ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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N君の消息

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高校に入学すると、すぐに異様な男を発見した。
同じ新入生なのに肩まで掛かる長髪で、
今なら普通だが、当時としてはかなり珍妙な、
やけに小ぶりで、しかも丸に近い銀縁眼鏡の生徒…

なんともジョンレノン的風貌の彼は、いや奴は、何故だか常に居丈高な態度。
しかし彼の居丈高さ=上から目線なハナモチナラナイその性質は、
上級生にも、教師などオトナ達に対しても
決してブレず同じ対応なことに気付くと、
いつの間にか私は奴に対して一目置くようになっていた。

奴の異様さはそればかりでなく、
いつもロック系のLPレコード数枚を袋にも入れず、
あたかも自らの趣味の良さを誇示するかのように、
ハダカで持ち歩いていて、
またその趣味も、それなりにロックマニアを自認していた私でさえ、
理解不能なほどコアな趣味であった。

それが、ちょっとばかしナルシストでハナモチナラナイ
N君であった。

ある4月の土曜日、N君とはクラスも違うし、
まだ1〜2回しか口を利いた事がないのだが、
突然ツカツカと私のところにやってきて

「ねえ、君、これ聴きたいなら月曜まで持って帰っていいぞ…
 久しぶりに戻ってきたから…どっちも超名盤だぜ…」

といって、ビニールも掛かってないハダカのLPジャケットを
ガサツにバサバサと渡された。

それが、FRANK ZAPPA & THE MOTHERS OF INVENTIONのデビューアルバム
「FREAK OUT」(66年)と、
同セカンドアルバム「ABSOLUTERY FREE」(67年)の2枚。

私にとっては人生を変えるようなレコードとの、
これが出会いの時である。

FRANK ZAPPAは名前だけは知っていたけれど、
実際に聴くのはこの時が初めてだった。
土曜日と日曜日の2日間を掛けて、
私はこの2枚のアルバム(実際には2枚組が含まれるから3枚)を
何十回聴いた事だろう!、
それほど素晴らしかった? 
イヤ…全然理解できない自分にモガキ苦しんでいたのだ。

今まで自分が好んで聴いてきた、
割と上品で整った音楽に対して、
ZAPPAの音楽は下品で猥雑で騒がしい音の洪水。
あえてヒトのいやがる扮装をして
怖がらせたり、嫌がられたりをモットーとする理解不能なヒッピー達….
そんな印象。
しかしN君が「超名盤!」と軽く言い放っていたからには、
それに相応しいキラキラ光る部分が、きっとどこかに潜んでいるのだろう。
それを見つけられねば、私もロック好きとしての立場がないわけで、
必死だった!。

しかし遂にZAPPAとは理解し合えないまま月曜を迎え、
N君には正直に「理解不能」を告げ、降参することになったのだが、
N君は例によって軽い調子でこう言った。

「君さ、ビートルズは好きだろ!? じゃあ聞くがリンゴの歌をどう思う?
 ヘタクソで聴いてられないよねえ。じゃあそんなビートルズはキライか?
 違うだろ、つまりそう言うことさ」

いまだに彼の真意はよくわからないが、
FRANK ZAPPAに関しては、その後私はN君以上の中毒者になった。
既に我々はFRANK ZAPPAの享年をとっくに越えているが、
ZAPPAの前では私はいつまでも15歳、そう思う。

N君とは東京でも28歳頃まで(N君は30歳くらい…)
時々会っていたが、
彼は、実家の事情でお父上の実家のある能代方面に帰って行った。

しばらくは秋田情報など、週に一度は「大長編」の手紙が届いていたが、
こちらも引越などが立て込んだりして、連絡は途絶えたままだ。
そんな彼に言いたいのだ。

「N君、生きてるのか死んでるのか?
 俺もちょっとアヤシいが、
 俺は今日もFREAK OUT、3回聴いたぜ!
 ....ヘヘンだ!」

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