ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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時代の徒労、または2001年宇宙の旅

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70年代後半、学生として上京した。
新生活が始まった私だったが、
基本的にヒマ人に相違なく、
その有り余る時間を潰すためかどうかはもう忘れたが
友人に誘われまま
「映画研究会」なる団体に顔を出すようになった。

気が付けば都内の名画座をゾロゾロと渡り歩き、
フェリーニの「8 2/1」から
日活ロマンポルノ「感じるんです/泉じゅん」まで、
サマザマ興味のあるなしに関わらず観まくる生活となった。

そんな中で突然
「スタンリー・キューブリックの”2001年宇宙の旅”の再上映を願う会」
というのに、やはり知らぬ間に加担させられることになった。

当時、同作品は配給元のMGM社か日本の契約会社の
そのどちらかが経営破綻状態にあって、権利が宙に浮き
「配給不能」であったらしい。
名作と謳われながらも1968年の初演以来、
全く観れなくなっていたから
この映画は「幻の名作」とされていたのだ。

今はビデオで苦もなく観れるが、
そんな時代も確かにあったのだ。

ある日、...ある関西系の喜劇俳優さんが、個人のコレクションで、
同映画のコピーフィルムを所有しているらしい...
という情報が入った。

それを首尾よく借りられれば、上映会を開いて、
一気に会の主旨は達成される....。
で、そのネゴに何故だか私にも同行しろ…という事になった。

既にアポは取ってあるらしく、
まあついてゆくだけなら…
と確か調布市の、まだ広大な畑に囲まれた
閑静な住宅地まで出掛ける事になった。

先方俳優さんは終始無言。
明らかに迷惑そうにクビを微かに傾げながら、
我々(4~5人?)の主旨説明をジッと聞いていたのだが、
いぶかしそうな表情のまま、やっとその重い口を開いた。

「お金…取らはるんでしょう? 
 それならキチンと代理店やらエージェント、
 通すべきやないですか?」 と言った。

「入場料はあくまでも上映会場を借りるためのカンパに過ぎない」
 というと

「でも、もし満員で立ち見も出たとなれば利益も多少出ますやろ。
 で、どうしますの?誰に利益をを支払いますの?私じゃないよ、
 私に権利なんかおまへんがな....。
 それと、フィルムを紛失したり、破損したらどうされますのや?
 ちゃんと事前に保険掛けてくれますの?」

こちらは学生ばかりだから、
そういう「業界通念」など知る由もなく、
ただただ安易に「若い熱意」でお願いすれば何とかなる!
という根拠のない自信が、単なる甘えに過ぎなかったことを、
一気に実感するのだった。

やるせない敗北感と無力感に苛まれながら
トボトボと畑の道を引き返した情景を良く覚えている。


結局、我々の運動とは一切無関係に、
翌年、唐突に権利関係がクリアーになったらしく、
『2001年宇宙の旅』
10年ぶりに日本中でリバイバル上映された。

時代は「スターウォーズ」や「未知との遭遇」、
「スタートレック映画版」などの宇宙SFものがトレンドとなっていて、
『2001年~』もいわば時代のニーズによって
必然として復活したわけだ。

結果的に我々の小さな小さな運動など、
なんの役にも立たなかったわけだが、
一生懸命に「署名運動」を興し、会の規模を広げようとする者や、
配給会社や上映館と根気よく交渉する者、
動画は無理だが、スチルを集めて、
展示会+イベントで盛り上げようとする者など、
沢山の一生懸命な人々を目撃した。

『2001年宇宙の旅』は今や、いつでもどこでも普通に観れる。
気がつけば私のiPhoneにも映画がまるまる入っている…
そんな便利な2013年の今の時代...
目一杯、幸福な時代の筈なんだけどなあ….。

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4 Comments

ぽん says..."ちっとも徒労じゃないです…かも。"
今みたいに自由にDVDやビデオで作品を見られる時代じゃなかった頃には、
エポックメーキング的な作品や上映会がありましたよね。しみじみ。

pipco1980さんたちの上映会も、実現していれば、
きっとそういう類いの思い出になれたのに…と思いました。

東京での学生時代、年間100本越えの映画鑑賞を
なぜか自分のノルマに課していて(笑)
学校の合間などにせっせと映画館に通っておりました。

二番館でみると、確か一本200円とか300円とかの時代で、
封切りも面白かったけど、そういう二番館も面白かったです。

三軒茶屋から下北沢、そして世田谷線エリアに出没していましたから、
けっこう、環境的には恵まれていました。

その頃、三軒茶屋で「ゴットファーザーPART1/PART2」が、
初めて二本立てで公開されて、話題になりました。
両編とも長いので、一日2回くらいしかかからなかった記憶が…。

当時のBF(これが私以上の映画好き)と、
おにぎりと飲み物を準備して、朝からでかけましたが、すでに満席。
だけど当時の映画館は、がんがん入れてくれるので、
通路に腰掛けて、おにぎりを食べながら、人のシルエット越しに見ました。

・・・てな、話しを30年経ってから、こうやって書けるのだから、
pipco1980さんの「2001年宇宙の旅」話も、徒労じゃないですよ
というのは、いささかこじつけに過ぎますかね(笑)

キューブリックのおかげで、
2001年になった時は、ちょっと感慨深かったのを覚えています。
2013.04.20 20:17 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ぽんさん どうもです。"
あれあれ、茶沢通りっすね!?
アタシも三茶...厳密には上馬でしたよ。
若かったんで、シモキタまで走って遊びに行ってました。
あっ「下北手」じゃないっすよ(失礼)...。

世田谷線(通称タマ電)も懐かしいですねえ。
踏切に信号機があって、なんと赤信号だと、
電車側が停車して、クルマや歩行者を先に渡らせるって言う、
のんびりした、何ともLOVE & PEACEな電車でした。

昔は今のTSUTAYA の数だけ「二番館」があった!は
かなり言い過ぎですが、駅前の路地裏に廻れば必ず
「映画館見っけ!」そんな時代で、
その一つ一つに懐かしい想い出があるわけですね。


2013.04.20 21:35 | URL | #- [edit]
ぽん says..."なつかしいです"
なんだかすごく思い出してしまい、連投失礼します。

当時池尻に住んでいて、池尻、三茶、下北あたりを
ぶらぶらお散歩しておりました。

あのパワーはドコいった!!…って感じ。

体力も有ったんですが、時間もあったんですね、あのころきっと。

昔の世田谷線乗り場の近くに映画館が3館あって、
よくそこで映画を見てました。

キャロットタワー・・・What's??
というくらい昔のお話ですけどね。
2013.04.21 00:08 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ぽんさん 懐かしいですね。"
3年くらい前に、所用あって三茶に出掛けたんですが、
地下鉄の新玉線というカテゴリーが今はなくて、
二子玉川方面に向かうあの路線がいつの間にか
「田園都市線」となって終着点も随分遠くまでに拡張されてました。
三茶駅前は、高層ビルでとっても空が高くなってしまって、
方向さえ定まらなくなってました。

池尻ですか!あれは目黒区?

三宿とか、明薬大だったか?あの裏手あたりまでがテリトリーでしたね。
私は世田谷線三茶駅の脇の路地の赤提灯で、
だいたい沈没してました。

なんで金もないのに毎日呑んだくれていれたんだろ?
それが未だに謎です...。

2013.04.21 00:59 | URL | #- [edit]

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