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ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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楽な余生のはずが...

DSC09545あ
Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

戦前、戦中のレンジファインダーカメラ用レンズの
柔らかくて、ボヨヨンと恍けた風情の写りが大好きで、
とても現代レンズに戻れないでいるのだが、いかんせん…

「寄れない」。

マクロレンズほどではなくても、せめて40cmくらいは
寄れて欲しいところだが、戦前戦中の限界は、何と1m…
何しろ遠いのだ。

まあそれも個性といえば個性なんだろうが…。



30歳を少し過ぎた頃に、社内サッカー部を作り、
やがてこれがミニサッカー→フットサルと変遷するわけだが、
何故フットサル(5人制)か?といえば、集まった人数の問題?
というよりも、むしろグランド=ピッチの問題が大きい。

まずは区営グランドの予約=抽選会に参加したけれど、
ココでは詳細を述べないが、高年層のゲートボール団体が、
複数で我々の進出を阻んで来る。

「若者はなあ、今は遊んでないで、しっかり我々の為に
働いて稼いでな、それで齢とったら、思う存分遊べばええ…」

ほんとにゲートボール爺さんにそう云われ、区役所員に
何か言ってもらおうと思って顔を見たら、「その通り!」って
言わんばかりの態度で薄笑いされてしまった。

世の中ってそういう風に出来てるのかあ….。
そういや、勤務先の爺さんたちも、全然仕事してないけど、
みんな吉祥寺辺りの豪華な一戸建てで優雅に暮らしてるよなあ…。

でも自分も齢とって、身体が動かなくなれば…
病気ってこともあるだろうし…仕方ないな、
身体が動くうちは、シノゴノ言わず働くしかないね。

で、充分に楽をさせてもらえるはずの年令に
まんまと差し掛かったのだが、何故だか仕事は
年々責任が増してきつくなる….。

安泰なはずの収入は、自分の場合いろいろ問題があったのだが
気がつけば、ほぼ4分の1…。

入社したての小僧の頃と大差ない額。

病気になればなったで、クビではなかったが、
安閑と休んでいられる情況にはなく、
自ら辞めざるを得ない雰囲気。

だからといって、即、福祉行政に助けを求むなんて思わないけれど、
全く放っとかれつつ、きっちり税金やら年金、国保を徴収されるのも
なんだかなあと思ってしまう。

というわけで選挙だ…。福祉重点なはずのリベラル政党が…
どうやら消滅してしまった。

別にアテにはしてないけれど、噂にあるような、福祉切り捨て、
特に年金支給年代が70歳とか75歳から….なんていう噂さえ
飛び交っている。

このまま軍事費だの、下手をすれば戦費など…?
待ってたわけではないけど、やっとそうした福祉の恩恵を
受けようかという年代になって、あれあれ?なのであるのだ。

医療費扶助も実は以前に市役所で拒否され、
結構トラウマになるくらい傷ついた。

「病気で収入ないだって?じゃあ今朝は飯抜き?昨夜も?
ちゃんと食べたんでしょ。親とか兄弟とか援助してくれる人
いるんでしょ?」

これは役所ではなく主治医とか病院事務経由の方が確実だよ…
って教えてくれた人もいるけれど、何となくね、
馬鹿みたいだけど医師とは対等の信頼関係でありたいと
常々思ってたりするから、卑屈な気持ちで治療を受けるのも
何だかとってもイヤ….これはもう阿呆すぎる痩せ我慢だね。

そんなわけで…キチンと福祉を愚直にやってくれる政党…
もうあそこだけ…..? それもなんだかなあ…。



前回に引き続きEBTG。

何十年ぶりかのエブリシング・バット・ザ・ガールに
すっかりハマる、体調最悪なオヤジの秋の夜長なのである。

この曲も我が家オバカ夫婦デュオのレパートリー(忘れてた!)。

結構初期の曲だったと思うけれど、なにしろ、トレーシーソーン嬢も
前身のマリンガールズからの付き合いだし、当然ベンワットも
既にロバートワイアットとのコラボなんかで著名な存在だったから、
どれがいったい彼らのデビューか良く分からない。

殆どの曲がシングル(12インチ)ベースだったってこともあるから
順番とか….どうでも良いって感じのどんぶり勘定なアーティスト。
勿論良い意味で。

Everything But The Girl - Each and Everyone


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義理の先祖?

DSC06274a.jpgCarl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (1958)

来年のNHK大河は、林真理子版の「西郷どん」ってことらしい。

以前も「先祖の青山墓地に於ける広すぎる墓所について」
にて記したと思うが、家人の高祖父(ひいひい爺さん?)が
幕末の薩摩藩士で、京都留守居役。明治は天皇側近で男爵、
大学の初代学長等々…という件なのだが、
こう云った薩摩藩絡みのドラマや映画や歴史小説(歴史書なら問題ない)が
話題になるたび、我が家は決まって、ほんのちょっと...
憂う...のだ。

自分もかつては、国会図書館なんぞに通って調べたり、
家人は、ちょうどルーツ探しが流行ったおりに
鹿児島に何度も赴いて、親戚筋や地元の研究家などに
取材したりして、ほぼほぼ、先祖の人生は
解明されたと思っていた。

ところがだ、幕末の、複雑で変節だらけの体制や
人間関係の所為か、スポットの当て方によっては、
同じ人間でも関係性によっては、様々な陰影が現れるから、
歴史とはとても怖い。

ココで先祖の人生をを語りだすと、
完全に伝記論文になりかねないから、詳細は控える。

海音寺潮五郎版の「西郷と大久保」によれば、概ね、
自分が調べたものと同じで、高祖父の性格と云うか、
「義の人」として、その溌剌とした人生が描かれるのだが、
これがひとたび司馬遼太郎の「田原坂」もしくは
「龍馬がゆく」によれば、薩長連合や、武力討幕に対して、
家老=小松帯刀を後ろから操縦し、かなり強硬に反対しているから、
その分、敵方として、保守的で小心者の小役人…という性質の
いけ好かない人物像として終始描かれている。

ちなみに池波正太郎版「西郷隆盛」等には、
特に記述はないようだ。

意外なところでは会津の秋月悌次郎関係の文献や、
明治天皇の研究書、或いは戊辰戦争関連本には頻出する…。

薩摩藩自体が、公武合体(薩会同盟)→尊王攘夷(薩長同盟)
と変節し、さらに維新後の大久保と西郷の衝突(西南戦争)
の中で、それぞれとは一定の距離を置きつつも、時には(西郷の)
助命嘆願をしたり、その中庸となったり、後年は天皇側近という立場から、
皇室と政府、あるいは江戸時代には壊滅状態にあった、神社の復興、
いにしえの神話の復活等に奔走し、明治天皇崩御とともに殉職しているが、
彼のWikipediaにすら、そうした記述はあまり見当たらない。

そうしたわけで、林真理子本は未読だが、特別記述はない模様だから
ドラマに登場するかどうかは大いに疑問。

龍馬伝では、会話の中の話題で幾度か登場。役者的には
「八月十八日の政変」の戦闘シーンで、一瞬だけ字幕入りで
勝鬨の声を挙げるシーンで登場するのみだ。

残念ながら、例によってまた杞憂に終ることとなるだろうが、
どういうわけか青山墓地では、ご近所さんの大久保利通公の
墓所の数倍は広大な、家人の高祖父の墓…?

これはどういうことなのだろうか?と、
また疑問に思ったりするのだ。

ちなみにごく最近知ったことだが、私の父方の本家の
現在の当主と祖父の墓についてだが、たぶん生まれて初めて
お話をさせて貰ったのだが、初めて訊いた話だが、
どうやら祖先は、赤穂浪士=四十七士の一人であるらしい…!?

男系の直系ではないらしいから、それらしい資料とか、
遺品等もないようで、ホントのところは分からず、
単なる伝承に過ぎないようだが、
またまた研究課題が増えてしまった。

母方は何と森蘭丸&坊丸が、本能寺から北前船に乗って
秋田まで逃げ落ちてきて、我が家系の先祖になったという
系図(らしきもの)が残っているが、正直言って、
無茶苦茶マユツバで胡散臭い!。

まあ体調がこんなだから、どこまで解明できるか
分からないけれど(蘭丸坊丸は論外としてもだ…)、
いずれにせよ子供にとっては、うーむ…

結構重たいかも…??



いい齢こいてガサツ極まりない自分ではあるけれど、
秋だしね…秋といえば、やっぱし"Everything but the Girl"かな…。

この12"シングルも、色々感慨深い、

こんなのを世が世ならお姫様の我が家の家人と秋の夜長、
唄ってみるかいねえ….なんて思ってL-5を手に取るんだけど、
あいにく家のおかみさん、唄はわりとまともなんだが、
何しろ、生まれながらのキンキン声で、やたらとキーが高いから、
気がつけばサウンド的にはかなりキツいE♭…。

なんの風流さもなく、娘は娘で興味なさそうな顔をして、
自室から出てきて、はいはい、楽しそうで良いですねえ…
などといいながら、冷蔵庫のカルピスをグラスに注ぎ
氷をカラカラさせながら飲む…そんな秋の夜長…
また、そんな日が来るんだろうか??

Everything but the Girl - Night and Day


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暗い暗い暗い

DSC06259a.jpgCarl Zeiss Jena 'Pancolor' 1.8/50 (Early-1970's)

とっくに北限を超えている北国の曼珠沙華。
地球温暖化?...とは関係ないと思うけどね。



体調がどうもスグレナイものだから、
どうしても話題がそっち方向の、暗い感じになってしまう。
それがまたツラい今日この頃である。

そんな調子だから、お彼岸の墓参りは
今回はパスさせてもらった…
そのぶん「申し訳ない!」って感じで、
いつもより念入りに仏壇に手を合わせるオヤジである。

前々から、ヤバいなあとは思っていたけれど、
先日遂に、某スーパーマーケットで買い物中に、
あまりにも唐突で激しい全身疲労に襲われて、
ちょっとしゃがみ込むつもりが、結局傍目には
突然、青物売場で大根を抱えたまま
卒倒したオジサンという、悲惨な図に成り果ててしまった。

身体中の尿酸値が一気に0に触れたような、
言い換えれば、3分で42.195kmを完走したくらいの
全身疲労だが、意識はしっかりあるし、まあ数分でも
休憩すれば復活する…そう思って
救急車を呼ぼうとする店員さんを制して、
バックヤードの椅子に腰掛けさせてもらい、
そこで6分間(?)休ませてもらうことにした。

なぜ6分なのかは不明だが、たぶん5分では足りないかな…?
だから6分で…そんな感じだろう。

前回もお話しした通り、病院に行けばまた入院は必定となる。
2週間も酸素吸入などで安静にしていれば、
少しは元気を取り戻すだろうが、たぶん完治とか、
当面安心….というわけにはいかないだろうと思う。

薬や、外科的方策等、有効な手だてもないみたいだし、
オッサンに心臓移植するくらいなら、若い人優先!って
当たり前に思うしね...。

今は秋田県民だけど、昔から都民共済(!)に
加入し続けているから、入院時の経済的負担は大したことはない。

入院すっかなあ…??



正直云って、安室奈美恵さん関係のニュースにはもう
うんざりしている。

とはいえ、自分もさほど安室奈美恵さんの音楽など殆ど
知らないのだが、なんだか昨今の報道には違和感があるのだ。

御本人の去就云々に関しては、やはりもう立派な大人なんだし、
グズグズせず自分の将来を見据えて決断する行為は、
大いに褒められるべきだし、そこに大義があるのかないのか!?
それをファンでもないコメンテーターがお門違いの持論で
語り合うのは、全く大きなお世話な気がする。

たまたまラジオを聴いていたら、誰かが云っていた。

なんでテレビのワイドショーは、もう20年も前の
手垢に塗れた歌謡曲時代の唄ばかり掛けて、
懐かしいだの、あの頃は素晴らしかったとかいうのだろう?

今の彼女の楽曲や活動の先進性や完成度を知れば、
そうした報道姿勢は、あまりにも不遜で失礼だ?
というのだ。

んでもってこの曲が掛かった…。
2015年の作だから最新というわけではない.
人間、歳をとるとね、2〜3年前なんて
つい昨日みたいなもんだ…。

それはともかく、自分もさすがにこれには驚いた。
近年のR&B方面に詳しくはないけれど、
「凄い!」「何しろカッコいい!」と云うのだけは、
良く分かる。

急にもっと聴きたくなった。
辞めてもらっては困る!とも思った。
 
未だにちょっと阿呆な我が国の芸能エンターテインメントや、
ジャーナリズムの勉強不足…など諸々劣化してる部分を、
彼女にグイグイと引っ張って行って欲しいと思ったのだが、
ちょっと遅かったようだ。

ウーム、勿体ないぜ!。

YouTubeでは、たった1分のvery short versionしか見つからなかった。
CDをちゃんと買えよ!ってことか….買う...たぶん!

安室奈美恵 / 「Photogenic」


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あんぜん第一なのだ!

DSC04782a.jpg
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

一昨年の昼サンバのショットです!

今年は体調不良、去年も退院直後(虫垂炎)で、
腹にドレーンが刺さったままだった。

今年こそは!と思ってたんだけどね…。



今年の春先にね、胸と息がとても苦しくって、
最後はベッドに横にもなれず、全然眠れない状態になって
早朝に救急車を呼んだんだけど、何となくあの悪夢、
今再びみたいな、似たような感じになってきている…。

たった5m歩いてトイレに行くだけで、
ハアハアぜいぜいと息が切れるくらいだから...
もう強度すぎる「ポンコツ野郎」。

週末に高校の同窓会があるんだが、今から辞退して
大丈夫なのだろうか?

でもその次の日の「あんぜんバンド」のワンナイトスタンド!
(オープニングアクトはオーガストムーン)だけには、
絶対に立ち会っておきたい…。

先日、元あんぜんバンドのドラムのジュンペイさんに
「あんバンの-ぎんざNOW-ご出演…大昔観てましたよ!」
っていったら、ちょっと引くぐらい喜んでくれたしね…。

ココはなんとか登場せねば、自分も格好がつかない!。

ライヴの詳細はこちら…
http://blog.goo.ne.jp/august_moon_2009/

それまでに体調が一瞬で良いから回復すれば
とてもラッキーなんだけどな。

今病院に行っちゃうと、たぶんまたI..C.U.で、
様々な点滴注入と、あの嵐みたいに強烈な酸素吸入治療
(クシャミとかアクビとかすると、一気に大量の酸素が
肺に入ってきて、パニックに陥る)。

そしてツラいツラい、午前の部、午後の部...に分かれた
放射線大量照射系の検査…その直後から頭痛が治まらず、
頭痛はそのまま頭皮の痛みに変わったと思ったら、
今度はそれが帯状疱疹になった…。

なんとか祈るばかりの今週末なのである。

あんぜんバンド(安全バンド)は、70年代に、
メジャーバンドとしては、四人囃子とか、コスモスファクトリー、
などに並ぶ「国産プログレバンド」として人気を博した
ロックグループ。

それに加えて、当時のロック好き高校生には、
ロックバンドのライヴ活動などを支援する地域組織としての
「浦和ロックンロールセンター(URC)」
 (注...アングラレコードクラブとは異なる組織)
の組織活動にも興味を覚えた。

往時はまさに日本のロックシーンを牽引し、あんぜんバンドを
地元バンドの中核として据えつつも、前出の四人囃子や
ブルースクリエーション、フラワートラヴェリンバンド、
頭脳警察….そして個人的にも大好きなマンドレイク→P-Model
に至るまで、まさに一時代を築き上げた地域組織。.

実は、それを模倣した組織が、我々の地元秋田にもあると知って、
確か幾ばくかの会費を支払って、加入したような記憶があるけれど、
理想とは随分とズレがあったようで、運営中枢は上層部の
ほんの一握りの人間達に過ぎず、我々などは単なる物好きで
ボランティアな雑兵…。

レコード試聴会の椅子並べとポスター貼りが精々.

結局、友人とコソコソ、ガリ版刷りのミニコミ出版に
いそしむ程度の、そんな自分たちの器の小ささを知っただけの
経験でもあったわけだ。

もうちょっと積極的に、地元バンドの活動のプロデュースというか、
後押しをしたかったし、あわよくば自分も、様々な交流の中から、
理想のバンドを構築する為の、出会いを創出してみたかった。

そういうことが適うのなら、東京なんかに出て行くことも
なかっただろうと思う。まあ地元大学鉱山学部(!)…
落っこちちゃった自分が悪いんだけどね(笑…。

彼らの代表曲(なのかな?)「13階の女」っていう名曲も、
実は高3の頃に、友人のバンドがこの曲を演奏していたから
知った曲。結構衝撃だったように思う。
今回もヤツを誘ってライヴに行こうかな?なんて思ってるのだが...。

♫彼女にはもう、こうするしかないのだ。
13階の屋上から飛び降りること…

...強烈だ。

大人の漫画を「劇画」を呼んだ時代の
まさに「ガロ」とか「COM」な時代のイメージ。

彼らの魅力は、そうしたヴィジュアル的な「詩」も
相当に卓越した感じ。その辺は、才人「長沢ヒロ」の
類い稀な感性だろう。

そういう意味も含め、本日はこの曲を選んでみた.
たぶん初期の曲なんじゃないかな?

後半のメロトロンの嵐は、実に実に...プログレしてて、
素敵だ!!

国民の安全を保障するのは、政権とそのクビ長の義務だと思う.
しかし実際の行為は、戦争のリスクを高めているようにしか見えない。

世界に誇れる軍事大国の国民であろうとは全然思わない。
グチグチイジイジ卑怯者といわれようとも、戦争には組しない
極めて小市民的な、安全で平和な生活を望むだけなのだが…!?。

安全バンド - 偉大なる可能性


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紅葉山奇譚

DSC00665あ
エスカレーターの上から撮る分にはお咎めなしだが、
うっかり下から撮ると、そんな気が全くないにしても
即、現行犯逮捕となるから、注意が必要。

またお顔もね、あからさまに写りすぎると、
現代では面倒なことになりかねない…。
いろいろ大変な時代だあ!。



80年代….東京中野といえば、もっぱら北口方向の、
中野サンプラザとか、まだオタク文化が醸成される以前の
中野ブロードウェイ近辺、そしてたぶん、その頃はまだ
一緒になってなかった家人に、何故か呑み友達の
A医師とその愛人M子…その4人でツルんで、
月に一度は出掛けていた「陸蒸気」っていう、
海鮮系の炉端焼き居酒屋は、
とても思い出深い場所(今もある)。

A医師は、港区の、わりと由緒あるらしい開業医の、
何代目かの「次男坊!」っていう微妙な立場だが、
当時は母校のK大付属の病院の勤務医。
当然、奥様も子供もいる。

しかし何故か当人は、新中野は鍋屋横丁近くの
1DKのマンションに独り住まい?しかもM子っていう、
さほど美人ではないけれど、気風の佳い愛人までいる…。
(当時は、一緒に住んではいなかったようだ….)

何故なの?って疑問に思うのだが、友人といっても
なかなかそうした事情まで踏み込めるものではない。

それがある時、ふいに判明した。

A医師の母校のK幼稚舎に彼の長男が入学(入舎?)し、
当時は既にその名門小学校に通うようになっていたが、
夫婦仲は元々あまり良くなかったそうで、離婚も視野に入れた
別居生活となったそうだ。

しかし名門校に通う長男の立場を考えれば、離婚なんて
絶対に出来ない情況にあるらしいのだ。

だから長男君が一定の、高校生か大学生か知らないけれど
そうなるまで、離婚はお預け状態とのこと。

後年、その長男君も成長し、いよいよあと1年かそこらで
離婚が出来るようになり、A医師もM子と再婚する意志を
固めるに至った矢先、M子は突然、まだ若いのに、
脳梗塞だか、クモ膜下出血だかで倒れた。

不幸中の幸いで、A医師と一緒の時だったから、
処置も早く、一命を取り留めたのは勿論、
深刻な後遺症も残らない状態だったけれど、
勤務先である病院には二人の関係が
すっかりバレてしまった。

長男君に影響を及ぼす段階は既に過ぎていたこともあり、
それは幸いだったけれど、彼は既に助教授で、
そろそろ教授に…というような輝かしいキャリアは、
そこですべて閉ざされてしまった。

彼は病院を辞めた。

どこか他の病院へ移るのかな?と思ってたら、
彼はあっさりと、アメリカの製薬メーカーに就職した。

M子のリハビリにも、米国の病院環境は理想的なのだ。
彼はそう云って、笑ってアメリカに旅立った。

年に一度くらいの頻度で、彼らが帰国した折には、
また4人で、中野の「陸蒸気」にて、河豚に牡蠣に
ヒラメに伊勢エビ、締めは店の名物、特大おにぎりを
半個ずつ…という食事会…これも恒例となった。

ココしばらくは、困ったことにお互いに携帯番号を
変えてしまったりで、連絡が取れなかったのだが、
有り難いことにフェースブックでA元医師(?)を発見。

今も元気でいるとのことだが、こちらが今度はすっかり
元気がなくなった…困ったものだ…。



さて中野駅北口にはそういうわけで、
頻繁に出入りしていたのだが、
丸井本店などがある南口側には、
殆ど足を踏み入れたことがなかった。

中野駅南口を出て、線路沿いに新宿方向に延びた
軽い登り坂をしばらく進み、どんつきを右に折れると
忽然と息をのむ絶景が開ける…
紅葉山公園というらしい。

とても地味な感じの街外れに突如出現する公園。
そこに隣接する巨大でモダンな建造物が、
なかのZERO(もみじ山文化センター)。
かつては普通に「中野公会堂」が建っていたところだ。

80年代のあるとき、とてもこの地味な公会堂には
不似合いな、海外アーティストによるロックコンサートがあった。

サイキックTV (Psychic TV)…英国のインダストリアル
ノイズバンド=スロッビング・グリッスルの中心人物(?)
ジェネシス P. オリッジが、新たに結成したバンドの、
本邦初演にして衝撃的ライヴコンサートが、
この地味すぎる、公園と住宅地の真ん中の公会堂で開催されたのだ。

何故、もう古くて、そろそろ建て替えかな?っていう
オンボロ公共施設で、こうした種のライヴが実行されたのか?
という理由は、わりと簡単に推察できる。

スロッビンググリッスルの動画を観たことがあるけれど、
血糊(のようなもの?)が盛大にばらまかれ、
ニワトリの死骸や、生肉や臓物系が客席を飛び交い、
どうかしちゃった酩酊状態の客席も、破壊の限りを尽くす、
いわば、集団催眠的な狂気のライヴ…。

これをそのまま日本でやられた日には、
主催者の損害賠償レベルは、いかなるものか??
そうした意味で、弁償リスクが比較的軽微で、
仮に「以後、出入り禁止」をくらっても、
そのリスクも軽微な….そんな危機管理マネジメントが
あったか、なかったか…?本当のところはわからないが、
まあ当たらずとも遠からず…そんな気がする。

実際のライヴでは血糊もニワトリの死骸もなかったが、
さほど血の滴りが少ない状態の生肉や、もつ焼屋の
ミノだのハツだの云う種類のもの…
或いはブロイラー的なモノが少量ばらまかれ、
客席を飛び交ってはいた。

しかしさすがに、節度ある日本人観客!。
格好こそトサカおっ立ちパンクヘアだったり、
派手なタトゥーだったり、ボディピアスだったりと、
すっごいんだが、座席を壊したり、壁に穴を開けたりとか、
そういう類いの破壊活動は一切なくて、結果的には、
演出の割には、実に行儀良い
ちょっとだけ過激風のライヴ...で終っている。

さて彼らの音楽は、スロビンググリッスル的な工業ノイズの
氾濫部分はかなり後退して、むしろテクノビートだったり、
初期の「ハウス」だったり、それらとはギャップありありの
静寂でメロディックな音楽だったりして、
全然尻尾が掴めないのだが、何と今もバンドは継続している…

ジェネシスPオリッジは、今は宗教団体を設立し、
さらになぜだかオリッジ嬢(!)になってしまっているけれど
(これがまた超ド級に醜い!)…。

彼らの1stアルバムを購入し、それまでのスロッビングの
過激すぎる音に触れて、さて新しいバンドで何を聴かせてくれるのだ!
期待と不安、そしてたぶん考えもしなかったような、
エログロに満ちたサウンドで、こちらはもうKOされる
準備OK! そんな決意で、サイキックTVとしてのデビュー作に
針を落としたら、いきなり飛び出したのが、このサウンド…

意外というか拍子抜けというか、いきなり奴らにカマされたな!
もちろん嵐の前の静けさというヤツで、あとはいつものエログロ…。

思い出されるのは、あの名盤「ヴェルヴェットアンダーグランド&ニコ」の
中の「日曜の朝」...みたいな感じ.かな??

Psychic TV - Just Drifting (For Caresse)


おまけのスロッビンググリッスル....個人的見解では、限りなく美しくて
儚いノイズサウンド....あくまでも個人的に...である。
TGのギタリストでもある若い頃のコージー・ファニ・トゥッティ嬢の
お姿も懐かしい。今はちょっと凄いことになってるけど...??

Throbbing Gristle- Hamburger Lady

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苦手なもの

DSC00647a.jpg
何となく、今宵は街全体がうかれてる感じ…。

私は毎年恒例のサンバ・カーニバル(yeah!)に
出掛けてみようかなあ…と思いつつ、歩を進めたら、
おもむろに花火が始まった。

そうかあ、今宵は花火大会でもあったのかあ!?

実は自分はこの花火という奴と、子供の頃から
どうも折り合いが悪い。

腹の底から突き上げるような音が苦手みたいなのだが、
実のところ原因は分からない。

写真程度の牧歌的なヤツならまだ良いのだが、
最後の最後、在庫処理的にぶっ放すババババババ….
っていう連発がとにかく苦手....だから、

戦争絶対反対!。

茄子が死ぬほど嫌いだって奴を昔、『こんなうまいものを嫌いだなんて!』
…とか云って、随分とカラカッタ気がするけれど、
まあ、それと似たようなものだ。

そんなわけで、少し離れた安全地帯(?)に歩を戻し
しばし観ているうちに、体調がズズズーンと悪くなって、
こりゃあ、サンバカーニバル…無理だなあ、
行きたかったのになあ…そんな感じで息もタエダエ
実家に引き上げたのであった。

ホント…情けない身体である….。



私がストーンズで初めて買ったシングル盤がこの「ワイルドホーシズ」。

本当は、変形ジッパージャケットで有名な
「スティッキーフィンガーズ」が欲しかったのだけれど、
当時、中1くらいの自分にはとてもLPなんて
簡単に買えるシロモノじゃなかったから、
それならシングル盤で!。となるのは必定。

ところが、その第一弾ヒットシングル「ブラウンシュガー」は、
ご存知の通り、当時から大ヒット!

もう誰もが既に持っているし、ラジオでも毎日のように掛かるから
買わなくてもいいや…そんな感じ。

そんな時に、わりとひっそり(たぶん)第二弾で、
この「ワイルドホーシズ」がシングルカットされたのだが、
今度は誰も買わない…。

「地味でツマラナイ…ストーンズらしくない」

どうしたわけか、そういう曲に私は妙に昔から縁がある…。
結局、大金(!)400円を拠出して、私はこれを購入した。

たぶんその後、中2か中3くらいでスティッキーフィンガーズを
誰かから借りて散々聴きまくり、もうそろそろ大人になる頃、
あのジッパーカバーが消滅するかもしれないって噂を聞いて、
あわてて、アナログ盤を買ったと思う。

何しろ、たいそうレコード棚に入れにくいレコードで、
常に端っこに収納しておかないと、不幸にも
隣合ってしまったレコードカバーは、甚大なダメージを被るのだ。

さてこの曲、当時からいろいろ噂はあった…。

この曲は、何故だかフライング・ブリトー・ブラザーズの方が
先に発表されていた。そして曲調が、いかにもブリトーメンバーの
グラムパーソンズ印のカントリーロックだった為に、
すわ、ジャガー&リチャードコンビによる盗作か!と
まことしやかに噂された。

実際には確かに、カントリーロックの創始者とも云えるグラムの
存在がなければ生まれなかった曲ではある。

彼がアメリカ音楽に与えた影響力は、チャックベリーや
ジミヘンドリックスにも比肩し得るとも云われるくらいだ。

グラムの名を世界中に轟かせたアルバム=バーズの「ロデオの恋人」
は、全カントリーミュージシャンの尊敬を得ると同時に
目標で指針となるのだが、そんな中にストーンズのキース・リチャーズもいた。

68年にバーズが南アフリカ公演の為の中継地兼休暇で、
ロンドンに滞在した折に、キースはグラムパーソンズを自宅に招待。
そこで彼らは意気投合し、キースはグラムから、大量の
カントリーミュージックのリックや、チューニングなどを
教わったという。

一方、キースはバーズの南アフリカ行きに疑問をもち、彼に
尋ねてみると、グラムはハーバード(中退)のわりには、
アパルトヘイトのことなどまったく知らず、初めて実情を
キースから聞かされ、愕然としたという。

そして南アフリカ公演を彼はサボタージュ=
今流行?のドタキャンをした!。

当然バーズ(ロジャーマッギン)は怒り狂い、即解雇!。
まあ、それ以前にロジャーはグラムの煌めく才能に
嫉妬してたって話も、あながち嘘ではないと思う。

グラムは、アメリカに帰国すると、今度はすぐさまキースが
追いかけてきて、共同生活みたいな感じになって、
その中から生まれたのが「ワイルドホーシズ」。

発表が遅れたのは、ストーンズの自主レーベル発足に当たって、
旧レーべルの在庫処分的編集盤に組み入れられてしまうのを
回避した為。

そんなわけで、まあこの曲のわりと近年の映像が、
なかなか良い雰囲気だったので、そちらをご覧頂きたい。

何と東京の東芝EMIスタジオ!…
たぶん、天王洲アイル駅前の旧寺田倉庫(行ったことはないが)。
しかし今は東芝EMI…もといEMI Japanすら消滅して、
ユニヴァーサルに吸収されている。
この辺の移り変わりは実に早い…
しみじみしみじみ…。.

出だしのミックの声が、一瞬、「衰えたか?」と思うのだが、
全体的にはとても良い雰囲気で、メンバーのこの曲に対する
愛着みたいなモノがヒシヒシと伝わってくるのが
とても良い感じ。

Rolling Stones - Wild Horses


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危険な季節

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Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

高校を卒業した私は、昔風に云うと、
大学入試に「滑って...」浪人することになった。

たまたま実家の近所に予備校があったから、
そこに取りあえず通うことにした。

田舎の事だから、大した選択肢もないのだが、
東京の有名予備校に入学(?)できる
裕福な家の子弟もいれば、ただひたすら
孤独に「宅浪」を決め込む奴もいたが、
結局、輝かしい成果を発揮するのは
そうした強い意志の、上京組と宅浪組。

自分のような怠惰な地元予備校組は、勿論、翌年、
立派な国立大学に合格する者も居るけれど、
途中で試験は試験でも公務員試験に切り替える者も多いし、
三流私立大でOK!?って早い時期に諦める手合いもいる。
そしてさらには、パチプロと化すか、立派な雀士となるか、
さもなくば夜の世界の住人となったり、ケチなバンドマン・モドキ…
に成り果てるか…!?。

そんなある時、その導線はまったく記憶にないが、
たぶん友人に誘われ、私は、とあるオンボロアパートの六畳一間にいた。

部屋の奥の窓ぎわの万年床には、髪が胸元にまで垂れた、
たぶん自分より3つ4つ年上の「キリスト?、いやヒッピーか?」
っていう風体の男が、布団の上にあぐらをかき、西日を浴びながら
一心不乱にエレキギターを弾いていた。

エリッククラプトンの「何だっけこれ!?」って曲?
(たぶんクリームのSitting on top of the World)で、
相当に自己陶酔中のその男を、私は何となく行儀良く
正座しながら聴いていた。

すると、彼のギターのヘッド側の「押し入れ」の襖が
唐突に開いて、中から一組の男女が、今まさに目覚めた
っていう風情で出てきた。

男性の方は知らぬ顔だったが、女性の方は見覚えがあった…。

中学時代の、当時はまだロック好きの…確かT.Rexが好き!
なんて云ってた少女の、それからたった3年か4年後の、
随分と(言っちゃあ悪いが)うらぶれた、安手の繁華街の女...
そんな感じになっていたのと、ちょっとあり得ないような
登場の仕方で、俄に混乱する自分が居た。

しかし向こうは、こちらを見ても眉ひとつ動かさず、
素知らぬ振りをするので、自分も知らぬ振りを決め込んだ。
きっとそうすることが礼儀なのだろう、こういう場合は…?
なんて、ちょっと自分も大人の振りをしてみる…。

押し入れから出てきた男が、私に云った。

「ココに連れてこられたって事は、君、楽器は何弾くの?」

というので、何となく自分がココに連れられた意図を察した。

「ギターだよ」って答えると、彼は無言で押し入れの中から
エレキベースと、小さなベースアンプを引っぱり出し、
私にそれらを手渡しながら、しきりに、向い側で自己陶酔している
ヒッピー氏を指差すのだ。

彼に合わせて弾けってことか…。

どうって事ないブルースだし、ならばジャックブルースなみに
精々煽って挑発してやるか!と、攻撃的な感じでブブブバババと
弾き出すと、ヒッピーは初めて顔を上げ、私を一睨みした。

まずい、怒らせたかな??

するとヒッピーは様々なパターンの曲を次々に繰り出して、
今度は私を挑発する…..私も負けずについてゆき、やり返す…

演奏が終ると、ヒッピーが初めて口を開いた。

「じゃあ、出掛けるぞ…ついてこい」

私はケースもない裸のSGベースと、Guyaの小さなアンプを持って、
2kmほど歩いて辿り着いたのが、大通り(広小路)添いの喫茶店。
えっ、なに、ライヴ? 曲は、譜面は?

ヒッピーさんはまたしても何もしゃべらないまま、演奏が始まり
私は彼の指先を見ながら、キーを知り、あとはテキトーである。

今度はクラプトンでも、ジェフベックでもない、何やらフォーク調の
オリジナル曲?(実際には、PYGとかGS絡みのカバーらしい)
さて、上手くいったか?….いや、上手く行くはずなんて
絶対にあり得ない。何しろとても後味の悪いステージになった。

もう二度とこんな惨めなステージなんて…と思うのだが、
その後何度も呼び出されては、絶対に納得できない、
常に準備不足すぎる仕事の仕方?に手を焼きながら、
何となく…このまま自分は駄目になって、埋もれてゆくのか?…
いい加減で無責任な職業意識の中で、ただただ消費され、
やがて廃棄されるのを待つだけの立場なのか?
どうせ踏みつけられ、埋もれて行くなら、

東京で勝負すべきじゃないのか?

東京に行くには、そうだ大学受からないと…
そうだ、勉強しないと…。

そこに「受験生の本文とは?」なんて殊勝な気持ちはない。
暗闇から抜け出す為にも、今は勉強せねば…!
しかしもう北国は、冬の準備に入る時節となっていた…
ヤバいぞ…。

後年、ヒッピー氏の噂を聞いた。
いい加減な奴だか、そこまではしないと思っていたが、最期は
実際に呼んでもいないメジャーなフォーク歌手のコンサート開催を
でっち上げ、チケット詐欺を働いて、逃げたのか捕まったのか?
それ以後の話は分からない。しかしあのまま自分も流されるまま
彼に従っていたら…と考えると、ちょっとぞっとする。

そういうわけで本日は、そのCREAMを….。
ヤッパリこの『GoodBye』に入ってたライヴテイクが一番凄いけど
ちょっとどこかほろ苦いかな。

Cream- Sittin' On Top Of The World


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コンビニにて

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

体調悪かったんだけどね…
イワナに生ビール…止められまへん。.



実家から最寄りのコンビニに行くまでは、チャリで
1分と掛からぬ距離なのだが、ほんの数秒ながら、ごく軽い
坂道を漕がねばならない。

心臓の(?)調子の良い日は、別にどうってこともないのだが、
何となく今日はヤバいかなって日は、それが異常にツラい。

ツラいどころか、一瞬で強い胸焼けのような状態から、
意識が急激に遠くなり、呼吸も苦しくなって
倒れるというか、路上に崩れ落ちるような感じになる。

一瞬、救急車を呼ぼうか…という心境になるが、
たぶん、路肩に5分も座って、深呼吸などしながら、
息を整えつつ休んでいれば、少しは回復するだろう…
と思って耐えていると、やはり少し回復するから、
そのままコンビニに駆け込んで、崩れ落ちそうになる身体を
なんとかギリギリもたせて、速足でトイレに一目散に
なだれ込む。

ここでまた少し休憩できる…しかしすぐにトントントンと
ノックされ、次にチッ...と舌打ちが聴こえたりする。

少々焦るが、まだこちとらどうにもならない。

何度もトイレの水をゴーゴーと流しながら

「もうちょっとだから、今少し待て!?」

というようなサインを送るが、先方も洗面所の水を盛大に
ジャージャー出しながら、ああだの、ううだのと
声にならぬ声を挙げ、「こっちもそんなに余裕ないんだぜ…」
という意思表示を返して来る。

そんな無言の駆け引きをしてるうちに、どうやら自分も
幾分落ち着いてきたようだ…。

ドアを開けて軽く会釈をする私。
先方も、こちらと目を合わせることもなく、頷いて、
忍者のようにトイレに急ぎ侵入する…。

私はまだ少し足もとがふらつくけれど、取りあえず
所定の買い物をして、帰りは快適に

「人生下り坂最高!」

などといいながら、殆どペダルを踏まぬまま、家に着くのであるが、
実は最大の難所がこのあと…。

自分の部屋は4階…もちろんエレヴェーターなんてない…。

行きも地獄、帰りも地獄…。



前回に引き続き、ロバート・ワイアット…

しかも彼といえばやっぱこれ!ご存知エルビスコステロと
当時の共同作業者クライヴランガーによる珠玉の名曲...
「Shipbuilding」…たぶん当ブログでは2度目の登場…と思う。

コステロはわざわざ、ワイアットの為にこの曲を書き下ろした!
…と、述べているが、勿論、後日しっかりセルフカバーも行っている…。
(しかもチェットベイカー入りで…)

詩の内容は、英国独特の比喩や言い回しが多くて、なかなか
解釈は難しいのだが、時代背景は発表時と同じ1982年。

舞台は「造船業」を生業とする人々が暮らす街…
時の保守党=サッチャー政権の経済失政は、リヴァプールや
グラスゴー、ベルファストなどで未曾有の失業者を出した。

そんな時にサッチャー政権はフォークランド諸島の利権を巡り
アルゼンチンと戦争を始める。にわかに造船の町は活気づくのだが、
造船労働者の息子はその船に乗って、『Task』…戦地へ赴く…。

(大した戦争じゃないから)クリスマスまでには帰って来るよと言って…。
Well I ask you. The boy said "Daddy they're going to take me to
task. but I'll be back by Christmas"

勿論、当時の私はそんな詩の内容など解することもなく、
当時オープンしたばかり?で、英国で発売の新譜は
インディーズも含めて1週間以内に直ちに空輸される!
という触れ込みのレコード店=西新宿の英盤専門店
「UK.Edison」にて、キッカイで、同時に
どこか大好きな画家ブリューゲルを思わせる
12インチシングルのジャケットを発見。

ロバート・ワイアット?

高校生の頃、結構ハマって聴いてたけど、当時はラフトレードの
べンワット周辺とか、あと、「アニマルフィルム」っていう、
動物映画かなんかのサントラって云う、なんだか実験音楽みたいな
ミニアルバムみたいなものをリリースして、買ってみたけれど、
なかなか良いなあとは思ったものの、結局難解なものだから
2〜3回聴いて、放り出したまんまだった。

しかしなんか今回は雰囲気が違う…イデタチ&オモムキが
かつての名作「Ruth Is Stranger Than Richard」にとても似ていたから、
妙な第六感が働いて、購入してみることにした。

12インチシングルは、当時ほぼ一律で1000円だったから、
とても買いやすくて、これで気に入ったらフルアルバム購入っていう
パターンなのだ。

帰宅して早速聴いてみた。

当時はまだしょっちゅう45回転の12インチシングルを
間違えて33回転で掛けて、どよよ〜んとした音にびっくりした
ものだが、それはともかく…

もう大ショックだった。

超名曲じゃないか!なんだこれ??

エルヴィスコステロ作〜…んもう…先に云ってくれよ〜!
なんだよー…そんなの良いに決まってるじゃんかあ!

このPVは随分後になって、たっぱりピーターバラカンの番組で
初めて観たけれど、映像版もヤッパリ傑作じゃないかなあって思う。

コステロもいるし、ヤマハのCP(エレピ)を弾いてるのは、
コステロ終生の相棒(?)スティーヴ・ナイーヴ君だし…。
(銀座のピアノバーで、酔客のリクエストで演歌の伴奏をして
やんやの喝采を受けたという伝説がある…流しのオッサン並みに
何でも伴奏できるらしい!)

Robert Wyatt - Shipbuilding


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何でも屋の運命

DSC00602あ
Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

普段は毎日のように通って、眺めていた蓮のお堀だが、
今年は体調が悪くて殆ど出掛けられず、本日、
今年初めてくらいのお堀の蓮は、もはや閉店間際…。

まあ終わりの美学も、それはそれでまたオツ…なのだけどね…。



バンドマン活動のあと、当人的にはバリバリに無垢な
フレッシュマン(!)のつもりだが、世間的には、
もう随分と手垢の付いた、少々草臥れた24歳の中途採用者の身の上…
それを敢えて拾ってくれたのが、やはり創業したばかりの
貿易屋の社長さん…。

当初は社員20名ほどの超零細企業。

先輩方は、皆、財閥系の大商社出身、貿易のスペシャリスト!
とのことだったが、徐々に、皆それぞれにワケありで
前職を追われ、この零細企業に流れ着いた…
というのが実際らしい。

そこそこ英語が使える以外は、まったく経験もなく
素人同然な私は、当初は当然「雑用係」の

「何でも屋」。

当初はそれがホントにツラくてイヤだった…。
というか、社長や先輩方の尻拭い的な事ばかりに
駆り出される、大体がトラブル処理…。

相手は怒り狂ってる場合が多いし、
そんなタイミングで謝罪にやってくるのが、
またのワケの分からん若造だったりするから、
尚更怒りが倍加するみたいで、なにしろ
ボコボコにやられる(口でだが)サンドバック状態。

ところがその「何でも屋」ほど強いものはない。

会社で取り扱っているすべての商材とその真実の評価、
お得意先様の顔やキーパーソンの性格を含む特徴。
そして諸外国の関係取引先との通訳を含む連絡係と
来日時の接待担当…。

気がつけば、社員の誰よりも会社を取り巻く状況の
そのすべてを掌握する男…。

気がつけば、社内も社外も、その繋がり=ネットワークの中心は、
自分という感じになっていて、大きな発注や秘密のプロジェクトに関する
裏情報などが、各担当者間ではなく、先方のその周辺社員、
女子事務員…などから、なんとなく私のところに
情報が集まるような状況になっていた。

そうしたわけで、さらに10年が経ち、新社屋も竣工し、
社員数も当初の5倍くらいに膨らんだ頃、私の役職は
会社のナンバー2(専務取締役)になっていた。
まあ、社外取締役という、厄介な老人方もたくさん居たけれど…。

さて、何故こんなどうでも良いような、愚にもつかぬ話を
思い出したかというと、今朝、その元の社長のご家族(息子氏)から
電話があって、社長が先月亡くなったことを知らされた。

しかし先方のご家族には、それぞれにのっぴきならぬ
事情があって、位牌とか、飼い猫まで…引き取り手がなくて
困ってるのだそうだ…。

そこで位牌の守役、奉い役を私に….という話だ。

まあ、実際には、事情も分かっているし、位牌くらいなら、
自分が以後、我が家で奉るのも、やぶさかではないけれど、
やはりそれは筋違いというものではないだろうか…?。

ここは事情があるとはいえ、実の親子なのだから、
私は何が何でも辞退して、親子の絆を断ち切らせてはならぬ
と、思うのだ。(生前、元々切れていたとはいえ…だ)

そうしたわけで、諸事に詳しいヒトの助言を享ける為、
少々の猶予が欲しい…としたのだが、はてさて…なのである。

まったく、厄介事はいつも自分のところに頼みにきては、

「頼むよ、後生だからさあ、恩にきるからさあ…」

いつもそんな親子であったなあ…。

亡くなっても、そうしたことが続くわけね…
もはや自分の運命かな…?。

ちなみにもうひとつ、父方の祖父の墓の問題が今自分に
降り注ぎ始めている…。

墓は兵庫県某市なのだが、一度だけ詣ったことがあるけれど、
土葬が風習らしく、墓は小さな花壇くらいの面積という印象があった。

今はもう殆ど関係性のない本家当主(祖父の兄のひ孫…もはやお互いが
どういう続柄かすら分からない….)から、墓守に掛かる寺への
寄進云々とか、経済的なことも含めて、墓所を撤去したい…
という申し入れがあって、ちょっと困ってたりする…。
(数十年前に墓土の一部は、当方の墓に移転済なのだが…)

ウーム、そういうややこしいお年頃なのかなあ…。



「ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)」っていう
アルバムがある。自分にとっては、もしかするとビートルズ本体の
アルバムよりも重要な意味を持つ名作アルバムなのだが、
不覚にも、中学生の頃、私はすぐにはこれが買えなかった。

A面トップに収録されている『MOTHER』っていう曲の
シングル盤は持っていたし、他の何曲かも、ラジオなんかで
知っていたが、これも不覚すぎて恥ずかしい限りだが、
ジョンの重要曲「LOVE」は、当時ヒットしてた、コーラスグループ
「レターメン」のカバーで先に知っていたりする…。

買おう買おうと思ってるうちに、次作アルバムの「IMAGINE」が
発売されてしまい、多くの仲間がこれを購入した。

そうかみんなこれを買ったか…それを見届けると、私は迷わず
このもはや旧譜となった「ジョンの魂(通称じょんたま!)を
遂に購入するのだ。(「Imagine」は仲間から借りて聴けばよい!)

以来、このアルバムの虜である。
全部好き。

そしてLoveも、言っちゃあ悪いが、レターメンの凡庸なカバーなど
足もとにも及ばぬ、素晴らしい出来映え…。

この簡素で、救いようがないほど孤独で無機質な世界観…。

そして時は過ぎ、大好きなロバートワイアットがこれをカバーした。
確かに世界観はジョンのそれとは相当異なる…。
しかしそこには彼らしい、すべて達観したような「LOVE」がある。

そんなわけでとても久々、凄く良質なジョンのカバーに
出会えた、そんな心境なのだ。

Robert Wyatt - Love


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規律と体罰

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

バンドマンとして、いよいよプロの現場に居合わせる
ことになった最初の頃、さほど急ぎではないのに、
準備が遅すぎるぞ!と、バンマスからクレームをつけられたことがある。

知り合いの歌伴バンド(普段はジャズメン)ではあったけれど、
こちらはトラの立場で、まあゲストといえばそんな感じなのかな?
などと、自分で勝手に思いこんでいた。

しかし、何しろ一番若輩者だし、駆け出しでもあるから、
楽器車が到着したら、ボーヤさんたちと一緒になって、
随分とかさばるドラムキットや、スーツケースピアノとは言いながら、
一人では絶対に持ち運べない超重たいエレピなんかを次々ステージに搬入し、
シンバル類を並べたり、キーボード類を、セーノ!...で任意の台に載せたりと
セッティングも手伝いつつ、さあいよいよ自分の楽器のセッティング…
と思って、エフェクターなどを順次繋ぎ始めた頃、無情にも、
リハーサルは始まってしまうのだ。

すっかり置いてきぼりの私は、えー待ってよ、まだ準備が…
遅いの?、ギターならチューニングもいれて2分でやれって!?

セッティングにもたつく分、貴重なリハーサル時間が少なくなる…
あるいは、セッティング完了後即本番!っていう場合も多い?…。

いずれにせよ、バンドマンとして当然の搬入搬出の手伝いも、
自分のセッティングも、キチンと自分でマネジメントして、
最低限、他人に迷惑をかけないのが、バンドマンのイロハのイ…
心得とわきまえよ!。

それまでの学生気分とは明らかに違う、
これが、規律正しい職業人としてのバンドマンの現場…。
甘えは赦されないみたいだな….引き締めて行こう…
そう学習するのだ。

さて、手前勝手に予定時間を大きく超えたアドリブソロ…。
ドラマーに与えられる小節数って、楽器の都合上そう多くはないはずだ。

プロの現場ではないにしても、ヒトマエで入場料と取って
演奏を聴かせれば、その段階で立派なプロミュージシャン。
その自覚をプレーヤーは、中学生といえど持たねばならない。

現実に将棋でもサッカーでも、中学生で大人に混じり
一切の甘えなく勝負の世界に生きているヒトは
今はもう珍しくはない。

ましてや音楽は、人々に自由奔放な発想や空気を喚起する分、
内部は息苦しいくらいの規律第一主義っていうか、
音楽自体も、決まり事がもの凄く多いって云うのも、
ジャズやクラシックの特徴だ。

好きなようにやりたいなら、そんな自由が大好きな者同志が
一切束縛などされない密室にでも籠って、客など入れず、
勝手に飽きるまで音を出せばそれで良いだけ…
誰も止めはしない。

学校部活などで、権力を持つ側が、弱者を痛い目に遭わせて
自分に服従させよう、とか、連帯責任で、権威を誇示しようとか…
そんなこととは根本的に違って、まさに他者に対して
大迷惑なことをしでかしていて、しかも注意してもやめる気配もない場合、
最小限の暴力を行使してでしか、その場を抑えられない…
と思う。

まさにそうした現場であることを如実に示したのが
某世界的コルネット奏者の主催する中学生バンドの事件。

ビデオは何より事態を雄弁に語っていた。

そして人々は云うのだ…

何があっても絶対に暴力はイケナイ…
暴力はなんの解決にもなり得ない…。

では、この場合の正解はいったい何なのだろう??

コレに関しては、一応教育機関の側からの正解は出ている…。

なんと…「抱きしめて止める」…なのだそうだ。

確かに平手打ちではないけれど、あえて言い換えれば

「やさしく羽交い締め…」

暴力に変わりはないように思えるのは、
私だけだろうか??



Pocoである。中学生の頃、結構シングル盤を入手して聴いていた…。

バッファロー・スプリングフィールドで活躍した二人、
リッチー・フューレーとジム・メッシーナ…その、両巨頭が結成した、
カントリー&ロックなバンドであるが、著名な二人の強い個性と云うか
その「専制政治」が気に入らず、ベース兼コーラスのランディ・メイズナーは
デビューアルバム制作中に脱退して、イーグルス結成へ…。

やがてメッシーナも脱退してロギンス&メッシーナを結成したり、
リッチーフューレーも結局は順次脱退…。

バンドはいつしか、同一志向の後発バンド「Eagles」に
すっかり水をあけられ、その差は開くばかり。

それでもPocoは地味ながらコンスタントにアルバムを
発表するのだが、スターの抜けた状態は、
「でがらし:だの「ぬけがら」だのと
揶揄され、はっきり云えば低迷を続けるのだ。

しかし.残ったメンバーの成長と奮起で.サウンドはより洗練され、
作品も後期の方が、相当に健闘した、素晴らしい作品を
生み出していたように思う。

今日の「シマロンの薔薇」は、殆ど世に知られてないかも
しれないけれど、あのホテルカリフォルニアより1ヶ月前に発表されている。

勿論あっちは、良く知らないが、たぶんビルボード誌何週連続一位!
なんてところだろうが、こちらはビルボード最高94位だぞ…!?。

まったく勝負にならないけれど、「シマロンの薔薇」…
欲目かもしれないが、まったくイーグルスに
完成度で劣るものではないと思っている。

ちなみにベースのティモシーB.シュミット…。
このあと直ちに売れに売れたイーグルスにヘッドハント…
しかし、Pocoでの彼の重要な立ち位置ほどの役割は、
イーグルスでは遂に見つけられなかったように思う。

この曲は案外長いので、敢えてショートなヴァージョンをチョイスした。
フルヴァージョンはもっと感動的に仕上がっているので、
機会があればそちらも聴いてみて欲しい(YouTubeにもたくさんあるようだ)

Poco - Rose Of Cimarron(シマロンの薔薇)


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熱狂の作法

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Music Bar Portoに集う、不良中高年の野郎共…じゃない、
地元ベテランミュージシャンのお歴々の方々…。

今朝は4時半まで、灼熱のサウジ戦中継を見届ける…。

日本は、既にW杯出場を決めているとはいえ、
いつもながら熾烈だった最終予選の最終戦…
時間帯が悪くても、翌日早朝から大事な会議があるとしても、
万事キチンと繰り合わせつつ、試合を見届けるのが、
正しいサッカーファンである…

…と、勝手に決め込み、代表戦のときはいつも、
試合直前にキチンと入浴して身を清め、
ソファーの上ながら、正座して代表選手たちと一緒に

国歌斉唱…。

ちょっとヤバい街宣車系の人…みたいだが、
サッカーに関しては、それが流儀だと思いこみ、
長年続けたこうしたルーティンを自分が破ると、
あっさりチームは負けてしまう…と思い込み(何度も負けてるけど)
ただひたすら、たぶん死ぬまでこれを続けるだろうな...っていう、
バカなオヤジなのである。

ちなみに試合中は、盛んに独り言を云うし、
時には罵詈雑言を浴びせたり、泣いたり喚いたり
とんだりはねたり、頭を抱えてうずくまったりと、
賑やかというか、ちょっと気の触れたオヤジ状態…
になるが、家族は慣れたもので、醒めた目で
一切無視…。

その無視こそが、我が家(秋田も東京も)の暗黙の
ルールなのである。

ちなみに実際のスタジアムで代表戦観戦というのも、
70年代から、もう何十回?もあるけれど、
何しろ周囲の数万人の観衆が、同じようにそれぞれに
ブツブツブツ…と一斉に独り言を云ってるのが、
あの会場の実情なので、自分は意外とおとなしく
押し黙ってしまったりもする。
(7〜80年代は国立競技場なのに、観客数は何百人?だが…)

テレビではゴール裏の派手な応援サポーター達しか
写らないけれど、一般席の必ずしも贔屓のチームの
ユニフォームなんか着ていない観客によるブツブツ独り言問答や
嗚咽なんかも、実は不気味なほど半端ではないものなのだ!

これが拮抗して固唾を飲む試合など特に、
客席は真剣にボールやフォーメーションを注視しながら
シーンと静まり返る。そんな中、くちゃくちゃと
ノンビリ弁当を食ってたり、オバさんたちが、
まったく試合と関係ない世間話などしていると
周囲の苛立ちが、その方々への攻撃性に変わって...

「うるさい、黙れよ!」「弁当食うな!」「傘さすな、トーシロ!」
「痴話げんかは家でやれバカ!」そんな罵声を浴びる…。

或いは周囲から散発的に、チッチッチッ…と
舌打ちの音が360度方向から、そんな場違いな方々に対して
手向けられるのだ。

また東京の観客はあまりしないが、たまに周辺都市の
スタジアムなどに行くと、緊迫して、観客も神経が
テンパり気味のところに、突然「ウェイヴ?」が
始まったりすると、ホントに腹が立つ!。

今じゃないだろ、空気読めよ馬鹿者ども!。

というわけで、ウェイヴはすぐにそうした
頑固な波消しブロック人間達によって、
スタジアムを一周することもなく、瓦解するのだった。

たまに野球観戦に行くと、自分も試合などそっちのけの
人間観察が実に面白い。

本当に真面目に集中して試合観戦してる人って、
座席の種目にもよるけれど、内・外野席にはそんなに居ないようで、
みんな思い思いに楽しみ、そして見事にゲームに飽きている。

特に贔屓じゃない側のチームが攻撃の時などは、
ビール片手に宴会があちこちで始まったり、
「センパーイ、訊いてくださいよお…」などと、
会社の上司の愚痴をクドクドとからみ始める者…

子供等は試合に飽きて、そこらを走り回ってたり、
どこにでもいる、しきりに何かむしゃむしゃ食ってばかりの男…

席を立って、球場ロビーでモクモクと煙を吹き上げながら、
テレビ観戦する群衆。

わざわざ敵側の応援席に紛れ込んで、アンチな応援を展開して、
サッカー場なら物騒な事件になりそうに危険な行動をする人間等々、
同じ国民性なのか?とさえ思ってしまうほどの、
文化の違いに驚く。

勿論、人も競技もそれぞれで、一括りに作法とはこうである!
なんてナンセンスに違いない。

ただちょっとね、サポーターをブースターとか、アウェイを
ヴィジターとか、あとメートルをフィートに、ポンドをドルに…(あれ?)
そんな言い換えは、ちょっと女々しいなあって思うが、それも
アメリカという国の独特の屁の突っ張り=無手勝流文化
だったりするわけで、他の面でも、他国となかなか折り合おうとしない
自分ファーストの困った国なのだが.まあ….それはそれか…!
なんてね、蛇足だね。



コマンチ族の父とカイオワ族の母を持つ生粋のインディアン=
ジェシ・エド・デイヴィス…。

1968年発表のタジマハール旅団!に参加して、プレーした
ステーツボロブルースの、ジェシの見事なスライドギターを聴いて、
あのデュアンオールマンはスライドの練習を始め、やがて
ステーツボロブルースをカバーした…なんて嘘みたいな本当の話。

我々の世代では、ジョージハリスンのバングラデシュコンサートに、
エリッククラプトンのトラ…というか、アル中でヤク中の何とも世話の焼ける
彼が現れなかった場合の保険として雇われたジェシ…(結局エリックは現れたけど…)。

それでもヤッパリ、ひと味違うというか、職人ハダシの
スライドテクニックに、我々は中学生ながら充分にその味わいというか、
違いが分かった圧倒的な技術力…。

そんな感じで、既に名盤の誉れが高かった彼の2枚のソロアルバムだけど、
いかんせん、廃盤なのか、ハナから国内盤は発売されてないのか
一向に分からないまま、遂に店頭に出ずに聴けず、やがて、
たぶん3作目?の、このアルバムで、やっとその音楽に触れられ
めでたしめでたし!と、そんなジェシエドデイヴィスなのでありました。

彼が凄いなあと思うのは、彼の師匠筋のタジマハールは勿論、
レオンラッセルとかジョージハリスン、エリッククラプトン…
なんかに至るまで、師事または共演した人々の影響を
キチンと自分の血肉として受け継ぎ、表現している…って、
ある意味の律儀さ&素直さにとても敬服する…。

この曲もたぶんタジの曲で、カバーになるけれど、
彼と袖すりあった、様々な人々の影響を随所に感じることが出来て、
聴いてて楽しい曲でもある。

あまりのたくさんの影響を受けすぎたか、彼らの煩悩や業までも
背負わされてしまったかのように、46歳で早世するジェシ。
ちなみにクラプトン周辺は、当人はいたって元気だが、
周辺はスベカラク早世…やっぱりね…怖いねあの御仁の
凄まじい煩悩は…。

Jesse Ed Davis - Bacon Fat


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PortoでPorto...

DSC00302a.jpgCarl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

PORTO@パティオ広場

誰のせいだか知らないが、言っちゃあ悪いが
静かで美しく涼しげな街…裏を返せば、
寒くて地味で暗い?わが故郷=秋田の街だが、
それでも年に何度か….活気に満ちて華やかな日がある。

竿燈祭りとストリートの音楽祭.「PMA(Power Music Akita)」。

ストリートのあちこちの広場で鳴り響く、様々なジャンルの
アマチュア音楽。今年で13回目を迎えるそうだが、
何故だか私はその第1回目開催の時、偶然にも秋田にいた。

人生で初めての大病をした。ある朝突然、下半身の感覚が
まったく無くなって、起き上がれなくなった…。

検査の結果、背骨の内部にヘルニアが出来たらしい。

それ自体は痛くも痒くもなくて、なんの自覚もないのだが、
それが徐々に骨化して固まって行く過程で、腰から下の動作を
司る神経の束(マルチケーブル?)を押しつぶし、
早い話が脳からの通信がとても微弱になってしまったという
そんな病気。

風呂に入っても、まったく熱を感じず、湯船がお腹まで来て
突然「あっちっちっ!」って、そんな感じ。

手術でなんとか骨化したヘルニアは切開できたものの、
神経と云うのは厄介で、電気ケーブルのように復旧したから
すぐに通電完了!というわけに行かず、毎日の歩行訓練などの
リハビリによって、ゆっくりと機能回復する。

そうしたわけで、故郷の実家に戻り、杖をつきながら、
その時点でほぼ30年ぶりとなる故郷の街を、毎日徘徊…
いやいや散歩してたという次第。

そんな中で、幼馴染みでエリートサラリーマンのヨッちゃんと、
イタメシ屋オーナーのタケシが、アコースティック・デュオを組んで、
路上イヴェントに参加するから、オマエも応援に来い!

それが思えばこの音楽祭の第1回。

その年のうちに私はリハビリを終え、帰京し、再就職…。
新しい仕事は、もしかしてこれが天職かもしれないって程、
上手くハマって、燃えながら取り組みつつ、5年勤めて、
翌春から、遅咲きかスピード出世かよく分からん状態の「営業課長」
の内示を受けながら、寒い朝、心臓疾患で倒れ、手術後、
再び帰郷してリハビリ。

5年ぶりの故郷では、PMA音楽祭は規模を拡大し、
立派に開催を続行していた。

タケシちゃん経営の、イタメシ屋の屋号「PORTO」を
冠した2人組のアコースティック隊は、地元バンド界の名手(!)を
ずらり揃えた、2つの金看板バンド=ブルースバンドの「PORTO」と
ポップバンド「August Moon」で、大きな成長を遂げていた。

そしてさらに数年経つと…既にストリートバンドの聖地の
ようになっていた「パティオ広場」の写真左の階段を
トントントンと登ったところに、タケシちゃんの新しい
「Music Bar Porto」がこの春オープンした。

だから今年からは、PORTOの演奏を聴きに、PORTOに行って、
PORTOのオープンカフェで生ビールを呑みながら
しばしオーダー停止状態で、ステージで朗々と唄ってる
シェフでオーナーの姿を観ながら音楽を楽しむ…っていう、
まあ実にのんびりとした休日の風情なのである。

DSC00539あ
August Moon "JAM Session"@Music Bar PORTO
打ち上げPARTYも当然@PORTO…メンバー入り乱れての
楽しいジャムセッションの夜となった。



さて、体調が体調なもので、あちこち移動して様々なバンドを
チェックすることは出来なかったけれど、それでもいくつかの
バンドを観た(聴いた)上で感じたのが、我々の現役時代と違って、
皆アマチュアとはいえ、随分と高額な楽器を持っているし、
サウンドも格段に『CD』に近いハイクオリティなモノ。

それなのに何か伝わってこないのだ。

ココでシノゴノ、その原因を究明させてもらえば、それだけで膨大な
ページ数になってしまうから、ココでは控えたいが、そう云った諸々を
完全に超越した、云ってみれば「無欲の潔さ」というか
「肩の力がすっかり抜けた音楽」、みんなで楽しもうよ!、しばし
浮き世のツラいことなんか忘れようぜ!....そんなバンドが
PortoでありAugust Moon…そして、前回に続けて登場のニックロウ!

1980年頃といえば、ポストパンクやオルタナロック萌芽の時代。
皆が皆、アオスジを立てながら、新しい音楽の模索と探求に血道をあげていた
ある意味、もの凄いエネルギーに溢れた、肩肘張りまくった時代…。

そんな中、ふらふらっと現れて、原初的でギミックなどまったくない
シンプルすぎる演奏で、自分など相当にぶっ飛んだ記憶があるけれど、
そんな余計な力の向けたバンドを、無意識に今も捜してる…
そんな感じの、そろそろアラ環のオヤジ…いやジジイなのである。

Nick Lowe(Rockpile) - Cracking Up


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とにかく良かったホッとした

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

まっ、[祝]ワールドカップ・ロシア大会出場決定!!

いやはや、メデタシ・メデタシ!!

というわけで、すっかり涙腺が脆くなったオジサンは
もはや恥ずかしげもなく、何故か両手拳を
五十肩もなんのそので振り上げつつ
号泣しておりました…。

いつのまにやら、もう6大会連続ですって…凄いね…。

オールドサッカーファンなら理解してもらえると思うけど、
かつて、ワールドカップどころか、今と違って
アマチュア選手しか出れなかったオリンピックにすら
日本は予選敗退で満足に出場できない、
長〜いトンネルみたいな時代があって、さらに格上の
プロ選手達によるワールドカップ出場なんて、
全員アマチュアの日本代表など、まったくお呼びじゃない、
夢のまた夢の舞台…。

たぶん自分が生きてる間に出場機会を得るなんて
ことはないんだろうな!?そう思ってた。

最も近かったのは86年メキシコ大会の
木村和司が活躍したアジア予選…なんて言われるけれど、
実際には、たまたま韓国戦が惜しい内容だっただけで、
正直、まだまだ世界どころか、今にして思えば
想像できないかもしれないが、香港や台湾、背番号が
まだクレヨン手書きだったインドチーム(逆にオシャレ?)
にさえ、容易に勝つことが出来ない弱体チーム…
それが日本代表!?だったのだ。

本当に「おやっ…もしかして行けるかも??」と
初めて可能性を感じたのが、ハンスオフト監督を要した
94年アメリカ大会の、いわゆるドーハでの最終予選を闘った
カズがいてラモスがいてゴンら…がいたあのチーム。
結果は…また泣けてくるので言いたくない…。

そしてその次の98年フランス大会から、昨夜の決戦に至るまで、
安定して連続出場中…。

ホントに素晴らしいし、アジアの国々が日本国に対する憧れ、
羨望の眼差しを手向ける、その第一が、経済大国とか、
アニメ大国…とか云う以前に「Wカップ出場常連国」としての
日本に対する憧れであるのは、まぎれもない事実なのである。

まさに、我々が子供の頃に、羨ましいなあ、凄いなあと
憧れたのがアジアのサッカー最強国「イスラエル」と「トルコ」
であったように…(今はどちらもヨーロッパ組!)。

ちなみにだが、昨夜の日豪戦、勝ったから良いようなものの、
もし敗れていれば、もうそれは大変なことになっていた…。

ハリルホジッチ監督更迭は当然としても、もはやあとがない
崖っぷちの灼熱のサウジアラビア戦…観ているだけの立場の
国民全員が、胃がキリキリと痛むような消耗戦…
考えただけで息苦しくなる。

そして万が一そうなった場合、最も危惧していたのは、
これで向こう4年間、日本のサッカーは火が消えたように
様々なことが減速、または停止してしまうに違いない。

サッカー絡みのプロジェクトは頓挫し、あのtotoBIGだって
当選金6億円じゃなくなって、3億円くらいになっちゃうかも
しれないし、完全に牛歩ながら計画がやっと始動し始めた秋田の
J2準拠のスタジアム建設案(現在J3首位なのだが、今年のJ2昇格は既に辞退!)
も、あのいかにも興味なく、不服そうで動作や発言が緩慢な
秋田県知事なら「中止だ中止…ああいがった!」と、
小躍りして言いかねないなあ…そんな危惧が頭をよぎっていたのだ。

だからホントに、色々な意味で、昨夜の勝利…

ホントに良かった!!!。



サッカー好きロックアーティストは、当然英国系の人ばかりだが、
かなり多い。有名なところでは、ロッドステュワート。
元々、英国リーグ2部(当時)のブレントフォードに所属するほどの
腕前(足…?)だし、エルトンジョンは、トップリーグに何度も昇格した
強豪のフルハムを購入し、オーナーとして時のスーパースター
「ジョージベスト」を、マンチェスターUTD.から引き抜いている。

ピーターガブリエルもサッカー好きで有名だし、意外なところでは、
ピンクフロイドのナイスペアーっていうベスト盤には、
ヴァンダーグラフジェネレーターチームとの試合写真が載せられ、
ブリンズレーシュウォーツのアルバムカバーにも、対VDGGチーム
との写真が載せられている。みんなそれぞれ楽しそう!?

ってなわけで??若干こじつけっぽいけれど、
ブリンズレイシュウォーツでは一番好きなアルバム「Silver Pistol」から
若きニックロウの声も優しい「ナイチンゲール』を…。

ちなみにいつの時代か忘れたけれど、ニックロウの
来日公演パンフレットに「好きなサッカーチームは?」って質問に
「イングランド代表」って答えてた…ガスコインとかガリー・リネカーの時代...
ワオ!

Brinsley Schwarz/Nightingale


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