ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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感動は早朝にやってくる

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♦メキシコ五輪銅メダル獲得は1968年。
        :
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♦Jリーグ開幕が1993年。
♦1968年メキシコ大会以来、28年ぶりの五輪出場。
 そして初戦ブラジルに勝利(マイアミの奇跡)したアトランタ五輪が1996年。
♦ワールドカップ初出場(フランス大会)が1998年(予選リーグ敗退)。
♦ワールドカップ日韓大会開催・2002年(ベスト16)
♦ワールドカップドイツ大会出場・2006年(予選リーグ敗退)
♦ワールドカップ南アフリカ大会出場・2010年(ベスト16)
♦ワールドカップ2014ブラジル大会出場決定…。

♥2013年11月、オランダにドロー、ベルギーに勝利….。

….と、いうわけで、日本サッカー界の輝かしい歴史に、
1970〜80年代は全くの空白…。
暗黒時代ともいわれている。

当時の日本サッカー界の頂点は、アマチュアの「日本リーグ」。
そして五輪にもワールドカップにも、全く出場が叶わない…
というより、まるでそれらは別世界の大会?と思えるほど、
世界…いやアジアにすら勝てない不憫すぎる
「日本代表チーム」が、いるだけだった。

そんな悲しくて寂しい日本の僅かなサッカーファンの為に、
何とヨーロッパ・クラブ・チャンピオンと
南米・クラブ・チャンピオンが年に一度、
世界一を決める大会=インター・コンチネンタル・カップを、
毎年「第三国」=サッカー不毛の地「日本」で開こうじゃないか!
という夢のような大会が「トヨタ・カップ」として
年末に東京・国立競技場で開かれるようになった。

しかし、私はまだ貧乏暇なし自転車操業中のギタリスト稼業。
当然、サッカーにウツツを抜かしてる場合ではなく、
辛うじてTVニュースなどで「ああ、やってるんだなあ」
という程度の認識でしかなかった。

やがて、カタギの会社に就職してまだ間もない頃、
上司が突然...
「おーい!誰かラグビーの試合観にいきたい奴いるかあ?チケットあるぞ~」
「ラグビー??」
「取引先のトヨタカローラ販売さんから毎年貰うんだけど、誰も行かないんだよ」
「ラグビーじゃなくてサッカーでしょ?」
「違いあるの??」
「………」
そんな時代である。

「TOYATA CUP ユベントスvsアルヘンチノス」

すでに私は、サッカーマガジンもイレブンも購読しなくなって久しいのだが、
将軍プラティニの名前くらいは知っていた。
サッカー観戦は高校時代以来、上京して6〜7年経つが、
やがて何十回(何百?)も通うことになる
「国立競技場」に来たのはこの時が初である。

そして「大感動…」。

以来、何となくサッカー好き?
まあ中高とやってたしねえ…というのが
熱狂的なサッカーファンになり、国立を中心としながら、
トヨタカップは毎年の風物詩としてかかさず通い、
また日本リーグはもちろん、
五輪やワールドカップ予選などにもマメに通うようになった。

まあどんなに期待し、応援しても、我らが(同世代の)日本代表は、
決して応えてくれることはなく(笑)、相変わらずニヤけた感じで、
呆気無く負け続けてくれた…。

トヨタカップでの世界最高レベルのサッカーと、
相変わらずアジアも突破できない稚拙な日本サッカー。
このギャップは、もはや年に一度の「トヨタ・カップ」で穴埋めするしかなく、
それだけにトヨタカップに熱狂し、のめり込んでゆくのだった。

やがて選手のプロ化が進み、Jリーグが開幕したが、
正直、日本がワールドカップに出場出来る技術を得るには、
まだまだ15〜20年位掛かり、優勝戦線に食い込むような世界の強豪国になるには
100年位かかるのかなあ….なんて思っていたら、
五輪には3年目、ワールドカップには5年目に出場できた。

そして今朝…。いやはや日本人であることに、
誇りが持てるようなナイスゲーム!…
そんな感慨に、またしてもむせび泣く
ポンコツでセミリタイヤなオヤジであった。

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