ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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ヘタレの憂鬱

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先日、まるで無重力「宇宙遊泳」のような3D回転「めまい」を経験した。

実際のカラダはさほど傾くわけではないが、
視界が面白いほど急激に左下方向にゆっくり回転しながら沈みこみ、
次は右上にゆっくり押し戻る。

俗にいうラリッた…とか、飛んだ…って言うのはこんな感じ?
嘔吐感も強烈…。いよいよヤバいぞこのカラダ!である…。

ブログが2週間も更新されなかったら、その時は皆様、
PCか携帯の画面に向かって
「一拝」だけお願いできたら幸いです…。

先の手術では心臓を一旦切り離した手術もしてますし、
「生」というものに、さほどの執着を感じるものではありません。
もっと言えば、朝、いつも通り目覚めるのか、ずっと寝坊したままなのか…
そのちょっとした差でしかないようにも思えます。

もっとも危惧されるのは、私の死によって悼む人たちの事ですが、
はてさてと両手の指で数えるまでもなく、
3人くらいしかおりません。
しかも私が死んだからといって、
彼女らの現在の生活の基盤や、
方針を大きく変化させるようなこともありませんから、
「ある朝、超寝坊的死亡」は、
本当は実に都合良い方策かもしれないと思うのです。

逆に困るのは、外出先で突然倒れて、首尾よく救急車で運ばれ、
優秀な医師達、看護師達の必死の救命行為によって
「生きながらえた…植物状態で」….なんて事態。


もうすぐ40歳になろうとしていた頃、
週末ごと、サッカーの試合が立て込んだ時期がある。
その日はいつになく、酷く気が進まない状態だった。
集まりも悪くて、交替要員もおらず集中を切らす中、
相手チームの若い選手と激突し、膝を痛めた。

まあ折れちゃあいないだろう…
とそのまま数分間ながら試合終了まで出場した後、
一旦バスと電車を乗り継いで帰宅。
深夜、あまりの激痛に耐えられず、
かといって救急車も恥ずかしいので、
タクシーを拾って救急病院へ。

「お皿の骨折」即入院…。

翌朝から医師や看護師による私の呼び名は
「サッカーで骨折の○○さん...」。
もう40になろうとするオッサンだけに、
「それはちょっと恥ずかしい!」と訴えるが、
一向に改まる様子なく、先方も気を使っての事だとは思うが、
私と接する話題は常に「サッカー」。

ご贔屓のチームは?
好きな選手は? 
ポジションは? 
何年くらいやってる? 
ドコでやってる? 
奥さんと知り合ったのもやっぱりサッカー? 
お子さんもサッカー好き? 

などと、とんだ「サッカー馬鹿の患者」にされてしまった。

さらにオペチームの主治医や助手、麻酔医までが、私に向い、真顔で

「希望は捨てないでくださいよ!絶対にまたサッカー、出来ますからね!!」

実際には歳も歳だし、もういいかなあ…潮時だなあ…
と考えていたのにも関わらず、そういわれると

「は、はい、またサッカー…やれるんですね…ウ、ウレシいな…ははは…」

と空々しくも演技して答えるしかないのだ…まだ...

「普通に歩けるし走れるけど、サッカーは無理かもなあ…。
 でも指導する側とかいろいろあるじゃない」

そういわれた方が遥かに気楽だった事は言うまでもない。

手術後は、もう翌日からリハビリが始まるのだが、
担当の理学療法士は、わざわざ私の為に

「サッカー選手用特別リハビリプログラム」

を調べ上げ、用意してくれたようだ。
何度も言うが私はまもなく40歳を迎える一介のサラリーマンである。
理学療法士には面目ないが、特別プログラムは固辞し、
普通の…でお願いする事にしたのは言うまでもない。


さて、現在に戻る。今、救急車で運ばれて、
まあ雑に扱われて死ぬのには、概ね了解である。
万が一(?)名医にあたって、首尾よく回復してしまい、
またリハビって、山のようなクスリを与えられ、
好きなものも食せず飲めず、水だけ呑んで、また苦しみながら生き抜く…

もはや気が遠くなるほど苦痛な話なのである。

別に悲観し、馬鹿みたいに死ぬ死ぬ、アニキィ死にてえよう!、
後生だから殺しておくれよお!….なんて言ってるのではなくて、
医学や科学は、子供達や若い人達の生の為に
どんどん進歩してくれれば良いわけで、
高年層の生きる死ぬは、もはや「医学」ではなくて
「哲学」であるということを理解して欲しいと思うのだ。

宗教という概念も、哲学の一種だろうが、
「死に方」はどこの宗教も教えてくれない。
一番大事だし、皆が知りたい命題だけれど、

「こうやって死になさい」
「粋でオシャレな死に方」
「シブい死に方ベスト20」….

そういったものが、倫理上存在しないなら、
宗教なんてのも「無意味」だと思ったりする。

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4 Comments

朴 狸 髭 says..."あらっ!"
かなりやばそうなんですね~

働き盛りは時代とともに先伸び、朴も花の大都会でぶっ倒れましたョ。
しかも運転中…やっとこさの思いで羽田のある職場へ辿り着いた。
目眩が同じような状態です、指アッチ向いてホイ!あーだこうだも???
仕事は期間半ばで秋田へ転送、付属の建物で検査も???今度は当時のノーキョーの建物へ。
仕事にならずに検査入院、神経じゃないの? 自律ですか?…ン~結果??
一ヶ月近く美味しくないメシ食わされて、目眩は治まってた。
忘れた頃フラッときますけど震度1かな、 仕事変わってから次第に無くなってました。

当時は煙草40本も…じわーっと効いてたのか、で、狭心、動脈硬化etc, その頃からの積み重ねかも。
アルコール好きな職場、オヤジの遺伝が悪へ!

動悸のたびに〝アレコレ片付けよ~〟なんて思ってますよ。
生きるほうに比重を掛けたいんですけどね、考え同類。
 朴 狸 髭 = ぽっくりしと遊んでます、この夢だけは叶ってほしいと。
2013.02.25 16:08 | URL | #YDOxSa4Y [edit]
pipco1980 says..."師匠毎度です。"
>朴 狸 髭 = ぽっくりしと遊んでます

何か感動しました! ありがとうございます。

>〝アレコレ片付けよ~

まあ、災害もありますし、いつ何があるかわからない世の中ですから、
数年前から、私物は整理し、減らすようにしてます。
巨大なオーディオセットも、様々なライブラリの山も目を瞑って皆処分。
何もなくなったところで、また新たに必要なものなどがつまびらかになり、
世の中、また少し楽しくなったりします。

なにしろ貴重な体験談まで、ありがとうございました。
2013.02.25 23:49 | URL | #- [edit]
ぽん says..."その後"
ぴんぴんしてますか?
それとも、まだ、ゆらゆら??

3年ほど前、朝、目眩がひどくて、
ベッドから起き上がれなくなりました。
少しでも頭を上げると、どこかに放り出されてしまうかのような感覚。

一瞬、「あたった」のかと思いました。
その後、頭の中を駆け回った事柄のかずかずは
いまでも、ちょっと、空恐ろしいくらいに
生々しい感情でした。言いませんけど・・・ね。(笑)

居間まで人を呼びに行くこともできず、
なんだか、大きな声を出すことも出来ず、
ようやく、30分くらいたったあとに、
携帯電話で、家人に連絡して、部屋から救出されました、とさ。

「あ、もしもし、わたし。ちょっと部屋まで来てくれる?」
今では笑い話ですけど、ね。

その後、通院と投薬で治まりましたが、
もしかしたら…と思ったあの30分は、なかなかに印象的でした。

できれば、ぴんぴんころりでいきたいのは、みんな同じ。
でも、こればっかりはわかりませんね。

せめて、ぴんぴんころりを夢見て、
つましく、シンプルに生きたいのですが、
私には、それすら、むずかしい感じなのです。

お元気でしたら、2週間経つ前に、ブログ更新して下さいね(笑)

2013.02.26 14:33 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ぽんさん こんにちは"
皆さん結構、危ないとこ越えてきたんですねえ!
もしかして
戦友?(失礼)

一度「かすって」ますんで、以来、血液サラサラ薬は手放せないんですが、
髭剃ってて「プチッ」とやると、もうずうーっと血が流れたまんま。
土手長町付近のS銭湯に頻繁に行くんですが、
そこで顔面血だらけになって温泉に浸かってる不気味なオヤジが
ホカの誰あろうアタシです....???。

きちんと全てを整理して、
笑顔で「じゃ、お先に....」と言える
立派なオトナになりたいです...。
2013.02.26 17:07 | URL | #- [edit]

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