ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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去るものは追わず/来るものは拒まず

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個人的に最後となった「TOYATAカップ」2002年12月の試合。
超黄金期、銀河系軍団完成時の「レアルマドリッド」。
先発メンバーにジダン、フィーゴ、ラウル、ロナウド、ロベカル、イエロなどがいた。
スゲ!



今年で20周年を迎えたJリーグが始まるその1年前に、
私は会社の部下たちや取引先の同好の士を集めて「サッカーチーム」を作った。

『去る者は追わず/来る者は拒まず』
これをチームの是としたおかげか、
やがて西洋人数名やら黒人も含むまさに「インテルナショナル」な、
リーグでもその異色さ(異様さ?)で、
それなりに有名なチームに成長していった。

私は、その言い出しっぺと年長者の由縁で、
チーム代表者+監督+雑用世話人+リーグコミッショナー(?)+選手として、
骨折引退(!)するまでの6年間ほどを過ごす事になる。

ユニフォームは当初、
私の個人的趣味からセリエAのラツィオのレプリカ(水色)を独断決定。
背番号は代表特権で高校時代以来の10番。
まずは何をおいても格好から始まるのは、競技を問わず楽しいもので、
この辺りまではメンバーも乗り乗り!。 
あくまでもラツィオブルーは試合用で、練習時には皆思い思い、
ご贔屓チームのレプリカシャツを着て、さながら派手なファッションショー状態、
ちょっと恥ずかしいが、それはそれで楽しかったナ。

次は練習場所の確保問題。
これが意外に難物だ。
区役所に行って、区営グランドや体育館などを申し込むのだが、
予約抽選会!というのが毎月あるらしく、
これが平日の午後1時~3時に各施設内クラブハウス
(だいたい街のはずれにある)に集合し、そこで日程を割り振り
ダブった時間帯は抽選によって「公平」に決めてゆく…との事。

役所側は声高に「公平」というが、
そもそも平日の午後1~3時に真っ当な勤め人が
その場所にわざわざ行けるはずもなく、
結局土日祝の殆どは「ゲートボール軍団」に独占されてしまう。
申し訳ないが、お時間に余裕ある方々なら、
どうか平日昼間などでユッタリマッタリお願いしたいところだが、
どうやら平日はみなさん「通院」で忙しいらしく、
必然として土日祝なのだそうだ。

サッカー時代の到来に呼応して
区営グランドのリニューアルされた美しい高麗芝のピッチは、
もっぱらゲートボールのご老人方ご占有!というわけで、
オマエら働き盛りは、スポーツなんて余計な事しないで、
もっとしっかり稼いで税金払え、年金払え…というのが
世の中の仕組みなのだなあと理解した。

学校関係もグランド使用許可を交渉したが、
日曜午前の小中学校校庭使用は一切不可能。
防犯上、学校関係者最低1名を出校させ、
監視させねばならないからという理由。

Jリーグ100年構想の根幹でもある、
ドイツ型「自治体ごとの生涯スポーツの奨励」は、
20年経った現時点に至っても全く達成されていないようで、
その前に「公務員改革」が必要のようだ。

結局、新宿西口公園や、少し遠征して多摩川の河川敷などを利用していたが、
実際には公園は「フリーマーケット」開催や
河川敷でも「ゲートボール軍団」に強引に浸食されるという状態
(ワシラは毎週ここでやっとるんじゃドケドケ!)
と極めて不安定な環境に随分と泣かされたものだ。

やがて沸騰するサッカー熱とその需要に社会が応じたか?
駐車場やゴルフ練習場、テニスコートなどを改造した人工芝などの
有料グランドが続々と営業を開始し始め、我々も利用を開始し始める。

ただし利用料金は会員でも10000〜20000円/hという何とも高額なものだったが、
土日のスケジュールはどこもびっしり満杯で、
かなり以前からの予約が必要だったりした。

やがて会員チーム同士でのリーグ戦開催や、他のリーグとの交流戦、
他リーグへの参入などしてゆく中で、
当初の『去る者は追わず/来る者は拒まず』の是によって、
初期メンバーながら試合出場機会を減らしてゆく者
(交替制限がないので、必ず出場できるように采配してはいたが)や、
チームの巨大化(肥大化?)+強豪化してゆく事に不満を持つ者も出始め、
知らぬ間に移籍していたり、
新チームを作りリーグに参入してきたりと分裂状態になった。

チーム内では『去る者は追わず/来る者は拒まず』の前提を一時降ろしてみては?
という意見もあったが、何故だか私は頑固にこれを堅持したのだった。

皆で楽しく!仲良く!各人を慈しみ合う…
チーム内でメンバーの陰口を言ったり、
カラカッタリ、イジッタリするのも絶対禁止。
試合で失敗しても常に
「ドンマイ!」
「いいよ、ナイストライ!」
それが理想だった。

それを乱すような者もたまにいる。
そうなると『去る者は追わず/来る者は拒まず』の精神に反するかもしれないが、
行為を止めていただくかチームを辞めていただくかの勧告を、
私がせねばならない役回りなわけで、
すこしメンドー臭くなりかけていたところで、
私は負傷し入院、そのままチームは消滅した。

実はチーム内でも内緒だったが、外人軍団の正体は、
投資会社のいわゆるハゲタカ連中。
彼らは我々のチームを乗っ取る事なく、
チームを独自にタチアゲ、その遺志(?)をしっかりと引き継ぐため、
私に監督をやって欲しいと中心人物のJohnは言ったが、
もちろん固辞した。
本当はすっかり意欲を失っていたのだが、

「コーチ?バカ言うな、俺はまだ現役だぜ!」

と言ってやった。

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