デビューアルバムを抜き去り持って帰った。

まあ、ゼッペは、元々叔父のもので、彼は従兄弟と
私の母の実家住まいだから、普通に戻っただけ…。

そうしたわけで、キングクリムゾン世紀の問題作
「LIZARD」は、晴れて私のモノとなったのだ。

ロバートフリップは、結局、2作目まではナントカメンバーを
引き止め.やりくりしつつ、レコーディングやテレビ出演などの
体裁を整えてはいたけれど、契約通りに3枚目を制作する頃になると、
もはや誰もメンバーがいなくなっていた。

仕方なく、前作の「Cat Food」あたりで手伝ってくれた、
英国ジャズ界の雄で、当時、有名なマーキークラブのハコバンだった
「キース・ティペット・グループ」に援軍加勢してもらいつつ、
幼馴染みのゴードンハスケル等を呼んで、Lizardの制作開始。

途中で、すっかりティペットらに主導権を奪われていることに
気付いたフリップは、これをクリムゾン名義ではなく、
フリップとしてのソロ名義で発売しようと画策したらしいが、
当然マネージメント側は「クリムゾン名義で…」ということに
なった経緯などから、フリップ自身は、このアルバムの存在を
永いこと忌み嫌っていた…と、言われている。

ルーパート王子のめざめ…におけるジョンアンダーソンの
ヴォーカルも、何かと出入りが激しくバタバタしてるクリムゾンの、
フリップを見舞いつつ、いっそ、イエスを脱退したピーターバンクスの
後釜としてヘッドハンティングしようと画策し、スタジオを表敬訪問すると、
逆に「一曲唄ってけよ!」と云われて、無理矢理参加させられ…
あろうことか「君こそクリムゾンに入らないか!?」って誘われつつ、
2年後には、大事なドラマーを引き抜かれてしまうのだ…!

その後、ツアー用のリハーサル開始初日にゴードンハスケルは
怒りに任せて脱退…(リザードバンドのライブアーカイブは当然存在しない)。
バンドは呆気なく崩壊するけれど、キースティペットとフリップは
その後も交流を深め、ティペットグループの数枚のアルバムプロデュースや、
彼主催のビッグバンド「センティピード」のプロデュースや、
バンドに参加等々も行っている。

キングクリムゾンの、バンドとしての音楽的完成=ピークは
あきらかに、「太陽と戦慄」だと確信するが、個人的な思い入れ
というのか、世界観/美学という点では、もう圧倒的にこの
「Lizard」が好き!。

しかしこと現代に至っても、これはクリムゾンではない…
いや、これこそがクリムゾンだ!...と議論が起きるほど、
評価が一定してないアルバム。

個人的には、サウンドの様々な断片に、魔法がかけられて
いるような、そんな他ではあり得ないほどの
魔力をもった…そんな希有な作品。

人生の中で、そんな私と全く同じ感想を持ってた人物は
僅かなのか、多いのか分からぬが、3人…。

一人はミニコミの相棒。
そして40数年来の付き合いのベーシストと、
元ギタリストで作曲家、今はスタジオも経営する
オーディオ雑誌関連の評論家…。

本来は23分に及ぶ組曲の全てを聴いてもらいたいのだが、
取りあえず最低限、ボレロに繋がったテイクで….。
(若干編集された箇所があるが...これは絶対やっちゃあ行けないぜ
 You Tuber! 堪えてください!)

リザード("Lizard")
(a)ルーパート王子のめざめ ("Prince Rupert Awakes")
(b)ピーコック物語のボレロ (Bolero - the Peacock's Tale")

King Crimson - Lizard (Prince Rupert Awakes~Bolero)


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信なくば立たず

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937

ティーンエージャーの頃って、もう森羅万象の何よりも
友達が大事。

友達と居るのが愉しいし、それこそが人生そのもの…

だから、その友に裏切られると、絶望し、
場合によっては、呆気なく……。

もちろん、イジメを肯定するつもりはないし、
できるなら、みんな仲良く、互いに優しく
慈しみあって生きて行きたい。

でも、イジメは無くならない…

イジメの論理は、悪の友達も、それしか拠り所がない
憐さと、寂しさと、勇気のなさ…。

昨日、閉会中審査とやらで、参考人招致の
国会中継をぼんやり眺めていた。

保守政党代議士による参考人への質問に

「内部告発と思われる書類をメディアに流したのは、
 まさかあなた自身ではないですよね!」

「答えは差し控えたい...」

このやりとりには、サマザマな憶測があると思う。たぶん...

「ほら、否定しないってことは、自分がやったって白状したようなものだね」

そうかもしれない…でも自分が咄嗟に感じた空気は全然違う…。

この人…庇ってるね…それも真剣に。
きっと、かけがえのない友…。
同僚かもしれないし、部下かもしれないが、
いずれにせよ、今の彼には利害関係を超えた
同志たち。

つまりは、友。

そしてそれを信じたい自分が居る…。

人生の中の様々な舞台で、彼はおそらく、いろんな人を
裏切り、場合によっては騙し、出し抜いたかもしれない。

そうして役人としての最高位まで出世してきた。

しかし、その結果何が残ったか?
もうやめよう…人間として正しく生きて行こう….。

そんな気概を感じた一瞬だった。

まあ、政治家として登り詰めてもなお、
更なる個人的欲望を爆発させようとするヒトもいるし、
それを、詭弁を弄し、論理破綻を承知で
守り通そうとする、煩悩の塊り=私利私欲のヒト等もいる。

そんなことを感じたら、何だかあとの諸々の質疑は
もう、どうでも良くなった。

煩悩のヒトが束になっても、それを捨てたヒトの真理には
絶対敵わない。

まあヒトによって、モノの見え方、景色は随分違うのだろうが、
私はそう感じた....ということで留め置くことにしたい。

この問題、事の真理追求よりも、一旦は、
トップが国民に、不明瞭な経緯に関して頭を下げ、
全ての特区審議を公明正大にやり直せば、それで終り….
支持率も徐々にだが回復することだろう。

(やり直しを)ダメだという者こそ、権力を私物化した
この一件の「真の悪者」…

そう言うことだ。



自分は、随分とヘタクソなんだけど、度胸と愛嬌(?)で
何となくギターを弾いて生計を立てていた時代がある。

まあ自分のことはさておき、この人は上手いなあ!
この人は人気はあるけど、音程悪いな!センスも悪い
耳が悪い、音楽をナメてる!偽物!....まあ、そんなヒト…
何故だか、自分には透けて見えてしまうのだ。

コードを鳴らしたときの響きの美しさ、儚さ…
弦をさする圧の加減...様々な音楽への卓抜した見識と理解。
その他たくさん要素はある。

殊にジャズとか演歌って言うのは、半分以上、
それらしい雰囲気とか、独特の間で、聴衆を騙せてしまうし、
ロックだって、ライヴでは音圧や派手な演出次第ってところも
ないではない、(所詮レコードは本人達の演奏ではない場合がほとんどだし)

それでも10年に一度くらいのスキームで、こいつは凄い!
天才かも!って思えるアーティストが登場するから、
音楽ファンは辞められないというわけだ。

Jesse van Rullerはオランダ人で、たぶん今もオランダを
拠点に活動してると思われるジャズギタリスト。

自分的にはほぼ10年前、人生の中で最も「ダウン」
していて、世の底辺を彷徨っていた時代に、
友人からいただいたCDの中の1枚にこれが混じっていて、
何故だかとっても勇気づけられた。

「うわあ、この人、本物だあ!」

世の中には上手い奴なんて星の数ほどいるけれど、
そのセンスも含めて、心にぴったりフィットする人って、
実はとても少ない。

そんなアーティストに出逢うことができただけでも
幸福と思うよりほかないのだが、結局何度か、
青山や横浜辺りのジャズクラブで彼のプレイを生で
聴くことが出来たのだが、不思議と最初の出逢いの衝撃は
だんだん薄れて行くようで、それ以後は新作CDで
彼のプレイを楽しむことにした…。
何故なんだろね??

曲はビリーホリデーの名唱とか、ビルエヴァンスの名演とか、
何しろジャズ界では話題に事欠かない、やっぱ名曲なんだろうね…

Jesse van Ruller - Detour Ahead


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重い道...

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

高校生の時に、同じクラスなのだが、
何故か2歳年上の仲間との音楽談義の勢いから、
「ロック&ジャズ」のミニコミ誌(今で言う同人誌?)
を作ってみることになった。

最初は二人だけで、いろいろ意見を出し合い、
生徒会の備品である「ガリ版」を、こっそり拝借しつつ、
何しろ取り急ぎ「創刊号兼パイロット版」を作ろうと
いうことになるのだが、創刊号のテーマは、
なんにも話し合うこともなく、阿吽の呼吸で決まっていた。

初号は「FRANK ZAPPA特集でいこう…当然じゃないか!」

ところがだ…そんな強い思い入れのわりには。
当時まだ何処にも、ZAPPAを特集した雑誌記事など
見掛けたことがなかったし、第一、きちんとした
ディスコグラフィさえ、我々はまだ知らないでいた頃である…。

相棒がその辺はさすがに早かった。

「いたち野郎」っていうマザースのアルバムの日本盤の
ライナーノートを書いていたのが、当時ニッポン放送のDJ
亀淵昭信氏(後年ニッポン放送代表取締役)....。

亀淵氏に相棒は手紙を書くと、すぐに丁寧なお返事をいただいた。
内容は、ZAPPAに関する詳細なディスコグラフィ・データ
(デビューー作Freak Out~当時の最新作だった「アポストロフィ」まで)、
それに、願ってもなかった、彼の生の書き下ろしの、
感動的なZAPPA評論文を、添えてくれたのだ。

果たしてそれを掲載してよかったのか、ダメなのか、未だに
良く分からないが、とにかくそれを我々のミニコミ創刊号の
目玉記事として掲載したのである…。

ミニコミの名前は、今になるとちょっと恥ずかしいのだが、
ザッパにあやかった「Pipco Magazine」とするはずだったのだが、
そうなるとあまりにZAPPAに偏ってしまうではないか?という
意見もあったりして、相棒が考えてきたのがFREEの名バラッドの
「HEAVY LOAD」。

うーむ、創刊号からいきなり「重荷」っていうのも、
前途危うい感じだけれど、まあ時間もないし、それで行こう!
ということになって、早速、高校の「美術部」の、
一番才能を認めてたヤツ(!)に、ロゴデザインを頼むと、
3日間も待たせた割には、どうしたことか

「HEAVY LORD(重い神?)」

私はそれはそれで面白いんではないか?と主張したが、
相棒の猛反対に遭い(彼の家は敬虔なカトリック!)やり直し。

さらに3日後、「じゃあこれでいいか!」って、少々キレ気味に
美術部が再提出してきたのが、なんと…

「HEAVY ROAD」

重い道…。

ちょっと英国ブルースっぽいけど、もうこれで行こうや…!
いずれにせよ前途多難…ヤレヤレなのであった…。

さて、A4用紙3枚(計6ページ)で始まった我々のミニコミは
フリーペーパーとして、市内のアチコチのお店に置いていただくべく、
手分けして営業交渉が始まった。

無料とはいっても、ナニモノか素性が分からない、もしかしたら
お店の品位を著しく欠くような、エログロナンセンスな
ペーパーってこともあり得るわけで、最初はナカナカうまく
交渉が成立しない。

自分としては、人生初の「飛び込み営業活動」でもあったわけだが、
相棒は、意外にも次々と、行きつけのロック喫茶、ジャズクラブ
その他、学生が集まる喫茶店なんかを中心に順調に成績を
伸ばすのだが、自分は当初、もう絶望的なくらいに
サッパリなのだ。

そのうちにレコード屋さんや本屋さんは「絶対ダメ」っていうのが
何となく分かり始めると、楽器屋さんとか、ライヴハウスとか、
ちょっと不良仲間(?)に頼んだ「ディスコ」なんかに
ボチボチ置いて貰えることになった。

そんな感じで、不定期ながら4号を配布した頃に、
近所の国立大学の「生協組合(古本屋なんかも営んでいた)」
的なところのスタッフから、「この際100円くらいで販売すれば!?」
という要望と云うか、意見を戴いた段階で、
実は崩壊が始まるのだ。

既にラジオ局のDJさんや選曲やディレクター的な人、
人気ロックバンドのメンバー等、いわゆる地元著名人から、
執筆して戴けるような状態になっていて、A4-3枚から、
既に詳細は忘れたが、ナカナカのヴォリュームの雑誌に
なっていたから、経費的にも、カンパウェアなんかも戴いてはいたものの、
相変わらず持ち出しは多いし、執筆料なんかの謝礼も含めて、
有料化はもはや必然となっていたのだが、なにしろ我々はまだ
高校生である…。

配布先から次々と、そうなった場合の利益配分の問題とか、
何より「税務処理問題」を突かれてしまうと、もう我々には
お手上げになって、やむなく「運営実権」を大学側スタッフに
委任するしか無くなった。

しばらくは、執筆のみ、細々参加していたけれど、やがてそれも
縁遠くなって、気がつけば、関係性が全くなくなってしまった。

私はほどなく上京してしまうから、後のことはあまり知らないけれど
結局は、タイトルもテーマも変えられ、いわゆる佐野元春だの
大瀧さんだのと云う方向に大きくシフトしたらしい。

それから約10年後、業界の組合(?)から頼まれて、記事を
執筆するようになって、それがやがて編集全般に関わるように
なるのだが、業界的には、ほとんど脱線サブカル的な話題ばかりの
私のオバカ文章は、多くの真面目な執筆陣(社長さん方)の顰蹙を
買っていた様子で、やっぱり自然と、遠くへ遠くへと、
追い出されて行ったような感じ…。

実は根本的に、向いてないのかもしれないね。

そう言うわけで、FREEのHeavy RoadでもHeavy Lord
でもない、Heavy Loadを!

FREE - Heavy Load


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ウラハラ平和論

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

これを云ったら、たぶんアチコチから
怒られちゃうんだろうが…

日本は、仮に「憲法九条」の有り様を変え、
防衛費を今の100倍にしたところで、
いわゆる仮想敵国の方々にとっては、
「屁?」....とも思わないはずである。

巨大な空母も、高性能なイージス艦も…
なんだか、高価な大人のオモチャ…
そんな風に見えたのは、私だけではないと思う。

我が国における抑止力の全ては

米国の核の傘…

そんな状態だから、我が国は、万が一にも米国のゴキゲンを
損ねることなど考えもしない、
従順なポチであり続けなければならないのだ。

考えようによっては、世界一コスパの悪い「核の傘」
ということになる。

そうしたわけで、究極的な我が国の「国防」は
米国というヤクザな国とは、この際、手を切って、
自前の「核」を保有することに尽きるではないか!

そう言う観点でみれば、憲法九条なんて、
敢えて変えることもなくて、崇高過ぎる「美しい理想」の
今のままで、もはや充分なのである?

災害時の自衛隊!は、ただでさえ自然災害の多い日本には
もはや必須の、なくてはならない存在に違いないけれど、
もはや、九条で論じる「軍隊」としての「装置」では
実質的になくなってしまっていて、もっと広い意味の
国民の為の「国際救助隊(?)」「平和実行部隊」として、
新たにその崇高な存在意義を規定するのが、
未来志向の自衛隊のあり方なのではないだろうか。

何しろ、もはや「軍隊」という概念自体が前時代的。
この際日本が率先して、新しい実力組織のあり方を
世界に提示する時代なのかもしれない。

世界中の国々が、核保有、または大枠での核の傘=
防衛同盟化、もしくは集団的自衛権を世界の全域に
張り巡らすことで、たぶん、早晩「国家間の戦争」は無くなる。

北の青年が、どれだけ偏執狂的にミサイル発射実験をしたところで、
それはただの地味な花火大会…気にすること等全くない…。
所詮、実用できるものではないのだから。

「猿の惑星」って映画は、続だの新だの最終戦争だのと、
続編が作られるたびに、内容は薄くバカバカしくなるのだが、
ホントの最後ってのは、猿たちが崇拝する絶対教祖の
御神体を巡る話だったように記憶してるけど、
その御神体というのが、ネタバレだけど、
スタンバイ状態の「核ミサイル」…だったんだね。

実際には使えもしない核爆弾が、
世界に平和と調和をもたらすわけで
そういう発想で云えば、「核」はまさに「神」であり
「救世主」で「モンスター」に違いない。

我々は仮面ライダー世代でもないし、
ウルトラマンは既に世界観が少々、子供っぽく映っていた。
もちろん、マジンガーZでもガンダムでもないし、
宇宙戦艦ヤマトでもない。

「鉄腕アトム」とか「鉄人28号」が、幼児体験の最初!。

アトムはその名の通り、小型原子炉を持つAIロボットが、
どうしたことか、人間的な心を持ってしまう、
ある意味では「恐怖アニメ!」...。

ついでに云えば、妹は「ウラン」で、兄は「コバルト」…
まあ、なにしろ危険極まりない…。

鉄人28号は、「♫敵に渡すな、大事なリモコン…」
と、テーマソングのリフレイン部分で何度も唄われる通り、
操縦者の意志によって、善にも悪にもなる、
モロハノヤイバ…。

つまり完全なる「善」なんてのは、あり得ないことで、
「善」と「悪」は常に隣合わせのウラハラ…。

そんな風に「世界の成り立ち」を教わった
困った世代である。

日本の防衛…そして世界平和...
究極の選択は、もうすでに完成形の絵として
もはや誰でも知ってる状況なんじゃないだろうか。
口に出しては、いろいろ憚られて
なかなか云えないけどね…。



たぶん…自分にとっての最終兵器…いやいや...
最終的に「ソウル三羽がらす」の一角を成すアルグリーンの、
こちらは確実な最終兵器であるビートルズナンバーを、
本日はぶちかましてみたい!。

では、ソウル三羽烏の、別の2名は?...というのには
言わぬが花というところで…。
取りあえず、モータウン系の方々は入らないと思います。

この御仁、独特のグルーヴ感と云うか、タイム感? 浮遊感?
何だか良く分からないけれど、そのヘンテコさが何しろ大好き!

Al Green - I Wanna Hold Your Hand

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超低空飛行時代

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

20年には届かなかったが、それもそろそろ近いなあ…
という勤務期間を経た時期に、勤め先が経営破綻した。

理由は様々あるが、たぶん自分が知る中の
85%くらいは、金融投資の失敗にある。

バブルもとっくに終ってしまった頃、会社は最高益を挙げ
遅ればせのピークを迎えていた。

私のあだ名はあくまで「ブチョウ」だったが、実際には
「常務取締役」という立場になっていた。

そんなある時…その辺が中小零細企業の名残りだが、
役員会議等の承認を経ることなく、突然代表取締役の独断で、
メインバンクから出向者を迎え、当社の「経理部長」に就任した。

私より2つ年上のその男は、業界2位の都市銀行でも有能な
「IR部門の専門家」という触れ込みだったが、
当社のような社員数50人にも満たない、零細に近い
中小企業に出向してきたなんて、相当悲惨な「ポカ」を
やらかしたんだろうなあ?という噂が、当然立つのだが、
結局誰にもその辺の事情はは分かずじまいだった。

彼がすぐに手を出したは「デリバティブ」。
しかも「外国為替証拠金取引」、いわゆる「FX」と云う、
最もリスキーなヤツ。

安全運転第一の私は、当然「猛反対」している。

そしてその時に初めてその男と言い争うと云うか、
まともに会話するような感じだったのだが、
彼が私に言い放ったのは…

「アンタのような、リスクをとれないようなヤツに
 会社経営を任せるわけにはいかんのだ。
 会社は現在最高益を出してるのに、社員達の給料もボーナスも
 アップしてやれないのは、アンタらがリスクを一切とろうとしない
 無能者達だからだ!」

その時に、その男とトコトン話し合えば良かったのかも知れない…

しかしそれは後の祭り…自分の中に「その通りかもしれない...」
自分も個人的に、会社に対し相当の投資をさせられているものの、
まだ元金どころか配当すらまともに回収されてない。
そんな諸々の思い当たるところもあって、結局すこし
「静観しよう」…そう思ったのが、そもそもの大間違い…。

あっという間に、会社は大損益を出し、一挙に傾いてしまった。

代表は、それでもその男の古巣の銀行が、最後は助けてくれる...
そう信じていたようだが、結局、その銀行に当社は裏切られ、
「貸し渋り」&「貸しはがし」の二重苦で、
散々いたぶられた挙げ句、呆気なく経営破綻してしまう。

無論、経理部長様は、銀行に急遽呼び戻され、以降行方不明。

組織は社会的には消滅したが、営業成績や取引先等は、
何の毀損もなかったから、そのまま私の指揮で業務続行を…
何なら出資もするぞ…。と債権者達に云われるのだが、
自分もこの破綻劇で、数千万の貯蓄と不動産等の
財産らしきものを失っているし、債権者様(?)の
「人身御供」も、まっぴら御免!

そういうわけで、幾分、お気楽と思われた副社長待遇で、
新しく若い会社の基盤作りを手伝って欲しいという誘いに、
まんまと乗せられてしまうのだった。

新しい会社と云っても、建ち上げて既に数年経っていて、
部長も課長も、各支店(店舗)のエリアマネージャーも店長も
何人もいる組織….。

そんな中で、私は入社初日に会議招集した。

都内各店舗の営業終了後、本社オフィスに各店リーダー達が
集合したのが午後10時…彼らと自分は、傍系会社の若い子達
(ほとんど女性)ということで旧知でもあったし、
自分が(組織に)来るということで、皆喜んでる!
と社長から聴いていた上で、私の所信表明的な改革案を
ぶち上げるのだが、反応は意外にも冷ややか…。

「あれっ?」と拍子抜けしていると、エリアマネージャーの
まだ20代の女子が私にいみじくも云うのだ…。

「ごもっともな御意見ですが…それを突然ブチョーさん…
いや、副社長に云われても、店の子達には、

そうした改革の結果、会社を潰したのはどこの誰?...

そう感じると思うんですよ。私たちは副社長の実力や
お人柄等、充分に存じ上げ、尊敬してますが、
若い子達の不安とか、そう言うものを覆すだけのご覚悟…
そこをどう、お考えなんでしょうか…?」

周りのチーフやマネージャー達を観ると、僅かだが
首を縦に振り、同意をしているようだ…

どうやらそう考えてるのは、店舗の若い子達ではなく、
彼ら古株達のようだな…。

そうか…自分はまずはそこから始めねばならないのか…

破綻した理由なんて、彼ら彼女らにはどうでもいい話で、
自分という人間は、経営陣の一角として、
彼らの親会社を潰した、その張本人の一人であるのが、
彼らにはたぶん、唯一無二の真実であるのだろう。

そしてその日から、想像を絶する苦悩の日々が始まるのだ…

その内容は、とても暗くて、残虐性(?)も含まれるので、
またそうのうちに…覚悟の上で…。



そうしたわけで、90年代から00年代は、自分としては、
音楽とはとても縁遠い時期だったかもしれない。

ふと思い返しても、90年代半ばのほんの一瞬、
きらっと現れて、すぐに居なくなってしまったジェフバックリー…。
彼の才能には随分嫉妬…いやいや感動させられたものだ。

奇跡のような、たった一人でのカフェでの
凄まじい光を発していたライヴ盤と、この世のものとは
思えないほど美しい、名唱「ハレルヤ」を含むデビューアルバム。
そして来日公演…「また来年来るよ、絶対来るからね!」
そう云ってたのに、二度と帰らぬ人になってしまった彼…。

我が家の家人曰く、

「あんな美しい歌声の彼だから、天使に好かれてしまった…」

ちょっとわざとらしい台詞だが、リアルに納得してまう私であった。

和声を学ぶ為だけにバークリー音楽院に入学し、
コードの成り立ちを完璧にマスターしたら即退学して、
カフェで唄いだしたら、様々なレコード会社の担当者に発見されたが、
彼と契約できたのは、なんとColumbiaを買収して巨大化していた
日本のSonyレコードの、日本人A&Rマンだったそうだ。

しかも本社へのデモンストレーション用にカフェで録音した
2トラックのテープ音源が、こうして世界発売されることになって、
我々の耳にやっと届くわけで…

「なんだこいつ!?スッゲエなあ!えっ、放浪の吟遊詩人
ティムバックリー…彼の息子!?初めて買ったレコードが
フィジカルグラフィティと太陽と戦慄!?」

そんなだから、当然レパートリーもマニアック…
レナードコーエン、ボブディラン、ザ・バンド、ヴァンモリソン、
レッドゼッペリン、スライ&ザファミリーストーン、ヌスラット、
ニーナシモン、エディットピアフ、ビリーホリデー、ジョンレノン、
そして父上ティムバックリー…etc.etc…。

この曲はヴァンモリソンのソロ1stアルバムで、かつ大名盤でもある
「Astral Weeks」に入ってた曲。

彼の壮絶な歌唱もさることながら、唄とコードの関係性を知り抜いた
ギターテクニックがとにかく凄い!

Jeff Buckley - The Way Young Lovers Do (Live At Sin-é)

 
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集団の孤独

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

中学の同窓会があった。

出席者総勢175名…元々は500人ほどいたはずだが、
40数年目の同窓会のこの人数が、
果たして多いのか少ないのか?
冷静に分析等できないけれど、
半病人と云うか、たぶん20%に満たないくらいの
不穏な体調の自分には、あまりにも大人数過ぎて、
何をどう対応してよいのか、
ただただ面食らうばかり...。

一挙に数多くの再会や旧交を楽しむには、
あまりにタフな気力と体力が求められるようで、
ノンアルコールの、決して美味しくはない
ビール風味炭酸飲料を呑みながら、ほとんど
自ら席を立つこともない情けない状況の自分は
何だかちょっと、暗めの自閉症児みたいで、
自己嫌悪になりかける夜でもあった。

ちなみに自分がいたらしい中3時点でのクラスが
実に最も出席率が高く、度重なる写真撮影等、
仲が良い…盛り上がってる…等々と云われていたが、
このクラス…実のところ、「学級崩壊」していた。

担任教師との関係性が上手くいかなかった。

ことあるごとに担任とはぶつかって、遂には、
「オマエらなんか、早く卒業してしまえば清々するのに!」
そんな捨て台詞まで云われた記憶がある。

そんなこともあってか、たぶん我々のクラスだけ
一度もクラス会を開いてなかったし、良い想い出として
特筆するようなこともなかったように思う。

まあそれだけに、たぶん、これが最初で最後…
高出席率に繋がったのだろうと思う。

まあ…そんなことばかり考えながら、会場にいたわけで、
あれれ…自分ってこんな性格じゃなかったよな…?
体力の欠如は、性格まで捩じ曲げてしまうのか??

やっぱり…自己嫌悪だな。



同窓会中、あまりにも変わり果てた(お互いサマだが)
同窓生たちと、次々と談笑しながら思い出すのは、

「あっ、こいつからキングクリムゾンを教わったんだったな..」とか

「半ば強引に又貸しと知りながら、自分では買えなかった
ビートルズのホワイトアルバムを借りたら、そもそもの持ち主たる柔道部の彼に、
思いっきり首を絞められたんだった…」

そんなくだらないことばかり思い出す。

そして決定的なのが…

友達と三人でお小遣いを出し合って。待ちに待った
そのレコードの発売日、開店前から駅前のレコード店で
待ち構えて購入したピンクフロイドの「原子心母」の初回赤盤…

それを友人宅から半ば暴力的に「貸せ!」と云って持ち出し
そのまま、遂に返して貰えなかったと云う「その男」に
昨夜再会し、先方は「やあやあ久しぶり…」なんて握手を求めてくるのだが、
私は笑顔で握手に応じるものの、小声で「返せよな...原子心母!」なんてね、
聴こえないように云ってやった…。やっぱ暗いなあ、今の自分…。

ちなみに当時、高校生のお姉さんと一緒に「箱根アフロディーテ」の
ピンクフロイドを観に行ったぞ…「原子心母」がメチャメチャ
かっこ良かったけど、お天気が悪くて
夏なのに、とっても寒くて、ブルブル震えていた…

そんな、羨ましかった同級生に会いたかったが、
彼は残念ながら欠席…。

Pink Floyd - Atom Heart Mother(Hakone)



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