ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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好きなんだから仕方がない

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今、この曲を語るのは、とってもアザトイ気がするのだが、
それでも取り敢えず、人生を通して一番好きな歌。
あまりにベタ過ぎて、テレるんだが、
好きなのだから仕方がない。

この歌が世に出たのは40年前...(wao!)
まだ広小路&中央通りは一歩通行ではなかったし、
その賑わいは最高潮だった時代。

なんと私は高校1年生。
バリバリのロック小僧で、日本のフォークだのロックだのは、
ただ稚拙なだけのゴミ音楽(!)と信じて疑わなかった
(ニューミュージックなる言葉はまだ存在しない)。

そんなバカみたいに無駄に尖ってた時代に、
突然「荒井由実」なる女子がデビューしたことは何となく知っていた。
正直、大して美人でもない普通の19歳のネーチャンが、
東芝EMIの洋楽レーベルからアルバム先行でデビューしたのにも驚いたが
(実際には「返事はいらない」でシングルデビューしていた)

偶然ラジオで聴いた「ひこうき雲」に、
私は不覚にも号泣してしまったのだ。

最初こそ「おっ、いまさらプロコルハルム青い影のパクリか!?」と思ったが、
グイグイ彼女の言葉のマジックに吸い込まれてゆき、
実際の秋田は大雪なのに、目の前にはパアッと青空が広がり、
まっすぐな飛行機雲の白い線がすこしづつ引かれてゆく…。

今までこんな大きな唄なんてなかったから、
相当に驚きショックを受けたように思う。

少しして、学校の文化祭用のフォークっぽいバンドに誘われた。
当初はガロかよ!チューリップかよ!赤い鳥かよ!
こちとらロッケンローラーだぜ!?と悪態をついた覚えがあるが、
「荒井由実…演るならOK」で、あっさり加入した。
しかし、まだ「荒井由実」など全く世に知られてなかったから、
あんまりウケなかったけどね。

彼女がブレークしたのは、それから3年近く経って、
3枚目のアルバムが出た、さらにもう少し後の
「あの日に帰りたい」とか、「いちご白書をもう一度」の作者として、
一般に知られるようになったと思う。

その後、残念なことに「松任谷由実」となって以降の曲には、
一切の興味を失った私。
狂ったのは私の感性なのか、彼女の感性なのか...
たぶん前者だろうな。

ただ、数年間だけだが、ギタリストに図らずもなってしまった以降は、
どうせなってしまったからには、ユーミンのバックバンドに入りたいなあ…
なんて思ってはみたけれど、それはさすがに叶わなかった。
茂さんとか正樹さんの業界ナンバーワンの壁は滅多ことでは崩せません!

気が付いたら、わりと長くギター担当していたアイドル系歌手の娘が、
一旦プロダクションを辞めた後、
ユーミンのバックコーラスで業界復帰していたのには驚いたけどね。
今ではコーラス界では第一人者らしい…。

いずれにしても、近頃やけにテレビでこの曲が掛かるが、その度に私は、
まるで初恋の娘に、突然街で逢ったかのようにココロ取り乱し、
しかしイイトシなんだからと必死で平静を装う、
そんなおバカなオヤジなのであった。

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2 Comments

bt9 says...""
新宿の中央通りですか?
先日、何十年ぶりかで歩きました。
ぼろん亭も、風月堂も、永楽も、なくなってしまいました。
2013.07.23 00:52 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."bt9さん"
bt9さん、こんばんは。

申し訳ない、秋田の中央通り。
広小路も上野じゃなくって秋田の...
カサネガサネ申し訳ないっ!

無駄な一通化で街を退廃させた
秋田では象徴的な例。

新宿のは...我々の時代でいえば談話室滝沢...ですかね。
あそこで待ち合わせして、うまくおちあえた試しはあまりなかったような...?



2013.07.23 01:11 | URL | #- [edit]

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