ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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二流の生き方

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自分は今でこそ故郷秋田市の片隅から、
その半径数キロ程しか身動き出来ないサエない境遇の立場なれど、
かつては儲け話さえあれば、西へ東へ山をまたぎ海を越え
世界のどこにでも出没したものだ。
(オッ、ジジイの昔話が始まるぞ!長くなりそうだな)

なにしろ時代はバブル期という、日本全体が調子に乗りきった時代だから、
一定の勘ドコロさえ掴んでしまえば、
何でもかんでもビジネスになりえたから、世界中どこへ行っても、
強欲で生真面目な日本人がウジャウジャ。

そんな哀しき商社マン達にとっては、あくまでも敵を欺き
他社に先んじて行動し、ビジネスを成功させる満足感、達成感こそが
何より誇りであり栄誉。

実際に社内的には「外地戦士」など、取るに足らない
「玉砕前提の兵隊さん」に過ぎず、出世コースからも遠く外れた存在なんだが、
勤め人の哀しいサガか、所属先(会社や上司)には忠誠を尽くし、
危険をもいとわず、厳しい奥地へと駆り立てるのだった
(仲間が骨を拾ってくれると信じて!)。

もちろんビジネスは情報戦が命。
自身の情報収集能力はもちろんだが、
やはり本社からのフォロー情報の質が勝敗を左右する。
そしてここの部分は哀しいかな、
会社の規模=一流企業には絶対敵わないから、
我々二流商社マンは、重要拠点到着に数日の遅れを来してしまう。

しかし、遅れたら遅れたで、方法はある。
必殺ヒトタラシな現地工作(謀略とも云う…?)で大ドンデンの倍返し…
なんてことも頻繁にあるからこの仕事ヤメられないのだ。

そしてそれが、二流商社マンの、斜めな意気地のやり口…。
当方より3日も早く現地到達し、商談を成立させておきながら、
ちょっとしたトリック(工夫!)で、ビジネスは遅れた当社側に軍配し、
半年後、全ての権利を等価で譲って欲しい…と
平身低頭で一流が二流に頭を下げるのだ。

別に法律違反ではない。

大企業は、現地スタッフやら通訳やら連れ立って、
何やかやと大人数で現地代表とコンタクトをとり、
大雑把な話し合いで「商談成立」とする場合が殆どで、
二流に云わせれば、これはいかにもツメもワキも甘い。

私は殆ど一人で商談に行く。通訳も付けない(英語以外なら不可だけれど)。
拙い英語で先方代表とトコトン話し合い、問題点をあぶり出し、
解決に向け話し合い、場合によっては事前の資金調達もする。

行き詰まったら世界共通言語の「サッカー」の話題や、
土地のポップスの話題などで和ませる!。
とにかく双方納得ゆくまで何日でも通う。

そういうことだ。

バブルが崩壊すると、
長いスパンでしか利益確認が出来ないビジネスから
一斉撤退せざるを得ない状況になった。
今日仕掛けたビジネスは、来月にも「儲かったぜ!」
という解答が出る「ちんまりした仕事」しか許されなくなって、
世界に出て行くこともなくなった。

ライバルだった一流商社の連中も、次々帰国したが、
一流企業には、彼らの居場所は既になく、
やがて殆どの「戦士」とは音信不通になった。

そして、そんないやな時代が今なお続くようで、
何だか辛い。

正直TPP?…農作物、片っ端から世界に売ってやるぜ!
簡単じゃん。
一生懸命、先方とカッコ付けずに、腹を曝け出して
話をすればいいだけだよ!!

なんて思うんだがね

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