ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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トップの覚悟

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上のイベントに関しては敢えてコメントしません。
まだ発展途上なテクノロジーを用いたエンターテインメント。
最低限、覚悟の足りない演し物にはもっとキビシイ評価をすべきで、
それがより高いレベルへの暖かいサポートだと信じてます。
もっと頑張れー!。

35年間も東京にいて、さて秋深まりし候、私はどうして過ごしていたのか?? 
いやはや全く思い出せず、ただただ「なんだあ?今日は肌寒みーなあ…」
とかなんとか言いながら、特に季節を感じる事もなく、
ただただ毎日、仕事に出掛けていただけの自分だったのだろうと思う。
まあ、身動きとれなくなった2年前の11月の朝の寒さだけ、妙に覚えてたりして。

と云うわけでグダグダとプチリタイヤな生活を今もしているわけだが、
このままいつまでもダラダラしている身分では残念ながらない。
いずれ近いうちに「社会復帰」せねばならない。

まあその前に軽く秋田で肩ならし的に働いてみようかな!なんて考えてもいたが、
そんなに甘いものではないらしい。
そもそも私は秋田で働いた経験がないから、何となく興味はあるし、
自惚れかもしれないが、半年も私をうまく泳がしてくれれば、
会社は大いに「儲かりまっせ!」的な根拠のない自信は充分あるのだが、
最後はいつも「アー.,.車の免許ないの」…で、

残念ですが今回はそういう事で(どういう事?)…となる。

そんな時は、
あ〜あ、この会社、車の運転ごときで儲け損ねてやんの!...
と思う事にしている。

ただし失敗例もある。
仕事的には、会社が潰れてしまった以降、色々変化に富む?時期が少しあって、
そんな時に取引先でもあった五反田にある「アジア雑貨屋」に請われて入社した。
女性社長直々に「全て任せるから、会社組織を一から改革し立て直して欲しい」
と命じられるが、
「ならば私に給料は平並みで良いが、最低限の役職肩書か人事権が欲しい。
それが許されないことには失敗もあり得る」と答えたが、
結局、それは実績次第!?とかなんとか明言を避けられた。
この会社で一番先に改革しなくてはならないのはこの人の中途半端な態度かも!?と、
早くも不安になる。

本来はトップダウンで私に全権が与え得られ、
言う事聞かない奴はこうしてくれようぞ!と、上から攻めれば改革なんて
分けないのだが、今回はそれは無理そうだ。

仕方がないから、各店舗を廻り、辻説法の如く旧来のスタッフに対し、
噛んで含めるように入念な打ち合わせをし、
まずそれぞれが何をスべきか?どのような観点で仕事に取り組むべきか?を、
いちいち納得してもらいながら改革・変更してゆくマドロッコシイ方法を取るのだが、
実際には一向に進展しないので、どうしたのか?と尋ねると

「お前はそもそも何様だ!なぜ新人のお前の云う事をきかねばならないのだ!?」
と予想通りの結果になり始める。そこでまたじっくり説明を繰り返せば良いのだろうが、
あいにくと私もさほど気長な性格ではないので、
自分で改革その1を強行してしまうと当然社長に呼び出され

「あなた評判悪いわよ!生意気、ナニ様?とのクレームだらけよ」と云われ、
さらに「人事権なんか与えなくて良かった!」とか小声でヌカした時点で
私は突然の脱力感に苛まれ、まずコイツを先に攻略すべきだった!。
と自らの作戦失敗を悟るのだった

まず代表者が改革の覚悟をしてもらわない事には何も始まらないのだ。

私が秋田に戻って来た約1年ちょい前に、
TVニュースで知事が
「観光振興企画を役所でなく業者にやらせてみよう」という話があって、
その時に知事からはっきりと
「ヤラへてみて駄目だば、やめらへればいいだけだべ。ハハハ。」
という、なんとも不快な軽口が聴こえた。

ここにも覚悟してない人がトップに居座ってるのか!
と情けない気持ちになったものだ。

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