ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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なんちゃって秋田市街活性化論

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ずーっと秋田市在住の友人Y君と、ささやか居酒屋新年会!

不思議なことにY君とは、学友としての接点は全くない上に、同じバンドで共に
プレイしたわけでもない。
高校時代に「新屋の凄腕ギタリスト」として知りあい、時にライバルとして、
時にリスペクトしあえる友としてずーっと有りたかったが、実は彼のほうが技術、
センス共に上。私など足元に及ばないことは当時から充分自覚していたから、
私が上京して以降も、向こうでバンド結成したり、その後少し音楽で
稼ぐようになっても、秋田にいるはずの彼の幻影が、いつも私に囁くのだ。

「まだまだだな!」

前置きが長くなったが、そんな彼と音楽談義をするはずが、なぜだか
秋田駅前復興プランの大激論となってしまった。
もちろん予算の出元や経済効率の細かい数字、根拠は別として感じてもらいたいのだが、
要は昭和30〜40年代頃の広小路文明の有様を返せ!元に戻せ!
というノスタルジー論に尽きてしまうのは許して欲しい。

○市電を復活すべし。
昔のように土崎まで通す必要はなく、広小路から土手長町を右折し
通町に入る(これが大前提)。そのまま八橋あたりで折り返し、
山王大通りを外しつつ、茨島→卸町→有楽町を経由して広小路に戻る。
交通の邪魔?=広小路は当然一般車両の通行禁止!
これがなんちゃら地下縦貫道の真の意味でしょ?。
一般車両は中央通り、南大通りを市街地幹線道路として使へば問題ない。

ナカイチがどんなものになるのか皆目分からないが、それより

○「木内」を復活させるべきである。

木内を広小路文化復興の核とすべき。もちろん屋上アミューズメントは復刻。
3階の展望レストランも復刻(お子様ランチも)。
木内経営者が渋るなら、行政が屋号をレンタルするとか、よしんば買い取るとかする!
「木内」という名前が「在りし日の賑わい」を再び創生するキーワードだ! 
なんなら「ナカイチ」も「キノウチ・モール」と改称というのも秘策としてOK!

○お堀のボートはもちろん復活。
蓮の堀の方には大手門通り、広小路の十字路から、景観を壊さない
ウッドデッキ風の桟橋を掘中に組み、美術館~県民会館~千秋公園への導線とする
(イメージは横浜レンガ倉庫へ通じる木製桟橋)。
夏は蓮を間近に愛でながら水上を歩く!ロマンチック秋田の誕生だ(冬は閉鎖かな??)。
もちろん例の「開かずの土手」も開放。

他にも多々アイデアが出た。壊滅中の有楽町復興。通町~大町の再興等々。
それはまた後日に。要は広小路周辺から自動車を追い出し、
歩行者中心のモール的中心街をつくるのが主眼。
モータリゼーションによる弊害=ショートカット的な買物〜帰宅ではなく、
家族でブラブラ散歩しながらのショッピング、食事などで賑わい創生。
レトロなゆっくり走る路面電車でスローライフ的世界。市民が誇りを持てる街作り。

仮に高い意識と郷土愛に満ちた首長が誕生し、この件の発案を市民に求めたら
素晴らしいアイデアが湯水のように溢れるはずだ。
そういう意見にきちんと耳を傾ける政治が、秋田はさっぱり!市民もシラケという
悪循環が、なんとなく街の暗さとなって表出しているのは、残念ながら事実だろう。
「ナカイチ」も所詮は行政主体=有識者会議の有識者っていったい誰さ?
という有様と聞くしね。

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