ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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バンドマンということ

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50歳をとうに過ぎて、この秋田駅前から毎朝バスに乗ることになるなんて、
思っても見なかったことです。いや、意外にも楽しくて、明らかにハシャイデます・・・。


20歳くらいから、チョボチョボと趣味のギターでお金を
いただけるようになったわけです。
すると世間の方々から
「ギターって、何年くらいやればマスターできますかね?」
と聞かれるんです。で・・・

マスターって何さ? 

こちとら確かにギター弾いて僅かばかりのお銭(おあし)をいただいてはいますが
自慢じゃないけど

「禁じられた遊び」弾けませんから〜ザンネン(古ル)!!

で、実際なんでまたこんな私に、言い換えれば「お座敷」が掛かるのだろうか?
と当時も考えるわけです。もっと巧い奴なんてザラにいるだろう・・・・。

当時こんな話を聴いた。
(ちょっとタイミング的に怪しいのはご容赦)

いわゆるJAZZのバンドが入ってるようなサパークラブ的な店の客席に、
有名なギターの名手「クロード・チアリ氏」が居り、他の客に発見され、
大喝采のもとに彼は飛び入りでステージに上げられたらしい。
当然彼のヒット曲(夜霧のしのび逢い…だっけな?)を所望する声がかかるわけだが、
何しろJAZZバンドのエレキギターしかないから、ご当人は

「エレキじゃ無理、勘弁!」

と許しを乞うのだが、客は容赦せず、
「なに気取ってるんだよ!」的な悪い空気が流れ始めると、
ご当人も仕方なく「エレキ」を抱え演奏し始めたらしい。
もちろん内容は気の毒なほど酷く、空気はますます悪くなり、
チアリ氏も顔面蒼白で・・・という怖い話。

逆の立場で「オマエ、ギタリストで金貰ってるんだろ!だったら
「禁じられた遊び」くらい目え瞑ってても弾けるだろ!
古賀政男の一曲も弾いてみろよ!もったいぶるなよ!」
なんて悪夢でしかない話です。

結論言うとね、ギタリストと言ったところで、
所詮、芸能界っつう特殊で小さな閉鎖社会の中にあっても、
きちんとした社会人でなければならないわけで、
その枠の中で、ほとんど初対面な他の楽器奏者や歌手、
様々な関係スタッフやクライアント筋らとも、うまく折り合わなくてはならない。

もちろん一定の演奏技術水準は必要だけれど、天才的で浮世離れな技術なんて
全く不要。読譜力とセンス、そして

協調性!

これがいわゆる職人=バンドマン。

これに対して、枠に収まらず、
「シャラクせいやい、俺は俺だ!俺がミュージックやあ!」というのが
ミュージシャン=アーティスト=芸術家という区別であるわけです。

これをまず自覚スベシ!が、バンドマン=職人=楽隊屋の「いろはのい」
「基本中の基本」。

ちょっと悲しいけど、お気楽というか脳天気な人、多いです。
私も負けず劣らず脳天気な方ですが、
それでも、最後まであの社会に馴染めず、相当悩み、苦しんだりしました。

エラく努力し、勉強もしたと自負していたけれど、
実はその後、実社会に出た時のほうがはるかに勉強したし、努力も必要だった。

実は普通なことほど大変で困難なものかも。

まあ私にとってのあの時代は
もはや、履歴書にも経歴書にも載せられない
非常に困った空白時代となってしまってる訳です。

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