ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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辛酸なめつくしのブルース

sg.jpg
Angenieux "Anastigma"
August Moon/Portoあるいは
Make Love Company 40th Anniv.Band(長い)Mitsui氏のニューカマー
"Gibson SG"

中1の頃とても憧れたエレキだけれど、
その対象はあくまでも楽器屋のウインドで見掛ける
これの日本製コピーのGreco SGモデル…。
だからなんだかちょっとこの正真正銘の「本物」…
恐れ多すぎて近寄り難いものを感じるのだ。

大昔は、これで(エレキギターで)メシを食ってた時代もあったほどなのに、
何の因果か、今はカメラ好きのそこいらの有り体なオヤジ。
さてこの昔の商売道具をどう上手いことカメラに収めるか?…。

コレが意外に難しい。

ギターは弾くもので、撮るものとはまったく想定してないし、
人生の中でこんなことがあるとは!…などと、少し悩んだ末に、
「あるがまま、無造作なまま」
それが一番自分らしいではないか!?…。

ふと、「オマエはそうやっていつも無造作すぎたから、
大事なギターを呆気なく盗まれたんじゃなかったっけ?」
心の声がやけに刺さる秋の日。


高校に入学すると、まるでそれが当然のお約束のように、
中学時代からのギター仲間は次々と「エレキ」を購入した…
いや、高校の合格祝いに、親から買ってもらっていた。

しかも5人のうち3人が、まさにそのGreco(日本製)チェリーレッドのSGモデル。
憧れのギターだけにとても羨ましかったんだが、
その時点で自分の選択肢からSGは消えた。

ウチの親は「エレキなんてそんな騒々しくて不良っぽいオモチャなんて買ってやれない、
欲しいなら自分で買え!」って中2くらいから突き放されていたから、
コソコソと資金を貯めながら、結局高1の夏休みに初めて買えたのが、
当然日本製コピーモデルのストラトキャスター。

ところが安物なだけに、結構粗悪な部分が段々と判明するようになって、
様々不足を感じるようになったから、年が変わる頃までには、
まだまだ親類を巡って辛うじて貰えた「お年玉」を原資に、
ディープパープルのコピーバンドの先輩から、
「オラアもうストラトしか使わねえから…」ってわけで、
オンボロボロのGreco製レスポールモデルを、当然安価で入手した。

しかしコレもまた様々不調で、やたらとガーガーピーピーと
接触不良で騒がしい個体だったが、
まだ「パーツを取り替える」という概念がなかったから、
辛抱しながら使い倒した。

所有してる楽器のコンディションがそんなだから、
外で使うのはもっぱら借り物ギターばかり。
そのまま上京して人間関係は一変しても、
相変わらず「借り物暮らし」は変らずで、
そのままバンド活動を継続していたのだが、
やっぱりそんな状態じゃイケないな!と奮起して、
久々に真新しいギターを買ったその日の夜に、
偶然だが初めてギャラがもらえる仕事
(タレントのプロフィール用デモテープのレコーディング)にありついた。

そのままその歌手のバンドに加入して、なんとなーく、
とってもユルい感じで、プロミュージシャンのキャリアをスタートさせるのだが、
何の徒弟関係も、音楽的な意味での学閥などまるでない独学同然が、
いきなり海千山千・有象無象の妖怪が闊歩する、
いわゆる「ギョーカイ」での苦労というか、筆舌に尽くし難い恩襲の嵐…は、
今にして思えば当然というか、むしろもっと悶え苦しまないことには、
イッパシのミュージシャンにはなれぬものだなと、今なら理解出来る。

『好きな事を生業とすることの困難さ』は、
結局トラウマとなって、その後は『辛い仕事ほど見返りが大きい』っていう、
これまた間違った解釈で仕事に相対しつつ、
やっぱり辛酸をなめ尽くす「阿呆な私」であリ続けてしまうのだった。



ジャックブルースが亡くなった(71歳)。
クリームは、どうしてもクラプトン目線になってしまうのは
私だけではないと思うが、
なにしろジャックとドラムのジンジャーベーカーの仲の悪さは
生半可なものではなかったらしく、
ライブ中もウシロからスティックやら何やら色々飛びまくり、
時には本当に殴り合うような修羅場に、
クラプトンは心底愛想つかしていたらしい。

ただし演奏上で火花を散らしてくれるのは大いにWelcome。
その代表的演奏の最たるものがコレではないかなあ…と思っている。
Cream - Sitting On Top Of The World


GoodbyeGoodbye
(1998/04/07)
Cream

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4 Comments

amamian3 says..."一瞬ですが"
「また、弾いてみようか・・」
を 想像してしまいましたよ!!
いつか・・・ですよね

今は 大きな節目になっている気がします
当面カメラ親父でもいいじゃないですか しかし
ギターをドラムの影から撮るなんて プロな感性!!
やっぱり 持ってますねぇ~・・・!!
2014.10.30 06:02 | URL | #wZiQHpeI [edit]
pipco1980 says..."amamian3さん こんにちは"
イヤイヤわざわざ旧い少し歪んだようなレンズの
クセのある写りを楽しむようなアブノーマルさですから、
全日本カメラオヤジ連合会(!?)からも一番先に
除名されるような輩ですよ(笑)。
もしかしたらとんでもない自己満足で(満足はしてないですけど)
皆様に不快な想いをおかけしているのでは??と時々思いますよ。
暖かい目で今後ともよろしくお願いいたします!。
2014.10.30 11:05 | URL | #- [edit]
薄荷グリーン says...""
今は結構いきなりフェンダーとか手にする人多いんじゃないかな。フェンダージャパンはやっぱりコピーもの扱いなのかもしれないけど。
昔はグレコとかが当たり前だったような気がします。それにしても誰が考えたんだかフェルナンデスだとか、Fが頭に目立つ名前とかよくつけたものだと思います。
プロの中でやっていく時って相手がどのくらいの技量を要求してるとか分かるものなのかな。それぞれの技術はそれこそレベルがまちまちだと思うんだけど。マイルス・デイビスがジミヘンをメンバーにしようとした時、音楽理論的な言葉がまるで通じなくて諦めたようなことを読んだことがあるから。
凄腕のミュージシャンとギターバトルのような演奏の毎日だったら、ストレス溜まるだろうなぁ。

ギターは細長いし基本的に収めにくい形かも。部分の切り出しも知られすぎた形だからあまり新鮮なイメージになりそうにないところもあるし。
何かの情景の中のギターっていうのが扱いやすそう。ということでドラムも一緒にしてるのは画面的に結構生きてると思います。

そんなに仲が悪かった同士の演奏には聴こえないです。仲が悪い相手だと何か協力するのも嫌になりそうな気がするけど。
わたしは赤瀬川原平さんが亡くなったのが残念。
2014.10.30 22:09 | URL | #56UXBqNU [edit]
pipco1980 says..."薄荷グリーンさん こんばんは"
80年代のフェンダーはすべてまるまんまJapan製ですから、
コピーと云うのとは違いますし、最近はフェンダーメキシコってのもありますが、
あれも技術はJapanですね。
もっと言えば、70年代日本のグレコとかYAMAHA、フェルナンデスなんてのが
結集して今のフェンダーやギブソンの技術を裏で支えてるわけです。
なんとなく東西ドイツ分裂で離合集散を繰り返したカメラ業界に似てると
思いませんか??

マイルスは確かコーネルデュプリーも追い出してますよね。
ロックのヒトは基本的にペンタトニック(ドレミ…)か
ブルーノートスケールしか知りませんから、
マイルス側が歩み寄ってそこに着地しない事にはセッションが成立しません。
いきなりジミヘンお得意の+9thコードを繰り出しても、
マイルスには「だから何したいの?」って感じになっちゃいますねえ。

まあ私も最初そうでしたから、決して笑えないんですけどね。
周りを見たらみんなそれぞれ音大や、最低音楽の専門学校、
さもなくばボーヤ上がりの丁稚奉公で音楽理論は履修済み。
私はそんなわけで、プロになって初めて楽典買ってお勉強開始…
そんなナサケナイ感じでしたよ。
2014.10.30 22:44 | URL | #- [edit]

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