ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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家訓=あのどん底時代に比べれば,,,

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音楽で生計を立てようとしていた時代の最初期というのは、
兎にも角にも切実に欠如しているものの履修=
即ち「技術」を磨く=日々是研鑽は当然のことながら、
もっと切実に

日々「無事食べること」

それが何より優先される目標となるのだが、そうもいかない場合もある。

ひたすら毎日空腹な中で、当然どんな仕事にもダボハゼのように食いつくから、
結局足許を見られて騙されることも少なからずあった。
仕事の現場(八王子サマーランド=忘れもしない!)に辿り着く電車賃がなく、
駅前の交番で「財布を落とした=仕事にいけない、困った」
と演じて優しいおまわりさんから1000円借りた事もある(きちんと返したよ!)。

仕事はそういう業界だから夜も昼もなく、
「もう30時間寝てねえな!」
「いや俺なんかもう48時間寝てねえぜ!」
と睡眠時間の短さ(無さ加減)を自慢する悲しい状態に至る。

それに加えて栄養状態もすこぶる悪いから、
すぐに風邪をひき高熱を出すのもしばしば。
そうなるともはや悲惨の極みで、惨憺たる末期的な状況。
金もなく食うものもなく医者にも行けず、
サラリーマンなら「あと○○日耐えれば給料日♡」という明るい希望すらない絶望の淵。
「はっぴぃえんど」の「春よ来い」を無意識に口ずさみ、
いつの間にか涙か鼻水か分からない液体に顔はグシャグシャになり、
そのまま気絶し、2日くらい経って、
既に知り合ってはいた今の家人に「音がしない、おかしい..」と発見され、
やっと温かいお粥にアリツケルのだった(そもそも電話がない!)。

それだけに、「あの時の苦しさに比べれば…」が我が家の家訓?となっている。



『春よ来い』 作詞 松本隆  作曲 大瀧詠一

     お正月と言えば 炬燵を囲んで
 お雑煮を食べながら 歌留多をしていたものです

  今年はひとりぼっちで 年を迎えたんです
   除夜の鐘が寂しすぎ 耳を押えてました

   家さえ飛び出なければ 今頃皆揃って
 御芽出度うが云えたのに どこで間違えたのか

  だけど全てを賭けた 今はただやってみよう
    春が訪れるまで 今は遠くないはず
     春よ来い 春よ来い 春よ来い



そんな生活が僅かながら改善されるようになったのは、
勝手に書生のような状態で教えを乞うていたあるアレンジャー兼
ヴォイストレーナーの先生から、アレンジ仕事を少しずつだが分けてもらったこと。
さらに、出来た鉛筆書きのスコアを「写譜屋」という清書屋さんに依頼するのが
通例だが、それもセコく自分で清書して小銭を稼ぐようになった。
まあそれはそれで締め切りが超タイトだったりしてそれなりに大変だが、
アレンジの打ち合わせ+キー合わせ、納入などで様々なスタジオや現場に行くうちに
人脈が出来るようになり、

「ちょっと小耳に挟んだけど、君、○○のバンドのギターだって?評判聞いてるよ!
 今度ウチの△△も頼むよお!」と依頼されるようになり

いつの間にか「食う目標」は達成されていた。

30年以上前の話だ。
当時、根無し草のフーテン然とした何の見返りも期待出来ない私に
仕事を依頼してくれた人々の顔も名前も、今でもそれぞれよく覚えている。
一番苦しい時代に助けてくれた大恩人であるから
一生忘れまいと思う。

後年、私は別の業界ながら「若者にチャンスを与えるべし!」として
同じような事を相当数多く行ったつもりだが、
私を恩人!として奉ったのは、ほんの数人に過ぎなかったように思う。
誰もいないより良いさね!
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