ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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おわりとはじまり

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北国秋田も、日差しに力が漲ってきた…明日は梅でも見に行こうか。



1月から3月に生まれた連中を「早生まれ」というならば、
私は12月生まれなので、「遅生まれ」ということになるのではないか…?。

実は五十音順からなる出席番号も、
大体何時もウシロから2番目のブービー小僧で、
様々イヤな思いをし続けてきた。

予防接種などは、さっさとは終わらず、
何時も恐怖の中、延々待ち続けねばならない。
身体検査もパンツ一丁のまま寒い中待ち続けねばならず、
しかも、まだ終わってないのに、隣室で待機している女子を入室させたりして、
こっちが変態呼ばわりされたり....

最もイヤだったのは、新学期などの席替の時に、
出席番号順に男女を並べて席を決められると、
大体男子の方が2〜3人多いから、自分の隣は必ず男子….
ということになって、教室の全体が見渡せるウシロの端席で、
楽しげに男女の会話をする級友達の姿を、
ドロンとした気分で眺めるのだった。
ただ名字の頭の文字が、五十音表の真ん中より右のページにあるだけで
なんて不公平なんだ!…。


そうしたわけで25歳になる直前に、生業としての音楽家稼業を引退した。

サマザマな理由が考えられるし、
いかにもなコジツケなどいくらでも出来るのだが、一番近い回答は、

『飽きてしまった』もしくは『疲れてしまった』という、

若いわりにはなんとも情けなく、そして実に身も蓋もない理由となる。

毎日が休日のようでいて、実はそうではなく、
夜はひたすら遅く、朝はやたらと早い。
ON/OFFの切り替えがハッキリとせず、
日常的に「打ち合わせ」という名目で呼び出されては、
何時間も無為に待たされる…。

狂おしいほど空虚で無駄な日々…。
そんな河原○食な生活サイクルが、知らず知らずに体調と精神を蝕んだようで、
特に病院へ…というわけではないが、気力が全然漲らない。

もうすっかり慣れちまったぜ....なんて嘯くが、
相変わらずしょっちゅう裏切られるし、狡くて調子良くて冷酷なだけの
高学歴だが、クズな人間が多すぎる業界に辟易としながら、
知らずにダメージを溜め込む自分がいた。

ダウン&ハイな状態が続くようになって、当然と云えば当然ながら、
ケアレスミスや些細なトラブルに見舞われると、
会社の管理側との間で、つまらない理由の衝突事件などもあり、
次第に、何処か遠くに行きたい、いっそそのまま消えてしまいたい…
そんなLOWな気持ちに支配されると、

「普通のサラリーマンになれば、きっと自分は救われるに違いない…
 そうだ、そうしよう!」

気が付けば東京タワーとソ連大使館の中庭が間近に見える、
気に入った窓際の、子機電話とスケジュール表だけの
オフィスのデスク周りを整理、撤収していた。

既に凋落傾向とはいえ、業界最大手のコングロマリット型芸能プロの、
その端の端のオフィスだったが、顔を出せば、
毎月膨大に集まる洋楽の新譜試聴盤を、一旦持ち帰れる役得があったのだが、
この恩恵も手放さねばならぬことだけが、ちょっと残念…
と思った程度で、あとは意外にさばさばしていた。

実はその後3ヶ月ほど、何ロス現象か分らぬが、
呆然とした無気力生活に突入する。

髪も髭も伸び放題。サラリーマンになる!と言ってもアテなどなく、
生活は徐々に困窮してゆく。
それでも生き延びれたのは、まだ友情で結ばれていた(?)
現在の家人や友人達のおかげだが、
彼女にせよ、無気力なプータロー状態の私を見るに見かねたか、
ある日、頭を刈る代金と、新しいスーツを買う代金、当面の生活費の、
決して少なくはない金額を私に差し出し、

『それでどうにもならないなら、キッパリ別れて欲しい』と言われた。

ゲンキンなモノで、1週間以内に私はその後20年勤めることになる
企業に就職し、サラリーマン生活を開始した。

家人とは殆ど共稼ぎとなるが、
子育てなどで数年「専業主婦」だった時代を称して、
「3食昼寝付きの黄金時代!」と呼び、
「あのときは幸せだったなあ...」
と、今も私にプレッシャーを掛け続けるのだ…。



Popsってなんだろう!? その完璧な解答を、
このバンドは持っている!
そう考えて当時何十回もこれを繰り返し聴いたが、
僅かに「苦しい歌を、あえて楽しげに唄うのがPops..?」
違ってるな、きっと。
‪Come On Eileen‬ - Dexys Midnight Runners


で、30年経った….かなり怪しいカモン・アイリーン!
もはや英国民の国民歌なんだろうな。
昔オーバーオール、今ニッカボッカー!いよっ!棟梁!



Too Rye AyToo Rye Ay
(2000/11/28)
Dexy's Midnight Runners

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6 Comments

amamian3 says..."学年を"
上がるときも
教師間の「申し送り」が徹底していたのか
何回席替えしても、授業の時には一番前
しかし、子供の頃から体格はいい方だったので
後ろのほうから「見えん!!」の苦情が飛び
で、窓際の一番前が指定席でしたよ
好きな子の隣、、、夢は一度だけ叶ったけど
授業が始まると 「○○!!ここへ来い!!」・・・あぁ・・・・
理不尽が常識化されていくのが 怖かったです(笑
2014.04.12 09:02 | URL | #wZiQHpeI [edit]
pipco1980 says..."amamian3さん こんにちは"
視力の問題とか...そういうことですか?
時代的に今ほど「子供眼鏡」は普及してなかったですから、
少々悪い程度なら、裸眼な子が多かったのは事実ですね。

ちなみに私は「落ち着きがない」という理由で、よく
最前列センター(!)に呼ばれて、しょげてましたよ。
2014.04.12 10:50 | URL | #- [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.04.12 11:41 | | # [edit]
amamian3 says..."授業中に"
他のことをするんです(笑
面白くない授業より、机の角を彫ったり、椅子の背をトーテンポールにしたり・・・
公共器物破損罪・・・ですよね(笑
それでも成績は、、、なんと上位
脳みそ、かなり進んでいたように思われますが
大きくなったら「ただの人」でした
その頃の先生方・・・かなり違う世界へ旅たってしまっています
順番ですか、、、ね!!
2014.04.12 18:29 | URL | #wZiQHpeI [edit]
pipco1980 says..."xxxxさん こんにちは"
色々調べてみています…。
そうですか...なにしろ国内ではなにも知らされませんから。

あの牧場は、ご存知かもしれませんが、色々問題があって、
「ああ、遂にやってしまったか....」という意見もあります。
汚れた大人の事情と言うやつで....。
2014.04.12 21:48 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."amamian3さん どうもです"
それはそれはクリエイティブな事情でしたか...!

昔の机とか椅子とか、随分掘りやすくて、
創作意欲が高まったことでしょう!。

私は、テスト用紙の裏に緻密画を描いて楽しんでましたが、
先生に、テスト本体の解答精度を上げてから描け!と云われつつ、
表はリアルな点数、裏にも何故か朱で95点!?とか書かれましたよ。
2014.04.12 21:58 | URL | #- [edit]

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