ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
MENU

運の悪い男

3030.jpg
鄙びた場末感と雪の感じが、何ともいい味出してる映画のセットみたい!
とシャッターを切ってみたものの、聞く所によると既に韓国ドラマの
ロケに使われていたとか…失礼しましたあ。

実は色々あって、セミリタイアの療養隠遁生活、早い話が孤独なヒマ人の筈が、
ここの所、何やかやと忙しい日々を送ってしまっている。
毎日決まった時間に出かけて夕方帰宅する生活、
殆ど仕事しているのと変わらない状態だ
(まあ定時で終わる幸福な仕事に就いたことはないが)。

仕事以外で多くの人々と関わるという機会は学生時代以来でもあり、
特に自分の子供のような世代の人達とも対等な立場で行動を共にするのだが、
これが実に楽しく、つい自分の歳を忘れてしまうほどだが、
「Pさんが私の父とほとんど同じ年齢だなんて信じられない!」
などと言われて初めて、そうか俺は年寄りなんだと正気に戻り、
何だか悲しいなあ…あ〜あ、青春してーなあ!?などと思うのだ。

んで繰り返しで申し訳ないが、どうしたわけかこれまで
定時で終わる仕事にはやはりどう考えても関わったことがないのは
どうしてだろうか?
仕事は速い方で、もっと丁寧に頼むよ?といわれるがそんなに雑でもない。
要はせっかちなだけ。
しかし気がつけば自分はいつも一番最後まで仕事しているし、
土曜も日曜も何となく出社してたりする。

中高とサッカー部だったが、高校の時は「早く帰ってレコード聴いて、
ギターの練習して….!」という理由でサッカー部入りを一旦拒んだが、
中学時代の先輩に説得され、とっととさっさと帰る一団を恨めしく横目で見ながら、
大汗かいてボールを追っかけていた自分。

結局要領が悪いのか?

そんな訳で1日4~5時間のサービス残業に、
会社の業務に支障無いようにと、出張は金曜に出掛けて土曜か日曜には戻り、
月曜朝の戦略会議に間に合うようにレポートを仕上げるという生活リズム…..

んで結局倒れ、慰留されたが復帰時期の見込みが立たず辞職。

なんか、考えてみると典型的な昭和の会社人=企業戦士過ぎないだろうか??
なんて愚痴ってみたが、それだけに、夕方「サヨナラまた明日」と
手を振り帰る今の自分の姿に、初めて

「これが人間の生活というものだよな…」
などといまさら実感するのだ。

私より10年以上うえの団塊世代の方々の労働環境は、
そんな自分らの比ではないほど過酷だったと聴く。
だから彼らが中年に差し掛かった時代に、その多すぎる人達が一斉に
マイホーム購入に走ったのが、バブル景気のハジマリと言われている。

時代は違うのかも知れない。
しかし今、若いのもそうじゃないのも皆が皆、
人間らしい生活を追い求めるだけでは、
幸福にはなれないようにも思う。
何だか難しいね。



スポンサーサイト

2 Comments

朴 狸  says...""
団塊世代の残骸です、しがみついて働いて、しがみついて今を生きてますよ。
追いかけすぎると反動が大きいからね、先は考えない毎日です。

家族はなれてらっしゃる、資本は優しく保持しないと後々困ります、
緊張が一番しわ寄せの元、のんびり養生してください。(生意気済みません)
2012.02.26 16:47 | URL | #YDOxSa4Y [edit]
pipco1980 says...""
>朴 狸  様
ご意見いたみいります。
もっとしがみつけばよい!と思うところも、
つい秋田人気質が出て、エエカッコしてしまう
損な性格だとつくづく思います。

2012.02.26 17:42 | URL | #- [edit]

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://pipco1980.blog.fc2.com/tb.php/46-f98a2ecd
該当の記事は見つかりませんでした。