ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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転職失敗とパコ・デ・ルシア

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「憤懣やるかたなし」…そんな感情はその時が初めてではない。

中学のサッカー部で、決してイジメではなく、
初めて味わう縦社会の不条理に戸惑い揉まれながら、
それでもサッカーが好きだったから、続けることに迷いはなかった。

その後の人生でも、挫折の類いは1度や2度ではなかった筈だ。
それなのに、既に私は45歳くらいになっていて、
30人くらいの零細企業なりにも「副社長」というポストに居つつも、
憤懣やるかたなし…我慢の限界を越えたと感じ、辞表を叩き付け、
引き継ぎもなく、自分としても不思議なほど感情的になって全てを放り出し、
逃げるように会社を去った。

ほんの少しだけ、自分らしくないなとも思った。
キチン引き継ぎをして円満にヤメることが許されるのなら、そうしたかった。

なにしろ自分で短期間ながらも立ち上げた会社のシステムだし、
それらは慎重な取り扱いをしなければ、簡単に崩壊する危険もあった。
システムが熟成するには、あと3年は必要だったと思う。
しかし勢いを付けて辞めなければ、そのまま容赦なく自分の精神は痛めつけられ、
やがて崩壊する…真剣にそう思った。

約十年さかのぼる。

私は小規模ながら、ある特化部門では業界1位という貿易商社で、
商品企画と営業を担う部署の本部長という立場にいた。
セクション毎の数人の直属の部下(課長とか係長)と、
さらにその下にスタッフが数人ずついた。
そのスタッフの中に「K」が存在してした。

だから当時の私は「K」という男とは顔見知りだが、
性格までは把握しておらず、頭のキレる、
ソツのない営業仕事ができる男…そういう認識しかなかった。

数年して「彼にはごっそり遺産が舞い込み、それを元手に独立開業した」
と聞き及んでいたが、それも殆ど印象にないほど「K」に対する印象は薄かった。

さらに数年して、会社上層部が金融機関(銀行だ!)の口車に乗って
出資したビジネスで大失敗した。
会社は一気に大きな負債を抱えることになった頃、
「K」はジワジワと私のところに「副社長待遇」をチラツカせながら接近して来た。

「実務部門の全てを任せたい。今まで通り、やりたいように仕事をしてくれれば良い」。

充分に魅力ある誘いではあったが、
結局なんだかんだジタバタとさまざまいろいろあった上で、
1年半…「K」に返事を保留した上で、やっと誘いを承けることにした。

事前に様々な条件を私は提示した。そのほとんどは仕事の環境整備、
信頼出来る部下達を再結集し、グローバルなネットワークも即時復活させたい。
などなど全て「お任せ」だと思って就任してみると、
それらの条件は一切適えられないどころか、横の連絡さえも禁止された。

全てが「K」の外世界とは隔絶した「北○鮮」のような
極秘既定路線内での環境構築となった。
そのほとんどはブラックで卑劣で姑息な、信頼性など1%もない「暗黒会社」。
そのソトヅラとしてのワタシの存在意義…。
(非合法組織ではないが、全てはスレスレか超えてるか?..という感じ)

自分でも実感するくらい、日々精神が壊れてゆくのが分った。
それでも3年半我慢した。何度も辞表を出したが、受理されなかった。

何がなんでも辞めるべし!と決断した日、家人は理解してくれた。
そして何かあってはイケナイからと、
その日から数日は一緒に外泊までしなければならなかった。

しかし何はともあれ翌日から、私の45歳の就活が始まった。
そして3日目に紛れ込んだ新宿の会社は...

さらにブラックで卑劣な会社だった…。

厄年は過ぎていたのにツクヅク…である。  
またつづく…かも。




パコ・デ・ルシアが亡くなったそうだ。

元々はジミーペイジ大好きのロック小僧だったが、
突然パコに熱狂し、やがて数百万円のスパニッシュギターを買い、
30歳を既に過ぎていたけれど、築いたキャリアを全て棒に振って
スペインにフラメンコギター留学をした友人がいた。
人生色々だが、今どうしているのか、とっても気になる…。

その彼も私も、初めて彼の演奏に触れたのがこの曲。
1980年ものが初演と思われるけれど、今日は比較的最近のものを…。


Friday Night in San Francisco - LiveFriday Night in San Francisco - Live
(1997/09/25)
Al Di Meola、John Mclaughlin 他

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6 Comments

oyajisann says..."今晩は"
今晩は音楽家(ギタリスト)にして副社長それも暗黒ですか
想像出来ないような経験というか試練乗り越えられたので
すね。
学生時代の友人たちはヤ〇ザ屋さんや取り立て専門会社
刺青の入った不動産屋はいましたが最初から黒社会です
から仕方ないけど、知らぬ間に約束反故のされ引きづり込
まれ、それが手の込んだブラック企業だった。
気を悪くされるかもしれませんが、週刊誌の告白記事にで
もなりそうですね。
何時もありがとうございます。
季節の変わり目の月ご自愛ください。
2014.03.01 22:11 | URL | #eTRrWisM [edit]
pipco1980 says..."oyajisannさん こんばんは"
お忙しい中ありがとうございます。

仕事自体は特にブラックでもなんでもないのですが、
経営者がそれまで出会ったことがないタイプの
ブラックモンスター!。

自分の周りは全て敵で収奪者。
女房も財産目当て。子供(父親そっくり!)も
誰の子か分ったもんじゃない…そういう思い込む悲しいヒト。
当然、WinWinな関係など到底あり得ないという発想。

いやはや大変を通り越してましたよ。
2014.03.01 23:26 | URL | #- [edit]
ジオヤー says...""
こんばんは

おそらく、巨額のお金が動く世界なんでしょうね~。
お金に縁遠い私には、まったく理解不能ですが、
一般の神経を持ち合わせた人には、かなりしんどい世界というのは
想像できます。辞められて正解なんじゃないでしょうか。
ホリエモンが話題になってた頃、ベンチャー企業が持てはやされた
時期がありましたが、こういった会社、多かったんですかね~。

お~、スパー・ギター・トリオ、ってかデュオ。
ギターが速く弾けるってのは、それだけで価値あることだと思います。
この人達の映像は、この他にも何度か見てますが、今回見てて
思ったのは、チョーキングは一切使わないのか、なんてバカなことを
思いながら見てました。アル・ディ・メオラの方は、
使っても良さそうですけど。
2014.03.01 23:43 | URL | #LkZag.iM [edit]
ももPAPA says...""
大変な経験されましたね。

ボディブローは一発の威力はないものの ジワジワと
効いてきてダメージが蓄積されてきます。
心身ともにストレスに晒され続けるといつかは体も精神も
破綻をきたしますから・・  

パコの訃報  驚きました。
自分はディメオラのエレガント・ジプシーで彼の演奏を初めて
聴きましたが、うねるようなあの情熱的なフレーズは、パコ
ならではでしたね。
66歳 若すぎます。偉大なアーティストがまた一人逝ってし
まって寂しいですね。
2014.03.02 00:36 | URL | #Wgi4adpQ [edit]
pipco1980 says..."ジオヤーさん こんばんわ"
我々が裏切らないように、大した理由もなく
会社に留め置かれ、毎晩終電帰りだったり、
休みが月1くらいで、終いは体調も神経も朦朧状態
という感じでしたね。

ジャズもフラメンコもチョーキングは基本なし...なのでしょうね。
私のチョーキングは何と云ってもポールコゾフ先生直伝(!)ですから、
ディミニッシュ・スケールに混ぜると、キッカイでバッタもん臭い
インチキジャズになってしまいますよ(笑)。
2014.03.02 02:46 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ももPAPAさん どうもです"
>ディメオラのエレガント・ジプシー

かなりの技を盗ませていただきましたよ、このアルバムからは!
もちろん、さほど速くないリックですけどね....。

仰るとおり、パコさんは、まさに巨匠らしい巨匠の一人でしたね。
どうも最近、大事なヒトが逝ってしまいます。


2014.03.02 02:58 | URL | #- [edit]

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