ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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あまのじゃくのブルース

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他の大多数とうまく歩調が取れない気の早いモミジの葉。
異彩は放つが、他が一斉に紅葉して大盛り上がりの時には、
このアマノジャク(天の邪鬼)は既に枯れ落ちている。
なんだか哀しいなあ…。



中学生の時には吉田拓郎を筆頭としたフォークソングが大ブーム。
しかし私はひたすら洋楽一筋だった。

中2の時、秋田駅前「全音」でお年玉をかき集めて購入した9000円也の
メーカー不明のフォークギターでは、ひたすら背伸びして(?)
ビートルズやらCCRやらレッドゼッペリンを、
フォーク弦の硬くて、高い弦高で無理に弾いて無駄に指先を腫していた。

皆が激しくコードをストロークして、高らかに「人間なんてラララ〜♪」
なんて唄って、女子にもキャーキャーとモテまくっているその時に、
シンコー出版のビートルズの歌本に書かれているコードが余りにも
実際と異なる事に不機嫌になって沈黙した自分。

秋田のフットボール文化は、昔も今も「手を使う方」が断然主流だが、
私は「足と頭」の方を選択した。

男は「手を使う方!」
「足と頭」は女子供のお遊び....
そう言い放った秋田の大人が、昨日テレビ中継で「手を使う方」の解説をしていた。

社会人になるとビデオデッキというモノが登場し、
私は迷う事なくベータ(BetaMax)を選択し支持した…。

そしてPC…もちろん疑いなくMacintoshである…。

で今、もちろんiOS…これに関しては他を使った事がないから、
良いのかダメダメなのかホントのところはよくわからないが、
何度も語ってきてるように「選択の余地」は道義上あり得ないのだ。

長い間「大衆迎合的なものが嫌い!?」とオボロゲに自己分析していたのだが、
こうして並べてみると、どうやら共通してるのは
「オリジナルが好き」ってことのようで、
「オリジナルこそ本物」という心理が強く働いているのだと思う。

長いこと音楽好きをやっていると、歌唱力がどうとか個性的がどうとかなどよりも、
存在として「本物」か?「偽物」か?ということを嗅ぎ取れるようになる。
本物=オリジネータというヒトはなかなか居ないのだが、
発見した時の感動とか興奮は半端なモノではない。
まあ大体「早逝」してしまうのが困ったモノだけどね。

何事によらず、オリジナルな存在というのは、
こんな生き馬の目を抜くような浮き世では、相当生き辛いんだろうと思う。
すぐに真似されるし、足を引っ張られる。
オリジナルだから当然欠点もある。
後発者はちゃっかりその欠点を修正して模造品を世に出し、
あろう事か「だからこちらの方が優秀!」とまで喧伝し貶める。
それが世の中の世知辛さというものだから、
せめて自分は、常に「本物=オリジナル」から視線を外さないようにしよう!
そう考えるのだ。

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