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ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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奇妙な行動

DSC08030.jpg
Carl Zeiss Jena 'Tessar' 2.8/50 (1960's)

まあまあ晴れてはいるんだが、光の量が夏に比べて
半分くらいに落っこちている。

はてさて、小春日和(寒いが)とはそんなものであったかと、
もうだいぶ長く生きてきてるのに、近頃やっと
そういうことに気付き始めた、相変わらず情けない
ポンコツオヤジなのである…。

ちなみに鷹の眼!といわれるほど、シャープな画で
おなじみ(?)のテッサーだが、あいにくと自分が
ヤフオクで買った時は既に「絞り羽根」が壊れていて、
開きっぱなし!(たまに動く?)だから、常にF2.8固定!。

だから、未だにテッサーの鷹の眼たる由縁というか
真価を、自分は知らないままだから、自分にとっての
テッサーとは、わりとふんわり柔らかい写りのレンズ…
鷹の眼というよりは鳩の眼(?)と、ちょっとおかしな
評価だったりするのだ。



今年になって急に、間もなく84歳になる母親が、
惚け始めている。

殆ど毎日財布をなくす…。部屋の外に出てないから、
家のどこかにある筈なのだが、なくすのだ。

これまでの発見場所から、概ね推測する。
一番多いのが、冷蔵庫の中。二番目が洗濯機の脇。
さらに靴箱や、ベッドの下、何故か猫の缶詰や
トイレ用品を収納してる箱の中だったり、階段に
落っことしてることもある。

そして何より私が最も危惧しているのが、
ゴミ袋の中…。それも過去に何度かあって、
おかげで毎日のゴミを捨てる際には、
財布の所在をかならず確認せねばならなくなってしまった。

で.本日は…昨夜一晩捜しても見つからず、殆ど
諦めかけていた今朝になって…戴きモノの
「薄皮饅頭」の空箱が、冷蔵庫の上に無造作に置いてあったから、
捨てようとしたら、あれっ….中に何か入ってる!?....
で、財布発見…。中には絶対財布に入れるなとキツく
私が云ってたキャッシュカードや通帳までご丁寧に入っている…。

長年の習慣は分からぬではないが、長年経験しえなかった
脳の変調が今まさに…。そこをしっかり理解して欲しいのだが、
分かってるのか、分かってないのか?..。

東京にいる家人に云わせると、絶対に怒ったり怒鳴っちゃ駄目だ!
って云うけれど、自分にしては珍しく、イラついて怒鳴ったり
してしまうのが現実だ。

特養系の施設とか、老人ホームでのイジメというか、暴力問題が
頻繁に報道される昨今だし、何故、自動車教習所の教官は、
他愛ないことで、あれほど興奮して怒るのだ?....何て思うけれど、
時々、ハッと我に帰ってみると、案外、他愛ないことに大興奮して
怒鳴り散らす自分に気付き、何とも云えぬ後悔の念に
襲われたりするのだ。

怒りのメカニズムって、経年劣化によって、何かが欠乏した結果だ
って、何かで観たか聞いたかしたことがあるけれど、
なんだったっけね?....何て思う昨今なのである。



別に自分はジャクソンブラウンのファンというわけではない。
しかし全くの例外というか、この曲での「化けもの」こと
デヴィッドリンドレーと共演したこの珠玉のテイクだけは、
たぶん、自分の人生を通じて、最高の演奏ではないか!
とさえ思う「名演」でありつづけるのだ。

高校生の頃は、うっすら、「ジャクソンブラウン?あああの
”気楽に行こうぜ"(TakeIt Easy)の人ね!」...と、
漠然と存在は知っていたけれど、アルバム丸ごと聴いて、
惚れたアーティストではなかった。

確か、当時はまだNHK-FMで.夜7時から50分間は、
平気で話題の新作ロックアルバムが1枚丸ごと
STEREO放送されていて、格好の情報源だったし、
これの為にしょっちゅう1本900円也の、高価な
7号リールのオープンリールテープを買い求めていた気がする。

プロ用のツートラ・サンパチ…というわけにはいかなかったが、
半分のスペックの4トラ19…っていう一般的なポテンシャルだと、
テープの表と裏に約2枚のアルバムが収納できるし、音質も
勿論レコードに匹敵…というほどではないが、カセットよりは
はるかに良い!ってことで、大事なエアチェックはオープンリール.
それほどでもない、もしくはAM放送はカセットテープでって言う
使い分けが出来ていた時代だった。

これで、ある夜、ジャクソンブラウンの新作アルバム
「Late For The Sky」の放送に虎視眈々、オープンリールの
cueボタンにヒトサシ指を掛け、準備万端、備えていたのだ。

しかし、アルバム冒頭のタイトル曲を聴いた瞬間に、
はっきりと感じたのだ…このアルバムは、何としても
買わねばならぬ!。はっきりと、自分を呼んでる声が
聴こえる!買わなきゃ駄目だ!そしてこのサウンドを
心して学ぶべし….と!

当時所持してた日本製G社のレスポール型のエレキギターと、
楽器屋に行って買い求めた、ガラス製のボトルネックで、
1音1音コピーして練習するのだが、どうしてもうまく再現が出来ない。
レコードのような、柔らかくて太い音が出せないのだ。

しばらくすると、デヴィッドリンドレーが弾いているのは、
ナショナル・ラップ・スチールっていう、ハワイアン用の
いわゆるペダルスティールではない、膝の上に乗せて使う
スティールギターだと判明…。そう云えばビートルズ映画の
Let It BeでジョンレノンがFor You Blueで使ってたあれか!

そんなことで、いつの間にか、あっさりと
諦めちゃった気がする…(情けないね)。

しかし、この時の名演再び!とばかりにリンドレーのアルバムは
新作が出る度に聴いてきたのだが、一向にこの時を上回る
(と思われる)ものがないのだ…。

80年代に、アムネスティだったかなんだか忘れたけど、
神宮球場でロックフェスティヴァルが開かれて、オオトリこそ
ピーターガブリエルだったが、昼間の早い時間帯に、この
ジャクソンブラウンとデヴィッドリンドレーのデュオステージに
自分は異常な好奇心を持って現場に臨んだのだが…
普通にドブロのスライドとかでお茶を濁されて、
まったく期待に添うものではなく、それ以外のライヴレコードや
海賊盤にまでも、くまなく耳を傾けたが、このレコード以上のものに
ついぞ出会ったことがないのだ。

それだけこれが「奇跡の名演」って事なのだろうか??
まあ、そういうことなのだろうね…。

Jackson Browne - Late For The Sky


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隣の芝生

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

家のPC(メイン機)は、間もなく10年落ちとなる古~いiMac。

何度かOSをアップグレードしてはいるが、それでも
4年前くらいのヤツで、OS自体になんの不都合もないけれど、
そろそろブラウザソフトとかの「サポート切れ?」
とかナントカで、「イマドキOSなんてタダなのだから、
いいかげんにアップグレードしなはれ!」と、盛んに
ネット接続すると忠告というか、脅迫されるから、
ちょっと…やってみた。

なあに、駄目なら元に戻ればいいだけ…。

現在最新MacOSは 本来OS10を表すXの最高値OS X 10.999…を
遥かに超えて、10.13.4(17年10月時点)っていう、
あり得ない状態になっている。

本来OS11を名乗るべき、ドラスティックかつ斬新なOSが、
いまだ開発されてないApple社の苦しい現状というのが、
ありありと見て取れる。

社員も経営者たちも、皆が皆スティーブ・ジョブスの亡霊に
怯えているのだろうか?

「ああ、これじゃあ、また駄目出しされる…」

「オマエら全員無能だあ、クビだあ!」....って具合に…。

OS Xはネコ科の猛獣(タイガーとかライオンとかレオパードとか…)の名前が
コードネームになってた筈だが、10.10を超えると、どういうわけか
アメリカの景勝地の名前となった。

ちなみに最新の10.13は「MacOS High Sierra」…
西部劇で有名な「シエラネバダ山脈」の事らしいが、
もちろん行ったことはない…。

マック(Apple/Macintosh)との付き合いは、何度もここで触れてるけれど、
80年代の終わり頃、ちょうど年号が昭和から平成に変わる頃だから、
もう随分と古い。

元来のへそ曲がりというのもあるけれど、まだWindowsなんて
実用レヴェルじゃなかったし、PC少年にはNECの98-DOSが人気の
ようだったけれど、一度モノクロ画面の恋愛シュミレーションRPGとか
言うのを見せてもらった時、ああこんな世界観には付き合いきれないなあ…
って言うわけで、少々高額だったが、「大人っぽい?」MACを
選択したのだった。

やがてウィンドウズ95っていうのが発売され、
脚光を浴びていた頃、隣の芝生的に、その95が、
もの凄く機能多彩で、とにかく何でも出来る凄い奴で、
とても麗しく見えて、ガシガシと自分に迫り、誘惑して来る…。

結局その誘惑に負けて、大枚50枚ほど掛けて、某国産家電メーカーの
ノートパソコンを購入し、ついでにメモリーもMAX…にした。

しかし、カタログ通りの動作は一応はするものの、なんとなく
上辺だけチャラいぞって感じで、憧れの95はとても
繊細というのか、何しろ不安定で、ストレス負荷がもの凄い。

家人曰く「あなたはウィンドウズにしてからブツブツ独り言が増えたわね」

…○△違反です。管理者にお尋ねください…ハイハイ分かりましたよ、
ところで管理者って言うのは、どこのどなた様ですか?
連絡先を教えていただきませんかねえ?Windowsさんよ…こんな感じ。

結局、半年間に2度入院して、2度目が戻って来る間に、自分はもう
勘念して、最新というよりもAppleの定番機種を購入し直すと…

ああ、ただいま、やっぱ、マックは落ち着くぜ!

アプリは定番的なものばかりで、最新で多機能!とは
言い難いかもしれないが、このまったりした落ち着いた感じ...
なにしろとことんシンプルで、殆どトラブルのない安定動作…

都心のワンルームのデザイナーズマンションから、
田舎の広々した古い邸宅に戻り、くつろぐ感じ....??

今に比べて昔の方が優れてるなんて、口が裂けても言えないけれど、
かつてのクラシックOSの時代は、メモリーが簡単にアプリに
振り分け出来たから、少ないメモリーでも、OSが動く最低値
を残した残り全部のメモリーを、例えばフォトショップや
イラストレータに一旦割り振ることで、重たいでお馴染みの
Photoshopが、意外にきびきびと動いたり、大きな写真加工が扱えたりと、
工夫次第で便利さを容易に実感できる、楽しいシステムだったから、
そういう設定の自由度も、マックが愛される理由の要因でもあったし、
グラフィックに強いマックという称号も、ここらの機能に起因する
ものではなかったかと思われる....早くからポストスクリプト用フォントに
対応してたから、印刷物も格段にキレイ!ってことも大きいけれど...。
(今はWindowsと同じメモリの自動マネジメント化で、面白味はなくなってる)

確か起動音も、自分で弾いた変なEno風ギターコードに差し替えたりもしたなあ。

さて、最新OSである…辛うじて動くようだが、どうも動きが堅いし重い。
キャッシュ等が安定的にシステムに馴染めば、もうちょっときびきび
動くんだろうが、メモリが少ないから(4GB)仕方ないが、
ちょっとストレスなく使えるレベルではないから、
必殺タイムマシーンで、本日午前のバックアップ状態に戻すことにした。

明日には、また最新の2世代前くらいに戻ってやってみようかな…である。



独善的な経営姿勢がアップル社の株主たちに嫌われ、
創業者にも拘らず、社を追い出されてしまったスティーブ・ジョブスだが、
干されてる間も、ルーカスフィルムのCG部門を買収し、
ピクサーアニメーションスタジオを設立し、成功へ導き、
またNextStepというコンピューター会社も設立して、Be OSを
成功させ、後のMac OS Xにも、そのノウハウは生かされている。

結局、何をやってもジョブスは有能な経営者として
希有な存在であるのを証明するエピソードであるが、
少々性格が歪んでいる部分も、近頃のアスペルゲンガー症候群で
説明がつく。

朝エレヴェーターで会ったばかりの、新入社員の態度が悪いといって
即クビを切ったなんて言う伝説もあったりするが、
無防備で無邪気な部分もあって、経理担当で入ってきた
ビルゲイツというお調子者の男がお気に入りで、彼に新しいシステムの
構想を滔々と話して聴かせると、そやつはいつの間にか独立して、
ジョブスの構想通りのOSを作り上げ、売り出した…
等々、逸話は限りない。

そんなジョブスは98年頃、今度はMS社の攻勢に圧され、
すっかりヒダリマエになって、IBMに身売り寸前とまで噂された
Apple社の株主たちの待望論に応える形で古巣に復帰し、
独創的な一体型コンピュータ「iMac」を発売。
そこから今日のAPPLE社のリヴェンジ、一強体制のサクセスストーリーが
始まるのだ。

そしてその、なにもかもが画期的だったiMacのCMソングに
選ばれたのが、iMac本体同様にカラフルなこの曲だった。

実は自分はカラフルでトランスルーセントなiMacとは購入時期の
タイミングが合わず、結局買わずじまい!!。
だから、ほんのちょっと….心苦しかったりするのだ。

The Rolling Stones - She's A Rainbow


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大樹の陰には寄り付かない

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

どうも自分の性格、血液型は至極真っ当なのだが(?)
ちょっとへそ曲がりなところがあって、なにしろ

寄らば大樹の陰…が大嫌い!。

そんなわけだから、何しろ子供の頃から色々と、
しなくてもいい苦労なんかを、わざわざ背負い込む。

本当は意見として賛成も反対もないけれど、
クラス会議?みたいなものでは、何故かいつも少数派の
どちらかと言えば分の悪い方についつい肩入れしてしまい、
気がつけば、そうした少数派の急先鋒に祭り上げられて
とんだ貧乏くじを引かされたりする。

やがて同好の友は一人も居なかったけれど、
洋楽(POPS?)を志向するようになって、さらに中学に入ると、
突然フォークソングが大流行となって、皆がギターを始め、

♫私は今日まで生きてーみましたー…

なんてがなるのだけれど、自分はひたすらビートルズで、
さらに必死にYESやPink Floydのコピーに、コツコツと
地味に励むのみ。教えてくれる同志なんていない…。

サッカーは、まだそれほどメジャースポーツでは
なかったけれど、それまで観たこともないような
ユニフォームの鮮やかな色彩が眼に刺さって、
「あれを着て走り回りたい」そんな心境で始めた。

時代的に、派手な色のシャツを着るなど「色キ○ガイ」なんて
言われ、蔑まれたものだけど、サッカーなら堂々と...!
馬鹿げた理由だが、誘惑としては充分だったように思う。

時代は進み、そのうちヴィデオデッキはVHSではなく
Betamaxを買った。しかし次第に情勢は....不利?

PCは迷うことなくApple Macintosh(未だに)。

Star Warsじゃなくて、熱烈なStar Trek派!

アナログシンセは他人と同じRoland製がイヤで、
断然KORG派。ギターアンプはコダワリのORANGE…
だったが、デカすぎてクルマがないと持ち歩けないし、
六畳一間では場所を食って仕方がない!だから、
FenderのVibroluxって言う小型のヤツと交換したら、
これが見た目以上にオンボロで、予備機としてでしか使えなかった。

バイクはVespaで、最初で最後の自家用車購入はプジョー。

そして家庭を持った時に、わざわざ街を歩き廻って
決めた新居が、まだ周囲には倉庫しかなかった時代の、
浜松町は竹芝桟橋の近くのマンション。ただただ、

「海が見えるところに住めたら幸せだろうなあ」

って、家人が言うもんで、海といえば湾岸地区?
まあ、かすかにマンションの窓から、決して青く
澄んではいない、黒っぽい水面が、見えては居たけれど…
それでも、今まで住んだ中では一番想い出深い場所ではある…

でも、ヤッパリ日々の買物とか、いろいろ問題はあったな。
食料品の買物はもっぱら、父島とか八丈島行きの
フェリーターミナルの売店だったから、おやつはいつも

冷凍ミカン....!

その他、思い出せばもっともっと普通じゃないことは
たくさんありすぎるような気がするけど、
もう殆ど忘れてしまった。

人と違うってことは、なかなかに大変で、
苦難を強いられることも多いと思うが、
それも今となっては、とっても懐かしくもあるのかな??。



長い歴史のロックグループともなると、途中解散はなんとか
免れたとしても、やはりメンバー交代は夥しくなり、
気がつけば、元々のメンバーはもう誰も居ないのに、
バンドだけは辛うじて受け継がれ存続してる…
なんてまあまあ当たり前なのが、この世界の慣しでもある。

フェアポート・コンヴェンションっていう、今では英国の
国民的ブリティッシュトラッドというかフォークロックバンド
になると、今現在も尚、バンドは第何十期かを迎えつつ、
毎年元気にコンサートを開くのが、もはや恒例というか、
国民的行事みたいになっている。

そういう歴史的なバンドになると、例えばYESなら第何期か
分からないが、たぶん一番脚光を浴びた時代の
「こわれもの」や「危機」を制作したメンバーを
バンドの黄金期と呼ぶだろうし、もっと分かりやすいのは
ディープパープルの第3期だっけな?...の、イアンギランとか
ブラックモアが在籍した時代を、やはり黄金期というのだろうと思う
(ここらはあまり詳しくはないが)。

フェアポートの場合は、もしかしたら異論あるかもしれないが、
やっぱり1969〜1970年までの僅か1年とちょっとしか
存続し得なかった、サンディ・デニーやリチャード・トンプソン、
さらに今も在籍してる(筈?)のサイモン・ニコルやデイブ・マタックス
そんな連中が奇跡的に揃ってた幸福な時代のフェアポートのアルバムが
短い期間にも関わらず、なんと4作も作られ、そして4作すべてが
名作(!)って言うところが、まさに黄金期、黄金メンバーのなし得た
奇跡、音楽の化学反応であったのだろうと思う。

その中でも最後になった、つごう5作目、このメンバーでは4作目の
「Full House」収録の、サー・パトリック・スペンスを本日は…。

スコットランドの伝承曲(本来そういう歌をバラッドと呼ぶ)で、
物語は英国人なら誰でも知っている船乗りサー・パトリック・スペンスの
悲劇の物語を、吟遊詩人たちが語り部となり、そして謡い継がれたものだ。

敢えてスタジオテイクではなく、同時期のBBCのラジオ音源…
これがまた素晴らしくて、ヤッパリどこか神がかってて、
ついつい、前のめりになって聴いてしまう。

そうして今夜もまた「奇跡の4作」を、一気に聴いてしまいそうだ!。

Fairport Convention - Sir Patrick Spens (Live at the BBC 1969)


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すっとこどっこい!

DSC00715.jpg
Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

もうかれこれ10日くらい、体調悪くて
コンビニと投票以外、まともに出掛けてないから、
写真が全然追いつかない…ヤバいぞこれは…。



選挙がやっと終わって、ネット上でも、
勝った負けた、あいつが落ちた、受かった
納得できないぜ等々、論評が騒がしいけれど、
我が家の家族などの論調もまた素っ頓狂で面白い。

一歩政治などから距離を置いた、冷静な目線からすれば
右も左も、どっちも殆ど同じ人種で、総じて…

この、すっとこどっこい…
おととい来やがれ!....。

今の若い世代…は、もう圧倒的にコンサバティヴなのだそうだ。
我々からするとコンサバ/保守というのは、男尊女卑で
狭い了見の口うるさい、昭和の頑固オヤジ….って印象なのだが、
実態として、彼らの多感な時期に、民主党政権時代の
大混乱があって、何がどうというロジックよりも、
皮膚感覚としてリベラルというものに多大な嫌悪感を抱いている…
そういうことのようで、全く無理もない...。

しかし、何がどう悪かったのか?を、
キチンと語れる人は滅多にいないし、
むしろ官僚の無能さ、ヤル気の無さ、そして長年の
ユルい政治による電力会社等の緊張感の欠如が、
それらの防げた事故を誘発してしまった責任は、
やはり時の政権の責任として、甚大だったと思う。

まあ実際失敗は失敗、未熟さも含め、それはその通りだから
仕方がないが、東北のあの地に責めを負わねばならぬ程の
悪者がいた!...とは我々には思えないのだ。

そうしたところから発車して、何故、戦前回帰で、
九条改正、軍拡、原発再稼動、そして人種差別、性差別容認の
ナショナリストに帰着するのかが全然理解できないのだ。

一方、我々世代から、団塊・高齢者層の方は圧倒的に
リベラル支持者が大半なのだそうだ。

これは明確に戦前の言わば軍国時代を忌み嫌う世代。
そして、それに連なる全共闘世代、もしくは政治家なんて
みんな悪代官。賄賂漬けで「越後屋、おぬしも悪じゃのう」の
何をどうしても悪者。考えてみれば40年以上前の映画もテレビも
ドラマは皆、勧善懲悪。

悪者は、空手チョップと回し蹴りとスペシウム光線でしばいた後、
キッチリその罪を償わせるのが当たり前の、実に短絡的な思考回路
なのかもしれない。

取りあえず権力者という立場の人間には、良いも悪いも関係なく、
必ず一定の訝しさを強く持ちつつ、一旦、噛み付いてみたくなる…。

そんな調子で、安保反対、ベトナム戦争反対、核廃絶...
米帝は即時北爆を停止せよ!授業料値上げ反対、給食費値上反対、
遠足のおやつ150円制限反対(バナナはおやつなのか弁当なのか大討論会)、
掃除当番サボタージュに、お前はキチンと役目(掃除当番)を
果たすべしとオルグ…言うこと聞かない保守反動な困った戦士には
「総括」で、トイレ掃除1週間の刑(勿論当時はポッチャントイレ!笑)。

そういう世代なわけだから、ヤッパリ家族が言う通り、どっちも

すっとこどっこい…

間違いない。

すっとこどっこいといえば、リベラル政権(?)時代に
例の大災害があって、復興大臣として松本某っていう
京都選出の代議士がその初代となったが、ご案内の通り、
すっとこどっこいな暴言とともに早々にご退場!
それ自体は当然の処遇だと思う。

しかし、実は彼の最初の登場の台詞、これも世間の不興を
買ったのだが、私には、その真意がよく理解できて失言には
とても思えぬのだ。

被災地の首長たちに対し、彼は大上段からこう云い放つのだ。

「お前たちのな、声が小さすぎてな、霞ヶ関まで全然聴こえねえんだよ。
欲しいものは欲しいって、何故声を大にして言わねえんだよ!
欲しい欲しいって言わねえで我慢するのが、オマエらの美徳
らしいけどな、被災者の為、住民の為に、オマエらは恥を忍んでも
大声を出さねばならぬのが、今なんじゃねえのかい?
毛布はもういらねえ、メシよこせ、どうせなら国の金で
ビフテキ食わせろ!仮設早く建てろよって、それで良いんだよ」

残念ながら、この文言はうまく編集されて、てめえこのやろ...
とかの暴言部分だけがクローズアップされ、国民から
集中砲火を浴び、他の失言も含めて、あえなく解任となった…。
(酷い失言の数々からすれば、解任は当然だ)

私は東北人だから良く分かるのだが、やっぱり東北人は
慎み深くておとなしい上に、プライドも高いから、
他人に世話になるのをあまり良しとせず、頭を下げて何かを
お願いするとか、とっても苦手な人が多い。

皆一様に貧乏だから、子供の頃から、欲しい欲しいなんて
無闇に言ってはならない!なんていう哀しい習性もあるかもしれない。

自分の本籍地だから、あまり云いたくはないが、関西の災害の時は、
政治家や慈善団体が避難所に現れると、我先にとアレが欲しい
あれよこせ!と競って要求する情況とはまるで違い、何か欲しいものは?
と聴いても、ホントはいろいろ困ってるのに「もう充分でございます」
と言うのだそうだ。

買物をしても、しつこく値切ったりはせずに、黙って定価で
モノを買うタイプが多い…。

首長たちに言葉は荒いけれど、激を飛ばしてくれたのは良かった…
東北人もこれで要求しやすくなったことだろう。

そう思ったのだが…!?

どっちにしても、その大臣も、それで良しと感じた自分も...

すっとこどっこい…おととい来やがれ...

なのだな、きっと。



さて、今日はスタカンで行こうかな!

スタカンって言うと、もう自分なんぞは、聴く、鑑賞するって
言うより、ほぼフルアコギターなんか弾っ掻きながら唄いまくるって
感じだから、自分流の勝手な唄い方が記憶として強く残ってるから
こうして改めて聴いてみても、あれ…こんなだっけ!?ってな
不埒な感想になってしまいがちだ。

ポールウェラーは、THE JAMの時代から、自分たちはパンクス
ではなくて、あくまでもモッズだ!と云い続けていたが、
当時の自分等には、モッズのナンタルか何て知らないから、
ふつうに異常に元気でハイテンションなパンク…嫌いじゃないよ!?
そんな感じだった。

後日、モッズって言うのは、一方のロッカーズが、
日本製の重戦車みたいなバイクにまたがり、革のライダースーツを
着て、メタルな音楽を愛好するってスタイルに対抗して、
スーツに細いタイ、或いはタイにVネックセーター、
その上にダッフルコートやトレンチコートを着て、
ズボンの裾が汚れないVespaのスクーターに乗り、
ゴリゴリのロック…ではなく、小粋なR&Bを愛好するって集団…。

そんなわけで、THE JAMを解散させ、その後スムーズに
スタイルカウンシルに移行するポールウェラーの変わり身は、
実はとっても自然なことだったわけで、しかも米本国では
R&Bにもロックにも思想性はとても薄いけれど、
ひとたび英国流に消化されてしまうと、それらはどこか
反骨のメッセージが含まれる音楽になってしまうところが、
とても音楽に深みを持たせるけれど、裏を返せば、小難しい感じが
ヤッパリ昨今の我が国の「洋楽離れ」に結びついてるのだろうか??
などと勘ぐってしまうのだ。

今更ながら、マルキシズムなんて全然知らないし、トロツキーって何なのさ?
って感じだが、世にはびこる不正や、権力を傘に狡猾な振る舞いを
詫びもせず、言い訳すらせずに逃げ回る様を赦してはおけない
そんなお馬鹿な正義感…それだけのことの…
すっとこどっこい…である。

The Style Council - You're The Best Thing


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選挙...行かない選択って...なし?

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

夜、遭遇したら、ちょっと怖いかも。



総選挙だ…結果はもう見えてる。
その上、ちょっとね…小選挙区…
この街では投票する適当な党がない。

大保守連合と、新しいけど、ちょっと怪しい緑色の保守、
そして最も古い革新。その三択…。

どこにしても自分の1票が死に票にならず、うまいこと
生きるって図式が、全くイメージできない。
つまり熱がなくなってしまったってことか?。

何といっても争点は憲法問題だと思う。
(消費税はたぶんまた上げられないと思うから…)

自分は改憲も護憲もない。
必要なものは変えれば良いと思うし、不要なものをあえて
変える道理もないってだけ。

自衛隊を書き加えて、いったい何がどう変わるというのだ?
安保法制が違憲状態なのだから、憲法自体を変えるのだ!って
何故本音を言わないんだろ…?
そうやって誤摩化すから分かりにくい。

九条を変える代わりに、今般の安保法制、とりわけ集団的自衛権は
実質廃止。それなら理屈は通るから、国会でじっくりと討議して
発議するのには大いに賛成だ。(なんとなくウヤムヤな日米同盟を
この際キッチリ討議して、国民に説明すべきと思う)

トランプ政権に従い、北に対する圧力を強化する、
或いは徹底すると総理はいっている。
思惑通りに圧力が利いたとして次に考えられるのは、

相当に大量の脱北者=難民である。

一部に数百万単位とも言われる難民に対し、中国もロシアも
「その場合はアメリカと日本も受け入れ先として、その主軸となって
 対応すべし」

そう云われるはずだ…。中露は一切受け入れるつもりはない…
責任は日米にあるのだから….。憲法論議の前に、国会は直ちに
そういう討議をすべきだと思う。

今のままでは圧力は加える、場合によっては
憲法改正して先制攻撃も可能…しかし難民は例によって
ただの一人たりとも認めない→中露との軋轢→第三次…??

ちょっとね…そういうことまで考えてしまうと、
投票に…行きようがないのだ。
いったい誰がこの国の平和を維持してくれるのか??

まあいずれにせよ、否定しようが容認しようが、
北が核を持ってる以上、米も、精々脅かすのが関の山で
現実に手を出す道理はない。

云ってみれば、実は脅威でも何でもなくって、
東アジア安定期説も、論理として充分成り立つのだ。

そうして、たぶん膠着したまま、何年もこのままだろうと思う。

米国にとってはビジネスチャンスがそのまま維持されながら、
危機状態が続くことで日米ともに政権は安泰。

選挙には必ず行きましょう!、イヤ絶対に行け!
ってメディアは強迫的に言うけれど、ギリギリまで行ける道理がない
ではないか!テレビでは殆どくだらない情報しか流さないから、
ネット経由で、あちこちの演説を聞き返しながら、
ギリギリまで粘るつもりだ…20時までか…くそ−。



以前も語った通り、深夜限定の自宅録音マニアだった頃、
初めて4チャンネルマルチのレコーダを入手した時に、
以前からハマって自信を深めていた逆回転技を生かしながら
挑戦したのがこの曲。

ギターや単音シンセ(殆どノイズばかり作ってた)で出来た音を
徹底的に逆回転させて、フワフワさせつつ、ギターソロな部分も
表なのか裏なのか判別できないように切り貼り、
時には逆回転フレーズを(歌も)普通にコピーして弾いて、
正逆でユニゾン!?なんて意味不明な実験ばかりしてた。

仲間には….アンタビョーキ!って呆れられつつ、奴らは奴らで
嬉々として、私が考えもつかないパーシージョーンズな
ベースを弾いてくれたり、思いもつかないけれど、なるほどと
理にかなったコードをぶち込んてくれたりして、楽しかったな。

おっとっと…選挙…どうしよ?

Brian Eno-Baby's On Fire


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距離感って?

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

アンティークフェア@秋田のお堀…絶賛開催中!
なんてね。



スマホというのか、初代iPhoneユーザーなのだが、
毎日、電車に乗ったり、ナビ付きグーグルマップを使って
街を歩き回る…という仕事ではもはやないから、
いまや単なる電話機。しかも着信専用に近い。

もはやメーラーでもないし(PCで間に合う…)
SNSもネット接続も、アプリ自体を既に消去している。

強いて言えば、iPhoneは電話としても使える
MP3プレーヤーってところだ。

そんな状態なのに、契約自体が昔のままだから、
ほぼ着信専用にも拘らず、料金は毎月、万を超えている…。

何とかせねばと思い、SB社に電話するが、なにしろ
店舗に出頭せねば、1㍉も変更できない…。

ところが店舗は相当にこの地では業績が悪いのか、
軒並み閉鎖…。直近でも実家から郊外方向に
片道4kmくらい離れている。

これが東京なら、我が家から吉祥寺駅前ほどの距離!
これはもう感覚的には強烈に近所で、電車移動でも、
Door To Doorで10分もあれば充分に到着できる距離!
とも言えるけれど、ここは田舎の片道4km…

しかもたった5分すら満足に歩けない、この情けない体調では、
この距離は果てしなく遠い、地の果ての4㌔先…であるのだ。

まあ、損得勘定から言えば、タクシーに乗ってでも、
早急に出掛けた方が、圧倒的にお得なんだろうがね…
なかなか踏ん切りがつかなかったりするのだ…。



さて、ドアーズご出馬の後とくれば、ここはもう
エコー&ザ・バニーメン…もといバニーズの登場しかない(?)。

久しぶりに聴いてみたけれど、ヤッパリ往時はとても熱くて、
たぶんバンドは、瞬間的にだが、俺たち世界の頂点に今いるぜ!?
って、感じたんじゃないだろうか!ってくらい崇高ですらある。

だがこの時期をピークとしてバンドの勢いは、
その後ズルズルズルと失速し、後は急激にピューッと
消えてしまう…。

バンドの崩壊劇っていうのは、どこも似たようなもので…
大体バンドが成功すると、ヴォーカリストは自分一人が
評価された気になりがち。→段々とバンドの「あるべき方向性」
を無視して、自分の歌いたい歌、唄いやすい歌…
そういう方向に転じて、他のメンバーとの間に大きな溝が出来る。
それが「方向性の違い」となって、感情的にももつれ、
脱退または解散…。

まあそんなところで、バニーズも、そこのところが
ピタリとハマってしまった(ようだ)。

自分もアナログ時代のLPでは、確か5枚目までは購入していた
と思うけれど、CDとしては4枚目までしか買い直していない。
しかも今になって「聴く」のは、最初の2作のみ…。
そんな感じだ。

いずれにせよ、映像はたぶん83年のロンドン・
ロイヤルアルバートホールでのライヴと考えられるけれど、
まさにバンドのピーク!。3作目のアルバム「やまあらし」の
ヒット直後のライヴで、その勢いはとにかく凄い!。

まさに彼らの郷土リヴァプールの大先輩=ビートルズの
「怒濤の1964年!」を彷彿とさせるものがある。

「クロコダイルズ」は、彼らのデビューアルバムのタイトルチューン。
思入れも多い曲だろうと思うが、途中にドアーズの「ハートに火をつけて」
を挿入してたりする…。この次のオーラス曲「Do It Clean」では
「愛こそはすべて」や「セックスマシーン」何てのも挿入されているが、
確か翌年1月の東京公演では、それら全部がこの「クロコ〜」に
纏められていたように思う。

何しろバンドの勢い…この瞬間彼らは、世界の頂点に立った!
そういう場面を目撃して欲しいのだ。

Echo & the Bunnymen - Crocodiles


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名もなき兵士

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

ナナカマドは、北国の冬の、全てが鉛色の
重苦しい季節も、鮮やかな赤色をきちんと提供してくれる
貴重で有難い植物。

葉っぱは徐々に紅葉するが、自分は、
青々した葉っぱに赤い実のナナカマドが
コントラストも鮮やかで、こっちが好きかな。



40歳の頃はね、もう部下もかなりの人数がいたり、
会社はおろか、業界全体を自分が主力で廻してるぞ!
なんてね、とんだ自信家=うぬぼれ屋だったわけで
「人間とは何ぞや!社会とか何!組織とは?利益とは?」
森羅万象その全部を分かったような、そんな気になっていた。

それから数年して一旦、奈落の底に落っこちて、
そこからまた様々な苦杯・辛酸を舐めつつ、
這い上がる3年か4年の間に、さらにまた様々なこと…
主に亡者と化した人間に仕えるということ、
どぶさらい仕事のホントの意味…
自営業はどうやら向いてないようだ等々、
そんなことを学習した。

さらに突然の大病で、実質10か月間におよぶ療養と
リハビリを余儀なくされた時に、年令は不惑の40歳代も
後半に差し掛かろうとしていた。

すると、どうしたわけか、これまで続けてきて、先輩もいて
後輩もいて…仲間もいる、そんな言わば慣れた業界で、
また働くという気がすっかり失せてしまって、ここは心機一転…
それまで経験の全くない…誰も知る人のいない世界、
新しい業界の仕事に従事することを決めた。

何の気なしに、西新宿のハロワで見つけて、何だろう?
コンサルティング...ってどういう仕事?...
まあ、あれこれ考えても仕方ないから、即、
「ここ…紹介状、書いてくださいな!」...で決まり。

短期間で出来るだけ多くの、また質の高い、コンプライアンスなどの
知識を習得しつつ、お客様(法人様)の実情に合わせて、
様々な提案や試行錯誤で、有形無形のサービスを提供する仕事。

業界は違えども、ビジネスの基本は同じだから、これまで自分が
蓄積した知識やノウハウの類いは、そのまま生かせるはず…
なんて漠然と思っていたけれど、取りあえずそういうことは一切忘れて、
学校を出たばかりの新卒社員のつもりで、新しく得た知識のみで
考え、行動することに努めてみると、これが何と…

仕事が楽しくて仕方がない!…のである。

そう感じた時、私は既に50歳に差し掛かってた頃で、
ああ、何と言うことだ!、定年まで、あと10年しか働けない
ではないか!。もっと早くこの職場と知り合いたかった…
ああ、たった10年しか残されてないのかあ、悔しいなあ…。

ところがね、結局4年半勤めて、年が変われば課長…
本来は50歳以上の社員を昇級させることはないのだが、
あなたは別規格!?新人をどんどん引っ張って行って欲しい…
って社長に言われてた年末の、東京には珍しくとても寒い朝、
私は無惨にも心臓で倒れてしまった。

正直、自分は既に専務も副社長も経験済だったにも拘らず、
この時の課長内定が一番嬉しかったりしたわけで、
やはり無念!という気持ちはかなりあったな。

そして病床に伏せる日々も、何事もなく、淡々と毎日が
過ぎる中、不思議と、様々な人間模様や、自然現象、
世の中の動き、為政者のマツリゴトなど、普段は隠れて見えない
はずのモノや、嘘、偽り、たぶらかしまで、何故だか手に取るように
鮮明に見えてたりする…。

このまま山に籠って仙人にでもなるかあ!?
全く、そんな心境の昨今なのである。



ドアーズである。
自分的には、世界一カッコいいバンドである。

何がどうカッコいいのか?明快な説明はまだまだ未熟な自分には
到底できない(既に本文と発言内容が違うな)。

たぶん他のバンドとの「あり方」「存在感」の比較として、
最もカッコいいって、自分が思い込んでるのだろう。

この「名もなき兵士」…これのプロモヴィデオは、たぶん80年代の
MTV隆盛の時代に、同系の番組で観たんだと思う。

映像はザラザラとした8mmフィルム然としていて、
いかにも60年代後半の、日本的にいえばATG映画(アートシアターギルド)
とか、学生時代に、池袋西口の文芸坐あたりで時間潰しで観たB級ポルノの
大蔵映画あたりが大得意の「花に血を散らす(意味合いは日本映画の場合は
全然異なるけれど…)」比喩手法など、ああ、1968年だなあという感じだが、
ロックバンドとしての矜持として、ヤッパリ圧倒的にドアーズ…
もといジムモリソンはカッコいい!。

日米鮮の為政者が、それぞれ曲者…とはいえ、こういう愚かな歴史を
繰り返すことのないように、切に祈りたい。

論理的には、起こりえる話では全くないのだけれど…。

The Doors - The Unknown Soldier (名もなき兵士)


同じ曲だけど、プロモフィルムと、このライヴビデオはもはやセットだね。
観れば分かるという感じで、説明は省きますね。バキューン。



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ちょっとだけ待っておくれよ

DSC00692a.jpg
Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

自分は、今でこそ病院が友達みたいな、ポンコツ野郎なのだが、
若い頃は病気知らずで…会社員だったから「社会保険」。

確か自腹も会社も各々5万円弱/月…お支払い…
というか天引きされているというのに、
幸いにも、一向に病院に掛かることがなかったから、
こりゃあ一生かかっても元が取れそうにないね!
何て言ってたものが、今やもう見事に….なのである。

それでも一度だけ、たぶん30歳前後の頃か、
異常に左脇腹がキリキリと痛み、日ごとに増してくるので、
取りあえず近所の総合病院に駆け込んでみるのだが、
内科外来の老医師は、とにかく首を傾げつつ、
まだインターネットや院内LANすら存在しない頃だから、
老医師はひたすら「医学百科事典(?)」的なモノと首っ引きになって
あれこれ指を舐めつつ、ページをめくって調べるのだが、
「うーん?うーん?」と、謎は深まるばかりという様相。

私が、「何かそんなに厄介な病状なのですか?
どうぞ忌憚なくおっしゃってくださいな!」

そういうと老医師は、やっと参考書から顔を上げ、
まるで牛乳瓶の底みたいな度の強い眼鏡の奥の
小さな眼を思いっきり見開いて言うのだ…。

「いや、アンタがね、痛むっていう、そのう…左脇腹か…
そこにゃあねえ君…臓器なんかなんもないんだよう…!
なんで痛むんだろねえ!?困ったもんじゃあ?...」

まあ、様子見て、尚も痛むようならまた来なさい…。

もう二度と来るもんか!って感じだよねえ。

で、別の病院へ。

そちらでは、とにかく大腸の検査をしましょう…
ということになった。たぶん、大腸ガンとか、そこらの
デキモノ系を疑ってたんだろうが、ちょっと部位的に違うよなあ...
と思うが、良い機会でもあるし、素直に受けることにした。

しかしあれから30年近く経過してるけれど、
次回外来診察もなく、検査結果も未だ知らされていない…。
もちろん、待ってるわけではないが…。

社会保険と云うのは、雇用者側と被保険者が
双方ほぼ折半での保険料負担になる。

私のいた会社だけではないと思うけれど、まだPCで
細かい業務管理など出来ない時代だから、
個人の実績計算等がキチンと確立できないから、
残業時間やインセンティヴの類いが曖昧になっていて、
然るに、大体こんなもん?って感じで交通費も何もかもが
給料のベースに混ぜ込まれるから、保険料や税金などが
異常に高くなる。言わばブラック企業の始まりはこんな感じ...
そんなだから、社保料も年間で110万とちょっと…
10年で1千百万円、20年なら…。

40歳のとき、サッカーで骨折して2週間入院した。
結局(医療費1割負担の社保は)それだけ。

しばらくして、会社が破綻してしまったから、私も収入減で
保険料も、笑っちゃうような額となったところで、
病気のヒットパレードは、そこらから怒濤のように
やってきた。

その上で、故郷に戻り入院した.住所も移した。
そして市役所から病床に、立て続けにやって来る
保険料と年金と税金その他の督促…。

これまで散々たくさん……いや、ちゃんと払いますよ!
国民の....市民の義務ですから…ちゃんとね。
でも、ちょっとだけ待ってくれてもいいんじゃね…?



Frank Zappaと盟友Captain Beefheartの、きちんとした
競演盤と云うのは、実は存在しない。

とはいえ、Zappaのアルバムに頻繁に牛心船長は
ゲスト参加しているし、船長のアルバムをZappaがプロデュースして
それがまた、Zappa本人の作品以上に、歴史的名盤の誉れ高いものもある。

かくいうこの超個性的なお二人は、どういう関係なのかというと、
ボルチモアの高校の同級生なのである!。

もう一人、MOTHERSのメンバーだった「ロウウェルジョージ」が
リトルフィート結成の為に独立する折に、ちょっとは「有名」な
メンバーが新バンドにいた方が良かろうという、ザッパの配慮
(?厄介払いという説もあるが)でリトルフィートの
オリジナルメンバーになったMOTHERSオリジナルメンバーの
ロイ・エストラダ…以上三名が同級生!。

で、このデブラカダブラ…が入った75年のライヴアルバムは、
ZAPPA & MOTHERS名義のアルバム「Bongo Fury(狂気のボンゴ)」
のA面トップに入ってる曲だが、そもそもはCaptain Beefheart And
Magic Bandのツアーが計画され、スケジュールも確定していたのだが
直前に、バンドメンバー全員に逃げられてしまう(彼らはそのまま
MALLARDを結成=2枚のアルバムを残す。)

さて絶体絶命の公演キャンセル?を救ったのが旧友Zappa。
ZAPPA/Mothersはちょうどツアーを終えたばかりだったが、
旧メンバーと、新メンバーのテリーボジオ等を加えた新旧メンバーで
ザッパ&マザーズにしては普段より幾分小振りなホールで、
船長が一応メイン(?)の、臨時のザッパショーが展開されたのだった。

アクの強い船長の曲も、ザッパ&マザーズの演奏だと、
もはや抜群の圧倒的演奏力と洗練された感じの演奏になるのだが、
逆にそれが、実に新鮮な、「匂いの強いマザーズ!」或いは
「臭みの少ない、洗練されたMagic Band」って感じで
結局ヤッパリ素晴らしいのだねえ!!。

Captain Beefheart & Frank Zappa - Debra Kadabra

ちなみにこの曲は2015年に一度アップ済でした。

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雑音は手短かに

DSC00741b.jpg
Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

ここのところ、疲れやすいのは相変わらずにしても
何となく妙なめまいもないし、体調も悪くないので、
久しぶりに出掛けてみた。

勿論、毎日、買物程度とはいえ、ちょこちょこと
出掛けてはいるのだが、ここまで足を延ばしてみるのは
久しぶりで、意外に何でもない自分に対し、
少し自信を取り戻したような…そんな感じ。

家から1kmちょっとくらいのところなんだけどね…。

ところがだ、パレードというかお稲荷様の狐の行列の
進行方向が、今年は思っていたのとは真逆になっていて、
自分なりに、余計な体力を使わないで済むように、
あらかじめ撮影ポイントを数点に絞り、
最初のやや遠目のポイントで、待ち構えていたのだが、
あれあれ、行列があっち行っちゃったよ!?
こりゃ大変…。

突然の事に面食らいつつ、ここは冷静に、頭の中で
撮影ルート変更を組み立て直すのだが、
意外に交通量が多い車道も、一切通行規制などしてない、
とても小さな神事だから、キチンと信号などを
守りながら渡りつつ、移動しながら、
ポイントを正さねばならない….。

それでなくても体力がイマイチなのだから、
他のカメラマンたちのように、走って先回りなんて芸当は
今は絶対に無理。

そうしたわけで、5ポイント予定していたけれど、
3ポイントのみで、今日は撤退!
そういうことにした。

まあ実際にこれくらいでも自分的には上々であるのだ。



アート・リンゼイや、イクエ・モリがいたD.N.A.である。

ホントにこれを繰り出してよいものか.少し考えた。
何しろこれがD.N.A.で、あのアートリンゼイなのだから…。

この曲(?)も確か最期の最期に入ってた、なにしろ
われわれ世代には、衝撃的過ぎたポストパンクアルバム
「No New York」のその中でも異彩を放つというか、
存在自体が強烈だったD.N.A.なのである…(日本語になってないな…)

ブライアンイーノが、NYのポストパンクシーンの中の、さらに
深くてエグイところの、最もノイジーでアヴァンギャルドな4バンドを
取り上げ、1組4曲ずつ=全16曲のオムニバスアルバム。

何度もいうが、何しろこのアルバムの衝撃は半端なものじゃあなくて
我々の音楽仲間の内では、早速、これを真似て、みんなそれぞれに
既にプロで活躍してしてる連中なのに、とにかく集まろう!
絶対何か生まれるに違いない!そして何か力を得たらライヴやろう!
いいじゃんか客なんか入らなくたって…このなんだか分からない
DNAから得た、わけの分からないパワー、エネルギー…
その秘密が解明できるなら最高じゃないか…。
そんな感じ…。

私もダブルネックギターを持って、勇んでスタジオに出掛けた…。
いきなり、なんの打ち合わせもなく、どうしようもなくて、
救いようがないノイズと言うか不協和音を一斉に出してみる…。

いいぞいいぞ…しかし…。

そのまま10分で気絶しそうになった。

後で知ることだが、D.N.A.の演奏は1曲1曲がとても短い。
それに気づかず20分くらいテープを回しつつ、続けたら、
「もう結構、もう勘弁!」って気持ちになった。

ノイズは黙ってヨソの人が演るものを聴き、感じるもので、
自らやってみるものではない。

何となく、そんな当たり前なことにやっと気づく
業界に少しずつ染まって行く自分たちに、不安と焦り等々、
どうにもならないもどかしさをそれぞれに抱えていた我々…

既に大ヒットを飛ばしたバンドに在籍していて、毎日のように
TVに写ってる奴だが、バンドのスターさんがちょっとヤバい
植物に手を出して、今後の去就が怪しくなってた奴…。

バンドでレコードデビューはしたけれど、あまりうまく行かず、
煮詰まり気味のドラマー…

とある歌謡テクノバンドにスカウトされるも、加入する為には、
現行の会社やタレントのバックバンドなどを一旦辞めねばならぬ
事に尻込みして、固辞したら、そのテクノバンドが
別のメンバーで立ち上がり、大ヒットしてしまう…。
(実は私…昨日思い出した!)。

そんな風な、様々なものを抱え始める年代に
このD.N.A.ショック…だったのである。

アートリンゼイは、わりとすぐにフェイクジャズ!って言葉に
象徴される、あのLounge Lizardsに加入して、
ヤッパリ同じような演奏!を展開して、表舞台(?)でも
衝撃を与えたりしつつ、アンビシャスラバーズでの活動、
現代音楽家あたりとのコラボも現在も盛ん…といったところだ
(坂本龍一氏とのコラボも有名)。

今の耳で、これがどれくらいの衝撃を持って聴かれるのか
皆目見当がつかないけれど、ヘンリーカウとか、少し後の
突然段ボールや、メルツバウ、YBO2なんていうノイズグループや、
現在も、あまちゃん音楽で高名な大友良英なんかに
しっかり受け継がれてもいる、ヤッパリそのものズバリの
D.N.A…だったりするのである。

D.N.A. - Size


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限りなき戦い?

DSC04477a.jpg
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

人生って、結局のところ、終生、重力との壮絶な戦い!
そんな風に思う。

重力に負けないように、もう赤ん坊の時から、
筋力を付けることで、重力にあがなってきた。

アスリートがよくいう「己に勝つ(克つ)!」っていう
お決まりの台詞も、実際には「重力に勝つ!」が正解。
でも勝てないよね...絶対に。

遠い将来、その重力をコントロールできるテクノロジーを
人間が得ることが出来たなら、さぞや便利だろうが、
たぶん人間の身体は、豆腐のようにふにゃふにゃの
ムクロみたいな身体になって、さぞや早死にすることであろう!?
まあ.そっちはとっくに克服されてるんだろうが…。

歳をとるってことは、結局のところ、筋力が落ちて、
やがて重力との戦いに無惨に負け始め、気がつけば「連戦連敗」。

重力に圧されて姿勢はだんだん悪くなり、
やたらと肩が凝り、一挙に腰に負担がかかり、腰痛に悩まされる。

表面だけでなく内蔵なんかも、だらだらと下がり始め、
気がつけば、顔の筋肉までも後退して、皺と共に、
表情まで下がり気味になる…。

あの人は若い頃は怖いくらいにシャープな顔立ちで性格も
キツかったのに、歳をとったら、いい具合に柔和な顔になった。
たぶん性格も丸くなっただろうから、それが表情に現れてるのだろう!?...

とんでもない話で、油断したら、いつも通り噛み付かれる…
なんてね…。

そんな裏哀しい黄昏時を実感するような年令に差し掛かると、
昔のバンド少年としては、無性に、The Bandみたいな
シブくて優しいバンドがやれたら幸福だろうなあ…
なんて、強く思ったりする。
それも勿論ヴォーカルで!?...

勿論若い時からThe Bandは大好きだったし、音楽としても
充分に尖っていたし、奇っ怪でヘンテコ音楽でもあったから、
アマチュアバンド時代にも取り上げてたことがあったけど、
たぶんその頃と今とでは、曲に対するアプローチというのか.
視座が随分と違ってるような気がする(たぶん退化してる)。

そもそもギターじゃなくて、唄いたいって言うアプローチ自体が
昔と全然違ってるしね…。

とはいえ、リヴォンみたいに、土臭く唄うのはたぶん無理だし、
リチャードマニュエルはニワトリの首を絞めたような(?)
変な声だけど、よく聴けばブルースマインドが半端ないから、
ヤッパリ無理。

そうなるとやっぱ、リック・ダンコ役か!?

The Bandの場合、楽曲は殆どがロビーロバートソン作に
よるものが多いのだが、リックダンコがヴォーカル当番の歌には
大体…ロビーの情感豊かなギターソロやオブリが絡んで来る場合が
とても多い…。

高校生の頃、彼独特のギタースタイルである、いわゆる
チキンピッキングとかピッキングハーモニクス奏法なんて
後にそう呼ばれるようになるけれど、もうそいつにドハマリ!

まだこの奏法の正式な呼び名が分からなかったから、
我々は勝手に「カキンコキン奏法!?」って呼んでた!。

どんな曲にも、この奏法でソロを付けるものだから、
他のメンバーに「いい加減にせんか!」ってよく言われたものだ。

この奏法だと、思った以上に情感豊かなギターソロになりえるから、
ついつい多用するのだが、やっぱね、使いすぎはちょっとクドい!

というわけで、ちょこちょこ、要所要所で「コキーン!」って使うと
とにかく按配良い!....そんな感じだったな(笑。

さらにこの曲(Unfaithful〜)の、特にサビのコード進行...
まるで後のスティーリーダンみたいに難解で、不思議なサウンドの
構造解明にも、随分と楽しませてもらったような、
そんな高校時代の記憶もある。

彼らの69年のセカンドアルバム(The Band/The Band…通称ブラウンアルバム!)
に入ってる通常スタジオヴァージョンも、なかなか良い出来なのだが、
なにしろロビーロバートソンの「カキンコキン…」が充分に堪能できる
この名ライヴ="Rock Of Ages”版を…敢えて…。

The Band - Unfaithful Servant (Rock of Ages)


もう一丁!。同傾向の唄だけど、こちらも大好きなナンバ~!
「南十字星」って言う、実質最期なアルバムに入ってた…。
だから、映画「ラストワルツ」のこの時点では、バリバリの新曲…!。

ちなみにThe Bandのメンバーで現存してるのは、最年長だった
ガースハドソンと最年少のロビーロバートソンのみ。

The Band - It Makes No Difference(同じことさ)


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人生に無駄な事はないけれど

DSC06252あ
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

こいつは、どうも掴みどころがなくて、
写真に収めるにはとっても難しいな…。



まだ故郷にいる時代に、いつかここで記した
ギタリスト兼インチキイベントプロモーター氏の下で、
私は実に様々なイベント関連の仕事を経験できたことは、
後々結構な財産となるわけで、人生全く
無駄なことなんてないなあ…なんて思うのだ。

それらのひとつひとつは、いつも唐突で、しかも
全く経験がないようなことばかり…。

突然、妙なステージに立たされ、譜面もないまま、
適当に演奏させられたり、前の晩に、その日初対面の男と私で
「オマエら明日、ラジオ公録で、なんか演れ!」とか云われて
慌てたり、或いは裏方として、俺たち別の現場があるから、
お前は一人で、プロのバンド(何と本物のジャニタレ・アイドル!)の
ステージでのPAオペレーター+照明卓のオペレート、
そして呆れるほどわがままな、ジャニタレアイドルのお茶だし+使い走り?
等々をさせられてみたり、また何度かは、DJというかMCさん用の
イベントの原稿=台本を書かされたり、まあ何しろ
人手不足の超零細企業さながらに、何でもかんでもさせられるのだ。

上京して少しすると、アマチュアバンド絡みで、スタジオとか、
PA会社というのが身近な存在になって、そこで「経験有り」
ってことで、アルバイトをすることになるのだが、
自分の場合他のPA会社を知らないから、一概には言えないのだが、
ヤッパリ故郷の怪しいプロモーター同様に、いや、負けず劣らずの
「何でも屋」だったりして、まるでデジャヴーの如く...

ある時は舞台監督で、タレントの出番をステージ袖で管理したり、
打ち合わせたり、時には照明さんだったり、前の晩から現場に入って、
徹夜作業の大道具さんのセット作りの現場責任者をしたり、
芸能界でも様々「高名な方々」とマンツーマンで、ご自宅まで
お邪魔して打ち合わせをさせていただいたり…そんな方々の
自宅…いや自邸ホームパーティーやゴルフコンペを仕切らせて
貰ったり等々…とても大学2年のアルバイトとは今更言えないよなあ…
そんな感じだった。

今考えても不思議なくらい、普通にそれらをこなしていた
その源泉は、たぶん、秋田時代の怪しい芸能プロモーターの下での
仕事でできた「くそ度胸」…それに相違ないな…と思うのだ。

これがミュージシャン…いやいやバンドマン専業になっても、
自分の場合は、何故だか、普通に「弾くだけ!?」では
済まされず、何故かマネージャーの仕事だろって仕事を
割り振られたり、ミュージシャンを自分で集めて現場に連れて
行ったりする事が多かったから、地方まで新幹線代を立て替え
その後普通に出演料も明朗会計で折半….あれ?交通費?
そんなことばかりだったように思う。

やがて、芸大卒のジャズ専門の方々と歌伴専門バンドを
ゼロから組むことになって活動開始!

なんだかやっと、バンドマンらしくなるんじゃないか?
と思ったらサにあらずで、バンドの中で最も若輩で、
それなのに、プロダクションやタレントの知り合いも多くて、
しかも、一番ヘタクソなバンドマンの私は、もっぱら、そんな
一流の方々のプレッシャーを感じながら、毎日、営業マンのように、
あちこちの音楽事務所を廻って、デモテープを聴いてもらったり、
実際に特定の歌手のバックバンドを、狙い撃ちで売り込みをしたりと、
今度はサラリーマン的要素がとても強くなる
ミスターヘタクソバンドマン…。

バンドマンさんってね、腕はいいんだけど、意外とコミュニケーション能力
っていうか、普通に「社交性」皆無の人が多くて、結局私は、
そんな彼らからすれば、C調な軽口を縦横無尽&厚顔無恥に
吹きまくる軽い男!って思われていたらしく、
段々と妙な具合になり始めるのだが、
それはまた少し後の話。

ちなみに、Facebookやら検索によれば、この時の
方々はみんなそれぞれジャズシーンなどで現在も御活躍されてるようで、
なんと大御所になられてる方もいらっしゃる...。

辞めたのは、どうやら自分だけみたい..。
あれこれ脇目を振らず、この道1本....
実はそれが一番強いってことか....ウーム???。



歌伴専門バンドで、何でも屋だからといっても、
普段から歌謡曲ばかりを演奏してるわけじゃないし、
歌手のバック以外にも、クラブでのジャズ演奏だったり、
高級レストラン(サパークラブ…か?)みたいなとこで、
演奏する機会も多い。パーティーなどで派手な最新フュージョンを
演奏する場面もある…。

また、このバンド特有なのかどうかは不明だが、いわゆる
「劇伴」...っていう、演劇とかミュージカル、ロックオペラもあったな!
そんな録音仕事も多かったように思うが、勿論、内容は殆ど覚えてない。

ただ「劇」ならではだなあ...って思ったのは、同じ曲(唄)をキーを変えて
何テイクも録るってこと。役者がまだ決まってなかったり、複数キャスト
という場合も、様々なキーのカラオケがあれば当面問題なし...って
ことだろうと思う。

録音段階で、まだアレンジが固まってない曲も多くて、その場合は
大体曲を書いた脚本家や演出家が、我々にシーンを説明してから
アレンジをその場で固めて行く場合も多い。例えば、主人公の女子が
夕暮れの土手を俯き歩きながら、ぼそぼそ唄う感じ...。
それならばPちゃんはエレキじゃなくてアコギで、ルーズに引きずる感じかな?
了解....そんな感じ。

そして劇中曲は、講演が終わった後も、曲だけ切り離して
新人歌手のオリジナル・レッスン曲やオリジナルレパートリーとして
再利用されたりする(!)。

さて、バンドでは、私への教育目的以外にリハーサルで
スタンダードジャズを練習するなんて事はなかったが、
いわゆるフュージョン系の最新楽曲は、メンバーがそれぞれ、
自分のやりたい曲を「採譜」して、譜面を持ち寄れば、
問答無用で、演奏する…っていうのが、鉄の掟になっていた。

勿論、自分以外は、もう業界でも腕っこきの方々だから.
初見で、何でも演奏できてしまう。そこを細かい修正を加えながら、
30分も練習すると、もはや、本物とほぼ区別がつかないくらいの
クオリティに仕上がってしまう。まあ自分のギタープレイだけが、
どうも自分でプレイバックして聴くのがツラい…そんな感じ。

この曲は自分が採譜したからよく覚えていて、ハデハデしいから
バンド紹介用のデモカセットテープのトップに入れたように思う。

しかしだ、あくまでも演歌も含む、バックバンドのデモ演奏に
やはりこの曲は不似合いで、歌手さんの担当マネージャーや
ディレクターは、一様に「なんだか取りつく島がないほど、うるさいな」
そんな感じの表情が見てとれるのだ。

そういうわけで、演歌向けにはこの曲は外して、もっとミディアムテンポで、
当時の言い方では「ソフト&メロウ」な曲を増やす…そんな感じに
入れ替えたと思う。

基本的にフュージョンなんていうのは、小技を見せびらかすだけの
虚仮威しの「手習い音楽」以外のナニモノでもなく、
音楽要素としてはとっても貧困で、とるになりないもの…
って言うのが、もはや歴史の評価だと思うけれど、
自分的には、数少ない、ほろ苦い思い出とともに懐かしい曲でもある。

The Brecker Brothers - Some Skunk Funk


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家と言葉

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Carl Zeiss Jena 'Pancolor' 1.8/50 (Early-1970's)

たぶん今年最後の…コスモスかな...

今はもう変更しているけれど、元々自分の本籍地は、
祖父や父の生家がある兵庫県加古川市…。

祖父は神戸の商船学校で英語教師をしていたらしいが、
昭和もまだ一桁の時代に、生まれて間もない父を連れ、
一家で上京し、東京蒲田の松竹撮影所近くに
アパートを一棟購入し、祖父はそこから横浜の商社勤務。
祖母はそこで撮影所の大部屋役者専門の
下宿屋を始めたらしい。

店子の一人に、まだ若き「笠智衆」がいて、
幼い父は彼に随分と遊んでもらったというのが、
父の終生の自慢話だったりする。

そんなわけで、私が育った環境は…
祖母は大阪弁と神戸弁の区別など自分には全くつかないけれど、
いずれにしろ、コテコテの関西弁が生涯抜けず、
父は秋田弁は肌に合わず、ずっと東京弁っていうか標準語…。
そして純正秋田人の母は、精一杯、標準語に近い秋田弁を、
とっても窮屈そうに話す感じ…。

そんな環境で私は育つ…。

そんな家だから、我が家に母方の実家筋の方々とか、
地元コテコテの秋田訛の人がやってきても、
皆一様に、借りてきた猫みたいに澄ましつつ、
精一杯標準語に近い言葉を喋ろうとするようで、
本来、気の荒い性質の人も、キチンと正座して
行儀よく茶をすする、実に朴訥な好い人に変身する。

そんなだから、自分にとっては実は大迷惑で、
他所でツバが飛び交うようなスーパーネイティヴな
秋田弁を耳にしても、残念ながら未だに、
何かの滑稽なノイズか、わけ分からんエスペラント語...
くらいにしか、聴こえてこないのだ。

余談だが、語学習得マニアの家人が一時、本気で
マルチリンガル(多言語使い)を目指し、
勉強を始めたのことがあって、なんでも、
多言語化の基本となるのが、スペイン語と、
それをベースにした人工言語(世界共通語?)=エスペラント語
あたりらしく、そこから手をつけることになったのだが、
現代ではほぼ使用実態がないエスペラントを学習する
モチベーションが、彼女には全く沸き上がらず、
途中で投げ出してしまった。

ちなみにアラビア語を熱心にやっていた頃、どうも
尾行されてるような気がして、BS放送でアルジャジーラ
ニュースの同時通訳をやってるアラビア語教師に相談すると

「私なんか、24時間交代で公安に見張られてますよ…」

それを聞いた彼女は、ビビってあっさり辞めてしまった。
(ヒエログラフ….それだけは続けてたみたいだが…)

話を戻す…。
小学校の時はまだ、同級生たちは、どちらかというと、
おっとりした、県外から赴任中の公務員の子弟とかが
多い学校だったから、言葉で不自由を感じることはなかったけれど、
中学、高校と上がるにつれ、不明な単語の数々は勿論、
未知のイントネーションとの遭遇など、結構大変な目に遭うのだ。

一度、入学早々、高校の上級生にからまれたことがあった。
確か拳闘部の部室に連れ込まれ、リング上で数人の
上級生に囲まれた。

ところが、彼らの訛と方言がキツすぎて、何を言わんと
しているのか、自分の何がそんなに気にいらないのか、
サッパリ分からない。よくよく集中すると、
どうも自分の着ていた上着の「サイドベンツ」が
チャラケテいるらしく、ソレが先輩方のお気に召さない
ってことらしい。

明日までに縫い合わせてきたら、赦してやる…。

そんな実にくだらないことで、自分は因縁をつけられてるらしい。
あまりにもクダラナイから、以後、絶対縫い合わせたりするものか!、
って調子で、そのままにしていたら、向こうも呆れたらしく、
それ以上からまれるようなことはなかった。

先輩方は、相当凄みを利かせて脅したつもりなんだろうが、
いかんせん、自分には殆ど理解不能言語で、全く脅しは
利いてなかったってのは、案外ラッキーだったのかもしれない。

やがて、いよいよ高校も出た。さあ上京だ…。

たしか千駄ヶ谷の東京体育館だったかの入学式を終え、
最初のガイダンスで、たまたま席を隣合わせ、
早速友達になった男が、なんと熊本の天草の出身者。
ほぼ、50%くらいしかコミュニケーション不能…。

まあ、それはそれで、もう慣れっこの人生…
それが自分の天命ならば、甘んじて受けようぞ…
そう思うのだった。



私は、高校生のときから、一人で音楽を作り上げる
多重録音マニアでもあった。

最初は4トラックのオープンリールデッキを母艦として、
父のオープンデンスケやラジカセなんかをフル動員しての
音質は酷いけれど、単純に音を重ねて行く原始的なやり方。

やがて、雑誌を重ねて叩いたドラムもどきも、鍋のふたを使った
ハイハットもどきも、それを何度も執拗に重ねることで、
何重ものエコーというか単なるズレなんだが、
それらしいサウンドになることが分かると、ギターも唄も
全部それ式の何ともスペイシーなサウンドの一丁上がりとなる。

やがて、オープンデッキに少々の改造を加えつつ、
4つある録音ヘッドに任意にセロテープを張り分け、
その手前にある消去ヘッドもテープでマスクすると、
普通のデッキが簡易的に4トラックマルチレコーダーに
早変わりすることを発見。

さらには録音ヘッドと再生ヘッドの、ほんの2cmくらいの
ギャップから、シングルエコーが取り出せることを知ると、
ひたすらそれの有効利用法を考え、実験するのを楽しむ生活...。

上京後も、友人に貰ったLL英語教育用のカセットの一風変わった
特性を利用して、MTR+簡易逆回転サウンド生成装置!

そんな感じで主にアヴァンギャルドとポップの中間みたいなことを
していたら、別の友人が「TEACのオープンリールのMTRを買ったから」
っていうことで、カセット版MTRを譲ってもらうと、
今度はピンポン録音っていう技を覚えて、音質の維持さえ気にしなければ.
無限のマルチトラック環境が手に入ることになる。

やがて、自前でも4チャンネル〜8チャンネンルへと、様々な
MTRを買い替えたり、シンセサイザーやサンプリングマシン、
シーケンサから、最後はAppleのマッキントッシュで
パフォーマとかノーテーターロジックなどのシーケンスソフトや
作曲補助ソフトまで…録音環境はみるみる向上するのだが、
ふと考えてみると一番クリエイティヴで、内容が充実してたのは
案外、いい加減な機材で、セロテープを切り張りしたり、
逆回転させたり、逆転エコー等々試行錯誤してた
実にアナログな時代だったかなあ…なんて思うのだ。

そんな時代に、目標にしてたのが、何と言ってもローリーアンダーソン。

このオースーパーマンみたいなサウンドの断片をアイデアの赴くまま
たくさん作って、それを編集して、くっつけたり切り離したり、
ループを作ったりする作業…楽しかったなあ…。

いずれにせよ、バンドとはまた相当趣きが違う、誠に自分勝手で
自由気ままな創作活動の、そのヒントがふんだんに詰まった
ローリーアンダーソンの曲は、ホントによく聴いたなあ。

Laurie Anderson - O Superman


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油断大敵なのだ

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Carl Zeiss 'Planar' 1.8/50 (1973)

循環器内科の主治医の先生の外来担当日が
水曜日午前なので、なにかあれば、水曜日に…
ってことだったから、そのつもりで準備してたのだけど、
当日になってみると、まあさほど深刻な情況でもないし…
もう少し様子見るかいなあ…なんて思って軽い気持ちでパスしたら、
夕方くらいになっていきなり…

突然の発作みたいな、酷く苦しくて、
ああ、このまま死んでしまうんやろかあ!?的な
全身の急激な倦怠感というか、どうにもこうにも
動けなくなる状態を、いったいどう説明すれば、
理解してもらえるんだろうか?

そんなことを、頭の片隅で冷静に考えながら、
自宅の2階と3階の間の、暗くて寒々しい階段で
倒れ込みながら、どうにもならない苦しみに、
モガき、喘いでたりするのだ。

まあ10分か15分か我慢していれば、
苦しみは少しずつ去って行くのだから…。

様々な症状が、いろいろな部位に同時多発的に現れる。
それがいつも同じような苦しみではなくて、
毎回微妙に違う症状なのだが、共通点といえば、
最初はまず、少しの運動で、激しい息切れに襲われるのだが、
事態はまだそれほど差し迫ってはいないものの、
それでも念のために、少し休憩すると、日によっては、
みるみる立ってられない類いの激しい目眩いから始まって、
全身倦怠感、脳内に、軽ければ深い森の蝉時雨…
今日のようにハードな時は、江戸時代の火事を知らせる
早鐘がカンカンカン…ケタタマシク鳴り続ける。

激しい嘔吐感と、今日は違うが、大腸にブツが
溜まってたりすれば、激しい排便感が訪れるから、
まずはトイレに駆け込むが無難。

全身の血とか酸素が、逆流とは言わないが、
ブクブクと迷走してるような感覚、
頭がやけに重くて、支える首が痛い。

さらに酷い胸焼けみたいな胸の痛みに襲われ、
動悸の音が直接内耳に繋がってるように
♩=110くらいのビートを刻む。

ふと、大昔、誰かの送別会で、滅多にないことだが、
ヤケに感情が高ぶって、しこたま日本酒を呑み、
しかも途中から部下たちに悪戯されて、ビールジョッキに
ウィスキー、焼酎、ビール、日本酒が混ぜこぜに注がれたものを、
調子に乗って、何杯も馬鹿みたいにあおったその20分後…。

便器に頭を突っ込んで、ああ、このままここで俺は人生を
終えるのかあ…格好悪いなあ…。

そう思ったその時の、全身の血管に酒が混じって、そいつが
暴れて爆発しそうな、そんなどうしようもない末期的な感じ、
それになんだか似てなくもないな…そう思うのだ。

ヤッパリ病院行こう…。



トム・ペティが亡くなった。66歳だったそうだ。

実は何となく、自分と同じ世代くらいかなって
勝手に思い込んでたけど、案外…いってたのね。

自分の世代は、ブランクジェネレーションとか云われて、
つまり、燃え盛るような60年代文化には乗り遅れ、
コンピューター世代には早すぎた空白の世代…
そういう意味らしい。

いわゆるパンク年代をそう呼ぶのが普通だが、
実際にはそのちょっと後の、ポストパンク当たりの世代が、
もろに自分と同世代だと感じてたし、まさにその頃、
登場してきたトムペティ…しかしそれは自分勝手な思い込みで
実際には、日本式に言うと昭和25年生まれで、1976年デビュー。

世代的には何と、志村けんさんや綾小路きみまろ、梅沢富美男...
スティービーワンダー….そういう世代の方…
結構…上かな。

小学生の自分に、ビートルズやヴァニラファッジやマイルス、
さらにフォークルにジャックスを教えてくれた、当時大学生で
ゲバヘルを被ってた叔父と、同じ世代ってことになる。
彼は15年前にガンで亡くなっているけれど…。

さてトムペティ…自分の音楽仲間にも彼の熱狂的ファンは
何人かいるけれど、どういうわけか自分は、決して嫌いという
わけではないし、アルバムも何枚か保有しているし、結構
聴くことも多いけれど、残念ながら、熱狂するほど好き?!
ってほどではなかったように思う。

だから彼の死を聞いて、真っ先に取り出したディスクは、
意外にもDVD….それもジョージハリスン追悼ライヴの
Concert For George….これの彼が実にカッコいいのだ。

しかも、彼のセットだけで、これらを唄ってしまって
果たして良いものか?狡くないのか?ってほど美味しい選曲…
「Taxman」と「I Need You」、そして
The Travelling Wilburysの代表曲でもある「Handle With Care」

仮に自分がジョージ追悼で2曲振られたとしても(あり得ないけど…)
キッチュで、いかにもジョージらしいこの2曲を
選ぶんじゃないかなって思う。

それにしても、歴代最高ってくらいに、かっこ良くキメている…。
ただ者ではないね…。R.I,P…Tom !.。

Tom Petty & The Heartbreakers @ Concert for George
Taxman / I Need You / Handle With Care



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不健全な大人たち

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Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

全てあらゆる選挙に、私は足を運んでいるわけではないけれど、
総選挙、国政選挙の類いには、どんなに多忙でも、仕事を
途中抜け出したりして、出来る限りの投票行動を行ってきた。
(日本にいなかったり、東京にいなかったりと云うのはある)

いつの日か、投票所は、地元の所定の小学校とかではなくて、
どこでも投票できたり、ネット投票も含めて、もっと円滑に
執り行えるような、そんな世の中になれば好いなあって、
ずうっと、たぶん30余年願ってきたけれど、AIで自動運転が
可能になった今日でも、こうしたお役所仕事だけは、
相変わらず1ミリも進化しないようだ。

そういうわけで、不思議なことだが、大昔に
ふらっと出掛けた、いい加減どうにかしろやあ!って程
オンボロな、日曜午後の川崎球場の、ロッテ対日ハム...
その閑散としたスタジアムから見えた、サードを守る
落合博満の大きなお尻…そんなローテックな光景と、
今も昔も変わらない投票所の、ちょっとローテックな感じが、
同じ匂いがするなあって、ふとそんなことを思ったりするのだ。

さて、今回の選挙はさてさてどうしたものか、入れる
ところがないなあと思いつつ、体調も悪いし、
これは、今回は「棄権かなあ?」なんて考えていたけれど、
突然、ああ、リベラル政党…残ったじゃん辛うじて…
ってわけで、まあ当面なんの力も発揮できないほど
小さなものだろうが、やっぱ政権側(どんなカタチでも)に対し...

「それでいいのか?、ホントにいいのか?信じていいのか?」

そんな事が言える党が、首の皮一枚のひ弱さながら
なんとか残っとことを評価したいと思う。

ディベードというのは、全く疑いようがない正しい法案に対しても
敢えて反対意見者を設定し、本当にその法案が安全なものなのか?
リスクは全くないのか?あるとして、それを賛成派はどう回避する
施策を持って説明しきるのか?...そういうことが、
実際の国会にも絶対に必要だと思うのだが、一気に満場一致で
可決っていうのは、ヤッパリ胡散臭い。

レース用の自転車にブレーキは必要ない…
っていうけれど、政治は全速力のレースじゃないし、
時には立ち止まって考えることも必要だ(原発が良い例)。

そんな疑り深くて、慎重で、臆病な国民にも、キチンと考えさせ
説明を求める勢力はヤッパリ必要だと思う。

キッチリ説明しますって云っておきながら、全然説明しないのが、
「数の力」なら、それはヤッパリ、反対勢力は絶対に必要!

「いつも反対ばかり!」....それで良いのだ。

ちなみにK産党という勢力もあるにはあるけれど、
残念ながら、党是の半分はファンタジー...。

それはそれで、素晴らしいユートピア思想と感服するけれど、
政治結社としてはヤッパリ自己矛盾に陥ってしまうのが、
困った部分だ。あくまで思想は素晴らしいと思うけど
残念なことに、もう少し世間は現実的なのである。

とはいえ....自分はつまるところ、右も左も、
この日本に於いては、大した違いはないと思う。

この国に生まれ、国を愛し、故郷を愛する…そんなの当たり前だ。
国が嫌いなら、とっとと外国にでも移住して暮らせばいいだけ。
この国に主体的にいる、住んでるってことは、みんなこの国が
大好きだってこと。少々ものの見方が違うからって差別したり、
排除したりってのは、日本人として情けない...と考えるべきだ。

自分は外国に出ることが多い仕事だったが、
どこの国にも程度の問題はあるが、「民族紛争」というか
「差別」はある。同じ生活エリアの同じハンバーガーショップに
武力闘争中の二つの民族が、普通に席を隣にして、ハンバーガーを
食ってる…。一見平和な光景だが、実際には一触即発の緊迫感が半端ない。

日本ほどそういうことが希薄な幸せな国はない。

有り体の言葉で、少々恥ずかしいが、

みんな仲良く…。

それが一番だが、国会とか地方議会だけは
侃々諤々の議論を本気で闘わせた方が、より幸福な国家像が見えて来る。
…そう考えるのだ。(地方議会はその点、最悪の様相で、談合そのもの。
地方が疲弊するのも、当り前だなあと思う。)



1993年に52歳で亡くなったフランクザッパだが、
いつの間にか、自分は遥かにその年を越えてしまっていた。

40歳になった時は、たしかこう思ったものだ…。

「ああ、ジョンレノンに追いついちゃったぜ」

後はどうだろう、何となくビートルズの唄、
「When I'm Sixty-Four」に刻々と近づきつつあることを考えると、
なんだか空恐ろしくなる。

まだまだ遠いようで、近くもある。
ビートルズ好きには、ひとつの節目…なのかもしれない。

ザッパは、死の数年前には既に前立腺がんに侵され、
残された時間が少ないことを公表していたから、
最晩年も、比較的充実した「仕事」を見事に完遂していたことは、
なんだか羨ましくさえ感じていたような気がする。

オーケストラとの競演と云うのは、ザッパ自身実に60年代から
たびたび行ってるもので、ロックグループのバンマス=ザッパと
同等にザッパの活動の重要な位置を締める活動となっている…。
(その他に、現代音楽=コンクリートミュージックサイドの
ザッパというのもある)

今回のプロジェクトは、YELLOW SHARKと題された、
現代音楽寄りのオーケストラ「アンサンブル・モデルン」との
競演となるが、公式にザッパの人生最後のプロジェクトである。

勿論これはザッパのプロジェクトである…何がザッパか?といえば、
曲は今回用の書き下ろしもあれば、ザッパの旧作のオーケストラ
アレンジ版もある…つまりそれらの全てがザッパの手による
スコアであるということだ。

そしてたぶんだが、ザッパの書く文字と言うか、譜面も独特で
癖はあるけれど実に美しいフォントなのだが、映像で見る限り、
パート譜の1枚1枚が、ザッパの手書きによるものというのが
見て取れる…。

基本的にザッパという男は、バンドのライブ用にも
ツアーの度に、全てニューアレンジで、アドリブソロまで
キッチリとパート譜に書き込む「完全主義者」として有名だが、
自らの死の影と、たぶん酷い痛みを前にしながら、
この最後のプロジェクトの為に、寸暇を惜しみ、病院のベッドや
自室で、カリカリと鬼神のように写譜する姿を浮かべると、
何とも空恐ろしくなるのだ。

母国アメリカより、ヨーロッパ、特にドイツではとても人気があり、
評価の高いザッパは、この最後のプロジェクトを、
アンサンブルモデルンの地元ハンブルグで行うことにし、
確かドイツ全土でテレビ中継され、のちにMTV等で全世界で
放送された。

本日のドッグブレス〜アンクルミートのメドレーは、ザッパファンには
お馴染みすぎる60年代のオリジナル・マザーズ時代からの定番曲。

ちなみにザッパという男は、9歳の時に、憧れの現代音楽家
エドガーヴァーレーズにファンレターを送り、やがて送られてきた
返信を、生涯、額装して大切にしていたという有名なエピソードもある。

小学4年生で、既に武満徹あたりのファンだった...みたいな話?…
あれ、自分もその頃、伊福部昭のファンだったような…
まっ、ゴジラ音楽…だけど…。

いずれにせよ、ザッパの最後は、こうして締めくくられたのだ…
と、いう事で、何とも感慨深い。

Frank Zappa - Dog Breath Variations + Uncle Meat


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