ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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千秋公園の紅葉ってこんなもんだった??

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千秋公園は、そりゃあ庭だべ!と秋田市民なら誰でも思うだろうが、それを口に
出せるのは、東京あたりでの秋田県人同士の会話に過ぎず、秋田にいるととても
申し訳なくてそんなことは言えない!。
30年間秋田を留守にした者としては、庭...と言いつつも、二の丸階段から本丸
入口の大門は、見慣れぬ後付け建造物に過ぎないし、御隅櫓なる物を簡単に認める
ことはできないのだ。

二の丸階段を登り始めた観光客らしき老夫婦に声をかけられた。
「(この先)あと何分くらいかかりますかね?」
「え?どちらまでいかれるのですか?」
「どちらまでって??決まってるじゃないですか、お城ですよ...」
「....もしかして本丸の奥のあれ?....ゆっくり歩かれて7-8分くらいってとこですね...」
「じゃあ我々なら10分だなあ、でもやっぱりお城観ないとね、頑張ってみますかな!
「....行ってらっしゃい....」

小学生時代に、校舎越しの千秋公園の紅葉情景を描いた絵が入選した。
これにははっきりした記憶があって、実は彩色途中で飽きてしまって、
とにかく「らしい色」をまるで前衛芸術のようにいい加減に画用紙に
落とし込んだだけの捨て絵で、結果、かなり紅葉を割増して大げさに描いた
ものだったが、審査員の方の評価は、圧倒的で大胆な色彩表現云々...
もしかしたらその時から世の中をナメハジメて、今苦労してるのかも??
などとネガティブになったりする。いずれにしても千秋公園の紅葉は、
子供時代の記憶とは異なるのか、実はそんなものだったのか判然としないまま、
とどのつまり、期待に勝るものではなかったように感じた。
30数年間に及ぶ記憶の上書きが、千秋公園の紅葉を見事にしてしまったに
過ぎなかったのだろうか?





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