ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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デビュー50周年。

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ⓒApple Corps

ポスターとはレコード屋さん等で無料でイタダクもの!と思っていたが、
このポスターは、当時開店したばかりの「秋田プラザ(現キャッスルホテル)」の
イベント(確かビートルズデビュー10周年フェア!)で600円?で購入した。
シングル盤400円の時代、2時間ぐらい周辺をウロウロしながら
散々迷った挙げ句の大英断!
画鋲の痕なんか勿体なくて付けられなくて、遂には壁に貼らないまま無くしてしまった。



2012年10月5日で「ビートルズ・デビュー50周年」なんだそうな。
1962年10月といえば、私は過保護な茨島のスクールバス送迎付き幼稚園の
年小「チューリップ組」…。だからビートルズ活動中は

「お昼寝&お遊戯の日々」から「半ズボン&ランドセルの日々」。

その間、覚えているのは社会現象となった『66年の来日公演』。
学校の掃除当番で新しいダスキンモップを頭に乗せ、
ほうきを「エレキ」に見立ててテケテケとふざけていたらセンセーに叱られた
(まだビートルズとベンチャーズの区別がついてなかった)。

そのランドセルデイズの最後の年に買ってもらった初ビートルズ45RPMが
「HEY JUDE」
アクビが出るほど長くてシツコイ曲。
しかもB面は音が割れててギャーギャーワーワーとウルサイだけ…!

やがて学生服を着始め、サッカー部で黙々と走るだけの日々を迎えた頃、
秋田の街のあちこち=金座街も金萬も、ブルーチップのなかよしもお菓子の丸丹も
山甚もリボン会館(?)も、広小路ト一屋も加賀谷書店も文具のイトウでも、
関西安売王マルサンでも、セントラルデパートでも、木内も恊働社も本金も、辻兵まで、
ポール・マッカートニーが唄う「LET IT BE」が
「れりぴぃー…さあ解散だべ!皆さん、最後のビートルズだすよ!」
という悲しげな響きを発しながらかかっていた時代の情景をよーく覚えている
(勿論、歌の中で「解散」とは言ってないが、紛れもなくそう聴こえた)。

だからこの曲は絶望的に悲しい曲としてインプットされ、未だに大キライ。
ジャケットもお葬式写真みたいな黒枠のイヤな雰囲気だった。
とは言え、本格的にビートルズを聴き始めるのがこの直後から。
「遅れてきたビートルズ世代第1号」である。

なんか我々の世代はすべてこんな調子。
「ブランク・ジェネレーション」と云うらしいが、
激動の60年代は子供だったし、
さていよいよデジタル時代!にはオジサンになりかけていた。
唯一誇れるのは「輝ける70年代の生き証人!」な筈だが、
70年代を「輝ける!」とするのはどうやら「我々世代」のみの様相である。

ともあれサッカーとビートルズ三昧な中学生活で、
折角の「記憶力最活性年代」を無駄な知識蓄積に費やしてしまう『残念な自分』である。

取り敢えず、ビートルズデビュー50周年…は、
とりもなおさず、ビートルズ解散42年、
すなわち私の本格的ビートルズ歴42周年!!となるわけで、
何とも皮肉であるわけだ。
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