ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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そろそろ再起動準備に入りたいと思う暑い秋

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相変わらず暑っ苦しい秋田市。
やっぱ地震で地軸がまた少し傾いて、秋田もいよいよ亜熱帯入りか!?



かつて20年間を過ごした会社が経営破綻して、
それ以後数年は本当に人生の艱難辛苦をこれでもかってほどに集中して味わいぬき 
遂には第一回目の大病を患った。

東京で一ヶ月、秋田で三ヶ月入院し3度の手術…
帰京して3ヶ月間リハビリの日々を過ごした後、
万全ではないが、新宿西口駅前のハローワーク入り初日に就職を決めた。

全く経験のない新しい職種の企業。
以前の業種は既に斜陽産業であることを実感していたし、
様々な重圧によるストレスも病気の一因であることに疑いはなかったから、
未体験の職種に挑戦することに迷いはなかった。

いやむしろ、平社員からまた新たに人生を始めることに喜びさえ感じていた。
子供の頃、友人の家でよくやった「人生ゲーム」での「ふりだしにもどる」の
不思議な爽快感をご理解いただけるだろうか!?そんな気分だったように思う。

人事担当者と、極めて事務的な面接が終わった後、突然、
「今日は社長が社内にいるのでこれから逢って欲しい、
二次面接と思ってもらって良い…。」

数十分後、一つ年上の社長と意気投合。
3ヶ月使用期間をぶっ飛ばし、いきなり正社員という待遇で採用された。
そんな分けで、実に気分よくスムーズに仕事に入れることになったが、
社長さんの器量というのか人心掌握術には随分と感心した。
取り敢えずこれまで見た事ないタイプの社長もとい経営者だったことと、
翌日の初出社の日が48歳の誕生日だったのも、何かの因縁だったと思う。

職種に関しては実は少し特殊な仕事でもあったから、内容は控えさせていただきたい。
営業社員だったが『モノ』を売るわけではなく、
国家機関(省庁)認証による法務的サービスの提供とでも言っておく。
モノを売るわけではないから(もちろん利益は発生する)
全くの飛び込み営業(アポなし)でも、ムゲに追い出されることは滅多にない。
大抵は「あいにく担当者が出払っているので本日のところは…」
と柔く追い出しにかかられることが殆どだが、
私がかつて指揮していた営業軍団はそんな事では決してメゲナイ。

では担当者様はどういう役職のなんという名前の人で、いつ帰るのか
(大体直帰か、いつ帰るか分からないか、深夜帰社…になる)をきっちり確認し、
では○○の件で、○○様宛に、明朝○○時に必ず電話する!と予告し、
翌朝首尾よくアポイントを取る。
押しの強さというより、これはリズムだ!

月曜日に飛び込んで水曜日頃第1回商談→経営上の諸問題まで
踏み込んだインタビュー中心(コチラが示すのは守秘義務の徹底のみ)、
早ければ金曜日に第2回目→先方内情に適合したサービスを構築・提案し、
内容と見積、メリットなどプレゼン…、翌週中には契約書締結!が理想なのだが、
実際はもう2度3度足を運び、重役会で改めてプレゼンして欲しいとか、
経営者に直接提案して認可を取って欲しいとか、何度かあるが、
既存契約業者を追い出す為にちょっとした謀略を仕掛けたり(!)と色々あって、
未処理、未決案件を数多く抱え込んでしまってなかなかに忙しく、
オバカな頭が混乱しパニくる局面もあったが、
これが意外に自分に合っていたらしく、実に楽しく、
やりがいを感じる充実した仕事となった。

ああ道を間違えてたなあ!
本来やるべき仕事はこっちだった!
ああ人生やり直しててえ!
などと感じたものだった。

しかし体調はやはり芳しくなく、
それまで経験ないような痛みや苦しみを抱えながらも5年間を過ごしたが、
遂に2度目のダウンをしてしまった。
今度ばかりはチョイと長くなりそうな…で、今の実家暮らし療養に至るわけだ。

人生ポンコツになる前にサマザマな職を経験し
そして自分に最適な職種と巡り会う幸せもある。
しかし世間的にはキツくてもダラケテテも、ヤリガイ全くなくても、
仕事を長く続け、退職金をたんまりもらった方が遥かに幸せなわけだ!

まさしくその通り!
それは間違いない。
間違いないのだ…
に違いないはずだ............?
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